中学受験界「大学付属校」人気の落とし穴――「こんなはずではなかった」親たちの強い後悔

 “親子の受験”といわれる中学受験。思春期に差し掛かった子どもと親が二人三脚で挑む受験は、さまざまなすったもんだもあり、一筋縄ではいかないらしい。中学受験から見えてくる親子関係を、『偏差値30からの中学受験シリーズ』(学研)などの著書で知られ、長年中学受験を取材し続けてきた鳥居りんこ氏がつづる。

 中学受験界では数年前から「大学付属校」が大人気だ。その理由は2点。1つが2021年度入試から始まる「大学入試改革」、もう1つが国の「私大の入学定員管理厳格化措置」の影響だ。
※私大の入学定員管理厳格化……文部科学省が私大の入学定員の超過に対して、私学助成金の交付をその人数に応じてカットするという措置。東京・名古屋・大阪の三大都市圏に学生が集中するのを抑え、地方へ振り分ける狙いがある。安倍内閣の「地方創生」政策の一環と言われている。

 いまだにハッキリと決まっていない大学入試改革の全容、一方で早慶、MARCHをはじめとした主要私大の“合格者絞り込み”という現実――これらが今、中学受験生の親たちの危機感をダイレクトに煽っているのだ。

 つまり「国の方針ひとつ」で我が子の大学受験がどう転ぶかわからない、という現状がある。しかもその「方針」も迷走していると言えるだろう。ゆえに親たちは、早い段階での「大学合格切符」という「保険」をかけようと躍起になっているのだ。

 広樹君(仮名)の母・貴代さん(仮名)も、この現実に焦った1人だ。

「中学受験をして私立に入学したとして、確かに高校受験はありませんが、高2から大学受験に向けた勉強がスタートするというのは既定路線。であれば、6年一貫教育と言ったって、伸び伸びしていられる時期は少ない。それならば、最初から大学付属狙いの方が広樹のためになるのでは? と思ったんです」

 こうして、貴代さんは、広樹君の受験校を第5志望まで全て大学付属校で埋めたという。そして広樹君は、第5志望校であるN大学付属に合格を決めた。インフルエンザに罹患してしまったため、本来の実力が発揮できなかったそうだ。

 塾の先生はこの結果をとても悔しがり、「広樹はW大系列に入れる実力だから、N大付属には行かず、公立中に進み、高校受験でリベンジしてはどうか?」とアドバイスしたそうだ。

 しかし、貴代さんの強い勧めで、広樹君はN大学付属に入学。本人も最初はリベンジを固く誓っていたそうだが、現在高1の彼は、貴代さんからすると「見る影もない」ほど勉強しないという。

「広樹の学年が特にそうなのかもしれませんが、ほとんどの子が『無理はしない』思考なんですよ。つまり、無理してまで他大を受けないってことですね。浪人にでもなったら、目も当てられないですから……。広樹は『このまま、ぬるま湯に浸って、入れるところに入れればいい』と思っている節があるんです。でも、N大に入るのも、学内基準があるので、意外と難しいんですよね~。塾の先生の言うことを聞いておくべきでした……」

 たいていの大学付属校は、成績順に学部を選べるシステムなので、必ず志望が叶うという保証はない。そもそも、自分の行きたい学部が「その大学にはない」というケースも大いにある。子どもが、「入りたい学部」ではなく、「入れる学部」に自分を合わせるという現実もなきにしもあらずなのだ。

 「大学付属校に入れば安心」という親の「保険」がどこまで通用するかは、実際に子どもが高3になるまで、誰にもわからないというのが実情だろう。

 もう1人、太郎君(仮名)のケースをお伝えしよう。彼は中学受験でE学園とK大付属に合格した。彼の第1志望校はE学園であったが、「保険」を欲する親の犠牲となり、結果的にK大付属のF中学に入学したのだ。

 母である佐代子さん(仮名)は合格直後、筆者にこう言っていた。

「K大付属のF中よ! ほぼ全員がK大に入れるんだから、安心よね。K大なら、どの学部でもいい!」

 太郎君の現在を、先にお伝えしておこう。彼は19歳で、フリーターをしている。学歴的には中卒である。なんでもK大付属の独特のカラーに合わず、入学当初からの強烈な違和感を拭い去ることができなかったそうだ。

 F中はレポート課題が頻繁にあり、未提出者への指導が厳しいことに定評がある。進級基準に満たない者は中学生であっても、容赦なく「肩たたき」(内部進級・進学ができない)される。

 太郎君というより、佐代子さんが最後まで内部進学にこだわったということが災いして、結果的に他高校の受験に失敗。フリースクールに通ったものの、高校卒業資格は取れていない。

 太郎君が自嘲気味に笑いながら、筆者にこう漏らしたことがある。

「あの時、親がE学園に入れてくれたら、こうはなってなかったっす……」

 「大学までエスカレーター」という点だけに飛びつくのは危険だ。大学付属校はとても魅力的な学校であることは確かだが、こういう「落とし穴」があることも、事前に承知しておくべきだろう。

 学校選びは「保険」を第一にするのではなく、子どもの特性を見て「将来、花が咲きやすいであろう環境かどうか」を一番に考えることが重要なのだ。
(鳥居りんこ)

「無知すぎて話にならない」「話題性欲しさが痛い」夢を語り大ブーイングされた芸能人3人

 夢や目標を抱き、努力し続けることは、人生において大切なことである。しかし、「かなうはずがない」「バカにされそう」という思いなどから、他人に明かすことは、ちょっとした勇気が必要なはず。タレントのダレノガレ明美は、自身のインスタグラムのストーリー機能で夢を語り、大ブーイングを受けたことがある。

 8月20日、ダレノガレは自身のインスタグラムで、「来年、再来年までに美容クリニックを開く事」が夢だと切り出し、「たくさんの女の子の悩みやコンプレックス、綺麗になる手助けをすることです」とその詳細を明かした。さらに、「私もカウンセリングできるように機械を使えるようにします」とつづったものの、美容クリニックは医療機関であるため、施術をするためには医療資格の取得が必要である。

「ダレノガレの告白に、ネットユーザーからは『夢を語るのは自由だけど、無知すぎて話にならない。何も調べていないのが丸わかり』と辛辣な声が上がることに。また、ダレノガレは、自身のTwitterに『久しぶりに会った人が顔が全然ちがくなっていてわぁーってなった』と、美容整形をしたと思われる知人を、小バカにするような投稿をしたことがあったことから『他人がきれいになることを応援できるの?』『外見を見下すような人の美容クリニックに行きたくない』と猛バッシングされました」(芸能ライター)

 昨年3月いっぱいでTBSを退社したフリーアナウンサーの安東弘樹も、夢を語り批判を集めている。

 安東は、2018年3月30日放送の『有吉ジャポン』(TBS系)に出演した際、TBS退社後の夢について、「セクシービデオの男優になりたい」と告白。共演者のお笑い芸人の平成ノブシコブシ・吉村崇から「俺、絶対性欲強いと思ってましたもん!」と指摘されると、安東は「否定はできないですけれども……」といい、独身時代は1日に2ケタほどの回数セックスしていたことを明かし、スタジオを騒然とさせた。

「安東の発言に、ネット上は『冗談だとしても、自分の性欲の強さをアピールするのは気持ち悪い』『フリーアナウンサーになるから、話題性やネタ欲しさなのが見え見えで痛い』『短絡的な理由で夢を語るのは、現役のセクシー男優に失礼なのでは?』とシビアな反応を見せました」(同)

 また、タレントの若槻千夏が、16年4月30日公開のウェブサイト「ORICON STYLE eltha」で明かした目標にも、厳しいツッコミが入った。

 自身が手掛けたアパレルブランド事業や育児に専念するために、06年頃から芸能活動を実質休止していた若槻。その後、15年頃より芸能界に本格復帰しているが、インタビューの中で、「(活動休止前のバラエティー番組は)声やリアクションが大きい時代だったので、それを引きずってやっているんですけど、どういうやり方が今の時代にハマるのかとか」と悩みを吐露。そして、「もうちょっと文化人枠でいけたらなぁと思ってたんですけど、まさかのガヤ専門みたいな感じになっちゃって。2016年終わりぐらいには軌道修正していけたらなと」と今後のビジョンを語った。

「若槻の“野望”に、ネットユーザーからは『おバカキャラから、何も実績がないのに文化人って。世の中を舐めすぎ』『今までの言動からして文化人枠はあり得ない』『適材適所という言葉を覚えた方がいい』と、辛口コメントが続出しました」(同)

 夢を持つことは個人の自由である。しかし、あまりにも自分自身を客観視できていない発言には、バッシングが集中するのかもしれない。
(立花はるか)

「無知すぎて話にならない」「話題性欲しさが痛い」夢を語り大ブーイングされた芸能人3人

 夢や目標を抱き、努力し続けることは、人生において大切なことである。しかし、「かなうはずがない」「バカにされそう」という思いなどから、他人に明かすことは、ちょっとした勇気が必要なはず。タレントのダレノガレ明美は、自身のインスタグラムのストーリー機能で夢を語り、大ブーイングを受けたことがある。

 8月20日、ダレノガレは自身のインスタグラムで、「来年、再来年までに美容クリニックを開く事」が夢だと切り出し、「たくさんの女の子の悩みやコンプレックス、綺麗になる手助けをすることです」とその詳細を明かした。さらに、「私もカウンセリングできるように機械を使えるようにします」とつづったものの、美容クリニックは医療機関であるため、施術をするためには医療資格の取得が必要である。

「ダレノガレの告白に、ネットユーザーからは『夢を語るのは自由だけど、無知すぎて話にならない。何も調べていないのが丸わかり』と辛辣な声が上がることに。また、ダレノガレは、自身のTwitterに『久しぶりに会った人が顔が全然ちがくなっていてわぁーってなった』と、美容整形をしたと思われる知人を、小バカにするような投稿をしたことがあったことから『他人がきれいになることを応援できるの?』『外見を見下すような人の美容クリニックに行きたくない』と猛バッシングされました」(芸能ライター)

 昨年3月いっぱいでTBSを退社したフリーアナウンサーの安東弘樹も、夢を語り批判を集めている。

 安東は、2018年3月30日放送の『有吉ジャポン』(TBS系)に出演した際、TBS退社後の夢について、「セクシービデオの男優になりたい」と告白。共演者のお笑い芸人の平成ノブシコブシ・吉村崇から「俺、絶対性欲強いと思ってましたもん!」と指摘されると、安東は「否定はできないですけれども……」といい、独身時代は1日に2ケタほどの回数セックスしていたことを明かし、スタジオを騒然とさせた。

「安東の発言に、ネット上は『冗談だとしても、自分の性欲の強さをアピールするのは気持ち悪い』『フリーアナウンサーになるから、話題性やネタ欲しさなのが見え見えで痛い』『短絡的な理由で夢を語るのは、現役のセクシー男優に失礼なのでは?』とシビアな反応を見せました」(同)

 また、タレントの若槻千夏が、16年4月30日公開のウェブサイト「ORICON STYLE eltha」で明かした目標にも、厳しいツッコミが入った。

 自身が手掛けたアパレルブランド事業や育児に専念するために、06年頃から芸能活動を実質休止していた若槻。その後、15年頃より芸能界に本格復帰しているが、インタビューの中で、「(活動休止前のバラエティー番組は)声やリアクションが大きい時代だったので、それを引きずってやっているんですけど、どういうやり方が今の時代にハマるのかとか」と悩みを吐露。そして、「もうちょっと文化人枠でいけたらなぁと思ってたんですけど、まさかのガヤ専門みたいな感じになっちゃって。2016年終わりぐらいには軌道修正していけたらなと」と今後のビジョンを語った。

「若槻の“野望”に、ネットユーザーからは『おバカキャラから、何も実績がないのに文化人って。世の中を舐めすぎ』『今までの言動からして文化人枠はあり得ない』『適材適所という言葉を覚えた方がいい』と、辛口コメントが続出しました」(同)

 夢を持つことは個人の自由である。しかし、あまりにも自分自身を客観視できていない発言には、バッシングが集中するのかもしれない。
(立花はるか)

大島麻衣、”韓国擁護”でも韓流ファンから猛反発の素顔「ホテルにまで押しかける熱烈な追っかけ」

 日韓関係が冷え込むなか、元AKB48の大島麻衣のツイートが話題となっている。

 大島は「日本の方も外国人には優しくしませんか?韓国だって一緒」「いろんなことがあったけど、ニュースだけ見て、韓国人怖いというのは違う」「好きなものを好きと言う。それだけ。シンプルな話」と立て続けにツイート。

 今月2日、韓国旅行で撮影した写真には「#こんな時こそ思いやり」というハッシュタグを添え「今までよりも優しさに触れることが多くて、なんか嬉しいです!韓国の方も日本人を気にしてくれている人はたくさんいます!」と投稿した。

 こうした一連のツイートには肯定的な意見とともに、「残念です」といったネガティブな反響も少なくなかった。これに大島は「残念という方たちは何をもって残念と言ってくるのでしょうか」「私はもともと韓国が好きと言っているのに今更残念がられても」と反論した。

 たしかに大島の言い分は至極まっとうで、日韓関係の感情的な議論に一石を投じるものではある。それでも好感度が低いわけは、大島が韓流ファンの間で”いわくつき”だからだという。

「大島はタレントでありながら、韓流グループの熱烈な”追っかけ”としても有名なんです。メンバーと直で繋がろうとして、他のファンからヒンシュクを買ったことも。プライベートでも直営業のために、頻繁に韓国訪問を繰り返している。彼女の口癖は『日本の音楽は終わってる』で、普段から韓流どっぷりの生活を送っています」(アイドル誌ライター)

 大島は1つのK-POPグループにご執心というワケでなく、複数のグループを渡り歩いてきたミーハー。過去には4人組バンド「FTISLAND」のボーカル、イ・ホンギや、3人組グループ「MBLAQ」のジオにハマっていたことも。

「彼らが来日した際の滞在ホテルに、大島さんが出入りしていたという目撃談もあったほど、その想いは熱烈。いわゆる外タレに取り巻くグルーピー状態で、タレントとしての”業界パワー”を使って彼らに近づくのですから、韓流ファンからはすこぶる評判が悪い。今回の韓国擁護にも猛反発を受けているほど」(同)

 テレビの明るいキャラクターとは対照的に、楽屋では無言でひたすらスマホをイジり、韓流グループの情報を集めているという大島。芸能プロ関係者によると「ハングルを勉強し、韓国語検定2級を保持しているが、それもお目当てのグループと直で繋がりたいのがミエミエ」という。

 これでは一連の”韓国擁護ツイート”が共感されないのも無理はない?

滝沢秀明の決断は? HiHi Jets未成年飲酒疑惑を交際相手が”ネット暴露”で波紋広がる

 厳しい処分が下るのか、それとも甘やかしてスルーとなるのか。

 9月2日夜、ジャニーズJr.内の人気ユニット『HiHi Jets』の橋本涼と作間龍斗のプライベート画像がネット上に流出し、ファンを騒然とさせている。また、2人はそれぞれ18歳と16歳だが、飲酒疑惑も浮上しているという。

「流出したのは、橋本と女性ファンのA子が同じベッドに入っている画像と、赤ら顔で寝る作間の画像です。その後、A子はインスタライブの生配信で4,000人の視聴者の前で写真流出の真相を告白。それによると、A子さんは橋本と交際していたといい、作間とも肉体関係があったとのこと。しかし、飲酒疑惑については自分のみだったと否定しています。ところが、A子の配信と同じ日に、今度は画像の“流出元”とされるB子もインスタライブで配信。こちらはA子だけでなく橋本、作間も未成年飲酒をしていると話していたようです」(女性誌記者)

 ベッドシーンだけなら厳重注意で済むかもしれないが、未成年飲酒となれば厳正なる処分は免れない。実際、今年6月には、ジャニーズJr.内ユニット『7MEN侍』のメンバーだった五十嵐玲央が、ネット上に未成年飲酒と喫煙の疑惑がもたれる動画が流出したことで、ジャニーズ退所に追い込まれたばかり。

「五十嵐が出演していたクイズ番組は、名前が消されて顔ボカシ入れた状態で放送される事態となりました。橋本、作間はテレビ出演も増えているだけに、本人たちが飲酒を認めればモザイク処理される可能性もありそうです。ジャニーズJr.の育成を任されている滝沢秀明氏はスキャンダル嫌いで知られ、問題を起こすタレントへの締め上げを徹底する決意を持っているとされています。今のところ、彼らに関するコメントを出していないジャニーズですが、滝沢氏がどういう判断を下すのか見物です」(テレビ関係者)

 HiHi Jetsは解体、他のグループとのシャッフルで新グループ結成でデビューなんてことがあるかもしれない?

「深夜まで説教」「肩を殴る」マネジャーを交代させまくる“パワハラ疑惑”の芸能人3人

 職場におけるパワハラ問題が増加傾向にあるとされ、社会問題化している昨今、芸能界も例外ではない。お笑い芸人の友近のパワハラ疑惑が8月21日に発売の「週刊新潮」(新潮社)によって報じられた。

 記事によると、今年に入ってから友近のマネジャー2人が、同社の幹部宛てに友近のパワハラを訴える嘆願書を提出。友近は同誌の取材に一部事実関係を認めた上で反論したものの、過去10年ほどで友近のマネジャーは20人近くも代わったという事実があるようだ。嘆願書には友近から、「向いてないから辞めろ」と罵倒されたことや、深夜まで説教されたことなど、パワハラまがいの言動が繰り返されたことが記されていたという。

「『新潮』の記事に掲載された友近の態度に対して、ネットユーザーは『会社に不満があるなら、独立すればいいのでは?」『ミスを叱責することがあったとしても、深夜までの説教はやりすぎ』『教育と思っていても、受け手がパワハラだと感じたら、友近にも問題がある』といったシビアな反応でした」(芸能ライター)

 歌手・広瀬香美も、マネジャーが7年間で28人も交代している。

 2018年5月21日、突然Facebook上で所属事務所「オフィスサーティー」とのマネジメント契約終了を発表し、新事務所へ移籍すると明言した広瀬香美。同年6月1日にはサーティー代表取締役の平野ヨーイチ氏が会見を開き、広瀬について「7年間のうち、マネジャーが28人も辞めた」「新人の女性マネジャーに対し、パワハラまがいの言動を取っていた」などと話し、さらに「広瀬に肩を殴られ、退所したマネジャーもいた」と“暴露話”を続けた。

「平野氏の会見に、ネット上からは『マネジャーを人と思っていなさそう」『事務所社長からこんなに悪口を言われるなんて、よほど態度がひどかったのかな……』『単純計算で1年に4人は、交代しすぎ。本当に問題ありそう』と厳しい声が集まりました」(同)

 また、モデルで女優の菜々緒も、8年間で14人もマネジャーが代わったことを、17年10月5日発売の「週刊文春」(文藝春秋)が報じている。

 記事によると菜々緒の性格は、「ドライで、人に興味がなく、ひたすら事務的な反応しかしない」といい、その一方で車の運転に厳しく、道の選択を誤り渋滞に巻き込まれると、機嫌が悪くなるそうだ。また、菜々緒の前ではジュースやコンビニの菓子を食べることも禁止されているとか。男性マネジャーが用意した弁当が油っぽかったことから、目の前でゴミ箱に捨てたこともあったという。

「悪女役を演じることが多い菜々緒ですが、ネットユーザーからは『テレビで見ていて、性格が悪そうな雰囲気だったけど本当なんだね」『渋滞なんて仕方ないのに、心が狭すぎる』『ドライな性格は問題ないと思うけど、歴代のマネジャーたちは堪え難い“何か”があったのか』と辛辣な言葉が飛び交いました」(同)

 人間同士、相性が合わない人がいることは仕方がないが、パワハラとも取れる言動は許されることではないだろう。
(立花はるか)

EXIT兼近大樹の売春あっせん報道に、吉本興業がピリピリと神経を尖らせる本当の理由

 チャラい言動や派手な外見とは裏腹にマジメキャラでブレーク中のお笑いコンビ、EXITの兼近大樹に”文春砲”が炸裂した。

 5日発売の「週刊文春」(文藝春秋)は、兼近がデビュー前の2011年、札幌で高校3年の女子生徒に売春を斡旋した売春防止法違反の疑いで逮捕され、10万円の罰金刑を受けたことや、別の窃盗事件を起こしていたことなどを報じた。


 兼近は事実関係を認め、謝罪。一方、吉本興業は過去の犯罪歴は「高度なプライバシー情報」であると主張し、文春に法的措置を含めて厳重抗議したことを公表した。


 ワイドショー関係者は「兼近本人はひた隠しにしていた犯罪歴がバレたことで、逆に『スッキリした』と話しており、仮に訴訟になっても文春にダメージはないでしょう。吉本がここまで強硬な態度に出たのには別の狙いがあるように感じます」と話す。


 雨上がり決死隊の宮迫博之らが処分された一連の闇営業問題。騒動はある程度、収束したかにみえるが、実は現在も吉本興業は気の抜けない日々を送っているという。事情を知る関係者が証言する。

「今も所属芸人の”闇スキャンダル”がマスコミのみならず同社にも持ち込まれ、『買い取れ』と交渉を持ちかけられるようです。吉本はコンプライアンスを遵守する姿勢を示しているので、そうした揺さぶりに応じることはないですが、中には”世に出たら芸人生命終了”なネタもあるそうで、かなり気を揉んでいるとも」


 今後そうしたネタがメディアでいつ飛び出すかもわからない。そうなった時に生きてくるのが、兼近の時に発揮した強硬姿勢だ。

 スポーツ紙記者は「兼近自身が週刊文春に感謝しているのに、吉本が法的措置と言うのには正直違和感があった。ただ、業界では一連の闇営業問題を経て『吉本は(報道に)厳しくなった』と言われているのも事実」と話す。いずれ別芸人の逮捕案件でも飛び出すとでもいうのだろうか。

昔話が図書館から消える! 『美女と野獣』は性差別的な物語!? ポリコレ的にNGな童話の世界

――『赤ずきん』、『シンデレラ』、『いばら姫(眠れる森の美女)』……誰もが知っている定番の童話に、ポリティカル・コレクトネスの波が迫っている。4月18日付の「The Guardian」紙の報道によると、このほどスペイン・バルセロナにある複数の学校で、「ジェンダーに関する固定観念や、差別的な要素が含まれる本」を図書室から排除する動きが進んでいるという。

 ある学校では、委任を受けた調査団体が幼児向けの蔵書約600冊を精査。登場人物の発言内容と役回りを1冊ずつ調べ上げた結果、約200冊について「教育的な価値がない」との判断を下した。海外ニュースサイト「The Local」のスペイン版によると、その中には『赤ずきん』、『シンデレラ』、『いばら姫』、『美女と野獣』といった、メジャーなタイトルも含まれている。こうした童話で描かれる女性は「勇者である男性の救助を待っている存在」として描かれることが多く、それが男女のステレオタイプを助長してしまうと問題視されているようだ。

「幼児は身の回りに起こることすべてを吸収します。そのため、この時期に性差別的な固定観念に触れると、それを当たり前のものとして受け取ってしまう」というのが、調査団体の主張。しかし、その一方で前出の「The Local」が取材したある図書館職員は「古典文学には独自の価値があり、検閲は危険な行為。行き過ぎたポリティカル・コレクトネスは、守るべきフェミニズムの価値観をかえって傷つけかねない」と、警告している。

 本稿では、このようにポリティカル・コレクトネスで排除されていく童話の現状を、識者の意見を交えながら明らかにしていきたい。

スペインの判断は童話を理解していない

 まず、今回スペインで下された判断について、グリム童話の専門家はどのように考えているのだろうか? 梅花女子大学大学院教授・武庫川女子大学名誉教授・日本ジェンダー学会会長の野口芳子氏はこう語る。

「スペインでの出来事については、『何を考えているんだ!』という思いです。確かに、ジェンダーは時代や社会によって変わるもので、求められる『男らしさ』と『女らしさ』も変わっていきます。だからといって、過去のジェンダー観が反映されている物語や昔話を排除すると、ジェンダーを歴史的に理解する機会を子どもから奪うことになります」

 過去を否定するのではなく、理解することが重要ということだが、そもそもジェンダーに限らず、童話や昔話というものは常に身近な教訓の教科書でもあった。野口氏は『赤ずきん』を例に挙げ、次のように解説する。

「1697年にシャルル・ペローがまとめた『赤ずきん』が収録されている『教訓をともなった昔話』は、当時のフランス国王・ルイ14世の姪に捧げられたものです。ペローの『赤ずきん』は最後に赤ずきんが狼に食べられて終わりますが、彼は19歳の貴族の令嬢に向けて『若い娘が知らない男の言葉に耳を貸すと、食べられてしまうよ』という、自身の身を守るための『教訓(モラリテ)』が付いた『昔話』を書いたのです」

 時代がくだり19世紀、『グリム童話集』に収録された『赤ずきん』は、口承で語り継がれた性的な部分を削除し、より教育的な側面が強くなったという。

「ドイツのグリム兄弟に『赤ずきん』を伝えたのは、ハッセンプフルーク家という良家の娘たちでした。一家はフランス移民で、父親が州知事を務めるくらいでしたから、貴族向けに書かれたペローの昔話も知っていたはずです。しかし、グリム兄弟の『赤ずきん』の内容はペローとは異なります。グリム版では祖母と娘が食べられて終わるのではなく、猟師によって救出される話になっているのです。さらに、その経験を生かして、今度は祖母と2人で狼をやっつけるという、後日談も入れています。つまり、悪い狼にやられた経験を生かして、やり返した娘と祖母の話として提供されているのです。この後日談は初版から入っており、あとで書き加えられた話ではありません。要するに主人公の成長、イニシエーションを語る昔話としての『赤ずきん』が提供されているのです。というのも、グリム兄弟の『赤ずきん』の想定されていた読者層は貴族ではなく、市民だったからです」(同)

 このように伝承を改変し、良いしつけを意図した一般市民の近代的な価値観に合わせて描かれていたはずの物語が、21世紀に入ると教育現場から排除される可能性も出始めたというわけだ。それでは、スペインの調査団体は、こうした物語の本質を理解していないということなのだろうか?

「(調査団体が批判している)『男による女の救出』とか『女は男に頼らないといけない存在』といったメッセージは、そもそも『赤ずきん』にはないのです。フランスのロワール地方に流布している口承のバージョンでは、赤ずきんは狼に食べられるのではなく、知恵を絞って狼を出し抜きます。人狼(ブズー)に食べられそうになると『おしっこがしたい』と言って家の外に出て、逃げられないように狼によって足に結ばれた紐を、赤ずきんはスモモの木に結びつけて、一目散に逃げます。騙されたと気づいた狼は追いかけますが、間に合いません。ここでは赤ずきんは無知で騙されやすい少女などではなく、知恵を絞って狼を出し抜く賢明でたくましい娘です。つまり、生産者である中世の農民の姿が反映されているのです。近代の消費者としての女性には『おとなしく、従順で、かよわい』ジェンダーが求められますが、中世の生産者としての女性は『賢く、勇敢で、したたかな』ジェンダーが求められています。このように昔話を読むことで、ジェンダーは『時代によって社会によって変遷する』ということが学び取れます。それによって、その時代のジェンダー観に縛られることなく、『もっと自由に生きていいのだ』という、気持ちを子どもが感じ取ることこそが、本当のジェンダー教育ではないでしょうか。だから、今のスペインの動きは間違っていると思います」(同)

 グリム童話研究の第一人者から、手厳しい声が上がるスペインの判断。『昔話にみる悪と欲望――継子・少年英雄・隣のじい』(青土社)などの著作を持つ、千葉大学名誉教授の三浦佑之氏もこの動きに批判的だ。

「出版されたのは過去のものなんだから、それをあろうことか、図書館が進んで『ダメな本です』と、喧伝するのは非常に良くない。童話に限らず、図書館はあらゆる本を提供する場所で、利用者は読みたい本を自由に選ぶ権利がありますから、本来であれば、たとえ殺人を教唆するような内容であっても、過去の本はすべて公開するべきでしょう。その一方で、子ども向けの本は教育と密接に関わりますから、物語の内容が教育上よろしくないという理由で規制がかかったり、時代によって新しい装いを取ったりということは、しばしば行われてきました。特に戦後は、戦前までの教科書に使われていた物語が禁止とされました。太平洋戦争後、GHQによって検閲された『桃太郎』はいい例ですよね。このように物語を排除する、あるいは、残酷な表現はやめて、もっとやさしい内容に書き換えるといったことは、いつの時代も行われてきたと思います」

『桃太郎』は戦時中、その内容から軍国主義の普及とスローガンに利用され、「桃太郎が真珠湾を攻撃する」というアニメまで制作されたが、その結果として戦後は教科書から消えてしまった。書き換えに関しても今回、スペインで排除の対象となったグリム童話も、前述したようにさまざまな口承をグリム兄弟が市民道徳に合うよう“調整”し、不純な性描写や残酷描写を取り除いた結果、今でも世界的に親しまれる作品になった。また、現在、絵本や児童書として市場に出回っている昔話は、今の価値観にアップデートされたものがほとんどだろう。
「多くの昔話は作者がいるわけでもないし、決まった形が定められているわけでもない。そのため、口伝によってバリエーションが増えて、変わっていくんです。変わっていくというのは、面白く変わっていくこともあれば、前述の『桃太郎』のように政治的な意図をもって変えられることもあり、誰かの都合によって変えられることもある。しかし、基本的には、そういった流れを淘汰できる物語だけが残っていくわけですから、今回のスペインのように一方的に昔話を規制するのはあってはならないことです」(同)

 今回のスペインにおける動きは世界中で報道され、議論を巻き起こしている。しかし、このようなポリティカル・コレクトネス的な観点に基づく童話の規制運動は、90年代から欧米諸国でたびたび起こっていた。

 例えば1990年には米国・カリフォルニア州の教育関係者が『赤ずきん』をやり玉に挙げ、結果として2つの校区で禁止される出来事があった。問題視されたのは「おばあちゃんへの贈り物に含まれていたワイン」である。具体的には、未成年にアルコールを扱わせたこと、狼がワインを飲み干して顔を赤くする描写などが「教育上よろしくない」とされた。

 さらに米国では92年にも、グリム童話の名作『ヘンゼルとグレーテル』に対し「魔女の品位を貶めている」と、クレームがついた。しかも、声を上げたのは自称「魔女」の女性。いわく、「この物語は『魔女を殺し、その所有物を盗んでも問題はない』という考えを植えつける」「魔女は子どもを食べたりしないし、黒帽子に長い鼻といったイメージも実態とは異なる」とのこと。さすがに、この訴えは黙殺されたが、地元の小学校ではヘンゼルとグレーテルを殺人罪の被告とした模擬裁判が行われるなど、思わぬ反響があった。

 近年では2017年、SNS上で「#MeToo」ムーブメントが盛り上がる中、イギリスの主婦が『いばら姫』の、王子による目覚めのキスを問題視。「禁止しろとまでは言わないが、(自分の息子が属する)小学校低学年のカリキュラムからは除外すべき」と、提言して炎上騒ぎとなった。この『いばら姫』について、野口氏はこう語る。

「グリム版のキスによる目覚めには性的な意味ではなく、口から生命を吹き込むという意味があるのです。西洋昔話では『キス』は精神的な愛を意味し、肉体的な『性交』を意味するものではありません。フランスのペロー版『眠れる森の美女』では、王子はキスをせず、姫と性的関係を持ちます。イタリアのバジレ版『太陽と月のターリア』では、妻帯者の王は眠っているターリアを犯して妊娠させます。『あまりに美しいので、愛の果実を摘み取った』と詩的な文章で書かれていますが、要はレイプしたのです。このバージョンを問題視するのならまだしも、グリム版のキスを問題視するのは見当違いです。グリム兄弟は結婚前に妊娠出産する南欧の『眠り姫』バージョンを、結婚後に出産する北欧の『いばら姫』バージョンに改変したのです。それによってグリム童話は広く市民社会に受け入れられてきたのです」

 木を見て森を見ず、とはまさにこのことである。このように物語の本質を理解しないまま、表面的な部分だけを見て排除してしまうのは、文化の破壊ともいえるのではないだろうか?

「童話や伝承の中に今の常識では理解できない部分はあったとしても、それを拒否するとか、なくしてしまおうとすることは許されないでしょう。例えば日本には『瓜子姫』という、ウリから産まれた瓜子姫が天邪鬼に連れ去られて木に吊るされる、あるいは殺されてしまうといった内容の民話がありますが、この物語は今の時代からすると、完全に児童虐待であり、堂々と人前で話せるものではないと思います。しかし、『こんな小さな女の子がなぜ、むごたらしく死ななければならない?』といったように、その時代の中で少女の置かれていた立場といったことを考えるには、この物語はひとつのヒントにはなるかもしれない。もっと強引に言えば、現代の女性に対する性差別を考える、ひとつのきっかけを与えるかもしれません」(三浦氏)

 前出のスペインの調査団体も、6~12歳の小学生児童については「物語を批評的に分析する能力が備わっており、性差別的な要素に自ら気づくこともある。本はそういった学びの機会を与える」と、一定の理解を示している。だが、スペインで起きたような童話排除の動きは今後、世界にも波及するのだろうか?

「スペインの場合でも図書館がどういう経緯でこの判断に至ったのかは、ニュースなどでは詳しく書かれていませんが、子どもにどういう物語を与えればいいのかは人によって立場が違うし、『この本やめよう』となったら、その時点で図書館に入らないわけですから、ないとはいえない。知らないところで、見えない規制は、すでに行われているのではないでしょうか。図書館運営の中心になってくるのは司書ですから、彼ら/彼女らの判断によるところが大きくなりそうですね。とはいえ、誰かが決まった形を作るよりも、自然のなりゆきに任せるのが本来の昔話のあり方なんじゃないでしょうか? みんなが面白いと思ったものが後世に語り継がれていくわけで、『これはダメ、これはOK』というのは、誰かが上から決めるものではないと思います」(同)

 ポリティカル・コレクトネスを重視するのも、ひとつの時代の流れではある。しかし、それにかこつけて臭いものに蓋をするような対応は、過去だけでなく未来あるいは書物そのものをも冒涜する行為であることは肝に銘じておくべきだ。(月刊サイゾー7月号『ヤバい本150冊』より)

昔話が図書館から消える! 『美女と野獣』は性差別的な物語!? ポリコレ的にNGな童話の世界

――『赤ずきん』、『シンデレラ』、『いばら姫(眠れる森の美女)』……誰もが知っている定番の童話に、ポリティカル・コレクトネスの波が迫っている。4月18日付の「The Guardian」紙の報道によると、このほどスペイン・バルセロナにある複数の学校で、「ジェンダーに関する固定観念や、差別的な要素が含まれる本」を図書室から排除する動きが進んでいるという。

 ある学校では、委任を受けた調査団体が幼児向けの蔵書約600冊を精査。登場人物の発言内容と役回りを1冊ずつ調べ上げた結果、約200冊について「教育的な価値がない」との判断を下した。海外ニュースサイト「The Local」のスペイン版によると、その中には『赤ずきん』、『シンデレラ』、『いばら姫』、『美女と野獣』といった、メジャーなタイトルも含まれている。こうした童話で描かれる女性は「勇者である男性の救助を待っている存在」として描かれることが多く、それが男女のステレオタイプを助長してしまうと問題視されているようだ。

「幼児は身の回りに起こることすべてを吸収します。そのため、この時期に性差別的な固定観念に触れると、それを当たり前のものとして受け取ってしまう」というのが、調査団体の主張。しかし、その一方で前出の「The Local」が取材したある図書館職員は「古典文学には独自の価値があり、検閲は危険な行為。行き過ぎたポリティカル・コレクトネスは、守るべきフェミニズムの価値観をかえって傷つけかねない」と、警告している。

 本稿では、このようにポリティカル・コレクトネスで排除されていく童話の現状を、識者の意見を交えながら明らかにしていきたい。

スペインの判断は童話を理解していない

 まず、今回スペインで下された判断について、グリム童話の専門家はどのように考えているのだろうか? 梅花女子大学大学院教授・武庫川女子大学名誉教授・日本ジェンダー学会会長の野口芳子氏はこう語る。

「スペインでの出来事については、『何を考えているんだ!』という思いです。確かに、ジェンダーは時代や社会によって変わるもので、求められる『男らしさ』と『女らしさ』も変わっていきます。だからといって、過去のジェンダー観が反映されている物語や昔話を排除すると、ジェンダーを歴史的に理解する機会を子どもから奪うことになります」

 過去を否定するのではなく、理解することが重要ということだが、そもそもジェンダーに限らず、童話や昔話というものは常に身近な教訓の教科書でもあった。野口氏は『赤ずきん』を例に挙げ、次のように解説する。

「1697年にシャルル・ペローがまとめた『赤ずきん』が収録されている『教訓をともなった昔話』は、当時のフランス国王・ルイ14世の姪に捧げられたものです。ペローの『赤ずきん』は最後に赤ずきんが狼に食べられて終わりますが、彼は19歳の貴族の令嬢に向けて『若い娘が知らない男の言葉に耳を貸すと、食べられてしまうよ』という、自身の身を守るための『教訓(モラリテ)』が付いた『昔話』を書いたのです」

 時代がくだり19世紀、『グリム童話集』に収録された『赤ずきん』は、口承で語り継がれた性的な部分を削除し、より教育的な側面が強くなったという。

「ドイツのグリム兄弟に『赤ずきん』を伝えたのは、ハッセンプフルーク家という良家の娘たちでした。一家はフランス移民で、父親が州知事を務めるくらいでしたから、貴族向けに書かれたペローの昔話も知っていたはずです。しかし、グリム兄弟の『赤ずきん』の内容はペローとは異なります。グリム版では祖母と娘が食べられて終わるのではなく、猟師によって救出される話になっているのです。さらに、その経験を生かして、今度は祖母と2人で狼をやっつけるという、後日談も入れています。つまり、悪い狼にやられた経験を生かして、やり返した娘と祖母の話として提供されているのです。この後日談は初版から入っており、あとで書き加えられた話ではありません。要するに主人公の成長、イニシエーションを語る昔話としての『赤ずきん』が提供されているのです。というのも、グリム兄弟の『赤ずきん』の想定されていた読者層は貴族ではなく、市民だったからです」(同)

 このように伝承を改変し、良いしつけを意図した一般市民の近代的な価値観に合わせて描かれていたはずの物語が、21世紀に入ると教育現場から排除される可能性も出始めたというわけだ。それでは、スペインの調査団体は、こうした物語の本質を理解していないということなのだろうか?

「(調査団体が批判している)『男による女の救出』とか『女は男に頼らないといけない存在』といったメッセージは、そもそも『赤ずきん』にはないのです。フランスのロワール地方に流布している口承のバージョンでは、赤ずきんは狼に食べられるのではなく、知恵を絞って狼を出し抜きます。人狼(ブズー)に食べられそうになると『おしっこがしたい』と言って家の外に出て、逃げられないように狼によって足に結ばれた紐を、赤ずきんはスモモの木に結びつけて、一目散に逃げます。騙されたと気づいた狼は追いかけますが、間に合いません。ここでは赤ずきんは無知で騙されやすい少女などではなく、知恵を絞って狼を出し抜く賢明でたくましい娘です。つまり、生産者である中世の農民の姿が反映されているのです。近代の消費者としての女性には『おとなしく、従順で、かよわい』ジェンダーが求められますが、中世の生産者としての女性は『賢く、勇敢で、したたかな』ジェンダーが求められています。このように昔話を読むことで、ジェンダーは『時代によって社会によって変遷する』ということが学び取れます。それによって、その時代のジェンダー観に縛られることなく、『もっと自由に生きていいのだ』という、気持ちを子どもが感じ取ることこそが、本当のジェンダー教育ではないでしょうか。だから、今のスペインの動きは間違っていると思います」(同)

 グリム童話研究の第一人者から、手厳しい声が上がるスペインの判断。『昔話にみる悪と欲望――継子・少年英雄・隣のじい』(青土社)などの著作を持つ、千葉大学名誉教授の三浦佑之氏もこの動きに批判的だ。

「出版されたのは過去のものなんだから、それをあろうことか、図書館が進んで『ダメな本です』と、喧伝するのは非常に良くない。童話に限らず、図書館はあらゆる本を提供する場所で、利用者は読みたい本を自由に選ぶ権利がありますから、本来であれば、たとえ殺人を教唆するような内容であっても、過去の本はすべて公開するべきでしょう。その一方で、子ども向けの本は教育と密接に関わりますから、物語の内容が教育上よろしくないという理由で規制がかかったり、時代によって新しい装いを取ったりということは、しばしば行われてきました。特に戦後は、戦前までの教科書に使われていた物語が禁止とされました。太平洋戦争後、GHQによって検閲された『桃太郎』はいい例ですよね。このように物語を排除する、あるいは、残酷な表現はやめて、もっとやさしい内容に書き換えるといったことは、いつの時代も行われてきたと思います」

『桃太郎』は戦時中、その内容から軍国主義の普及とスローガンに利用され、「桃太郎が真珠湾を攻撃する」というアニメまで制作されたが、その結果として戦後は教科書から消えてしまった。書き換えに関しても今回、スペインで排除の対象となったグリム童話も、前述したようにさまざまな口承をグリム兄弟が市民道徳に合うよう“調整”し、不純な性描写や残酷描写を取り除いた結果、今でも世界的に親しまれる作品になった。また、現在、絵本や児童書として市場に出回っている昔話は、今の価値観にアップデートされたものがほとんどだろう。
「多くの昔話は作者がいるわけでもないし、決まった形が定められているわけでもない。そのため、口伝によってバリエーションが増えて、変わっていくんです。変わっていくというのは、面白く変わっていくこともあれば、前述の『桃太郎』のように政治的な意図をもって変えられることもあり、誰かの都合によって変えられることもある。しかし、基本的には、そういった流れを淘汰できる物語だけが残っていくわけですから、今回のスペインのように一方的に昔話を規制するのはあってはならないことです」(同)

 今回のスペインにおける動きは世界中で報道され、議論を巻き起こしている。しかし、このようなポリティカル・コレクトネス的な観点に基づく童話の規制運動は、90年代から欧米諸国でたびたび起こっていた。

 例えば1990年には米国・カリフォルニア州の教育関係者が『赤ずきん』をやり玉に挙げ、結果として2つの校区で禁止される出来事があった。問題視されたのは「おばあちゃんへの贈り物に含まれていたワイン」である。具体的には、未成年にアルコールを扱わせたこと、狼がワインを飲み干して顔を赤くする描写などが「教育上よろしくない」とされた。

 さらに米国では92年にも、グリム童話の名作『ヘンゼルとグレーテル』に対し「魔女の品位を貶めている」と、クレームがついた。しかも、声を上げたのは自称「魔女」の女性。いわく、「この物語は『魔女を殺し、その所有物を盗んでも問題はない』という考えを植えつける」「魔女は子どもを食べたりしないし、黒帽子に長い鼻といったイメージも実態とは異なる」とのこと。さすがに、この訴えは黙殺されたが、地元の小学校ではヘンゼルとグレーテルを殺人罪の被告とした模擬裁判が行われるなど、思わぬ反響があった。

 近年では2017年、SNS上で「#MeToo」ムーブメントが盛り上がる中、イギリスの主婦が『いばら姫』の、王子による目覚めのキスを問題視。「禁止しろとまでは言わないが、(自分の息子が属する)小学校低学年のカリキュラムからは除外すべき」と、提言して炎上騒ぎとなった。この『いばら姫』について、野口氏はこう語る。

「グリム版のキスによる目覚めには性的な意味ではなく、口から生命を吹き込むという意味があるのです。西洋昔話では『キス』は精神的な愛を意味し、肉体的な『性交』を意味するものではありません。フランスのペロー版『眠れる森の美女』では、王子はキスをせず、姫と性的関係を持ちます。イタリアのバジレ版『太陽と月のターリア』では、妻帯者の王は眠っているターリアを犯して妊娠させます。『あまりに美しいので、愛の果実を摘み取った』と詩的な文章で書かれていますが、要はレイプしたのです。このバージョンを問題視するのならまだしも、グリム版のキスを問題視するのは見当違いです。グリム兄弟は結婚前に妊娠出産する南欧の『眠り姫』バージョンを、結婚後に出産する北欧の『いばら姫』バージョンに改変したのです。それによってグリム童話は広く市民社会に受け入れられてきたのです」

 木を見て森を見ず、とはまさにこのことである。このように物語の本質を理解しないまま、表面的な部分だけを見て排除してしまうのは、文化の破壊ともいえるのではないだろうか?

「童話や伝承の中に今の常識では理解できない部分はあったとしても、それを拒否するとか、なくしてしまおうとすることは許されないでしょう。例えば日本には『瓜子姫』という、ウリから産まれた瓜子姫が天邪鬼に連れ去られて木に吊るされる、あるいは殺されてしまうといった内容の民話がありますが、この物語は今の時代からすると、完全に児童虐待であり、堂々と人前で話せるものではないと思います。しかし、『こんな小さな女の子がなぜ、むごたらしく死ななければならない?』といったように、その時代の中で少女の置かれていた立場といったことを考えるには、この物語はひとつのヒントにはなるかもしれない。もっと強引に言えば、現代の女性に対する性差別を考える、ひとつのきっかけを与えるかもしれません」(三浦氏)

 前出のスペインの調査団体も、6~12歳の小学生児童については「物語を批評的に分析する能力が備わっており、性差別的な要素に自ら気づくこともある。本はそういった学びの機会を与える」と、一定の理解を示している。だが、スペインで起きたような童話排除の動きは今後、世界にも波及するのだろうか?

「スペインの場合でも図書館がどういう経緯でこの判断に至ったのかは、ニュースなどでは詳しく書かれていませんが、子どもにどういう物語を与えればいいのかは人によって立場が違うし、『この本やめよう』となったら、その時点で図書館に入らないわけですから、ないとはいえない。知らないところで、見えない規制は、すでに行われているのではないでしょうか。図書館運営の中心になってくるのは司書ですから、彼ら/彼女らの判断によるところが大きくなりそうですね。とはいえ、誰かが決まった形を作るよりも、自然のなりゆきに任せるのが本来の昔話のあり方なんじゃないでしょうか? みんなが面白いと思ったものが後世に語り継がれていくわけで、『これはダメ、これはOK』というのは、誰かが上から決めるものではないと思います」(同)

 ポリティカル・コレクトネスを重視するのも、ひとつの時代の流れではある。しかし、それにかこつけて臭いものに蓋をするような対応は、過去だけでなく未来あるいは書物そのものをも冒涜する行為であることは肝に銘じておくべきだ。(月刊サイゾー7月号『ヤバい本150冊』より)

関ジャニ∞・安田章大、錦戸亮の退所コメントに「本当に許せない」とファン怒りのワケ

 関ジャニ∞・錦戸亮がグループを脱退し、9月30日をもってジャニーズ事務所を退所することが明らかになった。同5日にファンクラブサイトで発表し、会員向けの動画では錦戸を除く5人が今後に関する決意を語っていたという。ファンの間では、脱退の道を選んだ錦戸に対する批判が上がったほか、ジャニーズ事務所の公式コメントにも怒りの声が続出している。

 今年春頃から、一部週刊誌の報道によって脱退説がささやかれていた錦戸。本人たちはうわさを完全否定せずに活動を続けてきたが、錦戸、横山裕、村上信五、丸山隆平、安田章大、大倉忠義の6人で話し合いを続けた結果、3月末には脱退が決定したという。一大決心をした錦戸は「僕なりの形で、僕なりのエンターテイメントとは何なのかを、改めて考え、これからも発信し、恩返しできるよう努めていきたいと思います」「応援していただいた皆様には感謝の気持ちで一杯です」とコメントしている。

「ジャニーズ事務所公式サイトのJohnny's netとJohnny's webにもメッセージが掲載されており、事務所側は『このような決断に至りました経緯としまして、2018年、関ジャニ∞は長年苦楽を共にしたメンバーの脱退、 また、安田章大の大きな怪我により環境が大きく変化致しました』『それぞれが“自分達の人生”、そして、“これからの生き方”について考え、 メンバー同士、また、事務所スタッフとも沢山の話し合いを重ねて参りました』と説明しています。その結果、CDデビュー15周年の記念ツアー『十五祭』や、ジャニー喜多川社長(享年87)のお別れ会が無事に終了したタイミングでの発表になったそうです」(ジャニーズに詳しい記者)

 ファンは、昨年も渋谷すばるの脱退で大きなショックを受けただけに、今回の錦戸に対しては「関ジャニ∞にいて、できないことって何?」「5大ドームもやれる、ドラマや映画に主演できる。舞台だって音楽活動もできるのに、ここでできないエンターテイメントって?」「グループを存続危機にさせてまで脱退して、芸能活動を続けるなんて無茶。誰も支持しない」「こんな辞め方したら、芸能界ではやっていけない」と、辛らつな意見が続出している。

 一方、事務所の公式コメントで触れられた、安田に関する記述に引っかかりを覚えたファンも少なくないようだ。2017年に脳腫瘍(髄膜腫)の摘出手術を受け、昨年4月に背中と腰を骨折し、全治3カ月の大けがを負った安田について、ファンクラブ向けの文章でも「安田が万全ではない自分の身体で、いつまでこの仕事を全うできるのか…という問題に直面しました」と書かれていたという。

 これを見たファンは、「ヤスの病気が脱退の原因みたいに書いてほしくない」「ヤスはなりたくもない病気になって、ライブで全国回ったのに、『万全ではない自分の身体で』とか書かないで」「ヤスくんの病気は、亮ちゃんの脱退に関係なくない? 書き方がおかしいよ」「好きで病気になったわけじゃないのに。ヤスの人生を否定するな。本当に許せない」「ジャニーズの公式コメントに問題がある。本人のコメントで十分だから書き直して」「わざわざ公式文書の中に書くことではない」と、不快感を次々にあらわにしている。

 しかし対照的に、「騒いでる人たちは『ヤスのせい』と『ヤスのことが考えるキッカケの1つ』の区別をつけてほしい」「あれは亮ちゃんが書いたわけじゃないから。亮ちゃんを責めるのは絶対に違う」と、冷静に受け止める人も。いずれにせよ、自身に関する記述をめぐってファンが言い争いになることは、安田も望んではいないだろう。

 錦戸を含む6人の関ジャニ∞は『十五祭』が最後のステージだったそうで、11月からは残るメンバーで12年ぶりとなる47都道府県ツアーを開催する。大きなアクシデントもなく、ツアーを完走してほしいものだ。