
芸能界やスポーツ界など、著名人の薬物逮捕者が出ると、世間が特に注目するのが、その“外見”ではないだろうか。
薬物依存になると、外見が変化する――そんな昔からある薬物のイメージを、さらに世間に強く印象付けたのが、2010年、神奈川県横浜市中区にて、コカインをポリ袋に入れて所持していたことが発覚し、現行犯逮捕された田代まさしだろう。ニュース番組で盛んに報じられた田代は、激やせして頬がげっそりとこけ、目元がくぼみ、頭髪も薄くなって、顔色も悪いといった容貌で、多くの人々が、「薬物のせいでボロボロになった」「薬物は怖すぎる」「『それとも人間やめますか?』って本当なんだ」などと驚きの声を上げたのだ。
このように、薬物逮捕された著名人の外見は、薬物の恐ろしさを世間へ視覚的にダイレクトに伝えるものとなっているが、その一方で、見た目がまったく変わらない人物もいる。例えば、09年に覚せい剤取締法違反(使用、所持)で起訴された酒井法子は逮捕時、「以前と見た目が違う」といったことはなく、現在では「怪物級の美魔女」として、アラフィフらしからぬ若々しいルックスを称賛されているのだ。
薬物で見た目が激変する人と、まったく変わらない人がいるのはなぜなのか? その疑問を解決すべく、国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所 薬物依存研究部部長の松本俊彦先生に取材を行うと、開口一番「薬物で見た目が変わるというのは、あまりあてになりません」と、話を始めてくれた。
薬物使用で見た目は変わらない――取材開始早々、意外な事実が明るみとなったが、松本先生は、世間にはびこる“勘違い”を解説してくれた。
「確かに薬物によって外見が変わるというイメージは強く、昔、文部科学省による高校生の『薬物乱用防止啓発ポスターコンクール』の審査員をしたとき、みんな目が落ち窪んで、頬がこけているゾンビのような絵を描いていました。しかし、そういう薬物依存者は本当に重篤な、それこそ“死ぬ直前”の人にくらいしかいないのではないでしょうか。それに、田代まさしさんが逮捕されたときの“げっそりした顔の写真”がよくネットに出回っていますが、あの顔と薬物との因果関係はわかりません。もしかすると、別の事情で体調を崩していた可能性もあります。クスリを使うと不摂生になって、顔がちょっと疲れて見えるというのはあるかもしれませんが、個人差があります。少なくとも誰もが明らかに見た目が変わることはありません。それにクスリを使っていなくても、顔が疲れている人は普通にいますよね」
松本先生いわく、「例えば、若者に薬物を勧める薬物依存者というのは、ちょっとイケてる年上のお兄さんのような外見の印象なんです。だからみんな、『ああ、クスリをやっても大丈夫なんだ』と思ってしまうわけです」とのこと。確かに、薬物依存者の外見が病的であれば、誘われても手を出さない人が大半なのかもしれない。
「外見は本当に人それぞれなんです。他者から見て『ちゃんとしているな』という場合はクスリを使っているときで、『普段よりちょっとヨレているな、やつれているな』という場合はクスリを使うのを我慢しているときなんて人も結構います。もちろん、重篤な人は見た目が変わる場合もありますが、そこまでいくのはごく一部。見た目だけではクスリを使っているかどうかはわからないし、だからこそ逮捕されたときに『まさかあの人が』と驚くんです」
世間では、こんなウワサも蔓延している。16年に覚せい剤で逮捕された、元プロ野球選手の清原和博と俳優の高知東生は、「色黒で眼光が鋭い」という共通点があり、ネット上では、これらもまた、薬物依存者の特徴的な見た目だとささやかれていたが……。
「じゃあ、酒井法子さんが色黒だったか、眼光が鋭かったかという話です。色黒というのは、薬物の影響ではなく、日焼けサロンに行くことを好むカルチャー圏の人たちが、たまたまクスリに近いところにいるというのが真相なのではないかと思っています」
松本先生の話によると、一部ネット上でウワサされている「やつれた顔や体を隠すために色黒にしている」という説も「患者さんからそんな話は聞いたことがないです」とのこと。また、薬物を使用すると、体を虫が這いずり回る感覚を覚えるため、皮膚を引っ掻き回してしまい、それを隠すために焼いているという説もあるが、「確かに重篤なコカイン乱用者ではそうした症状が出ることが知られていますが、めったに出る症状ではありません。覚せい剤でもそういった症状が出る人もいますが、かなり重症な人です」。コカインといえば、15年に逮捕された女優・高部あいが思い浮かぶが、逮捕時の彼女は肌が白く、見た目に何の違和感もなかった。
「覚せい剤を使用している状態の時にはテンションが高くベラベラしゃべるというのは、確かにその通り。瞳孔が開いて目がキラキラして見える、目が大きく見える、また汗ばんで肌がテカッているというのも特徴ですが、薬物を使用していない人でも、こういった状態になる人は珍しくありませんよね。あと、ろれつが回らないともよく言われていますが、むしろ覚せい剤を使うと、早口になり、滑舌がよくなります。ろれつが回らないのは、恐らく覚せい剤で上がったテンションを抑えるために、医者からもらった安定剤を飲んでいたり、あるいは覚せい剤の効果が切れて虚脱しているような場合ではないでしょうか。そもそも最も、見た目によって『この人、使ってるな』とわかる薬物は、アルコールですよ。僕は、アルコールはれっきとした薬物だと思っていて、アルコールは覚せい剤なんかよりはるかに脳みそが縮むし、内臓障害も深刻で、覚せい剤よりマシなのは、幻覚が出てこないということくらいです」
ではなぜ、これほどまでに、「薬物=見た目が変わる」というイメージが広まってしまったのだろうか。松本先生は、薬物が広まった背景をひもときながら、次のような見解を示してくれた。
「クスリというと、反社会的な人物が手を染めるものと考えられているかもしれませんが、第二次世界大戦後の日本では、新聞記者や文化人たちもクスリを使っていて、作家の坂口安吾さんや織田作之助さんがヒロポン注射をよく打っていたというのも有名な話。その後、薬物が違法化されたことにより、反社会的な生育歴を持つ人が薬物を使用するようになっていったという流れなんです。昭和50年代頃には、そういった反社会的な人物が、クスリの影響というより、その人の元々の性格によって、凶悪事件を多数起こしたことでクスリも社会問題になり、また、そうした人物がより多くの人をハメようと、濃度を高め、依存性を強めた薬物を世に広めようとしていました。日本民間放送連盟(民放連)が『覚せい剤やめますか? それとも人間やめますか?』というCMを流し始めたのも、ちょうどその頃。覚せい剤撲滅のために、クスリがいかに恐怖なのかというのを知らしめようとしたのだと思いますが、マスメディアがそのベタなイメージを深く考えずに今も使っているのが、『薬物=見た目が変わる』という印象を強めてしまったのかなと考えます」
バブルがはじけた直後から90年代半ば頃には、一般人の間にも覚せい剤が広がり、「推測ですが、ここ数年で逮捕された芸能人たちは、その頃にクスリを始めたのでは。そういう人たちは、反社会的な人物ではないから、凶悪事件を起こさない。でもクスリをやめるのは難しくて、結果、捕まったのかなと感じています」。
また、松本先生は、薬物は見た目を激変させるというのが、薬物使用者への偏見や差別を増長させるのではないかと、危惧しているそうだ。
「芸能人が薬物逮捕された際、マスメディアが、見た目の変化をことさらに指摘し、『薬物依存者はモンスター』というイメージを強調させているのではないでしょうか。薬物乱用防止のための啓発かもしれませんが、一方で、薬物依存症リハビリ施設『ダルク』の設立反対運動が市民の間で起こっているという話を聞くと、差別や偏見を増長させ、治療を目指す薬物依存者を孤立させているのではないかと感じてしまうんです。マスメディアの報道の仕方も考えていかなければいけませんね」
最後に、「『見た目は変わらないからクスリをやっても大丈夫』と訴えたいわけではなく、かと言って『見た目は変わらないけれど、逆にこんな恐ろしさがある』と、ことさらに恐怖を煽りたいわけではない」と語った松本先生。「違法薬物に手を出してはいけない」という啓発とともに、薬物にまつわる正しい知識を世間に周知させることの重要性を実感させられた。
松本俊彦(まつもと・としひこ)
国立研究開発法人国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所薬物依存研究部部長。1993年佐賀医科大学医学部卒業後、国立横浜病院精神科、神奈川県立精神医療センター、横浜市立大学医学部附属病院精神科などを経て、2015年より現職。日本アルコール・アディクション医学会理事、日本精神科救急学会理事。『よくわかるSMARPP―あなたにもできる薬物依存者支援』(金剛出版)『自分を傷つけずにはいられない 自傷から回復するためのヒント』(講談社)など著書多数。