小保方晴子、見た目激変の“復活劇”――不祥事対応の専門家が「名前を改めても」とダメ出し!

 「STAP細胞騒動」の主人公・小保方晴子氏が、再びメディアに姿を現した――。

 2014年、「STAP細胞」研究を発表し、一躍時の人となった独立行政法人理化学研究所の元研究員・小保方氏。その後、STAP論文にさまざまな研究不正があるのではという疑義が浮上し、論文には「改ざん」「ねつ造」と判断できる箇所があると認定されるに至った。小保方氏は、それに反論する形で会見を行い「STAP細胞はあります!」と力強く宣言したものの、STAP細胞を再現できなかったことから論文は撤回、あわせて早稲田大学の博士論文にも不正が発覚して博士号を取り消され、またES細胞の窃盗容疑で告発(不起訴)されるなどの騒動も勃発。さらには上司にあたる副センター長・笹井芳樹氏が自殺するという惨事まで招き、14年を代表する大事件として、各メディアが盛んに報道合戦を繰り広げていた。

 小保方氏は、同年末に理研を退職。16年には、STAP騒動の内幕を記した手記『あの日』(講談社)を発表し、同年「あなたの受けたマスコミを通してのもの凄いバッシングには涙がでました」という瀬戸内寂聴氏からの申し出によって、「婦人公論」(中央公論新社)で対談を行うと、その後、同誌にて連載「小保方晴子日記」をスタートした。そして先月、連載をまとめたエッセイを発売するに至り、久しぶりに同誌に近影を寄せたのだが、世間の反応は意外なものだった。

 「小保方さん、めちゃくちゃ美人になった!」「別人みたい」「STAP細胞で若返ったの?」……そんなコメントがネット上を飛び交ったのは、写真家・篠山紀信氏撮影の近影が、以前に比べて垢抜けた姿で、確かに「可愛くなった」といえるルックスだったから。さらには、彼女が着用していたGUCCIのワンピースが20万円を超える高級品だということも取り沙汰されている状況だ。

 外見ばかりが注目されているこの復活劇は、小保方氏にとって最良のものだったのだろうか? 今回、企業不祥事発覚時の記者会見対応などの“クライシスマネジメント(危機管理)サポート”を行う会社ブライト・ウェイ代表で、レピュテイション(※)・コンサルタントの高祖智明氏に取材を行った。再起を図る方法として、小保方氏の戦略はどう評価できるのか、意見を聞いた。
※レピュテイション:評判

 まず高祖氏は、今回「婦人公論」に登場した経緯、またその登場の仕方ついて、「自ら望んで出たのか、それとも周囲から場を与えられたのか」「自己プロデュースなのか、それとも周りからの演出なのか」が気になったという。というのも、そもそも彼女は、騒動を通して“マスコミによって”持ち上げられ、落とされた印象が強いからだそうだ。

「小保方さんが最初に注目されたとき、“リケジョの星”とかなり持ち上げられ、“割烹着”も話題になりましたよね。ただ、彼女はユニットリーダーだったものの、ポスドクであり、理研での立場はそこまで高くなかった。それだけに『マスコミ向けに使われたのかな』と感じていたんです。そして、論文の不正が取り沙汰されると、一転してマスコミから大バッシングされることに。世間的には、やはりSTAP細胞発表でメディアに取り上げられていたときの彼女、また、STAP論文に不正はないと主張した会見での彼女が、強く印象付けられていると思います。そこにきて、笹井氏が自殺したことで“悪者”となり、ブラウン管から姿を消したというイメージなのでは」

 ある意味、マスコミに振り回されたといえる小保方氏。ワイドショーは研究内容や、その事実うんぬんではなく、小保方氏個人に着目し、そのキャラクターや転落劇を追っていたフシがあるという。「婦人公論」への登場の仕方も、小保方氏が主導したのではなく、そうした世間の関心を引くよう、出版社サイドが仕掛けたとも考えられるようだ。

 高祖氏は、小保方氏がメディアに再び登場した件について、「荻野目慶子さんを思い出しました」と語る。1990年、荻野目の当時の愛人であった映画監督・河合義隆氏が、彼女の自宅で首吊り自殺をするという大事件が起こった。92年には、その監督が撮影したヌード写真集『SURRENDER―荻野目慶子写真集』(講談社)が発売され、事件の影響もあってか、売り上げは好調だったという。

「当時、私も『評判がいいし、どんな内容だろう』と編集者としての興味もあり、1冊購入して持ち帰りました。テーブルに置いて別な事をしていたら、それを見つけた妻がいきなり激怒しまして。ヌード写真だからではなく、『不倫相手の監督を自殺に追いやった女のヌードを見たいのか?』という理由で怒っていたんです。結局、写真集は一度もページを開かないまま書店に返品しました。小保方さんは笹井さんと愛人関係などではなかったと思われますが、“騒動に関わった人物が自殺した”という事実を知っている人が、小保方さんの再登場をどう受けとめるのか。荻野目慶子写真集に対する妻の反応を思い出すと、『婦人公論』への今回の登場の仕方は、違和感を覚えます」

 篠山氏撮影の美しさが際立つ小保方氏の写真については、「それを受け止める側の気持ちを、考えていないのではないかと思った」そうだ。

「マスコミで報じられている小保方さんしか知らない人にとっては、『なんでまた出てきたの?』『しかもこんなに作りこんで』と感じるのでは。それに、『婦人公論』は女性が読者ですよね。男性誌であれば、ルックス重視の写真というのも理解できるのですが……。そもそも、何を目的に登場したのかが、よくわからないんです。『新しい自分になります』という意味で出てきたのなら、目標なり、なりたい自分像なりがあるはずなのですが、それが誌面から見えてきませんでした」

 小保方氏は『小保方晴子日記』において小説を書いていることを明かし、また誌面に寄せた手記では、今後について「社会貢献をしていきたい」と語っていたが、「社会貢献をしたかったら、あの写真ではない。“外観が美しくなった自分を見てね”というのは違いますよね。例えば、ドキュメンタリー・報道系の写真家が日常における小保方さんを撮っていたらどうだったのだろう、と考えてしまいます」という。

 小保方氏の写真には、読者や、誌面を取り上げたワイドショーを見る視聴者が、どう思うかという重要な視点が抜けていると高祖氏は語る。それゆえに、「出版社の炎上商法なのではないかとすら感じる」そうだ。

「3月に発売された本は“日記”ですよね。騒動から時間がたち、小説でも手記でもなく“日記”って、読まれるのかなと思いました。なので、世間に興味を持たせるために、あえて出版社が強く外観を打ち出したという見方もできます。小保方さんは現在、出版社の人以外に、身近に仕事の話ができる人はいるのでしょうか? 相談相手は家族くらいしかいないのではと思うのですが、それゆえに、出版社側の誘導に“引っ張られた”気もするんです。もっとたくさんの人からアドバイスをもらえれば、また違う再登場の仕方もあったのでは」

 小保方氏というより、出版社サイドの思惑が見え隠れする中、当事者である彼女自身も、「再登場にあたって自己分析できていたのか気になる」という。

「STAP細胞騒動で研究の世界から“干された”自分が、また人前に出る――それは再び研究者として活動するためなのか、何か別のことをやりたくて出てきたのか。婦人公論の記事では『私がここまで元気になれたのは婦人公論の読者の方々のおかげです。元気になった姿を見ていただくことで、感謝の気持ちをお伝えできればと思い、今日この場に出る決意をいたしました』とあります。篠山さんに写真を撮ってもらえるのですから、大変なインセンティブとも言えます。しかし、自分が世間からどう見られているのか、どういう印象を持たれているのか。そういった点を、小保方さんは考えられたのか疑問に思います。文字だけではなくビジュアルが世に出るとき、世間の注目が集まることを想像できていなかったのでしょう。現状の自己分析ができていないと、再登場の方向性を間違えるのは当然です」

 改めて小保方氏の写真について「『もう一度私らしく』 と登場した写真は、私には言われないとわからないレベルでルックスが変わった。 過去の小保方晴子を捨てて、研究とは別の世界で生きるつもりなら、 騒動の記憶がつきまとう名前も変えて(改めて)出てきてもよかったのに」と語っていた高祖氏。小保方氏が、 今後どのような形で“社会貢献”をしていくのか、注目していきたい。 

高祖智明(こうそ・ともあき)
ブライト・ウェイ代表、レピュテイション(※)・コンサルタント。1981年、リクルートに入社し、「ケイコとマナブ」など、数々の情報誌の編集・創刊に携わる。95~98年福岡ドーム広報宣伝部長を経て99年より現職。99年より現職。育児ポータルサイト「こそだて」プロデュース、育児情報誌「miku」プロデュースも行っている。
ブライト・ウェイ公式サイト

福士蒼汰が昔の水嶋ヒロそっくりに? 売り出し方から評価、見た目まで瓜二つで懸念

 3月21日に公開された福士蒼汰(24)主演映画『曇天に笑う』が、3月24日~25日の国内映画ランキング(全国週末興行成績・興行通信社提供)では初登場11位と大コケしてしまった。この惨状にネット上では「ファンを馬鹿にしたんだから当たり前」「演技もできないのに恋愛なんかしてるからこうなるんだ」など、熱愛スクープを責める声がうるさくなっている。

 福士蒼汰は2月1日発売の「女性セブン」(小学館)に、3歳年上のタレント・MISATOとの“抱擁写真”が掲載された。複数の掲載写真には福士蒼汰とMISATOが路上で堂々と抱き合っているものや、ばっちりカメラに目線を向けているものまであり、ネット上では「彼女側がわざと撮らせたのでは?」と疑問の声が噴出し、騒動になっていた。爽やかな若手イケメン俳優として売り出され、女性ファンが多く付いていた福士蒼汰にとって、恋人とのアツアツぶりをみせつけるような写真は大きな痛手となり、ファン離れが進んでしまったことは否定しがたい。

 2011年から2012年にかけて放送された『仮面ライダーフォーゼ』(テレビ朝日系)で主演を務め、その後すぐにNHK朝の連続テレビ小説『あまちゃん』に出演するなどデビュー即ブレイクした福士蒼汰だが、先輩ライダーで現在の福士蒼汰に酷似する道をたどっていた役者がいる。水嶋ヒロ(33)だ。

 水嶋ヒロは、2006年から2007年にかけて『仮面ライダーカブト』(テレビ朝日系)で主演を務めた。その端正なビジュアルで女性ファンを多数獲得し、ドラマ『メイちゃんの執事』(フジテレビ系)、映画『ドロップ』、『BECK』など立て続けに多くの作品の主演を務めた。しかし、歌手の絢香(30)との結婚で事務所を離れると、仕事激減とファン離れが同時に起こり、ファンからアンチに変貌してしまった女性も少なくなかった。また、両者ともデビューからまた多馬にファンを増やしたことは事実だが、演技力がつく前から重要な役どころをどんどん任されたことで、視聴者から「ゴリ押しが酷い」と引いてしまう声もあった点も共通している。

 偶然なのか必然なのか、福士蒼汰は水嶋ヒロが2010年まで所属していた芸能事務所・研音の所属。2018年はすでに公開された『曇天に笑う』に加え、『BLEACH』、『旅猫リポート』と3本の主演映画が公開される他、5月4日から上映の『ラプラスの魔女』にもメインキャストとして出演している。第二の水嶋ヒロとして育てていくつもりなのだろうか。「ゴリ押し」と揶揄されようとも、多くの撮影を経験することで成長していけるはず。水嶋ヒロのように早々に退社となってはもったいない。もしも福士蒼汰も若くして結婚という決断をするとしても、役者道を研鑽していってほしい。

(ボンゾ)

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福士蒼汰が昔の水嶋ヒロそっくりに? 売り出し方から評価、見た目まで瓜二つで懸念

 3月21日に公開された福士蒼汰(24)主演映画『曇天に笑う』が、3月24日~25日の国内映画ランキング(全国週末興行成績・興行通信社提供)では初登場11位と大コケしてしまった。この惨状にネット上では「ファンを馬鹿にしたんだから当たり前」「演技もできないのに恋愛なんかしてるからこうなるんだ」など、熱愛スクープを責める声がうるさくなっている。

 福士蒼汰は2月1日発売の「女性セブン」(小学館)に、3歳年上のタレント・MISATOとの“抱擁写真”が掲載された。複数の掲載写真には福士蒼汰とMISATOが路上で堂々と抱き合っているものや、ばっちりカメラに目線を向けているものまであり、ネット上では「彼女側がわざと撮らせたのでは?」と疑問の声が噴出し、騒動になっていた。爽やかな若手イケメン俳優として売り出され、女性ファンが多く付いていた福士蒼汰にとって、恋人とのアツアツぶりをみせつけるような写真は大きな痛手となり、ファン離れが進んでしまったことは否定しがたい。

 2011年から2012年にかけて放送された『仮面ライダーフォーゼ』(テレビ朝日系)で主演を務め、その後すぐにNHK朝の連続テレビ小説『あまちゃん』に出演するなどデビュー即ブレイクした福士蒼汰だが、先輩ライダーで現在の福士蒼汰に酷似する道をたどっていた役者がいる。水嶋ヒロ(33)だ。

 水嶋ヒロは、2006年から2007年にかけて『仮面ライダーカブト』(テレビ朝日系)で主演を務めた。その端正なビジュアルで女性ファンを多数獲得し、ドラマ『メイちゃんの執事』(フジテレビ系)、映画『ドロップ』、『BECK』など立て続けに多くの作品の主演を務めた。しかし、歌手の絢香(30)との結婚で事務所を離れると、仕事激減とファン離れが同時に起こり、ファンからアンチに変貌してしまった女性も少なくなかった。また、両者ともデビューからまた多馬にファンを増やしたことは事実だが、演技力がつく前から重要な役どころをどんどん任されたことで、視聴者から「ゴリ押しが酷い」と引いてしまう声もあった点も共通している。

 偶然なのか必然なのか、福士蒼汰は水嶋ヒロが2010年まで所属していた芸能事務所・研音の所属。2018年はすでに公開された『曇天に笑う』に加え、『BLEACH』、『旅猫リポート』と3本の主演映画が公開される他、5月4日から上映の『ラプラスの魔女』にもメインキャストとして出演している。第二の水嶋ヒロとして育てていくつもりなのだろうか。「ゴリ押し」と揶揄されようとも、多くの撮影を経験することで成長していけるはず。水嶋ヒロのように早々に退社となってはもったいない。もしも福士蒼汰も若くして結婚という決断をするとしても、役者道を研鑽していってほしい。

(ボンゾ)

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KAT-TUN中丸雄一が『日曜もアメトーーク!』に登場! 4月8日(日)ジャニーズアイドル出演情報

――翌日にジャニーズアイドルが出演予定の番組情報をお届けします。見逃さないように、録画予約をお忘れなく!

※一部を除き、首都圏の放送情報を元に構成しています。
※番組編成、及び放送日時は変更になることがあります。最新情報は番組公式サイト等をご確認ください。

●TOKIO

11:25~11:55 『男子ごはん』(テレビ東京) 国分太一
19:00~19:58 『ザ!鉄腕!DASH!!』(日本テレビ系)

●V6

19:30~19:55 『みんなの手話』(NHK Eテレ) 三宅健

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「ジェシカ・シンプソンに、1万ドル払ってもいい」最高のセックステクニックを持つセレブ5人

 3月に入ってからアメリカは、ドナルド・トランプ大統領が12年前にポルノ女優ストーミー・ダニエルズと性的関係を持った話で持ちきりとなっている。2016年の米大統領選挙直前に、トランプの顧問弁護士がストーミーに口止め料を支払って署名させた契約書が有効か無効か、大統領が指示と金を出したのかどうかが問題となっているのだが、世間の関心は「それよりも、ポルノ女優から見て、トランプのベッドテクニックはどうなのか」に集中している。

 金持ちでも美男美女でも、立派なイチモツやナイスボディの持ち主だったとしても、床上手だとは限らない。ストーミーはトランプ大統領とのセックスは「教科書通り」「ワンポジションだけの、年寄りにありがちなスタイル」だとぶっちゃけ、世間は「要するにへたなんだ」と大喜びした。

 セックスがうまいかへたかをリークされるケースはあまりない。しかし「最高に上手だった」と暴露され、世間から一目置かれるようになったセレブたちが存在する。今回は、そんなセレブたちをご紹介しよう。

■ジェシカ・シンプソン
 ジェシカは近年、歌手や女優業よりもブランド経営者として多忙な日々を送っており、表舞台には出てこなくなった。インスタグラムには、子どもができても夫エリック・ジョンソンと変わらずラブラブだとアピールする写真をいくつも投稿しているが、夫婦円満の秘訣はズバリ、ジェシカのセックステクニックだとささやかれている。というのも、彼女が06年8月から07年5月まで交際していたシンガーソングライターのジョン・メイヤーが、「ジェシカのセックスは最高」だと暴露したからだ。

 ジョンは10年に受けた男性誌「PLAYBOY」のインタビューで、ジェシカとの交際を回想した。「ジェシカは、俺にとってクラック・コカインのような女性だった」と、ヘロインよりも依存性が高く最も危険だとされる薬物にたとえ、「セクシュアリーにね。マジでクレージーだった」と激白。「セクシュアルなナパーム弾みたいだった」と、1000度を超える高熱で広範囲を焼き尽くし破壊する危険な爆弾を例に出し、完全にジェシカとのセックスのとりこになっていたと明かした。

 そして、インタビュアーに対して「『もう人生終わってもいいや』って思える女性に会ったことあるか?」「『お前を(クラック・コカインのように)鼻からファッキングに吸引するためなら、人生やめてもいい』『1回のファックに1万ドル(約105万円)払えっていうなら、持っているものすべてを売り払い、金を作る。お前とファックし続けるために』って、言ったことある?」と、この上なく過激な逆質問までした。

 それほどセックスが素晴らしかったにもかかわらず、2人の交際は長続きしなかった。ジョンは「ドラッグ(=セックス)をたくさんやるのはよくない。ダメになってしまう」と語っていたので、完全に骨抜きにされる前に、泣く泣く別れを決意したのだろう。

 プレイボーイとして知られるジョンは、ジェニファー・アニストンやテイラー・スウィフトとも交際していたが、このインタビューで彼女たちとのセックスについては一切語っていない。ほかの女性との経験を忘れてしまうほどジェシカとのセックスが強烈で、語らずにはいられなかったのだろうと、大きな話題となった。

■ジョン・メイヤー
 そしてジェシカ・シンプソンのセックステクニックを褒めたたえたジョン自身も、実はかなりの床上手だと伝えられている。06年に音楽誌「ローリング・ストーン」のインタビューで、「ツアーでは、1週間に3人の女の子と寝るかな」「自分のペニスの大きさは気にならないんだ。それより、色が濃いかどうかが気になる。ドミニカ人っぽいペニスだからさ」と語り、ヤリチンのイメージがついた。

 また、過去に大手タブロイド紙「OK!」も「ジョンはめちゃくちゃ床上手」と報じている。「うまいってレベルじゃないんだ。奴のセックスは、マジでセンセーショナルなんだよ。ジョンとヤッた女は全員、口をそろえて『最高のセックスだった』って言うね。ジョンがどんなことをしているのか、詳しいベッドテクニックは知らないけど、彼とセックスした女性には同情するよ。彼以上に気持ちいいセックスができる男なんて、いないんだからさ」と、ジョンの親しい友人の話を伝えたのだ。「音楽から引退しても食ってけるほどのセックスのうまさ」だと語る友人の言葉に、世間は「そんなにすごいのか!」と驚愕した。

 昨年6月、新作アルバムのプロモーションのために自身の生活を4日間生配信したケイティ・ペリーが、「元カレのセックステクニック格付けゲーム」をした時も、「ジョンが一番でDJディプロ、オーランド・ブルームは格下」とぶっちゃけ。これを知ったジョンは、「俺は今39歳。32歳だった頃を覚えている」と発言。32歳というのは、ジェシカとのセックスについてベラベラしゃべってしまった当時の彼の年齢だ。独特の表現を使って、もう元カノとのセックスについて語るつもりはないと牽制しつつ、「ケイティとやり直したいとは思わない」とディスり、「ケイティはセックスへたなんだ」と臆測を呼び、話題となった。

■アレックス・ロドリゲス
 16年にMLBを引退したアレックス・ロドリゲス(以下、A・ロッド)は現在、ジェニファー・ロペスと熱愛中だ。史上最高のお似合いカップルだと言われているが、A・ロッドはプレイボーイとして鳴らしたニューヨーク・ヤンキースの花形選手時代、マドンナ、ケイト・ハドソン、キャメロン・ディアスら一流スターたちと浮名を流し、あの大御所デミ・ムーアともうわさになった。「いとも簡単に女をとりこにする男」だと世の男性にうらやましがられ、超高額な年俸をもらっていた彼と「一夜でいいから付き合いたい」と願う女性は星の数ほどおり、女にはまったく困らない生活を送っていたと伝えられている。

 そんなA・ロッドは08年に「04年に彼と二晩過ごした」と暴露したボストンの元ストリッパー、キャンディス・フーリハンから、「彼はベッドで女性を満足させる能力に、非常に長けている。その能力は、神様からの贈り物ね。本当に素晴らしかったわ」と、べた褒めされた。

 キャンディスは、A・ロッドがマドンナとの不倫騒動の真っただ中に、「マドンナがもしまだ彼と体の関係を持っていないのなら、ぜひセックスすべきだわ。彼女が経験した中で、最もアメージングな男になると断言できる。マドンナもセックスの経験がとても豊富だとは知っているけど、アレックスのようなテクニックを持った男とヤッた経験はないはず。彼は、それほど素晴らしいのよ」と熱弁を振るった。

 キャンディスはベンチ裏で試合を観戦中、試合後のデートに誘われ、彼の宿泊先ホテルで体の関係を持った。その後、彼のプロフィールを検索して既婚者だと知り、「反省した」と明かしている。が、「彼と過ごした二晩は、魔法にかかったみたいだった。奥さんがいるとわかって罪悪感を持ったけど、それでも、もし彼とまたセックスできる機会があったら迷わずヤるわ」と断言。何年たってもA・ロッドとのセックスを忘れられないようで、「それほどすごいのか」と世間を驚かせた。

■ポーラ・アブドゥル
 ポーラはダンサーで振付師、「Straight Up」のヒット曲を持つ歌手でもあり、近年はオーディション番組の審査員として活躍している。身長152cmながらスリーサイズは89-64-91とダイナマイト級で、デビュー当時から小悪魔的な美しさで世界中の男たちを魅了してきた。

 そんなポーラと88年から89年まで交際していた、人気黒人喜劇俳優のアーセニオ・ホールは、ポーラのセックステクニックが「最高」だったと回想した。2人は、アーセニオが出演した『星の王子 ニューヨークへ行く』(88)の振り付けをポーラが担当したことがきっかけで知り合い、恋人関係へと発展。交際は長続きしなかったが、アーセニオに強烈な記憶を残したのだった。

 アーセニオは09年に受けたインタビューで、「この惑星でポーラ以上に最高の彼女なんていないね。彼女とは、本当によく笑い合ったよ……ポーラはチビるほど笑ってくれてさ……自分のユーモアセンスを理解してくれる女性の存在って、本当に大切なんだよ。愛する女性が漏らすほど笑うなんて、俺にとっては観客が総立ちして拍手喝采してくれるようなもんなんだ」と軽く下ネタをかましてから、「本当に彼女にはメロメロだったね。死ぬまで彼女は大事な存在で、いつだって彼女の力になりたいし、助けになりたいと思っている」と、今も変わらぬ彼女への熱い気持ちを告白。

 そして、「みんなさ、ポーラをエキセントリックだって言うけど……彼女がセクシュアリーにどんなにアメージングなのか、ちょっと想像してみてくれよ」と、彼女とのセックスがとてつもなく最高だったと明かし、「宙に浮かぶ彼女は、まるで太陽のようだった」とうっとりと語り、「騎乗位が最高だったって意味?」と世の殿方の妄想に火をつけた。

 アーセニオは別れてから20年以上たった今でも「ポーラとヨリを戻したがっている」とたびたびうわさされる。そして、そのたびにネット上は「やっぱりポーラが床上手だからか」と盛り上がるのだった。

■キム・カーダシアン
 恋人だったR&B歌手のレイ・Jとのセックステープが流出し「素人なのにプロ顔負けのテクニック!」「感じている表情がたまらない!」と一躍スターダムを駆け上ったキム。本人は今もこのテープを黒歴史だと感じているが、世間は「史上最高のセックステープ」だと大絶賛し続けている。彼女の身に何か起きるたび、大手ポルノサイト「ヴィヴィッド・エンターテインメント」で配信されているセックステープの販売数は激増する。「今後もこれを超えるセックステープは流出しないだろう」とまで言われているのだ。

 セックステープのお相手、レイは2012年に『Death of the Cheating Man: What Every Woman Must Know About Men Who Stray』という本を発売している。キムは00年に音楽プロデューサーのデイモン・トーマスと結婚するもうまくいかず、すぐに破局した。04年に離婚した後、レイとの交際を始めたと伝えられていたが、本の中で「キムとは長年の知り合いで、ずっと『付き合いたい』とも言われてたけど、彼女は既婚者だったからさ。でも結局セックスするようになって、それがきっかけで彼女は離婚したんだ」と暴露したのだ。

 その上で、「俺たちは、性的な意味ではマジで野獣だったね。セックスに関しては、なんでもやってみた。躊躇なく、いろいろ試したね」「もちろんそれだけじゃないけど、俺たちの関係は強烈な性的化学反応によって、強く結ばれていたね。彼女は正真正銘のフリークで、どこでも、なんでもする女だった。俺はまるで魔法にかかっているかのようだったよ」「彼女とのセックスは激しかった。ローラーコースターに乗っているみたいな楽しさがあった」と明かした。

 キムと、まさにセックステープそのもの、いや、それ以上のセックスライフを送っていたとぶっちゃけたレイに、世の殿方は大感動。キムのセックステクニックのすごさが証明される形となり、あらためて「キム最高!」と称賛する声が続出した。

トラウマ映画“先生を流産させる会”の内藤瑛亮監督が未成年者の暴力や犯罪を撮り続ける理由とは?

 愛知県で起きた実在の事件を題材にした自主映画『先生を流産させる会』(12)でセンセーショナルな長編デビューを飾った内藤瑛亮監督。その後も山田悠介の同名小説を原作にした『パズル』(14)や古屋兎丸の原作コミックを実写映画化した『ライチ☆光クラブ』(16)とR指定の問題作・話題作を次々と手掛けている。未成年者による犯罪や集団内における暴力をテーマにしたものがほとんどだ。トラウマ漫画として知られる押切蓮介の人気コミックを映画化した『ミスミソウ』も、内藤監督ならではの狂気の世界となっている。

 4月7日から劇場公開が始まった『ミスミソウ』の主人公は、東京から山村の中学校へと転校してきた野咲春花(山田杏奈)。クラスメイトたちはみんな小さいときからずっと一緒だった幼なじみ同士で、よそ者の春花はいじめの標的となってしまう。学校での味方は、やはり転校生だった相場(清水尋也)だけ。クラスの女王的存在である妙子(大谷凜香)の取り巻きたちによる春花へのいじめは日に日にエスカレートし、ついには春花の留守中に春花の家族がいる家に火が放たれてしまう──。10代の少年少女たちの揺れ動く心理、暴発する情念を見事に描き切った内藤監督にトラウマ映画を撮り続ける理由、そして教員時代の体験について語ってもらった。

──『先生を流産させる会』以降、内藤監督は商業シーンでも自分のカラーを守りつつ、順調に映画監督としてのキャリアを重ねているように映りますが、本人的にはどうですか?

内藤瑛亮(以下、内藤) そうでもないです。自分がやりたい題材とオファーされたものが大きく乖離していたり、なかなか自分のやりたいようにできずに断念することが多いんです。『ライチ』の前後に幾つかそこそこの規模の大きな企画がオファーされたんですが、どうしても自分としては納得できずに企画から離れたり、お断りすることが続いて。それで『先生を流産させる会』の頃に戻って、『許された子どもたち』という作品を自主製作で撮ることに決めて、その準備を進めていたところ、『ミスミソウ』の監督を頼まれたんです。でもクランクインの1カ月前というタイミングでした(笑)。普通なら1カ月の準備で監督するのは到底無理なんですが、自分がやりたいと思える企画だし、自分なら面白い映画にできるという確信があって受けたんです。

──規模の大きな企画を断った理由を、もう少しお聞きできますか。

内藤 原作つきの企画だったんですが、映画を面白くするためのアイデアを僕から提案したところ、「いや、原作ファンはそこまで考えていません。監督、そんなに頑張らなくてもいいです。テキトーでいいですよ」みたいに言われたんです。監督としては100点、120点の映画をいつも目指しているわけで、それでも100点には届かないんですが、最初から「60点でいいよ」と言われているような気がして。それでは、ちょっと頑張れないなぁと。

──仮にオファーを受けても、途中でトラブルになっていたでしょうね。今回の『ミスミソウ』は準備期間がなかったことが逆に幸いして、内藤監督のやりたいことができたような印象を受けます。

内藤 それはあるかもしれません。映画製作って企画開発の期間がすごく長くて、その間にいろんな人の意見が入ってきて、監督としてはその調整に気を使うことになりがちですけど、今回は『ミスミソウ』という原作コミックを面白い映画にするためにはどうすればいいかに、ストレートに向き合えたように思います。その分、撮影現場は混乱続きでしたけど(苦笑)。

──図らずも、自主映画っぽい現場だった?

内藤 結果的にそうなっちゃいましたね。キャストとのリハーサルなどはしっかりやったんですが、クランクイン前に美術スタッフと打ち合わせをする時間がなくて、現場を仕切るラインプロデューサーに一括して僕からの要望を伝えていたんです。なので行き違いは何度かあって、例えば撮影前日になって小道具のMDプレイヤーが用意されていないことがわかったこともありました。都内から離れたロケ先だったんですが、宿泊先のホテルの従業員の方が地元の知り合いに電話を掛けまくってくれて、奇跡的にMDプレイヤーが見つかったんです。

──人間の残酷さを徹底して描く内藤作品ですが、実はそういったいろんな人たちに支えられて完成しているんですね。撮影までの準備期間1カ月という無茶なスケジュールながら完成した『ミスミソウ』ですが、原作が持つ力がやはり大きかった?

内藤 大きかったですね。『パズル』が公開された頃、Twitter上で「もし『ミスミソウ』を映画化するなら、内藤がいいんじゃないか」という声が上がっていたので、僕も気になって押切さんの『ミスミソウ』を読んだんです。純粋に面白かったし、自分に期待されていることもよくわかりました。撮りたいなと思っていたら、すでに他の監督で準備が進んでいたんです。「あ~、俺じゃないんだ」と諦めていたんですが、巡り巡って撮影の1カ月前になって僕のところに回ってきました(笑)。主演の山田杏奈さんはキャスティングされる前から原作を読んでいたそうですし、僕と同世代でも「やりたかった」と言っている他の監督もいましたし、長く愛されている作品なんだなと実感しました。

■狭い世界でこのまま埋もれていくという恐怖

 

──内藤監督がどんな少年時代を過ごしたのか、ちょっとお聞きしたいと思います。内藤監督が子どもの頃は、楳図かずお、日野日出志といったトラウマ漫画をよく読んでいたそうですね。

内藤 両親が漫画好きで、実家には手塚治虫全集などが置いてあったんです。中学生になると永井豪の『デビルマン』を読んで、ヒロインの首が刎ねられたり、人類が滅亡するラストシーンは、それこそトラウマになっています。ああいう心がちょっと傷つくぐらいの作品のほうが、やっぱり忘れられませんよね。最近は漫画も映画も、トラウマになるような作品が減ってしまったように感じます。

──やがて高校生になると、マリリン・マンソンの曲を聴くようになった。

内藤 マリリン・マンソンは中学から聴いていました。当然、友達はできませんでした(苦笑)。まぁ、10代にありがちですけど、自分からも友達をつくろうともしませんでした。漫画、音楽、映画だけが救いでしたね。映画でその頃ハマっていたのは、デヴィッド・フィンチャー監督の『ファイト・クラブ』(99)やウォシャウスキー兄弟の『マトリックス』シリーズ(99~03)です。こんな社会はクソだ! こんなクソ社会はぶっ壊してもいいんだみたいな(笑)。

──そんな少年期を過ごした内藤監督だからこそ、『ミスミソウ』を映画化できたんですね。

内藤 『ミスミソウ』に出てくる子どもたちの鬱屈した感情は、すごく理解できます。物語の設定も1990年代後半になっていて、スマホがまだ出る前なんです。スマホがあれば救われるわけじゃないけど、田舎町のどこにも行き場所のない、外の世界と繋がることなく、狭い世界でこのまま埋もれていくんだなという恐怖感は僕自身も感じていたものでした。

──内藤監督は1982年生まれの愛知県出身。

内藤 はい。園子温監督と同じ豊川市生まれなんですが、合併して豊川市に吸収されてしまった隣町のほうなんです。ほんと、暗い青春でした。

──そんな内藤監督にとって、やがて映画づくりが救済になるわけですね。内藤監督の作品を観ていて興味深いのは、虐待される側の視点だけでなく、加虐する側の心理がより詳細に描かれている点です。

内藤 自分でも不思議に思います。僕が中学生のときに、「酒鬼薔薇事件」が起きたんです。僕と少年Aは同学年なんです。「人を殺してみたかった」といって高校生が主婦を殺害した事件が2000年に起きたんですが、これは豊川市内で起きた事件で、こちらの犯人の少年も同学年でした。その頃の僕は「みんな、死ねばいい」と思っていた時期だったので、自分の暗い欲望がそのまま具現化したような感覚がありました。逆に「なんで、自分は加害者にならずに済んだんだろう」という気持ちが大きく残って、作品をつくるときには気がつくといつもその立場になっているんです。

■加害者は自分が人を傷つけたことは忘れてしまう

 

──今回の『ミスミソウ』ですが、女優でもある唯野未歩子さんが脚本を担当(脚本は内藤監督が引き受ける前に完成していた)。少女たちの繊細な心理が描かれているのが印象的です。

内藤 押切さんの原作では『ミスミソウ完全版』で春花と妙子についてのエピソードが描き足されていたんですが、映画版では2人の関係性をより強調したものになっていますね。クライマックスで2人の関係性が明かされることで、前半で描かれる暴力の意味もわかるようになっています。もうひとつ、僕がうまいなと思ったのは、主人公の春花は前半はクラスメイトたちからのいじめに遭い、観る側が感情移入しやすい存在なんですが、中盤以降はクラスメイトたちへの復讐に移り、どんどん彼女の人間性が剥奪されていくんです。中身のわからない人間になってしまう。逆に加害者側に人間性が与えられていく。もちろん加害者側は許される存在ではないんですが、でも彼ら彼女らの心情はわかる。みんな自分のことを被害者だと思っているんです。こんな田舎に生まれていなければとか、家庭環境がもう少しまともだったらとか、想いが相手にうまく伝わっていればとか……。人間ってどうしても自分が被害者であることは容易に認識するけど、自分が人を傷つけたことは記憶しづらいもの。『ミスミソウ』は春花をいじめていた側が、自分の加害者性に終盤になって向き合うことになる。そういったテーマも織り込まれている作品だと思います。

──内藤監督は未成年者の犯罪、集団内での暴力をテーマにした映画を撮り続けています。キラキラした青春には興味がない?

内藤 キラキラした青春を体験してないんで、そもそもわからないんですよ。キラキラした青春って、僕にはファンタジーにしか思えません(笑)。でも、キラキラした青春を送ってない人のほうが、映画を必要としていると思うんです。もちろん、キラキラ映画もあっていいと思いますけど、今の日本はそっちばかりに偏りすぎじゃないですか。ああいう美男美女がキラキラ輝いている様子を見せられたら、「あんな奴らは事故にでも遭えばいい」くらい思っちゃいますよね。今の若い子たちも、自分の居場所を見つけられずにいるほうが多いと僕は感じています。

──トラウマ映画ばかり撮るのは、しんどくないですか。

内藤 いや、それはないです。むしろ、「女性向けにハッピーエンドにしてください」とかプロデューサー側から言われることのほうが、僕にはストレスに感じてしまうんです。おじさんプロデューサーが言う「女性向け」って、実際の女性の心理とは掛け離れているように思うんです。僕は意識的に残虐なものを描こうというつもりはなく、単純にこうしたほうが面白いと自分が思えることを映画にしているつもりなんです。

■教員時代の体験が内藤監督に与えた影響とは?

 

──内藤監督は映画美学校を卒業した後、教員として働いていたそうですね。教育の現場に立っていたことは、作品づくりに影響を与えていますか?

内藤 正確には映画美学校に通い始めた頃に教員試験に合格し、『先生を流産させる会』は教員の仕事をしながら休日を使って撮っていたんです。僕が勤めていた学校は特別支援学校といって、以前は養護学校と呼ばれていたところでした。そこでの体験は、大変な勉強になりました。僕ら教員が「こうしてください」と言っても、生徒はそれぞれの障害の特性から、その通りには受け取ってはくれないんです。自閉症だったり、ダウン症だったり、ADHDだったり、障害によって受け止め方がまるで違う。結局、その人に合った伝え方をしないと伝わらないんです。それは俳優やスタッフへの声掛けにも通じるものがありますね。この人には細かく説明したほうがいいなとか、逆にあの人は細かく言い過ぎると混乱してしまうなとか。その人の人間性を理解した上で、こちらの言葉を変えていかなくちゃいけない。これは教員時代に学んだことですね。

──演出面でプラスになったわけですね。テーマ的なことにも関係していますか?

内藤 自分が教員になってみて、教員もそれぞれいろんな考え方を持っていることが実感できました。子どもの頃は大人はみんな同じ価値観で動いているように思えたんですけど、そうじゃないわけですよね。大人側の視点も盛り込むという点で、今回の『ミスミソウ』の南先生(森田亜紀)や次回作の『許された子どもたち』に登場する大人たちのキャラクターづくりに役立っていると思います。僕が担当していたクラスの話になりますが、生徒のひとりがトイレに篭りがちだったんです。特に体育祭みたいなイベントが苦手で、その時期はずっと篭っていました。体育科の先生は体育祭に参加させようと必死でしたけど、僕自身が中学・高校で暗い思い出しかないから、体育祭でみんなと競い合ったり、一緒に旗を振ったりしたくないその生徒の気持ちがわかりました。無理強いはしないように、1年間声を掛け続けたんですけど、だんだんとトイレに篭る時間が減っていったのは、すごくうれしかったですね。自分でも誰かの役に立てたんだって。商業映画のオファーをいただくようになり、教職を続けるか映画を選ぶかを選択するときは、すごく悩みました。学生時代はバイト先でも「声が出てない」「やる気が感じられない」と怒られてばかりだった僕にとっては、大変だったけど初めて面白いと思える仕事だったんです。自分にとってすごく大きな体験だったことは確かだと思います。

 * * *

 内藤監督が『ミスミソウ』の撮影前に準備を進めていた久々の自主映画『許された子どもたち』は、先日クランクアップ。山形の中学校で起きたマット死事件から着想を得たもので、フィクション度の高い『ミスミソウ』に対し、社会派サスペンスとして完成することになりそうだ。トラウマ映画の新しい旗手・内藤監督から当分目が離せそうにない。
(取材・文=長野辰次)

『ミスミソウ』
原作/押切蓮介 脚本/唯野未歩子 監督/内藤瑛亮
出演/山田杏奈、清水尋也、大谷凜香、大塚れな、中田青渚、紺野彩夏、櫻愛里紗、遠藤健慎、大友一生、遠藤真人、森田亜紀、戸田昌宏、片岡礼子、寺田農
配給/ティ・ジョイ R-15 4月7日より新宿バルト9ほか全国公開中
c) 押切蓮介/双葉社 (c)2017「ミスミソウ」製作委員会
http://misumisou-movie.com

●内藤瑛亮(ないとう・えいすけ)
1982年愛知県出身。短編映画『牛乳王子』が「学生残酷映画2009」グランプリを受賞。初の長編映画『先生を流産させる会』(12)は自主映画ながら劇場公開され、賛否両論の大反響を呼んだ。その後、老人ホームでの虐待を描いたホラー映画『高速ばぁば』(13)、夏帆主演のサスペンス『パズル』(14)、野村周平ら注目の若手俳優が一挙出演した『ライチ☆光クラブ』(16)と商業ベースでの映画を監督している。山形マット死事件を題材にした自主映画『許された子どもたち』は撮影が終了し、現在は内藤監督みずから編集作業に取り組んでいる。

 

「あきらめたら終わりだヨ」――マンガ『ヅャニーさん』第61回

芸能界で大活躍する、ヅャニーズ事務所の名物社長・ヅャニーさんの日常をお届け☆ 今回は海老詩ー時のバッシーの元に現れたよ!

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【ホンモノのジャニーさんの記事もヨロシクネ☆】

「YOU、不快」「誰が雑誌に出て良いと言ったの?」ジャニーさん名言集~暴言編~
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肉体献上は"悪魔の契約"......元Jr.が明かす『ジャニーズのすべて 少年愛の館』

服を取り上げて内定辞退を阻止! バブル時代の就職活動は、非道だけれど羨ましい……

 ここまで、複数回にわたって、さまざまな雑誌記事をもとにバブルネタを取り上げてきた。

 結局、バブルも今も世の中はいつでも残酷な現実しかないものだというのが、筆者の想いである。

 けれど、バブル時代の現象として、ちょっと羨ましいことがある。それは、当時の大学生の就職活動である。

 当時は、まだ大企業間で「就職協定」が存在し、会社訪問の解禁日や内定の日付けが明確に決められていた。そうした中で、好景気を背景に優秀な人材を確保した企業は、さまざまな方法で「青田買い」に精を出していた。その恩恵を受ける学生も多かった。

 当時の、協定破りの青田買いの方法は、現代視点では実に面白い。どこも企業の看板があるため「セミナー」などと称して、学生を集めて就職説明会を行うわけである。その方法も手が込んでいた。土日の会社が休みの時や早朝に学生を集め、裏口から社内へと導くのである。それでもまだマズかろうと考える会社では、学生に私服で来訪させ、会社の面接担当者も私服で待ち受けて「プライベートな関係」を装う。あるいは、ホテルの喫茶室などで面接する、なんてこともザラに行われていた。中には、こんな方法もあった。

 * * *

 スパイもどきだったのはD銀行。同行は協定破りが発覚しないように慎重に慎重を期した。なんと7月2日の集合場所は「日比谷図書館前」で、こう指示された学生もいた。
「スーツを着て雑誌を持っている男が立っているから、『若杉さんですか?』と声をかけろ」
“若杉さん”に帝国ホテルに連れて行かれて、部屋で面接が行われた。(「週刊現代」1989年7月29日号)

 * * *

 いや、スパイごっこも楽しいけれど、たかだか就職の説明会レベルで帝国ホテルって、羨ましいじゃありませんか。

 この、バブル時代の就職活動。目を見張るのは、企業間の空気の読み方である。とりわけ大企業は表向きは就職協定を遵守しているというスタイルを取らなくてはいけない。もちろん、どこの企業も協定を守る気なんてない。だからといって、無視して学生に内定を告げてしまえば、ほかの企業からは非難されるし、新聞ネタになりかねない。だから、お互いに「押すな、絶対押すなよ」としながら頃合いを見計らって「赤信号みんなで渡れば怖くない」と動き出すのである。

 1989年の例を見ると、協定での会社訪問の解禁日は8月20日。でも、どこの企業もそれを守る気などさらさらない。6月末にはすでに「7月1日頃だな……」と、目星はつけていたようだ。

 1989年の7月1日は土曜日。社会の動きが鈍くなるこの時期のこの曜日が勝負時と、各企業は狙っていたのである。そうしているうちに、前日の6月30日の金曜日、日経連が就職協定の遵守を再確認する通達を加盟企業へ送付した。意図があったかないかはわからないが、これが逆にスタートの合図となった。

 まず7月1日に商社や損保が動き出すと、それを見て、その日の夜から翌日にかけて銀行が動き出し、翌週7日の金曜日から週末にかけて多くの企業が採用活動を実施したのである。

 採用活動とはいうけれど、実質「セミナー」などで選考は完了。会社に呼び出して内密に「内定」を告げるのである。

 好景気を反映して、一流大学であれば人気企業の上位にランクインしていた、住友銀行と日本生命と日本航空のすべてに内定をもらっているのも当たり前。中堅、いうなれば三流大学であっても、銀行や証券会社など上場企業からも内定がもらえるほどに売り手市場だった。

 羨ましいのは、その後の内定者の拘束だ。ホテルに呼び出して、芸者をあげてステーキに寿司も食べ放題のどんちゃん騒ぎ。締めはソープに行き、スーツ代にと10万円を渡されてホテルに宿泊……。

 なにせ、この時代は就職活動するだけで、学生はオトクな時代である。「セミナー」に参加するだけでも、会社の扱っている商品がもらえるのは当たり前。製薬会社ならドリンク剤をもらえるし、外食産業ならお食事券のプレゼント。セミナーのはずが、屋形船で宴会なんてのもあった。

 一流企業だけでなく、人気のない企業でも「入社すれば300万円までのクルマをプレゼント」なんてエサで人材を確保しようとしていたわけだから、羨ましくないハズがない!!

 もちろん、そうなると、どんちゃん騒ぎをした挙げ句に内定を辞退する学生とかが出てくるのも当たり前。企業の側も心得たもので、軽井沢など遠方へ連れて行く。服を取り上げて、ダサいジャージに着替えさせて逃げられなくする。内定を告げた場で「ほかの会社に断りの電話を入れろ」なんてのも、当たり前だった。

 こうなると採用される側もする側も、無茶苦茶である。家族を危篤にして脱走する内定者もあれば、内定を乱発しすぎて採用人数が過剰になって困る会社も。後者の場合、内定取り消し代として50万円を叩きつける企業や、ディズニーランドに案内しておいて採用担当者が逃亡するという謎の解決策も用いられたとか。

 今や学生の就職活動といえば、何かと頭を使うテクニカルな時代。バブル期のそれは、空気を読む苦労はあるけど、どんちゃん騒ぎは、羨ましいよね。
(文=昼間たかし)

通学服で11万円超えの出費! レーザーでシミ取り、プロに眉カット……小5愛娘の新学期準備

 新年度が始まりました。経営する駒沢の森こども園は、3月から慣らし保育を行っていた園児が多かったせいか、保育園の外に泣き声が漏れるようなことはなく、すんなり始まった新年度。保育園としては、時間差入園が理想的ですね。もう1つ経営している衾の森こども園は、4月上旬入園、下旬入園とうまい具合に分かれてくれました。

 前回、このコラムで書いたギリギリの時期に入園をキャンセルされた穴は、保育園の前に置いた「ご自由にお持ちください」のチラシで解決されました。衾の森は駅チカ保育園なので、人通りが多く、チラシボックスに入れた入園案内を持ち帰ってくれた人が入園してくれたんです。金曜日に、たくさんチラシを入れても、月曜日に見ると空になっていたので、冷やかしを含め見てくれているのだと実感はしていました。いやー、チラシ宣伝はバカにできないですよ。最初の保育園をオープンした時も、園児集めにチラシボックスを置いていましたが、最近は調子ぶっこいて初心を忘れかけていたので、ドタキャン事件はいい薬になりましたね。ホント戒めになったわぁー。

毎日2園を何度も行き来しています

 毎年3月31日は、旅立つ子を送り出す日なので、1年の中でも特別な日です。小学校、インター、幼稚園、他園……行き先はさまざまなのですが、入園し、通ってくださった方たちに、とても感謝しています。7年前に素人が始めた保育園+誤解されやすいキャラの私が経営している悪条件の保育園なのに、「角川だったらおもしろいことをやってくれるに違いない」「親目線だから安心」といった決め手で入園してくれた方などなど、感謝の気持ちでいっぱいです。園児と保護者全員の期待に応えられたかはわかりませんが、「第二のお家」をモットーに、毎日スタッフ全員頑張っています。

 1日のうちに2つの保育園を何度も行き来する日もあるなど(通常は午前・午後で移動)、私は完全に“中の人”なのですが、先日見学に来た人に、「角川さんがいるんですね!」と驚かれてしまいました。どうやら、「オーナー業」に専念していると思われていたみたいです(笑)。今年度から2つの園の合同グループレッスンが始まるので、ますます頭の中は保育園のことでいっぱい。4月は私立小の業者向け(幼児教室など)説明会が多く実施され、私も足を運ぶことになっているので、忙しくなりそうです。学校によっては土日に説明会があり、ただ行くだけではなく、今年度の入試について出題傾向を聞いたり、場合によっては終了後も質問したりします。その内容を、保育園で行っているレッスンのペーパーに反映させるので、もう1人自分がほしいくらいです。

 小学5年生の娘は、今日から新学期です。小学校から高校まで、4・4・4制の学校なので、今日から中学部の校舎へ変わります。5年生ですが気分は中学生という感じで、私服の学校に通う娘は、ランドセルからナップザックに変わり、服装もワンピースからブレザーに変化です。制服がないといっても、結局は制服っぽくしないといけないので、イーストボーイでブレザーとスカート2枚+シャツ2枚+靴下+靴+リボンを購入したら、なんと11万円超え! 泰明小学校のアルマーニ9万円が安く感じます。結局、制服より高くついてしまいました。

 また、気分は中学生の娘は、湘南美容外科のCMを見て、「私もシミ取りたい」と言い出し、仕方なく行きつけの美容外科に連れ行って、一番大きいシミだけレーザーで取ってもらうことに。容姿が気になるお年頃で、「眉カット」もメイクさんにお願いしました。本当は「その前に痩せろ」と言いたいけど、思春期の子にはとても言えないです(笑)。正直、どう接したらいいかわかりません。

角川慶子(かどかわ・けいこ)
1973年、東京都生まれ。「角川春樹事務所」会長・角川春樹氏の長女。自身も元アイドルという異色の肩書きに加えて、ビジュアル系バンド好きで、元バンギャルの”鬼畜ライター”としても活躍。2011年9月に認可外保育園「駒沢の森こども園」、16年4月からは派遣ベビーシッター「森のナーサリー」、17年4月に認可外保育園「衾の森こども園」をオープンさせる。家庭では10歳の愛娘の子育てに奮闘中。

家事のやりすぎが“国を滅ぼす”? 完璧主義な日本女性の“手抜き”が重要なワケ

 育児に積極的な夫「イクメン」、家事に協力的な夫「カジメン」という言葉が生まれて久しい。しかし、厚生労働省によると、2016年度の男性育児休業(育休)取得率は過去最高とはいえ、たった3.16%。女性の育休取得率81.8%とは圧倒的な差が開いている。さらに世界的に見ても、日本の家事分担率は低く、女性に大きな負担がかかっているのが現状だ。日本の家事分担の実態について、『「家事のしすぎ」が日本を滅ぼす』(光文社新書)の著者であり家事研究家の佐光紀子氏に、詳しく話を聞いた。

■完璧な家事をしようとする日本の女性

 諸外国の女性と比べて、日本女性が家事をしすぎているのは事実であり、実際のデータにも如実に表れている。たとえば、16年のOECD(経済協力開発機構)の統計によると、男性が家事を分担する割合は、OECD加盟国平均で31%。これでも少ないといわれているが、日本に至っては半分以下の15%にまで落ちる。なぜ日本人男性の家事分担率は低いのだろうか? その理由のひとつに、女性自身が家事に求めるレベルが高すぎることが背景にあると、佐光氏は指摘する。

「夫に家事を頼む妻側が、『自分のやり方が正しい』『ちゃんと正しい家事でなければ』と思っているケースは多いのです。たとえば、服のたたみ方ひとつとってみても、妻側に『正しい』たたみ方がある。夫が『ちゃんと正しく』できないと、ダメだしされたりするわけです。そうなると、家事そのものの難易度が上がってしまうので次第に苦痛になり、なかなか家事分担が進まなくなってしまうのです」

 12年、ダスキンが行った「主婦のお掃除実態調査」でも、日本の主婦のほぼ半数(48.4%)が「トイレ掃除は毎日すべき」と回答するも、夫側の答えは2割弱という結果だった。夫がよしとするレベルでは、妻が到底満足しないことは、想像に難くない。この意識のギャップが、家事分担率の低さに表れているといえる。

 佐光氏によれば、日本では根強い「家事は女性がやるもの」という価値観は、諸外国にもあったはずだという。しかし、欧米諸国では、1960年代後半からのウーマンリブ運動をきっかけに男女同権が徐々に進み、家事においても格差が是正されていった。一方、その時期日本では高度成長期を迎えてサラリーマン家庭が増加し、男は企業戦士、女は家庭を守る専業主婦という分業体制が確立され、いまだにその考えが引き継がれているというわけだ。また、そんな家庭に育った子どもたちは、母親が家事に追われている姿を見て、結婚や出産そのものに及び腰になっていると、佐光氏は警鐘を鳴らす。

「家庭と仕事の両立は大変だという認識が若い世代にも浸透しているため、子どもを産むことをためらい、結婚しない人が増えています。女性の専業主婦志向が強まっているのも、同様の理由といえるでしょう」

 とはいえ、高度成長期が過ぎ、夫の収入だけでは家計がもたなくなったことで、92年に初めて共働き世帯が専業主婦世帯を上回った。女性が家事だけでなく、仕事もすることが一般的になった今、平等性の観点からも家事分担は必然だろう。

■夫とのシェアだけでなく、外部サービスを試してみるのもあり

 それでは、女性の家事負担を減らすためには、どうすればいいのか? 佐光氏は、思い切って夫に家事を任せてみることも大事だという。

「妻側が無理やり自分のやり方を押し付けず、夫を信じて細かい指示を出しすぎないようにすることが重要。さらに、男女ともに家事ができないことを、そこまでダメだと意識しすぎず、重く受け止めないように意識改革することも必要でしょう」

 また、女性の家事負担を下げるためには、必ずしも夫の手助けだけでなく、外部サービスに頼むことも一案だと、佐光氏は指摘する。

「多くの女性は家事のすべてを全部自分でやろうとしていますが、たとえば市区町村が手がけている『ファミリーサポートセンター』では、保育園への送迎や託児サービスなどを受けられます。ほかにも、定年退職後の高齢者が買い物、洗濯、雑草抜きなどをしてくれる『シルバー人材センター』というものもあるので、家事と仕事の両立をするなら、他人の手をうまく活用すべきです」

 「女性が『ちゃんとした家事をしなければならない』という意識の呪縛から解放されれば、身も心も楽になるでしょう」と佐光氏。

 良い家庭を築くことと、完璧に家事をこなすことは、イコールでない。社会のため、日本のためにも、家事は適度に“手抜き”することも大事なのだ。
(福田晃広/清談社)