
今週末より、全国順次劇場公開される衝撃作『ルーレットシティ』。2010年のシンガポール国際映画祭、マカオ国際映画祭で注目を浴びた衝撃作だ。
監督、脚本を手掛けるのは、中国や香港のテレビドラマ、映画などで活躍するシンガポール出身の若手俳優、トーマス・リム。第一回監督作品にもかかわらず、監督・脚本・主演という離れ業を演じ、さらに全編マカオ・ロケで製作されたもの。しかも、アジア圏の国際映画祭で続々と招待上映も決まっているばかりか、その勢いに乗ってシンガポール国内では早くも劇場公開を果たし、スマッシュ・ヒットを記録しているというから、目を見張るものがある。日本公開にあたって、来日したリム監督に話を聞いた。
日頃のトーマス監督は、作品とは対照的に物静かで穏やかな人物だ。やはり気になるのは、全編をマカオでロケしたということ。対岸の香港は映画の都として知られるが、マカオで映画と聞いてピンと来るものがないのは、筆者だけではないだろう。
リム監督によれば、基本的にマカオには映画業界というものがないという。
「たまに香港のジョニー・トー監督がマカオで撮影する映画などはありますが、私が知る限り、ここ5~6年の間にマカオで製作された劇場長編映画は、この『ルーレットシティ』だけです」
そんなマカオに日本人が抱くイメージといえば、本作のテーマにもなっているカジノ。シンガポール出身であるリム監督にとっても、やはり魅力ある題材だったのだろうか?
「マカオのカジノ業界が収益的にピークを迎えたのは2007年なのですが、たくさんの中国人が国境を越えてマカオにやってきました。それと同時に、カジノをめぐるさまざまな事件が起き、私もこの問題に非常に興味を持ち、取材をしたんです」
このように本作の第一の魅力は、日本と同じ東アジアに位置しながら、あまり情報の入ってこないマカオの、今まさに起こっている出来事を題材にしていることにある。しかも、テーマの魅力だけでなく、ストーリーも、とても第一回監督作品とは思えないほど練られている。いったい、どのような過程を経て、本作を完成に導いたのだろうか?
「私は俳優から映画監督になるために、ラブストーリー作品の脚本を書こうと決めていました。中国人の男とマカオの女がカジノをめぐってトラブルに巻き込まれる、というストーリーを考えたわけですが、この映画の男女のラブストーリーは、ある種の暗喩だと考えています。つまり、一攫千金を夢見て大陸から来た男・タクと、マカオに住み、カジノで働くことで高収入を得ている女・アマンダというキャラクターは、同じ中国人でありながらマカオでは違う存在なのです。マカオで実際に取材した要素をラブストーリーにプラスすることで、このラブストーリー自体がカジノにおける中国人同士のギャップを象徴するものになったと思います。それを脚本として書くために1年近くかかりました」
リム監督は俳優業の傍ら、映像編集や映画監督としての勉強を重ねてきた来歴の持ち主。今回の作品も脚本執筆に1年を要したばかりか、撮影準備に入ったのは2008年から。そして2009年にようやくクランクイン。本人も「危険だった」と語るマカオ・ロケを経て、自ら編集してなんとか完成させることができたという。
2010年のシンガポール国際映画祭とマカオ国際映画祭で初上映され、劇場公開も果たせて幸運だったと笑顔で語るリム監督だが、演技力も目を見張る。主人公のタクを演じている時の鬼気迫る緊張感は素晴らしい。叔父のワイを演じた香港演劇界のベテラン俳優であるキュー・ポウチョンとの激しい競演シーンは特におすすめだ。一方で、後半になるにつれてさまざまな駆け引きに対処する際のポーカーフェイスも実にサマになっているなど、柔軟な演技力の持ち主なのである。
本作にはミス・マカオ出身のエニー・ロイ、香港の演劇・映画で活躍するジョセフィン・チャイなどの女優陣のほか、アジア映画界で勝負する個性派俳優たちが数多く出演している。ルーレット、カジノ、ギャンブル等々、日本人の日常生活からは見事にかけ離れたイメージで全編構成されるノワール的な無常観を、監督であるトーマス・リムがマカオの深い闇へと身を投じ、リアリティー満点に描写する傑作なのは、間違いないだろう。
なお、『ポチの告白』『GOTH』の監督・高橋玄が、本作の日本語字幕の翻訳監修を手掛けている。
『ルーレットシティ』
監督:トーマス・リム(林毅煒)
出演:トーマス・リム キュウ・ポウチョン ジョセンフィン・チャイ チョン・ユーシン エニー・ロイ
2011年製作/上映時間76分
2012年8月11日(土)より、新宿バルト9にて東京公開
その後、梅田ブルク7、横浜ブルク13、T・ジョイ京都、T・ジョイ博多にて順次劇場公開
<作品のご紹介 & 劇場情報>
KINEZO PREMIERE 公式HP http://premiere.kinezo.jp/lineup/movie5.html
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「『圏内の歌』は避難勧告の歌じゃない」言葉にならない無数の歌と向き合った七尾旅人の500日

撮影=佐藤裕之
黒い衣装に身を包み、頭には麦わら帽子、足元には下駄。一風変わった風貌のこの男は、シンガーソングライターの七尾旅人だ。東日本大震災後は足しげく東北を訪れ、ライブ活動を行ったり、開発に携わってきた自力音源配信ウェブサービス「DIY STARS」(http://www.diystars.net/)を使って、「DIY HEARTS 東日本大震災 義援金募集プロジェクト」を開始。現在までに1,300万円以上を集め、震災孤児に寄付している。
そんな七尾氏が8月8日、ニューアルバム『リトルメロディー』を発売した。各所で話題になった「圏内の歌」をはじめ、震災以降、織り上げられた曲が大半を占めてはいるが、ポップで親しみやすい曲ばかりがちりばめられている。七尾氏がこのアルバムに込めた思い、そして震災後、約500日にわたる自身の音楽活動を振り返ってもらった。
――前作から約2年ぶりのアルバムですが、やはり震災の影響は大きいですか?
七尾旅人(以下、七尾) 本当にいろいろなことが起こって、やっぱり震災以降はどうしても自分の意識を変えざるを得なかった。そういう部分も、今回のアルバムには反映されているとは思います。震災直後に100曲以上ある自分のライブ・レパートリーを振り返ったんですが、以前と同じように、すぐにお客さんの前で歌える曲が1~2曲しかなかったんです。こういうみんながボロボロになって、世の中がものすごく大きく動いているときに、ひしひしと自分の無力感を感じましたね。もうこれまでと同じ意識でやっていてもしょうがない、ゼロからやり直そうと思ったんです。
――その後、1カ月たたないうちに、友人でありタブラ奏者のユザーン氏と一緒に福島へ入り、ライブを行ったそうですね。
七尾 まだ早い段階でしたので、車で行ってライブをやらせてもらうことが本当に正しいのか、逡巡もあったし、ある程度、覚悟は必要でした。でも、自分のお客さんたちが大変な目に遭っている。地震が来て津波が来て、その上、放射能が降っている。そんな状況に置かれた人の顔を思い浮かべることができますか? とにかく顔を見に行こうと思ったんです。で、実際に行ってみると、東京で飛び交っている情報とはまた違っていて。都市部で強く叫ばれているスローガンとはちょっと違う形の、複雑な言葉や感情があったんです。「頑張ろう、日本」や「原発反対」だったり、それらも真摯で重い言葉ですが、そのはざまに、もっともっと複雑で読み解きにくい言葉、パッと聞きわかりにくい言葉というものが、さまよっていたんです。
例えば、福島で出会った人たちの「ふっ」というつぶやき。その一見わかりにくい、小さな言葉の中に歌を感じたんです。だから、自分の中の感情もあまりシンプルにせずに、本当の意味で歌いたいことを歌おうと思いました。強い言葉の陰で、相変わらず圧迫され、追いやられたまま痛めつけられている人もまたいて、そういう小さな歌声が、自分の中ではとてつもなく重い大きなものに聴こえたんです。一行のキャッチコピーにはできないような、複雑な悲しみとか喜びを、うまくすくい上げられないかなって。
――そういう小さな歌声に耳を傾けるために、南相馬のご友人の家に泊まり、たくさん曲を書かれたそうですね。
七尾 はい。それだけを集めてアルバムを作ることもできたけど、それも違う気がしたんです。そうじゃなくて、震災以降の自分のちっぽけさとかずるさとか小汚さとか、一口には捉えきれない今というものを映し出すには、「こんなアルバムなんです」ってシンプルにプレゼンできるようなものを作っちゃだめだと思ったんです。とにかく、正直に、人間の小ささや、本当にうれしかったこと、本当に悲しかったことを入れようと思った。自分の身の丈から言葉を発したかったんです。
――アルバムに収録されている「圏内の歌」は、「子供たちだけでも/どこか遠くへ/逃がしたい」という強烈な歌詞が、話題になりました。
七尾 放射能が降り注ぐ環境の中で、それでも表向き笑顔で生きている女の人が主人公の曲なんです。福島の友達に聞く話と東京で伝えられている情報の齟齬、スキマがいろんな形で埋められるべきだと思っていたので、こういう曲ができたんだと思います。避難勧告の歌だと誤解されがちなんですが、そうではない。例えば、自分の家を追い出されてもう帰れないし、仕事も失って、それなのに罪悪感も持っていたりするんですよ。「私たちが放射能ばらまいた」みたいな。悲しみ、怒り、罪悪感、悔しさとか、一口でなんてとても言えないんですよ。すごく複雑で、なかなか言葉じゃ捉えきれない。音とメロディとリズムを総動員して、なんとかパッケージしないと、捕まえ損ねてしまう。
――ご自身にとってもとても大切な曲だと思いますが、約1年半歌い続けてきて、何か気持ちの変化などはありましたか?
七尾 昨年5月に作曲したばかりの頃は、渦中でそれを歌い続けることに葛藤もありましたが、1年以上たつと、歌うたびに僕自身がそのときの感覚を鮮明に思い起こし、再考し続けるための装置にもなっています。たぶん新聞記事だけだったら、100年後は、まるで太平洋戦争中の新聞と同様に、共感しづらいものになる。政治や科学やジャーナリズムの言葉だけでは、よくわからない。でも、そこに音楽、あるいは映画とか、文化がついてきて初めて、そのときどんな人がどんな複雑な気持ちを抱えて、どんなことを恐れていたり、どんなことに喜んでいたかが、やっと見えてくると思うんですよね。
「圏内の歌」には悲しみが満ちていますが、悲痛な表情で歌う曲ではなく、自然と微笑みながら歌うような形になる。歌が持っているエモーションが演者をそうさせるんです。人を糾弾したり、悲しいんだ、痛いんだというのを出す曲ではないんです。どうしようもなく困難な状況で、見たこともなかったような人間の美しさが発露してくる。それを見てしまう、見つけてしまう、そんなとき、歌ができてしまうんです。
――七尾さんは9.11の後に『911 FANTASIA』という3枚組のアルバムをリリースされていますが、こういう複雑な気持ちというのは、9.11のときにも感じたものですか?
七尾 9.11のときは個人的にもすごく苦しい時期で、年齢も21歳と若かったので、いっぱいいっぱいだったんです。自分の心象風景と、ビルに飛行機が突っ込むという風景が渾然一体になってしまって、「自分はもうダメだし、世の中は破滅に向かっているし……」と思ってしまったんです。すごく観念的に捉えてしまって、海の向こうのことだけど他人事じゃない、世界の一大時だと。まあ、それゆえにあそこまでの情熱で作品化できたわけですが、今は30歳を過ぎたので、情緒的になるより先に、心配事が浮かんできましたね。単純に東北の友達の安否や、周りの不安がっている仲間のこと。それに、こんな状態で今までの曲歌ったってしょうがないな、とかね。東北という、仲間の顔が見える範囲の出来事だったので、ショックがでかすぎて……。でも、それがその直後の動きにつながったとは思いますね。
――震災直後に書かれた楽曲「帰り道」のYouTubeへのアップ(http://www.youtube.com/watch?v=XNLAT6t67i4)から始まって、被災地でのライブ、チャリティーイベントの参加、義援金募集サイト「DIY HEARTS」の立ち上げなど、目まぐるしい1年半だったと思いますが、それらの活動によって気持ちの面では少し楽になったのでしょうか?
七尾 迷いっぱなしですよ。悩み終わったこともいくつかありますけど、自分の中で解決できていない問題のほうがはるかに多いです。ただ1年半いろいろやってきて今言えることは、考え続けるのと手を動かし続けるしかないということですね。
――ライブで歌うということは、ご自身の気持ちを吐き出す行為でもあるんでしょうか?
七尾 いえ、作曲は気持ちを表現することで吐き出していたり、整理している部分がどこかにありますし、できあがったものを聴いて、冷静に自分を分析できたりもする。一方ライブの場では、演者として芸人として、お客さんを楽しませたいと思っています。音源、そして「百人組手」のような自主イベントや「DIY STARS」のような配信システム、僕の創作にまつわるすべてに言えることですが、お客さんに驚きを与えたいという気持ちが強くて、今も昔も「わー!」と言わせたいと思っているし、僕自身も音楽にはそれを求めています。父親がジャズファンだったんで、黒人がものすごい速さで鍵盤を叩いたり、顔をほとんど異形化させた状態でトランペットを吹いているとか、子ども心に、まるで超人だなって思って。そういうのが原体験にある。「人間がここまでやれるの? それなら僕も希望を持つことができる、自分もいつかきっと」って。音楽って、ちまちましたもんじゃないんです。僕はシンガーソングライターなので、まあ内省的ではあるけれど、志向としては、むしろ、サーカスとか大道芸とか、シルク・ドゥ・ソレイユに負けないくらいの領域に、おじいさんになる頃には到達したいんですよね。
――なるほど。確かに七尾さんのライブは、サプライズの連続ですよね。毎回、「今日はどんなことをやってくれるんだろう」というワクワク感があります。では最後に、震災後のさまざまな感情を吐き出した今回のアルバムは、七尾さんにとってどんなアルバムですか?
七尾 今回のアルバムは、自分の表現の一番コアな部分を取り戻していくためのプロセスのひとつだと思うんです。前作『billion voices』のときはいろいろなことに恵まれていたので、自分もノリノリで、すごく明るいアルバムだったんです。「DIY STARS」の立ち上げなどいろいろなことが同時に起こって、みんなCDが売れないってすごく悲壮感が漂っていたけれど、僕は「今が一番楽しいよ。確かに20世紀のポップシステムは壊れたけど、ポップミュージックまで壊れたって言うのやめてくれる?」って思っていたんです。「僕より年下の10代とか20代の奴が今どんだけ面白いことやってるか知ってる? 知りもしないクセに、『若い奴がやってることはつまらない』とか言うなよ」って。だから意図的にああいうジャケットにしてコンセプチュアルにまとめたんですが、翌年の3月11日でガラッと世の中が変わってしまったから、それまでに考えていた次作のアイデアを全部捨てたんです。それでこういうアルバムになった。そういう意味では、『billion~』とはかけ離れている。『911』とか昔のアルバムに近いのかもしれない。挫折感もあったし、いろんな軋轢とかある中で、もう一度自分を組み立て直そうとしたプロセスだと思うんです。
ある種の公共性を伴った曲もあると思うけれど、僕としてはすごく自己表現をやりたかった。こういうときだからこそ、そういうことをやらないと前に進めないと思った。先に行けないなって。こういうことを歌ったら誰かを傷つけてしまうんじゃないかとか、1円でも多く義援金を集めたいという気持ちは今でもぜんぜん消えていないんですけど、このアルバムに関しては、やっぱり表現者として生きて死んでいくわけだから、善も悪も超えて、自分が本当に歌いたいことを歌ってみると。そういう意味ではすごく、自分にとっては大事な作品ですね。
(取材・文=編集部)
●ななお・たびと
シンガーソングライター。1998年のデビュー以来、驚異の3枚組アルバム『911 FANTASIA』や、新世代のフロアーアンセムとも称される「Rollin' Rollin'」、21世紀の新しい音楽の可能性を感じさせる『billion voices』などで旋風を巻き起こす。唯一無二のライブパフォーマスは必見。自身のライフワークと位置付け、全国各地で開催してきた弾き語り独演会「歌の事故」、全共演者と立て続けに即興対決を行う「百人組手」の2つの自主企画を軸に、各地のフェス、イベント、USTREAMでも伝説的なステージを生みだし続けている。
公式ブログ< http://tavito.net/>
Twitter <https://twitter.com/#!/tavito_net>
スマイレージが“コワイレージ”になっちゃった!? 思春期ホラー『怪談新耳袋 異形』を巡る不思議体験

個性派俳優としても活躍する井口昇監督。
スマイレージ主演作『怪談新耳袋 異形』を“思春期ホラー”に仕立てている。
スマイレージ主演作『怪談新耳袋 異形』を“思春期ホラー”に仕立てている。
井口 『怪談新耳袋 異形』の撮影1週間前まで、『デッド寿司』の撮影だったんです。『怪談新耳袋 異形』の製作チームがわざわざ『デッド寿司』のロケをしていた那須まで来てくれて、撮影の合間に打ち合わせをしました。正直、時間がない状況で製作が進んだんですが、その分あまり余計な“遊び”を入れずに、ストレートなホラー映画になったんじゃないかと思います。といっても、まァ、ボクの作品なんで多少はギャグが入ってますけど。『新耳袋』シリーズは原作者の木原浩勝さんも言ってますが、幽霊ものではなく、実話系の現代の妖怪目撃談なんです。恐怖の正体が分からないまま投げっ放し。得体の知れない、何も解決しない不気味さを描いてるんです。「安易に使うとチープになるので、CGは極力使
ってないんです」と井口監督。低予算なれど、ホ
ラー映画にはこだわりがあるのだ。

第1話『おさよ』。新人アイドル・しおり(和田彩花)はグラビア撮影で山奥の旅館に宿泊。
優しくナイーヴな性格ゆえに、とんでもない目に遭う。
優しくナイーヴな性格ゆえに、とんでもない目に遭う。

井口昇ファンのためにサービスカットを掲載。巨匠・野村芳太郎監督の
『影の車』(70)もお薦めホラーだそうです。
『影の車』(70)もお薦めホラーだそうです。

第4話『和人形』はスマイレージが全員集合。怯えた表情は
演技ではなく、廃屋での撮影中に恐怖体験をしたためだった……。
演技ではなく、廃屋での撮影中に恐怖体験をしたためだった……。
【Negicco】マイペースで前進する“ロコドルの星”3人の現在地とは?

アイドル業界ではすっかりおなじみになったNegiccoの3人。
左からKaede、Nao☆、Megu
左からKaede、Nao☆、Megu
──アイドル業が忙しくなってくると、生活にも差し障りが出てきませんか?
Nao☆ いちばんたいへんなのは大学生(Kaede)なんです。
Kaede そうなんですよ、もうすぐテストで全然寝れてないんですけど(苦笑)。でもアイドルさんはみんなお仕事だけでも忙しくがんばっているので、がんばらなきゃ、と。やれるだけやりたいです。後悔しないように。
──衣裳も立派になって。
Nao☆、Megu ああ~、それはもう。
Kaede 完全にT-paletteさんの支えがあって。いままでは自分たちで買った衣裳を着ていたので。
──既製品を。聞いた話だと、イオンで購入していたそうで。
Nao☆、Megu、Kaede そうなんです!
──でも、芸能活動が本格的になりつつも、いままで築いてきたファンとの距離感というのも大事にしたいですよね?
Nao☆ 握手できるイベントだったり、客席に降りられるイベントだったら、けっこう抱きつかれたりするんですよ。たいへんなんですけど、それでもファンの方たちの近くに行って、触れ合いたいので。ちょっと安全性が犠牲になっているかもしれないですけど、なるべく近くにいたいです。
──みなさん、かなりしっかり話せますね。人見知りすると聞いていたんですが。
Nao☆ 取材は別なので大丈夫なんですけど、初対面のアイドルさんが相手だと、まったくしゃべれなくなっちゃうんですよ。感じ悪いって思われるかもしれない。
Megu いつも3人で固まって、隅っこのほうにいたりするんです。ほんとうに人見知りで緊張していたりするので、不快な思いをさせていないかなと心配です(苦笑)。
Kaede このあいだも対談のお仕事でTomato n’Pineさんといっしょだったんですけど、トマパイさんも緊張されていたのかあまり話さなくて、このままだと取材が終わらないみたいになってしまって。
Nao☆ 取材の方が一方的にお話して、それに答えている状態だったので、対談になっていなかったんです、全然。
──そうか、インタビュアーさんがそれぞれに訊いて、NegiccoとTomato n’Pineの対談になっていなかったという。
Nao☆、Megu そうなんですよ。
Kaede 対談してくださいって言われて。
Nao☆ でもそれで友情が深まったというか。
Megu トマパイさんも似たもの同士と思ってくれたみたいで、親近感を覚えると言ってくれていて。
Nao☆ いっしょにいやすいです(笑)。トマパイさんとは。
──なんというか、みなさん、こう、芸能界慣れした人々とは雰囲気がちがいますよね。
Nao☆ 出ていこう、出ていこうという気持ちは、Negiccoにもあるはあるんですけど。あまりそういうのが好きじゃなくて。
Megu がっつく感じがね。
Nao☆ そう。あんまり「イエー!」みたいなこともしないので。
Megu 奥ゆかしい感じなんですよ。
Kaede 芸能界に向いてない(笑)。
Nao☆ 向いてない向いてない(笑)。
──今はおしゃれでかっこよくもかわいくもなっているし、年々、自分たちらしさを残しつつ自然に変化してきた部分はあると思うんですけど、「ネギ」を残すかどうかは、意識して、考えて選ばないといけなかったことだと思うんですよね。で、「ネギ」を大事にし続けた、そのこころは? ということをおうかがいしたいんですが。
Nao☆ そうですね、いっぱいアイドルさんが出てきて、ご当地アイドルなんて数えるくらいしかいなかったのに、それこそ今では数えられないくらいになっていて。でも、そういうところに入っても埋もれないのは、Negiccoという名前だからだったりもしますし。一回「変える」という話も出たんですけど、そのときに地元で知名度が上がってきたんですね。だからなおさら変えようかという話になったんですけど、でも、いざとなったらみんなで考えたなかにいい名前がなくて。やっぱりNegiccoって、あっという間に頭に残る名前だし、インパクトがあるし。ほかの色と被らないというところで、この名前でずっと行こうって。
その頃は自分たちでNegiccoという名前に違和感がなくて、嫌だなと思うこともなかったんですけど、(活動を始めた)当初はすごくあって。きっと初めてNegiccoの名前を聞いた人は「なんだそれ?」って思うんだろうなって、気にしていました。
イロモノ扱いもされていますし。音楽番組でもネギを紹介するためだけに出たりとか。でも、いい曲をいっぱい歌っているから、「Negiccoというアーティスト」に見てもらえるNegiccoになっていきたいと思います。
Megu Negiccoという名前だけでイロモノ扱いされる方も、ほんとうに多くて。テレビでも、ネギがメインで、こういうアイドルがいるんです、って紹介してもらうことがあるんですけど、わたしたちはライヴだったり、音楽性をもっと見てもらいたいんですよ。
でもNegiccoという名前で得したこともあって。最初に観た人がライヴですごいインパクトを受けるんですね。本格的なライヴをやっているし、いい曲も歌っていますから、名前だけでライヴを観に来た人が、いざその場で見ると「何これ、すごいじゃんNegicco!」と言ってくれる。振り幅がすごいんです。それがおいしいのかな、って思い始めて。ちょっとバカにしていたけど、ライヴを見たらすごいじゃん、と。だから一度ライヴを観てもらいたいし、ほんとうに、音楽を聴いてもらいたいです。
Kaede やっぱり、小中学生だった頃は、周りもちっちゃな子どもですし、「なんだよ、Negiccoって」みたいに、いろいろ言われたんですよ。ですけれども、Negiccoだからできることがあるとわかることもあって。
いまわたしたち、ペンライト(サイリウム)を使っているんです。「ネギライト」って言うんですけど。ペンライトはまっすぐなかたちをしているじゃないですか。ねぎもまっすぐだから、上を緑にして、下を白くしたペンライト(ネギライト)をつくっていただいたんです。そういうのってNegicco特有のものだと思うので。それだけで、ねぎを大事にしていけたらいいな、という気持ちになります。
──よくPerfumeが引き合いに出されますけれども、彼女たちにしても、音楽だけじゃなくてスポーツとかいろいろな分野で、自分たちらしさを大事にして世界に出て行っている日本人が多いと思うんですよね。そう考えると、NegiccoはNegiccoとして、自分たちらしさを持ったまま大きくなるといいな、と個人的には考えていたんですが、みなさんはどう考えていらっしゃいます?
Nao☆ いまのアイドルシーンでは、聴いていると、どんどん盛り・上が・れー! みたいな曲が多いんですけど、Negiccoはそうじゃなくて。アイドルブームに合わせるのではなく、作曲家のconnieさんもNegiccoの色を大事にしてくださっているんです。connieさんに「Negiccoはへたしたら30歳になってもできるグループだよね」と言っていただけて、すごく嬉しかった記憶があります。自分たちでも信じてがんばってはきましたけど、地元から出てきて、まさかここまで来られるとは思ってもみませんでした。Negiccoという積み重ねでここまで来れている、それってすごい大きいことだと思いますし、今となっては期限が来たら年齢的に続けられなくなるグループでもない。そういう意味では、Negiccoでよかったなと思います。
──既存の曲がだんだん鍛えられたり、それを反映した曲づくりになってきている感触はありますか?
Nao☆ connieさんも最近のNegiccoのレベルに合わせて、メジャー感のある曲をつくるようにされているみたいで。でもNegiccoの知名度が全国的に上がってきたら、新潟の方に……なんて言われたんだっけ。
Kaede 「新潟捨てたんかよ」
Nao☆ って言われたんですよ、なんですけど、わたしたちは気持ちも心も新潟を大事にしているんです。だからこそ歌詞のなかに、connieさんが遊びごころで「ヨーン・マルニ」、国道402号線(『あなたとPop With You!』)を盛りこんでるわけですし。
Kaede トキとかもそうだしね。ちょっとずつ新潟のエッセンスが入っているんです。新潟にも住んでいますし。そういうのをconnieさんも大事にしていると思います。
──ここでアイドル好きのMeguさんにお訊きしたいんですが、ローカルアイドルが、いま再び盛り上がってきていて。地元での活動を強化しながら関東などにも積極的に出ていく、広域化という新しい周期に入ってきたのかなと思うんですが、いかがですか?
Megu そうですね、やっぱりそれは感じますね。その、アイドルブームがあるからこそ地方アイドルさんも注目されていますし、地方アイドルさんも東京に呼ばれやすく、来やすくなっていると思うので。いろんな人にチャンスがありますよね。そう感じます。
──Negiccoも新潟を背負って東京に出てきているわけですもんね。そう言えばこのたび、『道の駅』DVDの宣伝PR隊長に就任されたそうで(『完全収録 THE 道の駅 映像全集』ポニーキャニオン)。せっかくなので道の駅のいいところを教えていただけると。
Nao☆ わたしのおすすめは「新潟ふるさと村」です。デビュー当時から道の駅新潟ふるさと村で、わたしたちもイベントをやらせていただいていて、おいしい名産物や……新潟はチューリップが有名なんですけれども、その採花が見られたり、日本海のおいしい魚を食べられたり、B級グルメと呼ばれている新潟のご当地ものも食べられる。NegiccoもB級だなと思っている方もいるかもしれませんけど、NegiccoもB級グルメもA級なところまで来ているんだぞ、ということで、新潟ふるさと村に一度寄っていただいて、よかったらNegiccoのライヴもそこで観ていただけたらいいなと思います。
──Meguさんのおすすめは?
Megu 新潟の豊栄というところの道の駅なんですけど、その豊栄で獲れた名産品を置いてあるところで。ダチョウって生で観たことありますか?
──ないない、ないです!
Megu ダチョウがいるんですよ! 豊栄の道の駅には。実際にダチョウと触れ合えて、餌をあげられたり……ダチョウの卵とかも置いてあるんです。すごく貴重な体験だと思うので、道の駅豊栄、ぜひ行ってみてほしいなと思います。
──Kaedeさんのお心当たりは?
Kaede マリンドリーム能生というところがあるんですよ。海沿いの道の駅なんですけれど、その地域の特産品も売っていますし、海沿いなので、夕方になると夕陽がすごいきれいなんです。日本海と夕陽と、美しい景観を楽しめますから、ぜひ寄っていただきたいなと思います。
──では最後に、新潟そのものの推しはどんなところでしょう?
Nao☆ ほんとうに……。
Megu 空気がおいしい。
Nao☆ おいしいね。
Kaede ごはんもおいしい。
Nao☆ 景色もきれいで。家からも山が見えるんですけど、ほんとうに心を休めることができる、ふるさとを感じられるところが多いですし、道の駅にもいいところがいっぱいありますので、ぜひ一度遊びに来てください。DVD-BOXをお買い上げの方にはスタンプラリーができるスタンプブックも入っています。けっこうイベントなどでお会いするファンのなかに、Negiccoが新潟だから新潟に住みたい、と言ってくださる方が多いんですけれども、そういう方にも、スタンプを集める楽しみがあるんだぞ、ということを発見していただきたいなと思います。
──新潟住み! ファンとしては最高ですよね。
Megu 雪は多いし、いろいろとたいへんなところはあるんですけど、いいところもすごくたくさんありますし。ごはんがおいしいというのがやっぱり、いちばんですよ! ね。白鳥とかね、飛んでるし。
──白鳥?
Nao☆ 白鳥飛んでるね。
Kaede キジとかもいます。いま大学には猿が降りてきています(笑)。
Megu いたちも。
Kaede なんでもいるよね。
Megu 山が近いからね。
──新潟もこの10年でサッカーとか野球とかプロレスとかいろいろ出てきましたが、Negiccoで町興しができたらいいですよね。今日はありがとうございました。
Nao☆、Megu、Kaede ありがとうございました!
(取材・構成=後藤勝/写真=尾藤能暢)
●Negicco(ねぎっこ)
2003年7月、やわ肌ネギキャンペーンのユニットとして「Negicco」を結成。キャンペーンソング「恋するねぎっ娘」でCDデビュー。05年、古町音楽祭で古町をイメージした「Falling Stars」がグランプリを受賞。06年~10年「Team ECO」(地球環境を整える)のCMに出演。09年新潟国体のイメージソング「がむしゃらな風になれ」の歌とダンスの啓蒙で国体を盛り上げる。インターネットTV、GyaOの「勝ち抜き! アイドル天国!! ヌキ天」に出演、計6週のチャレンジで見事グランプリを獲得。10年7月「プラスちっく☆スター」を全国リリース。11月埼玉県深谷市で行われた「全国ねぎサミット」に出演、全国のネギ産地にNegiccoの名を知らしめる。12月都内で行われた地方アイドルNo.1決定戦でグランプリ受賞、見事地方アイドルの頂点に君臨。11年6月にタワーレコードが立ち上げたアイドルに特化した専門レーベル「T-Palette Records」の所属アーティストとなり、シングル、ベストアルバムが好評を博している。
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「クラスで上から2~3番目じゃないと、AV女優になれない!?」AV業界、激動の15年史

『職業としてのAV女優』(幻冬舎新書)
男性なら誰もが気になる「AV女優」を、職業としての視点から切り取った『職業としてのAV女優』(幻冬舎新書)が、各書店でベストセラーとなっている。業界の低迷で、出演料は3万円以下というケースもありながら、応募倍率は25倍。完全なデフレ状態にもかかわらず、かつては考えられなかったようなクオリティの美女たちがAV女優として活躍している。以前なら、落ちるところまで落ちた“底辺”がAV女優という職業であったものの、今では好奇心や刺激欲しさで自ら志願する女性も増えているというありさま。いったい30年の歴史を持つAVの世界に、何が起こっているのだろうか? 著者の中村淳彦氏を直撃した。
――中村さんがAVに携わるようになった1996年頃から、AV業界では構造的な変化が起こっていますね。本書にも、AV女優の出演料などとともに、レンタルからセル、そして現在へと続くAV業界の変化が綴られています。これを読むと、現在のようにデフレ化の波を受けるまでは、天国のような状況だったようですね。
中村淳彦氏(以下、中村) エロ業界全体に元気がありましたね。エロ本は今の20倍くらいは発行されていたし、エロ編集者の人数は30倍はいたんじゃないですかね(笑)。AV業界でもレンタル全盛の時代は、メーカーの営業がビデオを持たずにパッケージだけを持って問屋に営業をしていました。問屋もパッケージだけで仕入れを決めるのが当たり前だったから、そこにはユーザーの視点はほぼ皆無。だから中身に関係なく、パッケージが上手なところが売上を伸ばしていました。しかし、98年頃からセルビデオが全盛になる。それまで500円程度のレンタル料で済んでいたのが、およそ10倍の出費になります。当然、ユーザーも中身にこだわるようになっていきますよね。
――レンタルからセルへと移行していく過程で、最も大きな変化とはなんだったのでしょうか?
中村 これは大きな損失なのですが、ユーザーが“どれだけヌケるか”“どれだけエロいか”の要求をしたために、まずクリエイター系のAV監督が切り捨てられていきました。平野勝之さん、ゴールドマンやV&Rプランニング系ですね。やっぱり、ズリネタにクリエイティブは必要ないんです。それまでは中身なんて関係なかったから、手抜きをしても徹底的に映像作品を作っても、売上には関係なかった。ユルい人も、キツい人も、そこに甘えて成り立っていたんです。だから、AV監督が感情を揺さぶるような素晴らしい作品を作ることもできたわけです。昨年映画になった『監督失格』のようなとんでもない作品が、年に5~6本はありましたね。僕は完全に90年代のAVに影響を受けた“作品派”だったんで、セルビデオが登場した98年あたりから、どんどんAVが嫌になっていきましたが(笑)。
――女優の変化はありましたか?
中村 分岐点となったのが、レンタル最後のアイドルである小室友里と、セル最初のアイドルである森下くるみ。そこで切り替わりましたね。その後も企画単体女優として長瀬愛や桃井望、堤さやかなどが活躍していきます。それまでの単体女優は疑似(挿入せずセックスをしているように見せかける演技)だったのですが、彼女たちは本番でした。レンタル全盛でパッケージだけで売れる時代は、本番であろうが、なかろうが大きくは売上には関係がなかったんですね。クリエイター系の監督が排除されたあと、疑似しかできない単体女優や、プライドが高く協調性に欠ける女優たちが消えていきました。彼女たちより前の世代の単体女優って、とにかくプライドが高くて、性格に難がある人が多かった。理由は、みんながちやほやするから。AV女優をとにかくお姫様扱いするという風潮があって、その環境が人間を腐らせていましたね。僕は人間がダメになっていくのに加担したくなかったから、アイドルAV女優の取材は避けていました(笑)。
――この時代に女優の質も、だんだんと変化していったんですね。
中村 長瀬愛や桃井望は徹底的に働いた。朝から晩まで、毎日のように本番の撮影をしていました。また、レンタル・セル・逆輸入・裏本など、AVにはさまざまなジャンルがあったんですが、彼女たちはジャンルを選ばずに出演した。単体女優だと、イメージを保つためにレンタルしか出演しないというような流れが一瞬あったのですが、長瀬愛などは裏ビデオにもバンバン出演して、知名度をどんどん上げていったんですね。それまでの“アイドルが月に1本疑似で出演”みたいなレンタルビデオ時代の概念が、彼女たちの働きと活躍によって一気に吹き飛んだんです。
――AVのクオリティが圧倒的に上がってきたのも、この頃ですか?
中村 本当にクオリティが上がってきたのは、もっと景気が悪くなってきてから。2003年頃は単体も企画も仕事がまだいっぱいあったんで、ルックスが悪くても、それに見合った活躍できる場があった。04年頃から徐々に売れなくなってきて、メーカーや制作者が試行錯誤をしだして、ダメなものが減っていったんです。不景気や裸に対する意識の変化でAV女優に志願する女の子たちが増えてくれば、供給過剰になる。メーカーや制作側が女の子を厳選できる状況になった。今まで2人に1人を選んでいたものが、15人から1人を選ぶということになって、AV女優クオリティ、それにAVの質が向上したわけです。
――ここ数年の状況については、いかがでしょうか?
中村 この10年で法人や人材が厳しい競争で入れ替わっているので、今、AV業界には本当に能力が高い人しか残っていません。AV監督たちの能力も、90年代と比べると半端じゃなく上がって、考え尽くされた内容になっています。それでも不況で利益が上がらないんです。個人的にはみんな能力が高いので、もっとお金になる仕事をすればいいのにって思うけど。
――中村さんの目から見て、今の時代を象徴するAV女優はいますか?
中村 本書にも書きましたが、銀行員からAV女優に転身した女性にはびっくりしました。普通の会社に転職をするように、なんの理由もなく仕事としてAV女優を選んで「いい転職先が見つかった」と言っている。かつてのように育ちや経歴がよくても、話を聞けばアウトサイダーに対する憧れとか、何かに対する反発といった理由があった。今は普通の女の子たちが、普通の仕事としてAV女優を選んでいる。職場環境も整備されて、現場はクリーンで安全になって、彼女たちは自身の承認欲求が満たされ、前向きにやりがいを感じているんです。
――AV女優にインタビューをした中村さんの著作『名前のない女たち』(宝島社)に登場する女優たちにはそれぞれ、家庭環境や恋愛関係などの物語がありましたが、今では女の子にはそんな物語すら求められない時代なんですね……。一方、ユーザー側の変化は感じますか?
中村 あくまで仮説ですが、新しい人がほとんど入ってくることなく、90年代からずっと同じ人が残っているだけだと思う。時代を下れば、その規模は小さくなっていきます。エロ本のほうが最大公約数が高くて発行部数が多いので、先に淘汰の波が押し寄せてきましたが、それが現在AVにも流れてきています。この先、何か革命的なことを起こして、新しいユーザーを増やしていかなければならないんだけど、AV女優や商品のクオリティを向上させてもダメなようです。全員に危機感はあって頑張っているのだけど、どうしたらいいかがわからない。そんなところではないでしょうか。
――近年の数少ない成功例として、最近では元芸能人モノのAVが盛んになっていますね。
中村 2006年に、元ギリギリガールズの荒井美恵子の作品が爆発的にヒットした。おそらく超有名芸能人ものは、普通のAVアイドルの20~30倍の商規模がある。元芸能人たちも、少なくとも5,000~6,000万の出演料を手にしていると思う。それとAVの中国進出も、今までになかった流れ。中国では爆発的に海賊版が流通していて、これがもし海賊版でなければ、大手AVメーカーは莫大な利益を手にしているはずですが、海賊版なのでまったくお金になっていない。
――そのような状況を迎えて、この先AV業界は、いったいどのような場所になっていくのでしょうか?
中村 今後、AV女優は、もっと特別な職業になっていくでしょうね。本書では25倍と試算しましたが、そんなものじゃなくなって、一般人から募集するということもなくなってしまうかもしれない。企画女優は、汁男優みたいな扱いになるんじゃないですか(笑)。少なくとも、クラスで上から2~3番目の顔立ちでDカップ以上のカラダを持っていなければ、AV女優にはなれないと思って間違いありませんね。
(取材・文=萩原雄太[かもめマシーン])
●なかむら・あつひこ
1972年、東京都生まれ。編集プロダクション、出版社、フリーライターを経て、現在は高齢者デイサービスセンターを運営しながら、ノンフィクション、ルポルタージュを執筆している。
「カッコつけるのは面倒臭くて嫌なんだよ!」“ワイルド”なモト冬樹が恋愛指南!?

“かっこいい”モト冬樹が見られるのは、この映画だけ!?
これまで若者たちの“ダメ恋愛”を多く描き、数々の映画賞を受賞してきた今泉力哉が監督・脚本を手掛けた、究極のダメ恋愛群像劇『こっぴどい猫』が、7月28日より公開となる。主演は、『ヅラ刑事』(06年)以来の主演2作目となるモト冬樹。ストーリーは、総勢15人の男女と7つの三角関係が交差するクセだらけの恋物語だ。
この映画は、独特な今泉ワールドをビンビンに感じられると同時に、モト冬樹という一人の超有名芸能人の今まで気付かなかった魅力を、まざまざと見せつけられる。鑑賞後には「今までモト冬樹を知ったような気になっていて、すみませんでした」と、ちょっぴり申し訳ない気持ちにさえなるかもしれない。
この日、たまたま取材場所に居合わせた今泉監督にも少々交ざっていただきつつ、今年61歳を迎えたモト冬樹に、同作の魅力や、自身の結婚生活、また“いい女”の見分け方などを伺った。
――『こっぴどい猫』は、「モト冬樹生誕60周年記念作品」を大々的に謳っていますが、ご存命の方の生誕を記念した映画って珍しいですよね。
モト冬樹(以下、モト) 「還暦に何かやりたいね」というところから始まって、映画の話が持ち上がったんです。僕は、今までどちらかというとバイプレイヤーとしてやってきたので、僕を主演にしようってこと自体、すごいことだよね。それに『ヅラ刑事』(06年)は普通の役じゃなかったから、“普通の男”の役で主演って初めてだし。
今泉監督 僕がお話をいただいた時は、「モトさんが主演であること以外、自由にやってください」って言っていただいたんです。だけど、まず「生誕60周年記念作品」ってものを見たことがなかったですし(笑)、メジャーなタレントさんとやったことがなかったので、プレッシャーで全然、脚本が書けなくて……。それでモトさんと一緒に飲ませてもらった時に「本書けなくてすみません」って言ったら、「一回失敗しても、もう一回やればいいじゃない」って言ってもらって、すごくラクになれたんです。そこからは、いつも自分が撮ってる若者の恋愛模様に、モトさんを引っ張り込みました。
モト 俺、そんなこと言った? 酔っ払ってたから覚えてない(笑)。この監督の映画は、セリフが自然な会話口調なのがびっくりだよね。あと展開がすごい! コメディもそうだけど、我々って、見てる人の期待を裏切ることに喜びがあるから、この監督の作品は面白いと思ったね。『こっぴどい猫』も、途中までじじぃと若い子のただの恋愛モノだと思ったでしょ? そんなに甘くないんだよねえ~♪
――それにしても劇中のモトさんが、すごくカッコ良かったです。
モト ほんとに~? 趣味悪いんじゃないの? ハゲ好き?
今泉監督 試写でも、「モトさんのこと本気で好きになった」って言っている女性がいましたよ。

モト へ~、うれしいなあ。今まで、そんなこと言われたことないよ。いつも“ハゲたカッコ悪い上司”の役とかが多いから、普通の役をしてる僕を、みんな見たことがないのかもな~。でも、ずっとシリアスな演技が続いても、ラストがああいう展開だから、「ああ、俺だな」ってホッとできるよね(笑)。
――確かに、最後はズッコケました(笑)。この映画の主人公は、随分若い女性に恋をしますが、モトさん自身も若い子に心を奪われたりしますか?
モト しょっちゅうあるよ。人に魅力を感じることに、若いとか年取ってるとか関係ないよね。ただ俺、結婚したから(2010年5月に一般女性と入籍)、「やってみてえなあ」とかはなかなか思わなくなったなあ~。
――そういえば、『ものまね珍坊』(~92年、フジテレビ系)などにご出演されていた頃は、「恋多き男」としてイジられていた記憶があるのですが、実際はどうだったんですか?
モト 普通じゃないですか? でもほら、俺、若い時はバンドやってたから、そういう機会がいっぱいあったんだよね。やっぱ20代の頃はね、男はいっぱい遊んだほうがいいと思う。30代になると、だんだん“いい女”と“悪い女”の区別がついてくるんだよね。それで40代になると、もっと好きな人が分かってきて、50代になったら好きな相手から断られたりするんだけど……。まあ、それはいいんだけど(笑)、若いうちは瞬間的な恋愛でもいいから、いっぱい恋愛したほうがいいと思いますね。だって、いい大学出て、いい会社入って、年取ってから明らかに「え?」っていうような女に騙される男っているじゃない。いっぱい免疫をつけておいたほうがいいと思うんだよね。
――“いい女”とは、どんな女性だと思いますか?
モト 付き合ってて、自分が“いい人間”になれる女の子は絶対いいよね。ところが、自分がヤキモチばっか焼いて、「あの子、今日何してるんだろう」とか心配しちゃうようだと絶対続かない。でも若い頃は、そういう子にハマるんだよね。
――それは男女逆でも当てはまりますか?
モト そうだと思う。でも、ダメな男に一生懸命尽くすことで、自分の存在を確認できる女っているんだよね。長いスパンの幸せが欲しいのか、ダメな男に尽くしてる時の濃い幸せが欲しいのか、どっちかだよ人間って。あと「この人のことを、あたしは変えられる」って思ってるうぬぼれの強い女はダメだよ。人間なんて100%変えられない。ただ、俺は結婚して、一緒に住み始めた時に、自分のペースが崩れてお互いギクシャクしたんだけど、その時、「この人のために変わろう」と思ったんだよね。これは俺が変わったほうが、俺が幸せになるから変われるんだよ。
――どんなところを変えたんですか?
モト 俺ってマメに見られるんだけど、すごく面倒臭がり屋なのよ。メールもあんましないし、電話番号聞いても、ほとんどかけたことないし。でも、今、初めて「今、帰るよ」とか、しょっちゅう嫁さんにメールしてるし、嫁さんが喜ぶことを頑張ってしてる。そしたら、うまく回りだしたんだよね。

――本来は男っぽい性格なんですね。
モト 女って言葉を欲しがるけど、俺は“行動”だと思うわけよ。誕生日とかバレンタインデーとか、ホントは何もやる気しないんだよ(笑)。でも嫁さんがそういうの好きだから、やってるよ。しょうがないから。
――記念日とかが好きな男性も、中にはいますけどね。
モト いるいるー。モテる男って、花束渡したり、鳥肌立つようなこと平気でできるんだよね。(グッチ)裕三はA型ですっごいマメだから、カセットテープ渡して「これ聴いて」とか、料理作ってやったりできるんだよ。だからあいつは3回結婚してるじゃない? ちなみに男は3回目がうまくいく人が多いのよ。松崎しげるさんもそうだし。まあ、体力とお金の面で3回が限界っていうのもあると思うんだけど(笑)。
――そんな実はワイルドなモトさんが、59歳にして初めて結婚しようと思ったのはなぜですか?
モトト 嫁さんとは10年以上付き合ってたんだけど、結婚しようなんてこれっぽっちも思ってなくて。「このままパートナーでいられればいいなあ」と思ってたんだけど、ある流れで「彼女を守るためには結婚するしかないなあ」ってなったんだよね。でも、40歳くらいで結婚してたら絶対にダメになってたと思う。「この人よりいい人が出てくるかもしれない」と思ってる時点で、結婚はダメだよね。
――現在、大学を卒業したばかりの娘さんが、大阪にお住まいだそうですね。
モト うちの娘は、嫁さん同様、シンプルでウソつけないいい人間でね。親子なのに友達みたいな関係だから、隠し事ゼロで、“今、誰と付き合ってるか”とか全部知ってるよ。娘は男に選ばれるんじゃなくて、完全に自分で男選んでるから安心なんだけど、サイクルが早いのよー。大学の時にめっちゃ頭のいい男と付き合ってたんだけど、卒業できるのが分かったら別れやがって(笑)。その男のおかげで卒業できるのにひどくない? 今は違うのと付き合ってるけど。あははは!
――これ書いちゃって大丈夫ですか?
モト ダメだな。前にテレビで「うちの娘はB専で、ブサイクとばっか付き合ってる」って言ったら、付き合ってる男がそれを家族と見てたらしくて、とてもかわいそうなことになっちゃったんだよ。はははは! でも今付き合ってるのは、結構いい顔だから、「お前、珍しいな」って言ってる。
――モトさんて、もっと芸能人っぽい方なのかと思ってましたが、すごくナチュラルな方なんですね。少しイメージ変わりました。
モト 俺ってカッコつけたり、無理するのが、面倒臭くて嫌なんだよね。5あったら3くらい出してるのが好きなんだよ。5なのに7出してるヤツは大変だなって思う。絶対シンプルなほうがラク! だから、ヅラかぶってるヤツとか大変だろうなって思うんだよね。
(取材・文=林タモツ/撮影=後藤秀二)
●『こっぴどい猫』
監督/脚本/編集:今泉力哉 出演:モト冬樹、小宮一葉、内村遥、三浦英、小石川祐子、平井正吾、後藤ユウミ、高木珠里、結、工藤響、今泉力哉、木村知貴、前彩子、泉光典、青山花織
7月28日(土)より 新宿K's cinemaにてレイトショー
<http://koppidoi-neko.com/>
【ハライチ】インタビュー 童貞とナルシシズムを巡る2、3のノリボケ

――澤部さんは「童貞」キャラとしても有名ですが、今の恋愛事情はいかがですか?
澤部 最近ちょっと好きになりそうな子がいたんですけど、その子が他の芸人さんに声かけられて飲みに行っちゃったという事件があって。それで「ああ、ダメだな」と。もう僕には手に負えないなと思っちゃいましたね。
岩井 (「ボリボリ」と飲み物の氷を噛む音)
澤部 ボリボリうるさいな!(笑)俺の恋愛トークのときに。
岩井 興味ないんだよ。
澤部 やっぱり僕、ダメなんですね。恋愛経験が少ないんで、純粋な女性を求めて、理想が高くなっちゃってるんでしょうね。
――そんな澤部さんの現状について、岩井さんはどう思いますか?
岩井 たぶん恋愛する気がないんでしょうね。する気があったらできますからね。いくらでもチャンスはありますから。そこでガッと行けない人は、行かないっていうだけですから。
――なぜ行かないんだと思います?
岩井 何ですかね……。結局、「童貞」って言われてるのが気持ちいいんじゃないですか。
澤部 気持ち良くないわ!(笑)
岩井 そういうところもあると思いますよ。
――それはそれでおいしいと思っている、と。
岩井 童貞っていうステータスが気持ちいいんでしょうね。
澤部 ステータスじゃないんだよ。ただの足かせですから。……でも確かに、ちょっと前まではそういうのもありました。いじっていただくことが多いので、ああ、おいしいなあ、みたいな。でも、最近はそれも少なくなってきて「もうええんちゃう?」みたいに先輩に言われるようになってきてますからね。ああ、やべえな、これ早めに切り捨てないと、とは思ってます。でも、僕はやっぱり、お店(で童貞を捨てるの)はどうかなと思ってるんですけど。
岩井 風俗には行ってるのに、どうかなと思ってる意味がわかんないですけどね(笑)。
――お二人は昔からの幼なじみということですが、最近になってお互いを見て「昔と変わった」と思うことはありますか?
澤部 基本的には変わってないんでしょうけど、ナルシスト度合いは強くなってますね。見られる仕事だからなのかわかんないですけど、とにかく鏡を見るんです。そんなに見るかっていうぐらい見てますね。
岩井 ナルシストじゃないんですけどね。完璧主義から来るやつなので。自分が好きっていうわけじゃないんですよ。見た目が大丈夫かなと常に思っていて。髪型とか、すべてを100%の状態にしておきたいんですよ。
澤部 それが一般的に言うナルシストなんですよ。
岩井 でも、ナルシストじゃないですよ。
澤部 ナルシストの人はそう言うんですよ(笑)。
――逆に、岩井さんから見て澤部さんの変わったところは?
岩井 まあ、太りましたね。昔の宣材写真とか見たら、もっとやせてますからね。太ってもいいけど、今は度が過ぎてるんですよ。健康なデブでいてほしいんですよね。
澤部 健康なデブなんていないんですよ(笑)。みんな「死」に向かってるだけですから。ぽっちゃりとかで「かわいらしい」と見られるレベルだと、もう体には良くないですね。
岩井 やっぱり、お金持たせちゃダメなやつなんでしょうね。芸能人をやりたい人なんで、おいしいものを食べに行ったり、タクシーとかめっちゃ使ったりしますから。こいつも週刊誌に撮られて、記事になって喜んでたりとか。
澤部 恥ずかしい言い方するんじゃないよ!(笑)記事になったのはまあ、嬉しいことですからね。ある程度いいもの食べるとかいいとこに行くとかは、みんなあると思うんですけどね。
岩井 結局、本当のナルシストってそういうことだと思うんですよね。
澤部 なに、そのナルシスト反撃!(笑)
(取材・文=ラリー遠田/撮影=長谷英史)
●「ワタナベエンターテインメントライブスペシャル2012」
【日程】
福岡:2012年8月5日(日)@大博多ホール
1部13時30分開演 2部17時開演
東京:2012年8月11日(土)@日本橋三井ホール
1部14時開演 2部18時開演
大阪:2012年8月17日(金)@ABCホール
1部14時開演 2部18時開演
【出演者】
福岡:ゴリけん/パラシュート部隊/BLUE RIVER/山口宇史/町田隼人/おりがみ/ノボせもん/おほしんたろう/土居上野/宮島咲良/香月亜耶乃/SAORI/我が家/ロッチ/ハライチ/Wエンジン
東京:ネプチューン/アンガールズ/ロッチ/我が家/ザブングル/ハライチ/むらっち 他多数出演
大阪:ネプチューン/アンガールズ/ロッチ/我が家/ザブングル/イモトアヤコ/バービー/山本高広 他多数出演
【ハライチ】インタビュー 童貞とナルシシズムを巡る2、3のノリボケ

――澤部さんは「童貞」キャラとしても有名ですが、今の恋愛事情はいかがですか?
澤部 最近ちょっと好きになりそうな子がいたんですけど、その子が他の芸人さんに声かけられて飲みに行っちゃったという事件があって。それで「ああ、ダメだな」と。もう僕には手に負えないなと思っちゃいましたね。
岩井 (「ボリボリ」と飲み物の氷を噛む音)
澤部 ボリボリうるさいな!(笑)俺の恋愛トークのときに。
岩井 興味ないんだよ。
澤部 やっぱり僕、ダメなんですね。恋愛経験が少ないんで、純粋な女性を求めて、理想が高くなっちゃってるんでしょうね。
――そんな澤部さんの現状について、岩井さんはどう思いますか?
岩井 たぶん恋愛する気がないんでしょうね。する気があったらできますからね。いくらでもチャンスはありますから。そこでガッと行けない人は、行かないっていうだけですから。
――なぜ行かないんだと思います?
岩井 何ですかね……。結局、「童貞」って言われてるのが気持ちいいんじゃないですか。
澤部 気持ち良くないわ!(笑)
岩井 そういうところもあると思いますよ。
――それはそれでおいしいと思っている、と。
岩井 童貞っていうステータスが気持ちいいんでしょうね。
澤部 ステータスじゃないんだよ。ただの足かせですから。……でも確かに、ちょっと前まではそういうのもありました。いじっていただくことが多いので、ああ、おいしいなあ、みたいな。でも、最近はそれも少なくなってきて「もうええんちゃう?」みたいに先輩に言われるようになってきてますからね。ああ、やべえな、これ早めに切り捨てないと、とは思ってます。でも、僕はやっぱり、お店(で童貞を捨てるの)はどうかなと思ってるんですけど。
岩井 風俗には行ってるのに、どうかなと思ってる意味がわかんないですけどね(笑)。
――お二人は昔からの幼なじみということですが、最近になってお互いを見て「昔と変わった」と思うことはありますか?
澤部 基本的には変わってないんでしょうけど、ナルシスト度合いは強くなってますね。見られる仕事だからなのかわかんないですけど、とにかく鏡を見るんです。そんなに見るかっていうぐらい見てますね。
岩井 ナルシストじゃないんですけどね。完璧主義から来るやつなので。自分が好きっていうわけじゃないんですよ。見た目が大丈夫かなと常に思っていて。髪型とか、すべてを100%の状態にしておきたいんですよ。
澤部 それが一般的に言うナルシストなんですよ。
岩井 でも、ナルシストじゃないですよ。
澤部 ナルシストの人はそう言うんですよ(笑)。
――逆に、岩井さんから見て澤部さんの変わったところは?
岩井 まあ、太りましたね。昔の宣材写真とか見たら、もっとやせてますからね。太ってもいいけど、今は度が過ぎてるんですよ。健康なデブでいてほしいんですよね。
澤部 健康なデブなんていないんですよ(笑)。みんな「死」に向かってるだけですから。ぽっちゃりとかで「かわいらしい」と見られるレベルだと、もう体には良くないですね。
岩井 やっぱり、お金持たせちゃダメなやつなんでしょうね。芸能人をやりたい人なんで、おいしいものを食べに行ったり、タクシーとかめっちゃ使ったりしますから。こいつも週刊誌に撮られて、記事になって喜んでたりとか。
澤部 恥ずかしい言い方するんじゃないよ!(笑)記事になったのはまあ、嬉しいことですからね。ある程度いいもの食べるとかいいとこに行くとかは、みんなあると思うんですけどね。
岩井 結局、本当のナルシストってそういうことだと思うんですよね。
澤部 なに、そのナルシスト反撃!(笑)
(取材・文=ラリー遠田/撮影=長谷英史)
●「ワタナベエンターテインメントライブスペシャル2012」
【日程】
福岡:2012年8月5日(日)@大博多ホール
1部13時30分開演 2部17時開演
東京:2012年8月11日(土)@日本橋三井ホール
1部14時開演 2部18時開演
大阪:2012年8月17日(金)@ABCホール
1部14時開演 2部18時開演
【出演者】
福岡:ゴリけん/パラシュート部隊/BLUE RIVER/山口宇史/町田隼人/おりがみ/ノボせもん/おほしんたろう/土居上野/宮島咲良/香月亜耶乃/SAORI/我が家/ロッチ/ハライチ/Wエンジン
東京:ネプチューン/アンガールズ/ロッチ/我が家/ザブングル/ハライチ/むらっち 他多数出演
大阪:ネプチューン/アンガールズ/ロッチ/我が家/ザブングル/イモトアヤコ/バービー/山本高広 他多数出演
「このアルバムは『はだしのゲン』の第1巻のようなもの」ソウルセット・渡辺俊美が歌う“県内の人”の歌

結成20年を迎えたTOKYO No.1 SOULSETのギター・ボーカルであり、ソロユニットTHE ZOOT16としても活躍する渡辺俊美は、震災以降、脱原発の姿勢を強く表明している。昨年、箭内道彦やサンボマスター山口隆らとともに「猪苗代湖ズ」として紅白にも出場した彼の故郷は、福島県富岡町。福島第一原発の半径20km圏内に位置し、現在も実家には思うように立ち入ることができない。
今回、20年以上にわたるキャリアの中で初となるソロアルバム『としみはとしみ』(felicity)をリリースした彼に、日刊サイゾーではインタビューを敢行。最小限の音で作られたポップなアルバムは、アーティストとしての熟練を感じさせる仕上がりとなっている。もちろん、このアルバムの制作にも、福島出身というアイデンティティは深く関わっているようだ。
――現在、富岡町のご実家は、どのような状況になっているのでしょうか?
渡辺俊美(以下、渡辺) 一時帰宅した姉によれば、草も伸びきって、家にも虫がわいてしまった。野生動物が入った跡もあるそうです。もう一度家を建て直すのも無理かもしれないですね。
――やはり、復興は程遠い状況なんですね……。今回リリースした『としみはとしみ』では、福島で育ったアイデンティティが深く関わっているように感じました。今、あえてソロ作品をリリースする意義は、俊美さんにとっても大きなものなのでしょうか?
渡辺 大きいですね。3年くらい前から、自分とちゃんと向き合った作品を作りたいと思っていたんです。そのために、ZOOT16でもSOULSETでもなくソロアルバムという形になりました。SOULSETもZOOT16も、僕の中では“東京の音楽”という雰囲気。けれども、渡辺俊美は福島で育った人間です。その過去を見つめ直して、今故郷をどう思っているのか、これから自分がどういう選択をしてくのか、ということを歌にしたいと思ったんです。
――“選択”というのは、どういうものでしょうか?
渡辺 原発に反対するのも選択だし、推進するのも選択です。住む場所にしても、福島でいいのか、別の場所のほうがいいのか……。3月11日以降、誰もがいろいろな選択をしなければならなくなりました。僕は福島第一原発の20km圏内で生まれ育ち、音楽もやってきたし、洋服屋もやってきた。そんな自分がこの先どんな選択をしていくのか、自分でも興味があるんです。
――今作の落ち着いたトーンには、俊美さんの等身大の姿が描かれているように感じました。一方で、今の日本の状況を考えれば、怒りに満ちたレベル・ミュージック(反抗の音楽)になる可能性もあったのではないかと思います。
渡辺 七尾旅人くんの「圏内の歌」や、斉藤和義くんの「ずっとウソだった」、フライングダッチマンの「Human ERROR」、この3人の曲が僕の怒りの気持ちを代弁してくれています。それ以上のことは、僕が歌うことではないんじゃないかと思いました。そのような怒りは、“県外の人”が歌うことなのではないかと。
僕は被害者でもあるんだけど、ずっと原発の近くに住んできたし、なんらかの形で恩恵は受けきた加害者としての側面もあります。そのような“県内の人”が、どのように歌を歌うべきかを考えていました。今作で「僕はここにいる」という歌が一番最初にできたんですが、その中に「誰のせいでもない」という歌詞があります。国のせいでも、東電のせいでも、自分のせいでもない。誰かをヒステリックに責めるのではなく、自分の選択は自分で決めるということを歌っています。人々がいがみ合って、あたかも戦争のような状態にならないための、僕なりのレベル・ミュージックであり、“県内の人”の歌なんです。
――加害者でもあり被害者でもあるというのは、まさに「当事者」である福島県人の複雑な感情ですね。
渡辺 猪苗代湖ズでは、どんな応援ソングにも負けない歌を出したという自信があります。次に何を歌おうかと考えたら、「これは福島だけの問題じゃない、日本の問題だよ」ということを言わなければならないと思いました。
――1986年に起こったチェルノブイリ事故の時は、どういったお気持ちだったんでしょうか? 当時も、何か音楽で表現しようと思っていたんでしょうか?
渡辺 当時は20歳で、東京で洋服屋を始めた頃でした。「チェルノブイリ」を歌っていたブルーハーツも「サマータイムブルース」を歌っていた忌野清志郎さんも大好きだったんですが、原発のすぐ近くに住んでいた僕はこういう歌を歌えないと思っていましたね。同級生にも原発関連で仕事をしている人がたくさんいました。原発を否定することは、その人たちの仕事も否定することにもなってしまいますからね。
――今回の事故でもやはり、原発関連で仕事をする同級生や周囲の人のことは考えましたか?
渡辺 やっぱり、最初はそういったことも考えました。けれども、原発を廃しても雇用はできるのではないかと思うんです。僕らの世代は贅沢をしすぎてしまった。だから、僕らが社会の状況を変えなきゃならないんです。それは原発だけではなく、産業廃棄物の問題や米軍基地の問題も同じことです。
■故郷の人々を前に、歌うということ
――震災から1週間後、ギターを持って避難所を訪れたものの、歌うことができなかったそうですね。
渡辺 テレビの中で歌っていた人はいましたが、避難所では「上を向いて歩こう」みたいなことはとても歌えない。「上なんてどこにもないじゃん」という状況でした。歌うことよりも、嘆きや叫びを聞いてあげることのほうが大切なことでした。だから、震災直後に天皇陛下がとった行動は素晴らしいと思いましたね。被災者の話に耳を傾けてあげるという姿勢は、当時いちばん求められていることだったんです。
――そういった経験を通して、自らの歌うことに対する変化はありますか?
渡辺 歌っていると、涙が出るようになりました。悲しみ、憎しみ、うれしさ、いろいろな感情が出てくるんです。「伝えよう」とか「どう見せよう」ということではなく、「歌っていいな」と思いながら、情景を感じながら歌えるようになりましたね。
――アーティストとしては、これ以上ない経験ですね。
渡辺 ありませんね。福島の20km圏内に生まれ育っていなければこういった感覚は得られなかったと思います。エンタテインメントの音楽活動やってなくてよかったなって、本当に思いますね(笑)。
――7月28日には、帰村宣言が出されたばかりの川内村でのライブを予定されています。
渡辺 帰村宣言を出したといっても、村長ですら川内村に人が戻ってこないというのはわかっているんです。でも、だからこそ、現場で言葉を残さなければいけない。そういった思いから、ライブを行います。無責任かもしれないけれど、地元の人が声を上げられないんだったら、僕が代わりに歌っていきたいなと思っているんです。まだ人が住むことは難しいのかもしれませんが、イベントは毎年でも行っていきたいですね。
――再び福島に帰りたいという思いはありますか?
渡辺 実は2年くらい前から、子どもと一緒に福島に移住しようと思っていたんです。親父が川内村で百姓をやっていたので、僕も農業のことを独学で勉強していました。以前から東京でレベル・ミュージックを歌うということに疑問を感じていたんですね。だから、地元に根ざして音楽活動をしようと思っていたんです。
――そんな夢も、震災によって奪われてしまった。
渡辺 今作に収録した「安らぎの場所」で歌っているのは、そんな場所のことです。現実的には難しいかもしれませんが、まだあきらめたわけではありません。それが福島になるのか、それともどこか別の場所になるのかはわかりませんが、希望は持ち続けていたいと思っています。
――いま福島について、どんな思いを持っていますか?
渡辺 「FUKUSHIMA」と書かれることを地元の人はあまりよく思わないのですが、新しい日本のモチーフとなる場所であることは間違いないでしょうね。原発の問題はずっと続いていく問題だと思っています。僕は、このアルバムは『はだしのゲン』の第1巻のようなものだと思っているんです。この先も、2巻、3巻と、死ぬまで終わることなく制作を続けていくでしょうね。
(取材・文=萩原雄太[かもめマシーン]/撮影=後藤秀二)
●わたなべ・としみ
1966年12月6日生まれ、福島県出身。1990年に結成したTOKYO No.1 SOUL SETのシンガー、ギターとしてデビュー。2000年以降TOKYO No.1 SOUL SETとしての活動は休止となり、ソロユニットTHE ZOOT16を始動させるほか、2010年には福島県出身の松田晋二(THE BACK HORN)、山口隆(サンボマスター)、箭内道彦(風とロック)と猪苗代湖ズを結成。「I love you & I need you ふくしま」で紅白歌合戦出場を果たす。
「このアルバムは『はだしのゲン』の第1巻のようなもの」ソウルセット・渡辺俊美が歌う“県内の人”の歌

結成20年を迎えたTOKYO No.1 SOULSETのギター・ボーカルであり、ソロユニットTHE ZOOT16としても活躍する渡辺俊美は、震災以降、脱原発の姿勢を強く表明している。昨年、箭内道彦やサンボマスター山口隆らとともに「猪苗代湖ズ」として紅白にも出場した彼の故郷は、福島県富岡町。福島第一原発の半径20km圏内に位置し、現在も実家には思うように立ち入ることができない。
今回、20年以上にわたるキャリアの中で初となるソロアルバム『としみはとしみ』(felicity)をリリースした彼に、日刊サイゾーではインタビューを敢行。最小限の音で作られたポップなアルバムは、アーティストとしての熟練を感じさせる仕上がりとなっている。もちろん、このアルバムの制作にも、福島出身というアイデンティティは深く関わっているようだ。
――現在、富岡町のご実家は、どのような状況になっているのでしょうか?
渡辺俊美(以下、渡辺) 一時帰宅した姉によれば、草も伸びきって、家にも虫がわいてしまった。野生動物が入った跡もあるそうです。もう一度家を建て直すのも無理かもしれないですね。
――やはり、復興は程遠い状況なんですね……。今回リリースした『としみはとしみ』では、福島で育ったアイデンティティが深く関わっているように感じました。今、あえてソロ作品をリリースする意義は、俊美さんにとっても大きなものなのでしょうか?
渡辺 大きいですね。3年くらい前から、自分とちゃんと向き合った作品を作りたいと思っていたんです。そのために、ZOOT16でもSOULSETでもなくソロアルバムという形になりました。SOULSETもZOOT16も、僕の中では“東京の音楽”という雰囲気。けれども、渡辺俊美は福島で育った人間です。その過去を見つめ直して、今故郷をどう思っているのか、これから自分がどういう選択をしてくのか、ということを歌にしたいと思ったんです。
――“選択”というのは、どういうものでしょうか?
渡辺 原発に反対するのも選択だし、推進するのも選択です。住む場所にしても、福島でいいのか、別の場所のほうがいいのか……。3月11日以降、誰もがいろいろな選択をしなければならなくなりました。僕は福島第一原発の20km圏内で生まれ育ち、音楽もやってきたし、洋服屋もやってきた。そんな自分がこの先どんな選択をしていくのか、自分でも興味があるんです。
――今作の落ち着いたトーンには、俊美さんの等身大の姿が描かれているように感じました。一方で、今の日本の状況を考えれば、怒りに満ちたレベル・ミュージック(反抗の音楽)になる可能性もあったのではないかと思います。
渡辺 七尾旅人くんの「圏内の歌」や、斉藤和義くんの「ずっとウソだった」、フライングダッチマンの「Human ERROR」、この3人の曲が僕の怒りの気持ちを代弁してくれています。それ以上のことは、僕が歌うことではないんじゃないかと思いました。そのような怒りは、“県外の人”が歌うことなのではないかと。
僕は被害者でもあるんだけど、ずっと原発の近くに住んできたし、なんらかの形で恩恵は受けきた加害者としての側面もあります。そのような“県内の人”が、どのように歌を歌うべきかを考えていました。今作で「僕はここにいる」という歌が一番最初にできたんですが、その中に「誰のせいでもない」という歌詞があります。国のせいでも、東電のせいでも、自分のせいでもない。誰かをヒステリックに責めるのではなく、自分の選択は自分で決めるということを歌っています。人々がいがみ合って、あたかも戦争のような状態にならないための、僕なりのレベル・ミュージックであり、“県内の人”の歌なんです。
――加害者でもあり被害者でもあるというのは、まさに「当事者」である福島県人の複雑な感情ですね。
渡辺 猪苗代湖ズでは、どんな応援ソングにも負けない歌を出したという自信があります。次に何を歌おうかと考えたら、「これは福島だけの問題じゃない、日本の問題だよ」ということを言わなければならないと思いました。
――1986年に起こったチェルノブイリ事故の時は、どういったお気持ちだったんでしょうか? 当時も、何か音楽で表現しようと思っていたんでしょうか?
渡辺 当時は20歳で、東京で洋服屋を始めた頃でした。「チェルノブイリ」を歌っていたブルーハーツも「サマータイムブルース」を歌っていた忌野清志郎さんも大好きだったんですが、原発のすぐ近くに住んでいた僕はこういう歌を歌えないと思っていましたね。同級生にも原発関連で仕事をしている人がたくさんいました。原発を否定することは、その人たちの仕事も否定することにもなってしまいますからね。
――今回の事故でもやはり、原発関連で仕事をする同級生や周囲の人のことは考えましたか?
渡辺 やっぱり、最初はそういったことも考えました。けれども、原発を廃しても雇用はできるのではないかと思うんです。僕らの世代は贅沢をしすぎてしまった。だから、僕らが社会の状況を変えなきゃならないんです。それは原発だけではなく、産業廃棄物の問題や米軍基地の問題も同じことです。
■故郷の人々を前に、歌うということ
――震災から1週間後、ギターを持って避難所を訪れたものの、歌うことができなかったそうですね。
渡辺 テレビの中で歌っていた人はいましたが、避難所では「上を向いて歩こう」みたいなことはとても歌えない。「上なんてどこにもないじゃん」という状況でした。歌うことよりも、嘆きや叫びを聞いてあげることのほうが大切なことでした。だから、震災直後に天皇陛下がとった行動は素晴らしいと思いましたね。被災者の話に耳を傾けてあげるという姿勢は、当時いちばん求められていることだったんです。
――そういった経験を通して、自らの歌うことに対する変化はありますか?
渡辺 歌っていると、涙が出るようになりました。悲しみ、憎しみ、うれしさ、いろいろな感情が出てくるんです。「伝えよう」とか「どう見せよう」ということではなく、「歌っていいな」と思いながら、情景を感じながら歌えるようになりましたね。
――アーティストとしては、これ以上ない経験ですね。
渡辺 ありませんね。福島の20km圏内に生まれ育っていなければこういった感覚は得られなかったと思います。エンタテインメントの音楽活動やってなくてよかったなって、本当に思いますね(笑)。
――7月28日には、帰村宣言が出されたばかりの川内村でのライブを予定されています。
渡辺 帰村宣言を出したといっても、村長ですら川内村に人が戻ってこないというのはわかっているんです。でも、だからこそ、現場で言葉を残さなければいけない。そういった思いから、ライブを行います。無責任かもしれないけれど、地元の人が声を上げられないんだったら、僕が代わりに歌っていきたいなと思っているんです。まだ人が住むことは難しいのかもしれませんが、イベントは毎年でも行っていきたいですね。
――再び福島に帰りたいという思いはありますか?
渡辺 実は2年くらい前から、子どもと一緒に福島に移住しようと思っていたんです。親父が川内村で百姓をやっていたので、僕も農業のことを独学で勉強していました。以前から東京でレベル・ミュージックを歌うということに疑問を感じていたんですね。だから、地元に根ざして音楽活動をしようと思っていたんです。
――そんな夢も、震災によって奪われてしまった。
渡辺 今作に収録した「安らぎの場所」で歌っているのは、そんな場所のことです。現実的には難しいかもしれませんが、まだあきらめたわけではありません。それが福島になるのか、それともどこか別の場所になるのかはわかりませんが、希望は持ち続けていたいと思っています。
――いま福島について、どんな思いを持っていますか?
渡辺 「FUKUSHIMA」と書かれることを地元の人はあまりよく思わないのですが、新しい日本のモチーフとなる場所であることは間違いないでしょうね。原発の問題はずっと続いていく問題だと思っています。僕は、このアルバムは『はだしのゲン』の第1巻のようなものだと思っているんです。この先も、2巻、3巻と、死ぬまで終わることなく制作を続けていくでしょうね。
(取材・文=萩原雄太[かもめマシーン]/撮影=後藤秀二)
●わたなべ・としみ
1966年12月6日生まれ、福島県出身。1990年に結成したTOKYO No.1 SOUL SETのシンガー、ギターとしてデビュー。2000年以降TOKYO No.1 SOUL SETとしての活動は休止となり、ソロユニットTHE ZOOT16を始動させるほか、2010年には福島県出身の松田晋二(THE BACK HORN)、山口隆(サンボマスター)、箭内道彦(風とロック)と猪苗代湖ズを結成。「I love you & I need you ふくしま」で紅白歌合戦出場を果たす。
