「四六時中、エロいこと考えてます」“史上最強のエロス神”壇蜜が日刊サイゾーに降臨!

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 グラビアアイドル冬の時代に突然現れ、現在「日本一美しい31歳」として『サンデージャポン』(TBS系)をはじめテレビや雑誌に引っ張りだこの壇蜜。これまで、露出限界ギリギリのグラビアも多く発表してきた彼女だが、初主演映画『私の奴隷になりなさい』(11月3日より銀座シネパトスほかロードショー)で、ついにフルヌードを解禁!  彼女が演じるのは、どこにでもいるようなOLとして過ごす裏で、ご主人様との出会いをきっかけに、次第に被虐の世界に溺れていく女性。緊縛、剃毛、バイブでの二穴責め、野外露出といったプレイのシーンでは、壇蜜らしい妖艶な魅力がスクリーンいっぱいに溢れ出る。  今、各メディアからの注目と、世の男からの熱いエロ視線を集める彼女に、話を聞いた。 ――今日は、壇さんのエロスの秘密について伺いたいのですが…。 壇蜜(以下、壇) あの……私、フェミニストなんですよ。今日みたいに、女性お2人(※編註:ライター、編集共に女)から取材を受けるという状況が初めてなので、女性を前にして下ネタを言うと失礼なんじゃないかなって思ってしまって……。男性の前では、下ネタもペロッと言えるんですけど。 ――紳士的な一面をお持ちなんですね。しょせん、サイゾーの女なので、気になさらないでください。早速ですが、壇さんのそのただならぬ色気は、どこから出てるのでしょうか?  色気というか、四六時中、エロいことを考えてるので、それでだと思います。私、厄年だからなのか、今年に入ってから5回も旅行をキャンセルされてるんですよ。相手は、家族や、友人や、気になる方だったりするんですけど、直前に揉め事が生じて旅行を断られるんです。それで、今年は急に精神的に暇になることが多かったので、一人でエロいことばかり考えている一年でした。最近は、普通の言葉なのにエロく聞こえる言葉にハマってます。例えば「正規ルート」とか(笑)、「どんなルートだよ!」って思ってしまいますね。 ――主演映画『私の奴隷になりなさい』では、ひょんなきっかけでSMに目覚めるOL・香奈を演じていらっしゃいますが、壇さん自身はM寄りだそうですね。 _MG_1662.jpg  そうですね。ただみんな両面持っていて、会う人や触れ合う人によって、自分がどっちであるべきかを無意識で判断してると思うんですよ。だからある人にはSだけど、こっちの人にはMだったりするんじゃないかなって思います。 ――香奈のようなOLについて、どう思いますか?  会社では真面目にOLをしていて、どこにでもいる感じの香奈が、先生(板尾創路)の前ではどんどんM性が開花していく。その二面性のギャップが印象的でしたね。旦那がいながら、ご主人様を別個に考えている部分は理解しがたかったんですけど、こういう生き方もあるんだなって思いました。 ――この映画でフルヌードを解禁されたわけですが、脱ぐことに抵抗はなかったですか?  スタッフから「壇蜜として脱ぐわけではない」と言われたので、香奈として脱ぐぶんには、なんら抵抗はなかったです。 ――好きなシーンはどこですか?  ラストのシーンですね。ここまで濃密な関係になったのに、それを断ち切って別の世界に行こうとしている3人の姿は、ある意味ドライで、いい意味の裏切りなんだなって思いました。 ――剃毛されるシーンは、リアルに剃っているように見えましたが。  撮影では、刃が当たっても痛くない“おとし”と呼ばれるカミソリを使ったんです。私は目隠しされている状態だったんですが、緊張の中で感覚がセンシティブになっていたので、カミソリの冷たい感触や、石鹸の泡が当たる感じが、とても気持ちよかったです。 ――この作品を見た人に、何を感じてほしいですか?  明日、死んじゃうかもしれないのと同じで、こちらの世界に入る可能性は誰にでもある、ということが一番言いたいですね。のるかそるかはご自分次第だけれども、私はそういう穴に一度くらいハマッておいたほうが、人間として選択肢が広がっていいんじゃないかなと思います。 _MG_1703.jpg ――普段から、SM色の強いグラビアや映像も多い壇さんですが、デビュー当時からそちらの方向へ行きたいと思っていたんですか?  最初は、イメージDVDを撮っているうちに、「SMシーンがちょっとあっても面白いよね」と話しているくらいだったんです。ただ自分自身、昔から谷崎潤一郎さんや、団鬼六さんなど、フェチシズムやSM色の強い作品に出会うことが多かったですし、その世界観が好きだったので、だんだん私の定番みたいになっていきました。 ――特に好きなSM作品はありますか?  円地文子さんの『女面』(新潮社)は、直接的なSM色は薄いですけど、女のカルマの深さや、精神的な依存などをリアルに描いていて、その耽美な世界に惹かれましたね。嗜虐性をそそる者と、それをいじめる者で成り立っている世界を美しいと思うことは、私のナチュラルボーンなのかもしれないです。 ――芸名は、仏教用語から取られたそうですね。勝手に団鬼六さんを意識した名前なのかと思ってました。  そう言っていただくこともしばしばあるんですが、SM色の強い表現をするようになったのは、本当にたまたまなんです。ただ、団先生とリンクしていただくことは、とってもうれしいですね。 ――壇さんはバイセクシャルだとお聞きしましたが、男女の好みの対比はどのくらいですか?  6対4で、男性が6になったり、女性が6になったり、自分でも「どっち?」みたいな感じです。女の子って現金なところとか、たまに見せる素がかわいいんですよね。こないだも番組のロケで一緒になった子が、ちょうど誕生日を迎えてたので、泊まってるホテルの部屋にプレゼントを渡しに行ったんです。私が来ても、こっちも見ずにストレッチしたりしてたんですけど、プレゼントを見せたら「うそー!」ってすぐに起き上がって(笑)。逆に男性は、カッコつけてキザっぽくしてる方を見ると「素敵だな」って思います。よく「カッコつけマン」とかって揶揄されたりしますけど、カッコつけマンのほうが女性に対する誠意が見えて好きですね。 ――現在、31歳ですが、何歳まで芸能活動を続けていきたいですか?  それって、皆さん次第だと思ってるんです。マスコミやメディアって蛇口みたいなもので、彼らがバルブを開けてくれることで、私たちは世に出ることができる。だから最近、熱帯魚にすごい共感するんですよ。このプラグ、ヒーター、スイッチ……どれかを消したら死んでしまうんだなあって。バルブを開けてくれる限りは、長くやっていこうと思います。 ――すごく客観的なんですね。そんな冷静さも欠くほど、はしゃぐことってありますか?  エッチな野菜を見ている時が、一番盛り上がりますね。あの人(野菜)たちって、狙って生まれたと思うんですよ。2つくっついて股ができてしまった大根とかを見ると、「これからも頑張ろう!」って思います。 (取材・文=林タモツ/撮影=後藤秀二) ●だん・みつ 1980年秋田県生まれ。2009年、「週刊SPA!」(扶桑社)誌上の“美女タレント発掘プロジェクト どるばこ』にて29歳でグラビアデビュー。その後、現在の事務所にスカウトされ、グラビアを中心に活躍。現在までに9作リリースされているイメージDVDは驚異的な売り上げを誇る。BSジャパン「ギルガメッシュLIGHT」レギュラー出演中。 公式ブログ<http://ameblo.jp/sizuka-ryu/●『私の奴隷になりなさい』 監督:亀井亨 脚本:港岳彦 原作:サタミシュウ/出演:壇蜜 真山明大 板尾創路ほか/配給:角川映画  11月3日より銀座シネパトスほかロードショー 公式サイト <http://www.dorei-movie.jp/>

フランス映画界の鬼っ子パスカル・ロジェ監督が描く、本当の“悪魔”『トールマン』の正体とは……!?

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シアターN渋谷のクロージング作品となる『トールマン』。
近藤支配人いわく「ハリウッドからの誘いを振り払ったロジェ監督が
インディペンデント精神で撮り上げた作品。
怖い話ですが、ホラーではないのでご安心を」。
 ずっと大切に育んできたものを、ふいに奪い去られるという怒り、憎しみ、悲しみ、そして痛み……。7年間の歴史に幕を下ろすシアターN渋谷のクロージング作品として11月3日(土)より公開される『トールマン』は、大事な我が子を連れ去られた肉親が感じる恐怖を描いた新感覚スリラーだ。慎ましく暮らしていたのに何故? 街の人たちが噂する“トールマン”の仕業なの? 米国では年間約1000人もの子どもたちが忽然と姿を消すという。この“神隠し”現象は、クリント・イーストウッド監督が『チェンジリング』(08)でノンフィクションタッチに、ギレルモ・デル・トロ製作による『永遠のこどもたち』(07)ではダークファンタジーとして描かれた。だが、それら佳作とはまた異なるテイストを持つ『トールマン』を撮り上げたのは、フランス映画界で今もっとも尖った作品を撮っているパスカル・ロジェ監督。前作『マーターズ』(08)は過激さを極めた暴力描写から世界各国で物議を醸したが、新作『トールマン』はジェニシカ・ビールらハリウッドの人気俳優たちを迎え、一瞬も目を離すことのできないサスペンスフルなドラマに仕上げている。来日したロジェ監督が、『マーターズ』と『トールマン』、そしてハリウッドとフランスにおける映画事情について語った。 ──ロジェ監督の前作『マーターズ』は、シアターNで公開されて“史上最凶のフレンチホラー”として話題になりました。少女拉致監禁事件の顛末を描いた『マーターズ』は、表現活動に寛容なフランスでも大論争を巻き起こしましたね。 ロジェ そうなんだよ、フランスでは不理解からさまざまな誤解を受けたんだ。特にカトリック系の団体がものすごい難色を示して、18歳以下は鑑賞できないようにしようと上映反対運動が起きたほど。表現の自由が認められているフランスでR18指定されるのは、ポルノ映画だけなんだ。R18だと一般の映画館で公開できないし、DVD化されてもレンタル店ではアダルトコーナーでしか扱ってくれなくなってしまう。R18に指定されるということは、年齢制限というより、作品の存在そのものを殺してしまうことと同義なんだ。R18指定になったことを知ってボクらは文化庁へ通い、文化庁の映画担当者や文化大臣に直接会って話をすることで、ようやくレイティングの再審査にこぎ着けたんだ。再審査でも際どい票数差で、なんとかR16指定になったんだよ。 ──すでに確定していたレイティングを覆えらせるとは、すごい熱意&行動力! 我が子を守る母親の心情じゃないですか。 ロジェ ほんと、そうだよ。『マーターズ』は撮影だけでも6カ月かかったからね。今回の『トールマン』は親子愛をテーマにしているけど、自分が苦労して撮り上げた映画が無事に上映されるまでは、肉親が我が子を見守るのと同じような心境だね。
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都内で唯一『マーターズ』を上映したシアターNが閉館することに話題が及ぶと、
ロジェ監督はこのポーズ。「シネコンに街の小さな映画館が負けたと思うと
悲しいよね」と話す。
──そのかいあって『マーターズ』は世界中で注目を浴び、ロジェ監督には新作のオファーが殺到。フランス映画祭2009で来日した際には、「自分が感じる社会の閉塞感、自分自身の息苦しさを映画にした」と話していましたが、『マーターズ』がヒットしたことで、ロジェ監督を取り巻く環境は変わりました? ロジェ 確かに、そんな話をしたねぇ。『マーターズ』を撮る直前は、マジで精神状態はサイアクだったんだ。自分が思うような映画を、なかなか撮ることができずにいたんだ。幸いにも『マーターズ』が完成して、運良くヒットしたことで、ボクの精神状態はすごく良くなったよ(笑)。実は『マーターズ』を撮り始めるときは、「もう、これがボクの最後の作品になる」という覚悟だったんだ。あれだけ振り切った内容の映画を撮ることは、自殺行為でもあったんだ。これが最後だ、自分のすべてを作品にぶつけよう、と。自分の中にあった憎しみのエネルギーを全部注ぎ込むことで完成した映画でもあったんだ。そんなふうにして作った映画だから、観客は誰も振り向かないかもしれないと考えていた。他の仕事を探さなくちゃとね(苦笑)。でも、世の中は不思議なもので、自分が憎しみを込めて作った『マーターズ』が世界中で「すごい映画だ」と噂になったんだ(笑)。おかげで、『トールマン』は『マーターズ』に比べるとずいぶん予算をアップして撮ることができたよ。自分自身に真っすぐに向き合えるようになったしね。ボクが思うに、どんな芸術作品も、芸術家自身が抱えている影の部分を昇華させてくれるものじゃないかな。そういう意味では、『マーターズ』はボクを変えてくれた大事な作品だといえるね。 ──新作『トールマン』は子どもたちが次々と失踪し、トールマンという謎の誘拐魔の存在が噂される……というダークファンタジー的な始まり。ところが中盤以降は予想外の展開を見せ、社会派サスペンスへとモードチェンジしていく斬新な構成。ファンタジーとは異なる、現実社会と地続き的な怖さがありますね。 ロジェ その通り。リアルな世界を描こうというのが、今回の企画の趣旨だったんだ。社会のダメな部分、影の部分をリアルに描こうとね。そこで、まぁ、やっぱりボクはホラー映画のジャンルで売れたわけだから、ボクの得意な手法で物語の導入部分を描いたわけさ。でも、物語としての着地点は、ホラーとはまったく異なる仕掛けを用意した。その仕掛けを楽しんでもらえると、うれしいよ。
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過疎が進む街で看護士として働いていたジュリア(ジェシカ・ビール)は
息子を連れ去られてショック。必死の追跡の果てに、彼女が目撃したものは?
──どんよりと寂れた街で、唯一の明るい希望であるはずの子どもたちが姿を消してしまう。日本でも子どもたちをめぐって、育児放棄や幼児虐待といった悲惨な事件が絶えません。 ロジェ 舞台は米国の地方都市という設定にしているけど、世界的な不景気だから、日本や他の国でも同じようなことが起きてもおかしくないと思うよ。不況の影響をいちばん受けるのは、その国の貧困層。これは世界中どの国でも同じこと。そうして不況が長引けば長引くほど、社会格差はますます大きくなっていくわけだよね。映画に出てくるような寂れた街は、世界中に生まれつつあるんじゃないかな。 ──『マーターズ』もそうでしたが、ロジェ監督の作品に登場するキャラクターたちはどっちが被害者で、どっちが加害者なのか、簡単には判別できない。これは物語上のトリックというよりは、ロジェ監督自身の世界観ですよね? ロジェ ウイッ! その通りだよ。ボクが世界をそのように見ているというよりは、ボクの遺伝子がそうさせているようだね。どっちが被害者で、どっちが加害者か? 要するに突き詰めて考えると、何が“善”で何が“悪”かということだよね。ボクはフランス人だけど、もし米国人が『トールマン』を撮っていたら、誰が被害者か加害者か分からないような展開にはしていなかったんじゃないかな。物語が始まる前から、どっちが善でどっちが悪か、あらかじめ決まっているようなストーリーにしていたはずだよ。その上で、善とはこういうもの、悪はこうして滅びるんだ、みたいな教訓を観客に押し付ける内容にしていただろうね。でも、ボクは違う。善と悪は、もっと多角的なもの。観る側の視点によって変わるものだよ。そのことは常々、ずっと考えてきたことなんだ。ジャン・ルノワール監督の言葉があるんだ。『この世でいちばん厄介なことは、すべての人に理由があるということ』。かいつまんで説明すれば、犯罪を犯した人間には、犯罪を犯す理由があったということ。この“理由がある”ということ。これこそがいちばんの悪なんだよ。ルノワール監督の言葉に、ボクはすごく共感しているんだ。 ──ロジェ監督、トークに熱が入ってきましたね。 ロジェ 今回の『トールマン』は米国を舞台にしているけど、実際にはカナダで撮影したんだ。そしてボクはフランス人。『トールマン』は一見すると米国映画のように思えるだろうけど、ボクはこの映画をフランス映画、ヨーロッパ映画だと考えているよ。ここで、ちょっとボクのプライベートな話をさせてもらえるかな。米国の前大統領ジョージ・ブッシュはアラブ諸国のことを“悪の巣窟”呼ばわりしたけど、ボクの妻はアラブ人でイスラム教徒なんだ。ブッシュの言うことが正しいなら、ボクと妻と子どもが一緒に暮らすボクの家庭は、半分は悪の存在ということになってしまう。自分で自分の家庭を軽蔑しなくちゃいけない。でも、ボクは知っているよ。アラブ人みんなが悪いわけじゃないんだ。イスラム教徒が悪いんじゃない。同じように白人が悪でもない。ブッシュがアラブのことを悪者扱いしたのは9.11があったから。米国にしてみれば、アラブを責める理由があった。でも、アラブ側は9.11よりずっと前から、イスラエルとパレスチナの関係なども含めて、米国からさまざまな辱めを受けてきた。彼らにも理由があった。どっちが加害者でどっちが被害者なのか? どっちが善なのか悪なのか? どちらの立ち場に立つかで、まるで変わってくるもんなんだよ。
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誘拐された少年少女は“トールマン”の正体を知ることに。
『ローズ・イン・タイドランド』(05)の美少女ジョデル・フェルランドが
キーパーソン役で出演。
■二者択一の世界しかないのか? 第3の道を模索するロジェ監督  12月2日(日)で閉館を迎える、シアターN渋谷の近藤順也支配人にもコメントをもらった。「現在、世界中で生きのいいホラー映画を作っている監督は、次々にハリウッドへ引き抜かれています。パスカル・ロジェ監督も『マーターズ』で衝撃を与え、ご多分に漏れずハリウッドからお呼びがかかりました。しかし、それを振り払い、インディペンデントのスタンスで作られたのが『トールマン』。結果として本作は大ヒットを記録し、ロジェ監督は再び注目の的となっています。自分が描きたいもの、作りたいもののために妥協しない、ブレないこのインディペンデントスピリッツを、とくとご確認ください」(近藤支配人)。シネコンではお目にかかれないハードコアな作品を上映してきたシアターN渋谷が、クロージング作品に『トールマン』を選んだ理由が感じられるではないか。では、インタビュー後半。ロジェ監督は『マーターズ』のヒット後、ハリウッドに振り回されたここ数年間についてぶちまけた。 ──『テキサス・チェーンソー』(03)のハリウッド女優ジェシカ・ビールが、『トールマン』では大熱演しています。フランス、カナダ、米国による合作映画を撮ることの楽しさ、難しさの両面を教えてください ロジェ ノンノン! 米国資本は入ってないよ。『トールマン』はカナダとフランスの合作映画なんだ。米国、カナダ、フランスとクレジットされているのは、ライセンス上の関係のため。実際には、米国側は製作費を1ドルも払ってないよ。『マーターズ』より少し多いけど、『トールマン』の製作費はハリウッド映画の小品よりも、ずいぶん抑えた額なんだ(苦笑)。でも、そのおかげでボクは自由に撮ることができたから、よかったと思っている。これがもしハリウッド映画だったら、ボクは単なる雇われの演出家に過ぎず、出資者の言いなりになっているか、すぐにクビを切られていただろうね。物語も、こんな結末にはならなかったはず。幸いヨーロッパでは監督が作品をコントロールすることができ、もし出資者が作品を乗っ取ろうとすれば、裁判で訴えることも可能なんだ。実際に『トールマン』の企画は最初にワーナーやパラマウントといったハリウッドメジャーに持ち込んだけれど、「導入部分は素晴らしい。いかにもホラー映画っぽくていい。ただし、後半は全部変えてもらうよ」と言われた(苦笑)。もし、その通りに『トールマン』を撮っていたら、ボクが映画を作る意味がまったくなくなっていたと思うよ。 ──『マーターズ』がヒットした直後、『ヘル・レイザー』(87)のハリウッドリメイク版をロジェ監督が撮るというプランもあったはずですが、ハリウッド側の対応がイヤになって降りたわけですか? ロジェ 『ヘル・レイザー』! ボクはあの作品が大好きだったし、原作者のクライブ・バーカーの大ファンなんだ! バーガー自身がゲイで、『ヘル・レイザー』にはハードなSM的要素やゲイ的描写も盛り込まれているわけだよね。ボクに『ヘル・レイザー』のリメイク企画が持ち掛けられたときは、すごくうれしかったし、光栄に思ったよ。それで4カ月かけて脚本を練り上げて、イギリスにいるバーガーの自宅にまで脚本を見せに行ったんだ。バーカーはボクの脚本を読んでくれて「キミはボクの作品のことを、すごく理解してくれている」と喜んでくれたんだ。でも、その後で、こうも言ったんだ。「だけど、キミの脚本は、ハリウッドでは採用されないだろうね」と。それで実際に『ヘル・レイザー』の映画化権を持っているハリウッドのプロデューサーの元へボクの脚本を持っていったら、反応はこうだったよ。「ワォ! この脚本は素晴らしいよ、ロジェくん。でも全部書き直してくれるかな?」とね。 ──ハリウッド、ひでぇなぁ(苦笑)。 ロジェ SMダメ、ボンデージもダメ、ゲイもダメ。そーゆーのは全部ダメだって言うんだよ。それじゃ、もうボクの好きな『ヘル・レイザー』じゃないよ。『ヘル・レイザー』じゃないものを、『ヘル・レイザー』のリメイクだと称して作るのもイヤだし、バーカーやファンを裏切るのもイヤだった。それで『ヘル・レイザー』のリメイク企画からボクは降りたというわけなんだ。今のハリウッドでは、本当の意味での『ヘル・レイザー』は作れないと思うよ。 ──今回の『トールマン』を上映するシアターNは、12月2日で閉館。『トールマン』がクロージング作品となります。
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普段は紳士的なロジェ監督。「今回の製作中に妻の妊娠が分かったんだ。
自分が親になることを自覚しながら撮った作品でもあるんだ」
ロジェ ボクの作品をクロージングに選んでくれて、とても光栄に思うし、同時に寂しく思うよ。ボク自身、街の小さな映画館に毎日のように通いながら育って、映画監督になったわけだしね。ヨーロッパにも、いろんな個性的なプログラムを組む小さな映画館がたくさんあったよ。もちろんDVDはとても便利だけど、街の小さな映画館はボクが育った場所でもあり、そういう空間が消えていくことはとても哀しいよ。ハリウッドの大作映画ばっかり上映している大きなシネコンより、ボクは小さくても個性的な映画館が大好きなんだ。ボクは思うんだけど、デジタルとアナログの両方あって、選べればいいのにってね。ボクは今まで35ミリフィルムで撮っていたけど、『トールマン』からデジタルにしたんだ。デジタルにもいい面がいろいろあることが分かったよ。でも、フィルムが持つ独特の質感は棄てがたい。作るほうも観るほうも、作品によって選べればすごくいいのに。パリでも2年後に映画館はデジタルへ完全移行することが決まっているんだけど、地方はすでにデジタルへ移行していて、デジタル対応できない劇場は、もう上映できなくなってしまったんだ。デジタルかアナログか、どちらかしか残さないのでなく、どちらもあって好きなほうを選べる。そんな社会が、本当に豊かなんじゃないかなとボクは思うよ。 (取材・構成=長野辰次) 『トールマン』 監督・脚本/パスカル・ロジェ 出演/ジェシカ・ビール、ジョデル・フェルランド、ウィリアム・B・デイビス、スティーヴン・マクハティ  配給/キングレコード 11月3日(土)より、シアターN渋谷ほか全国順次ロードショー  (c) 2012 Cold Rock Productions Inc., Cold Rock Productions BC Inc., Forecast Pictures S.A.S., Radar Films S.A.S.U., Société Nouvelle de Distribution, M6 All rights reserved  http://the-tallman.com ※シアターN渋谷では、『トールマン』公開記念としてパスカル・ロジェ監督の大ヒットホラー『マーターズ』を10月27日(土)〜11月2日(金)モーニングショーとして上映。また、『トールマン』の上映にあたり、「とおる」という名前の人は入場料が1000円に(証明書持参のこと)。 ●パスカル・ロジェ 1971年フランス・コートダジュール生まれ。ダリオ・アルジェント監督に憧れ、パリの映画学校へ通う。警備員の仕事をしながら、イタリアンポルノの現場で撮影技術を習得した。『ジェヴォーダンの獣』(01)のメイキングを担当した後、『MOTHER マザー』(04)で長編映画監督デビュー。監督第2作となる『マーターズ』(08)のR指定問題で物議を醸し、一躍話題のフィルムメーカーとなった。新作『トールマン』は『マーターズ』以前より温めていた企画で、封切りと同時にフランスでは大ヒットを記録。敬愛するダリオ・アルジェントがプロデュースする作品を現在準備中。

「みんな、ちょっと大げさじゃない?」志茂田景樹が説く、悩み多き時代を生きるヒント

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 フォロワー数約23万人(2012年10月現在)を誇るTwitterアカウント「@kagekineko」に、日々、寄せられる仕事・学校・恋愛・人間関係の悩み。それに答える志茂田景樹氏のリプライは、読んでいるだけで人生が楽になり、小さな希望の火が心にポッと灯る。  有名人が発する言葉は、それだけで大勢が聞く耳を持つ。しかしこの人の場合、それはただのきっかけにすぎず、大勢の人が素直に彼の言葉を求めているように思う。なぜなら今の彼を支持する多くの人が、直木賞作家であることも、お茶の間タレントとしてバラエティ番組でもてはやされていた姿もよく知らない若者たちだからだ。  72歳にして再ブレイク中の本人を直撃した。 ――悩みが寄せられるようになったきっかけはなんですか? 志茂田景樹(以下、志茂田) 最初は「失敗したってそんなに気にすることはないんだよ」というような、僕がいつも漠然と考えていることをつぶやいてたんだけど、それに共感する人が多くて、フォロワーがどんどん増えていったんです。それからだんだん相談みたいなリプライが来るようになって、答えているうちに相談が殺到したという流れですね。全部には答えられませんので、「上から8つ答えようかな」って感じで、Twitterを開いた時にたまたま見たところから順に答えています。 ――悩みを送っている人は、どんな心境だと思いますか? 志茂田 Twitterには140字という制約があるから、別に長い答えは期待してないわけですよ。短い中から「何かヒントがつかめればいいな」「自分の考えと合っているかな」って感じじゃないかな。僕もなんとなく「この人は、もう自分で結論を出していて、背中をちょっと押してもらいたいんだろうな」とかって、その人の意図を読み取って答えてるつもりです。 ――特にどんな悩みが多いですか? 志茂田 今は就活中の大学生から「なかなか内定がもらえない」っていうのがよく来ます。焦るのは仕方ないとしても、「もうダメだ」って考える人が多くて。そういう時は、「あなたを必要としてる人はいるんだよ」って返すようにしてます。それで「もう少し頑張ってみようかな」って思ってくれれば回答は成功ですよね。5~7月あたりは、新入社員の人からの「この会社、自分に向いてないから辞めたい」という悩みが多かったですね。 378A9331.jpg ――「死にたい」と送ってくる人も多いようですが。 志茂田 そういう人に「親にもらった命を粗末にして、死にたいとは何事だ」なんて、昔のお説教みたいなことを返しちゃいけないんです。それより死から少し離れたところから答えると、素直に聞いてくれますよ。まあ、本当に死にたい人間はあまりTwitterに「死にたい」なんて書きませんから、気持ちが柔らかくなる言葉が欲しいんだと思います。 ――ちなみに志茂田さん自身は、死について考えることはありますか? 志茂田 よく考えます。なぜなら、僕はあと200年くらい生きたいと思ってるから(笑)、死に対する覚悟がまだできてないんです。死なんて本当はその日が来るまで、全然考えなくていいことなのに、それでも考えたり怖がったりするってことは、自分がいかに煩悩が多いかってことですよね。 ――Twitter以外に「FRIDAY」(講談社)の連載でもお悩み相談をされてますが、悩みを聞きすぎて、負のパワーに疲れてしまうことはありませんか? 志茂田 それはないですね。僕は人間に対する好奇心が強いほうなので、いろんな人と接することで、作家として創造意欲を駆り立てられますし、人間って一人ひとり違って面白い生き物だなあって感じられますしね。僕、Twitterを開いた瞬間にときめくんです。Twitterの“長方形の小窓”を通して世界を見たり、今まで接したことのないタイプの人が、僕に何か言ってきたりする。そういう意味では、板塀に囲まれた家の節穴から外を覗くような感覚に似てるかもしれませんね。 ――ところで書き下ろしの著書『失敗したって、いいんだよ ~希望をつくる40の言葉~』(青志社)が発売になりましたが、この本で伝えたいメッセージは何ですか? 志茂田 思い通りにいかないと、すぐにへこんでしまう人が多くて、「ちょっと大げさじゃない?」って気がしてるんです。みんな、目に見えない“転ばぬ先の杖”を持ってるんだから、少々のつまずきは、別に転んだことじゃないんだよと。 ――どんな人に読んでもらいたいですか? 志茂田 中学生から社会に出て2~3年あたりまでの人に読んでもらいたいなあって思います。特に中学生くらいは、失敗を恐れてすぐに心が揺れ始めるので。 378A9270.jpg ――あの、私も悩みがあるので聞いていただきたいのですが……。 志茂田 はい、どうぞ。 ――私、32歳なんですけど、今まで付き合ってきた男性がダメ男ばかりなんです。今、付き合ってる29歳の男性も労働意欲がなくて。生活できるギリギリの額しかバイトで稼がず、貯金もなくて……。 志茂田 その人は一人暮らしなの? ――いえ。同じような感じの友人と数人で暮らしてます。 志茂田 じゃあ結構、知恵のある人なんじゃない? 最低の稼ぎでちゃんと食っていけるように、それなりに知恵を働かせてる。 ――そう言われればそうですね。 志茂田 僕がこれまで見てきた感じだと、一生、ダメ男でいる割合って、結構少ないですよ。“ダメなヤツ”って言われてる人でも、大部分の人は、数年後や数十年後にはちゃんと働いてる。もしその人が、会うたびにデカいことを言ったり、「こういう理由で雌伏してるんだ」とか言い訳めいたことばかり言っているようなタイプのダメ男じゃなければ、将来性は悪くないですよ。意外と時と所を得れば変わっていくタイプだと思いますね。 ――なんだか心が軽くなりました! ところで、志茂田さん自身に悩みはないんですか? 志茂田 もちろん悩むこともありますよ。でもほとんどの悩みって、絞っていくと一本の線みたいになるんです。だから大きな悩みのように見えても、実はすごく細いちょっとした悩みだったりするんですよ。 (取材・文=林タモツ/撮影=尾藤能暢) ●しもだ・かげき 1940年、静岡県生まれ。大学卒業後は、20種類以上の職を転々とする。1976年『やっとこ探偵』で小説現代新人賞を、1980年『黄色い牙』で直木賞を受賞。執筆活動のほか奇抜なファッションセンスが注目され、テレビなどでも活躍。1999年より「よい子に読み聞かせ隊」を結成。最近はTwitterでの人生相談が話題となり、フォロワー数が23万人を超える人気となる。 Twitterアカウント「@kagekineko

芸術的格闘技“シラット”による映画革命だ! ジャカルタ発のアクション大作『ザ・レイド』

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アクション映画界の新旗手となったギャレス・エヴァンス監督。イギリス出身の33歳。
最強武術シラットとの出会いによって世界進出を果たした。
 伝統芸能が息づく熱帯の国・インドネシアで1000年以上の歴史を誇る芸術的格闘技がある。それがシラットだ。殺傷能力を高めた軍隊式シラットをベースにしたローコンバットは世界50カ国で特殊部隊、警察、ボディガードなどのセキュリティー機関に採用されていることからも、いかに実用性の高い格闘技であるかが分かる。このシラットを全面的にフィーチャーしたインドネシア発の新感覚アクション大作が『ザ・レイド』。すでに全米900館で公開され、ハリウッドリメイクや続編製作が決定している大注目作なのだ。  シラットのプロ格闘家であり、本作のコリオグラファーも兼ねているのがインドネシアのアクションスター、イコ・ウワイス。イコ扮するSWAT部隊がスラム街にそびえる高層マンションを根城とする麻薬組織を一網打尽にすべく、強制捜査(raid)するというもの。だが、麻薬組織が武装して待ち構えていたため、マンションの住人たちを巻き込んでの阿鼻叫喚劇がノンストップで繰り広げられる。シラットに魅了され、本作のメガホンを取ったのはイギリス出身の新鋭ギャレス・エヴァンス監督。古今東西の娯楽作の要素を巧みに取り入れた『ザ・レイド』の舞台裏について、来日したエヴァンス監督が語った。 ──最近のハリウッド映画はCGに頼った作品がほとんど。プラッチャヤー・ピンゲーオ監督の『マッハ!』(03)や『チョコレート・ファイター』(08)以降、もう新しいアクション映画は現われないかと思っていましたけど、インドネシアからこんなにも血湧き肉躍るホットな作品が登場したことに驚きました。 エヴァンス サンキュー! 確かにその通りだね。最近のハリウッド映画はCGばっかりになってしまったよね。ボクらが同じようにCGを使った作品を作っても、ハリウッド大作には到底かなわない。それでボクらはあえて後ろに後退するというか、原点回帰を目指したんだ。ボクが子どもの頃に夢中になって観ていた1960〜70年代の映画のことを思い出したんだ。あの頃のアクション映画にどうしてあんなに夢中になったのかあらためて考えたんだけど、カメラワークや編集の刻むリズムがすごく良かったことに気づいたんだ。そうだ、リズム感のあるアクション映画を作ろう! そこからボクらの映画製作が始まったんだよ。
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主演のイコ・ウワイス、29歳。密室化した高
層マンションにて肉弾戦から銃撃戦まで何で
もありなバーリトゥード戦を繰り広げる。
──主な舞台は高層マンションだけという極めてシンプルな設定。ブルース・ウィリス主演の人気シリーズの第1作『ダイ・ハード』(88)や、リュック・ベッソン監督の『レオン』(94)のホテルからの脱出劇などを連想させますが、よりスリリングな展開に仕上げていますね。 エヴァンス イエス。ストーリーをどう展開させていくかは、すごく考えたよ。通常のアクション映画をDVDで観るときって、どうしてもドラマ部分を飛ばしてアクションシーンを観てしまうよね? みんな、そうでしょ(笑)。この映画も、みんな格闘シーンが目当てだと思うけど、他のアクション映画みたいにドラマ部分を飛ばして観たいと思われないような展開にしたんだ。上映中は一切の油断が観客もできないような展開を考えたわけさ。もちろん緩急は付けているけど、ひと呼吸できても「いやいや、あの柱の後ろにはまだ敵が潜んでいるに違いない」と常にハラハラドキドキするようなアクション映画に仕立てたんだ。 ──一切の無駄なシーンを削ぎ落とした作品が今回の『ザ・レイド』というわけですね。 エヴァンス そういうことだね。アクションシーンとアクションシーンのつなぎ部分に違和感がないようにまとめたよ。どうしてもこの手の映画は“脚本の10ページにつき1回のアクション”みたいなペース配分で、無理やりな展開になりがちだからね。つなぎ部分は休憩タイムじゃなくて、より観ている人たちの緊張感を高めるためのパートとして考えたんだ。つまり、『ザ・レイド』はアクション映画ではあるんだけど、サバイバルホラーでもあるんだ。ホラー的な演出、スリラー的な要素を盛り込むことで、観ている人の緊張感をずっと持続させているんだ。それに高層マンションに突入したSWAT部隊は途中から分かれてしまう展開になるんだけど、これによって異なるロケーション、異なるトーンや色調になることで、変化が出せたと思うよ。Aチームがギャングと格闘している一方、Bチームは別のフロアで逃げ場のない密室に追い詰められて……みたいに気が抜けない展開にしたんだ。 ──主人公ラマが得意とするのは、インドネシアの伝統的格闘技シラット。エヴァンス監督はシラットのどこに魅了され、インドネシアで映画を撮るようになったんでしょうか? エヴァンス 実はボクは6年前までは、シラットのことを知らなかったんだ。もちろん格闘技全般が好きで、カンフー、ムエタイ、柔道、合気道などのファンではあったんだ。それで格闘技好きなことからインドネシアでシラットについてのドキュメンタリー番組を撮ることになり、そのときシラットの奥深さを知ったんだ。ドキュメンタリーの撮影をしながら、目からウロコが落ちるような体験をいろいろしたよ。シラットには200以上の流派があり、その流派ひとつひとつに異なる哲学がちゃんとあるんだ。それにインドネシアはイスラム教徒が多いけれど、インドネシアではイスラム教よりもシラットの歴史のほうが古いんだよ。そして、何よりもシラットのスタイルが興味深かった。とてもフレキシブルで、いろんな環境に適応できるようになっているんだ。密室で1対1で戦う場合、広い場所で複数の敵に襲われた場合など、いろんなシチュエーションに応じた戦い方があるんだ。型がきっちり固まっておらず、いろいろと発展させて使うことができるし、他の格闘技の影響を受けて、今でも変化している。そこがすごく面白いなぁと思ったんだ。
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麻薬組織と麻薬王に買収されたマンションの住
民たちが次々とSWAT部隊に襲いかかる。
マンションにある物、すべてが凶器だ。
──アクション映画に適した格闘技といえそうですね? エヴァンス うん、そう思うよ。他の格闘技は今ではどれもスポーツになっているけど、まぁシラットもスポーツ化はしているけど、もともとのシラットはコンバット用のもので、“生きるか死ぬか”という状況で使われていた非常にアグレッシブなもの。シラットにはいろんな種類があるんだけれど、そのひとつに「チマンデ・シラット」というのがあるんだ。これは相手の骨を折ることを目的とした、とても攻撃的なもの。でも、それとは逆に「チマンデ・オイル」というのも存在して、これは相手の折った骨を治癒するためのもの。骨を折るだけでなく、折った骨を治してしまう。これも、とても興味深いよね。ある種のドラマチックさを感じさせる、シラットならではの奥深さじゃないかな。 ──骨を折っちゃうのもエグいけど、たちまち治しちゃうんですね。シラット、すごいなぁ。『ザ・レイド』は過激なアクションシーンの連続ですが、本当に死傷者は出てないんですか? エヴァンス ラッキーなことに死者は出てないよ、まぁ負傷者は少しばかり出たけどね(苦笑)。 ■切腹、子連れ狼、サニー千葉……。日本映画が大好き!  『ザ・レイド』の特筆すべき点は、5歳からプンチャック・シラットを始めた主演のイコ・ウワイスをはじめ、主要キャストにプロの格闘家をそろえたアクションシーンのガチンコぶり。肉弾戦、銃撃戦、剣斬戦と、さまざまなシチュエーションでの変化に富んだ戦いが繰り広げられる。エヴァンス監督は前作『ザ・タイガーキッド 旅立ちの鉄拳』(09)でもイコを主演&コリオグラファーとして起用していたが、イコのデビュー作となったこちらの作品も手加減なしの驚愕作だった。観る側に痛みが伝わってくるようなリアルさ。それがエヴァンス監督とイコ・ウワイスとのコラボ作の特徴といえそうだ。 ──前作『ザ・タイガーキッド』もすごかったですね。隣のビルに飛び移った主人公役のイコが、続いて飛び移ろうとする敵を物干しざおで突き落とすシーンは、どうやって撮影したんですか? エヴァンス ジャンプしている敵を竹ざおでビルの下に突き落としてしまうシーンだね(笑)。インドネシア版のDVDには特典でメイキング映像が付いていたんだけど、日本版は残念ながら入ってなかったらしいね。あのシーンはずいぶん時間を掛けたよ。まず敵役をワイヤーで吊るして、本当に落っこちないようにしたんだ。それからジャストなタイミングで竹ざおで突けるように何度もテイクを重ねた。もちろん竹ざおの先端にはゴムをハメていたし、敵役の胸にはパットを入れていたよ。それでもテイクを重ねると、どうしても集中力が落ちてきてしまう。13回撮り直してとめたんだ。どうして13回かというと、13回目でイコが誤ってしまい、相手の首筋のすぐ横を竹ざおがすり抜けたんだ。もし、首を直撃していたら、多分死んでたんじゃないかな。それで、「これ以上はヤバい」とスタッフ一同焦って、撮影をストップしたわけさ。それが13回目だった。本編では7テイク目が使われているよ。アクションシーンの撮影は万全を期しているけれど、何度も撮り直すことで、どうしてもリスクが生じてしまう。アクション映画は、やっぱり危険が伴うものなんだ。 ──今回は落っこちた敵が手すりに当たって、背骨が逆V字になってしまう強烈シーンがありますが、あれはCGじゃないんですか?
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こちら麻薬組織の最強戦士マッド・ドッグ(ヤ
ヤン・ルヒアン)。悪人顔だが、イコと共に本
作の過激なコリオグラフも担当している。
エヴァンス CGは使ってないよ。あのシーンは1ショットで撮っているように見えるだろうけど、実は3ショットを組み合わせたものなんだ。まず、マットを敷いた上に人が落っこちてくるショット。次に、落っこちた人の上半身が手すりに垂れ下がっているショット。そして反対側に下半身があるショット。その3つのショットをうまく組み合わせることで、あたかも手すりに当たって背骨が真っ二つに折れたように見えるシーンに仕上げたんだ。 ──CGに頼らず、アイデアをたっぷり使ったわけですね。 エヴァンス そうなんだよ! これだけアクションシーンがあると、ボクだけのアイデアでは追いつかない。それで撮影監督や特撮担当といろいろと相談して、アイデアを練り合うんだ。「こーゆーシーンを撮りたいんだけど、どう?」「あーやれば、撮れるんじゃないかな」というふうにね。3人でいろいろアイデアを出し合って、撮り進めていったんだ。 ──エヴァンス監督のプロフィールを見て気になったんですけど、デビュー作の短編映画のタイトルは『Samurai Monogatari』。よほど時代劇がお好きなようですね? エヴァンス ボクは小さい頃から、父親が映画好きで、ビデオをよく借りてきて一緒に観ていたんだ。ハリウッド映画だけじゃ物足りなくなって、香港のアクション映画や日本の時代劇といった作品もすごく観て、アジアに興味を持つようになったんだよ。黒澤明監督はもちろん、溝口健二監督の『雨月物語』(53)も大好きだ。あと、ダイゴローが出てくるのは何だった? そうそう、三隅研次監督の『子連れ狼』(72)も忘れられない作品。それに子どもの頃にいちばん好きだったのは、サニー千葉主演の『戦国自衛隊』(79)。あれは時代劇にSFタイムスリップを合体させた、最高に面白いエンタテインメント作だったと思うな。1カ月前には小林正樹監督の『切腹』(62)も観たよ。これにも痺れたね〜。 ──日本映画が大好きで、日活の『冷たい熱帯魚』(10)スタッフと組んで、北村一輝主演のバイオレンス映画『KILLERS』を製作することになったわけですか。
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「香港のアクション映画や日本の時代劇が大好
き」というエヴァンス監督。礼節を重んじる
アジアの武術にすっかり心酔しているのだ。
エヴァンス そうだね。ボクはチーフプロデュースではなく、コプロデュースという立場になるけどね。インドネシアで活躍しているモー・ブラザースが監督していて、製作の真っ最中。この間、撮影現場に立ち会ったけど、北村さんが普段とは全然イメージの異なる殺人鬼役に挑戦していて、すっごく面白い作品に仕上がると思うよ。日本のファンも期待していいんじゃないかな。 ──エヴァンス監督は、これから『ザ・レイド』の続編製作に加え、ハリウッドで『ザ・レイド』のリメイク、さらにはメジャースタジオでハリウッド大作を撮ることに。エヴァンス監督自身が大変な修羅場に足を踏み入れることになりますね。 エヴァンス そうなんだよ(笑)。でも、そういう状況でこそ、シラットは役に立つと考えているよ。シラットは精神面にも重点を置いていて、「シラット・ウラフニ」という言葉があるんだ。これは“自分からケンカを探しに行くようなまねはするな”という教え。シラットはただ相手を倒す技を教えるだけでなく、どうすればトラブルを回避できるかという教えも含んでいるんだ。どんなにストレスに悩まされても、ケンカ腰で仕事をしちゃいけない。平和的に解決できる方法が必ずあるはず。このことをボクはいつも心掛けているよ。インドネシアで映画を撮っていると、どうしてもインドネシアのスタッフはイギリスから来たボクに対して遠慮しがちだけど、ボクはみんな対等な関係だと考えているんだ。主演のイコがいないとボクは撮影ができない、でもイコはロケ車のドライバーがいないと撮影現場に来ることができない。みんなが協力し合わないと、映画はできないからね。シラットの教えを心掛けて、これからも面白いアクション映画を作っていくよ! (取材・文=長野辰次) 『ザ・レイド』 監督/ギャレス・エヴァンス 音楽/マイク・シノダ(リンキン・パーク)、ジョセフ・トラパニーズ 出演/イコ・ウワイス、ヤヤン・ルヒアン、ジョー・タスリム、ドニ・アラムシャ、レイ・サヘタピー、ピエール・グルノ、テガール・サトリヤ  配給/角川映画 R15 10月27日(土)より渋谷シネマライズ、角川有楽町シネマほか全国ロードショー (C)MMXI PT. MERANTAU FILMS http://www.theraid.jp ●ギャレス・エヴァンス ウェールズ生まれ。2003年に短編映画『Samurai Monogatari』で処刑を待つサムライを描いた。脚本も兼ねた低予算映画『Footsteps』(06)で長編監督デビューを果たし、スウォンジー湾映画祭で最優秀映画賞を受賞。2007年にインドネシアで撮影されたテレビ用ドキュメンタリー番組『The Mystic Arts of indnesia:Pencak Silat』を監督。このとき、プンチャック・シラットやスマトラ島東部の文化に触れ、すっかり心酔。ドキュメンタリー撮影で知り合ったイコ・ウワイスを主演に迎えた『ザ・タイガーキッド 旅立ちの鉄拳』(09)で注目を集める。本作の続編となる『Berandal』、ユニバーサルが企画開発を進めているクライムアクション大作『Breaking the Bank』などが監督作として予定されている。さらに北村一輝主演の日本・インドネシア合作映画『KILLERS』(13年世界公開予定)のプロデュースにも参加している。

“天才”ウルティモ・ドラゴンの挑戦「僕はプロレスを変えた。でも、今のプロレスは好きではない」

 
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デビュー25周年。マスクをさせておくにはもったい
ないほど、素顔もイイ男、との噂も。
 メキシコスタイルのプロレス「ルチャリブレ」。マスクマンを中心にしたレスラーたちが華麗な飛び技を繰り広げるルチャは、日本でも“仮面貴族”ことミル・マスカラスの活躍によって広く知られることになった。現在は「みちのくプロレス」などがルチャスタイルを取り入れているが、日本のルチャの第一人者として知られるのがウルティモ・ドラゴンだ。  彼はルチャの故郷メキシコと非常に縁が深く、デビューの地もマスクマンに変身した場所もメキシコ。そんな彼が、11月7日に東京・後楽園ホールで「LUCHA FIESTA 2012~ウルティモ・ドラゴンデビュー25周年記念大会~」を開催する。日本やメキシコはもちろん、アメリカのメジャー団体でもトップ選手として活躍してきた彼に、波乱に満ちたレスラー人生やプロレス界の現状について尋ねた。 ──ウルティモさんはプロレスラーになった経緯がかなり特殊だと思いますが、レスラーになろうと思ったきっかけはなんだったのでしょうか? ウルティモ 小学生の時に、アントニオ猪木さんに興味を持ったことですね。でも、初めてプロレスを見たのはジャイアント馬場さんの試合だったんですよ。そのころ、馬場さんの全日本プロレスは土曜日の夜8時に放送していたんですけど、僕たちの小さいころは土曜8時というと『8時だョ!全員集合』(TBS系)を見ないと、翌週の学校の話題についていけなかった。ところが、何かの時にたまたまテレビにプロレスが映ってて「なんだコレ?」って思ったんです。あくまで子どものころの印象ですけど、馬場さんの動きって、そのころは遅くなってたんですよ。「レスラーって本当に強いの?」って思ったのが最初の印象ですね。 ──それがなぜプロレスへの憧れに変わったのでしょう? ウルティモ その次に見たのが、新日本の猪木さんの試合で。ほかにもタイガー・ジェット・シンとかスタン・ハンセンとか、身体の大きい人たちがたくさん出てきて。その時に「これだ!」と思いました。小学校の2年か3年のころですね。それから毎週欠かさず新日本プロレスの放送を見るようになって。あのころは新日本の時代なんですよ。藤波辰爾さんとかタイガーマスクとか、その後に長州力さんとか。 ──レスラーを目指したということは、肉体的に自信があったのでしょうか? ウルティモ まったくないですね。公害病認定患者でしたし、小さいころは身体が弱かったですよ。実は僕、高校を卒業する時に体重が55キロしかなかったんです。今と同じ身長(172センチ)で。だから僕が「プロレスラーになりたい」と言っても、周りはあきれてましたよ。学校の先生なんか「お前なんかレスラーになれるわけない」って。 ──あの当時は、身体の大きい選手が多かったですしね。 ウルティモ そうなんですよ。今でこそ僕と同じくらいの背丈の選手はたくさんいますけど、あのころは狭き門だった。入門のパンフレットを見ても、応募条件に「身長180センチ以上・体重80キロ以上」と書いてあって。東京に来てからアルバイトをしながらトレーニングして体重を増やしたんですけど、身長はどうにもならない。そんな中、入門テストを受けにいったんですけど、そのころから自分はズル賢かったんで、履歴書に「178センチ・65キロ」って書いたんですよ。そしたら、当時教官だった山本小鉄先生から「お前、178ないだろ」って言われて。テストのメニューは全部こなしたんですけど、通知は不合格だったですね。 ──それでも、あきらめなかった? ウルティモ プロレスラーになると言って故郷の名古屋を出てきたから、そのまま帰れないじゃないですか。だから小鉄さんに直談判して「テストのメニューを全部クリアしたのに不合格なのは納得がいかない」と伝えたんです。そうしたら、道場に通って練習することは許してもらえたんですよ。でも、それが新日本の中で問題になってしまって続けられなくなった。そのころ、たまたまメキシコのプロモーターが新日本に来ていたんですけど、そこで「メキシコに行けないかな」ってひらめいたんです。小鉄先生は自分の身体が小さいから、同じ身体の小さい人間に優しくて、自分のメキシコ行きに骨を折っていただきました。 ──ひらめきでメキシコ……。かなり大胆ですね。 ウルティモ たまたま僕が行く前に新日本プロレスの先輩2人がメキシコに遠征していて、そこに合流する形になりました。メキシコは6人タッグマッチが主流なんですけど、先輩たちと組めば団体側は日本人トリオとして扱えるじゃないですか。ちょうどタイミングが良かった。 ──メキシコではどうだったのでしょうか? ウルティモ メキシコに着いて、2日後には試合に出てましたね。いきなりセミファイナルでした。デビューして3カ月で、ビッグマッチのシングル戦を組んでもらったりもしました。僕が行ったのは「UWA」という団体だったのですが、その団体の世界ウエルター級のベルトは東洋人が獲ったことがなかったんですけど、僕が21歳の時に初めて獲りました。自分で言うのも変ですけど、その時は「自分はルチャリブレをやるために生まれてきたんだろうな」と思いましたよ。 ──いきなりメキシコでスターになれた要因はなんだったのでしょう? ウルティモ 向こうでスターになるためには、技はもちろんですけど、どれだけメキシコのルチャを理解しているかという要素が大きいですね。日本のプロレスは格闘技の要素が大きいんですけど、ルチャはエンターテインメント色が強い。日本で試合経験がある選手はそれに戸惑ってしまうんですけど、僕はスタートがメキシコだったから迷うことなくできたんですよね。 ■凱旋帰国の時、新日本を天秤にかけ、背を向けた ──メキシコでのデビューから3年後、ウルティモさんは日本初のルチャ団体「ユニバーサル・プロレスリング」の看板選手(当時は素顔で本名)として凱旋帰国されました。いろいろなウワサがある団体ですが、なぜウルティモさんに白羽の矢が立ったのでしょう? ウルティモ あれはもともと、新間寿さん(昭和プロレスの伝説的な仕掛け人)の息子(新間寿恒氏)さんが、グラン浜田さんを上げるリングをつくろうとしたのが発端だったんです。その中で「メキシコのプロレスをやりたい」というイメージでつくられたと思うんですよ。そのコンセプトに合った僕を若手のエースにして、浜田さんをメインにしていくという感じだったと思いますね。実は同じ時期に、新日本プロレスからもオファーがあったんです。でも、言ってみれば新日本は僕を捨てた団体ですよね。だから天秤にかけた時、あの当時はどちらに行くか決まりきっていたというか。 ──90年代には、その遺恨があった新日本のリングに上がっていますが、特別な感慨はありましたか? ウルティモ その時はWARという団体にいたので、対抗戦なら出て行かなきゃいけないとは思っていましたけど。ただ、自分のスタイルとは違う部分でやることになって、しんどかったかなというのは正直ありましたね。新日本的なジュニアのスタイルとは、ちょっと合わなかったなと。 ──メキシコの老舗団体EMLLでウルティモ・ドラゴンに変身し、SWS、WARと所属団体が変わり、さらにアメリカにも進出されました。あの当時はまだジュニアヘビーの日本人レスラーがアメリカで成功する例が少なかったと思いますが、どうしてアメリカ行きを選んだのでしょう? ウルティモ メキシコやユニバーサルでメインを張らせてもらって、WARでアンダーカードも経験して、いろんなことが分かるようになった。そしたら、さらに上に行きたいじゃないですか。その時にアメリカのメジャー団体「WCW」を選んだんですよ。 ──WCW行きの経緯を聞かせてください。 ウルティモ 当時、メキシコからレイ・ミステリオJr.とかさまざまなレスラーがWCWに行っていて、クルーザー級を活性化させるという話があったんですよ。それを聞きつけて、いろんなツテを使ってアメリカに行きました。そしたら、いきなりデビュー戦でPPVで。ミステリオを相手に日本スタイルの叩き潰すような試合をしたんですけど、それがいい評価をもらってWCWから契約の話をもらいました。その当時、僕はジュニア8冠王座を持ってて、当時WCW世界クルーザー級王者だったディーン・マレンコと年間で一番大きい大会で防衛戦をして。それに勝つことができたんですが、あれが自分のプロレス人生のハイライトだったんじゃないかと思いますね。 ■握力8キロでも見栄えのするファイト ──アメリカでの成功は、プロレス史に残る偉業だったと思います。 ウルティモ でも、アメリカだからということに感慨はないんですよ。日本人は「全米で」とか「世界で」って言葉が好きですけど、自分は出発点がメキシコだったから「世界」ってものに特別な感覚はないですね。たまたま大きな舞台に立ったのが、アメリカだったというだけで。 ──アメリカで学んだことは何でしょう? ウルティモ アメリカでは、ビジネスについてすごく学ばせてもらいましたよ。アメリカのレスラーの収入は、グッズのロイヤリティが、かなりのパーセンテージを占めてるんですよ。そして、たくさんギャラを稼ぐ奴が価値があると。昔はプロレスをやるだけでビジネスになりましたけど、アメリカに行って「今は違うな」と思ったんです。僕は会場で必ず売店に立つんですけど、あれもレスラーにとって大事な仕事ですよ。 ──98年の試合中に左肘関節を大ケガ。アメリカで受けた手術が失敗し、神経を痛めてレスラー生命の危機を迎えたことがありました。左手が全く動かないほどの重傷だったようですが、その当時は引退を考えたのでしょうか? ウルティモ 引退は考えてなかったですね。何がつらかったって、痛みがひどかったんですよ。痛くて死んだ方がマシかなって思うくらいで。その時は引退するかどうかまで頭が回らなかった。それから、いい先生と知り合って3回くらい手術したんですが、全く動かなかった左手が徐々によくなってきて、02年に復帰できました。 ──回復はしたものの、現在も左手の握力が8キロほどしかないそうですね。 ウルティモ うーん、8キロもないんじゃないかな。 ──プロレスではロープをつかんだり相手をクラッチしたりと握力が重要になる場面が多いと思いますが、最近の試合を拝見すると、そんなハンデを抱えているとは思えない動きです。 ウルティモ だから、それをなるべく使わないファイトスタイルに変えたんですよ。まあでも、動きとしては全盛期の3分の1ですね。プロですから、お客さんにはできるだけ悟られないようにはしていますが。普通だったら復帰できないほどでしたから。僕の主治医は絶対にカムバックさせると言ってくれましたけど、他のお医者さんは「復帰は難しい」と言ってましたね。 ──脂が乗り切っていた時期だけに、大ケガと手術ミスは悔しい気持ちがありますか? ウルティモ 今になってみれば、もしケガをしないで普通に試合を続けてたら、逆にどうなってたんだろうって思いますね。さっきも自分のハイライトって話がありましたけど、人間って上がったら次は落ちるしかないじゃないですか。レスラーは年齢的にファイトスタイルを変えなきゃいけなくなる時期が来るんですが、特に自分は跳び技が多い選手なんで、ケガもなくピンピンしてたら全盛期の危険な技をやりたくなる。それで失敗して頭から落ちたり、もっと大変なことになってたかもなって思いますね。スタイルを変える、いいきっかけになったのかなと。
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11月7日も、鍛えられた肉体でメキシコ流の
「魅せる」プロレスを体現する。
■黄金時代と今、レスラーのオーラがまったく違う ──かなりポジティブに思考するタイプですね。 ウルティモ 人間は、考え方次第の部分があるじゃないですか。手術後も試合のスケジュールがあったんですが、これはプロレスの神様が「おまえは出なくていいよ」って言ってるんじゃないかと思って出ませんでした。あと、ケガをする前年に、「闘龍門」というプロレスラー育成学校をメキシコで始めたんですよ。結局、4年間は試合を休んだんですが、その間、指導や経営に専念したおかげで闘龍門も成功したのかなって。両立しようとしてたら、絶対にうまくいかなかったでしょうね。 ──闘龍門は、日本でも興行として大成功しました。 ウルティモ 最初は逆上陸だったんですよ。メキシコで練習を積んだ選手たちの「発表会」という感じで。まあ、日本に持っていったら面白いなとは思ってましたけど。 ──闘龍門は、ルチャを日本に持ち込むという意図もあったのでしょうか? ウルティモ それは違いますね。自分がやってきたのは、単なるルチャリブレじゃなくて、自分なりの総合的なスタイルなんですよ。日本のスタイルをベースに、ルチャとアメリカンプロレスのいいところをミックスしたものですね。一つのスタイルしかできないという選手は育てたくなかったし、どこの国の選手ともやれるようにしてあげたかった。よく選手を育成するコツを聞かれるんですが、自分が経験してきたことをまとめて伝えただけというシンプルな話です。 ──プロレス黄金時代と今のプロレスの違いも感じましたか? ウルティモ レスラーのオーラが全く違いますね。ただ、よく昔と今とどっちがいいかと聞かれるんですけど、時代の流れだし仕方ないと思うんですよ。それはそれでね。ただ、先輩たちと試合をさせていただいて、好きか嫌いかだったら僕は昔のプロレスの方が好きですよ。良い悪いじゃなくてね。でもじゃあ、今みたいなスタイルのプロレスの流れになったのはなぜなのかって言われたら、僕が変えた部分もある。自分で変えといて、何言ってんだって思われるでしょうけど。 ──今のプロレスは、過激な技の応酬が中心になっています。 ウルティモ 若いレスラーたちの試合はすごいですよ。僕は正直言って最近は体力的に落ちてきたなと自分で思っていて、ああいう試合を1回やったら2週間くらい休まないと次はできんだろうと思いますね。今の若いレスラーというのは、それくらいハードな試合をしてますよ。それはすごいと思いますね。ただプロレス本来の、巡業があって毎日試合をこなしていくという意味では、そのスタイルは厳しいかなと思います。自分がジュニアのハードなスタイルの流れをつくって、それからさらにエスカレートしているので、そろそろ軌道修正した方がいいかなと。なぜかというと、レスラーも生身の人間ですから、これ以上ハードになったら危ないという心配がありますね。 ──危険な技の応酬がないと、お客さんが満足しないという側面はありませんか? ウルティモ それはね、僕はちょっと違うと思うんですよ。日本の今の若いレスラーは、ガチガチでやればお客さんが沸くと思ってる。本来のプロレスは、ドラマを積み上げて興味を引くようなシチュエーションをつくって盛り上げるわけですよ。でも、今は興行数が少ないからドラマがつくれない。1試合だけで魅せるというのは限界があると思うんですよ。だから、瞬間的に沸かせる大技に頼った試合になるのかなと。 ──先ほど、昔のレスラーはオーラが違うという話がありましたが、プロレスもスケールが小さくなってしまっているのかもしれないですね。 ウルティモ レスラーだけじゃなくて、時代の流れだから仕方ないですけどね。僕は海外に住んでるから、日本は安全で良い国だとは思いますけど、政治も何もかも周りの反応を気にしすぎてスケールが小さくなってるように感じますね。このままだと危ないんじゃないかと思いますよ。 ■今なぜ、メキシコのプロレスを日本でやるのか ──11月7日に開催される「LUCHA FIESTA」ですが、なぜ日本でルチャの大会を主催しようと思ったのでしょうか。 ウルティモ 僕の出発点になったメキシコという国に感謝の気持ちがあって、何かできないかなと。メキシコに対する恩返しという意味合いもあります。 ──メキシコの空気を再現することが最大の目的だそうですね。 ウルティモ ルチャリブレができる日本の選手に加えて、本場の伝説的な選手を連れてきて、本物のルチャをやろうという大会です。メインイベントはメキシコのルールでやりますよ。日本のファンは馴染みがなくて「なんだコレ?」と思うかもしれないんですけど、それはそれでいいかなと。「これがルチャリブレなんだ」と。明らかに他の興行とは違うスタイルになると思います。 ──試合以外でも演出があるそうですね。 ウルティモ ルチャリブレは、試合と観客のヤジや声援が一体になったものなんですよ。在日メキシコ人の方を会場に呼んでヤジを飛ばしてもらいますし、マリアッチ(メキシコの伝統的な楽団様式)の演奏もあります。激しい試合が目的なら、他の興行の方がいいかもしれません。でも、メキシコの空気を完全に再現できる興行はウチだけだと自負しています。あんまりルチャを知らないプロレスファンにこそ来てほしいですね。いろんなプロレスがあってもいいと思うんですよ。デスマッチとか2階から落ちたりとか。でも、それだけがプロレスじゃないよと。 ──プロレスは斜陽産業になっているといわれていますが、25年のキャリアがあるウルティモさんからはプロレスの未来がどう見えていますか? ウルティモ プロレスは、なくなりはしません。日本のカルチャーとして根付いてるので。ただ、野球にしたってテレビ放送がなくなったり、浮き沈みがあると思うんですよ。エンターテインメントが多様化して、若い人たちがケータイとかネットとか、そっちの方に目がいっちゃって。お小遣いの使い道も分散してしまうから、プロレスのチケットが買いづらいでしょうね。 ──どのように業界が変わっていけば、プロレスの未来が明るくなるでしょう? ウルティモ 今、ブシロードさんが新日本プロレスのオーナーになって、いろんなところで宣伝をしてますよね。あれは業界にとって素晴らしいと思います。ああいう企業が業界をまとめてくれるといいんじゃないかなと。今のプロレス界が厳しいのは、団体数が増えて興行が多くなりすぎていることも大きな要因だと思います。昔は後楽園ホールでも2カ月に1回くらいの興行数でしたけど、今は1カ月に半分くらいプロレスの興行があります。週末に興行が集中する傾向もありますね。たくさんの団体がお客さんを取り合って、互いに食い合ってるような状況。これを変えていくべきだと思いますね。一つのオーナー企業が業界をまとめて、潰し合いにならないようにして、それぞれの団体を独立採算制にするとか。 ──自分もファンとして、プロレスに頑張ってほしいですね。 ウルティモ プロレスには夢がありますから、これからも続くと思います。僕の役目としては、いい形で次の世代、さらに次の世代にバトンタッチできればなと。僕が引退して70歳、80歳になって、プロレスがなくなってたら寂しいじゃないですか。 (構成=佐藤勇馬/写真=早船ケン) ●ウルティモ・ドラゴン 1966年12月12日、愛知県生まれ。プロレスラー。87年にメキシコでデビューし、3年後に凱旋帰国。以後、日本マットをはじめ、米国のメジャー団体「WCW」「WWE」などでトップレスラーとして活躍。97年にプロレス学校「闘龍門」をメキシコに設立し、多くの有名レスラーを輩出。現在は自主興行を中心に、後進を育成しながら世界各国で活躍中。公式ブログ〈http://ultimodragon.eplus2.jp/●『LUCHA FIESTA 2012』 11月7日に東京・後楽園ホールで開催される『LUCHA FIESTA 2012~ウルティモ・ドラゴン25周年記念大会~』。ウルティモを筆頭にザ・グレート・サスケ、ブラック・タイガーら有力選手が多数出場するほか、メキシコの伝説的なレスラー“稲妻仮面二世”ラヨ・デ・ハリスコ Jr.の出場も決定。さらに“誰もが知る超大物選手”の出場も予告されている。メキシコの文化や音楽も楽しめる特別な大会となるだろう。 チケット申し込み イープラス <http://eplus.jp/sys/T1U14P0010117P002026260P0050001P006001>

園子温が描く“希望のない国”に残された希望とは?「後から嘆くのではなく、今やるべきことがあるはず」

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精力的な活動が続く園子温監督。「今回の映画だけで原発ものは終われない。
娯楽作品も撮りながら、被災地に通い続けるつもりです」と語る。
 常にその言動が波紋を呼ぶ映画監督・園子温。彼の作品において“エロス&バイオレンス”は物語を突き動かす大きな要因となっていたが、最新作『希望の国』では原発事故という“社会の暴力”に真っ正面から向き合っている。被災地を自分の足で回り、避難所で暮らす人たちの生の声に耳を傾けるなど丹念に取材して脚本を書き上げ、これまでの園作品とはひと味違った作風となった本作。そのことに戸惑うファンもいるかもしれない。しかし、常に新しいスタイルを提示してみせる姿こそ、園子温そのものだろう。“映画には社会を変える力がある”ことを肯定し、「今回でおしまいにできない。原発が全廃されるまで撮り続ける」と言明する。徹夜明けのまま取材に応じてくれた園監督のストレートな言葉の数々を味わってほしい。 ──前作『ヒミズ』(11)に続いて被災地を舞台にした最新作『希望の国』。“原発問題”というタブーに正面から挑むのと同時に、これまでの園子温作品になく邦画らしい邦画の雰囲気を持つ作品に仕上がっていますね。 園子温 ティーザーのキャッチコピーに「タブーに挑む」と入っていますが、自分としては、特にそういう意識はなかったんです。単純に自分がそのとき撮りたいと思ったものを撮っただけなんです。原発の映画を撮りたい、という率直な想いで作った作品です。原発問題を扱ったドキュメンタリーはすでに何本かありますが、やっぱりドキュメンタリーではある種の限界があると思うんです。当事者たちをインタビューばかりしていても、「その話はもう聞いたよ」になっちゃう。でも、まだ劇映画は作られていない。だから作ったんです。タブーを扱った社会派ドラマを狙ったわけではないんです。 ──園監督は『紀子の食卓』(05)以降、『愛のむきだし』(08)、『冷たい熱帯魚』(11)、『恋の罪』(11)、そして『ヒミズ』と“空洞化した家庭”の悲劇を描いてきたわけですが、『希望の国』は原発事故によって引き離される温かい家族の物語となっている点が意外でした。  そうですね。『紀子の食卓』の場合は家庭が内部から崩壊していくんですが、今回は外からの圧力で潰されていくわけです。『紀子の食卓』とは家庭の在り方が逆転しています。『紀子の食卓』は一見幸福そうに見える家族だけれど、もう空洞化してしまって立て直しができない状態になっている。でも『希望の国』は幸福だった家族が内側から徐々に崩壊していく余裕もないまま、あっという間に外圧で破壊されてしまう。徐々に空洞化していく不幸せな家族と、幸せだけれどもあっという間に壊されてしまう家族、いったいどっちが幸福でしょうかということなんです。
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園監督が被災地を取材して撮り上げた『希望の
国』。放射能事故によって引き離された家族
がそれぞれ選択した道を進んでいくことに。
──これまでテーマにしてきた家族の描き方が変わるほど、「3.11」は園子温監督の意識を大きく揺さぶったということでしょうか?  意識が変わったと言っても過言じゃないでしょうね。『ヒミズ』の撮影に入る1カ月前に大震災が起き、シナリオに修正を加えて震災から1カ月しかたっていない状況の中で『ヒミズ』の撮影に入ったわけです。それまでは実際に起きた事件にすぐ足を突っ込むことはせず、一度じっくり自分の中で咀嚼してから数年後に作品にまとめるように心掛けていました。ですから『ヒミズ』の撮影直前に生々しい現実を目の前にして、すぐ撮るということは初めての経験でした。それで『ヒミズ』は石巻でもロケをさせてもらったんですが、「はい、撮影終わり。じゃあ、別の作品に取り掛かります」というわけにはいかなくなった。少なくとも、もう1本は撮らないことには落ち着きようがなかった。『ヒミズ』よりも、もっと踏み込まざるを得なかったということですね。3.11の衝撃をそのまま撮った『ヒミズ』とは違って、今回は津波と放射能をセットにしないで、まずは放射能を、原発の映画を撮ろうということでした。それも、原発に対する感情が風化しないうちに映画にしようと思ったんです。 ──『ヒミズ』が公開されていた今年の1月には、すでに『希望の国』の撮影に入ったわけですね。なるべく早く『希望の国』も公開しようと……。  公開は、早いに越したことはなかったんです。10月公開じゃなくて、もっと早く公開してほしかった。でも、まぁ、この時期に公開するのは、それでまた意義がある。チェルノブイリ事故のときは広瀬隆の『危険な話』(八月書館)がベストセラーになり、忌野清志郎が原発問題を歌ったアルバムが発売中止になったりしたけど、結局はそのときの日本では原発事故は起きず、「みんな騒ぎ過ぎです」という形でしかなかった。今は首相官邸前で集会やっているけど、人が少なくなってくると原発反対が言えなくなってきますよね。それは日本人が個人で何かを宣言したりできない性質を表してますよね。 ──園監督は「映画には社会を変える力がある」と信じている?  そう思いますね。こうやって原発を描いた作品を公開することは、決してムダなことだとは思いません。映画の世界でしか表現できないこともあるわけですから、「こんな劇映画もあるのか」と思わせるだけでも意味があると思うんです。いろんな人たちが原発についてのテーゼを語る時代なんだと知ってもらうだけでも、十分な効果があるはずです。ひとつの業界が完全に黙っていれば、「あぁ、やっぱりそういうもんだよな」ということになってしまう。扉が少し開くだけでも、どこかの窓をひとつ開けることにつながると思うんです。 ■声高に叫ばなくても、個人でやれる抗議活動はあると思う
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園子温監督が自身の姿を投影したという小野家
の息子・洋一(村上淳)とその妻・いずみ(神
楽坂恵)。洋一は実家を出ることに抵抗を感
じる。
 9月30日にNHK ETVで放映されたドキュメンタリー番組『映画にできること 園子温と大震災』を見て、意外に感じた人もいたのではないだろうか。『愛のむきだし』『冷たい熱帯魚』など過激な作品を撮り続け、撮影現場では厳しい演出で知られる園監督だが、『希望の国』の取材でお世話になった被災地の人たちには非常に丁重で繊細な一面を見せていた。『希望の国』のモデルとなった一家の居間で、恐縮して正座する姿が画面に映し出されていた。大胆さと繊細さが同時に両立しているところが、この人の魅力なのだろう。今回のインタビューでも詩人らしい時代への批評性、映画づくりに対する真摯さ、そして熟成することのないやんちゃぶりを感じさせる園子温監督だった。 ──2011年の園監督は、『冷たい熱帯魚』の公開、『ヒミズ』の撮影とベネチア映画祭への参加、『恋の罪』の公開……と怒濤の1年を過ごしたわけですが、合間を縫って被災地を取材して回っていたんですね。
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被災した原発から20km圏上に境界線が引か
れる。強制退去を命じられた人々の怒りや不
安が、園監督流演出によって浮かび上がる。
 半年間くらい取材に時間を費やしました。『ヒミズ』の冒頭の被災地に主人公が佇むシーンは石巻で撮影させてもらったんです。そこで地元の人たちにずいぶん協力してもらい、避難所の人々にもお世話になった。それもあって俳優の深水元基くんが被災地の人たちにボランティアで何かしたいと言うので、みんなで行ったんです。そのときに石巻とは別に福島の映画も撮りたいと考え始めました。2011年の8月くらいから避難所などで、3.11とそれから1カ月の間に何が起きたのかを、避難所の方たちや被災地を回って取材するようになったんです。12月31日は石巻で除夜の鐘を聞き、それから移動して福島で初日の出を見ました。『希望の国』のセリフのほとんどは、実際に被災地や避難所の人たちを取材した際に聞いた言葉です。前半は特にそうですね。ボクが頭の中で考えた言葉は、なるべく使わないようにしました。主人公一家である小野家の庭の真ん中で20km圏内と圏外に分けられていますが、あれは実際にそういう家があって、そこを取材させてもらったんです。この家族を主人公にすれば、放射能がもたらす不条理を映画にできるなと思ったんです。 ──園作品にはシュールなイメージがありましたが、実際の被災地には現実として不条理なことがいろいろと存在したわけですか。  不条理なことがいっぱいありました。どうしてマスコミは報道しないんだろうなと、不思議に思いましたよ。それで家の敷地の真ん中で20km圏内と圏外の境界が引かれてしまい、庭の半分は水がやれずに花が枯れてしまっているシーンを映画の中にも登場させたんです。目には見えない放射能がもたらす不条理さですよ。20km圏の境界線近くに一軒だけ残っていたゲームセンターで、ゾンビを撃ち殺すシューティングゲームをしている女子高生もいました。ゲームセンターのすぐ外はゴーストタウン化しているのに、あまりにもシュールでしょ(苦笑)。今回は舞台を「長島県」という架空の地名にしています。もちろん福島で取材した話もすごく良かったんですが、福島を舞台にすると他の被災地で取材した話を使えなくなってしまう。それで長崎と広島と福島を組み合わせた「長島県」にしたんです。東日本大震災から数年後に再び原発事故が起きたという近未来SFなんです。 ──2012年の元旦を福島で迎えたということですが、園監督は初日の出を見ながら何を考えたんでしょうか?  『希望の国』の撮影を2週間後に控えていたんですが、まだ脚本の最後の部分を書き上げていなかったんです。最終的に若い息子夫婦(村上淳、神楽坂恵)はひとつのあきらめと妥協を感じざるを得なくなってしまう。いろんな残念な気持ちを抱え込まざるを得ない。でも、自分たちさえしっかりしていけば、なんとか生きていけるんじゃないかと。放射能はもうどうしようもない。どこまで逃げてもやってくる。それでも、そこに希望があるんじゃないかと感じられたのは、ゴーストタウンみたいになった南相馬の20km圏内で初日の出を見たときだったんです。20km圏内だから、それなりに放射能があったと思います。でも、海から昇ってくる太陽が、ものすごく美しかった。数カ月前に初めて20km圏内に入ったときは、それまで東京にいたからでしょうけど、ブルブル震えていたんです。汚染された土地に足を踏み入れてしまった、なるべく息を吸わないよう、物に触れないようにしようとしていました。それが訪ねるたびに、悪い意味での“慣れ”、良い意味での放射能との“共生”をせざるを得ないという心境に至ったわけです。20km圏内で見たあの日の出は大きかったですね。
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いずみ(神楽坂恵)は妊娠していることに気づ
き、避難先でも防護服が手放せなくなる。ど
こまで防護すれば安全なのか?
──20km圏内と圏外の境界線上で酪農を営む小野家の家長・泰彦(夏八木勲)が息子に言う「杭が打たれたんだ。逃げろ。逃げることは強さだ」という台詞がとても印象的です。あの台詞は……?  被災地で取材して聞いた言葉をなるべく盛り込むようにしましたが、「杭が打たれた」はボクが考えたものです。詩人の金子光晴のエピソードから思い付きました。戦時中に金子光晴は息子に赤紙が届いたので、葉っぱをいぶして息子に吸わせて喘息状態にしたそうです。そのかいあって、光晴の息子は徴兵検査で落ちて、帰ってきた息子に向かって光晴は「バンザーイ!」と出迎えて赤飯を炊いているんです。戦時中にそんなことをすれば後ろ指をさされますが、終戦になった途端に「うちも金子家みたいにしておけばよかった」ということになるわけです。必ずしも集団でデモをして「戦争反対!」と叫ばなくても、個人個人で家族を戦争へ行かせないなどの反戦のやり方はあるんです。そういう意味では、いつの時代でも召集令状だったり原発問題だったりと、杭を打ちにくるヤツが現れる。そういうときは、政治家だとか市長だとかエラい人を頼るわけにはいかない。自分たちで考えて行動するしかないんです。金子光晴の赤紙に対する行動への、ひとつの回答のつもりです。戦争が終わってから「息子を返せ」と泣き叫ぶのではなく、そのときにやるべきことをやるんだということです。 ──『野性の証明』(78)の夏八木勲さん、『肉弾』(68)の大谷直子さんが熱演していることもあって、とても日本映画らしい作品になっています。  昔は緒形拳さんや太地喜和子さんとか骨太でスクリーンで輝く役者さんがたくさんいたんですが、最近はいないですよね。数少ない中から選んだのが夏八木さんと大谷さんです。夏八木さんは70歳過ぎてますけど、大変な現場だったにもかかわらず、すごく元気でした。イーストウッドみたいに、もっと主演作が作られていいはずの人なのに、もったいない。最近の映画はどれも、キャスティングが一辺倒すぎますよ。あっ。業界の悪口はもう言わないと決めてたんだけど、つい出てしまうなぁ(苦笑)。東京スポーツで痛い目に遭ってから、悪口は言わないようにしてるんです。「キムタクを安易に使うプロデューサー」みたいな批判をしたら、「園子温はキムタクが大キライ」って記事になって東スポに出たんです。そんなことは、ひと言も言ってないのに(笑)。
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園監督に“今の日本映画の状況をどう感じる?”
と問い掛けたところ、「日本映画は年に1本
観るかどうか。ボクにとっては拷問ですよ。若
い監督の追い上げも感じない。ボクのほうが
ピチピチしてます(笑)」。
──その点、日刊サイゾーは大丈夫(だと思います)! 今回は資金集めに苦労したそうですね。  そうです、情けないですよね。原発を扱うということで日本だけでは製作費が集まらず、海外にも協力を求めざるを得なかった。出資した会社は「反原発」を支持するようなものですから、カドが立つということでしょうか。つまんないですよ。企画があればなんでもいいから持ってきてと言っていたプロデューサーも「いや、これだけは困る……」ということだったようです。そういう意味では、原発はエログロよりもタブーだったみたいです。でも、それは向こうが勝手に自粛してタブーにしてしまっているだけですよ。別にボクは原発をタブーだとは思わない。 ──最後の質問です。園子温にとって、女性、そして女優とはどんな存在でしょうか?  やっぱり女性は強いですよ。原発問題を取材していても、実際に強いのは女性です。子どもを連れて外へ向かっていくのは奥さんの方なんです。女性の場合は妊娠・子育ての問題があるから、自分が動かなくちゃいけないという意識が強いように感じましたね。それに対して男はマッタリしがちというか、根を張ってしまう。それで被災地では、家族離散や離婚問題が生じているんです。もちろん、ボクにとっても女性は強い存在ですよ。創作意欲をかき立てる存在です。最近で言うと『冷たい熱帯魚』『恋の罪』『ヒミズ』『希望の国』。どれをとっても、女の年齢や状況は違えど、ストーリーの主軸となって展開していきます。女優が作品の色を決めると言っていいくらいです。 ──“園子温作品は女によって創られている”と言っていい?  えぇ、大丈夫です。そう言っていただいて構いません(笑)。 (取材・文=長野辰次) kibounokuni05.jpg ●『希望の国』原作・脚本・監督/園子温 出演/夏八木勲、大谷直子、村上淳、神楽坂恵、清水優、梶原ひかり、菅原大吉、山中崇、河原崎建三、筒井真理子、でんでん 配給/ビターズ・エンド 10月20日(土)より新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国ロードショー公開  (c)The Land of Hope Film Partners http://www.kibounokuni.jp ●その・しおん 愛知県出身。1987年に『男の花道』でPFFグランプリを受賞。詩人としても活動し、路上パフォーマンス集団「東京ガガガ」を主宰した。17歳で家出を経験した園監督の自伝色の強い『紀子の食卓』(06)では吉高由里子、上映時間4時間の大作『愛のむきだし』(08)では満島ひかり、と次々と若手女優を育て上げている。実在の猟奇殺人事件をベースにした『冷たい熱帯魚』(11)と『恋の罪』(同)もR18指定ながら大ヒットを記録。『ヒミズ』(12)では染谷将太と二階堂ふみにベネチア映画祭最優秀新人賞をもたらした。最新作『地獄でなぜ悪い』は、13年3月に公開予定。本作の原作小説「希望の国」、自伝『非道に生きる』が発売中のほか、11月2日(金)に『園子温監督初期作品集DVD-BOX』も発売される。

マンガ家・大橋裕之版『スタンド・バイ・ミー』? 子どもたちのひと夏の冒険を描いた新作『夏の手』

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『夏の手』(幻冬舎)
 今夏、「サイゾーpremium」のロンドン五輪特別短期集中連載「オリンピック奇想譚」で話題を集めたマンガ家・大橋裕之。そんな彼が新刊を発売した。あらすじは、3人の少年が1人の少女のために、常夏の島・ケロ島にいる「夏さん」を日本に連れてこようとする冒険の物語。そこで発刊を記念して、執筆の裏話も含め、おおいに語っていただいた。 ──まずは発刊おめでとうございます。9月26日発売に発売された『夏の手』(幻冬舎)ですが、現在までの反響はどういった感じでしょうか? 大橋裕之(以下、大橋) まだ反響は少ないですが、Twitterでちょろちょろっと。身近な人が読んでくれた感想としては、「わけがわからなかった」という意見も(笑)。あと、「読んで混乱した」とか(笑)。 ──そんな意見もあるんですね。「『スタンド・バイ・ミー』を超える名作、誕生!!」と本の帯にもあるように、個人的にはストレートな少年の冒険譚として楽しく読ませていただきました。 大橋 そう言っていただけるとありがたいです。 ──『夏の手』は「papyrus」(幻冬舎/隔月刊)の今年2月号から10月号までの連載に、描き下ろしを加えてできた作品だと伺いました。 大橋 実は1話目、2話目は自費出版で出していた「週刊オオハシ」の9巻と10巻で掲載して、あらためて1話目から「papyrus」で連載し直して、「続きを描ければな」と思ったわけです。 ──「週刊オオハシ」で描いたころから、続きがなんとなく頭の中にあったということですか? 大橋 そうですね。ずっとぼんやりと続きが頭の中にあって。でも、そのまま途切れちゃっていて……。 ──「papyrus」で連載するときは、もともと『夏の手』でいきます、ということだったんですか? それとも新作を描くつもりだったんですか? 大橋 事の発端は、幻冬舎の担当編集者さんが、「自費出版で出していたときの短編を集めて、単行本を出しませんか?」と。それで、この『夏の手』を持っていったらすごく面白がってくれて、「これの続きを描きませんか?」とおっしゃってくれたんです。それで、僕の思いとも合致したというわけです。 ──この作品の単行本自体は、三段階の構成になっているんですよね。まずは「週刊オオハシ」掲載時の『夏の手』があり、「papyrus」連載時の『夏の手」があり、描き下ろしの『夏の手』がある。なんでも、描き下ろしの作業はとてつもないスケジュールだったとか? 大橋 68ページの作画を2日間でやりきりました(笑)。どう考えて無理だな、と思ってたんですが、なんとかできちゃいました。 ──それでは具体的に、物語の内容に移りますが、3人の少年と1人の少女が出てきて、基本は少年の冒険譚というのがベースですが、恋愛あり、SFチックなところがあります。そこで大橋さん独特のペーソスというか、叙情派でロマンチックな部分も加わって、という感じですよね。 大橋 ありがとうございます。でも、かつてこの作品をマンガ雑誌の賞なんかにも出したんですけど、全然引っかからなくて……。 ──物語の筋道としては、「今年は夏が来ない」と言う少女・なっちゃんの言葉を真剣に受け止めた少年3人が、人称化された「夏さん」を探す話ですよね。これは事前に考えていた構想だったんですか? 大橋 昨日、思い出したんですが(笑)、1970年代初頭に活動していた乱魔堂というバンドがいまして、「可笑しな世界」という曲があるんですけど、その歌詞の中に、「夏が来てるって」という歌詞があるんです。その歌詞を耳にしたら、夏が人間のような感じに思えてきて。そこが発想の出発点だったんですね。夏に人格みたいなものがあったら、と思うと、奇妙に思えてきたんです。 ──いちばん重要な人物として出てくる少女・みっちゃんのキャラ設定は本当に絶妙ですよね。アホでいじめられっ子の少年・タケシより「アホ」なキャラクターとして登場して、単純な「不思議ちゃん」に思えるし、本当の「キチ○イ」のようにも思えてきました。 大橋 そこはどう捉えてもらってもいいんです。こういう言い方を許してもらえれば、読者まかせですよね。いろんな見方をしてもらって結構です。正直、どこまで人物設定を細かくしていいのか、自分でもわかんないですから(笑)。ただ、この作品を描くにあたり、自分の好きな『スタンド・バイ・ミー』であったり、『グーニーズ』であったり、楳図かずお先生の『わたしは真悟』といった作品を目指して描いていたことは間違いないです。もちろん、あの領域まで届くことは自分でも無理だとはわかっているんですが(笑)。ただ目標としては、そういった作品群が頭の中にありました。 ──少年少女の話というくくりでは、そういった作品と同系列ですよね。 大橋 最初の気持ちは、単純にあんな作品作りたいな、と。 ──作品を描き終えて、手応えみたいものはありましたか? 大橋 いや、毎回そうなんですけど、自信を持って作品を世に出したことはありません。いわゆる、「手応え」を感じたことがないんです(笑)。 ──それはそれで非常に大橋さんらしいですよね(笑)。さて、これはネタバレになるから言えませんが、このラストはとてもポジティブな終わり方ですよね。 大橋 こういう終わりにするのは照れがあったんですけどね。でも、せっかく描くなら、希望を持たせたいな、と。救いのない話にするのは簡単なので。 ──これから読む人に、こういう部分に注目して読んでほしいといった点はありますか? 大橋 さらっと自由に読んでほしいです。しょぼいSFとして読んでもらってけっこうですし(笑)。 ──さらっと自由に。でも、さらっと自由に読んでも、どうしても大橋さん独特の作品のにおいみたいなものがついて回りますよ。 大橋 そういうものですかね。自分ではあまり意識してないので、特別これといったオススメポイントはないです!(キッパリ) 今回の出版に当たって、インタビューしてくれたのが、まだ「日刊サイゾー」さんだけなので、非常にありがたいです。ほかの媒体でも取り上げていただけるよう、どうぞよろしくお願いします!! (構成=編集部)

“最後の避難所”に身を寄せる、双葉町避難民へのしかかる“時間”の重み

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(c)2012 Documentary Japan, Big River Films
 福島県双葉町は、福島第一原発事故後、1,200人の住民とともに、町からおよそ250キロ離れた埼玉県加須市の旧騎西高校に避難した。この避難所で、双葉町の住民たちが過ごした1年間に焦点を当てたドキュメンタリー映画『フタバから遠く離れて』が公開される。  一つの教室にいくつもの家族が詰め込まれ、段ボールで仕切られた“家庭”の中で、避難者はそれぞれの生活を送る。遅々として政府の方針が示されないまま過ごす毎日、いつ帰れるともわからない不安、そして一時帰宅を迎えた喜び……。避難者と同じ目線で、1年間という時間を追体験することができる貴重な作品だ。  この作品を監督した舩橋淳監督の目には、双葉町の避難民や原発問題は、どのように映ったのだろうか? ――原発や放射能問題に対しては、以前から関心があったんですか? 舩橋淳監督(以下、舩橋) 原発はよくないだろうとは思っていましたが、その程度でした。僕はアメリカに10年住んでいたんですが、アメリカでは電力自由化が進んでいて、手軽に自分が使う電気の種類を選ぶことができた。ところが帰国してみると、東京には東京電力しかなかった。チョイスも何もないから、勝手に電気が来るもんだと思ってしまっていたんです。それが原発事故が起こって初めて、その電力の一部が福島第一原発から来ているということを認識しました。恥ずかしながら、そこで作られた電気が100%関東圏に来ているということも知らなかったんです。 ――舩橋監督のお父様は広島出身で、幼いころに原爆被害に遭われたそうですね。 舩橋 はい。僕は被爆2世なんですが、日本映画史でも原爆についてのドキュメンタリーはたくさん作られていたから、自分がそういう作品を作るつもりはずっとなかった。もうやり尽くされていて、自分にできることはないと思っていたんです。ところが、テレビで原発事故の報道を見ているうちに、「被ばく」ということに関して、原爆も原発も同じだと気づいたんです。それなのに、原発はあたかもクリーンであるかのようなイメージが作られていて、その存在を疑問視する声はありませんでした。それに矛盾を感じたんです。臭いものにフタをするかのように、見えないようにしてきたという歴史が少しずつわかるようになって気づいたのは、原発とは原爆なんじゃないかということ。原爆と同じことが現代に起こっているのだから、何かしらこの状況に対する映画が作られるべきなのではないかと感じ始めたんです。 ――そんなときに、双葉町が加須市の旧騎西高校に避難してきた、と。 舩橋 はい。福島県の自治体はだいたい県内に避難していたんですが、どれくらい避難するべきかという論争が起こっていました。20キロか、30キロか。アメリカは50マイル(80キロ)逃げるべきだと主張していました。学者でさえもそれぞれ違うことを言っている中、双葉町は250キロも離れた埼玉県加須市に避難した。状況がわからないんだから態勢が整うまでは遠くに逃げる、という判断はとても正しいことのように思えたんです。いったい、どういう人がこの判断を行ったのか、どういう人々がそこへ避難してきたのか、興味が湧いて、昨年の4月上旬に旧騎西高校を訪れました。 ――初めはドキュメンタリーを撮影するつもりはなかったそうですね。 舩橋 これまでは電気はどこからともなくやってくるものだと思っていて、僕はそれを湯水のように使っていた。自分の使っている電気で、自分が避難しなきゃならなくなったのであればまだ理解ができます。しかし、実際は他人が避難を強いられている、という事実が納得できなかった。避難所に行っていろいろな人に話しかけながら、この疑問を解消したかったんです。何度か足を運ぶうちに、徐々に「これは映画にできるのではないか」という考えになりました。  震災後、テレビではさまざまなドキュメンタリーが作られましたが、「どれだけ気の毒な体験をしているのか」「どれだけかわいそうな人々なのか」を描くばかりで、それは原発事故に関しては本質からずれているような気がしていたんです。原発事故では、視聴者や放送局の人間も加害者であるかもしれない。もちろん、「東電が加害者であり、われわれは電気を使っていただけだ。加害者ではない」と言う人もいるかもしれませんが、一部の人間が犠牲を強いられるような電気の供給システムに依存し、それを支えてきたのは私たちなんです。しかし、避難者を「かわいそうな人たち」という描き方をしたら、視聴者はそれを「他人事」として納得してしまう。安心できてしまうんです。作り手は当事者意識を棚上げにするのではなく、視聴者をぐらつかせるくらいの刃を突きつけなければならない。
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――それは、非常に後味が悪いものでもありますね。 舩橋 はい。でも、“お気の毒な方々”と描くことが正しいことだと思えなかったんです。どうしてこんなことになってしまったのか、電気の生産者であった双葉の避難民と消費者であった自分たちとの対話を記録するように作品を作ろうと思ったんです。 ■東電には「ありがとう」と言わなければならない ――撮影を進めるうちに、どんなことが見えてきましたか? 舩橋 加須と東京を行き来するということは、電気の生産者と消費者の間を行き来することでもあるんですが、地理的に距離が離れていることで、うまくリスクを分散させる不公平な日本のシステムというものが見えてきましたね。地方は地方で都合のいいように、東京は東京で都合のいいようなシステムが組まれてきたんです。地方には雇用や交付金などのお金が落ちてきます。これまで、双葉では農閑期である冬は出稼ぎに行かなければならなかったのですが、原発ができたことによって自分の町で生活できるようになりました。一方、東京では、地理的に距離があるので原子力のリスクを考えないで済む。節電したほうがいいのか、と感じなくて済むくらい、たくさん電気を使えるんです。こうやって双方を往復すると、原発のリスクは不均等に分散し、一部の人に犠牲を押しつけるシステムとなっていることが見えてきました。 ――そのシステムに組み込まれてしまった双葉の避難民に触れる中で、印象に残っている言葉はありますか? 舩橋 「これまでは、東電におんぶにだっこで生きていた」と言う避難者がいました。かつて、双葉は「福島のチベット」と言われているくらい、過疎がひどく、貧乏な地域だったんです。東電がなければ、双葉町は存在できなかったかもしれない。今まで30年間お世話になって、東電には仕事もおカネももらってきたのだから、「ありがとう」と言うべきなんじゃないかと語る避難者がいました。  ――報道には、なかなか取り上げられない声ですね。映画では、一時帰宅の様子も撮影されています。 舩橋 この時も、東電社員がかいがいしく世話をしていたのが印象的でした。4~5回にわたって一時帰宅を取材したんですが、ある日は土砂降りの天候。一時帰宅した住民は、ビニール袋にそれぞれの荷物を入れて帰ってくるんですが、荷物で両手はふさがっています。そこで、東電社員は避難者が濡れないように傘を差し、自分がびしょ濡れになりながら世話をしていたんです。会社が悪いことしたんだから、社員である自分たちがやらなきゃならないという、ある種の真剣さが伝わってきました。  やっぱり、東電に対する多くの避難者の姿勢は厳しいもので、彼らが避難所に来たら非難轟々になります。「東電の○○です」と挨拶しただけで「バカタレ」と怒号が飛んでいました。下々の社員は避難者の世話をしながら「すいません」と謝り続け、社長をはじめとする上層部の人々は姿を現さない。不公平だなと思いますよね。謝罪する人間はそんな下々の社員ではなく、もっと別にいるはずなんですけどね。 ■延々と続く時間の積み重ね ――旧騎西高校には、現在でも180人(9月18日現在)あまりの方が生活されていますが、みなさんの雰囲気もだいぶ変わってきましたか?
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舩橋 そうですね。今年9月から、無料で配られていたお弁当が有料化されました。が、肝心の土地や家の賠償はまだ始まっておらず、再スタートのためのお金をもらえていない。避難者も時間がたつことによって余裕がなくなってくるから、賠償も「いくらでもいい、なんでもいいからちょうだい」となってしまうでしょう。これは水俣病の時にも行われていた、卑怯な方法なんです。日本は水俣病の当時からまったく成長していません。 ――行政に対しては、何が一番の問題だと思いますか? 舩橋 時間軸方向での被害を見積もるのが、日本人は下手ですよね。どこが何マイクロシーべルトなのかとマメに放射線量を測定することは得意なのですが、「何年まで住むことはできない」と、時間軸方向で被害を見積もることができません。「いつか改善されます」「わからない」で済ませてしまうことが多い。わからないのであれば、仮に「40年は住めない」と設定して合理的な判断をしていけばいいのに、避難者の時間は引き延ばされて、どんどんと待ちぼうけにされてしまう。それは時間的な損害なんです。その損害によって、避難者はどんどん疲弊してしまいます。 ――では、このような状況で、双葉町民にとっての希望とはなんなのでしょうか? 舩橋 「仮の町」だと思います。今、双葉町では「7000人の復興会議」として町民を集め、どうやって次の町を生み出していけばいいのかを町民たちが議論しています。時間がたつと、人々がばらばらになってしまいますから、できるだけ早く仮の町構想をまとめてほしいですね。その構想を知るだけでも、避難者にとっては生きる希望となるはずです。 ――観客には、どのようなことを感じてほしいですか? 舩橋 映画を編集する際は、観客も避難所で日々を過ごしていると感じられるように腐心しました。朝起きて、散歩して、弁当食べて、タバコ吸って、テレビのニュースでは原発の作業は何も進んでいないと言われ、夜が更けていく……。避難者を取り巻いている、延々と続く時間の重みを感じ取ってほしいと思います。 ――それは「当事者」を疑似体験することにほかなりませんね。 舩橋 避難を他人事とせず、できるだけ感情移入してほしい。まさしく自分が避難所で毎日を過ごしていて、やっと3カ月ぶりに2時間だけ一時帰宅することができる。そんな時間の流れを、時系列で体感してほしいんです。5分のニュースでは伝えられない時間の重みを描くことができるのが、ドキュメンタリーですからね。 (取材・文=萩原雄太[かもめマシーン])
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●ふなはし・あつし 1974年大阪生まれ。東京大学教養学部表象文化論分科卒後、ニューヨークで映画制作を学ぶ。長篇映画『echoes』は仏アノネー国際映画祭で審査員特別賞、観客賞を受賞。第2作『BIG RIVER』(2006年 主演オダギリジョー、製作オフィス北野)、第3作『谷中暮色』(2010年)と本作『フタバ〜』は、3作品連続ベルリン国際映画祭に正式招待と、国際的な評価を得ている。 ●『フタバから遠く離れて』 10月13日(土)より、オーディトリウム渋谷ほか全国順次ロードショー <http://nuclearnation.jp/jp/

「やっとR指定に出られた」“悪人”西田敏行が語る、北野映画と正義の秤

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 2010年公開の北野武監督作品『アウトレイジ』は、容赦のない暴力描写と端役に至るまでの細かな人間描写、そしてそれを演じる俳優陣の豪華さもさることながら、ヤクザ同士の権力争いを乾いたトーンで描き、ヒット作となった。あれから2年。生き残った人物たちのその後を描く形での続編『アウトレイジ ビヨンド』が、まもなく公開される。ストーリー展開も暴力描写も、すべてがパワーアップし、出演する俳優たちもそれぞれが映画の主役を張れるほどの実力者ばかり。一瞬も見逃すことができない傑作エンタテインメントだ。  前作では、関東を牛耳る巨大組織・山王会内部の熾烈なトップ抗争劇が描かれて終わったが、今作では、関東のみならず日本の政治にも口を出すようになった山王会を潰すため、警察が動きだす。山王会に対抗できる組織として登場するのが、関西を代表する暴力団の花菱会。その若頭になんと、国民的俳優の西田敏行がキャスティングされた。笑顔が何より似合うあの人から、泣く子も黙るほどの脅し文句が放たれる日が来るとは、誰が想像しただろう。撮影前も後も興奮しっぱなしだったというご本人にインタビューを敢行した。インタビューでの語り口からはいつもの優しさがあふれていたので、ご安心を。 ――西田さんがこの作品に出ると聞いた時点で驚きましたし、見終わった後もまだ信じられない気分でした。しかし、西田さんは北野作品への出演を熱望されていたそうですね。 西田敏行(以下、西田) 前作の『アウトレイジ』を見て、俺もあそこにいなくちゃおかしいんじゃないかなって思ったんですよ(笑)。なので、北野監督に会ったときに、パート2を作る予定はあるかどうか尋ねたんです。「もし作るのであれば、ぜひ私も参加したいんです」って意思表示をして。 ――もちろんヤクザ役で、と? 西田 ええ(笑)。「いいんですか? やるんですか?」って何度か念を押されましたけど。「大丈夫です」って。 ――ここ数年、西田さんが悪役を演じているイメージがありません。 _MG_0112_1.jpg 西田 そうですね。映画においては以前、『寒椿』(降旗康男監督)という作品で女衒の役をやりましたけど、ずいぶんたってますし。それからはずっと、文科省大好きみたいな映画が多かった中で、やっとR指定に出られた。文科省的映画での僕の演技が好きな方にとってはちょっと、軽い裏切り行為になるかもしれないですけどねぇ(笑)。 ――関西ヤクザの役作りは、どのように? 西田 役者としてシンプルにやりました。男優だったら誰もが一度はやってみたいのが、こういう無法者。演技だから何をやっても大丈夫ですし。インモラルな世界に身を置いてみたとき、自分はどんなふうに生きるのか、どんな顔になるのか、どういう野郎になっていくんだろうみたいな客観的な好奇心は、きっとありますから。弱肉強食、法も何もない。守ってくれるのは拳銃と、自分の根性と言葉でしかない。そんなスレスレのところで生きている人たちの心に触れてみたいと思っていました。 ――北野監督からは、どのような演出があったんですか? 西田 ほとんど「ご自由にやってください」でした。アドリブも自由です、とまで言われたんだけど、そう言われると固まっちゃうものなんですよ。人間は不思議なもので、逆に「台本通りに」って言われると、かえってレギュレーションから外れたくなる。人間って、みんなそうなんじゃないかな。そういう心理を、うまいこと監督は引き立ててくれたというかね。逆に監督の思うつぼだったのかもしれないと、今になって思いますね。 ――西田さんと、同じく花菱会の塩見三省さんによる恫喝シーンが本当に恐ろしくて(笑)。 西田 塩見とは兄弟分の役ですからね。おっそろしい顔してますよねぇ、ホントにね(笑)。あれと兄弟だと思うとね……(泣く)。 ――確かにドスをきかせた塩見さんの顔は、正直かなり震え上がりました。 西田 すごかったですよねぇ。撮影終わってから、彼とふたりでしみじみと「いや楽しかったなぁ!」「ふたりとも結構ワルやなぁ」って悦に入ってましたから(笑)。 ――緊迫したシーンだったので、撮影後はどんな気分だったのだろうと気になりました。 西田 もうね、全部の毒を吐いちゃったみたいな感じ。スッキリするんですよ。ずっと続いていた高熱が下がったときの、新しい人生が来たような気分……ま、そんな大げさなものじゃないか(笑)。とにかく爽快感がありましたよね。塩見くんとは離れがたい友情が芽生えましたよ(笑)。 _MG_0114_1.jpg ――しかも西田さんが演じた花菱会若頭の西野は、最初はそこそこ穏やかそうに見えて、キレたときが本当に怖いという。 西田 ジョー・ペシみたいな芝居をしたいなと、いつも思ってるんですよね。急に怖くなる彼のあの感じを出したくて、どこかでそれを意識してましたね。 ――ほかに印象深いセリフやシーンはありますか? 西田 僕が、(北野)監督演じる大友に対して、「コラァ、腐れ外道!」ってアドリブで言ったんです。それをとても監督が気に入ってくれて。「そうなんです、外道なんですよ。道から外れてるんですよ」って。道から外れるってどういうことなのか、みんなも考えてみてほしいなって思います。中国での反日デモで、強奪したり破壊したりすることにひとつのカタルシスを覚えている人たちも、一部見受けられましたよね。日本でも60~70年代に若者たちがヘルメットをつけて社会を破壊し続けましたけど、その破壊はどういうことだったのかを考えてほしい。その頃の僕らはちょうど、深作欣二監督の『仁義なき戦い』や高倉健さんの任侠映画を見ていたんです。学生闘争の時代にあれを見て、なんともしれない気持ちになって、思わず拍手をしたんですよね。健さんが悪い親分を斬りつけると、客席みんながワーッと拍手する。今は、あの感じと似た時代なのかなって思います。 ――なるほど。そしてこの作品は、現代版『仁義なき戦い』でもあると。 西田 現代の『仁義なき戦い』と呼ばれることを監督はよしとしないかもしれないけど、時代は巡ってるなと。今若い人たちが欲している映画のひとつじゃないかなって思います。僕らも当時、そういう映画に飢えてましたから。見終わってスカッとする映画ですからね。 ――この映画は前作に続き、「全員悪人」というキャッチコピーが印象的です。西田さんは、悪人とはどういう人を指すと思いますか? 西田 日本人らしい心理なんでしょうか、死んでしまうと善人に思えてしまう(笑)。この中で本当に悪いのは、生き残った奴らなのかもしれないですね。世間の良識の中で生きていても、「あいつ悪いな」って思う奴っていますもんね。ものすごく社会的地位もある人で、「でもあいつワルだよなぁ」みたいなのとか。 ――いかにも悪いことをしていそうというか。 西田 映画での彼らは、ワルをワルとして演じているというか。自分の感情を、生き物としての本能を、素直にさらけ出して生きている人たちですから。それに対して、人間の知恵やモラルとかでルールや法律を作った形が、実際の町だったり県であったり国であったりするわけでしょ。国同士のやりとりも、こういう組織同士のやりとりとあまり変わらない。国単位でいうところの国益は、「それはうちの組の得になるのか」と同じ。そのへんを深く、しかも面白く皮肉っているところも、僕はこの映画の深さだと思ってるんですけどね。 ――男はここまで体と命を張れるのか、という素直な驚きもありました。 西田 でも、子どもですよね(笑)。結局は「えーい!」って殴り合いしないと収まらないというところがある。この作品での殺しは、そのまま相手の命をとってしまうということだけど、ほかにもいろんな殺し方があると思うんです。今のいじめの問題もそうかもしれない。暴力を振るってなくても、ひとりの人間を社会的に殺してしまうこともできるわけです。組織や、人間が集まる場所には、そういうことが起きる。 ――人が集まると悪が生まれやすい。悪いことをしているつもりはなくとも、無意識に悪に加担しているかもしれないですしね。 西田 そういうことを是認する社会もまた悪だと、僕は思いますけどね。そういう複雑な人間の心理というか業みたいなものを完全抽出して、駄目なところだけを画にしてるのが、この映画のすごいところだと思うんですよ。 ――最後に西田さんから日刊サイゾー読者へ、映画の見どころをお願いします。 西田 これは格好いいヒーロー映画でもないけども、この人間たちのうごめきを見ることによって、世の中に固まっている業みたいなものが見えてくると思うんです。それに憧れるでもなく、嫌うでもなく、冷静に見られる自分がいればいい。それこそ、自分の正義の秤だと思います。自分の中での正義の秤みたいなものは、自分で推し量ってみてもわからない部分があるのでね。今は混沌としてるし、地球全体がちょっとカオスの状態にある。そういった意味でも、また新しい価値観や見方が生まれる。この作品を見て、それをじっと待ってみると面白いんじゃないかなと思いますね。 (取材・文=大曲智子/撮影=後藤秀二) ●にしだ・としゆき 1947年11月4日生まれ、福島県出身。70年、劇団青年座に入団。同年、「情痴」で初舞台を踏む。71年、同劇団公演「写楽考」で初主演。以降、数多くのTVドラマや映画に出演。08年、紫綬褒章を受章。主な出演映画に、86年『植村直己物語』、88年~『釣りバカ日記』シリーズ、93年~『学校』シリーズ、11年『星守る犬』、『ステキな金縛り』など多数。公開待機作に『黄金を抱いて翔べ』(11月3日より全国公開)、『大奥~永遠~[右衛門佐・綱吉篇]』(12月22日公開)がある。 or2nishida.jpg ●『アウトレイジ ビヨンド』 監督・脚本・編集:北野 武/出演:ビートたけし 西田敏行 三浦友和 加瀬 亮 中野英雄 松重 豊 小日向文世ほか/配給:ワーナー・ブラザース オフィス北野 新宿バルト9&新宿ピカデリーほか全国上映中 (c) 2012 「アウトレイジ ビヨンド」製作委員会 公式サイト <http://www.outrage-movie.jp>

「もう上しか見えないんです」 アクションもこなす癒やし系美女、水崎綾女の素顔にドキドキ!

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 大きな瞳と厚めのくちびる。セクシーでいて、どこかホッとするような癒やしのオーラも併せ持つ。いま注目の女優、水崎綾女。現在放送中の『特命戦隊ゴーバスターズ』(テレビ朝日系)では、敵の幹部エスケイプ役でおなじみ。ほとんどのスタントを自らこなす、アクション女優だ。話題の映画『ユダ』では3,000人の中からオーディションで主演を射止めるなど、演技力と存在感も作品ごとに増している。  まもなく公開になるオムニバス映画『BUNGO~ささやかな欲望~/見つめられる淑女たち』の一編、『乳房』では、乳房が膨らんでいく夢に悩まされる中学生の寛次が出会う、理髪店の女主人かな江を演じた彼女。その素顔は、女優の仕事に真面目に取り組む、かわいらしい23歳の女性だった。 ――三浦哲郎「乳房」をはじめ、永井荷風や坂口安吾など昭和の文豪の短編を映画化するという、面白い企画のオムニバス映画ですね。 水崎綾女(以下、水崎) オムニバスですけど物語が続いているわけではなく、それぞれ個性のある作品になっているのが、見ていて面白いなと思いましたね。監督もキャストの方たちも豪華なので、そこに入れていただけてありがたかったです。原作の『乳房』は、撮影が終わってから読みました。原作を読むとそっちばかりに気を取られてしまいそうだし、台本にある情報を読み取れなくなってしまうのは嫌だったので。撮影が終わってから読んだら、原作にかなり忠実な脚本だったんだなって、演じた感じに近くてちょっとホッとしましたね。自分の解釈が違っていたとしても、それはそれで面白いと思いますけど。 ――新婚早々に旦那さんが戦地に赴くことになり、ひとりで理髪店を切り盛りしている女主人。演じたかな江について、どう思いましたか? 水崎 戦争はもちろん嫌なことだけど、好きな人と離れ離れになっていることもすごく切ないなぁ、って思いましたね。メールもウェブカメラもある、現在の遠距離恋愛の気持ちでは演じられない。そこはもう、想像力をフル活用して演じました。
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――ひとり暮らしの若い奥さんということで、近所に住む中学生の寛次から意識されるようになります。 水崎 私、5人姉妹の4番目なんです。男の子とあまり接する機会がなかったので、撮影中よりも空き時間のほうが緊張しちゃいました。「何を話したら楽しんでくれるのかな」みたいなことばかり考えていたんですよ。でも、寛次役の影山(樹生弥)くんは本当にあっけらかんとしてて。監督に「(きれいな女の人と一緒にいるんだから)お前、もうちょっとありがたがれよ」っていつも言われてたのがおかしかったですね(笑)。 ――お店で2人きりのときに空襲があり、怯えるかな江が思わず寛次に体を寄せるという、見ていてドキドキするシーンもありました。 水崎 理髪店のシーンは、本物の床屋さんを昭和っぽくして使っているんです。狭い空間の中にスタッフさんがいっぱいいるので、空気が薄くなったのか、本当に2人でハアハア言ってたんですよ(笑)。自然と汗ばんでたこともあり、それが空襲の緊張感を出すのに役立ったかなと思います。寛次に対して大人として振る舞っていても、空襲はやっぱり怖い。あのときだけ年上ということを忘れているような感じ。でも、寛次に悩みを相談されたときの対応はやっぱりお姉さん。その二面性がうまく出せたらいいなと思いました。 ――そんな水崎さんですが、最近はあちこちで見かけるほど大活躍ですね。 水崎 みなさんそう言ってくださるんですけど、私の中では特に忙しくなったとも感じていないんですよ。ここ最近のお仕事がメインキャストが多いので、そう見えるのかもしれないですけど。昔はグラビアのお仕事をたくさんやらせてもらったし、今は女優としていろんな役をいただけているので。そう言われてみたらそうだな、ぐらいの感じなんです。 ――水崎さん自身の意識は、ずっと変わらないんですね。 水崎 私こそ、仕事に関してはあっけらかんとしているのかも(笑)。ひとつひとつの役に一生懸命。この仕事はメインどころだからいつもより頑張る、というのは違うと思うから。この『BUNGO』でも、素敵な役者さんたちが脇を固めていますよね。そっちにスポットが当たればその人が主役にもなり得るわけですし。物語って、誰にスポットが当たっているかの違いだと思う。主役だから頑張る、とかいう気持ちはないんです。 ――プライベートな時間とのバランスは取れていますか?
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水崎 気をつけているのは、プライベートのときは、なるべく仕事を忘れるようにすること。普通の女の子でいることも大事だと思っているんです。ボーッとする時間を増やしたり、自分の好きなことをしたり。家に帰っても台本をずっと開けているかっていったら、そんなことないんです。それぐらい切り替えをちゃんとしないと、けっこう引きずられるタイプ。家に帰ったら仕事のことは忘れて、ゆっくりお風呂に入り、次の日に備える。次の日のセリフを確認する程度ですね。 ――好きな映画のジャンルや俳優さんは? 水崎 プライベートでは、なんにも考えなくても楽しめるような映画が好きなんです。やっぱりアクションが好きなので、ものすごいお金がかかっていそうなハリウッド映画とかをよく見に行きますね(笑)。お仕事として見る場合は、俳優さんに注目することよりは、「この役、素敵だな」って思うことのほうが多いです。 ――これから先、どんな女優さんになっていきたいですか? 水崎 私は今、年を取るのがすごく楽しみなんです。年を重ねていろんな経験を積んだほうが、演技に深みが出る。そう考えると年を取るのがすごく楽しみになるし、10年後も同じように「年を取るのが楽しみ」って思っていたい。過去にもあまりとらわれたくないんです。今なら『BUNGO』での演技が一番いいし、これを経てまた違う作品をやったときは、その作品が最高になっているのが理想的。それは『BUNGO』を経験したからこそできた演技だと思うから。この仕事が大好きなので、10年、20年と続けていきたいなって思います。 ――その年齢の水崎さんにしか、できない役があるでしょうからね。 水崎 もう上しか見えないんです。いろんな役をやって素敵になったら最高だし、もし失敗したとしてもそれもOK。「うまくできなかったな」と思ったとしても、できないってことを知ることができたわけだから。次はうまくできるように頑張れる。 ――前向きですね。昔からそういう性格ですか? 水崎 いえ、全然。10代のときは悩んでばかりでした。1つダメ出しされると10、ときには100へこんじゃう。通知表にも「できるのに気にしすぎです」って、いつも書かれてたぐらい(笑)。前の私は自分に厳しくて、むしろ痛めつけてばかりでした。でも自分の人生だから、自分が主役ですよね。自分がかわいがってあげなくてどうするの、って思ったんです。もちろん今も悩むことはあります。悩んで解決するんだったら、いっぱい悩む。でも、悩んで解決しないことだったら、その自分を放っておいてみる。そうするようにしたら、すごく楽になって、人見知りもなくなりました。最近は、誰かに話すようにもなりましたね。
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――5人姉妹ということで、なんでも言い合う性格なのかなと思ってました。 水崎 4番目なので、昔は「自分は、いらない子なんじゃないか」なんて思っていたこともありました(笑)。相談もあまりしなくて、家族からは「なんでもいつもひとりで決めつけるの」ってよく言われてましたね。でも今は昔より自分に優しくなったし、人を信じられるようになったのかなって思います。 ――今は、家族や姉妹のみなさんとどういう関係ですか? 水崎 今は家族となんでも話せるんですけど、何に出たかとかはあまり話さないので、そのことだけは相変わらず怒られます(笑)。「放送日ぐらい教えてよ」って。でも自分から言うのも、なんか恥ずかしくって。 ――「ブログに書いてあるから見てよ」みたいな? 水崎 うん、そういうタイプなんですよね(笑)。 ――最後に日刊サイゾー読者にメッセージをお願いします。 水崎 『BUNGO』は、日本文学が好きな方も、文豪の作品をあまり読んだことのない方も、幅広い世代の方に楽しんでもらえるオムニバス映画です。私が出演した『乳房』は、男性に思春期を思い出してもらえる一編。思春期を過ぎた男性のみなさんが、あの頃の気持ちを思い出してくれたらうれしいですね。大人のお姉さんの色気にドキドキしてください! (取材・文=大曲智子/撮影=後藤秀二) ●みさき・あやめ 1989年4月26日生まれ、兵庫県出身。グラビアアイドルとして活躍した後、女優として活動の場を広げる。2007年、テレビドラマ『キューティーハニー THE LIVE』(テレビ東京系)でアクションを経験し、アクション女優としての技術も上昇中。現在、『特命戦隊ゴーバスターズ』(テレビ朝日系)、『つるかめ助産院~南の島から~』(NHK)に出演中。立花胡桃の私小説を原作にした主演映画『ユダ』は、2013年1月公開予定。 chibusa.jpg ●『BUNGO~ささやかな欲望~』 ・「見つめられる淑女たち」―『注文の多い料理店』監督:冨永昌敬 出演:石原さとみ 宮迫博之/『乳房』監督:西海謙一郎 出演:水崎綾女/『人妻』監督:熊切和嘉 出演:谷村美月 ・「告白する紳士たち」―『鮨』監督:関根光才 出演:橋本愛 リリー・フランキー/『握った手』監督:山下敦弘 出演:山田孝之 成海璃子/『幸福の彼方』監督:谷口正晃 出演:波瑠 三浦貴大 ※3作品ずつ、2編に分けての上映 9/29(土)より、角川シネマ有楽町ほか全国順次ロードショー (C)「BUNGO ささやかな欲望」製作委員会 公式サイト <http://bungo-movie.jp>