「ファンがいない」「需要がない」でも“コント日本一”バイきんぐの多忙で穏やかな日常

IMG_1416_.jpg
小峠英二(左)、西村瑞樹(右)
 「キングオブコント2012」王者のバイきんぐが、12月26日にベストネタを収録した初のDVD『King』(アニプレックス)を発売。同大会決勝で高得点を叩き出した「卒業生」「ファミレス」をはじめ、10本のコントを収録。苦節16年の重みがギュッと凝縮されたような、珠玉のコント集となっている。  今年、正真正銘の「King」となった2人に、DVDのことや、今考えていることなどを聞いた。 ――優勝後、まだ1日も休みがないと聞きましたが。 小峠英二(以下、小峠) テレビのレギュラーとかは特にないんですけど、ありがたいことに毎日お仕事いただいてますね。 西村瑞樹(以下、西村) それでも、スケジュール帳を見た時、空白があると不安になります。 ――優勝以降、生活は豪華になりましたか? 小峠 いえ、今は引っ越すための物件探しをする時間もなくて。変わったのは、上京以来16年間使っていたせんべい布団を、「京都西川」の布団に買い替えたくらいです。 西村 僕も、家でご飯を作らなくなったくらいですね。前はいっぺんに5合くらい炊いて、一食分ずつ冷凍してたんですけど。 ――芸能人っぽいエピソードが見当たらないですね(笑)。でも、ファンは急激に増えたんじゃないですか? 小峠 僕らのファンなんかいないです。 ――いやいや、時の人じゃないですか。 西村 今も変わらず、出待ちとかいないですよ。ハゲたおっさん2人ですから、誰も待たないでしょ。 ――で、でも、西村さんはたまに「ジョン・トラボルタに似てる」って言われてるじゃないですか! 西村 今の時代、需要ないですよ。誰がトラボルタを欲しがってるんですか。 ――なんか、すいません。メディアでは、小峠さんがやっていた害虫駆除のバイトがクローズアップされがちですが、西村さんもコールセンターでクレーム処理のアルバイトをされていたとか。 西村 はい、「キングオブコント」の前までやってました。ある商品の故障などのクレームを受け付けてましたね。 ――どんな商品ですか? 西村 それは守秘義務というのがあって、言っちゃダメなんです。もし言ったら、すごい額の賠償請求が来てしまうので。 ――じゃあ、せめてヒントを。 西村 えーと、硬くて……いや、これ以上はまずいっす。ノーヒントでお願いします。やばいやばいやばい。 IMG_1401_.jpg ――残念です(笑)。12月26日に初のDVD『King』をリリースされますが、見どころを教えてください。 小峠 いろんなタイプのネタが入ってます。最近、テレビでもネタをやらせていただく機会が増えたんですけど、あれはテレビ用に短くしてることが多いんです。DVDにはフルバージョンが入ってるので、ファミレスのネタとかも、テレビの短い尺より絶対にこっちのほうが面白いんですよ。ぜひコントそのものが持ってるポテンシャルを、このDVDで見ていただきたいです。 ――DVDを拝見して、あらためてお2人の声の大きさを実感しました。お2人のコントのスタイルに、例えば「大声系コント」のようなキャッチコピーは付いてたりしますか? 西村 今は特に言われてないですね。ただ、昔はこいつが僕の足の裏を舐めたりとか、汚いネタばっかりしてたので、「汚ねえ系コント」って言われてたことはあります。ウケないから、そういうネタはもうやめましたけど。 ――以前は随分攻めてたんですね。 西村 当時は、お客さんにまったくウケなくて、一回でボツになったネタがむちゃくちゃありましたね。 小峠 僕が大工の棟梁で、こいつが新人大工という設定で。新人大工が釘を誤って飲み込んだから、その釘を取るためにこいつを四つん這いにさせて、僕が上からかんなで削って取り出すっていうネタとか。あと、ヤクザがダーツ屋に行って、矢じゃなくてサングラスをひたすら30個くらい投げるネタとか。そういうのはバカみたいにスべったので、一回しかやってないです。 ――幻のネタですね(笑)。ところで、もうすぐクリスマスですが、お2人はクリスマスの思い出はありますか? 小峠 当時付き合ってた彼女から、クリスマスプレゼントに服をもらったんです。その数日後に些細なことでケンカをして、ムカついたので、もらった服を袋に詰めて多摩川に捨てに行ったことがありますね。でもすぐに後悔して、次の日に結構な川下まで探しに行きましたけど。 ――それは彼女への当て付けで? 小峠 いや、自己満足です。僕、「0か100か」ってところがあるので、そういうことをしでかす時があるんですよ。ひどいですよね。 西村 僕は、数年前のクリスマス・イブに、芸人10組くらいで、今までボツになった中で一番ひどいネタをやるっていうライブに出たんです。イブだし、そんなライブだしで、お客さんもあまり入らなくて。えらく寂しいクリスマスになりましたね。 ――ちなみに、どんなネタをやったんですか? IMG_1371_.jpg 西村 ホントにメディアとかに言えないような、危ないやつですよ。 ――気になるので、教えてほしいです。 西村 ●●(自粛)から、爆弾を落とすネタで。どっちがボタンを押すかケンカして……。 ――わあーわあー! 聞いてすみません。今年のクリスマスは、恋人と過ごしたりしないんですか? 西村 僕、3年くらい彼女いないので。 小峠 僕は半年くらい付き合ってた子と、3週間前に別れました。 ――小峠さんは、なぜこんな調子のいい時期に別れてしまったんですか? 小峠 すごく勝手な意見なんですけど、好きという気持ちがあまりなくなってしまって、2カ月間くらい会ってなかったんです。このまま言わへんのは逆に失礼やろと思いまして、3週間前にちゃんと言いました。 ――どんなふうに言ったんですか? 小峠 最初はできるだけ傷つけたくなかったので、「今、大事な時期やから、お笑い以外考えられへん」って言ったんです。でも「それでも待つよ」みたいなことを言われたので、最終的には「厳密に言うと、頑張れば少しは会う時間はあるけど、忙しい合間を縫って会おうとするまでの気持ちがない」と伝えましたね。泣いてましたけどね……。 ――彼女の、どんなところが好きだったんですか? 小峠 料理がすごく得意な子で。家に行った時に、ちゃちゃっとパエリアかなんかを作ってくれて、すごく感動した思い出がありますね。彼女がきっかけで、料理が上手な女性っていいなあと思うようになりました。 西村 そんないい女を捨てるなんて、罪な男ですよ。ねえ(ニヤニヤしながら)。 ――では最後に、芸人として今後、挑戦してみたいことを教えてください。 小峠 スカイダイビングをしてみたいです。よろしくお願いします。 西村 僕は、『ビートたけしのお笑いウルトラクイズ』(日本テレビ系)が大好きだったので、ああいう身体を張った番組に出たいです。芸人になったからには、人間性クイズをやったり、空に飛ばされたりしてみたいですね。 (取材・文=林タモツ) ●バイきんぐ 小峠英二、西村瑞樹からなるお笑いコンビ。1996年結成。「キングオブコント2012」において、歴代最高得点での優勝を果たす。 バイきんぐ・夜ふかしの会、DVD発売記念合同インストア・イベント決定!! <http://contentsleague.jp/news/20121128-01>

「泣けない人間ほど、かわいそうなものはない!」“熱血漢”照英ができるまで

shoei0001.jpg
 陸上選手からモデルを経て、芸能界へ。熱血キャラと、頑丈な肉体を生かし、体を張ったバラエティをはじめ、戦隊ドラマや時代劇、育児情報番組のMCなど、タレント・俳優として幅広い活躍を見せる照英。  喜んだ時は雄叫び、感動した時はなりふり構わず思い切り泣く。そんな真っすぐすぎる男の著書『自分らしく媚びずに生きる 俺の自己啓発!』(アスコム)が発売された。  同書では、正義感にあふれ、妥協せず、決して後ろを振り向かないおなじみの姿がつづられる一方、自ら「照英は商品」と言い切り、意外にもビジネスの観点では冷静でやり手の一面も覗かせる。  彼は何を想い“照英”を演っているのか。自身が社長を務める所属事務所で、話を聞いた。 ――新著『自分らしく媚びずに生きる 俺の自己啓発!』は、照英さんの軌跡や、信念などを探りつつ、読んでると前向きになれる本ですね。タレントでありながら自己啓発本を出すことに、迷いはありませんでしたか? 照英 物事をやっていく上で、迷いなんてないですね。芸能界自体が迷う世界ですから、こんなことで迷ってたら前に進めないですよ!! ――す、すみません(笑)。どんな方に読んでほしいですか? 照英 全員に読んでもらいたいです。日本を問わず、世界の方にも読んでもらいたいですし、みなさんに元気を与えたい。どんなことが照英を作り出したのか、僕のバックボーンを探りつつ、そこから読んだ方が一歩でも前向きになったり、自信につなげていただけたらうれしいですね。日本の自己啓発本、いやっ、世界の自己啓発本の中でナンバーワンの本だと思います! ――本では、照英さんの素の部分を、かなりぶっちゃけてますよね。 照英 裸になった感じはありますよね。ここまで奥底に秘めてる心中を言ったことはなかったので、テレビでの僕しか知らない人からしたら「何言ってるの?」と思うようなことも書いてあると思います。でも、テレビで出してるのって、基本的に商品としての照英像を作るためにやってますから。この本で、僕の奥底に秘めてる喜怒哀楽や、頑張るための原動力を知って、笑ってくれたらいいですね。 ――バラエティで見せるような、猪突猛進なキャラができたきっかけはなんですか? 照英 バカさ加減を出していくことで、みんなが「あははは」って笑ってくれることが喜びに変わったんです。「俺の筋肉爆発するぞ!」とか言って、誰かが「照英アホだな」って笑ってくれて、「もっと照英が見たい」ってファンになってくれたら成功ですよね。 ――芸能界における“照英”を、客観的に見ていらっしゃるんですね。 照英 20歳くらいからモデルの仕事を始めて、もう40歳になりますけど、照英というキャラクターがどうしたら伸びていくのか、興味を持たれるのか、ってことをずーっと考えてますからね。僕はこれまで、この本にも書けないほど怖い思いもしてるし、実は悪いこともいっぱいしてるんです。いろんなことを経験しているからこそ、今の強さに変わってるんだと思いますね。怖いものなんて何もないです。 IMG_0809.jpg ――何に対してもとことんポジティブですが、それはいつ頃からなのでしょうか? 照英 子どもの頃はすごく内向的で、「お前はお姉ちゃんにいつもくっついてるから、ナヨナヨしてるんだ」って言われ続けていたんです。それがトラウマになっていたことと、中学1年くらいに陸上競技の先生に「お前はナヨナヨしてる性格を直さないと、上に行くことはできない」って言われて。その2つが発奮剤になって、うなぎ上りに負けず嫌いでポジティブな性格になりましたね。 ――内向的だったとは意外ですね。 照英 もともとの僕は、メンタルが弱いんですよ。だからスポーツでも大事な大会の前にケガしちゃったり、オリンピックに行く手前で終わっちゃったりね。でも芸能界みたいなしっちゃかめっちゃかな世界にいたら、弱音なんて吐いてる時間はないですから。弱音吐いてたら「あの人は今」になっちゃいますよ。昔、一緒に飲んでた芸能界の友達も、ほとんどいないですから。今残ってるのは、有吉(弘行)とか、ビビる大木。役者陣だと、ケイン・コスギや、山本太郎くらいですかね。 ――ケインさんや、山本さんなど、やはり昔から真っすぐな性格の方と親しくされてるんですね。 照英 やっぱり一生懸命何かを追っかけてる、真っすぐな人が好きですね。ヘラヘラ、ナヨナヨしてる人は嫌いです。僕が憧れてる藤岡弘、さんや、赤井英和さん、もちろん松岡修造さんも熱血の先輩ですから、かっこいいなあって思いますね。有吉だってあきらめないでずっとやってきたから、今また花が咲いてる。そういう人間って、根底に強さを持ってますよね。 ――照英さんといえば“涙”のイメージが強いですが、泣くことについてどうお考えですか? 照英 涙は宝物。一人の涙で多くの人間の共感を得るし、パワーを与える。涙って、言葉より本音で語り合えるから好きですね。僕は、泣けない人間ほどかわいそうな人間はいないって思ってるんです。涙こそ、言葉のいらない語り部ですよ。よく我慢する人がいるけど、その人には「我慢する理由がどこにあるの!? 恥ずかしいの!?」って言ってるんです。きっとその人の周りに「恥ずかしい」と思わせた誰かがいたから泣けなくなったんでしょうね。自分を大切に思っていれば、泣けないことは絶対ない! 泣けない人たちにこそ、僕のことを見て、涙を感じてほしい。自分の表現能力を、みんなに分けてあげたい。そう思いますね。 ――プライベートでも泣くことはありますか? 照英 もうしょっちゅうだね。最近だと、昨日! スタジオ収録の出番直前に、楽屋ですごい感動するウィンドサーファーのドキュメンタリー番組を見ちゃって。もうボロッボロ。僕、司会だったんだけど、目真っ赤にしたまま本番に入っちゃいました。人間の頑張ってる心を描いたものを観ると、ジーンときちゃうなあ。 ――ちなみにこの本を読む限り、正義感も強くて、家族愛にあふれていて最高の父親だなあと思うんですが。実は家族から直してほしいと言われてるところはありますか? 照英 「パンツ一丁でいるのをやめて」って言われるね(笑)。僕が家に帰るとボクサーパンツ一丁でテレビ見たり、ご飯食べたりするから、子どもたち(長男5歳、長女2歳)も帰ってきたら脱ぐようになっちゃって。もうジャングルですよ(笑)。女房だけが洋服着てる。あとは細かすぎるところ。バッグの中身も細かく整理してるし、洋服も毎回クリーニングに出して、Yシャツもデニムもピタッと畳んでお店みたいに置いてる。食器が出しっぱなしだと、「俺が風呂入るまでに片付けて」とか言うし、嫌がられてる(笑)。でも、旅行に行く時は、旅のしおりを作るくらい段取りが細かいから、女房からしたら、お姫様になれるっていうのはあると思いますね。昔から、サプライズで喜ばせたり、指輪あげる時のシチュエーション考えたり、っていう段取りはやってきてます。 IMG_0890.jpg ――もっと豪快な方なのかと思ってました。 照英 この仕事をして、細かくなっちゃいましたね。生放送では失敗できない、ナレーションはかんだらいけない、司会だったら自分を暴発しちゃいけない……いつも「失敗したら、あとの照英はない」って思ってるから。「大丈夫」って言葉が得意じゃないんですよ。絶対、大丈夫なんてないんだから、用意周到にしないとって感覚があるんです。だから、その反動で、家で脱いじゃうようになっちゃって(笑)。 ――ところで、ネット界では照英さんのコラ画像(有名人などの顔を、別の画像と合成加工した画像)が一大ブームとなり、今もなお作り続けられているようですが。 照英 いや~、ありがたいですよ。1年くらい前にマネジャーから「すごいことになってますよ」って言われて。見てみたら僕がEXILEをおんぶしてたり、ストーブ持ちながら爆破から走って逃げてたり、髪が長くてすごい巨乳になってたり。その巨乳のコラ画像は、いとこのおばさんにそっくりなんだけど(笑)、そういうのを見てたら「面白いなあ!」と思って。僕はネットがよく分からないし、「2ちゃんねる」も見たことがないので、メッセージを送る方法が分からないんだけど、いつか「みなさんのゴールはどこですか?」「照英を、どこまで成長させてもらえるんですか?」っていう2つは聞きたいですね。 ――やめてほしいという気持ちは、まったくないんですか? 照英 もっとやってほしいですね! だって、自分ができないことをやってくれてるんだから。えっと、作ってくれる人のこと、なんていうんでしたっけ。 ――コラ職人ですか? 照英 そうそう、コラ職人! 本当は作ってくれた全員に「ありがとう、感謝してる」って伝えたいんですよ。あ、ネットできる人にうちの社員になってもらって、給料払うからみんなに恩返しをしてもらいたいなあ。サイゾーさんで募集してもらってもいいですか? ――コラ職人にお礼を言う芸能人なんて、聞いたことないですよ(笑)。 照英 やっぱり礼儀ですから。芸能事務所ってネットを遠ざける風潮があるけど、もっとみなさんと密接になって、ネットの世界の人にかわいがってもらって、ほかの芸能人がやってないような新たなジャンルに入っていけたら面白いですよね。みなさんのおかげで僕は開花できたと思ってるので、逆に僕が応援団長として、コラ職人の方々に声援を送り続けたいなと思います。 (取材・文=林タモツ/撮影=岡崎隆夫) ●しょうえい 1974年、埼玉県生まれ。学生時代は陸上競技・投てき競技の選手として活躍。93年の関東学生選手権大会・やり投げで優勝、96年やり投げ全日本ランキング3位の経歴を持つが、肩の故障が原因で卒業後は競技生活を断念し、恵まれた体躯を生かしてモデルとして活動。念願であったジョルジオ・アルマーニのコレクション出演を果たしたのを機に、俳優業に挑戦。また、筋力を生かして『スポーツマンNo.1決定戦シリーズ』『筋肉番付』などで脚光を浴びる。

「時代に抗うことなく、静かに消えてゆく」日本最後の見世物小屋一座の生きざま

misemono_main.jpg
 (C) 2012 Yoichiro Okutani
「さぁ、寄ってらっしゃい、みてらっしゃい」  威勢のよい口上が、夜の祭り会場に響きわたる。お化け屋敷というには少しケバすぎる小屋構えに戸惑いながらも、なんだか懐かしいその雰囲気に心奪われ、お客は小屋へと吸い込まれていく。  室町時代に始まり、歌舞伎や人形浄瑠璃と共に京都の四条河原を賑わせた見世物小屋。江戸時代には大衆文化のひとつとして発達し、その後、神社のお祭りや縁日などに仮設小屋を建て、各地を巡業して回るスタイルが確立された。全盛期の江戸後期には全国で300軒の小屋があったが、1950年代末には48軒、1980年代後半には7軒と減少し、1990年代には4軒、2010年以降は1軒のみとなっている。  そんな最後の見世物小屋一座「大寅興行社」の人々との10年間にわたる交流と旅を記録したドキュメンタリー映画が、12月8日より新宿K's cinemaで公開される。  本作の監督・奥谷洋一郎氏が大寅興行社と出会ったのは、2001年。お祭りでお化け屋敷のアルバイトをしたのがきっかけだった。それまで見世物小屋なんて見たこともなかったし興味もなかったが、一座の暮らしと人情に惹かれ、映画美学校の友人たちと撮影を始めた。
misemono_sub1.jpg
 大寅興行社は、二代目親方の大野初太郎さんと彼の3人の姉妹たち、そして大寅興行社最後の太夫であるお峰さんの家族3人の、計7人で商売を行っている。日本全国をトラック1台で旅し、目的地に着けば一座全員で仮設の小屋の設営にとりかかる。犬や猿やヘビも一座の一員だ。名物の絵看板をかけ、小屋に明かりを灯せば、いよいよ興行が始まる。    見世物小屋の芸人は太夫と呼ばれ、一座の家族以外にも、昔はさまざまな境遇の太夫が集まっていたという。お峰さんも、母と一緒にこの一座にやってきた。 「昔は、よそからもらわれてきた子や体に障害のある人たちが芸をしていたという話もありますが、僕はこの10年の大寅さんのことしか知らないので、実は詳しい歴史はよくわからないんです。でも、見世物小屋の芸って、いきなり『山から出てきました』とか『ヘビを食べます』とか、細かい説明ははしおって始まるので、そういう世界観だというのを受け入れた上で楽しまなければならない。ウソか本当かよくわからない太夫さんの出自も、商売道具のひとつなんです」  演芸は、ヘビ(喰い)女や人間ポンプ、ロクロ首、剣舞、気合術、犬の曲芸など小屋によってさまざまだが、大寅興行社は女性が多く、とりわけ華やかな一座だったという。
misemono_sub2.jpg
「大寅さんは昔、太夫さんや踊り子を使った『サーカスのレビュー』や、さまざまな動物を使った移動動物園を興行物として手掛けていたそうです。この10年、口から火を吹くというお峰さんの芸は変わっていませんが、小さな子どもからフラっと入ってきた人、酔っぱらいやコワモテの人まで、どんな人に対してもどんな状況でも対応できる芸というのはすごいですよね。それに、口上(呼び込み)もまさにプロのなせる業。お客の想像をかき立てるようなあの巧みなしゃべりは、場数を踏んでいないとできるもんじゃないですよ」  戦前は大衆娯楽として幅広く受け入れられていた見世物小屋だったが、映画やテレビの普及によって、次第に衰退していった。大寅興行社もほかの一座と同様、学生や現地の若者をアルバイトに雇って興行できるお化け屋敷や、短時間で準備ができる射的やピッチングゲームに興行形態を変えて商売を続けてきた。現在、大寅興行社の見世物小屋が見られるのは、新宿区歌舞伎町にある花園神社の酉の市と、そのほか1~2カ所しかない。  ほかの一座が姿を消す中、なぜ、大寅興行社だけがこれまで興行を続けてこられたのだろうか? 奥谷監督は、そこには見世物小屋ならではの世界観があるからだと言う。
misemono_sub3.jpg
「見世物小屋一座の人たちは、小屋を飾り立てる絵看板や小道具はもちろんのこと、演芸で使う動物も舞台に上がる太夫さんもすべて、一座の長である親方の“荷物”だと考えています。それらを預かる親方は、その荷物に対して責任を負う立場にあり、大寅さんは現在でもそういう生き方や商売の仕方をかたくなに守っている一座なんです。でも、新しく外から入ってくる太夫さんや僕のような人間に対してはそれを押しつけることなく、とても大事にしてくれる。もちろん出ていく人もいるけど、それは追わない。いい意味で、人が循環しているんです」  そして、なりわいが作りだす家族形態こそが、この映画を通して、監督が描きたかったことでもある。 「なくなっていく家族の形とか、古いやり方を守っている人たちが消えていく。そういう姿を残したかったんです。こういう姿って、すごく潔いって思うんです。『もっと自分たちはやれるはずだ』と時代に抗ったり、歴史に名を残そうというつもりは毛頭なくて、『もしかしたら時代に合わないかもしれない。それなら、それで終わりましょう』と。そういう人たちに寄り添って、映画を撮りたいなと思ったんです。ただ撮り始めた頃は僕も若かったので、“なんとかして形に残さなきゃいけない”“終わらせたくない”という単純な気持ちで演出してしまっている部分もあります。でもそれって、ただの勘違いで、何も知らない人間のエゴでもある。でも、大寅さんの潔さもわかるし、そういうところが、僕がかっこいいと思ったところでもあった。だから、“最後の見世物小屋の記録”というよりは、大寅さんの記憶を旅する、僕のための記録ですね」  古いしきたりや商売のやり方を守り続け、時代の流れに抗うことなく静かにその歴史に幕を閉じようとしている見世物小屋。潔い彼らの生きざまを、ぜひスクリーンで見届けてほしい。 DSC_0077.jpg ●おくたに・よういちろう 1978年、岐阜県中津川市生まれ。東京育ち。慶應義塾大学文学部卒業。映画美学校ドキュメンタリー・コース研究科修了。映画作家の佐藤真、筒井武文に師事。山形国際ドキュメンタリー映画祭2011アジア千波万波部門・特別賞を受賞した、東京湾に流れ込む多摩川の河口で船に住み犬を飼う初老の男を見つめたドキュメンタリー映画『ソレイユのこどもた ち』。この作品は佐藤真の遺した企画、ドキュメンタリー映画『トウキョウ』の一編として発想し制作された。現在は、複数の作家によるマルチプロジェクション企画「Documentary Tokyo」を進行中。 ●『ニッポンの、みせものやさん』 監督:奥谷洋一郎 出演:大寅興行社のみなさん 制作協力:映画美学校 撮影・録音:江波戸遊土、遠藤協、奥谷洋一郎、早崎紘平、渡辺賢一 編集:江波戸遊土、奥谷洋一郎 整音:黄永昌 音楽:街角実 監督補:江波戸遊土  2012年/日本/デジタル/カラー/90分/配給:スリーピン 12/8(土)より新宿K's cinemaにてモーニングショー公開 <http://www.dokutani.com/>

日・仏アヴァンギャルド映画監督2人に映画オタクのミュージシャン、J・オルークが迫る

three-shot-01.jpg
(左から)ジム・オルーク、足立正生、フィリップ・グランドリュー
 1960年代に故・若松孝二とともに鮮烈な映画を次々と世に生み出し、若手芸術家の筆頭として注目されるも、やがて革命に身を投じた足立正生を、フランスの前衛映像作家フィリップ・グランドリューが撮影した異色のドキュメンタリー映画『美が私たちの決断をいっそう強めたのだろう/足立正生』が12月1日より公開中である。  タイトルは、2007年に足立正生が35年ぶりに監督した『幽閉者 テロリスト』の中で、主人公Mが軍事訓練で見た美しい高原について、「その美しさのせいで俺たちの決断も一段と強まったのかもしれない」と語るセリフから取られている。学生時代から足立作品の大ファンで、2006年に日本に移住してから足立氏と親交もある米国人ミュージシャンのジム・オルークが、2人の前衛映画監督にインタビューした。 足立正生 2人は会うの初めて? フィリップ・グランドリュー はい。 足立 ほんとに!? そうか。ジムは天才でクレイジーなやつだよ。アメリカ人であってもアメリカ人じゃない。 ジム・オルーク アイルランド人です。 グランドリュー アイルランド人で、ミュージシャンなのですね。 オルーク 『幽閉者 テロリスト』の音楽にも参加しました。 足立 そう、メインのメロディ部分(「りんごのテーマ」)を作ってくれて。彼の音楽、とても良いからぜひ聴いてみて。 グランドリュー ええ、必ず。 足立 (ジムに向かって)今日は2人でタッグを組んで、フィリップにいろいろ質問して、答えが充分じゃなければとっちめよう。 一同 (笑) オルーク グランドリュー監督は、足立さんを最初どのように知ったのですか? グランドリュー 4年前(08年)に、フランス大使館の主催で、僕のレトロスペクティブを渋谷アップリンクでやってくれたんです。その時に初めて足立さんと会いました。 足立 彼の映画を観て、僕はたちどころに彼のファンになった。だからそもそも僕たちの関係は、監督とファンという立場でスタートしたわけ。
issotsuyo01.jpg
『美が私たちの決断をいっそう強めたのだろう』より
グランドリュー パリに戻って1~2年後、ある晩ニコル・ブルネーズ(前衛映画評論家・研究者)との食事の席で、闘う映画監督のシリーズを作る話になりました。政治的だけでなく美的にも闘っている映画監督たちです。その時、すぐに足立さんの名前が浮かんだ。お金が集まらなかったので、一人で日本へ行ってシャール・ラムロ(助監督兼通訳)と2人で4日間撮影して、2~3週間で編集しました。撮影で足立さんと一緒にいたときは、昔からの友人のような、近くにいるのがごく自然な気がしました。お互いのことをよく知らないのに、撮影はとても楽だった。ある意味、映画の中に2人でドライブしていったようなかんじでした。 オルーク あなたの短編やドキュメンタリーはまだ観ることができていないのですが、長編作品を観ると確かに足立さんと交わる部分があると思います。足立さんの作品が語られる際に、政治的な要素が主に着目されますが、もちろんそれも大事だけれど、僕が興味を抱いたのは映画監督としての足立さんでした。高校の時、アモス・ヴォーゲル(※1921-2012。多くの前衛映画作家をアメリカに知らしめた米国人シネアスト)の『破壊芸術としての映画(Film As A Subversive Art)』(1974年刊)という本で、足立さんの映画のスチールを見たのが最初です。 足立 彼は悪ガキだったから、きっと図書館で変なものを物色していたときに見つけたんだろう。 オルーク (笑)。その写真に何か心をつかまれるものがあったんです。それで足立さんが若松プロに入ってからの監督作と、脚本を担当された若松監督作品も観ました。足立さんの作品の映像は、他のどの日本人監督の映画よりも惹かれる何かがあった。日本語はまったくわからなかったけど、言語の壁を越えて映像の強さは僕に届いてきました。グランドリュー監督には、足立さんの映画はどのように映りましたか? グランドリュー 足立さんと僕が近いと感じる一番大きな点は、身体との関係です。どうやって身体を撮って、フレームして編集するか。物語などではなく感覚の問題で、それはこの映画でも足立さんが語っています。感覚のレベルでわれわれはとても近いと思うのです。僕は『鎖陰』(1963年)が足立さんの作品の中でも特に好きですが、足立さんの映画は完全なる彼の世界です。ベイルマンの世界、フェリーニの世界のように、力のある映画監督は自身の世界を創り出します。物語や登場人物の観点からではなく、光、身体、音などすべての側面において、完全な世界であるべきです。だから足立さんの映画に魅せられるのだと思います。
issotsuyo02.jpg
『美が私たちの決断をいっそう強めたのだろう』より
オルーク 冒頭のブランコのシーンで、声も姿も確かにそこにはっきりあるのに、同時にとても幻影的なのが印象深かったです。その後の新宿駅のシーンは、ちなみに僕もその近くに住んでいるのですが、『新宿泥棒日記』(大島渚監督/田村孟、佐々木守、足立正生脚本/1969年)の最後のシーンと同じ場所ですね。あのシンプルなショットの中に、ある意味、足立さんのすべてが内包されているようでした。もちろん、映画の中に思考や洞察や議論が出てきてはいますが、映画全体が触覚的ですね。ほとんどの映画作家は、思考の流れに沿って、それを映像で表現しようとします。思考そのものになろうとするのではなく、表現しようとしてしまう。 グランドリュー それは映画の核心をつく論題でもあります。映画は、ある特定の瞬間において、自分自身といる手段でもあるわけです。たとえば、カメラで今、ここを撮るとします。さまざまな感情のバリエーションが存在し、可能性が果てしなくある。カメラでできる素晴らしいことというのは、すべては捉えられないけれど、一つの世界に、プロセスの中に入っていけることです。あのブランコのシーンの前に、足立さんの家の近くのお寺で撮影していました。その時まだ僕は、足立さんと一緒にいることの中に、自分の周囲の中に入っていくことができずにいました。足立さんに「撮影は終わりです」と言ったあと、奥さんと娘さんがやってきたので、一緒に小さな公園に行った。するとたちまちすべてが変わったんです。陽が沈みはじめて、光の加減が変わりつつあり、街に音楽(※17時の無線チャイム「夕焼け小焼け」)が流れてきて、足立さんと娘さんがブランコを漕いでいる、その中に私は入っていったのです。そして足立さんと一緒にいることも感じられた。足立さんは僕に、「どうしたらいいか、何を撮りたいか」など、いっさい訊かなかった。言葉は何も交わしませんでした。すなわち、映画を撮ることとは、自分がその時その場に、共にあることなのです。足立さんがどう感じていたかはわかりませんが……。 足立 ジョルジュ・バタイユはある時、通りを歩いていて意識を失った。すると目の前に、過去に自分が書いた哲学の書物や、美学的思想がすべて現れた。それと同じように、フィリップは僕がブランコのところで歌っているのを聞いて、とてもハッピーになったんだよ。とにかく、僕はシネマテークでの上映(※2010年10月~2011年2月、パリのシネマテーク・フランセーズでニコル・ブルネーズにより企画された足立正生の特集上映)には行けなかった。だから、フィリップとスカイプで話した。彼が「どんなドキュメンタリーにしましょうか」と訊くので、「そんなことは考えずに、ただ飛行機に乗ったときからデジタルカメラを頭にくくりつけてきて、帰りの飛行機がパリに着いたら外せばいい」と伝えた。でも彼には考えがあって、事前に何の会話もせず、いきなり僕の鼻毛と耳毛と眉毛と、飲んでる姿とタバコ吸ってる姿を撮りはじめるんだよ。 一同 (笑)
issotsuyo03.jpg
『美が私たちの決断をいっそう強めたのだろう』より
足立 そのあと映画論や美学についてのインタビューも一応してくるんだけど、本気でやってないなと感じる。でも、だんだん彼はやりたいことをやろうとしているんだって、わかってくるわけ。僕の映画には出ていいけど、知らない人の映画には出ない、と言っていた女房と娘が、ある日の撮影後に来てブランコに乗っていたら、フィリップの態度と目つきが変わって、「いけた!」って言うんだよね。翌朝「もう一回撮りたい」と電話が来た。「なんだ?」って聞いたら、今度は独り言を言えと。「俺、人生で一度も独り言を言ったことはないから断る」って言ったら、それなら吸う息、吐く息、いびきでもいいって。そう言って本人が眠りだすんだよ。その寝顔を見ながら、昨日「いけた!」って言ったその先をやるんだなって分かる。つまり、もっと僕自身に迫ったやり方をするぞってこと。今まで撮ったものをいったん全部バラバラにして、存在との関わりで自分が得た感性で編集したいってことが伝わってくる。それで寝顔を見ながら、僕もいろいろ言い出すわけ、人生初めての独り言を(笑)。案の定、彼が自分の感性で「これを撮ろう」と思って撮った映像と独り言を、自分のコメントできちっとまとめている。あそこまで裸にされたことがないから、恥ずかしいんだよね。 オルーク 特に独り言のところが? 足立 そうそう。だけどしょうがないじゃん。それはもう彼の感性に全部預けたわけだから。リスペクトできてるから預けたんだし。想像していたよりも、少し面白くできていてよかったと思ってる(笑)。 グランドリュー 私は寝ていませんでしたよ。眼は閉じていたけど、寝てはいませんでした(笑)。 足立 だから僕は、彼の陰謀に引っかかったんだよ(笑)。 オルーク 自分が裸になって恥ずかしかったと言いましたが、私から見ると、ご自分のどの映画でも裸ですよ。 足立 それは結果としてね。自分の映画は結果としてそうなってるだけで。フィリップと僕がお互い裸になるならいいけど、僕だけ裸にされた。でも初めての貴重な体験だったよ。 グランドリュー 僕にとっては、足立さんが受け入れてくれた、その受け入れ方が美しかったんです。自分の思考に入り込んで、あちらに行ったりこちらに行ったりして、不思議につながっていくのです。 オルーク 確かにそのとおりで、この映画を観ていて興味深かったのは、全編を通じて足立さんが2人いるような感覚におちいったことです。弁証法的というか、しゃべっている足立さんと、それを見ている足立さんが、あちこちにいる感覚。考え方と感じ方が、絶え間なく動いている、その様を捉えているのが、この映画でとても印象的な点でした。
three-shot-02.jpg
(左から)フィリップ・グランドリュー、足立正生、ジム・オルーク
■『美が私たちの決断をいっそう強めたのだろう/足立正生』 政治的な前衛映画監督たちを被写体にしたドキュメンタリー・シリーズの第一作となる本作は、グランドリュー監督が2008年の初来日時に足立正生と対面し、意気投合したことが制作のきっかけとなった。このシリーズは、かつてフランスで放送されていたアンドレ・S・ラバルトとジャニーヌ・バザンによる伝説的TVドキュメンタリー『われらの時代のシネアストたち』へのオマージュでもある。 シリーズ企画:ニコル・ブルネーズ、フィリップ・グランドリュー 監督・撮影・編集:フィリップ・グランドリュー 助監督・通訳:シャール・ラムロ 音楽:フェルディナンド・グランドリュー プロデューサー:アニック・ルモニエ(Epileptic) 2011年/フランス/74分/HD/カラー、モノクロ/16:9/ステレオ 公式サイト:http://www.uplink.co.jp/bigawatashitachi/ 【関連企画】 『美が私たちの決断をいっそう強めたのだろう/足立正生』公開記念「特集/足立正生」 渋谷アップリンクにて開催 12月5日(水)18:30『女学生ゲリラ』 ※上映後トークショー トークゲスト:足立正生、東良美季(ライター) 12月7日(金)18:30『性遊戯』 12月9日(日)18:30『略称・連続射殺魔』 12月11日(火)18:30『女学生ゲリラ』 12月12日(水)18:30『性遊戯』 12月14日(金)18:30『重信房子、メイと足立正生のアナバシス そしてイメージのない27年間』 12月15日(土)20:30『略称・連続射殺魔』 詳細:http://www.uplink.co.jp/movie/2012/4838 ●フィリップ・グランドリュー 1954年生まれ。ベルギー国立高等視覚芸術放送技術院(INSAS)で映画を学ぶ。1976年に初のビデオ・インスタレーションを美術館で展示。1980年代からフランス国立視聴覚研究所(INA)と共同で新たな映像様式を創出しつづけ、作品はビデオアート、フィルムエッセイ、ドキュメンタリー、フィクションなど多岐分野にわたる。2007年にはマリリン・マンソンの依頼で、アルバム『Eat Me, Drink Me』収録曲「Putting Holes in Happiness」のPVを制作。2008年、東京とロンドンで大規模な特集上映が開催された。2012年度は米国ハーバード大学で、フィクション映画部門客員教授を務める。 ●足立正生 1939年生まれ。日本大学芸術学部映画学科在学中に自主制作した『鎖陰』で一躍脚光を浴びる。大学中退後、若松孝二の独立プロダクションに加わり、性と革命を主題にした前衛的なピンク映画の脚本を量産する。監督としても1966年に『堕胎』で商業デビュー。1971年、若松孝二とパレスチナへ渡り、『赤軍-PFLP・世界戦争宣言』を撮影。1974年、日本を離れ、パレスチナ解放闘争に身を投じる。1997年にレバノンで逮捕抑留され、3年の禁固刑ののち日本へ強制送還。2006年、赤軍メンバーの岡本公三をモデルにした『幽閉者 テロリスト』を発表した。 ●ジム・オルーク ミュージシャン。1969年、シカゴのアイルランド系の両親の元に生まれる。10代後半より即興演奏を始め、現代音楽とポスト・ ロックの橋渡し的な存在となる。2004年、ウィルコの『ゴースト・イズ・ボーン』でグラミー賞オルタナティヴ・ミュージック・アルバム部門最優秀プロデューサー受賞。1999年~2005年、ソニック・ユースのメンバーとして活動。また、V・ヘルツォークやO・アサイヤスといった映画監督の作品で音楽を担当。2006年より東京在住。

インディペンデント・ドリームをかなえた入江悠監督、“ネクスト・ステージ”からの眺めはどうですか?

IMG_0499_.jpg
夢を追い掛けることのしんどさと諦めるやるせなさの両面を描いた
『SR』シリーズの入江悠監督。北関東三部作を完結させた今の心境を語った。
 日本のインディペンデント映画シーンに新しい伝説を刻み付けた入江悠監督の『SRサイタマノラッパー』シリーズ。映画監督になったもののブレイクできずにいる自分自身のもどかしさをラッパーの姿を借りてブチまけた同シリーズは、地方都市を舞台にしたリアルな青春映画として全国の映画館を熱狂の渦に巻き込んでいった。そして、ついに“SR北関東シリーズ”3部作の完結編となる『SRサイタマノラッパー ロードサイドの逃亡者』がDVDとしてリリースされる。DVDのリリース、それは入江監督の手から最終的に『SR』シリーズが離れていくことでもある。『SRサイタマノラッパー』(09)の公開以降、ゼロ年代を代表する最注目監督となった入江監督に、シリーズ最終作に込めた想い、さらに自主映画から商業路線へと活躍の場を広げつつある今の心境について語ってもらった。 ──2009年に池袋シネマ・ロサで封切られた『SRサイタマノラッパー』、続く『SRサイタマノラッパー2 女子ラッパー☆傷だらけのライム』(10)、そして今年『SRサイタマノラッパー ロードサイドの逃亡者』が劇場公開され、北関東3部作が完結。3年間にわたる長い長い祭りが終わったような高揚感と寂しさを感じます。 入江悠監督(以下、入江) そうですねぇ、そう考えると切ないですね。確か3年前、『SRサイタマノラッパー』の公開前に日刊サイゾーで千夏役のみひろさんを取材してもらったんですよね(http://www.cyzo.com/2009/02/post_1488.html)。あの日は、『サイタマノラッパー』が初めてマスコミ取材された日だったんです。あれから、もう3年ですか。
sr3dvd1.jpg
シリーズ第1作で夢を求めて東京へ出ていった
ブロッコリー農家出身のマイティ(奥野
瑛太)。東京で暴力事件を起こして、栃木
へと流れ着く。
──みひろさんがインタビューに答えているのを、すぐ横で入江監督は不安げに見守っていましたね。3年間は長かった? それともあっという間でした? 入江 やっぱり、この3年間は長かったです。『SR』シリーズと共に走り続けた3年間でした。北海道の夕張から始まって、舞台あいさつで全国をぐるっと回って、バンドのツアーみたいな感じでしたね。ボクの埼玉の実家にみんな泊まり込んで映画の撮影して、それから全国の劇場を回って。次第にメンバーの中から売れてくるヤツが現れて、でもまだ売れないヤツもいて……という。 ──個性の集合体であるバンドって、活動を続けて売れていくうちに方向性やスタンスの違いが生じてきて、解散を余儀なくされますもんね。 入江 そうなんです。ボクたちの場合、そのタイミングが、この『SR3』だったんだと思うんです。シリーズ3作を撮っているうちに、みんな事務所に所属するようになって、仕事がいろいろと回ってくるようになった。作曲家の岩崎太整は大根仁監督のテレビ版&劇場版『モテキ』に参加するようになり、活動の場所を広げていった。これ以上続けると、それまで自由にやってきた『SR』シリーズのスタッフやキャストの足かせになってしまうなと。もちろん、まだまだ『SR』シリーズとしてやりたいことはあるんですけど、インディペンデントの仲間内でやってきたという意味では、『SR3』がちょうどいい区切りになるなと思ったんです。じゃあ、『SR』シリーズでこれまでやり残したことを思い切って全部やってやろうという感じでしたね。 ──『SR1』『SR2』がコメディタッチだったのに対し、『SR3』は思いっきりシリアスな方向にハンドルを切っています。 入江 ボクが飽きっぽい性格だというのが大きいですね(笑)。前2作を同じようなパターンで作っていたので、次は変えたいなと思ったんです。それと『SR1』を作り始めたのは2007年頃だったんですが、その頃に比べて、社会状況がますます悪化していったことも影響を受けているでしょうね。リーマンショックがあり、東日本大震災があり……。 ──社会背景に加え、『SR』シリーズで注目を集めるようになった入江監督自身の立ち位置の変化もあると思います。『SR3』では2つのドラマが交差します。地元に残ってマイペースに自分たちの音楽を追い求めるイック(駒木根隆介)とトム(水澤紳吾)、東京に出て一発勝負してやろうという野心家のマイティ(奥野瑛太)。この相対する2つの立場は、インディペンデント映画シーンとよりメジャーな商業映画路線とのはざまで揺れ動いている、入江監督自身の葛藤なわけですね? 入江 そうなんです。地元に残ってダラダラしているイックとトム、東京に出たものの右往左往してしまうマイティ。どちらもボク自身の分身なんです。イックたちはマイペースで自分たちの好きな音楽を追い求めるけど、でもそこにはある種の限界があるわけです。かといって東京に乗り込んでみても、そこには別のしんどさが待っている。一体、どちらが正解なのか? 自分自身が分からなくなり、それで『SR3』を作ってみたんです。 ──自分では分からないことを、脚本に書き、キャラクターを実際に動かしてみることで解答を探し出そうとしたということですか?
sr3dvd2.jpg
マイティの同棲相手は、福島出身のぽっちゃり
娘のカズミ(斉藤めぐみ)。入江監督は女優の
知名度よりも、リアリティーにこだわってオー
ディションを重ねた。
入江 その通りです。答えが決まっているものを撮っても、つまらないんです。ロケハンして、脚本を書いて、撮影をすることで、何が自分にとって正解なのかを探っていく。それがボクにとっての映画製作のいちばんのモチベーションなんです。はっきりした答えは出ないかもしれない。でも、ほんの少し、一条の光ぐらいは見えるんじゃないかと。結局、『SR3』を撮り終わっても、何が正解かは分からなかったんです。答えは、そう簡単には見つからないですね(苦笑)。 ■フェスシーンに2,000人を動員、15分間に及ぶ奇蹟の長回し! ──マイティは夢を抱いて上京したものの、昼は解体作業現場での肉体労働、夜は人気ヒップホップグループ“極悪鳥”のパシリというつらい生活。楽屋で暴力事件を起こしたことからマイティは栃木へと流れ、盗難車の転売や違法投棄などの裏ビジネスに従事するように。さらには裏ビジネスの胴元から、参加費をぼったくる詐欺まがいの音楽フェスの企画を命じられる。地方都市のシビアな状況が克明に描かれています。 入江 栃木をはじめ、地方都市は取材でずいぶん回りました。もちろん産廃シーンなどはデフォルメして描いていますが、奴隷同然に労働させられているなど、映画の世界に近いものを感じました。それに地方都市では、ああいう音楽フェスがよく開かれているんです。ヤンキー系の中古車の即売会を、だいたい兼ねているんです。 ──地方で仕事にありつくのは非常に困難。バイトすら、なかなか就くことができない。 入江 就職状況は、すごく厳しいですよね。正社員か正社員じゃないかの違いが、大きな格差を生んでいる。セーフティネットからこぼれ落ちると、もう戻れなくなってしまう。地元で公務員になったボクの同級生は悠々自適な生活を送っているけれど、就職の時点でフリーターの道を選んでしまった知り合いは30歳過ぎてキツい状況に追い込まれていますね。『SR1』を作り始めた頃より、ますます社会状況は厳しくなっている。正社員として就職できずに、一度フリーターになってしまうと、ずっと不安定な生活を送るしかない。敗者復活戦が一度もできない。多分、日本だけじゃなくて、海外でも同じようなことになっていると思うんですけど。 ──そんなマイティの苦悩を知らずに、相変わらず能天気なデブニートのイックが相棒トムと共に栃木へ。イックたちが栃木のヒップホップグループ・征夷大将軍と合流する餃子屋の店長は、名作『いつか読書する日』(05)の緒方明監督。
sr3dvd3.jpg
『SR』シリーズの顔といえば、デブニート
のイック(駒木根隆介)と相棒トム(水澤
紳吾)。ライブデビューを夢見る2人は皮肉
な形で旧友マイティと再会する。
入江 『SR1』でボクは映画監督協会新人賞を頂いたんですが、緒方さんも『独立少年合唱団』(00)で同じ賞をもらっていて、そういう縁で緒方さんは何かとボクのことを気に掛けてくれていたんです。餃子屋の大将らしいドッシリした存在感のある役者を探したんですが、最近の役者さんはスラッとしたタイプの人が多くて見つからなくて。それで緒方さんにお願いしたところ、衣装とかも自前で準備して参加してくれたんです。 ──緒方監督は、インディペンデント映画史上最高の伝説となっている石井聰亙(現・石井岳龍)監督の『爆裂都市』(82)に助監督として参加したんですよね。あの映画、飲まず食わずの殺伐とした撮影現場だったと聞いています。 入江 えぇ、『爆裂都市』のあのモブシーンを「どうやって撮ったんですか?」と緒方さんに尋ねたんですが、「大変だぞ」「二度とやりたくねぇ」と言ったきり。フェスシーンについての具体的なアドバイスはもらえませんでした(苦笑)。でも、緒方さんはインディペンデント映画出身者だし、すごく日本映画を観ている人。若いスタッフやキャストにとって、刺激的で面白い存在だったと思います。いとうせいこうさんも『SR』シリーズのファンだということで出演してもらいましたけど、フェスシーンじゃなくて序盤の解体作業シーンでマイティを怒る作業員役。顔はほぼ切れてて、上から音楽がかぶって声も聞こえないので、背中だけの出演になっているんです(笑)。 ──贅沢なカメオ出演ですね。あの餃子屋のシーンで、「腐れマンコ野郎!」をはじめ放送禁止用語が飛び交いますね。あれは、「テレビ放映は考えていない。これは劇場用映画だ」という入江監督としての主張でしょうか? 入江 あぁ、確かに言ってますね(笑)。序盤のラップバトルのシーンでも言語障害うんぬんと触れていて、マスコミ関係の仕事をしているキャストの方が「大丈夫?」と心配してくれました。う~ん、なんだったんでしょうね。確か、『SR3』を撮る前にテレビドラマをちょっと撮ったんですけど、そのとき規制があって、使えない台詞があったんです。無意識のうちに、欲求不満が自分の中にたまっていたのかもしれないですね。まぁ、詳しいことは忘れましたけど、『SR』シリーズはせっかくインディペンデント映画として撮るんだから、テレビの制約に縛られずに自由にやろうということだったと思います。テレビ放映されるかどうかより、まず劇場でお客さんに楽しんでもらうことがいちばんですからね。 ──そしてクライマックスのフェス場面は、インディペンデント映画とは思えない、エキストラ2,000人を動員した大迫力シーンに。
IMG_0473_.jpg
『SR』シリーズは完結したが、「イックと同様、マイティもボクの分身。
ボクがその気になる時がくれば、またマイティが活動を再開することがあるかも」と話す。
入江 『SR1』『SR2』とシリーズとしてやってきたことで、応援してくれる人たちが多かったんです。今までシリーズを観てくれたファンたちがTwitterなどでの呼び掛けに応じて、北海道や九州からも集まってくれた。自分たちでホテルを予約までして。ボランティアでスタッフを務めてくれた人も多かったんですが、2カ月前から準備していたフェスの会場が撮影前日になって豪雨が直撃して、せっかく用意したセットが吹き飛ばされたりして、大変でした。フェスシーンの長回しは、2日間にわたって13テイクぐらい撮ったんです。事前にリハーサルはしっかりしていたんですが、エキストラの動きが入ったことで、カメラワークが本当に難しかった。マイティ役の奥野くんも1カットの中でやることが多すぎて、テンパってました。でも、その緊張感が追い詰められたマイティの心境と重なって良かったんじゃないかな(笑)。あの長回しシーンは、もう一度やれと言われても絶対無理でしょうね。 ──SHO-GUNGとしてライブデビューすることが夢だったイックとトムは、初めてちゃんとした観客がいるステージに。『SR』シリーズのファンにとっては号泣ものの名場面ですが、ステージを正面から撮ったライブ映像は存在しないんですか? 入江 あぁ、それはないですね。DVDの特典によく入っている別アングル、ボクは嫌いなんです。でもメイキング映像を観てもらえば、フェスシーンがどのように撮影されたのか、会場の雰囲気も伝わってくると思いますので、DVDに収録してある特典映像は観てほしいですね。 ──『SR3』の撮影最終日のラストカットは、どのシーンになるんでしょうか? 入江 映画での最後のシーンが、そのままラストカットになってます。撮り終わった瞬間は「やり切ったな」という感慨よりは、本当にファンへの感謝の気持ちでいっぱいでした。彼らの声援があったから『SR』シリーズを続けることができ、特に『SR3』はファンのみなさんの後押しがなければ絶対に完成しませんでしたから。撮影が終わり、打ち上げも済んで、各地から集まったボランティアスタッフたちが帰っていくのを見送ったんですけど、ひとりの方が「いい夏を過ごさせてもらいました。これで自分にも運が回ってくるといいなぁ」と言い残して去っていったのが印象に残っていますね。『SR』シリーズのファンだからSHO-GUNGのライブシーンは誰よりも生で観たかったはずなのに、スタッフの一員としてステージに背を向けてロケ車の誘導などやってくれていたんです。メイキング映像を編集していて、ボクも泣けてきました。 ■人生を味わった上で、まだ肉を叩き続ける『ロッキー・ザ・ファイナル』がいい ──『SR』シリーズを撮り終え、今春はテレビ東京系の深夜ドラマ『クローバー』全12話の演出を担当。1クール全話をひとりの監督が撮るのはまれなケースです。 入江 連続ドラマは普通、3~4人で撮るそうですね。知らなかった(苦笑)。大根監督はひとりで『モテキ』など撮っているから、自分もできるだろうと思ってやったら、すっごく大変でした。後から聞いたんですが、大根監督は『モテキ』のときは予算も自分の会社で持ち出しているそうですね。限られた予算とスケジュールの中で撮るのは、キツかった。もちろん若いキャストを中心にしたアクションものだったので、自由があり楽しくもありました。どの作品でもそうですけど、いろいろと学ぶことはありましたね。 ──入江監督に聞いてみたいことがあるんです。『SR』シリーズって、日本におけるインディペンデント映画版『ロッキー』(77)だと思うんです。シルベスター・スタローンは脚本&主演作『ロッキー』で成功を収め、ハリウッドのスターダムへと駆け上がっていった。日本でインディペンデント・ドリームをかなえた入江監督は、“ネクスト・ステージ”からどんな風景を眺めているのかなぁと。 入江 『SR』は『ロッキー』シリーズですか……。いいですね、『ロッキー・ザ・ファイナル』(07)みたいにジジイになっても、まだ肉を叩いてるぞと。いろいろやったけど、結局そこに戻るのかと(笑)。ボクも『エクスペンダブルズ』(10)みたいな、思いっきりバカな映画を撮ってみたいですね。『SR』シリーズとは別にテレビドラマは何本か撮りましたけど、テレビドラマの現場は予算も時間の余裕もなく、インディペンデント映画の現場とほとんど変わらないんです。それに第一、ボクはまだメジャー映画を1本も撮ってません(苦笑)。「ネクスト・ステージからの眺めは?」と聞かれても、まだ全然見えてない状況なんです。映画館でもファンの方に「これからどうするんですか?」と尋ねられるけど、逆にボクが「どうすればいいと思います?」と聞きたいですね。実は『クローバー』などを撮っていた頃、あまりに忙しくて、他のオファーを断ってしまったんです。ひとつ断ってしまったら、他のオファーも断らないといけなくなってしまって。先方は驚いてました。「なんでこっちの仕事を断って、深夜ドラマをひとりでやってるの」と不思議に思われたみたいです。あまり断っていたら、仕事がなくなってしまい、また生活が厳しいんですよ(苦笑)。 ──急に忙しくなったため、どの仕事を受けるか断るかという仕事選びの基準が定まってないんですね? 入江 そうなんです。他の監督のみなさんはどうやってるんでしょうね? 瀬々敬久監督は『感染列島』(09)などのメジャー作品を撮ったかと思えば、その直後に『ヘヴンズ ストーリー』(10)みたいなインディペンデント映画を撮ってますよね。廣木隆一監督もインディペンデント映画出身で、『余命1ヶ月の花嫁』(09)みたいなメジャー作品も撮っている。できれば、そういう先輩方に一度じっくりお話を聞きたいなと思ってるところなんです。脚本は、いくつか書いているところです。『SR3』を撮り終えてから1年たってしまったので、早く次の映画を撮りたいですね。 ──メジャー映画では、『SR』シリーズのような1シーン1カットの長回しは難しいですよね。どういうスタイルでメジャーシーンに挑んでいくのか、気になります。 入江 商業映画では、長回しは基本無理ですね。撮影スケジュールが決まっているから、じっくり時間をかけて、撮り直しながら1シーン1カットずつ撮ることはできないでしょう。自分のスタイルについては迷走中です(苦笑)。でもボクとしては、“入江スタイル”とかは、なくて構わないと思っているんです。極論としては「すっげぇ面白い映画があるぞ」と思ってもらえれば、それでいいんです。別に入江スタイルでなくてもいい。内容に手法が合っていれば、トニー・スコット監督みたいな短いカット割りでもいいと思ってます。長回しに対するこだわりはないんです。あるとすれば、面白い映画が撮りたいということですね。 ──では、最後に、『SR』シリーズのファンにひと言お願いします! 入江 ほんと『SR』シリーズは、ファンのみなさんのおかげで続けることのできた作品です。ファンの熱意で作られた『SR』シリーズの熱気が、また別の方に伝わるといいなと思ってます。『SR3』は、DVDのメイキング映像もぜひ観てください。 (取材・文=長野辰次) ●『SRサイタマノラッパー ロードサイドの逃亡者』 脚本・編集・監督/入江悠 出演/奥野瑛太、駒木根隆介、水澤紳吾、斉藤めぐみ、北村昭博、永澤俊矢、ガンビーノ小林、美保純 11月21日(水)DVDリリース。発売元/アミューズソフト、メモリーテック 販売元/アミューズソフト DVD特典映像には入江監督編集による激闘メイキング、怒涛の舞台挨拶、極悪鳥PV、ムジコロジー体操(入江悠監督)、特報・予告編を収録。価格/3990円(税込) <http://sr-movie.com> ※ 11月22日(木)には、タワーレコード新宿7Fイベントスペースにて、DVD発売記念イベントを19時30分より開催。入江監督、奥野瑛太(マイティ)、駒木根隆介(イック)、水澤紳吾(トム)、上鈴木伯周(TKD先輩)らが出演予定。 ●いりえ・ゆう 1979年神奈川県生まれ、埼玉県育ち。日本大学芸術学部映画学科卒業。『ジャポニカ・ウイルス』(06)で監督デビューを果たすが、地方の映画祭で上映した際に質疑応答の場で観客から吊るし上げ状態となり、このときの体験が『SRサイタマノラッパー』(09)での公民館ライブとして生かされている。『SRサイタマノラッパー』は「ゆうばり国際ファンタスティック映画祭2009」オフシアター部門グランプリ、「富川国際ファンタスティック映画祭」最優秀アジア映画賞を受賞。池袋シネマ・ロサで封切られ、インディペンデント映画として異例の大ロングラン快進撃を果たした。続いて『SRサイタマノラッパー2女子ラッパー☆傷だらけのライム』(10)、二階堂ふみらをキャスティングした『劇場版 神聖かまってちゃん ロックンロールは鳴り止まないっ』(11)と立て続けに劇場公開。11年にオンエアされたWOWOWドラマ『同期』も好評を博した。12年4~6月に放映された青春ドラマ『クローバー』(テレビ東京系)が現在DVDリリース中。WOWOWで13年放映予定の『ネオ・ウルトラQ』を監督することが発表されている。また、10月から始まったTOKYO FMのトーク番組『入江悠の追い越し車線で失礼します』(毎週日曜20時30分~)のパーソナリティーを務めている。

「ロンブー亮は“できる奴”」『リストラ芸人』Hi-Hiが放り込んだ18年の道程

IMG_1313_.jpg
左から上田浩二郎、岩崎 一則
 昨年末、『THE MANZAI 2011』(フジテレビ系)の決勝で強烈なインパクトを残し、その後は順調に活躍しているHi-Hiの2人。そんなHi-Hiでボケを担当している上田浩二郎の初めての著書『リストラ芸人』(講談社)が9月13日に出版された。彼らの18年にわたる芸人人生のすべてが赤裸々につづられているこの本の発売を記念して、Hi-Hiの2人にインタビューを行った。彼らはいかにして今の地位に上り詰めたのか? ――この本を読んだ周りの人からの評判はいかがですか? 上田 芸人さんはみんな「面白かった」って言ってくれるので、うれしいですね。僕らがデビューした当時のことを知ってる人も、若い人も、どっちもそうやって言ってくれるから……これは最高の本ですね。 岩崎 自分で言うなよ! ――『THE MANZAI 2011』の決勝で、上田さんが言った「オマエの18年間、放り込んでこい!」という有名なセリフに関しても、その裏話が語られていましたね。
IMG_1286_.jpg
上田 あのときは、決勝で最終4組まで残っていて。その中でトップでネタをやったので、いい意味で開き直りましたね。こいつがネタをとばしたんですけど、いつもだったら「何とばしてるんだよ!」って言うところを、「なに真剣にやってんだよ」っていう気持ちで楽しめたというか。何をちょっとちゃんとやろうとしてんだ、って。それであのフレーズが出てきたんです。 ――『THE MANZAI』以降はテレビの仕事も増えて、昔一緒に劇場に出ていた芸人さんたちと共演することも多かったそうですね。 上田 そうですね。僕たちが吉本にいた頃の後輩だった庄司(品川庄司)がゲストに来てくれたりとか、そういうのは楽しいですよね。あと、オードリーとか。オードリーと一緒にテレビに出ると、昔のライブに出ていたときの感覚に戻って、ただの悪ふざけになっちゃうんですけどね。 ――同期のロンドンブーツ1号2号に関しては、先日行われたトークライブのゲストとして田村亮さんが出演されたそうですね。 上田 そうなんですよ。トークライブに、(田村)淳に来てくれとは言えませんでしたけど、なんか亮には言えましたね(笑)。 ――亮さんも、実は結構お笑いに対して熱い人だったそうですが、亮さんのそういう一面って、世間ではあんまり知られてないですよね。 岩崎 なんか、「できない人」みたいに思われてますよね。 上田 でも、俺らは昔から「できる亮」しか、知らないからね。だから、いまだに作戦じゃないかと思ってるんですよ。「お前、作戦で黙ってるんだろ?」って、ずっと聞きたかったんです。あいつ、昔よくそういうことばかり言ってましたから。 ――例えば、どういうことですか? 上田 「いま素人をイジって売れてる人たちがいない」とか。僕らが若手の頃って、ウッチャンナンチャンさんとかとんねるずさんとかが、ドラマのパロディコントをテレビでやっていたんですよ。そういう時代だったので、素人を番組に出してイジる人が出てきていないと。そこから2~3カ月後に、あいつらの出てる番組で素人イジりの「BINTA」っていう企画が始まったんで、こいつ、すげえなって思いましたね。 ――オーディションで初めて見たときからロンブーの2人の印象は強烈だったそうですね。 上田 はい、芸人が大勢並んで、順番にネタをやっていくみたいなオーディションで、僕らの前の前ぐらいがロンブーだったんですけど、鮮明に覚えてますね。いい意味で威圧感というか、オーラがありました。 岩崎 前のめりな感じが、すごく伝わってきたんですよ。それに圧倒されたというか。
IMG_1280_.jpg
上田 その前にあいつら、路上とかでもお笑いをやってたから、自信があったんでしょうね。路上で150人とか集めていて、劇場に出始めの頃から、もうキャーキャー言われてましたから。路上でやってたときのファン150人を劇場に連れてくるんですよ。そうすると、新人がたくさん出ている中で、あいつらが出て行くときだけ「キャー!」ってなるじゃないですか。それを見た吉本の上の人が「あいつら、なんで初舞台なのにキャーキャー言われてるんだ?」って思うはずだと。それも、亮が作戦でやってたらしいんですよ。そうじゃなかったら路上でやってた意味がないじゃん、って。常にそういう作戦を考えるやつだったんです。 ――その頃、Hi-Hiは自分たちの笑いに自信が持てなくて、低迷していたそうですね。 上田 低迷どころか、楽屋にも入れませんでしたから。面白いやつはいっぱいいるし、みんなに萎縮しちゃって。ちょうど松本人志さんの『遺書』(朝日新聞社)が出たときで、それを見てみんなが影響を受けて、とんがってる時代だったんですよ。先輩とかも本当に怖かったんです。ネタ合わせなんて誰もしてなかったもんね。なんか、ブラッと舞台に出て立ち話して笑い取って帰るのが格好いい、みたいな時代で。みんなすげえな、と思ってましたね。そんな時代で、俺らはみんなにバレないようにそっと屋上でネタ合わせやってた。なあ? 岩崎 あの当時、僕にいたっては、何をしていいのかさえわかんなくて……。 上田 お前は今もわかってないだろ? そこはブレずに。 岩崎 いや、「ブレずに」じゃないよ! 今もそうですけど、よりわかんなかったというか、ずっと棒立ちみたいな感じでしたね。 ――その後、紆余曲折を経て、1~2年前に漫才のスタイルをガラッと変えて、すべてをアドリブに近い形で構成するようになったそうですが、きっかけはなんだったんですか? 上田 僕が飲み会とかで思いついたことを適当にワーッと言ってると、ものすごいウケるんですよ。芸人仲間もみんな面白いって言ってくれて。流れ星の瀧上とかにも「これを舞台でやったらいいじゃないですか」って言われたり。それでちょっとやってみようかって思って、ある日舞台でやってみたら、自分でもやりやすいんですよね。僕の人間性がそういう感じなので、のびのびできるというか。 岩崎 それで明らかにウケるようになったんですよ。 ――最後に、この本はどういう人に読んでほしいですか? 上田 何していいかわかんなくてボーッと大学生やってる人とか、悩んでる人とかに読んでほしいですよね。いろんな人に読んでいただいて、僕らの人間性を知ってもらえたら、Hi-Hiっていうコンビの見方も変わると思うんで。読んでほしくないのは、超面白いやつですね。これ読んで芸人になろうと思われると敵が増えるんで。つまんないやつには、どんどん読んでほしいです(笑)。 (取材・文=ラリー遠田)

『僕の中のオトコの娘』監督・窪田将治と、女装娘(じょそこ)──その素晴らしく曖昧な世界

 同性愛か異性愛かは問わず、女装趣味の男子を女装娘(じょそこ)といい、いまや認知されつつある存在になった。『失恋殺人』『CRAZY-ISM クレイジズム』などの話題作でおなじみの窪田将治監督最新作『僕の中のオトコの娘』は、その女装娘が主人公という、ちょっと異色の青春ムービーだ。12月1日の公開を目前に控えた監督に、撮影のことから女装娘の世界についてなど聞いてみた。 ――どういういきさつで、女装娘をテーマに映画を撮ることになったのですか? 窪田将治監督(以下、窪田) 7年前に友達と新宿で飲んでいて、そこで仲良くなったカップルに連れて行ってもらった店が、女装バーだったんですよ。ママもお客さんもみんな女性の格好してたので、最初はゲイバーかなと思ったんです。で、話をしていくとスゲー面白くて、実は女装バーだったという。これは映画になるんじゃないかと思いました。
IMG_0218.jpg
窪田将治監督
――女装娘のどんなところに興味を持ったんですか? 窪田 女装娘たちは、すごく曖昧なんですよね。「好きなのは男? 女?」って聞いてみると、必ず「どっちでしょう?」って、含みを持たすんです。店の決まりで、答えを言ってはいけなかったりするようで、そういうのも面白くて。 ――それで今回、映画になったのですね。 窪田 当時は、一般的には(女装娘というものが)知られてなかったじゃないですか。でも、この1~2年でメディアに女装家が出たり、タレントが女装したり、そういうのが出てきて、そろそろイケるんじゃないかと思って動きだしたら、実現しました。 ――撮るにあたっては、綿密にリサーチされたそうですが。 窪田 撮ったのは1年前なんですが、7年前に最初に訪れた女装の店にも行きたかったんですが、もうなくなっていたんです。だから別の店に行って、今どんな感じかなと。当時行った店とはちょっと違ってまして、女装だけでなく、同性愛者やいろんな人がごちゃごちゃ混ざっていて。いろいろな人たちに話を聞きました。 ――実際に話を聞いた女装娘の中で、登場人物のモデルになった人はいますか? 窪田 この作品では、女装という狭い世界で奮闘する人間を描きたかったのですが、その狭い世界というのは、僕がいる映画界と同じだと思っています。主人公の謙介は女装という狭い世界で頑張っていて、僕は映画界という小さい世界で頑張っていて、周りにいろいろ言われながらもやりたいことをやっている。だから、そういう意味でのモデルは僕ですね。 ――映画を見た女装娘の人たちの反応は、いかがでした? 窪田 まず脚本を書いた時点で、どこまでがアリなのか、読んでもらったんですよ。そしたら、「あり得る」という反応だったので大丈夫かなと。実際に完成した映画を見てもらったら、ものすごく共感したとか、身に染みたとか、中には「もっと大変よ」と言う人もいて、反応はいろいろでしたね。でも、好意的に受け止められています。 ――主役の謙介を演じた川野直輝さんは、オーディションで? 窪田 いや、違います。どのキャストも、オーディションはしてないです。ただ、主役を決めるのは、ものすごく難航しました。いろんな名前が出ましたが、なかなかハマらず、1年ぐらい探しました。そんなとき偶然、あるマネジャーさんに相談したら、「川野直輝ってどうですか?」みたいな話をされたんですよ。それでいろいろ見てみたら、面白そうかなと。主人公がちょっとネクラなので、そういう感じがしないといけないし、女装したときに映画的に見栄えがしないといけないといった条件にハマりそうな気がして選びました。
bokuoto_sub2.jpg
――映画の題材が題材なだけに、川野さんは大変だったと思うのですが。 窪田 後から本人に聞いたら、主役だし、面白そうだと思ってくれていたようですけど。役づくりのために、お店にも行ったみたいです。実際に仕事をしてみたら、よく考えていて、すごくよかったですよ。一緒に仕事していて面白かったです。 ――謙介を女装の世界に導いたカレン役の草野康太さん、女装バーの静香ママ役の木下ほうかさんたちの女装娘ぶりもハマってましたね。 窪田 僕は、ほうかさんが出ている映画の中では、この作品が代表作なんじゃないかなと思ってるぐらい、いいんですよ(笑)。「あの人、本物?」なんて言う人もいましたから。ほうかさんもですが、草野さんにはこれまでに何本も僕の映画に出てもらっていて、どうしてもこういう役をやってもらいたかったんですね、個人的に。 ――じゃあ、窪田監督からは特に注文もなく……。 窪田 演出ということでは、多少のことはしましたが。「しぐさに気をつけて」とは言いました。オカマの人も女装娘も、普通の女の子よりもしぐさがちゃんとしてたりするので、そういうところを気にしてやってくれるとうれしいとは言いました。
bokuoto_sub6.jpg
――この作品はカナダのモントリオール世界映画祭に正式出品されて、現地にも行かれたそうですが、どのような反響でした? 窪田 生まれて初めて、スタンディングオベーションをもらいました。カナダって同性結婚が認められている国で、そういう人たちが結構見に来てくれてて、「共感したよ」とか言ってくれました。終わった後は質問攻めですよ。すごい反響で、ほっとしましたね。 ――カナダの観客や記者の人たちからは、どんな質問を受けましたか? 窪田 飲み屋のシーンで、後ろにインディアンのポスターが貼ってあったんですよ。僕はただ貼ってあるなぐらいにしか気にしてなかったのですが、それに対して「なんであそこにインディアンのポスターが貼ってあるのか、意味はあるのか?」って質問があったんです。女装というマイノリティーの世界とかけているのか、とか聞かれて。どこまで細かく見ているんだろうと思いましたね。 ――3年連続正式出品ということもあり、現地では熱心な窪田ファンがいると聞いてますが。 窪田 今回の作品は4回上映されたのですが、毎回見た人も何人かいたそうです。今のところ結構好意的に受け入れられていますね。「来年も必ず戻ってこいよ」と言ってくれて、うれしかったですね。実のところ、今回の作品は(出品が)難しいんじゃないかと思っていたんです。女装娘という曖昧な文化って、外国の人にはわかりづらいから、受け入れられないと聞いていたので。だから、出品が決まったときは飛び上がるほどうれしかったし、現地に行くのは2度目だったんですが、行けてよかったです。 ――日本ではもうすぐ公開ですが、この作品を通してメッセージなどあれば。 窪田 新しいことを始めるには年を取れば取るほど難しかったり、勇気が必要だったりするじゃないですか。女装という新しい世界で奮闘する、主人公の謙介から、そういうパワーを感じ取ってくれたらうれしいと思います。 (撮影・文=シン上田) ●くぼた・しょうじ 1974年、宮崎県出身。1997年日本映画学校卒業。在学中に脚本家・池端俊作氏、映画監督・細野辰興氏に師事。2006年に『zoku』で劇場映画デビュー。09年には女子プロレスを題材にした『スリーカウント』で長編映画デビューを果たす。10年の江戸川乱歩原作の『失恋殺人』はモントリオール世界映画祭“Focus on World Cinema”部門に正式出品され、高い評価を受けた。翌年、『CRAZY-ISM クレイジズム』を脚本・監督。『失恋殺人』に続いてモントリオール世界映画祭に正式出品された。その他、テレビ番組の企画・演出・構成など多方面で活躍中。 ●映画『僕の中のオトコの娘』公開直前イベント“オトコの娘サミット” 日本初! 女装した男子、通称「オトコの娘」総選挙を開催。映画『僕の中のオトコの娘』監督・窪田将治氏をはじめ、当代一のドラァグクィーン・マーガレット氏、女装美少年総合専門誌「オトコノコ時代」編集長・井戸隆明氏など各界の「オトコの娘」専門家が奇跡の集結。専門家のオシメン&一般応募の「オトコの娘」がガチ対決。あなたの1票が世界を変える!! 果たして、結末は!? そして「オトコの娘」1年生も楽しめる「オトコの娘」トリビアも満載! さらに映画出演者も登場!? 何が起きるかわからないことだらけでお送りいたします。 オトコの娘サミット詳細ページ <http://www.boku-naka.com/event.html> 【出演者】 窪田将治(映画『僕の中のオトコの娘』監督・脚本) マーガレット(ドラァグクィーン) 三橋順子(性社会・文化史研究者、都留文化大学非常勤講師) モカ(女装イベント『プロパガンダ』主宰・DJ) 井戸隆明(女装美少年総合専門誌「オトコノコ時代」編集長) 今野杏南(日テレジェニック2012) 沖直実(イケメン評論家) 石井涼太(舞台「男おいらん」主演) 木下ほうか(映画『僕の中のオトコの娘』静香ママ役) ほか絶賛ブッキング中!! 【MC】 静恵一(サミットクラブ) 11月20日 新宿ロフトプラスワン OPEN 18:30/START 19:30 予約¥2000/当日¥2300(飲食別) ※女性・女装の方は、予約・当日料金¥1,500(飲食別) →予約受付アドレス:bokunakaevent2012@gmail.com   お名前(ハンドルネームでも可)・枚数 を明記の上送信お願い致します。 <http://www.boku-naka.com/>

「前田日明さんよ、聞いてるか!?」アウトローひしめく地下格闘技会場を、“天下の傾奇者”瓜田純士がゆく!

urita_main0000000000000.jpg
 「俺が瓜田純士じゃ! 文句あるヤツはかかって来んかい!」──4日、地下格闘技『KRUNCH第16戦』の会場・ディファ有明に、元アウトローのカリスマこと瓜田純士(32歳)が現れた。当日のカードに瓜田の名前はないが、果たして何をしに来たのか? たまたま現場に居合わせた記者は、恐る恐る突撃インタビューを敢行! 来場の目的、最近の日常、今後の野望などをフルスロットルで語ってもらった。  開場前のディファ有明。高級車や大型バイクがズラリと並ぶ駐車場には、ガングロ短髪のいかつい若者や、ダークスーツを着た本職とおぼしき御仁が大勢たむろしている。そこへ突然、缶チューハイ片手にホロ酔いで現れたのが、元アウトローのカリスマこと瓜田純士である。  顔面タトゥーにサングラス。革のジャケットに細身のパンツ。パンクロッカー風のいでたちの瓜田は、「そこのけ、そこのけ、瓜田が通る」とばかりに、サングラスをズラして方々にメンチを切りながら、与太った歩きで駐車場を突き進む。  周囲の反応はというと、触らぬ神に祟りなしとばかりに道をあける者、遠巻きに睨みつける者、「おお、瓜田クン!」と親しげに挨拶する者、「うわ、瓜田だ……」と囁き苦笑いする者など、実にさまざまだったが、これだけアクの強い面々が集う中にあっても、いや応なしに注目を集めてしまう存在であることだけは確かであった。
urita_hiromikawa.jpg
メインマッチに出場するヒロ三河と抱擁。
 瓜田はそのまま会場入り口にたどり着くと、いま来た“獣道”をクルリと振り返り、「俺が瓜田純士じゃ! 文句あるヤツはかかってこんかい!」と吠えた。これは映画のワンシーンではない。実社会で起きた出来事である。記者を含む周囲はただただ、呆気に取られるばかりであった。  会場入りした瓜田は、ロビーでビールを飲みながら、顔見知りの不良と挨拶を交わしたり、行きずりの誰かと口論したり、ファンと握手したり。  足立区出身のjoltさん(28歳)は「まさかこんなところで瓜田さんと会えるとは。今から11年ぐらい前、僕も新宿でよく遊んでいたんですけど、当時の瓜田さんは供攻社でバリバリやっていた頃。僕は瓜田さんが来るといつも逃げてました(笑)。こうやって近くで見ると、やっぱオーラが凄いですね」と釘付け状態。  しかし、瓜田のことを好意的に見ている客ばかりではない。何かあったら行くぞとばかりに、鋭い眼光を飛ばすコワモテもチラホラ。  そんな中、頃合いを見計らって、瓜田にインタビューを申し込んだ。
urita_robi-.jpg
職質をくぐり抜け会場入り。
──今日はいったい、何をしに来たのでしょう? 「仲間が試合に出るんでね。その応援に来たんだけど、来る途中、職質に遭っちゃって、追い払うのに苦労しましたよ」 ──どこで職務質問されたんですか? 「ゆりかもめの新橋駅。私服の刑事数人に囲まれたから、『なんじゃコラ、誰が誰に声かけてんだ?』と怒鳴ったら、『瓜田さんでしょ? 顔見ればわかりますよ。ちょっと持ち物を調べさせてください』と」 ──瓜田さんはそこで、どのようなリアクションを? 「『俺を調べたいんだったら、今から俺んちまで行くか? 一緒に俺んち行こうぜ』と言ったら、その場で前科調べられて。シャブで逮捕歴があるとわかったら、『尿を採りたい』と言うんで、『じゃあ今すぐ検査キットを持ってこい! 早くしろ! 俺はこれから大事な用事があるんだ! 遅れたら、ただじゃすまさんぞ!』と。俺があまりに自信満々に言うもんだから、向こうもさすがに引き始めて『すいませんでした』と。『だったら、ゆりかもめが通り過ぎるまで頭下げてろ』と言ったら、下げてました(笑)」
urita_shugo.jpg
ワルそうな人たちと集合写真。
──相変わらずスリリングな日常ですね。そういえば、ハロウィンの日に殴られたという記事を読みましたが、何があったのでしょう? 「とある調子こいたバカが、パフォーマンスで瓜田純士にヤキを入れました。でも、青タンいっこありません。どっこも痛くもカユくもないです。僕、弱いものイジメはしたくないんで、とりあえず今んところは生かしておきますけど、あんまり調子に乗ってたら、○○ますよ。だからあんまりイチビんなって! お~い、頑張れよ~、絶縁者~っ!」 ──なぜその人に殴られたんですか? 「ある会合をそのバカがセッティングして、僕は『あなたの顔が立つんだったらいいですよ』と参加したら、いきなりガツンとやられた。そいつの自己顕示欲でしょうね。みんなの前でいいとこ見せたかったんでしょう。恥ずかしい40代ですねぇ」 ──反撃はしなかったんですか? 「気付いたら病院に運ばれてたんで。腐っても相手は元プロボクサーなんで、そりゃ倒されますよ。ただ、どっちが正しい正しくないの分別は誰にでもつく。あとで、その現場に居合わせた○○会の関係者からも、『今日は10対0で向こうが悪い。俺の安い頭でよければいくらでも下げるから機嫌を直して欲しい』という言葉をもらった。その人のその言葉がなかったら、今ごろ○○てますよ。ナメんな、あの野郎!」 ──今の話はオフレコですよね? 「いや、書いてください。なんでかっていうと僕、負けたと思ってないし、そいつにケンカを売ってるんで。僕は直の先輩、直の後輩、直の仲間は大事にしますよ。でもそれ以外の人間には興味がない。直の先輩のためなら『白いものも黒』と言いますけど、そうじゃない人間には『黒くねえじゃねえか!』と言う。それが僕のスタンスなんで。今日ここに来た理由は、僕は逃げも隠れもしませんよ、という意思表示でもある。そいつの関係者が今日、この会場に来るかもしれないんでね」 ──穏やかな話題に切り替えましょう。「仲間を大事にする」という言葉で思い出しましたが、先日、渋谷莉孔選手が自身のブログに「本当にヤバイときにいつも助けてくれる人間」として瓜田さんの写真を載せていました。2人の間で何があったのでしょう? 「莉孔がリングスとの契約がコジれて悩んでたから、『お前は何モンだ? そう言われたらなんと答える?』と聞いたんですよ。そしたら莉孔が『キックボクサーです』と答えたから、『じゃあ格闘技やれよ。紙切れがそんなに大事か? そうじゃねえだろ。だったらリングス代表の前田さんに電話して、大先輩に噛み付いてすいませんでした、またリングに立ちたいんです、と謙虚に言ってみろ』と助言したんですよ。それでもまだグズグズ言ってやがるから、『オイ、どうしたいんだコラ! もう一度脚光浴びたいの? それともここで腐りたいの? 自分がどう生きたいのかを建設的に考えてみろ。モタモタしてたらカムバックはどんどん難しくなるぞ。カムバックするんであれば、お前の居場所はどこだ? アウトサイダーで、この瓜田純士にケンカを売ったことで、お前は名前が売れたんだろ? だったら、そこに戻りゃいいじゃねえか』と。そしたらやっと、莉孔が吹っ切れた顔になった」 ──瓜田さんの助言は力強いですね。 「莉孔からも『なんで瓜田さんはそんなに自信があるんですか?』と聞かれましたよ。僕はこう答えました。『バーカ、役者が違うよ。こっちは生まれる前からスポットライト浴びてるんだよ。場数がちげえんだよ、このガキ!』と。ま、そんな話はどうでもいいっすよ。せっかく来たから、試合でも見ましょうか」  そう言って瓜田は客席へ。そして花道の脇の空席を陣取ると、ご覧の体勢で観戦を始めた。
urita_kansen.jpg
これが瓜田の観戦スタイル!
──みんな、こっちをチラチラ見てますが……。 「瓜田が何をするのか、みんなそこを見てるんですよね。その期待に応えるのが僕ですよ。傾(かぶ)いてナンボの傾奇者ですから(と言って椅子を蹴飛ばす)」 ──なぜ傾奇者に? 「歌舞伎町で生まれてりゃ、そりゃ傾きますって(笑)。僕ね、よくみんなに言われるんですよ。『純士は空気も読めるし、ちゃんと気も使えるヤツなのに、どうしてすぐに何かをブチ壊すようなことをするのか』と。僕はこう答えますよ。『お前ら傾いてない。もっと傾けよ』と。傾奇者ってのはいつの時代も、自分の物差しで、わかってる範囲で、メチャクチャするんですよ。ここにいる多くの不良は傾いてませんね。今だって、僕がこんだけメチャクチャしてんのに、誰も文句を言って来ないでしょ? さっき会場入りしたときも、刺青出した不良がいっぱいいたけど、そいつら全員『やっべー瓜田だ』って顔して下を向いた。それが答えですからね。主役は俺なんじゃ、コラ!」 ──アウトロー卒業宣言(http://www.cyzo.com/2012/01/post_9635.html)は撤回ですか? 「撤回もクソもありませんよ。人様に文句を言われるような生き方はしてないし、ハナからアウトローに入学式も卒業式もない。不良な生き方はやめたけど、行くときは行くと前に言ったでしょう。こっちは毎日、命のやりとりしながら、一つ一つ筋を通してる。こっちが筋を通してるのに、偽物のアウトローが道理を履き違えたマネしてくるなら、僕が今一度、『ノートレーニングの凄み』ってもんを教えてやりますよ」 ──具体的に今、リングで戦いたい相手はいますか? 「そこいらで不良ごっこしてるような可愛い坊やに用はない。本物とやりたいね。ていうか、俺とサシで戦える人間って、いるのかな? なんなら戦う相手は、動物でもいいですよ」 ──動物っ!? たとえば……? 「ホワイトタイガー。笑いごとじゃないっすよ。檻の中で、サシでやり合ってもいい。全然余裕ですから」 ──檻の中もいいですが、「アウトサイダーで戦う瓜田を、もう一度見たい」という声も多いですよ。 「チャンスがあるなら、僕もアウトサイダーに出たいですね。そうだ、この場を借りて、リングスの前田日明代表にメッセージを送ってもいいですか?」 ──前田代表がこの記事を読んでくれるかどうかはわかりませんが、どうぞ。 「おい前田さん! 聞いてるか! いろいろあったよな。鉄板焼きも食いに行ったし、ケンカもしたよな。でも俺さ、あんたのこと嫌いじゃないぜ。前田さんや村上(和成)さんに生意気言ったことは、悪かったと思ってるよ。前田日明、瓜田純士、お互い名前があるし、プライドもある。でも今度会うことがあったら、俺は『前田さん、どうも』って頭下げるぞ。わかったか前田さん! 聞いてんのか、コラ! このまんまじゃ早晩、地下格闘技は廃れちまうぜ! なれ合いや同窓会じゃ客は満足しねぇぞ、コラ!」 ──アウトサイダーは地下格闘技ではない、というのが前田代表の考えですが。 「定義はなんであれ、興行のこと考えたら、俺を出せばチケットの売り上げは確実に跳ねるぜ。前田さん、俺を一回アウトサイダーに戻してみぃ! そしらたらあんたも考え変わるぞ。色物、客寄せパンダ、なんでもいいぜ。俺をアウトサイダーに復活させてくれや! な、前田さん! 聞いてんのか、オイ! コラ!……ちょっと言いすぎましたが(笑)、マジで興行を維持するんだったら、ビッグスターを呼んだほうがいいですよ。俺はこの世界では、まぎれもないビッグスターですから。前田さん、なんかあったらいつでも俺に声をかけてください! 前田さん、頑張ってください! 俺も頑張ります!」
urita_ohen.jpg
瓜田が応援した3人の選手はいずれも勝利。この男、ツキがある?
 瓜田の熱いラブコール、果たして前田に届くかどうか。その成り行きに注目したい。 (取材・文=岡林敬太)

町山智浩氏に聞く“日本人の知らないアメリカ”

machiyama1105.jpg
町山氏
 サイゾー本誌に連載中の「映画でわかる アメリカがわかる」でもおなじみの、米カリフォルニア州バークレー在住のコラムニスト兼映画評論家・町山智浩氏。今秋同氏は、『99%対1% アメリカ格差ウォーズ』(講談社)、『教科書に載ってないUSA語録』(文藝春秋)、『アメリカ人の半分はニューヨークの場所を知らない』(文春文庫、08年発刊の単行本の文庫化)という、すべて“日本人の知らないアメリカ”がテーマの単著を3冊連続で発刊した。新聞やテレビ、ウェブではわからない超大国の素顔を現地在住者の目線でレポートする町山氏に、アメリカの現在、そして11月6日に控えたアメリカ大統領選挙の展望を聞いた。 ──『教科書に載ってないUSA語録』は、2009年~12年にかけて、町山さんが日常生活やテレビで耳にしたはやり言葉やキャッチフレーズでアメリカの社会や政治を読み解くコラム集ですが、文字通り日本人の知らない「アメリカ語」だらけですね。 町山智浩(以下、町山) アメリカ人も知らない言葉もありますよ。毎年たくさんの新語が生まれて、意味もどんどん変わっていくから、誰もついていけないんです。普通に子どもと会話しててもわからない言葉があるくらい。英語って、日本語より造語をつくりやすい言語なんですよね。 ──「Eastwooding」(クリント・イーストウッドする)とか、うまいこと言いますよね。 町山 そうそう。「ing」をつければなんでも動詞化しちゃうし、「フレネミー」(friend+enemy=frenemy:友達ぶった敵)とか「チナメリカ」(China+America=Chinamerica:中国とアメリカの運命共同体)とか、2つの言葉をくっつけたり。インターネット時代になると、文字を打つのが面倒だから略語も使うじゃないですか。 ──「lol」(lough out loud:大爆笑)とかですね。 町山 「lol」は日本語の「ワロタ」や「w」とまったく同じ。だからすごく似てる部分もあって、一番おかしかったのは「トロール」(troll:インターネット上の「釣り」)。アメリカ人も「I'm trolling(それ釣りだから)」って書き込みしてるから、なんでここまで一緒なんだろうって(笑)。 ──そういったはやり言葉だけでなく、政治家の言葉もたくさん掲載されてますね。日本でも政治家の失言は叩かれますが、アメリカもそういうところは敏感ですか? 町山 ええ。というかむしろ、アメリカの「インターネットミーム」(ネット上で広がるネタ)は日本の比ではないです。失言からわずか数分以内にツイッターを埋め尽くさんばかりに拡散するし、失言をもとにしたコラ画像やMAD動画も大量に作られます。最近は特に、世間が失言で大騒ぎしすぎなんですよね。でも逆に、政治家の言葉は、キャッチフレーズになった場合は大きな力を持つんです。 ──オバマ大統領の「Hope」や「Change」みたいに。 町山 そのワンフレーズで国が動いちゃう。日本でもかつて「小泉劇場」なんてのがありましたけど、アメリカはもっと極端。ワンフレーズ・ポリティクスの国だから、この本でも政治ネタが非常に多くなってるんです。 ──お話を伺う限り、ネタには困らない感じだったんですね。 町山 ネタよりもオチで苦労しましたね。僕は、コラムってオチがなきゃいけないと思ってて、最後で笑えない原稿になったときはすごい罪悪感が……。どうしてもいいオチが浮かばないときは、娘に原稿を見せて考えてもらったり、ツイッターで「オチがなくて苦しんでまーす」ってつぶやいてみたり。 ──そうやって誰かのオチが採用されたケースもあるんですか? 町山 ええとね、かみさんが考えたオチは使わせてもらいました。ペッパー・スプレー(Pepper spray)っていうトウガラシの辛味成分を噴射するスプレーが問題になってるっていう話で。 ──あのオチは奥様の案だったんですか!(気になる方は、お手に取ってご確認を) 町山 あと、オチとは関係ないんですけど、文章だけだとどうしても発言者の雰囲気やおかしさが伝わらないところもあって、そこは澤井健さんのイラストにずいぶん助けられました。 ■「貧乏人に税金を使うな!」vs「金持ちに課税しろ!」 ──『USA語録』は時に下世話な笑えるコラム集ですが、ほぼ同時期に書かれた『99%対1% アメリカ格差ウォーズ』は、よりジャーナリスティックにアメリカ社会に切り込んでらっしゃいますね。 町山 『格差ウォーズ』の取材ではスマホを持ち歩いて、Ustで同時中継ルポみたいなことをしてたんですよ。証拠を残しておこうと思って。でも、いかんせん時差の問題で日本では見てくれる人が少なくて、「これは意味がねえ!」って途中でやめちゃいましたけど。 ──そういった現場感は本からも伝わってきます。書名の『99%対1%』は、上位1%の大金持ちがアメリカ全体の富の4割近くを独占している事態(原因はブッシュ政権時代の富裕層への減税)を表しているわけですが、象徴的なのは「ティーパーティー」と「ウォール街を占拠せよ」という2つの運動ですね。 町山 ティーパーティーの参加者は主にオバマの医療保険改革(「オバマケア」と揶揄される)に反対する人たち。大半は50代以上の白人で、だいたい襟のある服を着てるんですよ。一方で、アメリカの金融界に抗議してウォール街を占拠した人たちは、ほとんどが若者で人種もばらばら。格好はボロボロのジーンズにTシャツとかで、ピアス率が異常に高い。 ──そして、金持ちの白人は「貧乏人の医療保険に税金を使うな!」とアジり、貧乏な若者たちは「Tax the Rich(金持ちに課税を)」というプラカードを掲げていると。 町山 金持ちが気にしてるのは年金と高齢者用の医療保険なんですけど、どちらも破綻しかかってるんです。なのに、政府は貧乏な人たちの医療保険などの福祉にお金を回そうとしてる。だから「そんなことしたらオレたちの取り分が減るだろ!」「がんばって働いた見返りを待ってたのに、話が違うぞ!」と怒ってるんです。でも、若い子たちからすれば、最初から働き口もないひどい状態だから「せめてスタート地点に立たせてくれ!」と。彼らの多くは失業者ですからね。ウォール街を占拠している人たちに「なんで来たの?」ってインタビューしたら「職がないから」ってすごいストレートに答えてくれて。 ──そんな困った国のリーダーを決める大統領選挙が、来る11月6日に行われるわけですが、日本ではあんまり話題になってないんですよね。 町山 一番問題なのは、大統領選でいろんな政策論争が交わされてますけど、そこで対日政策が一切争点になっていないこと。アメリカにおける日本の経済的な存在感はゼロに近くなってるんです。 ──そういう理由なんですね。てっきり、日本がアメリカに興味をなくしてしまっているだけなのかと。 町山 もちろんそれもあると思います。どっちもどっちなんですよね。日本の雑誌も中国の記事ばっかりでしょ? アメリカでも「タイム」や「ニューズウィーク」は毎回中国とインドですよ。この両国はいま中流層が拡大しつつある過程で、彼らはいずれ巨大な消費層になります。日本とアメリカがなぜ大国になったかというと、消費力があったから。国力というのは生産力だけじゃなくて消費力=中流層の人口も重要。その点で中国とインドのポテンシャルは計り知れないから、これはヤバい。 ──逆にいえば、いま日本とアメリカが弱っているのは、格差が広がって中流層が崩壊しているからだと。 町山 中流がいない、一握りの金持ちとたくさんの貧乏人で構成される国のことは「第三世界」といいますからね。だから、いまやらなきゃいけないのは格差の是正なんです。 ■フロリダ州とオハイオ州を制した者が勝つ ──今回の大統領選は、「新自由主義」路線の共和党ロムニー候補 vs.「富の再分配」を標榜する民主党オバマ大統領ということになりますね。 町山 ロムニーのは、金持ちがもっと金持ちになればトリクルダウン(滴り落ちる)する、つまり貧乏人もおこぼれに与れるという理論だけど、それって科学的な根拠がないし、すでにブッシュ政権で失敗してます。一方のオバマは、大金持ちに課税して財源を得ようとしてるけど、議会で共和党に反対されて、まだ一度も課税法案を通せていない。 ──町山さんは、どちらが勝つと予想されます? 町山 オバマでしょうね。実はアメリカ大統領選って、フロリダ州とオハイオ州を制すれば勝つんです。アメリカでは共和党が強い州と、民主党が強い州がはっきりしているんですけど、どちらが勝つかわからない激戦州というのがいくつかあるんです。 ──共和党が強い州では、民主党の候補は何をしても勝てないわけですね。その逆もしかりで、結果として、その激戦州での選挙戦がカギを握る。つまり一握りの州の結果が勝敗を左右してしまうと。 町山 中でもフロリダとオハイオは、歴史的に見ても非常に影響力が大きい。まず、フロリダで票を動かすのは引退したユダヤ系の老人たち。フロリダって、州の政策として高齢者の税金を優遇したりして老人を呼び込んでるんです。彼らがニューヨークなど他の州で稼いできたお金をフロリダで使わせるためにね。で、この老人たちの関心事は何かというと、自分たちの年金と医療保険だけ。だから、そこだけ気をつけて戦えばいいんです。 ──有権者がユダヤ人=ユダヤ教徒ということは、共和党のロムニーは「福音派」(プロテスタント系のキリスト教右派。共和党の支持基盤でもある)というカードを切れませんね。 町山 フロリダはキューバ系の移民も多いんですけど、彼らはとにかく「共産主義が嫌い!」っていう思想だけ。あとね、ロムニーは大失言やっちゃったんですよ。アメリカ国民の47%は所得税を払ってないんですけど、彼は「所得税払わないやつらのことなんかどうでもいい」って言っちゃった。この47%にフロリダの老人は全員含まれるんですよ、所得がないから。 ──それは痛いですね。一方のオハイオは、どういう州なんですか? 町山 オハイオはもともと工業地帯で、東欧とかロシア系、あとイタリア系やアイルランド系の移民労働者が多い。彼らはプロテスタントではなくロシア正教やカトリックだから、やっぱり共和党にとっては戦いにくい。そもそもロムニーはモルモン教徒だから、キリスト教徒の支持を得にくいんです。その点、オバマはクリスチャンだからまだ有利なんですね。 ──それにしても、たった2州が世界のリーダーを決定するって、とんでもない話ですね。 町山 そこに関しては、最近はアメリカ人も「国の運命を決めるのが、ド田舎の労働者と年寄りでいいのか!」って怒ってるんですど、どうしようもない。 ──選挙のシステム上、重要な州である以上、そこに媚びるしかないんですね。 町山 ところがロムニーは、オハイオに対してもやらかしてるんです。オバマが09年に、経営破綻したGM(ゼネラルモーターズ)に公的資金を投入したとき、ロムニーは「自己責任で倒産させろ」って反対しちゃったの。結果的にGMは再生して自動車業界は救われました。で、オハイオには自動車工場もたくさんあるんですよ。大統領選に出るつもりだったら、絶対に言っちゃいけないことだった。 ──『USA語録』『格差ウォーズ』共に、失言製造機のサラ・ペイリン女史など共和党の議員が出てきますが、ロクな人がいない……。 町山 日本よりはマシですけどね(笑)。 ■アメリカ、中国、インドが三位一体で世界を支配!? ──では、今後アメリカはどこへ向かうのでしょう? 町山 いま中西部と南部では産業が崩壊しちゃったからスキルもないし、キリスト教原理主義だから高等教育を拒否して低教養な人たちが急増してるんですけど、彼らのような、「市民」として機能しない人たちをどうするのか。放っておくわけにもいかないから、アメリカはこれから大変な重荷を背負うことになります。 ──日本も、ここ20年くらいで就職し損なった人たちがたくさんいますから、同質の問題を抱えていますね。 町山 加えて、いまアメリカの一流大学の学生の半分くらいは、中国やインド系のアメリカ人もしくは留学生に占められつつあります。だからシティバンクとかアドビとかぺプシとか大企業のCEOにもインド系が増えて来ました。逆に白人のエリートは減っています。 ──学費が高すぎて大学に行けないアメリカ白人が増えている一方で、お金持ちの中国人やインド人がどんどん入ってくると。 町山 アメリカの中高生のレベルは先進国でも最低レベルですが、大学は世界一なんです。世界中のエリートがアメリカで学ぶから、、今後もアメリカは世界の「知的覇権」みたいなものを維持していくでしょう。ただ、中国とインド系のアメリカ人がアメリカの経済だけでなく、政治に加わるとどうなるのか。あるいは留学生たちが祖国に帰ってからどうするのか。おそらくアメリカで教育を受けた人たちはエリートになるでしょうから、中国もインドも変わらざるを得ないでしょう。当然、アメリカと両国との関係性も変わっていって、米中印の三位一体で世界を支配していくんじゃないですか。 ──そこで日本は……。 町山 仲間に入れてもらえないでしょうね。日本からの留学生は激減していますし、政治家が英語できない国だし。 ──ならば、この『USA語録』で英語の勉強を……。 町山 「まえがき」にも書きましたけど、まったく役に立たないどころか、うっかり日常で使うと銃で撃たれちゃうようなヒドい言葉も載ってますから(笑)。 (取材・文=須藤輝) ●まちやま・ともひろ 1962年、東京都生まれ。早稲田大学法学部卒。編集者として雑誌「映画秘宝」(洋泉社)創刊後に渡米。コラムニスト、映画評論家として「週刊文春」「ニューズウィーク日本版WEB」「クーリエ・ジャポン」「映画秘宝」などに連載を持つ。TOKYO MXTV『松嶋×町山 未公開映画を観るTV』、TBSラジオ『たまむすび』出演中。著書に『〈映画の見方〉がわかる本』(洋泉社)、『99%対1% アメリカ格差ウォーズ』(講談社)、『教科書に載ってないUSA語録』(文藝春秋)、『アメリカ人の半分はニューヨークの場所を知らない』(文春文庫)など。

「自分はハッピーエンドのつもりでいた」脚本家・虚淵玄が語る『魔法少女まどか☆マギカ』の未来

1211_madomagi1.jpg
(C)Magica Quartet/Aniplex・Madoka
Movie Project
 オリジナル・テレビアニメ作品として昨年放送された『魔法少女まどか☆マギカ』(以下、『まどか☆マギカ』)。2012年10月現在、その再編集版という位置付けで、劇場版の前後編である『劇場版 魔法少女まどか☆マギカ[前編]/始まりの物語』、『劇場版 魔法少女 まどか☆マギカ[後編]/永遠の物語』が上映中だ。本作は、テレビシリーズの再編集版であることに加え、全国43スクリーンでの数少ない上映という条件の中、後編が初日2日間の興行収入ランキングで第1位を記録。まさに"社会現象"を巻き起こしている。  それぞれの思いを胸に魔法少女として魔女に立ち向かうことを選んだ少女たちの戦いを描いた同作は、パッと見、可愛らしい「魔法少女もの」だが、フタを開けてみればこれまでの魔法少女ものとは一線を画すショッキングな展開や視覚表現・構成がうけ、放送当初から人気に火がついた。同作のBlu-ray Disc1~3巻の売上げは、日本でのテレビアニメ歴代売上げ3位までを総ナメするという大記録を樹立。また、「第43回星雲賞メディア部門」をはじめとした数多くの賞を受賞するなど、高い評価を受けた。  今回は、そんな話題作の脚本を務める虚淵玄(ニトロプラス)氏に直撃インタビューを敢行! 劇場版に対する所感から、虚淵氏の制作に対する姿勢、さらには先日発表された完全新作の劇場版第3作の話までをうかがった── ──現在公開中の劇場版前後編は、テレビで放送されたものを再構成した作品ということですが、実際に今回の劇場版をご覧になっていかがでしたか? 虚淵 まず、テレビ放送中から話題になっているのは見聞きしていましたが、その時は視聴者の顔は見えませんでした。しかし、今回の映画で、シネコンに行ったら『まどか☆マギカ』の看板がかかっていて、そこに吸い込まれていく沢山の人の顔を見ることができた。大変嬉しいことだと実感すると同時に、改めて『まどか☆マギカ』の人気はスゴいことになっていると驚きました。  作品に関しては、ただの総集編かと思って油断していたんですけど、ほぼ作り直したようなすさまじい仕上がりでしたね。純粋に、テレビですでに観た視聴者にももう一回観てもらえるだけの素晴らしい作品になっていると思います。 ──一番印象に残ったシーンはどこですか?
1211_madomagi2.jpg
変身カットでは、厚遇されている(?)魔法少
女・巴マミ。(C)Magica Quartet/Aniplex・Mad
oka Movie Project
虚淵 強烈だったのは、新しく描き直された背景でした。それに、新たな音響演出や、追加された魔法少女の変身シーンによって、ひときわキャラが強烈になりましたね。二度変身した(魔法少女の1人である巴)マミさんなんか、変身カットは使い回すかと思いきや二回とも作り直されていて……しかも、バックの音楽がボーカル付きという好待遇でしたから(笑)。 ──今回の劇場版では、ストーリーはそのままに、画作りにすごく凝っていた印象です。 虚淵 この作品を劇場版にするという時に、テレビ版から脚本を再構成しようという話も当然ありました。ただ、やはり物語の進行上、テレビ版から構成を動かすことはできないということになったんです。オープニングの挿入や(魔法少女の1人・暁美)ほむらの回想も、ここからは動かせないだろう、と。 ──すでにテレビ版の時点で、構成として完成されていたということですね。そんな『まどか☆マギカ』のテーマというのはなんだったのでしょうか?
1211_madomagi4.jpg
主人公である鹿目まどかを始め、魔法少女たち
の「祈り」を肯定する本作。(C)Magica Quartet/
Aniplex・Madoka Movie Project
虚淵 『まどか☆マギカ』は、「魔法少女もの」というお題の前提として、「祈り」(=願い)を意識しています。今作のテーマは、「少女の祈りを世界が良しとするか否か」という点です。少女の祈りを突っぱねて、ただただ無情に運命が転がっていくだけの世界が、(彼女たちの)祈りを肯定する世界に切り替わる物語にしたいな、とは思っていました。つまり、『まどか☆マギカ』は「魔法少女」というジャンルを全肯定する作品にしたかったんです。 ■作品はエンターテイメントがすべて  虚淵氏はこれまでも、明示的な「全肯定」を与える物語ではなく、むしろ「無情に運命が転がっていくだけの世界」を背景とした作品を多く手がけている。元々、有名アダルトゲームメーカーで18禁ゲームの脚本を担当してきた氏の描く物語は、主要キャラが容赦なく殺されたり、複雑に張り巡らされた因果の糸に絡めとられていくような重厚な展開で知られていた。それは氏がシナリオを担当してカルト的人気となった18禁ゲーム『沙耶の唄』や、近年テレビアニメ化された『Fate/Zero』(原作)などにも通底している。それでは、虚淵氏が物語を作る上で心がけていることとは── ──新作も今後公開されるとのことでしたが、『まどか☆マギカ』はすでにコミカライズに加え、スピンオフであるマンガ版『かずみ☆マギカ』『おりこ☆マギカ』(共に芳文社)など、かなり多角的に展開されています。こうしたスピンオフ作品は劇場版新作とはかかわってきたりしないんでしょうか? 虚淵 しないですね。 ──そもそも、こうしたスピンオフ作品には虚淵さんは基本的に携わっていないのですか? 虚淵 そうですね。設定上の不整合があったときには、指摘する場合もある程度です。もし、自分が『まどか☆マギカ』を一人で書いて独占していたら、それはただの"作品"として、印税をもらえるだけのものでしかありません。でも、『まどか☆マギカ』のように、色々な人たちによって語り継がれることで物語は"伝説"になっていく。自分はそれが「物語」というものの健全な進化だと思うんです。産み落とした子どもに養い続けてほしいか、独り立ちして名を成してほしいか。どちらを望むかというだけの話です。 ──小説などと違い、ゲームやアニメという共同作業が前提の業界で活躍されているからこそ培われた感覚なのかもしれないですね。元々、虚淵さんは18禁ゲームでシナリオを執筆されていました。そこから、一気にテレビアニメの脚本家としてスターダムに登ったという実感はありますか? 虚淵 そもそも自分がスターダムに登ったとは思っていません。自分を取り巻く状況に変化はありましたが、自分の創作の軸は変わっていない。何であろうとエンターテイメントとして作品を作る。それがすべてですから。
1211_madomagi3.jpg
未来的な街並みの中に、風車のある背景が描か
れている。(C)Magica Quartet/Aniplex・Madoka
Movie Project
──「エンターテイメントがすべて」とおっしゃいましたが、『まどか☆マギカ』では、風力発電の風車が出てくるなど、「偶然ながらも、昨今の風潮を反映したような未来が描かれている」といった、社会的な観点からの評価も聞こえてきます。テレビ本放送時は最終回を含む数話が東日本大震災で一時放送中止になったことからもわかるように、震災の時点ですでに最終話は完成しており、この符号は偶然ではあったのですが、普段の執筆の際にその時々の世相を物語に反映することはあるのですか? 虚淵 仮にも現代を生きているわけだから、もしかしたら無意識に影響を受けている部分はあるかもしれないです。だけど、ことさらそれを意識するということもないですね。 ──東日本大震災後に執筆された新作に関しても同じことなのでしょうか? 虚淵 そうですね。「震災でこれまで信頼していたものが揺らいだ」と言っても、自分の中ではとっくの昔に世界の底は抜けていましたから。それこそ、僕らの世代では、オウムのサリン事件や阪神大震災などがありましたし。 ■ テレビ版のエンディングに対する新房監督との解釈の違い  あくまでエンターテイメントとしての作品にこだわり、制作を続ける虚淵氏。今回の映画の続編となる完全新作『劇場版 魔法少女まどか☆マギカ [新編] 叛逆の物語』は、すでに脚本も完成しているという。『劇場版 魔法少女 まどか☆マギカ[後編]/永遠の物語』の最後に流れる新作の予告編も気になるのだが、その内容と制作の裏側を直撃すると── ──劇場版3作目は完全新作ということですが、制作の経緯としては? 虚淵 テレビ放映の最後のほうから話は上がっていました。ただ、自分の中では完結した作品だったので、どんな話を作ればいいか、入り口が見えるまでは大変な苦労でしたね。新作に関しては、テレビ版の脚本を書き上げた後で付け加えられた演出や美術の追加設定を足がかりにしなければ到底生まれないストーリーでした。とっかかりができてからは、あっという間に話は進んでいきましたが。 ──内容に関してもうかがってよろしいでしょうか? 虚淵 現段階では、自分は何もコメントできないんです(笑)。公開された予告編がすべてです、ということで……。
1211_madomagi5.jpg
テレビ版のエンディングに対する監督との解釈
の違いが、新作のきっかけとしてあるという。
(C)Magica Quartet/Aniplex・Madoka Movie
Project
 ただ、今回の新作ができたきっかけとしては、テレビ版のエンディングに対する自分と(監督の)新房昭之さんの解釈の違いがあったということは言えます。自分はハッピーエンドのつもりでいたんですが、新房さんとしては必ずしもそうではなかったようなんです。それを聞いてはじめて自分のなかで意識の切り替えができて、新作に向き合うことができました。それに、劇場版新作の後もテレビシリーズをやりたいと思っているので。と言っても、具体的な話はまだ何もないですが(笑)。  せっかく色々なクリエイターさんによるスピンオフが出て『まどマギ』の世界観の可能性は立証されているので、その可能性の芽を摘まずに、作品にとって一番良い未来を考えていきたいです。  名実共に伝説化し続けている『まどか☆マギカ』サーガはまだまだ終わらない。現代の新たな神話の誕生という歴史的瞬間に立ち会うためにも、ひとまず現在公開中の劇場版を観に行って、来たるべき新作に備えよう! ■虚淵玄(うろぶち・げん) 1972年生まれ。シナリオライター。ゲーム制作会社・ニトロプラスに所属しゲームのシナリオライターとして活躍する一方、『ブラスレイター』などでアニメ作品にも携わる。シリーズ構成から全話の脚本までを初めて一人で担当したTVアニメ『魔法少女まどか☆マギカ』(TBS系)が大ヒット。2012年10月からはストーリー原案・脚本を担当するTVアニメ『PSYCHO-PASS サイコパス』(フジテレビ系)が放送中。
1211_madomagi_intro.jpg
『劇場版 魔法少女まどか☆マギカ[前編] 始まりの物語』 『劇場版 魔法少女まどか☆マギカ[後編] 永遠の物語』 『化物語』『さよなら絶望先生』をはじめ、多くの作品でタッグを組む新房昭之監督×シャフト制作に加え、キャラクターデザインにマンガ家の蒼樹うめ女史、脚本にシナリオライターの虚淵玄(ニトロプラス)氏という、豪華なスタッフ陣が集結し、制作された『魔法少女まどか☆マギカ』の劇場版。テレビシリーズでは、2011年に第15回文化庁メディア芸術祭アニメーション部門大賞、2012年に、第43回星雲賞メディア部門などを受賞している。現在、テレビシリーズの総集編である劇場版が、前編・後編ともに全国の映画館にて公開中。 公式サイト:http://www.madoka-magica.com/

1211_madomagi_pre.jpg
■プレゼントのお知らせ 今回、お話をうかがった虚淵氏のサイン入り『劇場版 魔法少女まどか☆マギカ』のパンフレット(前後編)をセットで1名様にプレゼントします。ご応募はこちらから。 【応募〆切:2012年11月11日(日)23時59分まで】