「満島ひかりは一筋縄ではいかない女優」熊切和嘉監督が描く、自由奔放な女の生きざま

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撮影=後藤秀二
 30歳を過ぎても結婚に焦ることなく、落ち着き払った独身女性がいたとしたら。人々は陰で思うだろう、「未亡人か離婚したか」「きっと何か理由があるんだよ」と。  『夏の終り』の主人公である相澤知子(満島)は、別れた夫のもとに娘を置いてきた、いわゆるバツイチ。年上の作家の小杉慎吾(小林)と週の半分を一緒に暮らしているが、慎吾は残りの日を本妻のいる自宅で過ごす。知子は慎吾に「奥さんと別れて」などと言わず、このまま穏やかな関係を続けたがる。知子のもうひとりの恋人、木下涼太(綾野)には理解できない関係だ。知子は慎吾を自分のものにしたいと、本当に思っていないのか……。  瀬戸内寂聴の私小説でもある、この不可解な三角関係の物語を、『海炭市叙景』の熊切和嘉監督が映画化。満島ひかり、綾野剛、小林薫という俳優陣を迎え、自由奔放な女性の生きざまを映し出した。観賞した男性には賛否両論だという知子だが、熊切監督はどう受け止めたのだろうか? ――熊切監督が文学的な女性映画を作ったことに、正直驚きました。 熊切和嘉(以下、熊切) そうですね。まさに、女性映画を作ってみたいなと思ったんです。女性映画の基準は人それぞれですけど、女優が真ん中にしっかり立っている映画にしたいと思って撮りました。僕にとっては、成瀬巳喜男監督の高峰秀子映画みたいなイメージです。 ――瀬戸内寂聴さんの原作を読んだ時の印象は? 熊切 時代物、文芸物なんてできるのかなと不安に思いつつ読んだんですけど、ヒロインがとにかく面白くて(笑)。思ってたよりずっとはねているし、みっともなさも全開。そこが面白いなと思いました。 ――やはり、ヒロインの知子に惹かれましたか? 熊切 僕は、かわいい人だなと思いましたよ。不器用で、正直で。言わなきゃいいのにっていうことを言っちゃったりするところもかわいい。文芸作品のヒロインって、もっとエレガントだったりただ美しい人が多いけど、そういうヒロインに僕はあまり興味がない。でも『夏の終り』は、常識を平気ではみ出しているし、キレイごとじゃない部分も描いている。だから、やりたいと思いましたね。 ――知子は妻帯者の慎吾と交際しつつ、さらに若い恋人もいます。 熊切 この作品って、ヒロインの魅力のほかに、この関係性の面白さがある。慎吾は夫かと思いきや、本宅に帰っていくんですからね(笑)。複雑で、緊張感があり、奇妙でもある関係性。そこが面白いと思います。 IMG_6800.jpg ――ちなみに、試写を見た男性の反応はどうですか? 熊切 分かれますね。年齢がいっている人は、身につまされるみたいなことをおっしゃってたり。若い人ほど、拒絶反応を示す傾向があるかな。音楽をやってもらったジム・オルークも、「こういう女性は許せない」って言ってましたし(笑)。でも実際はこういう人って身の周りにはいると思うのに、今までの映画の中では、意外と描かれていないキャラクターな気がする。実は、新しいキャラクター像に挑戦したつもりなんです。 ――この時代にあって、なぜ知子がここまで奔放な性格になったかというのを、特に説明もしていませんね。 熊切 それは極力しないようにしました。理解できないぐらいにしたかったので。 ――満島ひかりさん演じる主人公の知子は、原作では30代後半の設定ですが。 熊切 満島さんって独特というか、年齢不詳な感じがいいと思ったんです。やつれた感じに見えるときもあるし。回想シーンで若い時期を演じる必要もあったので、年上の人が若作りするよりは、もともとかわいらしい人がよかったんです。 ――熊切監督から見て、満島さんはどんな女優ですか? 熊切 予想はしてましたけど、一筋縄ではいかない人でした。台本に書いてあるからと、心なくパッとやるような、そんなテレビ的なお芝居をする人ではないし、僕もそういうのはハナから求めてはいなかったですし。自分の核となる部分に、役を落とし込んで演じようとする役者。満島さん自身、知子という役に関しては、「すごく共感できる部分と、まったくわからないところがある」と正直に言っていました。大変な役だったと思います。 ――熊切監督が特に好きな満島さんの表情は? 熊切 ポスターにもなっている、この顔は好きですね。一晩寝ないでくれって頼んだんですよ。寝ずに呆然としていたというシーンだったので。一瞬だけ寝ちゃったらしいですけど、いい顔をしてましたね。 ――前作『莫逆家族 バクギャクファミーリア』とは真逆の作風となりましたね。 熊切 ああいうのをやると、真逆の作品を作りたくなるんです(笑)。そのほうが精神衛生上、いいんですよ。『海炭市叙景』の後だったら、こうはならなかった気がします。僕の作品は大きく二分できて、「白熊切」「黒熊切」なんて言われるんですけど(笑)。『夏の終り』は「白熊切」じゃないですかね。 ――過去の作品においても今作も、マイノリティなキャラクターが多いのはなぜですか? 熊切 あまり光が当たらない人たちに肩入れしてしまうんです。報われない人のほうが好き。映画の企画を考えるとき、いつも思い出す光景があるんですよ。小学2年生ぐらいのとき、地元の帯広にあるイトーヨーカドーの1階のフードコートで、本気モードで昼飯を食べてるおじさんを見て、なぜか切なくなったんですよね。今回も、たとえば小林薫さんが演じるシーンを考えるときなんかに、ふとそれを思い出してました。『莫逆家族』でも、カップラーメンをもそもそ食べてたりとか。実は毎回そういう、哀愁漂う人間のシーンを入れてるんです。 IMG_68343.jpg ――そういった光の当らない人を描こうという意識が、常にあるんですか? 熊切 うーん、その経験は確かにずっと胸にあるんだけど、映画を作っていると、突然変異的に変なキャラクターが生まれちゃうだけで。昔も今もそうなんですけど、出来上がってみないとわからない。あまり計画、計算ができないんですよ。唯一、計算してやっているのは編集だけ。撮影現場では感覚で見ているような感じです。セリフをちょっとぐらい間違えててもOKにしちゃうし。集中して見てはいるけど、気持ちが芝居の中にあればいいっていうスタンスです。 ――熊切監督はいいペースで作品を製作、公開できているように思いますが、映画業界に対する不満や要望はありますか? 熊切 普通ですけど、映画料金って高いよなぁって思います。どうにかならないんですかね。1000円ぐらいだったら、みんなもっと見るのに。一方で、100円でDVDレンタルできたりもしますよね。僕もすごく活用するんですけど、活用しつつ切なくなるというか。前に『ノン子36歳(家事手伝い)』の中で、ヒヨコ何千羽が逃げ惑うというスペクタクルなシーンを大変な思いをして撮ったんですよ。それがレンタル店で「何千羽が100円か…」って、がっかりしちゃって(笑)。 ――「DVDになったら見ればいいや」と思う人が増える一方ですもんね。『夏の終り』も、劇場で見てほしいという思いがありますか? 熊切 『海炭市叙景』と同じチームでやったんですけど、古い日本家屋の中で撮っているので、光と影、陰影をキレイに出すことを心がけたんです。デジタルですが、暗闇の黒がキレイに出せているんですよ。だけどDVDで見ると、暗闇が波打って見えるかもしれない。だから、ぜひスクリーンで見てほしいんですよね。 ――最後に、日刊サイゾー読者にメッセージをお願いします。 熊切 主人公の知子は、見る人によっては拒絶しちゃうぐらい奔放な女性なんですけど、そこで引かずにどうか受け止めてください! きっと魅力がわかるはずです。好きになるかどうかはまた別の話ですが(笑)。 (取材・文=大曲智子) ●くまきり・かずよし 1974年生まれ、北海道出身。97年、大阪芸術大学の卒業制作『鬼畜大宴会』が第20回ぴあフィルムフェスティバルにて準グランプリを受賞。ベルリン国際映画祭パノラマ部門正式招待など、国内外で高い評価を得る。主な監督作に、『アンテナ』『青春☆金属バット』『フリージア』『ノン子36歳(家事手伝い)』『海炭市叙景』など。14年に『私の男』の公開を控える。 natsuowai.jpg 『夏の終り』 8月31日より有楽町スバル座ほか全国ロードショー 監督/熊切和嘉  原作/瀬戸内寂聴『夏の終り』(新潮文庫刊) 出演/満島ひかり 綾野 剛 小林 薫 公式サイト <http://natsu-owari.com> (c) 2012年映画「夏の終り」製作委員会

「正直、ヒットするとは思わなかった」長井龍雪が語る『あの花』制作秘話とアニメの可能性

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アニメ業界一、照れ屋だといわれる長井監督。
 2011年4~6月にフジテレビ・ノイタミナ枠などで放送されたアニメ、『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』(通称『あの花』)。見たことはなくとも、タイトルだけは聞いたことがあるという人も、少なくないのでは? 登場するのは、子どもの頃に仲の良かった6人組。小学生のときにそのうちのひとりが事故で亡くなり、疎遠になってしまっていた彼ら。しかし、死んだはずの女の子・めんま(本間芽衣子)が、元リーダーじんたん(宿海仁太)の前だけに現れたことをきっかけに、高校生になった5人は再会。押し込めていた想いを解放していく物語だ。 一方通行の恋心、仲間への嫉妬心、取り戻せないあの日……。若者の心情が痛々しく描かれるアニメでありながら、それでも少しずつ前に進む彼らを丁寧に描いたことで共感と評判を呼び、深夜にもかかわらず、大ヒット。Blu-rayとDVDの累計出荷本数は27万本を記録した。あれから2年。テレビシリーズを再編集し、彼らの1年後の新規エピソードを加えた『劇場版 あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』が、夏の終わりに公開される。監督は、テレビシリーズ『あの花』はもちろん、『とらドラ!』や『とある科学の超電磁砲』シリーズも手がけた長井龍雪。次世代を担うアニメ監督である長井監督にとっての『あの花』とは? そしてアニメの可能性とは? たっぷりと話を聞いた。 ――『劇場版 あの花』、今まさに制作中ですか? 長井龍雪(以下、長井) はい、まさに真っ最中です(笑)。ほかの作品もやっているので、そっちもやりつつですが(編注:取材時は『とある科学の超電磁砲S』放送中だったため)。さすがに年齢的に徹夜はキツいので、適度に睡眠を取りながら頑張っているところです。 ――それでは、渦中だからこそのお話をいろいろ聞かせてください(笑)。2011年春にテレビ放送された『あの花』は、その面白さがクチコミで広がり、普段あまりアニメを見ない人も見るほどブームになりましたね。 長井 まさかこんなに喜んでいただけるなんて、スタートしたときは全然思ってなかったんです。もちろん自分としての満足度は高かったけど、それとお客さんが満足してくれるかはまた別なので。自信を持って面白いと思って作っていましたけど、なんせ地味な話なので。正直売れる気はまったくしませんでしたね。 ――地味かもしれないですが、見た人たちの心には確実に刺さったと思いますよ。 長井 そう言っていただけるとうれしいですね。飛び道具的な部分はあったにせよ、淡々と続く地味な話だと思うので。 ――劇場版の話はいつ出たんですか? 長井 テレビシリーズが終わって、しばらくたってからですね。放送中はなかったです。 ――そうなんですね。放送後、物語の舞台となった埼玉県秩父市でファンイベントを行っていたので、放送中から大ヒットの手応えは感じていたのかと。 長井 でも、あのイベントは早い段階から仕込んでいましたから。秩父でやるって話を最初にされたとき、「みんな、何言ってるんだろう?」って思いましたもん(笑)。「なんで秩父に、そんなに人が集まると思うんだ!?」って、完全に引いてました。 378A4532.jpg ――結果、イベントは大成功でしたよね。そもそも『あの花』って、どの年代をターゲットにしていたんでしょうか? ノイタミナ枠だったので、20~30代ぐらいなのかと思ってましたが。 長井 いや、もうちょっと若い世代ですね。作ってる僕が30代後半だから、その年代の雰囲気は出ちゃうんですけど、30代が懐かしがるものって、ちょっと気持ち悪いなって思って(笑)。もうちょっと若い人たちが何かを感じられるように、とは考えてました。 ――でも、フタを開けてみれば30~40代の人たちにも支持されました。世代というより、あまり明るい青春を送れなかった人たちからも共感を得られたというか。 長井 そうですね。僕も、そんなキラキラ光る青春時代はなかったですから。でもじんたんたちって、物語中でキラキラして見えるんですけど、やってること自体はすごく鬱々としてる。鬱々していてもいいんだよっていう、自己肯定の話なのかなって。 ――そんな裏テーマがあったんですか!? 長井 今にして思えばですけどね(笑)。作っている最中はわりと入り込んでるので、キャラクターがつらいときは「つらいよね」って思いながら作ってたりもするんです。終わって、いい作品だと捉えてくれるお客さんがいて初めて、そういうふうにも見てくれてたんだって思えるんですよ。 ――監督としては、何にポイントを置いて演出をしていたんでしょうか? 長井 やはり感情表現が一番の土台になっていますね。もともとの企画が、「小学生の頃に仲良かった友達って、大人になると疎遠になるよね」というところから始まったんです。関係性の話を根っこにして、各キャラクターの気持ちの動きが見えるようにしたいと思って作ってました。 ――事故で死んでしまった女の子・めんまをここまで前面に出すことは、最初から決めていたんですか? 長井 いえ、最初の設定では狂言回しみたいな役割だったんですよ。それが話を進めるにつれて、重要度がどんどん増していった。正直「じんたんって、そんなにめんまのこと好きだったのか」って僕らが思うぐらい(笑)。「小学生のときの話だぞ!?」って思いながらも、そうなっていったんですよね。最初は第1話みたいにふわっと現れてふわっと消えるぐらいの予定だっためんまが、ふわっとは消えられない感じになってきた。そういう意味ではとてもライブ感のある作品でしたし、そこに役者さんの声と芝居が入ることで、性格的な部分がさらに膨らみました。 ――じんたんについては、どう捉えていましたか? 最初は学校にも行かず家に引きこもっているという、主人公らしからぬ主人公でしたが。 長井 序盤の、彼が鬱々としてるときはとても共感できたんです(スタッフ一同笑)。でも「なんかこいつカッコイイな」って思いだしたら、僕とは距離ができてしまいましたね(笑)。じんたんは一番成長が見えるキャラクター。乗っかりやすい、見えやすいキャラクターではありました。 ――『あの花』は、普段アニメを見ない人も見やすい作品です。深夜アニメ慣れしたファンに向けた作品と、区別をしていたんですか? 長井 いや、僕は、間口は広く取りたいな、といつも思ってるんです。実は、僕の奥さんがアニメを全然見ないんですよ。ですから常に、うちの奥さんでも見られるアニメを作る、というのは意識してます。逆に言うと、アニメファンだけに向けて作ることはあまり考えてないですね。でもうちの奥さんにとっては、『あの花』でさえアニメってだけでハードル高いらしくて。どんな話なのって聞かれて説明しても、最中に『やっぱりいいわ』って遮られるし、まず褒めてはくれないですしね(一同苦笑)。なんだろう、このつらい話……愚痴ではないですよ(笑)。 378A4759.jpg ――確かに、深夜アニメの存在すら知らない人も多いですからね。 長井 はい。そういう人たちがいるんだなってことを、常に意識させられてます(笑)。 ――長井監督は、アニメだから表現できるものって、なんだと思いますか? 長井 アニメのいいところは、全部を自分たちでコントロールできること。コントロールしないと何も起きない、まったくもって作為しかない世界。そういう部分が、怖くもあり面白い部分だと思います。アフレコなので、役者さんの芝居の間すら自分たちで決めることもできる。それは緊張もするし、ハマったときにはとても満足度が高いんです。 ――逆に、アニメで表現できないものは? 長井 僕は、最終的にはないと思ってます。もちろんできる部分とできない部分はある。たまたまカメラに鳥が映り込むというような偶然の奇跡は、アニメだと起こり得ない。それはもどかしくもあります。だけど、いろんな人の手を経てできていくので、その中での驚きというのがあります。だからこそ、手を尽くしさえすれば、表現できない部分はないと信じてます。今はできないことも、いつかできるって思って作っていますね。 ――長井監督の武器はなんですか? 長井 なんだろう……特にないんですよね。コンテを描いてしまったら、もう僕の中ではそうあるべきって決まっちゃうんですけど、そういう良くも悪くも周りが見えなくなるのがいいところなのかなぁ……。人の迷惑も顧みずに大変なカットを作ったり。あんまりよくないですね(笑)。 ――長井監督の絵コンテが素晴らしいという話は、あちこちで見聞きしますよ。 長井 そんなに大したことはなくて、なるべく伝わりやすいものを作ろうとしてるだけです。『あの花』のようなオリジナル作品は無から作っていくので、イメージをスタッフにどれだけしっかり伝えられるかが大事。あまり口が上手くないので、見てわかってもらえるようにコンテはなるべくちゃんと描こう、丁寧に描こうと思ってやっているだけなんです。 ――作品のメッセージがまずあり、監督はそれをどれだけ表現できるかというお仕事ということですね。最後に、読者に向けて『劇場版 あの花』の見どころをお願いします。 長井 テレビシリーズを見ていただいた方には、感謝の気持ちを込めて作りました。テレビシリーズから1年後の物語ですが、キャラクターが成長した部分または成長しなかった部分を見ていただけたらと思います。そんなに構えて見る作品ではないと思うので、初めて見てくれるお客さんも気楽に楽しんでいただけたらうれしいですね。 (取材・文=大曲智子/撮影=尾藤能暢) l_yuo_anohana_01.jpg ●『劇場版 あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』 監督/長井龍雪 脚本/岡田麿里 キャラクターデザイン/田中将賀 声の出演/入野自由 茅野愛衣 戸松遥 櫻井孝宏 早見沙織 近藤孝行 8月31日より全国ロードショー (c)ANOHANA PROJECT <http://www.anohana.jp/> ●ながい・たつゆき 1976年、新潟県生まれ。サラリーマンを経て、アニメ業界に入る。数々のアニメの演出を手がけ、06年『ハチミツとクローバーⅡ』で初監督。08~09年に放送された『とらドラ!』が大ヒットし、その名が一躍広まる。そのほかの主な監督作品に、『とある科学の超電磁砲』(09~10年)、『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』(11年)、『あの夏で待ってる』(12年)、『とある科学の超電磁砲S』(13年)などがある。

「17万人のメッセンジャーが生まれた」若者を動かした選挙フェスと、三宅洋平のこれから

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 自民党が大勝利を収めた先の参院戦だが、その一方で、新たな変化の兆しがあった。落選した比例代表候補の中で、ダントツの17万6970票を集めた無名の新人候補・三宅洋平。緑の党比例区から立候補したミュージシャンだ。選挙資金2000万円をカンパで集め、「選挙フェス」なる新たな手法で既存の選挙戦に殴り込みをかけた。ステージを組み、ミュージシャン仲間を次々と登場させ、バンドの伴奏に合わせてポエトリーリーディングのような演説を行うそのスタイルは、若者の間で広がる政治忌避を、街頭のフェス化によって変えようという試みだった。「選挙に立候補するのは、俺がみんなより強いからじゃない。あなたと変わりない俺が、勇気を振り絞っただけ」「俺はもう限界までやってるよ、君はどうするの?」――。自分への投票は二の次で、あくまで政治参加を呼びかける三宅の姿は、明らかにほかの候補者とは一線を画していた。全国17カ所で行われたこの選挙フェスは回を追うごとに動員を増やし、投票日前日、渋谷・ハチ公前には1万人以上の人が集まる騒ぎとなった。  惜しくも三宅氏は当選とはならなかったが、選挙後、NHKや朝日新聞でも取り上げられるなど各所で話題となった選挙フェスとは、いったいなんだったのか――。三宅氏に話を聞いた。 ――選挙を終えて約20日たちましたが(※取材時)、まずは現在の心境を教えてください。 三宅洋平氏(以下、三宅) 自分みたいな存在が選挙に出るっていうのはすごく勇気もいったし、どうなるんだろうっていう不安もあった。でも選挙中はとにかく死ぬ気でやっていたから、そういうのを突破した感はありますね。充実感とは少し違うけれど、チェックマークが一個ついたなと。これを受けて、さてこれからどうするか、というところですね。 ――無名の候補者がまさかここまでやるとは、有権者の大半は予想していなかったと思います。 三宅 もっと完璧な立候補の仕方、たとえば今回は見送って2年くらい準備して、いろいろ根回しして、政治家とのコネクションを作って、お金もためて、隙のない戦略で立候補すれば、今回の2~3倍の票を取ることができたかもしれない。けれど、僕は不完全な候補者として、みんなに問題提起をしたかったということもある。選挙制度そのものについてや、マスコミの報道の仕方とか、今回の僕の立候補を通して、みんないろいろな矛盾に気付いたはずです。それに、これまでスタンダードとされていた、議員秘書になって立候補するという枠組みが、少し広げられたとは思っています。 ――やはり17万6970票は、重みがありますか?  三宅 あまりそうは感じてないですね。今回17万票だったというだけで、次の選挙ではまたゼロから1票ずつ取っていく、理解を得ていくということですから。ただ、今回の選挙を通して、17万人のメッセンジャーが生まれたとは思っています。もちろん政治家としては未知数だし不完全だし、目の前の経済を保証してくれる政党でもない。それでも三宅洋平を信用したいと思ってくれた人たちが、僕があがいて見せたように、これから周りの人たちにアクションを起こしていくための自信と勇気を持ったはずですから。 IMG_4802_.jpg ――デビュー当時からライブやネットを通じて社会に対するメッセージを発信していた三宅さんでしたが、今回の出馬を決めた、直接的な要因はなんだったのでしょうか? 三宅 3.11以前から反原発の運動を自分なりにやってきて、デモ、請願、嘆願、陳情、院内交渉までやったけど、ダメだった。これは自分たちが政治家になるしかない、そこまでやらないと社会は動かないなという気はしていました。そんな時に3.11が起こり、自分のミュージシャンとしての人生設計どうこうより、地球の存亡がかかってない? って。好きなことを来世でやるために、きれいな地球を残すためにやるしかないなと思ったんです。 ――政治家にならなくても、ミュージシャンとして多くの人にメッセージを伝えることができるのでは、という声もあったと思いますが。 三宅 原発再稼動のことや憲法改正のことについては僕がアルバムなんて出したって変わらなくて、今すぐ、一市民として抑止しなきゃいけないことなんですよね。正直、すべての人にそういうモードになってほしい。“なに自分の人生生きてるの? そんな暇ないよ。そう思えてないなら、現実認識が甘いよ”って。それが僕の率直な意見ですが、それを一人ひとりに伝えていくのはすごく大変なことだし、なかなか理解されない部分もあると思う。となると、「なんであの人、あんなにがむしゃらに頑張ってるの?」という姿を見せるしかないんですよね。そしたら考えるでしょ? それしか方法がなかったんです。でも、立候補して17万票取るような騒ぎを起こしても、1ミリも変わってないって日々の連続なんですよね。 ――「政治をマツリゴトに」というスローガンを掲げた新しい街頭演説「選挙フェス」は全国17カ所、延べ25会場で行われました。この様子は動画配信されたり、続々とYouTubeにアップされ、瞬く間に拡散されていきました。 三宅 拡声器と街宣車こそ、投票率低下の原因だと思っていたので、僕らなりのやり方を取り入れたんです。ストリートミュージシャンがひどい音を出したら、お客さんに「帰れ!」って言われるでしょ?(笑) 僕がこれまで出演してきたフェスやイベントのコネクションで各地のオーガナイザーがそれぞれ動いてくれ、延べ3000人超のボランティアが協力してくれました。このために、十数年間、全国でライブをやってきたのかもしれない、って思いますよ。 ――ハチ公前をはじめ、どうやって場所を確保したんですか? 三宅 街頭演説は、2~3日前から陣取り合戦なんです。お花見と一緒。日本の政治と選挙って、すごく原始的なんですよ。ほかの政党とモメることもたびたびありましたね。僕らの場合はステージを組んじゃって、そのままどかないという手法だったんですが、「普通、街頭演説って、一カ所●●分だろう」とかいろいろ言われました。でも、そんなルールはどこにも書いてないし、これまで政治家っていうのは、とことん「ルールにのっとってやってますから」って、いろいろなことをゴリ押してきたんですよね。だから半分、その流儀に乗り、書いてないことはやっていいんだねって、そこはギリギリの駆け引きです。 ――スピーチの中では、現在の政治の主流となっている、異なる意見を叩き潰すというやり方ではなく、お互いが対等に認め合い、納得できるまでとことん話し合う「チャランケ」(アイヌ語で談判、論議の意)の重要性を訴えていました。 IMG_4839_.jpg 三宅 「政治くそ」「官僚ふざけんな」「マスメディアファック」ってやってても、相手がデカすぎるんですよね。僕も以前はそれをやってしまっていたけれど、3.11で変わった。このやり方では、だめだったんです。やみくもに反対するだけでは、事故になるまで原発を止められなかった。どうあがいたって実権を握っているのは政府なんだから、彼らのモノの考え方を変えてもらうしかない。だから相手の意見を否定するのではなく、納得するまで話し合いたい。コミュニケーションしたいんです。僕たちはいま主流とされている社会とは違ったオルタナティブなライフスタイル、視点を持っているから、自民党のような保守勢力が思いつかないようなアイデアが出せる。だから政権を打倒するんじゃなくて、国会に僕らの価値観を少し混ぜてほしいんです。日本を僕ら色に少し染めたいんです。 ――選挙後、NHKや朝日新聞でも取り上げられるなど各所で反響を呼んだ選挙フェスでしたが、初めての選挙戦、反省点はどんなところですか? 三宅 単純に与えられた時間が短くてやり切れなかったことが多々あったんですが、手が回らないところをわざと晒しておくことで、みんなが何を手伝ったらいいか明確にわかるようにしておいたんです。そしたら、勝手連が動きだしてくれた。僕らは自民党のような大きな組織じゃないから、ボランティアの協力が生命線だったんです。そうやって付け焼き刃で選挙運動に関わりだしたみんながそれぞれ課題に気付いたので、そこをひとつずつクリアにさせていきたいですね。今後、チームとして組織化していくのかどうかについては、今考えているところです。  僕は自然農が一番だと思っていて、手を加えれば加えるほど、中央集権的なチームになってしまう。そうではなくて、それぞれのスタイルがネットを通じてつながり、必要があれば扶助し合うという、地方分権のひな型のようなものがたくさんできたらいいなと思っています。好きな音楽を選ぶように、自分が支持する人を選び、その人に対してもいろいろと意見が言えるムードを作っていきたいですね。 ――3年後の参院選を目指す一方で、今回の方法論を用い、「1万人の選挙プロジェクト」として地方選に仲間を送り出していきたいとのことですが、今後の一番の課題はなんでしょうか?  三宅 今回の選挙戦を通してできた足がかりをもとにやっていけば、100万、200万と支持の輪は広げられるだろうし、僕以外にもユニークな候補者が増えるでしょう。それくらいの現象は起きていると思います。けれど一方で、託しすぎなんじゃないかと思う部分もあります。僕に投票した17万人の人たちって、まだ紙に1票書いただけなんですよね。「社会をよくする」という意味では、まだ何もやっていないんです。僕に期待してくれるのはいいけれど、その考えってちょっと違うんじゃないかって。選挙期間中も何度となく「応援しないでください。応援させてください」と言ってきましたが、実際、自分の周りをよくするのは自分自身ですからね。それに、みんなが漠然と抱いている政治家像――なんに対しても明確な政策を持っている人間――を変えていかなければならないと思っています。僕自身、政治家はなんでも知っている完璧な人間である必要はないし、わからないことがあるなら、それはその都度、勉強していけばいいと思っています。 ――ご自身が政治家になることよりも、あくまで一人ひとりが自分で考え、政治参加することを望んでいる、と。 三宅 選挙の結果は副産物でしかないし、社会変化を促す大きな原動力が生まれ、あらゆる既得権益者の中にも、もっと多様性のある社会を作りたいという人が増えれば、大成功ですよね。環境をないがしろにする経済政策とか、みんなの生き方を少しシフトチェンジするという目的のためには、これが僕に行使できる最短の道だと思います。これを音楽だけでやろうとしたら、とてつもなく長い道のりです。苦肉の策ではあったけれど、やり始めてみたら仲間が増えた。メディアなんてクソくらえって思っていたけど、いろいろな人がひしめき合っていて、応援してくれる人もたくさんいた。選挙を通して今まで以上に、僕自身の社会の見方が変わった部分もありますね。 (取材・文=編集部) ●みやけ・ようへい 1978年ベルギー生まれ。音楽家。日本アーティスト有意識者会議(NAU)代表。02年から09年まで、レゲエ・ロックバンド「犬式 a.k.a.Dogggystyle」のボーカル・ギターとして、日本はもとより、世界各地でライブ活動を行う。10年 バンド「(仮)ALBATRUS」を結成。11年3月、東日本大震災を期に、東京から沖縄北部の本部町に居を移す。自然農やエネルギー自給を取り入れながら「新しくて懐かしい」ライフスタイルの模索に入る。 <https://miyake-yohei.jp/

あの衝撃作が帰ってくる! 聴覚障害者へのいじめを描いた『聾の形』制作秘話

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「週刊少年マガジン 36・37合併号」(講談社)
 2013年2月。「週刊少年マガジン」(講談社)に掲載された一本の読み切り漫画がネット上を大きくにぎわせた。そのタイトルは『聲(こえ)の形』。聴覚障害者のヒロインがクラスメイトから壮絶ないじめを受ける様を生々しく描くという、少年漫画雑誌という媒体としてはなかなか際どい内容である。絵柄のタッチも力強く、そして骨太。そのストーリー、画面構成、すべてが熟練の技を感じさせる読み応え十分な本作だが、執筆したのは先日初めての連載作品『マルドゥック・スクランブル』(原作:冲方丁)を終えたばかりの新人漫画家・大今良時。弱冠24歳の女流漫画家である。  本作はもともと、2008年の「第80回週刊少年マガジン新人漫画賞」に投稿された作品で、大今は新人賞を受賞。当初は「マガジンSPECIAL」No.12に掲載される予定だったが、その内容の際どさからお蔵入りとなってしまった。しかし、編集部内において、初代『聲の形』は非常に高い評価を得ていたため、「別冊少年マガジン」班長(同誌の編集長的ポスト)は講談社の法務部および弁護士、さらに全日本ろうあ連盟との協議を重ねた結果、ついに11年2月号に掲載。掲載号のアンケートでは、並み居る連載作品を抑えて人気アンケート1位を獲得してしまった。この反響を受けて、13年2月発売の「週刊少年マガジン」12号に投稿作である初代をベースに、全面的に描き直されたリメイク版が掲載。より洗練された画風と構成で生まれ変わった二代目『聲の形』は、多くの漫画ファンの関心を呼び、Twitterやネット掲示板も話題騒然。同誌の発行部数も、掲載号のみ6万部伸びるという前代未聞の事態となり、ついには8月7日発売の同誌36・37合併号より連載スタートすることが決定した。  そんな新人の投稿作品としては異例の盛り上がりを見せ、三度読者の前に姿を現すことになる『聲の形』だが、どんな思いを込めて本作を生み出したのかを作者・大今良時本人に聞いてみるべく、講談社を訪れた。 ■東京に出る資金のために応募した新人賞 ──発表以来、大変大きな反響を得ている『聲の形』ですが、その声は大今先生の耳にも届いていますか? 大今良時(以下、大今) ROM専なんですけど、2ちゃんねるをよく見ているので(届いています)……。 ──そもそも『聲の形』という作品は、いかにして生まれたのでしょうか? 大今 『聲の形』を描き始めたのは18の時です。それまではちょっとした賞くらいにしか引っかかっていなかったので、いつかちゃんと新人賞を取りたいと思っていました。当時は岐阜の実家に住んでいたので、早く東京に出てアシスタント生活をしたいと思っていたんですが、親に反対されてたんです。ちょうど高校を卒業して、一年間くらいアルバイト生活を送っていた頃で、「あんたは一人じゃ何もできひんやろ!」って。それで「新人賞を取れば、お金が手に入るな。これは賞を取るしかない」と思い、決意が固まりました。 ──漫画家への夢や親への説得材料みたいなものが、新人賞獲得のモチベーションとして結実したんですね。 大今 はい。親からは散々「行くな、行くな」と言われていたので、逆に今ここでしか描けないものを描いてしまえと思って、自分の母校を使わせてもらったり、親から手話を教わったりして『聲の形』という漫画が生まれました。その結果、新人賞をもらったんですが、「それでもあかん」って。でも、「担当さんが『東京に来ないの?』って、しつこいんだけど……」って、ちょっとウソ入れて大げさに話したら、そこでようやく認めてくれました。
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大今良時氏
■身近な存在だった障害者たち ──お母様が手話通訳士だそうですが、聴覚障害者の方は身近な存在だったんですか? 大今 はい、身近でしたね。実家に居ながら描ける漫画ということで、こういうテーマを選んだ部分はあります。母から手話を教わったり、身近にいた障害者の方がいじめられていたという話を聞く機会もあったので、どちらかというと自然にこの物語が生まれました。 ──ここ最近の大津市の問題に限らず、定期的にいじめに関するニュースがメディアに出たりもしますが、そういう世間のムードとは関係はなく? 大今 はい。特に私がいじめられていたとか、ニュースを聞いて……というわけではないです。(少し考えて)……ただ障害者の人生、障害者の位置とはなんなのかということは常に考えているんですが、まだ答えが出ていません。この作品の中だと、ヒロイン・西宮硝子の位置ですね。彼女は主人公・石田にとって未知の存在で遠い存在だから、いじめが起こる。点と点を結ぶ話にしたかったのですが、そのためにはニ人は憎み合っていないといけなかったんです。その先にある硝子の位置は、これから探していくことになります。 ──その憎み合った結果である「健常者による聴覚障害者へのいじめ」「いじめの連鎖」という、かなり際どいテーマに、読者のみならず編集部も大きな衝撃を受けたと聞いています。 大今 そう……なんですかね(笑)。現実味とファンタジーのバランスが難しいですね。現実的すぎるという反響も、ファンタジーすぎるという反響も両方いただきました。今も悩みながら描いています。ただ、漫画のために障害者の側からだけでものを言うと、それはそれで考え方が極端になるというか。だから中立的な立場で作品は見てもらいたい、という気持ちはあります。 ──確かに聴覚障害者であるヒロイン・硝子を使って、もっと読者を泣かせる展開にすることもできたと思うのですが、そこはあまり彼女に感情移入しすぎないような構成になっているように感じました。 大今 そうですね。私も、彼女のことをよくわかんない子だと思って描いているんです。やっぱり硝子って主人公にとって何者なのかわからない存在なので、そこを意識して描かないといけないのかなって。知らない存在に対して、どう接していくのかっていう象徴(が硝子)だと思います。 ──そのほかに印象的だったのが、教師のリアルな「大人のズルさ、汚さ」でした。 大今 私はこの先生、好きですよ(笑)。完全に作者目線になってしまうんですけど、最後に主人公をボコボコにしてくれるシーンは特に。貴重な配役を担ってくれています。……そして同時に、昔、先生たちはあんな感じだったなって。それを自分で描けるのがうれしくて。 ──もしかしたら、漫画執筆を通じて、過去の出来事に復讐するというような気分も……。 大今 あるかもしれませんね(笑)。時々、ストレス発散するために漫画を描いているんじゃないか、という錯覚を覚えることもありますね(笑)。 ──漫画を描いている瞬間って気持ちいいですか? 大今 気持ちいいです。よく言われることですが、一番気持ちいいのは、主人公が痛めつけられる瞬間かもしれません。あと、肩書とは真逆の精神を持った大人、あるべき姿と違うことをする大人を描くのが好きです。子どもって失敗しても言い訳ができちゃうんですけど、大人ってあんまり言い訳ができない。その過酷さやかっこ悪さが、すごくいいですね。だからこそ描きやすいというか(笑)。 ■連載版『聲の形』に向けて ──そんな『聲の形』が今回、連載作品になります。読み切りとして描いたデビュー作が、連載作品へと成長していくのはどんな感覚ですか? 大今 二代目『聲の形』は、実は連載の形で編集部の会議に出させていただいたので、ようやく思ったものを描けるといううれしさはあります。でも、すべてはこれからです。現時点では自分はまだスタートラインにも立てていないので、自分の作品がどうこうなったと考えたり、今回の一件で感動とか感激をあまりしちゃいけないのかなと思っています。連載が始まっても打ち切りになるかもしれないので、とりあえず一生懸命描くだけです。はい、おとなしくしてます(笑)。 ──「別冊少年マガジン」班長のTwitterによると、二代目『聲の形』監修を務めた日本ろうあ連盟からは本作に関して「何も変えないでいい。ありがとうございます」とお墨付きがついたそうですが。 大今 うれしいですよね(笑)。ただ、その分、いろいろ考えてしまいます。今後、連載が始まることによって、聴覚障害者の方たちが喜ぶ話にはならないかもしれない。彼らががっかりする話を描くかもしれない。しっかりと、いろいろなことを考えて作ってきたいですね。 ■漫画家・大今良時が描きたいこと ──大今先生が一番影響を受けた作品や、漫画を描くきっかけになったエピソードを教えてください。 大今 漫画家になりたいと本格的に意識する前から漫画を描いていましたし、漫画家しかなかったんですよね。「漫画を描きたいから漫画家になりたい」と。小学生の時に、高田裕三さんの『3×3EYES』を読みながら思いました。漫画の世界に浸っていたんだと思います。 ──そんな大今先生が漫画を通じて、一番描きたいのはどんなことですか? 大今 常に「この人たち」に向けて描きたいという思いは強く持っているんですけど、それを明言してしまうと「その人たち」は見てくれなくなるだろうと思うので、そういうことは極力表に出さないようにしています。ただ、そのメッセージは『マルドゥック・スクランブル』を描かせてもらった時にも通じるテーマだったし、『聲の形』でも出てくると思います。 ──大今先生にとって漫画とは? 大今 その質問かっこいいですね(笑)。それはもう「伝えるための手段」です。……あわわ、恥ずかしい。 ──(笑)。では、新人賞受賞作であり、出世作でもあり、初の週刊連載作品でもある『聲の形』は、大今先生にとって今のところどんな作品ですか? 大今 ギリギリのところで救ってくれる、自分の気持ちを上げてくれる作品かな……。う~ん、まだうまく言えないです。連載が終わって、読者さんの心に届いて、そして売れてくれたら、きっと大好きな作品になると思います。 ──最後に、『聲の形』連載に向けての意気込みをお願いします。 大今 読んでいる人の心に届くように、思いを作品に込めています。暗い物語を描いているんですけど、よくないことが登場人物に起こったとしても、それを肯定してあげられる作品にしたいです。 (取材・文=有田シュン)

「深海生物はギャンブル!?」“海の手配師”が語る、深海生物の魅力と気になるお値段

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イガグリガニ
 NHKスペシャルで『世界初撮影!深海の超巨大イカ』が放送されて以来、にわかに注目を集めている深海。国立科学博物館では『深海展』が開催され、夏休みを迎えた子どもたちを中心に、ひっきりなしに訪れる来館者であふれている。  この、深海の魅力に取り憑かれている男が石垣幸二。15年あまりにわたって深海生物を追い続け、“海の手配師”として各地の水族館に生物を納入する。さらに、手配だけに飽き足らず、2011年には静岡県沼津市に「沼津港深海水族館シーラカンス・ミュージアム」の館長に就任し、日々深海生物の魅力を来館者に語り続けている。  先日、『深海生物―奇妙で楽しいいきもの』(笠倉出版社)を刊行した石垣氏に、奇妙で、グロくて、美しい深海生物たちの魅力をタップリと語ってもらった! ――今年1月にNHKスペシャルで『世界初撮影!深海の超巨大イカ』が放送され、16.8%の高視聴率を記録しました。以来、“深海ブーム”ともいえる状況となっています。この現象について、石垣さんはどう思っていますか? 石垣幸二(以下、石垣) 実は、5~6年前から深海生物の映像を撮りたいという依頼が、テレビ局を中心に増えていました。ここ数年、それが徐々に広がりを見せてきた。そうして沸々と湧き起こっていた深海に対する注目が、一気に爆発したのがダイオウイカの番組です。だから、突然ブームになったわけではなく、ダイオウイカが後押しをしてくれたんですね。  放送後から、「沼津港深海水族館」の入場者数も一気に伸び始めました。水族館は今年で開業から2年目を迎えます。普通、オープンの翌年は初年度の7割いけばいいと言われていますが、この7月は初年度の120%。完全にあやかっていますね(笑)。 ――景気がいいですね。 石垣 ただ、現在がブームのピークだとは考えていません。あくまでも、ダイオウイカは深海に対する興味の扉を開いただけ。ここからすごいことになっていくと思いますよ。 ――石垣さんは、深海生物を15年以上にわたって追いかけています。一体、どこに魅力を感じているのでしょうか? 石垣 一番の魅力は、そのわからなさです。ほとんどの深海生物の生態は未知の状態ですから、飼育方法も確立されていません。何を食べるのか、水温は何度か、照度は……全部やってみないとわからない。だからこそ、興味をそそられるんです。 ――外見上も、グロテスクなものや美しいものなど、海の表層部分に生きる生物とはまた違ったユニークなものばかりですね。 石垣 深海は、表層とは環境がぜんぜん違います。水深1000mは、赤道直下でも北極海でも、世界中どこへ行っても水温3℃程度です。また、光が届かないので植物性プランクトンが発生しません。植物プランクトンや動物プランクトンの糞や死骸がマリンスノーとなり、深海生物の重要な栄養源になる。食物連鎖の仕組みが違うんです。
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オキナエビ
 深海に届くわずかな光を捉えるため、キンメダイのようにとても大きな目になったり、オキナエビのように目を退化させてしまう生物もいます。また、水圧から体を守るために硬いうろこで身を守ったり、逆にうろこを持たずにフニャフニャの体を持つことによって水圧を受け流す生物もいますね。 ――深海には、発光する生物も多いですね。 石垣 深海では8割の生物が発光します。ハダカイワシの仲間が生息しているのは、とても暗い環境なのですが、わずかに届くかすかな光が影を作り、ほかの生き物から標的とされる危険性がある。ですから、影を消すために発光をするんです。ギンオビイカという面白い生物がいます。発光するエビを食べて、外敵から狙われた時に、墨ではなく発光液を吐き出すんです。
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ギンオビイカ
 ギンオビイカの生きている写真は、この本で初めて登場しました。これまでイラストや標本はあったんですが、イカなので死ぬと真っ白になってしまう。だから、こんなにギラギラ光るギンオビイカは、ほかの本では見ることができないんです! 生きている状態は、こんなに美しいんですよ。 ――「生きている状態」に対して、石垣さんはとてもこだわっていますね。 石垣 深海水族館の使命は、生きた状態で来館者に見てもらうこと。特に深海生物が生きている状態を見るチャンスは少ないのですが、やはり、生きている状態は格別です。フジクジラという生き物は、死んだら真っ黒になってしまうんですが、生きている時は背中が鮮やかな藤色。これを泳がせている水族館は、今までもなかったですからね。  あとは、このユメカサゴを見てください。唐揚げとして食べられているんですが、生きている時はこんなに美しい目の輝きなんです。この目が夢を見ているように見えるから、ユメカサゴという名前なんですよ。
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ユメカサゴ
――ロマンチックですね~。 石垣 生きている時の一番いい状態を、この本でも、水族館でも見せたいんです。 ――そもそも、深海をメインにした水族館って、「沼津港深海水族館」のほかにあるのでしょうか? 石垣 ありません。水槽内では、長期間飼育しておくことが難しく、常に生きている状態で魚を集めなければなりません。イギリスの「THE DEEP」という水族館が深海生物の展示を試みましたが、継続的に生物が供給できず、メイン展示にはできませんでした。私が今も崇拝するアメリカの「モントレー水族館」は深海生物展を開催し素晴らしいものでしたが、 それでも常設展示というわけには、なかなかいきません。 ――石垣さんは、海の手配師としても、さまざまな魚を取り扱っています。やはり、深海の生物は値段も高いのでしょうか? 石垣 かかった費用と獲ってからの生存率によりますが、メンダコで数千円。1~2m程度のタカアシガニなら数万円です。
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メンダコ
 表紙にもなっているダイオウゾクムシは、最近、「1500日絶食している」とネットを中心に話題になった生物ですが、テレビ番組の企画用で150万円の予算をいただきました。でもメキシコ湾で船をチャーターしたり、冷凍機を設置したりしたら、600万円も経費がかかってしまったんです。 ――まさにギャンブルの世界ですね。 石垣 結果的に15個体を、1体30万円で各地の水族館に販売することができたので、経費分だけは賄えました。深海生物はリスクが高すぎるので、ほかの業者は手を出さないんです。うちでも深海生物は、大赤字部門なので、商売として考えたら本当は手を出すべきじゃないんです。 ――これまで手がけた中でも、高額な深海生物はどれでしょうか? 石垣 宝石サンゴでしょうか。これを獲るために潜水艇を使用したり、潜水艇を運ぶ母船を用意したりと、3000万円くらいの経費がかかっています。大学との共同研究なのでそれほどの経費負担はありませんでしたが、販売するとなったらびっくりするほどの金額になりますよ。 ――深海生物について話していると、石垣さんの目が輝いているのがわかります。本当に深海生物がお好きなんですね。
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ハダカカメガイ
石垣 好きです! 本当に僕の幸せそのものなので、とりあえず会社が潰れなければいいなと思っています。なんとか深海生物を長期飼育できるようにして、赤字にならないように頑張りたいですね。 ――ちなみに、ダイオウイカを捕まえてほしいという依頼はあるんでしょうか? 石垣 ないです(笑)。水槽もありませんしね。 ――もし依頼があったら、挑戦しますか? 石垣 お金をもらえれば挑戦します。値段というより、調査のための経費などをお願いしたいですね。たぶん、数億円で獲れるはずです(笑)。 (取材・文=萩原雄太[かもめマシーン]) isigakixs.jpg いしがき・こうじ 1967年、静岡県下田市生まれ。2000年に、有限会社ブルーコーナージャパンを設立。世界各国の水族館、博物館、大学に希少な海洋生物を納入。その手腕から「海の手配師」と呼ばれ、『情熱大陸』(TBS系)や『ガイアの夜明け』(テレビ東京系)などのドキュメンタリー番組にも取り上げられた。2011年に、沼津港深海水族館シーラカンス・ミュージアム館長に就任。 ●ブルーコーナージャパン <http://www.bluecornerjapan.com/index.shtml> ●沼津港深海水族館 <http://www.numazu-deepsea.com/>

「ブレークの秘訣は仕事を選ばない“尻軽さ”」芸人・大久保佳代子の現在と未来と、男

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撮影=尾藤能暢
 大久保さん”ことオアシズ・大久保佳代子が、42歳にしてブレークした。  現在、レギュラー番組7本、2013年上半期番組出演本数197本。6月にはドラマで主演を務め、今夏から冠番組2本がスタート。「Yahoo!トピックス」にたびたび名前が上がり、週刊誌を開けば年下男性とのスキャンダル報道が目に飛び込む……気付けば私たちの日常は、大久保さんであふれている。  この現状を、本人はどう感じているのだろうか? 話を聞いた。 ――「日刊サイゾー」には、これまで何度かご登場いただいている大久保さんですが、前回、結婚相手を募集したことを覚えてますか?(記事参照大久保佳代子(以下、大久保) 覚えてません。 ――ちなみに、誰からも連絡はありませんでした。 大久保 マジですか? このサイト見てる人、いないんじゃないですか? ――「地位と収入が平均を優に超える、関東在住のイケメンセレブ男性」という大久保さんの条件が厳しかったんだと思います。 大久保 そんな条件出しましたっけ? それより、そういうことはわざわざ報告しなくてもいいんじゃないですか?(笑) もう忘れてることですし。 ――すみません、覚えてるかなと思ったもので。さて、「2013上半期番組出演本数ランキング」(ニホンモニター調べ)女性タレント部門5位、おめでとうございます! 大久保 本当ですか、ふ~ん。 ――半年間で197番組に出演されたそうですが。 大久保 へ~、私そんなに働いてるんだ。 ――実際、忙しくなりました? 大久保 私の芸歴史上では、確かに忙しいですね。「あ、忙しいな」と思う時がたまにあるので。 ――さらに、「2013年上半期ブレーク芸人ランキング」(オリコン調べ)では堂々1位を獲得。ブレークして変わったことはありますか? 大久保 忙しいと、ちっちゃいことにイライラしますね。打ち合わせで相手が丁寧すぎて、「で、何が言いたいの?」みたいな時に、口には出さないんですけど顔に出しちゃいます。「はぁ~……」って顔して、台本を勝手にどんどんめくったり。後であさちゃん(いとうあさこ)に、「またスタッフにキレちゃったんだよね……」って話すと、「いや、分かりますよ。しょうがないそれは」って言ってくれるんで、更生することがないです。 ――(笑)。先日の『とくダネ!』(フジテレビ系)では、番組が検証した「大久保佳代子、ブレーク3つの秘訣」を紹介していました。それによると「アラフォー女性」「毒舌コメント」「異常なほどの性欲」だそうです。 大久保 「異常なほどの性欲」があったほうが売れるのかな(笑)。それ聞いて、みんなが「分かる、分かる!」ってなってるのかが心配ですね。 378A3016.jpg ――周りから持ち上げられることについて、どう感じますか? 大久保 「ブレークしてますね」とか「キテますね」って言われると、「怖いな」って思っちゃいますね。やっぱり、いずれ落ちることありきのブレークって表現だと思うので。プチブレークくらいが一番いいですね。 ――部で「脱・汚れ仕事宣言」したとの報道もありましたが。 大久保 それはないです。40歳過ぎてから、手首は痛いし、首はやっちゃってるし、7割方の関節が痛いんで、体力的にキツい仕事はできなくなりましたけど。でも、それ以外はやりますよ。 ――なぜ今、忙しくなったんだと思いますか? 大久保 仕事を選ばない“尻軽さ”の積み重ねじゃないですか? 「イケメンにセクハラするような仕事なんですけど」って言われても、「ああ、全然いいですよ」って受けてるうちに、「大久保さん、なんでもやってくれるじゃん」って思ってもらえて、いろんな番組が呼んでくれるようになったんだと。 ――2年半ほど前まで、OLと芸人を掛け持ちしていましたが、芸人一本に絞ったことはブレークの要因になっていると感じますか? 大久保 そこは関係ないような気がしてます。それより、42歳という年で結婚もせず、なんか頑張ってて楽しそうだよねって思ってくれる同世代が多いのかなと。今、OLを続けていたとしても、さらに「すげえな」って言われるだけのことだと思います。 ――最近、ちまたでは、大久保さんが「キレイになった」という声も多いようですが。 大久保 そうなんですか? 痩せたからですかね。2年くらい前に、片思いしてた男性にフラれて、傷心で2~3キロ落ちたんです。で、これを利用してやろうと思って、さらに3キロくらい落としました。 ■“年下男性お持ち帰り”報道と、大久保さんのこれから ――先日、「女性セブン」(小学館)に、年下男性のお持ち帰り現場をスクープされましたね。 大久保 はい、我慢がきかなくなって、お持ち帰りしました。 ――(笑)。直撃した記者に、そっけない態度をされてましたが。 大久保 名古屋で生放送がある日で、朝イチにすっぴんで外に出たら、メモを持った記者の人が、いきなり「この前の男性はなんですか?」って聞いてきたんです。撮られたことに気付いてなかったのでピンとこなくて、すっごい気持ち悪い目で記者のこと見てたんですけど、「あの時だ!」って分かったら、急にパニクッちゃって。「事務所に聞いてください!」って一言吐いて、逃げちゃいました。まさか自分が、この芸能人生であのカッコいいセリフを言うとは思ってもみなかったですね、ふふふ。でも、もしまた撮られたら、「ちょっと思い当たることが多くて、どの件か分からないんですけど」くらいの余裕を見せてやろうと思ってます。 378A3021.jpg ――自身のTwitterでも「無類の男好きだから困っちゃう」と書かれてましたね。 大久保 そんなこと書いてました? どの男でもいいわけではないですけど、好きな男の人といると、穏やかな気持ちになれるんです。甘えたいし、しかられたいし、なんなら肉体的に何かもらえるんであれば、一番いいですよね(笑)。 ――ところで大久保さんといえば、お酒好きのイメージが強いですが。 大久保 そうですね。忙しければ忙しいほど飲みたくなるんですよ。もっぱらあさちゃんとですけど、仕事のグチから始まって、男の話して、記憶がなくなって、気付くとちゃんと自分の家で寝てるっていう。その発展性のない繰り返しです。 ――記憶がなくなって、トラブルが起きたことはありますか? 大久保 朝起きたら、キッチンマットにうどんがぶちまけてあったくらいですね。やれやれと思って、キッチンマット丸めて、ごみ袋に入れて、捨てて、またキッチンマットを買う。幸い、それくらいのトラブルです。 ――酔っ払うと、内山理名を意識して立ち振る舞うというウワサですが。 大久保 昔からお酒を飲むと、気が大きくなって、自信がめきめきと出てくるクセがあるんです。ホロ酔いでトイレに立って、鏡を見た時に「あら、全然イケてるじゃない。内山理名さんと、さほど変わらないじゃないか」と思って戻るので、それまで賑やかしを頑張っていたのが、急に微笑むだけになったりしますね。 ――(笑)。では最後に、今後の目標を教えてください。 大久保 この状況がずっと続くなんて絶対に思ってないんで、働けるうちにお金をためて、結婚できたらしたいし、無理だったら女芸人仲間と老人ホーム借りるとか、海外で暮らすとか、ぼんやり考えてます。ただ考えたところで、その通りにいくわけじゃないんで、この先も気負わずに、一つひとつ確認しながらやっていこうと思ってます。 (取材・文=林タモツ)

ウワサの“民族大移動系”アイドル、小桃音まいを直撃!「スタートから私は普通じゃない!?」

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撮影=尾藤能暢
 2009年、彗星のごとく地下アイドルシーンに出現し、世にも珍しい「民族大移動」パフォーマンスや年間300本を超えるライブ活動を展開し、一躍その名を現場に知らしめた「まいにゃ」こと小桃音まいが、2013年8月14日、シングル「BANG BANG 鼓笛サンバ」でメジャーデビューを果たす。  これまでも、インディーズながらCDを7000枚以上売り上げ、オリコンウィークリーチャート24位にランクインしたり、海外でのライブ出演。はたまた劇団ひとりがTwitterで見かけたまいにゃの写真に一目ぼれし、イベントに一般客として来場したほか、雑誌やテレビでもたびたび彼女の名前を挙げるなど、何かと話題を振りまいているまいにゃ。  そんな現場系アイドルの筆頭ともいえる彼女に、メジャーデビューに至るまでの道のりと、これからの目標を尋ねてみた。彼女の前では、AKB48も、ももクロも過去の存在となる!? ──まずは自己紹介からお願いします。 小桃音 民族大移動系アイドルの小桃音まいです。これまで年間300本のペースでライブ活動をしていたのですが、8月14日に念願のメジャーデビューをさせていただくことになりました。 ──今、「民族大移動系」っていう、ちょっと聞き慣れないカテゴリーが出てきたんですけど……。 小桃音 ライブの時に私が動く方向にファンの皆さんも一緒に動いてくださる曲があって、その時の動きが民族大移動に見えるということで、民族大移動系アイドルと言われています。最初は一人のファンの方が一緒の方向に動いてくれるのを見つけたんですが、それがいつの間にか増えてきて、10人、100人、会場全体って増えて、自然に大移動が始まったんです(笑)。 ──メディアでは、「アキバ系アイドルの女王」というような紹介をされることも多いのですが、まいちゃん自身に実感はありますか? 小桃音 あんまりないんですけど、昔、石丸電気でライブをやらせていただいていた時は、その会場でライブをやるアイドルの中で年間最多だと言われたことがあります。やっぱり年間300本もライブをやっていれば、そう言ってもらえるんだなって。やっててよかったですね。秋葉原のほかにも池袋、渋谷、新宿とライブハウスがある場所には全部行って、毎日どこかでライブをやらせてもらっていました。去年くらいから地方に行く機会も増えてきましたね。グループだとスケジュールを合わせるのが大変だと思うんですけど、ソロだからこそのフットワークの軽さで活動させていただいてます。 ■ハロプロに憧れてライブハウスに殴り込み!? ──そんなまいちゃんが、アイドルになりたいと思ったきっかけは? 小桃音 小学校の頃からモーニング娘。さんや松浦亜弥さんといったハロプロ系が好きだったんです。初めてライブに行ったのが小学6年生の時で、ファンが振ってるサイリュームがきれいだったのと、掛け声が本当にすごいことに「みんなどこで練習してるんだろう!」って感動したんです。それにテレビでしか見たことのない人が、手を伸ばせば届くところにいて、同じ空気を吸えていることがすごくうれしくて、「ライブって素晴らしい!」「私もライブをやってみたい!」と思ったのが最初です。それから事務所に入るということは思いつかなくて、いきなりライブハウスに「私をライブに出してください!」って電話したんです。 ──いきなりライブハウスに!(笑) 378A4848.jpg 小桃音 はい(苦笑)。それから秋葉原のメイド喫茶の片隅にあるようなステージに立つようになったんですが、小さな場所でも歌えることがすごくうれしくて、ほかにももっと出たいと思うようになって、自分で調べてはどんどん連絡して出演してました。当時は兵庫県に住んでいたので、ライブをしに秋葉原に行って帰るという生活を月1ペースでやっていました。そういう活動をしているうちに、今のマネジャーさんから「イベントに出てみませんか?」って誘っていただけたんです。そこから「フリーでやってるんだったら、うちに所属する?」っていう話になって、今回のデビューに至りました。 ──まるでロックバンドみたいなエピソードですね。 小桃音 そうなんですよ(笑)。「アイドルのデビューの仕方じゃないね」ってよく言われます。 ──ほかにも、日本記念日協会より、今年から5月10日は「ことねの日」であると認定されたそうですね。 小桃音 はい。5月10日が、正式に「今日はことねの日」ということに。来年のカレンダーには小さく「ことねの日」って書かれているかもしれません(笑)。後藤真希ちゃんのファンの方が車のナンバーとかに「510」って入れたりしているのに憧れて、私も5月10日を「ことねの日」として主催ライブをやらせていただいたんです。それをいつか国民的アイドルの日みたいにできないのかなって思っていたら、スタッフさんが調べてくれて、実際に申請したら本当に通っちゃったんです。 ──アイドルとしては未知の領域にズンズン突き進んで行ってますね。 小桃音 面白いことが好きなんです。民族大移動っていうキャッチフレーズも、最初は「おかしいだろう」って誰もが言っていたんですけど、ずっとやっていると「民族大移動の子ね」って、なじんできたんです。年間300本ライブをやっていた時もおかしいって言われていたけど、1年くらいずっとやっていたらもうファンの方も慣れてきて毎回来てくれる方も増えてきたので、最初はぶっ飛んでいるように見えることも、続けていればだんだんと普通になってくるんだなって思います。だから、これからもまず大きいことを言って、それを実現していこうと思います。 ■道なき道を突き進むまいにゃ、ついにメジャーシーンへ! ──そして、8月には念願のメジャーデビューを果たします。デビュー曲「BANG BANG 鼓笛サンバ」はどんな曲ですか? 小桃音 ノリノリなアッパーソングで、夏の野外フェスとかで盛り上がっている光景をイメージして作ってもらった曲です。プライベートではまだ野外フェスには行ったことがないんですが、今年の夏はいくつか出演させていただくことが決まっているので、その会場で盛り上がろうと思います。 ──この曲をもってメジャーデビューする心境はいかがですか? 小桃音 ずっと(メジャーを)目指していたので、「ついにきた!」という感じです。メジャーデビューが決まってから変わったことって本当に多くて、「これがメジャーか」って感じる毎日です。まず取材に関しても、インディーズの時だとCDを発売した時に簡単な囲み取材をしてもらうくらいで、しかも記者の方もポツポツといる感じで全然囲まれている感じはなかったんですが、先日のメジャーデビュー発表の囲み取材の時はたくさんの方に来ていただいて「本当に囲まれている!」って思ったり。あと、CDに関してもインディーズだとCDを置いてくださる店舗がかなり限られていて、地方イベントとかに行っても「なかなかCDが地元で売られていない」ってファンの皆さんから言われていたんです。やっぱり地方の方にも気軽にCDを買っていただくためには、メジャーデビューは必要かなと思っていたので、今後はよりたくさんの人にCDを聴いてもらえると思うと、今から楽しみです。 378A4920.jpg ──メジャーシーンでは、どんなことをやってみたいですか? 小桃音 去年のクリスマスにやった赤坂ブリッツでのワンマンライブが過去最大のライブハウスだったんですが、今後もどんどん大きな会場でライブをやっていきたいですね。やっぱり私の原点はハロプロなので、ハロプロの聖地・中野サンプラザで5daysライブとかやってみたいです。あとは、初めてライブを見た大阪城ホールでもやりたいです。それと、やっぱり地元ですね。うちのお父さんってちょっと天然なところがあって、メジャーデビューが何か分からないみたいなんです。メジャーデビューってすごいことなんだというのを分かってもらうためにも、もっと大きなステージで活躍できるように頑張りたいです。やっぱり大きな会場になればなるほど、フロアのサイリュームの光もきれいだし、熱気もすごいし、照明もすごくなるので、やっぱりアイドルとしては、きらきらとしたステージに立つということに憧れます。 ──大きな会場でやる民族大移動って、壮観でしょうね。 小桃音 確かに(笑)。「なのです☆」という曲はファンの皆さんが右に左に動いてくれるんです。もし、大きな会場でこの歌を歌うことがあったら、みんなが会場をグルッと一周するまでエンドレスで歌い続けると思います(笑)。大きな会場でそういうことをやった経験のある人ってなかなかいないと思うので、ぜひ挑戦して記録を残したいですね。 ──アイドルの道なき道を開拓し続けている感がありますね。 小桃音 スタートから私は普通じゃないと思っているので、これからも変わらず面白いことをやって、みんなとライブを作っていきたいです。今思うと、勇気を出して最初の電話をかけてみて本当によかったって思います。今の自分なら、絶対にそんな行動はできないです。あの時の自分に感謝したいですね。 ──ところで劇団ひとりさんがまいちゃんのファンだと公言したり、イベントにも参加したこともあるそうですね。 小桃音 そうなんです。イベントに来てくださる数日前に劇団ひとりさんが私のことをTwitterでつぶやいてくださっていたらしくて、いきなり私のフォロワーが増えるっていうことがあったんです。その際にTwitter上で少しやりとりさせていただいたりして、「ありがたいな」って思っていたら、その後、シングル「ラグランジュ☆ポイント」リリースに関するインストアイベントを秋葉原でやった時に、帽子とメガネとマスクをつけて、しかも長袖、長ズボン、リュックサックっていう格好で不審な動きをされる方が来てくださったんです。「危ない人なのかな」って思っていたら、その後Twitterで劇団ひとりさんが「今日、まいにゃの握手会に行ってきました」ってつぶやいてるのを見かけて、思い返してみたら「あの挙動不審な人しかいない!」って……(笑)。もう全然気付かなかったんですけど、別の意味で印象に残っちゃいました。テレビとかでも私の名前を出してくださったみたいで、そのお礼をいつか言いたいですね。このインタビューをもしご覧になっていたら、また握手会とかイベントに来てもらえたらうれしいです(笑)。 (取材・文=有田シュン) 378A4836.jpg ●ことね・まい 1990年8月24日生まれ。兵庫県出身。09年、神戸から単身上京し、ライブ活動を開始。民族大移動と呼ばれるユニークな動きがあるライブは、年間300本という数に達し、“まいにゃ”の愛称で、瞬く間にライブ界隈で有名に。8月14日、シングル「BANG BANG 鼓笛サンバ」でメジャーデビューを果たす 公式ブログ<http://ameblo.jp/kotonemai/>

『北斗の拳』原作者・武論尊が語る自衛隊時代、そして、恩人ちばあきおに伝えられなかった言葉

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ペンネームは肉体派男優チャールズ・ブロンソンから。
ブロンソン主演作『さらば友よ』(68)や『ウエスタン』(68)がお気に入りなのだ。
 アタタタターッ!!! 『北斗の拳』といえば、1983年から5年間にわたって少年ジャンプで連載され、数多くのフォロワーたちを生み出してきた一大ロングセラーコミックだ。核戦争後の荒廃した近未来社会を舞台に、北斗神拳の伝承者・ケンシロウと強敵(ライバル)たちとの激闘の歴史がコミック全27巻の中に刻まれている。名作誕生から30年を迎えた2013年、原作者・武論尊氏が新書『下流の生きざま』(双葉社)を書き下ろした。表紙を飾っているのは、何と北斗四兄弟の中でもっとも姑息な男・ジャギ! ケンシロウでもラオウでもトキでもなく、ジャギ流のサバイバル術をフィーチャリングした人生指南書なのだ。「こんな格差社会こそ、ジャギのように生きるべき」と説く武論尊流名語録の数々を堪能してほしい。 ──『北斗の拳』連載時はケンシロウとラオウの壮大な兄弟ゲンカの熱気に引き込まれるように読みましたが、改めて読み直すとケンシロウがバットやリンたちと出会って家族のような絆を築いていくドラマ部分に胸が熱くなりました。『北斗の拳』って、いろんな読み方ができる群像劇だったんですね。 武論尊 『北斗の拳』は格闘漫画として単純に楽しんでもらえればいいんだけど、そんなふうに読み直してもらえると原作者としてうれしいよ。でも、連載中は締め切りに追われていて、物語の流れに身を任せるように必死で書いていただけ。感動巨編を狙っていたわけではないんだ。エンターテイメントを目指していると、自然とああいう内容になったんだ。物語を面白くするのは仲間同士の絆だったり、成長ドラマだったりするからね。 ──連載時は完全なフィクションとして笑って読んでいたんですが、格差社会がますます進んでいく状況ではあながち絵空事じゃなく感じます。 武論尊 うん、そうだね。まぁ、後づけなんだけど、ヒットして世間から認められたから、そういう読み方もできるのかも知れないね。これがまったくヒットしていなかったら、ただの荒唐無稽な絵空事の世界で終わっていたでしょう。やっぱりヒットし、多くの読者に読んでもらうことで作品って変わっていくもの。漫画って生き物なんですよ。途中で手を抜いたり、水をあげるのをやめると枯れてしまう。常に新しい要素を加え、養分を与えないと死んじゃう。だから読者の目はすごく大事。自分の中でオナニー的に書いたものは成長しない。『北斗の拳』もヒットしていなかったら、まるで違う終わり方をしていたはずですよ。
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人気漫画家・本宮ひろ志との出会いが人生を大きく変えた。
「本宮も『まさかお前が原作者になるなんて』と未だに言ってますよ(笑)」
──『北斗の拳』は累計一億部突破の大ベストセラーですが、漫画原作者として成功を収めるまでは武論尊先生も下流の人間だった? 武論尊 下流も下流ですよ。中学を卒業して、高校進学する余裕がなくて自衛隊に就職したわけですから。もう一般社会からドロップアウトしてますよ(笑)。最終学歴:中卒ですもん。中学卒業後は、親からお金をもらうことなく生きてきたんです。 ──ところが、その自衛隊で出会ったのが、パイロットを目指して入隊し、後に『男一匹ガキ大将』でブレイクすることになる本宮ひろ志! このときの出会いが武論尊先生を漫画業界へ導くことに。 武論尊 そう、アイツとの出会いがなかったら今のオレは存在しなかった。だから漫画原作者として成功できたのは、自分の力でもなんでもない。みんなそうですよ。その道で生き残っている人って、自分ひとりの力で生きてる人はいませんよ。誰かが評価してくれて、力を貸してくれた。そのお陰で生き残ることができた。ひとりの力じゃ絶対生き残れない。 ──『北斗の拳』の第1巻でケンシロウと出会うバットも、出会いがなければ冴えないコソ泥で一生を終えていたわけですよね。出会い力は大きい。 武論尊 これはね、持って生まれた“運”としか言いようがない。だけどね、オレが出会ったのはいい人だけじゃないわけですよ。漫画が売れ出してから、オレから数千万円を持ち去っていったヤツもたくさんいるんですよ(苦笑)。オレに美味しい話を持ち掛けて、そのままお金を持って消えちゃったヤツらがね。 ──出会い力が大きいほど、面白い人間にも出会うけど、悪い人間にも出会ってしまう。 武論尊 それはもう仕方ないよね。オレ自身にヤマっ気があるから、美味しい話に乗っかって何度も痛い目に遭っちゃうんだよなぁ。(苦笑)。だから、そういった体験も自分にプラスになると考えるしかない。人間だから、こんな目にも遭うんだな。よし、いつかこれをネタにして元を取ってやるぞとね(笑)。 ■ジャギこそ『北斗の拳』のキーパーソン! ──『北斗の拳』のキャラクターの中で武論尊先生の思い入れが強いのはラオウだと思っていたんですが、北斗四兄弟の中で常に忘れられた存在であるジャギがお気に入りとは意外です。 武論尊 オレにいちばん近いんですよ、ジャギは。『北斗の拳』のキャラクターの中で、最もズルくて、弱くて、でも意地だけはあるというね。育ちもよくなさそうでしょ? ジャギが登場したとき、「あっ、こいつはオレだ」と思った(笑)。ジャギの弱さやズルさは、本当にオレの内面にそっくり。オレも生き抜くためには少々汚い手も使いますよ。 ──思い入れが強い割には、ジャギはあっさりケンシロウに倒されますし、回想シーンにも登場しませんが……。 武論尊 でも、ジャギを考え出したことで、「ケンシロウは“拳四郎”だから、上に3人の兄がいるに違いない」と閃いたんだよ。だから、ジャギは『北斗の拳』の重要なキーパーソン。ジャギがいなかったら、ラオウもトキも思い付かなかった。ラオウやトキは後付けで生まれたキャラクター(笑)。それに、それまで少年漫画誌に登場するヒーローって、みんなスーパーヒーローばかりだったでしょ。初めて登場したイヤらしいキャラクターがジャギだった。はっきり言えば、ケンシロウやラオウはフィクション上の存在に過ぎないけど、ジャギには誰でもなれるからね。
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7月19日(金)発売の『下流の生きざま』(双葉社)。武論尊流“生きるヒント”が名作キャラクターの名言と共に満載されている。
──理想の人物ラオウではなく、ジャギのようにリアル社会を生きてみろ、というメッセージが『下流の生きざま』には込められているわけですね。 武論尊 そういうことです。実社会には歴然とした差別や格差が存在するわけで、理想だけでは実社会は生きてはいけない。下流でもいいんです。下流の人間なら、上を目指していくしかないんですよ。一生、下流のままの人生じゃつまらないでしょ? 格差社会を嘆いていても何も始まらない。なら、ほんの少しでいいから上を目指してみようよと。ちょっと勝負してみよう、自分の上にいるヤツを引きずり降ろしてみようぜとね。そういう気構えを持つだけでも違ってくるはずですよ。ラオウを目指す必要はまったくない。ジャギで充分。ジャギは実社会で勝ち抜く力を持っていますよ。 ──かっこ悪いとか恥ずかしいとか口にしてる場合じゃないと。 武論尊 勝ち抜くためには、そんなことは言ってられないですよ。上に上がるには遮二無二にならないとダメ。自分より強いヤツと闘うときはどうすれば勝てるか必死で考えないと。その気合いがないと、下流からは這い上がれない。勝つためにはどんな手を使ってでもやってやる、そういう覚悟ができるかどうか。でも、そんな姿って、とっても人間らしいとオレは思いますよ。 ──何だかジャギのことが愛しく思えてきました(笑)。それにしても武論尊先生の作品は『ドーベルマン刑事』や『サンクチュアリ』など、すっごく男臭い世界ばかりですよね。やっぱり10代の頃を自衛隊で過ごしたことが大きい? 武論尊 自衛隊には7年間いたからね。15歳から22歳までの青春と呼べる時期を軍隊みたいなところで過ごした影響はデカいよ。男の友情とかそんなヤワな言葉で表現できる世界じゃなかった。もっとコアな、同じ釜のメシを食った仲というか刑務所仲間みたいなもんですよ(笑)。そんな世界で、かっこいいと思える先輩もいれば、イヤな上官もいる。信頼できる友達がいれば、ちょっと怪しい同僚もいる。無意識に刷り込まれた人間像が多分、作品の中に投影されているんだろうね。本当にね、ヒドい世界ですよ。上官が黒のことを白と言ったら、違うと思ってても「はい、白です」と答えなきゃいけないんです。人間の弱さとか業だとかが自然と自分の中に沁みてくるんですよ。 ■ちばあきお先生からの忘れられないひと言…… ──不思議に思っていたんですが、武論尊先生のストーリーテラーとしての資質はどのようにして育まれたんでしょうか? 武論尊 小学生の頃は図書館が好きで通ってました。小難しい小説は読まなかったけど、ジューヌ・ヴェルヌの『地底旅行』や『海底二万里』など空想力を広げてくれるような娯楽小説はよく読んでました。それに町に映画館が一軒だけあって、洋画をよく観ていた。学校では映画館に行くのは禁じられていたんだけど、試験の前日だけは先生が見回りに来ないことを知っていたんで、試験の前日は大人に交じって堂々と映画を観てましたね。でも、いちばん大きいのはオレ自身の性格だろうね。ウソや言い訳を考えるのが抜群にうまかった(笑)。オレ、自分では人を殴ったことないんだけど、番長にうまく取り入って、「オレをイジメると番長が来るぞ」と言い回っていた。コウモリ男とかネズミ男とか呼ばれてましたよ。自衛隊でもそうでした。本宮ひろ志は自衛隊を辞める前日に木刀で性格の悪い先輩を追い掛け回したりしてたけど、オレは目立たないように影でうまく立ち回ってましたね。でもねぇ、オレのことを見破っていた上官もいて、「お前の軍隊は真っ先に全滅する」と言われたことを今でも覚えています(苦笑)。 ──武論尊先生がジャギのことを深く愛している理由が分かったような気がします。『下流の生きざま』では、故ちばあきお先生とのエピソードも印象に残りました。ちばあきお先生といえば、野球漫画『キャプテン』『プレイボール』で当時の中高生たちに多大な影響を与えた方でした。 武論尊 素晴らしいスポーツエンターテイメント作品だったよね。オレが原作者として売れる前から、あきおさんにはずっと世話になっていたんです。家が近所で、オレの住んでたマンションにあきおさんの仕事場があって、アシスタントの食事を作る際に1食分多く用意してくれて、いつも食べさせてもらっていたんです。しばらくして、オレは『ドーベルマン刑事』が初めてヒットして、有頂天になっていた。「印税ってこんなに入ってくるもんなんだ」と浮かれて、タクシーで熱海まで行って夜通し遊んで、待たせていたタクシーに乗って帰ってくるなんてことをやってたんですよ。よっぽど、オレの態度を見かねたんでしょう。ある日、あきおさんがオレを呼び出して、「最近のお前、かっこ悪いぞ」と諭してくれたんです。あきおさんに言われるまで、自分ではまったく気が付いてなかった。あきおさんのひと言がなければ、ヒット作を一本出しただけでオレは消えていたかもしれない。
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夜の街が大好きな武論尊先生。「最近は2勤1休ペースだよ。ウコンの力を
よく呑むようになったしなぁ」。稼いだ分は遊ぶって素敵!
──ちばあきお先生、作風と同様にとてもマジメな方だったんですね。 武論尊 オレが遊んでいる間も、あきおさんは仕事場に篭ってずっと漫画を描き続けていたはずですよ。仕事に対してあまりに真剣すぎて、それで苦しくなって、途中からお酒に逃げるようになったんです。オレと違って漫画に対して、常に真摯だった。だからオレは逆に「あきおさん、そんなに真剣に頑張らなくてもいいじゃないですか」と言いたかった……。『下流の生きざま』にも書いたけど、漫画の世界で戦死していった仲間は少なくないんです。戦死というか、いわば漫画との心中ですね……。 ──『北斗の拳』の戦う男たちの姿は、やはり絵空事ではないようですね。 武論尊 うん、でも戦いのない世界はないですよ。サラリーマンの世界だって、どこの世界だって、戦わないことには生きていけない。仕事を取ってきて、こなすってだけでも一種の戦いだと思うんです。格闘だけが戦いじゃない。デスクワークだって立派な戦いですよ。自分の能力をどこまで出せるかっていうね。『北斗の拳』はただの格闘漫画じゃない、これはオレたちにもっと戦えと言っているんだと多くの人たちが感じてくれたから、あれだけの評価に結びついたんじゃないかな。生きていることが戦いなんですよ。 ──それで本当に辛いときは、逃げ出しちゃえばいいと。 武論尊 そうです、働く人間には、休む自由もあるわけですから。オレみたいに仕事を全部中断して、パァ〜ッと北海道の牧場にでも行ってしまえばいいんです。一度人生をリセットしてから、またイチからやり直せばいいんです。 ──そんなときこそ、ジャギのように小ズルく立ち回るべきですね。そろそろ時間のようです。洋画好きな武論尊先生は『ドーベルマン刑事』はクリント・イーストウッド主演作『ダーティーハリー』(71)、『北斗の拳』はメル・ギブソン主演作『マッドマックス2』(81)からインスピレーションを得たことで有名ですが、最近はぐっと胸に迫る映画はありました? 武論尊 CGばっかりの映画や3D映画は目がチカチカして苦手なんだよ。このところはあんまり面白い洋画に出会ってないなぁ。オレの運がよかったことは、連載の話が持ち掛けられた際にタイミングよく『ダーティーハリー』や『マッドマックス2』みたいな作品に出会えたこともあるよな。まぁ、言ってしまえば、態のいいパクリじゃないですか(笑)。最近はハリウッドもダーティーヒーローが人気みたいだから、ジャギみたいな悪役が活躍する新作を考えてみようか。ハリウッドのヤツらが唸るような物語を作ってみたいね。子どもの頃からずっと洋画を観てきたオレにとって、それは大きな夢なんだよ。 (取材・文=長野辰次/撮影=名鹿祥史) ●ぶろんそん 1947年長野県出身。中学卒業後、航空自衛隊に入隊。除隊後、本宮ひろ志の仕事場で資料係を務める。しかし、麻雀など遊んでばかりいたため、見かねた本宮の担当編集者から仕事を持ち掛けられ、1972年に漫画原作者としてデビューを果たす。以後、『ドーベルマン刑事』『北斗の拳』などのヒット作を放つ。史村翔名義でのヒット作に『ファントム無頼』『Dr.クマひげ』『サンクチュアリ』など。『北斗の拳』連載開始から30年を迎えた2013年3月、初の小説『原作者稼業 お前はもう死んでいる?』(講談社)、さらに7月に新書『下流の生きざま』(双葉社)を上梓した。 ●『下流の生きざま公式ツイッター』 https://twitter.com/futabasha_karyu ●武論尊が語る『下流の生きざま』 http://youtu.be/wDq-4Vhjozk 

「アウトな人たちが光って見えたら、こっちの勝ち」“混乱の”フジが仕掛ける、アウトな刺客たち

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撮影=後藤秀二
 「アウトとグッドは紙一重」を合言葉に、毎回、愛すべきダメ人間たちを紹介する異色のトークバラエティが話題を集めている。その番組こそ『アウト×デラックス』(フジテレビ系)だ。テーマはずばり「アウト」。世間の常識からほんのちょっとだけ外れてはいるが、熱い思いを持って生きる「アウト」な人たち。MCを務めるナイナイ矢部浩之&マツコ・デラックスの巧みな媒介によって、アウトな彼らだけに見えている不思議な世界がするすると引き出されていく。果たして本当に「アウト」なのは、彼らなのか、それとも見ている我々か――。若きディレクター、鈴木善貴氏が仕掛ける、フジバラエティの新しい王道スタイルとは? ――5月23日の放送では、あの絶対王者『アメトーーク!』を視聴率で追い抜いたことが話題になりましたが、まずはその時のご感想をお聞かせください。 鈴木善貴氏(以下、鈴木) 時間が丸っきりかぶってて勝ったら、そりゃあスゴイですけど……ズレてますから。だって『アメトーーク!』は10年間続いている番組ですよ。その10年の歴史でたった一回、「おっ、何か新しい番組が始まったな」っていう興味で見てもらった番組の視聴率が、たまたまちょっとよかったぐらいで調子に乗ってたら、おこがましいですよ。でも……うちの番組を知らない友達には言ってますけど。「え? おまえ『アウト×デラックス』知らないの? あの『アメトーーク!』に視聴率で勝ったんだけど」って(笑)。 ――それにしても、「アウト」という概念を番組の中心に据えるというアイデアがスゴイ。それは“王道”のイメージがあるフジテレビバラエティにおいて、かなり「アウト」ではなかったですか? 鈴木 僕の中では、特に外れている感じはないです。王道にもいろいろあるし。ただ深夜番組を僕に頼むということは「何やってもいいんだな」とは思いましたね。一応上の人は「レギュラー目指してます」とか言ってましたけど、大体そんなことになった例がないし(笑)、だったら思いっ切りやって「あぁ、また見たい」って若者たちに言わせてやろうと。 ――放送後にすぐネットで話題になるのも、『アウト×デラックス』の特徴だと思います。 鈴木 僕らがこの番組を作るのに心がけているポイントが3つあるんですけど、まずは皆さんが知らなくて興味深い人に出てもらう。知ってる人の場合は、必ずなんらかの新しい発見があるように。あとは完全に一般の方。出演者には楽しんで帰ってもらって、見ている人には不快な思いが残らないように。それだけは気を付けてキャスティングしているつもりです。 ――タレントさんと素人さんをまったく同じ土俵に並べるというのも、独特ですね。 IMG_0736.jpg 鈴木 “大部屋”と呼んでいるひな壇には、淡路恵子さんや坂上忍さんとまったくの素人が、同じ並びで座ってますからね(笑)。でも素人さんといっても相当アクの強い、ポリシーのある人たちですから。タレントさんも素人さんも、それぞれポリシーは違えど、思いのパワーは負けてないんですよ。普通だったらタレントさんを前に「恐縮です……」ってなっちゃいますけど、素人さんもガンガン言い返す。思いのパワーはみんな同じなんだろうなと思います。逆にパワーが弱い人は、あそこには入れない。「見せかけアウト」は、すぐバレちゃうんです。 ――見せかけアウト(笑)。いそうです。 鈴木 「アウト」って、マイナスなイメージに聞こえるかもしれないけど、僕たちは「アウトとグッドは紙一重」という、いい意味で使ってますから。タレントさんをブッキングする時には「えっ……アウト?」って、必ず聞かれますけど(笑)。 ――キャスティングする時は、相当リサーチをされるのですか? 鈴木 その人の本を読み、映画やテレビを見て、雑誌のインタビューにも当たります。インタビューなら、ほんのちょこっと書かれていた情報、たとえば「カレーライスが好き」という情報をもっと深く掘り下げていくと意外な発見があったり。淡路さんなんて腱鞘炎になるくらい、それこそドラクエの動きを自分がしちゃうくらいゲームがお好きだなんて、お話しするまで全然知りませんでした。最近だと……矢部美穂さんのお母さんかな。抜群に面白い。 ――矢部(浩之)さんが「番組乗っ取られる」って言ってましたね。 鈴木 もう全然乗っ取っていただいて構いません(笑)。栗原類くんもブレークしてくれて本当にうれしいです。ミラクルひかるさんも、以前はモノマネのうまいタレントさんっていうイメージだけだったんですけど、なかなか闇を抱えてらっしゃった(笑)。 ――あの「アウト面会」(※アウト軍団による、苦手な人克服コーナー)は面白かった……。ちょっとスッキリしました。 鈴木 一番うれしいのが「そうそう、私もそう思った」って共感してもらえることです。この番組はすべて“本音”。入念な取材と打ち合わせはしますけど、台本はありません。本番は皆さんに本音で語っていただくだけ。だから、思いもよらない方向にいくことも多々あります。そんなにハネないだろうと思っていたところにマツコさんが食いついて、ドカーンとなることも。やっぱりマツコさんがね、もともと番組を始める際に「私自身がアウトだから、アウトな人たちを笑えないわよ」って言ってたんですよ。それを聞いて、“あぁ、いいな”と。マツコさんは自分自身をアウトだと思ってるから、アウトな人たちの魅力を上手に引き出してくれるんですよね。また「アウトな人間がテレビに出ないと、テレビは面白くない」とも言っていました。普通じゃ面白くないと。 ――マツコさんの優しさが、すごく出ている番組ですよね。
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鈴木 「優しいマツコを見せる」っていうのは、実は番組当初のコンセプトとしてありました。それがマツコさんにとってうれしいかどうかは分かりませんが。そこに矢部さんの優しいツッコミが加わって、そんな優しい2人だったら、どんな出演者の方々も受け入れてくれるだろうと。 ――しかしコンプライアンスが厳しい状況で、素人さんに登場してもらうことは、それだけリスクも高いのではないかと思うのですが。 鈴木 僕らがまずはその人たちとたくさん話して、この人は魅力的だと、これなら視聴者も分かってくれるなと、そういう自信を得た時だけ出演してもらうようにしています。そこでピンとこない人は、どんなにアウトであってもオファーはしません。編集後にいろいろなスタッフにも見てもらって、厳しくチェックしています。 ――たとえば、俳優志望の上地雄輔さん好きの田口学くんとか……。 鈴木  おっ! きましたね(笑)。 ――田口くんの場合は、最初から「イケるな」という確信があったのですか? 鈴木 僕らが理想として描いていた人ですね、田口くんは。「こういう人に出てもらいたいな」と思っていた型にピタっとハマった人。今じゃもう、神みたいになってますけど(笑)。裏でもスゴイですよ~。会議も「この間、田口が楽屋でね」とか「田口ったら、後ろでそっくり返って座ってた」とか、田口くんの直近トークから始まりますから。みんな腹立ちながらも田口でこれだけ盛り上がるってことは、やっぱり面白いんですよ。だからこのラインを崩さないように、ギリギリ面白がられる範囲で止めておかないと(笑)。山下(恵司/声が高すぎる男)くんもこぼり(ゆきこ/主治医に恋する女)さんもそれぞれ夢があってテレビに出たい人たちだから、その夢がかなうように応援したいと思ってますね。だから大物俳優さんがゲストで来た時とか、演技を見てもらったりするんです。その「アウト」な部分が、すぐ隣にある「グッド」に転がればいいなって。まぁ、みんなが「グッド」になってしまったら、この番組は終わりですけどね……。 ――確かに(笑)。 鈴木 素人さんの恐ろしさって、こちらの想像をはるかに超えてくるところ。タレントさんももちろん面白いですけど、素人さんの場合は、その振り切れ方が、こっちが予想だにしない方法だったりしますからね。そういう瞬間に立ち会った時は「やった!!」ですよ。だって尊敬する上地さんを前にしての最初の質問、僕らなら「ふぁ、ファンです!」みたいな、ありきたりのセリフしか書けないですけど、彼(田口)は「僕のブログ見てくれてましたか?」ですよ。「6回ライブに行ったんですけど、気づいてました?」ですよ。もうそれは台本では絶対書けない。柿沼(しのぶ/自分の紙芝居を世に広めたい女)さんの「涙あり、笑いあり、やりがいあり」も、もうなんなんですか、「やりがい」って(笑)。 IMG_0692.jpg ――話にオチがなかったり、間がおかしくなったり、芸人さんに振るのとはだいぶ違う反応が返ってきますよね。それをそのまま流すというのも、『アウト×デラックス』のはじけてるところではないかと。 鈴木 お笑いの文法が成立しない、普通のことを言って面白い人にはかなわないんですよ。フリがあってボケて……とかじゃないですから。彼ら彼女らにとっては普通のことを言っているだけで、それがあるうちは、この番組は大丈夫じゃないかと思います。 ――タレントさんで、度肝を抜かれたのはどなたですか? 鈴木 元SIAM SHADEの栄喜さん。あとベタにラーメン王の石神秀幸さんも好き。すっごい薄い話を、よくあそこまで濃厚に話せるなっていう(笑)。それから……ひふみん。 ――加藤一二三九段! クイズを出したがる天才棋士ですね! 鈴木 年上の、しかもすごい経歴をお持ちの方にこんな言い方は失礼かもしれませんが、ほんっとにカワイイ。アウトは「カワイイ」でもあると僕は思っていて。本音をさらけ出してくれて、その人の素の部分が見えた時って、たまらなくカワイイし愛おしいんです。人間の魅力というか……出てくるんですよね。そうそう、出版業界で誰かいませんか? アウトでカワイイ人は? ――サイゾーは……変な人しかいません……。 鈴木 いいですねぇ。「今日は某雑誌の編集部の方です」「なんの雑誌ですか?」「サイゾーです」「アウト~!」(笑)。 ――一度編集部に来ていただいて、ぜひお好みをピックアップしてください(笑)。『アウト×デラックス』といえば、いくつかのエピソードをパズルのように組み合わせる構成も独特ですよね。 鈴木 トーク番組を見ている時に「ちょっと長いな……」って思うことありません? 飽きさせないためにも、最初に出演者さんを全部見せてしまおうかなと。あと、作るものは基本的にオシャレなものでありたい。たとえば10人ゲストが出て、エンディングを迎えた後にガガッと巻き戻って、一人目の一言が聞けるみたいなことがやりたかったんです。スタンリー・キューブリックのような。いやムダなんですよ、いらないんですよ。だけど僕みたいな浅い人間は、アレを見て「オシャレだな~」って思うんです。本来であれば、中身を見るべきですけどね。僕は洋服も好きだしガワを楽しむ人間なんで、あれを見て男の子たちが「おお!かっけー!」って言ってくれるかなと思ったんですよ。 ――ムダ精神は大事だと思います! 鈴木 僕もそうでした。誰かの思いつきだと思うんですけど、昔セットの後ろに四星球(スーシンチュウ)が置いてあるのを見たことがあるんです。その時「あぁ、遊び心あるなぁ」って感動して。遊び心って大事ですよね。テレビを楽しんで作ってる感じ。 ――それこそまさに、フジバラエティという感じじゃないでしょうか。 鈴木 ムダなことに全力を傾ける(笑)。あとは反骨心じゃないですけど、常にマイノリティな部分を大事にしたいんです。だからゴールデンにはこだわらないし、なんなら15分に縮小されてもいい。とにかくじっくり手間暇かけて作りたいんですよ。“作品感”を出したいんです。 ――DVD化などは? 広報 ないですね。 鈴木 もったいないな~! フルバージョンのDVD出したら絶対面白いのに!! ――フルバージョンすごそう!『アウト×デラックス』を見ていると、「もしかして私のほうがアウトなんじゃないか……」って思えてくるから不思議なんです。 鈴木 アウトな方たちの生き方が少しでも光って見えたら、こっちの勝ちなんだと思います。面白いのは、当初男性をターゲットに番組を作っていたんですけど、視聴率調査によると実際は女性のほうがよく見てくれているみたいで。男性は、やっぱり『アメトーーク!』に行っちゃうんですかね。 ――以前、日刊サイゾーのインタビューで、加地倫三さん(『アメトーーク!』総合演出)は「フジテレビはバラエティ界の巨人軍」と言ってましたから、『アウト×デラックス』のことは相当意識されてると思います。 鈴木 そのインタビュー読みました。まったく、うまいこと言いますよね! でもそれは、王者だからこその発言ですよ。マツコさんが初回に「混乱のフジテレビだからこそのレギュラー化」って言ってましたけど、混乱だからこそできることもある。僕としては、もっと早くレギュラーになってもよかったと思います。2年前であれば、まだ同じような番組はなかったから。まぁないとは思いますけど、ゴールデンに移行するなんて話になったら、きっぱりやめますよ。面白くないだろうし。だから、この番組をゴールデンに昇格させるレベルの混乱状態には陥ってほしくはないですね(笑)。 ――鈴木さんの夢はなんですか? 鈴木 そうですね……もうちょっと、ゆったり働きたいですね……。そしていつかアウト軍団だけで30分作ってみたい。田口くんや山下くん、柿沼さんたちの面白さを凝縮した30分が作れたら、この番組はもっと強くなるんじゃないかと思います。その延長上として「アウト総選挙」がね、中野サンプラザあたりでできたら素晴らしい。 ――会場選びが……絶妙です(笑)。 鈴木 もちろん生放送で。 ――だ、大丈夫ですか? 鈴木 大丈夫じゃない生放送ほど、見たいものはないじゃないですか。終わりはそれで。生放送でやらかしちゃって、終了と。 (取材・文=西澤千央)

「女装なんてドラッグに比べたら健全!」中年おじさんが“不完全女装”にハマるワケ

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左からキャンディ・H・ミルキィさん、小林秀章さん
 もう、写真からしてインパクトありすぎな、真っ赤なフリフリの服を着込んだ「キャンディおじさん」ことキャンディ・H・ミルキィさんと、白髪&白髭にセーラー服という落ち武者女子高生スタイルの「セーラー服おじさん」こと小林秀章さん。  おふたりとも、この格好のまま都内各所に出没するということで多数のメディアなどに取り上げられている有名な女装おじさんですが、女装とは言いつつも外見から判断するに……明らかにおじさん丸出し! しゃべり方もオネエ言葉なんて一切使わないし、むしろおじさんであることを隠そうともしていないように見えます。  はたしてこの女装おじさんたちは、どーしてこんなことになっているのか? そして、なんのために女装を!? 東京2大インパクト女装おじさんによる貴重な対談です。 ■キャンディさんに人生を曲げられたんですよ ――まず、おふたりが女装を始めたきっかけは? キャンディ 子どもの頃から姉の服に興味があってコッソリ着ていたんですけど、やがてゴミ捨て場から拾ってくるようになって……。東京オリンピックの年、小学校5年生の時に新聞配達をやっていたんですが、朝、新聞を配っているとゴミ袋が出ているじゃないですか。当時は個人情報もゆるかったんで、平気で女性物の下着とか服が捨ててあったんですよ。ゴミ捨て場を散らかさなければ自由に持って行っていいというような雰囲気もあり、いっくらでも手に入りましたね。もちろん、手に入ったからといって外には着ていけないから、家族がテレビを見ている間にトイレにこもって着てました。 小林 私の場合は小学校の頃、女の子のパンツが大好きで、学校に行ったらとりあえずクラス全員のスカートをめくってみんなのパンツを把握する、っていうのが日課だったんですよ。あまりにもスカートめくりをしていたんで問題になって、先生が「恥ずかしい思いをさせたら懲りてやめるだろう」とでも思ったのか、「今度やったらスカートはかせるぞ」って警告してきて……。 キャンディ 粋な計らいだねぇ~! 小林 こっちはもう楽しみで、ワクワクしちゃってね(笑)。それからも平気でスカートめくりを続けていたんで、ある時、朝礼でスカートをはかされたんです。みんなに大笑いされたけど、こっちはうれしくって……あれ、全然罰になってなかったですね。それからずっと女の子の服に興味を持ってはいたんですが、自分の場合は入手するすべがなかったので、大学生になってエッチなお店に行って下着とかを買うようになるまでは全然、実践する場はなかったです。 キャンディ そこから、女装して外に出るまでに、また大きな壁があるんだよね。外に踏み出す一歩は、人生を踏み外す一歩だから。 小林 初めて外に出たのは、いつ頃なんですか? キャンディ 30ちょっと越えたくらいかな。もう結婚もして子どももいて……っていう時期。それまでは女装クラブに行って女装をしてたんだけど、女装クラブって基本的に外に出ることは禁止なの。 小林 それはモラルとして「外でまで、そんなことをするな」みたいな? キャンディ いや、女装クラブが儲からなくなっちゃうから。みんな平気で外に出られるようになったら、女装クラブに行かなくなっちゃうでしょ。でもある時、原宿に行ったら奇抜な格好をしている子たちがいっぱいいたのね、竹の子族の全盛期だったんで。「ここだったら女装しても大丈夫だな」って、完全に勘違いだよ。だって最初に原宿に行った時なんて、セーラー服ともんぺだったもん(笑)。でも、それが竹の子族の子たちにウケちゃったから、さらに勘違いしてハマッちゃったんだよね。あそこで受け入れられてなかったら、人生は全然違ってたと思いますよ。 小林 実は、私の最初の一歩は、キャンディさんがきっかけなんですよ。 キャンディ ええーっ!? 小林「デザインフェスタ」というイベントで写真展をやることになったんですが、その時にキャンディさんが来てくださるって聞いて、「キャンディさんをお迎えするなら、ちゃんとした格好じゃないと!」と思い、女装をしたのが外に出た最初です。 キャンディ あの時が最初だったんだ! すごく人気者だったから、とっくにやってるんだと思ってた。
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小林 まあ会場のトイレで着替えてたんで、会場の中だけですけれど。それでも足がすくむ思いでしたね。 キャンディ でも、1時間もたったら平気になったでしょ。 小林 そうですね。もともとアーティストが集まるイベントなんで、意外と受け入れてくれましたね。逆にすごくウケちゃったんで引っ込みがつかなくなって、「デザフェスに行く時にはセーラー服」っていうのがお決まりになっちゃいました。だから、キャンディさんに人生を曲げられたんですよ。 キャンディ もともと興味はあったんでしょ? 小林 はい。「キャンディさんが来る」というのを、いい口実にしたんでしょうね。本当に女装で外に出ていったのはデザフェスから1年半くらいたってからなんですけど、鶴見のラーメン屋で「30歳以上の男がセーラー服を着てきたらただ」っていうキャンペーンをやっていると聞きまして、「じゃあ行こうか」と。結局、あれも自分への言い訳ですよね。「ラーメンを食べに行くんだから……」って、女装をする口実ができるじゃないですか。あれで、初めてウチからセーラー服を着てラーメン屋まで行きました。やっぱり外って、イベントの会場とは全然違いますからね。すごくバカにされるんじゃないか、職質されるんじゃないかといろいろ心配して……。 ――むしろ無視されたんじゃないですか? 小林 そうなんですよ。都会のスルー力ってすごいですよね。堂々としてると、意外と誰も絡んでこないんです。 キャンディ まあ、東京では知らんぷりして通り過ぎてくれるよね。大阪では指さして笑ってくるけど。 ――今まで、通報されたりなどのトラブルはないんですか? キャンディ 職務質問されたら名刺出して免許証出して……って、こっちからなんでもかんでも出しちゃうの。そうすればほとんど大丈夫ですね。そもそも、悪いことをするんだったら、こんな目立つ格好するわけないじゃん。こんな格好してるからこそ、かえって模範的な市民であろうと心がけてるんですよ。 小林 女装を取り締まる法律はないですからね。あんまりしつこく職質したら、逆に人権侵害になっちゃいますよ。 キャンディ まあ、警察も大変ですよね。 小林 ただ、「どこまで大丈夫なのかな?」って、いろいろやってみる時期ってありますよね。デパート行ってみたり銀行に行ってみたりホテルに行ってみたり……。私は裁判傍聴しに行きましたけど、大丈夫でしたね。 キャンディ どこ行っても、意外と問題ないよね。でも、週末の繁華街だけは避けるかな。日本の酔っ払いって、しょうもないんだよ。 小林 あいつら、男だったらスカートめくっていいと思ってますからね。でも、そういう酔っ払いとか以外は、日本ってすごく寛容ですね。 ――寛容ですか? 小林 この間、海外メディアに紹介されたんですけど「日本では、あれをやっても平気なのか?」って反響が多かったんですよ。たとえばアメリカとかって「自由、自由」って言ってるけど、公の場所で女装をする自由なんてないんです。こんな格好で外を歩いていたら、なにか犯罪に巻き込まれたりしかねないから、安全に歩けないわけです。ところが日本だと、女の子が寄ってきて「一緒に写真撮ってくれませんか?」ですからね。海外の人にとってはカルチャーショックだったみたいです。   P1090219_.jpg ■自分の女装姿を見て、オナニーしていた ――ところで、今日は「なぜ女装おじさんたちは、男丸出しな女装をするのか!?」という対談なんですが……。 キャンディ いやー、本人としては「意外と男だってバレてないんじゃないか」と思ってやってるんですけどねぇ。 ――あ、そうなんですか? キャンディ 10人いたら1人くらいは本当に女だって思ってくれてるんじゃないか、って期待はしてますよ。 小林 でもまあ、我々は女の子になりたいわけじゃなくて、女の子の服を着るのが好きなだけですからね。 キャンディ そうそう。女の子の服が好きだから着ているだけ。カメラが好きだったら見ているよりも撮ったほうがいいし、車が好きだったら運転する。同じように、女の子の服が好きだったら、ながめているよりも着てしまいたいという、ごく自然な欲求ですよ。 ――なるほどー。 キャンディ まあ、私の場合は女性になりたいわけではないけれど「女性みたいな見た目になりたい」という願望はあるんです。脳みそは男なんだけど、女装している自分を男の自分が好きになっちゃって……だから、性の対象が自分なの。若い頃は天井に鏡を貼ってたんだから。まだピチピチしてた頃は、自分の女装姿を見てオナニーしてたからね。 小林 はー! 自分も鏡を見て「妙にセクシーだな」と思うことはありますけど、それでどうこうってことはないですね。 キャンディ 今はもう年取っちゃっててムリだけどね。鏡なんか見たくないよ。 ――一方、小林さんのほうはヒゲ丸出しですけど。 小林 私の場合は、男の汚らしさとセーラー服のアンバランスさが面白いと思っているので。女装のお店に行ったりすると、本当に完璧な女装の人がいたりするんですよ。服装や見た目だけじゃなくて、仕草や考え方まで女性そのものなんです。でも、完璧な女装って意外とつまらなくって。「普通の女性がいるだけ」になっちゃうから。 ――だからこそ、ヒゲは残していると。 小林 完璧だったら、誰も見向きもしてくれないじゃないですか。目立ちたいってわけでもないんだけど、「おっさんがセーラー服着ちゃったぜ」という違和感は残しておきたいというのはありますね。 ――女装とひと言でいっても、いろんなジャンルがあるんですねぇ。 小林 すごいバリエーションがありますからね。「女装ニューハーフプロパガンダ」っていう女装者やおかま、ニューハーフの人が300人くらい集まるイベントがあるんですけど、これだけみんなバラバラなのに、よく平和にやっていけてるな……と思っていますよ。 キャンディ お互いに興味がないんだよね。セーラー服が好きな人は和服なんて興味がないし、和服好きな人はフリフリのドレスなんて興味ない。興味があるのは下着だけ、水着だけ、なんて人もいるし。でも世間から見れば、全員変態ですからね。 小林 そうですね。女装において汚らしさを押し出す人もいれば、キレイになりたい人もいて、心の中ではお互いにあまりよくは思っていなくても、全体がマイノリティだから結束している……みたいなのがあるのかもしれませんね。 キャンディ どっかしらで拠りどころを欲していながらも、「自分はほかとは違う」っていう気持ちもあるんだよ。まあ、こっちとしては女装が規格統一化されないほうが面白いからいいんだけど。 ――おふたりとも、女装の時の衣装が決まってますよね。やはりそれ以外には興味がないんですか? 小林 いやー、実はほかの服も着たいんですけど、もうセーラー服に慣れちゃってるんで。また違う服を着るとなったら、初めて女装して外に出た時のようにイチからドキドキしなくちゃならないんで。 キャンディ まったくそう! 私も部屋ではアンナミラーズの制服とかいろいろ着ているんだけど、結局、外に出る時はこの衣装になっちゃうんですよ。この服を着てたら「いつものあのオヤジだよ」って身分証になるじゃないですか。逆に「今日はセーラー服なんですね」なんて言われたら恥ずかしくて、耐えられないと思う。だから「いつものヤツでいいや!」ということになっちゃう。 P1090251.jpg ■「コイツは女装をしているのか、じゃあ大丈夫!」 小林 こういう格好をしていると、まあイヤがる人もいるけど、意外とうらやましがられることってないですか? キャンディ あるある。まあそういう時に「オレもやりたい!」とか言ってるヤツよりも、遠巻きにジーッと見ているヤツの方がハマる傾向にあるけど。 小林 そうですよね。サラリーマンとかだと、何かあってのけ者になったり、クビになるのを恐れて日々を送っているから、意外とこうやってはみ出したことをやっていると「よくやった!」って絶賛してくれることが多いんですよ。 ――ああ、自分じゃマネできないことをやっている人がいるってことで。 小林 今の社会って、システム至上主義なんだと思うんです。電車や電気、社会がキッチリ回っていることが人の命よりも重要という。そうなっちゃうと人間って、そのシステムをうまく回すための部品になっちゃう。別に自分がいなくなっても、別の誰かが埋め合わせすることになるし……アイデンティティというのがなくなっちゃうんですよね。そんな中にシステムから完全に逸脱した人が出てくると、スカーッとするんでしょうね。 キャンディ そういう時に、酒に逃げるか仕事に逃げるかドラッグに逃げるか女装に逃げるか……っていう違いだよね。どうも今の世の中は「逃げる」のがよくないっていう風潮があるけど、逃げ場所を持っていないとしんどいからね。その逃げ場所が「女装」だったら、ドラッグなんかに比べたら健全なもんですよ。優秀な経営者だったら「コイツは女装をしているのか、じゃあ大丈夫!」って言うと思うよ(笑)。 ――そうやって、女装を社会的に認知してもらいたいという感じですか? キャンディ いや、社会的認知なんてしてほしくないよ。本当はこんなに面白いこと、あんまり人には教えたくないからね。 小林 自分の場合は、社会的に認知されるというのも、それはそれでひとつの理想ですけどね。誰も騒がない状態で普通に女装ができるというのも、いいじゃないですか。 キャンディ うーん、奥さんが女装に理解ありすぎてやめちゃったっていう人も知ってるからなぁ。毎日「今日は女装しないんですか?」って言われ続けてやめちゃったんだって。 小林 ああー、それはそれでツライ。 キャンディ そしたら今度は軍服着よう。ガッチリ軍服を着込んで外を歩いてたらビックリされるでしょ。 ――女装も人それぞれなんで、統一見解はない……ということは分かりました!  (取材・文=北村ヂン) ●セーラー服おじさん公式サイト <http://www.growhair-jk.com/>