「不便だけど、不幸じゃない――」義足カメラマンが語る、11人のカッコイイ“義足美女”

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モデル=高桑早生さん
 義足に対して、マイナスなイメージを持つ人は少なくないだろう。不幸にも足を切断することになってしまい、義足生活を「余儀なく」される……。だが、必ずしもそうなのだろうか?  写真家・越智貴雄氏による写真集『切断ヴィーナス』(白順社)を見れば、もしかしたらそんな認識は覆ってしまうかもしれない。義足をつけた11人の美女たちは、サッカーやスノーボード、水泳などのアクティビティを楽しんだり、神輿を担いだり、ライブを行ったりと、誰もが健常者と変わらない姿を見せているのだ。  いったい、越智氏は義足の女性たちの姿を通じて何を表現したかったのだろうか? そして、その撮影からは何が見えてきたのだろうか? ――まず、義足の女性たちを撮影しようと思ったきっかけを教えてください。 越智貴雄(以下、越智) 2000年のシドニーからずっと、パラリンピックの写真を撮り続けてきました。その中で出会った義肢装具士の臼井二美男さんが作る義足がカッコイイと思ったんです。臼井さんに写真を撮影させてほしいと話したところ、義足を使用している女性を紹介していただくことができ、このプロジェクトがスタートしました。昨年写真展を開催したところ大好評で、写真集にしようという話が持ち上がったんです。 ――写真集のタイトルは『切断ヴィーナス』。障害者に対して、「切断」という言葉を使うことにためらいはなかったのでしょうか? 越智 「切断」という言葉は、どうしても使いたかったですね。最近ではだんだんと使われるようになりましたが、かつては「切断者」という言葉すらタブーでした。でも、本人たちは、それを現実として受け止めています。臼井さんとも話し合いを重ねて、このワードを使おうと決めました。 ――本作のこだわりは、どんなところですか? 越智 一番大切にしようと考えたのは、本人たちの個性を表現すること。撮影前に本人たちを何回も取材し、ヒアリングを重ねました。好きな食べ物、好きな写真、好きな音楽、彼女たちの個性を写真に収めたいと思ったんです。「僕のことをプリクラと思って」と話しながら撮影を行ったんです。 ――そこまでモデルの「個性」にこだわった理由は? 越智 義足って、本人の個性が詰まったものなんです。義足を作るときにも、その人が何をしたいか、その人の目的によって、ひとつひとつ違います。速く走りたいという人もいれば、おしゃれに見せたいという人もいるし、リアルな足に見せたいという人もいます。そんな義足の個性を、写真で表現したかったんです。  例えば、義足でお祭りに参加している女性のカットは、彼女が義足になった現在でも夢をかなえながら生活しているということを表現したいと考えました。また、銀座で撮影した女性は、この義足姿で通勤しているので、その日常に密着したいと思ったんです。モデル本人たちが服も全部用意して、彼女たちのイメージ通りに撮影しています。
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モデル:小林久枝さん
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モデル=村上清加さん
――一番印象に残っているカットは? 越智 それぞれ思い入れはあるのですが、竹下通りで撮影した一枚でしょうか。モデルの女性が「ターミネーターになりたい」と言ったので、特殊メイクを施して撮影しました。撮影中、人だかりができてしまったんですが、周囲の若い女の子たちが口々に「カッコイイ!」「すごーい!」と言っていたんです。それにはびっくりしましたね。
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モデル:大西瞳さん
――まさに、もくろみ通りですね。 越智 本人の姿勢がしっかりしていたからこそ、そうやって周囲に伝わったんです。 ――世の中の義足に対するイメージは、少しずつ変わりつつあるのでしょうか? 越智 変わってきているという印象はありませんね……。女性が足を切断したという事実だけ聞き、「大変そう」「かわいそう」と思ってしまう人は多くいます。けれども、彼女たちに関して言えば、義足は不便なものだけど、第三者が勝手に考えるように「不幸」とか「かわいそう」といったものではないんです。 ――「不便だけれども不幸じゃない」という視点は、実際に触れ合った越智さんならではの視点ですね。モデルになった女性の誰もが堂々と振る舞っており、それが写真の力になっているように感じます。 越智 そうですね。ただ、地方に行けば行くほど、義足を隠さなきゃならない人はまだ大勢います。だから、堂々とした義足の女性たちの姿を見せたいんです。あるモデルは、今では大丈夫だけど、切断した時にはすごく落ち込んでいた。だからこそ、当時落ち込んでいた自分のような人に写真集を見てほしいと話していました。 ――この写真集を、どのような人に見てほしいですか? 越智 これがきっかけになって、世の中の人に義足で生活する人々を知ってもらえたらいいなと思います。彼女たちは、同じ境遇の人に対して大きなメッセージとなり、憧れを持たれるような存在だと思います。社会のいろんな場所に出て行って表現してほしいですね。 ――「憧れられる存在」というのは、今までにない障害者像ですね。 越智 アメリカには義足のモデルがいますし、イギリスにも車椅子のモデルがいます。今回モデルを務めた11人のような女性が、一般のモデルとして活躍できる世の中になったらうれしいですね。バイクにまたがっている写真なんて、ハーレーの広告にぴったりじゃないですか?
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モデル=村上清加さん
――確かに、ハーレーに対するイメージも、ガラッと変わってしまいますね。ところで、今後、越智さんはどのような撮影をしていこうと考えているのでしょうか? 越智 パラリンピックについては、ライフワークとして撮影を続けようと思います。僕は、かつてパラリンピックという未知の世界を知ることで、世界が変わったような気がしました。パラリンピックを実際に見るまでは、障害者スポーツ=リハビリの延長という認識でしたが、実際にパラリンピックの競技を見たら、面白くて仕方がなかった。義足の人が100mを11秒台で走り、車椅子バスケでは、片輪でシュートを決める、走り高跳びでは片足で190cm跳んでしまったりするんです。 ――スポーツエンタテインメントとして、パラリンピックに魅力があるんですね。 越智 ロンドンではスタジアムに満員の観客が押し寄せ、テレビでも朝から晩まで中継をしていました。そういった状況を2020年の日本に起こすためにも、選手本人たちの個性を見せる写真を撮っていきたいです。こんなに面白いパラリンピックの魅力を知らないのは、もったいないですよ! (文=萩原雄太[かもめマシーン]) ●おち・たかお 1979年、大阪生まれ。大阪芸術大学芸術学部写真学科卒業後、東京に拠点を移し、ドキュメンタリーフォトグラファーとして活動開始。ライフワークとして、2000年から国内外のパラリンピックスポーツの撮影取材に携わる。04年、パラリンピックの競技スポーツとしての魅力を多くの人に伝えたいとパラリンピックスポーツ情報サイト「カンパラプレス」を立ち上げる。12年には、陸上アスリート中西麻耶選手の競技資金集めに協力するため「セミヌードカレンダー」を1万部出版し、国内外で話題に。13年9月にブエノスアイレスで開催された2020年東京五輪パラリンピック招致の最終プレゼンテーションで、佐藤真海選手のスピーチ中に「北海道で撮影した跳躍写真」が使用された。

これってトム・クルーズ版『時をかける少女』!? 日本のライトノベルが製作費178億円の超大作に

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大阪・福岡・東京と弾丸ツアーを敢行したダグ・ライマン監督(画面左)、トム・クルーズ、プロデューサーのアーウィン・ストフ。「最高の映画をつくろう」が合い言葉だった。
 桜坂洋原作、トム・クルーズ主演のSF超大作『オール・ユー・ニード・イズ・キル』が7月4日(金)の日本公開を前に、世界興収が2億4,000万ドルを越える好調ぶりを見せている。『オール・ユー・ニード・イズ・キル』の面白さをごく簡単に説明するなら、スピルバーグ監督の戦争大作『プライベート・ライアン』(98)をSFに置き換えたような壮絶な戦闘シーンと、タイムループものの傑作『時をかける少女』を思わせる切ないラブロマンスが掛け合わされているということ。いわば、日本のポップカルチャー的要素とハリウッドスタイルが融合した、新感覚のSFアクション映画なのだ。ギタイと呼ばれる異星人に侵略されている近未来の地球が舞台。熾烈さを極める戦場でタイムループ能力を身に付けた兵士が何度も何度も殺されながら、ヒロインとの出会いと別れを繰り返すというシュールかつブラックユーモアに溢れた作品となっている。  殺されまくる主人公・ケイジを演じたトム・クルーズのへたれ具合、エミリー・ブラントの颯爽とした女戦士ぶり、パワードスーツ(強化スーツ)のリアリティーに目が奪われる本作だが、メガホンをとったダグ・ライマン監督もハリウッドで注目の存在だ。わずか2万ドルの予算で取り上げたコメディ映画『スウィンガーズ』(96)やケイティ・ホームズ主演の『go』(99)などのインディペンデント作品を足がかりに、マット・デイモン主演の『ボーン・アイデンティティー』(02)の成功で一躍ハリウッドのヒットメーカーに。『Mr.&Mrs.スミス』(05)などのアクションコメディを大ヒットさせる一方、イラク戦争をめぐるブッシュ政権の陰謀を告発した実録サスペンス『フェア・ゲーム』(10)といった骨太な作品も手掛けている。ハリウッドの王道を歩みながらも、どこかインディペンデント臭を感じさせるクリエイターなのだ。ダグ・ライマン監督にハリウッドで成功する秘訣を聞いてみた。 ──『オール・ユー・ニード・イズ・キル』の製作費は1億7,800万ドルだそうですね。2万ドルの予算で『スウィンガー』を撮っていた頃は、自分が将来トム・クルーズ主演のSF超大作を撮ることを想像していました? ダグ そうだね、確かに『オール・ユー・ニード・イズ・キル』はかつての自分には想像もできないような予算を投じているよね(笑)。でも僕は子どもの頃から、ちょっと知的で、かつキャラクターが物語を動かすアクションものを撮りたいとずっと思っていたんだ。それに近未来の戦争を描いた大作映画ではあるけれど、実はとてもパーソナルな物語、たったひとりの人物を描いた作品でもあるんだ。『スウィンガーズ』以来、主演俳優といちばん親密に作品内容やキャラクターについて語り合った作品でもあるんだ。トム・クルーズは大スターだけれども、脚本づくりから美術デザインの打ち合わせまで全部参加して、いろんなアイデアを出してくれた。「今までなかった最高の映画をつくるにはどうすればいいか」を、トムと常に話し合って完成させた作品なんだ。
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異星人と繰り広げられる過酷な戦場に放り込まれたケイジ(トム・クルーズ)。強化スーツを使いこなす余裕もなく瞬殺されてしまう。
──ハリウッド超大作だけど、インディペンデント精神が込められているということですね。 ダグ そういうことだね。トムは僕とは違う世界の住人だと思っていたんだけど、今回はいい作品をつくるためにお互いをリスペクトし合うことで、素晴しいコラボレーションになったと思うよ。今回、トムからはいろいろと学んだ。彼は脚本づくりの段階から、「このシーンのこの台詞は、日本語字幕になったときどうなる?」なんて尋ねてくるんだ。翻訳されることでユーモア感覚がうまく伝わるのか、字幕に目がいって大事な瞬間を見逃さないかといった細部まで、彼はすごく気を配っていたんだ。僕も映画を撮っている際に「僕の友人はこのシーンを観てどう思うかな?」とよく考えるけど、僕の頭に浮かんでいる友人の数は10人程度。その10人を楽しませるために、僕は映画をこれまで作ってきたわけなんだ(笑)。でもトムは違った。トムは1億人以上いる日本人のことを常に意識しながら映画を作っていたんだ。これは僕にはまったくなかった発想。彼との共同作業は大変な刺激になったよ。 ■メジャースタジオの上から目線な態度はスルーせよ ──トム・クルーズがメジャー中のメジャーである理由を、間近で知ったわけですね。インディペンデント出身監督の多くはメジャーシーンで自分らしさを失いがちですが、ダグ・ライマン監督は『ボーン・アイデンティティー』を大ヒットさせて以降、確固たる道を歩んでいる。ダグ監督がハリウッドでサバイバルできている秘訣を教えてください。 ダグ ハリウッドで生き残る秘訣……、僕の場合で言えば「メジャースタジオを恐れない」ということかな。僕は『スウィンガーズ』みたいな変わったインディペンデント映画を撮るのが本当に大好きなんだ。だから、メジャースタジオが「あーだこーだ」と口を挟んでくることを気にしない。メジャースタジオの上から目線な態度は、いつもスルーしているよ(笑)。そんなの物づくりの現場には必要ないからね。僕はメジャースタジオを恐れない。だから、彼らは僕をコントロールできないってわけさ(笑)。『オール・ユー・ニード・イズ・キル』は僕がこれまでやったこともないような超大作だけれども、『スウィンガーズ』を撮っていた頃と同じような情熱とディテールへのこだわりをとても大事にした作品だよ。 ──出資者の顔色をうかがっていては、面白い作品は作れないということですね? ダグ メジャーのスタジオシステムに呑み込まれるな、ということだね。彼らは「オリジナリティーの強い作品を愛している」と言う一方で、オリジナリティーの強すぎる企画を恐れているんだ。だから本当にオリジナリティーのある作品をハリウッドで作ろうとするなら、メジャースタジオを恐れることのない監督を起用せよってことだよね。今回はワーナー・ブラザーズ作品になるわけだけど、メジャースタジオの中にあって、ワーナーは数多くのインディペンデント系の映画監督たちを起用してきたと思うよ。アルフォンソ・キュアロン監督の『ゼロ・グラビティ』(13)や、クリストファー・ノーラン監督の『ダークナイト』(08)や『インセプション』(10)もワーナー作品だしね。
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いつものように撮影現場でカメラを回すダグ・ライマン監督。メジャー大作でも、気分はインディペンデント監督なのだ。
──『ゴジラ』など過去のヒット作のリメイクやアメコミの映画化などが最近のハリウッドでは顕著ですが、オリジナリティーのある企画があまりに少ないんじゃないですか? ダグ 知名度のあるリメイクものや人気アメコミの映画化は、実際問題としてお客さんが入っているからね。お客さんが集まる企画を映画にするというのはメジャースタジオの昔からの変わらないスタンスだよ。でも、確かにもっともっと新鮮みのあるオリジナル作品に挑むべきだろうね。 ■映画はセカンドチャンスが許される夢の世界 ──今回の『オール・ユー・ニード・イズ・キル』は日本のライトノベルが原作。パワードスーツもいっぱい出てきます。トム・クルーズは大の親日家で有名ですが、ダグ監督の目には日本のポップカルチャーはどのように映っているんですか? ダグ 日本のポップカルチャーは僕も大好きだよ。『オール・ユー・ニード・イズ・キル』のようなユニークな物語がいっぱいあると感じている。アニメ版『時をかける少女』(06)もそのひとつだよね。今回は『時をかける少女』をはじめ、日本のポップカルチャーの影響をかなり強く受けながら作ったんだ。それに日本のSFファンが、ハリウッド映画にはパワードスーツが活躍する実写作品があまりないことを不満に思っていることも充分理解しているつもりだよ(笑)。だから今回の作品は、日本のポップカルチャーと共に育った日本の若者たちがハリウッドに望んでいるものを映画にしたんだ。 ──タイムループしている限りは主人公のケイジは何度でも生き返り、またヒロインに逢うことができる。でも、ケイジは最終的にはタイムループの輪から脱することを決意する。これは「慣れ親しんだ現状と決別し、新しい環境に挑もう」というダグ監督からのメッセージが込められている? ダグ そうだね。原作は桜坂洋さんが書いたものだけれども、これは僕自身のとてもパーソナルな物語でもあるんだ。もちろん、僕にはケイジみたいなタイムループする特殊能力はない。けれども、一度撮影したシーンが気に入らなければ、気に入るテイクが撮れるまで何度も繰り返す。それでも、まだ気に入らなければ編集段階で手を加える。そうやって、自分が納得できる作品を作り上げていくことができる。いわば、映画の世界はセカンドチャンスが許される夢の世界なんだ。まぁ、それは作品の世界の中だけであって、撮影所を出ていけば実際の人生は一回限りであることを思い知るわけなんだけどね(笑)。でも、新しい作品に取り掛かる度に「今までにない最高の作品にしよう」と思っている。そんな僕自身の姿が投影されていると思うよ。 ──最後にもうひとつ。エミリー・ブラントが基地内で汗だくになってプッシュアップしている姿がめちゃめちゃ印象に残ります。あの姿はダグ監督の会心のショットではないでしょうか? ダグ 僕は強くて美しい女性が大好き(笑)。そんな僕のこだわりが出ているショットだね。実は、あのシーンは最初からあったものじゃなかった。撮影していたロンドンで、みんなと一緒に和食レストランで食事をしたんだ。そのとき、たまたまヨガの話題になったんだけど、エミリーはレストランの中で突然ヨガのポーズを実演し始めたんだ(笑)。エミリーはヨガに精通していて、びっくりするようなヨガのポーズをいろいろと披露してくれた。とても優雅でパワーが漲ったポージングだったんだ。その姿は、すごくオリエンタル風だったし、日本の文化に通じるものを感じたんだ。それで彼女がプッシュアップしているポージングを劇中にも取り入れたというわけさ。ストーリー以外にも様々なジャパニーズテイストを散りばめているから、そこらへんもじっくり楽しんでほしいな。
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戦場で目覚ましい活躍を見せるリタ(エミリー・ブラント)。なぜか、彼女だけはケイジにタイムループ能力があることを見抜いていた。
──これからもインディペンデント精神溢れる作品をつくり続けてください。 ダグ もちろん、そのつもりさ。ハリウッドに居座って、これまでなかったようなユニークな作品をつくり続けていくつもりだよ(笑)。 (取材・構成=長野辰次) allyouneed_04.jpg 『オール・ユー・ニード・イズ・キル』 原作/桜坂洋 監督/ダグ・ライマン 出演/トム・クルーズ、エミリー・ブラント、ビル・パクストン、ブレンダン・グリーソン、ジョナス・アームストロング、トニー・ウェイ、キック・ガリー、フランツ・ドラメー、ドランゴミール・ムルジッチ、シャーロット・ライリー 配給/ワーナー・ブラザーズ映画 7月4日(金)より全国ロードショー  http://wwws.warnerbros.co.jp/edgeoftomorrow ●ダグ・ライマン 1965年米国NY出身。『アイアンマン』シリーズや『アベンジャーズ』の製作総指揮で知られるジョン・ファブローが主演した『スウィンガーズ』(96)でのコメディセンスが高く評価された。ケイティ・ホームズ主演の『go』(99)を経て、製作総指揮も兼任した『ボーン・アイデンティティー』(02)が大ヒット。ブラット・ピットとアンジェリーナ・ジョリーが共演した『Mr.&Mrs.スミス』(05)、ヘイデン・クリステン主演の『ジャンパー』(08)なども手掛けた。ナオミ・ワッツ主演の『フェア・ゲーム』(10)は、ブッシュ政権が「フセイン政権は大量破壊兵器を保有している」とイラク戦争を正当化したのは情報操作であることを告発した実録サスペンスで、ナショナル・ボード・オブ・レビュー賞で「表現の自由賞」を受賞している。

「ファンクラブは球団の写し鏡!?」10年間プロ野球全球団のファンクラブに入り続けた男の軌跡

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“ファンクラブジャンキー”長谷川晶一氏。
 かつてよりもその人気が低迷しているとはいえ、やっぱり日本人は野球好き。今年も、大注目“二刀流”大谷翔平(北海道日本ハム)の投打にわたる活躍や、広島カープ23年ぶりのリーグ優勝なるか!? などなど、セパともに話題沸騰中だ。そんな野球ファンたちの中でも、ノンフィクションライターである長谷川晶一氏の活動は類を見ない。先日上梓した新刊『プロ野球12球団ファンクラブ全部に10年間入会してみた!』(集英社)のタイトル通り、すべての球団のファンクラブに10年にわたって入り続けているのだ!  ヤクルトファンだった彼が、12球団のファンクラブに入ったのは2004年の終わり。この直前、オリックスと近鉄が合併され、新たに東北楽天ゴールデンイーグルスが創設されるなど、球団再編の嵐が吹き荒れた。さらに、史上初のストライキが断行され、「ファンサービスとは何か?」という議論が噴出。くしくもその年、長年ヤクルトファンクラブに入っていた長谷川氏は、ファンクラブに対する不信感を感じ始めていたのだった。「なぜ、こんなに特典がしょぼいのか?」「他の球団のファンクラブでは、どんな特典があるのか?」――。  10年間で63万円もの私財をつぎ込み、前人未到の(たぶん)ファンクラブ人生を歩んできた長谷川氏を直撃すべく待ち合わせ場所に向かうと、挨拶代わりに、ユニークなファンクラブグッズが次々と飛び出してきた! ――えっと……このユニフォームは……? 長谷川 広島カープがファンクラブ会員のために作った、オリジナルグッズの「カオシマ」ユニフォームです。ホームで着るユニフォームと、ビジターで着るユニフォームをつなぎ合わせたところ、「Carp」と「Hiroshima」が結合されて、「Caoshima」という意味がわからないユニフォームが出来上がってしまったんです。あまりに好きすぎて、「ヤフオク!」で、もう1着購入してしまいました。この布地を触ってみてくださいよ! ――ペラッペラですね……。 長谷川 でしょ!! おそらく1回洗ったらダメになってしまうくらいの品質の悪さ。怖くて洗濯もできません。また、カープでは、「タオルポンチョ」なるグッズも作っています。タオルに穴を開けてポンチョにしたものなんですが、全然吸水性がない。いったいどうやって使えばいいんだか……。僕はこういうカープグッズを「カープクオリティ」と名づけて大絶賛しています。 ――のっけからすごいグッズが登場しますね。本に紹介されていた楽天の「カラスコマスク」も、野球とは関係がなく、使い道がさっぱりわからない逸品です。 長谷川 これを身に着けていると、本当に痛い野球マニアっぽいですよね(笑)。楽天ではこのほかに、ラジコンヘリも特典にしています。これがまた、なかなか飛ばなくて……。 ――なんでこんなもの作っちゃったんですかね(笑)。ほかの球団のグッズも、こんなにユニークなんですか? 長谷川 巨人はタカラトミーとコラボしてジャイアンツユニフォームを着た「黒ひげ危機一発」を付けていますし、ドラゴンズでは、スタジオジブリとコラボしたぬいぐるみを作っています。ジブリの鈴木(敏夫)プロデューサーによれば、このキャラのモデルは落合(博満)GMということです。 ――これが、落合さん……。各球団、趣向を凝らして、さまざまなグッズを作っているんですね。 長谷川 ファンクラブは、その球団らしさを如実に反映します。西武やロッテ、楽天、巨人などでは予算も潤沢で、センスもいいし、力も入っている。中日は予算があるはずなのに、いかんせんデザインが古臭い。カープには予算の面で制約があるから、カープクオリティという独自の進化を遂げたんです(笑)。 ――本にも書いてあった通り、これまで親会社のゴタゴタに振り回され、ファンクラブも迷走を続けていたベイスターズのここ3年間の躍進は、感動的ですらありますね。 長谷川 昨年末に募集要項を見て、我が目を疑いました。これまでは、5000円で会員証が1枚だけという年もあったのに、今年は3000円で観戦チケット2枚と、アースミュージック&エコロジーとコラボしたバッグとポーチ、さらに球場に足を運べばさまざまなグッズがもらえるようになったんですよ!  ――長谷川さんの家には、いったいどれくらいファンクラブグッズがあるんですか? 長谷川 ユニフォームやバッグなどで300点くらい、ピンバッジやカードなども入れると800点は下らないと思います。送られてきたグッズは積極的に使うようにしていて、西武ライオンズのパーカーを着て、オリックスのバッグを持ち、中日の帽子をかぶっているなんていうこともしょっちゅうです。 ――どこのファンだか全然わかりません! でも、ファンクラブに入ると、数千円の入会金でユニフォームやバッグなどがもらえちゃうって、かなりコスパがいいですよね。 長谷川 球団の人に話を聞いたんですが、各球団ともファンクラブで儲けようとは思っていないんです。ファンクラブに入る熱狂的な人々をリスト化できるだけでも球団としてはメリットになりますし、球場に足を運んでもらうことは、飲食や物販の売上向上にもつながります。そういった部分を見越して、各球団では豪華なファンクラブグッズを作成しているんです。 ――なるほど。そもそも長谷川さんはなぜ、「12球団のファンクラブに入る」という活動を10年間も続けてこられたんですか? 長谷川 子どもの頃からヤクルトのファンクラブには入会していて、会報が届いたり、開幕前にファンクラブグッズが届くのを楽しみにしていました。12球団のファンクラブに入れば、これが単純計算で12倍になる。毎日のようにメールや手紙が届くのがたまらないんです! もしも、この活動をやめてしまったら、喪失感に襲われそうで怖いですね ――もはや依存症……。 長谷川 ファンクラブジャンキーなんです(笑)。 ――ただ、好きじゃないチームにも、お金を払ってファンクラブに入り続けるというのは、なかなかできることじゃありません。 長谷川 いまや、マザー・テレサやガンジーのように、博愛の気持ちで野球界を見守っているから大丈夫です! 初めはアンチ巨人だったので、ヤクルトファンとしては巨人のファンクラブに入会することに抵抗がありました。それでも、巨人のグッズはクオリティが高く、アンチの気持ちが和らいでしまう。金で魂を買われているような気がして、背徳感がありました……。  それが変化したのが2011年。巨人のファンクラブから開幕戦の観戦チケットをもらったんですが、それが震災のために中止になってしまったんです。その時、丁寧な詫び状とともに、ボールペンが送られてきて、巨人という球団の素晴らしさを実感しました。無料でもらったチケットで、しかも巨人のせいで中止になったわけじゃないのに、こんなにしっかりとした対応ができるなんて……。その時、意固地になっている自分の小ささに気づき、「いいものはいい」と認めようと思えたんです。 ――各球団では、ファンクラブ会員にグッズの送付のほかにも、ファンクラブ限定のイベントなども開催していますね。 長谷川 西武やオリックスでは試合後のグラウンドをファンに開放して、OBの選手がノックをするイベントを企画しています。かつての有名選手が「ナイスキャッチ!」と声援を送ってくれるんですよ。また、他球団でも新入団選手の記者会見への招待や、キャンプ見学、始球式やホームランを打った選手に対する花束贈呈などのイベントが用意されています。 ――なかなか楽しそうですね。では、長谷川さんが考える「いいファンクラブの条件」というのは? 長谷川 僕の勝手な思いですが、無料の観戦特典、グッズの品質や品数、サイン会や撮影会などの触れ合い系イベント、ノックやグラウンド見学などの体験系のイベントが満遍なくそろっているのが、最もいいファンクラブだと思います。例を挙げると、オリックスはもらえるグッズはほかに比べて少ないんですが、球場に行けば、たくさんの来場特典があり、さらにさまざまなイベントを行っています。僕は東京在住のため、京セラドームにしょっちゅう行くことができず、なかなか恩恵を受けられないんですが……。もしも大阪在住だったら、一番好きになっちゃうかもしれないファンクラブですね。 ――“球界のマザー・テレサ”として、ファンクラブを見続けてきた長谷川さんが考える「真のファンサービス」とは? 長谷川 球場に来たお客さんを、満足して帰らせることです。スポーツなので、ボロ負けすることもあるし、応援している選手が活躍しないこともあります。それでも「楽しかった」と思わせるために、試合とは別の満足感を与えることが大事なのではないかと思うんです。それは、思い出でもいいし、ピンバッジでもいい、体験イベントでもいい。お客さんを手ぶらで帰さずに何かを持ち帰ってもらって、「また球場に来たい」と思わせることが一番のファンサービスなのではないかと思います。このチャレンジは今後も続けて、20年目で第2弾を出せたらいいですね。 (取材・文=萩原雄太[かもめマシーン]) DSC_3160xs.jpg ●はせがわ・しょういち 1970年5月13日生まれ。早稲田大学商学部卒業。出版社勤務を経て、03年にノンフィクションライターに。04年よりプロ野球12球団のファンクラブすべてに入会する試みを始め、14年まで10年連続で継続中。現在、「12球団ファンクラブ評論家」の肩書で商標出願中。 ●発売記念イベント 長谷川晶一×菊地選手(ナックルボールスタジアム)トークバトル&サイン会 6月25日(水) 開場18:30/スタート19:00 芳林堂書店高田馬場店8F 詳細はこちら<http://www.horindo.co.jp/2014/05/1295/

「ファンクラブは球団の写し鏡!?」10年間プロ野球全球団のファンクラブに入り続けた男の軌跡

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“ファンクラブジャンキー”長谷川晶一氏。
 かつてよりもその人気が低迷しているとはいえ、やっぱり日本人は野球好き。今年も、大注目“二刀流”大谷翔平(北海道日本ハム)の投打にわたる活躍や、広島カープ23年ぶりのリーグ優勝なるか!? などなど、セパともに話題沸騰中だ。そんな野球ファンたちの中でも、ノンフィクションライターである長谷川晶一氏の活動は類を見ない。先日上梓した新刊『プロ野球12球団ファンクラブ全部に10年間入会してみた!』(集英社)のタイトル通り、すべての球団のファンクラブに10年にわたって入り続けているのだ!  ヤクルトファンだった彼が、12球団のファンクラブに入ったのは2004年の終わり。この直前、オリックスと近鉄が合併され、新たに東北楽天ゴールデンイーグルスが創設されるなど、球団再編の嵐が吹き荒れた。さらに、史上初のストライキが断行され、「ファンサービスとは何か?」という議論が噴出。くしくもその年、長年ヤクルトファンクラブに入っていた長谷川氏は、ファンクラブに対する不信感を感じ始めていたのだった。「なぜ、こんなに特典がしょぼいのか?」「他の球団のファンクラブでは、どんな特典があるのか?」――。  10年間で63万円もの私財をつぎ込み、前人未到の(たぶん)ファンクラブ人生を歩んできた長谷川氏を直撃すべく待ち合わせ場所に向かうと、挨拶代わりに、ユニークなファンクラブグッズが次々と飛び出してきた! ――えっと……このユニフォームは……? 長谷川 広島カープがファンクラブ会員のために作った、オリジナルグッズの「カオシマ」ユニフォームです。ホームで着るユニフォームと、ビジターで着るユニフォームをつなぎ合わせたところ、「Carp」と「Hiroshima」が結合されて、「Caoshima」という意味がわからないユニフォームが出来上がってしまったんです。あまりに好きすぎて、「ヤフオク!」で、もう1着購入してしまいました。この布地を触ってみてくださいよ! ――ペラッペラですね……。 長谷川 でしょ!! おそらく1回洗ったらダメになってしまうくらいの品質の悪さ。怖くて洗濯もできません。また、カープでは、「タオルポンチョ」なるグッズも作っています。タオルに穴を開けてポンチョにしたものなんですが、全然吸水性がない。いったいどうやって使えばいいんだか……。僕はこういうカープグッズを「カープクオリティ」と名づけて大絶賛しています。 ――のっけからすごいグッズが登場しますね。本に紹介されていた楽天の「カラスコマスク」も、野球とは関係がなく、使い道がさっぱりわからない逸品です。 長谷川 これを身に着けていると、本当に痛い野球マニアっぽいですよね(笑)。楽天ではこのほかに、ラジコンヘリも特典にしています。これがまた、なかなか飛ばなくて……。 ――なんでこんなもの作っちゃったんですかね(笑)。ほかの球団のグッズも、こんなにユニークなんですか? 長谷川 巨人はタカラトミーとコラボしてジャイアンツユニフォームを着た「黒ひげ危機一発」を付けていますし、ドラゴンズでは、スタジオジブリとコラボしたぬいぐるみを作っています。ジブリの鈴木(敏夫)プロデューサーによれば、このキャラのモデルは落合(博満)GMということです。 ――これが、落合さん……。各球団、趣向を凝らして、さまざまなグッズを作っているんですね。 長谷川 ファンクラブは、その球団らしさを如実に反映します。西武やロッテ、楽天、巨人などでは予算も潤沢で、センスもいいし、力も入っている。中日は予算があるはずなのに、いかんせんデザインが古臭い。カープには予算の面で制約があるから、カープクオリティという独自の進化を遂げたんです(笑)。 ――本にも書いてあった通り、これまで親会社のゴタゴタに振り回され、ファンクラブも迷走を続けていたベイスターズのここ3年間の躍進は、感動的ですらありますね。 長谷川 昨年末に募集要項を見て、我が目を疑いました。これまでは、5000円で会員証が1枚だけという年もあったのに、今年は3000円で観戦チケット2枚と、アースミュージック&エコロジーとコラボしたバッグとポーチ、さらに球場に足を運べばさまざまなグッズがもらえるようになったんですよ!  ――長谷川さんの家には、いったいどれくらいファンクラブグッズがあるんですか? 長谷川 ユニフォームやバッグなどで300点くらい、ピンバッジやカードなども入れると800点は下らないと思います。送られてきたグッズは積極的に使うようにしていて、西武ライオンズのパーカーを着て、オリックスのバッグを持ち、中日の帽子をかぶっているなんていうこともしょっちゅうです。 ――どこのファンだか全然わかりません! でも、ファンクラブに入ると、数千円の入会金でユニフォームやバッグなどがもらえちゃうって、かなりコスパがいいですよね。 長谷川 球団の人に話を聞いたんですが、各球団ともファンクラブで儲けようとは思っていないんです。ファンクラブに入る熱狂的な人々をリスト化できるだけでも球団としてはメリットになりますし、球場に足を運んでもらうことは、飲食や物販の売上向上にもつながります。そういった部分を見越して、各球団では豪華なファンクラブグッズを作成しているんです。 ――なるほど。そもそも長谷川さんはなぜ、「12球団のファンクラブに入る」という活動を10年間も続けてこられたんですか? 長谷川 子どもの頃からヤクルトのファンクラブには入会していて、会報が届いたり、開幕前にファンクラブグッズが届くのを楽しみにしていました。12球団のファンクラブに入れば、これが単純計算で12倍になる。毎日のようにメールや手紙が届くのがたまらないんです! もしも、この活動をやめてしまったら、喪失感に襲われそうで怖いですね ――もはや依存症……。 長谷川 ファンクラブジャンキーなんです(笑)。 ――ただ、好きじゃないチームにも、お金を払ってファンクラブに入り続けるというのは、なかなかできることじゃありません。 長谷川 いまや、マザー・テレサやガンジーのように、博愛の気持ちで野球界を見守っているから大丈夫です! 初めはアンチ巨人だったので、ヤクルトファンとしては巨人のファンクラブに入会することに抵抗がありました。それでも、巨人のグッズはクオリティが高く、アンチの気持ちが和らいでしまう。金で魂を買われているような気がして、背徳感がありました……。  それが変化したのが2011年。巨人のファンクラブから開幕戦の観戦チケットをもらったんですが、それが震災のために中止になってしまったんです。その時、丁寧な詫び状とともに、ボールペンが送られてきて、巨人という球団の素晴らしさを実感しました。無料でもらったチケットで、しかも巨人のせいで中止になったわけじゃないのに、こんなにしっかりとした対応ができるなんて……。その時、意固地になっている自分の小ささに気づき、「いいものはいい」と認めようと思えたんです。 ――各球団では、ファンクラブ会員にグッズの送付のほかにも、ファンクラブ限定のイベントなども開催していますね。 長谷川 西武やオリックスでは試合後のグラウンドをファンに開放して、OBの選手がノックをするイベントを企画しています。かつての有名選手が「ナイスキャッチ!」と声援を送ってくれるんですよ。また、他球団でも新入団選手の記者会見への招待や、キャンプ見学、始球式やホームランを打った選手に対する花束贈呈などのイベントが用意されています。 ――なかなか楽しそうですね。では、長谷川さんが考える「いいファンクラブの条件」というのは? 長谷川 僕の勝手な思いですが、無料の観戦特典、グッズの品質や品数、サイン会や撮影会などの触れ合い系イベント、ノックやグラウンド見学などの体験系のイベントが満遍なくそろっているのが、最もいいファンクラブだと思います。例を挙げると、オリックスはもらえるグッズはほかに比べて少ないんですが、球場に行けば、たくさんの来場特典があり、さらにさまざまなイベントを行っています。僕は東京在住のため、京セラドームにしょっちゅう行くことができず、なかなか恩恵を受けられないんですが……。もしも大阪在住だったら、一番好きになっちゃうかもしれないファンクラブですね。 ――“球界のマザー・テレサ”として、ファンクラブを見続けてきた長谷川さんが考える「真のファンサービス」とは? 長谷川 球場に来たお客さんを、満足して帰らせることです。スポーツなので、ボロ負けすることもあるし、応援している選手が活躍しないこともあります。それでも「楽しかった」と思わせるために、試合とは別の満足感を与えることが大事なのではないかと思うんです。それは、思い出でもいいし、ピンバッジでもいい、体験イベントでもいい。お客さんを手ぶらで帰さずに何かを持ち帰ってもらって、「また球場に来たい」と思わせることが一番のファンサービスなのではないかと思います。このチャレンジは今後も続けて、20年目で第2弾を出せたらいいですね。 (取材・文=萩原雄太[かもめマシーン]) ●はせがわ・しょういち 1970年5月13日生まれ。早稲田大学商学部卒業。出版社勤務を経て、03年にノンフィクションライターに。04年よりプロ野球12球団のファンクラブすべてに入会する試みを始め、14年まで10年連続で継続中。現在、「12球団ファンクラブ評論家」の肩書で商標出願中。 ●発売記念イベント 長谷川晶一×菊地選手(ナックルボールスタジアム)トークバトル&サイン会 6月25日(水) 開場18:30/スタート19:00 芳林堂書店高田馬場店8F 詳細はこちら<http://www.horindo.co.jp/2014/05/1295/

弱冠15歳の"ダンサー"ソングライター【當山みれい】「15年後、きっとマディソンスクエアガーデンに立つ!」

【サイゾーpremiumより】 ――幼少期から楽曲制作に励み、無限大の可能性を秘めた少女が、満を持してメジャーの舞台に躍り出る。
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(写真/若原瑞昌 D-CORD)
 あなたが小学生のときに欲しかったものはファミコン? たまごっち? 現在、15歳の當山みれいが小6のときに親にねだって買ってもらったのは、音楽制作ソフトとデスクトップパソコン。そこから曲作りを覚えた彼女は、中学生になるとニューヨークへ語学&音楽留学。もうなんて早熟なんだ! 「洋楽が好きだったので、本場に行ってみたい気持ちがあったんです。映像とかで見るあの場所は、どうなってるんだろう? って。それは今思い返すとロサンゼルスだったりするんですけど(笑)」  留学は約1年。現地ではハーレムのゴスペル隊でリードシンガーを務め、アポロシアターで開催されたアマチュアナイトで優勝も経験。さまざまな人種が集まる環境に身を置くことで、日本人としてのナショナリティを意識するようになり、自らの個性を見つめ直す中で、若さも武器だと考えるようになったという。そうして音楽性と人間性を大きくさせてくれた海外生活だが、実は渡米を決心した背景には、もうひとつ理由があった。それは小学校時代に受けたいじめ。 「小2のときからダンスと歌を本格的に習い始めたんですけど、それで目立ってしまったのか、ある日、学校に行ったらみんな口を利いてくれなくなっちゃって。もともとはっきりしてる性格なので、嫌なことは嫌って言っちゃうから、そうなってしまったのかも。小学校の6年間はずっと1クラス編成の狭い世界だったし、とにかく違う世界に飛び出したかったんです」  そんな気持ちはデビュー曲「Fallin‘ Out」の「笑顔の仮面つけたクラス一人 つまらない価値 ねたみ うんざり」という歌詞にも表出。 「これはニューヨークに行く前から、行ったあとの気持ちを書いた曲で、家族と大事な友だちに向けて歌っています。日本を離れ、自分から連絡を取る人はいないと思ってたけど(笑)、やっぱり感謝の気持ちが生まれて。もし、いじめがなかったら(地元の)大阪にずっといたと思う。だから逆に良かった。いじめの経験が私の背中を押してくれたというか、人生を変えるきっかけになったから」  そんな彼女の悩みは、知らず知らずのうちに、歌詞に英語がちょこちょこ入ってきちゃうこと。 「自分でルー大柴さんみたいだな、って思っちゃうんです。歌詞を付けたPVを見た友だちからも、英語のところがわからないって言われるくらい(笑)。でも、これも私のオリジナルのひとつとして、かっこよく英語と日本語を混ぜられたらなと思います(笑)」  散歩をするとき、家事をしているとき、そして勉強のときもイヤフォンをして音楽を聴いているという、大の音楽好きである彼女の三大ごちそうは、サラダ(温野菜入り)と大福とピザ。このへんは、実に15歳の少女らしい一面だ。 「ピザはチーズがびょ~ん、じゃなきゃダメ! ニューヨークの街角で売ってるピザは1ドルでチーズびょ~んなんですよ。超おいしいあのピザが忘れられません」  もうひとつ、彼女が海外生活で忘れられないもの。それは街を散歩しているときに見上げたマディソンスクエアガーデン。レディー・ガガやビヨンセ、そして彼女が憧れるリアーナもライブを行った、世界的に知られるアリーナだ。 「夢はマディソンのステージに立つこと。それまでに日本はもちろん、アメリカでも”當山みれい”というアーティストのブランディングをがんばって……目標は、30歳までに実現させることです!」  15歳とは思えない深みのある歌声と卓越したダンスセンスを持ち、ライブではクールにかっこよく。でも、対面するとケラケラとよく笑い愛嬌たっぷり。デビューから世界視野で夢を語る彼女だが、その実力と魅力は大器の片鱗を十分窺わせるものだ。だから15年後、我々をマディソンに連れて行ってください。そのときは、たくさんピザごちそうしますから! (文/猪又 孝)
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當山みれい(とうやま・みれい) 1998年、大阪府生まれ。アメリカ留学中に在籍していた、全米トップの名門ゴスペルチーム「Gospel For Teens」では、アジア人としては異例のリードボーカルを務め、話題となる。今もっとも注目を集めるダンサー・ソングライター。

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『Fallin‘ Out/I Wanna NO feat. SHUN』 6月25日発売の當山みれいのデビューシングル。家族や友人、大切な人への感謝を歌ったメッセージソングの「Fallin‘ Out」と、若手注目MCのSHUNをラップに起用した「I Wanna NO」の両A面シングル。 販売/ソニー・ミュージック 価格/初回盤 1481円(+税)、通常盤 1204円(+税)

徳間ジャパンに移籍の“トラウマテクノポップバンド”アーバンギャルド、ニューアルバム『鬱くしい国』で新境地に挑戦

urbangarde061601.jpg  デビュー4年目を迎え、徳間ジャパンに移籍したアーバンギャルドが今月18日に3rdアルバム『鬱くしい国』をリリースする。  2011年にユニバーサルJよりシングル「スカート革命」でメジャーデビュー。ガーリーかつ病的な世界観で10代の女性層を中心に支持を集めた彼ら。これまでに『メンタルヘルズ』『ガイガーカウンターカルチャー』の2枚のアルバムと、ベストアルバム『恋と革命とアーバンギャルド』を発表し、本作ではレーベルを移籍。新たなサポートメンバーを迎えて新境地に挑戦している。 ──まずはニューアルバムのリリースおめでとうございます。徳間ジャパンに移籍して最初のアルバムですが、手応えはいかがでしょうか? 浜崎容子(Vocal 以下浜崎) めちゃくちゃあります。今回初めて、レコーディングにディレクターが付きっきりで見てくださって、一曲のうちにたくさんのことをいろいろ試すことができました。録音のシステムとかレコーディングの環境とか、以前よりも上に行けたし、何よりよかったと思うのは、新しいナイフを取り出せたというか、アーバンギャルドの鋭さが新しい形で見えたことです。アーバンギャルドって、そっち行くのかなって思ったらこっちだったみたいな、そんな作品になっているんじゃないかなって思っています。 松永天馬(Vocal 以下松永) 前作の『ガイガーカウンターカルチャー』は現代社会を網羅するようなアルバムだったんですけど、そこからさらに突き詰めて、丸ごと日本をテーマにしようと思ったんです。サウンド面ではバンド感を増しつつも、世界的に台頭してきているEDMや日本独自のボカロ、アイドルソングに対するアーバンギャルドからの回答のような作品になっています。バンドというものをベーシックに置きながら、いろんな音楽の遊び方をするスタンスは、インディーズで初めて出したアルバム『少女は二度死ぬ』(2008年)の頃に近いです。ある意味、それを今の自分たちの力でアップデートしたような作品になったと思います。 ──今回、ユニバーサルJを離れて徳間ジャパンからのリリースになりましたが、レコード会社移籍の理由はなんだったんでしょうか? 松永 ちょうど、ユニバーサルJでベストアルバム(2013年6月)を出した時に、契約が一段落したんです。その後、いろいろな方に相談していく中で、徳間ジャパンさんにお願いしますということになりました。 ──移籍する不安なんかはありましたか? 契約を終えて次が決まるまでの間とか、いろいろと落ち着かない時期だったりしたのでは? 松永 移籍の話が出た頃、ちょうど「ジャパン・エキスポ2013」のためにフランスに行ったり、戻ってきて全国ツアーをやっていた時期で、それほどでもなかったですね。結構忙しくて、ツアーのことで頭がいっぱいでした。 urbangarde061602.jpg ──ユニバーサル時代の活動を今振り返ると、どんな状況だったんでしょうか? 松永 やはり、それまでと環境が大きく変化した時期でしたね。今までアーバンギャルドを見る機会がなかった人たちにも見てもらえる機会が増えましたし、リリースもたくさんさせてもらえました。何よりも海外に進出するきっかけを作ってくださったのがユニバーサルJで、そういう意味ですごく感謝しています。でも、僕らは音楽性もファン層もちょっと特殊なバンドで、ユニバーサルJとしてはどう売っていくか、すごく難しかったでしょうね。正直、アーバンギャルドをどう扱っていいのかわからない部分があったと思います。 浜崎 音楽的な環境でいえば、きちんとしたスタジオでレコーディングさせてもらえて、感動しました。インディーズの頃はできなかったこともできるようになり、メジャーに行った手応えも感じました。周囲のいろいろな方の協力も得られて、音楽的な幅がすごく広がったと思います。でも、数字の面に関しては、アーバンギャルドは結構普通のアーティストさんだと知らないような裏方の内情のようなものまでメンバーが知ってしまって、新たなプレッシャーがやってきたという感じもありました。スタッフさんがお金のことだったり、数字のこととかを全部話してくれて、結果を出さなきゃっていうような焦りを持ったんです。でも、メジャーに行くと、みんなこれと戦っているのかと思う半面、ほかのアーティストさんと話した時、そんな話全然知らないというギャップもあったりして、いろいろ知りすぎたりしていることがしんどくなる時がありました。 ──瀬々さんや鍵山さんはどうでしたか? ヴォーカルの2人に対して、それぞれギターやドラムの立場から。 瀬々信(Guitar 以下、瀬々) 僕もすごく手応えは感じましたね。それまで自分たちだけで作っていた作品のチームが大きくなって、レコーディング環境も変わり、大きな進展があったと思います。チームが大きくなることについては、そういうことに慣れていなかったので、それに対して右往左往するということも多々ありました。どれだけ多くの人たちが関わっているのかということも、最初は全然わかりませんでしたし。でも、最近になってようやく自由に動けるようになってきました。立ち振る舞い方がメジャーと合ってきたというところなんでしょうね。 鍵山喬一(Drums 以下、鍵山) 自分も個人的にはすごく手応えがあったし、楽しかったですよ。 ──鍵山さんはちょうどメジャーデビューのタイミングで、正式にアーバンギャルドのメンバーとして加入されました。当時の心境は、どんな感じだったんですか? 鍵山 実は、最初はアーバンギャルドにあんまり入りたくはなかったんです(笑)。インディーズ時代から有名なバンドというのはもちろん知っていましたし、それまでに別のバンドで対バンをしたり、サポートで入ったりしてよく知っていたんですけど、あるイベントで対バンをした時に、楽屋で大げんかをしていて、「うわーっ」て思ったことがあったんです。ステージ直前なのにいがみ合っていて、仲が悪いのかなって思って。その後もしばらくそういうイメージが強かったので、入るのは嫌でした(笑)。もちろん、今ではそういう部分も、バンドの音楽に対しての真剣さという意味できちんと理解できるようになりましたし、加入した結果、すごく楽しんでやれていますよ。 urbangarde061603.jpg ──移籍した徳間ジャパンについてですが、どんな印象でしょうか? 松永 徳間ジャパンのカラーはアーバンギャルドと近い部分があると思っています。今回の作品には大槻ケンヂさんにも参加していただきましたけど、筋肉少女帯も同じ徳間ジャパン。アーバンギャルドが来るべくして来たレーベルかもしれない(笑)。 浜崎 私たちはバンドとして自分たちがかっこいいとか、これがすごくいいと思うっていう作品を作り続けていけたらなって、いつも考えているんです。今回徳間さんとやらせていただいて、それができると感じましたし、「これがアーバンギャルドだ」じゃないけれど、そういうものを追求し続ける姿勢さえ見失わなければ、どこへ移籍しても、自ずと道が見えてくるんじゃないかなって思っています。 ──レーベルが変わったことや、サポートメンバーが加わったことで、新作について変化を恐れるファンもいるかもしれません。 浜崎 それは私たちに限らず、いろんなアーティストさんやバンドが直面する問題ですね。 松永 逆説的な言い方ですが、コンセプチュアルなものがコンセプチュアルであり続けるためには、あまり凝り固まったイメージを持たないほうがいいと思っています。常に風が吹いていて、その風の音に耳を澄ませていられる、その風の強さや冷たさを感じられる状況にしていないと成り立っていかないんじゃないかと思うんです。なぜならアーバンギャルドはやっぱり、時代であるとか現代であるとか、その少し先にあるものを常に見据えているんです。それを内にとどめておいてはいけない、常に路上に出しておかないといけないと思っているので、変化については、それはもう楽しんでくださいとしか言えないですね。もしくは怒ってくださいとか。 ──反対にバンドとして、ここは絶対に変えたくないものというのはあるんですか? 松永 自分の作りたいものを作るということが、僕の中では変わらないポリシーですね。自分の作りたいものが結果的に今までのアーバンギャルドを変えたとしても、僕の中でつじつまが合ってればそれは作ります。納得のできないものをこれまでも作ってきたことはないですし、これからも作りません。 浜崎 私は自分がアーバンギャルドのボーカルになった時から思ってることですけど、「アーバンギャルドって、なんか面白そうだぞ」っていう気持ちを自分の中でずっと持ち続けたいと思っています。そこを変えたくないですね。そこがなくなってしまったら、自分はもうやること終わっちゃったなって思う瞬間なのかもしれないって。 瀬々 僕はアーバンギャルドの詞の世界ですね。思想は変わってもいいかもしれないけど、その世界観は変えちゃいけないと思っています。それプラス個人的にはテクノに対して、ギターは派手にやるというのも変えたくないですね。(笑)。 鍵山 僕はライブをし続けたいです。 urbangarde061604.jpg ──今回、レコード会社やメンバーの変化などがあった中で、ニューアルバムを制作したわけですが、レコーディングでは苦労などありましたか? 瀬々 苦労はいろいろとありましたね。一番はやっぱりギターのアレンジとレコーディングだったんですけど、もうひとつ、作品の生みの苦しみというのもありました。やっぱりいいものを作ろうと考えているので、その生みの苦しみというのが今回わりと大きめだったんじゃないかと。 浜崎 最後の最後まで納得いきたかったから、みんなで何度も何度も話し合って作ったんです。 松永 最初にミックスした曲を最終的にアレンジし直して、さらにリミックスしたりね。こだわって作れたと思います。 鍵山 周囲の方の協力もありがたかったですよ。サポートメンバーの方含め、いい先輩をたくさん持ったなと。 松永 今回たくさんのサポートミュージシャンが参加してくださって、外部の血が入りました。でもどんなに外部の血が導入されても、アーバンギャルドはアーバンギャルドだったという結論にはなっているんじゃないかな。 ──ジャケットには、現代美術家の会田誠さんの作品『群娘図’97』の一部が使用されています。このチョイスについては、どういう意図だったんでしょう? 松永 僕の十代の時の思い入れが反映されたジャケットです。会田さんの絵を中学生の時に見て、一番衝撃を受けた作品が『群娘図’97』で、おそらく1997年当時の渋谷とかにいそうな女子高生を描いたものだと思うんですけど、それが一周回って今、新しいなと。あと、会田さんがTwitterでつぶやかれていて衝撃を受けたんですけど、この作品を描いたのが17年前で、当時生まれた子たちが今ちょうど17歳でJKになっていると。その事実が、僕の中ではつじつまが合っているように感じられて……。 ──先ほどお話のあった大槻ケンヂさんですが、収録曲の「戦争を知りたい子供たち」に語りで参加しています。 松永 大槻さんとのレコーディングは、僕と大槻さんが「詩のボクシング」のような、『朝まで生テレビ!』(テレビ朝日系)みたいなことをしたら面白いんじゃないかというアイデアから始まって、結果的にスタジオにマイクを立ててドアを隔てて対面式にしゃべるというスタイルでやりました。息もぴったりで、大槻さんも楽しんでくださったと思います。筋少の曲の中によく入る語りのようなものを、ぜひ自分たちの作品の中にも取り入れたいと思ったんです。 urbangarde061605.jpg ──アーバンギャルドと筋肉少女帯は以前も一緒にライブをしたりしていますが、7月から予定されているアーバンギャルドの全国ツアーに大槻さんが飛び入り参加なんてことはあるんでしょうか? 松永 それ実現できたら面白いですね(笑)。まだ何も決めていませんが。 ──7月からは再び全国ツアーが始まります。ライブへ向けての意気込みなどもお聞かせください。 松永 今回のアルバムはとにかく音で遊んだアルバムなので、これをどうライブで演奏していくかを試行錯誤していきたいですね。アーバンギャルドはアイドルとバンドのどちらの側面も持っている、あるいは、ニコ動系とも近い側面を持っている新しいタイプのグループだと思っているので、その良さを出していけたらいいなと思っています。あと、どのジャンルにも属さないエンタテインメントを作っていけたらと。 鍵山 今回のアルバムは、結構どうやってライブするのかなっていうのが自分でも、ほかのメンバーも楽しみだと思うので、それをどう再現するのか楽しみにしていてください。 瀬々 今まで以上にギターのフィーチャーされた曲が多いので、まずはパワーアップしたギターを聴きにこいと(笑)。あとは、新しい楽曲をどうやって演奏するのか楽しみにしていてほしいですね。 浜崎 アーバンギャルドのライブってこうだよねっていうのがきっとあると思うので、それをいい意味で裏切っていけるよう、新しいものをみなさんに届けられたらいいなって思ってます。いろいろとありましたけど、今は自分たちの活動に迷いはないです。  4人プラスサポートメンバー、スタッフのみんなで、去年一年、アーバンギャルドというチームはいったいなんなのかということをよく考えていたりもしたんですけど、考える中で、必ずしも全員が同じ考えでなくちゃならないということはないと学べました。ただひとつ絶対みんなの中で同じだなというものが、いい音楽とかいいものを届けたい、いいライブがしたい、いい作品を作りたいとか、その部分があればいいんじゃないかと。そこの部分さえブレなければ、アーバンギャルドというチームがこれからもっともっと一丸となってやっていけるんじゃないかと思っています。 (取材・文=名鹿祥史) アーバンギャルド公式ホームページ http://urbangarde.net/

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撮影=尾藤能暢
 1980年代中期~90年代初頭にかけて、日本人はみんな、肩パットを入れまくってワンレン&ボディコンでブイブイいわせていた!? いわゆる「バブル」ってヤツだ。  タクシーで通勤していた。でも、万札を見せびらかさないとタクシーも止まってくれなかった。忙しすぎて風呂に入れないから、風呂代わりにソープに行って体だけ洗ってもらって帰った。ボーナス袋が直立した……などなど、どこまでホントでどこまでウソなのか分からないバブル伝説は数々あるが、そんな景気のいい時代を経験できなかった側からすると、とにかくうらやましいとしか言いようがない!  そんなドリーミングなバブル時代をもう一度とばかりに、バブルのオイニーをプンプンにまき散らす2人組が誕生した。デカパイなアーパー担当・中尊寺まいと、美脚なタカビー担当・益子寺かおりによるバブル系セクシーアイドル「ベッド・イン」だ!  グラビアアイドルの主戦場がイメージDVDに移行している時代にあって、わざわざ紙の写真集を(自費)出版したり、CDを出すにしても、あえて8cmの短冊形シングルをリリースしたりと、バブルな「あの頃」にこだわった活動を繰り広げている2人。明らかに21世紀とは思えないような格好をしてはいるが、2人ともまだ20代なんだとか!?  それがどうして、こんなバブリーなことになってしまったのか――。 ■お互いのバブル顔にビビビッときた! ――いやぁー、サイゾーの会議室にこんな派手な人がいるの、初めて見ましたよ。 かおり ど~も~! こにゃにゃちは~! サイゾーさんにマブいナオンのお出まし、ってか……!? ウチら、いつだってデーハーにブイブイ言わせちゃってますヨ! ブイブイっ♪ ――まず、根本的なことを聞きたいんですけど、お2人は何者なんですか? バンド? アイドル? まい 昭和末期から平成初期に「エロいモノこそエライ!」的なセクシーアイドルが幅を利かせていた時代っていうのがあるんですけど、それをコンセプトにした自称「地下セクシーアイドルユニット」です。なんてっ勃ってアイドル……なんつって~(笑)。 ――もともと、別々のバンドをやってたということですけど、コレをやることになったきっかけっていうのは? かおり まいは「例のK」というイカしたバンドのギターをやっていて、私は「妖精達」というギラギラしたバンドでボーカルをやってるんですけど、4年くらい前にライブハウスで出会って、お互いのバブル顔にそれはもうビビビッときまして。 まい まるで歯医者と出逢った松田聖子さんみたいでしょ? 突然、炎のように……ネ♪ かおり そうそう♪「あなた、バブル顔って言われな~い?」って聞いたら「昔からよく言われる~」って。 ――その頃は、こんなメイクをしてたわけじゃないですよね? かおり ロンモチですわ! こんなケバいメイクじゃなくて、バブル・オフな状態だったんですけど、十分バブリーなオイニーがムンムンにじみ出ていて……。それで、ソッコー意気投合! 翌週にはボディコン着て、ジュリ扇持って、オケカラ行って~みたいな遊びをおっ始めたワケです。 まい そんな時、一晩限りの企画バンドをやろうっていう話が持ち上がって、こういうデーハーな格好でSHOW-YAさん、浜田麻里さん、本田美奈子.さんのWILD CATS、ガールズさんなどのいわゆる歌謡ロックのコピーをやったんです。 かおり 『夜ヒット』のアン・ルイスさん&吉川晃司さんのエアセックスも、チリバツに再現したりして。それが予想以上に評判よくて、みんなの欲しがる声をギンギンに子宮で感じちゃったモンだから、もうワンナイトじゃ終われないカラダになっちゃいました……(笑)。 まい これぞ、一念勃起…ってか!? ――とはいえ、お2人的にはバブル時代って、全然タイムリーじゃないですよね。 378A8411.jpg かおり ええ、オコチャマな頃に、微か~に記憶があるくらいですね。 まい ちゃんまい(=まい)は昔から昭和歌謡がDAISUKI! だったんですけど、学生時代にバドガールのアルバイトを始めた途端に「ボディコンの荒木師匠(荒木久美子さん)に似ているね」って言われるようになって。 かおり 私もいつからか、青田典子さんに似てるって、しょっちゅう言われるようになりまして。 まい それでバブル期の平成あたりまで興味を持つようになりましたネ! トレンディドラマも昔から好きだったので、その辺にもビンビンに影響受けているのかもしれないです。『東京ラブストーリー』はロンモチで、『男女7人秋物語』『もう誰も愛さない』『抱きしめたい!』とか♪ かおり なので、当時を知っている人にハウトゥ~してもらったり、時代をさかのぼってお勉強、お勉強の日々でございます! あとは、当時の記憶といえば、幼少期に『ギルガメッシュないと』や『トゥナイト2』を親に隠れてコッソリ見てたくらいですかねぇ~。 ――それ、バブルじゃなくて、ただのエロ番組ですよ! かおり んもう、サイゾーさんったら、いけずぅ~! そう、バブル時代の深夜番組! ああいうアーパーな、あっけらかんとしたスケベさに惹かれるんです。思わず元気が出る、笑いを交えた大味なエロというか……。 まい C.C.ガールズさんとか、T-BACKSさんとかギリギリガールズさん、イケイケガールズさん、平成おんな組さんなど当時のセクシーアイドルグループも大好きになりました♪ あの頃のアイドルって、絶対に紙媒体の写真集を出してたじゃないですか? だから、ウチらもそれに憧れて、今の時代にあえて紙の写真集を作ることにしたんです! ――あ、それでこの写真集が。こんなバブルな衣装、よく手に入りましたねぇ。 かおり んもう、大変でしたヨ! アッシーくんを使わず、自分たちの足で衣装や水着をそろえたんですけど、こういうシンプルな蛍光三角ビキニって今、ホントに売ってないんで、アダルトショップのプレイ用水着を買って自分でパットを入れたりして、ザ・DIY精神!(笑)。アクセサリーは母親のお下がりを使ったり。 まい 2人ともリアルなバブル期は体験してなくても、バブル期の恩恵を受けていた母の背中を見て育ったっていうのも大きいですね! ブイブイ言わせて甘いエキスを吸っていた世代だと思うので。 かおり ウチの母親なんて当時、外車のスポーツカー乗ってましたヨ! まだおチビちゃんの頃、夏になるとユーミンの「中央フリーウェイ」を流しながら逗子に連れて行かれるのがお決まりっていう。そういうナオン像に、潜在的に憧れがあったんでしょうね。……と、話がそれましたが、そんなこんなでいろいろチョメチョメありまして、写真集の印刷費も自分たちで現ナマはたいて作ったっていうのにディスクユニオンさんしか取り扱ってくれず……。ヴィレッジヴァンガードさんからは「得体が知れない」という理由で、写真集がすべて戻ってきてしまうというチン事も! ――まあ、ヴィレヴァンの気持ちも分からなくはないですが……。 かおり ホームページもなくて、おツイ(=Twitter)しかやってないアイドルなもんで、そりゃ得体が知れないですよね(笑)。でも、写真集もありがたいことに性徒諸クン(=ファン)がいっぱい買ってくれたので、本格的にアイドル活動をしていくにあたって「いっちょオリジナル曲を作ろうか!」って、ね? まい 見切り発射で写真集からおっ始めちゃったから、ライブをやるにしても、オリジナル曲が1曲もなかったんで。コンセプトとしては、90年代の夜っぽい曲。アーバンでトレンディな歌詞が理想なんですよね。大人の男女の駆け引きが、ちゃんと入っているような。 かおり WinkさんとかW-NAOさん、BaBeさんみたいに踊れる曲っていうのも意識しました。まあ、バンドでのおギグしかしたことなかったんで、ダンスはうまく踊れないんですけどね。持ち前のドヤ顔で、すべて乗り切ってま~す! まい そのちょっと「できない感じ」も、90年代っぽくていいのかなって(笑)。今後はダンスも、下のおクチをWinkさせながらガンバルマン精神でやっていこうと思ってますので「見逃してくれよぉ~!」って感じです、てへ♪ ■8cmシングル&VHSでリリース! ――さらに、8cmシングルでリリースっていうのがいいですよね! まい お褒めにあずかりサンクスモニカです! ちゃんまい、とにかく8cmシングルが好きなんですよ! 集めたり、貢いでもらったり、家におそらく500枚以上はあるんですが、この形じゃないとできないジャケットデザインに惹かれていて。短冊は日本にしかないし、とても憧れていたのでどうしても出したい、と! かおり CoCoだけのショナイの話、12cmのアルバムを作るよりも断然お高いんですけどね~! しかも、もう工場が日本に1カ所しかないというウワサが……。もはや絶滅危惧種ですよ。 ――8cmシングルなんて、もう聴けないプレイヤーもあるんじゃないですか? まい リンゴのマークがついたシャレオツなパソコンには、うまく挿入できないかもです……。 ――昔はアタッチメントをつけて聴いたりしてましたもんね。 まい なので、そこはナウでヤングな皆さんに迎合して、ダウンロードコードもつけてます! 8cm CDが聴けない人はダウンロードしていただいて、CD自体はインテリアとして飾ってもらえたら下半身がハートカクテル状態になるほどマンモスうれPです♪ ――またPVも、今のパソコンじゃ作れないんじゃないかっていう、バブルっぽい変なエフェクトを使ってて。
まい 昔は最先端だったんだろうな……というエフェクトを、ふんだんに使ってもらいました。後期のWinkさんみたいに、背景にあえてチープなCGを入れてもらったり。 かおり しかも、ディスクユニオンさん限定の初回特典で、メイキングのVHSもつけたんですよ(※すでに完売)。 ――VHS! 8cmシングル以上にハードルが高いですよ! かおり これも作ってくれる業者さんがなかなかなくて、お一人様で経営しているようなところに自らTELしてダビングを頼みました(笑)。 ――ちょっと前までは、懐かしいメディアということで、わざとカセットテープやレコードでリリースするアーティストがいましたけど、ちょっと時代が進んで、今ではそれが 8cmシングルとVHSなんですね。 まい 次はテレカを作りたいと思ってますので!!! ――ますます使い道ない! そうやって、消えていったメディアでどんどんリリースしていってほしいですよ。 かおり となると、残るはレーザーディスクの出番、ってか!? LDこそホントに見られる人が限られるでしょうねぇ(笑)。 378A8634.jpg ■ビーチクとヘアだけは死守、絶対♪ ――それじゃ、今後の活動の展望は……? かおり 今のところは音楽活動がメインなんですけど、近いうちに自分たちでトレンディドラマを作ろうかなと思ってます。 まい ちゃんまいが今、脚本を書いていて、バブルっぽい部屋も作り込んでますよ! ラッセンのポスターはゲット済み♪ かおり ぜひW浅野みたいなイキフンに仕上げたいですね~! ――お2人はこのままでいいですけど、バブル顔の男を見つけるのが大変そうですね。 まい 何人かトッポいメンズの候補はいるんですよ~! 岩城滉一さんみたいな知り合いがいるんで。あとは吉田栄作さんを探して、石田純一さんも……。 かおり あら、イイわねぇ~♪ プライベートでも、おいしく頂きたいところだわ! それこそスケベなオーディションとか、やっちゃう~? ――もう、小石田純一でいいんじゃないですか? かおり それをちょっとずつ撮って、動画サイトとかで配信していきたいですね♪ まいい 実はそのために、この曲を作ったので! ――あ、ドラマの主題歌という設定なんですね。 かおり そんなふうに枠にとらわれず、いろいろな形で活動する「マル痴タレント」を目指したいですね! 今度、浅草のマルベル堂さんからウチらのプロマイドも発売していただけちゃうんですよ。 まい ちゃんまいはローバー・美々さんみたいに、股をパカッと開いて……みたいなバラエティ動画も作りた~い♪ きゃ~のきゃ~の♪ ――生着替えとかもいいんじゃないですか? かおり うふふ……生着替えは、もうライブでやってるんですよ。『スーパージョッキー』の「しだるまタイム」よろしく、フラフープにシャワーカーテンつけて、生着替えで水着になるっていう、ドサ回り感ハンパない演出を自ら好んでヤッてま~す! まい 今時、こんなに脱ぐアイドルはなかなかいないんじゃないかなって。いい体かどうかはともかくとして(笑)。 かおり 体当たり取材、ラジオのディスクジョッキー、デルモ、ライター、ハウスマヌカン、大喜利、ひな壇ギャルなどなど、なんでも泥くさくチャレンジさせていただこうと思っています!……あ、でも「ビーチクとヘアだけは死守、絶対♪」がウチらのポリシーです。 378A8613.jpg (取材・文=北村ヂン) ●ベッド・インの「おツイ」 ※バブル用語とアーパーな下ネタが炸裂する注目のTwitterアカウント <https://twitter.com/bed_in1919> ●2014年は夏フェスにも出演予定 2014年7月12日(土)TOKYO BOOTLEG CIRCUIT’14 <http://www.tokyobootleg.jp/circuit2014/> 2014年7月21日(祝)夏の魔物 <http://natsunomamono.com/> ●8cm短冊シングルCD「ワケあり DANCE たてついて/POISON~プワゾン~」 <http://diskunion.net/punk/ct/detail/1006103868?utm_source=rmd&utm_medium=ad&utm_campaign=rmd> ●ファースト自主制作写真集「Bed In」 <http://diskunion.net/punk/ct/detail/PNK1305-061>

「思いっきりアカンのか、ハネるか」コント界のアストロ球団・天竺鼠がライブで放つ魔球

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左から川原克己、瀬下豊(撮影=後藤秀二)
 2013年の『キングオブコント』ではお寿司のかぶり物で登場、見たことのない世界を展開し、お茶の間をざわつかせた異能のコンビ、天竺鼠。川原が放り込む暴投気味のナックルボールを、苦笑いしながらもガッチリ受け止める瀬下。そのクセになるコントは、東京をジワジワと侵食しつつある。真逆な二人がコンビを組むきっかけから、単独ライブにかける思いまで、聞けば聞くほど分からない! 天竺鼠という現代の謎に迫る。 ――天竺鼠さんは毎回、単独ライブのタイトルが独特ですよね。「交通手段バイクの人限定ライブ」(2009年)とか。本当に信じてしまうお客さんもいたんじゃないですか? 川原 何人かいたそうです。吉本のほうに「あのう……歩きなんですが……」と問い合わせの電話があったと。考えてみたら、確認のしようがないですね。 ――「便秘のお客さん限定ライブ」(2010年)も、なかなか確認が難しい。 川原 それも何人かいらっしゃったようで、揉めたと……。でも、それも踏まえてライブですから。 瀬下 今回は「単独のタイトルはみなさんにおまかせします」ですから、みんないろいろ考えるんでしょうね。 ――「シュール」やら「独自の世界観」やらと表現されることが多い天竺鼠さんですが、そういう評価に対して、ご本人たちはどうお考えですか? 川原 いや、僕はすべてベタだと思ってやってますね。その基準もまた、人それぞれですからね。何がシュールか、何がベタか。僕は僕のベタをずっとやってるだけです。 瀬下 僕にとっては「シュール」というより、ホンマに分かりません。 ――謎なんですね(笑)。 瀬下 ホンマに意味が分からないんです。誰よりも先にネタを見るのは僕ですが、おかしくてずっと笑ってますね。だからネタ合わせというよりは、笑わないようにする練習。 ――お二人は高校時代からの付き合いと伺いましたが、なんというか……当時から、川原さんは川原さんでしたか? 瀬下 ちょっと、質問の意味が(笑)。川原は川原でしたよ。こんな感じで。ずっと変わってないです。 川原 小学校中学校は、ずっといじめられてましたよ。 ――周囲に理解されず? 川原 いじめられたというよりは、避けられてました。気持ち悪いって。 瀬下 こういうことを平気でラジオでも言うので、周りの雰囲気が暗くなったりしますけど、でもそういうのもコイツには関係なしなんです。 ――瀬下さんの第一印象は? 川原 真逆やったんです。こっち(瀬下)はグループ作って、ヤンチャしてはケラケラ笑ってた。僕は部屋で国語辞典を引いてるタイプの人間だったんです。一体何が面白いのかなと。 瀬下 こっちのセリフですよ。こいつの家に行って部屋をバッて開けたら、3人くらいで国語辞典開いてニヤニヤしてる(笑)。 ――変な言葉を調べて笑っていたんですか? 川原 違います。どちらかというと普通の、「テニス」とか。で、今度はテニスの説明にあった「隔てる」を調べて……と、暇つぶしの無間地獄です。 ――(笑)。そんな真逆のニ人がコンビを組んだんですね。 瀬下 地元の友達には、「意外といいのかもね」って言われます。 _MG_6858.jpg ――芸人を目指したきっかけは? 瀬下 もともとお笑いは好きでした。だけど芸人なんて頭にもなくて、僕は大阪に出て就職しました。でも、お笑い芸人を目指している川原を見ていたら、僕もめっちゃやりたくなって。 川原 僕はベタに高校の学祭ですかね。僕、野球部だったんですけど、先輩らがコントをやるって言ってて「川原、この台本見てくれ」って頼まれたんです。で、それが全然面白くなくて、全部変えた。全部変えたら、先輩たちが「え……分からん」ってなって、「じゃあ、お前出てくれ」ということに。 ――ちなみに、それはどういうネタだったんですか? 川原 なんだったかな……みんながラッツ&スターみたいに顔真っ黒に塗って出てるのに僕だけ塗ってなくて、だけど誰もそれを触れない、とか。 ――(笑)。反応はいかがでした? 川原 それが結構良かったんです。それから野球部の打ち上げのときは、「監督の話」「来賓の挨拶」と並んで「川原の漫談」を入れられるようになりました。だから、なんか前のめりで「僕にやらせてくれ」というよりは、そういう環境が増えていったという感じです。 ――お姉ちゃんが勝手にジャニーズ事務所に書類を送った的な。 川原 そうですね。 瀬下 フフフ(笑)。 川原 本当は、教室の隅っこでずっとニヤニヤしてるだけでよかったんです。みんなが悪ふざけしているのを見て、「今お前が出ろ」とか「お前は一言多かったぞ」みたいなことを思いながらニヤニヤしてたんですよ。それだけでよかったんですけど、今はそこに自分も入ったような状況ですね。 ――プレイングマネージャーですね。 川原 そう。だから、たぶんコントが多いんだと思います。もっとしゃべって笑かす感じだったら漫才をやっていたんでしょうけど、そうじゃなくて、「今こういうヤツが出てきたらオモロいのにな」みたいなのを脳みそで勝手に遊んでいて、それをいま、実際コントとしてやっているので。 ――瀬下さんはその川原さんの世界の住人として、突然ポンと置かれるわけですね。 瀬下 僕は誰よりも一般人としてそこにいるので、そのおかしな世界とお客さんとの橋渡しができればいいと思ってます。 ――お客さんの反応は、東京と大阪では違いますか? 川原 まぁ単独に関しては、大阪のお客さんのほうが免疫がありますからね。 ――免疫ですか? 川原 僕の中ではお客さんに「一体これはなんの時間だったんだろう」「何を見せられたんだろう」って首をひねりながら帰ってもらうというのが、一番のコンセプトなんです。でも、単独を何度かやっていくうちにだんだんお客さんが慣れてきて、どんだけ間を使っても変なことしても「なんの時間だろ」とは思わなくなってきてる。その分、東京はまだ単独をやっている数が少ないので、驚きも新鮮ですね。大阪のお客さんは、結構待ってくれてしまう。 _MG_6843.jpg ――これは何か来るなと。 川原 1時間のライブでオープニング20~30分出てこないという事態でも、お客さんはずっとニヤニヤして待っててくれるんですよ。いや、誰かに怒ってもらったり、「これなんの時間やねん」っていうツッコミを期待してるんですけど。それで、その日のアンケートを見たら「1時間出てこなくても面白かったかも」って、お客さんのほうが強くなってる。 ――耐性がついているんですね(笑)。ちなみに、そのオープニングの20分は何をされていたんですか? 川原 楽屋風景のVTRを流してて、今からですよ、お客さん入ってますよ、という状態で「よっしゃ行くぞ」「今から舞台行きます」っていうのを20分。タバコ吸ったり、「行きたくない」ってダダこねたりするのを、ひたすらお客さんが見てるという。基本的に、その単独でしか見れないというネタも多いですよ。賞レース向けに作るというのがないので。だから、単独どんだけやってもネタが増えないんです。 ――ライブで仕上げて賞レースで披露するという流れが、一般的かと思うのですが。 川原 単独2~3回やって、その中で一つ、マシなものができたらラッキーという感じです。 ――なんか……職人の仕事ですね。 瀬下 (笑)。 川原 確実にプロのやり方ではないですね。何も考えてないので。まるで子どものようです。 ――子どもがレゴで何か作っては片っ端から壊していくような。 川原 そうですね。最初からキリンを作ろうと思って作っているのではなく、色だけで選んでむちゃくちゃに作っていて、途中から「アレ……これってキリンになるかも」と発見するような。 瀬下 僕らは、ネタ合わせ自体をガッツリしないんですよ。縦の流れだけ確認して、ツッコミフレーズは自分で。川原は「俺がここでなんかやるから」「なんか言うから」って言うだけ。書面で台本もらったことないです。すべて口伝え。 ――去年(2013年)の『キングオブコント』のネタも、そうして生まれたんですか? 2本目の交通事故のネタが特に大好きです。 瀬下 あれは本当に音効さんがすごいんですよ。 川原 あのネタも台本がないので、何度か仕事したことある音効さんに来てもらったんです。その時その時で毎回違うから、本当に音効さんには申し訳なかったですね。全国ネットの生放送で。 瀬下 終わった後、泣いてましたよ。プレッシャーで。 川原 ブラマヨの吉田さんに「あれ、音効さんがお前に合わせて音出してんやろ?」って聞かれて、「はい」って言ったら怒られましたよ。「かわいそうすぎるやろ」と。 瀬下 確かに(笑)。 川原 僕は「全然間違っていいよ」って言ってるんですけど、音効さんは「(間違ったら)立ち直れないかもしれないと思っていた」と後から聞いて「ほんまにそうやな」と思いました。 瀬下 演者が一番緊張するはずなのに、音効さんのプレッシャーを考えたら、ちょっと自分の気持ちが楽になりましたもん(笑)。 ――そんな2013年の『キングオブコント』が堂々の3位。2008年の6位、2009年の7位から順位を上げてきました。 川原 あれ? まだ優勝してませんでした? ――ウィキペディアによると……まだです。 瀬下 ウィキペディア信じすぎでしょ! いや、そこは信じていいけど! _MG_6891.jpg ――決勝進出ならずだった2010年、11年、12年の3年の間に何か心境の変化はありましたか? 川原 最初に出させてもらったときは残ると思ってなかったから、それこそラッキーって思って、2回目もまた出られる、ありがたいなと。そこからちょっと、さっきの話じゃないですけど『キングオブコント』の決勝に残れるネタ、みたいなのが頭にチラついたんですね、作るときに。そこからダメになりましたね。(決勝に)残れなくなって、あぁもういいや!って吹っ切れたのが2013年でした。結局、何かに向けてネタを作っていくと、作り方がよく分からなくなってしまう。 ――肩に力が入ってしまうと。 川原 やっぱり好きなことしようっていう考えに戻ったときに、それが選ばれました。 瀬下 出てしまうんでしょうね、何かが。 ――そう考えると、今年の『ABCお笑いグランプリ』優勝がもたらしたものは大きそうですね。 川原 あれもネタ自体が好きなネタだったので、それがたまたま賞レース向けのネタになっていたという。 ――賞レースに向いているネタって、どういうタイプのものなのでしょうか。 瀬下 それが分かってたらね……(遠い目)。 川原 でも、10年間やってきて、やっとちょっとは分かってきましたよ。『ABC』の優勝は、ネタを選ぶ際に間違えずに出せた結果だと思います。賞レースのにおいみたいなものが。少しは大人になりました。 ――2014年の『キングオブコント』に向けて、何か秘策は? 川原 とにかくネタのセレクトを間違わないことですね。気を抜くと、好きなのばっかり持っていってしまうから。 ――ネタのセレクトで揉めることはないんですか? 瀬下 ないですね。川原は絶対的平和主義者だから、ケンカになりません。あと僕、野球部でキャッチャーだったので、受け止めるのが苦じゃないというのもある(笑)。まぁ(どのネタがくるか)予想はしてるんですけど、「あ、これなんや」っていうときも正直多いです。ちなみに1本目のお寿司のネタは「それなんや」系(笑)。あぁ全国の賞レースで、それきたかと。でもやってみないと審査員やお客さんの反応は分からないし、楽しいですよ。だってどっちかですから。思いっきりアカンのか、ハネるか。だから覚悟は決めやすいです。 川原 僕、たまになすびの格好してるんですけど、『キングオブコント』ではお寿司になったので、街で「あ! この間お寿司やってた、なすびの人だ!」って、よう分からんことになってました。 瀬下 川原どこいってん(笑)。 川原 でもね、みんなそうやってめちゃくちゃになったらいいかなと。何をしてるなんなのか。もう一体なんなんの? っていうのが最終的なゴールですね。この人らはこういう人らだっていうふうにならないように、ならないようにっていうか、皆さんの脳みそで「あれはこういうことかな?」と考えてもらえれば。僕がお客さんだったら、そうしたいから。 ――まるで宇宙の存在のような。 川原 宇宙に怒られますよ、お寿司してるだけなのに(笑)。 瀬下 「天竺鼠は宇宙」とか記事にされたら、いよいよ頭おかしくなったと思われる(笑)。 川原 時期が時期だけに、よからぬものを服用していると思われてしまう! そうじゃなくても、なすびとお寿司を見たおばあちゃんから「帰っておいで」と心配されてるのに。 瀬下 ガチのトーンでな(笑)。 (取材・文=西澤千央) ●天竺鼠単独ライブ「単独のタイトルはみなさんにおまかせします」 出演:天竺鼠 日時:2014年6月22日(日) 場所:ルミネtheよしもと 時間:19:00開場・19:30~21:00本番 料金:前2300円・当日2500円(全席指定) Yコード:999-050 ・チケットよしもと 予約・お問い合わせ(東阪共通) <http://ticket.yoshimoto.co.jp> TEL:0570-550-100 (お問い合わせは10:00~19:00) ・チケットぴあ <http://t.pia.jp/> Pコード:597-721 TEL:0570‐02‐9999 ・ローソンチケット <http://l-tike.com/> TEL:0570-000-407 Lコード:35212 ・イープラス <http://eplus.jp/> ●「なすびのたべれないフィギュア」 発売日:6月22日(日) ※数量限定発売 販売場所:よしもとテレビ通り なんばグランド花月店/よしもとテレビ通り 新宿店/よしもとプレミアムショップ <http://yoshimotoclub.jp/> 販売価格:1,200円(本体価格1,111円) 6/22(日)天竺鼠単独ライブ「単独のタイトルはみなさんにおまかせします」 公演終了後、「発売記念なすびとの撮影会」を行います(21:30頃からを予定しております)。当日、よしもとテレビ通り新宿店において「なすびのたべれないフィギュア」をお買い求めのお客様に「整理券」を配布いたします。 ※先着名様に達しましたら締め切らせて頂きますのでご了承ください。 ※フィギュアを複数ご購入頂いた場合も、整理券はお1人様1枚とさせて頂きますのでご了承ください。

『アイマス』愛を高らかに宣言する元タカラジェンヌ・彩羽真矢の、華麗なるガチオタ人生に迫る!

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撮影=後藤秀二
 今年4月、人気アイドル育成ゲーム『アイドルマスター』の楽曲に合わせて踊る男装の麗人の動画が、突如ネットに出現。あまりにも華麗な姿とキレキレのダンスに、「クオリティが高すぎる!」「かっこいい!」「リアルまこりんだ!(同ゲームに登場する、ボーイッシュなアイドル・菊地真の愛称)」などネットは騒然。動画は5月末時点で30万再生を突破している。  動画の主の名は、彩羽真矢。2004年に宝塚歌劇団に入団。男役として08年まで舞台に立った後、退団。その後はタレント、モデルとして活躍する女優だ。そんな華やかな世界で活躍する彼女は何を思って、「踊ってみた」動画をアップしたのだろうか? 単なる話題作りか。それとも、本物の愛情からなのか――。その真意を尋ねるべく、インタビューを敢行した! 彩羽真矢(以下、彩羽) 以前、サイゾーさんもFLASHゲームとか出されてましたよね? ──(取材に同席していた編集も忘れてた模様)そんなところまでチェックされているとは……。ということは、彩羽さんは、やはり本物のゲーマーなんですね。 彩羽 どうでしょうね……。でも、いわゆるRPGみたいなのは得意じゃなくて、音楽ゲームや育成ゲームを中心にプレイしています。とにかく、常にどこかにゲームがあるような状態で生活していますね。
──インタビューの前に撮影を行ったわけですが、本当に(『アイマス』の)真みたいでした! 彩羽さんは4月にニコニコ動画に「【踊ってみた】元・宝塚 彩羽真矢がGO MY WAY!!を踊ってみた【一発撮り】」(http://www.nicovideo.jp/watch/sm23221788)をアップしたことで、ネットユーザーの間での知名度を一気に上げたワケですが(「GO MY WAY!!」はゲーム『アイドルマスター』の楽曲の一つ)、もともと『アイドルマスター』はお好きだったのでしょうか? 彩羽 宝塚に入ったばかりの20歳過ぎくらいの時から『アケマス』(2004年に稼働スタートしたアーケードゲーム版『アイドルマスター』の通称)をやってます。私が宝塚に入団したのも04年だったんですが、初舞台が終わってから次の公演まで3カ月くらい空いたんですよ。若手の頃は小さな公演とかに出られない場合もあるので、1カ月くらい間が空く人が多いんです。その時に海外に行ったりする人もいるんですが、その間、私は梅田のネットカフェに泊まって、カラオケとゲーセン通いしてました(笑)。 ──うははは! いきなり(笑)。 彩羽 はい。ただのオタク活動していました(笑)。そこで、出たばかりの『アケマス』に出会いました。まだオンラインでしたし、プレイヤーもたくさんいましたね。 ──ちなみに、最初に使ったキャラは誰ですか? 彩羽 雪歩ちゃんです(登場アイドルの一人・萩原雪歩のこと)。あのしおらしさがいいんですよね……。この子をどうプロデュースしたらトップアイドルになれるんだろうって考えながら、1年くらい育ててたんですが、ある日キャラクターの育成データを記録していたカードをなくしてしまったんです。それで大ショックを受けていた時に、春香ちゃんに出会ったんです(登場アイドルの一人・天海春香のこと)。それからずっと、春香ちゃんのP(プロデューサーの略称。ファンの間では『アイマス』プレイヤーのことをこう呼ぶ)です。 _MG_1663.jpg ──いきなり用語解説しないと一般読者さんには分からないトークがバンバン飛び出してますが(笑)、そこまで『アイマス』にハマった理由は? 彩羽 ただただ、私自身がアイドルになりたかったからです。“自分は宝塚にいるからアイドルになれない代わりに、アイドルをプロデュースしよう”という感じでした。実は小さい頃からずっと、アイドルとかモデルみたいなきらびやかな職業に憧れていたんです。小学校の頃はずっと「セーラームーン」になれるって思って生きてましたし、中学生の時はSHAZNAなどのヴィジュアル系にハマりつつ、モーニング娘。も大好きでした。ずっとアイドルのオーディションを受けたいなと思っていた時に、宝塚に出会ったんです。宝塚の娘役って、ちょっとコスプレっぽいですよね。「私もあんなのが着たい」って憧れるようになったんです。 ──もともと芸能界に対する憧れがあったわけですね。その一方で、ゲーセンに通われるくらいゲームも好きなんですよね。 彩羽 両親もゲームが好きで、私もファミコン時代からプレイしていました。一番ハマっていたのがプレイステーション時代で、『チョコボの不思議なダンジョン』とか『モンスターファーム』みたいなやりこみ系のものを中心に、『クラッシュ・バンディクー』みたいなアクションもやっていましたし、『ダンスダンスレボリューション』と『パラッパラッパー』で音ゲーに目覚めました。『桃鉄』もスーファミの頃からずっとやってて、99年設定を一人で2週間くらいかけてクリアしたりしてました。『太鼓の達人』もアーケード版が出た時からやってて、Wiiの専用コントローラも買いましたね。でもある日、コンシューマゲーム(家庭用ゲーム)をやりすぎて、廃人みたいになってしまったんです。全然寝ないで自宅でゲームをして、そのまま宝塚に行くような生活をしてたら本当に倒れそうになって、「私、このままゲームと宝塚を両立させていたら死ぬ!」と思って、レッスンに行かなくなっちゃって……。 ──そっちですか!! 彩羽 自由参加のレッスンがあったんですけど、それに行かずにずっとゲームをやっていたんです。結局、それからコンシューマハードは持たないように決めました。全部手放しました。 ──ちなみに、廃人化の原因となったゲームは? 彩羽 ニンテンドーDSの『どうぶつの森』と『ときめきメモリアル Girl’s Side』。あと『桃鉄』の3本で死にかけました。しかも『桃鉄』は何が面白かったのか今でもわからないんですけど、一番弱いCPUを敵にして、自分は北海道から沖縄までの全物件の制覇を目指すっていうプレイをしていたんです。もう、廃人一直線ですよね。だから、今はゲーセン通いにとどめています。ゲーセンだと、絶対に閉店するじゃないですか。だから、必ず途中でやめられるんです(笑)。そこで(セガが開発したアーケード用音楽ゲーム)『maimai』を中心にプレイしているほか、『モバマス』(モバゲーで配信されているソーシャルゲーム『アイドルマスター シンデレラガールズ』の通称)をやっています。 ──『モバマス』も、かなり危険なにおいがしますが……。 彩羽 でも、無課金で耐えているんですよ! 無課金だと、体力回復を待つ間はゲームをしなくて済むので。「これ以上は、やっちゃだめ」って制限されないと、ずっとやっちゃうんです(笑)。 ──『ときめきメモリアル Girl’s Side』みたいな恋愛ゲームもされているんですね。女性向けの恋愛ゲームというと、現実ではありえない美男子がたくさん出てきて恋愛をするという点で、宝塚に通じるものもありそうですね。 _MG_1594.jpg 彩羽 まさしくそうですね。姫条まどか君が大好きでした。何回も主人公を育てるんですが、なかなか最後のキスまでいけなくて……。これをやっている時が、一番の廃人でした。『桃鉄』と並行してプレイしていたので時間が足りなくて、本番中の楽屋でプレイしたりしていました。 ──ほ、本番中の? 彩羽 はい。出番がないときは楽屋に戻るので、その時に(苦笑)。 ──ええええ! 彩羽 机の下にDSを隠して、こっそりと……。ただ、当時はまだオタク趣味がバレると引かれたり、気持ち悪がられることもあったので、隠れオタクでした。同期にも趣味の話はしていませんでした。 ──それが、いまやオタク趣味を積極的にカミングアウトしている。ありのままの姿を見せているわけですが、どういう心境の変化があったんでしょうか? 彩羽 今年4月に30歳になったんですが、その頃から「30歳になったし、最悪、芸能界でこの先失敗しても、ニコ生主になればいいや」と思うようになったし、別に失敗しても死ぬわけじゃないから、何も怖がらないで全部やろうと思うようになったんです。それで動画をアップし始めたら、何も悩まなくなったんです。私、もともと根暗な性格で、お風呂で頭を洗いながら「嫌われたくない!」って独り言をいうタイプだったんです。でも動画を上げてから、独り言を言わなくなったんです。周りからも、「この1カ月ですごく明るくなった」って言われるようにもなりました。たった1本の動画をアップするだけで、人生がガラリと変わったんです。「ごまえー(ファンの間で使われている『GO MY WAY!!』の愛称)」動画は人生のターニングポイントになりました。だから、これからも一生かけて『アイマス』についていこうと思っています。 ──プロフィールを拝見すると、「ニュータイプアイドルを目指している」とありますね。具体的には、どういうアイドルを目指しているんでしょうか? 彩羽 30歳で既婚なのにアイドル。男装もするし、ニコ生でも漫談でもなんでもやるというアイドルです。特に、ニコニコ動画はベータの頃から見てますし、自分でアカウントを取って毎日ニコ生をやっています。今後はコスプレもどんどんしていきたいですし、ファンの皆さんとオフ会もしようと思っています。そこで皆さんの前でメイクをしたり、一緒に踊ったりもしたいですね。面白そうだと思うことは全部やっていこうと思っています。ほかにも、関西で行われている大喜利の賞レースにも出る予定です。
──以前、『R-1ぐらんぷり』にも出られたんですよね。 彩羽 『R1』では3回戦までいきました。ネタは「宝塚あるある漫談」で、ニコニコ動画でも見られるので、ぜひチェックしてみてください(http://www.nicovideo.jp/watch/sm23458545)。 ──宝塚というと、ファンにとってもタカラジェンヌにとっても神聖な存在で、今まではそういう風にネタ化することがタブー視されていたという印象があります。 彩羽 はい。私の活動については賛否両論あります。新しいことをしてくれてありがとうという方や、宝塚に興味を持ってくださるきっかけにもなったという『アイマス』ファンの方もいますので、「宝塚を広めてくれてありがとう」と言ってくれる人もいる一方、「宝塚の恥さらし」とか「小林一三先生(宝塚歌劇団の創立者)が泣いてる」とか言われたりしています。 ──しかしながら、彩羽さんの活動が宝塚の世界に新風を入れている部分もあるのでは? 彩羽 それは自分でも思います。私自身は宝塚では歩く大道具のような役しかできませんでしたし、若手のうちに退団してしまったわけですが、それでも宝塚が大好きなので、別の形で宝塚を広めていきたいと思っています。今は執事カフェとか男装で踊ったりするのがはやっているので、オタクの人も絶対に宝塚が好きになれると思うんです。だから私は、オタク文化と宝塚、そしてネットやテレビなどのメディアの架け橋のような存在になることが理想です。 ──臆することなく自分を出していこうという彩羽さんの生き方は、自分に自信がない人たちにとっての希望になりますね。例えば、かつての彩羽さんと同じようにオタク趣味をカミングアウトできずに悩んでいる人もいるかと思いますが、そんな読者に伝えたいメッセージはありますか? 彩羽 自分の生き方に悩まれている方は、もう好きなことを思う存分やればいいと思います。それがどこでどう役に立つかはわからないんですけど、好きなことを続けたほうが絶対に自分のメンタルも強くなるし、結果的に幸せになれるはずです。オタク趣味を続けると恋人ができないとか結婚できないという人もいるかもしれないけど、私は結婚できたし、同じような趣味の異性は絶対いるので、どんどん自分を出していくべきだと思います。そのほうが人生を楽しめると思います。私も、もっと早く動画をアップしておけばよかったと思っているんです。 ──今後も、新しい動画をアップしていかれる予定ですか? 彩羽 そうですね。実はオタ芸もけっこう打っているので、最近はそれに宝塚っぽい動きをプラスした動画をアップしたいなと考えています。 ──まさにニュータイプアイドルですね。今後、ますますのご活躍を期待しています! (取材・文=有田シュン[シティコネクション]) ●彩羽真矢ブログhttp://ameblo.jp/chami444/

「やり続けなアカン」人気芸人“世界のナベアツ”を動かした、桂文枝の情熱と落語の魔力

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撮影=後藤秀二
 2011年、突如落語家への転身を発表した桂三度。芸人、作家、監督……多才な彼が次の挑戦に選んだ「落語」は、今までのどの分野とも異なる“くせもの”だった――。彼を落語へと導いたものはなんだったのか? 桂文枝から託された言葉とは? 神保町花月を舞台に行われる桂文枝プロデュースの落語会『戀する落語会』開催直前、トップバッターに抜擢された桂三度が、プレッシャーに押しつぶされそうな心の内を語る! ――まずは、6月から始まる『戀する落語会』について教えてください。 桂三度 これはまず、(桂文枝)師匠プロデュースで、師匠もたっぷり落語をしはるので、落語会としては絶対にお得です。たぶんお客さんには大満足して帰ってもらえると思います。ただ僕は縦軸というかストーリーテラーというか、師匠の気まぐれで任命されまして。まぁ舞台うんぬんより、舞台をやっている僕を袖で師匠が見ている……嫌ですよね。緊張しますよね。その緊張を隠そうとしている僕を、お客さんには楽しんでもらえたらなと思います。 ――発表記者会見でも、師匠から随分とプレッシャーをかけられていましたよね。トップバッターということで、三度さんがコケたら後がないとか。それだけの信頼感が、三度さんにあるということなのだと思いますが。 三度 いやいやいやいやいやいやいや! ――日刊サイゾーの読者層は20代後半から30代の男性がメインで、お笑いは好きだけど落語はちょっと敷居が高い、というイメージを持っている人も多いかと思います。そこで今回は、ぜひ三度さんに上方落語の魅力を教えていただきたいと。 三度 基本、上方のほうが笑いを取りにいこうとする色があり、一方で江戸のほうがキレイに話す色があると、先輩の落語家さんが言うてはりました。たぶん初心者の方やと、素直に楽しめる上方のほうが(入り口としては)入りやすいんじゃないかなと思います。しかも、今回は柔らかくするために、僕は表向きはオープニングでスタンダップコメディをやるってなってますけど、裏の見方したらこれ、前説です。 ――(笑)。 三度 「みなさん、どうぞ楽しんでってください」と。柔らかくほぐすという役です、僕は。こういうところもまた、ほかの落語会と違うポイントです。ゲストも、たむらけんじくんとミサイルマンの西代くんという、西のやわらか芸人ワンツーをそろえましたんで、とにかくとても柔らかい落語会になると思います。そして最後には、師匠がたっぷり聴かせてくれる。これをきっかけに、いろんなタイプの落語会に行っていただければうれしいです。 ――三度さんは芸人、作家、映画監督など、さまざまな仕事をされてきましたが、今までやってきたものと落語の大きな違いはなんでしょうか? 三度 僕はいろいろ転職してますけど、大きくはお笑いという円の中で動いていたんです。だから自分の中では、そんなに大変なことはなかった。でも落語をやり始めて、師匠からも作っていいぞと言われて作り始めて、痛感しました。お笑いと落語では間の取り方が全然違うんです。間の取り方が違うと笑いの作り方も違ってくる。だからもう、まったく初体験のことばかり。この世界に入ったときは、大変だけどなんとかなるやろと思っていました。そしたらもう、全然違うということに気づいて。今まで一生懸命いろいろなことをやってきたのに、これじゃ芸人1年目と一緒やん! と。腹立つわ~(笑)。 ――お笑いの方程式を、一回捨てなくてはならなくなってしまったと。 三度 そうなんですよ。めっちゃ難しいですよ。入門して3年になりますが、この3年は自分のクセを捨てる、笑いの取り方のクセ、しゃべり方のクセを全部捨てていく作業ですね。もう、エライ目遭うてます。 ――そもそもなぜ、落語家を目指そうと思ったのでしょうか? 三度 僕はずっと、“いいテレビタレント”になりたいと思っていたんです。いいテレビタレントになるためにはどうしたらええかと思って、落語を始めた。だから、いつかこう落語をやっていることがテレビに生きたらええなと思いますけど、今んところはもうまったく関係ないですね。落語のコツがまだつかめてないので。 _MG_6736.jpg ――“いいテレビタレント”というのは、どんなイメージでしょうか? 三度 具体的にはちょっと伝えにくいんですが、僕は恥ずかしながらコンビを2回解散してるんですね。1回目の解散は相方から言われて、これから自分はどうしよう、ピン芸人続けるのもええけど、なんか少し違う気がすると。デビューしてからずっと、自分がふわふわしてるのが嫌いやったんですね。それで、その時に脳裏に浮かんだのが放送作家と落語家でした。当時はいろいろな理由で作家を選ぶわけですけど、そんなこんなで作家も何年かやって、コンビも再結成して、昔よりテレビにも出られるようになりました。だけど、まだふわふわしてる。地に足は着いていない。この隙間を埋めるにはどうしたらええかなって思ったときに、前から興味があった落語に……本当に勘でしかないんですけど。だから僕にとってのいいテレビタレントというのは、地に足がしっかり着いている人ですね。下半身どっしりしてるけど、上半身はものすごく軽やかに動くみたいなイメージですね。 ――月並みな言葉ですが、「ブレない」ということでしょうか。 三度 そうです。僕自身がブレまくりなんで(笑)。もう、ほんまになんとかしたいんですわ。 ――この3年で、そのふわふわは少しずつ埋まっていっている実感はありますか? 三度 う~ん……あるって言いたいんですけどね、全然ないですね。いや、ほんまにね、なまりも含めたしゃべりのクセや間の取り方のクセを直す作業で終わってしまいました。だから、まだ気持ち的には1年目です。何年かかんねんと。自分が落語家として納得するのは、だいぶ先のことでしょうね。そのときたぶん、年金もらってると思います(笑)。 ――師匠がいるという経験も初めてですか? 三度 初めてです。弟子入りするまで師匠のことはまったく怖なかったんですけどね、今めっちゃ怖いですもんね。緊張するし。言うたら父親ですし。 ――師匠から言われた言葉で、心に残っているものはありますか? 三度 そうですね……ここはええこと言いたいですね(笑)。 ――期待してます!(笑) 三度 ……僕がなぜ師匠に付いたかというと、師匠が月1回やってるレギュラー番組があったんです。『三枝一座がやってきた!』(NHK)という、地方の市民会館を回って公開録画する番組です。で、僕は「世界のナベアツ」としてゲストに呼んでいただいたんです。地元の人とゲームコーナーをやったりしながら、最後に師匠がご当地落語をするんですね。その土地の名産や名所にちなんだ落語を。それは言うたらその番組のためだけにやっている落語です。それを月1回やっている、この地位も名誉もある人が。そう思ったときに、すごいなと感動しました。尊敬する方はたくさんいらっしゃいますけど、その時のインパクトが強くて、師匠に弟子入りをお願いしたんです。  僕が弟子入りしたのは41歳。だいぶ遅いです。そしたら師匠が「焦ることはない。ただやり続けなきゃあかん。俺も20代で入ったけど、認められたのは40代や」と。テレビの世界では師匠はもう20代で大スターでしたけど、落語家として賞をもらったのは40代になってからなんだそうです。だから、どんなことがあっても、やり続けなあかん、走り続けなあかんって言われたのが、ものすごく心に残っていますね。 ――なるほど……。 三度 まぁまぁいい感じにまとまりましたかね(笑)。でもホンマにね、師匠は休まないんですよ! 弟子入りしたときによく言ってはったんが、「60代は駆け抜ける、70代は休む。80代は円熟期、になったらええな」。だけど師匠、今70歳ですけど、こういう落語会を立ち上げたり、大阪でも創作落語の会をやって月1で新ネタおろしてるし、全然休む気配ありません(笑)。 ――「戀する落語会」では、若手の方をフィーチャーして新たなファン層の獲得も目指していますね。 三度 それは桂文枝個人の思いでもあるし、上方落語協会会長の思いでもあるんだと思います。もちろん上方落語だけでなくて、落語会全体の思いですね。1回目は一門だけという形になりましたけど、今後は江戸の落語家さんにも出てもらいたいと師匠は考えてはるみたいです。 ――で、そのオープニングを三度さんに……。 三度 「絶対成功させろよ、お前」というプレッシャーのまっただ中におります(笑)。普通だったらこれ、ストレスで毛が抜けてもおかしくないと思いますよ。 _MG_6723.jpg ――注目度も高いですしね、初回は…… 三度 勘弁してください、もう! ――すみません(笑)。実際にこの「戀する落語会」を楽しむにあたり、これだけは押さえていたほうがいいという知識やマナーなどはありますか? 三度 漫才のネタと違って落語は、笑いはないけど後半のために仕込んでるネタがあるんですね。前半、これ全然笑えないなと思ってても、後半は何かあるんやろなと思って許したってください。 ――細かいボケをちりばめていく漫才やコントに慣れていると、落語のその仕込みの時間は相当長く感じそうですね。 三度 このネタのこのお話は、前半にまったく笑いがない。ネタふりやから。ウケへんのは分かってる。だけど、実際やってみると「あれ……俺、いま宇宙におんのかな」っていうくらい静かなんで、めっちゃ怖いですよ(笑)。僕ね、芸人の中でもトップクラスで汗かかない自信あったんです。体質的に芸人に向いてんな~、よかったな~って思ってたんですよ。だけど落語家になってから、ワキ汗が止まらない(笑)。 ――すごい、体質まで変えてしまうとは…… 三度 ホンマえげつないですよ。宇宙ですもん……ゼロ グラビティです。ジョージ・クルーニーのいないゼロ グラビティ(笑)。 ――でも、落語のそういう仕組みが分かってくると、見る側ももっと楽しめるのかもしれませんね。 三度 漫才もコントも素晴らしいところはたくさんありますけど、落語は落語で「あ、このタイプか」とか「あの話に似てるな」とか探っていくと、とても楽しいなとは思います……が! そんなことはホンマ考えんと、ただただ楽しんでほしいです。 ――もっとオープンな気持ちでいいんですね。 三度 お客さんが楽しんでるのを見ると、やる側もノッてきます。 ――芸人から落語家へ転身した方として、月亭方正(旧芸名・山崎邦正)さんがいらっしゃいますが、方正さんが落語家になると聞いてどう思われましたか? 三度 正直、「わ~、先行かれた!」っていう気持ちが大きかったですね。それでまた(入門が)遅れたというのも実際ありました。これじゃあ、方正さんの後追いやな~と。 ――方正さんは40代になったら芸で人を笑わせたいという思いが強かったと、以前取材をさせてもらったときにおっしゃっていたのですが、三度さんも「今まで笑わせられなかった層を笑わせたい」というような気持ちはありますか? 三度 いや、もう自分のことしか考えてないです。すんません(笑)。そりゃあ、今まで誰も成し遂げられなかった、おじいちゃんも笑ってる、子どもも笑ってる、若い男女も笑ってるというのが理想ですけど、今はもう自分のことで精いっぱいですね。落語家になったのもホンマに身勝手ですから。自分の足を地に着けたいという。 ――今回の落語家転身もそうですが、三度さんは築き上げたものを壊していく、安定したものを捨て去るというイメージがあります。 三度 そんなことないんですよ。いま振り返ったら「あんときのアレもっと続けとったら、お金がもうちょっとあったかもしれない」とかホンマ思います。もったいなかったな~と。 ――でも、挑戦してしまう…… 三度 僕はこれから絶賛金儲けするつるもりですよ! 今はまったくないですけど!「お金じゃないねん」とかカッコイイことは言わないです。めっちゃ儲けたいし、儲かるためには……っていう逆算もしますしね。ただ、現実は「戀する落語会」のプレッシャーでハゲそうで、儲かるどころではありません!! (取材・文=西澤千央) ■『神保町花月 ~桂文枝プロデュース~ 戀する落語会 パートI』 開催日時:6月8日(日)14時00分開演 ~16時05分頃終演予定 場所:神保町花月(東京都千代田区神田神保町1-23 神保町シアタービル2F) <http://www.yoshimoto.co.jp/jimbocho/> 出演:桂文枝、桂三若、桂三四郎、桂三輝、桂三度、桂三実 ゲスト:たむらけんじ、ミサイルマン西代 チケット料金:前売3,000円 当日3,200円 チケット発売 5月15日10時~発売開始