少女300人以上を強姦・殺害した「アンデスの怪物」 今もどこかで生きている!?

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エクアドル「YouTube」より
 1980年、南アメリカ西部に位置するエクアドル共和国のアンバトで、8歳~12歳の少女たちが次々と行方不明になるという事件が発生した。両親は必死になって探したが、地元警察は「家出ではないか」と判断し、積極的に捜査をしようとはしなかった。娘の顔写真をコピーし、情報提供者には報酬を渡すというビラを街灯に貼りまくった親もいたが、有力な手がかりは寄せられなかった。
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連続殺人が起きていた場所「YouTube」より
 しばらくすると少女たちの遺体がひとつ、またひとつと発見された。そしてみな強姦された上で絞殺されていた。しかし警察は「犯人につながる遺留品がない」「目撃者もいない」として容疑者が特定できない事件として捜査をするのを面倒くさがった。そうしているうちにも少女たちは誘拐されレイプされ殺されていった。 ■不審な男が捕まる  3月9日の日曜日、午後4時頃、食事もできる人気市場プラザ・ウービナで軽食を販売していた老女に「何を売ってるんだ」と話しかけてきた男がいた。男は料理よりも老女の11歳になる娘エリーシアを舐めるようにじろじろと眺め、話しかけた。
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老女「YouTube」より
 エリーシアは無視したのだが、男は何度も彼女のもとに戻ってきては「こっちにおいで」「一緒に遊ぼう」と誘った。気味悪いと思ったエリーシアは老女である母親に告げ口をした。老女は「そういえば最近、少女たちが次々と誘拐され犯されて殺されるという事件が起こってるじゃない!」と直感。  市場の仲間に声をかけ大急ぎで立ち去ろうとした男を取り押さえた。老女は「アタシの娘をさらって殺そうとしたんだろ!」とヒステリックに叫びながら問いつめた。男は「無実だ。オレはおとなしくて真面目な男だ。盗みなんかもできやしない、清らかな心を持つ男だ」と必死で反論。しかし市場の者たちは男を疑い、警察に突き出した。 ■300人ほどの少女たちを誘拐し強姦した上で殺した男  警察署で男の身元はすぐに判明した。コロンビア出身のペドロ・アロソン・ロペス。拘束直後、彼は黙秘し続けたが、パストロ・コードーバという聞き上手なベテラン刑事に心を開き始めた。そして、「この7年間、コロンビアとエクアドル、ペルーを行き来してきた。そして300人ほどの少女たちを誘拐し強姦した上で殺した」と自供した。
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画像は、ペドロ・アロソン・ロペス「YouTube」より
 刑事は一瞬「この気の弱そうな男が、そんな大量殺人をしたのだろうか」と疑った。しかしペドロが、少女たちを強姦殺人して遺体を埋めたという場所からは次々と遺体が発見され、全く罪悪感なく供述する様子を見て、その疑いは消えた。性的欲求のために少女たちを襲う冷酷な連続殺人鬼だと確信するようになったのだ。 ■少しずつ明らかになるペドロの性格  マスコミに大々的に報道され、メディアの取材を受けるようになると、ペドロは、「オレは歴史的なことをやったんだよな。オレは重要な男だったことだよな。生かせておくべきだと思うがね。死ぬにはまだ若すぎるし」とふてぶてしく豹変。少女たちを強姦殺人したことを誇りに思うようなそぶりを見せるようになった。発見された遺体は骨になっているケースが多かったが、洋服などの遺留品があり身元は意外にも簡単に判明した。白骨化した小さな遺体に張り付いている布が、我が子の服だと気がつき、泣き崩れる遺族を見てもペドロは平然としていた。実況見分の度に、怒りに満ちた群衆から罵られ石を投げつけられたが、なぜそんなことをされるかも分からないようだった。
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犠牲者のひとり「YouTube」より
 刑事たちは少しでも早く事件の全貌を暴こうとペドロにタバコやチキンなどの食事、コーヒーや酒までふるまった。ペドロはもったいぶりながら、逮捕後6カ月間かけて遺体を埋めた場所に警察を連れて行った。驚いたことに、いつどこでどんな外見の少女をどういう風に強姦し、殺して埋めたのか、ペドロは鮮明に記憶していた。遺体が掘り起こされるとペドロはとても満足そうな表情になった。  長期にわたる警察の調査を通してペドロはパストロ刑事に信頼を寄せ、父親のように尊敬すらするようになっていった。ペドロ自身は父親を知らずに育った子供だった。父無し子だっただけでなく、壮絶な半生を歩んで来たのだ。 ■ペドロの半生/母親から日常的な虐待?  ペドロの父親はコロンビアの内戦ラ・ビオレンシアで戦った保守党員で1948年4月9日に命を落とした。その時、既婚者だった父の浮気相手である娼婦はペドロの母親であり、彼を身ごもっていた。そして、父の死から6カ月後の10月8日、サンタイザベルでペドロを出産。13人兄弟の7番目としてこの世に誕生した。
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ペドロの母親「YouTube」より
 母親は、「ペドロは子どものころ、学校の先生になるという夢を持っていた。私は、そうね、お前はほかの子どもたちに教えるのがうまいものね、と見守りながら育てた」と語っているが、ペドロは、母親はとんでもない毒親だったと証言。「ひどい暴力をふるわれながら育った。日常的に虐待されてきた」と述べている。ペドロはそんな母親から逃げようと、8歳のときに家出。コロンビアの首都・ボゴタへ向かい、危険極まりないストリートで生活をするようになった。母親は占い師に頼り、ペドロを探したと主張しているが、ペドロは母親に嫌われ捨てられたという絶望的な気持ちでいっぱいだったと語っている。なお、ほかにも、ペドロが妹に性的いたずらをしているのを見つけた母親が激怒し、家を追い出したという説もあるが、どちらにせよ、母親はそう積極的に彼を探すことはしなかった。 ■ペドロ、男に強姦される  ボゴタには何千人ものストリートがいたが、そのほとんどが親の虐待から逃げてきた子どもたちだった。ペドロはすぐにとけ込み、食べ物を求めてごみをあさる生活を始めた。マスコと呼ばれるコカインを吸うようになり、身を守るためにギャングに入った。寝る場所をめぐり、ほかのストリートチルドレンとナイフで喧嘩をすることもあった。盗みも始めた。暴力は、生きるために欠かせない、彼の人生の一部となっていったのだった。  このストリートチルドレン時代、ペドロは男に強姦されている。パストロ刑事に、「寝る場所を提供すると誘われ、人を疑うことをしなかった少年のオレはついて行った。男は廃墟にオレを連れ込み、アナルにペニスをねじり込み強姦した」「オレは純粋で無垢な少年だった。それをあんなひどい方法で奪われたんだ。思い出したくもない。でも、オレの純粋な少年の心を奪った責任者が誰なのか、そいつを懲らしめたいと思い続けている」と語り、今でも似たような大人を見るとメチャクチャにしたくなると明かした。強姦されたとき、警察に届けなかったのかと聞かれると、「なにもしてくれないしね。届けるだけ無駄だ」と吐き捨てるように言ったという。  強姦された後、ペドロはますます荒んだ生活を送るようになったが、10歳のとき現地に住んでいたアメリカ人老夫婦から保護したいとオファーされ、その申し出を受けた。老夫婦は善意からストリートチルドレンを保護する活動をしており、ペドロは平安を手に入れ、孤児が通う学校で勉強するようになった。安定した子どもらしい生活をおくれるようになったのだが、幸せは長続きしなかった。12歳のとき、学校の教師に性的虐待されるという被害にあったのだ。絶望したペドロは学校に保管されていた金を盗み、夫婦のもとを去り、再びストリートに舞い戻った。 ■刑務所での荒んだ日々が人格を形成  1969年、21歳のとき車を盗み、逮捕されたペドロは、刑務所に送り込まれたのだが、すぐにほかの囚人に強姦されまくるという悲惨な目にあう。泣き寝入りしていた少年とは違い、成人していたペドロは、制裁を加えようとナイフで強姦した男2人を殺した。  複雑なゴタゴタを嫌う刑務所はこの事件を「自己防衛」と処理しペドロに刑は加算されず、1971年、23歳で釈放された。これ以上、被害者にはならないと心に誓ったペドロは加害者になる決心をし、獲物を探す旅に出た。  そして簡単に誘いだすことができる、貧しく学もない無垢な少女たちに目をつけ、自分と同じ目にあわせることにした。セールスマンのふりをして彼女たちに近づき、「道に迷っちゃって。一番近いバス停まで連れて行ってくれないかな」と話しかけた。優しそうな笑顔と子どもの感心をひきつける話術でペドロは少女たちを人気のない犯行現場まで連れて行った。
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犠牲者のひとり「YouTube」より
 犯行現場に着くまでは身体に触れることはしなかった。誰にも叫び声が聞こえないような場所に着くと、ペドロは豹変し、繰り返し少女を強姦した。夜になると一緒に寝て、朝に再び強姦するということもした。そして、殺したのは口封じではなく、この世から解放する手伝いをしただけと証言。「バレるから殺したんじゃない。こんな汚い荒んだ世の中に生きるより、死んで天国に行った方が幸せだから、殺してあげたんだ」と、ドヤ顔で語った。 ■動かぬ警察、バレぬペドロ  コロンビア、エクアアドル、ペルーを行き来しながら次々少女たちを強姦殺害していったペドロだが、少女たちが行方不明になり、その一部が遺体となって発見されても、警察は動かなかった。1979年4月、エクアドル入りしたペドロは、殺す前に殴る蹴るの暴行を加えるまでにエスカレートしていった。
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被害者少女たち「YouTube」より
 警察はたくさんの少女が行方不明になっても、貧しい家庭の子のだからか、動いてはくれなかった。貧しい少女たちを誘拐し、白人に奴隷として売り飛ばすグループがいたこともあり、家出かその手のグループにさらわれたのだろうと考えていたからだ。  しかし、1980年2月にペドロが強姦殺害した9歳のイバノバ・ハコメの両親は地元で人気のパン屋を営んでおり、ちょっとした権力者だった。そのため届け出を受けた警察はすぐに動いた。地元新聞も、イバノバだけでなくほかにも数多くの少女たちが行方不明になっていると報じるようになった。エクアドルは少女を次々と誘拐する凶悪犯がいるという話で持ち切りになった。22日後、郊外の農村地帯でイバノバは腐乱遺体となって発見された。
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遺体や骨など「YouTube」より
 イバノバの遺体が発見されて間もなく逮捕されたペドロは、57人の被害者の埋葬場所を明かし、110人を殺した罪で起訴された。しかしペドロはもう200人殺したと主張。ここまでベラベラと自供したのにはわけがあった。  1981年7月31日、裁判所に立ったペドロは57人の少女たちの誘拐、強姦、殺人を認め、有罪判決が下った。なんと、禁錮16年。死刑を廃止したエクアドルの法律では、1人殺しても10人殺しても1000人殺しても同じ刑にしか処されないことになっていたのだ。そのため、300人以上殺したと自供しているペドロでも、たったの16年でシャバに出てこれるのである。1人の犠牲者につきたった4カ月の服役という計算である。 ■46歳のとき、釈放される
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一見おとなしそうな男「YouTube」より
 余裕綽々のペドロは刑務所で数多くのインタビューを受けた。「子どもの頃に受けた虐待と性的虐待のせいで、こうなった」「汚れのない清純なオレの心は奪われた。だから少女たちの清純を奪った」と語った。彼にとってセックスは愛を確かめ合うものや楽しむものではなく、強要されるか、強要するもの。自分がされたことを少女たちにして何が悪いという態度を示した。そうかと思えば、「ホルヘ・パティーニオスという人格が出てきて殺した。オレじゃない」と訴えたりした。  やりたい放題のペドロに刑務所は精神鑑定を行い、その結果、サイコパスで反社会性パーソナリティ障害だと診断された。50歳になれば釈放されると知っていたペドロはその日を待ち望み、問題を起こさないよう日々を過した。そして、1994年8月31日。模範囚だとして早期釈放されることになった。この時、ペドロはまだ46歳。「世界一の犯罪者」だと自負し「喜んで同じことを繰り返すよ」と笑う彼が再犯するのは確実だとして、被害者の遺族たちはどうにかしてくれと訴えた。  しかしペドロが自由の身になったのはわずか1時間だけだった。コロンビアに身柄を引き渡すため再び拘束されたのだ。コロンビアに戻ったペドロは殺人罪に問われたが、1995年、精神異常者だと診断され精神病院に収容。1998年、50ドルの保釈金を支払い「精神病院での治療を定期的に受けること」「毎月、裁判所に出廷すること」を条件に仮釈放された。  仮釈放されたペドロは実家に戻り、何十年も疎遠になっていた母親に向かって「オレの前でひざまずけ」と言った。母親は、「それをするのなら、あなたがしなさい。息子なんだから」と抵抗した。ペドロは「ここに来たのは、お前が死んだ後、何をくれるのか知るためだ」と言い、「わたしは貧乏なのよ。ベッドと椅子しかないのよ」と答えると、家の外にベッドと椅子を引きずり出した。「誰に買ってもらったんだ。答えないと燃やすぞ」と脅し、年老いた母親が泣きながら「知り合いの女性が買ってくれた……」と言うと、母親のなけなしの金をむしり取り、無言でその場から立ち去った。その後、誰も彼を見た者はいない。精神病院の治療も受けておらず、裁判所にも姿を見せていない。  ペドロは怒り狂った被害者の遺族に殺されたという説があるが、彼の母親を含む多くの人たちが彼は今なお生きていると信じている。また同じ犯行を繰り返しているという説もある。2002年10月、国際刑事警察機構、インターポールはペドロに対する国際指名手配を出した。「アンデスの怪物」と呼ばれた史上最悪の連続殺人鬼は、何度も警察の手に渡ったものの、今なお尋ね者となっている。
動画は、YouTubeより

「動画と写真が全然違う」平子理沙の40代自撮り術を解明

 「女性セブン」(小学館)が俳優・吉田栄作(46)の不倫騒動を報じたのが6月11日発売号。記事によると吉田はモデルの加賀美セイラ(27)と深夜に都内のバーで密着しながら酒を飲んでいたという。吉田と妻の平子理沙(44)は1997年に結婚したが、車で5分の距離にそれぞれ別に住んでいる。これについては過去すでに不仲からのものであることを否定し「ずっと『女性』でいたいし、彼にはずっと『男性』でいてほしい。ずっと恋人同士でいたい」と、恋人関係を持続させるための策であることを平子も語っていたが、実は仮面夫婦状態だったのか?  しかし件の記事から1カ月が過ぎた今月21日、イベントに出演した平子は「書かれていることと事実があまりにも違ったので別になんか全然気にしていません」ときっぱり不倫を否定。過去に平子もそうした報じられ方をされたことがあると述べ「なので全くそれは『あ、そうなんだ、よくあるよね』みたいな感じで」と夫婦間ですでに決着がついていることを明かして円満を強調した。  そんな釈明の様子は、VTRで翌22日の『グッド!モーニング』(テレビ朝日系)で放送されたが、平子ウォッチャーにとってはこの不倫疑惑の真偽などどうでもよく、画面に映る平子の顔面に釘付けになったのではないだろうか。  これまでmessyでも平子の顔面についてはたびたび報じてきたが、動画と写真で別人級の違いを見せることで御馴染みだ。シワ伸ばしと唇膨張で“お化け”と揶揄されたり、“アメリカン整形”と、整形を繰り返した事で元の容貌を失ってしまったセレブ、ジョセリン・ウィルデンシュタイン化を予言する声もある。美の研鑽のたまものか、それとも美容医療によるお直しの効果か、平子本人は「特に何もしていません」と美容雑誌等のインタビューで公言するため真相がまったく見えないが、確かに44歳となればいくつか見えてくるであろう小じわも探すのが困難なほどパーンとハリのある顔をキープしている。しかし、ブログを見てみると、顔面そのものだけでなく、自撮りからも平子の美へのこだわりが見えてきた。  例えば6月のブログ写真一覧が表示されるページを見てみると、彼女の自撮りの特徴が一目でわかる。平子の自撮りはアングルがほぼ同じで表情もまったく同じなのだ。全身鏡に写して撮るコーデ写真がほとんどなく(女性タレントは日々のコーデをブログに載せるタイプが多数なのだが)、寄りのものが多い。いつも、同じ顔に同じアングルだ。  たまに唇をとがらせるのも平子流か。これらの写真から、平子が心がけている3つのポイントがわかる。 ●ちょっと上目遣い ●笑っても歯は見せない ●ちょっと顔の左側を見せるように斜めにする  アラフォーともなると、正面から撮られるのは厳しいものがある。下から撮られると何かの敵キャラみたいな怖さも出てくる年齢だ。特に、年々深く刻み込まれてくる法令線をいかに目立たなくするかが勝負どころにもなってくるが、鏡の前で平子流を実践してみると、無表情のときよりも、歯を見せない笑顔をしていたほうが、法令線が圧倒的に目立たない。なるべく唇を横に広げることで、それって法令線? 笑いジワ? 的なカムフラージュ効果を生んでいる。筆者もこれから平子にならって普段から微笑み気味でいきたいと思う。ただ筆者が「唇をとがらせる」を真似ると、老けがかえって目立つ結果となった。このポーズはやはりアラフォーになっても顔がこけることなく真ん丸顔、そして唇ぽってりの平子でなければ成せないワザのようだ。 ■ブログウォッチャー京子/ 1970年代生まれのライター。2年前に男児を出産。日課はインスタウォッチ。子供を寝かしつけながらうっかり自分も寝落ちしてしまうため、いつも明け方に目覚めて原稿を書いています。

パリで人を食べた男・佐川一政が主演! 本番シーンにも挑んだ映画『喰べたい。』

――絶滅映像作品の収集に命を懸ける男・天野ミチヒロが、ツッコミどころ満載の封印映画をメッタ斬り! 【今回の映画『喰べたい。』】 「少年A」の手記『絶歌』のモラルが問われる昨今ではあるが、かつて猟奇殺人事件の加害者が、著書を発表しただけに止まらず、事件の映像化作品で主演を務めるという、考えられない出来事があった。
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霧の中』彩流社
・パリ人肉事件  1981年、日本人留学生がパリ市警に逮捕され、その犯行内容に世間は震撼した。ソルボンヌにあるパリ第3大学大学院生の留学生・佐川一政(当時32歳)は、自室で同大学のオランダ人女性留学生(当時25歳)を背後から小銃で射殺。屍姦のあと解体して写真を撮り、死体の一部を食べた。俗に言う「パリ人肉事件」だ。そして犯人の容姿が、とても殺人など犯せるようには見えない小柄だったことも、フランス国民に衝撃を与えた(事件当時、身長152センチ、体重35キロ)。  佐川の手記『霧の中』(彩流社)はベストセラーとなり、私の知る限り、事件は2本映画化された。  まず1989年にイタリアで制作された『愛のかたち』。これは佐川とは程遠い容姿のハンサム俳優(しかも白人)が主役。猟奇テイストも軽い不毛の駄作だった。 ■『喰べたい。』あらすじ
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画像は、『喰べたい。』VHS/監督・山地昇(1994年)
 問題なのは1994年に制作された『喰べたい。』。こちらは佐川本人が自ら出演し、脚本も手掛け(監督と共同執筆)、ホンバンにも挑戦した、事件を脚色したセミドキュメンタリーだ。  冒頭、佐川の幼少時に叔父が撮影したモノクロの自主映画が流れる。佐川が小学生の頃、誘拐した幼児を鍋で煮込んで食べる魔法使いの話を叔父から何度も聞かされていた。このフィルムはその映像化で、佐川の食人嗜好のルーツとなったのだ。  さて本編に入る前、メイキング映像が映し出される。佐川の相手役に選ばれたレイチェルは終始不機嫌で、佐川と視線を合わせない。そして撮影中に突然部屋から出て、トイレに籠城し嘔吐する。通訳が「顔が怖い」「触れるとゾッとする」とトイレのドア越しに通訳する。レイチェルは本物の殺人犯を目の当たりにしてショックを受けたのだ。監督も「佐川君も緊張しているから、そんな顔になっちゃっている」(笑)と必死にフォローする。  機嫌を直して寸劇スタート。佐川は、路上でアクセサリーを売るイングリット(レイチェル)というオランダ人と知り合い、絵のヌードモデルを依頼し家に招く。彼女が帰った後、トイレで拾った陰毛を口にし、コーヒーカップに付いた口紅の痕を舐めとる変態ぶりを発揮する佐川。佐川はその後デートを重ね、自宅ですき焼きを振る舞う。  ここで佐川自ら語る童貞喪失話が始まる。和光大学英文科を主席で卒業した佐川は、電車内で隣のオヤジが読んでいた『週刊新潮』の白人専用トルコ(現ソープランド)の記事を盗み見て、すぐに時計や父親の高級ブランデーを酒屋やバーなどに売り飛ばして金を作り、デンマーク女性に童貞を捧げる。以降スウェーデン、フランス、ドイツ……と、欧州女性を制覇(合間に日本人もツマミ食い)。パリ留学中も買春を続けたという。  また佐川は、外人女性に対する偏見たっぷりな持論も展開する。要約すると「日本にいる白人女性というものは、個人主義が頂点に達してしまっている。彼女たちの目は非常に暗いし生き生きとしていない。ナイーブさがない。だが日本の女性はナイーブさも純粋性もあるし、人の苦しみや悲しみを理解しようとする。その点で大和撫子は素晴らしい」。近年になって「最近はちゅらさん(沖縄女性)に食欲を感じます」と言ったとか。  ストーリー再開。イングリットのために再びすき焼きを作る佐川。だが佐川は「肉が……、足りない!」と、チェーンソーでイングリットに襲いかかる。ここからクライマックスの猟奇シーンに突入するのだが、あえて不条理な演出で表現される。佐川はイングリットの尻を包丁で切り開き、その生肉を摘まんで食べる。さらに肉を床に散りばめ自慰に耽る。一方イングリットは、切り離された佐川のペニスをソーセージのように食べる。やがて生首になった2人が会話を始める。佐川「食べてくれてありがとう。僕って美味しかった?」。イングリット、微笑んで「ええ、吐きそうなくらいに」。佐川「ありがとう」と言って目を閉じる。場面は転換して、佐川は日本人女性をナンパし、2人は心からセックスを楽しむ。物語はハッピーエンドで終わる。  1988年に東京都足立区綾瀬で発生した「女子高生コンクリート詰め殺人事件」は複数の映画が制作されたが、被害者の遺族感情と世論によりビデオ回収や上映反対運動に発展した。だが『喰べたい。』は、これといった物議を醸すことなくビデオリリースされ、DVD化までは至らず人知れず消えていった。  それにしても、あれだけの事件を起こしながらも佐川は不起訴処分となり、こうして映画に出たり、本を書いたり講演したりと社会復帰を果たしている。なんでもパリ警察の取調べで、「昔、腹膜炎をやった」という発言が「脳膜炎」と誤訳され、精神鑑定で心神喪失状態での犯行と判断、不起訴処分となったのだという。……そんなのって、あり? (文=天野ミチヒロ) ■天野ミチヒロ 1960年東京出身。UMA(未確認生物)研究家。キングギドラやガラモンなどをこよなく愛す昭和怪獣マニア。趣味は、怪獣フィギュアと絶滅映像作品の収集。総合格闘技道場「ファイト ネス」所属。著書に『放送禁止映像大全』(文春文庫)、『未確認生物学!』(メディアファクトリー)、『本当にいる世界の未知生物 (UMA)案内』(笠倉出版)など。新刊に、『蘇る封印映像』(宝島社)がある。 ウェブ連載・幻の映画を観た! 怪獣怪人大集合 ★天野ミチヒロの封印映画レビューまとめ読みはコチラ

小籔の「女性誌3社と専属モデル契約」が不思議すぎる

 21日放送の『ノンストップ!』(フジテレビ系)にてお笑い芸人・小籔千豊(41)が、女性誌『ViVi』(講談社)、『VOCE』(講談社)、『NYLON JAPAN』(カエルム)にて専属モデル契約をしたと発表した。小籔は自身のInstagramにも、以下のコメントを載せている。 「まさかのカズニョロが専属モデルになれたよ しかも3誌の!! 泣いてもイイですかっ ポピ泣きだぉ ナイロンさんと ボーチェさんと ビビさんだょ 専属モデル目指してはや20年 これからは職業の欄にモデルって書くよ#nylonjapan#voce#vivi#専属モデル#史上初3誌同時専属モデル#史上初ブサイクモデル#史上初顔長モデル#みんな又吉の史上初には尊敬の眼差し#みんな俺の史上初には半笑い#ナイロンボーチェビビ来月から出るから買ってねー#ポピポピ#また人生ってわからんもんやねとかいいながらランチしよー#myidol#今さらマイアイドル#モデルになれたよハッピーダンス#ポピポピの舞#完全にインスタと協力してくれたモデルさんタレントさん芸人さんと寛大な雑誌さんたちとフォロワーさんと先祖のおかげ」  23日に発売された『ViVi』では、モデルの私服やオフショットなどのプライベートを公開する企画にて「超大型新人“専属モデル”カズニョロ」として登場し、ViViモデルになった感想などのQ&Aやバッグの中身を披露。『VOCE』(講談社)では、次号から始まる最新美容連載コラム「ポピポピBeauty」の告知コメントを掲載、28日発売の『NYLON JAPAN』9月号では、「WORLD KAWAII」というスナップ写真ページに登場する予定だ。各紙編集長は、小籔を起用した理由について以下のようにコメントしている。 「Instagramが面白すぎると誌面で紹介したことからのご縁。小籔さんは女子力が高く、意識高い系(笑)。個性溢れるViVi専属モデルズの一員になりえると思いました。読者の美意識を刺激していただきたいと期待しています(『ViVi』)」 「世界のカズニョロ氏に、“専属”になっていただけて光栄です。ビューティアイコンとして盛り上げます(『VOCE』)」 「いま流行のノージェンダー、性を感じさせないというか、小籔さんが女性以上に女性を見てるなってところが気になっていてオファーしました。モデルとしての素質はすごくあると思います(『NYLON JAPAN』)」  “専属モデル”とは、「専属」という言葉を使用しているとはいえ、他誌に出演できない等の縛りは契約内容によって異なるため、契約によっては同時に3誌の専属モデルを受け持つことは可能。しかし、女性向けのファッションやビューティ企画をメインにした雑誌と、小籔のどこに親和性があるのだろうか?  messyでも既報の通り、小籔は以前より繰り返し「美魔女批判」を提言している。中でも『SAIPO』(小学館)4月号では、『ただキレイな人を持ち上げるようなテレビを見せられても、少ない給料の中でやりくりして子育てしてる若いお母さんは、メイクもできんし、エステにも通えず、服買うこともなかなかできん。なのに、自分より年いったオバハンがキレイにしてイキってるのを見たら、ストレスがたまる一方でかわいそう』『美魔女もええけど、キレイじゃなくても素敵なオバハンはいくらでもいる。なのに、キレイなだけで褒めるのは、もうヤメにした方がええちゃうんかな。それがひいては日本のためになるということにそろそろ気づくべき。女の人が美だの恋だのに脳の過半数が奪われている国家というのは未来がないと思います』と、美魔女を賛美するテレビや出版社への苦言ともとれる発言が話題となった。  3誌のメイン読者は比較的若年層ではあるが、『VOCE』9月号には「即席ビジンのつくりかた―40歳、いまそこにある危機―」という39歳の女性漫画家による美容針レポートが掲載されている。小籔の主張を拝借すれば、美容針に行けない40代女性は「かわいそう」ではないのだろうか。  そもそも、これらの雑誌は「キレイになりたい」「可愛くなりたい」「オシャレしたい」という気持ちがないと購入しない。となると根本的に小籔の理念に反しているようにも見える。何より、そんな小籔を「ビューティアイコンとして盛り上げます」「読者の美意識を刺激していただきたい」と専属モデルとして起用した出版社の意図がわからない。  果たして小籔は、女性誌という舞台で「着飾った女性への不快感」をどう表現し、どんな美やファッションを発信していくのだろうか。というか、どれだけの人が小籔のことを「意識高い系のビューティアイコン」と認識しているのだろうか。少なくとも筆者は初耳だった。 (夏木バリ)

性格が悪いだけじゃない!? 品川祐がテレビから消えたワケ

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画像は、『品川食堂 (ヨシモトブックス) 』(ワニブックス)
 品川庄司の品川祐をテレビで見かけることが減っている。  かつてはひな壇芸人としてバラエティー番組に引っ張りだこだった品川。小説もヒットさせ、映画監督としてデビューするなど、順風満帆な芸能生活を送っていた。  しかし、2014年くらいから露出が減っていき、2015年には自身のTwitterにて、自らのスケジュールが19連休であることを明かした。  なぜ、品川はテレビから消えたのか?  業界関係者から出てくるのは「後輩潰しがひどい」という声だ。たしかに、南海キャンディーズの山里亮太も、品川から「スゴイですねぇ。やっぱり、売れてるポッと出の人って、ああやって先輩が面白いこと振ってくれてスベっても平気なんですね。いやぁ~、尊敬します、握手してください」と、カメラがまわっていない所で言われたと、2011年02月02日放送のラジオ「山里亮太の不毛な議論」で明かしている。  その時のトラウマからか、いまだに品川を見かけると隠れるらしい。品川も、嫌われていることを感じているようで、『ダイノジ・大谷ノブ彦のオールナイトニッポン』(ニッポン放送/2014年02月26日)内で、「『TORE』(日本テレビ系)って番組で、山里がナレーションやっているんだけど、庄司は何回か出てるけど、俺は出てないんですよ。俺、多分、山里NG食らってるんですよ」と明かしていた。  そんな品川だが、いまだに後輩潰しは止めていないことをウーマンラッシュアワーの村本大輔が自身のラジオ番組『ウーマンラッシュアワー村本大輔のオールナイトニッポン』(ニッポン放送系/2015年7月13日放送)で暴露した。  それは、3カ月前のこと。村本がルミネの出番前に、自身のエピソードトークが面白いかどうかを後輩芸人に試していた。エピソードトークが終わると、後輩たちが素直に「面白かった」と答えた。すると、奥にいた品川が 「お前の話は、作り過ぎている感じがして、ちょっと笑えへんわ」  とダメ出ししたのだ。  どうやら、品川は後輩潰しを止めるつもりはないようだ。  とは言え、村本も負けていない。楽屋では笑っていたものの、ラジオでは「その後の品川庄司さんの漫才は、そんなにウケていなかったんですよね(笑)。昔のネタをずっとやっているんですよ。品川さん、本当に漫才こそ作ったほうがいいのでは」と皮肉で返した。 「品川vs山里」は山里の試合放棄で終了となったが、「品川vs村本」はどうなるのか? これをきっかけに、後輩たちの品川エピソードが噴出すれば、品川がテレビの舞台に戻ってくるきっかけになるかもしれない。だがその時“ウケるネタ”があるかの方が問題だ。 (TV Journal編集部)

炎上ママまっしぐら・潮田玲子のマタニティフォト公開に「やっぱりやると思った」

 23日、元バドミントン日本代表の潮田玲子(31)が自身のInstagramとブログでマタニティフォトを公開した。  今年5月に妊娠を発表し、9月に出産予定の潮田。先日にはお腹の子が男児であることも明かした。インスタでは、花冠を頭に乗せフリルタイプのビキニ、花のサッシュベルトとふんわりした白のスカートという出で立ちで、大きく膨らんだお腹を愛おしそうに触れる姿をアップしている。アメブロのほうでは、ウェディング風の白いドレスに身を包み頭にベールをかぶせた衣装の一枚も。潮田はフラワーアレンジメントを勉強中で、今回マタニティフォトで着用した花飾りは自作。オムツケーキも教室に通って自ら作る気合の入りようだ。  これを見たファンからは、「れいちゃんキレイ」「すごくステキな思い出になるね」と絶賛コメントが寄せられたが、SNS以外の場所では「やっぱりやると思った」「撮るのは自由だけどわざわざ公開する意味ある?」「マタニティハイ」と冷めた声が相次いでいる。  彼女のマタニティフォトに「やっぱり」との声があるのは、かつて起こった“ポエム事件”が大きく関係しているだろう。彼女は、現夫でサッカー・柏レイソルの増嶋竜也選手(30)との交際時に、自身のブログで増嶋選手にあてたメッセージを綴ったことがある。  彼女が2012年に出場したロンドンオリンピック予選直前に公開されたこのブログは、「君の活躍は何よりも刺激になった。君の優しさは何よりも癒しになった。君の励ましは何よりも救いになった」等、ポエムめいた表現で彩られていた。すぐさまネット上で拡散され「ポエマー(笑)」「重い女」「彼氏にメールで送ればいいのに、不特定多数が閲覧するブログに敢えて書くって……」と、様々な反応が起こり、“美しすぎるアスリート”で名を馳せていた潮田のイメージが一気に「変な女」になったのである。それから約2カ月後、潮田と増嶋選手の結婚が発表されたことから、2人の結婚を“ポエム婚”と呼ぶ声もあった。  潮田はその後、スポーツ紙が挙式予定日を報じた際に、「今は試合に集中させてほしいのに」と報道そのものを批判したのだが、このときには「五輪予選前に恋愛ポエム書いて、全然集中してなかったくせに何言ってんだ」と非難轟々でブログが炎上した。  マタニティフォトを公開することには、かねてより賛否両論あるが、恋人への思いをポエムにして全世界に発信した潮田ならば、こうしたマタニティフォトも当然撮るだろうと予想されていたため、ネット上ではさほど驚かれていない。それよりも、「いよいよ潮田のママタレ活動がはじまる!」と高い期待が寄せられている。育児は恋愛以上にポエムの生まれやすいカテゴリーだからだ。  ママタレントは今なお激増中で、ブログアクセス数を稼ぐのは至難の業。どのタレントにとってもブログは魅力的な収入源であり、タレントイメージを形成する都合の良いツールでもある。潮田はすでに確立したポエマーポジションを活かし、産後、ママタレブログ界を掻き乱す台風の目になるかもしれない。 (シュガー乙子)

【閲覧注意】働き過ぎた31歳日本人男性、原因不明の腹痛に襲われて…

※「トライポフォビア」の方は、3ページ目は閲覧注意です  31歳、夏。これは私の身に起きた、本当にあった悲劇のお話です――。
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私はラーメン大好き小池さん似。メガネを取るとアムロ・レイです。『小池さん!大集合』(復刊ドットコム)より
 「24時間、365日体制でニュースを追い続ける」  私がいわゆる「ライターデビュー」を果たした職場では、上長が日頃から部下にこうまくしたて、数少ないスタッフだけでなんとか対応していたものだった。独立した現在でもこの信条にそえるよう、なるべく休日は作らないようにしてきた。そんな私は昨年末頃から原因不明の腹痛に襲われることとなり、2度目の救急搬送でようやく“胆石症”であることが発覚したのだった。31歳、夏の出来事である。  私が独立をしたのは27歳の時。当時は定期的な仕事というモノはほとんどなく、「何かあったらお願いします」という心優しい出版社と、ゆる~く仕事をこなしていた。起きる時間も仕事をする時間も自由自在で、共働きの妻にさえ迷惑をかけなければ、何をしても許されていたものだった(それでも毎月350時間は仕事をしていたと思うが)。 ■「一切仕事をしない日」がない生活  ところが昨年夏、ひょんなことから起業することになってしまった。ずっと手伝ってもらっていたフリーライターを正社員として雇い入れ、職業欄に「会社役員(代表取締役)」と書ける身分を手にしたのだ。当然、これまでのようにテキトーな仕事態度では通用しなくなった。  まず重くのしかかってきたのが、経理全般における業務である。当然それ専用のスタッフを雇い入れるほどの余裕もなく、顧問契約を交わしている税理士さんの指示の下、役所や銀行など、各手続きには自ら赴くことが必須となった。さらに各種保険や法人税など、これまでになかった大幅な出費もあいまって、すでに詰め込み過ぎだった受注をさらに1.5倍ほどに増やした。  現在の1日のスケジュールをおおまかに言うと 朝=出社・事務業務全般 昼~夕方=原稿執筆や発注、編集など 夜=ネタ収集のための飲み 深夜=帰宅・原稿執筆  といったところだろうか。これに加えて、さらなる取引先や業務を獲得すべく、各方面への売り込みや企画会議、またその合間にも経理や事務作業など、対応しなければならない事柄がものすごく増えた。何とか土日の夕食だけは自宅で取るよう調整しているものの、それでも入院するまで「一切仕事をしなかった」日は、今年に入ってからは1日もない状態だ。唯一の趣味であるゲームの時間も、必然的にかなり縮小されていた。 ■油分とアルコールで腹痛に  そんな生活の中で、たびたびみぞおち辺りの痛みに悩まされることになった。元々大食らいのデブとして有名だった私だが、ピザやとんかつなど、油分多めの食事にアルコールが加わると、数時間後からほぼ確実に猛烈な腹痛に襲われるのである。常に胃薬を懐に忍ばせて対処し続けてきたが、まるで効果はなかった。(後日、胃腸内科で人生初の胃カメラを体験した際には「とても綺麗で大きな胃袋です」とお褒めの言葉をいただいた)
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■急性胃腸炎?  最初に救急搬送されたのは3月上旬の土曜日。以前お世話になった市政に携わるジイさんから呼び出され、昼間から中華料理をビールで流し込むハメに。帰宅する頃には過去最大級の痛みが到来し、深夜になってもウンウンうなり続ける私を妻が見かねて、救急車を呼んだのだ。ところがレントゲンに血液検査を受けたものの、救急医からは「たぶん急性胃腸炎ッスね」と告げられ、1週間分の胃薬を処方されてさっさと帰された。医療費約1万円なり。  その後、何度か胃腸科を受診するも症状は一向に改善されず、仕方なく食生活を改めることにした。とにかく食後が要注意なので、定食のご飯は少なめ、ラーメンはうどんに、揚げ物禁止、飲みに行ってもウーロン茶しか頼まない……、などなど。元々あまりお酒が飲めない家系だったこともあり、断酒は痛くも痒くもなかったが、摂取カロリーが激落ちしたことにより日常のテンションはダダ下がりだった。(ちなみにここ5年間で一番飲んだのは、トカナ編集長となぜか武蔵小金井でサシ飲みした時。この日も帰宅後に相当お腹が痛くなった)。 ■痛恨の一撃「日本酒」  そして半年以上悩まされていた一連の発作は、あるタレントへの取材の席によって終止符が打たれた。インタビューはタレントの自宅で行われ、テーブルにはお酒やおつまみが次々と並べられたのだ。同席した事務所の幹部スタッフとともに「ささっどうぞ!」と薦められたあって、さすがにこれは断れない。めったに飲まない日本酒も飲み、数時間後に訪れるであろう腹痛に思いを馳せながらも、なんとか取材を終えた。 ■トイレで仰天 ウーロン茶色のおしっこ!!  帰宅する頃には、当然みぞおちの痛みが最高潮に達した。この日はほぼ一睡もできずにそのまま出社するハメになったが、朝のトイレでは仰天した。おしっこの色がまるでウーロン茶のようにまっ茶色だったのだ。さすがにこれはマズかろうと、出社前に病院に寄って薬をもらったものの、痛みは収まらず、結局夕方には帰宅。そのまま痛みが落ち着くこともなく、早朝になって救急指定病院に駆け込む事態に。そこで初めて受けたエコー検査によって、ようやく胆のう内に大量の石、つまり胆石が詰まっていることが明らかとなったのだった。
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エコー検査の写真。医者からもらう。左側のボツボツが詰まった胆石
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コレ
 痛みの原因となっていたのは、胆のうと十二指腸を結ぶ総胆管という部位に石が詰まっていることだという。また検査によると、肝臓の数値が異常、かつ黄疸も出ており、このまま放っておくと膵炎や敗血症など命に関わる危険もあると脅され、そのまま緊急入院することに。  胃カメラを使って胆のう周りを撮影した上に、石が詰まらなくなるようチューブを取り付けるという手術を、当日いきなり受けた。さらに回復を待って、5日目には総胆管に詰まった石を、胃カメラに取り付けたバルーンで十二指腸に落っことす、という手術も。いずれも全身麻酔で行われたが、術後はノドや患部がズキズキと傷んだものだった。 ■胆石症とは?  ちなみに胆石症について軽く説明しておくと、肝臓が分泌する消化液、「胆汁(たんじゅう)」を濃縮・キープしておく器官が胆のうで、この胆汁が何らかの原因で結晶化してしまったものが胆石という。成分や形状・量などは人それぞれというが、そもそも私は胆のうという臓器の役割自体、今回の入院で初めて知るという有り様だった。  なおこの入院期間にも仕事を休むわけにはいかず、先のタレントへのインタビュー原稿を始め、手術日以外は病床でノートパソコンを叩くという、斬新かつ前衛的なスタイルで業務に追われていた。当然社員にも相当苦労を掛けてしまったので、この場を借りてお詫び申し上げます。 ■胆のう摘出
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胆のうから胆石を摘出したときの写真
 入院中には、担当医師から近いうちに胆のうを摘出することも必須だと説明された。えっ、そんな簡単に臓器切っちゃって良いもんなんスか……? と動揺したが、ネットで調べると年間約20万人が切除しており、割とポピュラーな手術なのだという。私の胆のうは胆石のギッシリ具合から「もう長らく機能していないはず」とも告げられ、なるほどそれなら根本的治療として摘出手術は理にかなっていると納得した。総医療費は保険適用で約30万、高額医療費制度により実質負担は10万円もしなかったが。  ところがこの病院とは手術日の予定が噛み合わず、約1カ月後になって別の病院に転移することになった。こちらの病院は入院当日に手術し、翌々日には退院可能ということで、私のスケジュールにもピッタリだったのだ。 ■手術は成功したものの…  手術は腹腔鏡という器具が用いられ、お腹の数カ所に切れ目を入れるという開腹手術に比べてダメージが少ないもの(これも常識みたい)。  今回3度目の全身麻酔のもと行われた手術は、無事成功。目が覚めた後、お腹に廃液用のドレーンが突き刺さったままで、これを翌日麻酔なしで引っこ抜かれた時は「フワッ!」と声を出してしまったが。また患部の癒着を防ぐため、とにかく歩くことを心がけてと言われたものの、手術当日は1人で立ち上がることもできない程の痛みだった。結局退院日にも杖がないとロクに歩けない状態で、帰宅にはタクシーを使ってしまった。入院費と合算して約10万円なり。  なお、私は麻酔のため意識はなかったが、付き添いに来ていた妻は切除した胆のう、さらにビッシリと胆石が詰まっている様子まで目の前で見せつけられたという。これがウワサのインフォームド・コンセントというヤツか。
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取り出された胆石
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グロ注意
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胆石を見にきた猫
 胆石の原因については食べ過ぎ飲み過ぎ、あるいは家系、そして私の場合は仕事のしすぎによるストレスだろう、と複数の医師に説明された。もう痛みに悩まされることはなくなったわけだが、好きでやっていることでもストレスは生じるものなのだな、となぜか他人ごとのように感じている。ちなみに退院から1週間が過ぎた現在も、どうも油物を摂る気にはなれず、いまだに週に2度は食べていたラーメンさえ手を出せずにいるのだった。

元AKB河西智美に「そういえばこんな人いたね」とにかく仕事がない現状

 7月上旬から自身の公式サイトでファンクラブ限定のバスツアーの参加者を募っていた元AKB48の河西智美(23)。バスツアーは、都内を出発して山梨方面に向かい、河西とともに富士急ハイランドに行ったり、バーベキューや果物狩りを楽しんだりする一泊二日旅行で、費用は一人あたり65,000円(税込)。そして支払い時には別途手数料がかかるとのことであった。  通常、東京から山梨へのバスツアーは1万~2万円台。高級旅館に泊まるわけでも、豪華料理に舌鼓を打てるわけでもないのに、“アイドルと行く”というオプションがつくことで6万円台にハネ上がる。  このバスツアーが告知された段階で、一部のネットユーザーから「値段が高すぎる」との声が沸いた。また、以前河西が『いきなり!黄金伝説。』(テレビ朝日系)内の企画「1カ月1万円生活」に挑戦した際に開始5日目でリタイアしたということがあったために「本当に本人が来るのだろうか?」と訝しむ声もあった。  しかし、18日には公式サイトで「今回のバスツアー、限定40名様を上回る多くのご応募を頂戴したことを受け、7月21日(火)12:00に抽選結果メールを応募者の方に発行させていただきます」との更新があった。ネット上では批判の声ばかり大きく感じるが、彼女とのバスツアーに行きたいと思うファンはまだまだいたということだろう。 「そもそもアイドルのバスツアーは相場が6万円前後でフツー。アイドルファンにとっては特別高いお値段ではない。もはやAKBではないといっても、3年前に出た最後の総選挙では2万7500票を集めて12位にランクインしていたことを考えると、太いファンが40名以上残っているとしてもおかしくないですよね」(芸能事務所関係者)  枠が埋まり、河西とそのスタッフもホッと一安心したところだろうか。  とはいえ、AKB時代と卒業後では、メディア露出も仕事量も雲泥の差がある。初期メンバーであり、シングル選抜常連組で、AKBの中心的メンバーであった河西だが、ソロアーティストとしてリリースした4枚のシングルはいずれも空振り。リリース自体、昨年9月の4thシングル「今さらさら」以降ない。8月9日には渋谷でワンマンライブが予定されているが、会場は収容人数250人のライブハウス。AKB48時代にライブを行っていたアリーナやドームに比べるとかなりの規模縮小だ。とても全国ツアーなど出来ないと判断されているのか、本人にやる気がないのかはわからないが……。  今回のバスツアーは募集開始前からネットで注目を集めたわけだが、それ自体が“久々のメディア露出”だったと言っても過言ではなく、掲示板には「そういえばこんな人いたね」「ファンなんているの?」とのレスがついたくらいだ。CDリリースはおろか、テレビ出演や雑誌で見かける頻度もAKB時代と比べると激減。本人が日常を綴るInstagramでも、新規仕事のお知らせは滅多になく、未だにAKBメンバーたちとつるんでいる写真ばかりだ。  バスツアーには定員数を超える応募があったし、一日限りのワンマンライブチケットも一般発売ではすでに予定枚数を終了している河西。決してファンがいないワケではない。本人次第で、まだ芸能界でのポジション上位にいける可能性はなくはないだろう。そういえば、AKB卒業後には「英語の勉強をして、英語の歌を歌いたい」と展望を語っていた彼女だが、今はそのための準備期間なのか――。細々とアイドル稼業を続ける現状を、彼女自身はどう思っているのだろうか。 (ルイコスタ松岡)

【衝撃動画】ロバが人間をレイプ!? 荒々しすぎる「逆獣姦」の決定的瞬間!!

 人間が動物との性行為に及ぶケースを「獣姦」と呼ぶ。神話ならまだしも、これが「互いの同意のもとで」行われることはまずあり得ないと考えられるため、ほとんどの場合は人間の倒錯した性的衝動が一方的に動物たちに降りかかる形となる。そのため、現代社会における獣姦は、宗教的文脈などよりも動物愛護の観点から非難される傾向にあるようだ。  しかし、動物の側が人間に対して一方的な性的欲求をぶつけてくるケースも、決して皆無ではない。犬好きの読者であれば、彼らが人の足にまたがるようにして腰を振る様子を想像できるだろう。まあ、相手が犬であれば軽くあしらえばよいだけの話なのだが、もしもそれがロバだったとしたら……。まずは、7月18日に動画共有サイト「LiveLeak」上で公開された動画をご覧いただこう。
動画は「YouTube」より
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動画は「LiveLeak」より
 嫌そうにするロバの背中にまたがり、少しはしゃいでいた初老の男性。ところが、彼がようやく離れると、ロバは逃げるどころか後を追って来るではないか。そして、一瞬のうちに形勢が大逆転してしまう。なんとロバは前脚を持ち上げ、背後から男性をがっちりホールド、一心不乱に腰を振りはじめたのだ!!  ロバの勃起した局部は、しっかりと男性の股間に命中している。そのパワーと体重に圧倒されてしまったのか、彼は逃げることもできず、性欲を爆発させたロバを前になすがまま。結局、男性はなんとかロバを振りほどくことに成功するが、激しすぎるピストン運動をモロに受け止め、腰を痛めてしまったようだ。  図らずも、ロバによる性的襲撃の犠牲者となってしまった男性。映像を見る限り大きなケガはなかった模様だが、相当な恐怖を味わったことだろう。ムラムラした動物による襲撃は、もしかすると人間以上に乱暴なものかもしれない。十分に注意しておこう。 (編集部)

LUNA SEA河村隆一妻の従順ぶりに「洗脳されてる?」「RYUICHIならあり得る」

 21日に放送された『解決!ナイナイアンサー』(日本テレビ系)に、ロックバンド・LUNA SEAのボーカル河村隆一(45)の妻・公美さん(35)が出演。結婚からおよそ9年、初めて夫である河村について語った。  2002年にミス日本グランプリに輝いた経歴を持つ彼女は、2006年1月に河村と結婚し、2010年には長男をもうけた。90年代に起こったヴィジュアル系バンドブームの中心的存在であった河村が家庭ではどんな夫なのか共演者も興味津々であったが、公美さんいわく「家では優しい、あのまんま」だそうだ。「あのまんま」と言われても、まったくよくわからないが。久美さんにとって河村は“神”のような存在だといい、仰天エピソードが次々と飛び出した。  河村と公美さんは知人の紹介で知り合い、交際半年弱で結婚に至った。しかしプロポーズはなく、公美さんの実家を2人で訪れた際、突然河村が「結婚することにしたんでよろしくお願いします」と彼女の父親に告げたとのこと。これには公美さんも違和感を覚えたが、それを伝えたら河村を傷つけてしまうのではと思い、素直に受け入れたという。  結婚して10年近く経っても河村に対して敬語を使うという公美さん。河村のことは「主人」と呼び、じゃんじゃん家族エピソードを披露してくれた。 「主人は自分と子供の時間を漫喫したいタイプなので、夜は主人と息子が2人で寝て、自分は別の部屋で一人で寝る」 「旅行も主人と息子が2人で行く、その間自分はゆっくりさせていただいている」        「主人の収入は知らない、毎月まとまった額を手渡される」 「出産に立ち会った主人が、息子が生まれた瞬間に自分の曲をかけて息子に聴かせた」  「(喉を気遣う職業なので)これまで片手で余るほどしかキスはしていない」 「主人に腹が立つことはあるが、彼のライブ動画を見るとストレス解消できる」  といった河村家の独特な家庭生活について語り、スタジオを驚愕させた。  視聴者からは「洗脳されてるんじゃ……」「子供に悪影響なのでは」とドン引きの声がある一方で、LUNA SEAファンからは「RYUICHIならあり得る」との意見も。  結婚相手であり生活を共にしている河村を“神”と崇めているところから、「奥さんは元々SLAVEだったのでは?」との推測も出ている。SLAVE(日本語で奴隷の意)とはLUNA SEAファンの呼び名で、彼らのファンクラブの名称でもある。結婚後も公美さんは“ファン”、夫は“アーティスト”の関係性のままだからこそ、一般家庭では考えられないような生活習慣も当たり前に受け入れられるのかもしれない……。  ちなみに、夫妻が結婚した当初、一部週刊誌では河村が婿養子として公美さんの家に入ったという話もあったが、今回の番組上で公美さんは河村姓を名乗っていた。そこも含め、今回披露したエピソードの数々は河村のパブリックイメージを守るために“盛って”いる可能性もあるだろう。ちなみにLUNA SEAは今年結成25周年の節目の年で、大規模なライブも開催している。家庭でも自身を神と崇めてくれる公美さんがいるからこそ、河村はいつまでも“RYUICHI”でいられるのであろう。 (シュガー乙子)