SMクラブ「家畜人ヤプー」に集まった変態著名人とは? 国際暗黒プロデューサー康芳夫が語る!

【国際暗黒プロデューサー康芳夫 インタビューシリーズ 第1回】  5月末日、新宿二丁目のとあるバーで、小さなパーティが行なわれた。ただのパーティと言うには異様なほどヤマッ気のある参加者たちで溢れ、夜が更けるにつれ、バーレスクのショウが行なわれたその不思議な祝宴の中央には、異様なオーラを纏った白髪の男がいた。
YAPOO.jpg
 入り口に掲げられているのは「家畜人ヤプークラブ ZERO」の文字。沼正三作である世紀の同名小説のタイトルを冠した、そのパーティの主催者は、“伝説のプロデューサー”こと康芳夫によるものだった。  康芳夫と聞けば今の40代を超えるものは知らぬもののいない怪人プロモーターである。1937年、東京生まれ。東京大学を卒業。その在学中から“赤い呼び屋”と呼ばれたプロモーター、神彰氏の元でプロデュース業に携わり、ある意味モラルを完全に無視した、知的好奇心最優先ともいえる暴力的な仕掛けで、日本中を混乱と興奮の渦に巻き込んだ。しかし、華々しい“世紀の呼び屋”としての活動は1970年代後半までといったところ。それから30年以上を過ぎた今、突如として活動を開始したのだという。  しかし、現在は怪しいものが怪しいまま存在することが許されない、デジタルかつクリーンな社会となっている。   そのような中で筆者も人間の限界を拡大しうる怪しい人間専任で活動を続けている端くれだけに、21世紀に蘇った昭和の奇人の動向は気になって仕方がなかった。  そういうわけで、パーティとは別日に改めて康芳夫のロングインタビューをセッティングした。 ■王貞治の所有ビルでSMクラブ
IMG_1549-2.jpg

――この間行なわれたパーティはどのような経緯で開催されたんでしょうか?

「もう40年も前になりますが、新宿御苑のあたりで『家畜人ヤプークラブ』というSMクラブをやっていました。まだ東京にSMクラブなんてものがあまりない時代に先駆けてやっていたんです。今回はそれを復活させようと始めた、第一歩ですよ。当時は王(貞治)くんの所有しているビルでやっていたんだけど、あまりに流行ったんで“康さんやめてくれよ”って言ってきたよ(笑)」

――えっ、あの王さんですか?

「王くんはね、今の新しいテレビ塔……スカイツリーの真下でね、『五十番』って支那飯屋の息子です。彼のお父さんは中国からやってきた人で、うちの病院の患者だったこともあるんですけどね」

 中国からやってきて日本へ根付いた王家のように、康家もまた中国から移り住んできた家系だった。康氏の父親は慶応医学部を卒業し、神保町で開業医となった。家族ぐるみの付き合いだったという康氏と王貞治氏の関係だったが、物件のオーナーがあの世界の王氏だったのは「単なる偶然」だという。

――当時「家畜人ヤプークラブ」はどのくらい流行ったんですか?

「そりゃね、野坂(昭如)は毎日来るわ、吉行(淳之介)、遠藤(周作)も来ましたね。あとは石坂浩二くんとかね。噂を聞きつけて、それぞれが女性を連れてやってくるわけですよ。彼らはブレイクしたばかりで、毎晩銀座のクラブで遊んで最後に女の子と一緒にドンチャン騒ぎするわけ」

――嘘みたいな面子ですね……当時の著名人がそこで何をしていたんですか?

「もう、それは……SMショーだよ」

――ステージに上がってですか?

「いやあ、客席もステージもない、辺り一帯で繰り広げられていたよ。誰が誰だか区別が付かないような状態。なにしろ、本当のSと本当のMが来ちゃってるからね……それに遠藤は本当のMですから」

 現在のように専門的な風俗店と化した「SMクラブ」とは違い、康氏が言っている「SMクラブ」は、どちらかといえば現在の「SMバー」と呼ばれる形態のものに近かったようだ。客と店員が即興で変態プレイに興じる、まさに酒池肉林の宴だったのだろう。とにかく、世界の王の与り知らぬところで、日本のSMシーンはド派手に幕を開けていたようだ。

「まあ、あんまり騒がしいんで警察から苦情が出てね、1年半くらいで閉めましたね」

 この闇雲に著名人の名前を散りばめたようなスキャンダラスなエピソードの顛末でもわかる通り、康芳夫虚々実々と思わせる手法で昭和の日本を手玉に取った人物である。



■虚業家とは?

 “伝説のプロデューサー”の他にも、自ら“虚業家”“国際暗黒プロデューサー”なる奇天烈な肩書きを名乗り、近年は“全世界を睥睨するスフィンクス”を自称するなど、こと怪しさに関していえば近年の日本ではお目にかかれない種の、遙かなスケールなのである。

――“虚業家”っていう肩書きはご自身で名乗られたんですよね?

「そうそう」

――“虚業家”って簡単に説明すると、どういう職業なんですか?

「要するに……ペテン師みたいなもんだ」

――それ簡単すぎますよ(笑)。ペテン師と虚業家はどこか違わないんですか?

「うーん……ペテン師寄りの実業家かな?」

――そういうものなんですね(笑)。

「両者の大きな違いは、ペテン師は殺伐としているが、虚業家、特に僕のようなタイプは大ロマン主義者ということだ。僕が『虚業家宣言』って本を出したのはもう40年ほど前なんだけど(1974年・双葉社刊)、ライターはまだ文藝春秋に入ったばかりの花田(紀凱)くんだからね。その後、週間文春編集長、現『WiLL』編集長ですが」

――最近、康さんの他に虚業家はいますか?

「みんなゴミだねえ」

――おお!

「売れっ子の精神科医とか医者ね、今幻冬舎でベストセラー出してる輩が何人かいるんだけど、こいつらの言ってることは全てまやかし、ペテンですよ。読んでる奴がおかしくなるだけなんですよ。たとえば大問題になってるのが、『人は死なない』って書いた矢作(直樹)ね。彼も言っていることが徹底してちぐはぐなんだだよ。最大の問題はね、オレオレ詐欺もそうだけど、引っかかる奴らに問題がある。善男善女にも大きな自己責任がある。カモがいるからこういうのが出てくるんだ。秋本(康)くんも殺伐なペテン師であるといえばそうだけど、あれくらいは愛嬌でしょう。別にどうって話じゃない」

――東京オリンピックで大きな役割を担うという噂もありますが……。

「オリンピック!? それはないよ、そんな甘くない。バックグラウンドでやるのはあり得るけどね。ちなみにLAオリンピックは当時テレ朝の天皇といわれた三浦専務と組んで仕掛けたんですが、電通に潰された。勿論、三浦からは然るべき『オトシマエ』はとりあげたけど。当時の新聞読んでもらえれば、いかに大騒動だったかよくわかるよ」
(文・写真=福田光睦/http://ch.nicovideo.jp/channel/mftv">Modern Freaks Inc. 代表)

・第二回に続く

●康芳夫(こう・よしお)
1937年東京生まれ。国際暗黒プロデューサー、虚業家、家畜人ヤプー全権代理人、全地球を睥睨するスフィンクス。
公式ツイッター=@kyojinkouyoshio
公式サイト=http://yapou.club
有料メルマガ=『全地球を睥睨(へいげい)するスフィンクス『康芳夫』メールマガジンそして「家畜人ヤプー」通信』
無料メルマガ=『虚実皮膜の狭間=ネットの世界で「康芳夫」ノールール(Free!)8月8日 45年ぶりに『家畜人ヤプー倶楽部』復活(定期開催)イベント開催!

150710_2-300x181.jpg
<イベント概要> 月蝕歌劇団 代表 高取 英 構成のショー、 柊 一華 演出の本格的SMショーを酒を飲みながら堪能ください。出演:女王様『柊 一華』,モデル『秘密』 / 倉敷あみ(月蝕歌劇団トップ) 三上ナミ 柴奏花 他月蝕歌劇団 <日時> 2015年8月8日(土) ・第一回め:開演時刻 18:30 前売り(予約)3500円(当日会場払い) ・第二回め:開演時刻 20:30 前売り(予約)3500円(当日会場払い) <会場> 家畜人ヤプー倶楽部@下北沢 <チケット> ・http://peatix.com/event/101342

600万体の骸骨が眠るパリの地下に行ってみたら…

catacomb.jpg

撮影:萩原雄太

catacomb_2.jpg

撮影:萩原雄太

 夏のパリは、世界中からの観光客でにぎわいをみせる。ルーブル美術館やエッフェル塔、そして凱旋門など、華やかなパリを象徴する観光施設が、様々な人種・国籍の人々が入り乱れている一方で、モンパルナス近くにある「Catacombes de Paris(カタコンブ・ド・パリ)」という施設は、日本人にはあまり知られていないスポットかもしれない。「ダンフェール=ロシュロー駅」を降りて徒歩数分、その小さな建物は、地下20メートルにつくられた納骨堂への入り口だった。ここには、600万に及ぶ人々の骨が納められているのだ。
catacomb_3.jpg

撮影:萩原雄太

 ローマ時代からの長い歴史を有するパリでは、18世紀になると市内に遺体を埋葬するための墓地がなくなり、衛生環境が悪化してしまう。そのため、それまでにつくられた墓を掘り返し、遺骨を採石場として穴を掘られた地下道に集める計画が進行された。そうして生み出された奇妙な空間が、この「カタコンブ・ド・パリ」なのだ。
catacomb_4.jpg

撮影:萩原雄太

 5ユーロ(約680円)の入場料を支払って、地下深くまで続く狭い螺旋階段を降りて行くと、そこには人がひとり通るのがやっとの薄暗い地下道が広がっている。真夏でも気温はおよそ14度。天井や壁からは地下水が染み出し、空間を満たすひんやりとした空気はここが異世界への入り口であることを強く意識させる。地下道の各所には、石に彫られた祭壇や、坑夫のための井戸などが設置されており、第二次大戦中には、レジスタンスの隠れ家としても利用されていたという。外の喧騒とは全く異なったこの地下道を歩いているだけで、パリの華やかな日常とはかけはなれた不思議な感覚を味わうことができる。
catacomb_5.jpg

撮影:萩原雄太

 そして、地下道を歩くこと20分。来場者たちは、ついにお待ちかねのカタコンブの中心地へと辿り着く。盗難防止と保存のために、遺骨には絶対に触らないことを厳命され、いざ納骨堂の中へと歩みを進めていく……。
catacomb_6.jpg

撮影:萩原雄太

catacomb_7.jpg

撮影:萩原雄太

 そして、眼に飛び込んできたのは、高さおよそ1.5〜2メートルにまで積み上げられた「骨の壁」だった。頭蓋骨や大腿骨が整然と積み上げられたその骨の壁には、ただただ驚きを禁じ得ない。「600万体」と言葉にすれば簡単だが、この骨の壁が地下道沿いに数百メートルにわたって続くさまには圧倒され、言葉を失ってしまうだろう。
catacomb_9.jpg

撮影:萩原雄太

catacomb_8.jpg

撮影:萩原雄太

 ただし、そこは決して「異様」で「おどろおどろしい」場所ではない。向きを揃えられ、整然とデザインされた壁。さらには、頭蓋骨でハートマークが描かれたり、ワイン樽のような形に設えられていたりと、人々が「遊びこごろ」をもってこの納骨堂をつくったことがかいま見え、思わず微笑まずにはいられない。そのためか、そこにあるものが本物の人骨であることすらも忘れてしまいそうになるほどだ。けれども、もちろん、ここは死者たちが永遠の眠りについている場所。時折目に飛び込んでくる、祭壇や十字架からは、死者に対する敬虔な気持ちもまた感じることができる。
catacomb_10.jpg

撮影:萩原雄太

catacomb_11.jpg

撮影:萩原雄太

 1.7キロに及んで続いた地下道は、地上へと続く螺旋階段で終わりを迎える。地上に出ると、そこには、地下の世界とはうってかわって夏のヨーロッパらしいからっとした空気と、パリのデコラティブな街並みが広がっていた。「花の都」と褒め称えられ、世界中の人々が憧れを抱くパリ。しかし、その地面の下には、無数の死者たちが眠りにつく広大な異世界が広がっているのだ。この夏、現地を訪れる予定のある読者は、ぜひ足を運んでみてはいかがだろう。 (文・写真=萩原雄太)

浅田真央の実父、暴行容疑で逮捕! 祝福ムードに水を差す、実父の素顔とは

 5月18日に東京都内で会見を開き、現役続行を正式に発表した日本フィギュアスケート界のスター・浅田真央(24)。今月22日には札幌で行われたアイスショーに出演し、休業前と変わらない華麗な演技を披露しファンを喜ばせたばかりである。浅田ファンなら狂喜乱舞したことは間違いないであろうこの復帰宣言。しかしその僅か四日後に、浅田の心に暗い影を落とすような事件が起きていたのである。その事件とは……浅田の実父である浅田敏治氏(56)が、交際相手への暴行容疑で逮捕されていた。  浅田といえば、2011年12月に亡くなった母・匡子さんと二人三脚で世界のトップを目指して頑張ってきたことは、これまで何度も報じられてきた。しかし、父である敏治氏については浅田の口からもほとんど語られることはなく、メディアでも取り上げられることはなかったように思える。それがここに来て突然の逮捕騒動が報道された。いったい敏治氏とはどんな人物なのであろうか……。  7月30日発売の『週刊新潮』(新潮社)によると、敏治氏は18歳からホストクラブでホストとして働きはじめ、匡子さんとはこのホスト時代に知り合ったと言われている。しかし、当時知り合い交際したのは匡子さんだけではない。今回同誌の取材に応じた、暴行を受け被害届を提出した張本人・A子さんも、自身が21歳、敏治氏が20歳の頃に大阪のホストクラブで知り合い、すぐに交際へと発展したとのこと。その時は一年も経たずに二人の関係は終わりを告げるのだが、別れた後も三十数年間に渡って友達としてたまに連絡を取り合っていたというのだ。  二人が再び交際することになったのは、匡子さんが亡くなった翌年8月。匡子さんを亡くした敏治氏を心配したA子さんから連絡を取り、すぐに交際が再スタートすることになったというのだ。当時、敏治氏は名古屋の浅田家に住んでおり、平日は毎日浅田の練習の送り迎えをし、浅田舞、真央、そして自身の生活費や経費として、浅田の個人事務所から月50万円を受け取っていたのだが、2013年に浅田が実家を出たことで8万円に減額されたそう。  浅田の休業中も、浅田中心の生活を送り、浅田がファンレターに返信する際には、宛名はすべて敏治氏が書いていたとA子さんは証言している。A子さんはこの敏治氏の行動を「8万円の月収を奪われるのが怖くて娘には一言も逆らえなかった」のだと話しているが、果たしてそれだけが理由だろうか? 送迎やポストカードの宛名書きなどは、多忙な娘を思っての行動だったと考えられなくもないのだが……。  敏治氏と匡子さんは浅田が産まれてからしばらくして別居していた。別居期間中、敏治氏は他の女性と同居しており、それもひとりではなかったらしい。最近になってその女性のひとりと金銭トラブルがあり、真央の個人事務所から300万円を借金することになった。この返済をするために、最近は名古屋にある病院に正社員として勤務していたというのだが……。  月収の大幅ダウン、借金と続いた頃から敏治氏はA子さんに暴言や暴力をふるうようになったそう。命の危険を感じたA子さんは、5月22日ついに110番通報、翌23日に敏治氏は勤務先の病院で手錠をかけられた。当初は暴行の事実を否認していたものの、最終的には罪を全面的に認め、略式起訴による30万円の罰金刑が確定しているという。  日本中が祝福ムードに沸いた『浅田真央の現役復帰』というニュースに水を差すような今回の敏治氏の逮捕劇。朝昼晩と浅田の過酷な練習風景をその目で見てきて、自分の娘がどんなに頑張っているかをよく知っているにも関わらず、彼の言動はあまりに軽率であったと言えるだろう。自身の行動ひとつで娘の競技人生を引っ張りかねない“浅田真央の父である”ということ。それ以前に、2人の娘の父親であることをもっと自覚して行動してほしいものだ。この騒動が浅田のメンタルに影響を与えないことを願うばかりである。 (エリザベス松本)

優勝者には“性奴隷”を授与! 「イスラム国」がコーラン暗唱大会開催!! 

KoranMemorizingContest.jpg
Photo by Lin Pernille Photography LLC (from Flickr, CC BY 2.0)
 イラクとシリアで活動する過激派組織「イスラム国(IS)」の勢いは依然として衰えを知らず、壊滅にはほど遠い状況にある。日本国内における報道は最近ずいぶん減ってしまった感もあるが、現在国会で審議が続けられている安保法案のことを考えれば、決して遠くの国の出来事では済まされないはずだ。  国際社会を敵に回し、残虐非道の限りを尽くしてきた「イスラム国」だが、事ここに至ってさらに驚愕のニュースが飛び込んできた。なんと、先月18日から今月16日のラマダン(断食月)に、「イスラム国」の支配地域では“コーラン暗唱コンテスト”が開催され、上位入賞者には報奨として“性奴隷”が与えられたというのだ。
KoranMemorizingContest_2.jpg
画像は「RT」より引用
 6月25日付けのロシア国営メディア「ロシア・トゥデイ」によると、コーラン暗唱コンテストの開催を告知するビラは、先月19日に「イスラム国」の支配地域で撒かれた模様だ。そこには、コンテストがラマダンの終了を祝う「イド・アル=フィトルの祝日」に実施されること、ビラに記載された4カ所のモスクにて参加登録を受け付けること、そして上位入賞者にはそれぞれ性奴隷と賞金が与えられることなどが記載されていた。決して「イスラム国」がイスラム本来の教えに立ち返るために催すイベントなどではなかったというわけだ。現在、すでに開催予定日を過ぎているが、コンテストの模様などは報じられていない。  国際的な人権監視団体の報告によると、イラクではヤズィーディー教徒(クルド人)の女性らが日本円にして約12万円程度の価格で「イスラム国」に売買されているようだ。そして彼女らは、性奴隷として日々絶え間ないレイプと処女膜再生手術を強要されるとのこと。もはや思いつく限りの悪事をはたらいているようにしか見えない「イスラム国」。彼らの暴挙に対し、これからも国際社会は一致団結して対応していく必要がある。 (編集部) 参考:「RT」、ほか

山岸舞彩、アナウンサーからセレブ社長夫人へシフトチェンジ

 28日、フリーアナウンサーの山岸舞彩(28)が一般男性と結婚しており、今秋で芸能界を引退することを一部スポーツ紙が伝えた。これを受けて山岸本人も所属事務所を通じて「この度、一般の男性の方と入籍致しました事をご報告させていただきます。これからは彼を、そして彼の仕事を支えていく為に、家庭に入る決心を致しました」とコメントを出している。  この山岸の電撃結婚&引退にネットからは「引退するのは意外」との声が多く、「相手の男性はよっぽど稼ぎがいいのでは?」と憶測するコメントもあった。このところ、女性芸能人や女性アナウンサーでも、結婚を機に芸能界から退くのは珍しくなっており、局アナであってもかつてのように寿退社せず産休・育休を取ってから復職するケースが多くなっている。まして、山岸はフリーアナウンサーという立場であり、わざわざ引退を明言せずとも、しばらく仕事を休みそのうちしれっとテレビの世界に復帰すればいいのでは、と思われたわけである。さらに『NEWS ZERO』(日本テレビ系)のキャスターという、フリーアナウンサー界での花形ポジションを掴んでいた山岸、そのキャリアを捨ててまで家庭に入ることを選んだのは一体なぜ? ということで、お相手男性の詳細に注目が集まっていた。  結局のところ、山岸の結婚相手となった男性はネットユーザーの予想通りのハイスペックであった。スポーツニッポンによると、彼女の夫は不動産関係の会社の代表取締役で、百貨店「丸井」の創業者の孫だという。実弟はNHKアナウンサーの青木実(34)。山岸とは昨年秋から交際し、今月に入ってから入籍したそうだ。山岸といえば、昨年6月にアイスホッケー選手の菊池秀治(27)との車中キス写真を週刊誌にスクープされたていが、その後に付き合いだした相手のようだ。なかなかのスピード婚である。最近の番組出演時に山岸がローヒールの靴を履いていたことから「妊娠しているのでは?」とデキ婚説も飛び交ったが、妊娠はしていないそうだ。  経営者と結婚する女性芸能人は少なくないが、それに加えて大企業の創業者の親族という肩書きまで持っているのは稀だろう。これにはネットからも「そりゃ引退するよね」「セレブ妻うらやましい」と嘆息が漏れている。  ただ、そんなハイスペック男性と結婚して家庭に入るのは、単に「結婚して専業主婦になって夫の家庭生活を支える」こととは大きな違いがあるだろう。山岸の夫の会社がどれほどの規模かは不明だが、社長夫人ともなれば、夫に付き添って様々な場所に顔を出す機会があるだろうし、事業の手伝いをしていく可能性もある。これまでは芸能界で公私問わず人目にさらされていた彼女だが、今後はまた違った世界で社長夫人としての振る舞いを要求され、アナウンサーよりも気苦労が多くなるかもしれない。元々、「恋愛より仕事」と口にすることが多く、キャリア志向の強い印象のあった彼女だが、アナウンサーから社長夫人へのシフトチェンジは成功するだろうか。 (シュガー乙子)

又吉にも知ってほしい! 太宰治が心中した玉川上水に伝わる痛ましい都市伝説とは?

0728kawatoshi_main.jpg
※イメージ画像:Thinkstockより
 昭和の文豪・太宰治。先日、芥川賞を受賞したお笑い芸人の又吉直樹があこがれ続けた人物としても知られる。太宰の作品を読んだことのない人でも『人間失格』『芥川賞』『パビナール中毒』『狂言自殺』、『心中』などのキーワードを知っている人も多いのではないだろうか。  太宰は昭和23年6月13日金曜日、降りしきる雨の中、愛人の山崎富栄とともに玉川上水に投身した。  新聞は早速、人気作家だった太宰(この時期、斜陽族と呼ばれる流行語まで生み出している)の行方不明を報じた。心中した時は連日の雨が降っていたため、かなりの激流だったのではと考えられる。ふたりは発見されないまま、連日にわたり、新聞に報じられ世間の話題をさらった。  その後太宰は、39歳の誕生日である6月19日の早朝4時半ごろ、投身推定箇所より2キロほど下流で通行人によって発見された。犯罪の痕跡はなく水死と判定された。  太宰が心中した玉川上水は彼の小説には、深くゆるゆると流れて、と書かれている。しかし、玉川上水にかかるどんどん橋は、その昔、水がどんどん増えることから命名されたとも言われている。今の穏やかな流れとは違い、子どもたちの水難事故も少なくなかった。  そんな太宰治ゆかりの玉川上水近辺ではとある家族にまつわる都市伝説が伝わっているそうだ。 ■玉川上水の都市伝説  昭和30年代に玉川上水の近辺にSさん家族が家屋を構えた。ご主人のSさん(30代)、きれいな20代の奥方に、聡明さが見て取れる顔立ちをしたひとり息子のTくんと絵に描いたような幸せを体現する一家だった。  小学生低学年だったTくんは夏場、近所の子供たちと玉川上水で水遊びをしていた。通い慣れた場所だったため、油断していたのか、突如Tくんは深瀬にハマり、子どもたちが見ている目の前で流されてしまった。一緒に居た子どもたちは、大人たちを呼びに行ったが、時すでに遅し、Tくんの姿は見当たらない。その後も連日連夜、夜遅くまで、Tくんの捜索は続いたが、ついに彼の姿を見つけることはできなかった。  溺愛していた一人息子がいなくなったため、心労がたたり憔悴しきったSさんの姿が隣近所の住民から目撃された。その痛ましい事件から、5日後の早朝、朝刊を取りに玄関先の郵便受けまでSさんが出ると、玄関先の門にずぶ濡れのTくんが死後硬直したまま立っていた。 自分で歩いてきたのか? 誰かに運ばれてきたのか? はたまた河童の仕業か?  謎が謎を呼び、未解決のまま捜査は打ち切りになった。  その後Sさん夫婦は自宅を売却し引っ越した。聞くところによると、そのあとにSさん宅を購入した家族にも不幸が続いたという。現在は家も取り壊され、買い手のないまま土地だけが残っている。幸福な一家を突如襲った怪奇現象は誰がなにをもって行ったのか。すべては闇の中に消えている。 (文=traveling編集部)

「たかみなと口きかないでね」指原に指示、陰湿イジメを公言する峯岸みなみ

 7月27日放送の音楽番組『UTAGE!』(TBS系)で、AKB48の峯岸みなみ(22)が、同じAKB一期生で“親友”と公言しているたかみなこと高橋みなみ(24)と、不仲だった時期があることを打ち明けた。  司会の中居正広(42)から「AKBはどうなの? 上下関係」と振られ、出演していた峯岸とHKT48の指原莉乃(22)が「やっぱたかみながすごい(メンバーへの注意とか)言いますね」と答えると、中居はさらに「楽屋とかで誰かと誰かが喧嘩したとかないの?」とAKB内の人間模様を聞きたがる。すると峯岸が「最近はないけど、昔たかみなと喧嘩した時……」と話し始めた。  指原いわく、そのときの峯岸と高橋は「ほぼ一緒に住んでたみたいな」距離感で毎日一緒だったそうだが、峯岸が猫アレルギーであることを知っていながら高橋が猫を飼いはじめたことで諍いが起きた。高橋が子猫を飼うようになったのは2011年夏頃だ。同年3月の時点では、AKB48運営幹部と峯岸、高橋らで、高橋の誕生日パーティーを開催しており、その痴態をおさめた写真が流出したこともある。それほどまでに心を許しあっていた(?)関係の2人に何があったのかというと、原因は「猫」だという。 峯岸「結構(たかみなの部屋に)泊まりによく行ってたのに、急に相談もなしにネコを飼い始めて『私が猫アレルギーって知ってて何でよ!』ってなって、さっしーと今よりも上下関係があったので、さっしーに『たかみなと口きかないでね』って言った(爆笑)」 指原「そう言われた、懐かしい(笑)! 今はこうやって喋れるんですけど、当時は『峯岸さん』っていう関係で、私が5期生で(峯岸は)1期生だったので、『たかみなと喋んないでね』っていわれたら『……はい』と」  峯岸は指原を「ちょっと弱そう」と見ており、味方につけようとしたそうだ。  峯岸と高橋は一期生かつ同じ尾木プロダクション所属で、小島陽菜(27)も含め3人で「ノースリーブス」というAKB派生ユニットを組まされCDデビューもしている。何でも素直にぶつけあえる関係だからこそ喧嘩することができ、今は仲直りをしてこうやってテレビで笑い話にできるのかもしれない。だがそれにしても、自分が喧嘩したからといって、他のメンバーに「あの子と口きかないでね」と命じるのはやや陰湿なイジメ行為だ。こうやって堂々と笑いながら話してしまうのは、それがいけないことだったという自覚が今もないままなのだろう。  指原が仕切るAKBの討論型バラエティ番組『僕らが考える夜』(フジテレビ系)の初回放送テーマは「何故いじめは無くならないのか?」であったが、そりゃなくならないだろう、と思える1シーンであった。ちなみに高橋は今年3月に放送された『いじめをノックアウトスペシャル第5弾 小さな思いが、つながるとき…』(NHK Eテレ)に出演しており、AKBのオーディション合格後、学校の友人たちに芸能活動がバレて無視されるイジメを受けたと話していた。 (天秋あゆみ)

「2000年に1人の美少女」滝口ひかりを見た松本人志の反応が容赦なさすぎる!!

71ENkICkEDL.jpg
橋本環奈 ファースト写真集 『 Little Star -KANNA15-』(ワニブックス)
 1990年代あたりから「10年に1人」というキャッチコピーを多く耳にするようになった気がするが、実際にそう呼ばれた人たちは「10年に1人」の逸材だったのだろうか? 2014年8月27日に放送された『水曜日のダウンタウン』(TBS系)が検証したが、結果は驚くべきものだった。プロ野球を例に出すと、「10年に1人」が3年に一度は輩出されていたのだ。  1998年、松坂大輔の「10年に1人の大器」を皮切りに、2001年には「10年に1人の逸材」の寺原隼人、2005年「10年に1人の逸材」辻内崇伸、2006年「10年に1人 特Aの素材」田中将大、2007年「10年に1人の逸材」佐藤由規、2009年「10年に1人の逸材」菊池雄星。2012年になると、「10年に1人の逸材」として、藤波晋太郎と大谷翔平の二人が挙げられるという混沌ぶりである。  スポーツファンからすれば、挙がった名前は全員知っているかもしれないが、一般層になじみがあるのは、メジャーリーグで活躍した松坂と、現在メジャーで活躍中の田中くらいではないだろうか。そういった意味でいえば、本当に「10年に1人」だったのは松坂と田中といえる。  にもかかわらず、なぜ「10年に1人」が乱発されるのか。番組では、同じく「10年に…」というキャッチコピーを多用する気象予報士の森田正光は「『10年に一回(の台風)』って言う方がインパクトがある」と本音をポロリ。つまり、本当に「10年に○○」と思って(調べたうえで)使っているわけではないことがわかった。  そんな誇大広告がアイドル界にも波及している。  2013年にインターネットに投稿された『奇跡の一枚』と評された写真をきっかけに、「1000年に1人の美少女」で売り出された橋本環奈。橋本が本当に「1000年に1人」なのかは別として、それから2年しかたっていないのにもかかわらず、「2000年に1人」と言われるアイドルが出現した。アイドルグループ・Dropの滝口ひかりだ。 ■2000年に1人の美少女・滝口ひかり

画像は、滝口ひかり公式Twitterより
 滝口は「2000年に1人」というキャッチコピーを武器に『ダウンタウンDX』(日本テレビ系/23日放送)に出演するが、滝口を初めて見たダウンタウンの松本人志は「見たら隔週に1人ぐらい(の美少女)かな」とバッサリ。さらに、家族が映し出されると、「妹の方が2000年に1人ぐらい」と指摘し、これには滝口も「えーショック……」と落ち込む。それでも、トークで挽回かと思いきや、うまくいかず、松本に「お前、本当に2000年に1人か」と烙印を押されてしまう。  放送後、ネットでは滝口の「可愛さ」は認めながらも、「2000年間の美女に謝れ」「1000年に1人の勝ち」という声や、「こういうキャッチフレーズは本人が可哀想」と慮る人、また、出自が貧乏なことから、不幸なアイドルと同じ道を辿らないか心配されていた。  企業には、誇大広告を禁止する法律があるが、芸能界のキャッチコピーも本人のために規制が必要かもしれない。 (TV Journal編集部)

益若つばさ「はいてません」misono「スッピン自撮り18枚」、見せたがりな女性タレントたちの自己顕示欲

 全裸に見えるポージングと「安心してください、履いてますよ!」のセリフでおなじみのお笑い芸人・とにかく明るい安村が、このところバラエティー番組出演数を増やしている。彼のブレイクにあやかってか、SNSにて全裸写真を投稿するタレントも出現している。  25日、モデルでタレントの益若つばさ(29)は、自身のInstagramにて温泉を楽しむ写真を公開、「安心してください はいてません」というコメントをつけた。その写真はスッピン・濡れ髪で肩を大胆に露出しており、ファンからは「はいてませんワロタ」「つーちゃん色っぽ」と好意的な声が寄せられているが、そこから一歩出たネット上では「もし貸切風呂でもないんならカメラ持ち込むなんて非常識」との指摘や、「何を目指してるの?」と冷めた声が聞かれている。確かに何を目指してるのかわからないが、特に何かを目指してこの写真を上げたわけでもないだろう。  同日には歌手でタレントのmisono(30)も、ブログで「シャワー後(家では、全裸で)どスッピンですが…どうぞ(笑)」とフェイスアップのスッピン全裸写真を合計18ショットも公開。何でもいちいち注釈つけたがりのmisonoらしく、自撮りについて「寝る前に、自分を撮ったりするのって『自分の事、大好き』って思われたり、“自分に自信がある”よーに見られたりするし、自分の中では、恥ずかしい行為なんだけど」と釈明しつつ、今回の写真は「つけまつげ、マツエク、カラコン、整形、修正なし!なので、オデコに、ニキビ&目尻に、シワ&ホッペに、シミもありますが…」と、よくある“すっぴん風メイク”ではない正真正銘本物すっぴんであることを強調。「恥ずかしい行為」と言いながら18枚も自撮り写真を載せるところがなんとも彼女らしい。ファンサービスなのかもしれないが、相変わらず“ウチウチ感”満載だ。  とかくネットでは叩かれることが多く、それを自覚しているはずのmisonoだが、やっぱり今回の写真についても「枚数多すぎ」「自己顕示欲がすごい」と非難轟々だ。これが1、2枚であれば「スッピンでもかわいい」との声が(ひょっとしたら)あったかもしれないが、枚数の多さばかりに注目が集まってしまった。強すぎる自己顕示欲を隠そうともしない姿勢はもはやアッパレだし芸能界最強とも言えるかもしれないが。  全裸写真を公開した益若にもmisonoにも様々な反響があるが、彼女たちが全裸で自撮りをしている姿を想像すると、間抜けだしシュールだ。ある意味、体を張ってくれているのかもしれないが……。褒められたい気持ちがうっすら透けるどころかガンガン丸見え状態だから、なんだか切なさを感じてしまうのかもしれない。 (シュガー乙子)

益若つばさ「はいてません」misono「スッピン自撮り18枚」、見せたがりな女性タレントたちの自己顕示欲

 全裸に見えるポージングと「安心してください、履いてますよ!」のセリフでおなじみのお笑い芸人・とにかく明るい安村が、このところバラエティー番組出演数を増やしている。彼のブレイクにあやかってか、SNSにて全裸写真を投稿するタレントも出現している。  25日、モデルでタレントの益若つばさ(29)は、自身のInstagramにて温泉を楽しむ写真を公開、「安心してください はいてません」というコメントをつけた。その写真はスッピン・濡れ髪で肩を大胆に露出しており、ファンからは「はいてませんワロタ」「つーちゃん色っぽ」と好意的な声が寄せられているが、そこから一歩出たネット上では「もし貸切風呂でもないんならカメラ持ち込むなんて非常識」との指摘や、「何を目指してるの?」と冷めた声が聞かれている。確かに何を目指してるのかわからないが、特に何かを目指してこの写真を上げたわけでもないだろう。  同日には歌手でタレントのmisono(30)も、ブログで「シャワー後(家では、全裸で)どスッピンですが…どうぞ(笑)」とフェイスアップのスッピン全裸写真を合計18ショットも公開。何でもいちいち注釈つけたがりのmisonoらしく、自撮りについて「寝る前に、自分を撮ったりするのって『自分の事、大好き』って思われたり、“自分に自信がある”よーに見られたりするし、自分の中では、恥ずかしい行為なんだけど」と釈明しつつ、今回の写真は「つけまつげ、マツエク、カラコン、整形、修正なし!なので、オデコに、ニキビ&目尻に、シワ&ホッペに、シミもありますが…」と、よくある“すっぴん風メイク”ではない正真正銘本物すっぴんであることを強調。「恥ずかしい行為」と言いながら18枚も自撮り写真を載せるところがなんとも彼女らしい。ファンサービスなのかもしれないが、相変わらず“ウチウチ感”満載だ。  とかくネットでは叩かれることが多く、それを自覚しているはずのmisonoだが、やっぱり今回の写真についても「枚数多すぎ」「自己顕示欲がすごい」と非難轟々だ。これが1、2枚であれば「スッピンでもかわいい」との声が(ひょっとしたら)あったかもしれないが、枚数の多さばかりに注目が集まってしまった。強すぎる自己顕示欲を隠そうともしない姿勢はもはやアッパレだし芸能界最強とも言えるかもしれないが。  全裸写真を公開した益若にもmisonoにも様々な反響があるが、彼女たちが全裸で自撮りをしている姿を想像すると、間抜けだしシュールだ。ある意味、体を張ってくれているのかもしれないが……。褒められたい気持ちがうっすら透けるどころかガンガン丸見え状態だから、なんだか切なさを感じてしまうのかもしれない。 (シュガー乙子)