『妖怪ウォッチ』ジバニャンも登場した福岡市動物園! 変動する福岡市のエンタメ施設事情

オタクに"なるほど"面白い!オタクニュース・ポータル「おたぽる」より

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「ようかいでるけんどうぶつでるけん」イベントに登場するジバニャン。
 全国で『妖怪ウォッチ』旋風が吹き荒れる中、8月30日、ゲームを開発したレベルファイブ本社のお膝元・福岡市にも、ジバニャンの着ぐるみが現れた。これは7月19日から8月31日まで、福岡市動物園にて実施していた夏休み特別企画「ようかいでるけんどうぶつでるけん」の一環だった。期間中は定時に「ようかい体操第一」を放送していたが、この日に限っては、ジバニャンがやってくるとあって通常とは異なる賑わいを見せていた。 「おたぽる」で続きを読む

“錦織はゆとり”? ナイナイ岡村「ゆとり教育でアホが増えた」は本当か?

【本と雑誌のニュースサイトリテラより】
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錦織圭の大健闘の裏でナイナイ岡村が“ゆとり”批判?(「プロテニスプレイヤー 錦織圭 公式サイト」より)
 錦織圭、あと一歩で頂点に及ばず──それでも、錦織の全米オープン決勝進出は、日本中を歓喜の渦に巻き込んだ。そんなお祭りムードのなか、ナインティナイン・岡村隆史が放った発言が炎上している。 「ゆとり教育でアホが増えたぶん、スポーツでガンッていく人が出たのかなと思います。勉強したほうがええやろと思ってましたけど、早いうちに世界に目を向けてると、そんな結果出んねんなあ」  岡村がこう発言したのは、7日に行われたフジテレビの特番会見でのこと。錦織の歴史的な活躍を問われ、なぜかゆとり教育批判をはじめたのだ。当然、ネット上には「努力してこそ得られた結果をよくこんなこと言えるなぁ…」「ゆとり教育のおかげじゃなくて頑張ってきたからでしょ」と岡村への反発が溢れかえり、「老害化」と切り捨てられてしまった。  しかし、岡村と同じように、なにかあると「ゆとりのせい」と言い出す人は多い。

HKT48指原莉乃はなぜ「頂点」に? セルフプロデュース時代におけるトップアイドルの条件

「お行儀が良いだけのアイドル」はもうどこにも存在しない

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指原莉乃『逆転力 ~ピンチを待て~ (講談社 Mook)』

【リアルサウンドより】 「ネットでアイドルを募集しようとする人は、こっちがやりたいアイドルのイメージを、できるだけこと細かく書くことが大切です。最近はオーディションに応募してくる側の子もアイドルに関してかなりの知識を持っているので、「ここのカラーに自分は合うのか?」を意識しています。」 (『ゼロからでも始められるアイドル運営』大坪ケムタ、田家大知 P34)  今の時代のアイドルのオーディションは、「運営サイドが女の子たちを選別する場」であると同時に「運営サイドが女の子たちに選別される場」でもある。自分が一番輝ける場所はどこか、自分が一番輝けるスタイルは何か。そういった判断の積み重ねによって、それぞれのアイドルは成り立っている。  ここから読み取れるのは、「アイドルらしくないアイドル」という褒め言葉が醸し出すなんとも言えない不毛さである。ももクロやでんぱ組あたりを形容するこのフレーズは、「自主性、表現欲求、破天荒、がむしゃら」といった「一般的なアイドル(おそらく80年代の歌番組で下手な歌を歌っていた清純さが売りの女の子のイメージ)とは異なる要素」を過剰に賛美するために使われる。しかし、今となっては「自主性も表現欲求もない、単にお行儀が良いだけの女の子としてのアイドル」などこの世のどこを見渡しても存在しない。SNS、ライブ、ライブ後の接触、それぞれの場面において個々のパーソナリティーを伝達するのは自分自身にしかできないわけで(バックに「大人」がついていたとしても)、すべてのアイドルにとって「自分をどう見せるか・どう見せたいか」というセルフプロデュースの考え方は必須である。昨今のアイドルに関する言説を整理した『「アイドル」の読み方 混乱する「語り」を問う』(香月孝史著)でも指摘されているとおり、そういった最低限の前提を理解せずに「操り人形」といった言葉を弄ぶ「アイドル論」にはもはや何の実効性もない。  セルフプロデュースという概念は、昨今のアイドルを取り巻く環境を考える上でとても重要な要素だと思われる。そして、そのスキルを最大限に活かしてアイドルシーンのピラミッドの頂点に上り詰めたのが指原莉乃という人物である。

指原莉乃は「アイドルらしくない」のか

 「へたれ」という微妙な立ち位置を逆手にとって注目を集め、選抜総選挙の順位も右肩上がり。2012年には篠田麻里子や板野友美を抑えて4位まで来た矢先に、過去の男性スキャンダルが報じられてAKB48からHKT48へ移籍。そんな状況にあってもスキャンダル自体を笑いのネタにする図太さを見せ、一方では博多の若いメンバーを先輩として、さらには劇場支配人としてバックアップ。グループの底上げを実現するだけでなく、ついには2013年の総選挙で1位を獲得。今年は2位に甘んじたものの、テレビでの露出や業界内での評価は今でも圧倒的。 指原莉乃のここまでの歩みを見直すと、それが従来の「アイドルらしさ」からは遠くかけ離れていることが分かる。自分の弱い部分を自虐的なスタンスで独自のキャラクターに変換する手法はやろうと思ってもここまで鮮やかにできるものではないし、そもそも「男を知らない」という女性アイドルにとっての建前すら成立していない。そんな彼女が今ここまで支持を得ていることにはどんな意味があるのだろうか。  前段でも触れたとおり、10年代のアイドルシーンは「(単にビジュアルやパフォーマンスの良さを競うのではなく)パーソナリティー全体でいかに相手の心をつかむか」というのが争点となっている。ある意味では「コミュ力・自己演出力至上主義」的なマーケットといっても良い(そのこと自体の是非はここでは論じない)。この軸で数多のアイドルを評価すると、指原莉乃のコミュニケーションスキルはおそらく群を抜いている。  著書『逆転力』において、指原はその「技」の一部を開陳している。 「おじさんと喋るのは得意だと思います。接し方としては、すっごい立場が上の人には友達感覚で話して、ちょっと偉い人には下から行く。」 (『逆転力』指原莉乃 P121)  このくだりを読んだ際には正直少し戦慄した。こういった他人との間合いの取り方こそが彼女の本質であり、その能力が握手会のコミュニケーションやライブのMCなどにも生かされているのだと思われる。  また、アイドルとファンの距離が近くなったからこそ避けて通れない「アンチ」の問題についても、指原のスタンスは徹底している。「悪口を言うのは一周回って好きと同じ」という究極のポジティブシンキングを披露した上で、むしろそういう盛り上がりを歓迎している。 「アイドルって、好きな人と嫌いな人が両方いることで盛り上がる、と私は思っています。賛否両論があることで、人気がふくらんでいく。」 「話題がないことが一番怖いんです。燃料をどんどん足していかないと鎮火しちゃうから、鎮火する前に「好き」でも「嫌い」でもいいから、話題になるような燃料を見つけて自ら投下する。」 (『逆転力』指原莉乃 P140)  「とにかく話題になることが大事」という哲学は情報過多の今の時代において一理ある考え方だとは思うが、誰しもができるものではない。精神的な負担は間違いなく大きいし、それが肉体を蝕む可能性だってある。それでも、指原は「ずっと2ちゃんねるを見ていたから炎上はコントロールできる」と意に介さない。  指原莉乃という存在は、大昔のアイドル観からすればおよそ「アイドルらしくないアイドル」だろう。しかし、昨今の「“コミュニケーションゲームとしてのアイドルシーン”を渡り歩く存在」という視点で考えると、指原ほど「アイドルらしいアイドル」はいない。対峙している相手や状況を観察して自分がやるべきことをやる、もっと言えば自分自身のあり方を変化させていくというセルフプロデュース力が彼女をトップに押し上げたのである。

「セルフプロデュース」から「プロデューサー」への道筋

 長年J-POPの動向を追いかけていると、ときたま「プロデュースされているはずだった人が、いつの間にかプロデュースしている人の思惑を超えていく」という事例にぶつかる。例えば「SPEEDに憧れていたアイドルがテクノポップを歌わされている」という形で始まったメジャーフィールドでのPerfumeというプロジェクトは、いつしか「3人の自立した女性の物語」に進化していった。また、Perfumeブレイクの立役者でもある木村カエラも、「モデルが歌を歌う」という見え方でスタートした音楽活動が今ではたくさんのミュージシャンのクリエイティビティを刺激している。  この潮流をさらに遡っていくと、我々は小泉今日子という存在にたどり着く。正統派アイドルとしての出自を持ちながら、サブカルチャー界隈でも独自の存在感を開花させた彼女の「面白さ」を決定づけたのは「なんてったってアイドル」という曲であった。ジャンルをメタ化してアイドルの新しい楽しみ方を提示したこの曲を作詞したのは、誰であろう秋元康である。  小泉今日子、木村カエラ、Perfume。この流れに指原莉乃も連なる、と言ったら違和感はあるだろうか。自分のやりたいこと、ありたい姿を思い描くことで、周囲がイメージしていたレールを勝手に書き換えていく強さ。ここに挙げた面々と指原にはそんな共通点があると思う。  そして、偉大な先人たちと比較しても指原莉乃のみに課せられている使命がある。それは、自分の強みであるセルフプロデュース力を「他者のプロデュース」にも展開すること。HKT48は名実ともに指原のグループであり、今年の選抜総選挙での大躍進は彼女の手腕の証明としては十分であった。ただ、指原のプロデュース手法は基本的には「弱者の戦略」であり、「何も持ち合わせていない自分がどうすれば良いか」「先輩グループに負けているHKT48が何をすれば良いか」という発想から組み立てられている。自分自身もグループも人気が固まってきたタイミングで、このやり方がどこまで通用するか。また、通用しなくなった時に新しい打ち手を見つけることができるのか。まもなく最初の正念場が来ると思われる。そしてそこを乗り越えた時には、秋元康が黙っていないだろう。ゆくゆくは「二代目秋元康」として・・・そんな途方もない未来が待っているのかもしれない。 ■レジー 1981年生まれ。一般企業に勤める傍ら、2012年7月に音楽ブログ「レジーのブログ」を開設。アーティスト/作品単体の批評にとどまらない「日本におけるポップミュージックの受容構造」を俯瞰した考察が音楽ファンのみならず音楽ライター・ミュージシャンの間で話題に。2013年春にQUICK JAPANへパスピエ『フィーバー』のディスクレビューを寄稿、以降は外部媒体での発信も行っている。 Twitter レジーのブログ レジーのポータル

『TVタックル』でも取り上げられた海外のアニメ規制 「児童ポルノ法」に対する海外の反応とは?

オタクに"なるほど"面白い!オタクニュース・ポータル「おたぽる」より

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イメージ画像:『日本のアニメは何がすごいのか 世界が惹かれた理由』(祥伝社)
『ビートたけしのTVタックル』(テレビ朝日)で、ネットを中心に再び議論が交わされたアニメ規制(児童ポルノ法)。番組では、海外は“アニメは子どものもの”という認識が強く、それゆえアニメに対する規制が厳しいと紹介された。一方で「規制をしている海外のほうが日本より犯罪率が高い」という意見も見られたが……実際、アニメ規制に対する海外の声はどのようなものなのだろうか?  気になって調べたところ、やはり「海外のアニメ規制は厳しい」と番組内で紹介されたように、海外の声もかなり辛辣なものが多く見られた。今回は、その意見をいくつかご紹介しよう。 「おたぽる」で続きを読む

『ワイドナショー』松本人志の「週刊誌は下衆」発言は過剰反応だ!

【本と雑誌のニュースサイトリテラより】
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フジテレビ オフィシャルサイト 『ワイドナショー』番組ページより
 ダウンタウンの松本人志が9月7日放送の『ワイドナショー』(フジテレビ系)で、母・秋子さんを取材した週刊誌に対して「下衆の下衆」と痛烈に批判した発言が波紋を呼んでいる。  これに先立つ8月31日、松本はツイッターで父・譲一さん(享年81)が8月18日に亡くなっていたことを自ら明かしていた。これを受け、某週刊誌が母・秋子さんの元へ取材。それを知った松本が激怒してこう語った。 「オヤジが死んで心身ともに立ち直れないおばあちゃんに対し、取材に行くという。お前らは本当に下衆の下衆やな」 「せめて1か月は待ってくれ。こないだ(葬儀が)終わったところ。この状況で素人のおばあちゃんのところに行く状況が信じられない」 『ワイドナショー』の松本については本サイトで「フォロー係」のような発言しかしていないという指摘があったが、今回は久しぶりの攻撃的発言。ファンからは「よくぞ言った、松ちゃん」という声があがり、マスゴミ嫌いのネットユーザーの間でも賛同する意見が続出している。

9mm 菅原卓郎が語る、歌とサウンドの関係「自分の声は自分のギターの音に似ている」

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【リアルサウンドより】  デビュー10周年を迎えた9mm Parabellum Bulletが、9月10日に配信限定シングル『生命のワルツ』をリリースする。滝善充(gt)が作曲した、いかにも9mmな激しく爽快感のあるサウンドはもちろん、節目の時期だからこそ、菅原のメッセージ性のある歌詞が印象に残る楽曲だ。今回リアルサウンドでは、フロントマンである菅原卓郎(Vo&G)にインタビュー。彼が歌詞に込める思いや、バンドサウンドと自身の歌の関係性、さらにはリスニング環境の多様化についても語ってもらった。

「弱さは出力のないものだから、戦うことはできない」

――9月10日に配信リリースされる『生命のワルツ』は静かなイントロから激しく展開する楽曲ですね。作詞が菅原さん、作曲が滝さんで。 菅原:この曲のトラックは全部滝が作ってきたんですけど、滝がマネージャーに「曲を作ろうと思うんだけど、何かお題をちょうだい」と電話して、マネージャーから「高速道路をぶっ飛ばしてるような爽快なやつを」と話したのがきっかけのようです。そこに歌詞をいれていったんですけど、結成10周年で出す新曲とはいえ、そんなにメッセージを込めた曲にするつもりはなくて、「かっこよければいいじゃん」という感じで始めました。 ーーなるほど、演奏面の気持ちよさはまさにそうですね。一方で、歌詞には結果的にメッセージが宿っているようにも思えます。 菅原:歌詞を書いているうちに「これはメンバーに向けて書いているな、俺」と感じてきて。普段、誰かに対して書く、ということはほぼないんですけど、これが形になってバンドでやった時に、それがそのままリスナーへのメッセージになるなら、この気持ちを素直に入れて書いていこう、という方向にしました。 ――「共に戦っていく」ということがひとつのテーマになってますね。 菅原:「立ち向かう」「戦う」ということを言っていますけど、暴力的にやるという意味じゃないんです。いつもの時代もそうかもしれないけれど――今はでたらめな時代だと思うんですよね。そして、「時代」というような茫洋としたものと立ち向かうときには結局何と戦うかというと、大きな流れに呑まれて自分を失ってしまう弱さなんじゃないかなって。強い人間と弱い人間がいるわけじゃなくて、「強い弱さ」「弱い強さ」があるんじゃないかと思ったんです。自分を「弱い人間だ」と思っている人は、弱いんじゃなくて、弱さが強すぎるのかもしれない。弱さは出力のないものだから、戦うことはできない。じゃあ何するかって、音楽を聴いたり映画を観たりうまいもの食べたり、そういうことだろう、と思って。それが「たとえ手も足も出なくても歌がある」という歌詞につながっています。  そして、それが「これからもよろしく」という、10周年のメッセージになるし、「はじめまして、よろしく」という、これから出会う人へのメッセージにもなるだろうな、と思います。実際に歌詞を書いて仮歌を聴かせたら、メンバーの反応がすごく良かったんです。「こうやってメンバーに伝わるなら、リスナーにも届いていくな」と連鎖していくイメージが湧きましたね。 ――それはメンバー間で10年かけて築いてきたものがあるからこそ、共有できたものですよね。 菅原:「行き着く先は同じさ」と歌ってるんですけど、それがどこかということは実は大事じゃないんです。最終的な行き着く先は死んじゃうことしかないから、その途中で重なるそれぞれのポイントがそれぞれ「行き着く先」なので、最後の行では「生き方が重なるところ」という言葉を使っています。 ――メンバーに対しては、一緒に音楽をやっている瞬間が「生き方が重なるところ」でしょうか。 菅原:まあ、普段からそんなにドラマチックに考えてませんけどね(笑)。でもたまにすごく良い演奏ができたときには、実際に音が折り重なってひとつのサウンドになるわけだから、すごくいい瞬間だなと感じます。もちろんそういう瞬間はファンとの間でも感じるし、音楽じゃない分野でもあることだと思います。 ――メッセージを込めた楽曲はこのタイミングだからこそできた、ということなのでしょうか? 菅原:これまでは個人的なメッセージを表現すること自体、そんなにしっくりこないタイプでした。でも今は段々変わってきていて、全然個人的でいいと思っています。自分が歌詞を書いて歌うんだったら、まずメンバーの心が動くものじゃないといけないし、それをバンドで共有できたなら、あるいは「俺はわかんないけどお前がそうしたいならやれよ」ってメンバーに認めてもらえたら、それは4人で演奏したときによりたくさんの人に伝わる力を持つんじゃないか、と素直に思えるようになっていますね。

「自分の声は自分のギターの音に似ている」

――聴き手としても、9mmは4人でひとつの音楽世界を作り上げていくバンドであって、個人の思いを表現するというイメージはありませんでした。この曲は「個人の思いを表現しても9mmの作品になる」ことを示した作品とも言えるのでは? 菅原:そういう変化のときでもあるのかもしれないし、そもそも曲が「そういう風にしたらいいんじゃない?」と言ってくる感じでした。他の曲だったらそうなったかはわかりません。配信リリースのみで1曲だけ出すということも大きいんじゃないかな。まず今年は10周年を迎えてベストアルバムも出したし、ツアーもあるので、それを邪魔しないようにしたかった、というのもひとつあります(笑)。でも新しい曲なしに10周年のツアーをするのもちょっと淋しいじゃないですか? でもベスト盤はちゃんと歴史を感じられるものにしたかったから、足跡のない新曲をそこに入れるのもちょっと違う。今回はそんな気分だったんです。それで7~8曲の中からこの曲が選ばれたのは、単にこれがメンバーの今の気分にすごくあっていたからですね。 ――『生命のワルツ』が候補に挙げられた曲の中で一番気分にあっていた、というのはどういう部分でしょう? 菅原:これまで出してきた曲の流れも考えて、久しぶりに新曲をリリースするならば何が一番、良い意味で意外性があるか、というところです。いつもそういう考え方をしますけど、今回はこの曲が歌詞もサウンドもそれにフィットしていると思いました。音楽的には実は6/8拍子なんだけど、一聴したらそうとは分からず、すごくストレートなスラッシュの曲に聞こえる(笑)。そこが「こいつら、やるな」というひねりになっていると思うし。 ――前回のインタビューで、卓郎さんは「水路を作る」という村上春樹の言葉をひいて、「『9mmの水が飲みたい』『ロックの水がないと生きられない』っていう人たちが飲める水を作っておきたい、存在していなきゃいけない」とお話になっていました。その使命感のようなものが今回の曲にも表れているのでは? 菅原:使命感と呼ぶのかどうかはわかりませんけれど、バンドを続けたい、という気持ちは強くあります。前も言ったように、ロックじゃなきゃ埋まらないものを持っている人たちに届けられるようにしたい、という気持ちです。ロックを知らなくては前に進めない人もいるかもしれない。そういう人たちに届けたいです。使命というより、「いるんだったら届けたい」と、こっちが勝手に希望しているだけですけど(笑)。 ――ご自身にとってもロックミュージックは大きなものですか? 菅原:いろいろな音楽が好きですけど、ロックを聴いたときに得られるものはやっぱり違います。だから、ロックがないとうまくいかない、という隙間を自分自身が持っているんだと思います。自分がやるんだったらロック、という意味でも自分に向いていたんでしょうね。 ――「届けたい」という思いを伝えるものは歌であり、歌には声が大きく関係すると思います。ご自身の声の力について、どのように捉えていますか? 菅原:好き嫌いがありそうな声だと思います。「他にない、何とも言えない不思議な声」と最近対バンした人から言ってもらいました。たしかに格別甲高いわけでもないし、意外と良い声なんじゃないかな、と思ってます(笑)。歌に関しては、ライブをしていく中で「嵐のようなバンドサウンドの中で、歌を聞かせるにはどうしたらいいのか」と、ずっと研究しながらやってきました。最初はみんなと競争するように暴れていたんですけど、それだとバンドが成り立ってない、と気づいたんです。あと、自分の声は自分のギターの音に似ていると思います。好きな音というか、自分にとって自然な音なんでしょうね。滝のギターの音って帯域的に上から下までドーンと出ているんですけど、滝はコーラスもアタックがすごく早くてドーンと出るんです。一切タメがなくて俺より早く出てくる(笑)。逆に自分の声は、アタックが少し遅くてボワンとしてます。ギターの音の趣味もそういう感じで、放っておいたらメタルの音にならないから、意を決して音作りしてます(笑)。だから、もしかしたらボーカルの人の、声と楽器の音は似ているんじゃないか、という説を持っているんです。浅井(健一)さんのギターもそうじゃないですか?

「誰でも音楽が作れてしまうからこそ、プロの腕の見せどころ」

――たしかにその説は色んなボーカリストに当てはまりそうです。それにしても、滝さんと明確な違いがあって面白いですね。 菅原:もう何年も続けてきて、お互いに補完しあう形になったのかもしれません。ファーストの頃は全員でひとつの「バンドの音」をデザインしようと一生懸命でしたけど、にっちもさっちもいかなくなって「もういいや、みんな好きな音を好きに作ろう」ということになって。個性があるものを組み合わせてちょっとずつ修正する、という風にしていったらバンドのサウンドがわかりやすくなったんです。ベストアルバム「Greatest Hits」の初回盤についているライブ音源の『Selected Bullet Marks』を聴いても、段々と自然にバンドらしい音になっていってると感じました。自然に音の塊ができていて、その中でどのパート、どの音を聴かせたいのかが明確になってきているし、それを皆が自由にやりながらできるようになっていて、すごく成長したと思います。特に、(中村)和彦が弾いているベースが自分のギターの音の延長のように感じるときがありますし、全員でひとつの楽器を弾いているような気分になることがありますね。 ――9月27日の札幌PENNY LANE24からツアーが始まりますが、今年の活動のハイライトになりそうですね。 菅原:そうですね。何か出したらライブをやって、それでひとまとまり、という感じです。ベスト盤のツアーと言っても、『Selected Bullet Marks』があるお陰で何でもありな状態になっているので、メチャクチャにやってやろうと思います(笑)。 ――そのツアーで見えてくることかもしれませんが、菅原さんは今後の9mmの活動をどのように思い描いていますか。 菅原:曲をたくさん作って、その中から面白いと思えるものを選んでマイペースに形にできたらいい、というだけですね。先にライブしてもいいし、今回配信の評判が良かったら先に配信するようにしてもいいし、いろいろと試しながらやっていきたいですね。 ――配信リリースもそうですが、聴き方が多様化している状況はどう捉えていますか。 菅原:配信される音源が圧縮されちゃっていてもったいないと思うこともあるにはあります。でも、ノイズ混じりのラジオで聴いても、良い曲は良い曲です。だから作る側が丹精込めて曲を作って伝えることに手を抜かなければ、本当に良い音で音楽を聴きたいと思う人はゼロにはならないだろうと思います。メディアにも流行り廃りがあって、アナログからCD、今はデータだけになった一方で、アナログがまた盛り上がっていたりします。何かを完全に予言することはできないから、作る方も聴く方も、試しながらやるしかないんじゃないかな。今がすごく危険な状態だとも最高の状態だとも思いません。ただ、良いものは良い、と知っている人が出していく方がいいんじゃないかと思います。今は誰でも音楽が作れてしまうので、だからこそプロの腕の見せどころじゃないですかね。 (取材:神谷弘一/構成:高木智史)
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9mm Parabellum Bullet『生命のワルツ』

■リリース情報 配信シングル『生命のワルツ』 発売:2014年9月10日(水) iTunes・レコチョク等各配信サイトで配信 ■ライブ情報 『Next Bullet Marks Tour 2014』 9月27日(土) 札幌 PENNY LANE24 [北海道] 9月28日(日) 札幌 PENNY LANE24 [北海道] ※GUEST BANDあり 9月30日(火) 帯広 MEGA STONE [北海道] 10月5日(日) 酒田 MUSIC FACTORY [山形] 10月7日(火) 盛岡 CLUB CHANGE WAVE [岩手] 10月9日(木) 仙台 Rensa [宮城] 10月10日(金) 仙台 Rensa [宮城] ※GUEST BANDあり 10月16日(木) 渋谷 La.mama [東京] 10月18日(土) 横浜 club Lizard [神奈川] 10月25日(土) 福岡 DRUM LOGOS [福岡] 10月26日(日) 福岡 DRUM LOGOS [福岡] ※GUEST BANDあり 10月31日(金) 松本 ALECX [長野] 11月2日(日) 新潟 LOTS [新潟] 11月3日(祝•月) 金沢 EIGHT HALL [石川] 11月8日(土) 岡山 CRAZYMAMA KINGDOM [岡山] 11月9日(日) 広島 CLUB QUATTRO [広島] 11月11日(火) 京都 磔磔 [京都] 11月15日(土) 川崎 CLUB CITTA’ [神奈川] 11月19日(水) 水戸 LIGHT HOUSE [茨城] 11月21日(金) 高崎 club FLEEZ [群馬] 11月25日(火) なんば Hatch [大阪] 11月26日(水) なんば Hatch [大阪] ※GUEST BANDあり 11月28日(金) 高松 MONSTER [香川] 11月30日(日) 浜松 窓枠 [静岡] 12月4日(木) 名古屋 Zepp Nagoya [愛知] 12月5日(金) 名古屋 Zepp Nagoya [愛知] ※GUEST BANDあり 12月10日(水) 新木場 STUDIO COAST [東京] 12月11日(木) 新木場 STUDIO COAST [東京] ※GUEST BANDあり ■9mm Parabellum Bullet 10th Anniversary特設サイト http://9mm.jp/10th_anniversary/

妖怪メダルがあれば恐妻ともうまくいく? プロレスラー・天山広吉の『妖怪ウォッチ』愛がすごい!

オタクに"なるほど"面白い!オタクニュース・ポータル「おたぽる」より

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『新日本プロレス』公式HPより。
 モンゴリアン・チョップ、ムーンサルトプレス、アナコンダバイスといった技の数々を引っさげ、20年以上もトップレスラーに君臨する天山広吉。“荒ぶる猛牛”というニックネームを持ち、プロレス界屈指の強面レスラーとしてしられる天山だが、その意外な一面が、9月4日放送の『アウト×デラックス』(フジテレビ)で明かされた。  天山は、両手に『妖怪ウォッチ』の「妖怪メダル」を抱えて登場。今、のめりこんでいるのがこの「妖怪メダル」だという。そもそもは、息子のために集め始めたのだが、今ではすっかりハマり、息子に妖怪メダルをねだられても断るほどの熱狂ぶり。 「おたぽる」で続きを読む

10人産めば1人殺してOK!恐怖の少子化対策「殺人出産制度」とは?

【本と雑誌のニュースサイトリテラより】
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『殺人出産』(講談社)
 日本人男性がタイで、体外受精と代理母により16人もの子どもを出産させるという騒動がメディアを賑わせた。また、祖父からの精子提供による体外受精での出産例が報告されたり、他方では出生前診断の結果による中絶数が増加……。生殖医療の発達にともない、妊娠出産にまつわる倫理、価値観が大きく揺らいでいる。  そんななか、“出産と引き換えに殺人の権利が手に入る”というショッキングな内容の小説が出版された。村田沙耶香の『殺人出産』(講談社)は、「10人産めば、1人殺してもいい」という殺人出産制度が認められた世界で生きる人々を描いた話題作だ。  物語の舞台は近未来の日本。この世界では子を10人産めば、誰でも1人殺してよいという「殺人出産制度」が施行されている。つまり10人の生と1人の死が等価値なのだ。どうしても殺したい相手がいる希望者は「産み人」となり、ノルマを達成するまで殺意を原動力にひたすら産み続ける。じゃあ男はどうするんだ、という心配は無用。人口子宮をつけて帝王切開をすれば、もちろん男だって「産み人」になれるのだ。

横山健と俺の11年半ーーPIZZA OF DEATH元名物社員がつづる「疾風勁草」番外編

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『横山 健 -疾風勁草編-』(PIZZA OF DEATH RECORDS)

【リアルサウンドより】  自分は1999年6月から2011年1月まで約11年半の間、横山健率いるPIZZA OF DEATH RECORDSの社員だった。PIZZAが法人化したのは1999年1月なので、ほぼオープニングスタッフである。    横山と初めて出会った場所は、アメリカ・オハイオ州コロンバスの学生街にあるライヴハウス。1998年4月21日のことだった。当時、テネシー州の大学に留学中で、タイミングよくHi-STANDARDがツアーでやってきたのだ。将来、音楽業界で働きたいと思っていた自分は、ライヴ終了後にメンバーを捕まえて己の夢をアピール。すると、ちょうど独立を考えていた彼らの思惑とハマったようで、ボーカルの難波からその場で社員として誘われ、入社が内定。ちなみに、1999年6月8日の出勤初日まで窓口になってくれていたのは難波で、横山がどういう人間なのかは全く分からないままだった。スタッフになった後もしばらくの間、彼は怖い存在だった。後日、本人から聞いたところ、どこの馬の骨かも分からない自分のような人間と一緒に仕事をするのは内心、かなり嫌だったらしい。そういう思いがあからさまに態度に現れていたところに当時の彼の一面が垣間見える。  入社当時の横山との仕事で印象に残っているのは、イギリスのパンクバンドSNUFFのアルバムの日本盤をPIZZAからリリースさせて欲しいとお願いしに行ったときのこと。1999年8月の話だ。来日中だったSNUFFのメンバーが宿泊するホテルを訪ねる道中、横山は興奮を抑えきれずにいた。「うちからSNUFFのアルバム出せたらヤバくない!?」完全にキッズだった。SNUFFとの話し合いは大して込み入った内容でもなく、バンドの前向きな気持ちを確認して終了。それでも、帰りの車内は何か大きなことを成し遂げたような高揚感に包まれていた。今思えば、あの時の興奮が自分と横山の距離を縮めてくれたような気がする。  元々、海外渉外担当として採用されたのだが、翌年4月のSNUFF「NUMB NUTS」とHi-STANDARD「Love is a Battlefield」同時リリースに関する全ての業務、宣伝、販促、制作、ジャケット進行等を彼は自分に担当させてくれた。それだけではない。こんな完全なる素人を音楽業界の様々な先輩のところへ連れて行き、アドバイスをくれるよう頭を下げてくれた。自分の会社のためとはいえ、かなり面倒をみてくれた。このことがきっかけで、その後のPIZZAにおける自分の担当は“リリースに関わる業務すべて”となり、自分一人がいれば何でもリリースできるというところまで鍛えてもらった。  こんな風に社長として様々な業務を持ち前の責任感でこなしつつ、人気絶頂だったHi-STANDARDの活動も続けていたのだから、2000年初頭に彼が抑うつ状態に陥ってしまったのは無理もなかったのかもしれない。ちなみに、SNUFFのメンバーに会いに行ったのは、Hi-STANDARDの大ヒットアルバム「MAKING THE ROAD」のレコ発ツアー真っただ中のことだった。  2000年夏、千葉マリンスタジアムで開催された「AIR JAM 2000」を何とか乗り越えた後、横山は病気療養のため会社に来なくなった。当然のことながら、船頭のいない船は不安定にならざるを得ない。社内は徐々に混乱した。あの頃のことはあまり覚えていない。人間の脳というのは、辛いことほど忘れやすくなる仕組みになっている。だけど、皆、「Hi-STANDARDのためになんとかここを守らなきゃいけない」という一心だったはずだ。そのうち、ポツポツと会社に顔を見せるようになった横山だが、そんな自分たちの想いは全く届いていなかった。彼はふざけていた。会社に来てもすぐにいなくなることもしばしば。そんな振る舞いをした彼の気持ちは今なら理解できる。だけど、当時は勘弁ならなかった。  真面目な話をのらりくらりとかわし続ける社長と、遂に話し合いの場を持つことになった。自分を含むPIZZAの主要スタッフ3人対横山1人。いつ頃のことだったか、どんな話をしたかはあまり覚えていない。ただ、スタッフと横山で見ている方向が異なり、全く話が噛み合わなかったことはたしかだ。しかし、それでは終わらなかった。解決策が見つからないまま話し合いが膠着状態に陥った時にスタッフ側が発した「俺たちはみんな幸せになりたいんです!」という言葉が響いたのか、その日以降、少しずつ事態が好転していったような気がする。改めて文章にするとクサいドラマのようだけど、こっちだってそれだけ必死だったのだ。  最近のファンからすると意外かもしれないが、10年前の彼はまだ一国一城の主としては頼りなかった。そもそも、PIZZA OF DEATH自体がまともなレーベルとして認知されていなかったし、アンダーグラウンドの人間からは陰口も叩かれていた。インディーの規模でありながら、メジャー的な展開をするレーベルというのは今でこそ珍しくないが、当時は皆無だったのだから仕方がない。しかし、2003年8月にリリースしたHAWAIIAN6「SOULS」のヒットを機に、社内の空気はすこぶる良くなった。  横山健という男は基本的に頭が良いし、感覚も鋭く、人間的にも熱い。件の話し合い以降も問題がなかったわけではないが、彼はメキメキと社長らしい包容力や決断力を身につけていった。スタッフのことを気にかけるようになった。恐らく、とことん深いところまで自分自身と向き合い、スタッフと頻繁に会話を交わし、トライ&エラーを重ねながら彼なりの社長哲学を構築していったのだと思う。もちろん、創作活動も並行しながら、だ。  2006年9月、レーベル初となるコンピレーションアルバム「The Very Best of PIZZA OF DEATH」を発表。この頃には、言い方は変だけど、どこに出しても恥ずかしくないレーベルオーナーに横山は成長していた。そして、このタイミングで彼は、オリコンが発行する業界紙をはじめとする様々なメディアで、アーティストとしてではなくレコード会社の代表取締役として初取材を受けることになる。もちろん、ブッキングしたのは自分だ。Ken Yokoyamaとして前年に発表した2ndアルバム「Nothin’ But Sausage」もヒットを記録。社長業とアーティスト業のバランスが取れてきたのはこの頃からかもしれない。その後も作品を重ね、2008年1月には日本武道館公演、2010年10月には幕張メッセ&神戸国際展示場公演を成功させた。当時は考える余裕もなかったが、こうして振り返ってみると、改めてすごい男だなと思う。  社長として、彼が最も素晴らしいのはスタッフをとことん信じるところ。これを「信じて任せるの精神」と呼んでいるのだけど、彼は一度任せた仕事に対してほぼ口を挟まない。スタッフのやりたいようにやらせてくれる。その分、スタッフ一人ひとりにのしかかる責任は甚大になるのだけど、それ以上にモチベーションにつながる。これは並みの精神では出来ないことだと思う。常識的に考えたら、新卒のペーペーに100万枚を売るアーティストのリリースに関わる一切合切は任せられないでしょう。「横山健は常識的な人間ではない」と言われてしまえばそれまでだけど。  ここ数年で、横山健という男はパンクの枠を越えて、多くの音楽ファンから支持を受ける存在になった。彼が起こす行動に対して投げかけられる「さすが健さん!」なんて言葉もよく見かけるし、「これは横山健だからできるんだ」という空気すら感じることもある。でも、それは違う。なぜなら、ここまで語ってきた通り、彼は最初からデキる社長だったわけではないからだ。もちろん、音楽家としての才能は元々あったのだろう。しかし、それ以上に彼は努力を重ねてきた。挫折を味わいながら、曲がりくねった道を走り抜けてきた。自分は今、PIZZA OF DEATHを離れ、別の場所で活動しているけれど、俺はそんな彼のことが今でも大好きだし、尊敬している。  今月24日にリリースされるDVD「横山健―疾風勁草編―」は、昨年秋に劇場公開された横山健初のドキュメンタリーフィルムだ。全国60の劇場で上映され、期間限定にも関わらず、3万人の動員を記録したという。しかも、配給会社を一切通さずに、だ。今年6月に開催されたPIZZA OF DEATH主宰の大型パンク/ラウドロックフェス「SATANIC CARNIVAL」も、なんとイベンターの力を借りずに成功へと導いた。この事実はあまり周知されていないが、イベント制作部門を持たないレコード会社が主宰する万人規模のイベントとしてはかなりの偉業である。「自分たちで出来ることはやれる範囲で全部やる」というインディペンデント精神は昔から全く変わらない。  世間がどう思っているかは分からないが、自分は横山健という人間にまだまだ可能性を感じている。やって欲しいことがたくさんある。オンステージ以上に強烈なセンスを発揮するトークスキルは地上波のバラエティ番組に送り出したいぐらいだし、他のアーティストへの楽曲提供も積極的にやって欲しい。だけど以前、インタビュー中にそう訴えたらこう返された。「でも、一人の人間が生きてるうちに発せることってこんなもんだと思うよ?」そんなクールな物言いをしながらも、きっとまんざらでもないはず。「着地点を決めない、目標設定をしない」と常々語っている彼のことだ。何かやってくれると信じている。 ■阿刀 "DA" 大志 75年生まれ。PIZZA OF DEATHにて宣伝制作を10年以上務めた後、12年からフリーランスに。現在は執筆業を中心に、プロモーター、音楽専門学校講師など、音楽に関わるあらゆる分野で雑食的に活動中。 ■リリース情報 『横山 健 -疾風勁草編-』 発売日:9月24日 価格:3,800円(税抜) 収録分数:本編 117分 + 特典映像 37分 発売元:PIZZA OF DEATH RECORDS 特典:DVDでは劇場本編には収録されていない特典映像も収録のほか、 Ken Yokoyamaの新曲を収録したシングルCD付き。

著作権侵害の可能性はグレー!? 『ハイスコアガール』問題について弁護士に話をうかがってみた

オタクに"なるほど"面白い!オタクニュース・ポータル「おたぽる」より

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『ハイスコアガール』5巻(スクウェア・エニックス)
 8月の忘れられないニュースといえば、押切蓮介氏の人気マンガ『ハイスコアガール』がゲームキャラクターを無断使用したとして、SNKプレイモアが出版元であるスクウェア・エニックスを刑事告訴した問題だ。  一連の流れはこうだ。8月5日、スクウェア・エニックスが著作権法違法の疑いで大阪府警の家宅捜索を受け、翌日6日にSNKプレイモアがこの件についての文書を発表。文書によるとスクウェア・エニックスに対して、電子書籍・単行本・月刊誌などの即時販売停止を再三申し入れたが「なんら誠意ある対応がなされなかった」として、刑事告訴に踏み切ったとしている。一方、スクウェア・エニックスも同日文書を発表しているが、捜査に全面的に協力するとした上で、本件に関する詳細の公表は控えるとコメントした。  その後の進捗については双方とも発表しておらず、現在は続報が待たれる状態だ。  今回、『ハイスコアガール』の件についてスクウェア・エニックスは著作権法に触れているのか検証すべく、著作権のエキスパートである骨董通り法律事務所の福井健策弁護士にお話をうかがった。  現在、同人誌などの二次創作やゲームプレイ動画の実況など、著作権の“グレーゾーン”が広がりを見せる中、SNKプレイモアが刑事告訴に踏み切った理由や、法律的な問題点、そして裁判の行方について、弁護士から見たこの騒動はどのようなものなのだろうか。 「おたぽる」で続きを読む