『堂本兄弟』が13年半の歴史に幕 KinKi Kidsの成長と番組の功績を振り返る

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『新・堂本兄弟』ホームページより。

【リアルサウンドより】  KinKi Kidsが司会を務める音楽バラエティ番組『新・堂本兄弟』(フジテレビ)が9月28日に最終回を迎えた。  同番組は、Kinki Kidsの2人とレギュラー陣、ゲストによるトークやスペシャルセッションを中心とした番組構成で人気を博し、前身番組『堂本兄弟』(2001-2004年)を含めると約13年半ものあいだ放送が続いた。KinKi Kidsの2人にとってはホームグラウンドであり、彼らの成長の場でもあっただろう。番組の終了によせて『堂本兄弟』の魅力を振り返りたい。

豪華アーティスト・芸能人による赤裸々トーク

 トークタイムでは、KinKi Kidsが司会力をいかんなく発揮。にこやかに進行を務める光一と、低めのテンションでツッコミを入れる剛というバランスのとれた2人のトークに支えられ、俳優などバラエティ慣れしていないゲストが普段は見せない顔をのぞかせることも。例えば松たか子は、自宅で顔面パックをしながら、仰向けに寝転んで下半身を揺らす“金魚運動”の機械を使っているというエピソードを披露。光一に「かっこわりー!」と笑われると、椅子から立ち上がる勢いで「気持ちいいんですよ、すごく!」と必死に自己弁護していた(2001年6月17日)。また、ゲストが番組からの質問や要望に答える“一問一答”コーナーでは、竹内結子や菅野美穂が変顔を披露したこともあった。  ジャニーズのメンバーが出演する回では、くつろいだ雰囲気のなかで先輩・後輩ならではのトークが繰り広げられることも。関ジャニ∞が出演した2008年10月26日放送の回では、剛が横山裕と村上信五に対し「(渋谷)すばるとか錦戸(亮)がトークまで達者やったら、おまえら運転手でええもんな」と言い、横山に「先輩やからどつかないだけですよ!」とツッコまれる一幕もあった。長瀬智也が出演した2002年2月3日の回では、長瀬と親交が深いことで知られる光一が「長瀬は便座カバーにこだわりを持っている」と明かすなど、ジャニーズ同士の赤裸々な会話が楽しめるのも同番組の魅力だった。

番組を支えてきた凄腕ミュージシャンたち

 同番組を語る上で欠かせないのが、高見沢俊彦(THE ALFEE)をはじめとする個性豊かなレギュラー陣だ。「堂本ブラザーズバンド」としてセッションをするほか、一部のメンバーはトークにも参加していた。放送終了時のレギュラーは高見沢のほかに、西川貴教、高橋みなみ、樽美酒研二(ゴールデンボンバー)。不定期出演や演奏のみのメンバーも加えると、武田真治、槙原敬之、DAIGO、吉田建、土屋公平などそうそうたる顔ぶれだ。過去には、シャ乱Q・まことやLUNA SEA・真矢、GACKT、吉村由美(PUFFY)、深田恭子、堂島孝平など出演し、番組を盛り上げた。  セッションパートは、郷ひろみ×坂崎幸之助による「この世界のどこかに」(2001年12月23日)、吉田拓郎×KinKi Kids×高見沢俊彦×ジェイク・シマブクロによる「結婚しようよ」(2004年4月4日)、北島三郎×KinKi Kidsによる「まつり」(2011年2月27日)など、同番組でしか見られない豪華コラボレーションも多かった。また、ミュージシャンではないゲストも歌声を披露。真矢みきによる「瞳をとじて」(2005年1月16日)、井上真央による「プラネタリウム」(2006年4月16日)、榮倉奈々による「ハナミズキ」(2009年3月15日)など、女優の貴重な歌唱シーンを楽しめる回もあった。

KinKi Kidsの成長

 前身番組『LOVE LOVE あいしてる』(1996年-2001年)の企画をきっかけにギターを弾き始めたKinKi Kids。吉田拓郎など大物ミュージシャンに鍛えられ、『堂本兄弟』スタート直後の2001年には、小室哲哉が2人の歌やギターの腕前を「うまい」と評価している(フジテレビ『堂本兄弟』オフィシャルサイト内「堂本光一マジトーク」より)。  剛は共演者の土屋にファンクギターを習うなどして音楽の幅を広げていたほか、収録前に吉田建や土屋らと「剛マンブラザーズバンド」としてセッションすることもあったという。同番組においてミュージシャンと交流を持ち、セッションを重ねたことは、剛が現在のアーティスト路線を開拓できた理由のひとつだろう。  また、ソロ活動は舞台が目立つ光一も、じつはKinKi Kidsの楽曲や舞台『Endless SHOCK』の劇中歌などを手がけている。これも『LOVE LOVE-』で作詞作曲にチャレンジして以来のこと。『LOVE LOVE-』から『新・堂本兄弟』まで続いた18年の歴史は、KinKi Kidsの音楽的素質も大きく伸ばした。  現在、番組のオフィシャルサイトには、長年の視聴者から「音楽を大好きにさせてくれた大切な番組でした」「ぜひ、復活ライブなどでまた堂本ブラザーズバンドのかっこいいライブを見たいです」などのコメントが寄せられている。出演者やKinKi Kidsのみならず、視聴者にも音楽の楽しさを伝えていた同番組。いつか特番などで、彼らの演奏を再び楽しめることを願いたい。 (文=西田友紀)

『咲-Saki-』で儲けてるから懲罰なし? 『ハイスコアガール』事件をめぐるスクエニのずさんな対応

オタクに"なるほど"面白い!オタクニュース・ポータル「おたぽる」より

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『ハイスコアガール』5巻(スクウェア・エニックス)
 8月、著作権侵害の疑いによる大阪府警による出版元のスクウェア・エニックスへの家宅捜索を受けて休載中の『ハイスコアガール』。現状、連載再開に関してのアナウンスはなされていない。そうした中、大阪府警ではスクウェア・エニックスの関係者を大阪まで出頭させて事情聴取を行っていることが、関係者への取材でわかった。 「おたぽる」で続きを読む

カニバリズム、自衛隊参加、宗教冒瀆…封印されたAVの驚くべき中身

【本と雑誌のニュースサイトリテラより】
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『封印されたアダルトビデオ』(彩図社)
 現在、日本で流通しているアダルトビデオの数は、年間約2万タイトル。王道の美少女ものから、ひと昔前までは限られたマニアショップでしか手に入らなかった盗撮やシーメール等の極北ジャンルまで、多種多様な作品が日々生み出されており、日本は世界でも有数のポルノ大国となった。そんな中、人知れずこの世から消えていく作品が存在することをご存知だろうか? 少し前に発売された『封印されたアダルトビデオ』(井川楊枝/彩図社)では、様々な理由でお蔵入りとなった作品が関係者の証言を交えながら紹介されている。  もちろん、多いのは15歳の少女に過激なTバックを着せ、水着越しの局部に電マを押し当てた児童ポルノや、親の承諾なしに未成年を起用した作品など、「発売禁止は当然」という封印作品だが、しかし、もっと奇妙な理由で封印された作品も多数紹介されている。

ローカライズがキモ!? インドネシアでポルノ扱いされた『クレヨンしんちゃん』から見える問題

オタクに"なるほど"面白い!オタクニュース・ポータル「おたぽる」より

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インドネシアのテレビ局「RCTI」の『CRAYON SHINCHAN』ページより。
 インドネシアのテレビ番組を監督する政府の放送委員会が、同国で放送されている日本製アニメ『クレヨンしんちゃん』を「ポルノ」だとし、放送時間の変更などを求めた事件が注目を集めている。  この問題を報じた朝日新聞によれば、インドネシアのテレビ番組を監督する政府の放送委員会は「しんちゃんはおしりを丸出しにしたり、他人のデートをのぞき見したりする。胸の谷間を強調したセクシーな服を着た女性も登場する。大人向けで、ポルノ同様だ」と取材にこたえているとのこと。一部の描写の削除や放送時間の深夜帯への変更が求められているが、放送するテレビ局・RCTI(Rajawali Citra Televisi Indonesia)は「どこが問題なのか」と変更の意志がないとされる。 「おたぽる」で続きを読む

最強“肉食女子”深田恭子! 何人とつきあっても汚れない強度を見習え

【本と雑誌のニュースサイトリテラより】
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『(un)touch』(講談社)
 芸能界最強の肉食女子は誰?と聞かれたら、みなさんはどう答えるだろう。人妻になってもなお佐藤健とお泊りデートをしてしまう広末涼子か、はたまたネット上で“ビッチ”の称号を与えられている長澤まさみか。  いやいや。この2人なんて足下にも及ばない超肉食女優がいる。それは深キョン、深田恭子だ。1996年、14歳でデビューしてもうすぐ32歳になる深キョンだが、とにかく噂になった相手がスゴい数なのである。  最初のスキャンダルは99年。彼女が17歳になった誕生日の夜、ジャニーズの重鎮・東山紀之のマンションを訪ねたところを「フライデー」(講談社)に撮られたのが始まりだった。 深キョンは小学校のころから東山に憧れていたというが、東山はガードの固いことで有名だった。それが98年に雑誌の対談で初めて会うと、16歳年上の大物芸能人をメロメロにさせてしまったのである。

スマイレージ、なぜ改名&増員を決意した? 実験的グループの苦悩と功績

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スマイレージ『嗚呼 すすきの/地球は今日も愛を育む(初回生産限定盤A)』(アップフロントワークス)

【リアルサウンドより】  スマイレージのリーダー・和田彩花と福田花音が9月24日、動画サイト「ハロ!ステ」でグループの増員と改名を発表し、話題となっている。  この発表を受けてブログには賛否両論の意見が寄せられ、福田は25日に「本当にこれは軽はずみで決まったこととかじゃなくて何度も何度も相談を重ねて決まったこと。(中略)つんく♂さんが考えてくださった、スマイレージという名前はとても大切なものだし、宝物」としながらも「例え『スマイレージ』って名前が変わってもわたしたちが今までやってきたことが全て無駄になるってことはない」と、改めてファンに理解を求めた。  2009年結成以降、メンバーの卒業や増員でその体制を変えてきたスマイレージ。2012年からは現体制となる6人で活動を続けてきた彼女たちが、今このタイミングでグループ名の変更とメンバー増員を決めた理由とは何か。今や「伝説」ともいわれる青梅イベントほか、結成時から彼女達のイベントやライブに足繁く通い、同グループの動向に詳しい映像作家のターボ向後氏は、ハロー!プロジェクト内での彼女たちの功績を振り返りながら、次のように分析する。 「スマイレージは和田と福田を含む4人のオリジナル・メンバーの時から、AKBブレイク以降、戦国時代といわれた新しいアイドルシーンへ、ハロプロとして初めて戦略的に切り込んでいくグループとして機能していました。AKBグループを意識したファンとの向き合い方を模索していて、それまでハロプロで行われていたオマケ的なものではなく、今のような「接触系」と呼ばれる親密な握手会のスタイルをハロプロのグループとして始めたのも、動画サイトでの積極的な情報発信を最初に行ったのも彼女たちです。その試みの新しさゆえに、いつもファンからは賛否両論が起こりましたが、結果として彼女たちが現在のハロプロに与えた功績は少なくありません。もっと言えば、4人時代のスマイレージのあの狂騒的な活動がなければ、今のハロー!プロジェクトはなかったといっても過言ではないと思います。モーニング娘。や℃-uteがブレイクした背景には、グループの努力や苦節をエンターテイメントとして展開すること、つまり“物語性”を取り入れたのが一要因としてありますが、そうした物語性をAKBG以降のものへと更新していったのはスマイレージが先鞭をつけたことです。彼女たちの活動は手探りゆえに迷走することもありましたが、それまで極めて「内向き」だったハロプロの方向性を外側へと向けるきっかけとなった重要なグループであったことは間違いないと思います」  しかし、その実験的な活動方針ゆえの重圧が、グループとしての方向付けを難しくしていったと、ターボ向後氏は続ける。 「2011年8月にはオリジナルメンバーの小川紗季が、同年12月には前田憂佳が相次いで卒業したうえ、中西香菜、竹内朱莉、勝田里奈、田村芽実の4人が加わり、スマイレージは新たなスタートを切ることになります。しかし、オリジナルメンバーの半分が入れ替わるという前代未聞の状態で、この時点で元のスマイレージとは異なるグループになっていたと思います。にも関わらず、和田と福田は懸命にスマイレージであろうとし続けたし、新メンバーも必死にスマイレージになろうとしていました。僕は6人編成になった直後、今やファンの間では伝説といわれている青梅でのリリースイベントに参加した一人ですが、彼女達が一生懸命であるがゆえに“スマイレージ”というグループのイメージに囚われ、メンバーそれぞれが本来持っているポテンシャルを活かしきれていないと、その時点でも感じました。そんな歯がゆい堂々巡りの結果、グループとしての方向付けが難しくなっていった面もあったと思います。しかし、彼女たちはその苦しい状態のまま努力を続け、今年7月には念願の初武道館公演を達成しました。ここでようやく彼女たちは、スマイレージというグループに一区切りを付け、次のステップに進む決心ができたのではないでしょうか」  そんな彼女たちは今後、どのようなグループとして活動を開始するのだろうか? 「彼女たちはやっと“スマイレージらしく”という縛りから解放されたと思うので、今後は各メンバーが自由に個性を発揮して、自分たちらしいグループを1から築き上げていくのではないでしょうか。メンバーの福田花音はアーバンギャルドのようなサブカル色の濃いバンドを好んでいますし、田村芽実は宝塚を愛好しています。そういった趣味志向が活かされ、独自のグループになるのが理想的ではないかと。そのためにも、次のグループ名は“スマイレージZ”のような、前グループを踏襲したものにならないことを祈ります(笑)」  ハロプロ内でも特異なポジションを担ってきたスマイレージ。新たな名称になることで、同じメンバーが在籍しながらも、まったく異なる方向性を持ったグループとなるかもしれない。 (文=松下博夫)

恋愛&結婚も可!「今つきあえるアイドル」ハップニングガールズ(仮)デビューライブレポート

オタクに"なるほど"面白い!オタクニュース・ポータル「おたぽる」より

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 今も昔も、アイドル、そしてアイドルファンを苦しめるルールのひとつといえば、「恋愛禁止」。ほぼすべてのアイドルにおいて事実上規則化されており、それを守れなかった女の子たちが「大切なお知らせ」と共に何度消えていく様を見守ってきたことか……。しかし、その心配がいらないアイドルがついに登場! その名も「ハップニングガールズ(仮)」。驚くことに彼女たちのルールは「ファンとメンバーの恋愛OK、結婚も可」! そんな彼女たちのデビューライブが23日、AKIBAドラッグ&カフェ『アキドラプレミアムNight vol.10』で行われました。 「おたぽる」で続きを読む

鈴木亮平の裸がすごい! 写真集が即売り切れも納得の萌え度

【本と雑誌のニュースサイトリテラより】
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『鈴木亮平 FIRST PHOTO BOOK 鼓動』(キネマ旬報社)
 本日、最終回を迎えた『花子とアン』(NHK)。スタートから連続で視聴率20%超えするなど好調で、主人公の親友を演じた仲間由紀恵の再ブレイクを筆頭に、数々の出演者たちがブレイクした。とくに多くのイケメン俳優たちが登場しそれぞれにお茶の間の女性たちをキュンキュンさせていたが、なかでも大ブレイクしたのが、主人公である花子の夫・村岡英治を演じた鈴木亮平だ。  9月15日には、鈴木初のフォトブック『鈴木亮平 FIRST PHOTO BOOK 鼓動』(キネマ旬報社)が発売された。鈴木については既報のとおり、その肉体美が女子だけでなく2丁目でも絶大な支持を誇っている。今回の写真集ではヌードを披露しているということで、売れに売れている。Amazonでは発売初日に売り切れ、紀伊国屋のウェブストアでも「会員お一人様一点限り」という制限が設けられるほどだった。そんな『鈴木亮平 FIRST PHOTO BOOK 鼓動』には、いったいどんな写真が収録されているのだろうか。  まずは、やはり最大の見所であるヌード。真っ黒な背景やモノクロで撮影された見開き8ページにも及ぶ全裸の写真では、ひとつひとつの筋肉の陰影が綺麗に浮かび上がり、それこそ彫刻というか、一種の芸術品のような仕上がりになっている。とくに、首の後ろで手を組み、肘をあげて身体を伸ばした写真では、綺麗に割れた腹直筋だけでなく、大胸筋や横腹の腹斜筋までじっくり観察することができるのだ。

MONKEY MAJIK×渡辺俊美 対談「震災後は『何のために歌うか』を考えるようになった」

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【リアルサウンドより】  仙台を拠点に活動するMONKEY MAJIKが来年のデビュー15周年に向けて、9月10日にシングル『You Are Not Alone』をリリースした。同作は岩手・宮城・福島で行われている『NHK・民放連共同ラジオキャンペーン』のキャンペーンソングに起用されており、メッセージ性のある楽曲としてすでに東北のファンには馴染みのある1曲だ。リアルサウンドでは同作の発売を記念して、福島県出身のミュージシャンで、地元でも積極的に活動を行っている渡辺俊美(TOKYO No.1 SOUL SET)との対談を実施。東日本大震災以降の音楽についての議論や、渡辺のベストセラー書『461個の弁当は、親父と息子の男の約束。』にまつわる話、さらにはバンドがキャリアを積んでいく上で起こることなどを大いに語り合ってもらった。

「僕らが一番恐れているのは、震災に対しての意識の低下です」(tax)

――渡辺俊美さんは福島県出身、MONKEY MAJIKは宮城県の仙台を拠点にしていて、2011年の東日本大震災以降、大きな経験を共有しています。それぞれ東北で精力的に活動されていますが、どんな思いで取り組んでいるのか、聞かせてください。 渡辺: 僕は毎月、福島に行っていますが、両親はまだ避難しています。そこで感じるのは、福島出身のアーティストより、県外のアーティストが「がんばろう」と訴えたほうが、ずっと盛り上がるということ。だから、県外のアーティストのライブをセッティングしたり、地元のアーティストと交流を持ってもらったりしています。  そして、僕らはもう文句を言う時期は過ぎたと思っているから、次の段階に進むことをしっかり考えようと思っています。今後に向けて、どうすれば役に立てるか――避難している人、被災地に残っている人の両方を傷つけないように活動していきたいですね。被災地の今後については多くの意見があり、それをひとつにまとめるのは本当に大変なことで、また時間がかかるものだと思うので、寄り添って見守っていけたらいいなと。 ――MONKEY MAJIKも「MONKEY MAJIK MARKET」(以下、MMM)という、東北で作られたものを適正な価格で販売する、という試みを続けています。 tax: 震災直後は、友人たちがすごく大変な思いをしているのを見て、「音楽をやっている場合ではない」と思っていました。それで、各自がそれぞれの方向で動いて、MONKEY MAJIKとして何ができるかと考えたときに、親御さんを亡くされた小さな子たちなどに対して、お金を集めて具体的な支援をしなければという話になったんです。電力事情もあったので、できるだけ南のほうでライブをして、スタッフも含めて無償で動いて、集まったお金を全額、遺児支援をしているあしなが育英会や県庁に寄付するという、仙台プロジェクトを始めました。これは、いまも継続して行っています。  僕らが一番恐れているのは、震災に対しての意識の低下です。押しつけてもいけない問題だし、それでもまだ生活もままならない人たちがどうしたら復興に行き着くことができるかを考えたときに、出てきたアイデアがMMMでした。僕らができることは、もともとこの土地で素晴らしいものを作ってきた方々をサポートしていくことです。そうして、インディーズ時代からお世話になっているAZOTHさんとTシャツを作り、石巻のMOBBY DICKさんというウェットスーツのメーカーとスマホケースを作り、仙台の露香さんとお香を作りました。最近は、東北の伝統的な無添加・無香料の「坊っちゃん石鹸」に「塩竈の藻塩」を入れたオリジナルの藻塩入石鹸も作りましたね。こういう素晴らしい商品を知ってもらって、そのなかに少しメッセージを込めて、東北に目を向けてもらえるきっかけになったらと、微力ながらやらせてもらっています。 Blaise: 僕は初めて日本に来たとき、素晴らしすぎてユートピアだと思ったんです。それくらい、日本のスピリットに惹かれたし、フランシスコ・ザビエルが日本に来て、「我が国より素晴らしい文化をみつけた」と日本を紹介したのがよく分かりました。震災で大変なことが起こったけれど、そこからもう一度作り直しましょう、という考え方が本当にすごい。それを自分の目で見られたのは大きいですね。カナダ人でも、日本人でもなく、いち地球人として、美しい心と笑顔があれば、絶対におもしろいことができるはずだとずっと信じています。 渡辺: 「被災地」とくくってしまうけれど、そこは日本だし、もっと言えば地球じゃないかと。そういうことを知らせるために音楽があると思う。震災後は、「何のために歌うか」を考えるようになりました。少なくとも「すきだから歌う」という感覚ではなくなりましたね。同じように、食事をするにも「何のために食べるのか」と考えるし、何をしても「何のために」ということを意識しながら生きているなと感じます。 ――食という話が出ましたが、渡辺さんは『461個の弁当は、親父と息子の男の約束』という本も出していますね。息子さんとの「高校3年間、毎日お弁当をつくる」という約束を果たしながら、絆を深めていくというエッセイです。 渡辺: 子どもが小さなころから食育が大事だなと思っていて。何を食べてもいいとは思えないし、お金を渡して「好き勝手に食え」なんて言えない。放射能の問題もあるけれど、東北の野菜がダメというわけではないし、自分の目で見て、いい食材を選ばなければいけないと思うんです。息子には「食べることが生きることだ」ということを伝えていきたい。家族って、言葉でうまく伝えられないときがありますよね。同じことを言うにしても、親の言葉より、友人の言葉のほうが響いたりして(笑)。その分、家族だからこそ言葉ではない伝え方ができることもあって、そこで食事がいちばんいいのかなと。「うまいなぁ」というときに、伝わるものって大きいでしょう。 tax: 僕も読ませてもらって、すごくうらやましく思いました。僕にも息子2人と、娘1人がいるんですけど、こういう仕事をしているとなかなか会えなかったりして。ツアーに出たり、東京で仕事をしたりして、久しぶりに家に帰って寝ている姿を見ると、知らない間に大きくなっているんですよね。たまに言葉をかわして、「なんかちょっと生意気になったな」と感じたり。俊美さんの本を読ませていただいて、親子の距離とか、子どもの成長とともに心が離れていってしまう怖さも感じました。だから寄り添っていろんなことを聞いても、素っ気ない返事ばっかりになっていく。本を読んでいて、次のページに進みたいんだけれど、心が痛くて(笑)。自分は奥さんに任せっきりな部分があるので、本当に素晴らしい親子関係だなと思いました。あんなに素晴らしい息子さんで、本当にうらやましいなと思います。 渡辺: バカですけどね(笑)。でも、奥さんと仲良くしているということを子どもは見ているでしょう? 僕は離婚したばっかりだしずっと離れていたから、それは素晴らしいと思う。もちろん震災も大きなきっかけでしたが、自分の大切な人を大切にしない限り、福島だ、東北だ、国だと言っていられないから、僕は「こいつだけは絶対に見守っていこう」と思ったんです。 tax: それは本当に伝わってきました。 渡辺: だから、奥さんをきちんと守ればいいんですよ。奥さんとイチャイチャしていれば、子どもにもちゃんと伝わるものがある(笑)。 tax: でも同じアーティストとして、週末にライブに行って、ツアー先で息子さんのために食材を買って帰ってきて、お弁当に詰めたら喜ぶかな…なんて考えるのは、本当にすごいと思う。自分が同じ立場だったらそこまでできる自信がないです。俊美さんは地に足がついているな、自分はダメだな、って思います(笑)。長い年月をかけて愛すべき人を愛して、ともに暮らして、同じものを食べて「おいしい」と言う時間を大事することが、すごく必要なことなんだなと感じました。 渡辺: いや、僕も40過ぎてやっと地に足がついたというか。息子にも言うのですが、30くらいまではみんなはしゃぐから大丈夫だと。でも、40をすぎるとちょっとうつになるから、「ここまででよかったのかな」と思う。30代までは憧れる人みたいになりたいと思って、40過ぎたら「こうはなりたくない」というものをどんどんそぎ落としていく。それが見えてくるから、それまで自分で選択してやりな、と言っています。僕の生き方をプレゼンすることしかできないんです。最近、フリースタイルなんかをやりはじめていて、かわいいんですよ。最初にお題出して、例えば「坊っちゃん」とか言うんですけど、最後は全部「おっぱい」になっちゃうんです(笑)。全部オチがおっぱい。そういう興味が音楽になってきて、面白いですね。 Blaise: 僕も家族の大切さはずっと感じていますね。うちは6人兄弟だったんですけど、両親が夜も仕事に行っていたから、自分たちで料理もしていたんです。メイナードは次男で、僕は下から2番め。一番上のお兄さんは80年代の音楽、グラム・ロックなんかを聴いていて、メイナードは…という感じで、いろんなことを見て育ってきたから、多分家族のいいところが僕にサンプリングされている(笑)。一番下の妹なんで、下から全部見ているから、めちゃくちゃ頭がいいんですよ。みんなリスペクトしあっているから、すごく愛が強いし、喧嘩をしてもすぐに許しあえる。家族こそ本当の学校で、エデュケーションの場でした。自分の大きな家族を作りたいな、と思います。
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「音楽が生き物になっていく」(渡辺)

――BlaiseとMaynardのご両親も、時々日本に来られていますね。 Blaise: これまで3回来ていますね。10数年前と5年前と数ヶ月前に来て、特にお父さんが日本大好きになりました。昔は単純に「すごくきれいな国だ」と言ってましたけど、来るたびにどんどん好きになっているみたいで。3回目は特に感動していて、「スピリチュアルな力がすごく強い」と言っていました。オタワに住んでいるんですが、気温以外はちょっと仙台に似ているかもしれない。人も優しいし、食べ物とか名物を大事にしている街です。みんなメープルシロップをカナダと思っているけど、あれはケベック。オタワもいいところですよ。 渡辺: ふたりは震災を経て、音楽との向き合い方は変わりましたか? tax: 最初は本当に苦しかったです。何を作ったらいいのか分からなかった。ものの見方が変わってきたというのもあるんですけど、現実を受け入れた先の答えがない、迷いしか書けなかったというのもあって。そんななかで、フレデリック・バックというカナダのアニメーション作家が日本で展覧会をするということで、テーマ曲を書いてほしいという依頼があったんです。もちろんうれしかったし、まずは引き受けた仕事からしっかりやっていこうと思って、曲を作り始めたんです。戦後の話を描いた『木を植えた男』という作品を見ながら曲を書いたんですが、そのおかげで「僕らのいまの思いを形にしていいんだ」と気持ちの整理がつきました。それで、そのまま「木を植えた男」というタイトルの曲を作ったんです。そこで現実に起きていることに向き合って、受け入れて、自分たちの思っていることを形に残す…という繰り返しでいいんだと思いました。そういう風にしかできない、それがいちばん自然体でいいんだとメンバーの中で思えるようになって。 Blaise: 新しい曲もそうだけど、昔の曲に対しての気持ちが変わりましたね。例えば、仙台でチャリティイベントをやったとき、「アイシテル」や「fly」を作った当時とはぜんぜん違う世界に入っていて。若いときにデビューして、ハッピーな気分で作った曲を歌いながら、歌うことの意味が完璧に変わっていることがわかって。遊びの曲が、真面目な曲に変わったんです。みんなで歌って、歌詞の意味が本当に変わって聴こえたし、「アイシテル」のひと言が、本当に大切な言葉だと思えたんです。歌詞の意味の大切さに、あらためて気づくことができましたね。 渡辺: そうそう。曲を作っているとき、どうやって録ったかというフィーリングは覚えているけど、今はどんどん曲が育っていく感じがあるんです。音楽が生き物になっていくというか。逆に震災後に作った曲が、震災と関係ない人に響いたりしているんですよね。楽しい曲を作っても、日常の楽しさが膨らんで逆転する。曲がいいとそういうことになるんですよね。それがちょっとバカな曲でも。 tax: 震災前は自分たちが満足すればいいと思っていたけど、本当に曲が育っていくんだと思います。また自分が歳を重ねてそぎ落とされることがたくさん出てきて、発想が変わってくるんですよね。本当に3年前を機に僕らは大きく変わったように思います。俊美さんも、20代のころに作ったTOKYO No.1 SOUL SETの曲がぜんぜん違うように響いたりしていますか? 渡辺: そうですね。例えば95年に作った「黄昏'95~太陽の季節~」なんかは、テレビでかかっていて「今ヒットするんだ!」って思いました(笑)。「太陽の光と月の明かり」ってまったく違うものなんだけど、いまになってみると重要視されるというか、どんどん自然の言葉が重要になっている。日本全体が苦労していて、「楽しいだけじゃない」って思うようになっていて。そういった意味でも、ひとりひとり思い入れが曲を進化させているのかなと思います。やっぱり自分で書くもの、思いつくのは息子のことですからね。嘘つかないで物語を書くのは、息子のことになってしまうんですよ。だから、昔の曲だけど息子が0歳、4歳、7歳のときに作ったもので、今でも歌える。「息子は息子だもん」って(笑)。
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「ライブというより、ホームパーティーの感覚でやっている」(Blaise)

――音楽が人の気持ちに与える影響があると思います。実際にパフォーマンスをするなかで、あらためて音楽の力を実感することはありますか。 tax: バラードを歌ったときに涙を流している方をみると、この人の人生のどこかにこの曲が染み渡っているんだと思います。すごくうれしい反面、「この人に何があったのだろう」って考えてしまう。そうやって人の心を揺さぶれるようなものを残せたことは素晴らしいと思うし、今になって作品を大事にしてくれるファンのありがたみを感じています。 Blaise: そういうアットホームな雰囲気があるよね。ライブというより、ホームパーティーの感覚でやっている(笑)。僕たちがやりたいことをみんなが分かってくれていると思うけど、最近はより近くになっています。MCも前より長くなりましたね。いろんな質問も出てくるし、ちゃんと答えていきたいと思えるようになって。ちょっと年取ったのかもしれない(笑)。多分時間が経っているから「ファン」から「友だち」になっている。それは大事にしたいですね。 渡辺: MCはやっぱり長くなっていきますね。僕よりもずっとハードコアなバンド、例えばBRAHMANなんかも、すごく長く話すようになっていて(笑)。でも、キャリアを積むというのはたぶんそういうことで、パフォーマンスも含めて“次の段階”に進んでいるんだと思う。僕らもいい大人で、ごまかしがきかない年齢になると、「ヒット曲ばかりやって、楽しければいい」ということじゃなくなってくる。もちろん、シリアスな話ばかりというのも嫌だから、「今日ははしゃごうぜ!」というのも全然アリなんだけど、そこは緩急というか、一緒に楽しんだり、一緒に悲しんだりするのが大切なんだと思います。例えばラブソングで涙を流して、それで何が解決するわけでもなけれど、心に抱えたものを発散して、がんばろうと思う人もたくさんいる。どんなジャンルでも、どんなにくだらない歌でも、音楽に罪はなくて、誰かは喜んでいる。自分自身が音楽に助けられたので、音楽にちゃんと寄り添って、恩返しがしたいなと思っています。 ――さて、MONKEY MAJIKは来年15周年の節目を迎え、さらに精力的な活動が期待されています。 渡辺: そうか、もうベテランの域なんだね。ギターで言えばヴィンテージだ(笑)。 tax: そうですね(笑)。節目の年として、みなさんに大きく感謝する場を設けたいと思います。武道館ライブもあるし、これまでも沢山コラボレーションしてきたアーティストもいるので、大きいパーティーをやりたいなと。 Blaise: 簡単に言うと、MONKEY MAJIKの“大感謝祭”ですね。「みんな、こんなことあったの覚えてる?」って。この間、10年くらい前に録ったテープを見つけたんですけど、最高にダサくて(笑)。 tax: それと、MMMの第六弾で、今度はそば猪口の形をしたグラスを作っているんです。仙台のガラス工房とのコラボレーションで、広瀬川の砂を使ったものです。会津の染め物を使ったものも準備しているので、ぜひ楽しみにしていてもらいたいですね。 渡辺: 僕も山元町の人たちにミサンガを作ってもらったり、津波で流されてしまった仙台のTシャツ工場にSOUL SETで頼んだりしていています。大事なのは、やりたいけれど、やれていないことを実現していくこと。復興というより、新しい提案をする気持ちで、いろんなことに取り組んでいきたいですね。 Blaise: いつか、一緒におもしろいコラボレーションをしましょう! (取材=神谷弘一/撮影=竹内洋平)
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MONKEY MAJIK『You Are Not Alone』(binyl records)

■リリース情報 『You Are Not Alone』 発売:9月10日(水) 価格:CD+DVD ¥1,800(税抜)    CDのみ ¥1,000(税抜) <CD収録内容> 01.You Are Not Alone 02.Written In The Stars 03.You Are Not Alone -Instrumental- < DVD収録内容> 01.You Are Not Alone -Music Video-
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渡辺 俊美『461個の弁当は、親父と息子の男の約束。』(マガジンハウス)

『461個の弁当は、親父と息子の男の約束。』 発売:2014年4月30日 価格:1,500円+税

命運を握るのはわずか30万人!? “単価の高いファン”が命綱のアニメビジネス

オタクに"なるほど"面白い!オタクニュース・ポータル「おたぽる」より

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ビジネスセミナー「ビジネスサイドから見た『宇宙戦艦ヤマト2199』」の様子。
 9月20日と21日に開催された京都国際マンガ・アニメフェア(京まふ)2014では、ファン向けの声優やアーティストのライブや物販が活況を呈している裏で、ビジネスセミナーが粛々と行われていた。今回は20日に「ビジネスサイドから見た『宇宙戦艦ヤマト2199』」と「テレビ東京のアニメ海外ビジネスの今」が開催された。 「ビジネスサイドから見た『宇宙戦艦ヤマト2199』」にはプロダクションI.G(以下、I.G)企画室執行役員の郡司幹雄さんが登壇した。『宇宙戦艦ヤマト2199』(以下、『2199』)のアニメ制作は同社のグループ会社であるジーベックが担当しており、I.Gは製作委員会の主幹事である。その中で郡司さんはビジネス周りの担当になっている。本稿では、アニメビジネスの実情をうかがうことができる貴重な当セミナーの模様をご紹介しよう。 「おたぽる」で続きを読む