m.c.A・Tが証言する、90年代日本語ラップの興隆とその手法「ラップとメロディの融合を試みた」

mcatth_.jpg

m.c.A・Tこと富樫明生。

【リアルサウンドより】  日本初の音楽ダンス映画として1992年に公開された『ハートブレイカー[弾丸より愛をこめて]』が、東映Vシネマの25周年を記念してDVD化され、11月7日に発売された。  同作は、ダイアモンドユカイこと田所豊演じるディスコ探偵が、無国籍な雰囲気の漂う世界で事件に巻き込まれ、登場人物たちがダンスバトルを繰り広げるという内容で、日本だけでなくアジアの音楽シーンにも大きな影響を与えたとも言われるカルト映画だ。監督を務めたのは、数々のミュージックビデオやライブビデオを中心に制作を続ける小松莊一良(当時:壮一郎)で、全編の音楽および編曲も担当した富樫明生が“m.c.A・T”としてデビューする前に主題歌「Bomb A Head!」を提供した作品としても知られている。今回、リアルサウンドではラピュタ阿佐ヶ谷にて11月7日に行われた同作の上映会に向かい、m.c.A・T本人にインタビューを実施。一世を風靡した「Bomb A Head!」の誕生秘話や、当時の日本語ラップシーンや自身の方法論について、さらには現在の音楽シーンについてまで、幅広く話を聞いた。

「m.c.A・Tとして、ラップとメロディの融合を試みていた」

ーー『ハートブレイカー』で、音楽製作を務めた経緯を教えてください。 m.c.A・T(以下A・T):『ハートブレイカー』の富樫明生とm.c.A・Tは、いちおう別人という設定なんですけど(笑)。僕自身は、89年くらいから富樫明生名義でプロとしてやっていて、歌うのはもちろんなんですけど、音作りも得意だったので、プロデューサーとして90年以降、色んな音楽を作っていました。特にソウルやR&B、ヒップホップやニュージャックスイングといった、ブラックミュージック/ダンスミュージック寄りの音楽を作っていたので、そういうアーティストとの関わりが多かったんですね。それであるとき、音楽評論家の平山雄一さんが、「今度、ダンスミュージックの映画を撮るから」ということで、小松監督に僕を紹介してくださったんです。 ーーこの映画では、m.c.A・Tとしてデビューするきっかけにもなった「Bomb A Head!」が主題歌となっています。小松監督からは、制作に当たってどんな要望がありましたか。 A・T:僕はダンスミュージックに携わるうえで、ポッピングやロッキング、ヒップホップといったダンスの種類をあらかじめ知っていたので、基本的に小松監督との話は早かったです。ひとつ覚えているのは、監督に、「とにかく色んなシーンの音楽を作ってほしいんだけど、一番力を入れたいのはテーマソングなんだ」といわれて、そのイメージとしてカセットテープで聞かされたのが、当時、売れっ子作曲家としても名を馳せていた大澤誉志幸さんの曲だったことですね。僕自身、大澤さんとは友好が深かったものですから、それを聴いて「ちきしょう、負けてらんねぇな。びっくりさせてやろう」と思いまして、ずいぶん気合いが入りました(笑)。その頃の僕は、m.c.A・Tとしてラップとメロディの融合というのを研究していて、ライブでそれを披露したりもしていたんですが、ただそれを世に出すか否かは迷っていました。そんな折りに大澤さんに刺激されて、とにかく彼に負けないようにスリリングな曲を作ろうと思ってできたのが、「Bomb A Head!」だったんです。 ーーラップとメロディの融合という試みは、当時、とても新鮮なものだったかと思います。実際、1993年にリリースされた「Bomb A Head!」は、大きな話題となり、売り上げ枚数15万枚を越えるヒット曲となりました。そういった方法論は、どのように育まれたのでしょうか。 A・T:僕は当時、FUNKY GRAMMAR UNITのRHYMESTERやEAST END、スチャダラパー、いとうせいこう、高木完、藤原ヒロシ、それからヒップホップではないけれど電気グルーヴとか、そういう人たちの音楽をずっと聴いていましたが、僕は北海道出身だったので、東京のカルチャーの中にはいなかったんですね。そんな中で僕が独自に考えていたのが、もしかしたらラッパーが歌も歌うというのもアリなんじゃないか、ということ。ただ、歌でブラックミュージックを表現しているひとは、それこそこの映画にも出ているGWINKOや、久保田利伸、横山輝一、AMAZONSなど、すでにたくさんいた。つまり、R&Bやソウルはそれなりに成熟していたものの、まだまだラップというのは黎明期で、そこに新しい表現の可能性があったんです。今でこそ、アメリカのヒップホップをベースに、韻を踏むことーーライムというものが理論的に研究されて、スキルフルでかっこいい日本語ラップがたくさんあるけれど、当時はまだ探り探りで、後韻が多くて一般の人にはダジャレみたいに聴こえるものばかりだった。僕も最初はそれに近いものを作っていたんだけど、やはり違うなって感じていて。それで考え出したのは、日本語の「ま」や「ぱ」や「だ」の子音とか、あとは「っ」の付く促音便とか、そういう部分を活かした、つまりは韻を排除したラップだったんですね。そして、そのラップに加えて、歌も一人でやってしまうと。そうやってメロディとラップを近づけるとともに、人との差別化を計ろうとしていました。どこで息継ぎしているんだろう?と思わせるくらい、スリリングな歌唱法。それが当時、僕が辿り着いた答えだったんです。

「94年はヒップホップにとってエポックメイキングな年だった」

ーー「Bomb A Head!」はその後、注目を集めるわけですが、もともとメジャー志向を持って作られた曲だったのでしょうか。 A・T:そうですね、僕の作る物は常にメジャー感があるものだと自分では思っていて、アンダーグラウンドなものにはしないようにしています。あえて作ることもできるし、サントラではそういう曲もあるんだけど、自分で歌うものに関しては、ダークにならず、必ずポップでなければいけないと思っていました。ただし今回の映画に入っている「Bomb A Head!」に関しては本当のオリジナルなので、多くの人が知っているそれとは少し違います。オリジナルの「Bomb A Head!」は町田のavexのスタジオでレコーディングしていたところ、エンジニアの方が「これは面白い」と言って松浦勝人社長に聴かせて、そこからトントンとm.c.A・Tとしてのデビューの話が決まったのですが、ただこのままだとポップさが足りないということで、ラップのパートを減らしたり、メロディーを変えて増やしたりして、より多くのひとに届きやすい形にしました。去年リリースした『Bomb A Head!生誕20周年記念盤~ありがとう編~』には、映画の楽曲と同じバージョンも入っているので、聴き比べてもらえると面白いかもしれません。 ーー90年代前半から半ばにかけては、メジャーシーンにもラップが浸透していった時期かと思います。m.c.A・Tさん含め、当時活躍したラッパーは後の音楽シーンにどんな影響を与えていきましたか。 A・T:僕がデビューしたのは1993年12月で、翌94年にブレイクしたのですが、その年は日本のヒップホップやラップにとってエポックメイキングな一年でした。僕だけではなく、スチャダラパーは小沢健二と「今夜はブギーバック」を発表して知名度を上げましたし、East Endは東京パフォーマンスドールの市井由理を加えて、EASTEND×YURIとして「DA.YO.NE」で一大ブームを巻き起こしました。まさに日本のヒップホップの当たり年だったわけです。そして、その流れは後の日本のヒップホップにも受け継がれていきます。スチャダラパーは一聴するとコミカルに聴こえるけど、ライムや内容について素晴らしく研究していて、後学のラッパーに大きな影響を与えましたし、EASTENDのGAKU MCが得意としていたメロラップーーラップなんだけどメロディもあるスタイルは、同じFUNKY GRAMMAR UNITのRIP SLYMEやKICK THE CAN CREWにも受け継がれていったと思います。僕の場合はひとりで打ち込みもやるし、歌も歌っていて異質だからか、純然たるフォロワーというのはいないのですが、97年にDA PUMPのプロデュースを手がけて、彼らにはダンスもあったので、やりたかったことのひとつがそこで結実したんじゃないかと。最近だと、avexで頑張っている若手、とくにAAAなんかが僕のことを慕ってくれているので、これまでやってきたことは間違ってなかったなと、いまは思っています。 ーー同じくavexのEXILEに関してはどう捉えていますか。 A・T:彼らがJ Soul Brothersのときから知っていて、コーラスにも参加したことがあるし、HIROさんも友達ですから、もちろん好感を抱いています。ダンスに力を入れていて、avexとタッグを組んでダンススクールを展開したりしているのも、すごくシーンに貢献していると思うし、文化的にも素晴らしいものだと思います。ただ、初めてEXILEとして彼らを見たときは、目から鱗が落ちましたね。というのも、僕はDA PUMPを育ててきたので、 “歌って踊れる”というスキルをすごく重要なファクターとして捉えていたんですね。そのために、ダンスと歌のアクセントを揃えたりして、メンバーが無駄なく踊れるように研究して曲を作っていました。また、ダンスミュージックを作る人はクラブに行って自分も身体を動かさなければいけないし、グルーヴ感を体得している必要があると考えていました。だけど、EXILEの場合はシンガーとダンサーを別々にして、しかもシンガーはダンスミュージックの出自じゃないひとを起用している。日本の歌謡曲とダンスミュージックを融合させるのに、極めて画期的かつシンプルな手法で、これは僕からは絶対に出てこないアイデアでした。そういった意味でも彼らは新しかったですね。ダンサーのHIROさんがリーダーだからからこそ、既存の枠組みにとらわれないカルチャーを展開できたのかもしれません。 ーーカルチャーというところで『ハートブレイカー』に話を戻すと、映画はクラブカルチャーよりディスコカルチャーに近いものだったと思います。改めてその違いを教えてください。 A・T:ディスコはみんなで同じことをして楽しむカルチャーで、クラブは個人技を見せるカルチャーじゃないかと。ディスコの時は、鏡を見てみんなで同じステップを踏んでいましたし、DJはジャンルレスに流行している音楽をかけて、それをみんなで共有するという感じでした。いっぽうでクラブは、ハウス、ヒップホップ、トランス、EDMと、ジャンルが細分化されていて、選曲は流行よりもそのDJのセンスに依るところが大きく、箱自体にも得意ジャンルというものがあります。ダンスに関しても、みんなで一緒にというよりも、訪れたひとがそれぞれ自由に踊っている感じで、やはり“個”での楽しみが大きい。たとえてみると、原宿と裏原宿の違いみたいなところがあるんじゃないかと思います。 ーーなるほど、より個人の趣味嗜好に依って多様化しているという意味でも、クラブは昨今の風潮に合っているのかもしれませんね。では最後に、いま『ハートブレイカー』が再び世に出ることについて、一言お願いします。 A・T:『ハートブレイカー』は本当にカルト映画だと言われていて、多くのダンスミュージック愛好家に影響を与えてきた作品です。これまでVHSとレーザーディスクでしかリリースされていなかったので、今回やっとDVDになったことを喜ぶ方は多いと思います。小松監督は若いときの作品だから照れくさいって言いますけど、これに出ているダンサーにはすでに亡くなった方もいますし、日本の音楽ダンス映画の原点としても価値のある作品だと思いますので、当時を懐かしく思う人はもちろん、ダンスミュージックに興味がある若い子まで、ぜひたくさんの方に観てもらいたいです。 (取材・文=松田広宣)
heart-01.jpg

『ハートブレイカー[弾丸より愛をこめて]』

■リリース情報 『ハートブレイカー[弾丸より愛をこめて]』 発売:11月7日(金) 価格:2,500円+税 尺:本編74分 販売:東映  発売:東映ビデオ キャスト:田所豊、アンナ・バナナ、GWINKO、市村聡、ブラザー・コーン(特別出演) スタッフ:脚本=小松壮一郎、青柳初郎/監督=小松壮一郎 製作年:1993年作品 ■m.c.A・T関連情報 ・現在、DA PUMPのアルバムをレコーディング中。来年初頭にリリース予定。 ・2015.2.21(土)舞浜アンフィシアターにて『21th ANNIVERSARY 2015 m.c.A・T祭 俺フェス!』開催。詳しくは公式HPで。(12月中旬発表) ・毎週月曜23:00~CX系列にて『マネースクープ』レギュラー出演中。

約2000冊の本が読み放題!お宝の宝庫だった手塚治虫記念館に行ってみた!

オタクに"なるほど"面白い!オタクニュース・ポータル「おたぽる」より

141206_rum02_1.jpg
手塚治虫記念館の全景。
 マンガ家として大成功した者だけが建てられる栄光の城……それが記念館だ!! と、いう訳で、全国のマンガ家記念館を巡ろうという企画である。第1回目は、やはりマンガの神様の記念館に行くしかないでしょう!! 早速、「宝塚市立手塚治虫記念館」に足を運んだ。  手塚治虫記念館は、手塚治虫が5歳の時から住んでいた宝塚市に建てられている。近くには宝塚大劇場や宝塚文化創造館があり、最寄り駅は「阪急宝塚駅」。  記念館の入り口にはドーン!! と『火の鳥』の像が飾ってある。そして床には、ハリウッドのグローマンズ・チャイニーズ・シアターを真似て、手塚治虫のキャラクターの手形と足形が並んでいる。サファイヤ、どろろ&百鬼丸。鉄腕アトム、ヒゲおやじ……などなど、おなじみのキャラクターに並んで、マグマ大使、ユニコなど人外のキャラクターの形もあって楽しい。 「おたぽる」で続きを読む

何が政治利用なのか! 東山紀之「反ヘイト本」が朝鮮学校無償化見直しを批判

【本と雑誌のニュースサイトリテラより】
shonentai_01_141129.jpg
「Johnney's net」より
 先日、本サイトで報じた「東山紀之が反ヘイト本を出版していた」という記事は大きな反響を呼んだ。少年隊の東山紀之が4年前に出版していた自伝的エッセイ『カワサキ・キッド』(朝日新聞出版)で、自らの出自や在日コリアン一家との交流を告白し、差別され、虐げられているマイノリティへの思いを綴っていたことを知った読者から、「なんてまっとうな主張だ」「東山さんのことを見直しました」といった称賛の声が集まっているのだ。  しかし、その一方で、本サイトに対しては「東の個人的体験を政治利用している」「東山の話は反ヘイトとなんの関係ない」「東の美しい思い出をクソ記事でけがすな」「安倍首相の非難の為に東山氏の人生や人生観を利用するな」「この記事じたいが安倍さんへのヘイトだ」という批判が数多く寄せられた。  たしかに、本サイトは先の記事で『カワサキ・キッド』のことを「反ヘイト本」と表現した。「中国人はゴキブリ」「韓国人はダニ」というヘイトスピーチをがなりたてる神社宮司の本を「日本人の誇り」と絶賛する安倍首相に「東山の本を読め!」と説教もした。  だが、それのどこが政治利用だというのだろう。そもそも「反差別」は政治などではない。人を人種や国籍、性、宗教などで差別しない、というのは国際社会が一致して掲げている普遍的な原則であり、すべての人間が人間らしく生きる尊厳の基盤なのだ。

ドレスコーズ志磨遼平、“ひとりぼっちのアルバム”を語る「極限状態を望んでいる自分がいる」

20141204-dress.jpg

【リアルサウンドより】  渦中のバンドが12月10日にアルバム『1』をリリースする。9月24日に丸山康太(ギター)、菅大智(ドラム)、山中治雄(ベース)が脱退し、「4人体制での活動終了」を発表したドレスコーズ。つまりはボーカルの志磨遼平ひとりが残ったわけだが、今回届いた『1』は“災い転じて福となす”を地で行く充実作である。リズムアプローチに重点を置いた前作『Hippies E.P』から一転、シンプルな歌モノが並ぶ本作では、志磨のメロディメイカーとしての才気が際立つ。ポップでメロウ、それでいて荒涼としたサウンドはバンドの新境地でもある。今回のインタビューでは、ひとりでアルバムを作り上げた過程や、メンバー脱退から約2ヶ月を経て感じること、さらにはこれからの展望について話を訊いた。

ひとりになったことはまだ受け止めていない

――9月に他のバンドメンバーの脱退という衝撃の発表があり、その後、志磨さんひとりでアルバムを作り上げました。発表の時点ではアルバムの構想はどの程度あったのでしょうか? 志磨:9月24日の発表の時点では、ゼロパーセントですね。4人での活動を終了させると決めた時点で、録音できていた曲はすべて『Hippies E.P』に収録したので。断片的に考えていた曲は当然、ありましたけど、結果としてこのアルバムに入った曲は、メンバー脱退以降に書いたものです。 ――『Hippies E.P』に関する志磨さんの発言を振り返ると、「個人的ではない音楽」を志向していて、特にリズムパートで意欲的な取り組みをしていましたね。一方、こうして届いたニューアルバムは、まさに志磨さん個人以外の何ものでもない作品に仕上がっています。ご自身としては、ひとりになってどんな作品を作ろうと思いましたか。 志磨:メンバーの脱退という事実よりも、僕の32年の人生の中で得た知識、音楽的な素養―—楽典的というよりはもっと慣れ親しんだ曲のこと―—だったり、友人との言葉遊びだったり、読んだ本だったり、あるいは人との出会いや別れという経験が、そのまま音楽になっているという感覚です。ひとりで作るものとしては当たり前のことかもしれませんが、これまではそういう風に音楽を作ろうと思ったことがなかったんですよね。「新しいことをやろう」という計算は皆無で、はからずも自分としてはえらく新鮮な作品になったな、という感じです。 ――毛皮のマリーズにしてもドレスコーズにしても、パーソナルな意味合いの楽曲はあったと思います。けれど、本当の意味で個人として作るのは初めてで、そういう意味での新しさはあったと。 志磨:そうですね。これまでは「何者かになりたい」という、自己否定ともいえる変身願望のようなものがあって。例えば、イギー・ポップのように強くなりたいとか、デヴィッド・ボウイのように華麗なステージングがしたいとか(笑)。いろんな音楽を研究して、それを分析しては、自分の型にする――毛皮のマリーズというバンドはそういうものを得意としていたし、ドレスコーズは最初から、僕がずっと憧れていたような完全なオリジナリティを持ったメンバーを誘っていますから。ドレスコーズは、このメンバーといれば、僕が憧れていた、誰にも似ていない音楽を生み出せるかもしれない、という挑戦でした。なので、今回のアルバムは最初から僕の憧れのようなものが視野に入っていない、初めての作品ですね。だからすごく早くできたし、たぶんそういう物を作ろうとして急ぎました。 ――自分の中から出てくる感覚を、生のうちに作品にすると? 志磨:そうです。バンド時代とひとりぼっち制作とのいちばん分かりやすい違いがそこですね。今日書いた曲を明日録音できるという、インスタントな感じ。ドキュメントというか、そういうものにするべきだと思ったんです。 ――作品の冒頭から「別れ」がひとつのテーマですね。1曲目の「スーパー、スーパーサッド」は、恋人や家族との別れかもしれないし、リスナーはメンバーとの別れを想像するかもしれない。それを描きながら、始まりや復活が描かれているのが、この作品に不思議な明るさをもたらしていると思います。あらためて、バンドでの理想の形が途絶えたことをどう受け止めたのでしょうか? 志磨:まだ受け止めていないんです。受け止める前に、アルバムを作るということに逃げましたから。受け止めると、ちょっとやそっとでは立ち直れないショックを自分が受けることは、火を見るより明らかなので。だから、『Hippies E.P』のレコーディングの後、4人での活動終了の次の日から作曲にとりかかって、そこからはずっと休みなく制作に没頭して。そうすると、すごく楽なんですよ。自分の内面と向き合って悩むのは、音楽制作のひとつの側面であって、レコーディングはものすごく単純な作業なんです。それに没頭することで、現実逃避しました(笑)。 ――これから受け止めていくということですね。 志磨:そうですね。恋人との別れのようなもので、ふとした瞬間、些細なことで気づいたりするんだと思います。例えば、テレビ局の楽屋が広かったり、どこかに移動するとき、かならずメンバーの家の中間地点ということで明大前に集合していたのに、自分の家から出かけられるとか(笑)。いろいろと楽にはなっているんですけど、そんなふうに「ああ、ひとりなんだな」って感じることはあります。
20141204-dress2.jpg

「こういう状況の人間が作る音楽が面白くないはずはない」

――アルバムについて話を戻すと、志磨さんの音楽の軸足はドレスコーズ以降、バンドのアンサンブルとその革新にあったと思います。けれど本作は、ロック史でいうとジョン・レノンの『ジョンの魂』やルー・リードの『コニー・アイランド・ベイビー』のような、ポップでありつつ歌が真ん中にあるアルバムですよね。“災い転じて…”ではありませんが、これは素晴らしいアルバムだなと思って聴いています。 志磨:僕自身、こういう状況の人間が作る音楽が面白くないはずはないなと思う(笑)。今回のアルバムのテーマは、「とにかく、いますぐに出すこと」という、ただ一点でしたから。2週間ですべてを録りきらないと、発売が延期になってしまう……という期限があったのもよかったですね。最初から、僕のキャリアの中でも面白いものができるだろうな、と思っていました。 ――孤独の影は感じるのですが、それがある種の色気というか、官能的なものに昇華されている印象でした。ひたすら落ち込んで止まっていたら、こんな作品はできなかったでしょうね。 志磨:人間の持っている恐ろしいところですよね。こんなときに笑うなんて、「この悪魔め!」と(笑)。極限状態をどこか楽しんでいたり、もっと言うと望んでいる自分がいて。エロスとタナトスじゃないですけど、生きているからこそ死というものに妙な魅力を感じるし、「死ぬかと思った」というときこそ、人は生き生きするものでもあって。 ――なかでも「スーパー、スーパーサッド」はすごく官能的です。イエ・イエ・イエという声が、志磨さんの叫びなのだけれど、それがマッチョなものではなく、優しく響いてくる。 志磨:ものすごく悲しいときって、僕はこういう心象風景ですよね。言葉で伝えるのは難しいけれど、音楽なら上手に表現できる。口で言えないというのはメンバーも同じで、みんな不器用だったと思います。苦しいとか、辛いとか、誰も言わなかったし、僕もそうでした。 ――曲にすると、一発で伝わるところがありますよね。 志磨:そうなんですよね。もちろん悲しいんだけれど、不思議と風通しがいいというか。「ああ、何もなくなったんだな、僕には」って。 ――今回のレコーディングは、どんなふうに進んだのでしょうか? まずは志磨さんがデモを作ってという感じでしょうか。 志磨:そうです。そこから、『Hippies E.P』のときにご一緒した、作曲家・編曲家の長谷川智樹先生に協力していただいて。年は親子ほど離れているんですが、音楽的なつながりがものすごく強くて、迷わずにお願いしました。最短距離でゴールまでうまくたどり着けるようにお手伝いしてください、と。それで、先生とベース以外のすべてのトラックを録音して。僕のフェティシズムみたいなもので、ベースだけはベーシストに弾いてほしい、ということで、友人の有島コレスケくんにお願いしました。最後にベースを入れるという、ポール・マッカートニー方式で(笑)。
20141204-dress3.jpg

「レコーディングでしか起こりえない音のバランスを尊重した」

――『Hippies E.P』のリズムアプローチとは異なり、今作は歌を活かす意味でのリズムやギターアレンジも特徴ですね。とはいえ“歌があるから演奏がある”という作品でもない。今回、サウンド面で求めたものは? 志磨:意外とサウンドのことは聞かれないので、この話ができるのはうれしいです(笑)。今回、ちょっとやってみたかったのが、あからさまに一人で録っているというのが、音像的にわかるように表現できないかと。たとえばロックには“一発録り”という言葉があって、「せーの」で演奏して、お互いのアイコンタクトとか、長年の築き上げた呼吸で、グルーブで合うようなところダイナミズムだったりする。ロックのほとんどがそういうものを理想として演奏されていて、ナチュラルに演奏しているように聴こえなければ、録り直したりするんですよね。でも、今回の僕は「1(ワン)」なので、それを目指したってウソになってしまう。 ――確かに、バンドのダイナミズムを目指した作品ではないですね。 志磨:では、いまほど録音技術が発達していなくて、トラック数が限られていた時代はどうだったか。たとえば、最初にベースを録って、ドラムを録って、ギターを録って、その後に歌を録って、最後に「じゃあ、手拍子でも」なんて入れてみたりして。それでハードがいっぱいいっぱいになるから、最初に録った大事な楽器がぼやけていって、最後に録った手拍子が一番きれい、みたいなわけのわからないことになるんですよ(笑)。でも、それがすごくマジカルに聴こえるし、僕が個人的に好きな音楽がその時代のものなので、ああいう感じにならないかなと思って。普通にはあり得ない空間が、そのレコードの中だけに存在してるという。僕からすると、それがとても音楽らしいなと思う。なので今回、僕は“まるでライブ”のようなものではなく、レコーディングでしか起こりえないバランスとか力関係というものを、なるべく尊重して作ったんです。 ――後から録った手拍子や歌声などが、不思議な官能性に絡んでくるんですよね。 志磨:そうなんですよ。最終的に人間がものすごくクローズアップされてくる。自分がひとりでやる曲には、そういうものがすごくふさわしい気がしました。 ――日本語の音楽で人間をクローズアップしようとすると、フォークのような方法論が多くなるんですが、今作はそうではないところも面白いですね。あくまでポップミュージックであり、ロックであって。そこが志磨さんの特徴でもあるのかなと。 志磨:うれしいですね。意図的にフォークっぽいものを狙って作る曲はあっても、僕はひとりで音楽をやるということに憧れた時期がないんです。やっぱり、バンドのなかで偉そうにしてる人……ボーカルというポジションにずっと憧れていましたから。楽器も弾かないし、移動のときは荷物も少ないのに、インタビューやビデオクリップではメインになる(笑)。だから、好きなアーティストはたくさんいても、自分がフォークシンガーになりたいという憧れはないんです。 ――「才能なんかいらない」などは後期ヴェルヴェッツのような綺麗な曲ですが、けっこうドキッとすることを歌われていますね。志磨さんは、よりよい音楽を求めるという意味で、才能を渇望してきた方でもあると思うんです。それがこの曲では、音楽をやることや歌うことを、どこか突き放したように表現している。 志磨:繰り返しになりますけど、僕は今回、メンバーがいなくなったという事実から逃げるためにアルバムを作ってるわけです。だから、音楽以外、何もできないんですけど、音楽さえやっていれば働かなくてもいいだろうし、優れた曲を書ければ友人はいらないってずっと思っていました。歌詞の<3分だけこの雨がしのげるなら>というのは、そういうことですよね。自分が堪え難いような悲しみとか、怒りとかに襲われたとき、やっぱり僕はよく曲を書いて、そういうものをなんとか中和して、けろっとした顔で生きてきたんです。そんなやらしい能力を持たなければ、もっと問題と向き合って、「ああ、僕はなんてバカなことをしたんだ。いますぐ謝ってヨリを戻してもらおう」とか「もう二度とこんな過ちは繰り返さないでおこう」とか、「もっと友だちを大事にしよう」と思えたはずで。もっと早い段階で気づけばよかったんですけどね。 ――そうした構図を理解した上で表現者の道を選んで音楽を作っていくと、やっぱり困難もありますよね。 志磨:まぁ、自分が作っているときだけは困難から逃れられるという感じなんですよね、やっぱり。 ――そういう意味では、ある種のアクシデントが生み出した作品ともいえると思うんですけど、このアルバムはすごくよくて、ここから新路線が始まると期待が膨らみます。でも、ジョン・レノンがソロの1stアルバムをなかなか超えられなかったという例もあり(笑)。 志磨:そこだけ気をつけようと(笑)。僕は本当に楽天的で、これは親に似たんですけど、ひとりでいると何の悩みもないんですよ。さっきの話に戻すなら、音楽を聴いてたまに曲書いて、「あぁ、またいい曲できちゃったな」って寝るという(笑)。だから、僕はいま自分の将来の展望みたいなのをものすごく楽観視していますけどね。それは、バンドの時にはどうしても思えなかったことで、僕はなんとかこのバンドで成功したいと、いつも思っていましたから。 ――なるほど。“自分ではないものに向かって”というお話もありましたが、そこに向かってがむしゃらに進んでゆくのがこれまでの志磨さんの姿だったとするならば、この作品をきっかけに違うモードで創作する姿勢は、しばらく続くということなんでしょうか? 志磨:そうですね。僕を変化させてくれるものが、きっと完全に第三者になるというのが楽しみですね。バンドメンバーの関係って、家族によくたとえられますけど、赤の他人ではないですよ、決して。たとえば、「曲ができたよ」といってスタジオに持っていくとき、初めて聴かせる他人でもあるんですけど、そこからは完全な共同作業になる。そこで、自分たちの曲というふうにいつしか認識が変わっていって、その曲の反応にみんなで一喜一憂するっていう。でも、これからはそういう中継地点を経由せずに、僕と世界との完全な対話式になるんですよね。 ――世界と直で向き合う。 志磨:だから、たとえばこの作品がものすごく評判よかったら、気をよくしてまた作ると思う(笑)。僕ってそういう人なんだと決めるのは、これからはみなさんになるわけですよ。それが20代といまの違いですね。昔は「僕はこういうやつになるんだ」「僕はこういうやつじゃなきゃいけない」「僕はきっとこうなるべきだ」って、自分で決めていましたから。でも、バンドメンバーがいるときは、バンドというものを目指すことになる。あいつの横に立っていて相応しい男になりたいとか、4人で何かひとつの完成型を目指したいとか。単純に「こういうふうに歌ってくれ」とか「こういうふうに弾いてくれ」というのもあったわけですし。でもこれからは、それは他の誰かが決めることなんだろうなというのが、大きな違いでしょう。それが楽しみですね。 ――ライブをやることは考えていますか? 志磨:そうですね。どんな構成になるかはまだ秘密だけれど、やっぱりライブも大きく変わると思います。すごく細かいところに凝るのが好きなので、そういうステージを作りたいですね。もしかしたら、いろんなプレイヤーに声をかけて、独身貴族を満喫するように、いろんな行きずりの人たちと遊ぶかもしれないです(笑)。 ――最後に、このアルバムをどんな気持ちでリスナーに届けますか。 志磨:この間、友だちの家でおしゃべりしていて、自分がひいきのバンドの曲をどういうタイミングで聴くか…という話になって。そいつは、夜に聴くと言っていたんです。で、このCDを「できたよ、聴いてね」って渡したときに、「おまえが帰ってから聴く」と言われて。それがすごくうれしかったんですよね。……僕は朝に聴くんですよ。寝起きで聴いたり、余裕があるときにひとりで聴くのが、僕のあらたまった音楽との向き合い方で。なんか、そういう風にそれぞれの聴き方で、このアルバムと対面して楽しんでもらえたら、僕の望みとしてもうそれ以上のことはないです。これはちょっとしたわがままだし、もちろん、忙しい人は通勤中とか、仕事をしながらでもいいんですけどね(笑) (取材=神谷弘一)
dress1th_.jpg

ドレスコーズ『1(初回限定盤)』

■リリース情報 『1』 発売:12月10日(水) 価格:初回限定盤(CD+DVD) ¥3,500+税    通常盤(CDのみ) ¥3,000+税 <CD収録内容> M1. 復活の日 M2. スーパー、スーパーサッド M3. Lily M4. この悪魔め M5. ルソー論 M6. アニメみたいな M7. みずいろ M8. 才能なんかいらない M9. もうがまんはやだ M10. 妄想でバンドをやる(Band in my own head) M11. あん・はっぴいえんど M12. Reprise M13. 愛に気をつけてね <DVD収録内容> 「スーパー、スーパーサッド」MUSIC VIDEO 「ワン・マイナス・ワン」DOCUMENTARY VIDEO <『1』法人別購入特典> 【TOWER RECORDS】 オリジナル特典:特典CD「アルバム収録曲アコースティックver. 2曲収録」 予約特典:the dresscodes“1”ENTRY CARD(志磨遼平直筆サイン&シリアルナンバー入り) ※下記、期間内で予約の場合はの方に別途上記のENTRY CARDを提供 対象店舗:TOWER RECORDS全店(オンライン含む) 予約期間:10月20日(月)~ 11月11日(火) ※店舗ごとに営業時間に違いあり。 ※現時点での予約者も特典対象 【TSUTAYA】 オリジナル特典:中村明日美子描き下ろしマンガ+アニメ絵コンテ(36P予定) 【HMV】 オリジナル特典:志磨遼平「1」オーディオコメンタリーCD ※志磨遼平による「1」解説音源 【メーカー多売特典】 告知ポスター ※配布店は後日発表。 ■ツアー情報 『Tour 2015 “Don't Trust Ryohei Shima』 ・大阪 umeda AKASO 日程:1月17日(土) 前売り:¥3,240 当日:¥3,800 OPEN:17:15 START:18:00 問い合わせ:清水音泉 06-6357-3666 ・名古屋CLUB QUATTRO 日程:1月18日(日) 前売り:¥3,240 当日:¥3,800 OPEN:17:15 START:18:00 問い合わせ:JAILHOUSE 052-936-6041 ・新木場studio COAST 日程:1月25日(日) 前売り:¥3,240 当日:¥3,800 OPEN:17:15 START:18:00 問い合わせ:HOT STUFF PROMOTION 03-5720-9999

声優業界とコンテンツ業界に一石を投じる!? 新形態の声優事務所「コトリボイス」の狙い

オタクに"なるほど"面白い!オタクニュース・ポータル「おたぽる」より

1412_kotori_main_1.jpg
コトリボイス公式HPより。
 近年のアニメ人気によって、声優を目指して専門学校に通う声優志望者が急増。いまや“声優の卵”は約30万人といわれている。しかし、現役声優は1万人前後であり、その中でも声優業だけで生活できるのはわずか3%。ほんの一握りの声優だけが脚光を浴びる裏で、日々のアルバイトで生計を立てる無名声優が数多く存在しているのだ。  こうした現状の中、2014年9月16日、またひとつ新たな声優事務所が誕生した。株式会社コトリボイス──「コストパフォーマンスに自信アリ」を謳う「音声制作のプロフェッショナル集団」らしい。事務所のサイトには所属声優の情報が一切掲載されておらず、ただ純粋に「声」を売っている。  アイドル声優がもてはやされる昨今において、時代に逆らうように現れたコトリボイスとは、いったいどのような事務所なのか? 設立の経緯やビジネスモデルについて、同社代表取締役社長・子吉信成(ねよし・のぶなり)氏(37)に詳しい話を伺った──。 「おたぽる」で続きを読む

「女に参政権与えたのが失敗」差別発言連発!衆院選候補者“女性の敵”ランキング

【本と雑誌のニュースサイトリテラより】
seihukoho_01_141206.jpg
トンデモ発言が続々で目ん玉飛び出るゾ!(政府公報オンライン「女性の活躍促進」より)
 投票日まで一週間に迫った衆議院選挙だが、各党がこぞって掲げているのが“女性のための政策”。しかし、その実態はなんともお粗末なものだ。たとえば、「女性の輝く社会を」というスローガンを掲げた安倍晋三首相だが、先の内閣でその目玉として大臣、党役員に起用した山谷えり子、高市早苗、有村治子、稲田朋美らが女性の活躍の足を引っ張る“反女性”思想の持ち主だったことをリテラが指摘。大きな反響を呼んだ  だが、女性大臣に限らず、女性の活躍など露ほども考えていない議員はわんさといる。そこで今回は、衆院選に出馬する議員から“反女性”候補者をピックアップし、ベスト7を発表したい。

亀田誠治にアイドルプロデュース待望論? 万能型音楽クリエイターの遍歴を辿る

20141205-kameda5.jpg

亀田誠治『カメダ式J-POP評論 ヒットの理由』(オリコン・エンタテインメント)

【リアルサウンドより】  亀田誠治は東京事変のベーシストとしても知られているが、もちろん元々は音楽プロデューサーとして数々の優れた仕事を行っていた人物である。そもそも彼が東京事変に参加することになったのも、バンド結成前から椎名林檎の初期作品でアレンジャーを務めていたという経緯によるものだ。付け加えておくと椎名林檎の楽曲は1998年のファーストシングル『幸福論』から2000年の『罪と罰』まではすべて亀田がアレンジを担当しており、同じく全曲アレンジを担当した『無罪モラトリアム』『勝訴ストリップ』という2枚のアルバムはどちらもミリオンセラーになっている。その後、椎名林檎は3枚のアルバムを出しているがこれだけの売り上げを稼いではいない。もっとも、彼女は最近「CDはもうダメ」と語っており、たしかに今年出たアルバムは初週販売枚数4.2万枚という結果になったので、売り上げ不振はプロデュース陣がどうこうという問題ではないのかもしれない。  話がそれたが、ともあれ亀田が椎名林檎の仕事で名を馳せて、それ以降に多くのJ-POPミュージシャンからラブコールを受けるようになったのは間違いない。とはいえ彼がそれ以前にやっていたのはアイドルや声優の楽曲である。彼が編曲やアレンジの仕事をするようになったのは1989年からなので、いわば彼はアイドル冬の時代にして声優オタク文化が社会的にあまり好ましく思われていなかった時代を支えてくれた重要な作家である。相手もCoCo、西田ひかる、観月ありさ、チェキッ娘、櫻井智、椎名へきる、国府田マリ子など、いずれも楽曲に定評のある者ばかりだし、実際に彼が担当した楽曲を聴くと理論派の彼らしい、ジャンルを自由に横断する面白さのある楽曲を作り続けている。  90年代といえばもうひとつ、渋谷系のような過去楽曲への参照性のある曲作りが全面的になった時代で、亀田はバンドとして登場したわけではないが、似たような志向性を強く感じさせる。90年代中盤以降、渋谷系を担った作り手たちが声優などのプロデュースへと流れていったのともパラレルなものだと思わせる。そんな彼が椎名林檎と出会ったのは時代の必然というほかない。アイドル文化にもつながるキャラクター性の重視と演劇的な演出、過去のカルチャーに対する参照性の高さなどが90年代後半のディーヴァ系の台頭と結びついて、彼は見事にヒットを飛ばしたようだ。その後、亀田は深い音楽的知識を持つプロデューサーとして、またはチャーミングなベーシストとしてJ-POPのメジャーシーンに迎え入れられ、ヒット曲の構造について分析的に語る姿もよく見られるようになった。しかしだからこそ、個人的には今こそよりハデにアイドルのプロデュースもやってくれたら面白いことになりそうだと思う。90年代から培ったジャンル横断性、越境性をいま全面展開してあらゆる場所で活動することが、音楽シーンの閉塞を越えてくれる……と思うのは、穿ちすぎだろうか。  亀田の特徴がジャンル的な横断にあるとするならば、椎名林檎以降、つまりJ-POPの人気プロデューサーとなってからの亀田が90年代に花開いたオルタナティブロックのテイストを感じさせるアプローチを数多く行ってたことも頷ける。ニルヴァーナやスマッシング・パンプキンズのように音圧のあるギターとメロディアスでわかりやすいリフやメロディー、そして繊細さとドラマティックさのある展開の作り方などは、洋楽だけでなくいわゆる歌謡曲的な要素もごちゃ混ぜになって成り立つJ-POPというジャンルに似つかわしい。90年代以降に日本のポピュラー音楽は急速に洗練されていったが、こうした流れにもオルタナティブ的なジャンル横断性を日本の文脈にうまく転用した亀田の手腕が重要な役割を果たしたのは間違いない。 ■さやわか ライター、物語評論家。『クイック・ジャパン』『ユリイカ』などで執筆。『朝日新聞』『ゲームラボ』などで連載中。単著に『僕たちのゲーム史』『AKB商法とは何だったのか』『一〇年代文化論』がある。Twitter

「黒い眉毛はおかしい」『すべてがFになる』武井咲のコスプレ姿は、コスプレイヤーにどう映った?

オタクに"なるほど"面白い!オタクニュース・ポータル「おたぽる」より

1412_takei.jpg
『すべてがFになる』公式サイトより。
 12月2日放送のドラマ『すべてがFになる』の第7話「数奇にして模型 前編」でコスプレ姿を披露した女優の武井咲。ドラマ放送に先がけ、11月には武井のコスプレ姿が公開され、ネット上で話題となっていたことも記憶に新しい。ドラマ放送後には、ネット上で「コスプレ姿でもかわいい」や「武井咲のコスプレ姿推せる」といった声も上がっていたが、実際のコスプレイヤーが見ると、武井咲のコスプレ姿はどのように映るのか? 都内を中心にコスプレ活動をしている女性コスプレイヤーに聞いてみた。  まず、今回、武井演じる本作のヒロイン・西之園萌絵がコスプレすることとなった経緯は、以下の通り。知人が主催する模型展示イベントに呼び出された西之園は、その場で代役として、無理やりコスプレ参加させられることになってしまう。そんな西之園のコスプレは、女剣士という設定のオリジナル衣装。タイトな赤のスーツに、髪は赤いショートカットのウィッグ、頭には『新世紀エヴァンゲリオン』に出てくるインターフェイスのような飾りも。そんな武井のコスプレ姿について、女性コスプレイヤーはこう語る。 「おたぽる」で続きを読む

田母神候補に不倫と泥沼の離婚裁判報道! 選挙3日前に出る判決の影響は…

【本と雑誌のニュースサイトリテラより】
tamogami_140820.jpg
『田母神流ブレない生き方』(主婦と生活社)
 東京12区から衆院選に立候補した元航空幕僚長の田母神俊雄氏。常々「日本の国益、そして国民の生命を守る」、そのためには基盤となる「家庭を中心とした地域共同体の復活を!」と訴えているが、そんな田母サンが基盤であるご自分の“家庭”を不倫によって崩壊させようとしているのをご存知だろうか。 「田母神候補の『不倫→離婚』ドロドロ裁判は選挙より凄い!」    本日発売の「フライデー」(12月19日号)がこんなタイトルでその詳細を伝えている。しかも、田母サンと不倫相手のツーショットまでがでかでかと掲載されている衝撃的な記事だ。  記事によれば田母サンは5年ほど前に出会った50歳前後の女性Aさんと不倫関係になり、一時は自分の秘書にしていたという。しかし、田母サンには30年以上連れ添った妻と2人の子どもがいた。やがて、田母サンは妻と別れAさんと結婚したいと言い出したのだが、妻はこれを拒否。2年前に離婚調停を申し立てたが折り合いがつかず、13年6月には東京家庭裁判所に離婚を求める訴訟を起こしたのである。

Sugar’s Campaign、Shiggy Jr.、ORESAMA…“ブギーファンク”な次世代J-POP5選

20141121-oresama.jpg

【リアルサウンドより】  どうやらJ-POPの若手クリエイターたちの潮流の一つに、ブギーファンクのセンスがあるようだ。フェスやライヴに最適化したパンキッシュな縦ノリとは違う、かと言ってむせかえる汗の匂いがするソウルフルな70sディスコのこってりしたグルーヴ感とも違う。パトリース・ラッシェンの「Forgot Me Not」に代表されるような、80s初頭のキラキラしたディスコ/ブギー(エレクトロ・ファンク)の楽曲たち。そこにあったセンスをポスト・インターネット的な感性でアップデートしたようなテイストのポップソングが次々と生まれている。  もともとはLAのトラックメイカーDâm-Funk(デイム・ファンク)を中心に、80sエレクトロ・ファンクの再解釈として広まった「ブギーファンク」。ダフト・パンクやファレル・ウィリアムスなどのディスコ・リバイバルの動きとリンクして、去年あたりから徐々に日本でもそういうテイストを持った楽曲が目立ち始めていたが、tofubeats のブレイクから「ディスコの神様 feat.藤井隆」で一気に流れが表面化。ここにきて、2015年のJ-POPシーンを担う有望なニューカマーが続々と登場してきている。この記事ではそんなグループを紹介していきたい。

Sugar's Campaign

Sugar's Campaign 『ネトカノ』 (Official Video)

 まず、現在勃興しているシーンの筆頭格に挙げられるのが、SPEEDSTAR RECORDSからメジャーデビューすることも決定したSugar's Campaignだろう。CDとしてパッケージリリースされた「ネトカノ」に続き、11月26日にリリースされた配信シングル「ホリデイ」も好評。シンセベースがうねるカラフルな派手でカラフルなダンス・チューンは、まさにディスコ/ブギーのテイストだ。  「Avec Avec」ことTakuma Hosokawaと「seiho」ことSeiho Hayakawaの2人によるユニットの彼ら。プロフィールでも、岡村靖幸や久保田利伸からの影響を明かしている。つまり、彼らは「ファンクやブラックミュージックの持つポップネスをJ-POP化する」ことに確信的に取り組んでいる二人組。先鋭的なトラックを作る力量も兼ね備えているゆえ、そのポテンシャルはかなりのものだ。

Shiggy Jr.

Shiggy Jr. / LISTEN TO THE MUSIC

 今年メキメキと頭角を現してきた4人組ポップ・バンドShiggy Jr.も注目株だ。「ポップでポップなバンド」というキャッチコピーで、池田智子のヴォーカルのキュートな表現力とメロディのキャッチーな甘さが魅力の源泉。多彩な方向性を持つグループだが、アルバム『LISTEN TO THE MUSIC』では80'sディスコのテイストを吸収。バナナラマやカイリー・ミノーグのような往年のディスコヒットと、ジェシー・Jのような同時代のポップスを等距離で解釈していることが、他のグループにない独特のポップネスにつながっている。

vivid undress

vivid undress『パラレルワ』LIVE

 タワーレコード渋谷店独占販売の1stミニアルバム「ゼロ」が異例のロングセラーを続けているという5人組バンドvivid undressも面白い存在だ。紅一点のヴォーカリストkiilaを中心に集まり「下北沢発ガールズ・シティ・ポップ」というキャッチを掲げて活動を繰り広げている。バンドシーンで活動するゆえに邦楽ロックの雰囲気も色濃いが、ベースラインやメロディセンスにはアーバンなディスコ/ブギーのセンスを感じる。

Especia

Especia 「No1 Sweeper」 MV

 一方、アイドルシーンにおいて、このディスコ/ブギーのリバイバルの潮流を体現しているのが、大阪発の5人組(MV時は6人組)Especiaだ。キャッチコピーは「アーバンブギーファンクサウンド・大阪発堀江系ガールズグループ」。楽曲も80s初期の本格派ディスコチューンが揃う。

ORESAMA

ORESAMA - オオカミハート (F.O.ver.)

 そして、こうした動きの中でも多方面への広がりが生まれそうなグループが、渋谷を中心に活動中の2人組ユニット、ORESAMAだ。12月6日にアニメ『オオカミ少女と黒王子』のEDテーマソング「オオカミハート」でメジャーデビュー。かなりノリのいい、一度聴いたら耳に馴染むタイプのポップソングになっている。  ディスコ/ブギーの世界的なリバイバル・ムーブメントのきっかけとなったブルーノ・マーズの「トレジャーズ」(2013)を聴けばわかるとおり、この手の楽曲のポイントはファンキーにうねるベースライン。そしていい意味で「軽薄さ」に満ちた曲調だ。

Bruno Mars - Treasure [Official Music Video]

 このベースラインのファンキーなテイストをエディットされたシンセ・エレクトロで体現したのがブギーファンク。その感触を、あくまでJ-POPのフィルターを通して表現しているのがORESAMAの音楽的な方向性だ。  さらに、ORESAMAは現在生まれているそういったシーンの潮流のハブとなる可能性も持っている。12月6日に2.5Dで開催されるリリースパーティー「YASHIBU」には、Sugar's CampaignのSeihoや、ORLAND、give me wallets feat.仮谷せいらやPARKGOLFなどが出演。バンド、トラックメイカー、シンガーという枠組みを超えて2010年代の渋谷から新しいディスコポップが次々と登場しているムーブメントを体感できるようなイベントとなっている。  これらの面々に共通するのは、「楽しく、軽く、柔軟で、でもちゃんと音楽愛のあるグループ」ということ。そういうセンスを持ったミュージシャン達が2015年のJ-POPのシーンを彩っていく予感がする。 ■柴 那典 1976年神奈川県生まれ。ライター、編集者。音楽ジャーナリスト。出版社ロッキング・オンを経て独立。ブログ「日々の音色とことば:」Twitter