安倍首相がZERO村尾にブチギレ完無視!古舘は口封じ状態!大荒れ選挙特番

【本と雑誌のニュースサイトリテラより】
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どの道むしかい。(自民党2014衆院選特設サイトより)
 自民党の圧勝に終わった衆院選。安倍首相は、してやったりでご機嫌かと思いきや、当日の選挙特番でキレまくっていた。  既報のとおり公示前に自民党がテレビ局に圧力をかけた影響か、選挙期間中の選挙報道の時間が、2年前の総選挙の3分の1になるという体たらく。早くから自民党圧勝が予測されたなか、選挙特番も期待できるのは、“池上無双”のテレ東か、古舘のテレ朝くらいのものだろうと思われていた。  解散発表当日、テレビ各局のニュース番組にハシゴ出演した安倍首相は、テレビ朝日の『報道ステーション』にだけは出演しなかった。本サイトで以前報じたが、これは、批判的なスタンスの古舘に対し、テレ朝上層部があまり厳しい質問をしないよう釘を刺したため、古舘が安倍の出演を拒否したからだといわれている。そんな経緯から、古舘が安倍と一戦交えるのではないか、そんな予想があった。  しかし、テレビ朝日の『選挙ステーション』は、古舘の口封じシフトを敷いていた。番組中に選挙とはなんの関係もないフィギュアスケートグランプリファイナル関連の映像を何度も挿入するのだ。この日のテレ朝は、選挙特番の直前まで、早朝に行われ羽生結弦が見事優勝した男子シングルのフリーを録画放送。特番と同時間帯に行われていたグランプリファイナルのエキシビションは特番後の11時半から録画放映する予定になっていた。ところが、選挙特番中にも、さっき放送したばかりの羽生のフリー演技に、エキシビションの生中継、羽生のインタビュー、羽生のシーズンふりかえり、とやたらフィギュアを入れてくるのだ。安倍首相インタビューの直後には、試合すら地上波放送していないペアのエキシビションの生中継を入れるという、徹底した口封じぶりだった。羽生選手の登場ぶりは「羽生くん当確」と錯覚するほどで、ついには古舘も「またフィギュアですか!?」と驚きの声をあげていた。  そして、意外なことに安倍と全面対決となったのは、身内のはずの日テレ『ZERO×選挙』のキャスター・村尾信尚だった。

Acid Black Cherryは現代ロックのドンキホーテか? 作品に込められた“挑戦”を分析

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【リアルサウンドより】  10月22日にリリースされたAcid Black Cherryのニューシングル『INCUBUS』は、初週に自己最高初動売り上げとなる約65.000枚を売り上げて2位にランクイン。実はこの記録には「CDシングル週間ランキング1位未獲得アーティストによる最多2位獲得」という珍記録までオマケでついてきたという。昨今、チャート上位の常連アーティストでも熱心なファン以外の音楽リスナーからはあまりその実態がよく知られてない、というのはよくあることではあるが、それにしても現在のAcid Black Cherryを取り巻く状況は異例のものだと言えるだろう。  Janne Da ArcのyasuがAcid Black Cherryの活動をスタートさせてから今年で8年目、Janne Da Arcでの活動も含めると実に18年という長いキャリアを持つ音楽家が、現在その人気の新たなピークを迎えているわけである。通常、ここまで長期にわたってポピュラリティを維持/拡大しているバンド/ミュージシャンにはどこかで一般層にバッと広がるブレイクポイントが訪れるものである。しかし、Acid Black Cherryの活動は一部のファンにとって密かな楽しみとして愛でられたまま、その感染範囲をジワジワと拡大させている状況なのだ。ちなみに、今回の『INCUBUS』のリリースタイミングのプロモーションも、テレビ/ラジオ出演など一般的な意味でのプロモーションは一切なし。基本的には公式HPとブログでの発信のみというから驚かされる。  これまで機会がある度に耳にしてきたAcid Black Cherryの音楽から自分が受けてきた印象は、いわゆるビジュアル系の枠組みに収まるものではなく、誤解を恐れずに言えば「歌謡曲」的なものだった。70~80年代の歌謡曲界で異物であり続けてきた沢田研二、バラード曲においてはその甘い声から郷ひろみ。もちろんAcid Black Cherry=yasuの音楽的ルーツの中核にはBOØWYやL’Arc-en-Cielが存在しているわけだが(今回の『INCUBUS』のカップリングでもBOØWY「CLOUDY HEART」のカバーという大ネタをかましている)、もっと広い大衆層にもアピールし得る日本的な歌モノの担い手という認識。Acid Black Cherryのコンセプトとしてよく語られる「エロ」というのも、実はそんな歌謡曲本来が持っていた側面の一つである艶歌(現代もそこに自覚的な表現者の筆頭といえばサザンオールスターズの桑田佳祐だ)の現代的な解釈なのではないかと。しかし、その認識は部分的には正しいかもしれないが、アルバム作品も含めてこれまでの作品をまとめてじっくり聴いてみて、Acid Black Cherryの表現の核はどうやら別のところにあるのではないかと思い至った。  アメリカの犯罪小説の大家ジェイムズ・エルロイの代表作(後にブライアン・デ・パルマも映画化)のモチーフとしてもよく知られる、1940年代のロサンゼルスで起こった実在の未解決猟奇殺人事件「ブラック・ダリア事件」から着想を得たという2009年のアルバム『Q.E.D.』。マヤ暦の予言と世界終末時計と2012年の現在という3つのキーワードを結びつけて、「生きる」ことへの祈りに昇華させた2012年のアルバム「『2012』」。Acid Black Cherryがその活動の本筋であるアルバム作品でやってきたことは、実は70年代の古典ロック的な壮大なロックオペラに近い。すっかりシングル単位、いや、楽曲単位でしか音楽が消費されなくなったこの時代にあって、Acid Black Cherryのそんなドン・キホーテのような挑戦は着実に支持を広げてきた。    来年2015年2月4日には3年振りとなるアルバム『L-エル-』がリリースされることが既に発表されているAcid Black Cherry。「INCUBUS」(睡眠中の女性を犯す悪魔のこと)はその予告編的な位置づけの楽曲とのことで、その歌詞やミュージックビデオには来るべきアルバムへの多くのヒントが隠されているという。そもそもロックオペラという表現形態のルーツにあるのはTHE WHOの1969年のアルバム『TOMMY』という作品で、それは「ロックには人の意識を変革する力がある」という信念から生み出されたものだった。「Acid Black Cherryはその後継者である」なんてところまで大風呂敷を広げるつもりはないが、この2010年代にあっても、そんな大仰な夢を描いて作品に取り組んでいるミュージシャンがいるということは、もっと広く知られてもいいと思うのだ。 (文=宇野維正)
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Acid Black Cherry『L-エル-(Project『Shangri-la』LIVE 盤)』(motorod)

■リリース情報 『L-エル-』 発売:2015 年2 月4 日 【CD+DVD①】〈Project『Shangri-la』LIVE 盤〉 品番:AVCD-32241/B 価格:¥4,800(税抜) ◇「L-エル-」コンセプトストーリーブック付き(100 ページ予定) ※初回限定仕様:デジパック仕様 ヒットシングル4 枚を含む全13 曲収録予定 ・「Greed Greed Greed」 ・「黒猫 ~Adult Black Cat~」 ・「君がいない、あの日から…」 ・「INCUBUS」 ◆Acid Black Cherry “Project『Shangri-la』” LIVE Project『Shangri-la』Encore Season アリーナツアーより 日本武道館LIVE 映像 全17 曲を全曲完全収録 〈2014 年5 月29 日 日本武道館にて開催〉 01_Greed Greed Greed 02_Murder Lisence 03_楽園 04_蝶 05_1954 LOVE/HATE 06_黒猫 ~Adult Black Cat~ 07_君がいない、あの日から… 08_Maria 09_so…Good night. 10_ピストル 11_罪と罰 ~神様のアリバイ~ 12_Black Cherry 13_シャングリラ 【Encore】 E1_doomsday clock E2_scar E3_SPELL MAGIC E4_20+∞Century Boys 【CD+DVD②】〈Project『Shangri-la』ドキュメント盤〉 品番:AVCD-32242/B 価格:¥4,500(税抜) ◇「L-エル-」コンセプトストーリーブック付き(100 ページ予定) ※初回限定仕様:デジパック仕様 AVCD-32241/B のCD 収録曲と同様 ◆Project『Shangri-la』完全密着ドキュメントムービー 2013 年8 月から2014 年6 月まで約10 ヶ月に渡り開催され、18 万人を動員したProject 『Shangri-la』全都道府県ツアーの完全密着ドキュメント映像を収録 約60 分に渡るドキュメント映像では、yasu のライブや作品に対するこだわりからの緊張感あ るバックステージ、また各地でオフショットなど、ABC にとって最長ツアーとなった今プロジ ェクトの貴重映像を、yasu インタビューを交え収録 ◆シングル楽曲4 曲のMUSIC CLIP 収録 1.Greed Greed Greed【MUSIC CLIP】 2.黒猫 ~Adult Black Cat~【MUSIC CLIP】 3.君がいない、あの日から…【MUSIC CLIP】 4. INCUBUS【MUSIC CLIP】 ◆Project『Shangri-la』MC ベストセレクション 1st Season 2013/8/13 福島公演から、Final Season 2014/6/22 宮城公演ま での全61 公演分のライブMC から選りすぐりのMC を収録(全公演分収録予定) 約120 分収録予定 【CD ONLY】 品番:AVCD-32243 価格:¥3,000(税抜) 【初回特典】 ※CD ONLY(AVCD-32243)初回盤のみ Acid Balck Cherry 44 ページフォトブックレット付き yasu の最新撮りおろしビジュアル画像満載、Acid Black Cherry44 ページフォトブックレット付き! 初回限定:スリーブ仕様 ※「L-エル-」コンセプトストーリーブックは封入されていません。 AVCD-32241/B のCD 収録曲と同様
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Acid Black Cherry『INCUBUS(初回生産限定盤)』(motorod)

『INCUBUS』 発売:2014年10月22日 【CD+DVD】〈初回生産限定盤〉品番:AVCD-32238/B ¥1,600(税抜) 1. INCUBUS 2. CLOUDY HEART (“LAST GIGS” ver.)【Recreation Track】 1. INCUBUS 【MUSIC CLIP】 2. OFF SHOT 【CD ONLY】〈通常盤〉品番:AVCD-32239  ¥1,000(税抜) 2曲入り ※AVCD-32238/BのCD内容と共通 【初回特典 ※AVCD-32239限定】 ・ミニフォトブック 封入 Special Price盤 (1曲入り)【CD ONLY】〈初回生産限定盤〉 品番:AVCD-32240 369(税抜) 1曲入り 1. INCUBUS 【封入特典】 ABCオリジナルトレカ1枚封入(全4種) ■オフィシャルサイト http://www.acidblackcherry.com/

自民党300議席超? 選挙なんて関係ない。ヤツらに「主権」を売り渡すな!

【本と雑誌のニュースサイトリテラより】
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総務省ホームページより
 衆議院選挙。いよいよ投票日だ。メディア上では、これまで選挙のたびに繰り返されてきた「あなたの一票が政治を変える」「投票によって政治参加を」というセリフが相も変わらず溢れかえっている。  嘘も休み休みいえ。その同じメディアが自民党300議席超を報道しているじゃないか。選挙結果は選挙前から決まっているのだ。  たしかに制度上は、対等な個人が平等な一票を有しているということになっている。しかし政治制度上の平等の裏側には社会的不平等がコインの裏表のように張りついている。一介のサラリーマンより、カネと組織を握ってるやつのほうが政治的影響力を持っているのは当然だ。バラバラな個々人による政治意思の表明である投票を待つまでもなく、社会構造として、どのような政治集団が権力を握るかは決定されている。

増殖する“萌えオナホ”業界の苦労とは!? フィギュア付きオナホを生み出した「G PROJECT」に聞いてみた

オタクに"なるほど"面白い!オタクニュース・ポータル「おたぽる」より

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1/12フィギュアとオナホールをセットにした「Plug-Doll AYANO」。“萌えオナホ”の新地平を切り開くか?
 気がつけば、オナホールはエロスを楽しむ男子にとっての必須アイテムとなっていた。いや、最近じゃ10代後半の性欲旺盛な世代は「18歳になったら、堂々とオナホールが買える!」と18歳の誕生日を心待ちにしているという話も聞く。そんなオナホールの中で、特に存在感を高めているのは、オタクな人々が喜びそうな可愛いイラストを用いた楽しげな“萌えオナホール”である。オリジナルからパロディまで、萌えオナホールは今や一つのジャンルを作り上げている。 “萌えオナホ”のパッケージをまとめた書籍『二次嫁HOLEパッケージ大図鑑』(総合科学出版)までもが出版されるほどなので、その人気は推して知るべし。そんなオナホールの世界で、今年7月にリリースされ話題を呼んだのが、フィギュア+オナホールセット「Plug-Doll AYANO」だ。このアイテムは、オナホールにSFテイストの世界観を提示し、可愛いフィギュアまでセットになったというもの。そんなアイテムを世に送り出したアダルトグッズブランド・G PROJECTへの取材から見えてきた、萌えオナホールの業界事情とは? 「おたぽる」で続きを読む

メタボは自己責任じゃない 弱者切り捨ての安倍政権で肥満が増える!

【本と雑誌のニュースサイトリテラより】
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『貧困肥満 下流ほど太る新階級社会』(扶桑社新書)
 10月に開かれた厚生労働省・社会保障審議会医療保険部会において、「メタボリックシンドロームを改善すると、健康保険料を減額する」という政策が検討されていることが話題になった。健康増進へのインセンティブを高め、医療費の増加を抑えることを目的としており、一見するともっともらしい取り組みに思える。  しかし、実際には経済格差の拡大をさらに助長する巧妙な“金持ち優遇政策”であり、三党合意もどこへやら、社会保障改革を放置し、弱者の切り捨てを進めてきた安倍政権らしい一手だと断じざるを得ない。なぜなら、肥満は個人の経済状態と密接な関係にあり、消費社会研究家の三浦展氏が09年に上梓した『貧困肥満 下流ほど太る新階級社会』(扶桑社新書)によれば、「貧乏だからこそ太る」からだ。  アメリカの貧困層が日々の食事を安価でカロリーの高いファストフードに頼り、肥満に陥る傾向があることはよく知られているが、それは日本でも同様である。三浦氏が主催するカルチャー・スタディーズ研究所が中心となり行った06年の調査によれば、20~44歳の男性に自らの“階層意識”と肥満度を示すBMI値をたずねたところ、自分が属する階層が「上」だと考えている人のBMI25以上(肥満)の割合は14.7%で、「下」だと考えている人は27.2%に上った。

巨匠・大野雄二が語る、日本のポップスの発展と成熟「ジャズの影響力は、実はものすごく大きい」

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Yuji Ohno & Lupintic Fiveのメンバー。

【リアルサウンドより】  『ルパン三世』などのテレビアニメや映画音楽、CM曲などを数多く手がけてきた戦後日本を代表するポピュラー音楽の作曲家・編曲家であり、ジャズピアニストの大野雄二が、自身のバンドであるYuji Ohno & Lupintic Five名義での最新作『UP↑』を12月10日にリリースした。バンドのメンバーのみによる演奏にこだわり、ライブ感を重視した最新アレンジで『ルパン三世』の楽曲群に新たな光を当てた同作には、どんな仕掛けがあるのか。大野雄二本人にアルバムについての話を聞くとともに、その長い音楽家人生の歩みと、ジャズとポップスに関する鋭い考察、さらに近年演奏活動に注力する理由まで、大いに語ってもらった。

「『擬似』なんだけど『ライブっぽいでしょ?』っていうのが大事」

――Yuji Ohno & Lupintic Fiveの最新作『UP↑』は、ライブ仕立ての非常に楽しい作品に仕上がっています。 大野:Yuji Ohno & Lupintic Five with Friendsという名義でもアルバムを出しているので、わかりにくいかもしれないけど、Yuji Ohno & Lupintic Fiveの6人だけで演奏するアルバムとしては5作目なんです。それで、1作目が『New Flight』。ものすごく当たり前のタイトルです(笑)。2作目が『What's Going On』。3作目が『Feelin' Good』。4作目が『Let's Dance』。だからそのまま行くともう『UP↑』しかないという感じでした。 ――どんどん高まってますね(笑)。アナウンサーの土井敏之さんがMCで演奏を盛り上げていますが、彼は前作に続いての登場ですね。 大野:土井さんは前作で『A.T.M.』という曲で1曲やってもらって、一種の和製ラップのような雰囲気で面白かったんですよ。あとはライブっぽくしようと思っていたので、そうすると土井さんにやってもらった方がいいな、と。 ――TIGERさんを招いた『MANHATTAN JOKE』は、1985年に河合奈保子さんが歌った名曲で、ルパンファンのみならず、歌謡曲ファンの間でも長く聴かれています。もともとAORやフュージョン的なテイストを持った曲ですが、今回のアレンジについてはいかがですか。 大野:1993年に声優の山田康雄さんと作ったアルバム『ルパン三世・Tokyo Transit〜featuring YASUO YAMADA』でやったバージョンなんです。もちろん細かいところは変えてますけど、ポップな4ビートで「こういう感じ」というところは同じ。河合奈保子が歌ってるときはシンセがメインで打ち込み、それにブラスや弦も入ってるけど、これはあくまでLupintic Fiveのアレンジなので、僕がシンセをいっぱい弾いています。Lupintic Five名義の決まりごとは、演奏にほかの人を入れないというだけなので、今回はライブで演奏できる形じゃなくてもいいやと割り切って、ダビングはけっこうやっています(笑)。ブラスもたまに4管(4人編成)にしたりしているんですけど、「うちのメンバーがダビングしてるんだからいいか」と。 ——ライブでの再現性にはあまりこだわらなかったと。 大野:再現するのが大事っていうこともあるけど、あえて外すのもけっこう面白いです。そのあたりが、僕がCM音楽などを長年手がけて培ってきたノウハウというか、「無視するところは無視しちゃえばいい」というところ。その時に、どのくらい無視していいかをチョイスするのがセンスです。 ——なるほど、ちょうどいいバランスがあるわけですね。 大野:具体的にいうと、聴いてくれた人が「すげえダビングしてるな」と思わない程度なら、やってしまっても構わない。ちょっとお化粧が濃いくらいです。「擬似」なんだけど「ライブっぽいでしょ?」っていうのが大事で、「やっぱりちょっとはトッピングが入っていた方が食べるときおいしいよね」というときに、それを我慢する必要はない。ポピュラーミュージックはそういうセンスが大事なんです。

「ちゃんとポップスを聴くと、素晴らしいドミソはすごいんだ、ということに気付いた」

——そのあたりは、日本のポピュラーミュージックの礎を築かれた一人である大野さんならではのご発言だと思います。もともと1960年代中盤にジャズのピアノ奏者として出発された大野さんがポップスの魅力に開眼されるプロセスとは、どんなものだったのでしょうか。 大野:僕が音楽を志してから最初の頃の5年間くらいは、ポップスはつまらないものだと思っていて、ビートルズさえも聴かなかったです。ジャズというのはたしかに勉強すると難しい音楽で、気が狂ったような状態で5年はやらないとうまくなりません。僕の場合は高校1年の秋から大学卒業までの5年半、ジャズに没頭していて、大学4年の頃にはプロとしてやっていました。 ——その後、数々のジャズグループへの参加を経て、1970年前後からポピュラーミュージックも含めた作曲活動を展開されます。そのきっかけとは? 大野:その頃の日本のジャズはまだ未熟だったので、アメリカに追いつけ追い越せという文化でした。いっぽうで当時のアメリカのジャズは層が非常に厚く、ジャイアントたちがたくさんいました。そして、あの頃は戦争前と違って、リアルタイムですぐに聴くことができたわけです。それを聴いた時に日本の人たちは一番新しい音楽を求めすぎちゃって、評論家からプレイヤー、お客さんまで、「新しいことをやっている人がすごいんだ」と思っちゃった。アメリカでは、ジョン・コルトレーンたちが新しいことをやって、彼らに追い抜かれていく人たちもいるわけだけど、本当はその人達だってすごいんです。つまり、新しいものが生まれる背景には、昔ながらの素晴らしい演奏をしている人たちがいて、そのせめぎ合いがあるからこそすごいのですが、日本の場合は急に新しいところにいった。僕から見ると「それは違うな」という感覚がどんどん強くなったんです。はっきりと意識できるようになったのは、アメリカのプレイヤーが来日公演をするようになった頃、コンサートの終了後にお店に遊びにきた彼らと一緒に演奏する機会があったから。 ——大野さんの著作では、1968年に六本木の「マックスホール」という店で、サム・ジョーンズやボビー・ダーハムらと共に演奏したエピソードが紹介されていますね。 大野:彼らは伝統的なこともすべてできて、その上で新しいことをやっている。それに比べて、日本の人たちはベーシックなところがあんまりうまくできない。それで僕は「これじゃダメだ」と思って、どんどん後ろに下がって勉強していったら「あいつはマンネリだ」「ちょっと前までは尖っていたのにそうじゃなくなった」という感じに受け止められた。だけど、向こうの人には「お前はすごくいい」と言われて、「昔にさかのぼってまともなことを勉強していることをわかってくれているんだな」と思いました。日本の人たちはそのことをいまいちわかっていなくて、ピアニストだったら当時一番新しいハービー・ハンコックとかマッコイ・タイナーとかのプレイをそのままやっているような人が「すごい」、ビーバップとかハード・バップのピアノを弾いている人は「古い」ということになっていた。それで「こんな世界で音楽やっていたくないな」という気持ちになって、段々離れていきました。 ——そんなときに、CMのお仕事の誘いがあったと? 大野:本当に偶然にね。すると、今度は今まで馬鹿にしていた音楽を聴かなきゃいけない。しかし、ちゃんとポップスを聴くと、素晴らしいドミソはすごいんだ、ということに気付いたんです。それまでは複雑な和音が最高だと思っていたんだけどね。つまり、音楽的に難しくてもつまらない音楽はつまらないし、易しいことをやっていてもすごい音楽はすごいんだということを、仕事として思い知らされた。それで死ぬほどポップスを聴くようになったんです。

「ギャンブル&ハフのセンスに驚いた」

——当時、ポップスですごいと思った音楽はどんなものでしたか? 大野:例えば、サンタナとか。ジャズをやっていた頃は、なぜこれを素直に受け止めなかったんだろうと思いましたね。ビートルズを聴いたときは、簡単なコードしか使わなくても、工夫して使うとこういう風になるんだ、と関心しました。それから、ドリス・デイだとかエルヴィス・プレスリーのようなアメリカのポピュラーは、良き時代のジャズの影響を受けていて好きでしたね。アメリカ以外では、フランスやイタリア、スペインのポップスも聴きましたし、イスラエル、アフリカ、ブラジルまで、手に入るものは何でも聴きました。70年代のはじめの頃ですね。 ——ちょうどその頃はソウル・ミュージックで言えば、マーヴィン・ゲイのように新しいサウンドに挑戦するミュージシャンが活躍し始めた頃でした。 大野:マーヴィン・ゲイも、サウンドで言うとジャズに影響を受けているんです。その影響の受け方がポップで、それは僕らのようなジャズをやっている人間には受けつけられなくて、シャットアウトしちゃうわけ。でも、自分が変わったおかげで、「俺もこういうのすぐできそうだよ」となるんです。受け入れさえすればサウンド的にはすぐわかるから。一番勉強になったのはリズムです。リズムセクション、ドラムとかベースのパターンの絡みとかね。ジャズの場合、同じような一定のリズムをずっとループする、ということを嫌っていて、どんどんぶっ壊していきたいんです。でもソウル・ミュージックは踊ることが基本だから、それがなくなっちゃったら意味がない。それで、ループをつまらなくしないために、ドラムスのバスドラムに対してベースがどう合わせるかとか、韻を踏んだりとか、ラテンパーカッションが入ってくるとか、いろいろな工夫があるんです。単純なことでもこんなに組み合わせのパターンがあるとすごい、ということを勉強しました。 ——一番関心を惹かれたソウル・ミュージックはどんなものですか? 大野:普通にマーヴィン・ゲイ、スティービー・ワンダーあたり、途中からフィリー・ソウルですね。これはもうギャンブル&ハフのセンスに驚きましたよ。ただ、彼らのように洗練されたものばかりじゃなくて、ミリー・ジャクソンのような南部の土着っぽいもの、ただわめいちゃう、みたいなものも嫌いじゃない。土地によって違うんだな、と思いながら聴いてました。 ——非常に幅広くお聴きになったのですね。 大野:それはCMをやっていたからです。一番多い時で年間200本近くやっていました。僕は、小林亜星さんのようにジングルっぽいものやそれに歌をつけてわかりやすくするというより、ちょっと難しいものを頼まれることが多かったんです。その頃から企業CM的なものが増えてきて、一種の劇伴的な要素というか、「うちの会社は損得考えずに良いことやってますよ」というようなものね(笑)。そういうのはけっこう音をつけるのが難しいんですよ。「マルハのちくわ」と歌っているだけじゃダメで、僕はそういう仕事の方がやりたかったんだけど、そっちはあんまり来なかった。専門色が出る、難しめ、かっこいい感じのCMが多かったですね。

「音楽全体が劇的に変わったのは60年代から80年代の途中までじゃないかな」

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いまなお多くのライブを行っている大野雄二。

——いろいろなジャンルへの興味は今も継続してお持ちですか? 大野:最近ちょっと不勉強ですね。昔のものを聴いちゃいます。ジャズがそうなんだけれど、20年、30年とやり尽くしたところがある。だから最近のジャズの雑誌を読むとわかるけど、新しい人は取り上げないで、亡くなった人をもう一度違う角度で研究する、というようなものが多いですね。 ——音楽には無限に新しいパターンがあるという見方もある一方、各ジャンルでできることは有限であるという考え方もありますね。大野さんはどうお考えですか。 大野:ファッションと同じで繰り返すんじゃないでしょうか。何十年か経つと、あるジャンルの要素をうまく取り出して、それを核にしていながら、その間に変わっていったものやそのアーティストの個性を盛り込んだ音楽がまた流行する。それを聴くのは、そのジャンルの音楽を一生懸命聴いていた世代じゃなくなっているから、新しく聴こえる、という風に。だからある意味で、音楽全体が劇的に変わったのは60年代から80年代の途中までじゃないかな。  例えばプレスリーは今考えればそれほどロックな人じゃなくて、ポピュラーソングの人です。でも形態としてロックのスタイルを取りました。あの人はどちらかというと黒人音楽派です。ナッシュビルとか、いわゆるカントリー・ウェスタンみたいなものからロカビリーとかヒルビリーが出てきて、白人でもリズム&ブルースが好き、というような流れからロックスターになりました。だからヒットした曲は、ロックというよりスタンダードナンバーという感じの曲です。完璧にロックなバンドとして出てきたのがやっぱりビートルズで、ここでひとつ変わりました。ロックといってもただうるさいだけじゃなくて、知的なこともできるバンドで、ローリング・ストーンズはその対として、ビートルズがいたからこそ際立った面があると思います。アメリカの黒人達は黒人達で、ソウル・ミュージックを生み出してスティービー・ワンダーが出てきてモータウンがあって、そうするとそれに対をなすように、例えばフィラデルフィアが出てきたりするわけです。で、やっぱりその中で大きく音楽を変えたのはEarth Wind & Fireですね。でもそのEarth Wind & Fireも、一時代を築いたけれど廃れちゃった。ただ、アメリカがすごいのは、そういう興亡がいろいろあっても、それぞれがそこそこ生き抜いてはいるんです。 ——70年代から80年代にかけて数多くの作品を世に送った大野さんも、新しいものを作っていこうという気概を持っておられたのでは。 大野:そうですね。いち早くミキサーもできる作曲家になりたかったです。70年代の途中から、機械のこと、ある楽器にどうエフェクターを掛けるか、というようなことが分からないアレンジャーは置いていかれました。機材や録音の仕方が、最終的に音を作るときにすごく重要になってきたんです。昔は「技師」という感じでミキサーは聖域で、作曲家が何か言うと怒られたものでしたが、それが段々口出しできるようになっていきました。  CMの世界でも作曲家の役割は変化していきました。終戦後に民放ができて、初めてCMというものができました。それもラジオからです。それまではNHKしかなかったからCMという考え方がなくて、広告といったら電柱や雑誌や映画館のニュースの合間にやるものだった。それがまずラジオCMからできました。ただ、そういう専門家は誰一人いなかったから、器用な人たちがやっていたわけです。その第一世代が「CMの父」三木鶏郎さんとかです。そこにいたいずみたくさんなどがだんだん分かれて自分で会社を作っていきました。いずみたくさんは第二期とか第一期の亜流という世代で、僕は第三期くらいになります。その頃になると多少CMのやり方はわかってきているけど、完璧なノウハウというのはない。CM専門の監督というのもいないから、映画監督でちょっと仕事がない人なんかがやる。だから、CM音楽を作るときの打ち合せというと「明るく楽しく」とかで終わっちゃうんです。自由だったのである種のやり甲斐はあったんだけれど、時が進むに連れて、だんだんサンプルを渡されるようになってきました。要するに広告主に「こういう風に作りますから」と言ってあるので、そういうものを作れ、要するに盗作しろ、ということです。広告主の要求とズレないようにサンプルを渡すようになっていったんですね。だから広告代理店の中で、制作よりも営業の方が強くなっていきました。それでだんだんつまらなくなって、少し離れていったんです。 ——それは、大野さんが演奏活動を再開された時期と重なっていますか? 大野:だからそうした、というわけじゃないですが、重なっていますね。昔の仲間に「年に1回でもいいから一緒にやってくれ」という人がいて、ついやっちゃったんですよ。作曲家をしていた頃は、一度もお客さんの前では弾いたことはなくて、観客のいないところで音楽を作ってきました。それで、久しぶりにお客さんの前で演奏したら「楽しいな」と思っちゃった。 ——20年弱くらいブランクがあったことになりますね。作曲家としての活躍を経て、再び観客を前にジャズミュージシャンとして活動するのは、以前とはまた少し違う感覚でしたか。 大野:作曲家をやってプロデュースもやって、いろいろと俯瞰してものを見るようになった上でプレイヤーに戻っているので、ジャズ・ピアニストとして初めてやった頃の感覚にはもう戻れません。若い頃は、「やりたいことをやってるんだから、お客さんは勝手に聴けば良い」なんて思っていましたが、いまはやっぱりお客さんが楽しめるようにと考えます。でも、だからといって媚びちゃダメなんです。これ以上易しいことをやってウケようと思うなら、ジャズなんてやってる意味がない。たとえば、ここに川があるとして、僕はこっちの岸にいます。お客さんは向こうの岸にいる。そこで、僕は川を渡ってお客さんの岸に行くことはしないんですが、そっちの岸のことはよく見ていて、「こっちに来たい人はおいでよ。こっちも楽しいよ」と手を振ることはします。それ以上はやらない。生意気なことを言うと、僕らの音楽を聴いて理屈抜きに楽しくて、ジャズを好きになったら、僕らを通り越してもっとマニアックなところに行ってくれればいいんです。自分の経験で言うと、それで難しいものを聴いたりしても、けっこうまた戻ってきます。聴き方の深さが違うと、こっちがどれくらい深いかもわかるものです。

「まともなジャズの影響力というのは、実はものすごく大きい」

——大野さんのお仕事は90年代後半くらいからクラブDJやミュージシャンからも評価され、例えば中納良恵さんのEGO-WEAPPIN'も広い意味で影響を受けていると思います。そうした新しい世代のジャズへの取り組み方をどう見ていますか? 大野:例えばルパンのサンプリングものでは、あまりにも気負いすぎて何やってるんだかわからないものもあるけれど(笑)、ちゃんとしたものはある意味でインパクトを出してくれるので、僕らがやっているだけよりも有効にお客さんに広めてもらえている部分があります。みんなやっぱり、どこかジャズの要素がないとかっこよくならない、ということを知っているんだよね。 ——ジャズの要素が入ることでポップスはどう変わりますか。 大野:例えば3コードだけじゃなくて、難しいコードをうまいことちょっと入れるとか、そういうところですね。ちょっとわかっている人だと「俺の感覚ではこの音が入るとカッコいいんだけど、どう(弦を)押さえたらいいのかわからないな」という憧れがあるんじゃないかな。 ——ジャズには、ポップスの枠をちょっと超える効果があると。 大野:まともなジャズの影響力というのは、実はものすごく大きいんです。その代わり、アーティスト個人が突然有名になる、ということにはなりにくい。インパクトがそこまで強くないんです。インパクトが強い人は一言で言うと、センスはなかろうとバカテクの人です。これはサーカスと一緒。いち早く「すげー」と思わせるのは何かとんでもないことをやる人なんだけど、僕から言わせると「それが音楽的に何の意味があるんだ?」というものでしかありません。そういうものはやっぱり聴いたらビックリするんだけど、長続きするかというとすぐに飽きます。僕がよく言うのは、「白いご飯や水や空気が一番強い」ということで、そういうものはインパクトは弱いけれど、なくなったら大変なことになる。 ——Yuji Ohno & Lupintic Fiveのアレンジを手がける際は、どんなことを心がけていますか。 大野:Lupintic Fiveは6人ですから、だいたい音の想像はつきます。「こう書いたらこいつはどうプレイするかな」、ということもある程度わかります。その人をうまく使いこなすために、放し飼い的に書くか、あるいはかなり縛りを入れて書いたらどうなるか、ということは要素がいっぱいあって楽しいです。管が2管のバンドだったら、ユニゾンか2音のハーモニーしかないので、いろいろ考える場合は逆に難しいんです。人数が増えたら増えたで、ストリングスがいてブラスがいて、となると、これはこれで楽しみが別になっていきます。書いても想像しきれないところもあるので、それはそれで楽しみです。特にLupintic Fiveは、和泉聡志くんというギターが完璧に別の世界の人で、もともとロック畑だから、アレンジを書いていても想像がつかなくて楽しいです。他のひとはだいたいジャズの括りだから、だいたいどんなブレがあっても予想の範囲内なんだけれども、でも和泉くんはわからない。 ——大野さんからしても予想外、と? 大野:あいつが面白いのは、ロックなんだけどやっていくうちに段々ロックがつまらなくなってきて、ジャズや難しい音楽に傾倒してきた奴だから、こっちにすごく興味があるわけ。かといって、あいつがジャズっぽくやったら「あんたがいる意味がないよ」と俺が怒るわけ。ジャズギターの上手い人は他にいるから、ジャズっぽくやるんだったらそいつを使えばいい(笑)。 ——和泉さんの存在がこのバンドの大きな特徴になっているということですね。 大野:ものすごく特徴になっています。今回は『UP↑』というアルバムですが、和泉くんとトランペットの松島啓之くんが一番わかりやすくアップでしょうね(笑)。Lupintic Fiveの場合は、僕のピアノはどちらかというとあんまり目立たない感じです。 ――大野さんはたくさんの作品を手がけていらっしゃいますが、その中でもルパン三世がライフワークになっています。やはりご自身にとっても特別な作品ですか? 大野:はい。モンキーさんが作ったあの人数といい、絶妙な関係性といい、よくこの登場人物を作ったな、という感じがします。ルパンは生い立ちとか行動がよくわからない存在だから、何をやってもOKで「世界を股にかける」ということも簡単にできてしまう。だから、僕が世界を股にかけて聴いて蓄積してきた音楽のノウハウが存分に使えるわけです。基本はジャズなんだけど、ボサからソウル・ミュージックから、イスラエルやアフリカ音楽やスペインポップまで聴いてきたことが全部活かせるんです。例えばルパンの劇伴とかが一番そうですけど、他ではそうはいきません。その感覚で日本の普通のドラマの劇伴を書いても合わないんです。フォークソングの四畳半的なものが入ってこないと日本のドラマでは合いません。だから意識してそういう要素を入れて書いてるんだけど、ルパンの場合は四畳半フォークソングを入れる必要があんまりないんです。唯一あったのは、あまりにも五ェ門がずっと平泉にいる話だったから(笑)。そのときには生ギターを多く使いましたけど、普通はどちらかというとエレキギターの方が合うようなところがあります。だからやりやすいんだよね。あとは、ルパンの性格が、何十年もやっていたら自分に似てきた、というのはあるかもしれない(笑)。俺があっちに似たのかもしれないけどね。音楽でも文章でも、面白い、オシャレ、間抜け、みたいなところが上手いことミックスしていないと嫌なんです。だからアルバムでも、全てオシャレにまとめるのもたまにはいいんですけど、そのまま突っ走るみたいなのは好きじゃない。 ——そういう意味でも(ルパン役の)山田さんも含めてすごく相性が良いんですね。 大野:山田さんとは本当に気が合いましたね。だからきっと、あの人もルパンが乗り移っちゃったんだよ(笑)。 (取材=神谷弘一/構成=松田広宣)
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Yuji Ohno & Lupintic Five『UP↑with Yuji Ohno & Lupintic Five』(C)モンキー・パンチ/TMS・NTV

■リリース情報 『UP↑with Yuji Ohno & Lupintic Five』 発売:12月10日(水)発売 定価:¥3,000+税 <収録曲> 1.ATMIDO feat. 土井敏之 2.UP with ATM #1 3.COMIN' HOME BABY 4.MANHATTAN JOKE feat. TIGER 5.UP with ATM #2 6.BEI MIR BIST DU SCHON 7.FAIRY NIGHT 8.UP with ATM #3 9.ZENIGATA MARCH 10.LOVE SQUALL 11.UP with ATM #4 12.SEXY ADVENTURE feat. 中納良恵 (from EGO-WRAPPIN') 13. UP with ATM #5 14.DESTINY LOVE feat.TIGER 15.UP with ATM #6 16.THEME FROM LUPIN THE THIRD ’89 (Lupintic Five Version) 17.SAMBA TEMPERADO ■ライブ情報 11月29日(土) 小金井市民交流センター リリースツアー『Lupintic Jazz Live TOUR 2014』 12月25日(木) Motion Blue YOKOHAMA 12月29日(月) Billboard Live OSAKA 12月30日(火) NAGOYA Blue Note and more

「あんなものはマンガじゃない」 手塚治虫が石ノ森章太郎に謝罪した事件の顛末とは!?

オタクに"なるほど"面白い!オタクニュース・ポータル「おたぽる」より

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石森プロ公式サイトより。
 12月9日放送の『林修の痛快!生きざま大辞典』(TBS)では、マンガ家・石ノ森章太郎にフィーチャー。彼の作品に投影された人生観などに迫る中、石ノ森が影響を受けたという手塚治虫との関係もクローズアップされた。 『サイボーグ009』『仮面ライダー』『HOTEL』といった多彩なジャンルの作品を次々と世に送り出し、単行本計500巻770作品と「最も多くの作品を1人で描いたマンガ家」としてギネス世界記録に認定されている石ノ森。番組では著書『ボクはダ・ヴィンチになりたかった』(清流出版)、『絆 不肖の息子から不肖の息子たちへ』(鳥影社)の言葉を引用し、その生き方や考え方を紹介した。  レオナルド・ダ・ヴィンチになりたかった石ノ森は、多芸なダ・ヴィンチにあやかって、学生時代は音楽部、美術部、新聞部、文学部、柔道部の5つを掛け持ち。また、1カ月不眠不休で560枚の原稿を描いたという逸話や、「自分の才能の8割は体力である」というコメント、「収入のすべてを遊びに使う」というポリシーも取り上げられた。  そんな石ノ森は手塚の『新宝島』に衝撃を受け、マンガを描きはじめたという。 「おたぽる」で続きを読む

吉高由里子は朝ドラも紅白も断るつもりだった!翻意させたマネージャー愛

【本と雑誌のニュースサイトリテラより】
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「Quick Japan」vol.117(太田出版)
 松田聖子がトリをつとめることが話題を呼んでいる、今年の『第65回NHK紅白歌合戦』。とはいえ出演歌手に大した目玉もなく、『あまちゃん』企画で盛り上がった昨年とは違い、期待度は低め。そんななかで唯一、注目を集めているのが、紅組司会・吉高由里子の存在である。  発表会見では「危なかっしいという声が多いと思う」と自ら言及していたように、奔放な発言で知られる吉高。「よくもまぁ選んだなと思います」という言葉通り、NHKの歴史に残る“失言”が飛び出すのでは……とネットの一部で注目されているのだ。  だが、吉高によれば、じつは紅白の司会オファーも当初は「絶対やるもんか」と思い、断るつもりだったという。そればかりか、好評を博した朝ドラ『花子とアン』の主演に選ばれたときのことも、「イヤだった」と激白しているのだ。  吉高がそう語っているのは、現在発売中の「Quick Japan」vol.117(太田出版)でのこと。朝ドラのオファーがきたときの吉高の気持ちはこうだったという。

長澤知之が明かす、“歌”と向き合う切実な日々「音楽はメッセージがなくても崇高なもの」

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長澤知之「IN MY ROOM」公演の模様。東京キネマ倶楽部にて。

【リアルサウンドより】  長澤知之が、企画盤『長澤知之』シリーズの第3弾となるアルバム『長澤知之Ⅲ』を11月14日から行われた「IN MY ROOM”TOUR 2014」で会場先行販売し、現在はAugusta Family ClubとiTunes Storeで販売している。同作は、自室を模したセットをステージに設置した「IN MY ROOM」公演とリンクした作品であり、長澤知之の“部屋”に遊びに来たような感覚で楽曲を聴くことができる一枚。デビュー前の初期作品を含む粒ぞろいの楽曲がアコースティック基調のサウンドで収められているほか、人間の頭部模型にマイクを取り付けて録音する“バイノーラル録音”という手法で制作した楽曲も収録。長澤の生々しくも艶やかな歌声を臨場感たっぷりに聴くことができる。シンガーソングライターとして新たな表現を模索する長澤は、どんな思いからこうしたライブやレコーディングの発想を得たのか。宇野維正氏による長澤本人へのインタビューに加え、編集部では今回レコーディングを担当したエンジニアの佐藤洋介氏にも話を聞いた。(編集部)

「『IN MY ROOM』は、自分にとってある種のリハビリでもあった」

――リアルサウンドには初登場ということで、改めて訊きますが、長澤くんのことはシンガーソングライターって呼んでいいのかな? それとも、ただのミュージシャン? 歌うたい? あるいは、ロックミュージシャン? 長澤知之(以下、長澤):シンガーソングライターでいいです。ロックミュージシャンと言われると、面映い感じですね(笑)。 ――じゃあ、長澤くんにとってシンガーソングライターとは? 長澤:直訳の通り、曲を書いて歌う人。で、なんで曲を書いて歌うのかというと、書きたい曲があって、それを歌いたいから。うん、だから、自分にすっぽり当てはまりますね。 ――ただ、一般的に「シンガーソングライター」という言葉って、聴いていて心地がよい歌を歌う人というイメージがあるじゃないですか。あるいは、音の革新性とかとは関係なく、ただグッドメロディを追求する人みたいな。そういう意味で、長澤くんがやってきたことはただ心地よい歌だけじゃないし、曲によっては革新性なサウンドを鳴らしてきましたよね。 長澤:うん。そういう曲もあるし、そうじゃない曲もあります。自分の頭の中に曲が浮かぶ時には、そのサウンドも含めて浮かぶことが多いし、そういう時は自分が信頼しているミュージシャンやエンジニアの方に相談してなるべくそのサウンドに近づくようにアレンジもしていきます。ただ、やっぱりそれも含めて、歌が中心にあることは間違いないから、やっぱりシンガーソングライターでいいんじゃないかな。 ――いや、なんでそんな話からしたかというと、今回の『長澤知之Ⅲ』は、これまでの長澤くんのアルバムやミニアルバムと比べて、極めて素のシンガーソングライターとしての面が出ている作品で。どうしてこのタイミングで、こういう作品をリリースしようと思ったのかを訊いていこうと思ったからなんですけど。
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ステージ上には、長澤の部屋のようなセットが用意されていた。

長澤:今年(2014年)は、「IN MY ROOM」という、ステージの上をまるで自分の部屋のようにして、一人で演奏するという企画ライブをずっとやってきたんですよ。自分が一番歌いやすい環境、自分が一番妄想しやすい環境を現実に作って、そこで思う存分に歌うという。春から秋にかけては青山のライブハウス(月見ル君思フ)で、そして、ちょうど終わったばかりですが、11月には東京、名古屋、福岡、大阪と回って。今回の『長澤知之Ⅲ』はそれが直接的なきっかけになっていて、もう一つは、単純に、自分の新しい曲を世に出したいという思いがあって。最初は全部ライブ録音にするとか、今回、昔からあった3曲で試みているバイノーラルレコーディングで全部録音するとか、いろんなかたちも考えてみたんですけど、結果的に一番自然なかたちになったのがこの作品ですね。 ――バイノーラルレコーディングの3曲は、ヘッドフォンで聴くとちょっとビックリするほどの臨場感ですよね。 長澤:すごく面白かったです。こんなにも自分の声が明け透けに聴こえるのかって、照れくさくもあったけど、それはそれで表現として美しいものになっているんじゃないかって。ただ、収録曲の全部をあの方法で録るというのは、自分がリスナーの立場になって考えてみると、ちょっと嫌だなって(笑)。ちょっと濃すぎるというか(笑)。 ――そうかもしれないですね(笑)。 長澤:この作品では、自分の部屋ではあるんだけど、いきなり部屋の中で二人きりというわけじゃなくて、「部屋においでよ」ってところからやりたかったので。 ――なるほど。じゃあ、一曲目の「只今散歩道」は、駅に迎えに行って、そこから部屋のあるアパートまで歩いている感じだ。 長澤:そうそう。それに、部屋に入った瞬間からいきなりテンション上げられても怖いでしょ(笑)。人の部屋に上がるのって、それだけでも緊張するし。だから、まずは「どうぞお茶でも」という感じで始めたかった。 ――そもそも、どうしてステージ上に自分の部屋を作って、そこで一人でライブをやろうと思ったんですか? 長澤:まぁ、ぶっちゃけて言ってしまいますけど、ある時期から、ライブをやるのがしんどくなっていたんですよ。ライブの直前になると、「逃げたい」という気持ちになることが多くて。 ――え? そうなんだ? それ、ミュージシャンにとって結構深刻な話ですよね。 長澤:そうですね。今年一連の「IN MY ROOM」をやってきたことで、その「逃げたい」という気持ちがようやくなくなってきて。だから、自分にとってある種のリハビリでもあったんですよ。ある時期からライブが怖くなって、いろいろ周りの人にも相談をして、それで自分は一番リラックスできる環境をステージ上に作ればできるんじゃないかって。それが大きな理由の一つでもあったんです。 ――なるほど。そんな切実な背景があったんですね。 長澤:切実っすよ(笑)。ただ、それだけじゃなくて、これまでライブをやってきて、もっと自分の妄想が実現できるような場所を作りたかったという思いがあって。だから、一石二鳥というか、自分にとって意味のある企画になって本当に良かった。ちゃんとステージ上で心から楽しめる状況までいけたってことが、今はすごく嬉しい。
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床に胡座をかいて歌う一幕も。

――じゃあ、リハビリは終わったと思ってもいいのかな? 長澤:はい、大丈夫です。2014年は自分にとってそういう年で、せっかく声をかけて頂いても出れないイベントとかも結構あったんですけど、もう大丈夫なので、よろしくお願いしますという感じです(笑)。 ――確かにね。こんな話、その渦中にあったら言えないですもんね。 長澤:はい(笑)。 ――いや、でもその話を聞いていて思ったのは、僕らのような見る側の人間は、ライブの演出って「お客さんにどう見せたいか」というところだけでいろいろ考えているだけだと思いがちですけど、演る側の人間が一番やりやすい環境をどう作るかっていうのも、実は大きなテーマだったりするんだろうなってことで。その視点というのは、これまであまり考えたことがなかったですね。 長澤:どうなんでしょうね。人によってはそうかもしれないですね。

「こう見えて、世の中に適応したくないわけじゃない(笑)」

長澤知之 / 享楽列車

――『長澤知之Ⅲ』の2曲目「享楽列車」の舞台はラッシュアワーの新宿駅ですが、ちなみに長澤くん、満員電車は平気なんですか? 長澤:好きじゃないけど、乗らなきゃいけない時は乗りますよ(笑)。この歌は、夕方の新宿駅で行き交う人たちを見ながら、そこでいろいろ妄想していって生まれた曲で。もちろん、その中には自分のことも投影されてますけど。 ――自分はマジで満員電車ムリですからね。僕より全然マシじゃないですか。 長澤:いや、こう見えて、世の中に適応したくないわけじゃないんですよ(笑)。適応したいし、ものすごく適応できている友達とかを見ていて憧れることもある。ただ、世の中にどうしても嫌だなって思うことはあって、その気持ちをどこかに吐き出さなくちゃいけない。それが自分にとって音楽になったり、詞になったりしていくというのはありますね。もちろん、それがすべてじゃないですけど。ただ、たとえば宇野さんが今言ったみたいに「俺、ムリだわ」って思ってるようなことがあったとして、そこで自分の音楽が何かの助けになるというか、共感してもらえて気持ちがちょっとでも楽になるようなことがあれば、それが自分にとっての救いなんですよね。そういう時に「俺、生きててもいいんだな」って思える。もし自分の音楽、というか、自分に価値があるとしたら、それだけかもしれない。自分にとって音楽をやるというのは生命線みたいなものだし、それが誰かにとっても生命線のようなものになることができたら、それが一番嬉しいし、続けていきたいなって思えるんですよ。 ――「適応できねえ!」って開き直ってるんじゃなくて、「適応したい」と心から思っているというのは、すごく音楽から伝わってくるし、そこに長澤くんの音楽の誠実さがあるのかもしれないですね。 長澤:僕、人が好きなんですよ。たまに「みんな死ね!」って思うこともありますけど、「みんな死ね!」って思うのも、人が好きであることの裏返しだから。僕の歌が時々辛辣なものになるのも、小学校の頃に好きな子の上履きに悪戯をするみたいな、こっちを見てほしいからだけなんですよ。シカトされるくらいだったら、悪態をついていたいというか。それがきっかけで愛が生まれることもあるって信じてる(笑)。

長澤知之 / 只今散歩道

――今回の『長澤知之Ⅲ』は、そういう意味でも長澤くんのある種の原点回帰と言えるような作品で。素のメッセージが響いてくるんですよね。1曲目の「只今散歩道」も、散歩という長澤くんの曲が生まれるシチュエーションの原風景に立ち返ったような曲で。 長澤:「気楽にやろうぜ」っていうのが、この曲のテーマですね。 ――今日の話を聞いた後だと、その「気楽にやろうぜ」ってすごく切実なメッセージとして響きますね。 長澤:まぁ、メッセージというか、単純に自分にとって気楽なものを追い求めているだけなんですよ。僕は音楽にメッセージが必要だとは思ってなくて、音楽って、音楽そのもので崇高なものだし、高尚なものだと思うんですね。だから、つい自分が歌にメッセージを詰め込みそうになる時は、「あ、なんだかな」って思ったりするんです。音楽はそれだけで素敵なんだから、それでいいじゃないかって。自分のスタンスとしては「只今散歩道にいます」って、そのくらいでいいんじゃないかって。 ――でもね、「気楽にやろうぜ」って、本当に気楽な人が歌ってても聴き手に何も響かないけど、長澤くんみたいに放っておくと気楽じゃない人が歌うから、それが響くんだと思いますよ。 長澤:「放っておくと気楽じゃない」っていうのは本当にその通りですね(笑)。まぁ、基本的に感情的な人間なんで、そういう意味では「気楽にやろうぜ」って自分に言い聞かせているのかもしれないし、気楽じゃない、音楽はそれだけで素晴らしいものなのにそこにメッセージを込めたがる人に対してアンチを表明しているのかもしれない。そうやって掘り下げられると、「結局はお前もメッセージを込めてるんじゃないか」って思われそうで嫌ですけど(笑)。 ――今回の『長澤知之Ⅲ』には、「犬の瞳」や「宛のない手紙たち」や「いつものとこで待ってるわ」といった、10年近く前に書いた曲も収録されています。それが現在の曲と並んでもまったく違和感がないというところが、長澤くんの音楽のすごいところだと思うんですよ。 長澤:もちろん昔書いた曲の中には、あまりにも表現が稚拙で、今はもう歌いたいと思わない曲もあります。ただ、こうして今も歌いたいと思う曲がたくさんあるということは幸せなことだと思っています。自分が曲を書く時にいつも考えるのは、この先何年経ってもずっと歌っていたい曲を書きたいということなんです。それは、もちろんメロディもそうなんですけど、その時に「これが絶対だ!」って思って書いた曲よりも、その時に「これが疑問だ」って思って書いた曲の方が、僕にとって歌い続けたい曲になり得るんですね。 ――それは、時代の風化に耐えられるエバーグリーンな曲を書きたいという、ソングライターにとっての命題のようなものですか? 長澤:いや、そうじゃなくて、単純に自分が歌いやすいかどうかということ。あとで振り返って、恥ずかしくなるような曲は書きたくない。だから、何かを言い切るような曲を書く人はバカだと思いますね。 ――(笑)。 長澤 最後にちょっと悪態ついちゃいましたね、失礼しました(笑)。  (取材・文=宇野維正/写真=杉田真)

エンジニア担当・佐藤洋介氏の証言

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レコーディング中の風景。左、長澤知之。右、佐藤洋介。

 『長澤知之Ⅲ』のレコーディングでエンジニアを担当したのは佐藤洋介氏。彼は初期作品から手がけてきた、長澤の音楽の良き理解者でもある。今回の作品では、楽器の響きを活かした立体的でメリハリのあるサウンドを聴くことができるが、これには佐藤氏の貢献も大きいであろう。佐藤氏自身も初挑戦だったというバイノーラル録音について、そして長澤知之の音楽的魅力について話を聞いた。(編集部) ――『長澤知之Ⅲ』はサウンドに立体感があり、ギター中心の演奏ながらも各楽器の音が気持よく響いています。佐藤さんが彼の音に向き合うときに特に考えていることは? 佐藤:デビュー作から一緒に仕事をしてきて、一番は本人が表現したいサウンドをいかに汲み取るか、ということを考えます。なので、レコーディング前に、お酒を飲みながらけっこう話をしますね。その場でYoutubeを観て、「今何聴いている?」とか、「これカッコいいよね」と。そこから理想の音を探って、ボーカルの立ち位置の音響やドラムの響き方を汲み取るようにしています。 ――長澤さんからは、「佐藤さんから予想外の音が返ってくる」「挑戦がある」という話を伺いました。ご自身の中で違う球を投げ返そう、という意識はありますか。 佐藤:僕もアイデアだしは好きなので、「こういう風になったら面白いんじゃないか」ということは提案として最初に聴いてもらいます。頭の中では「たぶんこれはナシと言われるな」ということはだいたいわかるんですけど、あえて提案はしていますね。 ――そこで長澤さんが「いい!」となることも? 佐藤:あります。もちろん逆もあってバッサリ切られることも(笑)。そういうやりとりは、最近のほうが多いですね。僕の方はあまり変わらないんですけど、長澤くんが「これはアリ、これはナシ」ということを言いやすくなってきたんではないかと思っています。最近は思っていることを明確に伝えてくれるので、こちらもその方向に舵を切りやすいんです。ただ、ふたりともコミュニケーションがうまい方ではないので、いつも「俺たち、なんでこんなに時間かかるんだろうね」と笑ってます(笑)。 ――今作はバイノーラル録音の曲とノーマル録音の曲が入っています。それぞれどのような方針でレコーディングに臨みましたか。 佐藤:バイノーラルは人間の頭部模型の外耳口部分にマイクをセッティングして録音する方法で、ヘッドフォンで聴くと録音した環境と同じように聞こえます。ただ、僕もヘッドフォンミュージックは好きなんですけど、音楽としては2つのスピーカーから正当に聴こえてほしい、という感覚もあるんです。バイノーラルだとどうしても、ヘッドフォンにしか特化しない。最終的にはバイノーラルを2スピーカーで聴いた時にも自然に聴こえるように調整していく、ということになりました。
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頭部模型に向かって歌う長澤知之。

――バイノーラルではないレコーディングに関して、何か方針はありましたか? 佐藤:今作はハイレゾリューションでもリリースされるので、ひとつひとつの音の録り方にいつも以上に気を使い、極力ノイズを少なくしようと心がけたところはあります。音的に言うと、長澤くんの場合は普通、ビット数は24bitでサンプリングレートは48kで録るのですが、ハイレゾリューションというということで今回は24bit/96kで録りました。それもあるせいか、ダイナミックレンジ(最小と最大の音圧差)がだいぶ広がっているので、同じように録っても聴こえ方の幅がかなり広がっていると思います。CDに入れた時でもそれが影響している感覚はあったので、「これから96kで録ろうかな」と(笑)。 ――ダイナミックレンジが広がったことで、「どの音域を強調するか」というポイントは変わりましたか? 佐藤:彼の場合、声は放っておいても出るので、いつも気を使うのはギターとドラムです。処理も含めてですが、ドラムは鳴った瞬間に、そのアーティストがどこにいるのか、外なのか、部屋ならどんな部屋なのか…という、場所を決めてしまう楽器なんです。例えばドラムが「ドォーン パァーン」と大きく響いてからボーカルがオン(近く)で入ってきたら、「広い空間で近くに寄ってきてくれた」という印象を与えます。だからレコーディングのときは、スタジオの鳴りも含めていろいろなところにマイクを立てます。そのへんは後で使えるように、ということで気を使います。 ――「只今散歩道」などは、密着感のある音のように感じました。 佐藤:あれは散歩しているので外なのですが、外は意外と聴こえ方がデッド(反響がない)な感じなんです。そのなかで、ちょっと弾んでいるような、弾んでいないような…というリズム感を出す音響にしました。 ――ベースの音が気持ちよく聴こえますね。レコーディングの魔法というものはあるのでしょうか? 佐藤:これは本当の話ですが、レコーディングでもプレイヤーの音の個性はすごく出るので、うまい人がやると誰が録ってもうまく録れるものなんですよ。ドラムが特にそうで、うまい人は音量が一定で、叩いているパーツのバランスが抜群にいいから、1本のマイクでもよく録れる。あまり上手でない人は、常に力いっぱい叩いて、ハイハットがシャーシャー鳴りすぎたりするんです。今回は素晴らしいミュージシャン揃いで、特に苦労はしませんでした。 ――ボーカルに関して、バイノーラル録音だとかなり近く聴こえることもあって、全体的なバランスは佐藤さんの方で調整されたのでしょうか? 佐藤:バイノーラルの場合は、部屋全体で鳴っているものをそのまま拾います。だから実は、後から調整するのは難しいんです。逆に言えば、それを前提として録っているので、他の曲のイメージをそこに近づけよう、という作業はしませんでした。僕はもともと個々の楽曲で考えて、アルバムトータルの音像を揃えよう、とはあまり考えず、サウンドはバラエティがあっていいと考えるタイプです。アルバムトータルの流れは曲順などで考えることかな、と思っています。 ――スタジオにダミーヘッドを置いて録るという場合に、何度も位置を調整していくという感じですか? 佐藤:そうですね。最初に数テイクやってもらいながら調整します。「宛のない手紙たち」は彼の部屋で録ったので、反射音を消すために布団を立てたりしました。今回はTEACのスタジオで無音状態の部屋でも実験を行いました。ばっちりと場所を決めるとすごく定位感が出るので、意外と楽でしたね。

長澤知之 / いつものとこで待ってるわ(Binaural Live Recording at 月見ル君想フ 2014.7.29)

――「いつものとこで待ってるわ」はライブでのバイノーラルレコーディングでしたが、それはいかがでしたか? 佐藤:ライブの場合は、「ここにしか(ダミーヘッドとマイクを)置けないよ」というものなので、調整のしようはありません(笑)。ライブが終わった後に録れた音を「なるほど」と聴きました。この曲だけは流れを考えて、他の曲と揃うように音像を調整しました。 ――佐藤さんがバイノーラル録音に本格的に取り組むのは初めてでしたか? 佐藤:初めてですね。なかなか難しくて、コンセプト的にはその場で聴いている音を再現しようというものですが、人間の耳のように視線の先にあるものをフォーカスして聴こう、というシステムではないので、鳴っている音がそのまま録られてしまう。マイクの性能でも変わることは多いですし、聴かせ方も含めてまだまだ研究の余地がありそうです。 ――興味深いお話です。人間は能動的に選んだ音にフォーカスしていくが、バイノーラルではある意味で強制的に鳴ったまま録音される…ということですね。逆に言うと、通常の音源ではリスナーの耳がフォーカスしようとする音を意識しますか。 佐藤:意識します。例えば一貫して鳴っている音があって、サビでもそれを鳴らしたいけれど歌とぶつかる、という場合があるとします。サビは一番音が重なって音圧が上がるセクションなので、どうしても誰かに一歩下がってもらわないと収まりがつかなくなる。そういうときは入り口だけ突き(音量を上げ)ます。そうすると「(その音が)入ってきた!」と感じ、その後は音量を下げてもずっと鳴っている感じがするんです。そういう耳のフォーカスにまつわる錯覚を利用して音の強弱を付ける方法はよく使います。 ――さて、佐藤さんから見て、長澤さんのボーカルとギターの魅力はどんなところにありますか? 佐藤:彼のギターは独特で、ロックでありながら、センシティビティのある柔らかい音も出すんです。何か人に感じさせるようなツボを持っているから、「かっこいいな」と思っちゃいます。僕が口を出すのは、ギターの音作りについてですね。アンプ選びにも口を出しますし、エフェクターも、このアルバムで使っているのはたいがい僕が貸したものだと思います(笑)。デビュー当時からずっと貸していて、ライブでも使っているものがあるんですけど、この間、誕生日だったからプレゼントしました。彼には思い通りのフレーズを弾いてもらえればそれで十分で、それで説得できるギターが録れます。  また、声も大きな武器ですね。初期に比べると最近、特に下の太い部分が出るようになったので、洗練されて、大きく捉えられる音になっていると思います。彼は若い頃は「自分の声が好きじゃない」と言っていました。今も攻撃的な部分がなくなったわけじゃないんですが、それを曲によって使い分けることができるようになった気がします。実際、好きな声ですね。切なさを伝える何かを持っている声だし、倍音をたくさん持っていてサラサラしているので、小さくつぶやいても聞こえやすい、人に届くところが魅力だと思います。 (取材・文=編集部) ■佐藤洋介 岡本定義との宅録ユニット、COILとして1998年「天才ヴァガボンド」デビュー。エンジニアとしてサウンド面の中核を担い、COILのみならず外部アーティストからもそのサウンドメインキングのクオリティは高く評価されてきた。2014年4月にCOILを脱退。脱退後は幅広い視点からサウンドプロデュースができるエンジニアとして、活動の場を広げている。 オフィシャルウェブサイト
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『長澤知之Ⅲ』

■リリース情報 『長澤知之Ⅲ』 発売中 価格:2300円(税込) iTunes Augusta Family Club オフィシャルウェブサイト オフィシャルFacebook

かつては規制法案が審議されたことも!? 今明かされる英国の“インベーダーブーム”狂騒曲

オタクに"なるほど"面白い!オタクニュース・ポータル「おたぽる」より

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2013年のスペースインベーダー SPACE INVADERS 35周年公式サイトより。
 1970年代終盤、日本のみならず世界中で大ヒットしたビデオゲーム『スペースインベーダー』。今年はスマートフォン向け『アルカノイド VS スペースインベーダー(仮)』の開発や、アメリカのワーナー・ブラザースによる映画化が報じられるなど、今なお絶大な人気を誇るタイトルだ。そんな本作は同時に、当時の社会にさまざまな波紋を投げかけ、今日の“ネット依存症”や“スマホ依存症”にも繋がる問題を提示したといえるのかもしれない。社会現象にもなった“インベーダーブーム”に沸く1981年、なんとイギリスの国会では「インベーダー規制法案」が審議されていたのだった。 「おたぽる」で続きを読む