ジャニーさんがラジオで衝撃発言!「ジャニーズ全員、丸坊主にしたい」

【本と雑誌のニュースサイトリテラより】
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ジャニーさんことジャニー喜多川氏
 まさかここまでぶっちゃけてくれるとは──。元日の夜、ジャニー喜多川氏が『蜷川幸雄のクロスオーバートーク』(NHKラジオ第1)に出演することは、芸能マスコミの間で話題になっていた。しかし、ジャニーさんといえば、最近少しずつメディアに露出するようにもなったとはいえ、基本的には影の存在。自分のことはもちろんジャニーズの内幕についての話もほとんど明かしたことがない。きっと、今回も差し障りのない話に終始するだけだろう……。  そんなふうに思っていたら、ジャニーさん、なんと蜷川のインタビューに答える形で、生い立ちからジャニーズの歴史、タレントへの思い、さらにはこれまでささやかれてきた数々のジャニーさん伝説の真相についてもぶっちゃけトークを展開したのだ。  まず、蜷川はいきなり、聞きたくても聞けなかった話として、「ジャニーさんはさぁ、タレントのことYouって呼ぶでしょ? あれには自覚的な選択があるの?」と質問。これに対して、ジャニーさんはアメリカではYouが主語だから、痛いとき瞬間的に「Ouch!」と言ってしまうのと同じだと言いながらも、「Youしか覚えられない」、つまりタレントの名前を覚えられないから使っていると意外な真相を明かして笑った。  このインタビューの前に2人は舞台を観劇していたのだが、その舞台に出てる子の何割覚えてる?と聞かれても、「あ、覚えてないです。自慢じゃないけど覚えてない」ときっぱり。  そして、話はジャニーさんのタレントの選び方に移っていく。

トライセラ和田×バイン田中が語る、ロックバンドの美学(前編)「お互い違う場所で切磋琢磨してきた」

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【リアルサウンドより】  ともに97年デビュー、変わり続ける音楽シーンの中で独自のスタンスを守りながらサヴァイブを続けてきたTRICERATOPSとGRAPEVINE。デビュー当時はライバルと目されたこともあったが、いまや互いに認め合う関係となった両バンドのフロントマン、和田唱と田中和将の特別対談が実現した。  TRICERATOPSは『SONGS FOR THE STARLIGHTS』(12月10日リリース)、GRAPEVINEは『Burning Tree』(1月28日リリース)と、新たな環境での新作を作り上げた両者。前編となる今回は、お互いの出会いやルーツから音楽シーンの変化、そしてバンドを続けてきた原動力を語ってもらった。

「(GRAPEVINEは)自分たちに近い人たちなのかなって印象があったな」(和田)

――お二人が最初に出会ったのって、いつ頃のことですか? 田中和将(以下、田中):たしかデビュー前だったよね? 和田唱(以下、和田):そうそう。当時の『R&R NEWSMAKER』という雑誌が主催してた「BRAVO Night !」というイベントで、一年以上にわたって一緒にライブしてた。 田中:たしか7~8バンドくらいいて、東名阪を何度も回るようなサーキットイベントで。 和田:基本的にいつも一緒だったのが僕らとDragon Ashと――。 田中:あとは、ZEPPET STORE、the PeteBest、スキップカウズ、PLECTRUMだったかな。それが最初でしたね。 ――その頃、お互いはどう意識してました? 田中:今でもそうやけど、僕らはもともと社交性も少ないし、音楽性も、キャラクター的にも媚びてなかったんですよね。だから「俺らはあんな風には客に媚びひんぞ!」みたいに思ってた。 和田 あははは! そうなんだ! 田中:その頃はまだ若いですしね。今思えば、若気の至りで尖がってた。 和田:たしかに当時のバンドはサービス精神を持った人が多かったですからね。俺らもどうやったらアピールできるんだろう、どうすればお客さんを掴むことができるんだろうって努力してたタイプだし。ただ、Dragon Ashはちょっと人種が違うと思ったな。俺、初対面で睨まれましたからね、kjに(笑)。 田中:でも、やっぱり彼らは抜きん出てたよね。 和田:そうだね。で、GRAPEVINEは確かに媚びない感じだったし、マーヴィン・ゲイの名曲をバンド名にしていた時点で、自分たちに近い人たちなのかなって印象があったな。 ――田中さんからトライセラはどう見えていたんでしょう? 田中:トライセラはすごくナチュラルな感じだった気がしますね。自然に3人が曲を作ってバンドを楽しんでるスタンスに見えた。やっぱり、新人ばっかり集めてるイベントだから、みんな「どっか抜きん出てやろう」ってガツガツ、ギラギラしてたんですよ。それでパフォーマンスも過剰になっていたんだと思う。僕はそういうノリは嫌いやなと思ってましたけど(笑)。 ――ちなみに、お二人にとって97〜98年の頃のJ-POPや日本のロックシーンはどういう風に見えていたんでしょう? 和田:ヴィジュアル系が多かったイメージがあるな。で、当時は雑誌でよく言ってたんですよ。「みんな衣装を着すぎだ!」って。 田中:ははは! 和田:俺らは普段着姿でステージに出てたし、みんな私服でステージ上がればいいじゃんって思ってた。バインもそうだったし。俺らぐらいからじゃない? 普段着姿のロックバンドが普通になってきたのって。 田中:それは俺も後から知った感じやな。俺らはTシャツ系ロックとか言われてた(笑)。 和田:ははは! そうそう! スニーカー系とか(笑)。 田中:そういう感じでカテゴライズされてたんですよ。それは世界的にも97年がグランジとかマンチェ以降の時代だから、世代的にそういう流れがあったっていうのもあると思うんです。で、ヴィジュアル系っていうのは日本独特の文化やから、あれはあれで独自のガラパゴス的な発展をしてきた。それだけの話やと思います。 ――それ以前、90年代前半にはバンドブームがありましたよね。そことも世代感は違う。 田中:そうですね。バンドブームが一番熱かったのは中3から高2ぐらいまでかな。 和田:そのぐらいの時って日本のバンドの人たちに影響された? 田中:されたよ。正直こういう性格なので、表だってやってる感じの人たちは正直チャラいなって思ってたのよ。だからBO GUMBOSとかRED WARRIORSとか、そういうのが好きでしたね。 和田:俺は日本のバンドは疎かったんだよね。やっぱりビートルズとストーンズが大好きで。だからクラスの子たちと話が合わない。 田中:早熟だったんやろね。 和田:そうでしょ? だからバンドブームは全然通ってきてなかった。 田中:僕も始めたきっかけはまったく無関係で。RCサクセションを中学2年生ぐらいの頃に聴いてギターを始めたんですよ。そこからしばらくしてから、世間はバンドブームだということに気付きはじめた。だからやっぱり友達とは話が合わなくて。唱くんはビートルズとかストーンズをどうやって知ったの? 和田:僕は最初にマイケル・ジャクソンがあったんですよ。とにかく、小学生の時はマイケル一色だったわけ。その後マイケルが『スリラー』の「ガール・イズ・マイン」っていう曲でポール・マッカートニーとデュエットしてたんです。当時は「なんだ、このおっさん」みたいに思ってたんだけど、その後親父に聞いたりいろいろ調べてるうちに「こういうすごい人たちがいたんだ」と知って。あと、ビートルズの「カム・トゥゲザー」をマイケルが映画の中でカバーしてたんだよね。そういうところからいろいろつながって、ビートルズはすごいぞ、と。 田中:なるほどね。僕はもう、RCサクセション、ストリート・スライダーズって聴きはじめたんですよね。そうなったら、そのままストレートにビートルズ、ストーンズにいく感じでした。
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「「ポスト・ミスチル」って言われたことに関しては「よっしゃ、言うとけ言うとけ」っていう感じでした」(田中)

――デビュー当時はバンドの間にもライバル意識のようなものもありました? 田中:それはあったと思いますよ。みんなギラギラしてたと思う。やっぱりちょっとでも抜きん出てやろうっていうためのイベントなわけでしょ? 今だからこそ思いますけれど。 和田:ただ、俺は当時からこの人とは喋りたいなと思ってたんだよね。「覚醒」のブルージーな歌い回しを聴いて、「この人、やっぱり違うな」って思って。わりと早い段階で喋りかけた記憶がある。 田中:喋ったよねえ? でも、ほんと人付き合いが下手だった(笑)。 和田:俺らもわりと苦手だったよ。今でこそいろいろ人とコラボレーションとかしてるけど、当時はダメだった。 ――GRAPEVINEもTRICERATOPSも、デビューからどんどん人気や知名度を増していったわけですが。ブレイクした、売れたという認識はどれくらいありました? 和田:売れてたかなあ? 俺たち(笑)。 田中:いやあ、正直あれでブレイクなのかって今でも思いますよ。時代がよかったんですよ。CDバブルの時代だった。日本でCDが一番売れてたのが、僕らがデビューした97年から99年くらいの頃ですから。僕らがブレイクしたと思われているのもその頃だと思います。それに、僕らの歴史の中でもその時期がいちばん枚数売れてるんです。でも、それはCDバブルの追い風があったからだというのは否めないですね。ブレイクしたという自覚はさほどないです。 和田:僕もないです。全然ないですね。 ――当時はただ慌ただしく日々が過ぎていくような時期だった。 田中:そうですね。右も左も分からないままに過ぎていった。 和田:取材ばっかりしてたね。 田中:あの頃は多かったね。雑誌も多かった。地方キャンペーンもしっかりやってたし。 ――前に和田さんからタワレコのポップを破壊したことがあるっていう話を聞いたことがありますけれど。 和田:いやあ、あの頃の自分はバカでしたからね(笑)。 田中:なんでポップを破壊したの? 和田:ちょうどセカンドアルバムが出たばっかりの時で、広島のタワーレコードに行ったんです。そこで店にポップを作って大きく展開してくれてたんですよ。でも、書いてあった文章が全然こっちの意図と違ってて。書いてる本人はそんなつもりはなかったんだろうけど、少しバカにしてるような感じに思ってしまって。特にあの頃って、なにかと「カワイイ」とか「ポップでキュート」とか言われてたから、それにすごく反発していて。やっぱりロックバンドたるもの、カワイイとは何事だっていう意識があったんでしょうね。 田中:それで? 和田:「すいません、これ書いたの誰ですか?」って店員さんに聞いたら、たまたま書いたのがその人で。その人の態度がちょっとエラそうだったの。だから「おい! 何なんだよ、この文章」みたいな感じで言って。そしたら向こうも「いや、こっちは思ったこと書いただけですけど?」みたいに言うからさ。それで次の瞬間、こっちもカーっとなって、バーン!って。よくやったよ、あんなこと。 田中:ははは! 熱いね。 ――田中さんは、自分の音楽と周りから語られるイメージとの齟齬は感じてましたか? 田中:いや、それはもちろんあるもんだと思ってましたね、僕は。褒めてくれる人もたくさんいらっしゃるでしょうけれど、それだってズレてるのも多かっただろうし。自分らの音楽について言及されてるものは、あんまり見たくなかった。 ――当時のGRAPEVINEは「ポスト・ミスチル」って言われていましたよね。 田中:ああ、ありました。でも、それは逆に武器だって思った覚えがあるな。売れるもんなら売れるに越したことはないだろうっていうことは思ってたし。「ポスト・ミスチル」って言われたことに関しては「よっしゃ、言うとけ言うとけ」っていう感じでした。そんなにイラっともこなかったな。
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「常に新鮮な空気を入れ替え続けるのがいちばん重要なんじゃないかな」(田中)

――その頃、10年後や15年後にバンドがどんな風に続いていくかのイメージはありましたか? 田中:それはなかったな。正直、10年とか続くことをあまり想定するもんじゃないでしょ、バンドっていうもんは。いや、もちろん続くんであれば続くに越したことはないけれど、実際思い描けるもんじゃないですよ。 和田:でも、俺はあったな。ロックは歳とってやってもいいんだっていう意識があったし、できることなら長くやりたいなと当時から思ってました。それはロックの歴史的にストーンズがいたからかもしれない。もし70年代だったら40になってロックをやってる自分たちの想像がつかなかったと思うんです。でも、当時ですでに50代のローリング・ストーンズも見てたから。 田中:そうね。バンドスタイルで長く転がるっていうのは、ストーンズみたいにいい見本がいますからね。これはこれで究極にカッコいいことだと思う。でも、僕らは特別具体的な目標を持たなかったですね。武道館とかドームとか、そういうことを思ったって仕方がないとは思ってました。 ――結果的に今に至るまでバンドが続いてきたわけですけれど、やはり平坦な道ではなかったわけですよね。 和田:そうですね。危機だって何度もありましたよ。 田中:まあ、あるもんやろうな。 和田:ずっと仲良しなバンドもいるけれど、俺らはそうではなかったですね。そのへん、GRAPEVINEはどういう感じなんだろうと思って。 田中:僕らは僕らで、仲良しグループで集まったバンドじゃないんです。もともと全員の間に最初から距離があるんですよ。あんまり干渉しない。おそらくそのバランスが良かったんだろうとは思う。 和田:ああ、わかる。近すぎる人たちがだいたい解散するから。 田中:あと、エゴが強い人はいない。「俺が、俺が」という人があんまりいなかった。お互いの意見を尊重し合うというか、自分の意見が全てではないとみんなわかってる。そういう感じのバランスで進んできたんですよね。 ――バンドの危機はありました? 田中:もちろん、ありましたよ。ウチの場合、いちばんの危機はベーシストが抜けた時。あの時はマジで解散も選択肢の中にありました。 和田:けっこう前だよね。今の体制になってから長いもんね。 田中:そう。それも10年以上前。なので、今はこのままバンドで転がっていこうということにあたっては、どうやって刺激を得るかが問題になってきたりもしていて。モチベーションの維持というか、常に新鮮な空気を入れ替え続けるのがいちばん重要なんじゃないかなと思ってますね。 ――そのあたりはどうやって対処しているんでしょうか。 田中:俺らは自分らでやることももちろん大好きなんですけれども、やっぱり人から刺激をもらうことが多いですね。今回はレーベルを移籍したんで、そのことによって出会った人たちの意見を踏まえて作ったりしたし。何かしら窓を開けて空気の入れ替えをすることによって新しいチャレンジをしてきたと思います。あとは、メンバーの脱退と共にサポートメンバーに入ってもらったり、人との出会いによって助けられてるところは大きいかもしれない。 和田:僕らはメンバーチェンジがないですからね。 田中:それを見てると、トライセラはいったいどうやってるんだろうってよく思う。大変だろうなっていう気がするし。 和田:そうだな……田中くんは作曲って今どのぐらい関与してるの? 作曲の名義がGRAPEVINEになってる場合は? 田中:あれは基本的にはみんなで何気なくジャムりながら作ってくんですよ。メロに関しては俺が歌う。で、コード進行とか展開はその場でできたりできなかったりなので、それを後からちゃんとまとめていく。 和田:そういうやり方なんだ。 田中:そう。うちの場合は、一応全員曲を書くので。といっても亀井くんの負担が大きいんだけど。そう思うと、トライセラの場合は唱くんひとりの負担やね。 和田:そうそう、そうなんですよ。だからそういう曲作りにおいてのチームワークは羨ましいなって思う。でもまあ、ウチは二人が信じてついてきてくれてるんだと思います。 ――和田さんはTRICERATOPSというバンドを続けてきた原動力はどういうところにあったと思いますか? 和田:僕らも移籍は多かったですし、環境の変化は常にありましたね。あとはまあ、「これやめたらどうするんだ」っていうのもありましたよ。他にすることもないし、他のことで認められたこともない。自分が音楽という武器を手にしてこの世界に飛び込んだ時に「ようやくこれで評価してもらえる!」みたいな思いがあった。「何としてもこれだけは続けなきゃいけない」って気持ちが強いんでしょうね。たぶん、それが原動力だと思いますね。 田中:立派なもんだ(笑)。
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「ライブバンドって言われることに関してジレンマもある」(和田)

――TRICERATOPSとGRAPEVINEは、デビューから10年以上経った2008年に新宿LOFTで初めて対バン形式でのライブが実現しています。これはどういう体験でした? 田中:これはね、正直、ほんまに感慨深かった。「Bravo NIGHT!」の頃は7〜8バンドいる中で、みんな頑張って頭角を現すぞっていうムードがあって。そういうのはイヤだなと思う俺らみたいなヤツもいて。でも、そこから僕ら同士は、なぜかこんなに近しい世代のバンドなのにあんまり会わなかったのよね。 和田:そうだね。フェスでたまに一緒になるぐらいで。 田中:フェスでも基本的にはニアミスが多かったしね。なので、2008年の新宿LOFTのガチンコ2マンはすごい感慨深いものがありましたね。よくぞこれを組んでくれたなと思いましたし。デビューから10年以上経て、お互い違う場所で切磋琢磨してきたんだなっていうことをすごく感じましたね。 和田:初の2マンというのも意外でしたね。デビュー当時から何かと比較されて、ライバルみたいな言われ方をして。僕は比較されることに関してイヤだななんて思ったことは一度たりともないですけど。 田中:俺もないな。 和田:それこそビートルズ対ストーンズみたいな憧れに自分たちを当てはめられたので、バインとそういう見られ方をしてることに関してはすごく嬉しかったんですよ。でも2マンは意外に初めてで。で、お客さんが何しろ喜んでましたね。 田中:お客さんの顔を見た時にそれを感じましたね。そりゃそうですよ、それだけデビュー時期が近くて同期で比較されて、お客さんもきっと相当数かぶってるでしょうし。そんな人らが実は観れてなかった2マンをやっと観れるっていう顔で来てるわけじゃないですか。「あ、そうよな!」と。お客さんの立場になってグッときましたね(笑)。 和田:あと、やっぱりいい相乗効果があるんですよ。2マンのときは、なぜかたまたまいつもバインが先で僕らが後っていうスタイルで今のところやらせてもらってるんです。で、バインがやっぱり熱のあるいい感じのライブをするわけですよ。そうすると当然火がつきますよね。あからさまに劣るライブをやってしまったらその後の評価に繋がってくるんで。だからとにかく一生懸命やる。 田中:あははは。熱いなぁ(笑)。 和田:バインとの2マンはそういう意味で緊張感が走るというか、ムード的にはリラックスしてますけど、「やるぞ!」っていう感じはやっぱりありますね。 ――トライセラもバインもライブバンドとしての評価は高いですからね。 和田:ただ、俺らとしてはライブバンドって言われることに関してジレンマもあるんですよ。ロックバンドたるもの、やっぱりライブが良くなきゃダメだと思う。でも、アルバムだって時間かけて一生懸命作るわけでしょ? なのに「トライセラのあの曲、ライヴのほうが全然良かった」みたいな評価をされると切なくなるところもある。 田中:わかるわかる、それはもちろんそうやな。でもそればっかりはしょうがないかな。だって「CDのがいいよね」って言われてもちょっとイヤでしょ? 和田:いや、俺は今回、そうやって言われようと思ってアルバム作った。 田中:ああ、なるほど。確かにアルバム聴いて思った。ライブでどうやんの?って曲、多いもんね。 ――00年代からの10数年というのは、CDが一番売れていた時代からだんだんライブに価値が入れ替わっていたようにも思うんですが、そのあたりはどうでしょう? 田中:でもね、たぶんそれは単純に入れ替わってるという図式ではないと思いますけどね。ライブに人が入るようになったというのはまやかしで、それはフェスだったりの動員が増えたっていうことなんですよ。バンドが単独でツアーをまわっても、みんなひいひい言ってますよ。平日のライブも減りましたからね。 ――フェス偏重の時代になっている。 田中 そう。単にフェスの動員が増えたからそう見えてるだけなんです。僕らはすごく狭間の世代でね。CDも売れなくなってきてるから、CD以外の発信の仕方も増えてきている。正直、僕らは狭間の世代だと思ってるんですよね。(後編に続く)
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(取材・文=柴那典/撮影=下屋敷和文)
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TRICERATOPS『SONGS FOR THE STARLIGHT』(SPACE SHOWER MUSIC)

■リリース情報 TRICERATOPS 『SONGS FOR THE STARLIGHT』 発売:2014年12月10日 TTLC-1005 ¥2,593(税抜) 01. GRRR! GRRR! GRRR! 02. HOLLYWOOD 03. スターライト スターライト 04. ポスターフレーム 05. GOOD ENOUGH 06. PUMPKIN 07. 僕はゴースト 08. 虹色のレコード 09. FLASH!!! 10. 恋するギターとガーベラの花 11. ふたつの窓 ※別DISC (TTLC-1006)                                                    特典音源CD付き(内容事前情報公開無し)
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GRAPEVINE『Burning tree(通常盤)』(ビクターエンタテインメント)

GRAPEVINE 『Burning tree』 発売:2015年1月28日 通常盤 VICL-64266 ¥3,000(税抜) 初回限定盤 VIZL-756 ¥3,700(税抜) 収録曲 01.Big tree song 02.KOL(キックアウト ラヴァー) 03.死番虫 04.Weight 05.Empty song 06.MAWATA 07.IPA 08.流転 09.アルファビル 10.Esq. 11.サクリファイス 初回限定盤DVD 01.「Empty song」Music Video 02.VIDEOVINE Vol.2 ■TRICERATOPS HP http://triceratops.net/ ■GRAPEVINE HP http://www.grapevineonline.jp/

安倍首相のちんこちっちゃい! 岩井志麻子が韓国人の愛人相手に衝撃発言!

【本と雑誌のニュースサイトリテラより】
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ホリプロオフィシャルサイトより
「首相のちんこちっちゃいんだって」  ええェェぇ!!?? 首相ってどこの!? もしや日本のあの方?  こんな仰天発言が載ったのはサブカル・テレビ雑誌「TV Bros.」(東京ニュース通信社 14年12月20日号)。表紙は映画『海月姫』で話題の可愛らしい能年玲奈ちゃん……。  といっても、もちろん発言の主は能年ちゃんではない。問題の「TV Bros.」には、特別企画として、作家・岩井志麻子と、志麻子先生の誕生祝いのため来日した韓国人愛人「キムちゃん」の“日韓対談”が掲載されており、冒頭の発言はその対談の中で志麻子先生の口から発せられたものだった。 「2014年振り返り ロコピピSP  志麻子とガチで語る日韓問題! 朝まで生マッコリ!」と題されたこの対談はこんなリードから始まる。

J-POPの歌詞を今どう語るか? 磯部涼編著『新しい音楽とことば』が提示する新たな歌詞論

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『新しい音楽とことば』(スペースシャワーネットワーク)

【リアルサウンドより】  音楽ライターの磯部涼氏と編集者の中矢俊一郎氏が、音楽シーンの“今”について語らう新連載「時事オト通信」第3回の前編。磯部氏が編者を務めた書籍『新しい音楽とことば――13人の音楽家が語る作施術と歌詞論』が11月14日に発売されたことを受け、今回は同書のテーマである、J-POPを中心とする歌詞について、そのありかたを考察していく。(編集部) 中矢:今年の夏から磯部さんと一緒につくってきた、『新しい音楽とことば――13人の音楽家が語る作施術と歌詞論』という歌詞に焦点を当てたインタヴュー集が11月に刊行され、ありがたいことに好評をいただいていますが、そもそも本書は2009年に刊行された『音楽とことば――あの人はどうやって歌詞を書いているのか~』の続編ですよね。  前作は、磯部さんも私も関わっておらず、今作のデザイナーである江森丈晃さんが監修を務めたもので、同じく13人の自作自演系ミュージシャンにインタヴューをしているものの、基本的には各人の具体的な作詞のプロセスを聞き出すというスタンスであり、それぞれのファンが読んで楽しい歌詞にまつわるインタヴュー集、という趣の一冊になっていたかと思います。でも今回は、それぞれ異なるフィールドで活躍しながら、歌詞に意識的だと思われる13人へのインタヴューを通じて、今この時代の“歌詞論“を提示しよう、という編集意図があった。しかも、音楽ファンが「面白い」と評価する歌詞だけじゃなく、「つまらない」とか「劣化した」とか「翼広げすぎ、瞳閉じすぎ」とか揶揄しがちなJ-POPの歌詞も議論の俎上に載せようとした。  というのも、磯部さんがまえがきに書いていますが、「歌は世につれ世は歌につれ」という言葉があるように、社会のリアリティが変容するとともに歌詞のリアリティも変容するのであって、あれこれボヤくのは時代についていけていないからなんじゃないかと。また、ひとつの歌がすべての大衆の気持ちを代弁できる時代でもない。そこで、毛色の異なるミュージシャンたちに作詞術と歌詞観を訊くことで、今の歌詞のありかたを浮かび上がらせようとしたわけです。ただ、歌詞についての論考集ではなく、あくまでインタビュー集なので、明確な結論は書かれていません。あえて今まで尋ねていなかったのですが、磯部さんはそんな本書の監修を通じて何か“答え“らしきものは見つかりましたか? 磯部:まず、制作の発端から話しておくと、僕は、いま説明してくれたように、前作の監修者である江森丈晃くんから依頼を受けて、今作の監修者を引き受けることになったわけだけど、江森くんはもともと歌詞に興味がないひとだったんだよね。例えば、前作の前書きの冒頭部分はこんな感じ。  歌詞ってなんだ? という問いかけから、この本を作ろうと思いついたのが、去年の春頃のこと。  いきなりの私事になるが、その10年前までは、まったく日本語の音楽を聴くことがなく、それについて訊かれるたび、「だって部屋で映画を観るときに、副音声はオフるでしょう? 音楽は楽器の響きだけで伝わるものが多いからさ、余計な解説はいらないし、こっちから聴こうとするまでは、歌詞なんか入ってこない方がいいんだよ」……と、ヒネていた自分にも、確実に刺さり、気持を揺さぶられ、「この歌詞を書いた人は、いったいどんな回路を持っているのだろう?」と興味の湧く言葉というのが増えてきた、というのがそのきっかけだ。 (江森丈晃・編『音楽とことば――あの人はどうやって歌詞を書いているのか』、ブルース・インターアクションズ、09年より)  そういうひとがつくったからこそ、『音楽とことば』は好奇心に満ちた瑞々しい本になっていたと思う。一方で、僕は日本のラップ・ミュージックを取材対象にしてきたこともあって、これまで、歌詞について考える機会が多かった。北田暁大が、ライトな音楽リスナーに多い、歌詞を重視する“歌詞フィリア”と、コアな音楽リスナーに多い、歌詞を重視しない“歌詞フォビア”という2項対立について書いたことがあった(『ユリイカ』03年6月号掲載、「ポピュラー音楽にとって歌詞とは何か――歌詞をめぐる言説の修辞/政治学」)けど、江森くんが後者から前者に寄ったのが『音楽とことば』だったとして、僕が『新しい音楽とことば』をここぞとばかりにつくったかと言うとそうでもなく、むしろ、今作を機会に前者と後者の中間に立ってみたようなところがあったんだよね。次に、今作の前書きをちょっと長目に引用してみる。  これは、歌詞についての本である。――というか、そもそも歌詞ってなんだろう。まずはそんな根本的なことから考えてみたい。  しかし、答えはすぐに出てしまう。歌詞とは、文字通り、“歌”における“詞”のことである。そして、言うまでもなく、“歌詞”は、“メロディ”だったり“アレンジ”だったりと同じように歌を構成する要素のひとつなわけだけれど、それにしても“歌詞”は他の要素に比べて、特に愛されているように思える。  たとえば、グーグルの検索バーに、ある歌のタイトルをタイプしてみる。すると、たいてい、「○○○○○(歌のタイトル) 歌詞」という候補が最上位に表示される。そして、それを選ぶと、画面にいわゆる歌詞サイトがずらっと並ぶことになる。つまり、単純に考えて、歌を検索しようと思った人の中では、歌詞を知りたがっているひとが最も多いわけだ。一方、コード譜やバンド・スコアといったものは候補にすら出てこないこともある。もしくは、本屋で楽譜を買おうとした場合、たいてい、それは隅っこに追いやられているし、置いていない店も多い。それでいて、歌詞だけを詩集のようにまとめたいわゆる歌詞本は一般書籍とともにどーんと山積みになっていたりする。  また、ツイッターには、歌詞botと呼ばれるアカウントがたくさんあって、お気に入りのアーティストのものをフォローすれば、タイムラインに定期的に彼らの歌詞が流れてくる。あるいは、日本の歌詞サイトの使い方がテキストを読むだけなのに対して、近年、英語圏で人気のGeneusでは、掲載されているテキストに利用者が「この箇所は、実はこういう意味なんだ」といった解説を書き込むことが出来る。日本でもそんなサイトがあれば面白いのにと思うけれど、すでに個人のブログで好きな歌詞を読み解いている人も多いし、それは商業ライターも同じかもしれない。歌の批評においては、楽曲分析よりも歌詞分析が主流だ。  もちろん、人々がまず耳を傾けるのは“歌”、そのものである。しかし、歌詞やメロディやサウンドが絡み合った歌という芸術の中でも、歌詞という要素は妙に偏愛されているように思えてならないのだ。 (磯部涼・編『新しい音楽とことば~13人の音楽家が語る作詞術と歌詞論』、スペースシャワー・ネットワーク、14年より)  特に日本では、「この国の音楽市場でデータ販売がそこまで伸びないのは、データには歌詞カードが付いていないからだ」っていう説がまことしやかに囁かれるぐらい歌詞が偏愛されている。また、ニコ動×ボカロ文化以降、MVに歌詞を付けるケースが増えて、歌詞フィリアの傾向はさらに強まってきているように思う。一方で、江森くんは、近年、「興味の湧く言葉が増えてきた」と書いていたけど、実際には、中矢が言ったように「最近のJ-POPの歌詞、翼広げすぎ、瞳閉じすぎ」みたいな意見もよく聞かれるようになっている。  ちなみに、引用した前書きでは「歌の批評においては、楽曲分析よりも歌詞分析が主流だ」と書いたけど、アカデミックな分野ではそのような歌詞を偏重した分析の仕方に疑問を呈しているひとも多くて、例えば、サイモン・フリスも、ポピュラー音楽の歌詞においては“何が歌われるか”ではなく“どう歌われるか”が重要――要するに、歌詞を単なるテキストとして読むだけでなく、“歌”という表現のパフォーマンス性やメディア性にも注目しなければいけないというようなことを言っている。最近でも、細馬宏通『うたのしくみ』(ぴあ、14年)なんかは、歌を論じるにあたって歌詞を“読む”のではなく、歌詞を“聴く”ことにこだわっていた。  そして、『新しい音楽とことば』では、歌詞フィリアにハマりすぎないように注意しつつも、歌詞フィリアが蔓延し、歌詞が劣化したと思われているガラパゴスな状況を喝破するのではなく、そこに、何らかの“新しさ”を見出せないか、というテーマをまずは立ててみたんだよね。では、そこからどんな答えが見えてきたか……ってことについてはもう少し後で語ろうか。 中矢:“歌詞が偏愛されている”ということで言うと、今回、取材したミュージシャンはみな、サウンドやリズム、曲構造などの音楽面と歌詞は不可分の関係にあることは大なり小なり意識しているようでした。それと、ミュージシャンのパーソナリティと歌詞を同一視すべきか否か、ということも本書のひとつのポイントになっているかなと。実際、アジカンの後藤正文さんは、ツイッターでの発言と歌詞と自分自身を統一させられる昨今の風潮に窮屈さを感じていると言ってました。 磯部:現代では、ミュージシャンは如何に音楽をつくるかだけでなく、メディアにおいて如何に振る舞うかということも審査される。その結果、アメリカではミュージシャンの社会貢献がデフォルトになったり、ヒップホップにおけるホモ・フォビアが是正されたりもした。一方、この国では珍しく、積極的に政治的な活動をしているミュージシャンである後藤さんのツイッター・アカウントに寄せられるリプライが、「音楽だけやっていてくれ」派と「政治的な活動もしてくれ」派に二分されているのを見ると、日本はまだまだ過渡期なのかなと思う。ただ、どちらの一派も、SNSによってミュージシャンの声がダイレクトに届くようになったことで、“ミュージシャンがメディアにおいて如何に振る舞うか”について過敏になっているという点では共通していて、そして、それは、ミュージシャンとその発言や歌詞に同一性を求める雰囲気をつくり出しているようにも感じる。  70年代以降の日本のポピュラー音楽では、歌い手が作詞を手掛けるケースが増えたこともあって、歌詞フィリアがアーティスト信仰に結び付き、歌詞から歌い手の思想や生き様を読み解くような分析も増えたわけだけど、そこにさらにPC(ポリティカル・コレクトネス)まで求められるのはキツいだろうなぁ、そもそも、歌詞をいたってフィクショナルにつくっているひともいるわけだし……と思っていたら、やはり、今回、インタヴューしたミュージシャンも、歌詞と自身の関係についてはそれぞれの見解を持っていたよね。 中矢:例えば、自分自身のことを歌詞にダイレクトに表すイメージがあまりない石野卓球さんは、電気グルーヴ初期の代表曲である「無能の人」(90年)とそのリメイク「N.O.」(94年)のサビ「学校ないし 家庭もないし/ヒマじゃないし カーテンもないし」は、人生解散後の自身の実体験がベースになっていると言っていましたよね。まあ、そのこと自体はファンの間では広く知られていますが、当時の“リアル”を歌った曲だけに、それが“リアル”に感じられなくなった時期に歌えなかったという話が印象的でした。 磯部:「(「無能の人」では)人生が解散した後の卓球さんの心情が表現されていると言われていますね」という質問に対して、「心情ってほどのことではないかな」と断りを入れつつも、「あの曲は25年近く歌ってても、そんなに恥ずかしくないというか。素直すぎて逆にね。かといって、そのときの自分の状況を必要以上に赤裸々に表現はしていないし」って答えていた。でも、それを、「N.O.」としてリメイクしろとレコード会社から指示された時は、「自分の興味はインストのテクノに向いてて、ああいう歌ものは真逆だったからすごく嫌だった」と。「デビューして数年経った頃だったから、あの曲をつくったときの気持ちとは全然違って。ビッグ・ヒットこそ出ていないけどそこそこ売り上げもあったし、あの歌を歌うことにリアリティが感じられなかった」。しかも、「無能の人」の頃は「四畳半の部屋に住んでて、カーテンの代わりにブルース・リーの『死亡遊戯』のポスターを窓に貼ってた」けど、「N.O.」の頃は「家にカーテンがあったもん」。そして、「逆に今は何で歌えるかっていうと、カーテンが必要ない家に住んでいるから」……というのは実に明解な説明だったよね(笑)。  一方で、「一番遊んでた頃」の体験を基にした「虹」なんかは「今のムードに合わなくてライヴでは全然やってない」。また、アブストラクトでシュールな「Oyster(私は牡蠣になりたい)」なんかも具体的な経験がモチーフになっている。あるいは、「(ピエール瀧)と二人でよく話していたのは、「歌いたいこと何もねぇな」ってことで。で、「本当は何もないのに、さも自分の意志があるような感じで歌うのはやめよう」と。だったら、あるものをそのまま歌う。「富士山」とかね。そこには嘘がないから」とも言っていたし、電気グルーヴの歌詞は俗に言う“リアルな歌”みたいなものとは懸け離れているけど、それは、本当に“リアル”にこだわっているからこそなんだと思ったな。  他にも前野健太くんなんかは、シンガー・ソングライターであるがために、個人的な体験を歌詞に書いていると思われがちだけど、「歌詞はすべてフィクションです。ただ、感情は入れたい。だから物語にして登場人物にセリフをしゃべらせたり。ただ、(略)自分の声を使うと熱くなってしまう部分はある。それが目下の課題で。ホントは物語なので、うまく演じることができればいいのですが」と語ってくれた。それを読んで、以前、やはりシンガーソングライターである豊田道倫さんが、「(私小説的だと)人からよく言われるんですけど、自分ではあまりそう思いません。私小説自体、川崎長太郎とか耕治人とか、よっぽど極北の人以外は読まないし。もうちょっと違うことをやっているつもりです」(『ele-king vol.1』、メディア総合研究所、11年)と発言していたのを思い出したな。そもそも、“私小説”というジャンル自体がそうであるように、“歌詞”と“作者”の関係は決して単純に“=”で結ばれるわけではないんだけど、かと言って“≠”でもなく、時に“≒”だったり、あるいは、“×”だったり、“÷”だったりすることを考えながら聞くと面白いかもしれない。 中矢:卓球さんは「日本のロック・メディアでは歌詞から作者個人の心情を読み解こうとすることが多いですよね」という質問に対して、「特に『ROCKIN’ON JAPAN』のインタヴューは、当初、そういう訊き方しかしてくれなくて」とも言っていましたよね。同誌のインタヴュー記事は、「ロキノン節」と小馬鹿にもされてきました。ただ、編集者目線で話をすると、90年代、あの雑誌は若いミュージシャンのポートレイト撮影に新人のHIROMIXなんかを起用したりして被写体と写真家の距離が物理的・心理的に近かった覚えがあり、ヴィジュアル面でも音楽家のパーソナルな部分に迫ろうという編集意図があった気がします。そういうアプローチは日本の他の音楽雑誌はやっていなかったので、ある種の音楽ジャーナリズムのスタイルを確立したという意味では評価したいと思いますが、今はそれがやや形骸化しているきらいもあるかなと。 磯部:『ROCKIN’ON JAPAN』のインタヴューって、まさに、歌詞フィリア/アーティスト信仰者にターゲティングしたものなんだよね。ただ、日本の音楽市場のメインがそうである限り、それを全否定してもしょうがなくて、この本もまずは各ミュージシャンのファンに読んでもらおうと考えてつくったようなところがある。その上で、あえて、各ミュージシャンに共通する質問を投げかけたり、もしくは、各ミュージシャンから共通する単語を引き出したり、そして、それをリンクさせることによって、各ファンが目当てのミュージシャンの発言とはまた別の“答え”らしきものを見つけてくれたら良いなと思ったんだ。 (つづく) ■磯部 涼(いそべ・りょう) 音楽ライター。78年生まれ。編著に風営法とクラブの問題を扱った『踊ってはいけない国、日本』『踊ってはいけない国で、踊り続けるために』(共に河出書房新社)がある。4月25日に九龍ジョーとの共著『遊びつかれた朝に――10年代インディ・ミュージックをめぐる対話』(Pヴァイン)を刊行。 ■中矢俊一郎(なかや・しゅんいちろう) 1982年、名古屋生まれ。「スタジオ・ボイス」編集部を経て、現在はフリーの編集者/ライターとして「TRANSIT」「サイゾー」などの媒体で暗躍。音楽のみならず、ポップ・カルチャー、ユース・カルチャー全般を取材対象としています。編著『HOSONO百景』(細野晴臣著/河出書房新社)が発売中。余談ですが、ミツメというバンドに実弟がいます。

二次元も三次元もどっちも良いね! 同人に企業、コスプレと…各々が楽しんだ冬コミレポート

オタクに"なるほど"面白い!オタクニュース・ポータル「おたぽる」より

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大盛況のうちに終了したC87。
 楽しかったコミックマーケット87も、本日30日が三日目、最終日。2014年も明日で終わりなわけで、悔いを残さないで楽しみたいところ。参加者は、それぞれに想いを抱えながら、開場と共に怒濤のごとく動き出すのだ。    取材班がまず向かったのは、男性向け。誰もが狩人の目でスペースを周り、目当てのサークルを追い続けている。芋洗いという言葉では甘いほどの混雑なのだが、それでも混乱や事故が起きないのは、参加者の意識の高さを示している。殺気立ちながらも、譲り合い、安心して本を買おうという想いは一つなのだ、と実感する。  その殺気立ち具合も、島ごとの細かいジャンルでそれぞれ異なる。ベテラン島はともかくとして、TS・男の娘島あたりも、なんとなく平和なムードなのはなぜだろう……。 「おたぽる」で続きを読む

百田尚樹だけじゃない! 2014お騒がせ小説家No.1は誰だ!?●文芸編集者匿名座談会

【本と雑誌のニュースサイトリテラより】
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左から『銀翼のイカロス』(ダイヤモンド社)『失楽園』(角川書店)『三匹のおっさん』(文藝春秋)『白ゆき姫殺人事件』(集英社)
■渡辺淳一にもたかじんと同様のトラブルが勃発?■ X  今年の文壇をふりかえるってことなんだけど、これまで以上に今年はとにかく本が売れなくて、さみしい状況だったね。とくに、小説は……。 Y 1位が「半沢直樹」シリーズの最新作『銀翼のイカロス』(池井戸潤)。同じく『ロスジェネの逆襲』も5位にランクインしているね。去年の半沢直樹ブームの余波が1位で、9位の『海賊と呼ばれた男』(百田尚樹)も去年の作品。いかに今年が不作だったか。村上春樹の『女のいない男たち』もミリオンに届かなかった。 Z いちばんの話題はやっぱり、百田尚樹の『殉愛』騒動だよね。ただ、百田先生の『殉愛』騒動については、リテラでもう十分詳しくやっているからそちらに譲るとして、文壇ではもうひとつ遺族のからむ争いが話題になった。

アメリカン・アンダーグラウンド・ロックの巨星、スワンズの歩みを振り返る

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スワンズ『To Be Kind [帯解説・歌詞対訳 / 2CD + 1DVD / 国内盤] 』

【リアルサウンドより】  すっかりご無沙汰しておりました。今回は来年1月27、28日に来日公演を控えているアメリカン・アンダーグラウンド・ロックの巨星スワンズをご紹介しましょう。来年(2015年)で結成33年を迎える大ベテランですが、最新作『トゥー・ビー・カインド』が、米サイト・ピッチフォーク選出の2014年年間ベスト・アルバムに、若手に互して第6位に選ばれるなど(http://pitchfork.com/features/staff-lists/9558-the-50-best-albums-of-2014/)、その鋭い現役感覚は依然衰えを見せぬばかりか、ますます研ぎ澄まされています。2年前の来日公演の壮絶としか言いようがないパフォーマンスはいまだ記憶に新しいところですが、より大きな会場でのスケールアップしたライヴが期待できそうです。  スワンズのリーダー、マイケル・ジラ(vo,g)は1954年2月、LAに生まれています。少年期に父親に連れられてヨーロッパを放浪し、イスラエルではドラッグの密売で投獄された経験があるということです。 続きはこちら

「アメリカでとある事件に巻き込まれました」“人が死ぬ”曲を歌うアイドルSTARMARIEに迫る!

オタクに"なるほど"面白い!オタクニュース・ポータル「おたぽる」より

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訪問日はクリスマスだったのでサンタコスで登場!
――アイドルが自分を売り込むため、サイゾー編集部を突撃訪問! 今回やってきたのは、ダークすぎる楽曲が特徴の「STARMARIE」。  アイドル戦国時代といわれる今、時代を勝ち抜くべくさまざまなコンセプトを持つアイドルが混在する。その中で異彩を放っているのが「STARMARIE」だ。なんと持ち歌37曲中21曲が“人が死ぬ”ということを歌っており、最新シングルのタイトルも「サーカスを殺したのは誰だ」。
「首を吊って」「殺した」「死んだ」といった物騒な歌詞を歌う彼女たち。しかし、一度聞くと、なんだかやみつきになってしまうから不思議だ。日本だけでなく、アメリカや台湾、フィリピンなどでも公演を経て、現地ファンを獲得しているというのも納得できる。今回は、そんなSTARMARIEにそのコンセプトについてなど聞くことができた。また、海外で“ある事件”に巻き込まれたことも明らかに! 「おたぽる」で続きを読む

楽屋を仕切るボスは誰? NHKが教えてくれない紅白歌合戦の裏事情

【本と雑誌のニュースサイトリテラより】
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『第65回NHK紅白歌合戦』NHKオンラインより
 大晦日といえば、なんだかんだいっても「紅白歌合戦を観て年越し」という人は多いはず。スターが一堂に会し行われる歌の競演……しかし、その裏側がどんなものなのか、じつはあまり知られていないことも多い。そこで今回は、NHKが教えてくれない“紅白の裏事情”を『紅白歌合戦の舞台裏』(合田道人/全音楽譜出版社)から紹介したい。  まず、多くの視聴者が疑問に思っているのは、“楽屋”事情だろう。「あれだけの人数が出演して、楽屋はどうなってるの?」と疑問に感じている人は数多いと思うが、ちゃんと個室が存在するらしい。  舞台がある1階には7つの個室があるといい、そのうち2つは司会者用。今年なら、1番楽屋が嵐、2番楽屋が吉高由里子となるようだ。ここにはトイレとシャワールームも完備されているというから、さすが司会者は特別扱いだ。

ミスチル、スピッツ級の逸材か? indigo la End・川谷絵音が担う「歌ものロック」の未来

川谷絵音がJ-POPシーンに発見された2014年

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indigo la End『幸せが溢れたら』(ワーナーミュージック・ジャパン)

【リアルサウンドより】  まだまだ裾野の広がりを見せる女性アイドルブームを背景に、2014年も盛んだったロックミュージシャンのアイドルへの曲提供。手法としては乱発されすぎた感も否めず、もはやちょっとやそっとのコラボでは大した話題にもならないが、中には思わぬ化学反応を生む組み合わせももちろんある。2014年のトピックとして外せないのは、オリジナルラブの田島貴男が編曲で参加したNegiccoの「光のシュプール」。洗練されたギターポップアレンジに唸らされただけでなく、田島自身がCDを購入して彼女たちのオリコントップ10入りを後押しする光景は非常に微笑ましかった(CDを小沢健二に手渡したというエピソードも一部で話題になった)。  女性アイドルグループではないが、「ロックミュージシャンとのコラボ」をここ数年うまく活用することで自らのブランドイメージを向上させているのがSMAP。日本一のスターが若手の音楽家を積極起用する構図はなかなか夢があるように映る。2012年の紅白歌合戦でSMAPは山口一郎作の「Moment」を披露したが、山口は翌年の紅白にサカナクションとして出場して日本の音楽の殿堂に「2年連続」でその名を刻んだ。また、2013年には「Joy!!」で赤い公園の津野米咲がフックアップされたことも記憶に新しい。外の空気を吸った津野を中心に、2014年の赤い公園は開放的なムードが強調されたアルバム『猛烈リトミック』を発表してレコード大賞の優秀アルバム賞を獲得した。  2012年の山口一郎、2013年の津野米咲。そして、2014年は川谷絵音のターンだったと言って差し支えないだろう。SMAPの最新アルバム『Mr.S』に提供したのはアッパーな「アマノジャク」とミディアムチューンの「好きよ」。趣の異なる2曲で作風の幅を示し、その縁もあってか「SMAP×SMAP」にもゲスの極み乙女。としてゲスト出演。さらには、終わってしまった恋について山下智久がエモーショナルに歌い上げるバラード「戻れないから」や、少女の切ない妄想をそのまま具現化したかのようなチームしゃちほこの「シャンプーハット」など、様々な形の楽曲提供でJ-POPファンを楽しませてくれた。  どんなタイプの曲でも十分なクオリティを提示できるのは、射程距離の広いメロディを生み出せる川谷のセンスゆえだろう。そして、そんなメロディメイカーとしての側面をバンドフォーマットで展開するのがindigo la Endである。

「うた」にこだわるロックバンドの存在意義

 2012年の春にindigo la Endの「緑の少女」を初めて聴いた時、「歌やメロディが中心にあるバンドを久々に聴いたなあ」と感じた記憶がある。川谷のキーの高い声で歌詞を噛み締めるように歌われるサビは一度聴いたら忘れられないキャッチーさがあり、澄んだ音色のギターフレーズもそれ自体が印象的でありつつボーカルのメロディを邪魔しないように構成されている。ロックバンドでありながらも歌そのものをしっかり届けようという姿勢にとても好感を持った。  日本のロックを受容する若い世代の重心が「ライブでノれる」「BPMが速い」という要素に傾いていく中で支持の獲得に少し苦戦した雰囲気もあったが、そういった市場環境も踏まえて今年ドロップされたメジャー1作目の『あの街レコード』はそんなフラストレーションを吹っ飛ばすかのような素晴らしい作品だった。美しいメロディはそのままに、昨今のギターバンドとしての必要条件でもある「疾走感」が絶妙に取り込まれた本作は10年代のギターロックにおける一つの金字塔だと感じている。  インディゴの楽曲には「一体感を味わうため」でなく「じっくりと聴き入るため」の音楽的な工夫が各所に施されており、特に最新シングル「さよならベル」ではその路線をさらに推し進めているようている)、「君」との埋められない距離を描いた繊細な歌詞。「みんなで一緒に熱狂すること」が第一義とされがちな時代に「リスナーをたった一人の世界に連れていくこと」を志向するインディゴのチャレンジは、「歌とメロディを誰に気兼ねすることなく深く味わう」というともすれば忘れ去られてしまいそうな音楽の楽しみ方を次世代に継承しようとしているようにも見える。

「エヴァーグリーンな日本のロック」の系譜

 90年代初頭から半ばにかけて一気に浸透したJ-POPというムーブメントの中心には、「ロックバンドのフォーマットをとりながら」「覚えやすく歌いやすいメロディ(=J-POPの誕生とともに「時代遅れのもの」として切り捨てられた歌謡曲のエッセンス)を鳴らす」というアンビバレントな魅力を持ったグループ、Mr.Childrenとスピッツがいた。彼らはいまだに現役として日本の音楽マーケットのど真ん中で活躍しており、その後に続く存在というのは現れていないのが実情である。彼らのブレイク以降雨後の筍のようにあらわれた「ミスチル風」「スピッツ風」のバンドはその大半が姿を消し、ゼロ年代に入ってミスチルと同じく小林武史の薫陶を受けたレミオロメンが大きなヒットを飛ばしたものの国民的バンドとなるには至らなかった。  「シーン」「ブーム」といった後押しとは関係なく、いつの時代に聴いても良いと思えるような歌を提供する。この「言うは易く行うは難し」としか言いようのないことを、Mr.Childrenと桜井和寿、スピッツと草野マサムネは20年近く淡々と続けている。そして、バンドサウンドに乗せて流麗なメロディを届けようとしているindigo la Endと川谷絵音の取り組みは、「四つ打ちロックへのアンチテーゼ」というような短期トレンドの話ではなく日本のポップミュージック全体の大きな潮流の中で位置づけて考えるべきだろう。川谷絵音が桜井和寿や草野マサムネに匹敵するようなソングライターになれるのか、もちろんその答えは誰にもわからない。ただ、「インディゴの目標は東京ドーム」と語る川谷の目線の先には、自分が作る音楽が普遍的なものとして多くの人に受け入れられる状況をすでに見据えているのではないだろうか。何年先になるかわからないが、そんな未来が実現したら・・・「歌もののロック」が大好きないち音楽ファンとして、最高としか言いようがない。 ■レジー 1981年生まれ。一般企業に勤める傍ら、2012年7月に音楽ブログ「レジーのブログ」を開設。アーティスト/作品単体の批評にとどまらない「日本におけるポップミュージックの受容構造」を俯瞰した考察が音楽ファンのみならず音楽ライター・ミュージシャンの間で話題に。2013年春にQUICK JAPANへパスピエ『フィーバー』のディスクレビューを寄稿、以降は外部媒体での発信も行っている。 Twitter レジーのブログ レジーのポータル