J−POPの歌詞は本当に劣化したのか? 磯部涼×中矢俊一郎が新たな価値を問う

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『新しい音楽とことば』(スペースシャワーネットワーク)

【リアルサウンドより】  音楽ライターの磯部涼氏と編集者の中矢俊一郎氏が、音楽シーンの“今”について語らう新連載「時事オト通信」第3回の後編。磯部氏が編者を務めた書籍『新しい音楽とことば――13人の音楽家が語る作施術と歌詞論』が11月14日に発売されたことを受け、同書のテーマである、J-POPを中心とする歌詞について、そのありかたを考察した前編【J-POPの歌詞を今どう語るか? 磯部涼編著『新しい音楽とことば』が提示する新たな歌詞論】に続き、後編では“歌詞フィリア”や“ポストラップ”、“マイルド・ヤンキー”といったキーワードを軸に、さらに議論を深めた。(編集部)

中矢「『最近のJ-POP、翼広げすぎ、瞳閉じすぎ』というような揶揄がウケるのはなぜ?」

中矢:それにしても、歌詞フィリア(前編参照。歌詞に過剰に感情移入するタイプのリスナー)が増える一方、「最近のJ-POP、翼広げすぎ、瞳閉じすぎ」(もともとはネットで広まったテンプレートで、『朝日新聞』2012年4月4日付け朝刊の記事「Jポップ歌詞、瞳閉じすぎ? 目立つ紋切り型に批判も」でも取り上げられた)というような揶揄がウケるのはなぜなのでしょう? “新しい音楽とことば”を良いと思う人と、悪いと思う人との間の断絶が深まっているということでしょうか? 磯部:前編でも言ったように、『新しい音楽とことば』の前作にあたる『音楽とことば』の監修者・江森丈晃は、同書の前書きで、制作動機について〈「10年前までは、まったく日本語の音楽を聴くことがな」かった「自分にも、確実に刺さり、気持を揺さぶられ、“この歌詞を書いた人は、いったいどんな回路を持っているのだろう?”と興味の湧く言葉というのが増えてきた」〉と書いていたわけだけれど、実際は、『音楽とことば』が刊行された09年の10年前――つまり、00年前後と言うと、日本のポピュラー音楽の歌詞が劣化したと盛んに言われた出した時期なんだよね。その延長に「最近のJ-POPの歌詞、翼広げすぎ」という物言いもある。  例えば、歌詞フィリアと歌詞フォビアという二項対立についての北田暁大の論考「ポピュラー音楽にとって歌詞とは何か――歌詞をめぐる言説の修辞/政治学」が掲載された『ユリイカ』の〈特集「Jポップの詩学――日本語最前線」〉における、近田春夫といとうせいこうによる対談でも、冒頭から“最近のJ-POPの歌詞”は以下のようにディスられまくっている。 近田 …Jポップ以前の、たとえば「はっぴいえんど」や松本隆の時代は…楽曲と歌詞の問題を構造的に捉えていて…どうやって日本語独特の言い方を組み込んでいけるかトライしていたはずなんだ。 いとう どんな内容をどう歌うかについて、問題意識を持っていたということだよね。 近田 それが、ある時点以降、そうしたポップスの大前提の問題解決をまじめに考えなくなってきた。歌詞の、表現としての価値が問われないシステムができあがったんだよ。 いとう 要するに、歌詞のレベルが全体的に低い、低くても許されている、と。 近田 そうそう。ひとつ例を言うと、Jポップの歌詞で「季節のなかで」ってコトバがしばしば使われるんだけど、よく考えてみれば日本語にこんな表現はないでしょう。だって、具体的にどういう意味かわかる? 聞き流すとなんとなく分かった気にはなるんだけど、やっぱりヘンだよね。 (『ユリイカ』03年6月号、青土社より)  また、同誌に栗原裕一郎が寄稿した論考「“文学的内面”の呪縛を清算しても、“文学”として“Jポップ”を読むことは可能か、についての試論」では、湯浅学による一青窈「もらい泣き」(02年)についての以下のような酷評が引用されている。 こういう意味のわからない歌でも泣けてしまうのは、いかに自分が不安定であるか、という証拠。ちょっとした型があればそこにハマってしまう。だからそいつらに向けた言葉もゲル状になって、日本語がドロドロになるんだよ。 (『SPA!』03年4月29日/5月6日合併号、扶桑社より)  一方、『新しい音楽とことば』では、七尾旅人が、98年にデビューし、それこそ、“ゲル状”の、“日本語がドロドロにな”ったような歌詞を書いていた当事者として、以下のように語っているんだよね。 ――デビュー当時、旅人さんの歌詞は意味深長なものとして受け取られて、分析されることも多かったんじゃないですか? ●それはありましたね。まあ、「意味わかんねぇ」みたいに揶揄されることも多かったですが、面白いと思って深み読みしてくれるひともいました。でも、あれから15年経って、我ながら「なんであんな歌詞書いたんだろう」って思います(笑)。今はまたアプローチが変わってますからね。 (磯部涼・編『新しい音楽とことば~13人の音楽家が語る作詞術と歌詞論』、P221) ――以前、デビュー当時を振り返って「世界が多層化して軸を失っていく中で、若者たちの主体がさまよっていた時代だった……」というようなことを話してくれましたよね。 ●…そもそも、友達がいなかったから、他の若者の主体がどれぐらいさまよっていたか正直わからないんですけど、「自分はこんな時代に何を言葉にしたらいいんだろう」ということはすごく執拗に考えていて。 (中略) それは個人的な未熟さも大いに関係してるから、時代のせいにばかりはできないけど……。同時期に出てきたミュージシャンの歌詞を見ると、そういう感覚は僕以外にもあったんじゃないかな。 ――その当時、作詞で注目されていたシンガーソングライターというと、中村一義や椎名林檎あたりでしょうか。 ●うん。あと、スーパーカーや国府達矢もそうですけど、それ以前の歌詞とはガラッと変わったようなところがあったんじゃないかな。みんな、アプローチは違いましたけど。僕より10歳くらい上のバンドと比べて、主体が明確じゃなくなったというか。思うに、“私”というものがすごく希薄化したんです。当時デビューした中でそれが一番極端なのが、僕だったと思います。一曲ごとに登場人物も声色もコロコロ変わって主体がさまよってた。 ――いわゆる当時のJ-POPに目を向けても、小室哲哉や宇多田ヒカルの歌詞もどこか不安定な印象がありますよね。 ●そうですね。僕自身、主体がうっすらとしていることはコンプレックスでもあったけど、その希薄さは自分たちの世代の新しさかもしれないと考えてもいました。たとえば、フォークの世代の人たちって主体が太くてはっきりしてると思うんです。団塊世代の歌詞を見返してみると、筆で書いたみたいに主体が太いでしょう(笑)。彼らが歌い始めた60年代や70年代はそれくらいの主体を獲得できた時代だったのかもしれないですよね。さらに上の世代になると、もっと太くて明解になる。逆に言うと、今の若い子が聴いたら素朴に思えちゃうくらい。僕はどうしてもそこまで主体を単純にはできないんです。何を書くにも必死に綱渡りしている感覚がつきまとうというか。明確なポジションから、明解な口を利くということが難しい。 (同上、P219)  つまり、旅人くんは、J-POPの歌詞が“劣化”したわけではなく、むしろ、社会の流動化に合わせて“変化”したのだと考えている。そして、湯浅さんが指摘するところの“ゲル”化が進んだ――リスナーが置かれている状況の不安定さに合わせて、歌詞も不安定になった結果、リスナーが「この歌詞を他の人は意味がわからないというけれど、私にはわかる」「これは私の歌だ」というふうに思い込んで歌詞との共依存が深まり、歌詞フィリアが増えたと考えられるんじゃないかな。あるいは、ひとくちに“劣化”と言っても、“ゲル”化と、「翼広げすぎ、瞳閉じ過ぎ」と揶揄される“テンプレ”化は区別したほうが良くて、社会のあり方が複雑になったことによってかつてのようなわかりやすい国民歌謡が生まれにくくなり、“ゲル”化が進んだのだとしたら、それでもなお、多くの人が共有できるポピュラー音楽をつくるために試みたのが“テンプレ”化だと言えるのかもしれないね。

磯部「現代においてすべての表現は“ラップを通過したもの”という形でしかあり得ない」

中矢:なるほど。ところで、『新しい音楽とことば』では、いわゆる“ラッパー”には取材をしていないんですよね。磯部さんのファンはちょっと不思議に思ったかもしれませんが、同じ版元から日本語ラップの“歌詞”に焦点を当てたインタヴュー集『ラップのことば』(2010年)と続編『ラップのことば2』(14年)が過去に刊行されていたという事情があり……。  それはともあれ、今回の本の中でもラップの話題は度々出てきていて、例えば、JAZZ DOMMUNISTERSで同ジャンルにアプローチしている菊地成孔さんは、「ポップスとラップは言葉の数が一番の違い」「ポップスにおける歌のフローや音程がラッパーのライムと同じくらいの細やかさで動いていくと」「(歌詞も)ある種のネクスト・レベルになると思うんです」と語ってくれました。実際、USでは、ドレイク以降、ラップと歌の間を行き来するようなフロウが流行っているわけですが、菊地さんに言わせるとドレイクは「メロディが素朴」「僕が言っているのはそういうことではなくて、ラップのフローをトレースして、打点を全部譜面に起こして、そこに音程をつけて歌っていくということ」。そういう意味では、「ヤング・サグはいいですよね。ジャズのスキャットに近い。ラップしながらメロディを生成していく」点に可能性を見ていると。日本でもそろそろ似たようなアプローチをするラッパーが登場するのかもしれませんし、そういった動きの中から従来とは異なる構造の歌詞が出現してくる可能性は確かにあると思います。 磯部:この前、岡田利規(チェルフィッチュ)の新作パフォーマンス「ポストラップ」を観に行ったのね(2014年12月23日、東京都現代美術館)。それは、岡田さんが、SOCCERBOYというラッパーがラップしているところに振り付けをするというもので、“ラップを越えるもの”みたいなニュアンスを感じさせるタイトルや、告知にあった「ありがちなラッパーのからだの動きを更新すべく…」って一文にちょっとカチンときて、「お手並み拝見」ぐらいの気持ちで足を運んだんだ。だって、わざわざそんなことやってもらわなくても、ラップ・ミュージックでは、日々、音も動きも更新されているし、世界的に見れば今や同ジャンルこそが文化全般を引っぱっているわけだし、SOCCERBOYこそが日本におけるそのカッティング・エッジなわけだからね。果たして、「ポストラップ」は、振り付けが大した効果を発揮しているとも思えず、「SOCCERBOYのラップはやっぱりすげぇなぁ」という感想しか浮かばなかった。ただ、タイトルの“ポスト・ラップ”を、“ラップを越えるもの”ではなく、“ラップを通過したもの”と捉えるならば、現代においてすべての表現はそういう形でしかあり得ないということを再確認させてくれる機会ではあったかなと。  例えば、現在のポップ・ミュージックを代表するスター=テイラー・スウィフトの近作にしても、ループ感のあるバックトラックや、ライミングを意識したヴォーカルはポスト・ラップ的だとも言えるんじゃないかな。もちろん、後者は、彼女の出自であるカントリーの要素でもある。また、プライヴェートやパブリックイメージとフィクションが交差する歌詞は、前編でも話題に出た、シンガーソングライターの楽曲における私小説性という古典的な問題を内包している。ただ、それらの手法は、近年、他でもないラップ・ミュージックが発展させてきたものだし、テイラーは絶対その辺りも踏まえていると思う。そういう意味では、日本だと、『新しい音楽とことば』にも参加してもらった大森靖子はポスト・ラップ的な表現をしている人だと言えるんじゃないかな。最近は、J-POPでもライミングをするのが当たり前になってきたけど、意味ではなく韻律に偏ったナンセンスなものになりがちで、それに比べて、大森さんの「ノスタルジックJ-POP」ではライミングならではの文学性が表現されている。  ただ、日本ではストレートなラップの面白さが世間一般でなかなか理解されないという状況があって、その対策としてドレイクなんかとは別の文脈から、歌とラップの中間のようなフロウが開発され、FUNKY MONKEY BABYSみたいなガラパゴスなポスト・ラップ・グループが人気を得たものの、もともとは、ハードコア・ラップ・グループ=MSCと共演していたファンキー加藤も、今や彼の歌からルーツはまったく窺い知れないようになってしまっていて……そんなJ-POPにおいて、コマーシャリズムとポスト・ラップ的な歌詞の面白さを両立させているのが、例えば湘南乃風なんじゃないかな。もちろん、彼らのルーツはダンスホール・レゲエだけど、同ジャンルはヒップホップとは密接な関係にあるので、湘南乃風もポストラップ・グループと言ってもあながち外れてはいないと思うんだよね。

磯部「湘南乃風も泣かせる歌をつくっているものの、それは、単なる“しのぎ”ではなく、“ほんき”でもあると思う」

中矢:そういえば、『新しい音楽とことば』の校了後、〈パシフィコ横浜〉で行われた湘南乃風のメンバー=HAN-KUNのソロ・ライヴに伺ったんですけど、マイルドヤンキーがメインといえる客層で、まるで郊外の巨大ショッピングモールにいるような感覚になりました。しかも、小学校低学年くらいの子連れ客も多かった。それは、湘南乃風の大出世曲「純恋歌」が2006年の発表後に結婚式の定番ソングになったことと関係しているのかもしれません。また、年末には〈さいたまスーパーアリーナ〉であった湘南乃風のライヴに磯部さんと行きましたが、やはり会場は似たような客層と雰囲気でした。  今回の本の中で、その「純恋歌」について若旦那さんに深く訊いたところ、若者だった自分たちの生活を描写することで時代を切り取ろうとしたラヴ・ソングだと言っていましたよね。「大親友の彼女の連れ/おいしいパスタ作ったお前」とか「パチンコ屋逃げ込み/時間つぶして気持ち落ち着かせて/景品の化粧品持って 謝りに行こう」といったラインがあるあの曲は、ネット上で“DQNソング”などとネタにもされてきましたが、マイルド・ヤンキーという用語が登場するはるか前に、彼はそう括られる若者がリアルだと思えるよう、極めて戦略的に一語一語を身のまわりから探し出し、歌にしていった。そして見事、大ヒットした。つまり「純恋歌」の歌詞は、ある種の私小説性も備えていると同時に、マーケター的な視点によって書かれたものとも言えますよね。 磯部:「純恋歌」の若旦那のヴァースに出てくる“大貧民”はトランプのゲームで、全国的には“大富豪”と呼ばれているけど、地元では“大貧民”だったので、歌で使うのもその単語でなければいけなかったとか、“パスタ”に関しても、仲間内でイタリアン・レストランのことを“パスタ屋”と呼んでいたので、“スパゲッティ”ではなく“パスタ”でなければいけなかったとか、ローカリズムにこだわりつつ、アンダーグラウンドで生きてきた自分の経験を基に集団暴行のことを歌っても共感してくれる人は少ないだろうからラヴ・ソングをつくった……と言っていたよね。「ポップスに恋愛の歌が多いのは、万人がいちばん引っかかるからなんですよね。どんなヤクザの親分だって、どんな真面目なサラリーマンだって、キュンとするポイントが一緒だったりするでしょう。だから、ラヴ・ソングはヒットしやすい」と。  “マイルド・ヤンキー”というマーケティング用語についてどう思うか? という質問も、怒られるかなと思って恐る恐る訊いたんだけど、返ってきたのは意外にも「マイルドヤンキーみたいな層に目がけて曲をつくってきたようなところはありますね」「俺たちのターゲットは、仲間意識が強くて、純粋で、でもちょっとおバカさん、みたいな人たちなんですよ。みんなでワイワイするのが好きで、“ここに一生ずっとみんなでいられたら俺らは幸せだよな”って言ってるような。そこで鳴らす音楽は、湘南乃風がピッタリだって思う」というまさにマーケター的な答えだった。  ちなみに、『ヤンキー文化論序説』(河出書房新社、09年)に収録された「ヤンキー音楽の系譜」という論考で、近田春夫が「ヤンキーにとって、音楽は目的というよりむしろ手段であることが、結果的にみて多い…平ったくいえば、それは表現である前にまずビジネス(しのぎ)なのだ」と定義した上で、「いま(商売としての)音楽を取り巻く事情も加速度的に厳しさを増している。そんな中でヤンキー達はどう音楽と向き合ってゆくのか? ひとつだけ言えることがあるとするなら、彼らはますます安あがりに“感動”させることにスキルを特化させていくに違いない…泣かせる歌を作ることにそれこそ血道をあげることだろう。売れるのはそこだからだ」と予測していて、示唆に富んだ指摘だと思うけど、些かドライすぎる感じもするんだよね。だって、確かに、湘南乃風も泣かせる歌をつくっているものの、それは、単なる“しのぎ”ではなく、“ほんき”でもあると思うんだ。例えば、若旦那さんはこんなことも言っていた。 ●…俺が東京でそういう(引用者注:湘南乃風のような)歌に出会ってたら、もっとまっすぐな人間になれた気がするんです。「喧嘩は大人からしたら犯罪だけど、お前は仲間を守るためにやったんだろ?」とか、そうやって少しでも自分を肯定してくれる歌があったら、俺はもうちょっとマシな方向に進んだんじゃないかと思ってて。でも、あの頃(引用者注:若旦那の青春時代)の東京の不良にはそれがなかった。ホントにヤクザみたいな世界で、昨日まで友達だったヤツらにいきなりリンチされたり。そういう生活を振り返ったときに、不良の規範となるような音楽があればいいのにと思って、湘南乃風でそれを体現しようとしたんですよ。だからこそ、マイルドヤンキーの子たちにウケたんでしょうね。 (磯部涼・編『新しい音楽とことば~13人の音楽家が語る作詞術と歌詞論』、P342)  単行本にそのやり取りは収録されていないけど、この後、僕が「それって“キャッチャー・イン・ザ・ライ”ですね!」と言ったら、若旦那さんが「その小説は知らない。ただ、まさにそういうことがやりたいんです」と頷いていたのも印象的だった。00年代以降のJ-POPにおいて、“テンプレ”化と共に、“泣ける曲”や“アガる曲”みたいに楽曲の用途がはっきりとした“サプリメント”化が進んだという批判もあるよね。でも、湘南乃風はそれを承知の上で、自分たちの音楽や自分たちのライヴを不良の子たちのためのセーフティネットとして機能させようとしているんだと思う。年末に行われた〈さいたまスーパーアリーナ〉のライヴでもヤンチャそうな子たちがここぞとばかりに楽しんでいたし、若旦那さんもステージからフロアに対して「みんなおつかれさま。1年、頑張ったな」って繰り返し声をかけていた。その熱さを小馬鹿にするのは簡単だけど、日本ではアンダーグラウンドなヒップホップやダンス・ホールレゲエのシーンがコミュニティとして上手く機能していない現状にあって、湘南乃風はそれを一手に引き受けているようにも感じたな。 中矢:若旦那さんとターゲット層がまったく違いますが、やはり『新しい音楽とことば』に参加して頂いたじんさんも同じようなことを試みているのかもしれないですね。「ボーカロイドは歌でフィクションをやろうとしたときに、生ぐささをなくして他人に伝えられる絶好の機械だと思ったんですよ。カゲロウプロジェクトは僕個人が描かれた物語だとは思ってもらいたくなくて」などと冷静に語る一方、「僕は小さい頃、しゃべれるようになるのが普通の人より遅くて、勉強もできなくて……」「僕はバックホーンに救われましたから。歌詞カードを読みながら聴いて『カッコいい』と思って涙を流していました」「あの頃の僕みたいに、『ひとりぼっちだ』と思っている人を変えていけたらいいなと思って(自分の音楽を)つくっている」といったエモい発言もしていたのが印象的で。 磯部:そこで、湘南乃風とじんがつながるのが面白いよね。あるいは、じんさんと、『新しい音楽とことば』にも参加してくれた高城晶平のグループ、ceroを比較してみるとする。後者は、佐々木敦が『ニッポンの音楽』(講談社現代新書、14年)で取り上げたようなリスナー型ミュージシャンでもあるので、いわゆる音楽ファンはコンテクストがわかりやすいと思う。一方、前者はそういう人たちからは音楽的に面白くないなどと批判されがちで。でも、両者を歌詞という観点から捉え直してみると、物語性という点でつながっている。ここで、最初の問いに戻ると、本書の制作を通して見えてきた、“新しさ”とは何か? それは、結局のところそれぞれだというつまらない答えしか言えないんだけど、“メルト”化や“サプリメント”化といった批判に対する反論だったり、“ポスト・ラップ”や“物語”といったテーマだったりをキーワードにすることによって、共通点も見えてくるんじゃないかな。ただ、それは、「最近のJ-POPの歌詞、翼広げすぎ」とひと括りで片付けられるような単純なものでもない。 中矢:私としては“新しい音楽とことば“がそのように単純じゃないことをヴィジュアル面でも表わそうと思って、江森丈晃さんに今回の本をデザインしていただきましたが、磯部さんとしては例えばこの表紙から読者のみなさんに何か感じ取ってほしいことはありますか? 磯部:表紙の模様はよく見ると鉛筆だということがわかると思うんだけど、それが未使用のままずらっと並んでいるというのは、これからこの鉛筆たちが新しい歌詞を生み出すのかもしれないし、もはや歌詞を書くのに鉛筆を使う時代ではないので、墓場のようなものだと言えるのかもしれない。ちなみに、この大量の鉛筆は、江森くんがアメリカで安く買ってきたアウトレットなんだよね。それを“和”のテイストが出るような配置で並べている。そこから、アメリカと日本の関係という、日本のポピュラ―音楽における重要なテーマを読み取る人もいるだろうね。あるいは、この本に栞紐が2本付いているのは、繰り返し言っているように、参加している様々なタイプのアーティストのリンクするところを探してほしいということでもある。そんなメッセージを意識しながら読むと、より楽しんでもらえるんじゃないかと思います。 ■磯部 涼(いそべ・りょう) 音楽ライター。78年生まれ。編著に風営法とクラブの問題を扱った『踊ってはいけない国、日本』『踊ってはいけない国で、踊り続けるために』(共に河出書房新社)がある。4月25日に九龍ジョーとの共著『遊びつかれた朝に――10年代インディ・ミュージックをめぐる対話』(Pヴァイン)を刊行。 ■中矢俊一郎(なかや・しゅんいちろう) 1982年、名古屋生まれ。「スタジオ・ボイス」編集部を経て、現在はフリーの編集者/ライターとして「TRANSIT」「サイゾー」などの媒体で暗躍。音楽のみならず、ポップ・カルチャー、ユース・カルチャー全般を取材対象としています。編著『HOSONO百景』(細野晴臣著/河出書房新社)が発売中。余談ですが、ミツメというバンドに実弟がいます。

「妖怪ウォッチ 天神Wi-Fiスタンプラリー」に出現する6妖怪の正体を探ってみた

オタクに"なるほど"面白い!オタクニュース・ポータル「おたぽる」より

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「妖怪ウォッチ 天神Wi-Fiスタンプラリー」を周っていきます!
 大ヒット公開中の『映画 妖怪ウォッチ 誕生の秘密だニャン!』。その熱気の中で、1月5日より「妖怪ウォッチ 天神Wi-Fiスタンプラリー」が始まった。このスタンプラリーは、原作ゲーム『妖怪ウォッチ』シリーズを開発し、多メディア展開を図るレベルファイブの本社がある福岡市で実施されており、We love 天神協議会が主催する「妖怪たちと天神の街づくり」キャンペーンの第4弾となっている。We love 天神協議会は、昨年より歩行者天国「FUKUOKA STREET PARTY」にてジバニャンとの「ようかい体操第一」、西鉄天神大牟田線フルラッピング列車(4月5日まで)などを仕掛けている。  今回のスタンプラリーでは、6妖怪が出現するという。 「おたぽる」で続きを読む

現役続行か引退か? 浅田真央、迷いの原因は“キム・ヨナルール”導入!?

【本と雑誌のニュースサイトリテラより】
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浅田真央オフィシャルウェブサイトより
「やっぱり真央ちゃんも見たいな」「真央ちゃんいないと盛り上がらない〜」  昨年末、全日本選手権で3連覇を達成した羽生結弦選手の活躍に湧いたフィギュアスケート界。しかし、一方で相変わらず根強いのが浅田真央待望論だ。  だが、当の浅田真央は相変わらず態度をはっきりさせていない。先日のアイスショーの後の囲み取材でも「スケートをすべりたいという気持ちが強くなった」とは言ったものの、明確な復帰への意思は見せなかった。  一部では、浅田自身は引退したいのだが、“ドル箱”の引退を日本スケート連盟が認めず、引退したくてもできない状態だと報道された。しかし、浅田はスケ連に服従を強いられ搾取されるだけの弱い存在かといえばそうでもない。以前、浅田はシンボルアスリートに打診された際も一度は条件が悪いことを理由に断ったこともある。  では、浅田は何を迷っているのか──。それは「ルール改定」の問題ではないだろうか。というのも、昨年4月29日に国際スケート連盟(ISU)からルール変更の内容を公表されたが、浅田が休養を発表したのはそれから1か月も経たない5月19日のこと。引退をほのめかしたかたちの休養宣言の裏側にルールの改定があるのではないかと見られるのは、このためだ。

LAMP IN TERREN、きのこ帝国、トリプルファイヤー……2015年、期待のバンドまとめ

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LAMP IN TERREN

【リアルサウンドより】  4つ打ちのロックを筆頭に、さまざまなバンドが元気だったここ数年。CDのセールス不況の話もいい加減に聞き飽きたが、ライヴ・シーンは相変わらず活況を呈しており、新しいバンドが次々に登場している。今回は昨年までの動きを加味しながら、2015年に大きな活躍を期待したいバンドたちを紹介しようと思う。

LAMP IN TERREN

LAMP IN TERREN「緑閃光」Music Video

 このトリオの魅力は、ヴォーカル&ギターの松本 大が書く曲の文学性と、それを昇華するバンド・サウンドとの融合にある。メジャー初アルバムの『silver lining』には彼らにとっては古い曲が多く、そのぶん、10代の頃の松本の気持ちが垣間見える。当時、学校生活になじめなかった彼の歌には、どこか自分の居場所を求めていたり、自分の行く道を探しているかのような描写が多い。ただ、そんな混沌の中でも、なんとか光を見つけようという思いがバンド名にも作中にもうかがえる。リード曲の「緑閃光」は、そんな魅力が集約されたナンバーだ。  2011年に現編成となり、翌2012年にバンド名を今のものに決定。ただしバンドの母体はメンバーが上京するはるか以前、長崎県での中学時代の2007年に結成されており、3人とも同学年である。お互いをよく知るだけに、心の絆は固そうだ。  あくまで松本の歌が中心の、オーソドックスなギター・バンドである。その意味では決してエッジーな音楽性ではないが、このバンドの歌心には多くの人々が心を震わせられるような予感を覚える。また、僕が年末に観たワンマンライヴでは、松本がオーディエンスに向かって「アゲられますか!?」と煽ったと思いきや、すぐに「……そんなバンドじゃないけどね」と自分にツッコむ場面があった。こういうひと筋縄ではいかないところも、このバンドらしさのように感じる。

きのこ帝国

きのこ帝国 - 東京 (MV)

 昨年はとくに進境著しく、バンド・シーンにおいて一気に最注目の存在にのし上がった感があるのがきのこ帝国だ。ファンや関係者の間で名曲の誉れが高かった「東京」を1曲のみ収録のシングルとして5000枚限定リリースすると、各所で品切れが続出し、追加プレスが出る事態に。それに続いて登場した2枚目のフルアルバム『フェイクワールドワンダーランド』は、やわらかで透明な声質を持つ佐藤のヴォーカルの魅力と、バリエーションを見せるサウンドが結晶した一作となった。  2008年からライヴ活動を始めたきのこ帝国は、当初はシューゲイザー系のバンドと認識されていた。この初期の頃は佐藤個人がネガティヴな心情を書き綴った曲が目立っており、僕が2010年にライヴを初体験した時は、暗い照明の下で彼女が涙を流しながら叫び、バンドはそれに壮絶な轟音をかぶせていたものだ。沈痛にしてダウナーなその世界観は、過去の作品から感じてもらえるはず。そんな作風が一昨年末のEP『ロンググッドバイ』の頃から確実な変化を見せはじめ、幸福感の漂う表現も出てくるようになった。去年は曲がアパレルブランドのCMに起用されるなど、反響は広がりを見せつつある。  最新アルバムでは4つ打ちやヒップホップ的なアプローチも見せているが、このバンドが高みに差しかかるのはおそらくこれからだろう。深いネガティヴィティを乗り越えた佐藤の歌声は今、最高に優しく、美しく、心地良く響いてくる。

トリプルファイヤー

トリプルファイヤー "スキルアップ"(Official Music Video)

 ダークホース的なイメージだったトリプルファイヤーだが、去年は意外な方面からリアクションを得ることが多かった。2006年に大学のサークルで結成。昨年、サウンド・プロデュースにPANICSMILEの吉田肇を迎えた2作目の『スキルアップ』を発表した4人組である。「高田馬場のJOY DIVISION」「だらしない54-71」という異名のとおり、ポスト・パンクをベースにした音楽性だ。演奏自体はムダのない、ストイックなものだが、そこに吉田靖直の歌が乗ると異化作用のような感覚が増大する。「次やったら殴る」の、つい笑ってしまう、それでいて逆に攻撃的ですらあるような不可思議なノリ。「スキルアップ」の、シュールさ満載のままアグレッシヴに駆け抜けていく速度感。異端だが、最高にクールである。  2014年は、今泉力哉監督の映画『サッドティー』の音楽を担当。フジテレビの深夜枠『未来ロケット』では「くるくるミュージシャン」として紹介され、同番組のイベントにも出た。ギターの鳥居真道はトクマルシューゴPlusに参加(トクマルは去年最も聴いたアルバムに『スキルアップ』を挙げている)。また吉田は大喜利の才が買われ、この1月2日にOAされたテレビ東京の番組『共感百景』に大森靖子らと出演し、その言葉のセンスで見事、「最優秀共感詩」に輝いている。  とはいえ、特定のシーンに居場所を見出すことなく、あくまで自分たちのスタンスで活動するさまは、集団的な狂騒から距離を置くかのような作品性とつながっている。

Shiggy Jr.

Shiggy Jr. / LISTEN TO THE MUSIC

 インディ・ポップ・ファンの間での人気者となったShiggy Jr.は、結成からまだ2年しか経っていない。下北沢のmona records周辺を中心に活動をしていたが、昨年はヴォーカルの池田智子がラブリーサマーちゃんとともにtofubeatsの「ディスコの神様」にコーラスで参加し、バンドの名が広く知られることとなった。その後にリリースした『LISTEN TO THE MUSIC』は、池田のキュートなヴォーカルと突き抜けるようなポップ感が鮮やかにブレンドした良作。幅広い層にアピールする可能性を大いに感じるバンドである。

Awesome City Club

Awesome City Club "Lesson"

 現在の音楽シーンの潮流のひとつであるシティ・ポップ的な空気感を語る際に名前が挙がることが多いバンド。タヒチ80など洋楽バンドとの共演も多く、そちらで知ったリスナーもいるだろう。ただ、シティ・ポップとは言っても、それぞれに活動歴を持つ男女混成のメンバーで結成されており(たとえばベースのマツザカタクミはラップ・ユニットのTHIS IS PANICの中心メンバーだった)、決してスマートなポップネスに収まっていないあたりも特徴。現在はYouTubeへのアップで楽曲を発表するスタンスを続けているが、いずれまとまった形での作品リリースを期待したいところ。このバンドも結成から2年経っていない。

Yogee New Waves

Yogee New Waves / CLIMAX NIGHT (New Version)

 歌もの系のバンドの中でも、とりわけ強い個性を放っているのがヨギーだ。それはヴォーカルの角舘健悟のパーソナリティによるところが大きく、このバンドの歌にはどこか放浪するような心模様が漂っているように感じる。角舘の歌も声も人となりも、そして楽曲自体も、まるで昔のフォーク・シンガーに通じるような自由さを標榜しているかのような感覚があり、その世界がルーツ音楽をしっかり吸収したバンドの音でのびやかに表現されている。この手のアーティストは久しくいなかったので、とりわけ若い世代には新鮮な存在として映るのではないだろうか。そして彼らもまた結成から2年である。  ほかにも気になるバンドはたくさんいる。ヴォーカルのコムアイのキャラクターが人気の水曜日のカンパネラ、昨年のアルバムで注目を浴びたTHIS IS JAPAN。メジャーに進出した組で精力的なのは、永原真夏のパワーが魅力のSEBASTIAN X、ヴォーカル・理姫の艶やかさも最高なアカシック、「ネトカノ」がヒットしたSugar’s Campaign、こちらもシティ・ポップの現代版といえるボールズ、洋楽ロックの影響をダイレクトに展開しているgo!go!vanillasといったところ。HAPPY、The fin.、Homecomings、my letterといったあたりも洋楽色濃厚、さらに言えば、しかもいずれも関西勢だ。  シーン全体としては、パーティー感や爆音で盛り上げるよりも、徐々に歌に比重が傾いていて、その結果、ポップなメロディを唄うバンドが増えている気配を感じる。現在の20代は90年代に隆盛を極めたJ-POPを幼少期から当たり前に浴び、そこから過去の音楽や洋楽に入った人が多いだけに、ポップな歌メロへの抵抗がない。さらに言えば、現代のアイドル文化への偏見も少ないだろう。それに加えて、女の子が重要な役どころを務めているバンドも目につく。そうしてみると、ポップであることがキーワードのひとつになりそうな予感がする、今年以降のバンド・シーンなのである。 ■青木優(あおきゆう) 1966年、島根県生まれ。1994年、持ち込みをきっかけに音楽ライター業を開始。現在「テレビブロス」「音楽と人」「WHAT's IN?」「MARQUEE」「オリジナル・コンフィデンス」「ナタリー」などで執筆。 ブログ:子育てロック

超満員の会場からの“転落”…鉄道アイドル・ステーション♪の黄金期と衰退をメンバーが激白

オタクに"なるほど"面白い!オタクニュース・ポータル「おたぽる」より

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ステーション♪の南寧々。
 昨年12月29日に東京・渋谷のMt.RAINIER HALL SHIBUYA PLEASURE PLEASUREで、過去最大規模のワンマンライブを行った鉄道アイドル・ステーション♪。残念ながら満席とはいかなかったが、200人近くのファンが駆けつけ、その人気の健在をアピールした。実は、このステーション♪は、2011年のデビュー以来、人気がうなぎ上りだったにもかかわらず、メンバーが次々と卒業し、一時はアイドルファンの間で“消えた”と噂されていたグループなのだ。その苦難の想い、そして新体制となり復活しつつある今を、唯一残った初期メンで現在はリーダーを務める、南寧々が激白する!? ■鉄道ファンのおかげですっかり“鉄子”に ——南さんがステーション♪に入った経緯を教えてください。 南寧々(以下、) もともとはアイドルではなく、女優を目指していたので、今の事務所が行っていたホラー映画のオーディションを受けたんです。そうしたら、オーディションの後に、「南さんは残ってください」と言われ、アイドルをやらないかという話をいただき、アイドルをやることになりました。初めにアイドルの話をいただいた時は、どんなコンセプトかも決まっていなくて、事務所に所属することになったときに、鉄道アイドルという企画を出していると言われました。電車は普段よく乗るけど、身近過ぎて鉄道について考えたとこがなかったので、最初は大丈夫かなと思いましたね。 「おたぽる」で続きを読む

収入、家族への思い…AV男優が抱えるリアルとは? マツコの勧めで始めた男優も 

【本と雑誌のニュースサイトリテラより】
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『「AV男優」という職業 セックス・サイボーグたちの真実』(角川文庫)
 AV女優のアイドル化が定着した昨今、業界関係者によると、年々AV女優志望者が急増し、「昔はこちらからスカウトするほうが多かったけど、最近は面接に来る女の子が多く、レベルが高くなってきたので受かるのは3割程度」(プロダクション関係者)だという。  蒼井そらに見る世界規模の人気や、紗倉まなが“世界のTOYOTA”のサイトでコラムの連載を開始したりと、羽振りがいい話題ばかりが聞こえてくる。  一方の男優界はどうか。2013年にレジェンド・加藤鷹の引退がニュースになったくらいで、特筆すべき話題はない。というか、そもそも情報がないのである。  そんなベールに包まれたAV男優の生態を、徹底したインタビューで掘り下げた『「AV男優」という職業 セックス・サイボーグたちの真実』(水野スミレ/角川文庫)には、冒頭から驚きの事実が。 「女優一万人に対し、男優70人である。月産四千五百本に対して、70人である」  なんと、これだけ多くのAVがあふれている日本において、男優はたったの70人しかいないというのだ。だから「売れている男優ほど、ものすごいペースでセックスし続ける」ことになり、「最高で1ヶ月に72現場」(阿川陽志)という驚異的な数をこなす男優もいる。  筆者もかつて、男優数人に取材を申し込んだところ、そのほとんどが「今日は2現場あるので、移動時間に電話取材でいいですか?」と言われたことがあるのだが、そういうことだったのかと納得。  そこで気になるのはギャランティだ。

“次に来るアイドル”をどう発掘? 業界関係者も注目の番組『アイドルお宝くじ』とは

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『アイドルお宝くじ』ロゴ。

【リアルサウンドより】  毎週金曜日の深夜より放送されている、“次に来るアイドル”たちが投票形式のライブで順位を争うテレビ番組『アイドルお宝くじ』(テレビ朝日系)が、アイドル評論家や業界関係者から注目を集めている。  同番組は、毎回5組のアイドルが「この日のために仕上げてきたライブ」を150名のファンに披露。観客投票の集計結果に応じて順位が決定されるもの。1位から3位は勝ち残りとして次週も出演、4,5位は脱落となる仕組みだ。ここ最近の放送では、アップアップガールズ(仮)が6週勝ち抜き、THE ポッシボーが3週連続勝ち抜きと、この2グループの強さが目立っている。  また、地方アイドルやインディーズの注目株などもいち早くフックアップし、テレビ出演の機会を与える番組となっており、放送時間には出演アイドルのファンやアイドル評論家、業界関係者などが、次世代アイドルの戦いを手に汗を握って見つめている様子がTwitterなどでも散見される。  深夜音楽番組の枠で、ここまで実験的な企画をなぜ実行に映したのか。今回は同番組プロデューサーの緒方彰大氏にメールインタビューを実施し、番組を立ち上げたきっかけや今後の展開について語ってもらった。 ーー番組を立ち上げようと思ったきっかけはなんでしょうか。 緒方彰大(以下:緒方):全国で様々なアイドルが乱立する時代に突入している中、AKB48やももいろクローバーZに続く、“次に来る”アイドルを視聴者と一緒に発掘できないかと思い、企画しました。番組側が順位を決めるのではなく、その日のアイドルのパフォーマンスの仕上げ度を見て、ファンの皆様が直接評価して順位を決めるシステムをとっているのがポイントです。5組中3位以内に入らなければ、翌週以降は収録に参加できないため、アイドルにとっては毎回毎回が生き残りをかけたサバイバルライブとなっています。ファンや視聴者にとって、本気のパフォーマンスを見ることができるのでお得感のある番組に仕上がってきているのかなと思います。 ーーアイドルのキャスティングに際して心がけていることはありますか? 緒方:毎回投票用紙に“出演させて欲しいアイドル”をファンの方に記入して頂いているので、なるべくその要望に応えるべくキャスティングしています。 ーー番組内では、漫画風のイラストで出演アイドルの解説をするキャラクター“長宗我部一”のコーナーがあります。この解説はどういう形で作られているのか教えてください。 緒方:長さんのコメントは、実はファンの感想から抜粋したものを反映していて、実際に生でライブを見た代表的な感想を代弁させています。 ーー連続勝ち抜きをつづけるアイドルも出てくるなか、それらを打ち破る無名の地方アイドルが現れて番狂わせを起こすのも同番組の楽しさです。このあたりのアイドルを並列に戦わせるにあたり、苦労していることなどがあれば教えてください。 緒方:徹底的にライブを“仕上げ”て来てもらいます。歌や踊りの完成度はもちろんですが、目の前にいるファンとどう一緒に盛り上がっていくかという一体感も重要ですので、みんなで楽しめる要素を加えたり工夫してもらっています。 ーー昨年末にはカバー曲でのスペシャル企画を放送したり、3月12日にはEXシアター六本木でライブイベント『アイドルお宝くじ パーティーライヴ』も開催されるなど、新たな広がりを見せ始めていますが、今後の展望について考えていることはありますか。 緒方:単なるアイドル番組を放送するのではなく、ファンとより時間を共有できるものにしていきたいと思っています。地上波では放送時間に限りがあるため、CS放送でノーカットLIVE版を放送したり、BS版では全アイドルの中でも一番輝いていたMVPをファンの投票で決めて、そのMVP中心のカット割りに変えて放送しています。  3月にライブイベントを初めて開催しますが、テレビと視聴者の壁をもっと取り払って、アイドルとファンが楽しめる時間を一緒に共有したいと思っています。『アイドルお宝くじ』のイベントだからこそできる、ファンとの交流イベントやお宝くじ抽選会など、様々な企画を用意していますので楽しみにしていてください!  アイドルの新たな楽しみ方をテレビ側から提案する試みが、今後ファン層にどう浸透していくのか期待したい。 (文=中村拓海) ■番組概要 『アイドルお宝くじ』 テレビ朝日 毎週金曜 深夜 2:50 ~ 3:20 BS朝日 毎週土曜 深夜 2:30~3:00 ※毎週MVPに選ばれたアイドル(個人)のオリジナルVTR(約2分)を放送 CSテレ朝チャンネル1 毎週金曜 深夜0:00~1:00 ※ライブパフォーマンスの完全版を放送 ■イベント情報 『アイドルお宝くじ パーティーライヴ』 日時:3月12日(木) 開場17:30/開演18:30 場所:東京・EXシアター六本木(http://www.ex-theater.com/) 住所:〒106-0031 東京都港区西麻布1-2-9 電話番号:03-6406-2222(代表) <出演アーティスト> まなみのりさ/アップアップガールズ(仮)/GEM/Negicco/Palet/東京パフォーマンスドール/ ・アクセス方法 日比谷線&大江戸線 六本木駅から徒歩5分 千代田線 乃木坂駅から徒歩8分 南北線 麻布十番駅から徒歩11分 都バス 渋谷⇔新橋 都01系統『EXシアター前』降りてすぐ ・チケット 〈アリーナ〉スタンディング4,000円 〈スタンド〉指定席4,000円(税込) <イープラス1次プレオーダー> 2014年12月28日(日)18:00~2015年1月11日(日)18:00まで http://eplus.jp/idol-treasure/ <一般チケット販売>2月14日(土)10:00~ イープラス http://eplus.jp チケットぴあ 0570-02-9999 Pコード:252-579 ローソンチケット 0570-084-003 Lコード:76432 イベント特設ホームページ

作品愛が試される? 岡山市の『弱虫ペダル』コラボキャンペーンのハードルの高さがスゴイ!

オタクに"なるほど"面白い!オタクニュース・ポータル「おたぽる」より

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弱虫ペダル×桃太郎のまち岡山 スタンプ&クイズラリーページより。
 岡山市内で開催されている『弱虫ペダル』のコラボキャンペーンが、妙なハードルの高さで注目を集めている。  このイベント「弱虫ペダル×桃太郎のまち岡山 スタンプ&クイズラリー」は、昨年10月より今年3月末までの予定で開催されているもの。岡山市内各所に設置された6個のスタンプを集めると先着2万名にオリジナルクリアファイルがプレゼントされるキャンペーンだ(さらにクイズに3問正解すると先着1000名にオリジナルエコバックをもらえたが、こちらは早くも予定数配布終了)。  別段作品の舞台でもない岡山市が同キャンペーンを始めたのは、岡山市が昨年から開始した「コミュニティサイクル・ももちゃり」の利用促進と、市内の回遊性を高めるのが目的だ。 「おたぽる」で続きを読む

危険ドラッグ製造工場に潜入! 場所はフツーの民家で原価は百数十円!

【本と雑誌のニュースサイトリテラより】
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『脱法ドラッグの罠』(イースト新書)
 警察庁と厚生労働省は昨年7月、いわゆる脱法ハーブを含む「脱法ドラッグ」の名称を「危険ドラッグ」と呼ぶことに決定した。これには主にネット上で苦笑するムキが多く、確かに危険ドラッグと言われても何が危険なのかという、やれやれ感が漂うが、この「危険ドラッグ」について数年にわたり取材した内容をまとめた『脱法ドラッグの罠』(森鷹久/イースト新書)を読めば、危険ドラッグ(=脱法ドラッグ)がどれだけ危険かよく分かる。フリーランスの編集者でありライターである著者は自らも脱法ドラッグや大麻の経験があり、本作の取材中にも脱法ドラッグを数回吸引するという体当たりぶりを見せている。  著者によれば脱法ドラッグを吸引している若者が集うクラブに行くと「プラスチックが燃えた後のような臭いが充満」しているという。メジャーな脱法ドラッグは大麻のようないわゆる乾燥植物の外観をしており、見た目、ヘルシーな印象を受けるが、これに化学物質を混ぜ込んでいるのであるからヘルシーどころか立派なケミカルドラッグである。著者は取材の過程である夜に脱法ドラッグを使用したときのことをこのように記している。 「目が異常に冴え、頭の中はスッキリしているようでそうでもない、不思議な感覚に陥っている」

謎多きスペシャルユニット、THE TURTLES JAPANの「意志と意義」を見た30分

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【リアルサウンドより】  flumpoolの山村隆太(YAMAMURA)と阪井一生(SAKAI)が、新たな音楽表現を追求するために国内屈指の音楽プロデューサーである亀田誠治(KAMEDA)に声をかけ結成されたスペシャルユニット、THE TURTLES JAPAN。flumpoolのパブリックイメージにとらわれない自由な音楽性を追求したいというYAMAMURAとSAKAIの思いにKAMEDAが共鳴し、KAMEDAもまたオファーを受け「プロデューサーではなく、ミュージシャンとしての血が騒いだ」と筆者が行ったオフィシャルインタビューで語っていた。ユニット名にTURTLE=亀を冠しているあたりもKAMEDAがこのバンドに賭ける本気度がうかがえる。  2014年11月に1stシングル“It’s Alright!”をリリース。EDMのエッセンスをオープンマインドなポップソングに昇華しているこの楽曲のアプローチは、サウンドもYAMAMURAのソングライティングもフレッシュな生気に満ちている。なるほど、THE TURTLES JAPANの「自由を謳歌するポップミュージック」は、これから興味深い展開を見せてくれそうだと思わせてくれる。一方で、ライヴはまだ限られた数しか行っていないためその実体はベールに包まれている部分も多い。そんな彼らが12月28日から12月31日まで幕張メッセ国際展示場にて開催された「COUNTDOWN JAPAN 14/15」の初日に登場した。  舞台は17時30分のCOSMO STAGE。エレクトロニックなSEをバックにステージに現れたKAMEDA、YAMAMURA、SAKAI、そして年末のフェスからバンドに合流するドラムのJINGUJI(レミオロメン・神宮司治)とピアノ&キーボードのISOGAI(磯貝サイモン)の5人。“It’s Alright!”のレコーディングにはピアノにSUGIMOTO(WEAVER・杉本雄治)、ドラムにTAMADA(玉田豊夢)が参加していたが、THE TURTLES JAPANは、KAMEDA、YAMAMURA、SAKAI以外のメンバーは固定せずにさまざまなミュージシャンをバンドに招いていくのもひとつのコンセプトだという。インディアン調の衣装を身にまとった5人は、挨拶代わりに“It’s Alright!”をプレイする。解放的かつ扇動的なシンセのリフと4つ打ちのビートがオーディエンスを踊らせ、YAMAMURAの伸びやかなヴォーカルがフロアに広がっていく。KAMEDA曰くTHE TURTLES JAPANのテーマは「“心の表面張力”を突き破ること」。その核心がこの楽曲に込められているのがわかる。  まるで楽曲と楽曲をミックスするようにシームレスに鳴らされた2曲目は一転して、イントロからダークなムードが際立っていく。ちなみにここから4曲目までは未発表の新曲だ。KAMEDAのうねるようなベースラインがサウンドを先導し、デジタルの要素を担う同期も駆使しながらロックバンドとしてのダイナミズムをあらわにするスリリングなアンサンブルが交わされていく。3曲目はポストロック的な趣を感じさせる幻想的なバラード。アッパーなハウストラックをインタールードにし、80sフレイバーが漂うダンスポップナンバーの4曲目へ。YAMAMURAが「もっと楽しみたい人は一緒に歌おう!」と「ダンス ダンス ダンス レディゴー!」というメインコーラスのコール&レスポンスを求める。この日のライヴでMCらしいMCは一切なかったが、だからこそフロアは楽曲そのものが持つ求心力にストレートに反応していた。ノンストップで駆け抜けていったライヴは早くもラストナンバーを迎える。ニューウェイヴに和のテイストを織り交ぜた楽曲“JAPANESE SPIRITS pile-up”のサビでは「日本晴れ」というフレーズが印象的に放たれ、YAMAMURAは性急なサウンドをバックに日の丸があしらわれた扇子を優雅に振ってみせた。  あっという間の30分だったが、確実にTHE TURTLES JAPANの「意志と意義」が伝わるインパクトをオーディエンスに残したと思う。この続きを目撃できるのは、4月に東名阪で開催される3日限りのZeppツアーだ。初のワンマンライヴとなるこのツアーで、彼らはどんなステージを見せてくれるのか。まさしくプレミアムなLIVEになるかどうか、おおいに期待したいと思う。 (文=三宅正一) ■ライブ情報 東名阪Zepp Tour 4月15日(水) 名古屋 Zepp Nagoya ※INFORMATION:サンデーフォークプロモーション (052-320-9100) 4月17日(金) 大阪 Zepp Namba ※INFORMATION:キョードーインフォメーション (06-7732-8888) 4月21日(火) 東京 Zepp DiverCity Tokyo ※INFORMATION:ディスクガレージ (050-5533-0888) 開場18:00 開演19:00 ※チケット一般発売 1月10日(土)10:00~ 料金5,800円(税込) THE TURTLES JAPAN Official HP THE TURTLES JAPAN Official FACEBOOK