毒舌人気止まらぬ坂上忍の原点発見…17歳で出した著書の“中2”っぷりがスゴい

【本と雑誌のニュースサイトリテラより】
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坂上忍のルーツが眠る秘蔵本を読んでみた!(画像は『偽悪のすすめ』講談社+α新書)
 フジテレビの昼の情報バラエティ番組『バイキング』が、今年4月からMCを坂上忍が毎日つとめると一部スポーツ紙が報じた。フジテレビは現MCの雨上がり決死隊やフットボールアワー、おぎやはぎ、EXILEを切り捨ててまで、月曜MCの坂上忍に賭けたというわけだ。  たしかに、これまで『バイキング』で話題になったことといえば、「打ち切り確実」といわれつづけてきた低視聴率問題を筆頭に、江角マキコとビッグダディの不仲説や小林麻耶の痛女っぷり、TAKAHIROとNAOTOの目も当てられない番組進行といったようにマイナス要素ばかり。唯一、スタート当初から月曜はサンドウィッチマンの「生中継!日本全国 地引き網クッキング」が好評を博したこともあり、MC担当の坂上も追い風に乗り、衆院選翌日には「選挙なんてくそくらえだ!」と発言するなど、その毒舌で話題を振りまいてきた。  一時は2時間サスペンスや連続ドラマの1話ゲストくらいでしか見かけなくなっていた坂上が、ついにポストタモリの帯番組の司会者に──この大ブレイクには、じつはきっかけとなったある一冊の本が存在する。  それは、1984年に発行された『地球に落ちてしまった忍』(小学館)。当時17歳の坂上が出版した初の著書なのだが、これをプロインタビュアーでタレント本収集家としても有名な吉田豪が発掘。そのおもしろさから、自らのインタビュー連載企画で真っ先にオファーし、現在にいたる破天荒キャラが世間に広く知られるようになった……というのだ。

小嶋&柏木Wセンター、NGT48設立……AKB48グループがサプライズ連発する背景とは?

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AKB48『ここがロドスだ、ここで跳べ! (Type A)』(キングレコード)

【リアルサウンドより】  AKB48グループが、1月21日から25日の5日間TOKYO DOME CITY HALLで実施した『AKB48セットリストリクエストアワーベスト1035 2015』で、数々のサプライズ発表を行った。  まずはグループの大きな動きとして、10月1日に新潟県で新グループ・NGT48の専用劇場を設立すると発表。また、HKT48は全国ツアーに島根県・北海道・山口県と横浜アリーナ2days公演を追加することを明かし、SKE48の17thシングルとNMB48の11thシングルは3月31日に同時発売が決定、AKB48は新シングル『Green Frash』(3月4日発売)の表題曲センターを、小嶋陽菜と柏木由紀の2人が務めることが明らかになった。ほかにもSKE48のドキュメンタリー映画の予告編公開や、『マジすか学園』の舞台化、AKB48ヤングメンバーによる全国ツアーやAKB48単独でのさいたまスーパーアリーナ公演など、ビッグニュースが次々と発表された。  これら多数のサプライズから、グループの今後をどう読み解くことが出来るのだろうか。『「アイドル」の読み方: 混乱する「語り」を問う』の著者であり、AKB48グループに詳しいライターの香月孝史氏は、一連の動きを「それぞれのグループを目立たせるための戦略」と分析した。 「AKB48本体の選抜は、前シングル『希望的リフレイン』が表すように、“48グループ全体の選抜”になりがちです。しかし、今回は選抜を16人に絞ったうえ、AKB48オリジナルメンバーとしてグループを長く支えた柏木と小嶋をセンターに据えました。それに加え、今年は各姉妹グループが初めてドキュメンタリー映画を公開することや、HKT48の全国ツアー、SKE48とNMB48のシングル同時発売など、グループ個々としての動きがより濃くなるような展開を見せています。生駒里奈(乃木坂46との兼任)や宮脇咲良(HKT48との兼任)はAKB48の選抜に残っていますが、この2人はまだ本体の力を借りて、個々のグループにおける知名度を大きくするとともに、核を担うメンバーとしてまだ育成の時期という判断なのでしょう」  互いのファンから賛否両論の声も多いSKE48とNMB48のシングル同日リリースについては、こう続ける。 「元来、物語を作って転がしていくというのが48グループの特色ですが、そのなかで、こういう機会が出始めたということは、顔になる全国区のメンバーを介し、それぞれで頂点を競えるほどにグループが育ってきたということです。両グループともに、前シングルでセンターが世代交代したこともあり、各メディアへの露出を増やすという意味では、話題も大きくなり、新しいWセンターの顔を周知するチャンスになります。また、互いのグループを兼任として行き来するメンバーもいますが、恐らく今回は元々の所属グループに戻っていくでしょう。AKB48劇場支配人の湯浅洋氏がSKE48劇場支配人に戻るということも含め、各グループの色を濃くし、物語性を補強するための施策といえるのかもしれません」  また、同氏はNGT48発足について、グループの育成システムを踏まえたうえで以下のように述べた。 「AKB48グループ自体、元来全国的に姉妹グループを作っていこうという計画があり、様々な都市を同時進行的に検討するなかで、見通しがついたのが日本海側でも隋一の都市を持つ新潟だったのでしょう。これから発足するNGTのカギは、いかに早く全国区のオリジナルメンバーを作るかどうかです。これまで、各姉妹グループは、有力メンバーをAKB48の選抜に入れたり兼任させることによって、全国的な知名度を獲得させ人気をブーストするという、他のアイドルグループが持ちえない最良の育成システムを作り上げました。また、これまでの流れだと、他グループからの兼任メンバーや移籍メンバーも出てくると思いますが、度重なる組閣や人事異動により、ファンも耐性ができ、以前よりも悲観的なものではなくなりました。指原莉乃(HKT48)や仲川遥香(JKT48)のように、姉妹グループへ移ったことにより、花を咲かせる・活路を見出すメンバーもいるため、新たに頭角を現すメンバーが出てくることにも期待したいです」  最後に、AKB48ヤングメンバーによる全国ツアーについては、未だメンバーが明かされていないことについて、こう予測した。 「今回の『ヤング』『アダルト』という線引きですが、どこからをヤングとするのかが気になるところです。現在売り出し中の川栄李奈や入山杏奈を中心にするのか、さらに下の3銃士(西野未姫、岡田奈々、小嶋真子)や、向井地美音・大和田南那らを中心にするのかでも、見え方が変わります。また、若手メンバーだけでさいたまスーパーアリーナでの公演を行うことについては、運営側からしても、ベテランを抜いたメンバーだけでの知名度や実力を指し図る良い機会となるでしょう」  メモリアルイヤーに様々なサプライズを発表したAKB48。今年は各グループが切磋琢磨し、それぞれの実力を試す一年となるだろう。 (文=編集部)

ファンから専属カメラマンへ――“オタッフ”の暴走がアイドルに植え付けた“パンチラ流出”の恐怖

オタクに"なるほど"面白い!オタクニュース・ポータル「おたぽる」より

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ファンが撮影したパンチラ写真で辞めたアイドルのお話です。
 純粋なドルオタが説教厨に進化してしまうのを「Bボタン」連打でなんとか止めたい、ポケモン世代の姫乃たまです。  アイドルがすぐ辞めていってしまうように、ファンもいつまでも純粋なファンではいられないようです。時に、“オタッフ”“半ヲタ関係者”などと呼ばれるスタッフさんは多く存在します。ファン心理をよく理解しているために、円滑な運営ができる人も多い一方で、ファンから反感をかうなど、トラブルに陥りやすい立場でもあります。  私のようにフリーランスで活動していると付き合いが難しいのですが、本当に危険なのは、事務所に所属して安心している隙だらけのアイドルを彼らに任せてしまうパターンです。成人式を目前にしてアイドルを辞めてしまった彼女も、そんな環境でトラブルに巻き込まれてしまったひとりでした。 「おたぽる」で続きを読む

ファンから専属カメラマンへ――“オタッフ”の暴走がアイドルに植え付けた“パンチラ流出”の恐怖

オタクに"なるほど"面白い!オタクニュース・ポータル「おたぽる」より

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ファンが撮影したパンチラ写真で辞めたアイドルのお話です。
 純粋なドルオタが説教厨に進化してしまうのを「Bボタン」連打でなんとか止めたい、ポケモン世代の姫乃たまです。  アイドルがすぐ辞めていってしまうように、ファンもいつまでも純粋なファンではいられないようです。時に、“オタッフ”“半ヲタ関係者”などと呼ばれるスタッフさんは多く存在します。ファン心理をよく理解しているために、円滑な運営ができる人も多い一方で、ファンから反感をかうなど、トラブルに陥りやすい立場でもあります。  私のようにフリーランスで活動していると付き合いが難しいのですが、本当に危険なのは、事務所に所属して安心している隙だらけのアイドルを彼らに任せてしまうパターンです。成人式を目前にしてアイドルを辞めてしまった彼女も、そんな環境でトラブルに巻き込まれてしまったひとりでした。 「おたぽる」で続きを読む

もとはただのロリ系…世界が注目するメタルアイドル「BABYMETAL」はどう作られたか

【本と雑誌のニュースサイトリテラより】
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「BABYMETAL WORLD TOUR 2014」(トイズファクトリー)
 今、世界でもっともブレイクしている日本の音楽ユニットといえば、メタルアイドルユニット・BABYMETALだ。3人の少女がゴリゴリのヘヴィメタルを歌い踊るという、前代未聞のスタイルで、数々の海外メタルフェスに出演。さらにレディー・ガガの北米ツアーにオープニングアクトとして同行するなど、ワールドワイドな活躍を見せている。  日本国内でも日本武道館2デイズやさいたまスーパーアリーナの単独公演も成功させ、確実にブレイクしているBABYMETALだが、もとはといえば “成長期限定”の正統派アイドルグループ「さくら学院」の派生ユニットだ。事情に詳しいアイドルライターはこう話す。 「さくら学院には、“バトン部”“新聞部”などといった、クラブ活動をモチーフとした派生ユニットがあって、BABYMETALも“重音部”というクラブ活動として誕生したもの。今となってはBABYMETALの知名度は『さくら学院』本体を余裕で凌駕していますが、最初は誰もここまでなるとは思っていなかったでしょう。つまり、狙ったうえでのブレイクではない。たまたま楽曲のクオリティーが高くて一部の音楽ファンのアンテナに引っかかったという感じです。ライブ会場はいわゆるアイドルファンよりも音楽ファンの方が多いです」

80年代の洋楽雑誌は何を目指したか 『ロッキング・オン』渋谷陽一の動きを軸に考察

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87年に洋楽雑誌における売上げの首位を獲得した『ロッキング・オン』(1987年4月号)。

【リアルサウンドより】  80年代の洋楽カルチャーについて、当時のメディアを手がけたキーマンや、その時期に青春をすごしたミュージシャンたちの証言を中心に、各シーンに詳しい音楽ライターから寄稿されたレビューをまとめたムック本『80's洋楽読本』が、1月26日(月)に洋泉社より発刊される。  インタビュー企画には、石野卓球(電気グルーヴ)、カジ ヒデキ、片寄明人(GREAT3)、Zeebra、高木完、西寺郷太(NONA REEVES)、ハヤシ(POLYSICS)、松武秀樹といったミュージシャンのほか、大根仁(映像ディレクター)、小野島 大(音楽評論家/元『NEWSWAVE』編集長)、恩藏茂(元『FMステーション』編集長)、東郷かおる子(元『ミュージック・ライフ』編集長)、高橋芳朗(音楽ジャーナリスト/ラジオパーソナリティ)、平山善成(クリエイティブマンプロダクション)などのメディア関係者が登場。同書の編集を担当したのは、リアルサウンド編集部のある株式会社blueprintで、猪又孝、円堂都司昭、岡村詩野、小野島 大、北濱信哉、栗原裕一郎、さやわか、柴 那典、麦倉正樹、宗像明将、吉羽さおりといった、リアルサウンドでも執筆中の評論家・ライターも寄稿している。  リアルサウンドでは同書の発売に先駆け、3回に渡って掲載記事の一部を紹介。第1回【カジ ヒデキが語る、80年代UKインディシーン「レーベルもやっていたS・パステルは神様でした」】では、カジ ヒデキのインタビュー全文を公開した。第2回では、文芸・音楽評論家の円堂都司昭による、80年代の洋楽雑誌についてのコラムを掲載。新たなロック批評が模索され、雑誌間で激しい競争が繰り広げられた時代を振り返る。(編集部)

『ミュージック・ライフ』から『ロッキング・オン』へ

 80年代の洋楽雑誌事情を振り返ったさい、目立つトピックとしてあげられるのは、87年に売上げ首位の座が『ミュージック・ライフ』から『ロッキング・オン』へと交代したことだ。ロッキング・オン社長で音楽評論家の渋谷陽一は、72年に『ロッキング・オン』を創刊したことについて、既存の洋楽ジャーナリズムに不満を抱いていたことが動機だと繰り返し語ってきた。不満の矛先のひとつは、海外のロック・アーティストをスターやアイドルとして芸能のノリであつかう、『ミュージック・ライフ』的なミーハー体質だった。だが、80年代の洋楽雑誌の首位交代をミーハーに対する批評の勝利と単純化することはできない。

『ロッキング・オン』がとった戦略とは

 新たなロック批評を目指して渋谷が友人たちと創刊した『ロッキング・オン』は、初期には投稿主体の同人誌に近い内容だった。インタビューがとれない代わりに架空のインタビューを載せる奇策もとった。架空だと断ったうえで、このアーティストならこう答えるだろうという原稿を書くことは、ひとつの批評の形ではあった。だが、それは、その人にはそうあってほしいというファンタジーだし、洋楽アーティストをアイドル視してあこがれるミーハー的ファンタジーの理屈っぽいバージョンだったともいえる。  70年代から80年代に移るにつれ、『ロッキング・オン』は実際のインタビュー記事が多く載るようになり、グラビアも増えて商業誌らしくなる。「音楽を文学的に読む、これがスタート時点における僕の素朴な方法論だった」(『音楽が終った後に』/ロッキング・オン)と述懐したことのある渋谷がはじめた『ロッキング・オン』は、アーティストをある種の物語の主人公のように位置づけ、作品をその人の心理の反映ととらえる傾向がみられた。また、商業誌らしくなった80年代でも、書き手の思い入れが文章に色濃い点では、同人誌的であり続けた。  しかもページ数が増え、とりあげるアーティスト数が増えた同誌は、マニアックな路線には走らなかった。渋谷は70年代に、クイーンのなかではルックスのよさでいちばん人気だったドラムのロジャー・テイラーを表紙にして、好売上げを経験した。そして、80年代には、デュラン・デュランからはボーカルのサイモン・ル・ボンでなくベースのジョン・テイラーを多く表紙に選んだという(『ロッキング・オン』09年10月号の創刊5 0 0号記念特別号での回顧対談から/ロッキング・オン)。『ミュージック・ライフ』的なミーハー感覚もとりこむことで、同誌を追撃したのである。

『ロッキング・オン』はなぜ求められたか?

 80年代は、81年のM T V 開局からはじまったミュージック・ビデオの流行と連動して洋楽雑誌が元気だった。だが、70年代には洋楽への芸能的な興味を満たすには『ミュージック・ライフ』が第1の選択肢であったのに対し、80年代にはテレビ朝日系のミュージック・ビデオ紹介番組『ベストヒットU S A』がそれに匹敵する媒体になった。洋楽のビジュアル面を伝える手段の重点は、雑誌グラビアからビデオにシフトしたのである。  それに対し、ビジュアル重視の芸能的興味からさらにもう一歩踏みこみ、活字の多い雑誌まで読みたいと思うような洋楽ファンが求めたのが、アーティストの心理だったのではないか。青春の懊悩を屈折した詞で表現し、「マドンナは組織化された売春」、「バンド・エイドは極悪非道」などボーカルのモリッシーが物議を醸す発言を連発したザ・スミス。リーダーのイアン・カーティスが自殺したジョイ・ディヴィジョンの残りのメンバーがはじめたニュー・オーダー。このような心理的な屈折を特徴とするアーティストたちが、『ロッキング・オン』や、同誌を意識して88年に創刊された『クロスビート』の誌面で、一般レベルでの知名度以上の存在感を持った。  ただし、男の子的な理屈っぽさから出発しつつ、ミーハー感覚にも目配りして幅広い洋楽ロックをとりあげるようになった『ロッキング・オン』にも、排除したジャンルがあった。渋谷は、同誌81年1月号掲載の「ヘヴィー・メタル・ブームはゴミじゃ!!」なる原稿で「一種様式化し、ギターのたれ流し的フレーズが横行」、「その音の持つ機能を自らで限定してしまった」などとメタルを大批判した。ヘヴィ・メタル/ハード・ロックは、70年代後半に新興勢力のパンクに押されていたが、80年ごろにはイギリスでメタルのニューウェイヴがおきていたというタイミングである。以後の『ロッキング・オン』では、メタルが片隅に追いやられることになる。

過熱する洋楽雑誌の競争

 一方、続く80年代には、ボン・ジョヴィ、ガンズ・アンド・ローゼズなど新世代が台頭し、ジューダス・プリースト、エアロスミスなど70年代世代も復権して、アメリカ市場を中心にメタル・ブームが到来する。それをフォローしたのは、84年創刊のヘヴィ・メタル専門誌『バーン!』(シンコーミュージック)である。結果的に『ロッキング・オン』と『バーン!』が棲み分ける形になったが、このことは、80年代末からアメリカでおきたグランジ・ムーヴメントへの日本の反応を遅らせることにつながったように思う。90年代初頭にニルヴァーナの大ヒットを生むことになるグランジは、今から考えると『ロッキング・オン』にとってはハード・ロック的でメタル寄りの音楽であり、『バーン!』からみればパンクよりだったといえる。  『ロッキング・オン』創刊の動機には、既存の洋楽雑誌への不満があったのだが、『ミュージック・ライフ』以上の仮想敵が『ニューミュージック・マガジン』(ミュージック・マガジン)だった。渋谷は同誌やその編集長だった中村とうようの文化人的な語り口を批判した。だが、70年代の日本語ロック論争で知られる『ニューミュージック・マガジン』が、この国の洋楽文化定着に貢献したのは間違いない。同誌は80年に『ミュージック・マガジン』に誌名を変更し、80年代には米英のロックが大半を占めたほかの洋楽雑誌とは違い、ワールドミュージックやロック以外のポピュラー音楽も積極的に紹介して独自性を発揮する。  また、82年に同誌別冊の形で創刊されたのが『レコード・コレクターズ』(ミュージック・マガジン)である。のちに独立して月刊化された同誌は、当初は50年代以前のポピュラー音楽を中心にあつかうマニア向けの内容だった。だが、80年代後半からは次第に60年代以降のロックを多くとりあげるようになり、今でいうクラシック・ロックのリイシューを特集する雑誌になっていった。

80年代洋楽雑誌をめぐるさまざまな環境

 70年代後半に登場したパンクは、それ以前の世代のロックを商業化したとして否定した。パンク以後の時代のロックはニューウェイヴ、パンク以前はオールドウェイヴと呼ばれ、前者を支持する評論家、媒体が後者を全否定するごとき姿勢をみせることも珍しくなかった。そんなころに渋谷は、パンク後に発生したメタル・ルネサンスを否定したのだった。  しかし、82年にC Dという新メディアが登場し、旧来のアナログ・ディスクからの置き換えが進むなかで70年代以前のロックの再発や音源の発掘が盛んに行われた。それは、活動継続中のベテランの需要再発見にもつながった(『レコード・コレクターズ』の読者の層である)。このため、新鋭とベテラン(&旧作)が並行して聴かれる状態になり、特定の時代や世代に読者を限定しない総合的な洋楽雑誌の場合、表紙には若手と大御所が交互に登場する状態となった。それが90年代以後の洋楽雑誌では、現在進行形の新鋭と熟年か死者である大御所の時代差がどんどん開いていくようになる。  以上のとおり、80年代を回想すると、雑誌間の競争、ジャンル間のせめぎあいだけでなく、ミュージック・ビデオの流行、C Dの普及など、他メディアの動向が洋楽雑誌に大きく影響していたことに思いあたる。そういえば、F Mラジオで流れる音楽を録音(エアチェック)することが流行し、放送予定曲を載せたF M雑誌が隆盛だったのも80年代である。それは、インターネットが普及するはるか前の、洋楽をあつかう雑誌にとって幸福な時代だった。 ■円堂都司昭 文芸・音楽評論家。著書に『エンタメ小説進化論』(講談社)、『ディズニーの隣の風景』(原書房)、『ソーシャル化する音楽』(青土社)など。
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『80's洋楽読本』(洋泉社)

■書籍情報 『80's洋楽読本』 発売日:1月26日(月) 定価:本体1400円+税  発行:洋泉社 【インタビュー】 ●石野卓球(電気グルーヴ) ●カジヒデキ ●片寄明人(GREAT3) ●Zeebra ●高木完 ●西寺郷太(NONA REEVES) ●ハヤシ(POLYSICS) ●松武秀樹 ●大根仁(映像ディレクター) ●小野島大(音楽評論家/元『NEWSWAVE』編集長) ●恩藏茂(元『FMステーション』編集長) ●東郷かおる子(元『ミュージック・ライフ』編集長) ●高橋芳朗(音楽ジャーナリスト/ラジオパーソナリティ) ●平山善成(クリエイティブマンプロダクション) 【執筆者】 猪又孝 井上トシユキ 円堂都司昭 岡村詩野 小野島 大 北濱信哉 栗原裕一郎 さやわか 柴 那典 鈴木喜之 高岡洋詞 麦倉正樹 宗像明将 吉羽さおり

日本男性は知らずに『ゴルゴ13』に詳しくなっている!? 床屋に置かれる“店舗マンガ”の傾向とは?

オタクに"なるほど"面白い!オタクニュース・ポータル「おたぽる」より

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ゴルゴ13175巻(リイド社/さいとう・たかを)
 独自の説を検証するバラエティ番組『水曜日のダウンタウン』(TBS)1月21日放送分において、「床屋 ほぼゴルゴ置いてある説」が検証されました。この企画は、現在単行本175巻まで刊行されている超ロングセラー・マンガ『ゴルゴ13』(リイド社)が多くの床屋に置かれているという実感から、調査を行ったもの。この番組で行われた調査を改めて見ていくと、床屋や飲食店といった店舗に置かれるマンガ、すなわち“店舗マンガ”に一定の傾向を見ることができます。  まず、番組で行われた調査結果を見ていきましょう。番組では都内300軒の床屋にアンケート取材をし、なんと300軒中81軒に『ゴルゴ13』が置いてあるとのこと。この81軒という数字は、2位の『ONE PIECE』(集英社)39軒にダブルスコアを付けるほどの数字。床屋の『ゴルゴ13』率の高さが、実際の数字として証明されることとなりました。 「おたぽる」で続きを読む

YouTube、ゲーム、スタバ…あらゆるものに「依存症」をつくりだす仕掛けが

【本と雑誌のニュースサイトリテラより】
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『依存症ビジネス 「廃人」製造社会の真実』(ダイヤモンド社)
 異物混入動画などを配信し、先日逮捕された19歳の少年。自分の動画が全国的に注目視されたことに何よりも興奮を覚え、日に日に増えていく再生回数を見届けては「俺は神以上の存在だ!」と叫びながら逃走を続けた。一度浴びた注目を維持し続けようとするためには手段を選ばず、「川崎のネカフェからです、捕まる前に10代で童貞喪失したいのでこれから堀之内にいってきます」などと異物混入以外にも頓珍漢な投稿を繰り返していた。  一方、身柄が確保される前のワイドショーでは、心理学者が「社会との関係が希薄な人物では」と毎度のヌルい分析を続けていた。自分たちとは関係のない変わった人がこんなことをやっている、といういつもの筋書きで、視聴者に「(自分たちとは違う)アブナイ人が事件を起こしている」と実感してもらう手法が毎度のごとく繰り返されたし、逮捕された途端に「こんなおとなしい子が…」(産経新聞)と、犯人の意外な一面を見せるのも毎度の流れだった。  注目を浴びることに快感を覚える少年、そして、視聴者の共感を浴びることに奮進するメディア、この2つはアプローチも目的も全く異なるけれど、デイミアン・トンプソン『依存症ビジネス 「廃人」製造社会の真実』(ダイヤモンド社)を読み、依存状態に陥らせるビジネスの実態を知ると、犯人もメディアもそのビジネスに絡めとられていたのではと疑いたくなる。

名ライブハウス『屋根裏』が閉店 数多くのアーティストから愛された理由とは?

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ライブハウス・下北沢屋根裏公式HP。

【リアルサウンドより】  東京・下北沢にあるライブハウス・下北沢屋根裏が3月31日をもって閉店することが決まった。  同ライブハウスは、1975年に渋谷で創業し、1986年8月には下北沢へ移転。1997年9月には再度渋谷にも店舗をオープンし、2店舗での営業を開始するものの、渋谷店は2013年6月に営業を休止、下北沢屋根裏は今回の閉店で29年の歴史に幕を閉じることになる。創業以来の40年に及ぶ営業で、浜田省吾やTHE BLUE HEARTS、KENZI&THE TRIPS、BARBEE BOYS、レピッシュなど、多くの有名アーティストを輩出した。  同ライブハウスの閉店について、過去にステージに立ったこともあるというライターの冬将軍氏は当時の思い出をこう語る。 「初期の渋谷屋根裏時代は、昼は原宿ホコ天(歩行者天国)、夜は屋根裏、というバンドブームに繋がっていくシーンが出来つつありました。有頂天やばちかぶりなど、ナゴムレコードの印象も強く、原宿で購入したフリフリの洋服を着る屋根裏のナゴムギャル、黒服で身を固める目黒の鹿鳴館のトランスギャルという対象的な関係もありました。今のヴィジュアル系ファン“バンギャル”のはしりですね。下北沢に移転後は、Queや251にブリットポップの影響を受けたようなギターロックバンドのシーンが出来はじめる中、THE BLUE HEARTSのイメージが強い屋根裏にはパンキッシュなバンドが多く出演し、『下屋根系』という独自のムーブメントを作っていました。代表的なバンドとしては、ザ・マスミサイルやHIGHWAY61、STANCE PUNKS、アカツキに藍坊主ですね。アカツキは150人くらいしか入らない屋根裏に300人ほどの観客を入れたという伝説も持っています(笑)。同シーンは同じ系列でもあるライブハウス、東高円寺二万電圧辺りに派生していきました」  続けて、同氏が印象に残ったライブについては、ベテランバンドの凱旋ライブや熱狂的すぎるがゆえのトラブルを挙げた。 「屋根裏を根城にして、巣立っていったあともライブを行うバンドが多かったですね。スキップカウズが25周年イベントを行ったり、The ピーズも20周年ライブの場所に選んでいました。また、先に挙げたHIGHWAY61のライブに、JUN SKY WALKER(S)の宮田和弥さんが乱入したり、会場も狭く、空調も換気も良いとは言えないので、藍坊主のライブで酸欠になった人を何人も見た覚えがあります」  また、屋根裏のステージに立ったことのある同氏は、舞台や楽屋の様子についてこう語る。 「あの時代に作られたライブハウスは、今と比べれば良い音響設備があるわけではないんですけれど、なぜかハコとしての音の鳴りが良かったんです。特に屋根裏はお世辞にもきれいとは言えないのに、一層良く感じましたね。あと、楽屋がステージの横ではなく、階段を上がった先にあるんですけど、靴を脱いで上がる畳部屋で、ぐちゃぐちゃになった古い畳にゴザを敷いて座ってました。あと、キックボクシングジムが下にあって、夏になると下から汗の臭いが上がってきたので、夏はすごく臭かった。あれはお客さんも結構辛かったと思います」  最後に、同ライブハウスがミュージシャンやファンから愛され続ける理由をこう代弁した。 「屋根裏は、下北がバンドマンの町と言われる前からずっとあり続けたこともあり、ベテランバンドにとっては安息の地として、若手バンドにとってはまず目指すべき憧れの場所として機能していました。また、昔は夜のライブに出るために、テープ審査や昼間のオーディションなどもあったため、出られることに喜びを感じるバンドマンも多かった。現在のノルマさえ払えば出演できるようなライブハウスとは違う、登竜門的存在がなくなるのは非常に惜しいですね」  時代の移り変わりと共に町も変化していくなか、長年バンドマンに愛されたライブハウスとして29年の歴史を終える下北沢屋根裏。今後の下北沢はどのライブハウスと共にシーンを作っていくのだろうか。 (文=編集部)

自分で作詞したのにゴーストライターと疑われた!? “タメ口アイドル”小池美由に迫る!

オタクに"なるほど"面白い!オタクニュース・ポータル「おたぽる」より

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写真/山本宏樹
 相手が誰であろうと名前を呼び捨てにして、自分のペースを一切崩さずに会話の主導権をガッチリと握る“タメ口アイドル”として我が道を突き進む小池美由。うれしい報告をするとブーイングが起こり、最後の1曲になると「やったー!」と歓声が上がるファンとのお約束とも言えるやりとりは、早くからライブアイドル界で話題に上り始めた。2014年3月に出演した人気バラエティ番組『ゴッドタン』(テレビ東京)では特異なキャラクターがウケてアイドルファン以外にも知られる存在となり、ついに同年6月25日リリースのシングル「宇宙かくれんぼ」でメジャーデビューを果たした。2015年1月14日、満を持してリリースしたメジャー2ndシングル「泣き虫Princess」はオリコンデイリーランキング7位を獲得、ますます勢いを加速させている。  我々、取材班は「泣き虫Princess」リリース当日にタワーレコード渋谷店で行われたリリースイベントに突入。リリイベ終了後も高いテンションを持続する小池美由に直撃取材を敢行した。 ■自分で歌詞を書いているのに、ゴーストライターって疑われる ――オリコンデイリーランキング7位おめでとうございます! 小池美由(以下、小池) ありがとう! ――どんな気持ちですか? 小池 「イエイ!」って感じ。 「おたぽる」で続きを読む