『台風のノルダ』舞台挨拶で、芸能マスコミの態度にファンからはブーイング! 過去には紺野あさ美目当てで一悶着も

オタクに"なるほど"面白い!オタクニュース・ポータル「おたぽる」より

150612_taihunonoruda_n1.jpg
台風のノルダ」公式サイトより。
 今月5日、劇場短編アニメーション作品『台風のノルダ』初日舞台挨拶が開かれた。この日はマスコミも多く取材に訪れる現場となったが、一部の芸能記者たちの態度に観客からは不快感を表す声も聞かれたという。 『台風のノルダ』は、新進気鋭の20代スタッフが集まるアニメーションスタジオ「スタジオコロリド」2年ぶりの劇場新作。フジテレビ「ノイタミナ」枠のアニメを観ている人ならお馴染みの、イスに座った少女が画面の前に向かってくるスペシャルムービー『ポレットのイス』などで知られている。今回、スタジオジブリにて『借りぐらしのアリエッティ』や『風立ちぬ』に参加したアニメーターの新井陽次郎氏が初監督を務めるということでも、注目を浴びている作品だ。 「おたぽる」で続きを読む

作家の石田衣良が病気をきっかけにハロヲタに! 男は弱ったときにアイドルにハマる?

ishidaira_150614.jpg
石田衣良池袋ウエストゲートパークシリーズオフィシャルサイト(文藝春秋)より
【本と雑誌のニュースサイトリテラより】 「来年には終わる」と毎年のように言われながらも、まったく終わる気配のないアイドルブーム真っ最中の昨今。ついに、あの『池袋ウエストゲートパーク』でおなじみのベテラン直木賞作家・石田衣良までもがアイドルオタクになってしまったという。 「ダ・ヴィンチ」(KADOKAWA)2015年6月号に掲載された朝井リョウ・柚木麻子との「アイドル好き作家座談会」にて、彼がそのアイドル愛を爆発させている。  石田氏がアイドルにハマったきっかけは、去年の夏に倒れてしまったことだった。 「ちょっとした発作だったんだけどね。救急車で運ばれて、3日くらい入院して。退院した後も、本は読めないし映画も観られない。ソファーに寝っ転がって、3週間くらいずっとふらふら寝ていたの。その時にYouTubeでモーニング娘。のMVを見たんです」  ふとしたきっかけで見たモーニング娘。のMV。それは「The 摩天楼ショー」であったという。  石田氏をとくに魅了したのは、つんく♂氏のつくる、ブラックミュージックに根ざしたファンクサウンド。  ハロプロ楽曲には、古くは、太陽とシスコムーン「Magic of Love」、モーニング娘。「笑顔YESヌード」、最近では、Juice=Juice「ロマンスの途中」など、ファンクにルーツをもつ楽曲が連綿と受け継がれている。石田氏が魅了された「The 摩天楼ショー」も、まさにその系譜を受け継ぐ曲だ。  そのサウンドは、アイドルオタクになる前から音楽好きで通っていた石田氏にとっても魅力的なものだったようだ。 「僕ね、学生のころから音楽はファンクものが好きだったんです。音楽に関していうと、中毒なんですよ。ざっと計算して、今まで20~30万曲ぐらい聴いてきたんじゃないかな? その耳で聴いても、本当に素晴らしかった」 「The 摩天楼ショー」によって湧いたアイドルへの興味は、石田氏をさらにハロプロ楽曲を掘り続ける行動に駆り立てる。 「そこから始まり、ハロは15年分の歴史があるのでえんえんと遡ることができて。家で休んでいたおかげで時間がたっぷりあったこともあり、一気にハマりましたね」  石田氏は、モーニング娘。のみならず、他のハロプロのグループにも手を伸ばしていき、なんと、今年活動休止したBerryz工房の楽曲まですべて聴いたという。  これには、(アイドルオタクとしては)先輩である、朝井氏・柚木氏の二人も「最強の「援軍」が来た!」と驚く。  石田氏のつんく♂がつくりだす楽曲に対するホレ具合は相当なもの。賛辞の言葉が止まらない。 「ハロプロは音楽的に素晴らしいですよ。昭和の歌謡曲では筒美京平が作曲家として飛び抜けていたんだけど、平成で見てみると、やっぱりつんく♂さんしかいない」  彼のように、音楽からアイドルにハマる層のことを、オタクの専門用語で「楽曲派」と呼ぶ。往々にして、これまではアイドルではなく洋楽などを聴いてきた人たちが、ある日突然アイドルにハマり、「自分は「曲」が好きなんであって「アイドル」が好きなわけじゃない」と変に言い訳をしてしまう態度のことを揶揄した言葉だ。  アイドルにハマっているのに「楽曲だけ」が好きなんて態度のままで通し続けられるわけはない。実際、石田氏も「じゃあじゃあ、石田先生は誰が“推し”ですか?」と聞かれると、オタク全開で話し続けてしまうのだった。 「僕はモーニングだと鞘師(里保)さん。センターで、スキルのある人が好きみたいなんだよね。だから、Berryzでは夏焼(雅)さん」 「アンジュルムはめいめい(田村芽実)、Juice=Juiceはかりんちゃん(宮本佳林)。℃-uteではやっぱり萩原(舞)さんかな」 「萩原さんは完全にルックスの好みです」  あの石田衣良の発言とは容易には信じがたいヲタトークである。ある日突然、病魔に襲われたことでこんなことにはなってしまうとは……。  しかし、石田衣良のように、身体や心が弱ったときにアイドルにハマってしまう事例は決して珍しくない。むしろ、「人は弱っているときにアイドルにハマりやすい」。  吉田豪氏もその説を唱えるひとり。『サブカル・スーパースター鬱伝』(徳間書店)では、杉作J太郎のインタビューにて、鬱になっていた時期にモーニング娘。によって救われたエピソードを聞き出している。 「モーニング娘。のコンサートに行ったら人がワーッといっぱいいて、会場に来てるお客さんたちと話とかしてくうちに、仲間がいるって感じがしてね。コンサートを見てると元気が出てきたんですよ。女の子たちもみんな元気だし、集団劇的なものが好きだったんで」  タワーレコード代表取締役である嶺脇育夫氏も同様に、弱っている時期にアイドルに出会ったことでハマってしまった人物。彼は仕事で疲れて帰宅し、深夜にテレビを見ていたところ、偶然「恋愛レボリューション21」を歌っている姿を見てアイドルオタクへの道を踏み出した。その後、社内にアイドル専門レーベルを立ち上げるなどの活躍はご存知の通りである。  また、アイドルオタクの一般人に「なぜアイドルオタクになったのか?」を聞いたインタビュー集の岡田康宏氏『アイドルのいる暮らし』(ポット出版)では、ツイッターのフォロワー数6700を誇る有名オタク・ガリバー氏がアイドルにハマってきっかけをこう語っている。 「ある時期からあまり学校に行かなくなったんです。  結局、2回留年して6年で卒業してるんですけど、1年くらいはほとんど学校に行っていなかった時期があって、その頃に動画共有ソフトでハロプロの番組を見るようになりました。自分が建築に対して堕落していく中で、それを埋めてくれた、救ってくれたのがハロプロだったんです」  今日もテレビで元気よく歌い踊るアイドルたち。先日、本サイトでは、「病み」を告白するアイドルたちに迫った記事を発表したばかりだが、アイドルは自分たちが「病み」を抱え込まされながら、「病んだ」男たちを救い続けているということかもしれない。 (新田 樹)

作家の石田衣良が病気をきっかけにハロヲタに! 男は弱ったときにアイドルにハマる?

ishidaira_150614.jpg
石田衣良池袋ウエストゲートパークシリーズオフィシャルサイト(文藝春秋)より
【本と雑誌のニュースサイトリテラより】 「来年には終わる」と毎年のように言われながらも、まったく終わる気配のないアイドルブーム真っ最中の昨今。ついに、あの『池袋ウエストゲートパーク』でおなじみのベテラン直木賞作家・石田衣良までもがアイドルオタクになってしまったという。 「ダ・ヴィンチ」(KADOKAWA)2015年6月号に掲載された朝井リョウ・柚木麻子との「アイドル好き作家座談会」にて、彼がそのアイドル愛を爆発させている。  石田氏がアイドルにハマったきっかけは、去年の夏に倒れてしまったことだった。 「ちょっとした発作だったんだけどね。救急車で運ばれて、3日くらい入院して。退院した後も、本は読めないし映画も観られない。ソファーに寝っ転がって、3週間くらいずっとふらふら寝ていたの。その時にYouTubeでモーニング娘。のMVを見たんです」  ふとしたきっかけで見たモーニング娘。のMV。それは「The 摩天楼ショー」であったという。  石田氏をとくに魅了したのは、つんく♂氏のつくる、ブラックミュージックに根ざしたファンクサウンド。  ハロプロ楽曲には、古くは、太陽とシスコムーン「Magic of Love」、モーニング娘。「笑顔YESヌード」、最近では、Juice=Juice「ロマンスの途中」など、ファンクにルーツをもつ楽曲が連綿と受け継がれている。石田氏が魅了された「The 摩天楼ショー」も、まさにその系譜を受け継ぐ曲だ。  そのサウンドは、アイドルオタクになる前から音楽好きで通っていた石田氏にとっても魅力的なものだったようだ。 「僕ね、学生のころから音楽はファンクものが好きだったんです。音楽に関していうと、中毒なんですよ。ざっと計算して、今まで20~30万曲ぐらい聴いてきたんじゃないかな? その耳で聴いても、本当に素晴らしかった」 「The 摩天楼ショー」によって湧いたアイドルへの興味は、石田氏をさらにハロプロ楽曲を掘り続ける行動に駆り立てる。 「そこから始まり、ハロは15年分の歴史があるのでえんえんと遡ることができて。家で休んでいたおかげで時間がたっぷりあったこともあり、一気にハマりましたね」  石田氏は、モーニング娘。のみならず、他のハロプロのグループにも手を伸ばしていき、なんと、今年活動休止したBerryz工房の楽曲まですべて聴いたという。  これには、(アイドルオタクとしては)先輩である、朝井氏・柚木氏の二人も「最強の「援軍」が来た!」と驚く。  石田氏のつんく♂がつくりだす楽曲に対するホレ具合は相当なもの。賛辞の言葉が止まらない。 「ハロプロは音楽的に素晴らしいですよ。昭和の歌謡曲では筒美京平が作曲家として飛び抜けていたんだけど、平成で見てみると、やっぱりつんく♂さんしかいない」  彼のように、音楽からアイドルにハマる層のことを、オタクの専門用語で「楽曲派」と呼ぶ。往々にして、これまではアイドルではなく洋楽などを聴いてきた人たちが、ある日突然アイドルにハマり、「自分は「曲」が好きなんであって「アイドル」が好きなわけじゃない」と変に言い訳をしてしまう態度のことを揶揄した言葉だ。  アイドルにハマっているのに「楽曲だけ」が好きなんて態度のままで通し続けられるわけはない。実際、石田氏も「じゃあじゃあ、石田先生は誰が“推し”ですか?」と聞かれると、オタク全開で話し続けてしまうのだった。 「僕はモーニングだと鞘師(里保)さん。センターで、スキルのある人が好きみたいなんだよね。だから、Berryzでは夏焼(雅)さん」 「アンジュルムはめいめい(田村芽実)、Juice=Juiceはかりんちゃん(宮本佳林)。℃-uteではやっぱり萩原(舞)さんかな」 「萩原さんは完全にルックスの好みです」  あの石田衣良の発言とは容易には信じがたいヲタトークである。ある日突然、病魔に襲われたことでこんなことにはなってしまうとは……。  しかし、石田衣良のように、身体や心が弱ったときにアイドルにハマってしまう事例は決して珍しくない。むしろ、「人は弱っているときにアイドルにハマりやすい」。  吉田豪氏もその説を唱えるひとり。『サブカル・スーパースター鬱伝』(徳間書店)では、杉作J太郎のインタビューにて、鬱になっていた時期にモーニング娘。によって救われたエピソードを聞き出している。 「モーニング娘。のコンサートに行ったら人がワーッといっぱいいて、会場に来てるお客さんたちと話とかしてくうちに、仲間がいるって感じがしてね。コンサートを見てると元気が出てきたんですよ。女の子たちもみんな元気だし、集団劇的なものが好きだったんで」  タワーレコード代表取締役である嶺脇育夫氏も同様に、弱っている時期にアイドルに出会ったことでハマってしまった人物。彼は仕事で疲れて帰宅し、深夜にテレビを見ていたところ、偶然「恋愛レボリューション21」を歌っている姿を見てアイドルオタクへの道を踏み出した。その後、社内にアイドル専門レーベルを立ち上げるなどの活躍はご存知の通りである。  また、アイドルオタクの一般人に「なぜアイドルオタクになったのか?」を聞いたインタビュー集の岡田康宏氏『アイドルのいる暮らし』(ポット出版)では、ツイッターのフォロワー数6700を誇る有名オタク・ガリバー氏がアイドルにハマってきっかけをこう語っている。 「ある時期からあまり学校に行かなくなったんです。  結局、2回留年して6年で卒業してるんですけど、1年くらいはほとんど学校に行っていなかった時期があって、その頃に動画共有ソフトでハロプロの番組を見るようになりました。自分が建築に対して堕落していく中で、それを埋めてくれた、救ってくれたのがハロプロだったんです」  今日もテレビで元気よく歌い踊るアイドルたち。先日、本サイトでは、「病み」を告白するアイドルたちに迫った記事を発表したばかりだが、アイドルは自分たちが「病み」を抱え込まされながら、「病んだ」男たちを救い続けているということかもしれない。 (新田 樹)

レオナルド・ディカプリオが米モデルのケリー・ロールバッハと交際中!?

レオナルド・ディカプリオ(40)が米モデルのケリー・ロールバッハ(24)と交際しているようだ。今年になってリアーナとの交際説も浮上していたディカプリオだが、9日(火)にニューヨークでケリーと一緒に自転車デートを楽しみ、キスしている姿を目撃された。 4月に初めて交際の噂が立っていた2人は、今月にもザ・ハンプトンズで夜遊びをしているところを目撃されていた。 トーニ・ガルン、エリン・へザートン、アン・ヴィアリツィナ、バー・ラファエリ、ブレイク・ライブリーらと交際歴のあるディカプリオは、周りの友人たちがリアーナとはカジュアルな関係としていたことから、今はケリーへの交際へと目を向けているようだ。ある関係者は以前「ディカプリオとリアーナは楽しむことにしたのです。レオナルドはまたシングルですからね。市場に本格的に戻ったってことですよ。2人ともお楽しみ以上の何も求めていません。レオナルドはリアーナが気に入っていますし、2人共その関係を楽しんでいるようです。でもこれはお互いだけというような関係ではありませんね」と話していた。 ディカプリオとリアーナは1月に一緒にいるところを目撃されたが、他の関係者は4月にディカプリオがシングルに戻って出会い系アプリのティンダーに夢中だとも話していた。

高田渡の音楽が聴き継がれる背景とは? 社会派ソングを支えるモダンな音楽性

20140212-Takada.Wataru_best_jkth_.jpg

高田渡『イキテル・ソング~オールタイム・ベスト~』(キングレコード)

【リアルサウンドより】  いきなりしみったれた話で恐縮ですが、ある日、ラジオから聴こえてきた歌が、なかなか心に沁みてしまいました。それは高田渡の「系図」という曲。子供が生まれ、死ぬほど働いてくたばった父親を描写した歌詞には、ユーモアと悲哀がにじみ出ていて、日々仕事と育児に追われている自分に重ね合わせてみたりしてしまったわけです。若い頃は、高田渡なんてなんだか貧乏くさい歌を歌う人だなあと思っていたんですが、いつの間にかリアリティを感じてしまうようになってしまったのは、世相なのか年齢のせいなのか。いずれにしても、先日コンパイルされたベスト・アルバム『イキテル・ソング~オールタイム・ベスト~』を聴いていると、いろいろと考えさせられるのです。  高田渡というアーティストに関しては、少し説明が必要かもしれません。1949年に生まれ、60年代後半のフォーク・ブームで脚光を浴びたシンガー・ソングライターなのですが、山之口獏や谷川俊太郎といった現代詩にメロディを付けるという試みによって評価されている一方で、時事ネタを扱った皮肉たっぷりの歌でも定評があります。その代表的なものが、「自衛隊に入ろう」でしょう。〈男の中の男は自衛隊に入って花と散る〉とか〈日本の平和を守るためにゃ鉄砲やロケットがいりますよ〉なんていうフレーズにドキッとさせられるこの名曲は、日米安保条約で騒がしかった当時に書かれたものですが、集団的自衛権が取り沙汰されている今こそ改めて聴かれるべきではないでしょうか。  他にも、労働者の視点から家族や政治家を描写した「鉱夫の祈り」や、物価が上がるのに生活が追いつかない庶民をテーマにした「当世平和節」などは、40年ほど前に作られた楽曲にも関わらず、まるで消費税の増税を予見していたかのように現代と重なっていきます。決して声高らかに主張するわけでもなく、淡々とつぶやくように歌う彼のたたずまいが、さらに説得力を増しているというのもあるでしょう。  ただ、そういう社会的な内容だけを歌っているのではありません。例えば、なんでもない穏やかな日常を綴った「自転車にのって」、京都の名喫茶店であるイノダコーヒーが登場する「コーヒーブルース」、静かな夜に火吹竹を作るというミニマムな歌詞が印象深い「火吹竹」といった名曲群には、高田渡という人の朴訥さや優しさがにじみ出ています。そして、こういう楽曲をどこか脱力した歌声や、カントリーやフォークに影響を受けたアコースティックなサウンドでコーティングしていくのです。 こういった絶妙な感性は、現在のポップ・シーンにも脈々と受け継がれているのではないでしょうか。社会性と日常風景をたくみに織り交ぜ、モダンなアレンジでオブラートに包みこむという点においては、斉藤和義や曽我部恵一に影響を与えているでしょうし、力を抜いた歌声でありながら説得力を持つというバランス感はハナレグミにも通じます。

斉藤和義/ウエディング・ソング

 残念なことに、高田渡は2005年に56歳という若さで亡くなりました。しかし、このほんわかとしながらもピリッとスパイスを効かせたテイストは、前述の通り次世代に引き継がれており、〝古くさい〟と一言で片付けることはできないでしょう。また、彼の息子であるマルチ楽器奏者の高田漣にも注目しておきたいところです。10周忌のタイミングで、初めて父親の楽曲だけをカヴァーしたアルバム『コーヒーブルース~高田渡を歌う~』を発表し、話題を呼んでいます。丁寧に歌い込まれた名曲群は、やはり古びておらず新鮮に聴こえてくることに、改めて感心させられるでしょう。

曽我部恵一/6月の歌

 世知辛い世の中ではありますが、高田渡が残した名曲群を聴けばこの時代を生き抜く励みになるのではないでしょうか。 ■栗本 斉 旅&音楽ライターとして活躍するかたわら、選曲家やDJ、ビルボードライブのブッキング・プランナーとしても活躍。著書に『アルゼンチン音楽手帖』(DU BOOKS)、共著に『Light Mellow 和モノ Special -more 160 item-』(ラトルズ)がある。 Blog: http://blog.livedoor.jp/tabi_rhythm Twitter: http://twitter.com/tabirhythm Facebook: http://www.facebook.com/tabirhythm

所属事務所は「現在事実確認中」 声優の伊藤健太郎、座長に暴力を振るわれ舞台を降板!?

オタクに"なるほど"面白い!オタクニュース・ポータル「おたぽる」より

1506_itoken_n1.jpg
『熱海殺人事件~私、芝居やめるんです。林編~』(神田時来組公式サイトより)。
 今月8日、イトケンの愛称で知られる声優・伊藤健太郎が、自身のTwitter(@itoken_k_show)で今年7月に出演する予定だった神田時来組の舞台『熱海殺人事件~私、芝居やめるんです。林編~』について、「座長にワンパンくらって降板しました」とつぶやき、話題を集めている。  伊藤健太郎は、声優として『弱虫ペダル』田所迅役や『BLEACH』阿散井恋次役、『NARUTO -ナルト-』秋道チョウジ役、『とっとこハム太郎』タイショーくん役といった幅広い役柄で活躍するほか、舞台役者としても数多くの公演に出演。2003年には自身が主宰を務める劇団K-Showを旗揚げしている。今回『熱海殺人事件~私、芝居やめるんです。林編~』にゲスト出演予定だった伊藤だが、8日に自身のTwitterで

「すげえ演劇人と出会った。雇われたんだけどね、明日から稽古場来なくていいって(笑)そういうわけで、時来組公演、座長にワンパンくらって降板しました。なに?あの人。てなわけで。さようなら」

「僕の芝居は僕の芝居としてやりますが…神田ときぐみの座長にいきなりびんたくらって明日から来るなと言われました。法的に訴えます。チラシがうそになっちゃってすいません。ぼくは、あの芝居に。出ません!」

「今日は理不尽すぎて神◯時組組長◯が敵になっただけの夜だね。同じけん◯ろーなのになぁ~。ちいせえな(笑)…な?感情がおさまってねえんだよ、今俺」

伊藤健太郎のTwitterより引用。原文ママ。現在は削除済)  と投稿。稽古中に神田時来組の座長・泉堅太郎から暴行を受けたことにより舞台を降板、法的処置を検討していると伝えた。 「おたぽる」で続きを読む

子供たちの活躍の裏で…前妻が明かした松田優作の在日差別への恐れと日本国籍への執着

matsudayuusaku_01_150613.jpg
名優・松田優作の知られざる苦悩とは…(『探偵物語』Blu-ray BOX/東映株式会社)
【本と雑誌のニュースサイトリテラより】 「松田優作の長女Yukiが6月3日CDデビュー」「年齢非公開、謎のベールが明かされる!?」  先日、芸能マスコミが故・松田優作の長女のデビューを大きく報じた。父だけでなく母は女優の松田美由紀、2人の兄も松田龍平と翔太という人気俳優。カリスマ俳優の末っ子のデビューは話題性抜群だった。  しかし、この報道に異論を唱えた人物がいる。松田優作の最初の妻で、小説家・ノンフィクション作家の松田美智子だ。 「優作の長女は正確にいえばYukiさんじゃありませんよね。優作にとっての長女は私の娘で、Yukiさんは次女でしょう。ただ彼女(美由紀)と築いた家庭では長女になるでしょうから、そういった意味での“長女”という表現ならわかりますが」(「女性セブン」小学館/6月4日号より)  美智子と優作は1975年に結婚、翌年に娘が生まれている。ところが、1980年に優作は当時18歳だった新人女優・熊谷美由紀(旧姓)と不倫関係になり、美智子と別れて美由紀と再婚した。美智子はいわば、美由紀に夫を“略奪”された立場であり、“松田優作の長女”とは当然、自分の娘のことだ。こうした事情を無視してYukiを長女とする報道が歯がゆかったことは想像に難くない。  しかし実は今回とは逆に、美智子が美由紀を激怒させたといわれる事件が過去に起こっていた。  それは美智子が2008年に出版した手記『越境者 松田優作』(新潮社)をめぐってのものだった。そこには、彼女が松田優作と出会って、結婚し、優作が妻子を捨てて美由紀との新しい生活を選び、病に倒れるまでの一部始終が克明に描かれている。甘え、苦悩、弱さ、そして暴力……そこに描かれている優作の姿はあまりに生々しい。  それは、優作と美由紀との不倫関係についても同様で、こんな記述がある。 〈昭和五十五年八月上旬、その日は私の三十一回目の誕生日だった。  「カントとか哲学書を読んでいるんだ。十八歳で哲学を語るんだぜ、すごいよなぁ」  彼女への賛美の言葉を聞いたときに気づくべきだったのに、私は鈍感だった。〉  その前年から放映されていた『探偵物語』で優作は美由紀を気に入り、共演していた。美由紀は仲間と一緒に自宅に来たこともあった。ソファーに美由紀と優作が隣あって座り、小説の話をしていた。しかし実はその小説は美智子が優作に勧めたものだった。2人の小説の解釈がズレていた気がした美智子はそれを口にした。 〈私の言葉を聞いた二人は、顔を見合わせた。  ほらな、つまらないことをいう女だろう?  そのとき、はっきりわかった。優作はついに、私の評価も変えてしまったのだと。〉  略奪された前妻が書いたリアルすぎる描写。しかし実は美由紀を激怒させたといわれるのは、こうした部分ではなかった。それは優作の“出自”に関するものだったのではないかと 言われている。  実はこの『越境者』が刊行される17年前、美智子は同じく優作との関係を綴った本を出版している。『永遠の挑発 松田優作との21年』(リム出版)だ。『越境者』はこの前作をベースに大幅に加筆したものだが、その加筆部分こそ優作の出自に関するものだった。  物語は優作と美智子が同棲を始めて半年ほどだった昭和44年に遡る。上京してきた母親は美智子の部屋で男の影を察知したようで、しばらくすると今度は叔父が上京してきた。 〈母が見つけた身分証明書をもとに、優作の身上調査を済ませたという。(略)彼が私生児であること、実家が女郎屋のような商売をしていて、警察沙汰になったこともあるなど、家庭事情が語られ、国籍も日本ではなく韓国だと告げられた。〉  驚いた美智子だったが、しかし思い当たる節があった。優作は美智子に何度も「本当のことを知れば、おまえは俺から、逃げていくだろう」とつぶやくように言っていたからだ。優作は「なにごとであろうと俺を信じ、全てを受け入れるか」といった美智子を試すような言動もしていたという。  今では少なくなったが、当時はまだ見合い結婚が主流で、そのためお互いの身元調査をすることが珍しくなかった。そして在日韓国、朝鮮人に対するいわゆる在日差別も激しかった時代だ。  しかしこの時、美智子は思った。 〈子供の頃から偏見に晒され、屈辱的な思いを味わってきた彼を想像すると、いとおしいと思う感情が募った。〉  美智子はこのことを優作には伝えず、同棲生活を続けた。その後昭和48年には『太陽ほえろ!』のレギュラーが決まったが、その頃、優作の長兄が自宅にやってきた。美智子が休む部屋の隣で兄弟はボソボソと話をした。その時こんなやり取りが聞こえてきたという。 〈「兄ちゃん、国籍のこと話したのか!」  「いいや、わしが話す前に、うちのこと全部知っとったぞ」〉  この時、美智子は優作に怒られると思ったという。しかし優作が取った行動は意外なものだった。長兄が引き上げた後、美智子の寝室に入ってきた優作は美智子を起こしてこう言ったのだ。 〈「知ってて、それでも、一緒にいてくれたのか……」   両手で引き寄せられ、力強く抱きしめられた。泣いてはいなかったけれど、優作が涙ぐんでいるのがわかった。くぐもった声で、彼は繰り返した。  「ありがとう、ありがとう」〉  自分が在日だというだけで、そのことをもし相手に知られたら、愛する人が自分の元を去ってしまう。優作は自分の出自に関し、そんな恐怖、恐れを抱いていた。人間性ではなく、出自が違う。それだけで差別され、虐げられてきた体験が優作にあったということだろう。  その後、スターの階段を駆け上っていく優作だが、それとともに、顕在化してきたのが日本国籍を取得したいという気持ちだった。もちろんその理由は“差別”だ。 「彼が私との同棲中に『お前の家の養子にしてくれ』と頼んだのは、日本国籍を取得したいという強い希望があったからだった。在日というだけで差別され、色眼鏡で見られる状況から、なんとかして抜け出したいとあがき続けていた」  そして『太陽にほえろ!』に出演する優作の評価が上がるのと同時に、優作は考え込むことが多くなった。そして美智子にこう言った。 「どうしても日本国籍に帰化したい。協力してくれないか」  帰化するためには膨大な量の書類の提出が義務付けられている。そのなかでも優作は“日本人になる動機”についての文章に一番時間をかけた。 〈僕は今年の7月から日本テレビの『太陽にほえろ!』という人気番組にレギュラーで出演しています。視聴率は子供から大人までと幅広く、家族で楽しめる番組です。僕を応援してくれる人も沢山できました。現在は松田優作という通称名を使っているので、番組の関係者にも知られていませんが、もし、僕が在日韓国人であることがわかったら、みなさんが、失望すると思います。特に子供たちは夢を裏切られた気持ちになるでしょう。〉  美智子はこれを読んで泣き出しそうになったというが、それも当然だろう。在日だと知られたらみんなに失望され、子供の夢を裏切ってしまう。こんな思いを優作に抱かせたのは誰なのか。それは日本で生まれ、日本国籍を持ち、自分たちこそ日本人だと胸を張る、すべての日本人だ。  最近、通名が在日特権だなどという無神経なヘイトデマを平気で口にする輩がいるが、この松田の文章を読めば、国籍だけで差別され蔑まされた在日の人々がその出自を隠し、通名を使わざるをえなかったことがよくわかるはずだ。  しかも、この差別の構造はそれから40年以上が経った現在も、変わっていない。いや、それどころか、嫌韓ブーム、在特会やネット右翼によるヘイトスピーチ、安倍政権発足後の日本全体を覆う排外主義的空気によって、それはさらに強化されているといっていいだろう。  松田龍平と翔太、Yukiの母親である美由紀が先述したように、優作の出自を一方的に公にする行為に不快感を示したとすれば、その背景にはやはりこうした差別構造があったのではないだろうか。社会全体の在日に対する偏見が強まり、芸能界でも在日バッシングが広がるなか、この告白によって子供たちがいわれなき差別をうけることに懸念を抱いたとすれば、それは母親として当然の感情だろう。  優作は膀胱ガンにより40歳の生涯を終えてから26年。日本人は松田優作という俳優が受けた「心の傷」に向き合って、そこからもう一度、差別がいかに残酷で人を追いつめるかということを学び直すべきではないのか。 (伊勢崎馨)

パリス・ヒルトンが富豪のビジネスマンと交際中!?

パリス・ヒルトン(34)が富豪のビジネスマンと交際中のようだ。パリスがスペインのフォルメンテラ島沖の船上でキスしている姿が目撃された相手が、総額資産2億ドル(約246億円)とされる実業家のトーマス・グロスであったことが判明した。2人はここ1ヵ月ほどに渡って交際していると見られており、一緒に楽しい時間を過ごしているようだ。ある関係者はDailyMail.comに「2人は5月のカンヌ国際映画祭で出会って以来、交際をしています。2人は一緒に楽しい時間を過ごしてお互いのことを知ろうとしているところです」「パリスはまさに紳士と言える男性を見つけたことに感激しています。パリスは彼からの扱われ方がとても気に入っていて2人とも楽しんでいます」と語った。 昨年夏に2年間交際していたモデルのリヴァー・ヴィーペリとの関係に終止符を打っていたパリスはこの新恋人とすっかりラブラブなようだが、先日にはしばらくシングルでいたいと話していたばかりだった。「私は好きなことをやっているわ。ボーイフレンドを持つ時間なんてないの。シングルでいたほうがマシよ」 しかしその一方で、子供を持ちたいという願望も口にしていた。「私はやりたいことをほとんどやった気がするのよね。音楽やデザイン、テレビとか全てね。2年くらい前までは不動産業だけが唯一手をつけていなかったものだったんだけど、今は自分の物件を持って家業を継いでいるし、すごく嬉しいわ。でも次は家族を持つことね」

ナオト・インティライミはなぜ愛される? “太陽のお祭り男”のアーティスト性に迫る

20150610-naoto2.jpg

【リアルサウンドより】  ナオト・インティライミが6月10日、デビュー5周年を記念した初のベストアルバム『THE BEST!』をリリースした。本作には1stシングルの「カーニバる?」から、4月にリリースされた最新シングル「いつかきっと」まで15曲を収録。ミリオンダウンロードを記録した「今のキミを忘れない」「タカラモノ ~この声がなくなるまで~」など、いずれも劣らぬ人気曲がラインナップされている。  あらためてヒット曲を並べて聴いてみると、中毒性のあるEDM系のアッパーチューンから、哀愁のあるメロウなバラードまで、作風は幅広い。しかしいずれの曲も、人への優しさに溢れ、時に熱くリスナーを鼓舞しながら、心に寄り添ってくれる作品であることが伝わってくる。実直で陽気――愛すべき人間性がにじみ出ており、CM、ドラマと、多くのタイアップに恵まれているのも納得だ。  彼の“愛されっぷり”は、今回のリリースに合わせて展開中の特別企画にも表れている。「ナオト・イン○○企画 ~あなたのこころにもきっとインする~」と題し、思い思いの場所やモノと、ナオトの写真をコラージュして、TwitterなどSNSに投稿する…という内容の企画で、ハッシュタグ「#ナオトインXX」をチェックしてみると、これがなかなかの力作ぞろい。“ナオト・インティライミが、ファンにとってどんなアーティストなのか”ということが伝わってきて面白い。  象徴的なのは、著名人のコラージュ画像としてそれほど多く見かけない「食べ物」との組み合わせが多く見られること。おにぎりにラーメン、たこ焼き、パフェなどなど。「食べちゃいたインティライミ♡」とかわいらしいメッセージが添えられた写真もあったが、シャツのポケットに“イン”してみたり、コーヒーカップに入れてみたり、何気ない日常を楽しく彩ってくれるアーティストとして受け入れられているように思える。  また、「太陽のお祭り男=インティライミ」らしく、燦々と照りつける太陽と重ねたり、青い空や海などの大自然と合わせた画像も多数。「The World is ours!」では<まだこんな僕だけど いつの日にか あなたを照らすLight ヒカリになりたい>と歌った彼だが、ファンにとってはまさに明るく、あたたかな光のような存在になっているようだ。世界を一周しながら各地でライブ活動を行ったというエピソードからか、海外の景勝地や“地球(地球儀)”など、ワールドワイドなコラボレーションも見られた。    そしてリリース日の6月10日より、テレビCMもオンエア中だ。

ナオト・インティライミ『THE BEST!』TV SPOT 堤真一編

ナオト・インティライミ『THE BEST!』TV SPOT 尾野真千子編

 その内容もSNS企画と重なるもので、堤真一のシャツの中からナオトが「タカラモノ ~この声がなくなるまで~」を歌いながら登場し、無理やりボタンを閉められてしまう「堤真一編(ナオト・インシンイチ)」、尾野真千子が急にYシャツのボタンを外したと思ったら、胸の中からナオトが「恋する季節」を歌いながら登場する「尾野真千子編(ナオト・インマチコ)」の2パターンで展開。ツイッター上でも「ナオト ベストアルバムのCM おもろすぎじゃろ!!」「ナオトCM最高」と、早くも評判になっている。  それにしてもこのCM、ファンが作るコラージュ写真と比較しても、よりコミカルで“遊んだ”印象がある。ベストアルバムのリリースという節目に、自分を素材にして遊んでしまえるナオト・インティライミ。名曲を振り返りつつ、愛されキャラとしてのさらなる進化に期待してしまう、さすがのアニバーサリー企画だった。 (文=橋川良寛) ■リリース情報 Debut 5th Anniversary BEST ALBUM 『THE BEST!』 発売:6月10日(水) 価格:通常盤(CD) ¥2,800+税    初回限定盤(CD+DVD) ¥3,800+税 <CD収録内容> 1.タカラモノ ~この声がなくなるまで~ 2.恋する季節 3.今のキミを忘れない 4.君に逢いたかった 5.いつかきっと 6.LIFE 7.ありったけのLove Song 8.Brave 9.愛してた 10.しあわせになるために 11.ナイテタッテ 12.カーニバる? 13.The World is ours! 14.Hello 15.手紙 <「初回限定盤」DVD収録内容> ・カーニバる? ・タカラモノ ~この声がなくなるまで~ ・ありったけのLove Song ・今のキミを忘れない ・Brave ・Hello ・君に逢いたかった ・愛してた ・ナイテタッテ ・しあわせになるために ・恋する季節 ・手紙 ・The World is ours! ・LIFE ・いつかきっと (ナオトver.) ■5周年イヤースペシャルサイト http://sp.universal-music.co.jp/naoto/5th/ ■オフィシャルサイト http://www.nananaoto.com/

「在特会のヘイトも守るべき」ドワンゴ川上量生に反戦平和のジブリは…鈴木敏夫を直撃!

suzukitoshio_01_150611.jpg
ジブリ鈴木敏夫プロデューサーとKADOKAWA・DWANGO川上量生新社長。ふたりは師弟関係にある(「KAMINOGE」vol.25/東邦出版)
【本と雑誌のニュースサイトリテラより】 「最近の川上量生さんについてですが、在特会というヘイトスピーチを行う団体がありまして」──そう、話を切り出すと、スタジオジブリのプロデューサー・鈴木敏夫は「ああ」とつぶやき、宙を見上げた。  在日コリアンらに対する差別と虐殺を扇動するヘイト市民団体「在日特権を許さない市民の会(在特会)」に、動画サイト「ニコニコ動画」が「公式チャンネル」を提供したのが昨年12月のこと。「ニコ動」を運営するドワンゴと、会長(当時)の川上量生氏のもとには批難の声が殺到したが、それでも約半年間、ニコ動側はヘイトに関してなんら対応をとってこなかった。  ところが、今年5月17日になって、突如、ニコ動側が在特会公式チャンネルを閉鎖。理由は「規約違反」とされているが、公式なコメントの内容はなきに等しく、一方的な“トカゲのしっぽ切り”とみられている。  これまで報じてきた通り、本サイトは、今回の“在特会切り”の裏に、ドワンゴと大手出版社KADOKAWAの経営統合による社内事情の存在を指摘してきた。だが、当の川上氏は自身のツイッターで「憶測も的外れ」と本サイトの報道を否定。それだけでなく、反ヘイト活動を行うC.R.A.C.(旧「レイシストをしばき隊」)に対して「(しばき隊界隈は)やくざとか総会屋とかと同じ」と八つ当たりし、しかも、在特会の運動を肯定するような、こんなツイートを放ったのだ。 〈しばき隊の連中は在特会の存在価値は全くないと断ずるだろうし、彼らが人種差別を繰り返した団体であることは間違いない。しかし、日本社会のあるタブーへの議論のきっかけとしての社会的役割を果たした事実は認めるべき。しばき隊も在特会へのカウンターとしての役割を果たしたのは事実〉  さらに川上氏は、ツイッターユーザーとのやりとりのなかで、こんな発言もしている。 〈反ヘイトスピーチをさけぶひとたちがいかに危険か。今回もいいサンプルだよね。何度も何度も在特会もしばき隊もクソで賛同できない、でも両者の発言の権利は守るべきというのがぼくの持論。その文脈で在特会の発言だって100%嘘じゃないでしょ?といった瞬間にネトウヨ認定されてレッテル貼り攻撃〉 〈およそあらゆる人間の意見なんて100%正しくもなければ100%間違っていることもない。また、正しい意見に変わることもあれば逆もある。そもそも正しいことってなに? ぼくはだれにせよ発言の自由は守られるべきだと思います。間違えたことをいったら批判されるでいいじゃん。それと発言の自由は別〉  リテラと「しばき隊」の主張が必ずしも同一というわけではないが(それは本サイトの野間易通氏インタビューをお読みいただければ明らかだろう)、しかし、在特会の差別・虐殺扇動と「しばき隊」の反差別の運動を「どっちもどっち(在特会もしばき隊もクソ)」と等価に並べることのできる神経は、まったく理解できない。  しかも、川上氏が狡猾なのは、この問題を「発言の自由」の問題にすりかえていることだ。  川上氏とニコ動が今、問われているのは、在特会の言動が「発言の自由」「表現の自由」として許されるかどうかではなく、具体的なひとつのメディア、社会的企業が差別に対してどういう立場を選び取ったのか、という問題だ。  今回、ニコ動がやったことはたんに書き込みを削除しなかったとかそういう話ではない。明らかに在特会の普段の言動を知っていながら、その公式チャンネルを積極的に開設したのだ。在特会の桜井誠・元会長は、「(ニコ動側から)頭下げてきたんですよ」と証言しているが、言いだしたのがどちらであっても、ニコ動が差別に加担するという立場を主体的に選び取ったことには間違いない。  それでも、川上氏が「言論の自由」を担保するための選択だったと言い張るのなら、なぜ、今頃になってチャンネルを停止したのか。そんなに在特会の言論を守る必要性を感じているなら、そのまま続ければよかったではないか。  ようするに、川上氏のいう「表現の自由」はただの言い訳ではないのか。「今はヘイトが商売になる」という商売上の動機で開設したコンテンツを、今度はKADOKAWAとの経営統合で商売上、邪魔になったから切った。それだけのことにすぎない。  そういう意味では川上氏の頭のなかでは、たしかに在特会も反差別の言論もフラットに並んでいるのかもしれない。しかし、それは「どちらも表現の自由」だとしてフラットにあるのではなく、金儲けの「商材」として陳列されているだけだ。  実は筆者は少し前まで、川上氏の本質はそういったIT経営者にありがちな新自由主義的なものとは少しちがうところにあるのではないか、と思っていた。それは、数年前から彼が「プロデューサー見習い」と称してジブリに入社し、鈴木敏夫氏に弟子入りしていたからだ。  ジブリといえば、戦争と差別を憎み、平和を希求する精神をもった制作集団だ。本サイトでもたびたび報じてきたように、宮崎駿、高畑勲両監督は憲法9条の堅持を訴え、安倍政権の戦争政策や歴史修正主義にも痛烈な言葉で批判してきた。もちろん差別扇動言説に対しても批判的だ。  川上氏を弟子入りさせている鈴木敏夫プロデューサーも、両監督とスタンスはほとんど同じだ。スタジオジブリの小冊子「熱風」では、押しつけ憲法論に疑問を呈し、ネトウヨもよく口にする「第二次世界大戦での日本と韓国の国家賠償は終わってる」という言い分に対しても、「いや、何回謝ったってダメ。だから、ずっとやる」「亡くなったうちの親父がね、戦時中、中国に行っていた。親父の最後の言葉に僕はびっくりしました。突然こういいだしたんです、『あれだけひどいことをすりゃあね、その恨みは晴れない』って」などと反論している。  こうした場所に志願して飛び込み、そういう思想をもつ人物に弟子入りするということは、川上氏のなかにもその姿勢に共鳴するところがあるのではないか。そう考えていたのだ。  しかし、一連の経緯を見て、そうではなかったことがはっきりした。川上氏は結局、ジブリや鈴木敏夫氏の精神をそのまま引き継ごうとしているのではなく、たんにビジネスの方法論だけをマスターしようとしているだけなのだろう。ある意味、川上氏にとっては、ジブリも在特会と同じ“利用できるコンテンツのひとつ”にすぎないのかもしれない。  では、いったい、ジブリの側はどうなのか。ヘイトも表現の自由で、在特会にも価値があり、商売のためには差別に加担しても平気、という川上氏の考えを知ってなお、彼を自分たちの弟子として扱い続けるのか。とくに、師匠の鈴木敏夫氏は弟子の言動をどう考えているのか。  それを知りたくて、6月、都内某所で、鈴木敏夫氏を直撃した。 ──鈴木さん、お伺いしたいことがあります。いま、鈴木さんのお弟子さんをされています、川上量生さんについてですが、在特会というヘイトスピーチを行う団体がありまして…… 「ああ…」 ──ごぞんじで? 「それは申し訳ないけれど、俺、何にも分かっていないから」 ──いろいろとありまして、まず説明しますと…… 「説明を聞いても、ねえ。申し訳ないけれど、それはコメントはできないんです。だって知らないから」 ──ヘイトスピーチの問題も、川上さんがニコニコ動画で、そういったものを放置してきたことも。 「それを俺がちゃんと見ていればいいけれど、(自分自身は)何にもやっていないから(言及しようがない)」 ──ヘイトスピーチ動画などを放置しているという話も? 「そう」 ──だからコメントする立場にない、ということですか。 「そういうことです。すみませんね」  淡々と答えながら、マンションに入っていこうとする鈴木氏。その背中にむけて、最後にこうぶつけた。 ──では一点だけお願いします。クリエーターとして、差別的な言説は表現の自由の範疇だと思われますか。たとえば、「朝鮮人殺すぞ!」とか、そういう……  鈴木氏は、振り返り、質問を最後まで聞くまでもないと言わんばかりに、強く、こう言い放った。 「俺は、大っ嫌いです」  鈴木プロデューサーは、川上氏とニコ動のヘイト問題に言及することを慎重に避けたが、しかし同時に、最後には強い語調で差別言説に反対する意思を示したのだ。エントランスにいた周囲の人々がふりかえるほど響いたその声には、確かに“鈴木敏夫の思想”のようなものが表れていた。直接聞いた者として、そう印象を述べておきたい。  もっとも、川上氏とニコ動への鈴木氏の考えは聞けないままに終わってしまった。もちろん、師匠として弟子に説教してもらうこともできなかった。ジブリはこれからも、川上氏のそういった思想についてはまったく「知らない」こととして、彼とつきあっていくのだろうか。機会があれば、今度は宮崎駿監督にも訊いてみたいところだ。 (梶田陽介)