宮沢りえが娘に受けさせる“特権的教育”とは? 早くもステージママの片鱗が…

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宮沢りえがりえママとの思い出を激白(「FRaU」講談社/2015年7月号)
【本と雑誌のニュースサイトリテラより】  ステージママの代表格といえば何と言っても宮沢りえの母・光子だろう。りえは「三井のリハウス」のCMでは清純な少女役として清楚なイメージで脚光を浴びるが、16歳のときカレンダーでお尻丸出しのふんどしルックを披露、18歳でヘアヌード写真集『Santa Fe』(朝日出版社)を発表、などセンセーショナルな話題をふりまく。さらに1992年には19歳で貴花田(現・貴乃花親方)との突然の婚約発表そして破棄──。  これら全てをプロデュースし、りえの傍らに常に寄り添い、仕掛けたのが事務所社長でもあった宮沢光子だった。そんな光子が昨年9月に急逝して9カ月。りえが改めて亡き母への思いを語り話題になっている。 「母と私」。女性誌「FRaU」(講談社)2015年7月号ではこんな特集を組んでいるが、りえはここの表紙とトップインタビューに登場。母との思い出のなかでも、鮮明に記憶に残っていることとしてこんなエピソードを語っている。 「(国民的美少女として多忙な時期)睡眠時間も少なかったため、体力的に疲れてしまい、ついぽろりと『今日は眠いから行きたくない』というようなことを漏らしたら、『辞めたいなら辞めなさい。ひとつの作品をつくりあげるためにたくさんの人がもっと眠い思いをしてやっているというのに、あなたがそんなことを言っていたらダメじゃない』と叱られました」  母は自分の個人的欲望ではなく「私(娘のりえ)のために頑張るというスタンス」だった。以降、りえには「やりたくない」と弱音を吐くことは無くなったという。また光子の“最期”もりえにとっては宝物だった。 「病院に入らず最期まで自宅で過ごし、人間がどういうふうに生き、そして死んでいくか、身をもってそのストーリーを娘に見せてくれたことです」  しかし、このインタビューでりえが主に語っていることは、母親のこと以上に、娘のことだ。  例えば光子の最期を“宝物”だという理由も娘に関することだった。 「我が家は、家族全員が母の闘病に集中し目撃し、自分の人生の事件として捉えました。娘は私に『長生きしてほしい』と言うんですよ。それは、母の死からリアルに命のかけがえのなさを感じ取ったからだと思うんですね」  りえが娘を溺愛していることは知られている。既に3年にも及ぶ泥沼の夫との離婚協議も、娘の親権を争っているからだ。だが、このインタビューからは、それ以上の関係性が見て取れる。そしてその将来も──。 「娘との時間を絶対的に大事にしたい」というりえは、娘を仕事先でもある舞台稽古にも連れて行っているという。 「娘は私の芝居の稽古を見に来て、演出家からこてんぱんにダメ出しを受け、ジレンマを抱えている私の姿を目撃します。ただ、それだけでなく、厳しい稽古を重ねた結果、本番でお客さんに大きな拍手をもらえるほど演技で飛躍できたところまで見ることで、きっと彼女は大きな喜びの時間に至るまでには乗り越えるべく壁が存在しているという私の思いを、言葉でなく実感として学んでいるはずです」  りえはこれを“特権的教育”と思っていると言うが、確かに女優の母親を持った娘の特権には違いない。そしてさらにこのことは母娘が密着し、同じ時間を過ごすという以上の意味さえあるのではと思えるものだ。  それは娘を自分と同じ女優にするための英才教育ではないかというものだ。実際、りえはそれを否定してはいない。  記事ではインタビュアーから「もし、娘さんが俳優になりたいと言ったら」と質問を受けたと思われるくだりがある。それに対し、りえ自身がまだ俳優として突き詰めたいし娘のために退くことはできないとして、こんなことを言っている。 「母が私にしてくれたことは絶対にできないでしょう」 「だたひとつ母と同じことができるとしたら、中途半端だったら叱ること。俳優にしても他の何かにしても、自分の夢に対しては、心底エネルギーを注いでほしいですね」  俳優だけとは限定していないものの、しかしその溢れ出る意欲は十分に伝わってくる。  6歳の娘へ、母が抱く並々ならぬ夢。現在のりえは自身が「俳優を突き詰めたい」と話すが、しかし光子との生活、関係を見れば、立派なステージママになるのではないか──。そんな思いさえ感じるものだ。  母子関係の連鎖はよく言われるが、ステージママも“連鎖”するのかも。 (林グンマ)

総選挙、メンバー卒業…市川哲史が論じる、“人間模様エンタテインメント”としてのAKB48

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市川哲史『誰も教えてくれなかった本当のポップ・ミュージック論』(シンコーミュージック刊)

【リアルサウンドより】  今年もAKB48グループの総選挙が終わった。  第7回目にして総投票数がおよそ329万票、昨年比60万票増なのにはちょっと驚いた。それだけの経済効果が得られるのなら、そりゃ止められないわ総選挙。  ちなみに投票資格が、FCやらモバイルやら何やら11団体もの各種関係会員の投票権とシングル封入投票シリアルナンバーということで、相変わらずネットオークションでは100票10数万で売買されていた。速報前には投票代行まで請け負う出品者もいたりして、感心しきりの私だ。数十人がかりでCDの開封とシリアルナンバーの打ち込みといった投票作業を分担する<選対>が多数立つのも、毎年の風物詩らしい。とにかく組織票は人気投票の華だから、「借金上等」の覚悟で来年以降も盛り上げてほしいと切に願う。  そんなこんなで、「指原莉乃、史上最高得票数の19万票超えで2年ぶりに1位返り咲き、でもその2割は中国票」とか、「80位以内に26人も送り込んだSKE48が、23人の本家・AKB48を抑え第1党に躍進」などなど、開票後もネタは尽きないようだ。  ちなみに私が最もぐっときたのは、開票日と翌日の感謝祭@ヤフオクドームの6月6・7日両日、福岡市内はおろか福岡県内のホテルが満室だったことか。「出演者とスタッフだけで埋まってしまったのではないか」という旅行社筋のコメントは、素晴らしい。  たしかによく考えれば感謝祭のヤフオクドームは、観客28000人に対して出演するアイドルの総数が286名……おいおい客の1%を超えてるよ。  などといろいろ愉しませてもらって「また来年♡」、のはずが今年はもうひとクライマックス用意されていた。2位柏木由紀、自爆――すごいオチだ。  『週刊文春』が浴衣抱擁写真(爆苦笑)を掲載したのが、開票日から5日後発売の号。元・雑誌編集長としては、膨らむ妄想を止められない。  おそらく総選挙直前に入手したスクープではなかろうから、文春側がこのタイミングを待って寝かせてたはずだ。そして総選挙前の掲載は、さすがに武士の情けで遠慮したのではないか。あるいは、大人のコミュニケーションが功を奏したのかもしれない。  となると最強のインパクトを期待して文春側は、ゆきりんが1位を獲るのを世界でいちばん願ってたろうし、もしかしたら運営サイドは恣意的な集計をして……いやいや、そんな邪推はいけません(愉笑)。  けれども第三者が開票作業をするわけじゃなし、いまやAKB48とは壮大なる<人間模様エンタテインメント>なんだから、主催者特権でびしびし操作して面白くしちゃえばいいと思うのだ。プロレスのアングルみたく。  なんて私風情の危惧などなんのその、天は彼女たちをまだまだ見放したりしない。  見よ、孝行娘・松井玲奈が彗星のごとく現われ、卒業ネタでゆきりんの粗相をなんとかカバーしてくれているではないか。神風自由自在かAKB。  AKB48グループ絡みの私の情報源は、もっぱら『日刊スポーツ』だ。  あくまでも私の目的は野球やらサッカーやらテニスやら格闘技やらの的確な分析記事なのだが、つい芸能面を覗くと必ず誰かの記事が載っている。『月刊AKB48新聞』なるタブロイド紙まで別立てで発行しているくせに、その手を緩めない。総選挙なんて1ヶ月ぐらい前から、立候補者272名全員をキスマーク付きで毎日毎日紹介していた。選挙公報と思えばいいのだろうが、<住民票を移してないから選挙権なしで手持ちぶさたな単身赴任のおっさん>の気分か。  たとえばちょっと前の話になるが2月のある日、芸能欄の隅っこに《SKE48小林亜実が卒業》との見出しを発見した。  記事によると、「2010年に4期生として加入し、チームEの結成メンバーとしてデビュー」した、「スイーツなどの料理が得意」で「“こあみ”の愛称で親しまれて」いて、「選抜総選挙では一昨年47位、昨年77位と2年連続ランクイン中」の子だそうだ。ちなみにSKEからの卒業者は、今年だけでも彼女が既に7人目だったらしい。ブラック企業か。  言うまでもなく私はマニアではないので、この小林さんが誰なのか当然わからない。「ふーん」という感じ。こんな経験、ほぼ日常的に起きている。 というかいまやAKB48グループを最も端的に表す一言が、この「ふーん」だ。 「ふーん、名古屋支社の総務の子がまた退社するのか、逢ったことないけど」 「ふーん、飛ばされた先のジャカルタからやっと帰国したか」 「ふーん、独立採算のフランチャイズ制のはずなのに兼任ってどうなのよ」 「ふーん、新潟に支社作るって、大丈夫かウチの会社」  そう。こんな記事が掲載される度に、もはや<どっかの企業の社内報の人事往来の欄>を、他人事のように眺めてるだけの気分だったりする。そして「よりにもよって新潟支社新設に向けて大切な準備期間に、実質副支社長の色恋沙汰発覚」のような裏情報は、ネットで閲覧。なるほどね。  だから契約を満了した非正規雇用アイドル《バイトAKB》の元メンツが、新設支社での本採用を目指してオーディションに臨むなんて話、とても芸能界で起きてる出来事とは思えない。47都道府県から1名ずつ集めた《チーム8》だって、トヨタからの派遣社員みたいなもんでしょ? アイドル・スキームとは思えぬ、単なる<社会の縮図>そのものではないか。  逆にAKB48グループの各チームが、オーディションを勝ち抜き握手会や劇場公演前座に出演している候補生たちから新メンバーを指名する《ドラフト会議》の方が、スポーツ紙の前の部外者にはまったくピンとこない。  要するに、<会いに行ける多人数アイドル>がゆえの圧倒的なリアリティーの前では、下手に企画されたバーチャリティーなど取るに足らないのだ。  だからこそAKBは、ただ存在しているだけで圧倒的な<人間模様エンタテインメント>を見せてくれる。本当にこのエンタテインメント・デザインはよくできている、とつくづく思う。申し訳ないが、彼女たちの楽曲よりもはるかに面白い。  うわ、「投票券や握手券を買ったら、オマケでCDがついてきちゃうんだよなあ」とぼやいてる連中と一緒か私?  そんな本末転倒が余裕で成立してしまうほど、この枠組みは痛い。エグい。素晴らしい。  そういえば私が教える女子大にもNMB48がいる、らしい。奴らアイドルはこうして知らぬ間に我々の生活領域を侵食しているのだから、まったく油断も隙もあったもんじゃない。  しかもそのNMBは当初シングルにも選抜されてたものの、あんぽんたんを繰り返したあげく、半年前に既に「卒業」したと聞いた。それはそれで見事なマッチポンプぶりではないか――と感心してどうする。  こうなってくると、いよいよ魑魅魍魎化すらしてきたデザイン《AKB48グループ》に対抗し得る楽曲そのものを、秋元康Pは作ることができるのだろうか。ま、<エアソング>でまったく問題ないアイドルなので、全然いいんですけどね。わはは。 ■市川哲史(音楽評論家) 1961年岡山生まれ。大学在学中より現在まで「ロッキング・オン」「ロッキング・オンJAPAN」「音楽と人」「オリコンスタイル」「日経エンタテインメント」などの雑誌を主戦場に文筆活動を展開。最新刊は『誰も教えてくれなかった本当のポップ・ミュージック論』(シンコーミュージック刊)

『パズドラ』に続き、『刀剣乱舞-ONLINE-』のイラストレーターにクレームが殺到…公式が声明を発表する事態に

オタクに"なるほど"面白い!オタクニュース・ポータル「おたぽる」より

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今回声明を発表した『刀剣乱舞』原作ツイッターより。
 人気ブラウザゲーム『刀剣乱舞-ONLINE-』(以下、『刀剣乱舞』)に登場するキャラのイラストをめぐってイラストレーターに批判が殺到し、話題を集めている。  事の発端となったのは、今月13日、同作の人気キャラ・鶴丸国永のイラストレーター・Izumi氏(@izumi516)が自身のTwitterで鶴丸国永の後ろ姿のイラストを公開したこと。このイラストで鶴丸国永の帯の結び方が「カルタ結び」であると判明し、一部のユーザーが「カルタ結びは男がやると男色受けみたいな意味がある」と指摘。実際、カルタ結びは江戸時代ごろ、若衆(衆道において性行為での受け手の役割をする側の少年)や女性がしていた帯の結び方という諸説がある。これが一部のファンの間で物議を醸した結果、Izumi氏はTwitterで「深刻の認識不足でそこまでマナー違反なことがあると思いませんでした」(原文ママ)と謝罪、8月に発売する公式設定画集『刀剣乱舞絢爛図録』(ニトロプラス)ではカルタ結びではない鶴丸国永のイラストを掲載すると発表した。 「おたぽる」で続きを読む

三笠宮家で“ヒゲの殿下”と夫人の確執、そして母娘の断絶が! 原因は酒乱? 厳しい躾?

【本と雑誌のニュースサイトリテラより】  今月10日に発売された「文藝春秋」に、衝撃的な手記が掲載された。3年前に亡くなった“ヒゲの殿下”こと寛仁親王の長女・彬子女王が、不仲説が流れている母・信子妃について触れたのだ。 〈最近ある雑誌にも書かれていたけれど、寛仁親王家は長い間一族の中で孤立していた。その要因であったのが、長年に亙る父と母との確執であり、それは父の死後も続いた〉 〈母は父の生前である十年ほど前から病気療養という理由で私たちとは別居され、その間、皇族としての公務は休まれていた。私自身も十年以上きちんと母と話をすることができていない。父が亡くなってからも、何度も「話し合いを」と申し出たが、代理人を通じて拒否する旨が伝えられるだけだった〉  10年以上も母とは話していない──。以前からたびたび信子妃と彬子女王と妹・瑶子女王が疎遠であると報じられてきたが、ついに本人がそれを認めたことになる。しかし、なぜこのような険悪な関係になってしまったのか。まずはその複雑なお家事情を振り返ろう。  寛仁親王と信子妃が結婚したのは1980年。信子妃は母方の祖父に吉田茂、兄妹に麻生太郎財務相をもつが、寛仁親王に求婚されたのはなんと16歳のとき。プロポーズから8年を経てふたりは結ばれた。  ご存じの方も多いと思うが、寛仁親王は「皇籍離脱」を言い出したり、1991年には当時は異例のがんであることを公表したり、著書で下ネタを連発したりと、何かと物議を醸してきた人物。だが、もっとも世間を驚かせたのは2007年にアルコール依存症であることを公表したことだろう。公表後に講演会で壇上に立った際には「アルコール依存症の寛仁親王です」と挨拶し、このとき「皇室典範の論議や家庭内の問題で心労が続き、ここ数年で酒量が増えたため、長期療養を決意した」(産経新聞/07年7月7日付)と説明したという。  じつはこのカミングアウトの3年前、信子妃は病気療養を理由に寛仁親王と別居、軽井沢の別荘に移っている。しかしそれは表向きの理由で、「週刊ポスト」(小学館)は別居にいたった2つの説を紹介。それは〈アルコール依存症を告白した寛仁親王には「酒乱の気」があり、信子妃が暴力から逃れるために「避難」した〉という説と、〈心身のバランスを欠いた信子妃を家から遠ざけるために寛仁親王が「幽閉」した〉という説だ。どちらにせよ、寛仁親王はこの時期には〈真剣に離婚を考え、信子妃殿下の臣籍降下まで考えていた〉という。そして同時に、ここから父のほうについた娘たちと母の対立がはじまった。  実際、寛仁親王が亡くなる3日前から信子妃は病院に駆けつけたものの立ち会うことは許されなかったといい、葬儀でも喪主を務めたのは彬子女王だった。こうした背景には、生前に寛仁親王が彬子女王に遺した遺言に秘密があるのではと見られているが、その内容は明かされていない。ただ、彬子女王が母・信子妃に対して強い不信感を抱いていることは、今回発表した手記を見れば明らかだ。  何度も再発したがんに加えて、アルコール依存症の父を置いて家を出た母。そう言われると残された彬子女王にとって母を許せない気持ちもわからなくもないが、もしアルコール依存症による暴力の事実があったとしたならば話は別であるし、別居直後、彬子女王はイギリスへ留学。そのため、別居以前から確執があったのではないかという。  それを裏付けるような話が、信子妃の“厳しすぎる躾”問題だ。たとえば歳川隆雄のニュースレター「インサイドライン」では、〈暴力は伴わないものの、娘達を立たせたまま数時間も説教したりするなど、母親としての躾・教育を逸脱した精神的虐待を日常的に繰り返していた〉〈2人の女王殿下が成人後に初めて父親に打ち明けて知ったことだったという〉という情報を掲載。また、「週刊新潮」(新潮社)15年6月11日でも、皇室担当記者が「2人の女王に対しても幼い頃から厳しく接することがあって、度が過ぎるのではないかとまわりも心配していたそうです」と証言している。  エリート家庭に生まれ育った信子妃が、どのような子育てを行っていたのか。それは知る由もないが、皇室という閉鎖された世界で一般社会とは違う子育てへのプレッシャーがあったであろうことは、雅子妃の例を挙げるまでもなく想像がつく。ただ、娘たちが成人まで打ち明けることもできず胸に秘めていたのだとしたら、それはきっと辛い経験だったのだろうと思う。  娘たちとの対話を拒む信子妃は、はたして「毒親」なのか──。だが、問題は皇室の特殊性にもあるだろう。事実、寛仁親王は生前の07年、ニューヨーク・タイムズの取材に応じ、皇室の生活がいかにストレスを生むかを語り、さらに皇籍離脱を望むか否かを問われ、“もうたくさん”と答えている。  彬子女王は前述の手記で、母・信子妃に〈(三笠宮両殿下に)ご無沙汰のお詫びとご報告をしてほしい〉〈公務に復帰される理由をきちんと説明してほしい〉と綴り、〈それ以上のことは、私は何も望んでいない〉と宣言している。現在、信子妃は国有財産である旧宮内庁長官公邸に特例で住んでいるというが、いっそのこと“自由の身”となり、あらためて親子関係について見つめ直してみてはどうだろうか。 (大方 草)

マライア・キャリー、元ベビーシッターとの訴訟に決着

マライア・キャリーが元ベビーシッターとの訴訟で合意に至ったようだ。マライアはニック・キャノンとの4歳の双子モロッカン君とモンローちゃんに対してあまりにも愛情を注いだという理由で不当解雇されたとして1月に訴えを起こしていたシモネット・ダコスタと和解に至ったという。合意金額についてはマンハッタン連邦裁判所から明かされていないものの、本件は結審したとされている。 1月に提出された書類では、双子が赤ん坊の頃にフルタイムのベビーシッターとして雇われていたダコスタが、あまりにも子供たちと親しくなったことにマライアが嫉妬したと主張されていた。また、超過勤務を強いられ、時には週100時間働かされたともされており、週7日の毎日12時間労働か週5日の24時間勤務を順番にさせられていたと記載されていた。 一方でマライアは昨年、自身と子供の絆に影響を及ぼすことが理由でベビーシッターを解雇することが頻繁にあると認めていた。「残念ながら私はベビーシッターが必要だけど、私も自分ですごく面倒を見ているわ。そういう理由でベビーシッターを解雇することがあるけど、すごく嫌よ。でも私の子供たちにとって私より重要な存在になろうとされると、そうせざるを得なくなるのよ」 またニックもマライアが「隔週」でベビーシッターを変えていたとコメントしていた。「たぶん女性と子供たちの関係には特別なものがあるだろ。子供たちがママよりベビーシッターを選ぶようになるとさ...俺もそれには問題を感じるけどね」「すべてはトライアル期間を基に行われていたよ。どうなるか様子を見てみようっていう感じでさ。それに俺たちは常に移動が多いから、次の都市にはそのベビーシッターを連れて行かないとかそんな感じだったね」

CAPSULE 14年の歴史を横断 初ワンマン・ツアーで中田ヤスタカが見せた“ピュアな一面”とは

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【リアルサウンドより】  Perfume、きゃりーぱみゅぱみゅのプロデュースはもちろん、名実ともに日本を代表する音楽家としてシーンに君臨する中田ヤスタカとこしじまとしこによる2人組ユニットCAPSULE。2001年にメジャーデビューしたCAPSULEが、今年デビュー14年目にして初のワンマン・ツアー『CAPSULE -"WAVE RUNNER" RELEASE LIVE-』をおこなった。ソールドアウトした最終公演が2015年6月5日に東京・赤坂BLITZにて開催されたので、その模様をレポートしたい。  CAPSULEは、これまでライブをまったくやってこなかったワケではない。アルバム作品のリリース・パーティーを含め、クラブイベントや、ロックフェスではライブをおこなっていた。だが、完全なるワンマン・ツアーははじめてであることに注目したい。  バンドマンであればアルバム作品をもとに、ライブツアーによって表現を完結させるストーリーがあるが、中田ヤスタカはバンドマン志向は皆無だった。アルバム作品を最終目標に掲げていた根っからのクリエイターなのだ。  かつて、13枚目のアルバム『STEREO WORXXX』のリリースの際、「僕らの作品のヴォーカリストはリスナーが使っているスピーカー」と発言をしていたことに着目したい。作品主義であることへのこだわり、アルバム作品ですべて完結しているのがCAPSULEの世界観だ。そんなこともあり、今回のツアーでも生バンドでの楽器演奏ではなく、ヴォーカリストこしじまとしこが生で歌唱してはいるが、生演奏にこだわることなく中田ヤスタカのDJプレイに主軸が置かれていた。  Perfumeのブレイク前夜、まだcapsuleが小文字時代だった頃に中田ヤスタカが、六本木ヒルズの高層階でDJした際、彼のDJプレイは「自分の曲ばかりかけている!」とネット上で揶揄されたことがあった。しかし、21世紀のクラブカルチャーの主流であるEDMムーヴメント以降、フェス的なDJは自らクリエイトした作品をDJ感覚でライブ的にプレイするエンタテインメント表現が主流となっている。中田ヤスタカの考え方は図らずも世界の潮流とシンクロしていたのだ。
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 そんなCAPSULEの『“WAVE RUNNER” RELEASE LIVE- 追加公演』会場で開演前に流れていたSE(音楽)は、特撮テレビ番組「サンダーバード」のテーマだった。中田ヤスタカはCAPSULEの過去作において「ポータブル空港」、「宇宙エレベーター」、「space station No.9」などSFライクなナンバーを生み出しており、SF三部作として、スタジオジブリとともにSFアニメなミュージックビデオを制作していたことがある。そんなことを鑑みると、今回のライブの裏コンセプトは、中田ヤスタカによるDJブースを操縦席として、添乗員こしじまとしことともに宇宙船に乗って旅する様を描かれていたのかもしれない。  定刻を過ぎた19時15分。場内は暗転し、最新アルバム『WAVE RUNNER』のイントロチューン「Wave Runner」が鳴り響き、続いてリード曲「Another World」へと流れていく。中田ヤスタカがオーディエンスを煽り、スモークが焚かれ、こしじまとしこが登場してフロアの熱気は早くも最高潮に。人気曲「more more more」では、「CAPSULE『WAVE RUNNER』リリースツアーへようこそ。今日はいっしょに楽しもうね!」とオーディエンスへ笑顔で呼びかけた。  様々な時代からピックアップされる「WORLD OF FANTASY」、「Dreamin' Boy」、「JUMPER」など選りすぐりの選曲が楽しい。さらに、完全にサウンドとシンクロするエッジーでスキルフルな照明やレーザーが感情をアップリフトしてくれる。そして音の素晴らしさに耳を奪われたのだ。低音が身体に響き、歌声がはっきり聴こえてくる。サウンドへのこだわりが感じられるステージワークだ。
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 途中、二人がステージから去り、LEDモニターにはインターミッションとして惑星の映像が映し出された。赤坂BLITZの地球上での座標軸“E13973 N3567”が表示され、ここで、プログレッシヴにミニマルな作風が印象的だった前作アルバム『CAPS LOCK』より「SPACE」がBGM的に流れる。中田ヤスタカは「『CAPS LOCK』は文化部というイメージなのでライブではやらない」と語っていたが、まさかの絶妙なる楽曲の使い方にテンションがあがった。  再び、ステージに二人があらわれアルバム『PLAYER』よりキュートな歌ものチューン「Stay With You」。そして、新作より、ヘヴィなイントロから一変してメロウになる変幻自在な「White As Snow」、王道感あふれるビートがたまらない「Hero」へ。こしじまとしこがオーディエンスへ向けてCO2を発射することでさらなる盛り上がりをみせていく。  新作に収録されたインスト・ナンバー「Dancing Planet」では、サプライズなスペシャル・ゲストとしてVERBALが登場。この日のためにリアレンジされたナンバーとして攻撃的なラップでオーディエンスを扇情しまくり、ステージを去っていった。続くは、ドラマティックにスケールの大きな「Eternity」、「In The Rain」によって、CAPSULEのセンチメンタルな魅力が解き放たれていく。
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VERBAL

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 ここで、再びインターミッションとしてCAPSULEの二人のプロフィール、そして歴代のアルバム・アーカイヴが「Beyond The Sky」に乗せてLEDモニターに順に表示されていく。最新作『WAVE RUNNER』が表示された後は、カウントダウンがはじまりライブは終盤に突入。最新作『WAVE RUNNER』収録ナンバーを聴いていると、フロアにおいて快楽ポイントの高さが映える楽曲が多いと感じた。ダンスミュージックとしての機能性とメロディアスな作品性の優れたバランスがCAPSULEのオリジナリティを生み出しているのだと確信した。  ラストスパートは、まず中田ヤスタカのみがステージにあがり「FLASH BACK」。その後、こしじまとしこがあらわれ「まだまだいくよ!」とテンションを上げまくり「LIAR GAME」とマッシュアップした「Love or Lies」へ。さらにCAPSULEアンセムと言っても過言ではない「Starry Sky」が投入され、オーディエンス大熱狂な「Prime Time」、新作における最強ポップナンバー「Feel Again」へと大団円を迎えていく。  アンコールでは、LEDモニターにて新作アルバム『WAVE RUNNER』のデラックス・エディションが9月2日にリリースされることを発表。当日お披露目した「Dancing Planet feat. VERBAL(仮)」やリミックスをCDに、ライブ映像をDVDで追加収録するという。  そして、ツアーグッズのTシャツに着替えて登場した二人。こしじまとしこが「今日は本当にありがとうございます! 皆さんのおかげで14年も続けてこれました。こんな素敵な場所を与えていただき感謝しています!」と感謝の言葉を。さらに、こしじまに煽られ、話す予定ではなかった中田ヤスタカは、照れ隠しに声にエフェクトをかけて喋りだした。「初めは遊びのつもりだったんですけど、だんだんやる気が出て14年たちました(※ここでエフェクト外す)。今までこんなツアーをやったことはなかったんですけど、ようやく僕はミュージシャンになれた気がします。これからもCAPSULEをよろしくお願いします!!!」。今もなおフレッシュであり続けるCAPSULEの二人。もしかしたら、中田ヤスタカは今回の全国ツアーでライブならではの魅力に目覚めたのだろうか? そんなピュアな一面を垣間みれた瞬間だった。  アンコールでは、懐かしのポップチューン「Sugarless GiRL」と、知る人ぞ知る大名曲「グライダー」を奏でることでオーディエンスへの感謝を表現。やはりCAPSULEは良い曲が多いなと感動。中田ヤスタカ曰く「オファーされなくとも自分がやりたいことをやるのがCAPSULE」というフレーズは名言だ。新旧楽曲を交えながらも、違和感無く盛り上がりまくった全21曲の音楽旅行。そんな宇宙船CAPSULE号の歴史を横断した、時空を超えていくBEST的な内容に大満足な一夜だった。 (文=ふくりゅう(音楽コンシェルジュ/Twitter)) ■セットリスト Wave Runner Another World more more more World Of Fantasy Dreamin'Boy JUMPER SPACE Stay With You White As Snow Hero Dancing Planet Eternity In The Rain Beyond The Sky FLASH BACK Love or Lies Starry Sky Prime Time Feel Again <アンコール> Sugarless GiRL グライダー ■リリース情報 『WAVE RUNNER(DELUXE EDITION)』 発売:2015年9月2日(水) DISC1(CD) 01 Wave Runner 02 Another World 03 Dreamin’ Boy 04 Hero 05 Dancing Planet 06 Depth(vocal dub mix) 07 Feel Again 08 Unrequited Love 09 White As Snow 10 Beyond The Sky 11 Dancing Planet feat. VERBAL(タイトル未定) 12 タイトル未定 DISC2(DVD) 2015.06.05 @赤坂BLITZのライブ映像を数曲 CAPSULE オフィシャルHP http://capsule-official.com

メディアが注目した“原因不明の病と闘うアイドル”から一転!? 手術に成功した仮面女子・神谷えりなが得たものと失ったもの

オタクに"なるほど"面白い!オタクニュース・ポータル「おたぽる」より

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神谷えりな。
 視線を向けているはずなのに、片目だけ視線が意図しない方へ外れてしまう斜視。その影響で、物が二重に見えてしまい、高校生の頃から激しい頭痛やめまいに悩まされてきたアイドルがいる。仮面女子のユニット・スチームガールズのメンバー、神谷えりなだ。数多くの病院を訪れるも、長らく“斜視の原因は不明”とされ、一時はアイドル活動を諦める瀬戸際まで追い込まれた彼女だったが、この度、原因が判明し、5月28日に無事手術を終えた。そして、この神谷えりなの復帰ライブが、6月13日に秋葉原にある仮面女子の常設劇場P.A.R.M.Sで行われ、復帰を喜ぶ多くのファンが集まった。  本稿では、その復帰ライブのレポートと、“原因不明の病と闘うアイドル”としてメディア露出も多かった神谷えりなに、手術で得たものと失ったものについて直撃したインタビューをお届けする。 「おたぽる」で続きを読む

LINEで「ラブホ」発言? 話題の若手清純派女優・広瀬すずの素顔は意外とエロかった!

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FOSTER Management Office公式サイトより
【本と雑誌のニュースサイトリテラより】  先週土曜日に是枝裕和監督の最新作『海街diary』が公開された。監督、出演者によるプロモーションも強力で、公開2日間の興行収入は約2億3000万円。ランキングでは『ラブライブ!The School Idol Movie』に首位を奪われたが、2位という好発進をきった。  もちろん本作で注目を集めているのは、豪華な女優たちの競演。綾瀬はるか、長澤まさみ、夏帆という先輩女優が居並ぶなかでもっとも勢いがあるのが、末っ子役の広瀬すず。この映画では同名である「すず」役を演じているが、オーディションで是枝監督は「広瀬さんを見た瞬間、“すずがいる”と思えた」と話し、「相当いい女優になる」と絶賛。この作品で若手女優として大きなステップアップを果たしたと言えよう。  愛らしいビジュアルとフレッシュさ。だが広瀬の“武器”はそれだけではない。それはずばり“エロさ”だ。  広瀬といえば、2012年に「ミスセブンティーン」に選ばれ、姉・アリスとともにモデルとして活躍。ブレイクポイントとなったのは昨年放送された「ゼクシィ」のCMだったが、彼女は15歳にして「結婚を意識したい理想の彼女」像として人気を博したのだ。また、同じく昨年出演した『ビター・ブラッド〜最悪で最強の親子刑事〜』(フジテレビ系)では第1話目からブラ姿を披露し、視聴者の度肝を抜いた。  とくにインパクトが大きかったのは、過去の恋愛スキャンダルだろう。というのも、広瀬のブレイク前、ドラマで共演したジャニーズJr.宮近海斗との2ショットプリクラがネット上に流出するという騒動があったのだが、その際に一緒に流出したLINEでのやりとりには、「どこいくか?」「ラブホ」という過激な内容も含まれていたのだ。今年に入って放送されたカップ焼きそばのCMでは「全部出たと?」と言う広瀬の台詞が卑猥だとして非難が殺到したが、このスキャンダルを承知の上でCMを見ると、彼女が卑猥であることも理解して言葉にしているような気がして、卑猥どころか直球のエロCMではないのか?と狼狽えたのは筆者だけではないはずだ。  清純さを売りにしながらも漂う色気……。じつはこうした“ませた”一面も、彼女はメディアで隠すことなく披露している。  たとえば、姉・広瀬アリスとともに「SEVENTEEN」(集英社)で連載していた読者の悩み相談コーナー『広瀬姉妹のしばき合いトーク』は、タイトルからして“清純派売り”をすでに蹴ってしまっているが、中身もしかり。 「気になる後輩男子に近づく方法は?」という高1女子の悩みに対して妹・すずは、「①ハイテンションでいって仲いいふうに近づく」「そして②。年下だけど、同級生として扱う。③カレが「年上ってめっちゃかわいいじゃん」って思うしぐさを調べる…」と具体的かつ実践的な落とす方法を指南している。すでに男子のくすぐりポイントを押さえているようだ。  また、姉・アリスにも手厳しく、「ほんっとお姉ちゃんはモテないもんね。ダメな見本だよ? かわいそうなくらい」「“モテない”以上の言葉があるのなら姉にさし上げたい」と語り、「だからさ、ずっとぶりっ子しながら生活しなよ」と、20歳になる姉に16歳の妹がアドバイス。──こうした遠慮のない話ができるのも姉妹ゆえかもしれないが、「私のほうが絶対に女子力が高いです」と答えているように、恋愛やモテに興味津々であることを隠していない。  スキャンダルもなんのその、我が道をゆく奔放な若手女優──。そんな印象も受けるが、一方で週刊誌は広瀬の“苦労人”としての側面を取り上げている。  まず、「女性自身」(光文社)15年3月3日号は、広瀬の父親がいまから4年前に脳卒中で倒れ、〈長期にわたって入院生活を続けており、一家は、祖父から相続した家や土地を手放さざるをえなかったようだ〉と報道。そして、芸能界に興味をもっていなかった広瀬が「ミスセブンティーン」に応募した理由を、中学1年の彼女が「家計のために自分も働かなきゃ」と考えたからだ、としている。  この「女性自身」のほかにも、「週刊新潮」(新潮社)や「FLASH」(光文社)も広瀬のこうした「家庭の事情」を伝え、“現代のおしん”のように広瀬を紹介している。家業だった看板屋も閉鎖し、経済的にも厳しいなかで家庭を支えるべく、姉と同じ芸能界を目指した少女。……そう聞かされると、たしかに「しっかりしたお嬢さん」という印象が強くなる。  実際、『海街diary』で共演している綾瀬はるかは、広瀬のことをこんなふうに評している。 「すずは一六歳なのに、芯がちゃんとあるんですよ。自分は何が好きでどういうことをやりたいかっていうのを持っているよね」 「人に流されていないし、すごいなと思うんですよね。そのちゃんと芯のある感じが欲しい(笑)。私の十六歳の頃なんて、まだ女優として生きていきたいとかそういうことは全然考えられなかった」(「文藝春秋」7月号/綾瀬・広瀬の対談より)  16歳とは思えない芯の強さ。しかしそれは、週刊誌が書き立てるような“家族の事情”だけに立脚するものではないはずだ。  たとえば、異例の抜擢で広瀬がヒロインを演じた連続ドラマ『学校のカイダン』(日本テレビ系)は、一説には、現在、独立騒動の渦中にある能年玲奈が当初キャスティングされていたという。いわば広瀬は代打だったわけだが、彼女はインタビューで「何度も台本を読んで、自分で言葉を理解したい。せりふって感じではなく、広瀬すずとして言えたらいいな」(「月刊テレビジョン」15年3月号)と意気込みを語っていた。事実、彼女の等身大の演技は視聴層だった小中学生のあいだで共感を呼び、一躍人気を獲得。棚ぼたでやってきた仕事ながら、それを彼女は自身のビジョンをもって成功に変えたのだ。  ちょっとエロいプライベートの顔も、家族を支えるしっかり者の顔も、そして女優として全力投球する顔も、すべて16歳の少女の一面にすぎない。でも、その多面性は彼女の大きな魅力だ。ちなみに、前述した綾瀬の「芯がちゃんとある」という評価に対し、広瀬はこう答えている。 「分かります?」  先輩女優を相手にしても余裕の堂々さ。大物の予感、大である。 (大方 草)

ビヨンセ、盗作疑惑で8億6000万円超を求める訴訟を起こされる

ビヨンセがバックシンガーから700万ドル(約8億6500万円)を求める訴訟を起こされている。アハマッド・レーンがビヨンセのヒット曲『XO』は自身の曲の盗作だとしてビヨンセ、ビヨンセの運営するパークウッド・エンターテイメント、コロムビア・レコードを相手取って訴訟を起こしている。 アハマッドはビヨンセの現バックシンガーを務めるクリッシー・コリンズと共に他のアーティストのために仕事をしていた際、自身の曲『XOXO』の音源を渡したが、その後クリッシーを通じてその曲がビヨンセの手にも渡ったと主張している。 しかしながら、レイダー・オンラインが入手した法的書類によると、ビヨンセはアハマッドの主張を真っ向から否定しているようだ。「おそらくXとOという文字を使った以外は、2つの曲の間に歌詞やメロディーに類似性はなく、まったく異なる曲である」「この2曲は主題において完全に異なっている」「メロディーの内容(に相違がみられ)、ピッチ、リズム、リズム構造、メロディー展開または構成において、意味を持つ類似性がみられない」 さらに、ビヨンセはアハマッドの曲は「著作権登録」がなされていないことを指摘した上で、700万ドルもの損害賠償請求の取り下げを求めている。

ミオヤマザキ、感覚ピエロ、R指定……ネガティブな歌詞表現を昇華するバンドたち

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ミオヤマザキ『大人がダメって言ったヤツ』(ERJ)

【リアルサウンドより】  「歌が勇気をくれた、共感した、価値観や人生観が変わった」といった言葉が聞かれるように、音楽は生きるうえで絶対に必要なものではないかもしれないが、人の心を動かす力がある。心に響く歌、現実を忘れさせてくれる歌、背中を押してくれる歌……そうした歌に突き動かされることも多いだろう。だが、実際に落ち込んだときには、優しさや励ましの言葉をかけられるよりも、同じ悩みを抱えているのは自分だけではないということを知ることで、妙な安堵感を得られることがある。苦悩、葛藤、不安、劣等感といった“負の感情”を、詞(ことば)に、音楽に、サウンドに、昇華していくバンドは、決して万人受けするとはいえないが、悩みを抱えたひとには深く訴えるものがあるのではないか。必要とする人は必要とするだろうし、要らない人にはずっと要らないまま、そんな存在の音楽を紹介したい。

悶々とした気持ちを言葉にするネガティブ系ロック

 Coccoは〈太陽まぶしかった 泣くことさえできなくて 雨ならきっと泣けてた〉と歌い、syrup16gは〈したいことも無くて する気もないなら 無理して生きてる事も無い〉と叫んだ。悶々とした感情を綴る歌は、90年代に台頭したオルタナティブ・ロック〜ラウド・ロックの影響もあり、メジャー感とは一線を画すサウンドとの親和性とともに、いつしかロックシーンの一端を担っていった。そして数々のネガティブな、しかし優れた表現が紡がれる。

Lyu:Lyu

Lyu:Lyu "メシア" (Official Music Video / Directors cut ver.)

 死にたくなるくらいつらい、でも死ぬのは怖い。明日に怯え、未来に絶望する。そんなやり場のない焦燥感を赤裸々に歌うのが、Lyu:Lyuだ。野太い声ながらどこか切なさを感じるコヤマヒデカズのボーカル。絶望的な言葉を力強く歌う声が心に深く突き刺さる。彼らの演奏は、すべてを吐き出すことによってこそ、見いだせるものがあるのかもしれないと思わせてくれるのだ。3ピースならでは荒々しさと、絶妙に作り込まれたバンドアンサンブルが同居した、高い完成度の楽曲が魅力的なバンドだ。

Lyu:Lyu “ディストーテッド・アガペー”(Official Music Video)

シニカルな音楽ビジネス風刺

 反体制的な思想は、ロックのスタイルとして古くから確立されている。そうした態度は、社会や政治に対してはもちろん、固定観念の多い音楽ビジネスや市場に対しても示されてきた。斬新かつ自由な発想で、既存の価値観に反抗するのが彼らのやり方だ。

感覚ピエロ

感覚ピエロ「A-Han!!」MV

 感覚ピエロは、ヒットチャートに迎合するだけの音楽や、それに抗う姿勢を見せながらもどこか媚びているような音楽を痛切に批判する。「リア充を爆発」させようと、他愛のないどうでもいいことをあえてテーマに据えながらも、高い演奏力と音楽センスで打ちのめすのだ。上記楽曲「A-Han!!」では、〈4つ打ち待って頂戴 テンポが足りない 4つ打ちばかりでなんだかうんざりだ〉と近年のロックシーンでは供給過多気味とも思える常套手段を、軽快なテンポに乗せた4つ打ちダンスビートで皮肉る。プロモーションはライブとクチコミがメインという、昨今の音楽ビジネスの潮流に逆らうような独自のスタンスで多くの音楽ファンを唸らせてきたが、6月9日、ついに全国流通盤をリリース。今、もっとも注目すべきバンドのひとつといえよう。

ミオヤマザキ

ミオヤマザキ STUDIO LIVE “初めまして、ミオヤマザキです。私達、ちゃんとバンドです。”

 メンヘラの彼女とその彼氏にまつわる謎解き脱出ゲーム『マヂヤミ彼女』をご存知だろうか。同作は旅行中に、彼女が温泉に入っている最中の彼氏のスマホを覗き見するという、今どきのリアルな恋愛事情が垣間見れる設定の面白さから、若い女性を中心に爆発的なヒットを飛ばしたiPhoneアプリだが、これはミオヤマザキのプロモーションとして作られたものだ。ミオヤマザキは、“メンヘラ”や“屈折した偏愛”といったフレーズが飛び出すキレキレの歌詞と、ぶっ飛んだオルタナロック・サウンドで胸ぐらをつかんでくるバンドだ。露出はほとんどなし、“スレ(ライブ)”でも顔はほとんど見えないという謎めいたバンドであるが、先日アップされたスタジオライブ動画ではバンドとしての真価を発揮。圧倒的な存在感を放つボーカルを擁し、その歌声を支える重厚なバンドサウンドは緊迫感に満ちている。自主規制のミュージックビデオなど、奇抜なプロモーションが話題になることが多いが、やさぐれた不良性のロック、ラウドロック、オリエンタルなオルタナティブ性など、ロックバンドとして多大なるポテンシャルを秘めた猟奇的なバンドだ。

ナルシズム、狂気、中二病……ヴィジュアル系の世界

DIR EN GREY

 堕天使、薔薇、十字架、生と死……良くも悪くも“中二病”ともいわれるナルシズムを色濃く演出するのがヴィジュアル系シーンである。元来『ジキル博士とハイド氏』や『ジキルとハイド』といったゴシック・ロマンス小説をベースとして生まれたゴシック・ロックの影響下が強く、幻想的、耽美的ともいえる徹底した非現実的世界観を構築してきた。そんなシーンの中でも特に異彩を放ち、独自の道を切り開いたのはDIR EN GREYだろう。痛み、苦しみ、憎しみ……感情を叩きつけるような言葉と狂気性を帯びたサウンドは、単純にジャンルで括るのは難しい。また、海外進出するには英語で歌わなければならない、という既成概念を崩したのも、彼らの功績のひとつだろう。

2011年のパリ公演。「激しさと、この胸の中で絡み付いた灼熱の闇」という、日本人でも難しく感じそうな言葉を大合唱するフランスのオーディエンス。

Plastic Tree

 彼らとは対象的に、陰鬱な退廃美を醸し出すのはPlastic Treeである。幻想文学的な文体、儚さを感じさせる中毒性の高いボーカルと、シューゲイザーやドリーム・ポップといったイギリスのサウンドをいちはやく取り入れたサウンドは、シーンにおいて孤高感を漂わせる。孤独から生まれる壮絶なる破壊衝動がDIR EN GREYなら、からっぽな世界の孤独感「誰にも知られずに消えてなくなりたい」のが、Plastic Treeだろう。

3拍子と文学的言葉遊びの絡み方が絶妙な「影絵」

R指定

【公式】R指定『病ンデル彼女』PVSPOT

 そんなダークな印象の強い同シーンだが、反面、きらびやかなバンドも現れ、多様化も目立っている。中でも独特の彩りで歪んだ病的さを演出しているのが、R指定である。「病ンデル彼女」「青春はリストカット」「毒盛る」など、いかにもな楽曲タイトルが目立つが、メロディーはキャッチーで「死にたい」とリズミカルに歌っているのが印象的だ。ロック、ポップス、歌謡曲といった様々な要素を融合し、高いアレンジ力でおいしいリフを巧みに組み立てたバンドアンサンブルは、一聴の価値があるといえる。「重い、痛い」とも言われるこの分野に、ある種の親しみやすさを持ち込んでしまったそのセンスは、特筆すべきだろう。

独自の視点で表現するバンドたち

 ひとの心に訴える歌詞を書こうとすると、どうしても直接的な表現、インパクトのある言葉になりがちであるが、少し視点を変えて独自の表現を紡ぐバンドもいる。ひとつのことを伝えるのに、十人十色の表現方法があるというのも日本語の深いところである。

arrival art

arrival art 『独り舞台』

 人との出会い、交わされる言葉……苦悩や渋難というほどでもないが、ふとした日常に思うこと、誰もが抱えるような葛藤、揺れ動く心情変化を淡々と紡ぎ出すバンドが、arrival artだ。決してありきたりではない言葉の数々は、優しく語りかけるように、時にストレートに聴くもの心の隙間にスッと入ってくるのである。3ピースのストレートなギターロックながらも、クリーンサウンドを主としたギターサウンドだけで静と動を操るサウンドメイクは圧巻である。

BUGY CRAXONE

BUGY CRAXONE「ナポリタン・レモネード・ウィー アー ハッピー」Music Video

 メジャー時代はアルバム『歪んだ青と吐けない感情の底』に見られるような、痛切なメッセージと感情を吐き捨てるようなバンドだった。鈴木由紀子の歌は、うかうかしていると刺されるかと思うくらい鬼気迫るものがあった。しかし、インディーズに活動を移し、いつからか肩の力の抜けたボーカルスタイルに変わっていった。楽曲タイトルも歌詞も、漢字を極力使わず、平仮名、カタカナになり、誰もが口ずさめる簡単な言葉選びをするようになった。「ナポリタン、レモネード」といったなんの変哲もないように思える言葉も、素朴な残りもので作る料理、酸っぱい果物で作る甘い飲み物、といったささやかな日常で作り出せる小さなしあわせだ。そこには、音楽シーンの表と裏を見てきたからこそ、音楽を奏でることの喜びを見いだしたバンドならではの達観した価値観があるのではないか。字詰めの多い日本語ロックの中では珍しい、少ない言葉選びによるメロディーが、絡み合うギターサウンドとともにイギリスでもアメリカでもない、アイリッシュ〜ケルティック・パンクに通ずる独特のバンドサウンドを構築している。

今注目される、“リリック・ビデオ”という存在

 近年世界的に広まっていているのが、音楽と歌詞で構成される、“Lyric Video(リリック・ビデオ)”である。フォントやタイポグラフィといったデザイン主体で、元はグレイトフル・デッドのマーケティングさながら、ファンによる自主制作で広まったものである。海外では動画サイトにおけるプロモーションの主力として、ミュージックビデオとは別に導入されることも多いが、そうした映像はここ最近日本においても増えてきている。

MERRY

独特の言葉選びが文字による強烈なインパクトを与え、レトロなデザインがこのバンドの色を強く打ち出している、MERRY「千代田線デモクラシー」

ハルカトミユキ

リリック・ビデオとミュージック・ビデオの間にあるような、ハルカトミユキ「春の雨」。断片的な言葉の羅列ながらも“刺さる”の日本語の美しさを感じる。

 ここ数年で音楽の聴き方は大きく変わっている。日本でも本格的に定額制音楽配信サービスの機運が高まった。CDだってパソコンに取り込んだら、すぐにラックに仕舞ってしまうことも少なくない。お気に入りのアーティストや楽曲を、歌詞カードを眺めながらじっくり聴くという行為は減っているのかもしれないが、一方で リリック・ビデオのように、歌詞を楽しむ新たな方法も提示されている。そんな時代だからこそ、音楽における詞(ことば)の重要性は高まっているのかもしれない。 ■冬将軍 音楽専門学校での新人開発、音楽事務所で制作ディレクター、A&R、マネジメント、レーベル運営などを経る。ブログtwitter