戦争を放棄せよ! 軍事力がなくても侵略と闘う方法はある、自由のために闘える!

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『独裁体制から民主主義へ~権力に対抗するための教科書~』(ちくま学芸文庫)
【本と雑誌のニュースサイトリテラより】  日本に戦争の途を開くための所謂戦争法案の成立をめぐる攻防がいよいよ大詰めを迎えている。  この法案が、米国の戦争に日本が参戦できるように、米国の指示に従ってつくらされていることは誰もが知っている。ところが安倍政権とメディアは中国を仮想敵国に仕立てあげて侵略の危機をあおることで、戦争への動員をはかっている。  中国が攻めてくる、だと? 馬鹿いうな。  株価がちょっと下落したらあわてふためいているように、中国なんぞ「社会主義」を僭称しようと下半身はずぶずぶの市場経済だ。米国に次ぐ第二位の貿易相手国である日本を破壊する気なんてあるのかよ。政治対立が激化しているかに見える2014年においても両国の貿易総額は伸長を続け、過去最高額となっている。あるいは、日本国債を最も保有してる国はどこだと言えば、それは2010年からずっと中国だ。中国が日本国債の放出を匂わせることで国債を暴落させ日本経済を混乱に陥れることもできる。いずれにせよ、日本経済が機能しなくなったら、自国の経済が大打撃を受けるはずだ。  そのように経済だけみても日中は複雑に絡み合ってる。沖縄に米軍基地があるから中国が攻撃してこないのだなんて思い込んでるやつはあまりに単純だ。もっと経済や文化を軸にした紛争抑止の外交ができるはずだ。  しかし。中国への信頼を説くのが本稿の目的ではない。中国共産党が信頼だけで通用する相手でないことも当然だ。言いたいのは、戦争推進者の言い分を鵜呑みにするな、ということだ。  さらに、せっかく反戦を唱えているのに、「軍隊がなくて外国が侵略してきたらどうするんだ」と恫喝されて、もごもご口ごもる姿が目について歯がゆい。反戦の旗を掲げる者たちよ。決然と反論せよ。ここに軍事力を用いない政治的抵抗の方法を紹介しよう。  きょうのテキストはジーン・シャープ著『独裁体制から民主主義へ~権力に対抗するための教科書~』(ちくま学芸文庫)だ。本書は1993年に英語とビルマ語で初版が出版されて以来、30カ国以上で翻訳されている。副題の通り、権力に対抗するための方法が具体的に示されたいわばマニュアル本だ。  本書の与えた影響は大きい。ミロシェビッチ政権を打倒したユーゴスラビア「オトポール!」、チュニジアのジャスミン革命をはじめとするエジプト、シリアなどの「アラブの春」と呼ばれる民主化運動、ウクライナのオレンジ革命、ウォール街占拠、香港雨傘運動など、ここしばらくの間に起きた独裁政権打倒/民主化運動には、本書が深くかかわっていると言われる。  また本書のタイトルでは独裁体制から民主主義への移行を示しているが、本文中には「独裁体制または侵略者」という表現があるように侵略者への抵抗方法にも読み替えられる。まずはここではその文脈で読んでもらいたい。  ジーン・シャープは独裁体制を打倒して民主主義と自由の拡大を目指しているが、その最大の特徴は非暴力を徹底して訴えていることだ。それはまず何より「暴力的な方法に頼るのはまさに、抑圧者がほぼ常に優秀となるような闘いを選んでしまったということだ」「たいてい独裁者側にはより優れた軍事施設や弾薬、交通手段、兵士数が揃っている。勇敢さはあれども、民主勢力は(ほぼ常に)かなわない」からだ。だから、相手の得意とする暴力の土俵にのぼらず、非暴力闘争を選べと説いている。  ただし誤解してはいけない。ジーン・シャープのいう「非暴力闘争」は権力に許された範囲内で秩序を守りながらおこなわれる反対運動ではないし、権力の暴力的弾圧に屈することでもないし、選挙を通じた議会内闘争のことでもない。「非暴力闘争」「非暴力抵抗」「政治的抵抗」は相互交換可能な用語として、こう説明される。「『政治的抵抗』は、非暴力闘争(抗議、非協力、そして介入)が挑戦的に、また活発に政治的目的のために使われたものである。この用語は、非暴力闘争が平和主義や、道義的、宗教的な“非暴力”と混同したりゆがめて解釈されたりすることへの対応として生み出された。……この用語が用いられるのは主として、民衆が政権の力の源を容赦なく攻撃し、戦略の計画と運営を慎重に行うことで、政治機関の支配を独裁政権から奪い返すことを指す」したがって、非暴力闘争は、現在の日本社会の空気が許容するお上品な政府への抗議運動の範囲を大きく超えている。合法の枠には収まらず、議会に拠らず民衆が直接行動し、権力を批判するのではなく権力を奪取するのだ。なにしろ、独裁政権を転覆させるんだからな。  ジーン・シャープは具体的な抵抗の方法に先立って、独裁政権を成立させている政治構造を分析している。 「原理は簡単だ。独裁者は統治する民衆の支えを必要とするということだ。これがないと、政治的な力の源を確保し維持することはできない」 「政治的な力の源」とは次の要素で成っている。権威、人的資源、技能と知識、無形の要素、物的資源、制裁。「この政治的な力の源はすべて、民衆側が政権を受け入れ、降伏し、従順することによっており、また社会の無数の人々や他機関の協力によって成り立っている。……民衆や機関が侵略者や独裁者に協力しなくなれば、どんな統治者であっても依存している力の源が枯れていき、時には断たれる。そうした源を失うと、統治者の力は弱体化し、ついには消滅するのだ」  この分析は権力論として正鵠を射ている。政治と言えば権力者の上からの操作に焦点をあてて論じられがちだが、民衆が権力を支えていることが見失われている場合が多い。  では、具体的に抵抗の方法を見ていこう。  巻末に「非暴力行動198の方法」としてまとめられている。ここで、そのすべてを紹介することはできないし、また、これらはそれぞれが簡潔な一言であらわされているだけで、詳細な説明が付されているわけではない。そこで少し解説を補いながら、重要なポイントになる方法をピックアップしていく(数字は198の方法にそれぞれ振られた番号)。  まず「非暴力抵抗と説得の方法」という項目にまとめられている抵抗方法。  ここには「1公共の場で演説する」「3組織や機関による宣言を行う」「38行進をする」などいまの日本の市民運動でも行われているものが多くある。  むしろいまの日本であまりとられていない「経済的非協力の方法」の項目がかなり重要である。 「経済的非協力の方法」の第一は「ボイコット」である。ボイコットは排除や排斥、また不参加、非協力などの意味である。経済的ボイコットとしては、商品を買わない、売らない、土地・家屋を貸さない、家賃を払わない、預貯金を引き出す、などから、対国家へもう一歩踏み込んで、税金を払わない、政府紙幣を拒否する、などが挙げられている。 「経済的非協力の方法」の第二は「ストライキ」である。ストライキは労働者が労働を拒否することによって雇用者と交渉するための手法だが、その規模が大きくなれば、生産の停止が拡大することによる経済的打撃で政権を追い詰めることができる。ヨーロッパではストライキはけして珍しいものではないが、日本では労働者の権利として法的に認められているにもかかわらずまったく姿を消してしまった。あらゆる産業のすべての労働者がストライキに入ることをゼネラル・ストライキ(ゼネスト)という。ゼネストを打たれると政権には大打撃となる。もちろん本書にも「117全体的ストライキ(ゼネスト)を起こす」が挙げられている。加えて「111順法ストライキを起こす」も少し補足しておこう。仕事に就きながらストライキを行うというもので、極度に遅く作業をするなどで実質的に労働拒否と同じ効果を生み出す。列車であれば過度なノロノロ運転によってダイヤを混乱させることなどが入ってくる。これは1970年代の旧国鉄がとった方法だ。  政治的手法としてのストライキを具体的に示しておくと、独裁政権/侵略者が大量の兵士を輸送するには鉄道を利用することが必要になってくるが、ストライキによって停止させる、または順法ストによって実質的効果を損ねることができる。応用として、道路を使った兵器・兵士の輸送に対しては、すべての走行車両が道路上で停車、また過度の低速運転によって妨害ができる。 「政治的非協力の方法」の項目にはいよいよお上品な日本の市民運動、リベラルがとっていない方法、というより非難してきた方法があふれてくる。「124選挙をボイコットする」「123立法機関をボイコットする」「127政府の教育機関から退学する」「128政府支援を受ける組織をボイコットする」「137集会や会合解散を拒否する」「138座り込みを行う」「140潜伏や逃避をし、偽りの身分を名乗る」そして「141“非合法的”な法律には市民的不服従を起こす」のだ。非暴力であっても権力の許容する法の枠組みは突破しなければならない。当然、非合法実力闘争まで進まなければ政権の打倒はできない。一見、微温的に聴こえる「非暴力闘争」はここで合法の枠内にとどまる市民運動に訣れを告げる。ジーン・シャープはあらかじめ、交渉、選挙、クーデター、国外勢力への依拠を否定しているからだ。  そして最後には「174新しい社会パターンを構築する」「192別の経済機関をつくる」などを経てついには「198二重統治や並行政府を打ち立てる」に至る。  ジーン・シャープが紹介する抵抗の方法はこれをもって終える。独裁体制を打倒した後の新しい社会のイメージは抽象的に過ぎて、これに基づいて自分たちの政府を運営するには無理がある。政権を打倒することと政権を運営することは異なった次元に属しているからだ。本書をマニュアルにした運動が独裁政権を退場させた後に、必ずしも安定した民主政権が生んだとは言えないことと無関係ではないだろう。  あるいは、ジーン・シャープはCIAの手先だとか、そこまで言わずとも米国の価値観を他国に押しつけているとの批判もある。ジーン・シャープの活動にそのような要素が否定できないとしても、ここにマニュアル化された事項の多くは歴史的に形成されてきた民衆の不服従/抵抗の手法と言える。躊躇せず使えるものは使えばいい。  あらゆる戦争は自衛の口実からはじまるとは、常に指摘されていることだ。どのような理由が提示されようと、国家のために死ぬ必要もないし、殺す必要もない。戦争を拒絶せよ。軍隊は一切いらない。軍事力がなくとも自由のために闘える。  侵略者と闘うことができるのはもちろんだ。そして、憲法を蹂躙し、国民を戦場に引きずり出そうとする独裁政権とも闘える。  わが左巻き書店には「暴力闘争」「暴力革命」の書物も本棚に多く用意してある。しかし今回はチェ・ゲバラ『ゲリラ戦争』(中公文庫)の次の言葉に従い、非暴力闘争マニュアル本を売りに出した。「政府が、不正があろうとなかろうと、なんらかの形の一般投票によって政権についている場合、または少なくとも表面上の合憲性を保持している場合には、ゲリラ活動には多大の困難が伴うだろう。非暴力闘争の可能性がまだあるからである」  だが。次回はそろそろ「暴力」本を用意しないといけないようだな。その季節が到来は遠くないかもしれない。 (左巻き書店店主・赤井歪)

イギリスの男性アイドルが着すぎにより機内で気絶!

イギリスのボーイバンドに所属するジェームズ・マケルヴァー(19)が、12枚もの重ね着をしたことにより機内で熱中症になり気絶してしまったという。ジェームズは格安航空のイージージェット社機内の乗り込もうとした際、手荷物が多すぎるとして搭乗を拒まれ、その荷物を「捨てるか着るか」の選択をスタッフから迫られたという。そこで着ることを選んだジェームズは、45ポンド(約8600円)の追加料金を避けるためにジーンズやトップス、ジャケットなどを重ね着することにしたのだそうで、「係員の女性は1個バッグをあきらめなきゃ乗らせてくれないって言っていたんだ。バンドのメンバーはすでに機内にいたから荷物を渡すこともできなかったんだよ。それで45ポンドを払ってその飛行機に乗るか、翌朝の飛行機に乗るか、洋服を捨てるか着るかするように言われたんだよ」とその状況を説明している。 しかし、結果的にはそのことで熱中症を起こしてしまったそうで「もうだめかと思ったよ。心臓発作でも起こしたのかと思ったね」とジェームズは振り返った。 イージージェット社はこの件について、ジェームズは同社の通常規定通り、追加料金を払うという選択肢も与えられていたとコメントしている。

AKB48の新曲「ハロウィン・ナイト」は「恋チュン」を超えるか? 指原莉乃センター2曲のサウンドを比較

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AKB48公式HP

【リアルサウンドより】  AKB48が8月26日に41thシングル『ハロウィン・ナイト』をリリースする。  同作の表題曲では、6月6日に開催された『AKB48 41stシングル選抜総選挙』で、再び1位に返り咲いた指原莉乃(HKT48)がセンターを務めている。振り付けも以前に指原がセンターを務め、大ヒット曲となった「恋するフォーチュンクッキー」と同じパパイヤ鈴木氏を起用していることから、同曲を強く意識していることが伺える。  「ハロウィン・ナイト」自体は、7月4日に放送された『THE MUSIC DAY 音楽は太陽だ。』(日本テレビ系)で初披露されたが、曲調に「恋するフォーチュンクッキー」のような明るさはなく、ダークなディスコ歌謡風に仕上がっている。「恋するフォーチュンクッキー」を強く意識していたリスナーからは賛否両論の声が挙がっているが、「ハロウィン・ナイト」の音楽的な仕掛けとは何なのだろうか? 当サイトで楽曲分析記事を執筆しているトレモロイドの小林郁太氏は以下のように語った。  「『恋するフォーチュンクッキー』は、50年代のアメリカ音楽に多く用いられている『ドン、タン、ドドタン』というリズム進行に、70年代のソウルっぽさを加えた楽曲ですが、『ハロウィン・ナイト』は田原俊彦や近藤真彦などの楽曲を思わせる、日本の80年代ディスコ歌謡を踏襲した一曲です。また、『ハロウィン・ナイト』のダークな雰囲気は、短調ではないですがマイナーコードを多用しており、歌メロの印象が強い『恋するフォーチュンクッキー』に対し、メロディを削ぎ落としてリズムを強調している楽曲といえるでしょう」  続いて同氏は「ハロウィン・ナイト」と「恋するフォーチュンクッキー」において共に用いられている“ヒットの仕掛け”についてこう述べる。 「80年代の歌謡曲は、演歌や民謡を踏まえたような、日本人にとっては親しみやすい“短調で合いの手や手拍子を入れやすいリズム構造”のものが多く、『ハロウィン・ナイト』も2小節ごとにリズムのブレイクポイントを用意しています。これは『恋するフォーチュンクッキー』も同じで、楽曲全体が歌メロの流れに合わせて4拍目をスネアとベースで落とす構成になっており、1小節ごとに完結しながら同一のリズムパターンで進んでいく。つまりメロディラインこそ違えど、『ハロウィン・ナイト』も『恋するフォーチュンクッキー』と同じ『みんなで踊りやすい』という機能をしっかり搭載していることがわかります」  最後に、同氏は“80年代ディスコ歌謡”とした「ハロウィン・ナイト」について、当時の楽曲と異なる点について語った。 「『ハロウィン・ナイト』には当時の歌謡曲と違う部分が、大きく一点あります。それはサビの抜け。Cメロの抜けは、5度(C)のコードを使っているのですが、日本歌謡風にしたいならA7のコードで短調らしく抜くのがベターでしょう。しかし『ハロウィン・ナイト』では、あえてサビの抜けを長調の定番である5度(C)にすることで、現代のJ-POP風の明るい盛り上がりポイントを作っています。新しさと懐かしさを同居させ、幅広い年代層が聴いて踊れる、という『恋するフォーチュンクッキー』と同じ狙いを、少し異なるアプローチで試みていることが楽曲から見て取れます」  同じ指原のセンター曲ということで、世間からの期待が高い「ハロウィン・ナイト」。同曲はどこまで広い層へリーチできるか。リリース以降の動きも引き続き追いかけたい。 (文=向原康太)

「クリスチャン・ベイルなみの根性」 実写版『俺物語!!』主演・鈴木亮平の役作りに称賛の声

オタクに"なるほど"面白い!オタクニュース・ポータル「おたぽる」より

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映画俺物語!!公式サイトより。
 10月31日に公開予定の実写映画『俺物語!!』のポスターと予告編が解禁された。主人公の猛男が現実離れしたキャラクターのため、実写化には不安の声も上がっていた『俺物語!!』。しかし今回解禁されたビジュアルへの反応はおおむね好評のようで、特に、主演である鈴木亮平の役作りに称賛の声が上がっている。 『高校デビュー』の河原和音氏・原作、『ヤスコとケンジ』のアルコ氏が作画を務める少女マンガ『俺物語!!』は、巨体で正義感が強い主人公・猛男と小柄で純粋な女の子・大和とのコメディ要素の強いラブストーリーで、現在テレビアニメも放送中の人気作。しかし猛男は、少女マンガに登場するいわゆる“イケメン”とは違い、体重120キロの“男の中の漢(おとこ)”。そこが同作の良さなのだが、同時に実写化は難しいキャラクターと言われていた。  そんな中、『俺物語!!』の実写化が発表され、注目の猛男役はマンガ『TOKYO TRIBE』や『究極!!変態仮面』の実写映画に出演した俳優・鈴木亮平と明かされた。そこで注目を集めたのが、鈴木亮平の役作りだった。 「おたぽる」で続きを読む

美輪明宏が「安倍首相も自民党に投票した人もまず自分が戦地に行きなさい」と一喝!

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美輪明宏・公式サイトより
【本と雑誌のニュースサイトリテラより】  昨日、本サイトで、スタジオジブリの宮崎駿監督が、外国特派員協会主催の記者会見で、安倍政権を痛烈に批判したことをお伝えした。同じく高畑勲監督もまた安保法制と改憲への動きに強い懸念を表明しているスタジオジブリだが、そんなジブリが無料で配布している小冊子「熱風」の8月号で、ある人物が舌鋒鋭く安倍首相をこき下ろしていることは、まだあまり知られていないだろう。  その人物とは、ジブリ作品にも声優として参加している、あの、美輪明宏だ。「熱風」で始まったジャーナリスト・青木理氏によるインタビュー連載で、第一回のゲストとして登場。「戦後70年」をキーワードにするこの対談のなかで、美輪は安倍首相らにこんな提言をしている。 「(人間は)失敗を繰り返してばかりいる。安倍さんや、石破(茂)さんや、麻生(太郎)さんにしても、みなさん、言い出しっぺの責任を取っていただいて、徴兵制になるならば、まずご自分が、年齢に関係なく、鉄砲を担いで、鉄兜をかぶって、まず第一線に出ていただく。それから、お子さんも、孫も、きょうだいも、それから娘さんのボーイフレンドも、全部一緒に連れ立って第一線に、まず最初に出ていただく。もちろん一兵卒でね」  それほど戦争がしたいのならば、首相自ら親族も含めてお手本を見せてもらいましょう──記事を通読すれば、これは冗談でも皮肉でもなく、美輪の本気だということがわかる。ある年代より下の人たちからしてみると、あの紅花色の髪色と『オーラの泉』などでの“スピリチュアル”イメージが強いだろうが、今年80歳になった美輪は、長崎で原爆にも被爆している戦争体験者である。青木氏との対談のなかでは、むしろ冷徹なまでの口調で安倍政権の本質をえぐり、安保法制について、自身の戦争体験談を交えながら分析する。 「私は笑ってますね。学習能力がないということでしょう。第二次大戦と同じ。歴史に学んでいないんです。  日本は、実は戦争ができない国、不可能な国です。大正10(1921)年に暗殺された原敬が言っていたように、日本には何の資源もない。石油も鉄もニッケルも、何も採れない。食料自給率もいまや40%を切って、ほとんど輸入に頼っている」 「とにかく知力が足りないんです。あるのはやまいだれの方の『痴力』。それと情念。それだけ」  美輪は、太平洋戦争は“横綱に赤ん坊が戦いを挑んだようなもの”として、日本が「知力が足りない」為政者によって、いかに無謀な戦争へと突き進んでいったか強調した上で、安倍首相が「またそれと同じようなことをやろうとしている」と言うのだ。そして、“現在の日本は世界最強のアメリカの手先になろうとしている”と指摘する青木氏に対し、こう返す。 「そんなに甘く考えたら大間違いですよ。だって、アメリカ国債を世界で一番持っているのは日本だったけれど、それが追い抜かれちゃって、中国が世界一になった。最近、中国がちょっと景気減速して日本がまた抜き返したけれど、それでも中国はアメリカ国債を大量に保有しています。アメリカ経済をガタガタにしようと思ったらできる。なのになんでアメリカが日本だけの味方をしてくれます? 甘いですよ」  さらに、安倍首相が安保法制で法制化させようとする自衛隊による後方支援については、「要するに兵站でしょう」「その兵站を叩くのは戦争の常識です。そこらへんのシビアさというのは、戦時中の人間でないとわかりません。戦争ってそれぐらい卑劣なものですから」と断じて、さらにこう畳み掛けるのだ。 「もうひとつ、日本は(戦争を不可能にする)抑止力を自分たちで作っちゃったんです。原発です。日本の沿岸をなぞるように50数カ所も原発を作っちゃった。今は特攻隊の時代じゃない。ミサイルや無人爆撃機の時代です。原発を狙われたら一巻の終わり」  美輪は、安倍首相が防衛力増強の重要性を語りながら、その一方で国防上の弱点である原発という“爆弾”を維持し続けているという矛盾を鋭く指摘。そして手厳しい批判を、安倍政権だけでなく、選挙で与党に票を投じた人々にも投げかけるのだ。冒頭に引用した“安倍首相とその家族自らが先に戦地へ行け”という発言は、こう続く。 「それから、それに賛成している選挙民の人たちも、ご自分が支持して選んだんだから、選挙民もまず一家を挙げて、どうぞ出征してくださいって。男の方たちは、ご自分が殺し、殺されにいきたいんでしょ。どうぞ、いらしてください。それだけですよ」  そこで青木氏が、こうした国民に対して伝えたいことはなにか?と訊いても、「別にないですね。そのときにならなければ人間というのはわからないんです」と冷たく言い放つのだ。  美輪がここまで国民の責を問うのにはわけがある。たしかに安倍自民党は、先の衆院選でアベノミクスによる経済成長を掲げて議席を守った。しかし美輪は、安倍政権の真の狙いが安保法制であることを早くから見抜き、メディアを使って発信してきた。たとえば衆院選の直前、スポーツニッポンのインタビューではこう語っている。 「国民は経済問題ばかりに目を奪われてはいけません。実はその裏に日本の将来を揺るがしかねない重要な争点が隠されているのです。それは、『集団的自衛権』行使の問題です。(略)きっと首相は、国会で自分の都合よく安保関連法案を通すためには、この時期に選挙をしておくのが最も良いタイミングと判断したのでしょう。(略)ここで再び衆議院で安定多数の議席を確保しておけば、「国民からの信任を得た」と、任期の向こう4年間、首相はやりたい放題好き勝手に、きな臭い「積極的平和主義」とやらを進められると踏んだに違いありません。(略)  いつの時代も犠牲を強いられるのは、弱い立場の人間なのです。こういう世の中で果たしていいのでしょうか。そういう流れを止めるのも、有権者みなさんの大切な1票に他なりません。よくお考えになり、投票所に足をお運び下さい。日本の未来を良くするも悪くするもあなたの責任なのですから」(「スポニチアネックス」14年12月12日)  少なくともあのとき、国民は安倍政権の本質を見抜いていなければならなかったのだ。いち早く安倍政権が目指す「戦争のできる国」に抗ってきた美輪明宏だからこそ、忸怩たる思いで「殺し、殺されに行け」と強い言葉を投げかけるのだろう。  美輪が言うように、「そのとき」になるまで、われわれは過ちに気がつけないのか。現在の安倍政権は、誰がどう見ても、完全に“暴走状態”に突入している。そんななか、われわれにできることはなにか。ひとつは、国民の声で安倍政権の支持率をさらに下げ、解散に追い込み、次なる選挙で自民党にだけは投票しないようにすることだが──。 (小杉みすず)

松隈ケンタ×木之下慶行が明かす“コンペ必勝法” 「イントロはエゴを抑え、とにかく短くするのが大事」

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【リアルサウンドより】  音楽を創る全ての人を応援したいという思いから生まれた、音楽作家・クリエイターのための音楽総合プラットフォーム『Music Factory Tokyo』が、木之下慶行(以下、木之下)と、松隈ケンタ(以下、松隈)による対談記事を公開した。  同サイトは、ニュースやインタビュー、コラムなどを配信し、知識や技術を広げる一助をするほか、クリエイター同士の交流の場を提供したり、セミナーやイベント、ライブの開催など様々なプロジェクトを提案して、未来のクリエイターたちをバックアップする目的で作られたもの。コンテンツの編集には、リアルサウンド編集部のある株式会社blueprintが携わっている。リアルサウンドでは、今回公開された対談の前編を掲載。同記事では、AKB48やさんみゅ~、アイドリング!!!の作編曲を手掛け、Sonar Pocketではサウンドプロデューサーとしても活躍する木之下と、でんぱ組.incやEspecia、中川翔子などの作編曲を手掛け、BiS、BiSHでは全曲のサウンドプロデュースを務めた松隈という同学年の2人が、それぞれ音楽を始めたきっかけや、バンドとしてのキャリアと音楽作家に転身した理由、そしてコンペの必勝法について語り合ってもらった。

「初めからバンドでプロになろうと思っていた」(木之下)

――同い年の2人ですが、それぞれ音楽を始めたのは何歳くらいなのでしょうか。 松隈:僕は高校1年生です。中学生の時は周りがやっているのを見ていただけなのですが、高校への合格祝いとして、母ちゃんにジャンプの1番後ろにある通販ページの『ギター初心者5点セット 1万9800円』みたいなのを買ってもらったのが始まりでした。 木之下:僕は幼少期から演歌とピアノを習っていたのですが、どうしてもギターが弾きたくて、小学校6年生の時にギターを買ってもらっていました。当時はギター教室に通ってグループレッスンを受けていました。 ――当時はどんな曲を聴いたりコピーしたりしていたのでしょうか。 松隈:当時流行っていたのはJUDY AND MARYだけど、僕はZIGGYや布袋寅泰さんのコピーをしていました。あとは高校に入ってからレッド・ホット・チリ・ペッパーズやボン・ジョヴィ、レイジ・アゲインスト・ザ・マシーンなどの洋楽ロックやメロコアっぽいポップスにもハマっていきました。でも僕の場合はあまりジャンルで聴くことはなくて、エリック・クラプトンも大好きでしたよ。 木之下:同じく洋楽は高校に入ってからでしたね。僕の場合はメタリカのコピーもしていました。それまではBOOWYやX JAPANをコピーしていて、とくにhideさんのギターが大好きでした。
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――それぞれバンドマンとしてのキャリアもありますが、実際に初めてバンドを組んだのは? 松隈:僕の場合は、ギターを始めた時点で組みました。あとは「お前ボーカルやれ、お前顔がドラムっぽいからやれ」とか、そんなノリですよね。学園祭やライブハウスで演奏したいという気持ちがあったのですが、いざ学園祭でボン・ジョヴィやMr.ビッグのコピーをやってみても、全然盛り上がらなくて。当時対バンで出会った女の子バンドから「ギターがいないだけど、あんたが手伝ってくれるならライブに出るよ」と言われたので、ジュディマリのコピーバンドにも参加しました。いざそのバンドでライブをやったら、メンバーが50〜60人くらい女子高生を集めてきて、めちゃくちゃ盛り上がったんですよ。その瞬間に僕は速弾きを辞めました。「やっぱJ-POPだ!」って(笑)。 木之下:早いですね(笑)。僕が初めてバンドを組んだのは高校2年生の時で、コンテストに出るために組みました。最初はコピーでしたけど、次第にオリジナルとコピーを混ぜるようになりました。松隈さんと違ってそこに気付くのが遅かったので、ずっとハードロックをやっていましたが(笑)。松隈さんはいつオリジナルを? 松隈:当時のバンドでベースを弾いていた女の子がすごく下手で、1弦と4弦を逆に張るような人だったんですよ。 木之下:寝ぼけていたらたまにありますよね。 松隈:それはギターの話でしょ? ベースは4弦しかないのに(笑)。で、JUDY AND MARYの曲はベースが難しかったので、コピーができるように特訓してもらうより、こっちが簡単な曲を作ってあげたほうがいいという話になり、ライブで披露したら大ウケで。「作曲家になるべきじゃないか」と思ったのもこの頃です。 ――具体的にプロを目指したのはいつ? 木之下:僕は、初めからバンドでプロになろうと思っていたんです。だからコンテストでも一応、広島ブロックで優勝して、中国ブロックまで出たのに解散しちゃって。これからどうしようと思っていたところに学校の案内が来て、大学に行ったんですけど、やっぱり曲作りがしたいと思い、今に至ります。 松隈:僕は真逆で、別にプロになろうと思っていなかったんですけど、バンドのメンバーが「音楽で飯を食いたい」って言っているのはカッコいいと感じていて、その影響からか、現在までそういう感覚が続いているだけなんですよね。だからバンドで続けていくことにこだわりはなくて、最初はレコーディングエンジニアになりたかったから、学生時代のバイト先だった楽器屋に就職しました。そこはリペア(修理)とPA業も並行していて、すごく勉強になりました。
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「一聴するだけでその手抜きってハッキリ分かる」(松隈)

――レコーディングエンジニアという職業にピンポイントで憧れた理由は? 松隈:エンジニアというわけではないですが、亀田誠治さんですね。椎名林檎さんの音源を聞いたときに、良い意味で決してきれいではないのに、突き抜けているミックスを聴いて、音自体にものすごく魅力を感じ「もっと勉強したい」と思いました。そして、会社勤めをしながらこっそり東京のスタジオにメールを送っていたら、22〜23歳のとき、某大手スタジオから呼び出されて。当時は仕事もしていたので、何とか合間を縫って通っていたら、そこで「すぐに働くことはできる?」って訊かれたんです。でも、それはその時働いていた会社に筋が通らないのでお断りさせていただきました。アシスタントエンジニアの応募って、だいたい25歳くらいまでなので、そこまではバンドでプロを目指して、ダメだったらエンジニアになろうと決意したんです。で、ちゃんと25歳でメジャーデビューが決まった。 木之下:僕は作曲・編曲などの仕事を貰っていたんですけど、食べていけなくて、着ボイスを録る仕事や、カラオケのMIDIを打つ案件をこなしたりしていました。その後、FENCE OF DEFENSEの西村麻聡さんと知り合って、彼のもとでまたJ-POPやゲーム音楽を作ったりしているうちに、「変なプライドは捨てよう」と思えるようになり、コンペファイターとしての忍耐の日々が続きました。それが24〜25歳くらいですね。 松隈:僕は25歳でメジャーデビューしたものの、全然売れず……。2〜3年でバンドは解散し、当時所属していた事務所が作家のマネジメントもしていたので、スタッフに「バンドがダメでも音楽で食べていきたい」と相談したら、まずは曲を沢山作れと言われましたね。
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――コンペで戦う時期は、大抵の作家に訪れる試練の時期ですよね。2人はそれを勝ち抜いたからここにいるのだと思いますが、そのために行っていた工夫などがあれば教えてください。 木之下:決まる・決まらないは関係なく、とにかくたくさん作ることと、出したことを忘れること。作っていくと、自分の癖や色が分かってくるので、勝負はそこからだと思うんです。 松隈:具体的なところだと、周りから「良いね」って言われた音は何回でも何十回でも使えば良いし、イントロはとにかく短くするのが大事。最初ってとにかくカッコいいイントロを付けようとするし、そこにミュージシャンのエゴが出るから長くなりがちなんですけど、コンペだと何百曲と集まってくるから、それを聴いてくれる余裕はないです。実際にその光景を若手のときに見ていたので、自分はそうならないように、あえてイントロを短くしていました。 木之下:僕がこだわっているのは、とにかくやりきること。昔は「数撃てば当たる」という気持ちでいたんですが、さっきも言ったように、自分の色が見えてきたら、狙いを定めて打つようにする。クライアントからの発注書って、そのまま鵜呑みにするとみんなと同じものが出来てしまうので、まずはじっくり「この人はどういうことを求めているんだろう」と考える。それが決まったらなるべく手は動かしつつ、じっくり作り込みます。どんなに時間がなくても、手は尽くして「この曲の雰囲気はこれでちゃんと伝わる」という段階までは粘るようにしていますね。あと、アレンジはしっかりやった方がいいと思います。少なくともメロディーだけ、コードだけで提出するより、採用される率は間違いなく上がると思います。 松隈:そこに性格が出ますよね。「どうせ後で誰かがアレンジをやるだろう」とか、「後で生ドラムを入れるから、リズムは大味の打ちこみでいいや」と思いがちなんですよ。でも、それをもらった側からすると、一聴するだけでその手抜きってハッキリ分かるんです。ミックスでも「ノイズが乗りっぱなしだけど、エンジニアが消してくれるだろう」という音はハッキリ分かるし、フェードアウトも雑なものがあったりする。そこを1番きっちりやるべきだと、僕は思うんですけどね。 ――もう今は「エンジニアの仕事もとってしまおう」というくらいの気概が必要なのでしょうか。 松隈:そうでしょうね。歌詞も<ラララ~>とかじゃなくて、ちゃんと世界観を入れる。クライアントが世界観を定義することは多いから、そのニーズに合ったものは必ず書くし、そこに「どうせ作詞家が書き直すだろう」という手抜きは入れてはいけない。 木之下:僕、歌詞が苦手なんですよね。もちろん、しっかり世界観を踏まえて仮歌詞を入れますけど。 松隈:それは僕も同じですよ。仮歌詞も一発で通るというより、曲が通ってから「この歌詞をブラッシュアップしてください」と言われて微調整したりします。 後編【「作家として目指すなら最低限パッケージングに耐えうるものを」松隈ケンタと木之下慶行が語るプロデューサー目線の作家音楽(後編)】へ続く (取材・文=中村拓海/写真=竹内洋平)

『D.Gray-man』連載再開も間近!! それでも、不安は“『BASTARD!! -暗黒の破壊神』化”

オタクに"なるほど"面白い!オタクニュース・ポータル「おたぽる」より

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『ジャンプSQ.』内ジャンプSQ.CROWNより。
 今月17日に創刊される「ジャンプSQ.CROWN」のホームページ上で、『D.Gray-man』の連載再開というビッグニュースが発表された。2013年1月を最後に連載がストップしていただけに、再開のニュースにより「待ってました!」「D灰!D灰!(『D.Gray-man』の愛称)」と、ファンを喜ばせている。  2004年に「週刊少年ジャンプ」(以下、「ジャンプ」)で連載が始まった、星野桂氏の『D.Gray-man』。軍事機関「黒の教団」に所属する聖職者“エクソシスト”と、悪性兵器“AKUMA”を製造する千年伯爵率いる「ノアの一族」の戦いを描く人気マンガだ。  しかし、病気が原因で度々の休載となり「ジャンプ」から離れることに。その後、「赤マルジャンプ2009SUMMER」で一話(187夜)だけ掲載し、以降は「ジャンプスクエア」に活躍の場所を移した。しかし、やはり休載が多く、今回の「ジャンプSQ.CROWN」での連載再開のニュースに対しても、「大丈夫なの?休載→移籍→休載→移籍の繰り返しじゃない?」「体大丈夫ですか、星野先生」など、心配するファンの声が多い。 「おたぽる」で続きを読む

安倍政権の疑惑を追及していた「週刊ポスト」編集長が突如の更迭! 背後に官邸の圧力

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菅官房長官の日歯連マネー疑惑をスクープした「週刊ポスト」(小学館)15年5月29日号
【本と雑誌のニュースサイトリテラより】 「マスコミを懲らしめる」「沖縄の2紙をつぶす」発言であらためて露わになった安倍政権の言論弾圧体質。実際、安倍政権はこの間、ずっと自分たちを批判する新聞・テレビに対して徹底的に圧力をかけてきた。一連の朝日新聞バッシング、『報道ステーション』(テレビ朝日)への圧力、『NEWS23』(TBS)への安倍首相自らの恫喝、選挙直前のテレビ局へ圧力文書送りつけ……。  しかし、そのターゲットは、新聞とテレビだけではなく、週刊誌にまで及んでいたらしい。  この7月、「週刊ポスト」(小学館)で、三井直也編集長が就任わずか1年で更迭され、代わりに前編集長の飯田昌宏氏が返り咲くという前代未聞の人事が発令されたのだが、この人事の背後に官邸の圧力があったという仰天情報が飛び込んできた。  あまり週刊誌を読まない読者は、なぜ「週刊ポスト」のような軟派週刊誌に?と思うかもしれないが、三井編集長が就任してからの「ポスト」は、それまでの軟派路線とはうって変わって、反安倍政権の姿勢を鮮明にしていた。毎号のように政権批判が特集され、今年4月には、高市早苗総務相の大臣秘書官をつとめる実弟が関わったとされる「高市後援会企業の不透明融資」問題をトップページで報道。  続いて5月には、東京地検特捜部が捜査を始めた日本歯科医師連盟(日歯連)から、菅義偉官房長官が代表をしていた自民党神奈川県連に3000万円が迂回献金されていたとすっぱ抜いた。大手紙の政治部記者が言う。 「高市さんのスキャンダルは3月くらいから官邸内でも頭痛のタネになっていたね。もみ消しに動いたのが、菅さんだと言われている。高市さんの実弟に問題融資の回収を速やかに処理するよう指示したと言われたし、『ポスト』の報道後、高市さんの実弟が名誉毀損で訴えたのも、菅さんの指示らしい。ところが、その菅さんを今度は日歯連との関係で追及した。官邸の『ポスト』憎しは相当なものだった」    実際、この間、「ポスト」には、官邸から様々な方法での圧力がかけられていたという。  最初に行われたのは、安倍首相との蜜月ぶりがすっかり有名になった幻冬舎の見城徹社長から「ポスト」発行人・森万紀子氏へのプレッシャーだった。 「森さんは同じく小学館の『女性セブン』編集長を務めていた人物ですが、夫がバーニング系の事務所の社長を務めていることもあり、バーニングべったりで知られています。もちろん見城社長とも昔から仲がよく、『セブン』時代には見城社長をネタ元にしていた」(小学館関係者) 「ポスト」は今年2月に、テレビ朝日の放送番組審議会会長である見城社長が審議会で『報道ステーション』は政権擁護もすべきと発言していたことを暴露。それに怒った見城社長が旧知の森氏に裏で執拗な抗議を行っていたという。 「すでにこの時点で、森さんは三井編集長の更迭を考えていたようです。ただ、1年で交代させるのはさすがに難しいということで、時期はもう少し先を考えていた」(同前)  しかし、そこに加わったのが官邸からの訴訟攻撃だった。前述した高市総務相の実弟が関わったとされる「後援会企業への不透明融資」報道をめぐって、高市氏の実弟がすぐさま「ポスト」を名誉毀損で訴えたのである。しかも、三井編集長だけでなく、発行人の森氏に、担当編集者、ライターまでを被告にするもので、さらに、高市氏の実弟は警視庁への刑事告訴まで行っていた。 「『ポスト』の記事は非常に慎重で、高市総務相が会見で否定した『日本政策金融公庫の不正融資に関与していた』というような話はそもそも書いていない。その不正融資が焦げ付いた後に、別の融資会社に口利きをしたという事実だけです。それなのに、民事、刑事両方で、発行人やライターまで訴えた。SLAPP訴訟の典型です」(前出・大手紙政治部記者)  さらに5月、前述した東京地検特捜部が捜査を始めた、菅官房長官の日歯連3000万円迂回献金疑惑の記事に対しても、「ポスト」は菅官房長官から訴訟を起こされたという。 「菅官房長官は報道直後、囲みの取材で『弁護士と相談して、法的措置も含めて、いま、検討している』と答えたきり、一切会見はしていませんが、すでに東京地裁に提訴ずみと聞いています」(同前)  とにかく、この訴訟で発行人の森氏をはじめ、小学館の幹部は震え上がった。そして、慌てて三井編集長の更迭を決めたのだという。後任の飯田編集長は、前述の軟派路線の上、政治的には保守で、むしろ中国や韓国叩きに熱心だった人物。同誌から安倍批判が消えるのは確実と言われている。 「一説には、名誉毀損裁判と編集長人事をめぐって、官邸と小学館の間で、何らかの裏取引があったのではないか、とも言われています」(小学館関係者)  まあ、裏取引はともかくとして、安倍政権と自民党がいま、訴訟に出るという手を使って週刊誌を押さえ込もうとしているのは事実だ。 「高市総務相のケースもそうでしたが、自民党は閣僚や幹部のスキャンダルを週刊誌がやろうとすると、すぐに党の顧問弁護士をたてて、『訴訟するぞ』とプレッシャーをかける作戦をとっています。新聞とテレビは抗議だけで黙らせることができるが、週刊誌はそうはいかない。それで、週刊誌がいま、いちばん恐れる訴訟をもち出して、圧力をかけるわけです。週刊誌もよほどの鉄板の事実がない限り、スキャンダル追及なんてできなくなってしまいました」(週刊誌編集幹部)  安倍政権によって脅かされているのは憲法9条だけではない。「言論の自由」がいま、危機に陥っているのだ。 (田部祥太)

トム・セレック、水を盗んだ罪で訴えられる

トム・セレックが水を盗んだとして訴えられている。カリフォルニア州サウザンドオークスにあるカレグアス市水道局は、トムとその妻ジリー・マックがウェストレイクビレッジに所有する広さ60エイカーのアボカド畑に設置されている商業用水タンクに給水するため公共給水栓を勝手に使用していたとして、ベンチュラ郡最高裁判所に2人を提訴した。E!ニュースが入手した裁判資料によると、トムの所有地はヒドゥン・バレー市水道局の管理区域にあるため、カレグアス市水道局の給水栓の使用は禁じられていたという。しかし2万2000ドル(約267万円)かけて行われた私立探偵の調査では、2015年3月までの間に幾度となくトムの敷地に水が輸送されているところを確認したと報告されたのだ。 さらに2013年にカレグアス市水道局は2人に警告状を送ったにも関わらず盗みを続けたとも主張しているというが、今回のこの事件について今のところトムは何もコメントを出していない。 カレグアス市水道局はトムと雇用者たちに対し、同地区の水の使用の停止、裁判費用と調査費用の支払いを求めているという。 今年1月、カリフォルニア州知事ブラウン氏は州民に対して同州で進行中の干ばつに備えて水の利用を25%減らすよう求めたばかりだった。

「原作読まずに映画撮っただって!?」園子温版『リアル鬼ごっこ』が大炎上! 一部では“逆に”期待の声も

オタクに"なるほど"面白い!オタクニュース・ポータル「おたぽる」より

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映画リアル鬼ごっこ公式サイトより。
『デスノート』(集英社)や『進撃の巨人』(講談社)など、人気マンガの実写化に批判の声も上がる中、今度は小説の実写映画化に対して、批判が殺到している。炎上しているのは、本日11日に公開を迎える映画『リアル鬼ごっこ』だ。  原作は、2001年に刊行された山田悠介氏の小説『リアル鬼ごっこ』(幻冬舎)。“全国500万の「佐藤」姓を皆殺しにせよ!”という謳い文句で話題を呼び、奇抜な発想とスピーディな展開は若い世代を中心に大ヒット、200万部を超えるベストセラーとなった。2007年には、石田卓也、谷村美月、大東俊介といった若手俳優を集結させ、実写映画化。以降、何度も続編が制作され、『リアル鬼ごっこ5』までが劇場公開されている。  そんな『リアル鬼ごっこ』を、『冷たい熱帯魚』や『ヒミズ』などで世界的に高い評価を得ている園子温監督がメガホンを握り、実写映画化に挑んだ。ただし、トリンドル玲奈や元AKB48の篠田麻里子をキャストに迎えて制作された園子温版『リアル鬼ごっこ』は、過去に映画化された『リアル鬼ごっこ』とは少し勝手が違う。  今回の映画化にあたっての園監督のコメントの一部を見てみよう。 「おたぽる」で続きを読む