SHELLYが「安保法反対デモ」肯定して安倍支持ネトウヨからヘイト攻撃受けるも堂々反撃! 肝の据わり方がスゴい

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ネトウヨを一蹴したSHELLYにあっぱれ!(「SHELLY OFFICIAL WEBSITE」より)
【本と雑誌のニュースサイトリテラより】  バラエティでよくその「ど根性」や「男前っぷり」をいじられているタレントのSHELLYだが、あれはテレビ用キャラではなく、素顔も相当に「男前」な女であるらしい。そのことを証明したのが、ここ数日にわたって展開された炎上騒動だ。  始まりは安保法制が強行採決された15日、彼女がツイッターでこんな投稿をしたことだった。 「この時代にこんな事が有り得るの?とテレビを見ながら不信感しかないです」「この状況を戦争を経験された世代はどう感じるだろう?」 「そんな中、今も雨の中デモを続ける方々は本当にかっこいいと思います。若い世代が立ち上がってる事を誇りに思います。日本、どうなっちゃうんだろう。」  さらに、「デモっていいことなんですかね」というファンからの質問に、こう答えたのだ。 「もちろん! デモができる事も、デモをしてでも伝えたい事がある人がいることもいいこと。」  ほとんどの芸能人が炎上を恐れて政治的発言を控えるなか、ここまではっきり自分の意見を言い切り、しかも、日本では偏見の強いデモに対して敢然と擁護してみせるというのは、かなりの肝の据わり方といっていいだろう。  が、SHELLYがほんとうにスゴいのはここからだった。  SHELLYの発言は「保守速報」などの悪質まとめサイトでも取り上げられてツイッターは大炎上。安倍親衛隊のネトウヨたちが次々と彼女に絡んできた。  ネトウヨたちのやり口はいつものパターンだ。 「メディアは嘘を報道しています。デモを影で主導しているのは社会主義者で、既に証拠写真もネット上で出回ってます。」「デモを主導しているのは、社会主義独裁を目指す共産党系の人々です。シェリーさんも報道機関にいる左翼シンパに騙されたのです。」といったデモ=左翼党派の陰謀というデマに、「平和平和と言いながらアベシネとか平気で言っちゃう人等のデモがカッコイイとでも思ってるの?」「人を傷つけるのは決して肯定できる事ではないと思います。今回のデモで何人の方が怪我して逮捕されたかご存知ですか?」と、道徳的なふりをして国民が声を上げるのを抑え込もうとする説教。  ファンのふりをして、「Shellyの事大嫌いになりました もう二度とテレビで顔見たくない」「ファンを辞めます」という嫌がらせ。「生まれて初めて、テレビ番組、そのスポンサーに抗議電話をしようとおもいました。暇なので、明日はヒルナンデスのスポンサーに抗議電話します ^^」という脅しもあった。  さらに、聞くに堪えないようなヘイトスピーチも浴びせられた。 「馬鹿ヤンキー女、日本から出て行け。」 「外国籍のハーフタレントは黙ってろ。」 「ホント、何様のつもりでしょうか。厚顔無恥ですね、参政権も無いくせに、日本国で仕事を貰って生きているくせに。」 「貴女は米韓ハーフなんですか? 一滴の日本人の血も流れていない人が、日本どうなっちゃうんだろ?余計なお世話です。無責任な外人にご心配頂かなくて結構。」  現在、Wikipediaの彼女の項目までこうしたヘイト攻撃によって荒らされている。普通のタレントやアーティストならここまでやられると発言をやめ、場合によっては、ツイッターを閉鎖したり謝罪コメントまで出したりしてしまうのだが、しかし、SHELLYはまったくひるまなかった。それどころか、逆に見事な返しで、安倍親衛隊のネトウヨたちを次々撃破していったのである。  まず、政権批判を「ヘイトスピーチ」にすりかえ、デモを攻撃するネトウヨならではの論理には、「いや、デモに対する偏見がひどすぎる…」「なんだかな…デモで自分の考えを発信して国を変えようと頑張ってる人がいる事をかっこいいと言ったらなんでこんな捉え方になるんだろう?ヘイトスピーチではなくフリースピーチを評価したんですよ。」と一蹴。 「米軍が日本を守ってるんですよ。米国が攻撃されたら助けるのは当たり前ですよね、、、ショックです、、、」という安倍首相が乗り移ったような意見にも、「いやいや、アメリカはダントツで世界一の軍事力を持ってる国です。日本の自衛隊員はアメリカの問題のためには命を落としたくないと思いますよ。」と、冷静に返答して論破。 「ハーフかなんかで「色眼鏡」で見えるのか知らないが」というリプにも、「ハーフがみんな同じ考えって考えが偏見(笑)育つ環境や状況で人それぞれですよ。」と切り返した。  さらに、圧巻だったのは「母親が韓国人」というデマにもとづく「在日」認定への対応だ。 「ねーねー、なんでうちの母が韓国系になっちゃったの??チャプチェが作れるから?(笑)浅はか過ぎてなんにも言えない…」と、ギャグをまじえつつ、反撃。  そして、こうした時に軽妙な、時に本質をつく反論によって、ネトウヨたちは徐々に退散しつつある。  そう考えると、今回のSHELLYの対応は見事というほかはない。自分が一度、主張したことから逃げずに、批判には正面から対応し、ヘイト攻撃にもあくまで明るく、しかしきちんと反撃する。その肝の据わり方は、我々も見習いたいと思うほどだ。  それに比べて、ネトウヨたちのなんと醜悪なことだろう。時代錯誤の国家観に根拠のない陰謀論、論理のスリカエ、さらにはハーフであることをネタにした差別、デマにもとづく「在日」認定……。  しかし、こういう連中がいまの日本の政権を支え、そして政権の側も根っこのところでは彼らと通じているのが現実だ。今後、こうした圧力はますますひどく、卑劣になっていくだろう。  民主主義を崩壊させないためには、私もたちも今回のSHELLYのように、彼らの圧力にひるむことなく、戦争への「NO」を言い続ける必要がある。 (小杉みずず)

『ランボー』第5弾でISとの戦闘はない!

シルヴェスター・スタローンが『ランボー』第5弾の中でイスラム過激派組織イスラミックエステート(IS)と戦うことは無いようだ。ベトナム帰還兵ジョン・ランボーとして『ランボー5:ラスト・ブラッド』に再び登場するスタローンがサンディエゴで行われたコミック・コンの会場で、新作の中でランボーはISと戦うと発表したという噂が流れていたがそのような事実はないとスタローンの代理人はローリング・ストーン・オンラインに話している。「シルヴェスター・スタローンはコミック・コン2015に参加していませんので、ランボーについてそのイベントで語られた公式な発言もありませんでした」「この報道は正確なものではありません」 数々の報道の中ではスタローンが2008年作『ランボー/最後の戦場』の続編となる新作のために同作の製作チームが撮影のためのロケ地を中東で探していると発言したと報じられており、「ISが本拠地としているイラクやシリアの一部を調査しているんだ」「ランボー映画史上最も強烈で現実的な作品をお届けするために地元住民たちと一緒に作業を進めているところさ」などがスタローンの発言として掲載されていた。現在はその情報が誤りであったとして削除されている。 その一方で昨年12月、スタローンは自身のツイッター上で「『ラスト・ブラッド・ランボー』のあとにはギャングスター、グレッグ・スカルパを題材にした映画の撮影だ」と、『ランボー』第5弾の撮影の後にギャングスター映画『スカルパ』の撮影が始まることをファンに伝えていた。

野村義男が語る、ギターコレクターの心得「どんなギターにも、それぞれ全部に意味がある」

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【リアルサウンドより】  300本を超えるギターコレクションを一冊にまとめた『野村義男の“思わず検索したくなる”ギター・コレクション』が6月25日に発売された。本書の登場に「待ってました!」と膝を打ったギターファンも少なくないのではないだろうか。希少なヴィンテージ・ギターから愛くるしいビザール・ギター、ちょっと奇妙な珍品ギターまで、300本を超えるギター・コレクションから伝わる、マニアの真髄とは? 「弾いて、集めて、改造して」と、止まることを知らないギター愛について、本人に語ってもらった。 ※なお、同書に掲載されているギターの話については、<モデル名:掲載ページ>を参照。

「100万円のギターでも1万円のギターでも、買うときの覚悟は一緒」

──まずは、ギターを始めたきっかけからお聞かせください。 野村:姉ちゃんが、かぐや姫や風にハマっていて、アコースティックギターをやっていたんです。でも、当時の僕は隣の部屋でプラモデル作りに夢中。だから、最初は「ギター、うるさいな」というイメージだったし、エレキギターという存在も知らなかった。そんなある日、姉が従姉妹からギターを借りてきて、ギターが2本になったので、「ちょっとこっちへ来い」と呼ばれて。「僕、ちょっとプラモ作りで忙しいんだけど」って言ったんですけど、「いいから、Eマイナー押さえろ、指はココとココ」と教えられて。それが小学校5年生くらいのとき。そこからコードを2つ、3つと教えてもらって、音が変わる面白さを知り、次第に「姉ちゃんの知らないうちにギターがうまくなりたい」と思うようになった。部活で学校から帰ってくるのが遅いときに、勝手にギターを出して、弾いて、みたいな感じでした。 ──そうして次第にのめり込んでいき、エレキギターに出会うわけですね。 野村:中学生のとき、好きな女の子がいて、その子がCharのファンだったの。彼女は当時、流行ってた透明の下敷きに写真を挟んでいたんです。Charの髪は長くて、ペラペラの薄いボティで色の付いたギターを持っている。「僕の持ってるデカくて、穴が開いてるギターとは違うぞ」と思って、ギターを弾いている友達に「これ誰?」って聞いたら「Char」って教えてくれて。とりあえず聴いてみたら「エレキギターって面白い、これはすごいぞ」と。そこからエレキギターに興味が湧いて、本や雑誌を読むようになり、テレビの音楽番組でも、歌っている人よりも後ろで演奏している人を見るようになった。いつのまにか、プラモデルも作らなくなっていたし。それよりも面白いもの見つけちゃったという…… そしたら今、こんな感じです(笑)。 ──300本以上集めてしまった。 野村:いや、集まっちゃっただけなんで(笑)。 ──野村さんの場合は、ギタリストのプレイはもとより、ギターという楽器そのものの魅力にとりつかれたという印象を受けます。 野村:そうそう、今でも弾かないで済むなら、弾かないほうがいいなぁ。ギターが好きなんで。ギターは見ているだけでもいいじゃないですか。綺麗だし。 ──この膨大なコレクションの中で、自慢の1本、特に思い入れの強いギターというと? 野村:やっぱり最初に手にしたギターかな。アリアプロIIの24,800円 <Aria Pro II Stagecaster ST-400N:P12-13> は命懸けで手に入れましたからね。中学二年のとき、お金がないから「後で払う」ってことにして、ギター屋さんから勝手に家に持ち帰ってきた。「死ぬまで使うから!」と親に泣きすがって。半年後にはもう1本増えてましたけどね(笑)。そのときに言った「一生、ギター弾き続ける」だけは守ってますけど、このギターを一生弾き続けるは守れませんでした。これだけ本数があると、ギターのほうが順番待ちだし。 ──高価なヴィンテージものから、比較的手に入りやすい価格のモデルまでありますね。 野村:希少価値や値段が高いものだけが好きなわけではなくて、安いものまで含めて全部が大好きなんです。お土産用のウクレレだって、どっかの南の島でおばちゃんが作っているわけでしょ? それと、レオ・フェンダーが最初に作ったブロードキャスターも、同じレベルで好きなんです。量産型の安いギターでもそれぞれ全部に意味があるという考え方で、高く評価されているギターが一番だとは思っていないんです。だからこれだけギターが集まっちゃったのかもしれない(笑)。でも、100万円のギターでも1万円のギターでも、買うときの覚悟は一緒ですから。 ──ギターを買うときの基準はどういったものでしょう? 野村:一目惚れ。ほとんど衝動買いで、計画的にギターを買うことがない。手に入れてから、「支払いどうしよう?」って考えるタイプです(笑)。出会ったその日に買わないと、次に会うことはないですから。 ──たしかにギターとの出会いって、運命的なところもありますよね。 野村:そうそう。去年、ロサンゼルスに行ったときに、ギターセンター(※全米250店舗以上を展開する世界最大規模の楽器店。LAハリウッド店はギター好きの殿堂)に行ったんです。そこで、写真でしか見たことのない、すごく珍しい50年代のダブルネックが手頃な価格で売られていて。でも、1軒目だったこともあって、あの辺にはほかにも楽器屋やポーンショップ(質屋)があるから、ひとまずはほかの店を閉店時間まで隈なく回ったんです。そして宿に戻り「よし、明日あのダブルネックを買うぞ」と意気込んで、次の日に朝一で行ったのですが、もう無かったんですよ。そういうことを40年もやっていると、「お小遣いが貯まったら買いに行こう」なんて考え方では、完璧にアウトだということに気付くんですよね。 ──なるほど。でも、これだけの数があると、手入れや管理も大変ではないですか? 野村:いや、全然。弾いちゃいけない人たち(ヴィンテージ・ギター)がいますから。やっぱりギターは消耗品だから、弾けばキズも増えるし、フレットも減る、ピックアップの磁力も落ちる、という風に劣化していくんで。何十年も状態を保たれていたものが、僕のところへ来てボロボロになってしまっていいのかなって考えると、そのまま手をつけずに保存する場合も多い。次の世代に継承しなければならない世界遺産ですから。綺麗な状態を保つために、塗装や金属パーツを全部拭いてあげるので、1本しまうのに大体2時間くらい掛かりますけどね。この撮影のために4〜5年ぶりに出したギターもあるんだけど、みんな綺麗な状態だったもんね? 編集部:でしたね。 野村:その辺はみんな勘違いしていて、「全部の弦を張り替えるの大変ですね」という人もいるんだけど、張り替えないって。弦を緩めたりもしない。ネックは弦の張力でベストな状態を保っているので、湿度管理とか環境がちゃんと整備されたところにしまってあげればいいだけ。逆に弾くために手に入れたギターたちはとことん弾きますけれど。 ──弾くためのギター、仕事用のメインギターはどの辺を手にすることが多いですか? 野村:大抵、PRSが多いです。特に白いヤツ <Paul Read Smith Swamp Ash Special "White Bird”:P101> と、Ultra-Qの1号機 <Paul Read Smith CE-22 "Ultra-Q" No.1:P104> 。PRSは本当に素晴らしいギターで、環境、天候関係なくバランスが良いです。雨の中で弾いたらさすがにダメだったけど(笑)。デリケートなギターたちと比べて、仕事でどこに持ち歩いても何の不安もない。フェンダーっぽい音も出るし、ギブソンっぽい音も出る。良いギターだったんで、気がついたら買いすぎちゃって……。以前は、この倍くらいの数があったんですけどね。 ──この“Ultra-Q”の塗装(※クルーズ・マニアック・サウンドが一時期行っていた特殊な塗装で『ウルトラQ』のタイトルバックを思わせるため、そう呼んでいる)を始めて見たときは衝撃を受けました。 野村:これはどうしてもやってみたくてね。出来上がったものをクルーズの店頭(現・フーチーズ)に3本飾っていたら、ポール・リード・スミス本人が来店したんです。すでにポールがこのギターの存在を知っていたみたいで、「サインしたい」と、ヘッドの裏に勝手に書いていったんですよ。彼のサインが入ると、“プライベートストック(※極上の木材を使い、オーダーで作られる同ブランドの最高峰モデル)”になっちゃうから、本当は書いちゃいけないはずなんだけど(笑)。 ──ビザール感というか、B級っぽいギターもお好きですよね。 野村:そうですね。珍しいギターを手に入れたいという人には、「今、一番人気のないギターを買え」と言っています。人気がなければないほど、生産年数も短く製造本数も少ないから、後で探しても絶対に出てこない。ストラトキャスターやレス・ポールといった王道に憧れる人たちには踏み込めない領域でもあるんですけど。たとえば、ギブソンのメロディー・メーカーね、キますよ〜(笑)。実際に、この3ピックアップ仕様 <Gibson Melody Maker III Sparkling Burgundy 1967:P63> なんて、ビックリするくらい高くなっているので。でも、重厚感のあるレス・ポールに比べたら、なんかかわいいじゃないですか。 ──わかります。僕もカラマズー <Karamazoo KG-1:P92> とか持ってるんで。 野村:カラマズーはキませんよ。 ──僕のは赤なんですけど……。 野村:赤は1番本数が多いからキません(笑) ──(一同笑) 野村:でもかわいいよね、キッチュな感じが。 ──そういうビザール趣向と実用性の中で生まれたのが、フェルナンデスの野村義男モデル<Fernandes YN-85:P46>だと思うのですが。これ、実は僕も欲しくて、中古やオークションなどをよくチェックしているのですが……。 野村:高いですよね!? もう作ってないから、もうちょっと欲しいなと思って、僕もチェックしてますけど、高くて買えない。自分のモデルなのに(笑)。

「音が変わることを気にしていたらなにも出来ない」

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──コレクションするだけでなく、カスタマイズや改造、塗装までご自身で手がけることも多いじゃないですか。野口五郎さんから譲り受けたギターを勝手に塗り替えて怒られたという有名なエピソードもありますけど。 野村:ムスタング<Fender Mustang 1976:P42>ね。3回くらい塗り替えて、今はペイズリー柄になってますけど。 ──「サンバーストと黒どっちがいい?」と訊かれたんですよね。それで、サンバーストは渋すぎるから黒を選んだ、と。 野村:その時にサンバーストと言ってたら、ストラトだったんですよ、残念。黒と言ったからムスタングだった。 ──ペイズリー柄もそうですが、雑誌の切り抜きを貼ったりするカスタムもしていますね。 野村:シンディーちゃん<Ibanez RG550 "CINDY" 1987:P81>ね、これ何本も作ったんですよ。“裸のおねーちゃん”シリーズ。 ──昔はペイントだったり、シール貼ったり、みんな色々やってましたよね。僕も昔、雑誌の改造特集で野村さんの記事を拝見して、「雑誌の切り抜きをギターに糊で貼って、楽器屋へ持っていってポリ吹いてもらう」というのを真似したことがあります。 野村:素晴らしい! でも、糊じゃなくて、リキテックスというメーカーの絵の具の薄め液、これを全部指で伸ばして貼るんです、段差が出来ないように空気を抜きながら。でないと、あとでポリ吹いて磨くときにボコボコになる。こっちのギター<Kramer Pacer Early 1980's:P90>は、全部で700枚くらいの切手なんですけど、それも1枚1枚丁寧に指で貼って。ただね、僕、シールを貼るのは許せなかったんですよ。 ──Charさんは結構シール貼ってますよね? 野村:あー、だってあの人、ギター全然知らないもん(笑)。 ──(一同爆笑)
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──この仮面ライダーが入ってるギター<Godin Radiator Cool Sound 1999:P78(写真左)>もすごいですよね。 野村:ゴダン! 今日、持ってきてますよ! 仮面ライダーのオフィシャルバンド“RIDER CHIPS”やってるんで。ライダーなギターはなにかなと考えて作ったヤツ。 ──おお〜。 野村:ちょっと振ってみたら、スペース出来たんで。(ガラガラ振りながら)ほら、あと2〜30体は入るんじゃないかと。昭和〜平成のライダーたちがひしめき合っています。 ──このギター自体の構造はもとからですか? 野村:開けるまで解らなかったんだけど、もとからこういう構造だった。たぶん、そういうアコースティックな鳴りを狙って設計されたんでしょうね。でも、空洞があるならもったいないなと。透明のピックガード作って、最初は電飾入れようかと思ったんだけど、ノイズの問題があるから難しいという話になって。変わりに仮面ライダーを入れることにしました。ショッカーの秘密基地を知っているので、そこに「ライダー、300体くらいお願い出来るかな?」と頼みました(笑)。もともとはホワイトパール柄のピックガードにリッケンバッカーみたいなピックアップが2個ついていたのを、1ハムバッカーにして。そうすれば、もっとライダーたちが入るでしょ。 ──これだけ詰めたら、音は変わりました? 野村:えっ!?  僕は……そんなことを気にしてギターを作ったことがないのでわからないです(笑)。音が変わることを気にしていたらなにも出来ない。色塗り替えたり、雑誌の切り抜き貼っちゃったりしてるものだから、よく「音、変わりませんか?」と聞かれるんですよ。それってミュージシャンシップに乗っ取った素敵な考え方なんだけど。でも、ギターの改造は出来上がったギターの音が、好きになれるか、なれないかじゃないですかね。良くなるか悪くなるかはやってみなければわからない。PRSは色を塗ったことで、結果的に音が良くなったし。「音が悪くなるかな?」って思っちゃう人はそもそも絶対に改造はしちゃいけない。 ──改造をして、「失敗しちゃった」「やらなきゃよかった」みたいなこともあると思うのですが。 野村:白いテレキャス<Fender Telecaster 1978:P34>があるんですけど、ピックガードの下を掘ったんです、重いから。それでわかったことがある。ピックガードの下の木を全部掘っても軽くはならない(笑)。いやぁ、全然軽くならなかったねぇ。まだ重い、フェンダーは頑固だね。 ──座繰りなどの木工も自分でやりますよね。 野村:ウチに木工作業のグラインダーとか、電動トリマーとかはあるんで。コンター加工、ボディーのエッジを取ったりとか、家の裏で「ガーーーーッ」と音立てながらやってます。もともと、プラモ少年だし、家が「野村モータース」というバイク屋で、工具は何でも手に入ったから。今でも修理も含めて、自分が出来る範囲ですけど、夜な夜な家で酒飲みながら弄るのが楽しい時間ですね。 ──今までそうした改造で、一番苦労して作ったギターはどれでしょうか? 野村:あー、ホントに大変だったギターは手放しちゃったんだけど、さっきの“裸のおねーちゃん”シリーズのダブルネックを作るのに、ギター2本くっつけたのは大変だったかな。大工のみっちゃんっていう同級生がいたんですよ。彼の家の工場に夜行って、テーブルと一体化したような電動のこぎりあるじゃないですか。それを二人がかりで「みっちゃん、ここの線まっすぐだからね!」って言いながら、一方のギターは上切って、もう一方は下切って、ボンドでくっつけて……。それで、6弦と9弦のダブルネックを作ったんです。で、“裸のおねーちゃん”の写真を貼って、『シックスナイン』っていう(笑)。でも完成してみたら、まったく使い道がないってことで手放しちゃった。

「ギターの話してるときはみんなに『バカだなぁ』って思われたい」

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──たまに見かける「誰が買うんだろ?」と思っていた奇抜なデザインのギターが、結構たくさん載っていたので「あ、やっぱり持ってるんだ!」とちょっと嬉しくなりました。 野村:そこは誰も行かないところに行かないと! ──リバースV<Gibson Reverse Flying V 2007:P71>も絶妙ですよね。 野村:リバースVは、我慢できなくて売りに出している人もたくさんいますけど。そこを我慢したからこその何かが起きるはず。 ──普通に弾きにくそうですもんね。 野村:いや、ところが座ると最高に弾きやすいんですよ。ネックが上に向いた普通のギターです。それなんですよ、普通は「弾きにくそう」って思ったら買わないですよね。まず、手に入れましょう。そして、「実は弾きやすい」ということを知るのが大切。これは弾きにくいだろうと思っていたけど、意外にも弾きやすかったギターの代表です。逆に、立って弾くと、羽が邪魔して指板が見えないので弾きづらいんですけどね(笑)。ということは、こんなに角は伸ばしちゃいけないんだという、構造的な勉強にもなりましたし。 ──実際、手にしてみて初めてわかることが大切だと。本書にも「“レス・ポールは実は重くない” “ネックが細い1958年もある”というのは、オーナーになってみて初めて言える」と書いていますが、実に説得力のある言葉です。 野村:「テレキャスって、パッキンパッキンだよね」という人もいるけど、「今のは、そうかもね」っていう。昔のモノ、特に50年代のモノはレス・ポールより太い音していたわけだし。だからジミー・ペイジも最初は使っていた。そういうのも自分が実際に買って、音を出して知ったこと。 ──ヴィンテージもののスペックだったり、知識だけで、あたかも所有してるかのように語ってしまうと、誤解も生まれ易いですよね。 野村:オールローズのテレキャス<Fender Rose Wood Telecaster:P36>も、2本あるんだけど、69年製はセミ・ホローで、70年製は通常のソリッド。全部ローズウッドだと重たいということで、フェンダーの苦肉の策でホローボディを作ったと思うんですよ。くりぬけば軽くなると思ったら、重量は変わらなかった。これも両方持っていたらわかるじゃないですか。「オール・ローズ重たいよね、でも掘ってあるヤツは軽いんだぜ、詰まってるヤツは重いんだぜ」って言われても、「ん、想像かな?」と思う。実際はどっちも重たいんだぞと。 ──たくさんのギターを所有して、持ってきたからこそわかることでもありますね。 野村:ギター以外でも、何かしらたくさん集めているコレクターの人たちはきっと同じだと思うんです。たとえば、メガネを集めている人がいたとして、興味ない人には「どれも一緒じゃん、度があってればOK」だし、当人は「そういう言い方ないじゃん」ということだと思うんですよ。「この耳にあたるところあるじゃん?ここがさー、」「そんな細かいこと言われてもわかんねぇよ」みたいな。でもそこにこだわりがある。ギターも細かくそれぞれのこだわりがあるから、他のコレクターの細かいこだわりって、すごく面白くて聞いていて楽しいんです。「バカだなぁ」って、いっぱい思わせてくれる。だから僕もギターの話してるときはみんなに「バカだなぁ」って思われたい、それを本にしただけ。これ見て「バカだなぁ」と思ってくれたら、すでに、おまえは罠にハマっている!(笑)。 ──色んな人に手に取ってもらいたい本ですね。 野村:電子書籍化の話もあったんですけど、それはやりたくないって言ったんです。「本は、本でしょ」という。手軽に持ち歩きたいと言われても、昔はそうだったんだよという、頑なな昭和のおじさんなので(笑)。子供の頃に眺めていた昆虫図鑑のような、本の嬉しさってあるからさ。もっと細かく見たいのに、と思うのもわかるけど、だったら、自分で調べたり、実際に楽器屋さんに行ったりして欲しいな。 ──まさに、“思わず検索したくなる”ギターコレクションですね。 野村:ギターをよく知らない人たちも、この本をペラペラっとめくって、「なんだこの形?」と思ってくれれば、それだけで嬉しい。ギターという楽器は知っていても、こんなに種類がある、こんな形もあるということを知らない人も多いので。まだまだ僕のだけがすべてじゃないですけどね。なので、第一弾として、この本が出ました。 ──ということは…? 野村:第二弾は……30年後かな?(笑)。 (取材・文=冬将軍)
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ギター・マガジン編集部『野村義男の“思わず検索したくなる”ギター・コレクション』(リットーミュージック)

■書籍情報 『野村義男の“思わず検索したくなる”ギター・コレクション』 ギター・マガジン編集部 発売日:2015年6月25日 価格:2,200円(+税) 単行本(ソフトカバー): 144ページ 出版社:リットーミュージック 全ギターの前にヨッちゃんが立つ特大ポスター付き。 公式ホームページはこちら

『Santa Fe』はやっぱり児童ポルノ!? Amazonからも消え、出版元・朝日出版社も「販売したら捕まる」

オタクに"なるほど"面白い!オタクニュース・ポータル「おたぽる」より

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1991年版の『Santa Fe』(朝日出版社)。
 ついに本日から始まった、児童ポルノの所持禁止。罰則の適用には「自己の性的好奇心を満たす目的での所持」という制限があるにもかかわらず、すでに“自主規制”が始まっている。  性的好奇心目的での児童ポルノ所持罪の罰則適用が始まる前日、今月14日時点で、ECサイト最大手「Amazon」からは早くも、宮沢りえのヘアヌード写真集『Santa Fe』(朝日出版社)が削除されていた。1991年に出版された本書は、1999年に再編集された「NEW EDITION」版を刊行しているが、いずれも削除済み。「Amazon」以外にも、ネット書店「honto」や「e-hon」などでは書誌データ自体は残っているものの、購入不可となっている。  出版元である朝日出版社のサイトでは、1991年版は「品切・重版未定」。1999年版のほうは、検索しても表示されない状況だ。もはや、『Santa Fe』を購入することは不可能なのか……? 1、2冊くらいなら在庫があるかもしれないと、朝日出版社の代表電話に問い合わせてみたところ、この電話に対応してくれた人物は驚くべき返答をした。 「おたぽる」で続きを読む

久米宏が安保法制強行採決に激怒! 安倍首相を「セコい」「独裁者」と批判

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『久米宏 ラジオなんですけど』公式サイトより
【本と雑誌のニュースサイトリテラより】  衆院特別委員会と衆院本会議で強行採決された安保法案だが、テレビ局の報道は腰砕けもいいところだ。NHKにいたっては特別委での強行採決当日、国会中継すらしなかった。これは一説には籾井会長直々の指示だという話すら囁かれている。  他の民放も批判が鈍い。短くデモの模様を流して茶を濁し、国民の不安の種である戦争法案の問題点にはさほど尺をとらないでいる。比較的がんばっているのはTBSの『NEWS23』、そしてテレビ朝日の『報道ステーション』ぐらいか。しかし、それでも『報ステ』キャスター・古舘伊知郎の頼りなさに、オールドファンからは“あの人”の再登板を望む声も根強い。他でもない、前身番組である『ニュースステーション』のキャスター・久米宏である。  そんな久米が、昨日18日、TBSラジオ『久米宏 ラジオなんですけど』で、安保法案と安倍首相を苛烈に批判した。番組冒頭、久米は、安倍首相が新国立競技場計画の見直しを宣言したことについて、こう語った。 「国立競技場、先週まで『もうこれでやらないと間に合わない、このままいくんだ』と総理大臣が言ってたんですけど。こういうのを“舌の根も乾かないうちに”って言うんでしょうね。ゼロから見直し、もう一回コンペから見直すんだって。こんなことで人気を回復しようとするセコい考えが許せないんですけど」  久米は、新国立計画見直しは目くらましだと一刀両断し、そのうえで安保法案について、こう断じるのだ。 「そんなことより、今週あの安全保障関連法案というのが衆議院の委員会で強行採決、そして本会議で賛成多数で成立ということで参院に送られるわけです。まあ、日本が民主主義国家であるかどうか、それは僕、ひとつ疑問ではあるんです。戦争が終わってね、アメリカさんに(民主主義を)押し付けられたわけですから。日本人が自ら獲得したものではないので、ちょっと本物ではない可能性はあります。が、とりあえず民主主義国家で、とりあえず民主主義国家の総理大臣たる者ですがね、ほとんどの憲法学者がこれは憲法違反だと言っている法案を成立させようってことですから。これは、本質的に憲法改正と同じなんですよ。改正するということと実質的に同じなので、それを民主主義国家の総理大臣が勝手に強行していいのか、という大問題があると思うんですね。本来なら憲法改正というのは国民投票をしなければいけないんですけど、それもしない! 最低でも、僕は衆議院を解散すべきだと思うんです」  日本に民主主義の精神が根付いているかはさておいても、仮にも民主主義国家の建前を崩さないのならば、なぜ、主権者である国民を無視して、首相の一存で事実上の改憲ができるのか。解散して国民に信を問うのが当たり前ではないのか。そう久米は言っているのである。 「こないだの去年の12月には、一応、アベノミクスというなんだかわけのわからないものを争点にして、衆議院の解散総選挙をやったんです。これは、最低限、国会議員というのは国民の代表ですから、そういう民主主義システムに日本はなっているわけですから、どうも、かなりの国民が疑問をもっているような法案を成立させようという場合には、これを争点にして衆議院の解散総選挙をするのが常道だと思うんです。(しかし安倍首相は)それはする気がない。でも、国立競技場は見直すというね。このわけのわからない考え方がね、納得できないんです」  久米の主張は至極まっとうだろう。安倍首相は今年5月の会見で、「先の総選挙においては、昨年7月1日の閣議決定に基づいて、平和安全法制を速やかに整備することを明確に公約として掲げ、国民の審判を受けました」とうそぶいたが、昨年の衆院解散時の会見では冒頭ではっきりと「この解散は『アベノミクス解散』であります。アベノミクスを前に進めるのか、それとも止めてしまうのか。それを問う選挙であります」と明言していた。事実、安倍首相はメディア出演時に“安保のアの字”も言わなかったではないか。にもかかわらず、先の選挙で信を得たなどと言い張るのはまったくの詐欺である。  久米は、番組でこの点を強調し、さらに安倍首相を強い言葉で弾劾する。 「つまり、衆院の解散をしないで、総選挙でこの法案の是非を問わないってことは、はっきり言って、こんなこと言うのもなんですけど、独裁者ですから。完全に。民主主義国家のリーダーは独裁者になってはいけないんです」  安倍晋三は独裁者である──久米がそう評すのは、いま、世論ははっきりと“戦争法案にNO”を示しているのに、民主主義国家の宰相であるはずの人間が、まったく聞く耳をもたないからだ。レトリックでもレッテル貼りでもない、論理的で説得力のある説明だが、続けて久米は、安保法案の本質と、安倍首相の性質について、こう述べるのである。 「たぶん、将来子どもたちが、戦場で戦死する可能性が減りはしないんです、この法案ができると。減りはしない、どちらかといえば増える方向にいくのは間違いないんですけど、なんでこんな法案を安倍さんは通すのかというと、一部の人は、『そりゃあれだよ、安倍ってのは子どもがいないからさ』って言っているぐらいのレベルになっている。あれは子どもがいないからね、子どものことなんか考えていないんだから、だからああいう法案をつくるんだ、という噂が出るほど評判が落ちているってことを、安倍さんは考え直したほうがいいですよね」  そして久米は、再度「独裁者、なっていいの?」と念を押すのだ。  久米がここまで言うのは、相当に、安倍政権に怒りをもっているということだろう。しかも、その表現はいずれも真っ当で、安倍首相の本質を鋭く突くものだ。  だが、ネット上では、この久米の発言になぜか反発する声が上がっている。 「独裁者というのは、安倍首相に対する人格攻撃だ」「安倍憎しでも使っていい表現悪い表現がある」「子供がいないことを攻撃するのは卑劣だ」「完全に老害カテゴリーに入ったな」  これらの見解は、一見良識的に見えるが、権力に対する批判と個人同士の会話のマナーを完全に混同している。そもそもメディアや国民には、権力の暴走を監視し、批判する権利がある。権力の暴走に対しては、どんな言葉を使ってもいい。いや、むしろ、メディアはもっと激しい言葉を使ってでも、それを止める必要がある。  しかも、久米は安倍首相がなぜ「独裁者」と言えるのかについて論理的に説明している。これのどこが人格攻撃だというのか。 “安倍首相には子どもがいないから”という言い回しについても同様だ。仮に、これを久米が自身の意見として表明していたとしても、政策に反映される可能性のある為政者の家族関係や性格についての論評はどんどんやるべきだし、久米は、第三者の評判を紹介することで、安倍首相の子どもや孫の世代への想像力のなさを批判したにすぎない。  また、久米自身に子どもがいないことを考えると、その言葉は「安倍首相のせいで、子どもがいない人間が差別される」と言っているようにも読める。それを「人格攻撃」「卑劣」などと言うのは、明らかに安倍首相を擁護するためとしか思えない。  安倍首相は、その独裁傾向をますます強めてきている。今回の安保法案強行採決はその先鞭であり、近い将来、国民世論を無視した戦争へと舵をきるのはもはや決定的とさえ言える。  むしろ、メディアに必要なのは、今回、久米が口にしたような激烈な批判なのだ。いま、現役でテレビに出ているキャスターやコメンテーターも、この程度の批判くらいは口にしてもらいたいものである。 (小杉みすず)

トム・セレック、水泥棒事件の和解金額を支払う

トム・セレックが水の無断使用を巡って訴えられていた裁判で2万1685ドル55セント(約269万円)の和解金額の支払いに応じた。トムはウェストレイクビレッジに所有する広さ60エーカーのアボカド畑に設置されている商業用水タンクに給水するため干ばつ期に公共給水栓を勝手に使用していたとして、カリフォルニア州サウザンドオークスのカレグアス市水道局から提訴されていたが、15日(水)に合意条件が承認された。 先日に合意条件が提示された際には、カレグアス郡の資源担当主任であるエリック・バーグ氏は「我々はこの合意に喜んでいます。良いニュースですよ」と話していた。 今週になって公開された法廷書類によれば、トムの所有地はヒドゥン・バレー市水道局の管理区域にあるため、カレグアス市水道局の給水栓の使用は禁じられていた。カリフォルニア州の住民たちは、同州の干ばつ対策として水の使用料を25パーセント減らすようにブラウン州知事から1月に呼びかけられていたところだった。しかし、この件のために2万2000ドル(約267万円)かけて行われた私立探偵の調査では、2015年3月までの間にトムと妻ジリー・マックの所有する敷地に幾度となくトラックで水が輸送されているところが確認されていた。また夫妻は、カリフォルニア南部に所有する2件の自宅に2013年にカレグアス市水道局から警告状を送られていたにも関わらず、給水管から引き続き水を使用していたと非難されていた。

ロビン・シックとファレルの盗作裁判を弁護士が再検証 なぜ「曲の感じ」に著作権が認められたか?

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『Blurred Lines』

【リアルサウンドより】 「ファレルと俺でスタジオに入ったとき、俺はマーヴィン・ゲイの『Got to Give It Up』がこの世で一番好きな曲の1つだって彼に言ったんだ。『よし、ああいう感じの曲、ああいうグルーヴの曲を作ろうぜ!』って感じだったよ」(ロビン・シック)  今年3月11日、ロサンゼルスの裁判所は、ロビン・シックとファレル・ウィリアムスに対し、2人の2013年の大ヒット曲「Blurred lines」がマーヴィン・ゲイの1977年の曲「Got to Give It Up」の著作権を侵害しているとして、マーヴィン・ゲイの遺族に730万ドル(およそ8億8千万円)を支払うよう命じた。2人は即座に「この判決は音楽とクリエイティヴィティの未来にとって恐ろしい前例となるもので、非常に落胆している」とコメント。この判決は各方面で大いに議論を呼んだ。  アメリカでは、この手のいわゆる「盗作裁判」は今までも決して珍しくない。その中で、この判決が特別に騒がれた理由は、もちろん盗作裁判としては史上最高額となった損害額のせいでもあるが、それ以上に、この裁判で争われたのが単に「マーヴィン・ゲイの曲が盗まれたか」ではなくて、「マーヴィン・ゲイの曲の『感じ』が盗まれたか」だったからだ。たとえばジョージ・ハリスンの「My Sweet Lord」とジョディ・ミラーの「He’s So Fine」のようなメロディーの類似性が争われた事例とは異なり、雰囲気、空気、グルーヴといった「感じ」が似ていることが著作権侵害にあたるとマーヴィン・ゲイの遺族は主張し、裁判所がその主張を認められたことが画期的だとされたのだ。  判決の直後の4月28日に、マーク・ロンソンとブルーノ・マーズの今年の大ヒット曲「Uptown Funk!」がギャップ・バンドの「Oops,Up Side Your Head」に似ているとギャップ・バンドが主張していた件で、「Uptown Funk!」の作曲クレジットにギャップ・バンドの5人の名前が加わった。この決定の背後には「Blurred Lines」判決があると言われており、さっそく判決の影響が広がっているようだ。  確かに、メロディーならともかく「感じ」にまで著作権が認められることになったら、波及する範囲は広いだろう。  かつて、ビズ・マーキーとギルバート・オサリヴァンが「Alone Again」の無断サンプリングを巡って争った裁判を機に、ヒップホップでのサンプリング使用は不可能とは言わないまでも、かなり難しいものになった。そこで、本物そっくりのサウンドを生演奏で再現した上で、サンプリングして使用するという手法を取ったアーティストもいたが、「感じ」にまで著作権が認められるのであれば、その方法も不可能だ。  もっと言えば、「初期ビートルズ風」とか「70年代ソウル風」とかを意識して音楽を作る、なんてことすらできなくなってしまうのかもしれない。  この判決にどこまでの影響力がありそうか、検証してみた。  そもそも、ある曲が別の曲の著作権を侵害している、盗作だというのは、法的にはどういうことだろうか。法律自体に規定があるわけではないので、具体的な裁判例の中から見ていくしかない。  日本では、そもそも裁判になった例自体が少ないが、その中でも代表例と言われているのが、平成14年に判決が出た「どこまでも行こう事件」だ。  これは、TV番組『あっぱれさんま大先生』で使われた平成4年発表の「記念樹」という曲が、昭和41年発表のブリヂストンCMソング「どこまでも行こう」の盗作だとして作曲者同士が争った事件で、600万円の損害賠償が認められている。  この事件の判決文で目を引くのは、2つの曲が似ているか判断する上で、音楽はメロディー、リズム、ハーモニー(旋律)といった要素によって構成されるが、その中でも「少なくとも旋律を有する通常の楽曲に関する限り、……相対的に重視されるべき要素として主要な地位を占めるのは、旋律である」として、メロディーを判断の中心に置いている点だ。そして、メロディーが似ているか判断する上で、2曲を同じハ長調に移調し小節の長さを調整した上で、楽譜を並べ、音符がどれだけ一致するか数え上げることまでしている(約72%が一致した)。日本のポップミュージックが海外に比べメロディー中心だということはよく指摘されるが、この判決はまさに日本的な判断方法を採用していると言えるかもしれない。  それに比べて、アメリカではリズムやグルーヴが重視されることの反映が今回の裁判結果だ、と言うことなら分かりやすいが、話はそこまで単純でもない。  アメリカでは長い間、音楽の著作権の対象は「楽譜」に限られていた。1710年にはじめて著作権法が制定されたとき、著作権とは出版社の印刷物を保護する権利だった。1831年になって音楽も保護対象に加わったが、その対象はあくまで「紙に書かれたもの」、つまりは楽譜であり、著作権者は楽譜出版社だった。著作権とは要は、出版社が楽譜を出版する権利を保護するものだったのだ。日本とは法律の構成自体が異なるが、アメリカでいわゆるサウンド・レコーディング、録音された音楽自体がミュージシャンの著作権の保護対象とされたのは、1976年の著作権法改正からだ。カセットテープの普及を背景とした海賊版の脅威への対策という面があったらしい。  この歴史的経緯は、実は今回の裁判と大いに関係がある。  アメリカ著作権法が改正されたのが1976年で、「Got to Give It Up」の発表が1977年。でも、改正された法が実際に施行されたのは1978年。つまり、「Got to Give It Up」発表時点ではサウンド・レコーディング自体はぎりぎり著作権の保護対象になっていない。「Got to Give It Up」の場合はそれ以前の法律にのっとり、マーヴィン・ゲイの遺族が権利を持っているのは基本的に楽譜に限られる。だから、裁判の場でも、楽譜同士を比べて著作権が侵害されているか判断すべきだ。シック/ファレル側の弁護士は法廷でそう主張した。この主張を突き詰めると、一致する音符の数を数え上げる「どこまでも行こう事件」方式の判断方法がふさわしいということになるだろうし、そうやって比べていれば、結果は違っていただろう。  しかし、勝ったのはマーヴィン・ゲイの遺族だった。  何が勝因だったのか。  著作権の及ぶ範囲についてのシック/ファレル側の主張は通り、裁判の場で実際に2曲を流して聴き比べるべきだ、という遺族側の主張は認められなかったのに、なぜ陪審員は遺族を勝たせたのだろうか。  ある曲が別の曲と似ている、と感じることは誰でもある。でも、ある曲が別の曲の著作権を侵害している、盗作であると具体的な証拠に基づいて判断することは、それとまったく異なる、正解のない作業だ。音楽は形のない芸術で、感性に訴えかける部分が大きい。「この曲はパクリだ!」と感性で判断することは簡単でも、それを理屈に落とし込むのはとても難しい。「どこまでも行こう事件」の音符数え上げ方式は、形のない音楽を形にして捕まえるための一つのやり方、しかも相当苦しいやり方に過ぎず、正しい公式など存在しない。この裁判の陪審員だって、何を手がかりに判断していいか、きっと困ったはずだ。  でも実は、この事件には1つ、決定的な、形のある、音符を数え上げなくても分かる手がかりがあった。  それが、冒頭に挙げたロビン・シックのインタビューでの発言だ。2013年にこの曲がヒットした直後、まさか裁判が待ち受けているなど夢にも思わない頃、ロビン・シックはマーヴィン・ゲイからの影響をこんなに無邪気にしゃべっていた。  その曲がどんなミュージシャンの音楽に影響を受け、どんな風に作られたか。ミュージシャンのインタビューとしてはごくありふれた内容だ。でも、この発言が命取りになってしまった。陪審員がどんな思考回路をたどって結論にたどりついたのかはもちろん分からないが、事の経緯を追うと、そうとしか思えない。  そもそも、なぜこの裁判で「2つの曲の『感じ』が似ているか」が争点になったかといえば、裁判以前にこの発言が存在していたことで、「『感じ』や『グルーヴ』が似ていたとしても、盗作にはあたらないはずだ」とシック/ファレル側が主張せざるを得なかったから、ということのようだ。  シック/ファレルの弁護士はあの手この手でこの発言の影響を打ち消そうとしていた。まず、ロビン・シックはレコーディング当時、アルコールとバイコディン(中毒性のある処方薬)でハイになっており、正常な精神状態ではなかったと主張。さらに、「Blurred Lines」は2人(とラッパーのT.I.)の共作クレジットになっているが、実はロビン・シックは作曲に関わっていない、ほぼ全部ファレルが作った、ロビン・シックがレコーディングスタジオに入った時にはもうファレルは曲を完成させていた、とまで主張した。先の発言の主であるロビン・シックが作曲に関わっていないとすれば、少なくとも発言と実際の曲との関係は断ち切れる、というわけだ。真相は分からないが、少なくともロビン・シックが、自らクレジットが虚偽であることを告白するところまで追い詰められていたことは確かだ。  そして、ゲイ側の弁護士の声明によれば、追い詰められたシック/ファレル側の言うことが変わっていくごとに、じゃあ最初のインタビューの発言はなんだったんだ、こんなコロコロと言うことが変わる人間は信用できない、という風に、陪審員の雰囲気が変わっていったという。その結果が、ゲイ側の勝利だった。  実は、日本の「どこまでも行こう事件」の判決でも何気ない発言が大きな役割を果たしているようにも見える箇所がある。  裁判になる以前、この盗作問題がワイドショーで騒がれていた時期があり、その頃、「記念樹」の作曲者はワイドショーの記者に対し、「ああそうか、この曲ねって感じ」と答えたことがあった。この発言が、「記念樹」の作曲者が「どこまでも行こう」の存在を知っていた、つまり盗作の機会があったことの証拠の1つとなったのだ。  「Blurred Lines」裁判の判決に対する意見は様々だ。負けた2人のように、ジャンルやグルーヴ、フィーリングは誰の所有物でもない、そんなことが認められたら音楽を創作することなんかできない、という人もいる。音楽を殺す気か、と発言した日本のミュージシャンもいる。一方で、アフリカ系アメリカ人の財産を白人が堂々と盗んできたポピュラーミュージックの歴史の中で、ついにグルーヴの著作権が認められたことは歴史的進歩だ、という人もいる。いやいや、それ以前に「Blurred Lines」は楽譜だけ並べても立派にマーヴィン・ゲイの著作権を侵害しているじゃないか、この判決が別に何も新しくない、という人だっている。  職業裁判官が判断する日本の裁判と異なり、一般市民が裁く陪審員裁判による判決だから、また別の事件でも同様に判断されるかは不透明という面もある。ただ、サウンド・レコーディングが著作権の保護対象と認められる1978年施行の著作権法改正以前の曲について、このような判断がされたことの意味は大きいだろう。少なくとも、1978年以降発表の曲については、「感じ」が似ていたら著作権侵害にあたるとされる可能性は高い、と判断した方が安全かもしれない。ちなみに、先に挙げた、「Uptown Funk!」の元ネタと主張されたギャップ・バンドの「Oops,Up Side Your Head」は1979年発表だ。  いずれにせよ、音楽は形のない芸術だから、この判決が今後の音楽にどんな影響が出るのか、確かなことを言うのは現時点では難しい。  でも、1つだけ、この事件から確かに導くことができて、しかも分かりやすい教訓がある。それは、「インタビューでの発言に気をつけろ」ということだ。影響を受けた音楽について話す際には、特に気をつけろ。アメリカの弁護士がどこで見てるか分からないぞ。  夢のない話になってしまった。この判決が「音楽とクリエイティヴィティの未来にとって恐ろしい前例」になるかは分からない。でも、「ミュージシャンのインタビューの未来にとって恐ろしい前例」になる可能性は、それなりに高そうだ。  ここまで周辺事情ばかり語ってきた。でも、本来大事なのは、音楽それ自体のはずだということで、改めて2曲を聞き比べてみたい。

Robin Thicke - Blurred Lines ft. T.I., Pharrell

GOT TO GIVE IT UP - MARVIN GAYE

 うーん、著作権侵害にあたるかどうかは判断が分かれるだろうが、「Blurred Lines」が「Got to Give It Up」の「感じ」を目指して作られているのは、かなり確かだろうという気がする。メロディーは似てないが、「感じ」はそっくりだ。  ……でも、この感想自体、ロビン・シックの発言が頭にあったから、そう思ってしまったのかもしれない。ちょうどこの裁判の陪審員がそうだったかもしれないように。 ■小杉俊介 弁護士、ライター。音楽雑誌の編集、出版営業を経て弁護士に。

「なかったことにされそう」『エンジェル・ハート』実写ドラマで気になる『シティーハンター』ヒロイン・香の扱い

オタクに"なるほど"面白い!オタクニュース・ポータル「おたぽる」より

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「日本テレビ」内ドラマエンジェル・ハート公式サイトより。
 今月15日、人気マンガ『シティーハンター』のパラレル作品『エンジェル・ハート』が、日本テレビにて連続ドラマ化されることが発表された。『エンジェル・ハート』自体、『シティーハンター』からのヒロイン交代で物議を醸した作品だけに、「なんでシティーハンターじゃなくてエンジェルハートなの?」「いきなりエンジェルハート実写化だから、わかりやすいように香の存在がなかったことにされそう」など、『シティーハンター』ヒロイン・槇村香ファンからは懸念も聞こえてくる。 『シティーハンター』は、“もっこり”でお馴染みの男前凄腕スイーパー・冴羽リョウ(リョウは「けものへん」に「寮」)が美女からの依頼を解決する、北条司氏の代表作。「週刊少年ジャンプ」で連載され人気を博し、何度もアニメ化された人気マンガだ。今回、ドラマ化が決定した『エンジェル・ハート』は『シティーハンター』のパラレル作品となっており、主人公は交通事故に遭って亡くなった香の心臓を移植された女性殺し屋・香瑩(シャンイン)だ。 「おたぽる」で続きを読む

小林よしのりがAKB総選挙のスピーチに激怒!「横山由依は総監督辞退しろ!」「指原もダメ」

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小林よしのりオフィシャルwebサイトより
【本と雑誌のニュースサイトリテラより】  6月6日、福岡のヤフオクドームにて行なわれたAKB48選抜総選挙。世代交代に苦慮している点などなんだかんだ言われつつも、フジテレビ系で放送された中継の平均視聴率は18.8%、瞬間最高視聴率は23.4%を記録し、盛況のなか幕を閉じた。  毎年恒例の総選挙で“華”と言えるのが、選ばれたメンバーによるスピーチだ。これまで「私のことは嫌いでもAKBのことは嫌いにならないでください」(前田敦子)、「潰すつもりで来てください」(篠田麻里子)、「票数は皆さんの愛です」(大島優子)、「努力は必ず報われる」(高橋みなみ)など、社会現象となる名言が多数生まれているのはご存知の通り。  そんななか、熱狂的なAKBのファンとして知られる小林よしのり氏は、今回のスピーチに不満を持っているようで、「BUBKA」(白夜書房)2015年8月号掲載のインタビューでは、特に不甲斐ない出来だった次期総監督の横山由依に対し「これから総監督になるっていうのに……。もうね、辞退してほしい!」とまで言い放ち、話題となっている。  これからのAKBグループを引っ張る人間として、今年の総選挙では、今後の展望を熱く語るスピーチが期待された横山由依だが、自身最高順位である10位という数字に動転したのか、周囲からの「がんばれー!」という声も虚しく、話はグダグダ。業を煮やした司会の徳光和夫により強制終了させられる有り様だった。その様子に大多数のファンが落胆。小林氏がそこまで言うのも分からなくはないが……。  そして、小林がジキソーと比較して激賞したのは、高橋みなみのスピーチだった。 〈たかみな(高橋みなみ)が残留! 卒業取りやめ! あんなにスピーチが上手な人が卒業なんて、秋元康の方針が間違ってる。やっぱりね、「公」と「私」というのがあってね、たかみなは「私」を殺して、「公」を取るわけ。メンバー全体のこと、ランクインできなかったコのことも考えてる。しかも、視聴者のことも考えている。なおかつ、「努力は必ず報われる」っていうフレーズが嘘だなんだって言われているから、それに対する回答も示しているわけ。それと比べたら、指原のスピーチもまだ「私」だから〉  まるで、横山由依がグループのことを一切考えていないと言わんばかりの批判である。  しかし、スピーチライターとして多数のビジネスマンのスピーチコンサルティングにも携わる、陰山洋介氏による著書『スピーチライター 言葉で世界を変える仕事』(KADOKAWA)によると、一対一の商談や会議では抜群のコミュニケーション能力を発揮する優秀な人が、スピーチとなると途端に話せなくなってしまう例は珍しくないと言う。  横山由依も、次期総監督に指名されるほどであるから、普段は若手メンバーに対して抜群のリーダーシップを発揮している。しかし、総選挙のスピーチとなると、いつもグダグダになってしまう。生まれたての子鹿のように体を震わせながらヨロヨロと壇上に近づき、マイクを手にしても泣き、まともに喋れなくなる姿が毎年繰り返されるので、ファンから「伝統芸」「バイブ芸」と揶揄されているほどだ。  まさに、彼女も、典型的なスピーチになると途端に話せなくなるタイプといえる。  そんな人の最大の問題点は、「スピーチを特殊な話し方だと思っていて、スピーチだと思うと変に構えてしまう」というところにある。苦手意識が先行すると、自己紹介すらまともにできなくなってしまう信じがたい状況に陥ることもあるそうだが、確かに彼女も自分の名前すらまともに声に出せていなかった。  こういう症例には、まずスピーチの内容云々の前に、苦手意識を払拭させ、やればできると認識してもらうため「みなさん、はじめまして。○○です。本日取締役に就任しました。まだ、会社についてわからないことばかりなので、みなさんいろいろ教えてください」といった簡単な挨拶をスピーチコンサルタントの後を追ってオウム返しのように復唱させる、「口立て」の練習方式をとるという。  バカにしているのか?と思わず考え込んでしまうような練習だが、これによってスピーチに対する変な構えがなくなり、克服への一歩を踏み出せるのだという。  来年は、彼女にとって、総監督として迎える初めての選挙となる。自己流での改善は難しそうなので、スピーチライター・スピーチコンサルタントの助言を受けてみてはどうだろうか。  小林よしのり氏の「BUBKA」での発言に戻ると、スピーチに関してもうひとつ気になったことがあるそうだ。どの程度まで話すことを事前に準備しておくべきかという問題である。 〈よかったのは、まゆゆ(渡辺麻衣)。あらかじめ考えてあるスピーチじゃなかった。そこがよかったな。あれは、その場の反応で話していて、口語体だったんだよ。あらかじめ考えていると、文語体になるんだよ。文語体なのがさくらたん(宮脇咲良)ね。そうなると、わざとらしくなるのよ。去年のスピーチとかぐぐたすで文章の上手さを褒められすぎたんじゃない? それで話し言葉まで文語体になってしまった。さくらたんが読書家なのは結構なことだけど、書いてある文章と話し言葉は違うから。そこを考えないと。その点、まゆゆは自分の感情のままに話していた〉  小林氏がここで指摘している問題は、前掲の『スピーチライター~』でも語られている。  スピーチに不安を持っている人は書き起こした原稿を暗記して本番に臨もうとするが、実はそれは逆効果。聴衆に話す内容を暗記していることが伝わってしまい不自然な印象を感じさせてしまう。小林が「文語体」と表現したのは、まさにこの不自然さのことだ。  スピーチ内容の“アウトライン(あらすじ)”のみ決めて、あとはその場で言葉を考えながら話すのが正しいやり方。そうすれば、言葉の勢いを殺さずに力強くいきいきと話すことができる。話題のつなぎ方など不安な部分があったとしても、それは書き起こし原稿丸暗記ではなく、練習を繰り返すことでその不安を解消していくべきなのである。  昨年の総選挙では、雨が降りしきるなかオーディエンスが着ていたピンク色の雨がっぱを指し、「味の素スタジアムがさくら色に染まりました」とアドリブで叫んだことが絶賛された宮脇咲良。来年は変に気負わず、即興で話すスタイルのスピーチに戻せば良い評価が得られるのではないだろうか。  ここまで、小林よしのり氏の発言を軸に今年の総選挙スピーチを振り返ってきたが、今年の総選挙でしばしば指摘されるまずかった点として、「私のことは嫌いでもAKBのことは嫌いにならないでください」のような名言が生まれなかったことがあげられている。  前述の「BUBKA」のなかでも、『ザ・トップ5』(TBSラジオ)のパーソナリティーや、『ライムスター宇多丸のウィークエンド・シャッフル』(TBSラジオ)へのゲスト出演でお馴染みのコンバットREC氏がこう指摘している。 〈何が問題ってメンバー自身も長くしゃべることがサービスだと思ってるフシがあるってことと、なによりも翌日の見出しになるようなパンチラインが今年はひとつもなかったっていうね。篠田の「潰すつもりで来てください」なんかは、その一言が1年間のテーマにまでなったわけじゃん。世代闘争の幕開けになったっていう。しかもあのスピーチってそんな長くないんですよね。言葉は短いほうがいいんですよ〉 〈キャッチコピーというのは、言えることがたくさんあるなかで、本質をひと言で捉えて、さらに新たな価値観を提供するものじゃないですか。スピーチもそういうつもりでやったほうがいいと思うんですよ。そういう言葉だからこそ、強いし、見出しにもなるわけで。「私たちにとって票数は愛です」とか「私のことは嫌いでも、AKBのことは嫌いにならないでください」とか、やっぱり見出しになるじゃないです〉  コンバットREC氏が「パンチライン」と表現している見出しになるような強い言葉は、スピーチの用語では「サウンドバイト」と呼ばれている。  サウンドバイトは、聴衆の心を揺り動かし、スピーチのことを記憶にとどめてもらうために大事なもの。 「人民の、人民による、人民のための政治」「国家が自分のために何をしてくれるかではない。自分が国家のために何ができるかだ」など、名スピーチには、必ず素晴らしいサウンドバイトがある。  人々の記憶に刻まれるサウンドバイトをつくるのは簡単なことではないが、スピーチをエンターテインメントにするのではあれば、翌日の新聞の見出しになるようなサウンドバイトをつくることは必須なのである。  AKB48が現在の地位を築くうえで最も爆発力のあったコンテンツは、間違いなく選抜総選挙だ。その“華”であるスピーチが今のような体たらくでは、AKBの未来は暗い。  来年は、スキャンダルなどを利用した炎上商法で世間の目を引くのではなく、メンバー全員にスピーチライター、スピーチコンサルタントをつけ、スピーチの質の向上に尽力してみてはいかがだろうか。 (新田 樹)

ボビー・クリスティーナ・ブラウンの容態に不安

ボビー・クリスティーナ・ブラウンが入院中のホスピス外に白いテントが設置されたことでその容態が心配されている。1月31日に自宅浴槽に顔をつけて意識を失った状態でいるのを発見されたホイットニー・ヒューストンの娘ボビー・クリスティーナは、意識不明の状態が続いているためピーチツリー・クリスチャン・ホスピスで治療を受けているところだが、このテントが建てられたことで息を引き取ったのではないかと心配する声が挙がっている。しかし15日(水)に同施設の受付係がRadarOnline.comに話したところでは、同施設に死亡者は出ていないという。 先日に親戚が入院中のボビー・クリスティーナの写真をメディアに流出させようとして以来、周囲には厳しい警戒態勢が敷かれている。ある関係者は当時、「ナースステーションでみんなバッグの中身をチェックされなければいけません」「ボビー・クリスティーナの見舞い客をちゃんとチェックするようにしていますので、誰もこっそり部屋に入ることはできません」とその状況を話していた。 また、ボビー・クリスティーナのおばであるレオラ・ブラウンは、その写真を撮影した人物がこの辛い状況下に金儲けをしようとする「悪魔」だとして、その正体を暴きだすつもりだとフェイスブックで強く批判していた。