“枕担当”を抱える芸能事務所も!? 元グラドルマンガ家が明かしたリアルすぎる枕営業の実態

オタクに"なるほど"面白い!オタクニュース・ポータル「おたぽる」より

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『芸能界の裏側ぶっちゃけていいスか!? 三十路グラドルのつぶやき』(ぶんか社)
 業界でまことしやかにささやかれている“枕営業”。今月30日放送の『ヨソで言わんとい亭~ココだけの話が聞ける(秘)料亭~』(テレビ東京系)では、元グラビアアイドルのマンガ家・あさの☆ひかりがグラビア界の枕営業の実態を暴露した。  著書『芸能界の裏側ぶっちゃけていいスか!? 三十路グラドルのつぶやき』(ぶんか社)で知られるあさのは「グラビアアイドル界で枕営業は横行している」と語る。  なんでも、芸能事務所主催で番組制作会社など主にテレビ業界の人物を接待する「枕飲み会」が毎週金曜、“枕の主要3大都市”といわれる東京の六本木、西麻布、恵比寿で開催。枕飲み会では若い女の子と関係を持ちたい業界人、仕事をもらいたい底辺グラドルの攻防が繰り広げられており、“枕ことば”という誘い言葉もあるという。「マンション持ってるんだけど、部屋空いてるんだよね」「月2回会うだけでいいよ」と言われたら、「月2回のセックスで家を貸すし、愛人になって」という意味なのだとか。 「おたぽる」で続きを読む

東京五輪エンブレムのパクリ疑惑を生み出したものとは? コンペ参加者にかけられた1964五輪と日の丸の呪縛!

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「似すぎ」の声が広がる東京五輪エンブレムとリエージュ劇場のロゴ(YouTube「ANNnewsCH」より)
【本と雑誌のニュースサイトリテラより】  新国立競技場問題に続いて浮上した東京五輪のエンブレムのパクリ問題だが、意見は真っ二つに分かれているようだ。  博報堂出身で「にゃんまげ」「LISMO」「トヨタReBORN」などを手がけた気鋭のアートディレクター・佐野研二郎がつくった東京五輪のエンブレムと、それを盗作だと告発したベルギーのデザイナーによるリエージュ劇場のロゴ。  両者を見比べて、ネットでは「どう考えても似すぎ」「完全にパクリ」との声が広がる一方で、テレビ等のマスメディアでは、コメンテーターが「似ている」「そっくり」としつつも、「世界中にこれだけいろんなデザインがあれば、類似デザインがひとつやふたつはある」「基本図形や文字で構成されているデザインはどうしても似てしまう」と擁護している。  また、日本オリンピック委員会(JOC)も「国際的に商標登録をチェックしているから問題はない」とし、佐野自身もリエージュ劇場のロゴデザインを「まったく知らないものです。制作時に参考にしたことはありません」と完全否定している。  しかし、「たまたま」でここまで似るものなのだろうか。両者のデザインを見比べると、どちらもローマン体のアルファベットがベースで、太い縦棒の左上と右下に対になるようセリフ(文字のハネ飾り)を配置している。左がT、右がLに見えるようになっているのもまったく同じだ。ちがうのは、東京五輪のエンブレムには棒の右上に日の丸と思しき赤い丸がついていること、セリフ部分に金、銀の色をつけていることくらいだろう。  さらに、疑問を感じざるをえないのはデザインの必然性の問題だ。前述したようにどちらも左がT、右がLに見えるのだが、リエージュ劇場のロゴのほうは、Theatre de Liegeの頭文字なので、必然性がある。しかし、東京五輪のほうはTokyoのTだけで、Lが頭文字になる要素が見当たらない。右下にセリフを置いてLに見せなければならない理由がさっぱりわからないのだ。  コンペのプレゼンでは、インクルーシブな、全体を包み込む大きな円をイメージさせると説明されていたが、実際にはこのデザインで大きな円をイメージすることはかなり難しい。Lのセリフの内側のラインを延長して無理矢理円を描いてみると、その「全体を包み込む円」から日の丸がはみ出てしまう。  もっとも、問題はこれが意図的な盗作かどうか以前の話なのかもしれない。ここまで類似の作品が出てくるというのは、パクリでなかったとしても、デザインに独自性がないということだからだ。    実際、佐野の東京五輪エンブレムは、ベルギーの劇場だけでなく、バルセロナのデザイナーが考案した東日本大震災支援のために制作した作品と似ているとの声も挙がっているし、Jリーグのロゴデザインと似ていると指摘するスポーツ新聞もあった。  また、テレビでは、五輪のエンブレムデザインでは必ず盗作疑惑が巻き起こるもの、といった解説をしていたが、実際は2016年のリオデジャネイロ五輪のエンブレムに疑惑がもちあがっているくらいで、20年さかのぼってもそういう話はない。むしろ、北京五輪やロンドン五輪のマークは、デザインとしての良し悪しは別にして、類似作品が出て来そうにない独自性の強いものだった。 「WIRED」をはじめ複数の海外メディアも指摘しているが、これらに比べると、今回の東京五輪のデザインはあまりに凡庸で、保守的だ。つまり、どこにでもある、ありふれたデザインだからこそ、類似作品がいくつも見つかったとも言える。  ただ、佐野研二郎というデザイナーは、過去の作品を見ても、けっして保守的とはいえない。もっとコンセプチュアルであざとい仕掛けをするデザイナーだ。  では、なぜその佐野がこんなありふれたデザインをしてしまったのか。そこには1964年の東京五輪の呪縛があった。  佐野は発表会見でも盗作問題へのコメントでも、日本のグラフィックデザインの草分け的存在だった亀倉雄策がデザインした1964年の五輪エンブレムへのリスペクトを強調している。大きな赤い丸の下に、金色の五輪シンボルマークを配置したあのデザインのことだ。  しかしこれは、何も佐野に限ったことではない。今回のコンペ応募作品の多くは、亀倉雄策のデザインを何らかのかたちで受け継ぐことをコンセプトにしていた。  たとえば、次点だった原研哉や葛西薫の作品もやはり、亀倉と同じ円をモチーフにしていたという。そして当の佐野も今年、亀倉雄策賞を受賞した際のスピーチで「去年、あるきっかけがあり、亀倉雄策の本を読みあさった」と漏らしたことからもわかるように、明らかに東京五輪のデザインをやるために亀倉を研究している。  これは当然で、今回のコンペの参加者は、本気で採用されることを狙うなら、亀倉の“日の丸デザイン”をどこかに取り入れざるをえなかったのだ。  それは、2つの五輪をつなぐというデザイン的文脈をつくりだすためだけではない。最大の理由は、永井一正が選考委員長を務めているということだった。  永井は亀倉の盟友で、ともに日本デザインセンター立ち上げに参加した大御所デザイナー。1972年の札幌冬季五輪では、亀倉の東京五輪デザインを踏襲するかたちで、日の丸と雪の結晶をタテに並べるシンボルマークをデザインした。  しかも、永井自身が日の丸について強いこだわりをもっており、東京五輪に先立っては、1870年の太政官布告にもとづく「縦横比7対10、円の直径は縦の5分の3、円の中心は旗ざお側の横に100分の1寄せる」という従来の規定をデザイン的な美を追求する立場から「縦横比2対3、円の直径は縦の3分の2、円は旗面の中心」にするよう提案。東京五輪では採用されなかったものの、1998年の長野冬季五輪ではこの永井案が採用されている。  デザインコンペの常連参加者たちは、審査員がどういう好みをもっていて、どういう時代の空気があるか、にとても敏感だ。  永井のような人物が審査委員長を務めているうえに、2020年東京五輪は国家主義的な色彩の濃い安倍政権下で準備が進んで行く。日の丸をモチーフにしたデザインでなければ受け入れられないというのは、参加者の共通認識になっていたはずだ。  そして、“亀倉の東京五輪デザインへのリスペクト”は、その政治的意図を隠すためにも、必須の物語となった。  だが、その亀倉は「ジャパンデザインの象徴」などと言われているが、けっして日本の独自性を追求したデザイナーではない。むしろ、バウハウスのシンプルで幾何学的なデザインの影響を強く受けており、西洋のデザインを取り入れることに長けたデザイナーだった。50年代にはスイスの雑誌の表紙をそのまま盗用した事実が発覚しているし、60年代にも同じくスイスの時計メーカーの広告でも盗用疑惑がもち上がった(こちらは本人が否定)。  そして、この亀倉が手がけた1964年の東京五輪のエンブレムデザインも日の丸をモチーフにしているだけで、デザインそのものは、日の丸を幾何学模様のひとつととらえた、バウハウス的なモダンデザインそのものだった。  つまり、今回のコンペ参加者も亀倉のデザインを引き継ぐという時点で、シンプルな幾何学的図形をモチーフにせざるをえなかったのである。当然、それは「どこにでもあるありふれたデザイン」「凡庸で保守的なデザイン」になってしまう。そして、起こったのがパクリ疑惑だった。  そう考えると、今回の2020年東京五輪のエンブレムが罪なのは、そのデザインの凡庸さゆえに類似作品をいくつも呼び込んでしまっただけではない。亀倉、永井と続いてきたグロテスクな日本の五輪デザインの歴史を断ち切れなかったことにある。  そもそも、1964年の東京五輪のデザインは広く言われているような、日本の伝統とモダンの融合などではなかった。日本の伝統の要素は日の丸にしかなく、他はすべて欧米のモノマネという、まさに明治以降のフィクショナルな国家主義しか体現できていないものだった。そこには、本来、日本という国がもっている多様性も柔軟性もない。オリンピックは「都市」で開催される祭典なのに、前面に出されているのは国家と国旗。ちなみにこの50年で、国旗の図案をストレートにオリンピックのエンブレムにもってきたのは、東京五輪と札幌冬季五輪だけだ。  そして、佐野研二郎が手がけた2020年の東京五輪のエンブレムデザインはその国家主義的デザインを踏襲し、さらに押し進めたものだった。    ハートの鼓動と言っているが、明らかに日の丸としか思えない赤い円。前述したように、大きな円がインクルーシブな世界を表現しているはずなのに、日の丸はその円からはみ出ている。さらに、ダイバーシティ(多様性)を象徴するのが、それぞれの色を尊重する表現ではなく、すべての色をかけあわせたという黒。もしかしたら、「八紘一宇」でも表しているのか、と疑いたくなるほどだ。  日本はこの時代に、本気でこんなシンボルを掲げて、オリンピックを開催するつもりなのだろうか。  もっとも、2020年東京五輪が安倍政権下で開催され、安倍首相の親分・森喜朗が組織委員長を務めている祭典であることを考えると、このデザインこそふさわしいとも言えなくもないが……。 (酒井まど)

ジェーン・バーキン、エルメスへ自身の名の使用中止を要求

ジェーン・バーキン(68)がエルメスのバッグ「バーキン」の改名を要求した。80年代にエルメスのジャン・ルイ・デュマ元CEOによりジェーンのためにデザインされたバッグが今ではジェーンの名を冠した「バーキン」として親しまれているが、同ブランドによるクロコダイルの取り扱い方が好ましくないとされたことを受け、今回ジェーン本人が自身の名を使用しないよう声明を出している。「私の名前を冠したエルメスバッグの製造過程におけるクロコダイルの殺し方に残酷な取扱いがあると注意が喚起されたことを受け、このバッグの製造過程に実施可能な国際的な基準に沿って改善が見られるまでの間、エルメスグループにバーキンの名を変更するよう要求しました」 6700ポンドから14万5000ポンド(約130万円から280万円)の価格帯で販売されている「バーキン」シリーズは、6年後まで予約リストがいっぱいとなっているほどの人気商品で、富のシンボルとして捉えられているのに加え、セレブの間でも広く愛用されている。 しかしながら、PETA(動物の倫理的扱いを求める人々の会)がエルメスが提携している米テキサス州やジンバブエの企業がクロコダイルをコンクリートの穴に入れ、その後死に至るまで「残酷に切り刻む」という調査結果を最近公にするなど、わに皮を使用している「バーキン」はさまざまな動物愛護団体から痛烈な批判を受けていた。さらに、PETAはバーキンのバッグ1つに2、3匹のクロコダイルが使用されることを明らかにしており、同団体の設立者イングリッド・ニューカーク氏は「PETAが明らかにした残酷な方法でクロコダイルを畜殺し、工場式農場による皮によって作られたグロテスクなハンドバッグを製造しているエルメス社との関係を解消したジェーン・バーキンに対し、PETAは世界のすべての生命に代わって感謝します」「我々はエルメスへ対し野生生物を乱すこと、工場式農場でクロコダイルとアリゲーターを取り扱うこと、皮を目的とした畜殺を中止することを求めます」「かつてはバーキンのバッグが人々にとってセレブレティや富豪のステータスとしてされていましたが、今に誰もそれを持っている姿を見られたくなくなるでしょうし、そこで初めて動物愛護者たちは安堵のため息をつくことができるようになるのです」とコメントしている。

RHYMESTERが語る、日本語ラップが恵まれている理由 宇多丸「自らを問いなおす機会があることはありがたい」

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【リアルサウンドより】  RHYMESTERが、通算10枚目のアルバム『Bitter, Sweet & Beautiful』を7月29日に発売した。<美しく生きること>をテーマに掲げた同作には、フィーチャリングアーティストとしてPSGのPUNPEEを迎えたほか、KREVAやSWING-O、BACHLOGICといった面々がプロデュースした楽曲も収録され、いまのRHYMESTERのアティテュードが浮かび上がる新鮮な仕上がりとなっている。2015年、ビクターエンタテインメントへ移籍し、主催レーベル「starplayers Records」を設立したほか、5月10日には初のフェス<人間交差点>を開催するなど、結成26年目を迎えてますます精力的に活動する彼らにとって、同アルバムにはどんな意味合いがあるのか。音楽ライターの磯部涼が切り込む。(編集部)

「〝新しい表現〟を模索した結果、ピアノがメインになっていった」(DJ JIN)

ーーRHYMESTERのディスコグラフィーの中でもかなりコンセプチュアルなアルバムだと感じました。 Mummy-D:うん、今まででいちばんって言っていいんじゃないかな。 ーーそのコンセプトをひと言で表すと、アルバム・タイトルや、アルバムのムードを決定付けているピアノをフィーチャーしたイントロ/インタールードのタイトル等で繰り返し使われている、〝ビューティフル〟という単語があてはまると思うのですが、そのようなコンセプトに至るまでにはどんな経緯があったのでしょうか? Mummy-D:そうだな……結局、制作にトータルで2年半ぐらいかかっちゃったわけだけど、最初にメンバーで集まってこのアルバムについてのミーティングをした時に、まず、「最近、どんなことを考えてる?」っていうところから話を始めたのね。そうしたら、ちょうど、ヘイト・スピーチが問題になっていた頃で、「あれは嫌だよな!」ってことで意見が一致して。そこから、「みんな、ちょっとした価値観の違いを受け入れられなくなってきている感じがする」「そういうのは窮屈で嫌だよなぁ」って話になって。でも、一方で、何が正しいかってことも言いにくい時代だとも思うんだよね。そもそも、ヘイト・スピーチだって〝正しさ〟を笠に着ているわけであってさ。それに対して、こちらから〝正しさ〟をぶつけても、問題が解決しないんじゃないかと。で、「じゃあ、どうしたらいいんだろう?」って考えた末に、「やっぱり、醜いのはダメだよな」「美しくあろうとすることは大事」「そのぐらいは言ってもいいんじゃない?」っていう結論に何となく辿り着いて。そこから、〝ビューティフル〟って単語が出てきたのかな。 ーー〝ビューティフル〟というコンセプトは、前作『ダーティーサイエンス』(13年)と対になっているとも言えますよね。 Mummy-D:いや、逆の概念ではないんだよ。 宇多丸:〝ビューティフル〟には〝ダーティ〟も包括されてるから。「汚いとされるものへの不寛容に対抗する」っていう意味にも取れる。アルバム・タイトルにもある通り、酸いも甘いも、そして、汚いも含めて美しい、みたいな。 Mummy-D:確かにサウンドとしては逆に行ったようなところもあって、前回があえてノイジーなものだったり、音楽的にあえて間違ったものを狙ったとしたら、今回はメロウネスを中心に据えて、音楽的にも間違ってないものを目指した。グッドミュージック感というか。 宇多丸:あるいは、アダルトな感じというかね。 ーーミーティングをする中で、メッセージは〝ビューティフル〟、サウンドは〝アダルト〟という方向性が決まっていった? 宇多丸:結果的にそっちに完全に行ったよね。移籍が決まったこともあって、途中、迷ったりもしたんだけど。「移籍第一弾がそんなイレギュラーなタマで良いのか?」とか。 ーーイレギュラーというのは? 宇多丸:やっぱり、リスナーが期待するだろう〝RHYMESTERっぽさ〟ってあるじゃない。今回のアルバムの収録曲で言うと「マイクロフォン」とかさ。 ーー前回のインタビュー(RHYMESTERは今のスタイルをどう掴みとったか?「やっぱり、オレらはライヴ・バンドなんだ」)で話した、〝エモい〟表現みたいなことでしょうか? 宇多丸:そうだね。『人間交差点/Still Changing』はそれに準ずるようなところもあって、あのシングルが結構好評だったことでカムバックのイメージは打ち出せたので、アルバムは振り切っても大丈夫だろうと。 ーーただ、「人間交差点」も「Still Changing」もアルバムの流れで聴くとまた印象が違いました。 宇多丸:だから、あの2曲が〝RHYMESTERっぽさ〟と今回の〝イレギュラーさ〟の橋渡し役になっているのかな。 ーーちなみに、サウンドに関しては先程も言ったようにピアノが印象的ですけど、Dさんは『ダーティサイエンス』収録曲「It’s A New Day」に関して、リリース当時、「新しいアプローチ」「あんなキレイなピアノ使ってる曲なんかやったことなかった」「『黒っぽくない』というか。俺らはやっぱ、どこかでファンク臭とかソウル臭がしちゃうんだけど……その当時、『白い』モノに興味があったんだよね」( http://amebreak.ameba.jp/interview/2014/09/005191.html )と語っていました。 Mummy-D:今回、「ピアノ中心で行こう」みたいなことは意識していなかったものの、改めて考えてみたら、確かに多いね。「フットステップス・イン・ザ・ダーク」もそうだし、「The X-Day」でも使ってるか。  昔、RHYMESTERには、曲にキーボードが全然入ってない時期があってさ。ホーンとギターばっかりっていう。でも、ヒップホップの表現の幅も広がってきて、ラップもエモーションみたいなものを開放していこうっていう流れになって。で、そういうことをやろうとした時にピアノっていうのは、やっぱり、ぴったりなんだよね。下手に使うと危ないんだけど、勇気を持ってピアノだけをバックにしたこともあったし。 ーー『ダーティサイエンス』と本作の間にリリースされたベスト・アルバム『The R~The Best of RHYMESTER 2009-2014』(14年)には、「It’s A New Day」と「ちょうどいい」のピアノ・バージョンが収録されていましたよね。ホーンが勇ましい〝アツさ〟を表現するのに適しているとしたら、ピアノはそれとは対照的に繊細な〝エモさ〟を表現するのに適しているといったところでしょうか。 Mummy-D:そうだね。ホーンもエモーショナルな楽器ではあるんだけど、ピアノとは感情の種類が違う。 宇多丸:ピアノは流麗さを表現するのにも適してるよね。 ーー「人間交差点」がホーンとオルガンをメインにしているのも、宇多さんの「(同曲が)〝RHYMESTERっぽさ〟と今回の〝イレギュラーさ〟の橋渡し役になっている」という説明を裏付けているような。 DJ JIN:アルバムをつくる上で、〝RHEYMESTERならではの表現〟とか〝他のアーティストがやってない表現〟とか、あるいは、〝新しい表現〟みたいなことを模索した結果、ピアノがメインになっていったってことなのかな。要はフレッシュというか。いわゆるミュージシャン・シップみたいなものを取り入れてトラックをつくるっていう試みはこれまでもやってきたけど、今回はそれをまたさらに違う方向でやれたと思うし。 ーー身近にSWING-Oというアーティストがいたからこそ、というのもあるんじゃないですか? DJ JIN:もちろん、それもあるね。SWING-Oっていうキーボーディストは、ピアノでリッチかつ情感豊かに演奏出来る人で、彼とのセッションから膨らんでいった部分も大きい。 ーー〝リッチ〟って表現、いいですね。今回のアルバムのイメージを言い表す言葉として、〝ビューティフル〟もそうだし、〝エモーショナル〟もそうだけど、〝リッチ〟もしっくりくる。 宇多丸:オレ、最近、〝豊か〟って表現、超便利だなと思って評論とかでよく使っちゃうの。いろんなものが包摂されてるでしょう。『Bitter, Sweet & Beautiful』っていうタイトルにしても、並んでいる3つの単語をひと言でまとめるとしたら、それは、〝リッチ〟ってことになるのかもしれない。

「今回は表現の幅を広げるアルバムにしたかった」(Mummy-D)

ーーリッチ・ギャングじゃないですけど、〝リッチ〟って単語にはヒップホップ感もありますしね。そして、『Bitter, Sweet & Beautiful』の音楽性に関して、当然、目を引くのがPUNPEEのクレジットです。5曲でプロデュースを手掛け、その内、2曲ではラッパー/ヴォーカリストとしても参加していますが、最初の段階から彼にはこのように全面的に関わってもらおうと考えていたのでしょうか? Mummy-D:PUNPEEは、最初にトラックを集め始めた時に5曲入りのやつをくれたんだけど、それがどれも凄く良くて。 宇多丸 うん、突出してフレッシュだった。 ーーああ、RHYMESTERはアルバムをつくる上で、トラックのオーディションみたいなことをやるんですね? Mummy-D:最近はそうなってるね。まず、オレが200から300ぐらいは聴いてるんじゃないかな。その中から選んだものを皆にも聴いてもらうんだけど、とにかく、PUNPEEが気合入っててさ。あと、彼はオケをつくると同時にフックも頭の中で鳴っちゃうタイプらしくて、デモの段階でそれを仮歌で入れてきてて。だから、トラックを採用すると同時に、ヤツの声も採用せざるを得なくなるっていう。それで、PUNPEEだらけのアルバムになっちゃったんだけど(笑)。 宇多丸:でも、あのフックの感じとか、オレらからは絶対出てこないものだから面白くて、「これ、そのまま使ってもいいかもね」っていう。 ーー以前、宇多さんは『ウィークエンドシャッフル』(TBSラジオ)でPUNPEEを上手いラッパーの代表に挙げていましたよね。 宇多丸:そうそう。一緒に曲をつくり出すちょっと前ぐらいかな。ヴォーカリストって武器を1個でも持ってりゃ良くて、2個持ってるのは上手いひと、3個持ってるのは天才だと思うんだけど、あいつは3つ以上持ってる気がするな。しかも、その3つ以上のバランスの調整が見事というか、トータルで確実にクリティカルヒットしてくる。 ーー結果として、PUNPEEがアルバムの要となりました。 Mummy-D:PUNPEEという毒を食らっていいものをつくろうみたいなところはあったね。前回は(illicit)tsuboiくんにその役をやってもらったわけだけど、今回は彼に。 ーーアルバムのコンセプトにも通じる話なんですが、今回のリリックには、下の世代へのメッセージも多く含まれていますよね。「Kids In The Park」はそのものズバリですけど、「ガラパゴス」も若いラッパーに向けたラインがあります。だからこそ、PUNPEEが大々的に起用されたのかなとも思ったのですが? 宇多丸:それは、ひとつに、DとJINに子供がいるっていうのもあるんじゃない? ただ、PUNPEEに関しては「若手をフックアップ」的な意識はないね。 Mummy-D:うん。彼はもはや中堅どころの実力派みたいな位置にいると思うし。今回はヤツの才能を借りて新しさを導入したっていうより、むしろ、表現の幅を広げてもらったっていう感じかな。音楽的な許容度が高いじゃん、PUNPEEは。今回はまさにそういうアルバムにしたかったから。 ーーなるほど。では、フレッシュさではなく、SWING-Oのピアノと同じようにアルバムにおける〝リッチさ〟を担ってもらったと。 宇多丸:あとは、あいつを入れることで、風通しが良くなるっていうかね。オレらは意味意味意味、コンセプトコンセプトコンセプトでがっちりとした建築をつくっちゃいがちなんだけど、PUNPEEのヴァースで「お前、何言ってんの?!」みたいなところがあると、そこににちゃんと襖がつく。 ーー後程、詳しく訊きますけど、「SOMINSAI」のラップとか、笑わせ方を分かっているというか、結構、ロジカルなタイプなんだなって思いましたよ。 宇多丸:ベースには彼なりのロジックががっちりあったりするんだろうけどね。でも、その表出の仕方がさ、「〝加奈子〟(「SOMINSAI」のPUNPEEのパートで「忘れちゃえ 穴兄弟 過去の事 加奈子の事」というラインがある)って誰だよ? 昔、付き合ったことあるの?」「いや、ないっす」みたいな感じで(笑)。やっぱり、オレらにはない、いい意味でのルーズさがあるっていうか。あいつのヴァースが上がってきた時に、すごく感心したもん。「ラップってこれぐらい力が抜けてるほうがカッコいいってのもあるよな」「難しく考え過ぎなんだよな、オレは」みたいな。 Mummy-D:一方で、「ここはこの小節で終わってくれ」とか「この言葉は使わないでくれ」とか。そういう細かい注文も多いんだけどね。それで、喧嘩までは行かないけど、結構なやり取りをして。 ーーRHYMESTERに対してラップのディレクションをするんですか! Mummy-D:うん。ヴァースの言葉を変えてくれとか、サイズを変えてくれって言われたのは初めてだったね。 宇多丸:最初、「Kids In The Park」の3番は16小節書いたんだけど、「8小節で終わってください」って言われて、「あ、はーい」っていう。 ーー音楽的に考えた時に、それが、彼にとってはビューティフルだと。 宇多丸:そうそう。PUNPEEなりに響く在り方っていうものがあるみたい。

「ひとはどうしてもシラフじゃ生きていけない」(宇多丸)

ーーでは、続いて、アルバムの収録曲で特に気になったものについて順に伺っていきたいと思います。まずは5曲目の「ペインキラー」。フックに〝ドラッグディーラ―〟という、アメリカのラップ・ミュージックでは頻出するものの、これまで、RHYMESTERには縁遠かった単語が使われています。ただ、当然というか、ドラッグそのものではなく、音楽をドラッグに例えて歌っている。 宇多丸:音楽だけでなく、そもそも、エンターテインメントは気晴らしっていうか、もしくは、ある種の毒っていうか、わざわざ、身体に入れなくてもいいものなのに、それなしで生きているひとはまずいないっていう。もちろん、ドラッグを推奨しているわけじゃないんだけど、そういうものを非難するひとも、音楽とか聴いてる時点で同じだよっていう。 ーー誰もが何かしらにアディクトしてるということでしょうか? 宇多丸:そうそう。ひとはどうしてもシラフじゃ生きていけないんですよ。みんな、何かに逃げ込んでいる。これはアルバムの中でいちばん古い曲で。今回の裏テーマとも言えるんじゃないかなって思うんだけど。 ーーアメリカとは違って、今、日本のメジャーで狭義のドラッグについて歌うことは出来ないですよね。だから、「ペインキラー」は、やはり後程、詳しく訊こうと思っている「ガラパゴス」と同じように、日本のラップ・ミュージックのガラパゴス性を表現したとも言えると思いますし、あるいは、宇多さんが仰ったように音楽を含む広義のドラッグにでも逃げ込まないとやっていけないこの国のキツい状況を表現したとも言える、RHYMESTERらしい批評的な曲だと感じました。 宇多丸:いま思い出したけど、この曲をつくる時に、デジタル・アンダーグラウンドの『セックス・パケッツ』(90年)のこともちょっと頭にあったかも。 ーーセックスの代替薬を巡る物語を描いたコンセプチュアル・アルバムですよね。 宇多丸:あれもドラッグのメタファーでしょう。 ーー続いて、シリアスなアルバムの中でいちばん浮いているのが、先程も話に出た7曲目の「SOMINSAI」。元ネタになっているのは日本三大奇祭に数えられる岩手県奥州市の黒石寺蘇民祭ですよね。知らない方は、是非、画像検索してみて下さい。 宇多丸:検索して出てくる画像は完全にアウトだからね! 本当に全裸。ここ数年、流石にふんどしはするようになってきたみたいなんだけど、長老だけは相変わらずしてないっていう。 Mummy-D:出してる人のほうが偉いんだね(笑)。 宇多丸:日本の奇祭っていうと他にも川崎市のかなまら祭とかあって、それも西洋的価値観から見たらアウト中のアウトなんだけど、やっぱり、我々みたいな土着の人間が感じる〝豊かさ〟みたいなものに、そういう、裸とか性とかっていうものが含まれてるんだと思うんだよ。 ーー蘇民祭もかなまら祭も〝ビューティフル〟だし、〝リッチ〟なものだと。 宇多丸:凄くドメスティックで、それこそガラパゴスな価値観なんだけど、一方でその〝豊かさ〟みたいなものは形を変えながら世界中の何処にでもあるはずで。 ーー極めてローカルだけれど、同時にグローバルでもあると。それにしても、「SOMINSAI」っていうタイトルは直球ですね。 宇多丸:これはねぇ……迂闊そのもの。 Mummy-D:もともとは「蘇民祭〝的〟なことを歌おう」って言ってたのに、PUNPEEが自分のヴァースで〝ソミンサイ、ソミンサイ〟ってそのまんま連呼してて(笑)。「じゃあ、しょうがねぇ。ローマ字表記にするか」って。それで、「SOMINSAI」。 宇多丸:ただ、〝蘇民祭〟って言葉自体は一般名詞だから。 ーー曲中に〝黒石寺権蔵〟ってキャラクターも出しちゃってますけどね。 Mummy-D:言い訳不能(笑)。 ーーあのキャラクターを演じてるのはPUNPEEですよね? Mummy-D:そうそう。オルター・エゴらしい。 宇多丸:あんなの頼んでないよ! あいつが勝手にやってるんだよ(笑)。 ーーKICK THE CAN CREWとやった「神輿ロッカーズ」(02年)なんかは祭囃子をラップに取り込むというか、それこそ、ガラパゴスなラップ・ミュージックをあえてつくろうという試みだったわけですけど、「SOMINSAI」はガラパゴスとも言えない何がなんだかよく分からないものになっていますよね。 Mummy-D:途中で入ってくるバイオリンの音とかアイリッシュっぽかったりして、全然、日本の祭じゃないもんね。 ーー声ネタもちょっと中東っぽく聴こえたり。タイトルに反して土着的ではなくて、むしろ、人工的なサウンドですよね。 宇多丸:〝SOMINSAI〟っていうタイトルだからって、蘇民祭の音をそのまま使っても面白くないじゃん。 ーーただ、蘇民祭はRHYMESTERにとってはひとつの理想郷であると。 Mummy-D:全然、違うよ!(笑) 宇多丸:でも、まぁ、褒められたものではないかもしれないけど、ああいう、〝豊かさ〟もちゃんと認めていきたいよねっていうのはあるかな。 ーー〝褒められたものではないかもしれない〟……というのは、8曲目の「モノンクル」にも繋がる話です。 宇多丸:そうそう。全体を通してそれを言ってるから。 ーー「モノンクル」は〝おじさん〟がテーマで、前回のインタビューの時、Dさんが自分のことをやたらと〝おっさん〟と言っていたのが気になったんですけど、ここで言う〝おじさん〟は〝おっさん〟とは違う。 Mummy-D:うん、違う〝おじさん〟だね。 ーー要するに〝伯父さん〟ですよね。文化における〝伯父さん〟って伝統的な立ち位置だと思うんですけど。 宇多丸:その通りです。 ーー父親よりも気軽で、友達よりも身内な、文化のことだったり、あるいは人生のことだったり、色々な知識を教えてくれる歳上のひとっていう。その知識が〝褒められたものではないかもしれない〟わけですが。ちなみに、タイトルはジャック・タチ『ぼくの伯父さん』の原題〝Mon Oncle〟の引用ですか? 宇多丸:それを〝モノンクル〟ってカタカナ5文字の表記にすると、伊丹十三の出してた雑誌(朝日出版社/81年~)のタイトルでもあって。おそらく、伊丹十三も文化における〝伯父さん〟的なスタンスを打ち出そうとしたと思うんだけど。「モノンクル」って表記にしたのはそれに対するオマージュ。 ーー宇多さんもラジオで自分よりは歳下のリスナーの子たちを相手に文化について語っているわけですけど、やはり、〝伯父さん〟でいたい? 宇多丸:RHYMESTERそのものが、この界隈の音楽業界では〝伯父さん〟的な立ち位置だろうしね。あと、オレの場合は、DやJINの子供とか、小島慶子さんのうちの2人の子供のためにビデオを選んだりしてて。「宇多丸おじさんが、今度はどんな面白い映画を観せてくれるかな?」みたいな立場が凄い愉しくてさ。「さぁ~、君らの年齢でいえば、そろそろ、この辺りがいいんじゃないか~?」って。 ーー今はどのくらいまで行ったんですか? 宇多丸:小島さん家の子供は『スター・ウォーズ』が凄い好きで、「オレは高級なライト・セイバー持ってんだぞ! FXライト・セイバー」って自慢したら、「おかーさーん! FXライト・セイバー買ってー!」って大騒ぎになっちゃって、「ヤバい、まずいこと教えてしまった……」っていう(笑)。まぁ、そういうふうに、「〝伯父さん〟って立ち位置は良いよね」って考えは、子供たちと直に触れて楽しかったことから来ているものでもある。 ーーうちの弟はオタクなんですけど、従兄弟の子たちが小さい頃は戦隊ものの知識とかを披露して尊敬されていたのが、その子たちももはや中学生とか高校生なので「何だこのひと?」みたいな扱いになってます。 宇多丸:北杜夫の『ぼくのおじさん』っていう小説にはそういう感じもあって。伯父さんが家でずっとごろごろしてて、「ダメなひとだなぁ」って思うんだけど、後に振り返ってみるとそのダメさが自分には重要だったのかもみたいな話。あれは好きで何度も読んだけどね。 ーー先程、今回のアルバムには下の世代へのメッセージが込められているのではないかっていう話をしましたけど、〝伯父さん〟っていう距離感は絶妙ですよね。完全な上から目線ではない。 宇多丸:そうそう。〝ガハハおじさん〟みたいなのは嫌なんだよね。セクハラするようなおっさんのことをイメージされちゃ困るっていうか。 ーー最近、ラッパーの漢が出した『ヒップホップ・ドリーム』(河出書房新社/15年)に「日本のラップ・シーンはいわゆる日本的なタテ社会とアメリカ的なヨコ社会の中間の、ナナメ社会だ」みたいなことが書いてあって、それにも通じる話だとも思いました。 宇多丸:へぇ! あの本も面白いよね。すげぇ怖いけど。「信じられない、こんな人が同じシーンにいるのか!」って思った(笑)。

「『オレたちがやっていることは何なんだ?』っていうことを問いなおす機会が度々あることは、ありがたいことなのかもしれない」(宇多丸)

ーーそして、気になるのが9曲目の「ガラパゴス」。この曲はやはり例の為末ツイート(元・陸上選手の為末大による「悲しいかな、どんなに頑張っても日本で生まれ育った人がヒップホップをやるとどこか違和感がある」という文章で始まる一連のツイートのこと)が発端になっているわけですよね? Mummy-D:直接的な要因としてはそうだね。 ーーただ、これまでも、RHYMESTERはヒップホップに対する誤解を解いたり、魅力を説明する曲をたくさんつくってきたわけですが、この曲では「まだこんなことを言わなきゃいけないのか」みたいな苛立ちが表現されています。 Mummy-D:『ウワサの真相』(01年)の頃と言ってること変わってねーや、みたいな。 宇多丸:でも、為末さんはすごいよね。実際にヒップホップのグループに曲をつくらしちゃったんだもん。ありがとうございます。 ーー宇多さんはあのツイートをラジオでも取り上げていましたね。 宇多丸:まぁ、悪気はないのは百も承知なんだけど。逆説的に言えば日本のヒップホップ肯定論としてもとれると思ったし。 ーー「ガラパゴス」が面白いと思ったのは、「「日本のヒップホップにおけるオリジナリティとは何か?」みたいなこれまで散々繰り返されてきた質問に答えるよりも、その質問自体が愚問であり、設問自体がある種の罠だと言っているわけですよね。 宇多丸:そもそも、「オリジナルって何?」っていう。例えば、〝仏教〟って言葉は使ってないけど、お経っぽくラップして「チーン!」って言ってるところなんかは、「仏教だってモロ輸入文化やないか!」って意味を込めてて。しかも、仏教って輸入してくる時に土着のひとと揉めてるんだよ。「この外国被れが!」みたいな。 ーー今は伝統になっているものも、かつてはモダンなものだったのかもしれない。 宇多丸:そう。要はアメリカのイケてる流行をそのまま直輸入するような話だったんだから。 ーーそして、同じようなことが世界中で起こっているし、むしろ、それこそが文化の本質であると。 宇多丸:あと、日本語ラップで言うと、「本場もんの完コピ」でも「本番もんとは別もん」でも、結局両方、貶されるんだもん。 ーー完コピは猿真似、別もんはガラパゴスだって言われるわけですよね。 宇多丸:しかも、それを同じ口で言ったりするから。まさにダブルスタンダード。本質はその中間にあるのに。 ーー〝猿真似〟〝ガラパゴス〟みたいな分かりやすいレッテルに引っ張られてしまう。 宇多丸:だから、「日本のヒップホップにおけるオリジナリティとは何か?」みたいな質問自体が愚問なんです。で、スタジオで「最後の1行どうしよっかなー」って考えてたら、Dが「もうこんな話はしたくないよね」って言って、「それだ!」って(笑)。 ーーこの曲が最終的な結論になるんですかね。 宇多丸:どうだろね? まぁ、こんなことを言わなきゃいけないうちが華なのかなとも思うんですよ。 ーー確かに、今のロックなんかにはそういう設問自体がないし。 宇多丸:やっぱり、「オレたちがやっていることは何なんだ?」っていうことを問いなおす機会が度々あることは、ありがたいことなのかもしれないし。それを問わなくなった時に堕落するのかもしれない。 ーー日本語ロック論争みたいなものが、ラップにおいてはもう30年ぐらい続いているわけですからね。 宇多丸:日本語ラップのトレンドも、振れてるじゃない。バイリンな時期があったり、日本語エモがあったり。面白いよなぁ、ジャンルとして全然生きてるよなぁと思って。 ーー実は「日本のヒップホップにおけるオリジナリティとは何か?」みたいな、永遠に解けない質問に立ち向かい続けていることで、オリジナリティが生まれている。 宇多丸:ロックのひとからすると、羨ましいとすら思えるのかもしれないね。 ーーちなみに、「ガラパゴス」のDさんの3ヴァース目はTwitterディス? Mummy-D:Twitterディスじゃない(笑)。 ーー「また ピーチク パーチク うっせー小鳥のさえずりに/また ピーチク パーチク うっせー小鳥のさえずり返し」ってラインはそうとしかとれないですけどね。他にもこのアルバム、結構、ネット・ディスが多いなと思いました。 Mummy-D:あ、そうかね。ネット・ディスもしてないよ。 ーーいや、してますよ。 Mummy-D:ははは! 宇多丸:まぁ、SNSとかを、ちょこっとチクチク言ったりしてね。 ーーそうそう。宇多さんの「「つながり」を切望し だがそのたび絶望し」(「Beautiful」)とか「しばらく「つながり」中毒離れてソリチュード」(「サイレント・ナイト」)とかも、Twitterディスですよね。 Mummy-D:でも、それはTwitterディスではないでしょ。すぐ〝つながり〟たがる傾向をディスしてるんであって。だって、Twitterディスって、メール・ディスみたいなもんじゃん。電話ディスとか。 ーーあぁ、もはやインフラになってるものをディスっても仕方がないっていう? Mummy-D:だから、Twitterディスっていうより、Twitterの使い方を間違えてるバカに対するディスだね。 宇多丸:過度のSNS依存とかさ。 Mummy-D:みんなが感じてることだよ。 宇多丸:SNS上で誰もが言ってることっていうか。この程度のことは。 ーーDさんが「マイクロフォン」で、「だから 震わせてくれよリアルな空気を リアルな言葉(ワード)でリアルな世界(ワールド)を/もうアバター・トゥ・アバターの虚ろな会話じゃ裸の俺たちは満たせやしないんだ」と歌っているのは、ネットよりもリアル志向っていうことですよね。 Mummy-D:そうだねぇ。 ーーまさに〝おじさん〟的なメッセージだと思いましたけど。 Mummy-D:ネットで拾える情報をネットで回して、それに対して何だかんだ言ったりだとか。そんなんだったら、1回、ライブを観に来てくれたら速いのに、みたいなことは考えたね。 ーーネットを眺めながら色々と思うことはあるんですね。 Mummy-D:ネットはもはやデフォルトだから、それは避けて通れない。だから、その使い方だとか、そこでのコミュニケーションだとかを話題にしてるんだろうね。あるいは、ふと感じた、ちょっとした虚しさだとか。 ーー前回のインタビューで〝現場〟について訊いた際、今のRHYMESTERは曲をつくる時にクラブのことはあまり想定しないけれど、フェスだったりネットだったりは念頭に置く、というようなことを言っていたのが印象的だったのですが。 宇多丸:ネットもひとつの現場だよね。でも、Dも言ったように、ネットはもはや特別なものではなく、生活の一部だからさ。 ーーそうですよね。今、〝ポスト・インターネット〟って言葉がありますが、それは、もはやオフ・ラインとオン・ラインに区別はないっていう状況を指しているわけで。 宇多丸:だから、日々の暮らしについて何か意見を言おうとした時に、ネットで起こるある種の現象も視野に入れざるを得ないってだけのことで。オレは、本当に自由に、フラットに意見を言い合えるスタイル・ウォーズなら、全然、良いと思う。コピペして意見を言った気になるとか、そういうものがイラっとくるだけで。 ーー「ガラパゴス」の歌詞にもあるように、「「ひとこと言ったった!」気にはなれる」みたいな。 宇多丸:そうそう。「言えてねぇよ、お前これ!」っていう。まぁ、おじさんとしては文句のひとつでも言いたくなるってだけで、もちろん、それも含めてのネットだと思いますけどね。リテラシーもどんどん変わってるしね。 ーーJINさんはTwitterやってますけど、宇多さんはやってないですよね。Dさんは? Mummy-D:やってないよ。 ーーネット・リテラシーの低いグループ……。 宇多丸:でも見てるよ、全然! ーーははは。それは、一応、警告しておかないと。 Mummy-D:警告(笑)。 宇多丸:ほんとだよ。「言っとくけど、お前の発言、これ簡単に見れっからね!」っていう。あまりにそれを意識してないと思われる、迂闊なひとが多くて。 ーー本当に呟きだと思っちゃって。 宇多丸:フォロワーしか見てないと思ってるかもしれないけど、「いや、丸見えだから!」みたいな。お前のその中学生日記が未来永劫残る可能性だってあるわけでね。オレの若い頃にこんなものがあったとして、恥ずかしい妄言の数々が世界にさらされると考えたら……(頭を抱える)「わー!」。 Mummy-D:今は忘れられる権利がないよね。 後編【RHYMESTERが示す、プロテストとしての音楽表現 DJ JIN「美しくあろうという気持ちが大切」】に続く (取材・文=磯部涼)
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RHYMESTER『Bitter, Sweet & Beautiful』

■リリース情報 『Bitter, Sweet & Beautiful』 価格:初回限定盤A (CD+BD) ¥3,800(税抜)    初回限定盤B (CD+DVD) ¥3,500(税抜)    通常盤 (CD) ¥3,000(税抜) <収録曲> 1. Beautiful – Intro [DJ JIN and SWING-O Produce] 2. フットステップス・イン・ザ・ダーク [PUNPEE (PSG) Produce] 3. Still Changing [BACHLOGIC Produce] 4. Kids In The Park feat. PUNPEE [PUNPEE (PSG) Produce] 5. ペインキラー [KREVA Produce] 6. Beautiful – Ineterlude [DJ JIN and SWING-O Produce] 7. SOMINSAI feat. PUNPEE [PUNPEE (PSG) Produce] 8. モノンクル [PUNPEE (PSG) Produce] 9. ガラパゴス [BACHLOGIC Produce] 10. The X-Day [Mr. Drunk (Mummy-D) Produce] 11. Beautiful [DJ JIN and SWING-O Produce] 12. 人間交差点 [DJ JIN Produce] 13. サイレント・ナイト[PUNPEE (PSG) Produce] 14. マイクロフォン [BACHLOGIC Produce] <初回限定盤特典収録映像> ・ “6 minutes of #nkfes” 全アーティスト収録・主催フェス「人間交差点 2015」スペシャルダイジェスト映像 ・「SOMINSAI feat. PUNPEE」(人間交差点 2015)ライブ映像  ・「Still Changing」MV ・「人間交差点」MV 副音声:宇多丸・Mummy-D・DJ JINによる元祖・生(ビール)コメンタリー ■ライブ情報 KING OF STAGE VOL. 12 Bitter, Sweet & Beautiful Release Tour 2015 公開リハーサル 公演日:2015年9月24日(木) 会場:川崎 CLUB CITTA’ 時間:18:00 Open / 19:00 Start 料金:オールスタンディング ¥3,000(税込)ドリンク代別 お問い合わせ:CITTA'WORKS 044-276-8841 公演日:2015年9月27日(日) 会場:大阪 Zepp Namba(Osaka) 時間:17:00 Open / 18:00 Start 料金:1F 指定席、2F 指定席 ¥5,000(税込)ドリンク代別 お問い合わせ:夢番地大阪 06-6341-3525 公演日:2015年10月4日(日) 会場:高知 X-pt.(クロスポイント) 時間:17:00 Open / 18:00 Start 料金:祝初!高知ライブ・特別価格 オールスタンディング    ¥4,000(税込)ドリンク代別 お問い合わせ:デューク高知 088-822-4488 公演日:2015年10月9日(金) 会場:東京 Zepp DiverCity(Tokyo) 時間:18:00 Open / 19:00 Start 料金:1F スタンディング ¥5,000(税込)ドリンク代別    2F 指定席 ¥5,500(税込)ドリンク代別 お問い合わせ:CITTA'WORKS 044-276-8841 公演日:2015年10月12日(月・祝) 会場: 名古屋 Zepp Nagoya 時間:17:00 Open / 18:00 Start 料金:1F 前方指定席 ¥5,000(税込)ドリンク代別    1F 後方スタンディング ¥4,800(税込)ドリンク代別    2F 指定席 ¥5,000(税込)ドリンク代別 お問い合わせ:サンデーフォーク 052-320-9100 公演日:2015年10月18日(日) 会場:青森 SUNSHINE 時間:17:00 Open / 18:00 Start 料金:オールスタンディング ¥4,500(税込)ドリンク代別 お問い合わせ:CITTA'WORKS 044-276-8841 公演日:2015年10月20日(火) 会場:仙台 Space Zero 時間:18:00 Open / 19:00 Start 料金:オールスタンディング ¥4,500(税込)ドリンク代別 お問い合わせ:CITTA'WORKS 044-276-8841 公演日:2015年10月25日(日) 会場:福岡 DRUM LOGOS 時間:17:00 Open / 18:00 Start 料金:オールスタンディング ¥4,500(税込)ドリンク代別 お問い合わせ:BEA 092-712-4221 公演日:2015年11月1日(日) 会場:静岡 SOUND SHOWER ark 時間:17:00 Open / 18:00 Start 料金:オールスタンディング ¥4,500(税込)ドリンク代別 お問い合わせ:BOOM BOOM-BASH 054-264-6713 公演日:2015年11月3日(火・祝) 会場:水戸 VOICE 時間:17:00 Open / 18:00 Start 料金:オールスタンディング ¥4,500(税込)ドリンク代別 お問い合わせ:CITTA'WORKS 044-276-8841 公演日:2015年11月8日(日) 会場:沖縄 桜坂セントラル 時間:17:00 Open / 18:00 Start 料金:オールスタンディング ¥4,500(税込)ドリンク代別 お問い合わせ:PM AGENCY 098-898-1331 公演日:2015年11月10日(火) 会場:鹿児島 SR HALL 時間:18:00 Open / 19:00 Start 料金:オールスタンディング ¥4,500(税込)ドリンク代別 お問い合わせ:BEA 092-712-4221 公演日:2014年11月15日(日) 会場:岡山 YEBISU YA PRO 時間:17:00 Open / 18:00 Start 料金:オールスタンディング ¥4,500(税込)ドリンク代別 お問い合わせ:夢番地(岡山)086-231-3531 公演日:2014年11月22日(日) 会場:富山 MAIRO 時間:17:00 Open / 18:00 Start 料金:オールスタンディング ¥4,500(税込)ドリンク代別 お問い合わせ:CITTA'WORKS 044-276-8841 公演日:2014年11月29日(日)  会場:札幌 PENNYLANE24 時間:17:00 Open / 18:00 Start 料金:オールスタンディング ¥4,500(税込)ドリンク代別 お問い合わせ:ウエス 011-614-9999 ・ チケットは一人で、4枚までのお申し込みが可能。 ・ 取材、作品用の撮影カメラが入る場合あり。 ・ 6歳未満無料(座席が必要な場合は要チケット) ・ スタンディングで参加のお子様連れのお客様は充分に注意。 お問い合わせ総合:チッタワークス・044-276-8841(平日12:00~19:00) http://www.rhymester.jp/

AKB48“汗臭い説”浮上!? イメージダウンどころか「汗臭いなんて最高」となぜか人気上昇…

オタクに"なるほど"面白い!オタクニュース・ポータル「おたぽる」より

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YouTubeAKB48公式アカウントより。
 泣く子も黙るAKB48に“汗臭い説”が浮上した。日本のトップを突き進むアイドルグループだけに、汗臭いとあってはイメージの大幅ダウンは免れないと思われた。しかし、どうやらそうでもないらしく「汗臭いなんて最高」と、ファン以外からも好評のようだ……。  AKBグループの総合プロデューサー・秋元康氏が綴る、読売新聞日曜版朝刊の月1連載コラム「秋元康の1分後の昔話」。ファンが毎月楽しみにしている同コラム26日掲載分のテーマは“乃木坂46の軌跡”。乃木坂46・生駒里奈とSKE48・松井玲奈を交換留学させた理由や、その結果、生駒がメンバーに注意や気合いを入れるようになり、見事成長を遂げたことなど、テーマ通り“乃木坂46の軌跡”を綴っている。その中で、AKB48に関する興味深い話が飛び出てきたのだ。 「おたぽる」で続きを読む

いまや有吉、上田よりも実力は上!? SMAP中居正広のMC力の秘密とは? ボロボロ27時間テレビでもひとり奮闘

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27時間テレビは中居クンで救われた?
【本と雑誌のニュースサイトリテラより】  視聴率が振るわなかった上、大久保佳代子のマラソン“ワープ疑惑”に「TED」パロディのライセンス無許可問題など、放送後もいまだに“よくない”話題がつきない今年の『FNS27時間テレビ』(フジテレビ系)。テーマに「本気」を掲げたものの、本気どころか企画力のなさが露呈し、フジのピンチぶりがただ露わになっただけの27時間だったが、そんななか、唯一評価を受けているのが「中居正広のMC力」だ。  今回の番組は『めちゃ×2イケてるッ!』がメインとなり、総合司会もナインティナインだったが、『めちゃイケ』レギュラーでもない中居がなぜか司会に参戦。メインのナインティナインが休憩している間も出ずっぱりで、八面六臂の大活躍を見せた。この中居の“大アシスト”には岡村も「ホンマに困ったときの中居正広。あんまり恥ずかしくてこんなこと言いたくないんですけど、中居、ほんとにありがとう」「中居正広ってほんとうにすごいんだなって思いましたよ」と、『オールナイトニッポン』で感謝と称賛を口にした。  もちろん、中居のMCの安心感はすでに多くの人が感じていることだろうが、しかし一体、中居のMCの魅力とは何なのだろうか。じつは先日、この秘密に迫った本が発売された。社会学者・太田省一氏の『中居正広という生き方』(青弓社)だ。  中居といえば、SMAPブレイク前からグループ内でMCの役割を担い、その腕を磨いてきたが、本書によると、中居は30歳で「やっぱMCだな」と再確認、そのとき中居はこんな決意を秘めていたという。 〈そのとき、「三十代は一回ファンに嫌われなければいけない」と決意した。なぜか。バラエティ番組のMCとなれば、恋愛や結婚の話、あるいは下ネタになることもある。その際、MCである自分がそういう話をまったくしないのは卑怯だと感じたからである〉  そして40歳を目前にしたときには、ラジオでこうも語っているという。 「SMAPのなかでいちばんおしゃべりができるようになる、ジャニーズのなかでいちばんおしゃべりができるようになる、芸能界でジャニーズなのにおしゃべりがいちばんできるようになる」  司会者を志すなら、ファンに嫌われる覚悟が必要。これらの発言からは、軽妙なMCとは裏腹に、腹を括り、深い信念をもって挑んでいることがわかる。  また、著者の太田氏は、中居のMCにタモリとの類似性を挙げる。それは、こんな中居の発言に顕著なのだという。 「感情を安定させていたい。それは喜怒哀楽を出さないとか感情を押し殺すとかいう意味ではなくて、いつでも相手の言葉を引き出したり、人の気持ちを受け入れたりできるということ」(「AERA」2013年9月16日号インタビューより)  タモリのMC術は、場を仕切るのではなく〈出演者たちが作るその場の流れを感じ取り、それにうまく身を委ねる〉点にある。この〈仕切らない仕切り〉で重要になってくるのが、出演者をよく観察すること。じつは中居も、〈プライベートでごはんを食べに行くときでもだいたい端に席を取る。人を背にするのがイヤなので、壁があれば壁を背にする。SMAPのトークのときも、自分が仕切るときは四人が見えるように端に行く〉といったように、〈相手の言葉や気持ちをしっかり引き出す〉ための言動を心がけているのだ。  しかも、中居はああ見えて(失礼)、勉強家・努力家の一面がある。中居は手書きのノートをつけ、気になる言葉や文章などを記録しているが、〈「書くことは記録というより、書く意識を持つこと、書く習慣をつけることによって、こんなものの考え方があるのかを知ることになって」いる〉のだという。しかも、〈だから「時々ノートを読み返して、自分の考えがすごく偏っているなぁと思えるとき」には、ノートを「思いきって捨ててしまう」こともある〉とさえいう。太田氏はこのノートの存在を、〈自分の殻に閉じこもるためではない。逆である。むしろ周囲の世界に常にオープンであるためなのである〉と分析している。    この指摘は、コメンテーターとしての中居のことを思い出すと、とても腑に落ちるものだ。以前、本サイトでも記事にしたが、『ワイドナショー』(フジテレビ系)で日韓関係の悪化がテーマになったとき、司会の東野幸治やコメンテーターの松本人志が当たり障りのないコメントをつづけるなか、中居はたったひとり、「謝るところは謝ればいいんじゃないですか?」「お話すればいいのにね。韓国も日本と仲良くしたほうがいいと思いますよ」と、毅然と自分の意見を言葉にした。あきらかにスタジオの空気は“面倒臭いことを言うなよ”というものだったが、きっと中居は、普段から考えてきたことをもとに、広い視野から自分なりの客観性を保とうとしたのではないか。これは場の空気を読む芸人たちとは大きく異なる点であり、日頃の“考える練習”の成果ではないだろうか。  そうした“意識の高さ”は、場合によっては衝突を生むような気もするが、しかし中居にはそれもない。太田氏は中居の特徴のひとつとして〈自分が相手を支配するような関係に持ち込まない〉と綴っているのだが、それがよく伝わってくるのが、2007年の『NHK紅白歌合戦』を笑福亭鶴瓶とふたりで司会を務めたときのエピソードだ。 〈台本を相手の司会者の分まで全部覚えるという中居正広が、他の番組のように台本にとらわれずやろうとする鶴瓶のことを考えてということもあっただろうが、二人の間の特別な信頼感もそのツーショットからは感じられた。性同一性障害であることをカミングアウトした初出場の中村中の紹介の際、中村の母親からの手紙を誠実に、そして丁寧に朗読しようとする鶴瓶。そのときディレクターからの「急いで」という指示に中居正広が首を横に振って言うことを聞かなかったというエピソードは、二人の信頼関係を物語るものであるだろう〉  迎合することと、相手と寄り添うことは違う。相手を知り、尊重するからこそ生まれる笑い、心地よい進行──中居のMCの魅力とは、こうした人をいたわる気持ちがあるからなのかもしれない。たぶん、それは昔からのものだ。思えば森且行がSMAPを脱退することになったとき、会見に同席した若き中居は、脱退を森のわがままだと世間から受けとられないように、笑いを織り交ぜながら懸命に森の挑戦を言祝いでいた。いま思えば、あれは現在につながる中居のMCの魅力が垣間見えた瞬間だったのかもしれない。  中居は以前、『プロフェッショナル〜仕事の流儀〜』(NHK)に出演したとき、「プロフェッショナルとは?」という質問に「一流の素人、一流の二流、最高の二番手」と答えている。太田氏はその言葉から、中居のMCの魅力をこのように導き出す。 〈「プロとは?」と聞かれて「素人」と答えるのは、一見つじつまが合わない。しかし、この答えのなかにこそ、ジャニーズとMC、さらにはアイドルとMCを両立させる秘密があるのだろう。中居正広にとっては、歌って踊るアイドルがMCをやるのではなく、MCこそがアイドルである素の自分を見せるにふさわしい仕事なのである〉  締めるときはきちっと締め、おどけるときは徹底的におどけ、SMAPメンバーと絡むときはアイドルらしい〈自然に醸し出されるイチャイチャ感〉〈アイドル的なかわいさ〉も忘れない。──本書を読むと、つくづく中居正広という人物の“つかみどころのない魅力”が立体的になっていく。本書はきっと、「なんかついつい中居くんを見てしまう」という多くの人の不思議に答えてくれる一冊だろう。 (大方 草)

ジェイ・Zとビヨンセに第2子誕生へ!?

ジェイ・Zとビヨンセに第2子が誕生すると伝えられている。3歳の娘ブルー・アイビーちゃんをすでにもうけている2人は、新たに家族のメンバーが増えることが本当に「ラッキー」だと感じているようだ。関係者の1人は「2人はここしばらく子作りに励んでいました。妊娠しなかったときはとても大変だったようです。2人とももう1人子供が欲しいと強く望んでいましたから、本当にラッキーだと感じているようです。ですが、2人はまだ周りに伝える気はありません。そんな雰囲気ではないようです」 また他の関係者は妊娠初期3か月を過ぎてから周りに伝えるつもりだとOK!誌に話している。「ビヨンセがほとんど(お腹を)見せていなくても、誰かが気づくのではないかと心配しているようで、どこにいくにもお腹を隠していますよ」「ここにたどりつくまで、いろいろな過程を踏んだようで、妊娠3か月以内に周りに話すような縁起が悪いことはしたくないようです。ブルー・アイビーちゃんがどれだけ妹か弟が欲しいかわかっているので、2人はブルー・アイビーちゃんも一緒にこのことに巻き込みたいみたいですよ」 そんな中、別の関係者は以前2人は第2子を持つことを急いでいないと話していた。「ジェイとビヨンセはまだ若いし、もう少し後でもいいと感じているようで急いではいないようです!子どもを作ろうとは試みていたようですが、落ち着いたようです。なぜなら2人とも仕事はもちろん、ブルー・アイビーちゃんの子育てそのものが忙しいようです」

lyrical schoolがZeppワンマンで見せた“幸せな予兆” 過去最大キャパでのライブを徹底レポ

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【リアルサウンドより】  ヒップホップアイドルユニットとして「アイドルラップ」というジャンルを切り拓き、その先頭を走ってきたlyrical schoolが7月25日、Zepp DiverCity TOKYOのワンマンライブで初の全国ツアーを締めくくった。5月31日の沖縄公演から始まった“date spot”ツアーのファイナルであると同時に、昨年11月の恵比寿リキッドルームライブからさらにグループとしての大きさとファンからの支持を獲得してきた、そのひとつの集大成がこの、グループのワンマン史上最大の会場でのライブである。
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 「アイドルラップ」の矜持を謳う昨年10月リリースの「PRIDE」からその直後のリキッドルームライブ、今年に入って発表されたアルバム『SPOT』、そして全国ツアーと軌を一にしてリリースされた「ワンダーグラウンド」へと、lyrical schoolは昨年終盤以降、リリース音源の充実とライブの規模拡大の両輪を理想的なペースで積み重ねてきた。開催発表当初はグループとしての体力的に不安もあったはずの昨年のリキッドルームライブを気づけばごく自然にクリアしていたlyrical schoolは、今回のZepp DiverCity TOKYOというさらなる高みもまた、気負いなく自分たちのものにしていた。
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 アルバム『SPOT』同様に、この日のワンマンもアイドルラップのハードコアサイドを強調する「I.D.O.L.R.A.P」「PRIDE」からスタートした。これらはキャリアを積み上げてきた現在の彼女たちだからこその力強さを感じる楽曲群だが、もちろんそれはグループ全体が強面の方向へと舵を切るものではなく、彼女たちがナチュラルに身につけてきた幅広さのほんの一側面である。MCを挟んでのパートでは「レインボーディスコ」に始まり、グループ最初期曲「ルービックキューブ」のFragment remix、泉水マサチェリーが手がけた名曲「Maybe Love」へと、オリジナルメンバー時代の楽曲も織り込んで5年目に入るキャリアの奥行きを見せていく。これらの楽曲に象徴されるように、この日のワンマンはファンがそれぞれにlyrical schoolとの歩みを振り返ることのできる局面がいくつもある。「S.T.A.G.E」やアンコールで披露した「tengal6」などの楽曲は、現行メンバー6人によってリニューアルされた最新形の姿とかつてのオリジナルバージョンの記憶とが交錯して展開されていくし、「photograph」はライブ終盤の定番曲として何年も揺るぎない強さを持ちつつ、スキルを著しく向上させた現在の彼女たちの2015年現在の代表曲としても楽しめる。
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 そうしたグループの歩みはステージングからも感じ取ることができる。振り返ればこの数年でlyrical schoolは、よく「動く」グループになっている。それぞれがラップの技術を上げ、ラッパーとしての個々のキャラクターを強くさせていきつつ、グループ総体としてはダンスで魅せるパフォーマンスが彼女たちの華やかさを下支えしている。いつもより大きなストライドでフォーメーションを変えながら、しかしいつも通りにゆるやかな雰囲気は保ったまま、Zepp DiverCity TOKYOという大きなステージを良い意味で大きく見せないステージングを当たり前にこなしていた。メンバー全員にまだケーブルのないマイクが用意されておらず物理的にフォーメーションの移動さえ難しかった頃の初期楽曲が、今やこの広さのステージをいっぱいに使ったダンスとともに披露される。それはアイドルシーンを独特のコースで歩いてきたこのグループの道程をあらためて感じさせるものだ。そうでなくとも、この会場でのワンマンに到達したことで可能になったステージングは数多い。通常は平面でのフォーメーションが基本になるが、この日はZepp DiverCity TOKYOの奥行きのある舞台の上で後方を一段高くとり、メンバーを立体的に見せる配置を随所に取り入れていた。このセットは動きの激しい曲よりもむしろ、ライブ中盤のメロウな楽曲群で特に際立つ。「ひとりぼっちのラビリンス」では上段と階段を用いた配置が、メンバーそれぞれのストーリーを曲と同時に視覚的に引き立てた。このように、会場の大きさに翻弄されることなく、適切な演出が施されていたことも印象に強い。一見、どこまでも変わらないやわらかな雰囲気をキープしながら、大きくなっていく会場にしっかりフィットさせていく実力を身につけていっているのが、今のlyrical schoolである。
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 もちろん、キャリアの振り返りやひとつの集大成としてこの日のライブを語ることはいくらでも可能だし、またここまでその面を記述してきた。けれども実際のところ、そこに重きを置くことはあまり正しくないのかもしれない。というのも、この日のライブが示したのはこの全国ツアーファイナルが何かの締めくくりではなく、彼女たちが現在、絶好調の機運のなか、走り続けている真っ最中だということだからだ。このライブを境に足を休めるわけでもなく、相変わらずリリース音源とライブパフォーマンス双方の充実期はそのまま継続していく。シングル曲をちりばめたライブ終盤の展開、そしてアンコールを終えた会場は、「祭りのあと」の寂しさをあまり漂わせることなく、翌日以降も繰り返していくようなlyrical schoolのいつもの温度、いつもの楽しさを保ったままだった。気負いなく、大げさな節目にすることなくZeppライブを完成させたこと、グループの順調ぶりを占うとき、そのことがもっとも幸せな予兆なのかもしれない。 ■香月孝史(Twitter) ライター。『宝塚イズム』などで執筆。著書に『「アイドル」の読み方: 混乱する「語り」を問う』(青弓社ライブラリー)がある。

特撮ヒーローの“中の人”は「結構いい額をもらっている」!? スーツアクターの年収事情とは?

オタクに"なるほど"面白い!オタクニュース・ポータル「おたぽる」より

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永徳公式Twitter(@eitoku8109)より。
 今月29日放送の『女の体当たりサーチ番組 なぜ?そこ?』(テレビ朝日系)にスーツアクターの永徳が出演し、話題を集めている。  スーツアクターとは、特撮作品において変身前を演じる俳優に代わって、ヒーロースーツを身に纏いアクションをこなす俳優のこと。永徳は『仮面ライダー電王』のウラタロス、『仮面ライダーW』の仮面ライダーアクセル、『仮面ライダーフォーゼ』の仮面ライダーメテオ、『仮面ライダー鎧武』の仮面ライダーバロンの“中の人”として知られるスーツアクターだ。  今回番組ではマジシャンやソムリエ、ショップ店員など、各界のイケメンの年収を調査。これに“イケメンスーツアクター”として永徳が登場した。 「おたぽる」で続きを読む

新国立競技場の戦犯がいつのまにか被害者面! 東京五輪組織委員長・森喜朗の無反省、無責任、無神経言動録

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自由民主党 森喜朗公式ウェブサイトより
【本と雑誌のニュースサイトリテラより】 「お詫びをすることはまったくないと。変更は当然あるべきだと」  7月29日にクアラルンプールで行われたIOC理事会に出席した東京五輪組織委員会会長の森喜朗は、国立競技場見直しについてIOCのバッハ会長から理解を得たことを、さも当然であるかのように胸を張ってこう話した。  いったいこの男はこの間、自分が何をしてどういう事態を招いたかがわかっているのだろうか。もう一度、念を押しておくが、新国立競技場問題の最大の戦犯は五輪組織委員長である森喜朗だ。  オリンピックではなく、その前年に予定されているラグビーW杯の為に国立競技場建て替えを画策し、当時の石原慎太郎都知事と密約をかわし、競技場の事業主JSCや組織委員会の人事に介入し、五輪のメイン会場に国立競技場を押し込んだ。そして、安藤忠雄とともにザハ案をごり押しし、高騰する建設費にも変更を拒否し、自分の利権を守ろうとした結果、起きたのがこの事態だった。  ところが、世間から批判を受けるや「私も迷惑している」と一転、被害者面。自分がさんざん固執したザハ案についても「僕はもともとあのスタイルは嫌でしたからね」「(キールアーチは)生牡蠣をどろっと垂れたみたいで、おやっと思った」と批難を始める。そうかと思うと、白紙撤回には大いに不満らしく、「国がたった2500億円も出せなかったのかね」などと平気で嘯く。  そして、白紙撤回が正式に決まると、いつのまにか、冒頭のように、自分の手柄のような態度で、白紙撤回に胸を張り始めたのだ。  まったくため息しか出ないが、しかし、今回の森の言動を見て、"あの頃"を思い出した人も多いのではないか。そう、この人のこうした無責任、無反省は最近になって始まったものではない。特に森が2000年4月からの総理就任期間前後に明らかになった不祥事や呆れるほど無責任な失言、放言、お騒がせの数々は、歴代総理のなかでも群を抜いたものだった。  もっとも有名なのがいわゆる「神の国発言」だ。神道政治連盟国会議員懇談会で「日本はまさに天皇を中心とした神の国であることを国民の皆さんにしっかりと承知していただく」と発言、戦前への回帰、国体主義者と大きな批判を受けたのだが、それ以外にも次々と放言を繰り返し、世間を大いに呆れさせたのだ。  まずは首相就任早々、記者に「首相は大変ですか?」と聞かれ「汗もぐちゃぐちゃにかいているし、気持ち悪くて」などとトンチンカンな答えをするのはまだご愛嬌。新聞に掲載される首相動静についても「何時に起きたのか記者が電話してくる。あんなの嘘ついてもいいんだろ?」と言いたい放題だ。  また首相就任直前には沖縄対して、こんなことまで言っている。 「沖縄では君が代を教わってこなかった。沖縄の教職員組合は共産党が支配していて、何でも国に反対する。琉球新報、沖縄タイムスもそうだ」  そのため首相就任後初めて沖縄を訪れた森は、沖縄県民に謝罪を余儀なくされた。  しかし、それでも全然懲りない、反省しないが森の身上であり"サメの脳みそ"と言われる所以だろう。  2000年6月に行われた総選挙では、「無党派層は寝ててくれればいい」と選挙権行使の放棄を推奨して大顰蹙を買い、「君らは僕をバカだと思っているかも知れないが、僕はバカだと思っていない」と一国の最高権力者とは思えない実も蓋もない発言をする。またユーゴスラビアの大統領選の決選投票への自身の考えについて聞かれた際には「あっ、そう。考えなんて、人の国のことだからないよ」と国際情勢への無知、無関心ぶりを晒している。    まだまだある。 「(戦前の)教育勅語のいいところは採用すべきだ」 「(初出馬の際)私が立候補の挨拶に行くと、農作業している人が全部家に入っていく。なんだかエイズが来たように思われて」 「大阪は"たんつぼ"」 「これだけ叩かれても、体重は相変わらず100キロをキープしています!」 「(パソコンを)出来ない人は『日陰』と言うんだ。日が当たらないという意味ね」  またサッカーの中田英寿らとの会食の際「知ってる? 韓国に日本チームが行って勝ったことないんだよ」と、事実とは違うことを知ったかぶりで語り、中田にそれを否定され、会食の場が凍りついたこともあった。  これらは講演や会見など公の場での発言の数々だが、記者とのオフ懇ではもっと酷い。 「(学生時代に住んでいたアパートに)ヤクザもいて、青線の女を部屋に連れ込んだりするんで夜寝れなかったよ。翌朝、そのヤクザが俺たち学生に"好きにしていいぞ"って言うんだ。輪姦ってしっているか? いや俺はやってないよ。やった奴はみんな淋病にかかってな、お前ら淋病の治し方知っているか?」 「後楽園でモギリのバイトをしたがニセの入場券を作って売って儲けた」  まさに言いたい放題とはこのことだろう。そのためメディアが森に付ける枕言葉は「バカ」「軽薄」「サメの脳みそ、ノミの心臓」「首相失格」。一国の最高権力者とは思えぬ批判を浴びたのだ。  もちろんこうした放言だけでなく、首相にあるまじき疑惑も次々と明らかになった。  暴力団関係者とのツーショット写真の存在、3万株といわれるリクルート未公開株収得疑惑、政界疑獄事件で逮捕された石油商・泉井純一からのヤミ献金、27億円が消えた日本ハイカ事件への関与、地元石川県の大学用地に絡む利権疑惑、ゴルフ場役員兼職問題、広域暴力団稲川会会長一族の結婚披露宴スピーチ――。  なかでも最大のスキャンダルが、買春検挙歴問題だった。森が早稲田大学在学中だった1958年(昭和33年)、警視庁による非公認売春地域の「青線」や、潜りの「白線」業者の一斉摘発が行われたのだが、逮捕された客のなかに20歳だった森がいた。つまり日本の最高権力者である森が売春等取締条約違反で逮捕歴があるというものだった。  当時、これをスクープした「噂の真相」では森が警察で取られた前歴カードや指紋番号を特定し公表、これに対し森は「噂の真相」を名誉毀損で提訴するという現役首相としては異例の事態に発展した(その後、裁判所は買春問題の白黒を付けること無く和解勧告を提示し、「噂の真相」が森の地元紙「北国新聞」に謝罪広告を出すことで和解)。  これら数々の放言、スキャンダルにより森政権の支持率は10%を切る事態となった。  しかし、森の凄いところは、ここまでスキャンダルまみれになっているにも関わらず、何ら反省することはなく、まるで自分が被害者のごとく開き直っていたことだ。自分を追い込んだのはスキャンダルを報じた週刊誌を中心とするマスコミだと責任転嫁し、メディア規制の必要性をぶち上げる始末だった(それが後の個人情報保護法や名誉毀損訴訟の損害賠償金額高騰につながっていった)。  だがそんな折、決定的事態が起こる。それが高校実習船の「えひめ丸 米原潜衝突事故」だった。  2001年2月11日、ハワイ沖で愛媛県宇和島水産高等学校の実習船「えひめ丸」が、浮上してきた米原子力潜水艦と衝突し沈没、「えひめ丸」の生徒4人、教員5人が死亡した日米関係をも揺るがしかねない大事故だったが、事故の一報を森が知ったのは横浜市内で遊び仲間とゴルフ中のこと。しかも森はプレーを止めることなく、その後2時間もかけ3ホールも続行したのだ。  当然、森に対し大きな批判が巻き起こるが、森本人だけは「ゴルフが悪いことなのか!」とこれまたトンチンカンに話をすり替え、開き直ったのだ。ここに至り国民からは総スカンをくらい、自民党重鎮からも「もうもたない」との声があがるなか、遂に辞意を表明、2001年4月26日に森政権は終焉を迎えた。  だが、不幸なことに森首相の政治生命はついえていなかった。同じ清和会出身で、自分が首相時代に副官房長官に引き立てた、子飼い中の子飼い、安倍晋三が首相の座についたことで、森はご意見番、後ろ盾として復活。直接は政策に口を出さないものの、その裏で自分の利権を太らせていったのだ。  一方、安倍のほうも森への気の使いようは尋常ではなく、東京五輪の組織委員長に森をごり押し。一旦は当時東京都知事の猪瀬直樹に拒否されるが、猪瀬のスキャンダル辞任に乗じて、森を委員長に押し込んだ。  しかも、こんな事態を引き起こせば、引責辞任するのが普通だが、安倍は頑として森を守り、今も森は組織委員長のイスにふんぞり返っている。 「安倍首相が森さんにここまで気を遣っているのは、昔、引き立てられた恩義というのもありますが、もうひとつは、ロシア、プーチンとのパイプです。安倍首相は任期中に北方領土返還の道筋をつけたいと思っており、そのためにはプーチンと仲のいい森さんが必要だと考えている。実際は、森さんが対ロシア交渉で役立つというのも、そもそも北方領土の返還にロシアが応じるというのも、ありえないと思いますが」(政治評論家)  むしろ、森元首相が五輪の組織委員長に居座っている限り、これからも今回のようなトラブルが続発し、世界にもっと大きな恥をさらすことになる可能性が高い。意外にこの男の存在が安倍政権にとどめを刺すかもしれない。 (時田章広)