今あえて「シンガー・ソングライター」と呼びたい音楽家とは? 村尾泰郎が邦洋の6作品を紹介

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ジェシカ・プラット『オン・ユア・オウン・ラヴ・アゲイン』

【リアルサウンドより】  半世紀前ならシンガー・ソングライターは特別な存在だったが、最近ではミュージシャンが自分で曲を書いて演奏するのは当たり前に思われているかもしれない。場合によっては、プロデュースやミックスまで自分でこなすミュージシャンもいるくらいだ。そうしたミュージシャンが増えるなか、今もあえて「シンガー・ソングライター」と呼びたくなるのは、その言葉に特別な何かを感じるからだろう。その“何か”を感じさせてくれる作品を、6~7月の新作のなかから選んでみた。  まずはLA在住のジェシカ・プラットのセカンド・アルバム『オン・ユア・オウン・ラヴ・アゲイン』。ボニー“プリンス”ビリーやスモッグが所属するインディー・レーベル、ドラッグ・シティからリリースされた本作は、デビュー作『Jessica Pratt』同様、自宅のベッドルームでレコーディングされた。ギターの弾き語りなのも前作と同じだが、今回はオルガンやクラヴィネットが淡く彩りを加えている。そんななか、彼女が爪弾くギター、紡ぎ出すメロディーは不思議な心地良さがあって、その歌は煙草の煙みたいにゆらゆらと漂いながら夜の闇に吸い込まれていくようだ。鼻にかかった歌声も魅力的で、アシッド・フォーク的な気怠さのなかに可憐な表情を覗かせて、多重録音されたハーモニーもキュート。いま一番、ナマで聴いてみたいシンガーだ。  さらにもう一人、USインディー・シーンで注目を集めるアーティストを。エズラ・ファーマン『パーペチュアル・モーション・ピープル』は、まずジャケットに写し出されたエズラの女装姿に惹きつけられる。これは本人いわく「性的に不安定な」自分をありのままに表現したもの。彼の歌には社会から疎外されたアウトサイダーの怒りや共感に満ちているが、ドゥーワップやロカビリーなどオールディーズを独自に消化したサウンドは、エズラがリスペクトするアリエル・ピンクに通じるネジが外れたようなポップさ満載。ホーンが豪快に鳴り響くなか、エズラが噛みつくようにシャウトする。そこにはアレックス・チルトンに通じるヤサグレたアメリカーナ臭も漂っていて、次作はぜひ獄中のフィル・スペクターにプロデュースをお願いしたい。  新人が続いたので今度はベテランを。イギリス出身のマーティン・ニューウェルは、70年代からグラム~パンク~ニュー・ウェイヴをリアルタイムで体験しながら様々なバンドを渡り歩き、90年代以降はアンディ・パートリッジ(XTC)やルイ・フィリップのプロデュースのもとで良質なソロ・アルバムを発表した。ここ数年、彼が80年代に在籍した伝説のギター・ポップ・バンド、クリーナーズ・フロム・ヴィーナスの旧作が、マック・デマルコなどが所属するブルックリンのインディー・レーベル、キャプチュアード・トラックから立て続けに再発されたが、遂にソロ名義では8年振りの新作『Teatime Assortment』を完成させた。本作は架空の映画のサウンドトラックというコンセプトで全曲宅録。何と言っても魅力的なのは熟成されたソングライティングだ。牧歌的で、メランコリックで、ヒネリが効いていてと、英国気質に満ちたいぶし銀のポップス職人ぶりを発揮。たっぷり24曲、1時間に渡って“マーティン・ニューウェル劇場”が楽しめるので、聴き始める前に紅茶のクッキーの用意をお忘れなく。
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モッキー『キー・チェンジ』(WINDBELL)

 今度はちょっと毛色の変わったシンガー・ソングライター・アルバムを、続けて2枚紹介したい。カナダ出身のモッキーは、ラップやエレクトロなど様々なアプローチを披露する一方で、ファイストやジェーン・バーキンなど様々なアーティストのプロデュースを手掛ける多才な男。新作『キー・チェンジ』は、ドラム、ベース、ギター、フルートなどほとんどの楽器を一人で演奏していて、チリー・ゴンザレスやファイストなど同郷の古くからの友人達や、フライング・ロータスやカルロス・ニーニョの作品で注目を集めるLAの新進気鋭のアレンジャー、ミゲル・アトウッド・ファーガソンなど多彩なゲストが参加している。モッキーはインストとヴォーカル曲を織り交ぜながながら、ジャジーでソウルフルなサウンドを展開。シネマティックな世界を作り出す演出力、洗練されたアレンジにプロデューサーとしてのワザを発揮しつつ、その囁くような歌声やアルバムを包み込むパーソナルなフィーリングに、シンガー・ソングライター的ロマンティシズムを感じさせる作品だ。  そのモッキーと同じく、アルバムの世界観を強く感じさせるのが、PIZZICATO ONE『わたくしの二十世紀』だ。PIZZICATO ONEは元PIZZICATO FIVEの小西康陽のソロ・ユニットで本作は2作目となる。前作『11のとても悲しい歌』は海外のシンガーをフィーチャーした洋楽カヴァー集だったが、今作はUA、小泉今日子、西寺郷太(NONA REEVES)、YOU、甲田益也子、ムッシュかまやつなど、11人の日本人ヴォーカリストを招いたセルフ・カヴァー集だ。音数を切り詰めたアコースティックな演奏をバックに、くっきりと浮かび上がる言葉と歌声。その研ぎ澄まされたアレンジから、小西の書く歌に潜む“孤高の悲しみ”とでも呼びたくなるようなリリシズムに触れることができる。〈自分で歌っても、演奏もしていないのにシンガーソングライター・アルバム?〉とお叱りを受けるかもしれないが、すべての音、すべての歌声に〈小西康陽の魂〉が宿っていて、このアルバムを聞き終わった後に頭に浮かぶのは、スタジオで一人、頬杖をついている小西の後ろ姿。こういうシンガー・ソングライター・アルバムもある、と強くお薦めしたい。  そして最後は、広島在住の二階堂和美の最新シングル『伝える花』。インディー時代は知る人ぞ知る存在だったのが二階堂だが、2011年に『にじみ』という傑作を発表。それが高畑勲監督の耳にとまって2013年のジブリ映画『かぐや姫の物語』の主題歌「いのちの記憶」を歌うことになり、いっきに知名度もあがった。それ以来、2年振りの新曲となる「伝える花」は、RCC中国放送が企画する「被曝70年プロジェクト 未来」のテーマ曲として書き下ろされたもの。以前、彼女は原爆の悲しみを題材に「蝉にたくして」という曲を書いているが、その曲の胸を突くような悲しみに比べると、爆心地に咲いた花にほのかな希望を見出す「伝える花」は、一輪の花が静かに風に揺れているような穏やかさがある。そして、静かな語り口のなかに、悲しみ、怒り、祈りを、繊細なニュアンスで織り込む歌声の素晴らしさ。どんな曲も自分のすべてを開放して、彼女は歌そのものになる。だからこそ、この大きなテーマを歌った曲も“お高くとまってない”のだ。とはいえ、「いのちの記憶」「伝える花」と重厚な曲が続いたので、次回は彼女のエンターテイナーとしての魅力を発揮したポップな作品を期待したいところ。歌いたくて歌いたくて仕方ない! そんな彼女の歌が聴きたくて仕方ない。  というわけで、洋邦とりまぜて新作を紹介したが、どの作品もミュージシャンの息づかいが伝わってくるものばかり。歌を通じて歌い手と出会うこと、語り合うこと。それがシンガー・ソングライター作品を聴く楽しみであり、この6作はそんな楽しみを味あわせてくれるはずだ。 ■村尾泰郎 ロック/映画ライター。『ミュージック・マガジン』『CDジャーナル』『CULÉL』『OCEANS』などで音楽や映画について執筆中。『ゴッド・ヘルプ・ザ・ガール』『はじまりのうた』『アメリカン・ハッスル』など映画パンフレットにも寄稿。監修を手掛けた書籍に『USオルタナティヴ・ロック 1978-1999』(シンコーミュージック)などがある。

「イケメン!」「2丁目においで」 カールおじさんの実写化大好評! 特に一部の層から…

オタクに"なるほど"面白い!オタクニュース・ポータル「おたぽる」より

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実写版カールおじさん登場!キャンペーンサイトより。
“それにつけてもおやつはカール”で知られる明治の『カール』。1968年に登場し、先月25日に誕生日を迎えた、日本を代表するスナック菓子である。そんな『カール』の代表キャラクターは、もちろんカールおじさんだ。全国民に愛されるカールおじさんが、この度なんと実写となって登場し、「イケメン!」と話題を呼んでいる。特に一部の層からの支持が……。  マンガやアニメの実写化については、ドラマ『デスノート』のキャストに批判が相次いだことが記憶に新しい。『デスノート』に限らず、二次元の実写化は過去いく度も否定的な意見が多く上がっている。すべては原作への想いが強いからこその怒りだと思われるが、すんなりと実写化が受け入れられることもある。最近では、フィギュアスケート選手・織田信成が、福本伸行のマンガ『賭博黙示録カイジ』(講談社)の主人公・カイジに扮してCMに出演。あまりの完成度に「横顔が似すぎてて感動した」「あんなん笑うしかないだろ」と話題をさらった。 「おたぽる」で続きを読む

浅田真央の父親が「暴行で逮捕」報道もマスコミは沈黙…真央ちゃんはなぜタブーなのか? 過去には謝罪放送、出版中止も

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浅田真央オフィシャルウェブサイトより
【本と雑誌のニュースサイトリテラより】  現役復帰を表明した浅田真央が突如としてスキャンダルに襲われた。それが真央の実父のDVの末の傷害罪逮捕報道だ。  これを報道した「週刊新潮」(新潮社)8月6日号によると、2011年12月、妻・匡子さんが死去した後、父親は50代女性と交際を始めた。しかし父親は次第にこの交際女性に暴行を振るうようになり、遂に今年5月22日には壮絶な暴行の末、警察に通報され翌日には逮捕されたというのだ。 「『浅田真央』復帰を邪魔する『実父』女性暴行逮捕の被害届」と題された記事には交際女性による赤裸々な暴行の様子が綴られている。  同日23時頃、父親にかかってきた別女性からの携帯電話を巡り2人は諍いになったが、父親は壮絶なDVを交際女性に振るい始めたという。 「彼は立ち上がり、振りかぶった平手を私の頭上に思いきり叩きつけたんです。痛くて、私が“何すんのよ!”と言うと、“うるせんだよ!”と、今度は私の脇腹からお腹のあたりを2、3回突き蹴りしてきました」 「(その後も)私は首をつかまれて突き飛ばされ、よろけたところを髪を引っ張られて頭を振り回され、顔や頭や腹を足で何度も蹴られ、再び髪を持って引きずり回された後、ソファの横に叩きつけられ、上から蹴られました」  そのため女性は警察に通報し、その後病院に緊急搬送されたという。当初は容疑を否認していた父親だが、その後罪を認め略式起訴による30万円の罰金が確定したという。  日本中から愛される真央ちゃんのパパによる驚きのDV逮捕劇だが、記事には真央パパの意外な過去も明らかにされている。それがホスト歴と3度の逮捕歴だ。  真央パパはホストクラブでホストとして勤務した後独立し、ホストクラブや風俗店を経営するなどして、舞・真央姉妹のフィギア生活を支えるが、1997年には公然わいせつ容疑で、また傷害罪でも3度の逮捕歴があるというものだった。  しかし不思議なことに、国民的人気のアスリートの実父によるショッキングな逮捕劇にも関わらず、ほとんどのメディアはこれを黙殺、あるいは小さなベタ記事で扱うにとどまっている。  もちろん父親と真央はまったく関係がないし、事件にしても真央に責任がないことは当然だ。しかし昨年、タレントのローラの父親が国際手配のすえに逮捕された際、芸能メディアや週刊誌がこぞってこの事件を取り上げ、あたかもローラにも責任があるかのように報道。その結果、一時はローラのタレント活動が危ぶまれるほどだったことを考えると、今回のメディアの反応は雲泥の差がある。  しかも、真央にまつわるタブーはこうした父親のことだけではない。真央に関しては、ネガティブな情報、真央の気に入らない報道をしたメディアが激しい抗議にさらされ、すぐに謝罪・撤回するという状況が起きるのだという。  たとえば、08年12月15日、韓国で開催されたフィギュアスケートのグランプリ(GP)ファイナルでライバルの.キム・ヨナを制し真央が優勝した。これに対し、『とくダネ!』(フジテレビ系)では、「ミスがなければキム・ヨナが勝っていた」「実力はキム・ヨナが上」と思わせるような発言があり、そのことで真央ファンや視聴者から抗議が殺到。3日後の18日には番組で司会の小倉智昭が謝罪と訂正を行う事態となった。しかも、同番組で浅田に厳しい評価をしたコメンテーターはその後しばらく、番組に出演できない状況が起きたともいわれる。  真央に関しては、出版でもタブーをうかがわせる事態が起きている。そのひとつが、『もしドラ』こと『もしも高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら』の作者・岩崎夏海氏による真央の評伝だ。  10年、岩崎氏が自身のブログで「浅田真央さんの本を書くことになった」と表明。『もしドラ』を累計202万部というベストセラーにした作家と、国民的アスリートの組み合わせは当時大きな注目を浴びた。しかしそれは結局、実現することなく“お蔵入り”してしまったのだ。 「この本は版元も日経BPと決まっていたのですが、岩崎氏の取材のやり方に真央サイドが不快感を示し、出版は白紙撤回されたのです」(出版関係者)  また、12年2月にはポプラ社から発売予定だった真央の初エッセー『大丈夫、きっと明日はできる』が突然、発売中止になっている。その原因は出版直前、母親の匡子さんが逝去したため、出版社側が本の告知ポスターに「ママ、ほんとうにありがとう」というコピーを無断で使用したことだった。  ポスター回収だけでなく、入稿もすんでいた本が出版中止になってしまう。いかにメディアが真央に気を使い、恐れているかがよくわかるだろう。  それにしても、こうした真央タブーはいったいどうやってつくりだされたのか。母親、匡子さんの存命中は匡子さんがメディアを押さえ込んでいるといわれていた。 「匡子さんは真央を守るためなのでしょうが、少しでも気に入らない報道や記事があると強固にクレームをつけていましたからね。当時の真央は実力、話題ともに絶頂期であり、真央の活躍を取材し続けたいメディアは、その意向に逆えるはずもありませんでした」(同前)    実際、真央に謝罪したことのある『とくダネ!』MCの小倉智昭は、匡子さんが危篤と報じられた11年12月9日の同番組で、それを示唆する発言をしている。 「大変熱心に、真央ちゃんに関する記事とかテレビとかをご覧になってね。それに対していろいろ意見をお持ちだったりとか、…ま、本当に真央ちゃんのために尽くしてこられたという方」  しかし、こうしたメディアへの圧力は前述のポプラ社のエッセー集出版中止をみてもわかるように、匡子さんが逝去した後でも続いている。これらの強い姿勢はどうも、真央本人の意向が強く働いているようなのだ。 「真央は大好きだった母・匡子さんのメディアに対する姿勢を踏襲しているのです。表向き対応しているのは、マネジメント会社や関係者ですが、実際は、真央の希望によるものです。メディア側にすれば今後真央が引退するにしても現役を続行するにしても真央の話題性は抜群です。もしへそを曲げられて取材拒否ともなれば一大事だし、また引退後はキャスターやバラエティに引っぱり出そうと虎視眈々と狙ってもいる。そのため、真央の意向に反した報道などあり得ないんです」(前出・出版関係者)  確かに「週刊新潮」でも真央のしっかりぶり、“我が道をいく”エピソードが記されている。真央パパの交際女性の告白によると、匡子さんが亡くなった後、真央を支えてきたのが父親だった。毎日の送り迎え、食事などの面倒を一生懸命見ていたという。  しかし13年、真央は名古屋の自宅からひとり横浜に転居した。その際、真央が取った行動はなかなかしっかりしたものだった。 「生活費や経費として、真央さんの個人事務所から50万円が××(父親のこと)に渡されていたのが、13年になって“真央は家を出るからパパはひとりでやってくれる?”と告げられ、月8万円に減らされてしまった」(交際女性のコメント)  おそらく真央のこと、メディア対策も自立してしっかりやっていたのだろう。しかも、真央には熱狂的ファンという強い味方もついている。これに関しあるテレビ局関係者がこう証言する。 「真央や事務所の力もありますが、それ以上に大きいのが熱狂的ファンの抗議、クレームです。少しでも真央に関するネガティブな評価などをコメントすると、抗議が殺到する。またライバル選手、特にキム・ヨナと一緒に取り上げる時は神経を使います。少しでもキム選手を利するようなコメントをするだけで、まさに抗議殺到ですからね。こういう抗議を恐れて、過剰に神経質になっているという側面もある」  実際、元フィギュア選手で金メダリスト・荒川静香もソチ五輪で解説をした際、「真央に嫉妬している」「不仲」と炎上し、『誰も語らなかった 知って感じるフィギアスケート観戦術』(朝日新書)を出版した際も、「真央ちゃんよりキム・ヨナを褒めている」との批判にさらされた。  父親の事件はともかく、冷静にアスリートとしての真央を検証することさえ困難なこの状況は、真央の今後のためにも決してよい状況ではないと思うのだが。 (林グンマ)

グウィネス・パルトロウ、シャワー中の排尿を推奨!?

グウィネス・パルトロウが女性達にシャワー中の排尿を促している。グウィネスは自身の運営するライフスタイルサイト、グープで出産後の骨盤底を強化する手段として、しゃがんで排尿することが最高の方法だと提案した。「シャワー中にしゃがんでおしっこをしてみて。普通にトイレに座ってするんじゃなくて、おしっこをするためにしゃがむと、骨盤底が自然に使われてストレッチされて引き締めてくれるの」 また2児の母であるグウィネスは、さらに「パートナーも楽しめる」骨盤底の改善法としてセックスを進めている。「セックスをするのは楽しいだけでなく、体や心、スピリットや骨盤底にも最高よ」「セックスは化学的にもムードを向上させ、うつ病を減らす効果が検証されているし、オーガズムによってエンドルフィンやヒト成長ホルモンが増加され、コレステロール値が下げられるの。骨盤底を閉めたり緩める練習をしてみて...あなたのパートナーも気にいてくれるわよ!」 同サイトでそんな一風変わったアドバイスを投げかけたのは今回が初めてではなく、これまでにも「膣の洗い方」や「セックス・ダスト」なるものを使った料理のレシピを公開していたこともあった。

アーノルド・シュワルツェネッガー、誕生日会でシルヴェスター・スタローンとパンチ大会

アーノルド・シュワルツェネッガーが先月31日、大勢のスターの友人たちに囲まれて68歳の誕生日パーティーを開いたようだ。家族や友人たちと共に祝った誕生日会でシュワルツェネッガーは『エクスペンダブルズ』の共演者でもあるシルヴェスター・スタローン(69)とパンチ大会まで行ったそうで、スタローンはシュワルツェネッガーが歳を重ねるにつれて「より強くなっている」と感じているようだ。スタローンは「アーノルドの誕生日パーティーでパンチで任されたよ。あいつは歳を取ってるどころか、強くなっているんだ!」とツイートした。 さらにその会場で写したエルトン・ジョンとの写真まで投稿したスタローンは「エルトンは旧友の1人だよ。大陸ほどに大きな心を持った伝説的存在だ」とコメントを付けた。 一方でシュワルツェネッガーは30日(火)にも2011年に離婚した元妻マリア・シュライヴァーと娘2人と共にビバリーヒルズで昼食を取り、家族で誕生日を祝っていた。 そしてツイッターに投稿されたビデオメッセージでシュワルツェネッガーは寄せられたお祝いのメッセージに感謝の意を表しており「誕生日のお祝いのメッセージをくれたみんなにお礼を言わせてもらうよ。Eメールや電話、手紙とかいろいろありがとう。すごく最高な時を過ごしているよ。自分の68歳の誕生日だなんてね、ワオって気分さ。今はジムでエクサイズ中なんだけど、もうバイクも自転車も乗ってきたところなんだ。それでこれから家族とちょっとランチでもしてくるよ。じゃあまたね、楽しく過ごしてね」と語っている。

かりゆし58・前川が語る、音楽観の変化とルーツへの思い「何のために音楽をやるのか考え直した」

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【リアルサウンドより】  大らかで豊かなメロディとともに「生命花咲いた」という普遍的なメッセージを持ったフレーズが広がっていくーー。  かりゆし58のニューシングル『かりゆしの風』は、来年の10周年に向けて、大きな意味を持つ楽曲だ。「音楽をやる意味を見つめ直しながら作りました」(前川真悟)というこの曲はTHE BOOMの「島唄」、BEGINの「島人ぬ宝」などと同じように、バンドの代表曲という立ち位置を越え、日本中の人々に長く愛される楽曲になっていきそうだ。  今回Real Soundでは前川に単独インタビューを実施。バンド名にも入っている“かりゆし”という言葉をタイトルにした「かりゆしの風」の制作、バンド活動、音楽に対する意識の変化について聞いた。(森朋之)

「いつからか『全国で活動できるバンドになる』みたいなことが目標になっていた」

ーー「かりゆしの風」は、かりゆし58にとっても大きな意味を持つ楽曲だと思います。どういうテーマで制作に入ったんですか? 前川:最初から「自分たちのバンド名の“かりゆし”をタイトルに入れる」ということを大前提に考えて作ったんです。“かりゆし”はビールや居酒屋の名前になってたり、沖縄を代表する言葉のひとつなんですよね。もともとは航海の無事を祈る言葉でーー俺らの祖先は海洋民族なのでーー“グッドラック”みたいな意味なんですが「この言葉は自分たちとってどんな意味があるのかな?」って改めて考えることが増えてきて。そのときに「いつの間にか意識が変わってたな」って気付いたんですよね。もともとは故郷に身を置かせてもらって、沖縄の先輩たちの音楽を染み込ませることでバンドを始めたはずなのに、いつからか「全国で活動できるバンドになる」みたいなことが目標になっていて。 ーー自分たちのルーツを再認識する時期だったのかもしれないですね。 前川:そうですね。あと「島の人たちにずっと愛される曲を作りたい」という思いもあったんですよね。喜納昌吉さんの「花」、THE BOOMの「島唄」、BEGINの「島人ぬ宝」を聴くと、沖縄の人はビックリするくらい大きな声で合唱するんですよ。その様子をステージから何度か見たことがあるんですけど、本当に素晴らしいんですよね。「そういう曲はどうあるべきか?」と自分なりに考えて作ったのが今回の「かりゆしの風」なんです。 ーーそういう普遍的な楽曲を作りたいという思いは、以前からあったんですか? 前川:どこかにあったとは思うけど、自分自身が気づいてなかったんじゃないですかね。それよりも「自分の気持ちを伝えたい」とか、コード進行にこだわったりしながら曲を書いてきたというか…。「大事なのはそこじゃない」って気付くきっかけがあったんですよ。BEGINの比嘉栄昇さん、芸人の津波信一さんと家族ぐるみで仲良くさせてもらっていて、今年の3月に沖縄で集まったんですね。津波さん、栄昇さんの息子さんはどちらも15歳で、すごく仲がいいんですけど、栄昇さんが石垣島に戻ることになって、この春から離れ離れになったんですよ。そのお別れ会も兼ねてたんですけど、ふたりはバンドをやっていて、歌を歌ってくれて。それが本当に素晴らしかったんですよ。お父さんの影響かもしれないけど、日々の暮らしの歌だったり、自分たちで作った“第二の校歌”だったり。しかも「目の前にいる人たちを喜ばせよう」という気持ちが込められた歌ばかりだったんです。「何のために音楽をやってるのか、もう一度考え直さないといけない」って思って、それも大きなきっかけになってますね。 ーーその経験は「かりゆしの風」の制作方法にも影響したんですか? 前川:作詞作曲に関しては、楽器を一切使わないで歌いながら作ってみたんです。そのときも沖縄にいたんですけど、朝早く起きて、近所の海で2時間くらいボーッとして、家に帰って作業して、夕方になるとまた海に行って。東京にいるとそういう時間の過ごし方が出来ないんですよね、怖くて。でも、沖縄にいると不思議と恐怖はなくて、気持ちよく過ごせるんです。ドライブしてたら地元のコミュニティFMでBEGIN特集をやっていて、それもすごく良かったり…。「こういう曲を作ってみたい」と思ったら、自然と歌い始めてたんですよね。 ーー沖縄という土地が持つパワーもあるんでしょうね。先日HYに取材したときも「沖縄に拠点を移したのは、のんびりしたペースでやりたいからではなくて、自分たちの感性をいちばん自由に活かせる場所だからなんです」と言っていて。実際、彼らの活動のペースはむしろ上がってるんですよね。 前川:とてもわかります。音楽を作ることが作業ではなくて、ライフワークに変わってくるというか。東京で時間に追われながらやるよりも、さらに良いペースでやれるような気がするんですよね、沖縄は。あと、歌や踊りが好きな人も多いから「こういう歌を作ったら、あの人が喜んでくれるかな」って思う機会も多いし。
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「ひとりの担い手として(沖縄の音楽を)継承していけたら」

ーーなるほど。実際に歌いながら作ったとき、歌詞も同時に出てきたんですか? 前川:そのときに浮かんだものと、後から書いたものが半々ですね。「さあウージが鳴いた鳴いた」のところは最初からありました。必ずしも戦争のことに向けた歌ではないし、“悲観”でも“傷跡を忘れるな”ということでもないんですけど、ちょうどこの曲を作っていた時期に「慰霊の日」があったりもして。自分がとてもいい気持ちで音楽をやらせてもらっていること、ありがたい場所にいられることを改めて実感できたんですよね。自分の家族もいっしょだったんですけど、2歳の息子にとっても「慰霊の日」に平和記念公園にいるっていうのは良いことなんじゃないかなって思って。俺が初めて平和記念公園に行ったのは幼稚園の遠足で、最初の印象は「すごく気持ちいい場所」っていう感じだったんです。自分の子供にも「沖縄の歴史を知らないといけない」みたいなテンションではなく、「お父さん、お母さんとドライブしたな。楽しかったな」という思い出になってくれたらいなって。 ーーそういう沖縄の思い出、風景のなかでたくさんの歌が生まれてきたわけですからね。もちろん「かりゆしの風」もそのひとつだし。 前川:うん、そう思いました。他のバンドと自分たちを比べて「勝った」とか「負けた」みたいなことを気にしてると、音楽が狭く、安くなっていくと思うんです。そういうことではなくて、ひとりの担い手として(沖縄の音楽を)継承していけたらなって。それはモンパチ、HY、ORANGE RANGEも同じだと思うんですよね。先輩にはBEGINがいてくれて、その上の世代には沖縄の島唄を長く歌ってる方たちがいらっしゃるんですけど、その一角に自分たちもいるんだな、と。そのことに気付いたら、ヘンな欲や打算がスッと抜けたんですよ。あと、BEGINの25周年のライブも大きいきっかけでしたね。会場は石垣島だったんですけど、現地のエイサーとかフラ(ダンス)を踊ってる人、吹奏楽部なんかが次々とステージに登場して、BEGINとセッションするんです。それを見て、若い人からジイちゃん、バアちゃんまでが歌ったり踊ったりしていて。そのときに知名定男さん(1950年代から活動している沖縄民謡の歌手)と話をする機会もあって、「音楽は作るものでなくて、もともとあるものを蘇生させるんだよ」って教えてもらったりとか。音楽について考え直す機会が多いタイミングだったんですよね、ホントに。 ーー沖縄の音楽を継承しているという認識は、バンドを始めた頃はなかったですよね…? 前川:そうですね。「先輩はすごい」「若者は稚拙」というだけで、つながりは感じていなかったので。それよりも「県外で活動しないと生活はできない」とか「他のバンドに負けられない」ということがモチベーションにもなっていたし、同時にコンプレックスにもなっていて。フェスですごいバンドを見ると落ち込んだりもしたし、「こういう部分をマネしたら、売れるかもしれない」と思ったり…。 ーーかりゆし58って、他のバンドのマネをしている印象はまったくないですけどね。 前川:それはたぶん、不器用だからですよ。マネが上手くできなくて、それが結果的にオリジナリティに見えてたというか。「おまえらは“上手くいかなかった”と思ってるかもしれないけど、そこにオリジナリティがあるんだ」って教えてくれた先輩もいたんですよね。 ーー「かりゆしの風」にもしっかりと独創性が反映されてますよね。もちろん沖縄の雰囲気はあるんだけど、それだけじゃなくて、バンドのオリジナリティも強く感じられて。 前川:アレンジは「電照菊」「ナナ」などにも関わってくれた関淳二郎さんにお願いしたんですけど、「沖縄の風景が見えるような音にする必要はないと思うんです」って言ったんですよね。沖縄らしさみたいなものが、聴く人にとっての壁になるのがいちばん良くないなと思って。“沖縄の音楽”という言い方も好きではないんですけど、そういうイメージで捉えられるのも良くないですからね。 ーー曲を作ってる時点から“沖縄らしさ”は意識してなかった? 前川:うん、そうですね。これは僕が勝手に感じてることですけど、沖縄の景色、空気のなかでメロディを口ずさむと、自然とああいう雰囲気になると思うんですよ。車を運転して、風を受けながら歌ってると「先人たちもこんな感じで沖縄音階と言われるものを作り上げたんだろうな」って思ったり。 ーーまさに土地が生み出す音楽ですよね。この先もずっと歌って、「かりゆしの風」を育てないといけないですね。 前川:そのつもりでいます。そのことをいちばん実感したのは、「島ぜんぶでおーきな祭(第8回沖縄国際映画祭)」のフィナーレを任せてもらったときなんですよね。SPEEDのhiroちゃん(島袋寛子)やイトキンにも参加してもらったんですけど、「ハイサイおじさん」とスカアレンジでやった「花」がとにかく盛り上がって、お客さんがみんな踊ってくれて。そのときに会社のスタッフの方から「生まれ育った場所の歌がこんなにも楽しく受け入れられて、盛り上がる街は他にないよ」って言われたんですよね。そのときに「やっぱり、そういうことなんだな」と改めて思って。そうやって自分のテンションが変わると、周りの反応も違ってきたんですよね。 ーーどういうことですか? 前川:僕らはずっとアウェイを感じていたというか、どこにいても孤独感みたいなものがあったんです。ロックフェスに出たときは「そこまでガッツリとロックをやっているわけではないしな…」って感じだったし、レゲエ系のイベントに呼ばれても「ちゃんとレゲエを知ってるわけではないから」という気持ちがあって、混じり切れなかったり。でも、それはこっちのカンチガイだったんですよね。最近も湘南乃風の若旦那さんが呼んでくれたり、難波章浩さんといっしょにやったときもMCで俺らのことを話してくれたりして。こっちが自分の内側に閉じこもってなければ、活動の幅はどんどん広がるんだなって。
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「バンドを続けていくカタチが決まった」

ーー「かりゆしの風」の制作を通していろんな気付き、いろんな広がりがあったと。そういう大事なシングルに「Fire Chicken」(MASTEN-LOW)が入ってるのも、かりゆし58らしさかも。これは前川さん以外のメンバーがライブで披露している別バンドの曲なんですよね。 前川:そうです(笑)。こうやって好きなことをやるのも、ホントにいいことだと思うんです。あいつらは取材とかで「音楽をやっている意味は?」とか「音楽を通して何を伝えたいと思っていますか?」と聞かれても、言葉に詰まるんですよ(笑)。それくらいピュアなところで音楽をやってるのもあいつらの魅力だと思うし、そのおかげで身の丈を忘れずに活動が続けられてるんじゃないかなって。「Fire Chicken」も「好きな曲を自分たちなりに体現したい」っていうだけですからね。日本語の歌詞がめんどうだからって、途中から英語になってるし。しかも文法がめちゃくちゃで(笑) ーー自由ですね(笑)。 前川:(笑)。1行だけ、文法的にも成り立ってる歌詞があるんですけど、それが「時代遅れの奴らの雄叫び」みたいな意味なんです。そういう偶然もいい感じだなって思いますね。 ーーメンバー4人が揃ったときの雰囲気も10年前とぜんぜん変わらないですよね。 前川:幼なじみ同士でやってるのも大きいと思いますけどね。沖縄のバンドって、みなさん変わらないですよ。HYもORANGE RANGEもモンパチもBIGENのみなさんも、ぜんぜん訛りが抜けないし(笑)。ちょっと丸くなったりはするけど、雰囲気がガラッと変わる人っていないですよね。 ーーかりゆし58の場合、リラックスして音楽に臨めるようになったのは大きな変化じゃないですか? デビューからしばらくは、レコーディングのたびにストレスを溜めまくっていた印象もあるし。 前川:取材がグチを吐く場所みたいになってましたからね(笑)。「自分たちはこうなりたい」「こういうふうに表現したい」という気持ちが強かったんですけど、当然、足りないものがたくさんあって。それを自分のせいにしたり、仲間のせいにしたり…。正論で問い詰めたこともあったんですよ、俺が。「趣味でバンドをやってるんならいいけど、レコーディングのためのスタジオにもお金がかかってるし、CDを聴いてくれる人もお金と時間を使ってる。だったら、ひとつでも良い音を増やすために努力しないとダメなんじゃないか」って。 ーー反論しようがないですね、それは。 前川:そうなんですよね。27、28歳くらいのときに「人を正論で追いつめるのは良くないな」って気付いたんですけど、その後、のんびりしすぎてただの烏合の衆みたいになった時期もあったし。いろいろありましたね、ホントに。 ーーこの先、バンドにとって一番の時期を迎えられそうですね。 前川:と思ってます。いまは良いバランスだし、バンドを続けていくカタチが決まった感じがしてるので。 (取材・文=森朋之) ■リリース情報 『かりゆしの風』 発売:8月5日(水) 価格:¥1,200+税 ※DVD付き <CD収録内容> 1.かりゆしの風 2.夜行列車~復刻盤~ 3.Fire Chicken[MATEN-LOW] <特典DVD> 「かりゆし58 ハイサイロード 〜大金星〜2014-15」 2015年2月20日ツアーファイナル渋谷公会堂ライブ映像 ●タワーレコード特典収録曲 1.E.D.O Dance 2.RRC 3.会いたくて ●TSUTAYA特典収録曲 1.ウージの唄 2.生きてれば良い事あるみたいよ 3.電照菊 ●HMVローソン特典収録曲 1.Oh!Today 2.きっと雨はふらないでしょう 3.さよなら <タワーレコードオンライン> PC モバイル <HMVオンライン> PC・スマートフォン モバイル <TSUTAYAオンライン> PC スマートフォン モバイル 『かりゆしの風』特設ページ ■イベント出演情報 7月25日(土)[秋田]OGA NAMAHAGE ROCK FESTIVAL 8月1日(土)[東京]幕張ビーチ花火フェスタスペシャルLIVE 8月4日(火)[東京]RYUKYU NATION 8月16日(日)[東京]お台場夢大陸 めざましライブ 8月23日(日)[沖縄]第30回国頭村まつり 8月29日(土)[淡路島]FREEDOM aozora 2015 8月30日(日)[兵庫]きらめく兵庫フェスタ in KAKOGAWA 9月12日(土)[福岡]World Heritage Munakata 10月24日(土)[岡山]岡山商科大学 商大祭2015 かりゆし58オフィシャルホームページ

ゲーム専用機規制の完全撤廃に、アプリ市場の高い参入障壁…激動する“ゲーム大国”中国

オタクに"なるほど"面白い!オタクニュース・ポータル「おたぽる」より

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台湾などでは以前から流通していたが、今回、中国全土でゲーム機規制が撤廃された。画像は台湾版PlayStation.comより。
 PC、モバイルのジャンルではすでに“ゲーム大国”の中国だが、中国政府は先日、15年間にも及んでいたゲーム機(ゲーム専用機)規制をついに撤廃した――。 ■中国、ゲーム専用機規制を完全撤廃へ   児童や青少年の発育に悪影響をもたらすものとして中国でゲーム機の製造・販売が規制されたのが2000年。それが昨年、上海の経済自由特区内に限定してゲーム機の製造・販売を許可し、今年2月にも当局はこれまでの規制を大幅に緩和する意向を各地方自治体に伝えていた。そしてついに今回、ゲーム機規制が全廃されることになったのだ。 「おたぽる」で続きを読む

夫婦バトル勃発? 辺野古に出かけ反基地闘争を激励した樹木希林に、内田裕也が「日本は米軍に守られてる」「ヤメロ」と発言

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「SWITCH」Vol.22 No.10(スイッチ・パブリッシング、2004年)
【本と雑誌のニュースサイトリテラより】  今月7日に翁長雄志・沖縄県知事と会談することが決定した安倍晋三首相。安保法制の強行採決で明らかになった「国民無視」の姿勢を少しでも挽回しようという目論見らしいが、会談を控えたいま、沖縄の基地問題をめぐって、ある夫婦がバトルの様相を見せている。  その夫婦とは、内田裕也と樹木希林夫妻。昨日2日、内田がTwitterにこんな投稿をした。 〈オキナワの基地問題は本当に難しい!『安保条約』によって、米銀基地によって、日本は守られてきた。KKさん、軽々しい発言はヤメロー!JOKEではすまされない。祈る 正論!ROCK’N ROLL! 内田裕也〉(原文ママ)  内田がイニシャルで名指ししている「KKさん」とは、明らかに樹木希林のこと。というのも、樹木は7月30日に辺野古の新基地建設を反対する人びとが集うキャンプ・シュワブのゲート前に現れ、大きなニュースになったばかり。このことに対して、夫・内田裕也は反応したのだろう。  それにしても、「ロケンロー!」「ラブ&ピース」が決め台詞で、ジョン・レノンの「パワー・トゥー・ザ・ピープル」を十八番にする内田が“日本は米軍基地によって守られてきた”と言い出すなんて、「あれ? ロックンローラーじゃなかったの?」という気がする。  そもそも内田裕也は、若いころから“反体制”を謳ってきた人物である。ベトナム反戦運動の高まりから生まれた伝説のロックフェス・ウッドストックにも多大な影響を受け、1974年には日本初の大規模ロックフェスとなったワンステップフェスティバルをプロデュースしたし、反体制を貫いた映画監督・若松孝二の作品にも多数主演してきた。さらに、昨年の終戦記念日にはTwitterでこうもつぶやいている。 〈69回目の終戦記念日を迎えた!310万人の人が亡くなった!若者は戦争のあったこと、戦争の悲惨さを知らない。SMAP、嵐、関ジャニ∞、AKB48、ももいろクローバーZ、きゃりーぱみゅぱみゅ、日本の人気者達、戦争のヤバさを一回くらい歌ってくれ!〉  体制に唾を吐き、“愛と平和”を口癖にし、「民衆に力を!」と高らかに宣言する歌を歌ってきた内田が、政府に虐げられ、この地に平和をと声をあげている沖縄に“基地移設は正論”と言う……。これではロックンローラーの名が廃るというものだ。  他方、そのロックンローラーの妻・樹木希林は、逆に夫よりもずっとロケンローしている。  今回、樹木は東海テレビ制作のドキュメンタリー番組の収録のために辺野古を訪れたというが、彼女は事務所にマネージャーも置かず、自分自身で仕事を選び、現場に趣くのは有名な話だ。しかも、今回収録した番組と思しき『戦後70年 樹木希林ドキュメンタリーの旅』(6回シリーズ/沖縄をテーマにするのは8月15日放送分)のHPによれば、その番組は沖縄戦にスポットを当てたもので、平和祈念公園の「平和の礎」を訪れる予定だとある。これまでの樹木の行動力を考えると、今回、樹木は、スタッフも想定していなかった辺野古行きを自らの意志で決めた可能性も高いのではないだろうか。  その日、辺野古のキャンプ・シュワブ前を訪れた樹木は、炎天下のなか基地移設反対を叫ぶ人びとの言葉に耳を傾けた。そして、座り込み運動をつづける86歳のおばあ、島袋文子さんの隣に座り、「沖縄戦から辺野古問題までを熱く語」った島袋さんの手を握り、「辺野古問題を俳優仲間に広める」と応えたという(「News Watch」記事より)。  樹木が熱い握手を交わした島袋さんは、今年の春、「女性自身」(光文社)の取材にこう話している。 「もし本土の人が沖縄は米軍部隊がいるから生活できているんでしょう、という感覚をいまだに持っているとしたら、それは大きな間違いです」  本土の人間として米軍基地は必要だと沖縄の痛みも無視して言う内田裕也と、権力に抵抗する人びとを元気づけ、表現者として沖縄の声を届けようとする樹木希林。そう考えると、樹木のほうが圧倒的に「ラブ&ピース」で「ロケンロー」だ。 (水井多賀子)

マライア・キャリーの絶縁状態の姉がマライアに助けを懇願

マライア・キャリーの姉が頭部のけがを理由に自身の意志に反して病院に監禁されていると訴えている。アリソン・キャリーは3か月前に起こった謎の人物による自宅襲撃事件で頭部に重傷を負って以来、ニューヨーク内にある病院の精神病棟に入院している。売春婦として生計を立てていた過去を持ち、ヘロイン中毒とも言われるアリソンは、身元不明の強盗が自宅アパートから宝石を盗み、自身は殴打されて目が覚めると後頭部に3インチ(約7.6センチ)に渡る裂傷を負っていたほか、口にもけがを負っていたという。 RadarOnline.comによる独占インタビューでアリソンはこう語る。「この人物と車に乗った覚えはないの。それに自分の家に行った覚えもないわ。でも自宅にいてこの男が宝石を盗んでいたことは覚えているの」 4児の母でHIV患者でもあるアリソンは、それ以来自身の意志に反して精神病棟に入院させられているとして、そこから出してくれるように大スターの妹マライアに助けを訴えている。「私がここに3カ月もいる理由はないんだから、この病院から出してくれる弁護士が必要なの...お願いだからマライアに私をここから出してと伝えて!私にどんなことが起こったかは知っているはずよ!とにかく出たいの!」 現在オーストラリアの大富豪ジェームズ・パッカー氏と交際中のマライアはアリソンと長年に渡って絶縁状態にあり、マライアの双子のこどもたちにも会うことを許されていない。アリソンがこの施設に収容されたのは今回が初めてではなく、2012年にも正式に患者として入院していた。

ファン参加型のMVはなぜ増えた? キュウソ、androp、忘れらんねえよらの作品から考えてみた

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キュウソネコカミ『チェンジ ザ ワールド(初回限定盤)』(ビクターエンタテインメント)

【リアルサウンドより】  新曲のリリース前後に公開されるMVには、有名映画監督が手掛けたストーリー仕立ての作品や、海外でのロケ撮影を行なった作品、アニメーションやCGを駆使した作品など、様々な工夫が凝らされたものがある。そんな中、SEKAI NO OWARIをはじめとする近年ブレイクしたバンドの多くは、ファンからエキストラを募ってMVを制作し、YouTubeなどに公開していることが少なくない。  たとえば、先日『ミュージックステーション』(テレビ朝日系)に初出演を果たしたキュウソネコカミは、これまで数々のMVでファンをエキストラとして招いている。「ファントムバイブレーション」「ビビった」「OS」のMVでは、主にライブシーンの撮影にファンが出演し、彼らの演奏を盛り上げた。MV中でライブシーンを再現するのは、そのアーティストのパフォーマンスの雰囲気が最も伝わりやすく、結果としてライブの集客にも繋がるだろう。MVが公開される際、出演したファンがSNSツールなどで自ら告知することは、そのままMVの拡散にもなる。

キュウソネコカミ - ビビった MUSIC VIDEO

 また、こうしたMVによってファンが新曲を“予習”できるのも、大きなメリットだ。曲中の振り付けや曲の楽しみ方を前もって知ることで、ファンはライブ会場で盛り上がりやすくなる。

androp「Yeah! Yeah! Yeah!」music video(三ツ矢サイダーCMソング)

 andropの三ツ矢サイダーのCM曲として使用されている「Yeah!Yeah!Yeah!」のMVでは、エキストラを一般から募集。完成されたMVのエンドロールには参加者の名前がクレジットされていた。同MVでは、ファン同士の交流が描かれており、バンドが“リスナー間の繋がり”を大切にしていることがわかる作品に仕上がっている。また、ファンの笑顔は、そのアーティストの魅力を伝えるうえで大きな説得力を持つだろう。

忘れらんねえよ『バンドやろうぜ』

 忘れらんねえよの「バンドやろうぜ」では、エキストラ出演としてファンを登場させているのではなく、テーマに合わせた動画を一般人から募集してひとつのMVを作り上げている。バンド結成のきっかけとなったチャットモンチーも同映像に出演しており、彼らを支えてきた人々に対する感謝の気持ちが伺える作品となっている。

tricot『Break』MV

 tricotの「Break」も同じような構成で作られているが、多国籍の人々が出演しているという点が印象的だ。この作品からは、tricotが数々の海外フェス出演を経て、多様な国の人から支持されているアーティストであることが伝わるのではないだろうか。  現在、多くのリスナーが新しいアーティストを知るきっかけのひとつとなっているYouTube。インターネットの発達やライブ市場の活況によって、アーティストとリスナーの距離が近づいている昨今、ファンとともに作り上げていくMVは、フレンドリーかつ効果的なプロモーション方法として、さらに増えていくのかもしれない。 (文=大和田茉椰)