ディカプリオとスコセッシ監督、『悪魔と展覧会』映画版で再タッグ!

レオナルド・ディカプリオとマーティン・スコセッシ監督が映画版『悪魔と展覧会』で再タッグを組む。『ディパーテッド』『ギャング・オブ・ニューヨーク』『ウルフ・オブ・ウォールストリート』でスコセッシ監督とタッグを組んできたディカプリオは、2003年エリック・ラーソン著作のノンフィクション小説『悪魔と展覧会』を基にした映画作品の中で連続殺人犯ドクター・H・H・ホームズを演じるとみられている。 ドクター・H・H・ホームズは1893年、万国博覧会が行われていたシカゴで27人を殺害した連続殺人犯として知られる人物だが、実際には200人近くの殺人を犯していたと推測されている。 そんなディカプリオはここ数年、自身の俳優としてのキャリアの傍らチャリティー活動にも力を入れており先月には自身運営する環境と絶滅危惧種の保護のために1998年に立ち上げた財団が、世界中にある革新的で効果が十分に出る地球保護活動を行っている30以上の環境保護団体に対し1500万ドル(約18億5000万円)寄付すると報じられていた。この寄付に関してディカプリオは声明文の中で「地球環境の破壊は我々が見逃すことが出来ないほどのペースで進んでいます。地球が暮らす人々の犠牲にならないような生活の場として未来を発展させる責任が我々にはあるのです。人類にとって最大とも言えるこの問題解決に取り組む団体に協力することを誇りに思います」とコメントしていた。

世界的コミック『キャプテン翼』は、こうして死んだ「ボールは友達」→「今度はぱちんこが友達だ!」

オタクに"なるほど"面白い!オタクニュース・ポータル「おたぽる」より

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サンセイ R&D | CR キャプテン翼」公式HPより。
 高橋陽一原作『キャプテン翼』が「CRキャプテン翼」としてサンセイR&Dからパチンコ台デビューした。『キャプテン翼』は、1981年に「週刊少年ジャンプ」(集英社)で連載が始まり、以降も『キャプテン翼ワールドユース編』や『キャプテン翼ROAD TO 2002』など、数々のヒット作を飛ばした人気シリーズ。その人気は国内だけに収まらず、世界50カ国以上でアニメが放送され、今を輝くバルセロナのリオネル・メッシやネイマールなど、多くのスーパースターに影響を与えてきた。しかし、そんな人気作品だけに、今回のパチンコ化で涙を流したファンは少なくない。 「正直、失望しました。高橋陽一先生も初めはこの話を断っていたみたいなんですけど、急にどうしたんでしょうかね。大人気作品なので、お金に困っているとは思えないのですが……。一応『東日本大震災のときに復興の手伝いに行き、考えが変わりました。翼がパチンコになれば、娯楽として本やCDのように復興の励みになると思いました』とコメントはしていますけど、意味がわからないですよね。パチンコで稼いだ一部を支援するという話は出ていませんし、もしするとしても、パチンコで巻き上げられるお金の方がはるかに多いですから。そもそも、いくら翼好きでも、子どもはパチンコできませんからね」(漫画ライター) 「おたぽる」で続きを読む

安倍首相の歴史修正主義を、赤川次郎と高橋源一郎が痛烈批判「国家サイズのモンスターペアレンツ」「安倍首相にとって命は数字に過ぎない」

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赤川次郎『三毛猫ホームズの推理』光文社/高橋源一郎『さようなら、ギャングたち』講談社
【本と雑誌のニュースサイトリテラより】  昨晩、安倍首相が戦後70年談話を発表した。しかし、本サイトでもすでに指摘しているように、その内容は巧妙に謝罪を避け、過去の歴史から目を背け、さらには「積極的平和主義」という名の新たな戦争を肯定するものだった。  こうした歴史修正に対し、わたしたちはどのように抗えばいいのか。そのヒントとなる、ある作家ふたりの言葉がある。その作家とは、赤川次郎氏と高橋源一郎氏だ。  ふたりの対談は、以前、本サイトでも紹介した「すばる」(集英社)8月号に掲載されたもの。赤川氏は日本を代表する人気ミステリー作家であり、かたや高橋氏はポストモダン文学の旗手と呼ばれた純文学作家……なんとも意外な組み合わせだが、じつはこのふたり、不思議な縁がある。  というのも、赤川氏の父親は、満州に渡り、満州映画協会(満映)に勤めていた。この満映を率いていたのは陸軍軍人の甘粕正彦。アナキストの大杉栄と内縁の妻で婦人解放運動家の伊藤野枝、大杉の甥の3名が憲兵隊によって殺害された「甘粕事件」の首謀者とされる人物だ。赤川氏の父は甘粕大尉の側近だったが、なんと甘粕大尉は高橋氏の大叔父にあたるというのだ。  ふたりは戦後生まれのいわゆる“戦争を知らない世代”ではあるが、飛び出す話を読んでいると、戦争とはつい最近の話なのだという思いが強くなる。たとえば、高橋氏の母親は広島への原爆投下の日に広島へ行く予定だったが、「二人手前で切符が売り切れ」た。そのため母親からは「あと二枚切符があったら、おまえいてへんで」と言われるらしい。さらに、呉の軍港に軍事奉仕にも出ており、「人間魚雷みたいなのを作らされていた」という話もずっと聞かされていたという。  他方、赤川氏は、父親から聞いた話として、甘粕大尉が甘粕事件で刑務所に入れられたことを「軍部に裏切られたとものすごく怒っていた」ことや、彼が「中国人だろうが日本人だろうが、同じ仕事をしたやつには同じ給料」を支払うなど平等に扱っていたために「終戦を迎えたときに、うちの両親は周りの中国人にすごく親切にされ」たという話を披露。「(きょうだいのなかで)僕だけが内地生まれ。(中略)内地なんて言うと、いかにもという感じですけど(笑)」と赤川氏は語っているが、戦争を体験していない世代とはいえ、「体験として直接聞いている」(赤川氏)のだ。 「高橋 父親が本当にしみじみと言っていました。国は最後に国民を裏切る、だから国は信じたらあかんでって。思想としてはうちの父親はすごい右翼なのに、国は信じられない。その辺りはわりとはっきりしていましたね。 赤川 右翼でも国を信じられない。そう、戦争を体験した昔の人はみんなそうですよね。」  もっとも身近な肉親が体験した戦争。そのためか、ふたりの話に“戦争ファンタジー”が入ることはない。逆に、“戦争法案”をつくり、通そうとする安倍首相のような“自分よりも年下の指導者たち”に、高橋氏は「彼らは上の世代からどういう話を聞いてきたんだろうねと思ってしまいます」と言う。 「僕たちが見聞きした話って、情報ではないと思うんです。僕たちは戦争に行った人たちの話をダイレクトに浴びて育ったわけで、それは「資料」でも「情報」でもない。戦争に対する態度とか、こういうものがあったという「物語」として、戦争の歴史を受け取っているんです。  ところが最近、従軍慰安婦問題にしても、ものすごく細かい情報を集めて、この資料にはこう書いてあるから慰安婦問題はなかったという言い方が、増えてきていると思いませんか。これは右翼と言われる人たちも同じで、全部資料に頼るでしょう」(高橋氏)  この高橋氏の言葉に対し、赤川氏も「私たちは物語を聞いているわけです。その物語は、ちゃんと人間が生きている話です」と同意する。 「でも、安倍さんたちが言うのは「数字」なんですよ。南京大虐殺だって三十万人も死ぬわけがないだろうというね。じゃあ十万人ならいいのかっていう話になりますよね。あの人たちにとっては、人の命は数字にすぎないんです」(赤川氏)  数字にこだわるのは、戦争の問題だけではない。株価、人口といったように、経済の問題でも“全部数値にならないと証明されたことにならない”。そのような空気によって、当事者たちの「物語」は、「数」の論理でかき消されようとしている──。  安倍首相が発表した戦後70年談話でも、結局、従軍慰安婦は「女性」と括られ、植民地支配も侵略も村山談話を引用しただけで、現在の首相としての考えを明らかにしなかった。そこには、“裏付ける資料がないから”という安倍首相の主張が見え隠れするようだった。安倍首相が談話のなかで無視しているもの、それこそが当事者たちの「声」であり、生きた「物語」だろう。 「僕は「論壇時評」でも書いたんです。紙の資料に頼りながらそこから発せられる「単なる売春婦」とか「殺されたと言ってもたかだか数千で大虐殺とは言えない」とか、「強制はなかった」という物言いに、すごく強い違和感があると。赤川さんがおっしゃったように、資料の中では単なる数に過ぎなくても、一人一人異なった運命を持った「当事者」がそこにはいたわけですよね」 「慰安婦のことも、あれだけ多くの、実際に体験した兵士の証言や、目撃した当時の外国人の証言もあるのに、それでもなかったと言う。人数の問題にしてしまえば無視できるだろうというような……。いつから日本人って、こんなに情けなくなっちゃったんでしょうね」(高橋氏)  歴史を修正することは「愛国」ではない、むしろ愛がわかっていないのだ──。そう指摘する高橋氏と赤川氏は、現状の日本を「国家サイズのモンスターペアレンツ」と表現する。「あいつは敵でこいつは味方」と単純に切り分け、「わかりやすさ」を求める、それが安倍政権の姿だと。  しかし、戦争の「当事者」たちが鬼籍に入っていくなか、こうした歴史修正にどうすれば抗うことができるのか。高橋氏はこの問題を前にして、現在の“戦争作品”を手がけた若い世代の作家たちの名を挙げる。前々回に芥川賞にノミネートされた、ニューギニアの野戦病院を舞台にした戦争小説『指の骨』(新潮社)の高橋弘希と、沖縄のひめゆり部隊に着想を得たマンガ『cocoon』(秋田書店)の今日マチ子、それを舞台化した藤田貴大だ。  この3人は全員30代だが、高橋氏いわく「自分が七〇年前に戦場にいたらこんなふうに感じただろう」と、同じことを言うのだと述べている。そして、「彼らが戦場を描写するのは、ある意味必然なのかもしれない」と言う。彼らは、就活、格差、貧困という社会のなかで、「物としての砲弾は飛んでいないけれど、ぼーっとしていると後ろから撃たれて死んでしまう」という「戦場感を持っている」のではないかと高橋氏は説明するのだ。「豊かな経済の恩恵を受けてきた」団塊の世代よりも、いまの20・30代のほうが「戦争中の人たちの感覚をダイレクトにわかる」のではないか、と。 「僕は、そういうことが、来るべき社会を変えていく礎の一つになるんじゃないかという気がしているんです」 「親から受け継いだ戦後生まれの我々の記憶は、たぶんそういう若い人へのサポートで継承されていくのかなと思います」(高橋氏)  これは、この社会のかすかな希望だ。70年前を生きた人たちを想像すること。声に耳を傾けること。70年前のきょうという日と70年後のきょうが、どんなふうに繋がりあっているのかを考えること。「数」を絶対視したり、敵と味方に分ける「わかりやすい」論理にかどわかされないこと。それは、わたしたちが生み出すことのできる希望となるはずだ。 (水井多賀子)

有村架純に続くブレイクなるか? 『忘れ雪』出演の"あまちゃん女優"大野いとの可能性

 放映から2年も経って、まだ『あまちゃん』の話をするのもどこか憚られるものがあるが、出演した若手役者が軒並みブレイクしていることを考えると、ひとつのジャンルとして成立してしまったことは否定できない。  この「あまちゃん女優」というジャンルの中では、最近何かと話題の能年玲奈はもちろんのこと、橋本愛と有村架純が多く語られるが、2015年になると東京編で登場した女優が順々にブレイクし始めるのである。  『問題のあるレストラン』(2015年)で好演を見せ、バラエティでもその存在感を発揮する松岡茉優、夏ドラマ『デスノート』のニア役でさらなる注目を期待される優希美青。  そして、まだ今ひとつブレイクと呼べるほど弾け切れていないが、この先少なからず「あまちゃん女優」の一人として語られるであろう逸材がいる。それが大野いとだ。  個人的には、ようやく注目されるようになったか、と少し親目線(年齢的には近所のお兄さんみたいな目線か)で見てしまうわけだが、そんな嬉しさも反面、ついに見つかってしまったか、という口惜しさも少なからずある。  14歳のときにスカウトされ、『Seventeen』(集英社)のモデルとしてデビューした彼女は、翌年には人気漫画『高校デビュー』の映画版の主演に抜擢され、華々しくスクリーンデビューを果たす。と、理想的なシンデレラストーリーのように思わせておいて、その年に発表された「スポーツ報知蛇いちご賞」の〝最低〟新人賞を獲得してしまうのである。その理由は極めて明確である。彼女は、誰がどう見ても台詞読みが下手すぎたのだ。起伏のない、俗に言う「棒読み」というものである。  それでも公開当時、女子中高生しかいない劇場でこの映画を観た筆者が驚愕したのは、ヒロインの棒読みでもなければ、上映中に劇場中から鳴り止まない携帯電話の着信音でもない。まったくの新人女優が、演技において最も難しいとされる喜劇を、しかもこんな軽調なスラップスティックコメディを全身で演じきっていたのだ。とにかく大げさな表情の作り込みと動作、「この映画は私のものだ!」と言わんばかりに放たれる勢いに、天才的なコメディエンヌの誕生を予感させられるものの、やはりどうしても彼女が喋ると少々我に還ってしまう。  とはいえ、映画デビューから数年の間に7本の映画に出演と、コンスタントに続いていくのは、少なからず彼女の演技ポテンシャルが認められているからに違いない。だからと言って、一向に台詞回しは上手くはならないのだが、ここまで来るとさすがに観慣れてくるし、何より演じるキャラクターの幅広さがそれをカバーしているのだ。  2作目の映画となった三池崇史の『愛と誠』(2012年)では、オリジナル版(『続・愛と誠』)で多岐川裕美が演じたスケバン・高原由紀を演じ、劇中で藤圭子の「夢は夜ひらく」を歌う。デビュー作とは一転して、終始無表情のミステリアスな役を演じ、イメージを一新したと思いきや、続く福山桜子の『愛を歌うより俺に溺れろ!』(2012年)では男装バンドを率いる女子高の王子を演じ、再び少女漫画映画のヒロインに戻る。  そうして映画やテレビドラマ、感動作から喜劇、サスペンスと、彼女の演技は間違いなく成長しているのだけれど、やはり台詞が気にかかって仕方がない。  そんな折、今年の初夏に公開されたSABUの『天の茶助』は画期的であった。後天的に声を失い、最後まで台詞が回ってこないヒロインという、一見すると非常に難しい役を演じなくてはならない上、相手が当代きっての演技派、松山ケンイチときたら、こんなにも都合の悪い話があるだろうか。しかし彼女は、表情と所作だけで理想的なヒロイン・新城ユリを演じきってしまったのだ。たしかに少しばかり瞬きが多い気がするし、繊細な喜劇演技はまだまだ改良の余地が残る印象を受ける。  それでも、劇中で車に跳ね飛ばされる直前、天使役の松山ケンイチと路上で衝突してゆっくり立ち上がる一連の動きだけで、この映画における理想的なヒロイン像を超越して、正真正銘の天使のようにスクリーン上に君臨した。
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『忘れ雪』場面写真

 そんな彼女の出演映画はこの後も続く。まずは秋に公開するハン・サンヒの『忘れ雪』。子供の頃に結婚を約束した相手を想い続ける女性を演じ、台詞量は多いものの、ペットと戯れて見せる笑顔など、自然体の彼女の表情を見ることができる。ハン・サンヒ監督といえば、『初雪の恋 ヴァージン・スノー』でブレイク途上だった宮崎あおいをヒロインに迎えている女優選びの名人。劇中での大野いとの台詞の中に、彼女の出演作を想起させる台詞が出てくることから、そこで彼女を見つけ出して抜擢したと考えると、なかなか面白い。  また来年にはアジア圏の名監督に愛される音楽家・半野喜弘の初監督作のヒロインも待機しており、日本を飛び出してアジア圏でも注目されるチャンスを秘めている。  大野いとが、「あまちゃん女優」という冠を払いのけ、ひとりの女優「大野いと」として語られる日が近付いているのだ。 ◼️久保田和馬 映画ライター。1989年生まれ。現在、監督業準備中。好きな映画監督は、アラン・レネ、アンドレ・カイヤット、ジャン=ガブリエル・アルビコッコ、ルイス・ブニュエル、ロベール・ブレッソンなど。Twitter ■公開情報 『忘れ雪』 2015年秋公開予定 公式サイト

女優・常盤貴子の「鉄子」アピールはホンモノか? 芸能人“にわか”と“マニア”の境界線

オタクに"なるほど"面白い!オタクニュース・ポータル「おたぽる」より

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常盤貴子
 女優の常盤貴子による、突然の“鉄子”告白が話題となっている。7日に行われた主演映画『向日葵の丘 1983年・夏』の完成披露舞台挨拶の場で「鉄が好きなんです。鉄道だけじゃなく車や飛行機の大きな鉄も好きなんですけど」と話し始め、映画の撮影地が静岡であったため、休みの日は大井川鐡道に乗車し、景色を楽しんだエピソードも語られた。  大井川鐡道はSLも走り、鉄道ファンにとっては聖地ともいうべき場所だ。鉄道好きを公言している女優としては、SKE48の松井玲奈が知られる。松井は、鉄道の中でも新幹線好きをアピールするも、理由を問われると「いつも乗っているから好き」と、知識情報のまったくないコメントをしてしまった。そのため、キャラ作りのためのニセ鉄道ファンではないかともいわれている。 「おたぽる」で続きを読む

女優・常盤貴子の「鉄子」アピールはホンモノか? 芸能人“にわか”と“マニア”の境界線

オタクに"なるほど"面白い!オタクニュース・ポータル「おたぽる」より

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常盤貴子
 女優の常盤貴子による、突然の“鉄子”告白が話題となっている。7日に行われた主演映画『向日葵の丘 1983年・夏』の完成披露舞台挨拶の場で「鉄が好きなんです。鉄道だけじゃなく車や飛行機の大きな鉄も好きなんですけど」と話し始め、映画の撮影地が静岡であったため、休みの日は大井川鐡道に乗車し、景色を楽しんだエピソードも語られた。  大井川鐡道はSLも走り、鉄道ファンにとっては聖地ともいうべき場所だ。鉄道好きを公言している女優としては、SKE48の松井玲奈が知られる。松井は、鉄道の中でも新幹線好きをアピールするも、理由を問われると「いつも乗っているから好き」と、知識情報のまったくないコメントをしてしまった。そのため、キャラ作りのためのニセ鉄道ファンではないかともいわれている。 「おたぽる」で続きを読む

佐野研二郎“パクリ”事件を生んだアートディレクター制の闇…有名デザイナーのデザインはスタッフがつくっている!

【本と雑誌のニュースサイトリテラより】
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東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会HPより
 東京五輪エンブレムのパクリ問題が意外な方向に飛び火した。ベルギーのデザイナーから告発を受けた博報堂出身のアートディレクター・佐野研二郎氏は会見で、「全く似ていない」「リエージュ劇場のロゴを見たこともない」「ものをパクるということは一切したことはない」と主張していたが、別のデザインでもパクリ疑惑が浮上したのだ。  問題になったのは、サントリーの「オールフリー」のキャンペーンプレゼント用トートバッグで、30種類のデザインから好きなものを選べることになっていたのだが、そのうちの半分近くに、ネット上で「ネット画像をパクっている」「別のデザインとそっくり」と指摘する声が上がった。  しかも、今回は五輪エンブレムのように言い逃れできるレベルではなかった。たとえば、そのひとつに「BEACH」というアルファベットの入った矢印看板のデザインがあるのだが、これが「セカンドライフマーケットプレイス」というサイトに掲載されている「BEACH」の矢印看板デザインに、形も色も書体も、さらにヨゴレ具合までが全く同じ、ちがうところが何一つないのだ。  また、フランスパンをあしらったデザインは、個人ブログのフランスパンの写真をそのままトレースしたとしか思えないものだった。  実際、サントリーは佐野氏からの申し出で30種類のトートバッグのうち8種類のデザインを取り下げることになった。  東京五輪エンブレムのパクリが問題になったとき、多くの広告、デザイン関係者は「佐野のような名のあるデザイナーが、パクリのようなリスクをおかすはずがない」「五輪エンブレムのような世界から注目されるデザインはバレる確率が高いのに盗作なんてするはずがない」とかばったが、今回のケースは誰がどう見てもパクリ、盗作だろう。    そもそも、デザインの盗作というのは、佐野氏クラスの有名デザイナーでも十分起きうることだ。いや、佐野氏クラスだからこそ起きるといったほうがいいかもしれない。というのも、彼らの多くはアートディレクターシステムをとっており、事務所に数人から数十人のデザイナーを抱え、実際のアイデア出しやデザインを配下のスタッフにやらせているからだ。  こうしたアートディレクターシステムをとっている事務所が大きなプロジェクトをやる場合は、まず、社内コンペのようなものを実施。元になるデザイン案をスタッフのデザイナーたちに大量に考えさせ、その中からアートディレクターが気に入ったものを選んで、ブラッシュアップし、自分の名前で発表するケースが少なくないという。  たとえば、大人気になった「くまモン」は、アートディレクター水野学氏の作品として知られるが、実際は彼の事務所グッドデザインカンパニーのスタッフが発案したもので、それを水野氏が自分の名前で発表したことを「週刊文春」(文藝春秋)に暴露されている。  佐野氏の事務所であるMR_DESIGNも同じようなシステムをとっているようだが、こうした場合、デザイン事務所によっては、配下のデザイナーに「明日まで100案を考えてこい」などといった厳しいノルマを課すケ―スも少なくない。その場合、デザイナーが過去のデザイン集や海外のデザインなどを参考にしながら、なんとかしぼりだす、というのもよくあることらしい。  おそらく、今回もスタッフのひとりがアイデアに窮してネットの画像をパクり、佐野氏が気づかず出してしまった可能性が高い。実際、「日刊ゲンダイ」が昨日13日の記事で、MR_DESIGN広報担当をつとめる佐野氏の妻に直撃しているのだが、その際にこう答えている。 「確かにトートバッグのデザインを監修したのは佐野です。しかし、細かい実務を担っていたのは"部下"です。その部下たちの話を聞いた上でないと、返答はできません」  いつのまにか、佐野氏は"監修"になっているのだ。おそらく、佐野サイドはこのサントリーのトートバッグの盗用について、そのうち「部下がウェブサイトのデザインを参考にしていた」などの発表をするだろう。  しかし、それはけっして、佐野氏に責任がないということではない。むしろ、スタッフが出したアイデアやデザインを会社名でなく、トップのアートディレクターの名前で発表するというこのシステムが異常なのだ。  そして、最大の問題は、東京五輪のデザインも同じ構造から生み出された可能性が高いことだ。佐野氏自身はリエージュ劇場のロゴを見たことがなかったとしても、原案をつくったスタッフが参考にしていた可能性はある。それをたまたま佐野が気に入り、それらしい文脈を考え、コンペに出したところ、通ってしまった――。そういうことではないのか。  いずれにしても、ここまで疑惑が広がった以上、東京五輪エンブレムは国立競技場の二の舞にならぬよう、早めに白紙撤回すべきだろう。 (時田章広)

佐野研二郎“パクリ”事件を生んだアートディレクター制の闇…有名デザイナーのデザインはスタッフがつくっている!

【本と雑誌のニュースサイトリテラより】
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東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会HPより
 東京五輪エンブレムのパクリ問題が意外な方向に飛び火した。ベルギーのデザイナーから告発を受けた博報堂出身のアートディレクター・佐野研二郎氏は会見で、「全く似ていない」「リエージュ劇場のロゴを見たこともない」「ものをパクるということは一切したことはない」と主張していたが、別のデザインでもパクリ疑惑が浮上したのだ。  問題になったのは、サントリーの「オールフリー」のキャンペーンプレゼント用トートバッグで、30種類のデザインから好きなものを選べることになっていたのだが、そのうちの半分近くに、ネット上で「ネット画像をパクっている」「別のデザインとそっくり」と指摘する声が上がった。  しかも、今回は五輪エンブレムのように言い逃れできるレベルではなかった。たとえば、そのひとつに「BEACH」というアルファベットの入った矢印看板のデザインがあるのだが、これが「セカンドライフマーケットプレイス」というサイトに掲載されている「BEACH」の矢印看板デザインに、形も色も書体も、さらにヨゴレ具合までが全く同じ、ちがうところが何一つないのだ。  また、フランスパンをあしらったデザインは、個人ブログのフランスパンの写真をそのままトレースしたとしか思えないものだった。  実際、サントリーは佐野氏からの申し出で30種類のトートバッグのうち8種類のデザインを取り下げることになった。  東京五輪エンブレムのパクリが問題になったとき、多くの広告、デザイン関係者は「佐野のような名のあるデザイナーが、パクリのようなリスクをおかすはずがない」「五輪エンブレムのような世界から注目されるデザインはバレる確率が高いのに盗作なんてするはずがない」とかばったが、今回のケースは誰がどう見てもパクリ、盗作だろう。    そもそも、デザインの盗作というのは、佐野氏クラスの有名デザイナーでも十分起きうることだ。いや、佐野氏クラスだからこそ起きるといったほうがいいかもしれない。というのも、彼らの多くはアートディレクターシステムをとっており、事務所に数人から数十人のデザイナーを抱え、実際のアイデア出しやデザインを配下のスタッフにやらせているからだ。  こうしたアートディレクターシステムをとっている事務所が大きなプロジェクトをやる場合は、まず、社内コンペのようなものを実施。元になるデザイン案をスタッフのデザイナーたちに大量に考えさせ、その中からアートディレクターが気に入ったものを選んで、ブラッシュアップし、自分の名前で発表するケースが少なくないという。  たとえば、大人気になった「くまモン」は、アートディレクター水野学氏の作品として知られるが、実際は彼の事務所グッドデザインカンパニーのスタッフが発案したもので、それを水野氏が自分の名前で発表したことを「週刊文春」(文藝春秋)に暴露されている。  佐野氏の事務所であるMR_DESIGNも同じようなシステムをとっているようだが、こうした場合、デザイン事務所によっては、配下のデザイナーに「明日まで100案を考えてこい」などといった厳しいノルマを課すケ―スも少なくない。その場合、デザイナーが過去のデザイン集や海外のデザインなどを参考にしながら、なんとかしぼりだす、というのもよくあることらしい。  おそらく、今回もスタッフのひとりがアイデアに窮してネットの画像をパクり、佐野氏が気づかず出してしまった可能性が高い。実際、「日刊ゲンダイ」が昨日13日の記事で、MR_DESIGN広報担当をつとめる佐野氏の妻に直撃しているのだが、その際にこう答えている。 「確かにトートバッグのデザインを監修したのは佐野です。しかし、細かい実務を担っていたのは"部下"です。その部下たちの話を聞いた上でないと、返答はできません」  いつのまにか、佐野氏は"監修"になっているのだ。おそらく、佐野サイドはこのサントリーのトートバッグの盗用について、そのうち「部下がウェブサイトのデザインを参考にしていた」などの発表をするだろう。  しかし、それはけっして、佐野氏に責任がないということではない。むしろ、スタッフが出したアイデアやデザインを会社名でなく、トップのアートディレクターの名前で発表するというこのシステムが異常なのだ。  そして、最大の問題は、東京五輪のデザインも同じ構造から生み出された可能性が高いことだ。佐野氏自身はリエージュ劇場のロゴを見たことがなかったとしても、原案をつくったスタッフが参考にしていた可能性はある。それをたまたま佐野が気に入り、それらしい文脈を考え、コンペに出したところ、通ってしまった――。そういうことではないのか。  いずれにしても、ここまで疑惑が広がった以上、東京五輪エンブレムは国立競技場の二の舞にならぬよう、早めに白紙撤回すべきだろう。 (時田章広)

牛乳の販売価格への抗議でスーパー店内で牛が大暴れ!?

牛乳の販売価格に不満を持った農家たちがスーパーマーケットの店内で牛を連れて抗議活動をしたようだ。英スタッフォードシャーにあるアスダ店内で先週末、70人の酪農業者が牛を連れ回したことで警察が出動する騒ぎとなったという。酪農業者たちは4パイント(約1.89リットル)あたり89ペンス(約173円)という価格設定が安すぎることに対して抗議活動をしており、「こんな価格で販売されては、我々はやって行けません」として店内に陳列された牛乳を排除していた。 その1週間前には同スーパーのテルフォード店で農業者たちが店内の牛乳を全て回収し、その駐車場内で買い物客に無料配布するという抗議活動が行われていた。

『ONE PIECE』尾田栄一郎vsラブライバー!? 「ジャンプ」巻末コメントにラブライバーガチギレ!!

オタクに"なるほど"面白い!オタクニュース・ポータル「おたぽる」より

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神田明神×ラブライブ!特設ページより。
『ONE PIECE』連載18周年突破記念ポスターの巻頭カラーで幕を開けた、「週刊少年ジャンプ」No.37・38合併特大号。“天使すぎるアイドル”でお馴染みの橋本環奈がモンキー・D・ルフィに扮するなど、お祝いムードに包まれる合併特大号だが、作者・尾田栄一郎氏の巻末コメントが物議を醸している。
神田明神に行ったらラブライブがコラボしてました。なぜそうなったんだろう。<栄一郎>
 読者はてっきり「これからも全力で突き進むぜ」といった、18周年突破に関してのお決まりコメントかと思いきや、まさかの神田明神と『ラブライブ』のコラボレーションに対するコメント。これがラブライバーたちの怒りの導火線に触れてしまったようだ。 「おたぽる」で続きを読む