【コスプレ】「夏コミ」に集結したかわいくてセクシーなコスプレイヤーさんの写真をお届け!

オタクに"なるほど"面白い!オタクニュース・ポータル「おたぽる」より

 今年も大盛況のうちに幕を閉じた“夏コミ”こと「コミックマーケット88」。本稿は、秋葉原の話題を中心としたWEBニュースサイト「1UP情報局」から届いた美麗レイヤーさんの写真を一挙放出!【14日・1日目】
※以下、『作品名』キャラ名/コスネーム(@TwitterID)と表記
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『刀剣乱舞-ONLINE-』次郎太刀/由麻さん(@yuma6101)
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『スーサイド・スクワッド』ハーレイ・クイン/繭子さん(@myksan1717)
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“こじらせ女子”はやっぱりつらい! 自分の性に悩み「女性AVライター」になった雨宮まみを襲ったさらなる苦悩とは…

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左『東京を生きる』(大和書房)/右「モチイエ女子web」連載コラムのプロフィールより
【本と雑誌のニュースサイトリテラより】  いま、世間では空前の“こじらせ”ブームである。能町みね子、久保ミツロウ、峰なゆか、犬山紙子、ジェーン・スー……、“こじらせ女子”とカテゴライズされる文化人が次々とブレイクし、それぞれ著作はヒットを連発。また、彼女らの勢いは活字メディアにとどまらず、能町・久保の『久保みねヒャダこじらせナイト』(フジテレビ系)、ジェーン・スーの『ジェーン・スー相談は踊る』(TBSラジオ)など、テレビやラジオの世界へも続々と進出している。メディアでも“こじらせ女子”を特集した企画が急増するなど、“こじらせ”が何かオシャレにさえ感じてしまうようになった昨今だ。  しかし、“こじらせ”はけっしてファッションではない。具体的に彼女たちの人生を見聞きすると、よるべなき存在の不安や身を引き裂かれるような苦悩の末にいきついた言葉だということがよくわかる。  たとえば、その“こじらせ女子”なる言葉をつくったオリジネイターでもある、AVライター・雨宮まみが今年、新著『東京を生きる』(大和書房)を上梓したが、そこにはこんな一節がある。 〈東京に出てきて、私はいつも、セックスに飢えている気がする。してもしても、まだ足りない気がする。過激なことを望んでは、ほんとうに満たされることを、もしかしたら自分は知らないのかもしれない、知らないからこんなに求めてしまうのかもしれない、と不安になる。 それで満たされることを知ることが、この世でほんとうの贅沢を知ることのように思えてくる。それを知っている人間だけが、貴族のような階級にいて、自分はそこには行けないのではないかと思う。それについて語る資格など、ないような気がする。私のそれなど、ひどく浅瀬にあるものなのではないかと思えるのだ〉 『東京を生きる』では、故郷を離れて“東京”に暮らし、“AVライター”という女性としてはかなり珍しい仕事のなかで、自らの“女性性”と格闘することになった日々の思いが生々しく綴られている。  そもそも彼女がエロ業界に飛び込んだのも、自分の“性”との折り合いがつかなくなったからだった。そのことは、4 年前に雨宮が出版した自伝的エッセイ『女子をこじらせて』(ポット出版)に書かれている。 〈じゃあなんで、仕事にするほどAVに深入りしてしまったのか。  それはひとえに私が、「女をこじらせ」ていたから、と言えるでしょう。AVに興味を持ったとき、私は自分が「女である」ことに自信がなかったので、AVに出ている女の人たちがまぶしくてまぶしくてたまらなかった。「同じ女」でありながら、かたや世間の男たちに欲情されるアイコンのような存在であるAV女優。かたや処女で、ときたま男に間違われるような見た目の自分。そのへだたりは堪え難いほどつらいものでした〉  そんなにも自分に自信をもてなくなった理由、それは雨宮の青春時代にあった。中学・高校時代を、いわゆるスクールカーストの最底辺で過ごし、容姿のコンプレックスに押しつぶされそうな彼女は、イケているクラスメイトのように“モテ”を追求することができなかった。  “自分はかわいくない”“女として価値がない”、その確信が興味関心を“サブカル”に向かわせることになる。岡崎京子を読みあさり、雑誌「CUTiE」(宝島社)を読みふけり、団鬼六でリビドーを昂ぶらせ、ますます“モテ”からは遠ざかっていく。そんな毎日が彼女の青春であった。  そして、そんな日々のなか培われた思いは、福岡から単身上京した後、“田舎者”という劣等感が加わることで、ますます“こじれて”いく。 〈「男にモテたい」なんて、思う余裕もなかった。それ以前に服すら似合わない。オシャレにすらなれない。恋愛や男のことなんて、そういうことをクリアしたあとで考える、雲の上の出来事に思えました。  一日8回オナニーしては、虚しさに泣きました。自分はこのまま誰にも触られずに死んでいくんだと思うと、悲しかった。けど勇気を出すことなんてできなかった。自分には恋愛とか、そういうことは許されていない。そういうことを話題にすることすら気持ち悪い人間なんだと思っていました。そんなに性欲が強かったのに、セックスするなんて考えられなかった〉  そんな鬱屈とした日々を過ごしていたある日、彼女の人生に転機を与えてくれる存在が現れる。  平野勝之監督の『わくわく不倫講座』、そして、カンパニー松尾監督の『私を女優にしてください』。一般的なAVとは一味違う、生々しくむきだしの“性”を描いた、今でも語り継がれるアダルトビデオの名作たちである。 〈松尾監督のAVに出ている女の人は、自分にとって、理想の女の姿に見えました。エロくて、性欲に素直で、撮られても堂々としている。私は自分の欲情している姿が男の人にとって見苦しいみにくいものだと思い込んでいたので、この「堂々としている」というところがもっともすごいと思ったし、憧れました。憧れたけど、AVは現実をしっかり映すものでもあります。自分が堂々としたところで絶対にこんなふうにエロくも、キレイにもなれない。そう思いました。 ものすごい絶望感でした。畳をかきむしる思いでオナニーしてました。フローリングだったけど。でも、ここに何か、今までずっと苦しんでどうしようもなかったことに対する答えがあるのだという気持ちがありました。ここで逃げたら一生このまま卑屈な気持ちで、自意識をもて余したまんま、キレイにも、堂々とした女にもなれず、びくびくした一生を送るしかないんだと、なぜか強烈にそう思いました〉  彼らの作品に刺激を受けた雨宮は、エロ本編集者を経て、AVライターへの道を歩みだすことになる。しかし、ここからがさらに“女をこじらせる”地獄の日々の始まりだった。  いくら真剣に仕事をしても、編集部が彼女に文章を発注する理由は「女がAV観てるって思うだけで興奮する読者もいるから」という甘い発想ばかり。たまに仕事をほめられたとしても、それは「女の視点が面白い」という評価。真面目にAVのことを書いて「女でもこいつは違う、わかってる」「女だけど、AVのことよくわかってる」と認められたいと強く願っても、それは叶えられない。  挙句の果てには、“美人ライター”と呼ぶ人も出てきて、「寝て仕事取ってる」「ヤッたからほめられてる」とすら言われる始末。  これまでの人生ずっと“ブス”と呼ばれていたのに、手の平を返したように“美人”と言われる矛盾と、そこから感じる絶望。今まで“女”であることにさんざん苦しめられたのにも関わらず、どこまでも自分が“女”であることから逃げられない。 〈ライターとしての自分に価値があると思っていたわけではありません。でも、求められた価値がよりによって「女」だとは。自分は、女なのにちっとも女らしくなく、女の服やおしゃれや髪型が似合わない、女失格な女だと思っていた。「女」としての自分は、私の中では何の価値もないどころか自分を果てしない劣等感で苦しめるものでした。なのに求められるのは「貧乳だろうが顔がまずかろうが色気がなかろうが、とりあえず20代でAVとか出てない素人女」としての価値だけだった〉  だが、雨宮のこの苦しみは、“AV業界”という、圧倒的に女性がマイノリティになる特殊な環境だから起こるものではなく、実は、社会に出て働く女性にとって普遍的な悩みであり、苦しみなのではないだろうか?  男社会のなか、どんなに努力しても、成果を出しても、評価のなかに“女性”という観点が入ってくる。それは、女性がいまの社会で働こうとする限り必ずついてまわる問題だ。  AV業界という特殊な社会のなかで、普通の女性よりも強く、その“社会で働く女性”としての悩みに直面した雨宮。そして、彼女はのたうち回るような苦しみに耐えた末、ゆっくりとその矛盾に対する答えを見つけていく。 〈いろんな出来事に揉まれてるうちに、自分の価値を他人の価値観に委ねてたら、これはもう、簡単に死ぬな、と思ったんですよね。〉 〈自分の価値を決めるのは自分自身で、決してそれを他人の手に委ねてはいけない。〉 〈自分自身を自分の手に取り戻す、というのは、他人の介入を許さない、ということではありませんでした。それは、どう見られてもいいや、と解き放っていくことでもあるし、どう見られてもいいやと思うためには、意志や安心感が必要でもありました。〉  彼女が苦悩の末に見つけ出したのは、「自分の価値を決めるのは自分自身」という考えだった。  男であろうが、女であろうが、イケメンであろうが、美人であろうが、ブスであろうが、関係ない。“自分の価値”を決めるのは、他人ではなく“自分自身”――。この発想を見つけてから、雨宮は少しずつ楽になっていったという。  社会のシステムが男に都合の良いようにつくられている限り、抜本的に変わることは難しいかもしれない。しかし、自分の気持ちならゆっくりと変えることができる。「自分の価値を決めるのは自分自身」と心に刻むことで楽にもなれるし、自分に自信をもつこともできる。  みんながみんな、雨宮のような過激な生き方ができるわけではないが、しかし、そこには“男だから”“女だから”といった価値判断から私たちを自由にしてくれるヒントが詰まっている。そう考えると、“こじらせ女子”の人気を支えているのは、この社会で生きづらさを感じている人たちの救いを求める声なのかもしれない。 (新田 樹)

マイケル・ジャクソン、ファレル・ウィリアムスのことを知らなかった!

マイケル・ジャクソンはファレル・ウィリアムスのことを知らなかったそうだ。2009年に他界したマイケルは、一緒にレコーディングをするためにファレルをスタジオに招いたことがあるというが、ファレルが姿を現した時にはファレルのことを知らない様子だったという。ファレルは当時の状況についてこう語る。「マイケルは『それで君はスタジオ入りしたことあるの?』って言ってきたんだ」「だから俺は、『え?あなたが僕を呼んだんでしょ』って感じだったね」「でもそんなこと言えなかったよ。だってマイケル・ジャクソンだからね」 ファレルはマイケルのために何曲か提案したというものの、結局はジャスティン・ティンバーレイクの元へと渡ったそうで、ビーツ1の自身の番組内で「最初のミーティングは一緒に音楽について話し合うっていう予定だったんだけど、彼が断った曲をジャスティンにあげることになったなんてきっと彼は気づいていなかっただろうね」「それで俺はジャスティンとスタジオ入りしてたら『1番に電話が入ってるよ、マイケル・ジャクソンだ』って言われたんだ」「俺はその時友達がからかってるんだろうって思ってたよ。でも電話越しにポップコーンを食べているのを聞いた時に本人だって分かったんだ。彼はまさにコントロールの王様さ。たぶん彼がコントロールってものを作りだしたんじゃないかな。『それで、ジャスティンとやってるんだって?すごく良いことだね。OK、いいさ、まぁ頑張ってね。ジャスティンによろしく言っておいて!』って言われたんだ」「それでジャスティンは『誰だった?マイケル?そう、あの人ってそういうことするんだよね』って言ってたよ」と語った。

Hey! Say! JUMP・中島裕翔が役者トーク 堺雅人や大泉洋、杏らとのエピソード語る

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(C)タナカケンイチ

 Hey! Say! JUMP・中島裕翔が16日、『おしゃれイズム』(日本テレビ)に出演し、過去にドラマで共演した杏や大泉洋とのエピソードを語った。  中島は10歳からジャニーズ事務所に所属し、2007年にHey! Say! JUMPのメンバーとしてデビューした。俳優としては『半沢直樹』(2013年)にて半沢の部下役を演じたことで注目度が高まり、2015年には月9ドラマ『デート〜恋とはどんなものかしら〜』に出演。2016年にはNEWS・加藤シゲアキの小説を映画化した『ピンクとグレー』で主演を務めることが決定している。 そんな中島は今年で22歳。司会のくりいむしちゅー・上田晋也は「いつの間にそんな大きくなったの」と驚きつつ、「ドラマとか映画とかでお忙しそうだけど、反響が大きかったのは?」と訊ねたことで、『半沢直樹』についてのトークが始まった。  堺雅人との共演は、「2回目だったんですよ。10歳くらいのときでしたね」。10年以上経過し、中島がすっかり成長していたため、顔を合わせた初日は気づいてもらえなかったという。しかし、翌日の撮影では「中島くーん! 久しぶりじゃん!」とにこやかに話しかけられたそうだ。中島が堺の顔マネをしながら当時の様子を再現すると、上田は「似ているね! 堺雅人さんの笑顔に!」と褒めた。  水川あさみ主演の『シェアハウスの恋人』で共演した大泉洋とも仲がよく、水川を含めたメンバーで談笑した際は、大泉からプライベートな悩みを打ち明けられたこともあったようだ。LINEでのメッセージ交換も行っており、街中のポスターや雑誌でお互いの写真や名前を発見したら、"パンチするポーズを決めて写真撮影して送付し合う"という遊びをしているという。以前には大泉から、HeySayJUMPの楽屋前に掲げられた中島の名前と一緒に映り込んだ写真が送られてきたことも。上田は「えっ? 楽屋ってことは中に君がいたんじゃないの?」とツッコむと、中島もハッと気づいたような表情を浮かべ「話しかけてほしかったですよね!」と笑った。 『デート〜恋とはどんなものかしら〜』で共演した杏とは個人的にやりとりをすることはないものの、撮影現場ではお笑いコンビ・バンビーノのリズムネタ「ダンソン」を一緒に練習していたそうだ。事の始まりは、杏が撮影の合間に突然「ダンソン!」と踊りはじめたこと。中島はネタを知らず「なんだそれ!?」と驚いていたが、元ネタとなる動画を見せられ「中島くん、マスターしようよ。踊れるからキビキビできるんじゃない? 一緒にやろうよ」と誘われたという。ここでMCの森泉が「見たい!」と言い出し、スタジオで披露することに。このネタは「ダンソン」と歌いながらステップを踏み、そのリズムに惑わされた動物を狩るというもので、中島はオチまでキレのある動きを見せた。  Hey! Say! JUMPの話題になると、同年代のメンバーと仲が良く、「カラオケに行って自分たちの曲を歌うこともある」と若者らしく遊んでいることを明かす。元男闘呼組の岡本健一を父に持つ岡本圭人は、男闘呼組の曲のみ、採点機能で高得点を出せるという。  また、山田涼介から届いた中島についてのコメントも紹介された。一見クールに見えるが、一発ギャグで場を盛り上げてくれる――という内容。スタジオで披露されたのは「アイドル誌の撮影における、テンションが以上に高いカメラマンのモノマネ」で、中島はその場で立ち上がり、ほとんど奇声に近い甲高い声をあげながら、全身を使って撮影の様子を再現し、スタジオは爆笑に包まれた。森が「口癖が変な人っているよね。撮りながら『キラキラキラキラキラ~!』とか。ウザい」と暴露するなど"カメラマンあるある"トークで盛り上がった。  番組の中盤では、中島の自宅で撮影したジーンズやカメラのコレクションを紹介するコーナーに。中学2年ごろから始めたドラムも自宅にあり、8ビート・2ビード・ジャズなどを演奏した。カメラのレンズの種類を細かく紹介するなど多趣味ぶりがうかがえたが、放送では解説トークが容赦なく早送りされ、ワイプに映った本人が「(この部分)大事大事!」と残念がるという一幕もあった。そのこだわりぶりに、「絶対平成生まれじゃないでしょ」と言われることもあるそうだ。  終盤では「モテ期」を振り返るトークに。小学校5年生のころ、上級生の女子に「壁ドン」で迫られ、先生に助けてもらったという思い出を明かした。上田が「それ告白されたの? 絡まれただけじゃないの?」と指摘すると、目を見開いて「絡まれただけかもしれないですね」と認めた。また、好きな女性として「しっかりした女性がいい」と中島。上田から「尻に敷かれたい?」と訊かれると「亭主関白じゃやってけないですよね」と返答し、「達観してるね! 大人だね!」と上田を感心させた。  俳優としても評価が高まりつつあるが、トークでも豊かなリアクションを見せた中島。Hey! Say! JUMPは22日~23日、『24時間テレビ 愛は地球を救う』(日本テレビ)のメインパーソナリティをV6と共同で務めるという大役を控えている。 (文=近藤雅人)

北乃きい、スキャンダルのイメージ脱却に“天然キャラ”画策も不発に終わる!?

オタクに"なるほど"面白い!オタクニュース・ポータル「おたぽる」より

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北乃きい(きたの きい) avex official website」より。
 7日に行われた日本テレビ主催のイベント『ZIP!夏まつり』で、女優の北乃きいが見事にMC役をこなし、閉幕の際には観客席から拍手が起こった。  今回の夏まつりは、情報番組『ZIP!』のスペシャルライブイベントにあたり、北乃は同番組MCを2014年から務めている。前MCである関根麻里が結婚を発表した為の交代となったわけだが、当初不安視されていたMC力も、今では関根と比べても遜色ないほどに向上している。  そんな北乃も、女優としての活動は、デビュー時の期待に沿うほどの活躍には至っていないようだ。その原因としては、俳優・佐野和真とのお泊りデートや路上キスが報道されてしまい、それまでの清純派女優としてのイメージが一気に崩れてしまったことが挙げられる。その代償は高くつき、北乃は今でもスキャンダルのイメージを払拭できずにもがいている。 「北乃だって1人の女性ですから、恋の1つや2つはするでしょうけど、ファンからしたら裏切られた感が半端なかったのでしょうね。今でもネット上では恨みつらみを書きこんでいる元ファンの人もいますし」(芸能関係者) 「おたぽる」で続きを読む

能町みね子の「オネエは差別」抗議をクリス松村が批判! 美輪明宏、東郷健らによる「オカマ論争」の再燃か

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フジテレビ 『久保みねヒャダこじらせナイト』番組HPより
【本と雑誌のニュースサイトリテラより】 〈私はオネエではありません〉──。エッセイストの能町みね子氏が日本テレビの番組にTwitterを通じて抗議した件が、いま、大きな話題となっている。  発端は、今月4日に放送された『今夜くらべてみました』の企画「新世代オネエ ニューキャマーSP」。この番組では「華麗なるオネエ史」が作成され、それを紹介したのだが、「2000年代以降のオネエ」として、マツコ・デラックスやはるな愛、假屋崎省吾、クリス松村、ミッツ・マングローブ、佐藤かよ、IVANらとともに、「東大卒オネエ」として能町も取り上げられていたのだ。  これを知った能町は、Twitterに〈なんか今夜くらべてみましたに私の名前が出たみたいだけど、出ることも聞いてないしその紹介のしかたはもっと聞いてません〉と投稿、〈私はオネエではありませんので日テレの人は訂正してください。〉と抗議した。14日には日刊スポーツの取材に応じ、能町は訂正を求めた理由をこう話している。 「オネエという表現は、差別に受け取れます。割り切ってオネエを受け入れて仕事されている方もいらっしゃいますが、私は違います。ひとくくりにしてほしくありません」  この報道によって今回の問題は広く知れ渡ったわけだが、ネット上では「能町みね子って男だったの?」という感想も多く見られた。実際、能町は2007年に性別適合手術を受け、戸籍も女性に変更し、その経験をエッセイにもしているが、能町はそれを「売り」にはしていない。そもそも、戸籍を変更している能町を「オネエ」と括るのは間違いだ、という声もある。  しかし、能町が怒っているのは、戸籍うんぬんの問題ではない。〈私が持っているのはオネエに対する偏見ではなくて、「オネエ」という雑なくくり方そのものについての嫌悪感〉だからだ。 〈例えばテレビ番組で「デブ史」とか勝手に作られて、その中に許可もなく名前を載せられたら、その人が太ってるかどうかとはもはや関係なくものすごく失礼じゃないですか。そういうことです〉 〈ざっくりホモとかオカマとかオネエとかに分けることによって植えつけられる偏見とか先入観とかをぶち壊したいと思ってやってますんで、絶対に許しません。〉(Twitterより)  “セクシュアルマイノリティ”とひとことで言っても、そこには一括りにできない性自認や性的指向・嗜好がある。また、能町が指摘するように、「ホモ」や「オカマ」「オネエ」という言葉には、社会からの偏見や先入観も含まれている。  そういう意味で、今回、能町が乱暴なカテゴライズを問題視して社会に投げかけたことには大きな意味がある。しかし、ここでさらなる問題が生まれてしまった。というのは、今回の騒動が「オネエ差別」という別の問題にかたちを変えてしまったからだ。  たとえば、「J-CASTニュース」は〈今回不満を述べたのは、もはや男性ではなく、オネエの分類には入らないということを言いたかったようだ〉と解説。能町は「オネエ」と括る行為自体を批判しているのに、これではまるで“内輪揉め”のように受け取られてしまう。さらに、前述した日刊スポーツの記事タイトルが「Yahoo!トピックス」に掲載された際、「オネエは差別」と短縮され、能町が声をあげた理由がまったく間違ったかたちで解釈される問題を起こしてしまった。  その例が、クリス松村の反論だ。クリスは今回の騒動を「自分のしてきたことを全否定されているような哀しさを感じた」と言い、「マイノリティがマイノリティを傷つけるという、新たな差別が始まったと感じています」とブログに綴った。  だが、繰り返すように、別に能町は「オネエ」を否定したり差別したりなどしていない。能町も〈クリス松村さんは報道記事しか読んでないんじゃないかなあ〉とTwitterで感想を述べているが、クリスに能町の真意が正しく伝わっていない可能性は高いだろう。  ただ、クリスの反応もわからなくもない。〈私たちマイノリティと呼ばれる人たちが社会に出ていくのは大変なことでした〉と綴っているように、さまざまな「オネエ」たちが、偏見と闘い、葛藤しながらも「オネエ」を自認することで、社会にその存在を“ポジティブに”広めてきた歴史があるからだ。  実際、あの美輪明宏も「オネエ」肯定派だ。美輪は2007年、『金曜日のスマたちへ』(TBS系)に出演した際、明らかにおすぎとピーコを示すかたちで、「(自分は)同性愛に対する差別に対して闘ってきたのに、あの二人はテレビで自分から“オカマ、オカマ”という言葉を連呼して、同性愛者への偏見を助長している」と厳しく批判したが、その際、「オネエ」という表現については、好意的に語っている。  さらに、その美輪に攻撃されたおすぎとピーコにしても、けっして卑屈になって「オカマ」を受忍してきたわけではない。むしろ、侮蔑的な視線を送る社会に抗いながら存在をアピールするために、当時、差別語としてあったこの「オカマ」という言葉を意図的に用いてきた部分もある。  ちなみに、能町も自らを「オカマ」と称していた時期がある。10年前、能町の存在を有名にした彼女のブログのタイトルは『オカマだけどOLやってます。』だった。2006年、最初に出版された本のタイトルも同名で、あとがきには〈私はあえて自分のことを「性同一性障害」じゃなくて、「オカマ」と呼んでます。〉とある。(ただし、その後性転換手術をしたのを機にブログのタイトルも変更。文庫のあとがきにも〈オカマじゃなくてOLやってません〉とした)。  そして、この「オカマ」という言葉をめぐっては、いまから14年前の2001年に、今回のオネエ批判の原点になるような論争が起きている。  それは、ゲイ雑誌の発行人であり、性差別の撤廃と反天皇制を掲げた活動家・東郷健(2012年に逝去)のインタビュー記事が論争のはじまりだった。記事のタイトルは「伝説のオカマ 愛欲と反逆に燃えたぎる」。「週刊金曜日」2001年6月15日号に掲載されたものだ。 「伝説のオカマ」という言葉は、しばしば東郷を指して使われる言葉であり、何より本人が「オカマ」を自称していた。記事内ではインタビュアーも〈東郷さんは“オカマ”という。同性性愛者にたいして差別的にも聞こえる言葉をなぜ使うのですか、自分のことをなんでオカマと言い続けるのですか〉と問いかけており、「オカマ」という言葉を差別的に使用してはいない。だが、この記事に対し、「同性愛に関する正確な情報を発信している当事者団体」から抗議が編集部に寄せられた。「オカマ」という言葉がタイトルで用いたこと、記事内の「オカマ」の解説が間違っていることなどがおもな抗議理由だった。  当事者が「オカマ」と言っても、差別的な意味を含むそれをタイトルに使うのはおかしい──。この団体が主張したのは、「差別で傷つく痛みには個人差がある。一番傷つく人を基準に考えてほしい」ということだ。この抗議を受けて「週刊金曜日」は、「性と人権」を特集した。しかし、この特集が抗議団体の意見を取り上げる一方で、ちがう意見をもつ人びとの“異論”にふれることがなかったため騒動は拡大。ついには『「伝説のオカマ」は差別か』と題したシンポジウムが開かれるにいたった。  このシンポジウムでは「差別の判定は被差別者だけのものでいいのか」という問題が提起され、差別を論じる上で重要な指摘がなされているが、同時に、今回の「オネエ」問題にも通じる“一方的なカテゴライズ”の暴力性も語られている。  たとえば、伏見憲明は、「同性愛」という分け方それ自体を、「性科学、精神医学がそういうふうに性的指向で人を分類した時点で、すでに差別と排除が始まっている」と論評する。 「逆に言えば、差別と排除の眼差しによって、言説の権力が多様な性現象の中から「同性愛」を切り取ったわけです。つまり、分類された時点で言葉の中に差別が刷り込まれている」(『「オカマ」は差別か 『週刊金曜日』の「差別表現」事件 VOL.1 反差別論の再構築へ』ポット出版) 「同性愛」は、精神医学のなかで「異常」「精神疾患」と位置づけられた過去がある。これは異性愛至上主義を基準にした、まさしく「排除」の論理だ。同じように「オカマ」や「オネエ」といった言葉も、圧倒的に異性愛者たちが自分をスタンダードにし、差別的な意図をもって使ってきた言葉である。  そうしたなかで逆に、差別語である「オカマ」や「オネエ」を戦略的に用い、侮蔑的な視線を送る社会に抗いながら存在をアピールしてきたのが、東郷健であり、おすぎとピーコやといった人たちだ。もちろん、東郷たちの存在を「不快」に感じてきたゲイも多かった。そこにあるのは、“自分とは違うのに、全部同じにされる”という抵抗感だ。しかし一方で、「オカマ」も「オネエ」も肯定的に使用されるのであればOKと考える当事者もいる。捉え方も人によってそれぞれ違うのだ。 「言葉のリアリティは個別的なもので、誰の感覚が一番正しいということではない。だから、どれが差別語でどれならクリーンなんてことは本当のところないんです」(伏見氏)  同様に、「ホモ」という言葉が差別的に使われてきたことから言い換えられるようになった「ゲイ」という言葉を嫌う人もいれば、セクシュアルマイノリティが“自覚的・自己肯定的”に使うようになった「クィア」も、「風変わりな」「いかがわしい」という意味をもつことから抵抗を感じる人もいる。あるいは、ゲイが「オカマ」という言葉に敏感に反応するとき、そこにはミソジニー(女性嫌悪)があるのではないかという指摘もある。  そして、「オネエ」という言葉についても、今回の能町のように、あるいはそう呼ばれることを回避するために「女装家」と自称したミッツ・マングローブのように、違和感を表明する人がいる。  伏見の言うように「どれが差別語でどれならクリーン」なんて、誰にも決められないのだろう。  では、なにが問題になるかといえば、その言葉を使う意図だ。伏見は言う。 「言葉自体が「悪」なのではなく、問題は文脈です」  今回の能町が「オネエ」と括られた問題は、「オネエ」という言葉が悪いのではない。番組制作者が十把一絡げで「オネエ」と括った、乱暴な「文脈」にある。こうした問題は、メディアで、日常で、つねに発生しているものだ。たとえば、「男性が好き」という男性に対し、質問者が性的な話題ばかりを振る場面がよくあるが、そこには「ゲイは性欲が旺盛だ」という勝手な決め付けによる「文脈」が見てとれる。  もしかすると、問題となった日本テレビの番組制作者は、悪気などなかった、「オネエ」という言葉を肯定的に捉えていたつもりだ、と言うかもしれない。しかし、「雑なくくり方」という指摘がなされたことをどう考えるのか、その回答を知りたいと思う。それはきっと、セクシュアルマイノリティを何かに括って語ることが孕む暴力性に、多くの人が考えるきっかけにもなり得るはずだからだ。今回の能町の提起を、当然、本サイトも含め、メディアは無駄にしてはいけないだろう。 (酒井まど)

オーストラリア男性が腕に第3の耳を作る!?

自身の腕に第3の耳を作っている男性がいるようだ。オーストラリア出身のこの男性はこの耳をインターネットにつなげて他人に自分の耳にしていることを聞いてもらおうとしているという。「この耳は私のためではないんです。私には聞くための2つの耳がすでにありますからね。この耳は他の場所にいる人々のための遠隔視聴機器なんです」「この耳を通じて、聞く人がどこにいようとも会話やコンサートなど私がいる場所のことがなんでも聞こえるようになるというわけです」「もし私が無料Wi-Fiの場所にいなかったり、自宅のモデムのスイッチを切っていたりしたら、私はオフラインになるでしょうが、常にこの耳をオンライン状態にしておくことを目指しています」とこの男性は説明している。

竹野内豊のコミカルな魅力から探る、「アラフォー俳優」サバイバルの条件

【リアルサウンドより】  福山雅治、西島秀俊、伊藤英明、大森南朋、大泉洋、加瀬亮、長谷川博己、堺雅人など、現在、アラフォー俳優が映画やドラマにひっぱりだこだ。そんな中、同じ世代の俳優の中では比較的ブレイクの早かった竹野内豊は現在、若い頃とは違う魅力が増してきているように思う。競合が少ないようで、実は多いアラフォー俳優の中で、竹野内豊はいかに戦っているのだろうか。  8月22日に公開の映画『at Home』主演の竹野内豊は、一見、良きパパに見えるのだが、実は幸せそうなその家族は偽装家族で、竹野内は偽装パパを演じているのだった。しかも、家族全員が泥棒や結婚詐欺など、犯罪で生計を立てているとわかる、衝撃的なシーンから映画は始まる。しかし、なぜこの家族がこの形になっていったのかが徐々にわかっていくと、竹野内演じる父親の温かさが見えてくるのだ。  竹野内と言えば、1997年の『ビーチボーイズ』で反町隆史と共演して一世を風靡したがことが記憶に残っている人も多いだろう。しかし、44歳になった今ではすっかり渋みのある俳優のひとりとなっている。また、現在はそこにコミカルな味も加わった。世間にそんなイメージが広まったのは、JT「Roots アロマボトルシリーズ」のCMではなかっただろうか。  例えば、竹野内演じる部長が商談に成功し、社に颯爽と戻って部下に報告しようとするも、スーツの袖がドアノブにひっかかってしまったというものや、契約が取れて戻ってきた部下に握手を求めるが、タイミングを逃してしまい、非常階段で拗ねてしまったり......というエピソードがあり、見ているものを笑わせる。部長らしくかっこよくしようとすればするほど、ドジな姿をさらしてしまい、そして部長なのに簡単に凹んでしまう。竹野内の同世代が、若いころに描いていたような大人にはなれなかったことを表しているようにも感じられた。
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(C)映画『at Home』製作委員会

 このCMの始まった2011年には、『大木家のたのしい旅行 新婚地獄篇』で初めてコメディ映画にも挑戦している。この映画は、ひょんなきっかけから地獄を旅行することになった新婚夫婦が、その道中で、あるきょうだいに出会い、家族のような感情を抱いていく姿を描いたものである。疑似家族的な感情を描いたという意味では、『at Home』にもつながるが、鈴木福や橋本愛が顔を青く塗って登場するという今考えると不思議な、お宝的な作品でもある。そして、この作品での、竹野内の、おおげさな演技はしないが、なんとなく笑えるキャラクターは、今につながっているように見えた。  そのトボけた魅力は、2014年のドラマ『素敵な選TAXI』で満開となった。渋くてかっこいい風貌の大人の男が、ひょうひょうとしているだけで、もうどこかコミカルに見えてしまう。無理に笑わせようとしない竹野内の抑えた演技が、逆に笑いを誘うのだ。  40代になると、丹精な顔立ちの俳優は、イケメンであるがゆえにコミカルな存在になってしまうことがある。『結婚できない男』や『テルマエ・ロマエ』の阿部寛を考えるとわかりやすいだろうか。仲村トオルもまた、40歳を過ぎて、ケラリーノ・サントロヴィッチの作品『怪奇恋愛作戦』や舞台などでトボけた味わいのある演技を披露している。  イケメンとくくられる俳優たちは、30代が正念場と言われているのを聞いたことがある。10代から20代前半にはドラマや舞台でも青春群像劇が多く需要があるが、30代になると群像劇がぐっと減る。また、顔が整っているぶん凡庸に見えて、個性が見ているものに伝わりづらいということもあるだろう。しかし、40代になると、その年齢までイケメンとして存在していることが世間的に珍しいことになり、それが個性として受け止められることもある。そして、普通にしていればしているほど、それが"おかしみ"として伝わってくるのかもしれない。 ■西森路代 ライター。1972年生まれ。大学卒業後、地方テレビ局のOLを経て上京。派遣、編集プロダクション、ラジオディレクターを経てフリーランスライターに。アジアのエンターテイメントと女子、人気について主に執筆。共著に「女子会2.0」がある。また、TBS RADIO 文化系トークラジオ Lifeにも出演している。 ■公開情報 『at Home』 8月22日ロードショー 公式サイト

安倍なつみ、止まらない老化現象……エイジングケアも効果なしで、その顔はすでに“おばあさん”?

オタクに"なるほど"面白い!オタクニュース・ポータル「おたぽる」より

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安倍なつみオフィシャルサイト内「ブログ」より。
 10日に34回目の誕生日を迎え、その翌日、自身のオフィシャルブログにコメントを寄せた歌手の安倍なつみだが、コメントと共に投稿された写真が波紋を呼んでいる。 「嘘だ! おれのなつみはこんなに老けてない!」 「なっちのおばあちゃんの写真だろ? 冗談はほどほどにしてくれよ」 「肌からすっかり水分が奪われてしまっている……時の流れは残酷だね」  などと、ホウレイ線の目立つ彼女の顔に、ファンならずとも衝撃を受けているようだ。 「おたぽる」で続きを読む

「甲子園がサバンナに」高校野球でスポーツ報知がアフリカ系ハーフのオコエ選手を人種差別! 根底にある偏見とは

【本と雑誌のニュースサイトリテラより】
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「高校野球ドットコム」インタビュー記事より
 夏の甲子園で連日球児たちが熱戦を繰り広げているなか、マスコミが水を差した。スポーツ報知が今月12日付紙面で、関東第一高校のオコエ瑠偉選手の活躍について、偏見と差別を助長する表現を用いたことが物議を醸しているのだ。  プロスカウトも注目するオコエ選手は、ナイジェリア出身の父を持つ強肩俊足の好外野手。だが、報知はハーフのオコエ選手をアフリカの野生動物に喩えて、このように書いた。 〈真夏の甲子園が、サバンナと化した。オコエは本能をむき出しにして、黒土を駆け回った〉 〈野性味を全開〉 〈味方まで獲物のように追いかけた〉 〈ヤクルト・小川シニアディレクターは「本能を思い切り出す野獣のようだ」。ロッテ・諸積スカウトは「ストライドが長い。ヒョウみたい」。スカウト陣からは野性的な賛辞が続出した〉 〈飢えたオコエが、浜風をワイルドに切り裂く〉  この明らかにオコエ選手の活躍とアフリカ系の出自とを結びつける記事に、ネットでは「アフリカ出身の父を持つだけで動物扱いかよ」「レイシズムの見本市」「気が利いたこと言おうとして無自覚な差別意識がダダ漏れ」と批判が続出。  さらに、高校2年生ながら今年の世界陸上代表に最年少で選ばれたサニブラウン・アブデル・ハキーム選手(父親がガーナ人)の母親も、ツイッターで問題の記事をリツイート。〈子ども達を大人の興味本位の対象にするメディアに断固抗議します!そしてこの表現は明らかに人種差別〉と、強く批難した。  現在、報知新聞社は、こうした声を受けてウェブ版の該当記事を取り消しているが、それにしても「サバンナ」「野性的」という表現からは、“ナイジェリア人は未開の地で生活していて野蛮である”というような記者の偏見丸出しのイメージが透けて見える。しかし実際のナイジェリアは、都市部には高層ビルが立ち並び、なかにはアフリカ有数の大都市ラゴスのように急成長を遂げている大都会もある。そもそも、オコエ選手は東京生まれの東京育ち。「サバンナ」とは何も関係がない。記事の削除は当然だろう。  だが、今回のスポーツ報知の記事は「サバンナ」「野獣」といった明らかに事実錯誤の表現が使われていたからこそ大きく問題視されたものの、実は、以前から日本のスポーツメディアでは、ほとんどの人がスルーしてきた差別助長表現の使用が常態化している。  それは、“黒人だから身体能力が高い”という種の表現だ。  たとえば、前述のサニブラウン選手についても、「サニブラウンの走りはがむしゃらというか、本能任せというか、フォームは完成されておらず粗削りだ。それでも勝ってしまうのだから、並外れた身体能力があるのだろう」「こうした可能性を感じさせるのは、やはりガーナ人のDNAを受け継ぐハーフだからだろう」などと書かれ、あるいはJリーガーでU-22日本代表の鈴木武蔵選手(父親がジャマイカ人)とオナイウ阿道選手(父親がナイジェリア人)の両フォワードも、「父親譲りの高い身体能力を武器として」と形容されている。  もちろんこれらの表現は選手をほめているもので、記事を書いているライターに差別の意図はまったくないだろう。しかし、こうした“黒人の血を引くから身体能力バツグン”というような表現は、文脈上で選手を賞賛しているか否かに関わらず、差別をまねく危険な表現だ。  なぜならば、特定の人種や民族など、動かしがたい属性を、間違った知識をもとに偏見の目で見ることこそが、差別を助長させるからだ。「身体能力が高い」という表現も一見ほめているように見えるが、「黒人系だから」と一括りにしアスリート個人の努力や技術を無視している。しかもこれらの例の場合、差別にさらされるのはアスリート当人だけではない。偏見が形成するステレオタイプは、それ自体がそこからはみ出るものを排除する動きを促す。つまり、個々人の多様性を認めないことと同義なのである。  そもそも“アフリカ系=身体能力が高い”という言説自体、実は科学的にはなんの根拠もないものだ。肌の色にかかわらず、俊敏な人もいれば遅鈍な人もいることは言わずもがなだが、この種のステレオタイプの形成は、われわれの直感や経験則よりも、社会的な要因が色濃く反映されることで知られている。  社会と人種・エスニシティなどを研究する武蔵大学人文学部教授・川島浩平氏の著書『人種とスポーツ 黒人は本当に「速く」「強い」のか』(中公新書)によれば、アメリカにおける、大雑把なイメージとして黒人と呼ばれる人々の身体能力優位性を唱えるステレオタイプの起源は1930年代にあるという。事実、20年代までは、オリンピックメダリストは白人ばかりで「白人が一番強くて速い」という意識が流通していた。もっとも、ここには有色人種がおかれた社会的地位の低さが関係している。  アメリカ南部には、1876年から1964年までジム・クロウ法という、「黒人」(ここではアフリカ系だけでなく広く有色人種を指す)の公共施設利用を制限あるいは禁止する法があった。本書によれば、この人種分離主義体制下で「黒人」アスリートは〈知的にも身体的にも『劣った人種』と見なされ、プロとアマを問わず、スポーツ界とは縁遠い立場におかれていた〉。  しかし、30年代になると、「黒人」アスリートは飛躍的に増加した。新興産業としてのスポーツ興行は、実力主義の下、有色人種にも門戸を開く傾向が強かったからだ。こうした状況下で、一部の革新的な考えを持つ人たちのなかで蓄積されていた人種分離主義政策に対する不満のはけ口は、スポーツ界に向けられた。そして、実際にアメリカでは多くの「黒人」メダリストが誕生したことで、科学者たちも人種によるスポーツでの優劣を検証し始めた。だが、はっきりとこれを証明できるものはなかったという。  こうして「黒人」がスポーツ界を席巻したという事実と、人種分離主義に対する抵抗は、第二次大戦後の公民権運動に繋がっていく。だがそのなかで同時に“黒人=高い身体能力”というステレオタイプもまた、この社会状況の急激な変化の副産物として広まっていったという。 〈民主化への流れのなかで、白人と黒人が対等な条件の下に競技場で勝負し、雌雄を決する機会が設けられた。白人は勝つこともあれば、負けることもあった。敗北を喫した白人たちは、以前から彼らの心理に潜在していた差別的な意識や志向によって、黒人の勝因を先天的な資質や才能にあるとした。それは、敗北の屈辱やきまり悪さを紛らわす格好の口実となった。「やつらは生まれつきなんだ」「やつらは努力しなくても勝てるんだ」〉(前掲書より)  こうした時代のうねりのなかで、人種による身体能力優越論は、他方の「黒人」にとっても、これまで不当な扱いを受けていた自らの自尊心を高めるものでもあった。ゆえに、このステレオタイプは「黒人」「白人」の双方から歯止めがかかることなく拡大の一途をたどっていき、結果、社会に定説として流通したのである。  もっとも、陸上競技やバスケットボール、ボクシングなど、競技や種目によっては、スーパースターの多くを「黒人」が占めているというのもまた事実ではある。しかしこうしたリアリティの問題と、「黒人」という単純化された分類を切り口としてこれを語ることは、全くの別問題だと川島教授は指摘する。 〈「黒人」でありながら、早く走ることができない人びとは、アメリカにも、世界諸国にも無数にいる。もちろん音楽の才能やリズム感に恵まれない人びとも無数にいる。単純なこの事実一つからも、「黒人であること」と「運動あるいは音楽に優れている」ことの間に因果を見るのは無理である〉(同書より)  ひるがえって、日本のスポーツメディアで日常的に用いられる“アフリカ系だから身体能力が高い”という表現もまた、この米国由来のステレオタイプに丸乗りしたものであることは明白だ。科学的に大雑把な「黒人」という区分の身体的優位性が証明されていないのに、差別を助長する偏見を振りまくことは、やはり容認できるものではない。  だが、日本には、こうした人種差別表現を人々が無意識に受け入れてしまう素地がある。欧米諸国に比べアフリカ系の人口比率が低いがゆえの物珍しさに加え、一部の極右政治家や保守派が「日本は単一民族国家である」という事実に反した認識を喧伝しているからだ。  この状況を踏まえると、メディアも受け手側も、より一層注意深くこうした表現の危うさに意識を向ける必要がある。 (小杉みすず)