又吉も危ない? 芥川賞獲っても食えない! 電話は止められ、息子の貯金箱から硬貨を拝借…厳しすぎる作家の金銭事情

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“芸人”より“作家”としての扱いが増える又吉だが、彼も例外ではない?(「ダ・ヴィンチ」2015年7月号/KADOKAWA)
【本と雑誌のニュースサイトリテラより】  又吉直樹による『火花』(文藝春秋)が、純文学としては異例の230万部を突破し、さらに、鳴り物入りで日本での運用をスタートするオンラインストリーミングサービス・Netflixで2016年に映像化することも発表されるなど、又吉の芥川賞受賞フィーバーは、受賞から一カ月以上経ったいまも留まるところを知らない。  世間からこれだけの注目を集める「芥川賞」。しかし、同賞を受賞したからといって、それだけで専業作家として食べられるようになるとは限らないようだ。「宝島」(宝島社)15年10月号で、10年に芥川賞を受賞した西村賢太は語る。 「原稿料も受賞前と比べて1枚につき500円しか上がっていません」 「最近は昔と違って各出版社が横並びで、作家ごとの原稿料水準を申し合わせてますからね。特別たくさん払ってくれるところもない」  なんと、芥川賞を受賞したからといって原稿料はほとんど上がらないのだという。原稿料がダメなら、では、印税はどうか? 「夢の印税生活」なんて言葉もあるぐらいだ……。  しかし、そんなものは夢のまた夢。長引く出版不況、特に、純文学をはじめとした小説は商業的に苦戦を強いられているジャンルだ。  一冊の本を書いて作家が得られる印税額は出版界の慣例にならうと「本の定価×発行部数×10%-税金」という計算式になるのだが、竹内結子主演で映画化もされ、シリーズ累計100万部を超える『天国の本屋』(新潮社)というヒット作をもつ、松久淳ですら『中流作家入門』(KADOKAWA)でこう記している。 〈正確な数字は知らないけど、小説の新刊なんて1万部に届かない本が全体の90%とも95%とも言われている。5000部切ってる本の割合もそうとうなもの。つまり君たちはほとんどの本のタイトルすら知らないということになる。  じゃあいま本屋さんに並んでる君たちが読んだことがない1500円の新刊小説、仮に部数を5000部と推測すると作家自身にいくら入るか、計算してみてごらん。きっとその作家が1年くらいかけて書いた渾身の1冊、その印税。結論は簡単。 「食えないじゃん」  食えないんだよ。  だからみんな、会社勤めを辞めなかったり、講師とかのバイトをしなくちゃいけないんだよ〉  1年かけて75万円……。どんな賞を受賞しようと、いまや、作家収入のみで暮らせている人間などほとんどいないのだ。  又吉直樹とともに芥川賞をW受賞した羽田圭介は03年、『黒冷水』(河出書房新社)で第40回文藝賞を受賞し、17歳でデビューしているが、作家収入のみで暮らしていた期間は大変につらく。一時期は、公務員試験を受験しようと思ったことすらあるという。「文藝春秋」(文藝春秋)15年9月号では、その頃のことをこう振り返っている。 〈今から三、四年前くらいでしょうか、書き下ろしの原稿料なしで印税のみという仕事を連続して引き受けてしまったんです。しかも二冊とも長編で、完成させるのに時間も割いた。なんとか書き終えたものの、増刷もなく、気がついたら生活が苦しくなっていた。作家って、貧乏だと認識した時にはもう遅いんです。死ぬ気で百枚書いても、それが雑誌に掲載されるなり本になるなりしてお金が入るのは、最低でも二、三ヶ月は先。サラリーマンとは違う、物書きという職業の危うさを、そこで初めて実感しました〉 『中流作家入門』で松久淳が指摘していた通り、作家として食べていくためには、ペン以外の食い扶持、すなわち“副業”が必要になる。芥川賞を受賞したところで飯は食えない。ただ、賞を受賞したことで名が売れると、芥川賞は“副業”の役には立ってくれる。前出の「宝島」で西村賢太はこう加える。 「受賞したことによって、それ以前はまず依頼のなかった随筆や対談、他者著作物への解説文など小説以外の仕事も増えました(中略)  随筆も月3本書けば「塵も積もれば」で、それなりの収入になりますからね。  このほか、テレビ出演なんかのアルバイト仕事にも、ポツポツありついていますし」  有名になったことでテレビなどのメディアに進出した例としては、他にも98年受賞の平野啓一郎があげられる。  ただ、それ以上に多いのが、大学教授になるケースだ。14年受賞の小野正嗣が立教大学准教授、07年受賞の諏訪哲史が愛知淑徳大学、00年受賞の堀江敏幸が明治大学教授・早稲田大学教授を歴任、1998年受賞の藤沢周が法政大学教授……と、他にも枚挙に暇がない。  また、この他にも、講演で副次収入を得ることもあるし、当人の能力と努力次第で、ペン以外の食い扶持が用意されることは多い。こういった点では、芥川賞の受賞もムダではなく、経済的に困窮していた太宰治が芥川賞受賞に固執したのもうなずける。しかし、こうした副収入に頼らず、ペンのみで暮らそうとすると、大変な苦労を強いられることになる。  その例として顕著なのが、雑誌「創」(創出版)の原稿料不払い問題でも話題となった、97年受賞の柳美里だ。彼女は講演会などの依頼はほとんど受けず、執筆活動を中心に活動してきたのだが、その結果貧困に陥ってしまった。  彼女が自らの日常を描いた『貧乏の神様 芥川賞作家困窮生活記』(双葉社)を読むと、その困窮ぶりは想像を遥かに超えるものである。 〈カード会社からの借金督促が厳しく、パソコンや固定電話や携帯電話が不通になり、車のガソリンも補給できない、という現実……  息子の貯金箱から1000円、1万円と紙幣を抜き盗り、とうとう貯金箱を逆さに振って硬貨まで拝借している、という現実……  記念切手と貴金属を売ったら、いったい何日ぐらい食い繋げるだろう、と考えるしかないような現実……〉  息子の貯金箱に手を出す状況というのもすごいが、ここで売ろうと考えられている「貴金属」は、〈芥川賞を受賞した直後に、一生ものだから、とかなりいいものを購入しました〉という、お金では換算できないような記念品なのだから、より切ない気持ちになってしまう。  また、別の日の日記にはこんな描写もある。 〈現在の全財産は3万円です。とりあえず、東急カードは使えるので、来月の引き落とし日までは、息子と犬猫たちを食べさせられる、とひと息ついています〉  全財産3万円とはとんでもない。しかし、日本で最も知名度のある文学賞を受賞したような作家がそんな生活状況になってしまうものなのだろうか? そんな疑問に対し、彼女は前掲書のなかでこう綴っている。 〈いったい、書くことだけで食えている作家って、何人いるんでしょうか?  シリーズで売れるミステリーとか時代小説はさておき、純文学に限定すると、10人? 20人? どんな生活をするかにもよるけど、どんなに多く見積もっても、30人は超えないんじゃないでしょうか?〉 〈やはり、芥川賞まで受賞した著名な作家が食うや食わずであるわけがない、という先入観を持っている方が多いのです。  小説家が、筆一本で食べていくのは奇跡みたいなものです。  扶養家族がいる場合は、副業に精を出さない限り難しいでしょうね〉  作家としての収入だけで食べていくというのは、我々が想像する以上に厳しい、茨の道であるようだ。  芥川賞を受賞したことで“文化人”化に拍車がかかる又吉。本人は芸人活動も続けていくと宣言しているが、「作家先生」扱いされることで芸人生命の危機もささやかれている。芸人でも食えない、作家でも食えないという事態に陥らないように気をつけてもらいたい。いや、むしろそのほうが又吉憧れの太宰治により近づけるかもしれない!? (井川健二)

ジョニー・デップ主演『ブラック・スキャンダル』への期待 犯罪者の人生をどう描く?

【リアルサウンドより】  9月2日(現地時間)より、イタリアはヴェネチアの地で始まった、第72回ヴェネチア国際映画祭。『博士と彼女のセオリー』でアカデミー賞主演男優賞を獲得したエディ・レッドメインが、歴史上初の性転換者と言われているデンマーク人男性を演じた『The Danish Girl(原題)』など、今回のヴェネチアで初披露となる作品の評判が続々と入ってくるなか、とりわけ惜しみない賛辞が聞こえてくるのは、ジョニー・デップ主演の映画『ブラック・スキャンダル』である。  薄毛のオールバックにサングラス、そして革ジャンという、パッと見、ジョニー・デップとは分からないビジュアルが先行した『ブラック・スキャンダル』。この映画で彼が演じているのは、FBI史上最高額の懸賞金が掛けられた、実在する裏社会の首領、ジェイムズ・“ホワイティ”・バルジャーだ。1970年代のボストン、FBIとの密約によって強靭な権力を得た彼は、やがて冷酷無比な犯罪者となり、当局から指名手配される……。  マフィアのもとに潜入したFBI捜査官を演じた『フェイク』(1997年)、1970年代に暗躍した伝説のドラッグ・ディーラーを演じた『ブロウ』(2001年)、そして大恐慌時代の大犯罪者、ジョン・デリンジャーを演じた『パブリック・エネミーズ』(2009年)など、これまでも周期的に実在の人物を演じてきたジョニー・デップ。しかし、早くも来年のアカデミー賞主演男優候補のひとりと目されている本作のジョニー・デップは、さらに一味違うようだ。そこには、彼の脇を固める共演者たち――ホワイティの弟であり州上院議員でもある人物を演じるベネディクト・カンバーバッチ、ホワイティの腹心を演じるケビン・ベーコン、そして彼に密約を持ちかけるFBI捜査官を演じるジョエル・エドガートンの存在もあるのだろう。  しかし、そんなジョニー・デップの演技への期待もさることながら、ここで注目したいのは、この映画の監督が、アメリカの俊英、スコット・クーパーであるということだ。初の長編監督作『クレージー・ハート』(2009年)で、見事ジェフ・ブリッジスにアカデミー賞主演男優賞をもたらせ、『ファーナス/訣別の朝』(2013年)では、クリスチャン・ベールの新たな一面を引き出してみせたスコット・クーパー。1970年生まれの45歳――監督としては、まだまだ若手の部類でありながら、人生を背負った“いぶし銀の男たち”が繰り広げる、重厚な人間ドラマを詩的に描くことに卓越した手腕をみせる彼は、実在の犯罪者の人生を、どのように描き出してゆくのだろうか。  さらに、もうひとつ言っておきたいのは、これまで日本における彼の映画の扱いは、必ずしも良いものではなかったということだ。アカデミー賞受賞作でありながら、主人公がカントリー・ミュージシャンであるということで、ほとんど注目されることのなかった『クレージー・ハート』。そして、驚くほど小さな上映規模で、ひっそりと公開された『ファーナス/訣別の朝』。そんな彼の映画をめぐるもどかしい日本の現状は、日本でも人気の大スター、ジョニー・デップを擁する本作で、果たして覆るのだろうか。ヴェネチア国際映画祭における賞の行方はもちろん、スコット・クーパーによる男たちの秀逸な人間ドラマを日本で観ることのできる日が、今から楽しみでしょうがない。  『ブラック・スキャンダル』は、2016年1月30日より全国ロードショー。 (文=編集部)

ナイナイ岡村隆史、あわや“干される寸前”だった!?『27時間テレビ』珍事件の舞台裏に、フジテレビの学習能力のなさが露呈

オタクに"なるほど"面白い!オタクニュース・ポータル「おたぽる」より

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『吉本興業』公式ページより。
 先月29日放送『めちゃ×2イケてるッ!』(フジテレビ系)で、「岡村隆史は本当にモテているのか? 美女100人にアンケート&ダンスライブを徹底検証SP」という特集が組まれたのだが、今年の『FNS27時間テレビ』(同)で、岡村がモーニング娘。OGと共演した際、ステージ上で早着替えに失敗した岡村が、下着姿のまま踊ったVTRを紹介。失敗したのは狙いだったのでは? とメンバーに問い詰められると、岡村はそれを否定。ズボンを脱ぐ際に、その下にはいていたモーニング娘。OGとの共演用のスカートも一緒に脱いでしまったことを明かし、それでもメンバーが疑うので再現してみると、今度はスカートだけでなく下着まで脱げてしまう事態に。生放送中に危うく下半身露出させてしまう放送事故を起こす危険があったことを知り、岡村は「今、俺、ゾッとしてる」と顔面蒼白になった。 「2003年の『27時間テレビ』放送中に、笑福亭鶴瓶が下半身ポロリをして、視聴者からクレームが殺到したことを、フジテレビは忘れてしまったのでしょうか? あるいは、学習能力がないということでしょうか? 岡村は番組終盤での激しいダンスによる疲れから意識朦朧としていたようで、下着で踊っていることも気付いていなかったようですから、もし下着まで脱げていたら、生放送中に完全に下半身露出させる事態になっていたことでしょう」(芸能関係者) 「おたぽる」で続きを読む

銃弾ではなくツイートが飛び交う!「山口組分裂」情報戦の舞台裏と、抗争を煽るマスコミの不見識

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FNNフジニュースネットワーク公式サイトより
【本と雑誌のニュースサイトリテラより】 「血の抗争勃発」「山一抗争再び」「拳銃、防弾チョッキ高騰」  分裂騒動で揺れる山口組をめぐって、夕刊紙、スポーツ紙、週刊誌、ワイドショーなどが連日のようにこんな見出しで派手なニュースを報道している。山口組を離脱した組が、新たに「神戸山口組」を結成する動きが確実になったことで、30年前、317件もの抗争で双方に25人の死者を出し、警察官や一般市民なども含む70人が負傷したあの山一抗争が再現されるというのだ。  司忍6代目組長が支配する山口組と、それに反発して離脱した山健組、宅見組などの神戸山口組がシノギと縄張りをめぐって、幹部のタマを取り合い、銃撃事件が頻発し、神戸やミナミ、そして新宿や赤坂でも血の雨が降る――。  だが、ちょっと待ってほしい。たしかに、山口組が分裂状態になっているのは事実だが、今のところ「血の雨」どころか、一件の発砲事件も発生していないのだ。ほんとうにこんな恐ろしい状況なのか。長く暴力団取材を続けてきたベテラン記者も苦笑しながら、こう語る。 「もちろん、この先、シノギをめぐる小競り合いや跳ね上がりによる銃撃事件は起きる可能性はある。ただ、山一の時と違って、今は暴対法があるから。ちょっと派手なことをやったら、親分までパクられて、組はガタガタになってしまう。そんな状況で血の雨とか、山一抗争の再来とかはありえない。完全に情報が先行している」  もっとも、この記者はこんな分析も付け加えた。 「ただ、この情報先行状態は、ヤクザが裏で情報戦をやってるから起きている部分がある。山口組も神戸山口組も自分のところに有利な情報をどんどん流して切り崩しを図っているんだよ。こういうやり方は今まではあんまりなかったんやないないかな」  ヤクザによる情報戦――。たしかに、今回は始まりからして、その気配はあった。マスコミの第一報は8月27日、山口組総本部での緊急の執行部会だったが、実はその前日夜、「構成員20人ほどの某組長」と名乗る人物が、突如、こんなツイートをしたのである。 〈えらい事になった。ほんまに割れた。全部決まり。半数以上や。新名称決まった。「神戸山口組」〉  さらに、この組長は執行部会が開かれた27日にも〈盃終了、15団体でスタート。盃飲んだなら、腹括って下さい。〉〈2社脱落、13社。こんなもんやろ。〉とツイート。29日には山口組から離脱した13団体幹部に対する“処分状の一覧表”とする画像を公開した。  また、8月末には「九州」という別のアカウント名のツイッターが登場。9月5日に神戸山口組の幹部人事案を列挙したと思われる情報を公開、7日には「御挨拶」と題された神戸山口組の挨拶状らしき書面の画像をアップした。  他にも、未確認だが、離脱組系の組長らしきツイッターやFacebook、逆に山口組系の組長のツイートなども出回っているといわれている。いずれにしても、当事者のヤクザを名乗って、内情を暴露するツイートが飛び交うなんて、これまでにはなかったことだ。 「分裂騒動について本当のところを知っているのは、離脱組の13団体の組長だけ。3次団体や4次団体になってくると、ヤクザのほうも何が真実かわからない。だから、ヤクザ自ら身内に取材して情報を集めている。ヤクザもネットで情報を収集するという状況になっていて、それがまた2ちゃんねるやSNSなどでネットに出回り、まわりまわって警察や記者クラブに渡る」(前出・ベテラン記者)  もちろん、これらは事実でない情報もあり、アカウントも本物の暴力団構成員のものかどうかはわからない。ただ、その早さや詳しさを考えると、少なくとも、おおもとは山口組、離脱組、双方の内部から情報が出ていることはたしかだろう。 「週刊ポスト」(小学館)9月18日号の、フリーライター・鈴木智彦氏によるレポートには、山口組幹部のこんなコメントも掲載されている。 「嘘の情報を流せと指示された。具体的に名前や組織名を出せといわれた」  つまり、事実でない情報も暴力団が発信源となった攪乱情報の可能性が高いのだ。  もちろん、情報戦の舞台はSNSだけではない。「週刊実話」「週刊大衆」「アサヒ芸能」というヤクザ御用達週刊誌御三家をはじめ、夕刊紙、スポーツ紙、はてはワイドショーにも、双方からかなりの情報が流されているという。 「記事を見ていると、(司忍6代目の出身母体である)弘道会周辺や山口組から情報をとっているものと、山健組などの離脱組団体から情報をとっているものとに分かれてる感じがするね。ライターやメディアも結局、情報をとれたほうによって書くからね。ある種の代理戦争状態になっているかもしれない」(ヤクザ問題に詳しいジャーナリスト)  また、9月4日に流れた「離脱組がマスコミを呼んで記者会見を開く」というデマ騒動の背景にも、ヤクザ同士の情報戦があったといわれている。 「最終的にはデマということになったが、実際に離脱組が実話誌の記者にサービスで写真を撮らせるという、それらしき話があったんです。それが、警察の耳に入り、いつのまにか“記者会見”へと話が飛躍した」(週刊誌記者)  かと思えば、「この記者会見を想定して、山口組のある関係者が用意した質問状を記者に渡していた」という話もある。  9月4日、フジテレビ系のFNNが山口組の定例会で司忍組長が読み上げた手紙を独占入手して報道した一件も、この情報戦の一環だといわれている。 〈山口組には内紛、離脱、分裂などを繰り返して成長してきたその過程の中で有能な多くの人材を失ってきた歴史の反省と学習があった。人は誰も学習能力がある。彼らはその体験者であるのにもかかわらず、学習能力と反省が無いのかと思うと残念でならない。今、さまざまな形での噂、流言飛語が飛びかっていると聞くが、真実は皆が一番知るところである。軽挙妄動を慎み、この困難な時代にこそ、男としての真髄を極めることを希望する。「道なき道を歩く」、道を切り開くんだという心意気で、前向きに歩むことを望む〉  FNNが報じた手紙の文章は以上のように、直参組長に抗争抑止を訴える内容だが、前出のジャーナリストはこう分析する。 「8月末には離脱組がどんどん情報を出してたから、それに対抗した情報戦だね。それと、いざ抗争が起きた時に使用者(=組長)が責任を問われにくくするという思惑もある。『私は直参に抗争はやめろと言っていましたよ。報道されている物証があるでしょう』というのは、裁判になったときに有力な証拠になるから」  いずれにしても、実際は「銃弾」などではなく「情報」が飛び交っているというのが、この山口組分裂劇の実態なのだ。  しかも、この情報戦には、警察も乗っかってきている。実は、全面抗争を書き立てている新聞各社やワイドショーの背中を押しているのは、他でもない捜査当局なのだ。 「ようするに、警察当局としては、マスコミが“抗争近し!”というような記事を載せれば載せるほど、取り締まりがしやすくなるし、もっといえば、捜査の予算もとれる。だから、危険を煽るような情報をわざと流すんですよ」(在阪の社会部記者)  たしかに、新聞記事を注意深く読むと、「警察当局は抗争を懸念している」「捜査関係者は全国規模の抗争の危険性があると危惧している」など、明らかに警察が発信源になっているものが多い。  これに拍車をかけるのが、雑誌や新聞の「売らんかな主義」だ。彼らのほとんどは山口組分裂の実態や裏に気づいていながら、警察情報に乗っかり、「抗争勃発」「血で血を洗う戦い」と書き立てている。 「とにかく、こういう記事は売れますからね。先週号で山口組分裂騒動を報じなかったある週刊誌は売り上げで一人負けだったらしいですし。とにかく、今は抗争を煽れるなら、どんな小さなことでも膨らませて書いてる状態です。編集部では『早く派手にドンパチやってくんないか』などと冗談も飛び交っているほどです。スポーツ紙や週刊誌はもちろん、新聞の連中だって、建前上は『抗争に懸念』などといっていますが、本音はドンパチを期待しているんじゃないですかね」(週刊誌記者)  とくにひどいのが、フジサンケイグループの産経新聞と夕刊フジだ。夕刊フジは「山口組“2兆円抗争”勃発」「6代目激怒情報」と、まるで今日にもドンパチが始まるかのような記事を連日トップに掲げているし、産経新聞も「今日から安心という日はない」「銃弾の発射音必至」など、まるで実話誌のような見出しで抗争を煽っている。あげくは「仁義なき戦い」シリーズなどを手がけた大物プロデューサーを登場させて、「ドンパチがないと映画にはならん!」などという煽りインタビューを掲載する始末。  これが、普段、「犯罪を許すな」とエラソーに語っている新聞のやることなのだろうか。   一方、対照的なのは、当事者である暴力団だ。冒頭でも指摘したが、実際にはマスコミ報道とはちがい、山一抗争のような全面戦争になる空気はほとんどないという。 「今の幹部は山一抗争を経験してるし、暴対法など警察による締め付け強化も知ってる。現状、名古屋と神戸が互いに自分たちが本流だと主張していて、『こっちはドンと構えている』と話していると聞く。下はわからんが、上のほうは全面戦争をする気はないということ」(捜査関係者)  もしかしたら、売らんかな主義で抗争を煽るマスコミのほうがずっと“ヤクザ”だということなのか。 (編集部)

オーランド・ブルーム、毎日新品の下着を着用!?

オーランド・ブルームが毎日新品の下着を着用していると言われている。ボクサーパンツを買い替えることにハマっていると言われるオーランドは同じパンツを2度履くことはないのだそうだ。ある関係者はイン・タッチ・ウィークリー誌に「オーランドは新しいボクサーパンツを買うことをいつも楽しみにしてるようです。同じパンツを1回以上履くことはありませんよ」と話す。 しかし、新しければ何でもいいというわけでもないようで「彼は明るい色合いはあまり好きではなく、柔らかくシルクのようは肌触りの物を求めています」とその関係者は続けた。 そんなオーランドは元妻ミランダ・カーとの2013年の離婚を経て、現在ではブラジル出身モデルのルイーザ・モラエスと交際中のようだ。2人は6月にカリフォルニア州マリブにあるズーマ・スシでデートをしている姿が目撃されており、その場にいた人物は「2人は午後8時半頃に店に着ました」「2人は寿司を食べて日本酒やカクテルなどを楽しんでいましたね。オーランドと連れの女性はとてもいちゃいちゃしていて、食事中もずっとお互い触れたりキスしたりせずにはいられない様子でした」と話していた。

マキタスポーツ、“エロのインフレ”が起きていた『みんな! エスパーだよ!』の現場を振り返る

【リアルサウンドより】  先週末公開された『映画 みんな! エスパーだよ!』。リアルサウンド映画部では、先日公開した園子温監督へのインタビューに続いて、本作における「極めつけの変態」永野輝光役を演じたマキタスポーツにも単独取材を敢行した。(参考:園子温が語る、『マッドマックス 怒りのデス・ロード』に負けない日本映画の戦い方)  マキタスポーツが永野役を演じるのは、テレビシリーズ以来2年ぶり。その間にも、園子温監督作品では『ラブ&ピース』にも出演。今や日本映画に欠かせないバイプレイヤーとしての地位を固めつつあるマキタスポーツだが、そんな本格的な役者としてのキャリアの原点には、2年前に初めて園子温の撮影現場で受けた洗礼があったという。今回の取材では、園子温監督への共感、園子温作品と(言うまでもなくマキタスポーツにとって芸人としての師匠でもある)北野武作品との違いについて、そして、近いうちに実現したいと本気で考えている監督業への野心まで、本音だけを大いに語ってくれた。(宇野維正)

「園子温作品はホームに戻ってきたような感じ」

——ドラマ版に続いて、今回の『映画 みんな!エスパーだよ!』でも永野輝光という、かなりバカとエロに振り切ったキャラクターを演じられていて。最近はシリアスな役を演じられることも増えていますが、久々にあの作品の世界に戻ってみて、いかがでしたか? マキタスポーツ:それ以前もちょこちょこやってはいましたけど、2年前のドラマ『みんな!エスパーだよ!』は役者としてのキャリアが本格的に始まったばかりのタイミングの作品で、非常に衝撃的な体験だったんですね。鈍器で頭をぶん殴られたような。あの作品で高地トレーニングを積んでいるので、他のどんな現場に行っても、どんな役がこようが、平気というか(笑)。ちょっとおかしなオジサンみたいな役はいろいろやってきましたけど、あの役は前代未聞の変態ぶりなんで。ちょっと、ホームに戻ってきたような感じがありますよね。 ——2年のブランクも、ものともせず? マキタスポーツ:それが2年の間に自分もちょっと真人間になったみたいで、どうしても最初はリミッターがかかってるような感じがあったんですよ。だから「いけない! いけない!」と。あの役は完全にリミッターを外して、ボケきらないとダメだから。 ——これは自分もマキタさんと同世代だから思うんですけど、年齢的に性欲のカタマリってキャラクターを演じるのはキツくなってきてませんか?(笑) マキタスポーツ:そう。年相応に枯れてきてるんでね。でも、「それを取り戻すためにも!」ってものでもなくて、ちょっと歌舞伎の型みたいな感じになってきてますね。早くも自己模倣の段階に入ってきている。性欲に関して言うなら、もう1年1年、実にリアルになくなってきてますから(笑)。いつだってギンギンだぜとか、嘘ですから(笑)。もともと僕は、この輝光って役をもっとダンディに演じるつもりだったんですよ。でも、テレビドラマの時、園さんに「もっと動物みたいに、もっとケダモノみたいにやってくれ」って言われて。それってもう、精神的に犯されたみたいなもので(笑)。でも、それが園さんの演出方法で、女優さんに対してもそうなんでしょうけど、僕も男ですが園さんに精神的に犯されたような気持ちでした。きっとそこから、あの園さんの作品独特のエロスが生まれるんでしょうね。 ——くだらない質問で恐縮ですけど、現場にあれだけ水着の女の子や下着の女の子がいて、普通にムラムラしたりはしないんですか? マキタスポーツ:それが、まったくしないんですよ。きっとそれは歳とかとは関係なく、あの作品の現場ではエロのインフレが起きているんですよ。 ——エロのインフレ(笑)。 マキタスポーツ:麻痺しちゃって、どんどん無になっていく。水着の女の子がゲシュタルト崩壊していくような感じ(笑)。園さんの現場は日常を引きずって入っていったらダメなんですよね。そこで、ちゃんとスイッチを入れたり切ったりする必要がある。 ——園子温作品には、『みんな!エスパーだよ!』のドラマと今回の映画の間に、『ラブ&ピース』にも出演していますよね。お二人とも40代になってからブレイクをしたというところに、つい共通点を見出してしまうのですが。 マキタスポーツ:園さんは、よく挫けずにやってきた人なんだなぁって思いますね。ずっと我を通してきて、それをちゃんと通しきったって。きっとご本人はまだ「通しきった」なんて思ってなくて、そういう点でもすごく見習いたいと思うんですよ。僕も、いろんなところからお仕事をもらうようになって、だんだん自信を得ていったり、人からも信用を得ていくことへの喜びもあったりするんですけど、根本的なところでは変わってないぞって思っていて。だから、自分のやりたいことを通し続けているという点で、すごく共感を覚えますね。 ——なるほど。 マキタスポーツ:僕は(北野)武さんのことが大好きで、武さんの影響をものすごく受けていて、武さんの映画も大好きで、今は武さんの事務所にいるわけですけど、園さんのおもしろいところは、武さんの影響下に全然いないところなんですね。映画の作り方も全然違う、独自の文法を持っていて。武さんの表現って、ホモソーシャルなところがあるじゃないですか? ——そうですね、まさに。 マキタスポーツ:でも、園さんは女の人を綺麗に、エロく見せるところにすごくこだわりがあって。あと、武さんって、今はまた少しずつ変わってきてるようにも思うんですけど、基本、役者に期待していないじゃないですか。でも、園さんは役者に期待をしていて。それに、いい意味でいまだにアングラ臭をもっている。園さんと一緒に仕事をしていて思うのは、自分がもともと好きだったものを、ずっと抱え続けていてもいいんだってことですね。役者の仕事をしていく中で、園さんの現場で初めて「撮影っておもしろいな」って思ったんですよ。園さんって、ものすごくライブ感をもって現場を回していく方で。みんな現場では園さんの感覚、情緒に合わせて、そのライブ感についていく感じなんですね。すごくセッション的な場というか。音楽もやっている人間としては、「あ、そういうことでもいいんだ」って思えて。だから、役者の仕事だけじゃなくて、音楽の仕事でレコーディングやライブをやる時にも、園さんの現場のあの感覚というのは、ものすごく役に立ってますね。

「一番おもしろいのは監督だろうなって、現場でいつも痛感する」

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——マキタさんは、日本の音楽シーン、主にいわゆるJポップに対して、これまで非常に批評的なスタンスでご自身のネタにしてきたし、本も書かれてきました。そんなマキタさんにとって、日本映画の世界というのがどのように見えているのかってことにすごく興味があるんですけど。 マキタスポーツ:うーん、日本映画に関しては、もはや自分はその外部からというより、出ている立場からしか言えないんですけど。やっぱり映画って興行じゃないですか。今、シネコンに映画を観にきてくれるお客さんのリテラシーを踏まえて語らないと、あまり意味がないかなって思うんですよね。もちろん、そうじゃない芸術性の高い作品もあっていいし、そういう作品の場所がだんだん狭くなっていることの問題というのもあるんですけど。ただ、まずは興行なので、「売れないとしょうがないな」という思いは、その内部にいる一人の実感としてありますね。ショッピングモールのシネコンで映画を観て、観終わった後にそこのフードコートでその映画について若い子たちがワイワイ喋り合う。そういう子たちにどう響くかってことが、やっぱり重要なんだなって。そういうゾーンにある作品に関わっていたいし、そういう作品をちょっとでもおもしろいものにしたいっていうのが、今の気分ですね。 ——山下敦弘監督の『苦役列車』(2012年)で新人賞を複数受賞するなどした後、きっと方向性としては、渋い役を選んでやっていく方向性もあったと勝手に思っていたんですけど、今の話を聞いて納得しました。 マキタスポーツ:うん。やっぱり映画に対しては、Jポップを構造分析したりするっていうのとは、自分の感じ方、関わり方が全然違っていたので。もっと純粋なファン目線だったっていうか。正直、数年前まで、まさかこんなに役者の仕事をすることになるなんて思っていなかったから。なんとなく、ヌルヌルとその世界に入っていって、それなりに評価もいただいて、気がついたら映画を作る側の視点で周りを見渡すようにもなっていて。映画を撮影している現場だけじゃなくて、こうして宣伝部が動いて取材を受けたりすることも含めて、作品がお客さんに届いていく流れを体験しながらおもしろいなって思うんですよね。今の自分の映画に対するスタンスとしては、作品を選ぶとかではなくて、「縁」で動いているところがあって。映画ってものすごく「縁」で成り立っている世界だから、その中に入って、いろいろ吸収していきたいって思ってますね。信用されて、お願いされたら、それに100%で応えますっていう。世の中的には「またベタなことをやって」って誹りもあるかもしれないですけど、そんなの本当にごく一部のことですから。それよりも「いっぱいお客さんが入る映画ってどういうものなんだろう?」ってことを、内側から見ていくことの方がおもしろいし、そういう作品を少しでもよりおもしろいものにできたらってことを考えてます。 ——音楽では、今や実演家としてバンドを組んでフェスに出たりもしているわけですが、いつか映画もご自身で撮ってみたいという思いは? マキタスポーツ:あります。完全にそのつもりでいろいろ考えてます。 ——あぁ、やっぱりそうなんですね。 マキタスポーツ:やっぱり役者って映画の中の一部でしかないですから。映画は監督のものだって、僕は認識してますから。だったら、一番おもしろいのは監督だろうなって。それは現場に入っていつも痛感することだし。監督って、作品を作ってる時は全然寝てなかったりするのに、それでも目は輝いてますから。それって、よっぽどおもしろいってことじゃないですか。そういう姿を目の当たりにすると、いつか自分も監督をやってみたいなって思いますよね。 ——その場合、シリアスの方向、コメディの方向、どっちなんでしょう? マキタスポーツ:両方やってみたいですけど、どっちがおっかないかって言ったらコメディですよね。自分の本職でもあるし、コメディ映画でお客さんを集めるのって本当に大変だと思うから。コメディだけじゃなくて、他にいろいろオプションがないと。 ——『みんな!エスパーだよ!』でいうなら、原作とドラマの知名度、園監督のネームバリュー、活きのいい役者陣、エロ、といったところですよね。 マキタスポーツ:そうそう。いきなりそんなものを作るっていうのは、実績もなにもない自分には難しいから。自分の撮りたいものを撮るというところから始めるしかないと思ってますけど、将来的にはいろんな夢がありますよ。もしちゃんと実績を積んでいくことができたら、それこそ武さんが『座頭市』でやったように、いつか古典と言われるものに自分のやり方で挑んでみたくて。 ——古典ですか! へぇー! マキタスポーツ:最近、これはどんなジャンルでも思うんですけど、自分はよく自作自演の限界について考えていて。音楽にカバーがあるように、映画にももっとカバーがあっていいんじゃないかって。カバーって解釈じゃないですか。芸って、その解釈のところに出ると思うんですよね。僕は芸が好きなので。自作自演で、全部オリジナルでやることって、本来は誰もが許されているようなことじゃないのに、今の世の中には自分を表現できるようなツールが溢れていて、表現に対する欲求ばかりが高まっていて、結局みんなそれをどう表現していいかわからないみたいなことになっていると思うんですよ。そういう、自己表現の垂れ流しみたいなものに対してすごく危機感があって。バンドをやるようになって、本当によく思うんですよ。ライブハウスに出ているバンドが、「次の曲がラストです」とかもったいつけて言うから、どんな曲をやるのかと思って見てると、誰も知らないよくわからない曲をやってる(笑)。それだったら、カバーでもいいからビートルズが聴きたいよって。だから、落語の考え方に近いかもしれませんね。古典落語に新しい世代の落語家がチャレンジするような。そっちの方が健全なような気がしていて。

「今でも『若い時に売れておきたかったな』って思う」

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——なるほどねぇ。改めて思うんですけど、今、マキタさんはものすごく充実したキャリアを送っていて。もし20代や30代でブレイクしていたら、きっと今のマキタさんとは全然違った場所にいたと思うんですね。 マキタスポーツ:そうでしょうね。 ——その、「40過ぎてからのブレイクすること」の長所と短所について、最後にお訊きしておきたいんですけど。 マキタスポーツ:でも、僕は若い時に売れることに越したことはないと思うんですよ。若い時に売れていれば、それだけ失敗する機会も多かっただろうし、その失敗から学んでもう一回、もう二回とトライすることもできる。僕が40過ぎてからこうして仕事に恵まれだしたというのは、これは自分にとっての必然だったとは思うんですけど、今でも「若い時に売れておきたかったな」って思うし、今売れて良かったなっていうより、そっちの気持ちの方が大きいですね。 ——あぁ、そういうものですか。 マキタスポーツ:結局、自分は憧れていたイメージ像にはなれないんですよ。これは誰にでも言えることで、ミュージシャンの人も、自分が憧れていたミュージシャンには絶対になれない。むしろ、憧れなかった人の方に、自分にとって大切な気づきのようなものがある。僕はずっと憧れていた自身のイメージになろうっていう、そういう理念、観念に縛られていて、それにはなれないということに気づくまでにすごく時間がかかったんですね。それははっきりと「悔い」として今もありますね。 ——先ほど言っていた「自分にとっての必然」というのは、そういうことなんですね。 マキタスポーツ:そうです。あとは、本当につまんないことを言うようですけどーー。 ——はい(笑)。 マキタスポーツ:今はもう、体力勝負です。自分のアイデアがいくらあったとしても、それに肉体が追いついていかないっていう、それが一番嫌だから。やっぱり自分の原点は「誰からも期待されていない」ってことなんですよ。誰からも期待されてないし、誰からも仕事を発注されてないのに、自分がやりたいからやるっていう。そういう時代があまりにも長かったから、その頃の「ただやりたい」というエネルギー、童貞感のようなものがなくなっていくことがすごく怖くて。ただ、「そもそも俺は何がしたいんだ?」っていう欲の部分、それはまだ自分の中に確かにあるので、あとは体力ですね。魂は肉体があってこそなので、身体のことは気にかけてますね。 ——じゃあ、人知れず、身体を鍛えられていたり? マキタスポーツ:いや、特に何もやってないです(笑)。 (取材・文=宇野維 正)
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■公開情報 『映画 みんな!エスパーだよ!』 公開中 原作:若杉公徳「みんな!エスパーだよ!」(講談社『ヤンマガKCスペシャル』所載) 監督:園子温『ヒミズ』『新宿スワン』『ラブ&ピース』『リアル鬼ごっこ』 出演:染谷将太 池田エライザ 真野恵里菜 マキタスポーツ 高橋メアリージュン 安田顕 配給:ギャガ 公式サイトURL:esper-movie.gaga.ne.jp (C)若杉公徳/講談社 ©2015「映画 みんな!エスパーだよ!」製作委員会

三船美佳“バブル期の女”風メイクに見え隠れする、離婚裁判の地獄絵図

オタクに"なるほど"面白い!オタクニュース・ポータル「おたぽる」より

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『THE 虎舞竜』オフィシャルサイトより。
 3日放送の『バイキング』(フジテレビ系)に、ゲストとして三船美佳が登場。厚塗りメイクがネット上で話題となり「バブル期の女?」と揶揄する声と共に「何だか疲れているみたいだけど、大丈夫?」と心配する声も上がっている。 「高橋ジョージと別居状態であることを、事務所を通して発表したのが今年の1月。早いもので8カ月が経過しますが、離婚裁判はいまだに決着をみず、泥沼の様相を呈しています。この手の裁判は非常に長引くことが多いのですが、もしかしたら三船にとっては計算外だったのかもしれません。高橋がすぐに離婚届けに判を押して、親権問題もこじれることはないと思っていたが、そうはいかなかった。娘を養っていくために今まで以上に仕事もこなさなければならないし、疲労は重なるばかり。番組出演では、疲れが顔に出ているのを隠すためにメイクを濃くしたのかもしれませんが、もともと濃い顔の三船ですから、なんだか違和感ありまくりでした」(芸能関係者) 「おたぽる」で続きを読む

彼の歌う反安倍ソングをニコニコと…昭恵夫人に今度は反安倍・反原発「活動家」と交際報道! ネタ元は首相周辺か

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安倍昭恵オフィシャルサイトより
【本と雑誌のニュースサイトリテラより】  布袋寅泰との深夜の密会&首筋キスで世間を仰天させた安倍首相夫人のアッキーこと昭恵夫人だが、安倍首相は昨日、放映された『そこまで言って委員会NP』(読売テレビ)で、「うちの妻は布袋寅泰の大ファンである」という質問に「YES」と答えるなど、余裕を見せていた。  だが、今週、そのアッキーに新たに“8歳年下男性”との親密疑惑が浮上した。しかも、今度のお相手の男性の経歴や言動を見ると、ある意味、布袋との関係以上に衝撃的なものだ。  男性の存在を報じたのは「週刊ポスト」(小学館)9月18日号の「安倍総理、アッキーの「酒」と「男」の“安保法制”は大丈夫ですか」と題された特集記事。記事によると、相手の男性は高坂勝氏といって、アッキーが足しげく通う池袋のバーの店主だという。しかもこの店は単なるバーではない。 「店の入り口には『アベ政権反対』という看板が掲げられ、店内にも『アベ政治を許さない』と大書きされた色紙が飾られている」(「週刊ポスト」より)  そう、このバー、池袋では「反戦・反原発・反安倍バー」として有名な酒場なのだ。  バーだけではない。店主である高坂氏は1970年生まれで、NPO法人SOSA Projectを創設、「緑の党」の初代共同代表を務めた人物で、『減速して自由に生きる ダウンシフターズ』(ちくま文庫)という著書もある有名な環境運動家なのだが、最近は講演や執筆活動でも安倍首相を名指しで批判している。  たとえば、高坂氏のブログ『たまにはTSUKIでも眺めましょ』には、激烈な安倍批判が連日、書き込まれている。 タイトル「懲らしめようぜ、アベ自民を!」 〈ずる賢くて見ててこっ恥ずかしいアベ政権や 自民党の中の一部無能な「センセイ」たちを 引きずり落としたい! 国の主権は政治家じゃない、俺たちなんだから!〉(2015年7月6日) タイトル「アベ自民、強行採決。かっこわり〜、だせ〜、許せね〜!」 〈アベ不支持率が支持率を上回った。 なんかしなきゃ、なんかしなきゃ、って私も思う。 そう思っている人、 微力でも行動しましょ〉(15年7月14日) 〈勝ち戦であるはずなのに追い込まれて焦るアベ自民。 支離滅裂で卑怯で大人げなくて見てて恥ずかしいアベたちを もっと追い込んで、楽しもうぜ!!! 「弱いものいじめ」のアベ自民に対して、 俺たちは「強いものいじめ」で立ち向かうのさ(^^)〉(15年8月29日)  ところが、「ポスト」は、2人の関係を単なる店主と客といった関係以上に親密なものだとして、こんなコメントを掲載している。 「アルコールが入った昭恵さんが甘え上戸になるのは有名ですが、高坂さんの前では、居心地がいいのか、それがいっそう激しくなるみたいです」  しかも“家庭内野党”と言われるアッキーの思想信条にも大きな影響を与えたというのだ。高坂氏との関係は4年半まえの2011年始めに、アッキーがバーに出向いたことから始まったが、年を追うごとに関係は一気に深まったという。 「昭恵さんが『家庭内野党』を宣言したり、脱原発運動に参加したりするのは高坂さんの影響が大きいと思います。彼女が始めた居酒屋も山口産の無添加食材にこだわって料理をだしている。これも高坂さんのバーにならったそうです」  また、今から2カ月ほど前の「女性自身」(光文社)7月7・14日合併号でも、アッキーがこのバーに足しげく通っていることが報じられているが、その記事によると、高坂氏はギター片手にアッキーの前で「安倍晋三を止めよう~」と、政権批判ソングを歌うこともあるという。しかも、アッキーは怒るどころかニコニコしながら聴いているらしい。  もっとも、「ポスト」や「女性自身」は意味深に書いているが、実際は2人が男女関係というのはなさそうだ。そもそも、高坂氏もアッキーも交友があることじたいはまったく隠していない。高坂氏の今年4月1日のブログには、こう書かれている。 〈先週金曜日は、脱貧困の湯浅誠さんから依頼されて、 安倍昭恵ファーストレディにインタヴューに出向いた。 彼女の店、UZU。 その前の週にオバマのファーストレディもココで迎えたらしい。 彼女の旦那の政治には呆れて怒りにも達するが、 まぁ、今までも昭恵さんには会う度に批判を伝えているので、 この日は穏やかに笑いながらインタヴュー。 彼女への批判もいろいろあるだろうが、 確実に彼女自身はオルタナティブに歩んでいる。 記事にはならないだろうが、 2011年のお正月に新聞で髙坂の「ダウンシフト」の記事に出会って、 今に至る人生が導かれていると、 お世辞でかわからないが応えてくれていた。 こうしたご縁もありがたいことだ。〉  また、アッキーもブログで高坂氏のことを紹介し、堂々とツーショットを掲載している。  ようは、反原発や環境問題が結びつけている思想的関係といえそうだ。  では、なぜここにきて、2人の関係が立て続けに取沙汰されているのか。あるいは、前回の「女性セブン」(小学館)9月10日号での布袋との密会報道も含めて、急にこんな頻度で報道されるのはなんとも不自然さを感じざるをえない。その事情をある政治ジャーナリストが解説する。 「こうした自由奔放なアッキーの行動に夫である安倍首相は黙認するというより、直接言えないのが現状のようです。しかしアッキーの言動を苦々しく思っている側近や関係者は多い。そのため、アッキーの男性関係の情報を流布し、そのことで暗に諌めようとする勢力が巧妙にリークしているんです。特に高坂氏との関係は永田町では有名ですし、公安関係からも目をつけられているようですからね」  そんな卑劣なやり方でアッキーを封じ込めようとする安倍首相の側近たちだが、しかしそんな逆風に負けることはない。どんどん高坂氏のバーに通って、反政府、反原発について議論を闘わせ、それを夫にも吹き込んでいってほしいものだ。 (伊勢崎馨)

U2のボノ 、ギターを二度と弾けない可能性を示唆

U2のボノ(55)がギターを再び演奏できない可能性があると発言した。昨年11月に自転車事故で顔、腕、方、左手に多発性骨折を負ったボノは、指2本が未だに麻痺し伸ばすことができない状況であり、再びギターを弾くことができるかどうか不明だそうだ。「あんまりよくはないみたいだね。このことを話すことが恥ずかしいよ。ギターを弾くことが好きなら、本当にこれはただの失望だよ」 さらに、2010年に脊髄損傷の手術を受けたことにも触れたボノは、一生治らない可能性もあったと続けた。「もう少しで不自由な体になっていたね。それくらい危なかったんだ」 また、妻アリ・ヒューソンと共に4人の子供をもうけているボノは、自分のことをもっと大事にする必要があると認めた。「アリは僕に、『学ぶことができないのかしら?』『あなたは人生を戦車みたいに突き進んでいるわ』って言ったんだ。まあ、その通りなんだけどね。ジ・エッジは、俺が自分の体を不便なものだと見なしているって言うんだ。多分、それを俺は止めなきゃなんだろうな」 そんなボノは、最近ボストンで敢行されたU2のコンサート期間中に咽頭専門の医者を尋ね、12年間健康診断を受けていないことをあきれられたとQ誌のインタビューで話していた。「医者が『喉を頼りに生計をたてているのではないのですか?これは少しおかしなことだとは思わなかったのですか?』って言ったから、『そうだな。少しおかしいかもしれないと思うよ』って答えたよ。挑戦することにするよ」

BIGMAMA金井政人が語る、音楽とエンターテイメントの未来「僕らは独立遊軍にならなきゃいけない」

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【リアルサウンドより】  BIGMAMAが“ご当地シングル”『MUTOPIA』を、全国のタワーレコード限定でリリースした。北海道、東北、関東、中部北陸信越、近畿、中国四国、九州沖縄という7つのエリアごとに異なるパッケージとなる本作。表題曲とカップリング「SKYFALL」の他に、それぞれの地方の特徴を歌詞におりこんだ「MUTOPIA」のご当地バージョンを書き下ろし、収録している。  跳ねるダンスビートと高揚感あるバイオリンのフレーズが印象的なこの曲は「音楽の楽園」をテーマにしたもの。彼らのライブでも間違いなくピークタイムの一つとなるだろうナンバーだ。それをこういう形でシングルとしてリリースしたバンドの意図は果たしてどこにあったのか? バンドを率いる金井政人(Vo/G)へのインタビュー。話は楽曲の生まれた背景から、音楽とエンターテイメントの未来を見据えたビジョンまで、大きく広がっていった。(柴 那典)

「音楽でいろんな場所を楽園に変えてしまおう」

ーー『MUTOPIA』はご当地シングルという形でリリースされたわけですが、これはどういうところからアイディアが生まれたんですか? 金井:話のきっかけは二つあるんです。まず、単純に曲ができたこと。それからもう一つは全国ツアーをまわるタイミングだったこと。その中で、この曲をもっと楽しんでもらうアイディアとして、それぞれの場所で歌詞を変えてリリースしようということになったんですね。 ーー曲ができたのはいつ頃のことだったんですか? 金井:今年の新年一発目にスタジオに集まって、その時になんとなく歌ったメロディーをもとにバンドでセッションが始まって、バイオリンのキーとなるリフが出てきて、そうやって仕上がっていきましたね。 ーーどういうモチーフから曲ができていったんでしょう。 金井:まず、生身の編成の中に適度な違和感としてEDMの要素が入っているようなサウンドをきちんとバンドでやりたいと思っていたんですね。もう一つは「ミュージック×ユートピア」で「MUTOPIA」、つまり、音楽でいろんな場所を楽園に変えてしまおうというアイディアがあった。それが結びついて、「MUTOPIA構想」みたいなものがふくらんでいったんです。そして、これが下北沢のUKプロジェクトというインディーズレーベルのいいところなんですけれど、「いい曲ができた」となったら「よし! レコーディングをしよう」となってくれるんですね。なので、実はツアーが始まる前の3月にレコーディングをしたんです。 ーーその段階でもう曲が完成していたんですね。 金井:そして全国ツアーが始まって、そこでもやるようになって。ツアーに来てくれるお客さんにとって、ライブハウスでしか聴けない新曲があるということが楽しみの一つになってほしいと思ったんですね。そうしているうちに、もともとあった「MUTOPIA構想」から、それぞれの場所でそれぞれの楽園があると思うようになった。各地にフェスがあるのもそうだし、地方それぞれに人間性もあるし、好きなものもたくさんある。いろんな場所のことを歌詞に書けそうだと思ったんです。そして、タワーレコードさんの協力もあって、全国で違う限定盤を出せることになった。そこで、一番格好いい曲の完成形だと僕が思うものは1トラック目で成し遂げているので、カップリング曲とはまた別に、その場所ごとに愛情を持って歌詞を書いて歌ったものを3トラック目に収録することにした。それをすることによって、BIGMAMAのCDを買いたいと思ってくれる人とのいいコミュニケーションになると思ったんです。これが、ざっくりこの「MUTOPIA」っていう曲ができて、こういう形でシングルにした一連の流れです。 ーーまずは、曲があったからこそ、そういう構想が広がってきたわけですよね。この曲が持ってるエネルギーが「MUTOPIA」構想になって、そこからそれぞれの土地に合わせて歌詞を書くというアイディアにつながった。 金井:曲単独でもそうだし、それが2時間のライブのセットリストの中でどう響くかという、総合的なところもありますね。今、僕がライブの中で心掛けていることって「いかに一晩だけの関係にならないか」ということなんです。人生の中で長く付き合えるような、添い遂げられるようなバンドでいたい。そう考えた時に、僕らのライブの中で「MUTOPIA」という曲が起爆剤になってほしい。いかに生身のバンドで非日常を体現できるかということを考えたときの、自分の中での答えの一つとしてこの曲が生まれたんですね。なので、それが「MUTOPIA」を人に喜んでもらうための題材にする一つのきっかけになった要素ではあったと思います。
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「これまでやってきたことと新しいチャレンジを上手く繋げるストーリーを描きたい」

ーーさきほどEDMとバンドサウンドをBIGMAMAなりのやり方で融合させるということを言っていましたが、そういう発想はどこから生まれてきたんでしょう? 金井:ざっくりと、自分の中では「AVICII以降」という感じなんですね。もともとEDMシーンは自分にとって遠いものだと思ってたんですよ。DJがやってるものだって。でも、AVICIIを聴いた時に、アコースティックな楽器が鳴ってるのも印象的だったし、「あ、こんな解釈も全然あっていいんだ」って思った。あとは、サマソニでZEDDも観ましたけれど、EDMの代表的なアーティストが何万人のオーディエンスを盛り上げる光景を見て、それに対して単純に何を思うかって、ロックバンドとしてのジェラシーなんですよ。 ーー嫉妬を感じた。 金井:でも、ジェラシーだけで終わらないためにやれることもたくさんあって。それこそサマソニでClean Banditも出てましたけれど、彼らはデジタルな音像とバイオリンの旋律を同居させていて。僕らも最近のライブではドラムのリアド(偉武)が生ドラムとエレドラの二刀流になっているんです。そういうところから、新しいチャレンジに対する欲求が強くあった。「ロックバンドとして、しかも日本人的な解釈でやってみたい」と思ったんですね。もともと自分達は速いビートでライブハウスを盛り上げてきたバンドだし、そこに自信も自負もあるけれど、これまでやってきたことと新しいチャレンジを上手く繋げるストーリーを描きたいと思ってたんです。それに、作った時にはもうライブで演奏しているときの無敵感も予想できていたし、10年後も自分が誇っていられると思った。そういうジャッジができていたんで、こういう曲になったんですね。 ーーたしかにここ数年の海外の音楽シーンを見てると、特にAVICIIとMumford & Sonsは象徴的ですよね。一方はEDMで、一方はカントリーの出自で、それがどっちもスタジアム・ロックとして機能している。日本でも当然そういう動きに刺激を受けるミュージシャンはいるだろう、という気がします。 金井:でもそこで、まだ誰も抜きんでていないと思うんです。だからチャレンジしがいがある。今は洋楽と邦楽のタイムラグがあるような状況でもないですからね。そういうことをちゃんと頭の片隅に置きつつ、自分たちがロックバンドとして作ってきた文脈に要素としてどう加えるかというだけの話なんです。そこには自分なりのバランス感覚みたいなものがあって、それは言葉にするのは難しいんですけど。
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ーーこの曲のビートスタイルっていうのはどういう風に組んでいるんですか? 単純な四つ打ちではないですよね? 金井:ドラムのリアドが単純な四つ打ちを嫌うんですよね。彼はドラマーとしてのこだわりもあるし、飽きさせないドラミングを意識しているんで。仮にキックを四つ打ちで踏んでようと、そう聴こえさせないテクニックを使っていたりする。ビートって、僕は建築の土台だと思うんです。その上に何が乗ってて、曲を聴いた時に何が記憶に残るかが重要。この曲では、バイオリンのリフが、こういうサウンドメイキングの中でいい意味での違和感として残ればいいなっていうのが最初にあって。そこに自分がメロディーと言葉をいい形で想起させることを考えていた。だから、リズムに関してはリアドに任せきってるところがありますね。 ーー実際、この曲はバイオリンの高揚感があるフレーズが一つのキーポイントになっていますよね。これが生まれた時にも手応えはありました? 金井:スタジオでメンバー全員盛り上がりました。たとえば料理だったら、強い火力でパーッと調理したら美味しいものになったりするじゃないですか。この曲ではそれと同じ現象が起きたと思っていて。ほんの数時間のスタジオで、それぞれがそれぞれの気持ちいいものを追求した。みんなで「ここの音符がこうなってて」という会話を作りながらするときもあるんですけれど、この時は全くしてなくて。自然と曲の向かう方向がそうなっていったんです。 ーーその時の感覚として、ライブでも一つのアンセムとして響くはずだという直感があった? 金井:ありました。今までで一番強い曲を書けたと自分の中では思ってます。 ーーそういう曲ができて、歌詞もそれにハマるものが書けたからこそ、バリエーションを変えてもOKっていう発想になった? 金井:そうですね。1曲目の歌詞を変えて出すという形だったら抵抗があったと思います。この曲のあるべき姿、自分が思う一番格好いいものは1曲目で歌ってるものなんです。僕の中では<傷なんて舐め合えば 朝には消えるだろう>っていう一言が言いたくて。ただ、ツアーで歌う中で、場所ごとによって地名を変えたくなったんですよね。それって、自分が好きなバンドのライブを観て嬉しかったことの思い出の中にちゃんとあるものだし。 ーーたしかに、ツアーだとその土地の名前を歌に盛り込んだりしますもんね。それをレコーディングされたパッケージでもやってみよう、と。 金井:ただ、計7回レコーディングして、コーラスを入れるというのは千本ノックのようなレコーディングでした(笑)。ジャケットも7パターンをスタッフと一緒に作ってチェックして、作業は思ったより大変でしたね。 ーーでも、これはやった甲斐はあったと? 金井:思います。手応えはありますね。
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「長く続くバンドって、圧倒的に唯一無二」

ーー最近、地方ごとのバンドシーンの特色が少しずつ明らかになってきていると思うんです。特にここ数年は大阪から出てくるバンドに勢いがあったり、各地で違うバンド文化が形成されている。そのあたりはどう感じます? 金井:そのことについては、僕の中で、逆説的に思うことがありますね。東京は常に多数決が行われているような気がするんです。 ーー常に多数決が行われている? 金井:たくさんの人がいいって言ったものが主流になっていく。でも、その多数決は作られた流行かもしれない。「みんな好きでしょ?」ってところに平均化されて納まりがちだと思うんです。比べると、地方のほうがブレーキがないというか、最適化される以前の目立ちたい、尖りたいという欲求が勝ってる気がします。 ーーなるほど。 金井:場所ごとに流行ってる音楽が違うとは思わないんですよ。それぞれの場所でロックが好きな人がいるし、レゲエが好きな人がいるし、クラブミュージックが好きな人がいる。何が元気かは、そこから出てきたアーティストがいるかどうかにつきると思います。人気のあるアーティストが出てきたら、そのバンドを筆頭にしたピラミッドができるんです。 ーーその土地その土地で、先輩後輩の関係が生まれる。 金井:そうですね。そのバンドに憧れたバンドが出てきて、ちゃんと下の世代に繋がっていくと思うんです。各地方ごとに地元を大切にするいいバンドが出てきて、そういう関係が生まれているんだと思いますね。 ーー地方の音楽シーンということでいえば、今は各地のフェスやイベントも増えてきたし、根付いてきていると思います。そのあたりに関してはどういうことを思いますか? 金井:今、日本中のいろんなフェスやイベントに呼んでいただくようになって、そこで思うのは「僕らは独立遊軍にならなきゃいけない」ということなんです。 ーー独立遊軍? 金井:さっき話したピラミッドの構造みたいに、各地で素晴らしいバンドが出てくると、それに憧れるたくさんのバンドが出てくるわけですよね。でも、僕らとしては、誰かとの比較対象になってはダメだなと思ってるんです。やっぱり、長く続くバンドって、圧倒的に唯一無二だと思うんです。僕としても、主観的にも客観的にも唯一無二に見える音楽を鳴らせてないと格好よく思えなくなってきていて。それを自分たちにも強く言い聞かせるようになったのが『Roclassick』を作り始めた時期だったんですね。で、今は2時間のショーを作る時も、イベントに呼んでもらって30〜40分でダイジェストにするときも、ロックバンドとして奇をてらわずに気持ちのいい違和感を作ることを意識して実践できている。だから、サマソニに出た時にも、洋楽のバンドと邦楽のバンドがいる中で、ちゃんと孤立できてる実感があったんですよね。
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ーー今、俯瞰で見ても、BIGMAMAというバンドはたしかに独自なことをやっている感じはありますね。 金井:最近、感動ってどうやったら生まれるのかを研究しているんです。どうやったら感情を動かすことができるのか。それをメンバー5人で、誰にも真似できないやり方で音楽にしていくことがBIGMAMAのやることだと思っていて。そうやってアルバムを作って、ツアーをまわって、その中で足りなかったピースとして「MUTOPIA」を作った。自分の中ではBIGMAMAというバンドが完成してきている感じがあるんです。 ーー完成してきているというと? 金井:いろんな道を歩んできて肝が据わったというか、自分たちのバンドとしての欲求がどこに向かってるかわかったという。何万人が押し寄せてもおかしくない音楽を鳴らしていると思うけれど、人を集めるために音楽を作っているというより、いかに純粋な気持ちを突き詰められるか。そこに没頭していることが単純にミュージシャンとして一番楽しいんですよね。 ーーそのための大切な一曲として今回のシングルをリリースしたわけですね。 金井:そうですね。それと同時に、このシングルはいかに今の自分たちがCDで遊べるか、面白いことができるかという試みでもあって。というのも、それこそ、CDに対していまだに期待をしている反面、悲観もあるんです。 ーー悲観もある? 金井:僕は昔レンタルビデオのショップで働いていたことがあったんですけど、当時はひたすらVHSをDVDに変えていく作業をしてたんですよ。ビデオテープがなくなって、同じ作品のDVDが入荷するところに立ち会ってたんですね。今はCDもそうなのかなと思うんです。 ーー定額制のストリーミング配信が普及してきましたからね。 金井:でも、それって、もともと音楽に価値があって、単にプラスチックのケースと円盤というガワが古くなってきただけの話なのかなと思っていて。そう思ったら、「今は今できることを楽しもう」という考え方に切り替わったんですよ。今ならまだ、作品ごとにジャケットを作って、それを全国各地で限定盤として出すということを楽しめる。ひょっとしたらそれは今しかできないかもしれない。そう思ったら、自分でもOKのスイッチが入った、期待もしてるけど、悲観もしてるっていうのはそういう意味なんです。 ーーここからは未来の話をしたいと思うんですが、まず、音楽を巡る環境はどんどん変わっていくと思うんですけれど、そこに対しては金井さんはどう思いますか? 金井:たぶん自分の生きているうちに音楽のあり方は何度か変わると思っていて。でも、スマートフォンやPCで聴くときに、どんなにいい音質でレコーディングしたとしても、どうしてもよさが伝わりきらない瞬間はあって。そういうときに、いかにアナログと向き合っていくかも、アーティストのこれからのバランス感覚としてすごく必要なんじゃないかと思います。デジタルなものが増えてきたら、アナログなものに欲求が戻る瞬間がある。 ーーそうですね。アナログの価値は見直されていくと思います。 金井:楽器を手で触って、実際に音が鳴るということにも体験の価値がありますからね。あと、体験ということで言えば、やっぱりディズニーランドってすごいですよ。僕らが出るフェスって何万人集まったというのがニュースになるわけだけれど、それを毎日やっている。 ーーそうですよね。 金井:何かを体験するっていうことにはすごい価値があるんですよね。僕らも、僕らなりにちゃんとバンドで、音楽でそれを用意したい。そもそも、お金を使って、休みを作って何かを楽しむってことに関しては全部のエンターテイメントがライバルだと思うんです。だから、そういうディズニーランドみたいなものも、自分と関係ない世界の話だと思ってたらダメだなと思いますね。 ーーそこでできることは、まだバンドにもたくさんある。 金井:自分は今の現状に満足していることは一度もないんですけど、少なくとも、どんな未来が待っていようと怖くはないですね。緊張感もあるけど、ちゃんとワクワクとドキドキを用意できてる実感が自分の中にある。僕だけじゃなくて、BIGMAMAの5人でそれをできているんだと思います。 (取材・文=柴那典/撮影=下屋敷和文)
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『MUTOPIA』北海道盤

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『MUTOPIA』東北盤

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『MUTOPIA』関東盤

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『MUTOPIA』中部北陸信越盤

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『MUTOPIA』近畿盤

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『MUTOPIA』中国四国盤

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『MUTOPIA』九州沖縄盤

■リリース情報 『MUTOPIA』 発売:2015年9月2日 価格:¥1,200(税抜) 「MUSIC」と「UTOPIA」をかけあわせた造語の「MUTOPIA」と命名されたシングル『MUTOPIA』は北海道、東北、関東、中部北陸信越、近畿、中国四国、九州沖縄という7つのエリアごとに異なるバージョンで販売、ジャケットのデザインも7つのエリアごとにそれぞれ違うバージョンとなっている。 『MUTOPIA』北海道盤 <収録曲> 1.MUTOPIA 2.SKYFALL 3.MUTOPIA in Hokkaido 『MUTOPIA』東北盤 <収録曲> 1.MUTOPIA 2.SKYFALL 3.MUTOPIA in Tohoku 『MUTOPIA』関東盤 <収録曲> 1.MUTOPIA 2.SKYFALL 3.MUTOPIA for Party People 『MUTOPIA』中部北陸信越盤 <収録曲> 1.MUTOPIA 2.SKYFALL 3.MUTOPIA in Chubu 『MUTOPIA』近畿盤 <収録曲> 1.MUTOPIA 2.SKYFALL 3.MUTOPIA in Kansai 『MUTOPIA』中国四国盤 <収録曲> 1.MUTOPIA 2.SKYFALL 3.MUTOPIA in Chugoku-Shikoku 『MUTOPIA』九州沖縄盤 <収録曲> 1.MUTOPIA 2.SKYFALL 3.MUTOPIA in Kyushu BIGMAMA オフィシャルWEBサイト