ケイト・モス、豪華セレブ出席のパーティーでどんちゃん騒ぎ!

ケイト・モスが9日(水)、GQメン・オブ・ザ・イヤーのアフターパーティーで豪華セレブ達と一緒に大いに盛り上がったようだ。ロンドンのロイヤル・オペラ・ハウスで開催された同授賞式には出席していなかったケイトだったが、デュラン・デュランのサイモン・ル・ボンやルイス・ハミルトン、ニコラス・ホルトら豪華な顔ぶれが揃ったアフターパーティーに参加し、周りにウォッカトニックを注ぎまわったり、高い声で歌いながらサム・スミスと一緒にいたりとパーティーを満喫していたという。 関係者の1人は「ケイトは家にいるようにくつろいでいました。反対側のバーを回ったと思えば、大量のウォッカベースの飲み物をみんなに注ぎまわっていましたよ」「彼女とバースタッフはみんなの口の中に直接ウォッカを注いでもいました。みんな良い時間を過ごしたようでした」とケイトの様子を伝える。 そんな盛り上がりをみせたパーティーだったが、午前4時をまわる頃には騒音が原因で警察によって終了ささせられたかたちとなり、高級住宅地プリムローズ・ヒルにある自宅でパーティーを主催者していたマシュー・フロイトは、その後この件について謝罪したようだ。 別の関係者はデイリー・ミラー紙に「マシューは当然迷惑をかけた隣人たちに対して謝罪しました。沢山のパパラッチが外に待機していたことが原因で一部の人が会場を離れる際には少し騒動があったのかもしれません」「警察は短時間会場にいましたが、その状況に対しては問題ないと判断したようでした」と説明した。

『私たちのハァハァ』が“ファン向け映画”を超えた理由 プロデューサーが制作の裏側明かす

【リアルサウンドより】  福岡県北九州市に住む、ロックバンド・クリープハイプの熱烈なファンの女子高生4人が、自転車で東京のライブに向かう青春映画『私たちのハァハァ』が、9月12日より公開された。同作は、スペースシャワーTV開局25周年記念映画として製作されたもので、これまでクリープハイプのMVを手がけたほか、映画『自分の事ばかりで情けなくなるよ』でも同バンドとタッグを組んだ松居大悟監督がメガホンを取っている。プロデューサーを務めたのは、スペースシャワーネットワークに勤務し、『フラッシュバックメモリーズ3D』や『劇場版BiSキャノンボール2014』といった話題作にも携わってきた高根順次氏。音楽ファンの青春をリアルに捉えた映画として、ゆうばり国際ファンタスティック映画祭などでも高く評価された同作は、どのようにして作られたのか。高根氏に、アイデアの発端から映画制作のプロセス、さらにはインディー映画でヒット作を生み出す意義についてまで、話を聞いた。

「この映画を単なるファン映画にはしたくなかった」

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ーーこれまで数多くの音楽映画が作られてきた中で、あるアーティストのファンの女の子たちの青春をリアルに描いているという点で、とても新鮮な印象を受けました。こうした作品を作ることになったきっかけから教えて下さい。 高根:松居(大悟監督)さんが音楽ファンを主人公にした映画を作りたがっていることを、スポッテッド・プロダクションズの直井(卓俊)さんが教えてくれて、興味を抱いたのがきっかけです。昨今は音楽映画が増えていますが、その多くはアーティストのドキュメンタリー的なもので、ファンに向けた作品になりがちです。でも、せっかく映画を作るのであれば、広く誰にでも楽しんでもらえる作品にしたいですし、アーティスト自身もそう考えているはずだと思い、松居さんらと映画化に向けて動き出しました。また、クリープハイプの尾崎(世界観)さんがこの映画のコンセプトを気に入ってくれたのも大きかったです。松居さんとクリープハイプは、映画『自分の事ばかりで情けなくなるよ』でもタッグを組んでいて絆も深いですし、彼らのファンが持っている熱気は、今作で表現したいことにもピッタリでした。 ーー主演の4人は良い意味で素人感があって、リアリティがありましたね。 高根:そこに関しては、もっと著名な役者さんでやったほうがいいんじゃないかという声もありました。でも松居さんは、三浦透子さんを軸にして、あとはほとんど未経験の役者さんでやりたい、と。それで彼は、スマホの6秒動画アプリ『Vine』で人気のある大関れいかさんを見つけてきて、自ら出演オファーをかけて口説いてきた。彼女は当初、女優をやる気も興味もなかったそうですが、松居さんが実際に彼女と話して、映画に出ることを決心したそうです。真山朔さんは、オーディションの中ではある意味一番、役者っぽくなくて、押しも弱かったのですが、映画の中では主体性のない役柄の子でもありましたので、満場一致で選ばせていただきました。井上苑子さんは、もともと別のミュージシャンを起用する予定だったところ、なんとクランクイン2週間前に出演がNGになっちゃって、制作プロデューサーの林武志さんという方が、「この井上苑子さんって良いと思うんですけど……」という感じで、ウェブで探して見つけてくれました。その時点で彼女は、メジャーデビューが決まったタイミングだったらしいのですが、実は僕らはそういう情報を一切知らずにオファーしたんです。いま、彼女はちょうど音楽ファンの間でブレイクし始めていて、まるでタイミングを狙ったように見えるかもしれませんが、実はまったくの偶然なんですよね。 ーーなるほど。ドキュメンタリー的な撮り方の作品となったことについては? 高根:それに関しては当初からの狙い通りでして、僕もこれまでドキュメンタリーしか作っていませんし、松居さん自身も「全部手持ちカメラでやりたい」と言っていたくらいです。ただ、松居さんと尾崎さんが話し合う中で、全編手持ちは厳しいだろうということになり、客観的なカメラと主観の手持ちを混ぜようか、という結論になったんです。ただ、主観と客観が入り混じってしまうと、観る人に違和感を与えてしまうのではないかという心配もありました。でも、ゆうばり国際ファンタスティック映画祭で上映して、皆さんの感想を聞いたところ、そこはあまり気にならないということでした。
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ーーでは、ほかにどんな指摘がありましたか? 高根:面白いなと思ったのは、とある外国人の審査員の「この主人公の4人は最後まで何も成長していないですね」という指摘ですね。彼女たちが旅を終えて、始まりと同じ状態で元に戻って行くのは、よくわからないというんです。僕は、松居さんが表現するそういうリアリティがすごく好きなんですが、ひとによっては成長物語を求めてしまうのだな、と感じました。ひとは簡単に成長するものではないし、むしろ退化することもあるわけで、僕はそれでも別に構わないと思うんですけどね。そういうところがむしろ、刹那的でキラキラしているし、それだけでも充分、彼女たちは魅力的なんじゃないかな。 ーーそこは同感ですね、いつの時代にもあった普遍的なファン心理を描いていて、クリープハイプのファンではない人が観ても楽しめる作品に仕上がっています。 高根:この映画を単なるファン映画にはしたくない、ということは、宣伝の段階からかなり気をつけていましたね。普通だったらクリープハイプをもっと前面に押し出したかもしれないけれども、あくまで映画として、だれが見ても面白い青春映画だということをきちんと伝えようと、キャッチコピーからビジュアルの作り方までかなりこだわりました。もちろん、クリープハイプのファンにも観てもらいたいですが、場合によっては「何だ、この映画は」と思うところもあるかもしれない。ただ、お客さんの賛否があって映画は育つものだと思うので、どんな反応が来るのか楽しみです。

「継続可能なやり方で面白い作品を生み出す成功例を作りたかった」

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プロデューサーの高根順次氏。

ーー高根さん自身が映画に携わるのは、ディジュリドゥ奏者のGOMAさんの半生を松江哲明監督が描いた『フラッシュバックメモリーズ 3D』、アイドルグループのBiSとカンパニー松尾らAV監督のぶつかり合いを捉えた『劇場版BiSキャノンボール2014』に続き、3本目ですね。どちらもかなり話題となった作品ですが、いまは映画の仕事がメインとなっているのですか。 高根:そうですね……映画の世界では、劇場公開の作品を10本作ったとして、利益を出せるのはその中の1本か2本だけと言われていて、その少ないアタリ作品の利益でほかの映画を作っているんですね。先の2作品は低予算で作ったこともあり、ちゃんと収益化できたので、ここ最近は映画がメインといっても良いかもしれません。僕の場合、映画会社の人間でもないし、映画を作ろうとしていまの会社に入ったわけではないのですが、結果的にそうなっている状況ですね。僕はこれまでテレビの世界でやってきたけれど、それとはまったく違う種類のプレッシャーを感じています。テレビの場合、放送が終わった後にソフト化されるのはほんの一部だし、感想もツイッターなどでつぶやかれるくらいで、そのまま終わっていくけれど、映画の場合は一生残るもので、いたるところに評論家がいて、厳しい目で評価されます。だからこそ総合芸術として素晴らしいものだとも思うけれど、成功と失敗がはっきりしてる世界ですし、ちゃんと結果を出さなければ継続出来ません。今回の映画は前の2作に比べて、使う予算も桁外れに違うので、ちゃんとヒットさせなければいけないから、挑戦するのに躊躇はありました。 ーーなるほど。リスクヘッジの面でも、予算規模が大きいだけに難しい面があるのでは。 高根:そうですね。映画会社の場合、リスクヘッジに関してはスキームが確立されていて、豊富なノウハウがありますが、スペースシャワーは映画会社ではないので、新しいやり方を考える必要がありました。正直、『私たちのハァハァ』が黒字になるかどうかは、今の段階では分かりません。映画作りの素人が、そのリスクの大きさにたじろいでいるというのが、いまの状況ですね(笑)。でも、素人としてやってきたからこそ、できたこともたくさんあって、たとえば『フラッシュバックメモリーズ3D』みたいな作品は、映画会社にいたらおそらく作れなかった。 ーーそれは、どういった面で? 高根:『フラッシュバックメモリーズ3D』は、GOMAさんが交通事故にあって記憶を失う前と、現在の状況を3Dのレイヤー構造で表現した作品なのですが、普通に制作しようとすると編集だけで数千万円かかってしまうんです。それで、グーグルで3D編集について調べたら、格安で請け負ってくれる個人がいたので、頼むことにしました。でも、その人は技術的には編集ができるけれども、70分もの映像の編集はやったことがなく、マシンのパワー不足もあって作業が進まないんです。東京国際映画祭のコンペに出品するのにあわせて締め切りを決めたんですが、出来上がったのは映画祭の3日前の深夜でした。もし、その編集が間に合わなければ、GOMAさんや松江監督のこれからの人生に対するマイナスが大きすぎて、僕が土下座して済む問題ではなくなっていたでしょう。企画そのものが、まともな映画会社だったら通っていなかったと思います。 ーー聞いているだけで胃が痛くなりそうです(笑)。 高根:でも、結果的に非常に安い価格で3D映画を作ることができました。ほかにも大幅にコストカットをできたところがあります。映画は通常、DCPと呼ばれる上映用のデジタルデータを作らなくてはいけないのですが、映画以外にはまったく汎用性のないデータなので、2011年当時は業者に頼むとデータの変換だけで100万円もかかると言われました。結局、それなりの大手の会社と交渉して、なんとか安く仕上げてもらいました。そして、そのデータのコピーに関しては、ウェブでいろいろ調べた結果、どうやらLinuxのOSを使えばできるらしいということで、自分のパソコンにLinuxを入れてコピーしてみたんです。そうしたら、ちゃんとコピーデータができて、本来ならコピー1本15万円かかるところ、ほぼコストゼロで済みました。今ではアドビの編集ソフトにも「DCP書き出し」という機能がついてますし、数年間に100万円かかったものが、やり方次第で無料にもなってしまうのがこの世界で、たとえば宣伝や広告費にも、ドンブリ勘定な部分がたくさんあります。 ーーなるほど。では、そういう費用を抑えるやり方もあると。 高根:そうですね、配給宣伝費なども数千万かかるといいますが、内訳を詳しく見ていくと、先ほどのDCPのように、実はそんなに費用がかからないところがたくさんある。そうして無駄に大金をはたいて、しかも映画が転けたりしたら、企業も出資しようと思わなくなりますよね。だから『私たちのハァハァ』は、新しいタイプの製作委員会を作って、各社の利益構造も透明性が高いものにしました。参画しているのはスポッテッド・プロダクションズさんと、ユニバーサルミュージックさんと、もう一つ、エイベックス・ピクチャーズさんですが、それぞれの会社の権利関係を明確かつメリットがあるようにして、誠実な予算表を作ってやっています。もちろん、幹事であるスペースシャワーは一番お金を出資していて、リスクも一番高いのですが(笑)。従来の製作委員会のように、幹事会社がグレイ・ゾーンを作ってリスクヘッジしていくということも、ビジネスのやり方としては正しいとは思いますが、僕としては出資してくれた会社がかなりの確率でリクープし、継続可能なやり方で面白い作品を生み出す成功例を作りたかったので。
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ーー具体的には、今作にどれくらいの予算をかけているのですか? 高根:制作費や配給宣伝費など全部込みで2000万円ほどでやっています。その2000万円をペイしようと思うと、映画の上映だけで考えたら、おそらく3万人くらいの観客が必要でしょう。インディー映画でその数字を出すのは、かなり難しいところですが、レンタルやグッズの販売、さらにテレビの放映権などトータルで考えたら、なんとかできるのではないかと思います。予算の面では、文化庁が出してくれる補助金を狙う方法もありますが、あいにく低予算映画には使いにくい仕組みなのです。あれも不思議な制度で、インディペンデントなことや実験的なことをする映画を応援するために付くというなら理解できるのですが、“超”大手の会社のエンタテインメント大作にお金が出ることも多くて。しかも、本当はリクープしたら補助金は返さなければいけないのですが、ほぼ誰も返していない件が数年前にニュースになってました。補助金の元は税金ですから。映画というものは総合芸術だと思うけれども、その芸術の名のもとに甘えすぎているんじゃないか。そういう現状を変えようと努力している映画関係者もいますし、僕らも僕らのやり方で、メジャー作品では作れない企画で、さらに結果を出していく必要性を感じています。そうしないと、十何億円もかかるメジャー映画と数百万で製作されたインディー映画という二極化になってしまい、僕らが学生時代に見ていた、いわば“とんがった”イメージのある映画は、日本国内では適切な予算ではもうできないということにもなりかねません。 ーー日本映画のこれからを考えるうえでも、気概を持って良質なインディー作品を生み出していくのは大切なんですね。 高根:たとえば、スポッテッド・プロダクションズの直井さんや、松竹ブロードキャスティングのオリジナル映画製作プロジェクト(『滝を見にいく』(沖田修一監督)、『恋人たち』(橋口亮輔監督))は、そうしたことに意識的だと思います。特に後者は大手映画会社である松竹さんの中で、よくある大作映画のように原作や主役を先に決めて、監督はそのあとに決めるようなやり方ではなく、少ない予算でも監督主導の映画を作ろうというプロジェクトをやっているんです。そのうえで、やはり大事なのは、きちんと結果を出してビジネスとして継続していくことですよね。僕自身は、映画界全体を変えようなんていうつもりはまったくないけれど、少なくとも自分が関わる映画については、面白い作品を作ったうえで、ビジネス的にもきちんと結果を出していきたい。そもそも映画は監督ありきのものですし、素晴らしい才能だと思える監督の出す企画は、十中八九の確率で素晴らしいものなんです。でも、大きな会社の場合だと、莫大な利益を出さなければいけないため、通らない企画も多い。だからこそ、我々のような野武士軍団が、面白い作品を生み出せる監督との話し合いの中で出てきた企画を、できるだけスポイルせずに実現するということが、大きな意味を持ってくると思います。そのためにもプロデューサーとして「面白い映画だったけれども、お客さんは入らなかったね」ではなくて、次回作へつなげられる結果を出していきたいですね。 (取材・文=編集部) ■公開情報 『私たちのハァハァ』 9月12日、テアトル新宿ほか全国公開 監督:松居大悟 出演:井上苑子 大関れいか 真山朔 三浦透子 クリープハイプ / 武田杏香 中村映里子 池松壮亮 satellite blue metro 佐藤太一郎 茜チーフ 池浦さだ夢(男肉 du Soleil) 土佐和成(ヨーロッパ企画) 中村まこと 音楽・主題歌『わすれもの』:クリープハイプ (C)2015『私たちのハァハァ』製作委員会 公式サイト:haa-haa.jp

元AKB48に公然キス! ダチョウ倶楽部・上島竜兵は“一瞬だけ入れ替わりたい”タレントNo.1?

オタクに"なるほど"面白い!オタクニュース・ポータル「おたぽる」より

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ダチョウ倶楽部オフィシャルブログ『みんな仲良くわきあいあい!』より。
 7日、都内で行われたソフトバンクの新サービス発表会に、お笑いトリオ・ダチョウ倶楽部と元AKB48でタレントの野呂佳代が出席。ダチョウ倶楽部といえば、いくつかあるギャグの中でも、口論をしながら詰め寄り、最後はキスをして仲直りするキス芸が有名だが、今回は上島竜兵と肥後克広に加え、野呂も交えてのトライアングルキスを披露。会場を盛り上げた。 「AKB48ではお笑い要員だったとはいえ、曲がりなりにも元アイドルだった野呂に、あのような公式な場でキスが出来るのは、ダチョウ倶楽部だけでしょうね。特に上島は、6月に行われたイベントでも野呂とキスをし、挙句の果てには、女性レポーターともキスをしていました。『おねだりマスカットSP!』(テレビ東京系)では、福山雅治や桑田佳祐、今田耕司、ホリエモンなど、芸能界からのファンも数多いセクシー女優Rioとキスをし、『羨ましい!』とネット上で話題になりました。芸能界広しといえども、女性タレントとの公然キスが許され、笑いに変えられるのは上島ぐらいじゃないでしょうか」(芸能関係者)  上島を羨んでいるのは、男性だけではない。「一瞬だけ、上島の体と入れ替わりたい」と願う女性もいるようだ。 「おたぽる」で続きを読む

執拗!林真理子が寝屋川中1殺害事件で被害者の親をバッシング! 川崎リンチ事件に続き、またしても…

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川崎中1殺害事件でも「『母であるよりも女でいたい』などという考えも、二の次に置いてほしい」と書いていた林真理子氏…(画像は『美女入門スペシャル 桃栗三年美女三十年』マガジンハウスより)
【本と雑誌のニュースサイトリテラより】 「いったいどうして、十三歳の子どもが真夜中の街をさまよっているのだ」  8月に起こった寝屋川中1殺害事件に対し、このように強い言葉で批判を繰り出したのは、作家の林真理子。「週刊文春」(文藝春秋)9月17日号の連載コラムで“母親バッシング”を展開している。  林といえば、今年2月の川崎中1殺害事件でも、被害者少年の母親バッシング、シングルマザーに対する無理解とも思える言いがかりをつけ、その無神経さにネット上では炎上騒ぎが起こったばかり。しかし、それでも林は、自身を顧みるどころか、まったく自説を曲げる気などさらさらないらしい。今回もまた懲りずに “被害者の親責任論”を主張しているのだ。  連載コラムで林は、「不思議なことに、テレビのコメンテーターも新聞に書く識者も、誰も親のことには言及しない」と不快感を表明。「まず家の鍵をかけ、子どもが夜中に出て行かないようにするのは、行政でも地域でもないはずだ。親にしか出来ないことだ」と被害者の家族に批判を行っている。  ただ、今回のコラムでは、川崎中1事件で起こった炎上を考慮してか、直接的な母親に対する批判を一見控えているようにも見える。しかし、林は、実は前回以上に悪質で巧妙ともいえる“仕掛け”をコラムに施している。  冒頭、寝屋川事件に触れた林だが、話は突然、自分の両親に関するストーリーに移る。いい加減な性格ながら発明狂だった父が、晩年、発明協会から賞をもらったこと。今年9月に100歳を迎えた母親の誕生日に、娘と表参道の洋菓子店で特製バースデーケーキをつくってもらったこと。それを「弟、姪、従妹たち、その連れ合いと孫、私と娘といったメンバーで、ハッピーバースデーを歌った」こと。そのとき林は、母親にこんな言葉を贈ったのだと書く。 「お母さん、私を産んでくれてありがとう。そして大切に育ててくれてありがとう」  内容がこれだけならば、よく言えば“心暖まるいい話”、意地悪に言えば“ステキなファミリー自慢”のようなもの。だが、前述したように、このコラムの本題は寝屋川の事件。林は上記の自分の言葉のあとにこう続ける、「私はすべての子どもたちに、将来こう言って欲しいのである」。つまり、寝屋川事件の被害者家族に対する批判を行いながら、対比的に“愛にあふれた自分の家族の話”をもちだし、倫理や道徳を説いているわけだ。  しかも林は、日本の社会の現状をまったく理解さえしていないことがわかる。林は先の川崎中1事件でも「手に職を持って、一生懸命働くとか、努力した人、能力の高い人はそれなりの待遇を得ているんですよ。逆にいえば、努力も能力も磨かない、それでは貧困から抜け出せないと思う」(女性セブン5月14・21合併号)などと持論をぶっていたが、派遣切りや格差社会、大卒でも正社員になることが困難であるという現在の日本の実情を知らないだけの、無知蒙昧としか言いようのない話だ。  現在、日本の子どもの貧困率は先進国でも最悪のレベルで、じつに6人に1人が貧困に喘いでいる。母親や父親が正社員ではなく派遣労働を強いられていたり、母子・父子家庭も多い。さらに社会保障も手薄であるため、貧困は連鎖していく。まさに負のスパイラルにあるのだ。  一方、林は、比較的経済に余裕のある家庭に生まれ、山梨から東京の大学に進学することができた。そして自身の才能を開花させ、一流作家になった。結婚し、娘を一流の私立名門校に入れている。彼女はそのゆたかな人生を“努力の結果”と言うかもしれない。ただ、そんな自分とはちがう、さまざまな人生があること、この世には社会に組み込まれた貧しさがあること、そうした視点もなく“努力しないから貧困から抜け出せない”と決め付けるのは、たんなる強者の論理にすぎない。  また、林は、“家の鍵をかけて子どもが夜中に出て行かないようにするのは親の務め”と断言するが、たとえ家の鍵をかけても、夜勤のあるシングル家庭なら、夜間に子どもたちの動向に目を光らせることもままならないだろう。子どもに少しでもゆとりのある生活をさせたいからと、ダブルワークをしている親だっている。しかも反抗期の中学生ともなれば、夏休みにハメを外したいと思っても不思議でない。  だが、こうした林のような“常識的正論”こそが、弱者である被害者家族を苦しめ、差別を煽る。実際、寝屋川事件で容疑者が逮捕される前、被害者少年の母親が犯人だという許しがたい悪質なデマがネットで流布された。これなども、林の主張する“正論差別”がある種の人びとに作用した結果だろう。林のような社会的強者が弱者に対し“常識的正論”を吐き、そのことで差別を助長することが、どれだけ恐ろしいことかわかるはずだ。  本来、文芸というものは、あらゆる想像をはたらかせ、新たな価値を創造していく作業のことだろう。そう考えると、常識を盲信し、それを拠りどころにして他者を非難する林には、作家として致命的に想像力が欠如していると疑わずにいられない。 (伊勢崎馨)

ブラッドムーンが地球を破滅に導く?

キリスト教徒の一部によれば、次のブラッドムーンが世界滅亡を導く隕石衝突を引き起こすそうだ。皆既月食により月が赤く染まる現象であるブラッドムーンは今年の4月15日から4度目となる9月28日に予定されており、一部のグループはそれで地球が滅びると考えているそうだ。 アメリカ人のジョン・ハギー牧師は今回のブラッドムーンが地球の終わりを意味すると共にキリストの再来を意味するとしており、一部のキリスト教のグループも「太陽が暗闇へと変わり、月が血に染まった時、神の最高で輝かしい日が訪れることになるだろう」という聖書内の記述がそれを表しているとしてハギー牧師の説を支持している。

KGDRが解説する、ヒップホップ名作映画とその影響 Kダブ「『ワイルド・スタイル』には歴史的価値がある」

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KGDR。左から

Zeebra、DJ OASIS、Kダブシャイン
【リアルサウンドより】  1982年に公開され、その後のヒップホップカルチャーに多大な影響を及ぼした映画『ワイルド・スタイル』が、30年余りの時を経て、7月3日にDVD作品『ワイルド・スタイル HDニューマスター 30周年記念スペシャル・エディション』として発売された。また、90年代以降の音楽シーンに大きな足跡を残してきたラッパー・Nasのドキュメンタリー映画『Nas/タイム・イズ・イルマティック』(2014年公開)のDVD作品も、6月2日に発売された。ヒップホップの歴史を語るうえで重要な両作の発売を記念し、7月5日にHMV record shop 渋谷にて、日本のヒップホップシーンを牽引してきたKGDRがトークイベントを開催。その終了後、KGDRのメンバーにインタビューを行い、改めて両作の見どころやその影響について語ってもらった。

Kダブ「バトルの要素があるのは、ずっと変わらないヒップホップの根幹」

ーーまずは『ワイルド・スタイル』について、それぞれどのようにしてこの映画と出会ったかを教えてください。 Kダブシャイン(以下、Kダブ):俺の場合は観たタイミングがけっこう遅くて、VHSテープ版がアメリカで発売された91~92年頃。レトロな雰囲気も感じられる映像だったので、はじめは一世代前のヒップホップ映画だと思ってそれほど関心を抱かなかったのですが、何回も観ているうちにその映像の歴史的な価値を実感していきました。ちなみに劇中の音がNASの「The Genesis」という曲でサンプリングされてますね。 ーー「一世代前のヒップホップ」と感じたのは、具体的にどんなところでしょうか。 Kダブ:服装やサウンドの傾向が、当時の自分たちが求めていたヒップホップとは異なっていたところです。ヒップホップの原点ともいうべき映画なので、そこから次第にモードが変化していったということでしょう。この映画ではパーティーラップが主流で、ファンタスティック・フォーやコールド・クラッシュが、「みんなで楽しい時間を過ごそうぜ」と盛り上げる曲が多かった。ただ、映画の中で人が出演しない、ストリートの映像だけを見せるような画面では、グランドマスター・キャズのシリアスなラップが流れたりしていて、そこは印象深かったですね。一方でバトルの要素があるのは、ずっと変わらないヒップホップの根幹だということを感じました。バスケットボールをしながらラップバトルをするシーンがあって、「俺たちはスポーツマンシップに乗っ取った上で、自分たちの優位性を誇示しながら相手と戦っているんだぞ」、というイメージでした。ちなみにバスケのシーンは18回も撮り直ししたそうです。 Zeebra:自分は当時、VHDで観ました。VHDというのはレーザーディスクと同じビデオディスクの一種で、LDとは規格が違い長方形のケースにディスクが収納されていたものです。当時はブレイクダンスに関心があったので、その延長でこの映画に辿り着いたという感じ。ハービー・ハンコックが1984年にグラミー賞を受賞して、そのときのライブパフォーマンスの中に出てきたブレイクダンスに魅せられたのが興味のきっかけで、それが放送された翌日は学校でも話題になったし、つるつるですべりのよい学校の廊下で、セーター姿でクルクルと回ったりしていました。その後に『ワイルド・スタイル』を観たので、映画館で上映されてから1年遅れくらいですね。 Kダブ:『フラッシュダンス』(1983年公開)もほぼ同じ時期に上映されたので、ブレイクダンスというものが日本で認知され出したのはこの頃。 Zeebra:ちなみに「笑っていいとも!」に『ワイルド・スタイル』のダンサーが出演し、中国語もどきのラップを披露するタモリさんと共演している動画があって、YouTubeで観ることができます。ブレイクダンスはとても特異な動きをしますよね。ロボットみたいになったり、くるくる回ってみたり、アクロバティックな動きで、見る人を魅了して、それで日本でも注目されたんだと思います。 Kダブ:はじめはロボット的な動きというか、パントマイムのような動きのダンスが流行したけれど、それらもブレイクダンスのカテゴリのひとつだと、当時のフェイズツーが語っていました。ブレイクダンスというと、どうしてもアグレッシブな動きをするものだと一般には思われがちですが、この映画の中でも、手袋をした二人組みがポーズだけ決めている場面があります。 Zeebra:自分も以前、アメリカのロック・ステディ・アニヴァーサリーでロック・ステディ・ジャパンのMCとしてライブをしたことがありますが、そこで出演していたダンサーはパワームーブよりむしろフットワークに美的感覚を求めているような印象でした。どちらかというと、パワームーブはロサンゼルスを中心としたウエストモードなんですよね。 Kダブ:なるほど。ところでやっぱり、日本のヒップホップのアーティストたちがラップやDJを始めたのは、この映画がきっかけだったのかな。 Zeebra:そうだと思いますよ。みんな、あの頃にはじめたはず。 Kダブ:DJ KRUSHさんは『ワイルド・スタイル』を見て、スクラッチをはじめたみたいだね。実は81年に『ワイルド・スタイル』が制作されて、はじめて上映されたのは日本だったんです。葛井さんという方が82年秋に開催予定の映画祭で公開しようと企画して、出演者も大勢日本に呼び寄せて30日ほど日本に滞在してもらったんですけど、彼らは東京の日本人DJたちがすぐにスクラッチするのを見て驚いたそうです。「こいつら早い!」って。 ――DJ OASISさんはどのようにして本作と出会いましたか。 DJ OASIS:自分は家にあったVHSテープで『ワイルド・スタイル』をはじめて観たんですけど、そのときにまず感じたのは「この人たちは命がけですごいなあ」ということ。パーティの中にもやはりバトルっぽい場面があり、その中に身をおくということは、常に自分が一番だというプライドを持つべきものなんだという印象を受けました。ヒップホップを志す人、特にラッパーにとっては、そのことはかなり重要だと思います。

Kダブ「当時はレコードを発表することが、あまり格好いいと思われていなかった」

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『ワイルド・スタイル』場面写真

Kダブ:ところで今作に出てくるラッパーは、実は音源ではあまり作品を残していないんですよね。当時はラッパーがレコードを発表するということは、あまり格好いいものとは思われていなくて、映画のようにブロックパーティーにみんなを集めて、そこでラップを見せることのほうが本流だという考え方があったようです。 Zeebra:現場でラップを披露するときは、リズム&ブルースとかジャズ、ファンクなどのレコードを2枚使ってライブしていたんですけど、ラップの音楽をレコードに収録する際にはバンドに同じフレーズを弾きなおさせていたので、ブレイクビーツの雰囲気が出せず、それほどかっこよく仕上げられなかったんじゃないかと、自分は思います。 Kダブ:ライブシーンの豆知識をいうと、グランドマスターフラッシュが行ったライブの様子は、音声の調子が悪くて使われなかったんだけど、そのあとにもう一度撮影しなおした場面が映画に使われた。 Zeebra:ダブルトラブルは、ライブのシーンなどで本気で怒っているように見えるけど、あれは撮り直しをさせられたせいなのかな。 Kダブ:彼らは当初からこの映画に出演することは決まっていたものの、シュガーヒルレコードの女性社長だったシルビア・ロビンソンが、自分の会社の契約アーティストの自由を束縛するようなタイプの人間で、彼女は映画監督に出演拒否の意向を示した。そこで怒ったダブルトラブルが自分たちの意思でグループを辞めて映画に出演したという経緯があるので、本来ならば不機嫌な様子はないと思うけれども、映画のラップのシーンでは、俺たちの自由にやらせてもらうぜ、という女社長へのメッセージのような歌詞がある。その辺の怒りがリアルに現れているのかも。 Zeebra:ちょうど83年くらいからヒップホップの映画がたくさんできて、ミュージシャンたちも出演しまくっていたけど、その先駆け的な存在が『ワイルド・スタイル』でしたね。 Kダブ:ただ、たしかに『ワイルド・スタイル』がヒップホップの黎明期、創成期の映画だとはよくいわれますが、実際にヒップホップが誕生したのは1973年くらいで、これが上映される10年くらい前なんですよ。映画に出演している人たちの演技から滲み出ている文化的・技術的なイメージを見ると、ちょうどヒップホップというカテゴリーがある程度、完成されたのがその頃だということがわかります。そこから新たに広がるきっかけとなったのがこの作品だったのでしょう。ただ、先ほども少し触れましたが、この映画に出演したミュージシャンたちがこれほど脚光を浴びたのに、そこからはまったくヒット作品を出していないのは、少しさびしく感じます。映画が発表された後からは、デフジャムレコードのようにドラムマシーンやブレイクビーツで曲作りをするような、今までとは違うスタイルが主流になり、シュガーヒルレコードのような音源は時代遅れとされたんです。 Zeebra:出演者にヒット作がないということも、この映画の資料的な価値を高めているようにも思います。『ビート・ストリート』や『フラッシュダンス』などの同時期の映画は、ハリウッドでエンターテイメントとして作られたものですが、『ワイルド・スタイル』はドキュメンタリー色も濃いです。 Kダブ:ほぼ、ドキュメンタリーといって良いと思います。実際のアーティストたちが演じていますから。32年余り経ったいま、この映画を観ると、当時のサウスブロンクスのヒップホップシーンすべてを見てまわれるような、まるで博物館を見ているような印象を受けます。その頃のサウスブロンクスは、荒れてて、貧しくて、本当に何もなくて。そこからヒップホップが育っていったことを捉えたという意味でも、歴史的な価値がある作品といえるのでは。

Kダブ「Nasはヒップホップの正統な継承者という印象だった」

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『Nas/タイム・イズ・イルマティック』場面写真

――『Nas/タイム・イズ・イルマティック』は、1994年にリリースされたNasの名盤『illmatic』を巡るドキュメンタリーで、こちらもヒップホップ史を語るうえで重要な映画といえそうです。 Zeebra:とにかく『ワイルド・スタイル』は、80年代から90年代にかけて自分たちにとってはバイブル的な存在だったんですが、Nasに関しては「同世代の中にとんでもない才能の人間が現れた」と評判でした。 Kダブ:『illmatic』がリリースされた頃、ちょうど自分たち3人はアルバム作成のためにオークランドにいて、ヒップホップの正統な継承者が現れたという印象を受けた。Nasのラッパーとしての才能を開花させたのは、ラージ・プロフェッサーというプロデューサーで、彼はほかにも様々なプロデューサーを紹介したらしく、いわばNasにとっての恩人のような存在だそう。Nasは高1くらいの年齢で学校を中退しているんだけど、ラージ・プロフェッサーが学校に彼を迎えに行き、そのままスタジオでデモテープを作ったといわれています。ほかのミュージシャンのアルバムを製作する空き時間を利用して86~87年頃からデモを作りはじめたんですが、まだNASも年齢が若かったので、デモ製作に飽きてスタジオに来なかった時期もありました。そんな紆余曲折を経て、ようやくアルバムをリリースするところまで来たんですが、一時期は「自分はこのままアルバムを出せずに終わるのかも」と心配になったこともあったようです。 Zeebra:10代の頃って本当に何が起こるかわからないから、大変だっただろうね。 Kダブ:大変だよね。ただ、Nasはデモテープを作っていた頃から、ある程度の評判を得ていたそうで。 ――当時からNasの存在を意識していたということですが、ラップのスタイルなどで影響を受けた部分はありますか。 Kダブ:当時のニューヨークのヒップホップのトレンドは、すでに『ワイルド・スタイル』の時とは異なり、シリアスな作品が主流だったので、自分たちもそのトレンドを受け継いでいた。ラップにしてもリリカルな表現にこだわっていた時期でもあったので、そういった部分で共通点はあるかも。でも、直接影響を受けたという感じではない。 DJ OASIS:自分たちもヒップホップをやり始めた時期でもあったので。 Zeebra:Nasをアイドル視したことはないですね。年齢も自分たちとほぼ同じくらいですし。 Kダブ:LL・クール・Jあたりまではアイドル視していたけれど、それ以降に活躍した人たちは同世代という感覚が強いかな。たしかにセンスの良さは認めていたけれど、その時は憧れの存在というわけではなかった。 Zeebra:違いを感じたのは、アメリカでは10代でデビューできるけれど、日本ではそれは難しいというくらいで。たとえば、彼に挨拶するために廊下で待つなどということはしなかったです。

DJ OASIS「『ワイルド・スタイル』の再リリースは、ヒップホップが定着した証拠」

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イベント当日、渋谷HMVには多くのファンが訪れた

――『ワイルド・スタイル』に話を戻したいと思います。KGDRとして活動するうえで、文化的な側面で影響を受けた部分を教えてください。 Zeebra:自分の場合は本当に何度も観ているので、ほとんど無意識にまでその世界観が浸透していると思います。たとえば映画内で、主人公が裏通りでいきなりホールドアップされるシーンがありますが、そういう緊張感も含めてヒップホップというか。戦闘的なイメージではないヒップホップももちろん存在しますが、アメリカのメロウなヒップホップだって、日本におけるそれと比べれば、格段にマッチョだと思います。つまり、弱い存在では普通にさえ生きていけないアメリカで、ギリギリのラインをキープしながら、彼らはインテリジェントなラップをしているという印象ですね。 Kダブ:当時のブロックパーティなどは、まわりの人間から目立ってリスペクトされるような存在でなければ、マイクを握ることはできなかったみたいで、そういう意味では勝ち上がってきた地元の人間たちの集まりでした。 Zeebra:自分の存在の強さを証明しなければいけなくて、しかもそれを証明することで、ぶっ飛ばされるならまだしも、最悪は殺されてしまうかもしれない。そういうヒリヒリした側面もヒップホップにはあると思います。 Kダブ:自分たちのヒップホップにも、そういう意味で『ワイルド・スタイル』の潜在的なエッセンスは込められてはいますが、オリジナルのものではなく、自分たちでフィルターをかけてアレンジしたものだと思います。 ――なるほど、やはり根底にはバトルの精神があるのですね。そうした姿勢の中で、先ほどNasについては、同世代のためフラットな視点で捉えていたと仰っていました。文化的なところでいうと、日本のヒップホップシーンでも、アメリカのようにフラットな関係性――たとえば年上でもあまり敬語を使わないといった風習があるように思いますが、その辺りはどう捉えていますか。 Kダブ:音楽の世界においては、スポーツにおける上下関係のようなものがないほうが、より良い意思の疎通ができると思うし、瞬間的に指図しなければいけないような場面では、相手が自分より上の立場であるという意識があると遠慮して言い辛くなってしまい、グループの活動内容や曲作りのレベルが落ちてしまうという、自分なりの哲学があります。だからKGDRの活動を始めるときには、そういう上下関係はあまり厳しくない方針でやろうと提案しました。でも、自分は体育会系の感覚が染み付いているので、年上にはきちんとした態度になりますね。 Zeebra:自分だって、はじめはきちんとした上下関係を心がけてはいるんですよ。でも、だんだんとタメ口が普通になってしまう後輩、というタイプですね。(一同笑) Kダブ:昨日までは「さん」付けだったのに、今日になったらいきなり「くん」付けになるような。 Zeebra:たぶん4~5歳上くらいまでは、そういうことが通用するのかなと。でもヒップホップシーンに入ると、たしかにそういうこともあまり気にしなくなる。 Kダブ:相手のキャラクターも関係しますね。普通に「くん」付けできる人もいれば、到底できない人もいるし。DJ KRUSHさんに、「KRUSHくん」とは言えないもん(笑)。 Zeebra:でも、ユタカくん(DJ YUTAKA)にはいえるよね。年上なのに年下のようなイメージがあるし、彼の場合はアメリカでの生活も長かったし、付き合いもすごく長いから。1学年だけの差なら先輩、後輩の意識があるけれど、3~4歳も違うと弟のような感覚で甘え口調になってしまい、そこから段々とタメ口になってしまうという。(一同笑) Kダブ:日本人には敬語を使うことが美しいものであるという感情があるので、相手を敬うような話し方をしたいという意識もあるものの、その一方でざっくばらんな口調で話もしたいというときもあるし。日本でフラットな感覚を持つのは難しいですね。 Zeebra:いずれにしても大切なのは、根底で相手に対してリスペクトしているという感情があるかどうかということで、リスペクトの意識がないのに敬語を使ってペコペコした態度をとられるのも嫌です。 ――アメリカのそうした感覚は、臨機応変に取り入れているということですね。では最後に、『ワイルド・スタイル』が発表されて30数年が経過し、その後、90年代にはNasとほぼ時を同じくしてキングギドラが世に出たわけですが、当時から比べて日本のヒップホップシーンはどう進化したと思いますか。 Kダブ:自分が思うには、日本の場合はひとつの文化が流入されて、それがある程度、世の中に浸透するのに20年くらいはかかるのではないでしょうか。ZOOではじまった日本のヒップホップダンスも、EXILEの登場の頃から一気に浸透してきたと思うし。自分たちがデビューした1995年には、他のヒップホップのグループもデビューした、いわばビッグバンのようなタイミングで、それから今年でちょうど20年目になります。自分たちも20周年記念アルバムを発売したし、若手のラッパーも増えてきていて、今まさに、ヒップホップの世界の広がりが実感できています。 Zeebra:これが10年前や20年前だったら、KOHHみたいなアーティストがメディアに取り上げられることもなかったし。以前はヒップホップアーティストが、もうひとつ上のメディアで紹介してもらおうとしたら、そのメディア向けの何かをしなければいけなかったけれど、今はその必要もなくなった。そういう意味では本当に良い時代になったのではないかと思います。 DJ OASIS:ヒップホップシーンの世界は本当に大きくなったと思うけれど、それに伴い、良い部分も悪い部分も両方増えているとも思う。上辺だけの作品が増えたりね。でも、『ワイルド・スタイル』が再リリースされること自体が、ヒップホップが定着して大きくなっているという証拠で、そういうことができているうちはまだまだシーンは大丈夫なんじゃないかな。 Zeebra:そうそう。『ワイルド・スタイル』なんて知らないよ、ということになってしまったら問題だと思いますが。 Kダブ:映画関係者たちが、ヒップホップ関連の映画をもっと上映したがっているということも、昔ではなかったことだし、以前からヒップホップを聴いていた人たちが、いろいろな業界の重要なポジションにつき始めているということも、自分たちにとって心強く感じられますね。 DJ OASIS:10年前や20年前では、ヒップホップを好んで聴いている人たちはせいぜい30歳くらいまでのひとたちだったと思いますが、今では50歳以上のひとたちにまでフィールドが広がっています。ブルーノートやビルボードのようなライブ会場でもイベントがありますし、ヒップホップは単に若者のためだけの音楽ではなくなりました。 Kダブ:『ワイルド・スタイル』を観て、『Nas/タイム・イズ・イルマティック』を観て、さらに僕ら3人が作ったファーストアルバム『空からの力』を聴くと、アメリカのヒップホップが日本に上陸する過程がイメージしやすいと思います。歴史を踏まえると、いまのヒップホップシーンもより奥深く楽しめると思うので、ぜひ色んなひとに観て聴いてほしいですね。 (取材・文=松田広宣/写真提供=TCエンタテインメント) ■作品情報 『ワイルド・スタイル HDニューマスター 30周年記念スペシャル・エディション』 発売中 時間:82分 出演:リー・ジョージ・キュノネス、ファブ・ファイブ・フレディ(フレッド・ブラズウェイト)、サンドラ・ピンク・ファーバラ、パティ・アスター、グランドマスター・フラッシュ、ビジー・ビー、コールド・クラッシュ・ブラザーズ、ラメルジー、ロック・ステディ・クルー 監督・製作・脚本:チャーリー・エーハン 音楽:ファブ・ファイブ・フレディ(フレッド・ブラズウェイト)クリス・スタイン 撮影:クライブ・デヴィッドソン 『Nas/タイム・イズ・イルマティック』 発売中 時間:145分 出演:Nas、DJプレミア、ラージ・プロフェッサー、ピート・ロック、Qティップ 監督: One9 『空からの力』 発売中 レーベル:Pヴァイン・レコード 収録時間:74分

SKE48松井珠理奈(18)“手ブラ”初写真集出版に熟女マニア歓喜!?「この枯れた感じは……(ゴクリ)」

オタクに"なるほど"面白い!オタクニュース・ポータル「おたぽる」より

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松井珠理奈ファースト写真集『Jurina』(集英社)
 9日発売のSKE48・松井珠理奈のファースト写真集「Jurina」(集英社)が、意外な層から評判を集めている。「18歳にして、この枯れた感じの体つきがたまらない」「熟女好きなら、迷わず買うべし!」と、熟女マニアからのお墨付きをもらっているようだ。 「先月、SKE48のツートップとして、長年一緒にグループを引っ張ってきた松井玲奈が卒業し、SKE48の行く末を危ぶむ声は少なくありません。また、松井珠理奈自身、18歳にしては老けていると指摘されることも多く、人気を危惧する声も多く上がり始めています。そんな中、新たなファン層を獲得できる見込みができたのはよかったのではないでしょうか」(芸能関係者)  また、今回の写真集出版の裏には、秋元康のしたたかな戦略が垣間見えると指摘する声もあるようだ。 「おたぽる」で続きを読む

佐野研二郎の5年前の著書『思考のダイエット』を読んでみたら…そこには今回のパクリ騒動を予見させる言葉が満載だった!

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佐野研二郎氏が2010年に上梓した『今日から始める 思考のダイエット』(マガジンハウス)
【本と雑誌のニュースサイトリテラより】  9月1日に東京五輪組織委員会がエンブレムの使用中止を発表した後も、いまだ収束する気配のない佐野研二郎氏へのバッシング。  一方で、そのサノケンが2010年に出版した著書『今日から始める 思考のダイエット』(マガジンハウス)がやたら売れているらしい。筆者もコワいもの見たさで、さっそく入手して読んでみた。  と、パラパラとページをめくっていると、ふと目に止まった以下の文章にビックリ! なんと、サノケン、5年前に今回の騒動を引きおこすことを予告していたのである。 〈いま手がけている広告やその商品を、街の人が見たり、手に取ったとき、いったいどんな表情を浮かべるかをシミュレーションすることを怠ってはなりません。例えば、あるビジュアルをつくったら、それを街のビルボードの写真に合成したり、持っているショッピングバッグの写真に合成するだけでもずいぶんリアリティーをもって客観的に確認することができます〉  そう、ショッピングバッグの写真に合成というのは、サントリーのトートバッグを連想せずにはいられないし、街のビルボードの写真に合成というのは、もろ、エンブレムの展開例でやっていたことではないか。  もしや、この本にはサノケンのパクり方テクニックが書かれているのでは…そんな妄想を膨らませた筆者は、本を読み進め始めた。ところが、次に目についたのは、こんな記述。 〈閉じられた空間ばかりにいるのではなく、街に出て、人に会うことも重要です。いま、世の中がどのようなものを求めているのかは、インターネットを検索しているだけでは、見えてきませんし、自分の目で見たり聞いたりした、その実感がなければ、世の中の空気を察知する感受性を見に付けることができません〉  それ、あなたに一番、言って聞かせたい言葉なんですけど……。さっき言ったエンブレムの展開例の写真とか、トートバッグのフランスパンとか、多摩美のポスターの眼鏡とか、きちんと「街へ出て」自分で写真を撮っておけば問題にならなかったはず。それこそ横着して「閉じられた空間」のパソコン上でチャチャッと仕事を終わらせようとしたからこんなことになったのではないか。  同書には他にも、サノケン自身にアドバイスしたい教訓が満載だった。たとえば、クライアントに提出したデザイン案にダメ出しされたときの解決法。サノケンはこう書く。 〈グループインタビューの結果を受けていろいろなネガな要素を微調整するのではなく、バサッと大きく変化させて検証することがとても大事です。微調整は元のデザインを悪くすることが多いのです〉 〈一度考えたアイデアというものには、どうしてもこだわりを持ってしまうものです。考えをリセットしり、別のアイデアを試したりしたほうが効率よく仕事ができるはずなのに、なぜか同じ穴を永遠に掘り続けてしまう……。その穴を掘り続けても、水脈を掘り当てる保証はありません。手応えがなければ、ある程度の時間で見切りをつけて、違う場所の穴を掘っていかなければ、かえって効率が非常に悪くなるということを心得て、諦めることも大切なのです〉  今回のエンブレムに関しては、リエージュ劇場との類似性を指摘された決定案の前に、それとはまた別の原案があり、そこから若干の修整が加えられた過程も報道されている。著書の言葉に沿うならば、原案を使用できなくなった時点で微調整するのではなく、大きく変化させた案を再度出し直すか、もしくは採用を辞退するべきだったと思うのだが……。  だいたい、この本では、「その穴を掘り続けても、水脈を掘り当てる保証はありません」と書いてあるではないか。ところが、今回、サノケン先生は同じ穴を掘り続けて、水脈どころかバッシングが吹き出てくる「ガス管」を掘り当ててしまった。  とまあ、こんな調子で、パクリのテクニック伝授どころか、「それ、お前が言うか」的なもっともらしいアドバイスばかりが目についた『思考のダイエット』だが、しかし、さらに目を凝らして読み進めていくと、やっぱり佐野氏の考え方が「今回の騒動」の原因となっていることもわかってきた。  たとえば、そのひとつが部下とのコミュニケーションの取り方だ。同書にはこんな記述がある。 〈打ち合わせの時も、あまりにも人数が多すぎると、お互いに牽制し合ってしまったり、全員が発言できなかったり、それぞれの力を最大限に発揮できないこともあり、これでは逆効果です。この時、やみくもにスタッフを減らすのではなく、それぞれの役割分担をはっきりさせ、目的を持って作業できるように仕分けをすることが重要です〉  ようするに、部下を打ち合わせには参加させずに、徹底した「役割分担」でひたすら作業させる。しかし、このディスコミュニケーションが招いたのがパクり癖のある部下の放置だったのではないか。  さらに、こんな記述もあった。 〈移動中の新幹線や喫茶店でラフスケッチを描き、その絵を写メールで撮影し、それをスタッフに送り、制作してもらうことがあります。「佐野さん、それはとても乱暴な仕事のやり方ですね」、そう言われてしまうかもしれませんが、実はこの作業もシンプルでわかりやすいデザインをするのに、重要なプロセスなのです。  写メールは解像度が低く、微妙なニュアンスまで伝えられません。けれど、ディティールまで見えなくても、ちゃんと伝わるものになっている必要があります。これは、屋外看板や中吊りなど、遠くからでもちゃんと目立っているかを検証することに近いのです〉  もしも皆さんがサノケンの事務所、MR_DESIGNのデザイナーだったとしたら、カリスマ上司から荒い画質のラフスケッチが送られてきて、それに「すいません。これ意味が分かんないんですけど……」と言い出せるだろうか? 筆者なら無理だ。  ならば、よく分からない部分は既存のデザインで埋め合わせ……となっても不思議ではないだろう。    では、なぜ、サノケンは部下とこのようなコミュニケーションの取り方をするのだろうか? そこには、とにかくスピードを求められる広告業界の仕組みがあるようだ。  たとえば、複数のノベルティグッズを展開するような案件に携わっている場合、そのひとつひとつのデザインの可否についての判断にアートディレクターであるサノケンが時間をかけてしまうと、今度は実際にグッズの制作にかけられる時間がどんどん目減りしていってしまう。瞬時に物事を判断できるスキルはデザインの仕事において大事なことなのだそうだ。  その例として、サノケンはメールに関し、〈60秒以内に返信、30文字制限ルール〉というものを設けていると語っている。彼のメールの速さはこの本の編集者にとっても印象的なものだったようで、こんなエピソードも合わせて綴られていた。 〈まずこの本の企画を頂いたときの仮タイトルは、実は、『佐野の返事はやたらと早い』というものでした。メールの返信を素早くすることは、コミュニケーションの基本であり、あらゆることをスピードアップすることで、仕事はもっとうまくいくという切り口の内容でした〉  確かに、チェックのためのメールなどが素早く返ってくると、その後の仕事が迅速にできるので嬉しい。しかし、サノケンがこういったスピード至上主義の発想を部下であるスタッフにも押し付けていたから、パクり騒動が起きたのではないだろうか?   例のトートバッグの「BEACH」を盗用されたベン・ザリコー氏は「第三者のデザインをトレースした」と釈明するサノケン側に対し、「彼はトレースしたと説明したが、私のデザインと完全に一致している。まるでフォトコピーだ」と主張した。だが、もしも部下にもう少し時間が与えられていたら……。こんな「フォトコピーだ」とまで言われるような仕事はしなかったのではないだろうか?   さらに、今回の騒動を生み出した極めつけの理由と感じたのが、以下の発想だ。 〈こちらの提案から相手の採用までの間には、プレゼンテーションという橋が渡されています。デザイナーに限らず、どんな職業のひとでも、口を鍛える必要があります〉 〈僕は、おおげさ過ぎるくらい自信を持って、プレゼンに臨みます。  担当の方に作ったものを見てもらうとき、「すごく良いのが出来ちゃいましたよ!」と、自信満々に言います。(中略)そして、「じゃじゃーん!」と効果音をつけたり、自分なりの演出を加えながら、プレゼンを始めます。  そうするとみんな「見たい見たい」という空気になるんですよね〉 「週刊文春」(文藝春秋)15年8月27日号によれば、サノケンは広告業界では「クライアントに何を言われてもOKする男」「サノケンのアイデアは単純。(中略)でも、プレゼン上手だから、それが『面白い』となってクライアントに採用される」といわれているらしいが、「口を鍛える必要があります」という文章を読んで、なんだかすべて納得してしまった。  東京五輪エンブレム騒動では、別に原案があったことから、サノケンが発表時にもっともらしく語っていた「コンセプト」が全部後付けだったことがバレてしまったが、このカリスマアートディレクターはまさに、「口」を鍛えることでいろんなことをごまかしてきたのだろう。そのほころびが今回、一気に出てしまったのかもしれない。  しかし、広告業界に詳しい人に聞いてみると、サノケンがこの本で書いていることはけっして特別なことでもないらしい。部下に丸投げで作業をさせ、スピード優先で、プレゼンでクライアントを丸め込む――これらは有名アートディレクター、ひいては業界全体で日常的に行われている仕事のやり方なんだとか。  そう考えると、広告クリエイターのみなさん方にこそ、この本をもう一度読んでもらいたい。そして、自分たちの実力以上にふくらませた幻想と仕事量を「ダイエット」して、サノケンの二の舞にならないようにしていただきたい。 (井川健二)

佐野研二郎の5年前の著書『思考のダイエット』を読んでみたら…そこには今回のパクリ騒動を予見させる言葉が満載だった!

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佐野研二郎氏が2010年に上梓した『今日から始める 思考のダイエット』(マガジンハウス)
【本と雑誌のニュースサイトリテラより】  9月1日に東京五輪組織委員会がエンブレムの使用中止を発表した後も、いまだ収束する気配のない佐野研二郎氏へのバッシング。  一方で、そのサノケンが2010年に出版した著書『今日から始める 思考のダイエット』(マガジンハウス)がやたら売れているらしい。筆者もコワいもの見たさで、さっそく入手して読んでみた。  と、パラパラとページをめくっていると、ふと目に止まった以下の文章にビックリ! なんと、サノケン、5年前に今回の騒動を引きおこすことを予告していたのである。 〈いま手がけている広告やその商品を、街の人が見たり、手に取ったとき、いったいどんな表情を浮かべるかをシミュレーションすることを怠ってはなりません。例えば、あるビジュアルをつくったら、それを街のビルボードの写真に合成したり、持っているショッピングバッグの写真に合成するだけでもずいぶんリアリティーをもって客観的に確認することができます〉  そう、ショッピングバッグの写真に合成というのは、サントリーのトートバッグを連想せずにはいられないし、街のビルボードの写真に合成というのは、もろ、エンブレムの展開例でやっていたことではないか。  もしや、この本にはサノケンのパクり方テクニックが書かれているのでは…そんな妄想を膨らませた筆者は、本を読み進め始めた。ところが、次に目についたのは、こんな記述。 〈閉じられた空間ばかりにいるのではなく、街に出て、人に会うことも重要です。いま、世の中がどのようなものを求めているのかは、インターネットを検索しているだけでは、見えてきませんし、自分の目で見たり聞いたりした、その実感がなければ、世の中の空気を察知する感受性を見に付けることができません〉  それ、あなたに一番、言って聞かせたい言葉なんですけど……。さっき言ったエンブレムの展開例の写真とか、トートバッグのフランスパンとか、多摩美のポスターの眼鏡とか、きちんと「街へ出て」自分で写真を撮っておけば問題にならなかったはず。それこそ横着して「閉じられた空間」のパソコン上でチャチャッと仕事を終わらせようとしたからこんなことになったのではないか。  同書には他にも、サノケン自身にアドバイスしたい教訓が満載だった。たとえば、クライアントに提出したデザイン案にダメ出しされたときの解決法。サノケンはこう書く。 〈グループインタビューの結果を受けていろいろなネガな要素を微調整するのではなく、バサッと大きく変化させて検証することがとても大事です。微調整は元のデザインを悪くすることが多いのです〉 〈一度考えたアイデアというものには、どうしてもこだわりを持ってしまうものです。考えをリセットしり、別のアイデアを試したりしたほうが効率よく仕事ができるはずなのに、なぜか同じ穴を永遠に掘り続けてしまう……。その穴を掘り続けても、水脈を掘り当てる保証はありません。手応えがなければ、ある程度の時間で見切りをつけて、違う場所の穴を掘っていかなければ、かえって効率が非常に悪くなるということを心得て、諦めることも大切なのです〉  今回のエンブレムに関しては、リエージュ劇場との類似性を指摘された決定案の前に、それとはまた別の原案があり、そこから若干の修整が加えられた過程も報道されている。著書の言葉に沿うならば、原案を使用できなくなった時点で微調整するのではなく、大きく変化させた案を再度出し直すか、もしくは採用を辞退するべきだったと思うのだが……。  だいたい、この本では、「その穴を掘り続けても、水脈を掘り当てる保証はありません」と書いてあるではないか。ところが、今回、サノケン先生は同じ穴を掘り続けて、水脈どころかバッシングが吹き出てくる「ガス管」を掘り当ててしまった。  とまあ、こんな調子で、パクリのテクニック伝授どころか、「それ、お前が言うか」的なもっともらしいアドバイスばかりが目についた『思考のダイエット』だが、しかし、さらに目を凝らして読み進めていくと、やっぱり佐野氏の考え方が「今回の騒動」の原因となっていることもわかってきた。  たとえば、そのひとつが部下とのコミュニケーションの取り方だ。同書にはこんな記述がある。 〈打ち合わせの時も、あまりにも人数が多すぎると、お互いに牽制し合ってしまったり、全員が発言できなかったり、それぞれの力を最大限に発揮できないこともあり、これでは逆効果です。この時、やみくもにスタッフを減らすのではなく、それぞれの役割分担をはっきりさせ、目的を持って作業できるように仕分けをすることが重要です〉  ようするに、部下を打ち合わせには参加させずに、徹底した「役割分担」でひたすら作業させる。しかし、このディスコミュニケーションが招いたのがパクり癖のある部下の放置だったのではないか。  さらに、こんな記述もあった。 〈移動中の新幹線や喫茶店でラフスケッチを描き、その絵を写メールで撮影し、それをスタッフに送り、制作してもらうことがあります。「佐野さん、それはとても乱暴な仕事のやり方ですね」、そう言われてしまうかもしれませんが、実はこの作業もシンプルでわかりやすいデザインをするのに、重要なプロセスなのです。  写メールは解像度が低く、微妙なニュアンスまで伝えられません。けれど、ディティールまで見えなくても、ちゃんと伝わるものになっている必要があります。これは、屋外看板や中吊りなど、遠くからでもちゃんと目立っているかを検証することに近いのです〉  もしも皆さんがサノケンの事務所、MR_DESIGNのデザイナーだったとしたら、カリスマ上司から荒い画質のラフスケッチが送られてきて、それに「すいません。これ意味が分かんないんですけど……」と言い出せるだろうか? 筆者なら無理だ。  ならば、よく分からない部分は既存のデザインで埋め合わせ……となっても不思議ではないだろう。    では、なぜ、サノケンは部下とこのようなコミュニケーションの取り方をするのだろうか? そこには、とにかくスピードを求められる広告業界の仕組みがあるようだ。  たとえば、複数のノベルティグッズを展開するような案件に携わっている場合、そのひとつひとつのデザインの可否についての判断にアートディレクターであるサノケンが時間をかけてしまうと、今度は実際にグッズの制作にかけられる時間がどんどん目減りしていってしまう。瞬時に物事を判断できるスキルはデザインの仕事において大事なことなのだそうだ。  その例として、サノケンはメールに関し、〈60秒以内に返信、30文字制限ルール〉というものを設けていると語っている。彼のメールの速さはこの本の編集者にとっても印象的なものだったようで、こんなエピソードも合わせて綴られていた。 〈まずこの本の企画を頂いたときの仮タイトルは、実は、『佐野の返事はやたらと早い』というものでした。メールの返信を素早くすることは、コミュニケーションの基本であり、あらゆることをスピードアップすることで、仕事はもっとうまくいくという切り口の内容でした〉  確かに、チェックのためのメールなどが素早く返ってくると、その後の仕事が迅速にできるので嬉しい。しかし、サノケンがこういったスピード至上主義の発想を部下であるスタッフにも押し付けていたから、パクり騒動が起きたのではないだろうか?   例のトートバッグの「BEACH」を盗用されたベン・ザリコー氏は「第三者のデザインをトレースした」と釈明するサノケン側に対し、「彼はトレースしたと説明したが、私のデザインと完全に一致している。まるでフォトコピーだ」と主張した。だが、もしも部下にもう少し時間が与えられていたら……。こんな「フォトコピーだ」とまで言われるような仕事はしなかったのではないだろうか?   さらに、今回の騒動を生み出した極めつけの理由と感じたのが、以下の発想だ。 〈こちらの提案から相手の採用までの間には、プレゼンテーションという橋が渡されています。デザイナーに限らず、どんな職業のひとでも、口を鍛える必要があります〉 〈僕は、おおげさ過ぎるくらい自信を持って、プレゼンに臨みます。  担当の方に作ったものを見てもらうとき、「すごく良いのが出来ちゃいましたよ!」と、自信満々に言います。(中略)そして、「じゃじゃーん!」と効果音をつけたり、自分なりの演出を加えながら、プレゼンを始めます。  そうするとみんな「見たい見たい」という空気になるんですよね〉 「週刊文春」(文藝春秋)15年8月27日号によれば、サノケンは広告業界では「クライアントに何を言われてもOKする男」「サノケンのアイデアは単純。(中略)でも、プレゼン上手だから、それが『面白い』となってクライアントに採用される」といわれているらしいが、「口を鍛える必要があります」という文章を読んで、なんだかすべて納得してしまった。  東京五輪エンブレム騒動では、別に原案があったことから、サノケンが発表時にもっともらしく語っていた「コンセプト」が全部後付けだったことがバレてしまったが、このカリスマアートディレクターはまさに、「口」を鍛えることでいろんなことをごまかしてきたのだろう。そのほころびが今回、一気に出てしまったのかもしれない。  しかし、広告業界に詳しい人に聞いてみると、サノケンがこの本で書いていることはけっして特別なことでもないらしい。部下に丸投げで作業をさせ、スピード優先で、プレゼンでクライアントを丸め込む――これらは有名アートディレクター、ひいては業界全体で日常的に行われている仕事のやり方なんだとか。  そう考えると、広告クリエイターのみなさん方にこそ、この本をもう一度読んでもらいたい。そして、自分たちの実力以上にふくらませた幻想と仕事量を「ダイエット」して、サノケンの二の舞にならないようにしていただきたい。 (井川健二)

ナオミ・キャンベル、ニューブリッジ・シルバーウェアの広告塔に就任

ナオミ・キャンベル(45)がニューブリッジ・シルバーウェアの顔を務めることになった。アイルランドを拠点として展開する同ジュエリーブランドの広告塔として今後2年間登場することになったナオミは、同ブランドの巧みの技が大好きなのだという。「ニューリッジのことは長い間知っているわ。私達は今年に入ってから話をしていたの。それに、ダブリンに住んでいたことがあるからニューブリッジのことは知っているのよ。その職人技、仕事振り、デザインを分かっているわ。その巧みの技が自分の振る舞いを最高にしてくれるの」「私にとってこのコラボは、世界中のオシャレさんたちに手ごろな値段でありながら、質の高いデザインを提供する手伝いをするってことなのよ。今後2年間、ニューブリッジ・シルバーウェアのことを伝えるお手伝いをするのを楽しみにしているわ」 さらに、ニューブリッジのウィリアム・ドイルCEOはナオミとのコラボへの期待をこう話す。「ナオミ・キャンベルがニューブリッジ・シルバーウェアの新しい顔に就任したことを本日喜んで発表いたします。世界で最も美しく知名度のある1人であるナオミは、優雅さ、素晴らしいセンス、美しさ、力強さを兼ね備え、我々のイメージに理想的なくらいふさわしいといえます。ナオミとのコラボにより、我々は新たなレベルへと前進し、アイランドと世界両方でさらなる展開をし続けたい所存です」 当時婚約していたU2のアダム・クレイトンと共に同国に暮らしていたナオミにとって、今回が初のアイルランド発のブランドとのコラボとなる。