内田有紀の再評価作となるか? 型破りな設定が話題の『偽装の夫婦』を分析

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『偽装の夫婦』公式サイト

【リアルサウンドより】  10月7日よりスタートした天海祐希主演の新ドラマ『偽装の夫婦』(毎週水曜22時~/日テレ)が、初回平均視聴率14.7%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)と好調な滑り出しをみせた。『女王の教室』(2005年)や『家政婦のミタ』(2011年)など、これまで数々のヒット作を生み出してきた脚本家・遊川和彦が、8年ぶりに天海祐希とタッグを組んだことも話題となっているこのドラマ。固く心を閉ざした人嫌いの主人公(天海祐希)が、とある事情によって、かつて愛した男(沢村一樹)と「偽装結婚」する……という話とは聞いていたけれど、実際初回の放送を観てみたところ、これがなかなかどうして、相当ぶっ飛んだ作品となっているのだった。  ある朝の風景。本の山に囲まれた自室で目覚めた嘉門ヒロ(天海祐希)は、オペラのCDを流しながらレトルトのカレーを温め、そこにソースをバシャバシャかけて平らげる。クローゼットには、同じ形の白いシャツがズラリ。そして、鏡の前で笑顔の確認。これは予想以上に変わった人物であるようだ。しかし、驚くのはこれからだ。職場である図書館に向かう途中、マナーの悪い幼稚園児に「母親のしつけが悪いから、そんなガキになるんだよ」、朝からいちゃつくカップルに「おいおい、ここはおめ~の家じゃねえぞ」、親とLINEで喧嘩している女学生に「だったら、ひとりで生きろよ。小娘が!」と、心の中で悪態をつきまくるのだ。その微笑を絶やすことなく。  図書館にやって来た園児たちに、絵本の読み聞かせをするヒロ。そこで彼女は、子どもたちを引率してきた園長代理の男性と、唐突に“運命の再会”を果たす。陽村超治(沢村一樹)……彼こそは、25年前、彼女が心を閉ざすきっかけとなった人物なのだ。かつてと変わらない軽薄さで、ヒロとの再会を喜ぶ超冶。その晩、改めて超冶と落ち合ったヒロは、彼に積年の疑問をぶつける。「25年前、どうして私を捨てたの?」と。しかし、その疑問は、瞬時に氷解する。「俺、ゲイなんだ……」。挙句の果てには、「お前のおかげで、自分に正直に生きる決心がついたんだ!」と感謝される始末。さらに、超冶はたたみかける。余命わずかの母親を安心させるため、「俺と結婚してほしい」と。何という超展開!  しかし、これがなかなか面白い。心を固く閉ざしながら、なるべく他人と関わらないように生きてきたヒロ。彼女が心を閉ざした理由は、超冶の一件だけではなかった。少女時代より、何事も如才なくこなすことができた彼女は、どこにいっても目立つタイプの子どもだった。勉強はできるし運動神経も抜群、ピアノもちょっと練習しただけですぐに弾けてしまう多彩な女の子。まわりの人たちは、そんな彼女に対して一方的な劣等感を抱きながら、勝手にダークサイドに落ちていった。それがヒロには、たまらなく嫌だったのだ。以降、何事も本気を出さず、なるべく目立たぬよう、彼女は生きてきた。しかし、彼女の前に再び現れた超冶は、その内面をズケズケと言い当てるのだった。「やめなさいよ、そんなつまんないこと!」、「私がいたらまわりの人間を不幸にするとか、自分に呪いをかけてるんじゃないわよ!」、「自分にかけた呪いは、自分で解くしかないのよ!」。あれ? 何か絶賛上映中のアニメ映画『心が叫びたがってるんだ。』みたいな話になってきたぞ。ん? “ヒロ”っていう名前、ひょっとして“ヒロイン”から来ているのかしら?  そのエクストリームな人物造形(ヒロの家族関係が、また強烈なことになっている)からも分かるように、本作の基調となるトーンは、思いのほかコメディだった。しかし、その内面には、案外シリアスな“リアル”が詰まっている。まわりの人間とうまくやっていくためには、良くも悪くも自分を押し殺す必要があるのだろうか。それはたとえ、家族や夫婦であっても、変わらないのか。というか、そもそも“家族”や“夫婦”、さらには“誰かを愛する”とは、どういうことなのか。『偽装の夫婦』……見方によっては、ある種、素っ気ないタイトルであるにもかかわらず、そこでコミカルに描きだされるものには、かなりの含蓄が詰まっているようだ。  そして、もう一点。初回を観た限り、個人的ないちばんの発見は、“謎のシングルマザー”役として登場する、内田有紀のミステリアスな“可憐さ”であった。小さな娘の手を取り、左足を引きずりながら(なぜ?)歩く内田有紀のハッとするような美しさ。そう、何を隠そう筆者は、ドラマ『ひとつ屋根の下』(1993年)、『北の国から 2002遺言』(2002年)といった作品はもとより、松尾スズキ原作・監督の映画『クワイエットルームへようこそ』(2007年)、芥川賞作家・絲山秋子による原作を金子修介監督が映画化した『ばかもの』(2010年)、星野智幸による原作を三池聡監督が映画化した『俺俺』(2013年)など、近年の内田有紀出演映画を高く評価する者なのだ。特に『ばかもの』の彼女の演技は、本当に素晴らしかった。その彼女が、かなり重要な役として配置されているらしい。しかし、第一話の最後、彼女は天海祐希演じるヒロに、こうのたまうのだった。「私たちの家族になってくれませんか?」「私、あなたのことを好きになってしまいました」。劇中のヒロの台詞じゃないけれど「はい?」である。というか、沢村一樹演じる超冶の“ゲイ”という設定を含め、このドラマは、“家族”や“夫婦”、さらには“愛”といった問い立ての先に、男女の“セクシュアリティ”の問題をも射程してゆくのだろうか? それはかなり、野心的な試みであるように思われるのだが……ということで、とりあえず次週も観ること決定です! (文=麦倉正樹)

“まれ悪夢”払拭! NHK朝ドラ好発進で、波留の株急上昇! 懸念はAKB48メンバーの登場だけ?

オタクに"なるほど"面白い!オタクニュース・ポータル「おたぽる」より

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『あさが来た』(NHK)公式ページより。
 先月28日から放送開始されたNHK連続テレビ小説『あさが来た』の初週平均視聴率が20.3%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)を記録し、好調なスタートを切った。前作の『まれ』の初週平均視聴率20.6%には及ばなかったものの、「まれよりも安心して見られる演出」「不快なドタバタ劇じゃなくて安心した」など、視聴者から脚本・演出を酷評された『まれ』よりも期待が持てるという意見が多いようだ。 「前作が酷評されただけに、今回の演出には朝ドラの経験豊富な西谷真一、脚本には向田邦子賞を史上最年少で受賞した経歴をもつ大森美香を配し、盤石の体制を整えてきたようです。また、主演の波留は、これまで端役を多く経験して下積みが長かったことから、浮ついた演技ではなく安心して見ていられると、業界内での株も急上昇しているようです」(芸能関係者)  ただ、AKB48が主題歌を担当していることに、ある懸念を抱いている人も少なからずいるようだ。 「おたぽる」で続きを読む

「週刊文春」が春画特集掲載で「会社の伝統貶めた」と編集長に休養処分! 文藝春秋・松井社長の時代錯誤に唖然

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「週刊文春」(文藝春秋)2015年8月10日号
【本と雑誌のニュースサイトリテラより】  発行部数約70万部、日本で一番売れている週刊誌「週刊文春」(文藝春秋)に大激震が走った。なんと、2015年10月8日号の内容が問題視され、新谷学編集長が3ヵ月間の強制休養を言い渡されたというのだ。  もしかして、マルコ・ポーロ事件のようなタブーネタに触れてしまったのか? あるいは差別表現で抗議でも受けたのか。それとも、安倍首相や菅官房長官との緊密な関係が噂になっていた新谷編集長のこと、官邸リークで露骨な記事を書きすぎると問題になったのか。業界は一時、騒然となったが、真相はなんとも拍子抜けするものだった。  原因は、同号に掲載された特集「空前のブーム到来!春画入門」とグラビア「日本美術の粋 めくるめく春画世界への誘い」。そう。春画の記事を載せたことが「けしからん!」と社長の怒りを買ってしまったらしいのだ。  今日8日、「週刊文春」編集会議の場に松井清人社長自らが姿を現し、編集部員全員に向かって、春画を取り上げたことは文春の品位、伝統を壊すものだと説教。そして、その場で編集長の休養を発表したという。  松井社長が特に問題視したのは、性器が挿入された局部を載せたということ。ポスト、現代がヘアヌードブームに乗っていた頃も、かたくなにヌードの掲載を拒否して、品位を守ってきたのに、何事か、ということらしい。  しかし、松井社長は現代における春画の位相をご存知ないのではないか。春画はもはやポルノグラフィーではない。13年に大英博物館でおこなわれた「春画――日本美術の性とたのしみ」は、9万人もの来場者を記録。世界が認める「芸術」なのだ。専門的な研究もあり、「美術手帖」(美術出版社)、「芸術新潮」(新潮社)といった美術専門誌でも特集が組まれている。  今回、「文春」で松井社長が問題視した当該の記事だって読めば大したことはない。カラーグラビアで掲載されている春画は、喜多川歌麿「歌満くら」、歌川国貞「艶紫娯拾余帖」、葛飾北斎「喜能会之故真通」。どれも、春画を代表する傑作だ。葛飾北斎「喜能会之故真通」は春画に詳しくない人でも一度は見たことがあるかもしれない。  また、そのグラビアに付随して、春画が生まれ発展していった歴史的経緯を簡潔にまとめたコラムや、日本で初めて春画をテーマに博士号を取得した石上阿希氏が女性でも楽しめる春画の魅力を解説したコラムなど、春画初心者にもやさしい、ほどよく学術的な記事にまとまっている。さらには、今回「春画展」を開催する永青文庫理事長の細川護煕元首相からのコメントもあり、雑誌の品位を落とすような意図はまったく見えない、むしろ、春画という伝統と芸術への敬意に満ちた良記事といえる。  松井社長は「局部を載せた」のが問題ということだが、90年代をむかえた頃、『艶本研究国貞』(河出書房新社)、『浮世絵秘蔵名品集』(学習研究社)といった書籍に無修正で掲載されて以降、出版物において春画の局部にモザイクなどの修正を加えることは基本的にない。これも今の時代では、みだりに性的欲求を刺激するものというより、「芸術作品」「学術的な資料」としての価値が認められるようになったからだ。  実は、文藝春秋でも無修正の春画が掲載された本が出版されている。最近、時代小説家である車浮代さんが著した『春画入門』という新書を発売したが、同書には、葛飾北斎の「喜能会之故真通」が一切の修正なしでかなり大きい扱いで掲載されていた。ひょっとして、松井社長は自分の会社からどんな本が刊行されているのかすら把握できていないのだろうか。  というか、そもそも「週刊文春」という雑誌は、松井社長のいうようなそんな品位のある雑誌だっただろうか? 特集記事ではしょっちゅう、他人の下半身をあげつらった記事を掲載し、「淑女の雑誌から」という、女性誌からエロ記事を集めた連載もあれば、みうらじゅん「人生エロエロ」という下ネタエッセイの連載もある。これは貶しているわけではない。政治家を追い詰めるような鋭い記事をやれば、そういう下半身ネタもやる、そこが週刊誌の幅であり、良さではないか。  たしかに、松井社長は以前から社内でも権威主義者、ゴリゴリのタカ派として有名で、編集長時代には「雑誌らしい遊びのある記事をつくれないし、自分の価値観を押しつける」という悪評もあった。  しかし、今の彼はできるだけ現場にクリエイティブな能力を発揮させるのが仕事の、社長というポジションなのだ。それがこの程度の記事で、現場に介入し、編集長にいきなり3ヵ月の休養処分を下すというのは、いくらなんでも独裁者すぎるだろう。しかも、今や芸術として扱われている春画に怒り狂うというのは、ちょっとズレているとしか思えない。  又吉直樹の『火花』ブームでいまは調子の良い文藝春秋だが、他の単行本や「週刊文春」はじめとする雑誌の売れ行きはけっして芳しくない。社長がこんな調子で、先行き大丈夫なのだろうか。 (田部祥太)

キアヌ・リーブスとツーリングに行ける権利が販売

キアヌ・リーブスとバイクに乗れる権利が15万ドル(約1800万円)で売りに出される。キアヌは今年度のニーマン・マーカス・クリスマス・ブックの中で、自身が共同デザインした特別仕様のバイクとそのバイクでカリフォルニア内を2日間に渡って一緒にツーリングする権利を売りに出すという。 限定3名に販売されるこの権利では、サンタモニカにあるシャターズ・オン・ザ・ビーチのスイート3泊もついてくるようで、行程はキアヌとそのバイクを共同デザインしたガード・ホリンガーとの朝食から始まり、バイクでサンタモニカ周辺の山々をツーリングした後に、マリブのビーチサイドにあるカフェで1日目を終え、翌日にはエンジェル・クレスト・ナショナル・フォレスト周辺をクルーズした後に昼食、そして最後のツーリングに出かける予定となっている。 購入者はその後、キアヌとガードがアーク・モーターサイクル・カンパニーでキアヌのために開発した「地球上最高のバイク」と呼ぶ最高出力121馬力のKRGT-1を持ち帰ることになる。 この商品説明には「バイクへの情熱を持った映画スターがカスタムバイクで知られる人物のお店に足を踏み入れたらどうなると思いますか?2人の(そしてあなたの)夢のバイクを作りあげることになるんです」と書かれており、今回の出品に向けての変更点ついてキアヌは「ニーマン・サーカスのためにパフォーマンスを強化したから、よりスポーティな型とエンジン、サスペンションが備えられているんだ」と説明している。 ニーマン・サーカス社が商品の売り上げにつき1000ドルから1万5000ドル(約12万円から180万円)をチャリティ団体に寄付する予定になっているこの夢のギフトには、ほかにもスティーヴ・ミラー、ライル・ラヴェット、ZZトップのビリー・ギボンズの所有ギターがライブのバックステージへ入れる権利付きで各3万ドル(約360万円)で販売されるほか、ケンタッキー州ルイビルにあるスティッツェル・ウェラー蒸留所で最近になって発見された年代物のウィスキーを試飲できる権利が12万5000ドル(約1500万円)などでも出品されている。

武田梨奈が明かす、過激シーンを乗り越えた心境「落ちる所まで落ちて、見いだせる強さもある」

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【リアルサウンドより】  四肢をなくした元ヤクザ・勝浦茂雄の壮絶な生き様を描いた問題作『木屋町DARUMA』(榊英雄監督)が、10月3日より公開されている。大手出版社が軒並み刊行を拒んだという丸野裕行の小説を映画化した本作では、勝浦茂雄役の遠藤憲一が鬼気迫る怪演を見せているほか、三浦誠己や武田梨奈といった俳優たちも、生々しい体当たりの演技で自身の新境地を切り拓いている。今回、リアルサウンド映画部では父親の借金を返済するために風俗嬢となる娘、新井友里役を演じた武田梨奈にインタビューを行った。前回のインタビュー【武田梨奈が語る、女優としての次のステップ「アクションだけではない、奥行きのある演技がしたい」】にて、人間の暗部も表現できる女優になりたいと語っていた彼女は、過激なシーンの数々にどのような心境で挑んだのかーー。

「卑猥な台詞を言うのは、かなり自分と格闘する必要があった」

ーーまずは今作に出演することが決まったきっかけを教えてください。 武田:よく共演している島津健太郎さんからお花見に誘われて、行ってみたら監督や役者さんなど、映画人がいっぱいいて、恐縮だなと思いながら隅っこでご飯を食べていたら、「君、武田梨奈さんだよね?」って、今作に出演してキャスティングも手がけている木下ほうかさんが話しかけてくださったんです。それで、「今度、こういう映画を撮りたいんだけど、よかったら台本を読んで感想をちょうだい」って、台本を渡されて。読んでみたら、正直なところ感想が言い難い作品だったのですけれど、これに出演すれば役者としての幅が広げられるんじゃないかな、とも思いました。事務所の人にそのことを伝えたら、最初は首をかしげられたけれど、話し合いの末に出演することになりました。 ーー前回、『TOKYO CITY GIRL』のインタビューの際に、武田さんは人間の暗部も表現できるような奥行きのある女優を目指したいと語っていました。今作は裏社会を描いた作品ということもあり、かなり過激なシーンもたくさんありましたね。 武田:そうですね。現場では、遠藤憲一さんが演じる手足のないヤクザの勝浦茂雄と初めて会う冒頭のシーンから、榊監督はじめ、皆さんにはかなり追い込んでいただきました。借金取り立ての嫌がらせとして、新井家に勝浦がやってくるんですけど、私が演じた女子高生の新井友里は、いきなり勝浦にセクハラをされるんです。でも、私は大先輩方との共演ということもあり、緊張していてなかなか殻が破れなくて、何度もNGを出してしまいました。どうしても“お芝居”にしかならなくて、榊監督には「お前はもう帰れ!」って、何度怒鳴られたことか。とにかくずっと怒られっぱなしの現場で、精神的にもかなり追い詰められました。でも、遠藤さんをはじめ、ほかの役者さんたちは「大丈夫だよ、何回だって付き合うから」って言ってくださって……飴と鞭の多い現場で、だからこそ得るものも大きかったように思います。もちろん、どの作品のどの役柄にも難しさはあるけれど、個人的にはこれまでの作品の中で一番、葛藤の多い作品でした。 ーー冒頭のシーンは、もはや演技には見えなかったです。 武田:かなりショッキングなシーンですよね。皆さん、ベテランの役者さんなので、どんどんアドリブを入れてくるんです。おかげで、自分が思っている以上のリアクションが出てきたのかなって思います。
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ーーヒステリーを起こして暴れたり、男性を挑発したり……とにかくこれまでの武田さんでは考えられないシーンの連続で、観たひとはかなり驚くと思います。 武田:普段、生活をする中であそこまで感情をむき出しにすることはないから、本当に難しかったです。特に私は、小さい頃から空手をやっていて、感情をコントロールして表に出さない訓練をしてきたので、余計に難しく感じたように思います。空手の試合では、たとえ痛くてもそれを顔に出してはいけなくて、練習中も絶対に泣いてはいけないんです。泣くときは、トイレに行って誰にも見られないように泣けって教わってきたから、あんな風に人前で叫んで暴れたのは、初めての経験でした。自分の中にあった感情のキャパシティを超えた感じで、後半は自分でも何をしたのか覚えていないくらいです。カットがかかった瞬間、方言を指導してくれている方に「よくあんな言葉、アドリブで出てきたね」って言われて、本当に無意識で暴れていたんだなって。それくらい追い込まれたし、そういう空気を作ってくれた先輩方のおかげで、これまでに見たことのない自分に出会えたんだと思います。
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ーー普段、毅然とした印象の武田さんが演じたからこそ、衝撃的なシーンになっていたと思います。後半、風俗嬢にすっかりなりきって、父親に卑猥な言葉を次々と投げかけるシーンもすごかったですね。 武田:やっぱりあのシーンは一番葛藤しましたね。木下ほうかさんや榊監督には、「女の色気をムンムンに出してほしい。無垢な少女から豹変してほしい」って言われていて、「一回キャバクラにも行ってみたら?」とも提案されていました。キャバクラで働きこそしなかったんですけど、普通は女の子がひとりで行けないような夜の街に行ったりして、なんとかその空気をつかもうと努力はしましたね。皆さんから「本当にこのセリフを武田が言えるのか?」って心配されていて、それも悔しかったから、なんとか覆したかったんです。それで、吹っ切れてあのシーンをやったら、カットがかかった瞬間、寺島進さんが走ってきて、「お前、いったいなにがあったんだ?」って驚かれました。あれほど卑猥な台詞を言うのは、かなり自分と格闘する必要があったけれど、結果的に強烈なシーンになったと思います。正直、親に見せられるかなって不安はありますが(笑)。

「全編を通して“人間のしぶとさ”を感じました」

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ーーでも、武田さんがアクション以外でも実力を発揮できる女優だということは、多くのひとに伝わると思います。映画の中で友里は、人としてどんどん落ちぶれていくわけですが、そのことについてはどう思いましたか? 武田:最初に台本を読んだときは、「友里はかわいそうな女の子だな」という感想しか抱いていなかったんですけれど、実際に演じてからは、人間は落ちる所まで落ちて、初めて見いだせる強さもあるのかもしれないと思いました。諦めというか、一定のラインを越えちゃうと、もう開き直ってしまうというか。最後の方の友里は気が触れてしまっているけれど、セクハラをされて怯えていた頃より、精神的にタフになっている部分もあると思う。少なくとも、寺島進さんが演じる父親よりは強くなっていた。だから、落ちていくのはもちろん不幸なことなんだけど、それでも生きていこうとするしぶとさが、人間にはあるんじゃないかなって。 ーーギリギリまで追い込まれた人間の強さというのは、この映画のテーマのひとつかもしれません。 武田:そうですね。正直、男の美学とか裏社会の壮絶さを描いた作品なので、私には理解できない部分も多かったけれど、だからこそ、そこに染まりきらない友里を演じることができたとも思います。また、作品が完成した後、事務所の方と一緒に試写を観たのですが、男性と女性で大きく感想が違っていたのは、すごく印象深かったですね。男性は「かなりエグい作品だと聞いていたから覚悟していたけれど、それよりむしろ、勝浦や坂本(三浦誠己)に共感するところが大きかった」という感想が多かったのに対し、女性は「トラウマになってしまうようなショッキングな作品だった」という感想が多かったです。私も基本的には女性側の感想と同じだけれど、全編を通して“人間のしぶとさ”みたいなものは感じました。 ーー武田さんは、ご自身をしぶとい人間だと思いますか? 武田:わたしはかなりしぶといですよ(笑)。自分自身のことに関してはいつも納得していなくて、何かに挑戦して、自分を追い込んでいないと気が済まないタイプなんですよね。面倒臭い性格だし、もうちょっと器用に生きれたら良いなとも思うけれど、もし器用なタイプだったら、そもそもこの仕事はしていないはず。なにもせずに気楽に生きている自分は嫌なんですよ。多分、こういう性格になったのも、空手をずっと続けてきた影響があると思う。空手は対戦もするけれど、結局は自分自身との戦いで、試合に負けるって思ったら、本当に負けちゃうんですね。だから、最後の10秒まで気を抜くことができないし、そこで自分が試されるものでもあるんです。空手のそういう部分は、役者の仕事とも通じる部分があると思います。
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ーーたしかに武田さんはストイックな側面が演技にも活かされていますよね。次はどんな役柄に挑戦してみたいですか? 武田:う〜ん、恋愛ものとか、アクションとか、とにかくいろんな役柄に挑戦してはみたいという願望はあるんですけど、最近はキリが無いので、とにかく片っ端から人間を演じてみたいっていう気分なんですよね。だから次は、まったく違う役柄を演じているかもしれない。自分がどう変わっていくのか、わからないからこそ楽しみでもありますね。 (取材・文=松田広宣) ■公開情報 『木屋町DARUMA』 2015年10月3日(土)より渋谷シネパレスほか全国順次ロードショー キャスト:遠藤憲一、三浦誠己、武田梨奈、木下ほうか、寺島進、木村祐一 監督:榊英雄 (c)2014「木屋町DARUMA」製作委員会 公式サイト:http://kiyamachi-daruma.com/

「原作すら買わない輩は…」「ガンダムは好きだけどガンプラは…」“リア充オタ”急増でオタク議論が白熱中!!

オタクに"なるほど"面白い!オタクニュース・ポータル「おたぽる」より

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『市川紗椰』オフィシャルサイトより。
 中川翔子や加藤夏希など、容姿端麗でありながら“オタク”の顔も併せ持つ“リア充オタク”が急増しているという。ただ、この“リア充オタク”は「華やかな芸能界の中だけ」「外見が良くないと成り立たない」と感じる人も多いようで、否定的な声が上がっているようだ。また「そもそもオタクとは何か」と、あやふやな定義について熱い議論も展開されている。  1970年代に誕生したとされるオタク。そもそもは、アニメやパソコンなどに詳しい人の呼称であったが、昨今では“サッカーオタク”から“アイドルオタク”、中には“工場オタク”や“文房具オタク”などマニアックなオタクも存在する。“オタク”という定義に広がりを見せると共に、オタクの世界は混沌としてきている。  今、巷に増えているとされる“リア充オタク”は、何かしらのオタクに属しながらも、「物を買わない・オシャレ・アクティブ」という特徴を持つようだ。例えば、女性ファッション誌「sweet」(宝島社)や「MORE」(集英社)などで活躍するモデル・市川紗椰。顔もスタイルも良く、憧れる女性も多い市川だが、実は大の“鉄道オタク”。しかし、オタクな部分を隠さず“美人すぎるオタクモデル”として人気を集めている。そんな市川は、“リア充オタク”に当たるとのこと。 「おたぽる」で続きを読む

石田純一が安保法制反対で「圧力」を受けていた…テレビ番組、CMの出演キャンセル、厳重注意も

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石田純一オフィシャルサイトより
【本と雑誌のニュースサイトリテラより】  恐れていたことが現実になってしまった。  この間、安倍政権によるメチャクチャな安保法制強行に対し、これまで政治的発言を控えてきた芸能人たちが次々と声を上げたことが大きな話題になった。そのひとりが、本サイトでも既報のとおり、9月17日の国会前デモで壇上にあがり安保反対を訴えた石田純一だ。しかしその石田に対しデモ参加後、様々な“圧力”がなされていたことが明らかになった。 「テレビ番組を3つキャンセルされました。35年の芸能生活で、こんなのは初めてです。CMもひとつなくなったし、広告代理店を通して、厳重注意も2、3社から受けました。“二度と国会議事堂にデモに行くな”“メディアの前で政治的発言をするな”ってね」  これは昨日発売の「週刊新潮」(新潮社)10月15日号のワイド「『川島なお美』通夜でひんしゅくの『石田純一』が安保反対デモの後遺症」で、石田本人が語ったことだ。  確かに石田の17日のデモ参加とそのスピーチは強烈なインパクトを与えたものだった。それまでも多くの芸能人が反安保を表明したが、これまで不倫や再婚などの私生活をウリにした“ナンパ男”と思われてきた石田がデモで壇上にあがり“戦争は文化ではない”と声を上げたのだ。 「絶対に、われわれは誇るべき平和を、ずーっと戦後70年、80年、100年、つづけていこうではありませんか!」 「われわれの子どもたち、孫たちがずっと平和に暮らしていけるように、この国を守るというのは、個別的自衛権でも守れるんです! なんでわざわざ、集団的自衛権が必要なのか? そんなにアメリカの機嫌が取りたいですか? アメリカは、もちろんわれわれの友だちで、同盟国ではあります。でも、やはり、間違っている、違ってる、なにかそういうことは友だちでもちゃんと言えなくちゃ、おかしいと思います!」  しかも石田はある種の覚悟さえ持ってデモに臨んでいた。それは石田の服装に如実にあらわれている。石田は17日にはコートの上に、そして翌18日にはブルゾンの上にわざわざトレードマークのセーターを肩がけしていた。  単に一私人としてでなく、芸能人としてパブリックな立場の“石田純一”としてこの場に来たという意思表明でもあり、タレントとしての自分を安保反対という目的のために最大限貢献させようと考えた証左だろう。  さらに石田は自身がコメンテーターをつとめる『おはよう朝日です』(ABC朝日放送)でも「憲法9条があるから日本は戦争してこなかった」と安保に反対する発言をしている。  そんな石田に恐れていた“圧力”が実際にかかったことは衝撃だ。しかもテレビ番組をキャンセルされただけでなく、CMの関連で代理店や企業からクレームをつけられる──。 「芸能人は政治的発言をするものではない」「ファンがいなくなる」。こんな言説が長い間日本の芸能界で流布されてきた。実際、今回の安保問題に対し政治的な発言をした芸能人はツイッターやブログが炎上することもしばしばだ。  しかし、今回多くの芸能人、そして著名人たちが“戦争法案”に対し勇気をもって発言している。このことの意味は重要だし、その勇気に私たち国民も応えなければならない。例えばアメリカでは芸能人たちが自分の支持政党や思想信条を表明することは当たり前のことで、それはセレブにとっての義務でもある。  だが、現在の日本は芸能人たちに「政治に参加する当然の権利を表明する」ことさえ許さない。しかもメディア企業であるはずのテレビ局や、企業スポンサーまでもがそれを阻害し、ストップさせようとする。  石田の置かれた状況は今後、他のタレントにも波及する可能性は高い。密かに、そして巧妙に干されるようなことがないよう、これまで安保に関して発言してきた芸能人、坂上忍や笑福亭鶴瓶、SHELLY、高田延彦、土田晃之、制服向上委員会などの今後を注視する必要がある。そしてもし圧力があったり干されたなら今回の石田のように、その圧力自体を公表することも大切だろう。きっと多くのファンが圧力に屈しない姿勢に賛同し、逆に圧力をかけた企業やマスコミを批判するからだ。  石田は前述の「週刊新潮」にて圧力を公表した上で、しかしこう表明している。 「でも、世の中のためになることをやりたいと思っているので、“それ(デモに行くな、政治的発言をするなとの厳重注意)は受けられない”って回答しました」  石田の勇気ある姿勢を称えたい。 (伊勢崎馨)

『スター・ウォーズ』レイア姫が身に着けたビキニ、1150万円で落札!

『スター・ウォーズ/ジェダイの帰還』でキャリー・フィッシャー演じるレイア姫が身に着けていたビキニが9万6000ドル(約1150万円)で落札された。 『スター・ウォーズ/ジェダイの帰還』の中でレイア姫がジャバ・ザ・ハットに捕らえられ際に着ていた有名なビキニ、さらにそのビキニにつけられていた首輪、チェーン、そしてインダストリアル・ライト・アンド・マジック社のデザイナーであるリチャード・ミラー提供と記された証明書付きのセットが2日(金)、オンラインオークションのプロファイルズ・オブ・ヒストリーを通じて匿名の落札者の手に渡ることになった。ちなみにこのビキニは8万ドル(約963万円)から入札がスタートしたそうだ。 レイア姫演じたキャリーはこのビキニが大嫌いだったことは有名で、「これぞまさにスーパーモデルたちが窮地に立たされたときに仕方なく着るものよ」と言った逸話も残っている。 さらに同オークションではレイア姫が乗っていた宇宙船「ブロッケード・ランナー」のミニチュアモデルが20万ドル(約2400万円)からスタートし、最終的にビキニの額を超える45万ドル(約5400万円)で落札され、スターウォーズ関連商品の中では最高額の値を付けた。 そんなキャリーは今年12月公開予定のシリーズ第7弾作品『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』で再びレイア姫として登場することが決まっている。

ローラ、もはや日本に未練なし? 世界的スターへの“足かせ”は、やはり父親の存在か

オタクに"なるほど"面白い!オタクニュース・ポータル「おたぽる」より

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『ローラ』インスタグラム(@rolaofficial)より。
 2017年公開予定の映画『バイオハザードVI:ザ・ファイナル・チャプター(仮)』にてハリウッド本格デビューが決定し、現在南アフリカで撮影真っ只中のローラだが、共演者たちとの仲睦まじい様子を自身のインスタグラムにたびたび投稿。先月30日には、主役のミラ・ジョヴォヴィッチと一緒に収まった写真を披露した。ネット上では「すっかりハリウッド女優っぽくなってしまったな」「こんな大物ハリウッドスターたちに囲まれて仕事してたら、日本の芸能界がショボく感じちゃうだろうな」など、ハリウッドに染まっていくローラの姿に対して、羨望と寂しさの入り混じった声が飛び交っているようだ。 「美貌やスタイルのよさでは、ハリウッド女優と並んでも全く引けを取りませんし、英語に関しても、ラジオ番組『おぎやはぎのメガネびいき』(TBSラジオ)で、『ローラってすごい実は努力家じゃん。英語もすごい勉強してさ』と、ローラが陰で英語の勉強を続けてきたことを、矢作が証言しています。演技力に問題がなければ、一気にスターダムへとのし上がる可能性は大いにあります。そうなると、日本のバラエティ番組で見せる“おバカ”な姿も見られなくなる可能性はありますね」(芸能関係者) 「おたぽる」で続きを読む

天海祐希主演『偽装の夫婦』が話題! ゲイが結婚したら偽装結婚なのか? 夫がゲイの中村うさぎが語っていた結婚論

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日本テレビ『偽装の夫婦』公式サイトより
【本と雑誌のニュースサイトリテラより】  今期の新ドラマのなかでも注目を集めているのが、本日22時よりスタートするドラマ『偽装の夫婦』(日本テレビ系)。脚本が高視聴率を記録した『家政婦のミタ』『○○妻』の遊川和彦氏ということもあるが、沢村一樹がゲイ役を演じ、天海祐希と“偽装結婚”するという設定にも話題を呼んでいる。  たしかに、ゲイ疑惑のある芸能人が女性と結婚すると、そのたびに週刊誌やネット上では「偽装結婚では?」という見方が飛び交ってきた。ほんとうは男が好きなのに、世間体のために仕方なく女と結婚したのだ、と。  だが、実際はどうなのだろうか。じつは過去、同じように「偽装結婚」を疑われた有名人が、「偽装結婚ではない!」と反論したことがある。  その有名人とは、作家・エッセイストの中村うさぎ。1999年にスキャンダル雑誌「噂の真相」(2004年休刊)ホームページで本誌に掲載されなかった“ボツ一行情報”として「中村うさぎ、結婚式をあげるも相手はゲイ。なぜか『偽装結婚』の噂」と報じられる。  この記事を読んだ中村が異を唱えたのは、「結婚相手がゲイ」ということでなく、「偽装結婚」と書かれたことだった。 「うちの夫がホモだろーがオカマだろーが、んなこたぁ、他人に何と言われようと屁でもない。それより、その記事を読んだ瞬間にムムッと思ったのは、「偽装結婚」という言葉に対してであった」「世の中では、何をもって「ホントの結婚」と認定してるんだろーか?」(『こんな私でよかったら……借金女王のビンボー日記Ⅲ』角川文庫より)  そして中村は、翌年「週刊宝石」(光文社/2001年休刊)で「偽装結婚ではない!」と反論したのだ。  まず、中村は、夫の印象をこのように語っている。 「最初から全然私のタイプじゃなかった。恋愛対象としては、という意味ですが。外見もそうだし、性格にしても、恋愛感情が生まれる余地は一切なし。なんというか、実にテンションの低い人で、ほあんとしてて優しいんだけど、ひどい優柔不断なヤツでして。こんな男と恋愛して、盛り上がるわけがない、と最初から分かっていました」  中村はその前にも一度結婚経験があるが、「いわゆる切った張ったの恋愛の修羅場、恋の泥沼劇場」となり離婚。「もう、二度と結婚なんぞするもんか」と思ってきたという。そもそも恋愛に対しては「どう考えても「パートナー」になりえない男しか好きになれな」かったらしく、「一度恋をしはじめると、完全にブレーキが壊れたバカ女状態と化し」てきた。  もう泥沼恋愛は疲れた、恋愛なんてゴメンだ──そんな気持ちでいたところに出会ったのが、結婚を決めた彼だった。しかし、前述したように、中村には彼への恋愛感情はない。そして、セックスの関係もない。「でも、それがわが夫婦なんです」と中村はきっぱりと言う。 「セックスのない夫婦関係なんて、そんなもの耐えられるのか? って思われるかもしれないけど、だいたいにおいて私自身、元来それほどセックスってもんが好きじゃない。  若いときっていうのは、セックスすることイコール愛情だと思い込んでいたっていう部分があって、嫌っていうほど抱かれるなり、一生懸命にやってくれるなりされると、こっちも一生懸命それに応えましょう、みたいなことがすなわち「愛」であると」  だが、年を経るうちに義理や気遣いでセックスをしているのでは?と思うようになっていった。しかしそれも当然のこと。激情は持続せず、緩やかになっていくように「愛情の変質っていうのは不可避的なもの」だからだ。  ただ、そうして変質した「夫婦愛」が「家族愛」にすり替わったとき、中村はセックスができなくなると言う。この中村と同じような気持ちからセックスレス状態になっている夫婦は、意外と多いのではないかと思う。そして、セックスがなくてもふたりでいることの心地よさがあればいい、と考えている人も多いだろう。逆にいえば、セックスに縛られすぎなのではないか、という気もしてくる。だからこそ、中村はセックスのない夫婦関係を、こう表現する。 「私たち夫婦の話に戻せば、気を使ってお義理でセックスする苦痛もないわけで、いわばいきなり「家族愛」からスタートした夫婦っていう感じですよね。それがすごく、私にはしっくりくるというか、落ち着くんです」  セックスがなくても夫婦でいられる。いや、夫婦でいたい。その思いには何があるのか。 「夫婦もひとつのギブアンドテイクの関係だとすれば、私たち夫婦の場合、夫は私といることで経済生活をとりあえず保証されているわけで、普通ならその代価として家事を担ったり、セックスを与えたりというのが夫婦なんだろうけど、私の場合、彼から何を与えてもらっているんだろうと考えると、それは「目に見えない精神的な何か」としか言えないんですね」  目に見えない精神的な何か。中村はそれを求めてきたのかもしれない、と吐露する。彼女がエッセイにしてきた自身の「買い物依存症」も、「目に見えない何かを手に入れたくてもかなわない鬱憤、ジレンマに対する代償行為」だったかもしれない、と。夫はそんな彼女の買い物依存症も、「この人のキャラクターのひとつ」と理解してくれていると思う、と話す。 「私たちの間には男女の恋愛感情は存在しない。これは事実です。でも、これ不思議なんですけど、いままでの恋愛においては「私はこんなにあなたを愛してる。で、あなたはどうなの」って不安に常に苛まれてきたけど、いまはそれがなく、これまで感じたことのない大きな安心感と、もっと言えば、「絆」っていうものを強烈に感じているんですよ」  このインタビューで中村は、こんなふうにも語っていた。 「私、妙な自信があるんです。彼と私はそもそも恋愛関係がないから、いつかお互いに恋人ができる日が来るかもしれない。でも、そんなことで消滅してしまうような脆弱な関係じゃない、と」  実際、このあと中村は、ホストクラブ通いにハマったり、数十箇所におよぶ整形手術を繰り返したり、はたまたデリヘル嬢として風俗店で働いた体験録を発表するなど、破天荒さに磨きをかけていった。そして2013年には、原因不明の病で生死を彷徨った。だが、闘病生活を送る中村の傍らには、懸命に彼女を支えようとする夫の姿があった。その後も「もちろん性的関係は全然ない」(不良系情報サイト『WARUMON』でのインタビューより)という。……中村が感じた「絆」で、ふたりはいまも結ばれているようだ。  とかく世間は「結婚」や「愛」のかたちを「常識」の枠にとどめて考えようとする。しかし、愛する男女が夫婦となり子をなすのが自然、などというのは、古い国家主義の価値観でしかない。家族愛を感じた相手と生活をともにする、それも夫婦のかたちなのだということを、中村は実践をもって示してきた。きょうからはじまる『偽装の夫婦』も、中村のように、世間の「常識」を打ち破る、そんなドラマになってくれればいいのだが。 (大方 草)