
女性客が牽引する秋の興行模様 絶好調『マイ・インターン』と、20億突破の『ヒロイン失格』


今月9日、『みちくさ日記』(リイド社)というノンフィクションマンガが刊行され、大きな反響を呼んでいる。来月6日には、作者のサイン会&トークショーも開催予定で、ゲスト出演者に疑問の声が上がりつつも、興味を示すマンガファンは多い。 13歳の若さで「ちばてつや賞」を受賞し、マンガ家デビューを果たすも、精神病院に入院することになった道草晴子氏。『みちくさ日記』は、2014年10月より「トーチweb」で連載されていた同タイトルを、一冊にまとめた4コマ風エッセイマンガである。その内容は、病院から通う学校生活、農作業に盆踊り、ボクシング部入部、デイケアで輪投げの日々、元カレの逮捕、出所、プレハブ暮らし、新しい診断、脱腸、恩師との再会……など、一般の人には想像しがたいハードなもの。 また、マンガの要となる絵も決して上手とは言えず、おまけに読みづらい。しかし、それこそが味であり、物語の恐怖感や不安感を倍増させ、読み手を引き込ませる。 【「おたぽる」で続きを読む】トーチweb『みちくさ日記』公式サイトより。
【本と雑誌のニュースサイトリテラより】 「失望しました。スポンサーやめます」──先月、Twitterでこのように宣言し、『報道ステーション』(テレビ朝日)のスポンサー契約を打ち切った高須クリニック院長の高須克弥氏。スポンサーを降りたきっかけは、安保法制をめぐる報道が偏っていると感じたためだという。 というのも、本サイトでも既報だが、高須氏は自ら「ネトウヨ」と名乗る、まさに真のネトウヨ。安保法制の賛成デモにも参加し、Twitterでは毎日のように歴史修正主義っぷりを見せつけている。 そんななかでも、最近、大きな話題となったのは、ナチス・ドイツの肯定とアウシュビッツの否定だ。事の発端は、10月2日に投稿した、このツイートだった。 〈ドイツのキール大学で僕にナチスの偉大さを教えて下さった黒木名誉教授にお会いした。励まして下さった!嬉しい なう〉 ナチスは偉大である……企業のトップが堂々とこの発言。以前からナチスを正当化するような発言を繰り返してきた高須院長だが、今回のつぶやきも当然ながらすぐさま批判が起こった。が、その後も高須院長はナチス肯定を繰り出しつづけた。 〈ナチスはがんばる女性の支援に積極的でした。スポーツも振興してました。僕は変わってません〉 〈ナチスが消滅してもナチスの科学は不滅〉 しかも、ナチスを称賛するだけでは飽き足らず、ついにはこんなことまで言い出した。 〈ユダヤ人が迫害されたのは間違いありませんが全てが連合国の情報によるものであり我々は伝聞によって知っているだけです。我々は南京大虐殺を信じている中国の人たちと同じではないでしょうか?真相が知りたいです〉 〈検証記事載せたマルコ・ポーロは圧力がかかり、即刻廃刊されました。真実が書かれていたので慌てたのだと思います〉 〈南京もアウシュビッツも捏造だと思う〉 捏造と言うのなら、高須院長の主張こそが捏造のオンパレードだと思うが、一応、社会的地位もある人物が、ホロコーストの否認という国際的に到底許されない歴史修正主義発言を世界中に発信するとは──。国辱とはまさにこのことだが、そんな高須院長を諫めつづけている人物がいる。それは高須院長の長男・力弥氏だ。 今年8月末、高須院長がいつものように〈日本を狙っているチョンコロにへいこらするな!〉などとヘイトを連投し、その上〈サヨクがマイノリティを差別してる!〉と投稿。すると、力弥氏は自らTwitterで父にこんなふうに呼びかけた。 〈高須クリニックのために院長が率先してマイノリティ差別をやめてください〉 〈父は相手を挑発する目的で軽々しく差別語を発言する性格で、その点をなんとか改めてもらいたいと思っております〉 力弥氏は、高須クリニックの東京院と横浜院の副院長を務める後継者のひとりなのだが、トップの父親とは打って変わって、息子のほうが冷静で真っ当ではないか。しかも、力弥氏がTwitterのいちばん上に固定しているメッセージはズバリ〈安全保障関連法案に反対します〉。そして「いのちと暮らしを脅かす安全保障関連法に反対する医療・介護・福祉関係者の会」のHPへのリンクを張っている。 賛成派デモに率先して参加する父に、反対の声を上げる息子。政治へのスタンスは真っ向からぶつかり合っているふたりだが、力弥氏はこのほかにも、Twitter上で放言ばかりの父に、こう語りかけている。 〈思想は個人の自由ですが院長の発言はクリニックの信頼に関わるので慎重に願います〉 じつはこの投稿、父の〈あははは我が家はイデオロギーについては仲違いしません。西原理恵子とも仲良くやっています。みんな尊敬しあっています〉というつぶやきに反応したもの。父は〈高須家のイデオロギーは自由ですよ-w/(^O^)☀家族がタリバンになっても共産主義者になっても家族です。仲良しです〉などと述べていたが、長男としては父の暴言の嵐を許せないようだ。 たとえば、堀江貴文氏が安保法制の反対デモに参加した学生を採用しないとつぶやいたことに高須院長が賛同を示した際、〈高須クリニックの公式見解でしょうか?〉と質問を受けた力弥氏は〈高須克弥院長個人の意見です〉と断言。 また、父が孫の運動会に参加し、ナチス式敬礼のようなポーズを取る小学生たちの写真を貼り付け〈宣誓!この型式の敬礼は残っている。嬉しい♫♫なう〉とはしゃげば、力弥氏は〈イーッ!〉と苛立ったような反応を見せている。 しかも、基本的に力弥氏のTwitterは自身の発言よりもリツイートのほうが圧倒的に多いのだが、力弥氏のリツイートは、まるで父への反論のよう。父が南京大虐殺を否定すれば歴史修正主義を批判するつぶやきを取り上げ、【ヒトラーの格好をしてドイツを歩いた結果wwww】という記事の紹介とともに〈こんなんで喜ぶのは高須院長だけやから〉という投稿も、力弥氏は律儀に拾っている。そして、極めつきはこのつぶやきをリツートしていることだろう。 〈高須クリニックの院長が在日コリアンへのヘイトスピーチをRTするようになった…。こういう有名人がヘイトスピーチしているのを目の当たりにすると、ヘイトスピーチ規制法の必要性を痛感するよ。というか、報道倫理的に見て、テレビタックルに限らず、民放番組のスポンサーの資格が彼にあるのか?〉 本人の発言数は少ないが、明確に父との思想の違いを発信しつづける長男・力弥氏。父の会社を継いだことを考えると、力弥氏にとって父の影響力は大きいと思うが、そんななかにあって父とは違い、彼はまともな感性をもっているようだ。 ここはTwitter上で暴論を垂れ流す父を力弥氏にはもっと諫言していってほしいものだが、忠告をつづける力弥氏と対照的なのは、高須院長の恋人・西原理恵子氏だ。力弥氏とは違い、西原氏はTwitterでも高須院長のヘイト発言や歴史修正の振る舞いに触れることはほとんどない。西原氏は一体どんな気持ちで恋人の暴言を見つめているのか、ぜひ教えてほしいものだが。 (水井多賀子)上・高須力弥Twitter/下・高須克弥Twitterより



女優の吉高由里子(@ystk_yrk)が11日、自身のTwitterに「マネージャーさんがヨガマット買ってくれたから慣れないストレッチでもやってみるか」と、フェイスマスクをした自撮り写真を投稿。すっぴん顔を隠したその姿に、「わざわざ、これみよがしにすっぴん顔を披露しないのがいい!」と、ネット上では称賛する声が上がっているようだ。 「『すっぴんでもきれい!』と褒められることを期待して、SNSにすっぴん顔を披露する女性タレントは多いですが、この風潮に辟易している人も少なくないようです。『恥ずかしいけど……』などと前置きをするところにあざとさが垣間見えると、批判の声を上げる人もいます。そんな中、普通の女優だったらすっぴんを披露するような場面で、顔を隠して登場する吉高には、“すっぴん公開”の風潮に対して反旗を翻しているようで、好感がもてます」(芸能関係者) 去年末に無名時代から付いていたマネジャーが辞めたことをきっかけに、休業状態だった吉高だが、今月9日から始まった舞台『大逆走』で初舞台を踏み、完全復活を果たした。 【「おたぽる」で続きを読む】吉高由里子公式Twitter(@ystk_yrk)より。
【本と雑誌のニュースサイトリテラより】 石原さとみ主演の月9ドラマ『5→9 ~私に恋したお坊さん~』(フジテレビ系)、バラエティ番組『お坊さんバラエティぶっちゃけ寺』(テレビ朝日系)など、このところ、テレビで“お坊さん”をテーマにした番組がやたら増えている。 いずれも、お坊さんだって人間だしいろいろあるんだよ、という意外性を売りにしているようだが、現代の僧侶の俗物っぷりはどうやら、テレビで紹介されているレベルじゃないらしい。 14歳のときに禅門に入り、僧侶の修行を積みながら、新聞記者や会社経営者として「俗人」としても生活をしている、いのうえけんいち氏の著書『生臭坊主“ぶっちゃけ説法” テレビじゃ言えないホントの話』(KKベストブック)では、お坊さんの世界の本当の姿が赤裸々に描かれている。 お坊さんというと、基本的に檀家からのお布施で生活するものだ。しかし、今の時代、どこのお寺の檀家でもないという市民がほとんどであり、そうなるとお布施という形での生活費を確保できないお坊さんも多い。 では、生活できなくなったらお坊さんはどうするのだろうか。本書では、こんなエピソードが紹介されている。 「ある朝のこと、その坊さんが日課としての読経をしていますと、ふとまぶしい朝日が細い線状になって正面の仏様に差し込んでいることに気付きました。 それに見入った坊さんは、幻覚か錯覚なのか、いま仏様がご自身の像を『売却して換金しなさい』と言っていると勝手に感じたようです」(同書より、以下「」内同) そう、大切な御本尊様を売却して、生活費を捻出するお坊さんがいるというのだ。実際、このエピソードのお坊さんは、その日のうちに骨董商を呼び出し、仏様を売却。畳み掛けていたお寺を立て直し、さらには寺院を新築したという。 「したたかなその坊さんは、彼の檀家の人たちが不審に思わないように全く別の似通った仏様を大変安く購入し、本堂に堂々と安置したと言います。その挙げ句に、『今度の新しい仏様は、由緒正しきお寺から頂戴した御利益ありがたい仏様です』などとホラを吹いているようです」 お寺のなかでもっとも重要な存在であるはずの御本尊様を換金し、当たり前のように檀家に嘘をついてしまうとは、“有り難み”などあったものではない。 とはいうものの、仏様を売却しただけで、一般市民からお金を巻き上げているわけではないので、まだマシだという見方もできる。なかには、一般市民を騙して儲けるお坊さんもいるのだ。 「『祟り』といったものは、坊さんにとって逆に打出の小槌になるものです。悩み苦しんでいる人々にとっては、どんなに有り難い思し召しよりも、またどんな立派な説教よりも『祟りによるものでしょう』といったひと言のほうが威力を発揮するものです」 つまり、困っている人がいたら、とりあえず「祟り」のせいにすれば、自然とお金を生み出してくれるというのだ。 「『祟り』と聞いた途端に、人々のサイフのヒモは大いに緩んで、誰もがダンゴや饅頭でお布施をごまかそうなどとは思わなくなります。お祓いの祈祷に至りましては、上限なしのハッタリ三昧です」 “祟りのせいにしてお祓いをする”という最強コンボは、お坊さんとっての鉄板のドル箱。これで儲けているお坊さんがたくさんいるのだという。 さらにボロ儲けの定番となっているのが「水子供養」だ。そもそもは、供養してほしい人が寺院を訪れ、そこで供養してもらうのが一般的だったが、あるお坊さんのアイディアによって、革命的なビジネスへと発展する。 「あるとき忽然と『これはイケる』と思い立った坊さんが、商才たくましくも全国規模で大新聞にデカデカと『水子供養をしないと祟りが起こりますよ』などと言わんばかりの大広告を打ち出しました。 さらに、『お寺に来られなくても、現金書留でお金を払い込んでいただければ供養一切を承ります。当然、お宅様の秘密は厳守します』などと、都合のよいとどめの一文で水子供養を広めました」 水子供養を依頼する人は、なにか後ろめたいことを抱えているケースが多く、寺院に直接行かずに供養ができれば、それはかなり都合がいいことだ。目立つことなく人知れず水子供養をしたい──そんな人々の願望を上手につついて、効率的に稼ごうというお坊さんが現れたのだ。 ちなみに、供養料は「地域によって差はあるものの、だいたい1人当たり328万円」とのこと。どういう形で供養をしているのかは、お坊さんによっていろいろだろうが、依頼者と会うことなく供養をしていることを考えると、実際問題として“お坊さんのさじ加減ひとつ”だというのも事実だ。それこそ、供養料をもらったら“はい供養しましたよ”とだけ報告し、実際には何もやっていない、なんてことがあってもおかしくはない。そういう意味では、この水子供養はかなりのボロ儲けビジネスといえるだろう。 もはや、まともにやっていてもなかなか儲からないのがお坊さんというもの。そうなると自然とお坊さんの数も減少するわけだが、それに反して、高齢化社会の現代日本では葬儀への需要が高まり“お坊さん不足”の状況が生まれる。だからなのか、そこで「エセ坊主」が増えてくるのだという。 「とりわけ坊主の人員が大幅に不足している都会では、『坊主斡旋業者』なる職業が登場して葬儀屋とツルみ、エセ坊主を使って荒稼ぎに乗じている様子です。場合によっては新聞に堂々と『僧侶急募、資格の有無は不問』などといった募集広告まで出しています。 ここで雇用されたエセ坊主は、すぐ基礎的な坊主の『実践マニュアル』をたたき込まれ、2〜3日後には袈裟を着て、ある葬儀場で読経している始末です」 お坊さんだと思ってありがたくお経を聴いていたものの、実は微塵も修行を積んでいない普通の人だった……ということがまかり通っているのだ。とはいっても、読まれているお経の有り難みをしっかり理解できる一般人などごく少数で、ほとんどの人がまったく理解していない。エセ坊主だろうがなんだろうが、それほど関係ないというのが現実なのだ。 お坊さんの数が少ないからか、お寺に所属するのではなく、“葬儀会社のお抱え”という立場のお坊さんもいるという。 「その彼は、大学を卒業してから名古屋に出てアパート住まいをしながら、最初に葬儀屋のお抱え坊さんになりました。フリーのアウトソーシング坊さんです。 葬儀屋から連絡が入れば、即刻、袈裟に着替えての出勤です。手当としては、マージンを引かれているので安いですが、そこは数の勝負です。1日に5〜6軒を掛け持ちして、時には戒名の依頼を受けながらも小銭を蓄えていったわけです」 このフリーランスのお坊さんは、独自の寺院の建立を計画。しかし、葬儀で稼げるお金だけでは到底足りないということで、お金持ちの老人をスポンサーにすることを思いつき、有力な候補の家に通い始めることとなる。 「マメに通い詰めるうちに、やがて2〜3人のスポンサーができ、その中のひとりの老婆が『永代供養と引き換えに』ということで、うれしいことに土地の譲渡およびお寺の建立資金を全額出資してくれることになりました。(中略)多分、永代休養以外にも永代セックスフレンドかなにかの約束が交わされていたに相違ありません。とにもかくにもその後、彼が『山村の無住職寺から拝借してきた』という仏様が本堂に飾られて、宗教法人権も無事獲得しました」 まるでホストのような“枕営業”で、パトロンから金を引っ張りだし、一国一城の主となるお坊さんもいるのだ。どうやらお坊さん業界は、想像以上に俗物的なものとなっているようだ。 映画、テレビでブームのお坊さんだが、実際の社会では、檀家制度が弱まり、仏教離れが進んでいる。こんなことを続けていると、それこそ仏教そのものが崩壊してしまうのではないか、と心配になってくるのだが……。 (田中ヒロナ)フジテレビ『5→9 ~私に恋したお坊さん~』番組サイトより
【本と雑誌のニュースサイトリテラより】 石原さとみ主演の月9ドラマ『5→9 ~私に恋したお坊さん~』(フジテレビ系)、バラエティ番組『お坊さんバラエティぶっちゃけ寺』(テレビ朝日系)など、このところ、テレビで“お坊さん”をテーマにした番組がやたら増えている。 いずれも、お坊さんだって人間だしいろいろあるんだよ、という意外性を売りにしているようだが、現代の僧侶の俗物っぷりはどうやら、テレビで紹介されているレベルじゃないらしい。 14歳のときに禅門に入り、僧侶の修行を積みながら、新聞記者や会社経営者として「俗人」としても生活をしている、いのうえけんいち氏の著書『生臭坊主“ぶっちゃけ説法” テレビじゃ言えないホントの話』(KKベストブック)では、お坊さんの世界の本当の姿が赤裸々に描かれている。 お坊さんというと、基本的に檀家からのお布施で生活するものだ。しかし、今の時代、どこのお寺の檀家でもないという市民がほとんどであり、そうなるとお布施という形での生活費を確保できないお坊さんも多い。 では、生活できなくなったらお坊さんはどうするのだろうか。本書では、こんなエピソードが紹介されている。 「ある朝のこと、その坊さんが日課としての読経をしていますと、ふとまぶしい朝日が細い線状になって正面の仏様に差し込んでいることに気付きました。 それに見入った坊さんは、幻覚か錯覚なのか、いま仏様がご自身の像を『売却して換金しなさい』と言っていると勝手に感じたようです」(同書より、以下「」内同) そう、大切な御本尊様を売却して、生活費を捻出するお坊さんがいるというのだ。実際、このエピソードのお坊さんは、その日のうちに骨董商を呼び出し、仏様を売却。畳み掛けていたお寺を立て直し、さらには寺院を新築したという。 「したたかなその坊さんは、彼の檀家の人たちが不審に思わないように全く別の似通った仏様を大変安く購入し、本堂に堂々と安置したと言います。その挙げ句に、『今度の新しい仏様は、由緒正しきお寺から頂戴した御利益ありがたい仏様です』などとホラを吹いているようです」 お寺のなかでもっとも重要な存在であるはずの御本尊様を換金し、当たり前のように檀家に嘘をついてしまうとは、“有り難み”などあったものではない。 とはいうものの、仏様を売却しただけで、一般市民からお金を巻き上げているわけではないので、まだマシだという見方もできる。なかには、一般市民を騙して儲けるお坊さんもいるのだ。 「『祟り』といったものは、坊さんにとって逆に打出の小槌になるものです。悩み苦しんでいる人々にとっては、どんなに有り難い思し召しよりも、またどんな立派な説教よりも『祟りによるものでしょう』といったひと言のほうが威力を発揮するものです」 つまり、困っている人がいたら、とりあえず「祟り」のせいにすれば、自然とお金を生み出してくれるというのだ。 「『祟り』と聞いた途端に、人々のサイフのヒモは大いに緩んで、誰もがダンゴや饅頭でお布施をごまかそうなどとは思わなくなります。お祓いの祈祷に至りましては、上限なしのハッタリ三昧です」 “祟りのせいにしてお祓いをする”という最強コンボは、お坊さんとっての鉄板のドル箱。これで儲けているお坊さんがたくさんいるのだという。 さらにボロ儲けの定番となっているのが「水子供養」だ。そもそもは、供養してほしい人が寺院を訪れ、そこで供養してもらうのが一般的だったが、あるお坊さんのアイディアによって、革命的なビジネスへと発展する。 「あるとき忽然と『これはイケる』と思い立った坊さんが、商才たくましくも全国規模で大新聞にデカデカと『水子供養をしないと祟りが起こりますよ』などと言わんばかりの大広告を打ち出しました。 さらに、『お寺に来られなくても、現金書留でお金を払い込んでいただければ供養一切を承ります。当然、お宅様の秘密は厳守します』などと、都合のよいとどめの一文で水子供養を広めました」 水子供養を依頼する人は、なにか後ろめたいことを抱えているケースが多く、寺院に直接行かずに供養ができれば、それはかなり都合がいいことだ。目立つことなく人知れず水子供養をしたい──そんな人々の願望を上手につついて、効率的に稼ごうというお坊さんが現れたのだ。 ちなみに、供養料は「地域によって差はあるものの、だいたい1人当たり328万円」とのこと。どういう形で供養をしているのかは、お坊さんによっていろいろだろうが、依頼者と会うことなく供養をしていることを考えると、実際問題として“お坊さんのさじ加減ひとつ”だというのも事実だ。それこそ、供養料をもらったら“はい供養しましたよ”とだけ報告し、実際には何もやっていない、なんてことがあってもおかしくはない。そういう意味では、この水子供養はかなりのボロ儲けビジネスといえるだろう。 もはや、まともにやっていてもなかなか儲からないのがお坊さんというもの。そうなると自然とお坊さんの数も減少するわけだが、それに反して、高齢化社会の現代日本では葬儀への需要が高まり“お坊さん不足”の状況が生まれる。だからなのか、そこで「エセ坊主」が増えてくるのだという。 「とりわけ坊主の人員が大幅に不足している都会では、『坊主斡旋業者』なる職業が登場して葬儀屋とツルみ、エセ坊主を使って荒稼ぎに乗じている様子です。場合によっては新聞に堂々と『僧侶急募、資格の有無は不問』などといった募集広告まで出しています。 ここで雇用されたエセ坊主は、すぐ基礎的な坊主の『実践マニュアル』をたたき込まれ、2〜3日後には袈裟を着て、ある葬儀場で読経している始末です」 お坊さんだと思ってありがたくお経を聴いていたものの、実は微塵も修行を積んでいない普通の人だった……ということがまかり通っているのだ。とはいっても、読まれているお経の有り難みをしっかり理解できる一般人などごく少数で、ほとんどの人がまったく理解していない。エセ坊主だろうがなんだろうが、それほど関係ないというのが現実なのだ。 お坊さんの数が少ないからか、お寺に所属するのではなく、“葬儀会社のお抱え”という立場のお坊さんもいるという。 「その彼は、大学を卒業してから名古屋に出てアパート住まいをしながら、最初に葬儀屋のお抱え坊さんになりました。フリーのアウトソーシング坊さんです。 葬儀屋から連絡が入れば、即刻、袈裟に着替えての出勤です。手当としては、マージンを引かれているので安いですが、そこは数の勝負です。1日に5〜6軒を掛け持ちして、時には戒名の依頼を受けながらも小銭を蓄えていったわけです」 このフリーランスのお坊さんは、独自の寺院の建立を計画。しかし、葬儀で稼げるお金だけでは到底足りないということで、お金持ちの老人をスポンサーにすることを思いつき、有力な候補の家に通い始めることとなる。 「マメに通い詰めるうちに、やがて2〜3人のスポンサーができ、その中のひとりの老婆が『永代供養と引き換えに』ということで、うれしいことに土地の譲渡およびお寺の建立資金を全額出資してくれることになりました。(中略)多分、永代休養以外にも永代セックスフレンドかなにかの約束が交わされていたに相違ありません。とにもかくにもその後、彼が『山村の無住職寺から拝借してきた』という仏様が本堂に飾られて、宗教法人権も無事獲得しました」 まるでホストのような“枕営業”で、パトロンから金を引っ張りだし、一国一城の主となるお坊さんもいるのだ。どうやらお坊さん業界は、想像以上に俗物的なものとなっているようだ。 映画、テレビでブームのお坊さんだが、実際の社会では、檀家制度が弱まり、仏教離れが進んでいる。こんなことを続けていると、それこそ仏教そのものが崩壊してしまうのではないか、と心配になってくるのだが……。 (田中ヒロナ)フジテレビ『5→9 ~私に恋したお坊さん~』番組サイトより
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