芹那、年齢詐称暴露されるも「幸薄すぎて、批判する気にもなれない」ジャニタレとの恋愛には、図太い神経が必要か

オタクに"なるほど"面白い!オタクニュース・ポータル「おたぽる」より

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『芹那 オフィシャルブログ』より。
 18日放送『中居正広の神センス! 塩センス! お騒がせな芸能人の失敗告白SP』(フジテレビ系)に、芹那が登場。SDN48のメンバーだった野呂佳代に年齢詐称を暴露され、MCの中居正広に問い詰められると「えっと、1コ違いです」と認める発言をした。  普通ならば批判をされてもおかしくないのだが、画面に映る芹那の顔があまりにも幸薄くなってしまったためか、「気の毒過ぎて、そっとしてあげたくなった」と、ネット上でも、一部の過剰なアンチファンを除き、批判を差し控えるコメントが目立っている。 「芹那といえば、王道アイドル系のかわいらしいルックスと、一度聞いたら忘れない独特な声が受け、グラビア・バラエティ番組に引っ張りダコとなり、一時期はその姿を見ない日はないほどの活躍を見せていました。しかし、『芸人に口説かれた』と暴露したことが“売名行為”と受け止められ、業界内での評判が悪くなったことや、小池徹平との熱愛報道でファン離れが起きたことから、メディアへの露出が激減。現在30歳ですが、年齢以上に精神的な疲れが顔に出てしまっているように思えて仕方ありません。ブレークしていた頃と比べると、まるで別人のようにオーラも感じられなくなってしまいました」(同) 「おたぽる」で続きを読む

小室哲哉、五輪エンブレムパクリ騒動を斬る! サノケンが批判された本当の理由は…

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TETSUYA KOMURO official websiteより
【本と雑誌のニュースサイトリテラより】  佐野研二郎氏のエンブレム白紙撤回後、先日は、「閉鎖的だった選考過程を見直すため、今回はデザインコンクールの受賞歴も問わず、子どもにも門戸を開く」といった趣旨を含んだ応募要項が大会組織委員会から発表されるなど、一応は歩を進め始めた、2020年東京オリンピック・パラリンピックエンブレム問題。 「パクリ」とはなんなのか? 国民的な議論を巻き起こした今回の問題だが、今回の騒動が起きた直後より、「アーティスト」としての立場から議論の争点について盛んに発言してきたミュージシャンがいる。ご存知、小室哲哉だ。  彼は騒動が起きた直後、8月18日の時点で以下のようなつぶやきをツイッターに投稿。1200近くリツイートされている。 〈オリンピックのエンブレム。音楽とは全く異なるけれど、僕も、僕にも音楽家たちは何の、どこにインスパイアされたと明確に言及する事は多い。芸術は感化の積み重ね。突然、無からやって来る事はあり得ない。ルーツを話してあげれば、もう少し皆んな納得がいくんじゃないかな〜〉  デザインと音楽、ジャンルは違えど、自身も「創作」に関わるプレイヤーの立場から発された意見は大きな反響を呼んだ。しかし、ツイッターの限られた文字数では彼の言いたかったことは言い切れていないという。「ローリングストーン日本版」11月号(セブン&アイ出版)に掲載された彼のインタビューを読みながら、「芸術」と「模倣」の関係性について改めて考え直してみたい。  まず、小室は先ほど紹介したツイートにて〈芸術は感化の積み重ね〉という言葉で表現した考えについて、こう補足する。 〈音楽とデザインはアートとしては種類が違うということを大前提に、音楽家も必ず絶対に何かにインスパイアされたり影響を受けていたりしている。幼少の頃から見聞きしてきたいろいろなものが頭の中で整理されて、何かの形になって生まれていくんです。突然変異のように急に出てくることは100%有り得ないですよね。影響を受けたものから自分のオリジナルを作るのは当たり前のことだろう、と〉  小室はそう語り、先行する芸術作品に似た作品をつくったサノケンを擁護する。しかし、彼はそのやり方がよくなかったと指摘する。 〈突っ張って、デザイナーやクリエイターはポンとものを創り上げる印象を持たせるんじゃなくて、もっと柔軟に、例えば岡本太郎さんが好きとか、アンディ・ウォーホルが好きとか、自分のルーツを柔軟に話しておくと、"それっぽい影響を受けてるよね"で済むんですよ。決して真似ではなくて、"さすが、好きなだけあって似てるよね"とポジティヴに捉えてもらえる。その差はすごく大きいなと思って〉  これは、彼自身の経験から来る感覚なのかもしれない。小室自身、TM NETWORKの楽曲がエルトン・ジョンの曲と酷似していることを言われたり、globeの「ラッパーと女性ボーカルの組み合わせ」というコンセプトが2・アンリミテッドのパクリと指摘されたり、キーボードのプレイがエマーソン・レイク&パーマーのキース・エマーソンと似ていると言われたりと、小室哲哉は常に「パクリ」指摘と無縁ではいられないキャリアを歩み続けてきた。  だが、そう言われながらも、彼はキース・エマーソンやジミ・ヘンドリックスといったプレイヤーへの敬愛をインタビューで話し続け、また、その時期に流行しているダンスミュージックに対してのリスペクトも語り続けてきた。その結果、「パクリ」指摘は受けるものの、自らインスパイアされた元ネタを明かす小室の姿勢を前に、リスナーの間では「言うだけ野暮」という雰囲気が醸成され、その面においてはひどい毀誉褒貶に晒されずに済んできた。  そんな小室だが、今回サノケン問題が巻き起こったのには、佐野氏のインスパイア元を明かさない姿勢の他にも、もうひとつ問題点があったと指摘する。彼のデザインからは「熱」「エナジェティック」を感じなかったのも原因のひとつだと言うのだ。 〈正直に言えば、あのエンブレムを観た瞬間のみんなのファースト・インプレッションが、"あれ? もっとオリンピックっぽい感じだと思ってた"というようなモヤモヤがあったんだと思うんです〉 〈それで、心の中で"ちょっと違うな"って思ってる気持ち、モヤッとしたものがあった上で、こういった大きな問題になったんだと思うんです〉 〈音楽でも同じなんです。"何かに似ているけど、カッコいいよね"とみんなに思われれば、"似ている、似ていない"という問題は軽くクリアしちゃう〉 〈みんなもっとデザインに熱やエナジェティックを感じたかったんだと思います。何か言われたとしても、"でもいいよね"と言われればいいわけですよね〉  身も蓋もない話だが、何かに似ている作品だとしても、そこにキラリと光るものがあれば、人々は問題なく受け入れる。それは小室自身の作品もそうだし、もっと遡れば、モータウンなど当時のアメリカ黒人音楽の焼き直しにほんの少しオリジナリティを混ぜたビートルズの音楽に世界中が熱狂した状況もそうだったと言えるかもしれない。  そして、彼は「創造」と「模倣」の理想として、「ヒップホップ」をあげる。ヒップホップは、ご存知の通り、既存の楽曲のフレーズを借用し、そのトラックにラップを乗せることで生まれた音楽だ。誕生したときからずっと「模倣」と「創造」の関係について問われ続けてきたジャンルでもある。 〈ヒップホップは、サンプリングを多用して、その上に自分の主張をのせてラップで語るということをやりましたが、それは予算や施設環境がないから仕方なくそうなったところから生まれてきた。人のものを使ってでも、とてつもなく言いたいことがあったわけです〉 〈だから僕の中の"模倣と創造"というラインでいえば、ヒップホップ文化が"正しい模倣"だし、模倣と創造力の極みで、ここ何年間の音楽業界の最後の成功例だと思います。これしかないところから何かを作り上げよう、というものすごいエネルギーを感じるものがヒップホップだったと思います〉  あくまで「模倣」から始まる「創作」ながら、そこに凄まじい「熱」を入れ込むことにより、文句を言わせないぐらいリスナーやオーディエンスを圧倒させる。であれば、きちんと芸術としてもビジネスとしても成立する。そんなパワーがヒップホップにはあると小室は考えているのだ。  小室が前提として語っているように、デザインと音楽では、同じアートでも種類が違う。また、サノケンの場合は、公共の催し物に関わる創作であったというのも、小室の創作とはまた異なる種類のものではある。だが、創作に携わる者としての彼の指摘はなかなか参考になるものではないだろうか。  今後、どんなエンブレムができあがってくるのかはまだ分からない。だが、なんにせよ、我々を驚かせてくれるような「エナジェティック」な作品が生まれると良い。サノケンエンブレム白紙撤回騒動が単なるムダに終わらぬためにも、そんなエンブレムが見られるのを楽しみにしている。 (新田 樹)

ポルトガルの空港でアダルト画像が放送されるハプニング!

ポルトガルのリスボンにある空港内でアダルト画像が放映されるハプニングが起きたようだ。情報表示用の大画面に突如そのショッキングな映像が写され始めた様子は搭乗客によって撮影されており、空港職員が停止するまで数分間に渡って放映されていたようだ。 19日(月)に第1ターミナルで起こったとされているその一件について空港側は、その画面では18禁チャンネルではないテレビ局の番組がかけられていたはずだったが、同局で成人向けの映画が当時放送されていたとしている。

ベッキー“友達少ない”発言に「ハーフ会は友達じゃないの?」“元気の押し売り”に辟易で、好感度急下降か

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『ベッキー』オフィシャルウェブサイトより。
 ベッキーとオードリー・若林によるW司会で、18日から放送開始された『~おバカな大人マジリスペクト!~人生のパイセンTV』(フジテレビ系)。17日には“直前SP”と題し、番宣番組が放送されたのだが、その放送内で若林に「ベッキーめちゃくちゃ友達少ない。友達2人ぐらいしかいないでしょ。みんなが知ってるのは上戸彩ちゃんぐらい」と、ベッキーの私生活での交流関係が暴露される一幕があった。  これに対してネット上では、「ハーフ会の面々は友達じゃないの?」などと、疑問の声が上がっている。 「ウエンツ瑛士やローラ、ホラン千秋、JOYなど、芸能界で活躍するハーフタレントだけを集めたハーフ会を主催し、その様子をインスタグラムやバラエティ番組内で披露するなど、ベッキーには芸能界での友達が多いイメージがありますが、実際のところハーフ会は友人付き合いではなく、ビジネス交流の意味合いが強いようですね。ダレノガレ明美やマギーが呼ばれていないことから、『ベッキーがライバルを疎外したいだけなのでは?』というウワサも広まっています」(芸能関係者)  ハーフタレントとしては、ウエンツ瑛士に勝るとも劣らないほどに数多くのレギュラー番組を抱えるベッキーだが、最近、好感度が急速に下降しているといわれている。 「おたぽる」で続きを読む

小泉今日子はなぜ「劣化」しないのか? 「変化する力」「プロデューサー目線」を育んだ母親との歪な愛のかたち

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小泉今日子オフィシャルサイトより
【本と雑誌のニュースサイトリテラより】  ソフトバンクの新CMで、大人になり会員制のバーを営むセーラームーンを演じ話題となっている小泉今日子。近年では『あまちゃん』(NHK)での主人公・天野アキの母親・春子役がとみに印象的だが、その他にも、映画・ドラマ・CMへの出演は途切れず、10月23日には「読売新聞」の読書委員を務めていた彼女の書評をまとめた『小泉今日子書評集』(中央公論新社)も発売されたばかり。1982年のデビュー以来目立った停滞期間もなく芸能界の第一線で活躍し続け、49歳の今でもさらに魅力を増し続ける彼女にはいったいどんな秘密があるのか? 最近出版された、助川幸逸郎『小泉今日子はなぜいつも旬なのか』(朝日新聞出版)を読みながら、その謎に迫ってみたい。  彼女が成功し続けている秘密。助川氏はそれを「変化する力」という言葉で表現する。確かに、小泉今日子は、正統派アイドルとしてデビューしほどほどの人気を得た後、髪をショートカットに変えエッジの効いたキャラへのイメチェンで時の人に。そこから近田春夫、川勝正幸らをブレーンにアイドルの枠を飛び越えた良質な作品をつくりだす「オシャレ系アーティスト」になり、そして、本格的な女優へ......。彼女の長いキャリアを振り返ってみれば、そこにはいくつもの変化があった。  自分の「キャラ」に固執せず、次々と変化し、そしてそれが痛い失敗につながらない。それは、彼女の「「自分を見つめる目」の確かさ」によるものだと助川氏は分析している。たとえば、秋元康作詞による彼女の代表曲「なんてったってアイドル」に関して、小泉自身こう語っていたという。 〈みなさんがよく私の代表曲に挙げてくださる「なんてったってアイドル」なんて本当に歌うのがイヤでしたから。「またオトナが悪ふざけしてるよ」って(笑)〉 〈客観的に見て「この曲を歌えるのは私だけだろう」っていう自信はあったし、そういう周囲の期待を感じてはいた〉(「日本経済新聞電子版」2012年4月2日)  また、ハウスミュージックをアイドルポップスに取り入れた、小泉本人と近田春夫共同プロデュースによる1989年リリースの画期的なアルバム『KOIZUMI IN THE HOUSE』に関しても、こう語っていた。 〈当時はまだ多くの人が聴いたことのない、もしかしたらとっつきにくい音楽だったかもしれないけど、私という存在自体は分かりやすいですから。仕事の現場や遊び場で知り合った近田さんや藤原さんのファンの間に私が入れば、聴いていただけるとは思っていました。だって私自身、「ハウスが好きか?」と聞かれれば、別に好きじゃないですから(笑)。  もちろんカッコいいとは思っていたけど、"ハウスの人"になりたいわけじゃない。言ってしまえば、冷やかし気分だったからこそ、みなさんにとってちょうどいいカッコよさを探れたんでしょうね〉(「日本経済新聞電子版」2012年4月2日)  これらの発言を受け、助川氏はこう語る。 〈なんとなくハウスに憧れている「部外者」だったからこそ、一般人にとって「ちょうどいいカッコよさ」を探れた。自分について、ここまで冷静な発言をできる人物は滅多にいません。普通の歌手なら「もともとハウスに熱心で、けっしてニワカじゃなかった」と弁明するところです。  こんな具合に、みずからの価値を冷徹に見切れるのが小泉今日子の「らしさ」です。新しいことに次々挑戦して失敗しないのも、この特質のおかげといえます〉  時代の流れに合わせて次々と変化していき、新たな世界を表現することで決して古びた存在にならなかった小泉今日子。そのことには、本人も自覚的だったようだ。ブレーン的存在として彼女にサブカル的な知識をふんだんに与え、アイドルからの脱皮への道を用意したライター・川勝正幸の著書『ポップ中毒者の手記(約10年分)』(河出書房新社)の解説に、小泉はこんな言葉を残しているという。 〈世間のみなさんは、私はトンがったことを発信するアイドルだと思っただろうし、実際そう見えていたと思います。でも、本当の私はそういうことを自発的に発信するタイプではないんです。(中略)私に何か才能があるとすれば、人が提案したものを吸収して「自分らしい形」にすることなんです〉  自分に向けられた要求や提案には真摯に応えてみる。そうやって「変化」していく小泉今日子の姿勢はライターの藤吉雅春氏が〈小泉さんの凄みとは、過激な企てを平和にやりのけてしまうところです。しかも、本人が一番面白がっている〉(「週刊文春」文藝春秋/13年8月15日・22日号)との言葉を残すなど、周囲の人々も認めるものだった。なにせ、前述の川勝はどんな知識でもおむつのように吸収する彼女の姿勢を見て「パンパース小泉」というあだ名をつけるほどであった。  このように柔軟な小泉の姿勢が彼女にもたらしたものを助川はこう語る。 〈「された当人」に応える姿勢があるから「周囲の提案」がプラスに働く。応えてもらえるから提案する側もさらにアイデアを出したくなる。若き小泉今日子と身近な「知恵者」たちのあいだには、そうしたサイクルができていたようです〉  ただ、これは周囲の大人に「媚びる」という態度とはまったく異なる。提案されたことには全力で応えるが、それが自分に合わないと思えばそのアイデアは躊躇することなく捨ててしまう。周囲の思惑に合わせ正統派アイドル路線の聖子ちゃんカットでデビューした彼女が、自らショートカットへのイメチェンを申し出たのは有名な話だが、このエピソードなどはそれを端的に示している。彼女が常に考えていたのは、あくまで「周囲の大人」ではなく「お客さん」の目だった。助川氏はこう綴る。 〈小泉今日子の目線は、「周囲」や「みなさん」に向けられています。自分の属するチームの中で演じるべき役割を果たし、客を喜ばせる。仕事をしているときの彼女は、常にそこを意識しているようです。読売新聞の読書委員も「出来の悪い原稿だったら没にすること」を条件に引き受けたと聞いています。(中略)「文章書き」としても、「読者を喜ばせること」を常に意識しているのです〉  彼女がそのように客観的な「お客さま目線」「プロデューサー目線」を得ることができたのは何故なのか? 助川氏はエッセイ集『原宿百景』(スイッチパブリッシング)の以下の文章を引き、三人姉妹の末っ子として生まれた彼女と母親との少しばかり歪な関係がその「目線」を彼女に与えたのではないかと考察する。 〈ユミさんは優しいお母さんだったけれど、友達のお母さん達と比べるとお母さんっぽくない人だったかもしれない。(中略)幼い日の私の写真を見ると、たいがい超ミニスカートを穿いている。これもユミさんのセンスで、「キョウコの足はキレイなカタチしているから」と、親バカ発言しながら、もともとミニスカートなのに、さらに裾あげされてパンツが見えないギリギリの丈にされていたのである。髪型もそうだ。小学生なのにパーマをかけさせられたり、モンチッチみたいな超ショートカットにされたり。私はいつも、ユミさんの動く着せ替え人形のように遊ばれていた〉  ここまでは、まあよくある親子関係の話ではある。しかし、こうして母の要望をすべて受け入れていくうちに、いつしか二人の関係はおかしなものになっていく。 〈私が最初に憧れた女性はユミさんだったと思う。母親というより大人の女性として素敵だと思っていた。でも、いつの日からか私がユミさんのお母さんみたいになっちゃった。  十七歳の時だったと思う。原宿のマンションにユミさんが泊まりに来ていた。キッチンで洗い物をしながら私はユミさんの愚痴を聞いていた。ユミさんは自分の感情に素直な人だから、よく泣いたり笑ったりする。私はいつも黙って聞いてあげる。そうすると「あんたは私のお母ちゃんみたいだね。お母ちゃんは割と大柄な人だったから姿は全然似てないんだけど、なにかがすごく似てるのよ」って、ユミさんが言う〉(前掲『原宿百景』) 「子どもが母親の母親になる」。母の言うことを受け入れ続けた結果、こんな歪な関係になったのだが、その結果、彼女は自伝『パンダのan・an』(マガジンハウス)でこんな言葉を綴るに至る。 〈私は、ある意味で自分の事を諦めたのだ。それまでは、宙に浮かんで、頭の上の方から客観的に自分を見ていた。幽体離脱した人が、自分の肉体を見ている様な感じ。上から見ていると周りはよく見えるけれど、自分の中身がよく見えない。心の中の痛みなんか見えないからほっぽっておいた〉  小泉今日子が綴ったこれらの言葉を受け、助川氏はこう書き記す。 〈「宙の上から自分を見るまなざし」は、「ユミさん」の要求に応えようとする、「ユミさんの母親」の視点です。そこに身を置いていたために、みずからの心身の声を、小泉今日子は(中略)聞き取れずにいたのでした。こうした「自分を外側から見る習性」は、一方ではプラスにも働いています。(中略)「お客の目線になりきって自分を観察できること」が小泉今日子の「強み」です。この「強み」は間違いなく、「頭の上の方から客観的に自分を見ていた」経験に根ざしています。  バブル時代に各種の「過激な企画」をもちかけられたとき、冷静に「一度はやってみよう」というスタンスで彼女は応じていました。年長者に踊らされているように見えながら、踊らせる側の真意をしっかり見定めている――アイドルとしての小泉今日子のあり方は、「ユミさん」の「着せ替え人形」を務めていた姿が原点です〉  小泉今日子の長いキャリアを振り返ってみれば、助川氏の言うような「プロデューサー目線」に裏打ちされたうえでの「変化を恐れない」姿勢が、常にファンを飽きさせず、また、その都度新たなファンを獲得してきた原動力になっていたのは事実のように思える。ただ、時折起きるスキャンダル(そのなかには、単なる恋愛沙汰だけでなく、「車の運転中に新聞配達用のバイクと接触したうえでの当て逃げ」というものも含まれている)が彼女のキャリアにほとんどダメージを与えなかったのは、小泉が大手事務所バーニングプロダクションに所属しているからという事実もまた忘れてはならないだろう。  ただ、大手事務所に所属しているからという理由だけでは、芸能界はサバイブできない。それには、天性の才能と、たゆまぬ努力が不可欠だ。助川氏もこんなふうに指摘する。 〈小泉今日子は、次から次へと路線を変え、時代から求められるポジションに移動していきます。こうしたやり方は、真似しようとしてもなかなかできる業ではありません〉 〈アイドルから本格派歌手にイメージを変えたり、音楽畑で活躍していた人が俳優にシフトしたり――そういう路線変更は、珍しいことではありません。一つのことだけに取り組んでいたのでは、芸能人としての寿命は限られます。しかし、小泉今日子のように転身を繰り返し、その度にステップアップしていくケースは滅多にありません〉  今後、小泉今日子はどんな「変化」を我々に見せてくれるのだろうか。 (新田 樹)

マリリン・モンロー、フランク・シナトラのプロポーズを断っていた!

マリリン・モンローがフランク・シナトラのプロポーズを断っていたことがジェームス・カプラン著作のシナトラ伝記本『シナトラ:ザ・チェアマン』の中で明かされている。モンローが1962年に薬物の過剰摂取によって36歳の若さで悲劇的な死を遂げる1年前にシナトラがプロポーズを行ったようだが、モンローは喧嘩中だった夫ジョー・ディマジオと寄りを戻し、この申し出を断ったというのだ。シナトラの親しい友人であるジリー・リゾは著者ジェームスに「フランクはマリリンと結婚したかったんだ。彼は彼女に結婚の申し出をしたけど、答えはノーだったよ」と語っている。シナトラはモンローへとても強い想いを抱いていたが、夫ジョーとの確執があったために、モンローの葬儀に出席することは許されなかったのだという。またタレントエージェントのミルト・エビンスも「フランクがマリリンに恋をしていたことに間違いはない」と語っている。 ほかにも同書籍の中にはモンローが死の1週間前にシナトラと一緒にシナトラの別荘があるタホ湖のカル・ネヴァで共に過ごし、負のスパイラルのはまってしまったモンローをシナトラがどのように助けようとしたかなども記されているようだ。 2番目の妻アヴァ・ガードナーと結婚中の1954年にモンローと知り合ったシナトラは1957年にアヴァと離婚したのちモンローとの交際をスタートさせ、数か月交際していた。 この伝記本『シナトラ:ザ・チェアマン』は今月27日にアメリカなどで発売開始予定となっている。

名もなき乳母は名写真家だったーー『ヴィヴィアン・マイヤーを探して』が導き出す真実とは?

【リアルサウンドより】  今年のアカデミー賞で長編ドキュメンタリー部門にノミネートされた話題作が、待望の日本公開を迎えた。  筆者はこの映画を昨夏、イギリスの地方都市のアートシアターで鑑賞したのだが、常時7、8本の映画を上映するその劇場では本作をイチオシ作としてプッシュしており、客席は映画好きの学生からアートに関心の高そうなミドル層、さらに仲間どうしで連れ添った奥様方や上品そうな高齢のご夫婦など、実に多彩な客層で彩られていたように思う。いざ映画が始まると「事実は小説よりも奇なり」な展開に深いため息がたびたび聞かれ、上映後は館内に貼られたポスターの前で多くの人が感想を語り合い、なかなか帰途に就こうとしなかった。  この映画は極めてユニークだ。人を深遠な気持ちにさせる不思議な魅力を持っている。メインとなるのは、ひとりの女性写真家と、彼女が撮りためた15万点にもおよぶ作品たち。興味深いことに彼女は、生涯にわたってそれらの写真を誰にも見せることがなかったという。
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 事態が動き出すのは彼女の死後しばらく経ってから。この映画の監督でもある青年ジョン・マルーフが、とあるガラクタ市のオークションで大量の古い写真のネガを競り落としたのだ。それらをスキャンしてパソコンで読み込むと、そこには目を疑うほどの素晴らしい画像が映し出された。彼はこの写真をネットで紹介すると同時に、自らもネガの束に含まれていたメモを手がかりに撮影者について調べ始める。そこで辿り着いた「ヴィヴィアン・マイヤー」という名前。実は彼女は女性写真家ではなく、ナニー(乳母)として生きた女性だった――。  本作では静かな驚きが幾つも押し寄せる。まずはファースト・インプレッション。つまり彼女の写真をまっさらな状態で目にした時の瞬発的な感動。スクリーンを介してモノクロの画像が胸に沁み込んできた時、不覚にも涙がこぼれてしまった。特に40年代、50年代のストリートを切り取ったショットの数々は、構図といい、被写体の表情といい、実に味わい深くて、なおかつユーモアに満ちている。もちろん当時の文化を克明に伝えるという記録資料的な価値も極めて高いのだろう。  その意味で本作は、「誰も知らなかった写真家の作品を劇場で共有する」という密かな楽しみと高揚にあふれている。名もなきナニーが素晴らしい写真家であったなんて、こんなにも素敵な神秘には滅多に立ち会えるもんじゃない。  と同時に、マルーフ監督が明らかにしていくのはヴィヴィアンの素顔だ。こういった展開は一昨年のアカデミー賞長編ドキュメンタリー部門のオスカー受賞作『シュガーマン 奇跡に愛された男』とも通じるものがあるだろう。ひとつの伝説を切り口に、作り手が探偵のような執念で真相を解き明かそうとするわけだ。
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 これがもう一つの静かな驚きとなる。実際に乳母としての彼女の世話になった「かつての子供ら」は、それぞれに思い出を口にする。いつも首からカメラをぶら下げ、街の変わった場所や通りに連れて行かれたこと。様々な人にカメラを向けるので子供ながらに気まずい思いをすることも多かったこと。そして時にはヴィヴィアンが子供らに行き過ぎたしつけを行ったり、なおかつエキセントリックで、ミステリアスな側面も強かったこと……。どうやら少なからず彼女は複雑な人間性を抱えた人物でもあったようだ。  私を含めた身勝手な観客にとってみれば「素晴らしい写真を遺したナニーは性格も素晴らしい、まるで聖人のような人物でした」とならないところこそ、この映画のたまらない魅力だし、まさに「事実は小説よりも奇なり」な部分。僕らはヴィヴィアンの影を知ることで、よりいっそう光を意識することができるようになる。  だが一方、このあたりに差し掛かると、監督の表情がうっすらと曇り始めているのが伺える。それはいわゆる発見者の苦悩というやつなのだろう。「彼女の写真を公表したのは正しかったのか?」。そんな自問に苛まれている様子が伝わってくるのだ。  そんな中、マルーフ監督が中盤、フランスの田舎町で辿り着くひとつの「答え」は、観客にとって「ナニーは名写真家」というキャッチーな要素に匹敵するほどのインパクトでは決してないものの、しかしマルーフ自身にとっては非常に大事な核心部分だったのだと思う。ここで確証が得られたからこそ彼は、亡きヴィヴィアンの意志を見極め、彼女の存在と作品そのものを世界に向けて紹介しようと腹をくくったに違いない。
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 そうした意味でも、本作は紛れもなくヴィヴィアン・マイヤーの物語でありながら、同時にジョン・マルーフという青年の「発見から決断まで」の物語でもあると思うのだ。  歴史書を紐解くと、そこには存命中に正当に評価されたなかった大勢の芸術家の名前が満ちている。物事の真価は歴史が証明してくれるなどと人は言うが、ことヴィヴィアン・マイヤーに関して言うならば、ヴィヴィアンとマルーフというふたりの人間が時空を超えて繋がったからこそ、歴史は初めて重い腰を上げて物事の真価を証明し始めたことになる。  ヴィヴィアンの伝説はまだまだ世界中に、多くの目撃者を必要としているはず。もちろん、この日本にも。ぜひ劇場でこの静かな驚きの物語に身を浸してみてほしい。『ヴィヴィアン・マイヤーを探して』はそうやって観客と共に真価を見つめようとするドキュメンタリーなのだ。 ■牛津厚信 映画ライター。明治大学政治経済学部を卒業後、某映画放送専門局の勤務を経てフリーランスに転身。現在、「映画.com」、「EYESCREAM」、「パーフェクトムービーガイド」など、さまざまな媒体で映画レビュー執筆やインタビュー記事を手掛ける。また、劇場用パンフレットへの寄稿も行っている。Twitter ■公開情報 『ヴィヴィアン・マイヤーを探して』 10月 シアター・イメージフォーラムほか全国順次ロードショー 監督・脚本:ジョン・マルーフ、チャーリー・シスケル 製作総指揮:ジェフ・ガーリン プロデューサー:ジョン・マルーフ、チャーリー・シスケル 音楽:J・ラルフ 撮影:ジョン・マルーフ 編集:アーロン・ウィッケンデン 2013年/アメリカ映画/83分/原題:Finding Vivian Maier 提供:ニューセレクト 配給:アルバトロス・フィルム (C)Vivian Maier_Maloof Collection (C)2013 RAVINE PICTURES, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

“踊らない”Perfumeにファン失望!? 高年齢化で、解散を危ぶむ声も……

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『Perfume』公式ページより。
 今月28日に22枚目のシングル「STAR TRAIN」(Perfume Records/ユニバーサルJ)のリリースが予定されているPerfumeだが、今回のPVでは3人が全く踊らないことで、ファンからは賛否両論の声が上がっているようだ。 「Perfumeといえば、中田ヤスタカ作曲のテクノポップ調ミュージックに合わせた独特なダンスが最大の魅力。『踊らないPerfumeには魅力を感じない』というファンもいるようです。その一方で、Perfumeの曲には声を加工したものが多く、ライブではそのパートが口パクで表現されることが多いのですが、今回の曲では3人のしっとりとした歌声が聴けることから、今からライブを楽しみにしているファンもいるようです」(芸能関係者)  Perfumeにとって、今年は結成15周年、メジャーデビュー10周年のアニバーサリーイヤー。“踊らない”新曲には新たな挑戦という意味も込められているのだが、一部では解散を危惧する声も上がっているようだ。 「おたぽる」で続きを読む

チンポのあるAV女優・大島薫が語る男の娘AVの魅力…それは健康的で勃起力の強い、大きな男根にある!?

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『ボクらしく。』(マイウェイ出版)
【本と雑誌のニュースサイトリテラより】  性転換手術などは受けておらず、タマもサオもある。女性ホルモン投与もしていないし、豊胸手術もしていない、「男性」だけれども、AV「女優」。しかも、及川奈央をはじめ伝説的な女優も在籍し、現在でも友田彩也香・桜井あゆなど人気女優が在籍する大手AVメーカー「KMP」で専属AV女優契約をしていた「男」がいる。  いわゆる「男の娘」ムーブメントに関心を持つ者であれば知らぬ者はいない存在、大島薫である。顔・所作・ファッションは「女」。でも、カラダは「男」。そんな大島薫というAV女優はいかにして誕生したのか? その魅力とは何なのか? 先ごろ出版された、大島薫『ボクらしく。』(マイウェイ出版)を読みながら、男の娘AVという奥深い世界をご紹介していきたい。  大島がAVにおいて大事にしていたのは「かわいい顔におちんちんが付いている」という「ギャップ」であるという。これは大島が女装に興味をもったきっかけである、同人作家の「ふたなり」絵、そのなかでも特にお気に入りだった絵師「じんじん」の画風の特徴であった。大島はその絵の「美しい女性の顔に、女性的な身体のライン、そこに不釣り合いな禍々しいほどの男性器」という「違和感」に魅せられていく。彼はおちんちん系AVについて『ボクらしく。』のなかでこんなことを語っている。 〈ボクはもともと、アニメや漫画の男の娘が好きでした(中略)やはりこのジャンルの醍醐味は、可愛い顔におちんちんが付いているというギャップですよね。  しかし、これはフィクションだからできることであって、現実には女の子と見間違えるほどの美少年はいません。ずっとAV業界でこの手のジャンルは「ニューハーフ」と呼ばれる人たちが、男の娘という名前でまかり通っていました。  ここでいうニューハーフさんとは、女性ホルモンや去勢手術により、身体を女性に近づけている人たちのことです。そういった方はかなり女性寄りの身体つきや、顔立ちをしているのですが、どうしても勃起力が弱くなります。かといって、男性のままの女装男子では、どうしても見た目のクオリティーが伴わない……。  女装男子・男の娘・ニューハーフにしても、結局のところみんな「女の子のような可愛い顔に、でっかいおちんちん」が見たいのです。男らしい顔・身体に、男性器がついていても、「それは男なんだから当たり前でしょ?」といった感じで、あまりギャップはありませんし、女の子みたいな顔と身体に、小さなおちんちんがちょこんと付いていても、ちょっと大きなクリトリスといった印象で、十分なギャップを感じられません。  ボクがAVに出演する際は、ここにかなり気を使ったと思います〉  女性的な顔・身体は目指したいが、女性ホルモンや去勢手術で男根の力を弱めてしまったら「ギャップ」が出なくなってしまう。そのため大島は医療的なものには手を出さずに(これを「ノンホルノンオペ」と呼ぶ)、女性的な「記号」を会得しようとした。  女装中心で生活しながら、自然に女声が出せるようテープレコーダーに録音しながら練習・身体の線を変えるためコルセットしながら過ごす・胸を吸引器で膨らます・ボトックスを打って筋肉の動きを止め細くする・上部頸椎矯正に通って身体の嵩を縮めるなど、血のにじむような努力を重ねる。その結果、大島は女装AVに出演する傍らメンズエステのセラピスト店で働くことに成功する。そこは男性客と女性セラピストが一対一で施術を行うタイプのエステ店だった。つまり、ノンホルノンオペのまま、大島はついに「女性」にしか見えない人間になったのである。  女性的な外見を備えたが、先ほどから繰り返している通り、大島は女性ホルモン投与などによる副作用の男性萎縮などはない。「勃ちが良かったり、何度でも射精できたり、よく精子が飛ぶ」、健康な成人男子の男性器と女性的な顔・ボディライン。大島は漫画やアニメで憧れた「ギャップ」のある身体を手に入れたのであった。  大島は、この「ギャップ」が男の娘の魅力だと語るが、もうひとつ外せないものに「ミラーニューロン」があるという。 〈これはイタリアにあるパルマ大学のジャコーモ・リッツォラッティらの研究によって、1996年に発見されたもので、例えば、物を掴んだり、操作したりする際に活発に作用する神経細胞です。霊長類には、自分で行動していなくても、他人が何かを動かしたりしている様を見て、あたかも自分がその動作を行っているように感じる能力が備わっています。それを担うのがミラーニューロンです。  これは女装男子を見る場合に当てはまります。  画面の向こうの女装男子が、男性器をシゴくのを見て、こちらまでその感覚が伝わってくる。そんな「共感のしやすさ」のようなものが、男性が女装男子に興奮する要因の一つになっている気がするのです〉(前掲『ボクらしく。』より)  同様の指摘は、『女装美少年』なるAVシリーズを手掛けた、ふたなり系AVの第一人者でもあるAV監督・二村ヒトシからもなされている。 〈ぼくにはおまんこが味わっている快楽は味わえないが、ちんぽの快楽は熟知している。(中略)感情移入しやすい。われわれ男は、ゲイでなくても、じつはちんぽが大好きなのだ。それは“自分自身”だからだ〉(「ユリイカ」青土社/2015年9月号)  「ギャップ」と「共感」――。今年4月からは渋谷区でパートナーシップ条例が施行されるなど、多様な性のあり方が認められるようになっているいま、「男の娘AV」という世界で、大島薫は揺らぐジェンダーの新たな地平を表現しようとしている。 (田中 教)

リアーナ、出産について必死にネット検索!?

リアーナはオンラインで出産について熱心に検索しているそうだ。今から出産を心配しているというリアーナは出産による影響について頻繁にネットで検索しているそうで、その結果さらに心配が募っているのだという。ネットで何を検索することが多いかと尋ねられた際、リアーナは「取り留めのないものばかりよ。ただ座って出産をグーグルにかけるとかね」と答えた。 そしてさらにリアーナは心配の種が出産の過程だけではなく、出産による女性器への影響までに及んでいることを告白しており、「出産っていう言葉はきれいな言い方よね。この前、アソコのサイズがどこまで広がるのかとか、お産の後にどうなるのかとかを調べちゃったの...」と語った。 現在は8作目となるスタジオアルバム『アンチ』のレコーディングに多忙で、近々妊娠する予定なども全くないというリアーナだが、あまりにも気になるためその恐怖感に名前があるかまで検索してしまったと続けた。