河北麻友子の『3代目・白鳥麗子』就任に「やめてくれ!」桐谷美玲ともども、痩せすぎでフランスでは罰金に?

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「メ~テレ ドラマ」Twitter(@nagoyatv_drama)より。
 先月30日、人気コミック『白鳥麗子でございます!』が20年ぶりに映像化されること、さらに主役の白鳥麗子役にはモデルの河北麻友子が抜擢されたことが発表された。同作は今までに2度ドラマ化され、白鳥役はそれぞれ鈴木保奈美、松雪泰子が演じ、河北が3代目となる。この発表と同時に、「河北って、演技ド下手じゃん!」「松雪さんを超えられるはずがない」など、ネット上では原作ファン、前回のドラマファンから苦情の声が殺到しているようだ。 「プライドが高くて、思い込みが激しく、単細胞。『おーほほほほ』という高笑いも特徴的な強烈キャラクター白鳥麗子といえば、やはり松雪のイメージが1番定着しているのではないでしょうか。同作でゴールデンタイムの連続ドラマ初主演となった松雪ですが、第一シーズンの平均視聴率は16.7%、最終回は20.8%の高視聴率を記録し、女優としての地位を確立しました。河北は父親がニューヨークで会社経営をし、生まれも育ちもニューヨーク。実家は現在、ビヨンセやロバート・デ・ニーロらセレブスターがご近所さんという、マンハッタン地区にあり、お嬢様育ちという点では白鳥にも引けを取らないのですが、肝心の演技力は評価が低く、現在放送中のドラマ『アンダーウェア』(フジテレビ系)では、主役の桐谷美玲の親友役を演じていますが、『浮いてる』『完全に“河北麻友子”として画面に出ちゃってる』など、厳しい評価が下されています」(芸能関係者)  河北といえば、演技力以上に批判されているのが、“痩せすぎ”という点だろう。“太りすぎ”を批判されることが多い日本の芸能界においては、稀有な存在ともいえる。 「『アンダーウェア』で共演している桐谷も痩せすぎと指摘されることが多いですが、その桐谷と並んでも、河北の細さは遜色ありません。理想的なモデルの体重を導き出す、モデル体重(kg)=身長(m)×身長(m)×18という計算式に当てはめれば、身長162cmの河北の理想のモデル体重は、約47kgということになりますが、河北の実際の体重は38kgといわれ、10kg近くも痩せています。身長163cmの桐谷も体重39kgと、河北と同じぐらい痩せすぎとなっています。今年4月にフランスで、BMIが18以下となるファッションモデルの活動を禁止し、該当する“痩せすぎモデル”を雇用した業者には最大7万5,000ユーロ(約980万円)の罰金、最大6カ月の禁固刑が科される法案が可決されましたが、河北も桐谷もBMIは約14.5ですから、この法案に当てはめると、河北・桐谷両者の所属事務所は罰金ものということになりますね」(同)  ちなみに、BMIとはボディ・マス・インデックスの略で、算出方法は 体重kg÷(身長mの2乗)。日本人の平均値がおよそ22ということからも、河北と桐谷がいかに痩せすぎであるかということがわかる。

思わず涙した忌野清志郎の歌…レクイエムの名手・菊地成孔がマイケル・ジャクソン、団鬼六の死に思ったこと

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『レクイエムの名手 菊地成孔追悼文集』(亜紀書房)
【本と雑誌のニュースサイトリテラより】  日本人ジャズミュージシャンとして初めてジャズの名門レーベル「Impulse! Records」と契約するという快挙を成し遂げたミュージシャンでありながら、東京大学、東京芸術大学、慶應義塾大学といった学校で非常勤講師として教鞭をとり、また、映画評論・エッセイ集など数々の著作をもつ文筆家でもある、そんな多彩な顔をもつ菊地成孔が新著『レクイエムの名手 菊地成孔追悼文集』(亜紀書房)を出版した。  この本はタイトルの通り、菊地成孔が2004年から2015年にかけて、雑誌連載やブログ、自身の冠ラジオ番組などで故人に捧げた「レクイエム(鎮魂歌)」を集めた1冊。ライター・川勝正幸、ジャズ評論家・相倉久人、ジャズミュージシャン・菊地雅章といった生前関わりのあった人から、「glee」でフィン役を演じた俳優コーリー・モンテース、落語家・立川談志といった面識はないものの彼が強い思い入れをもっている人まで、総勢50本以上の「レクイエム」が収録されている。音楽はもちろん、映画・文学・心理学など、圧倒的な知識量をバックグランドとした評論で00年代以降のサブカルチャーを牽引してきた菊地成孔はどんな「レクイエム」を残してきたのか? 本稿ではそのなかから、印象的なテキストをいくつかご紹介していきたい。  ジャズシーンで活躍する傍ら、セッションミュージシャンとしても多くの仕事を残してきた彼は、多ジャンルのミュージシャンと知己をもっており、浅川マキ、ウガンダ・トラなど、バラエティに富んだ音楽家たちとの思い出を本書に綴っている。そのなかでも特に印象的なのが、忌野清志郎とのエピソードだ。  90年代、菊地成孔は師匠である山下洋輔(タモリを発掘、福岡から上京させた人物としても有名)のバンドの一員として、忌野清志郎が主催する川崎クラブチッタでの年越しイベントに出演した。しかし、そのイベントのオーディエンスはロック好きを中心とした聴衆で、彼らを前に演奏は空を切るだけだったという。 〈チッタのフロアを埋め尽くしたロックファン達を前にした、ボトム(ベース)がない、グランドピアノ、サックス、ドラムセットだけの完全アコースティックの演奏は、どれだけ扇情的な演奏を行っても、全くの無力でした。アウェイというレヴェルではない、あれほどの無力感を感じた演奏は、ワタシの乏しい音楽歴の中でも、あれっきりです〉 〈演奏は30分間でしたが、会場全体がどん引きでシーンとする事も、ヤジが飛ぶ事も、一切ありませんでした。我々の演奏は、やってるかやってないか、演奏なのかサウンドチェックなのか判らないものとして理解され、演奏中は、休憩中と全く同じざわつきが、同じデシベル値のまま全く止まらず、演奏は空を切ると言うより、一秒ごとに、演奏している我々三人だけの独占物になっていきました〉  菊地成孔にとってはなかなかに苦い清志郎とのエピソードだが、彼にとって故人にまつわる最も意義深い思い出はこのイベントでのことではなく、ある日テレビを観ていた時に偶然聴いた彼の曲に心揺さぶられた経験であると言う。それは、こんな歌詞の曲であった。 〈オレがどんなにわるいことをしても  オレは知ってる  ベイビー、おまえだけは オレの味方  オレがどれだけウソばかりついても  ベイビー、おまえだけは オレを解ってくれる  オレは知ってる〉  菊地成孔が書き出した歌詞は実際に清志郎が歌っているものと微妙に異なるのだが、ここで指している曲は恐らく「君が僕を知ってる」であると思われる。名曲「雨あがりの夜空に」のカップリングであり、アルバム『EPLP』に収録されている曲である。その歌を聴いた時の思い出を彼はこう語る。 〈ワタシは、自分が、日本の音楽を聴いて、これほど泣くのだと言う事に、当惑する程でした。涙が流れたとか、嗚咽が止まらなかったとかいう問題ではない、ワタシは全身全霊が泣き果てて、泣いて泣いて、この曲が終わる前に、幸福で死んでしまうのではないかと思いました。  この歌詞を、落ち着いて口にしたり、キーパンチしたりすることが、ワタシは一生出来ないでしょう。今こうして、たった100文字に満たない言葉をキーパンチするだけで、ワタシの目玉はずぶぬれになり、鼻からは滝の様な鼻水が流れています。読み返すと、更に涙があふれて来ます。こんなに人は泣けるのか。と呆れる程です。ワタシは、フォークソングの門外漢として、日本語のフォークソングは、生涯に一曲、フォーク・クルセイダーズの「あの素晴らしい愛をもう一度」だけあれば、そして、日本語のソウルとブルースは、この一曲があれば事足りると思っています〉  この追悼文は彼の公式サイト「PELISSE」に書かれたものだったが、多くの清志郎ファンの心を打ち、後に『文藝別冊 総特集 忌野清志郎』(河出書房新社)にも転載されている。  本書に収録されたテキストの書かれた04年から15年というのは、昭和を彩った偉人たちが次々と亡くなる時代でもあった。  菊地成孔にとっては、とりわけ、クレージーキャッツの面々(植木等、谷啓、桜井センリ)、そして『シャボン玉ホリデー』(日本テレビ)での共演者ザ・ピーナッツの伊藤エミがこの世を去ったことが大きい。彼はかねてより兄である作家・菊地秀行の部屋で見つけたクレージーキャッツのレコードに夢中になったことが音楽や映画に目覚めたきっかけであると公言しており、本書でも〈ワタシはジャズとクレージーキャッツがなかったら今頃こんな仕事なんか絶対にしてません〉とまで綴っている。そんな彼らの死に、菊地成孔はこんな詩的な「レクイエム」の数々を送った。 〈90年代から00年代の20年間というのは、我等がハナ肇とクレージーキャッツが一人また一人と亡くなっていった時代でした。20年以上かけて、花びらがスローモーションで散っていくような様を見せられる。そういう時代に入り、まだそれが続いている訳です〉 〈こうやってクレージーキャッツだけでなく「シャボン玉ホリデー」という偉大な運動体が、少しずつ少しずつ黄泉の国へと昇っていくんだ。分っちゃいたけど、虚を突かれた気分です。毎週日曜の夜7時。その3分ぐらい前になるとザ・ピーナッツが「スターダスト」を歌い出す。二人の間にハナ肇が割り込む。ちょっと気障な嫌味を言う。ザ・ピーナッツが歌いながらハナ肇に肘鉄。ハナ肇があのフンガフンガみたいな面白い顔して、また来週。  あの完璧なエンディングが、ゆっくりゆっくり空に昇っていくようです〉 〈青島幸男さんが亡くなった時も辛かった。ワタシは元都知事が亡くなったという風には考えません。クレージーの仲間にしてブレーンの青ちゃんが亡くなったのだと。その後、谷さんも亡くなりました。植木屋はとっくに逝った。ハナも谷も死んだのだ。悲しい童話の集結部の様です〉  クレージーキャッツの面々がこの世を去っていった時期、それは昭和の巨星たちが次々とこの世を去っていった時でもある。例えば、我が国における官能小説の大家、団鬼六もそのひとり。 〈「昭和」「20世紀」の美学を形作った偉人達が、滑り込むようにどんどん鬼籍に入って行く光景をただ黙って見つめているような気分。 (中略)  従って、というべきか、故人の急逝は、昭和の一角が完全に終わった事、日本に於ける官能という文化がとうとう21世紀を迎えた事を同時に意味しているとしか私には考えられない〉  彼らのように、「昭和」、そして、「20世紀」を彩った巨星たちがこの世を去ることでようやく「21世紀」が始まると、菊地成孔は悲しみを胸に綴る。マイケル・ジャクソンの死も、まさにそのようなターニングポイントとなる出来事であった。 〈「言葉もない」という慣用表現がありますが、おそらく生まれて初めて、その状態の中におります。それでもこうして、キーパンチは出来るという事実に、彼が生きた時代。つまり、多くの消費者が皆キーパンチによって言葉を吐き出していなかった時代への追慕ばかりが駆け巡ります。ワタシは今、端的に申し上げて、泣いています。慟哭が止まりません。どうしたら止まるかも分りません。世界中の人々とともに、総ての宗教的な領域を超えて、共に喪に服そうと思います。21世紀が本当にやってきました〉  以上紹介してきたのは、本書におさめられている追悼文のほんのひと握り。面識がある・ないを問わず、思い入れのある人物が亡くなるたびに追悼文を捧げ続け、遂にそれらを集めただけで一冊の本を上梓してしまった菊地成孔。そんな彼にとって「死」とはどのようなものなのか? それは本書に綴られた、以下の言葉に集約されている。 〈どなたがいつ、どんな風に亡くなっても、ワタシが思っている事は一つです。あの世が楽しく、面白く、苦しければ良い。この世と同じぐらいに〉 (新田 樹)

フェイスブックの創設者マーク・ザッカーバーグに第1子が誕生

フェイスブックの創設者であるマーク・ザッカーバーグ(31)と妻プリシラ・チャン(30)に第1子が誕生した。ザッカーバーグは1日(火)、プリシラが2人にとっての第1子となる女児マックスちゃんを出産したことをフェイスブック上で発表すると共に、夫妻の持つ同社の株式99パーセントを生涯に渡り寄付することを宣言した。ザッカーバーグは「プリシラと僕は娘のマックスをこの世に迎えたことにとても幸せを感じています!娘の誕生に際して、僕らはこの子に住んで欲しい世界についての手紙を書きました」「それは病気の治癒、個人に合わせた教育、クリーンエネルギーの利用、人とのつながりの構築、結束した共同体、貧困の減少、平等の権利の提供、そして国中に理解を広めることによって僕たちの世代が人間の可能性を押し上げ、平等を推進する世界です」「そんな世界を全ての子供たちのために作るため、僕達はわずかながらも協力するつもりです。そこで僕たちは現在450億ドル(約5兆5300億円)あるフェイブックの99パーセントの株式を僕たちの生涯にかけて次世代の世界の改善に向けた活動に寄付することにしました」「このコミュニティにいる皆さんによる妊娠期間中の応援やご支援に感謝しています。僕達がマックスと全ての子供たちのための世界を一緒に作り上げていけるという希望を与えてくれました」と投稿している。 ザッカーバーグ夫妻は7月に妊娠を発表した際、以前に流産を経験していたことも明かしていた。その際ザッカーバーグは「僕たちはこの経験を共有することにより、僕達が感じたのと同じような希望をより多くの人に与えられることと、より多くの人が自分のストーリーを気軽に他人と共有できるようになることを望んでいます」とコメントしていた。

夏帆、劣化は取り戻すも「色気なし!」の声 柳楽優弥にはさらなる飛躍の期待が?

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映画『ピンクとグレー』公式サイトより。
 先月26日、来年1月9日から公開予定の映画『ピンクとグレー』の完成試写会が行われ、女優の夏帆が映画にちなんだピンクの衣装を着て登場。6月に公開された映画『海街 diary』のPR活動で、マスコミの前に姿を現した際には「劣化した」と騒がれた夏帆。今回の試写会では「ひとまず劣化は収まったようだな」という声が聞かれるものの、今度は「色気がない」という声も上がり始めているようだ。 「夏帆は、07年に主演した映画『天然コケッコー』で美少女ぶりが話題となり、その年の日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞。若手女優として将来を嘱望されたのですが、清純なイメージを払拭するべく不良少女役に挑んだドラマ『みんな! エスパーだよ!』(テレビ東京系)に出演した13年頃から激ヤセを指摘され、それに伴い『まだ若いのに、ホウレイ線が出てきた』『激ヤセのせいで歯茎が目立つようになった』など、ネット上でたびたび劣化を指摘されるように。『海街 diary』でカンヌ映画祭に出席した際には、共演者である綾瀬はるかや長澤まさみ、広瀬すずといった、女優界でもトップクラスの美人女優たちと肩を並べたこともあって、余計に『劣化した』という指摘が増えました。ただ、女性からは『劣化したのではなくて、メイクに問題があるのでは?』との指摘もあり、その声が届いたのか、『ピンクとグレー』の完成試写会ではナチュラルメイクで登場していました。すると、今度は『色気がない』と指摘される結果に。ただ、夏帆は現在 24歳とまだ若く、『もう少し年を取れば、色気なんて勝手についてくる』とファンからは励ましの声が上がっているようです」(芸能関係者)  成長過程で劣化を指摘されるのは、子役出身俳優が成人俳優として活躍していく際の通過儀礼ともいえる。『ピンクとグレー』の共演者である柳楽優弥は、夏帆以上に厳しい通過儀礼を経験した先輩だ。 「柳楽は、『海街 diary』の監督でもある是枝裕和が04年に製作した映画『誰も知らない』で、演技未経験ながら主役に抜擢され、当時史上最年少となる14歳で第57回カンヌ国際映画祭の最優秀主演男優賞を獲得。『TIME』誌アジア版で『2004 Asia’s Heroes』に選出されるなど、一躍有名になるものの、成長に伴うルックスの変化などで次第に仕事が激減。激太りや急性薬物中毒で搬送されるといった、俳優業以外での話題ばかりが目立つように。10年には豊田エリーと結婚し、第一子が誕生するなど、お目出度い話題も出ましたが、俳優業だけでは妻子を養えず、自動車ディーラーや居酒屋で働いていた時期もあったようです。そんな苦労が実り、今年出演したドラマ『まっしろ』(TBS系)やNHK 朝ドラ『まれ』では、『主役を食う存在感』と絶賛され、業界内でも『再ブレークか?』という声が聞こえ始めているようです」(同)  柳楽はよく“目力の強さ”を魅力に挙げられているようだが、『誰も知らない』のオーディションで「目に力がある」という理由で、演技未経験だった柳楽を主役に抜擢した是枝監督はやはり、世界的に評価される監督なだけに、先見の明があったようだ。

KAT-TUN田口"花見"にジュリーが激怒! ジャニーズ"別れさせ工作"の恐るべき実態とは

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国分結婚の際にジャニー喜多川社長が出したコメントとは裏腹に、ジャニーズ事務所にはやはり結婚に関する「鉄の掟」が存在した。
【本と雑誌のニュースサイトリテラより】  いまだに様々な憶測をよんでいるKAT-TUN・田口淳之介のグループ脱退。本サイトでは背景にジャニーズの"結婚の掟"があることを指摘した。最近はタレントの結婚に寛容になったかに見えるジャニーズだが、結婚するとファンや売り上げがどれだけ減るかという数字を突きつけたり、仕事を干したり、と結婚を思いとどまらせるために直接的にも間接的にも様々なプレッシャーをかけるというものだ。  今週の「週刊文春」(文藝春秋)12月10日号でも、ジャニーズ事務所がいかにタレントの交際や結婚を妨害しているかを裏付ける記事が掲載された。「ジャニーズ激震カトゥーン"田口の乱"」と題された特集には、今回の田口脱退の裏には田口の結婚問題、そして交際相手の年上女優・小嶺麗奈の存在がカギだったとして、その内情が描かれている。 「小嶺との交際報道が出るたび、田口は別れるように言われても頑に拒み続けてきました」 「これまで田口は事務所に対し、交際の事実すら認めず、事務所に不信感を募らせていました」(芸能プロ関係者のコメント、「週刊文春」より)  以前から、ジャニーズサイドは田口に対し「小嶺とは別れろ」と再三説得してきたが、田口がそれを拒否し両者の間に不協和音が生じていたというのだ。さらに決裂を決定づける事件が起こった。それが今年4月の「女性自身」(光文社)田口熱愛報道だったという。 「決定打が春の"花見報道"だった。手塩にかけて育ててきた事務所の副社長、藤岡ジュリー景子さんも『もう好きにしなさい』と匙を投げたそうです」(「週刊文春」より)  問題の「花見報道」とは、「KAT-TUN田口淳之介 花見デートも恋人の母"同伴"交際8年決意の『マスオさん同棲!』」と題された「女性自身」15年4月21日号の記事だ。 「女性自身」の記事は田口と小嶺が既に同棲しており、しかも小嶺の母親も同居しているという驚きのスクープで、「マスオさん同棲」を裏づけるように田口と小嶺、小嶺の母親が3人仲良くお花見をしている写真を掲載したのだ。「週刊文春」によれば、この報道が事務所側のさらなる怒り呼んだのだという。  やはりジャニーズ事務所には結婚に関する「鉄の掟」が存在し、それを田口が破ろうとしたことで脱退へと追い込まれたということなのだ。    しかし、そもそも今年4月の「女性自身」田口同棲スクープ記事も、不自然なものだった。というのも、「女性自身」はジャニーズタレントたちを頻繁に表紙に起用し、グラビアを含めて多くの"宣伝ヨイショ"記事を量産する一方、ジャニーズに都合の悪い報道は一切しないジャニーズ"御用達媒体"のひとつ。そこになぜか田口のスキャンダルが掲載されたのだ。  そのため、当時から芸能マスコミの間でも「あの記事は田口と小嶺を別れさせようとしたジャニーズ側の仕込み」「いや、遂にジャニーズ事務所も田口を見放し、"田口切り"を開始した」などと様々な憶測がなされていた。  実際「女性自身」の記事の後、田口のCMやラジオの仕事を別のジャニーズタレントに変更するなど、ジャニーズは"田口切り"を着々と進めていく。そう考えると、この「女性自身」の記事は、ジャニーズから田口への最後通告だった可能性が高い。  しつこく「別れろ」と説得し、かなわなければ御用達メディアを使ってプレッシャーをかける。恐るべき、ジャニーズ結婚の掟。  今年9月TOKIOの国分太一が結婚した際、ジャニー喜多川社長が「遠慮なく適齢期になったら結婚すべきです。将来(未来を担う)子供も必要だしね。人として当然のことです」とコメントし大きな話題になったが、これは完全に表向き。ジャニーさんいわく「人として当然のこと」である恋人との交際や結婚を、いまだ陰に陽に妨害しコントロールする。それが、男性アイドルを数多く擁するジャニーズ帝国の実態なのだ。  しかしジャニーズに逆らった以上、田口の芸能界生命は風前の灯火とみられている。かつて小嶺やその母と住んだ自宅マンションも引き払ったという田口。今後田口と小嶺に平穏な生活が待っていれば幸いなのだが──。 (林グンマ)

KAT-TUN田口"花見"にジュリーが激怒! ジャニーズ"別れさせ工作"の恐るべき実態とは

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国分結婚の際にジャニー喜多川社長が出したコメントとは裏腹に、ジャニーズ事務所にはやはり結婚に関する「鉄の掟」が存在した。
【本と雑誌のニュースサイトリテラより】  いまだに様々な憶測をよんでいるKAT-TUN・田口淳之介のグループ脱退。本サイトでは背景にジャニーズの"結婚の掟"があることを指摘した。最近はタレントの結婚に寛容になったかに見えるジャニーズだが、結婚するとファンや売り上げがどれだけ減るかという数字を突きつけたり、仕事を干したり、と結婚を思いとどまらせるために直接的にも間接的にも様々なプレッシャーをかけるというものだ。  今週の「週刊文春」(文藝春秋)12月10日号でも、ジャニーズ事務所がいかにタレントの交際や結婚を妨害しているかを裏付ける記事が掲載された。「ジャニーズ激震カトゥーン"田口の乱"」と題された特集には、今回の田口脱退の裏には田口の結婚問題、そして交際相手の年上女優・小嶺麗奈の存在がカギだったとして、その内情が描かれている。 「小嶺との交際報道が出るたび、田口は別れるように言われても頑に拒み続けてきました」 「これまで田口は事務所に対し、交際の事実すら認めず、事務所に不信感を募らせていました」(芸能プロ関係者のコメント、「週刊文春」より)  以前から、ジャニーズサイドは田口に対し「小嶺とは別れろ」と再三説得してきたが、田口がそれを拒否し両者の間に不協和音が生じていたというのだ。さらに決裂を決定づける事件が起こった。それが今年4月の「女性自身」(光文社)田口熱愛報道だったという。 「決定打が春の"花見報道"だった。手塩にかけて育ててきた事務所の副社長、藤岡ジュリー景子さんも『もう好きにしなさい』と匙を投げたそうです」(「週刊文春」より)  問題の「花見報道」とは、「KAT-TUN田口淳之介 花見デートも恋人の母"同伴"交際8年決意の『マスオさん同棲!』」と題された「女性自身」15年4月21日号の記事だ。 「女性自身」の記事は田口と小嶺が既に同棲しており、しかも小嶺の母親も同居しているという驚きのスクープで、「マスオさん同棲」を裏づけるように田口と小嶺、小嶺の母親が3人仲良くお花見をしている写真を掲載したのだ。「週刊文春」によれば、この報道が事務所側のさらなる怒り呼んだのだという。  やはりジャニーズ事務所には結婚に関する「鉄の掟」が存在し、それを田口が破ろうとしたことで脱退へと追い込まれたということなのだ。    しかし、そもそも今年4月の「女性自身」田口同棲スクープ記事も、不自然なものだった。というのも、「女性自身」はジャニーズタレントたちを頻繁に表紙に起用し、グラビアを含めて多くの"宣伝ヨイショ"記事を量産する一方、ジャニーズに都合の悪い報道は一切しないジャニーズ"御用達媒体"のひとつ。そこになぜか田口のスキャンダルが掲載されたのだ。  そのため、当時から芸能マスコミの間でも「あの記事は田口と小嶺を別れさせようとしたジャニーズ側の仕込み」「いや、遂にジャニーズ事務所も田口を見放し、"田口切り"を開始した」などと様々な憶測がなされていた。  実際「女性自身」の記事の後、田口のCMやラジオの仕事を別のジャニーズタレントに変更するなど、ジャニーズは"田口切り"を着々と進めていく。そう考えると、この「女性自身」の記事は、ジャニーズから田口への最後通告だった可能性が高い。  しつこく「別れろ」と説得し、かなわなければ御用達メディアを使ってプレッシャーをかける。恐るべき、ジャニーズ結婚の掟。  今年9月TOKIOの国分太一が結婚した際、ジャニー喜多川社長が「遠慮なく適齢期になったら結婚すべきです。将来(未来を担う)子供も必要だしね。人として当然のことです」とコメントし大きな話題になったが、これは完全に表向き。ジャニーさんいわく「人として当然のこと」である恋人との交際や結婚を、いまだ陰に陽に妨害しコントロールする。それが、男性アイドルを数多く擁するジャニーズ帝国の実態なのだ。  しかしジャニーズに逆らった以上、田口の芸能界生命は風前の灯火とみられている。かつて小嶺やその母と住んだ自宅マンションも引き払ったという田口。今後田口と小嶺に平穏な生活が待っていれば幸いなのだが──。 (林グンマ)

シルヴェスター・スタローン、『ランボー』TVシリーズを製作!

シルヴェスター・スタローンが『ランボー』のTVシリーズを製作しているという。「ランボー」シリーズ5作品でジョン・ランボーを演じてきたスタローンは、ランボーと元アメリカ海軍の特殊部隊に所属していた息子J・Rとの関係に焦点を当てたTVシリーズ『ランボー:ニュー・ブラッド』を製作する方向だが、今のところ自らも出演するかは明らかになっていない。 先日、自身のツイッターページに投稿されたあるインタビューの中でもし自身の代わりにランボー役を選ぶとするならという問いに対しスタローンは「ランボー役に誰をおすすめするかって?ライアン・ゴスリングだろ。ちょっと変わった選択かもしれないけどね?」と語っていた。 そんなスタローンは現在新作映画『クリード チャンプを継ぐ男』の中で伝説の映画シリーズ「ロッキー」のロッキー・バルボア役を再び演じており、チャンピオンマッチで対戦相手であったアポロ・クリードの息子アドニスのトレーニングコーチという役どころを担当している。 先週海外で一足お先に公開となったこの作品は評論家達からも絶賛の声を受けており初週この興行成績は4200万ドル(約51億7000万円)となっている。 期待高まる『クリード チャンプを継ぐ男』は12月23日より日本公開予定だ。

“ケンカ最強”X JAPAN・YOSHIKIの『紅白』出場は大丈夫!? 和田アキ子との遺恨再燃か

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『YOSHIKI オフィシャルウェブサイト』より。
 人気ロックバンドX JAPANの18年ぶりとなる『NHK紅白歌合戦』出場が話題だ。解散直前のステージとなった1997年以来の出場となる。バンドのリーダーであるYOSHIKIは『紅白』で「過激なX JAPANをぶちかましたい」と宣言した。YOSHIKIは、一部では芸能界ケンカ最強ともいわれるだけあり、一体どんなパフォーマンスが見られるのか期待値が高まる。 「YOSHIKIの身長は174センチ。決して体格にはめぐまれているとは言えませんが、数々の武闘派伝説があります。もともと繊細なイメージがあるだけに、余計にギャップが際立つのでしょう」(音楽業界関係者)  浅草キッドの著書『お笑い男の星座:芸能死闘編』(文春文庫)においては「第2章 芸能界最強決定戦 和田アキ子vsYOSHIKI」で一章分を裂いてYOSHIKI伝説が検証されている。  いわく、『元気が出るテレビ』(日本テレビ系)の早朝ヘビメタに売れない頃のX JAPANが出演した際、たけし軍団と大乱闘になった。ラジオ局で、ブランデーを口から火炎放射器のように吹き出した。巨漢の武闘派である布袋寅泰とも一戦を交えた。などなど……。  尾ひれは多少ついているだろうが、相当な“暴れん坊”であることは確かなようだ。極めつけは、章題ともなっている和田アキ子との一件だ。著書では94年の大みそかに『紅白』出場を終えて、和田アキ子邸で開かれた新年の飲み会に、当時の恋人であった工藤静香とともにYOSHIKIが呼びつけられた様子が記されている。 「かたくなにサングラスをはずさないYOSHIKIに、アッコが激怒。さらに、ドンペリしか飲まないYOSHIKIにアッコが焼酎を飲ませようとしたという話は音楽業界関係者の間でも伝えられていますね。浅草キッドの著書では、YOSHIKIは一切折れず、アッコと一触即発の状態となり、会場に用心棒として待機していた当時現役力士であった旭豊と貴闘力が出てきた描写もあります。これはさすがに“ネタ”かなとも思いますね」(同)  だが、その場には多くの芸能人が居合わせたはずなのに、真相が語られないのは、“笑えない実話”ゆえとも勘ぐってしまう。奇しくも、今年度の紅白ではYOSHIKIと和田アキ子が“共演”することになる。当日は思わぬ波乱が生ずるのかもしれない。 (文=平田宏利)

“ケンカ最強”X JAPAN・YOSHIKIの『紅白』出場は大丈夫!? 和田アキ子との遺恨再燃か

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『YOSHIKI オフィシャルウェブサイト』より。
 人気ロックバンドX JAPANの18年ぶりとなる『NHK紅白歌合戦』出場が話題だ。解散直前のステージとなった1997年以来の出場となる。バンドのリーダーであるYOSHIKIは『紅白』で「過激なX JAPANをぶちかましたい」と宣言した。YOSHIKIは、一部では芸能界ケンカ最強ともいわれるだけあり、一体どんなパフォーマンスが見られるのか期待値が高まる。 「YOSHIKIの身長は174センチ。決して体格にはめぐまれているとは言えませんが、数々の武闘派伝説があります。もともと繊細なイメージがあるだけに、余計にギャップが際立つのでしょう」(音楽業界関係者)  浅草キッドの著書『お笑い男の星座:芸能死闘編』(文春文庫)においては「第2章 芸能界最強決定戦 和田アキ子vsYOSHIKI」で一章分を裂いてYOSHIKI伝説が検証されている。  いわく、『元気が出るテレビ』(日本テレビ系)の早朝ヘビメタに売れない頃のX JAPANが出演した際、たけし軍団と大乱闘になった。ラジオ局で、ブランデーを口から火炎放射器のように吹き出した。巨漢の武闘派である布袋寅泰とも一戦を交えた。などなど……。  尾ひれは多少ついているだろうが、相当な“暴れん坊”であることは確かなようだ。極めつけは、章題ともなっている和田アキ子との一件だ。著書では94年の大みそかに『紅白』出場を終えて、和田アキ子邸で開かれた新年の飲み会に、当時の恋人であった工藤静香とともにYOSHIKIが呼びつけられた様子が記されている。 「かたくなにサングラスをはずさないYOSHIKIに、アッコが激怒。さらに、ドンペリしか飲まないYOSHIKIにアッコが焼酎を飲ませようとしたという話は音楽業界関係者の間でも伝えられていますね。浅草キッドの著書では、YOSHIKIは一切折れず、アッコと一触即発の状態となり、会場に用心棒として待機していた当時現役力士であった旭豊と貴闘力が出てきた描写もあります。これはさすがに“ネタ”かなとも思いますね」(同)  だが、その場には多くの芸能人が居合わせたはずなのに、真相が語られないのは、“笑えない実話”ゆえとも勘ぐってしまう。奇しくも、今年度の紅白ではYOSHIKIと和田アキ子が“共演”することになる。当日は思わぬ波乱が生ずるのかもしれない。 (文=平田宏利)

小藪千豊が夫婦別姓をドヤ顔で猛批判! 「夫婦同姓は何億年続く日本の伝統」「別姓を主張する女は不幸になる」

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吉本興行株式会社HPより
【本と雑誌のニュースサイトリテラより】  今月16日に最高裁大法廷で憲法判断が示される「選択的夫婦別姓」の問題。反対派の「別姓にすると家族の一体感が失われる」という意見に対し、先日、イノッチこと井ノ原快彦が「まあ、(氏名が)同じでも、一体感がないときもあるからねえ」「他人同士でも一体感は生まれるから」と述べたことを本サイトで紹介したところ、賛同の声が多数寄せられた。しかし、今度はイノッチとは逆に、選択的夫婦別姓に猛反発する芸能人が現れた。その人物とは、例によって小籔千豊である。  小籔が別姓に猛反発発言を行ったのは、12月1日放送の『ノンストップ!』(フジテレビ)でのこと。この日の特集テーマは「夫婦別姓」だったのだが、小籔は話を振られるや否や「まあ、ぼくはどっちでもエエよと。(声を強めて)そんなにイヤなんやったら!」と宣言。しかし、つづけて出てきた言葉は「どっちでもエエよ」どころか"別姓なんか許してたまるか!"というべきものだった。 「この何億年と日本がずっとしてきたことで、その人自身がイヤやということで、いままでの人たちを否定するがごとく変えたい、そこまでの熱あるんやったら、じゃあ変えたら? 好きにしぃって思うんですけど。じゃあ理由聞いたときに、『あー、なるほど、その理由ですか』っていうのに、僕いままで一度もあったことないですね。失礼ですけど、だいたい、しょーもない理由で。アホな芸人の言うには、ですけど」  あからさまなケンカ腰でこうぶつと、今度は「さあ、(別姓賛成派の)理由聞かせてもらいましょ! それらしい理由が出るんでしょうね!」とけしかけた小籔。当然、そのあとアナウンサーが紹介する賛成理由にことごとく文句をつけはじめた。  たとえば、別姓賛成のひとつ目の理由として挙げられたのは「自己のアイデンティティが守られる」という点。これには小籔と同じレギュラーコメンテーターのハイヒール・リンゴも「女子サイドにはわかる」と同意を示したが、小籔はこのように吠えた。 「自己のアイデンティティが守られる、その一個人のアイデンティティ守るために、いままで脈々とつづいた制度を変えるって、あとから入れてもうた草野球チーム入ったときに、球場Aでやってるとすると、"私、Aの球場遠いからBの球場にしてぇや"って、あとから入ってきたヤツが言うてるようなもんですやん!」  さらに「カードの名字変更など膨大な事務手続きが省略」と説明されると、すかさず小籔は「えー、そんなん引っ越しのときも大変ですけどね。引っ越しせえへんねや、この人」と好戦的にボヤいた。  そして、夫婦同姓によって発生する問題として「女姉妹だったり一人娘の女性が結婚後の姓を自分のものに変えてほしいと言うと、彼氏やその家族に拒否され、泣く泣く別れた」という例が挙げられると、「お父さんお母さん、彼氏、自分。この3つの調整もせんと制度変えるっていう考え、(そういう女性は)何やっても不幸せになると思いますよ! 人のせいばっかりですやん!」「駆け落ちしたらよろしいやん!」と猛然と批判した。  つまり小籔は、自分の名字を変えたくないと考える女性に「日本の伝統たる制度を一国民のワガママで変えようとするな」「不便なことくらい我慢しろ」「別姓を主張するような女は不幸せになる」と言い放ったのだ。  以前から本サイトでは小籔の保守思想から発せられる放言を紹介してきたが、いやはや、今回の発言はほとんど暴言だ。というより、あまりにバカバカしすぎてため息が出る。  まず、小籔は夫婦同姓を「何億年と日本がずっとしてきたこと」「脈々とつづいた制度」と言うが、これが根本的に間違っている。  元々、日本において国民全員が「氏」を名乗らなくてはならなくなったのは明治以降のこと。明治民法によって夫婦同姓が定められたのは明治31(1898)年で、"何億年"どころか、たった117年の歴史しかない(だいたい皇紀で数えても日本に何億年の歴史などないのだが)。  だが実際、小籔のように「夫婦同姓は伝統」と言って別姓に反対する残念な人は多い。仮に小籔がたった117年の伝統を重んじるというのなら、その「伝統」が生まれた理由を知る必要があるだろう。  そもそも夫婦同姓は、現代人が考える「夫婦の愛情を高めるため」「家族の絆を深めるため」などという理由から定められたわけではない。明治民法では戸主を絶対権力者に位置づける「家制度」が定められていたが、そこでは「氏」を「家」の名称としていたからだ。そのため夫婦も子どもも皆、同じ氏に統一していた。  そして、この家制度の下で女性は圧倒的に地位が低く設定されていた。女性は男性の「家に入る」のが基本。妻は財産を夫に管理され、親権も与えられず、妻の不貞は罪に問われた。妻は戸主に絶対服従、夫の所有物のような存在だったのだ。  しかし戦後、日本国憲法に改められた際、憲法第24条に「家族生活における個人の尊厳と両性の平等」が定められ、家制度は廃止された。立命館大学法科大学院教授の二宮周平氏の著書『家族と法 個人化と多様化の中で』(岩波新書)には、〈(家制度の廃止により)氏は家の名称ではなく、個人の呼称になり、もはや氏の異同は法的な効果を生まない〉と書かれている。つまり憲法においては、同姓は強制されていないのだ。  だが、家制度が廃止されても、夫婦同姓は民法750条によって《夫婦は、婚姻の際に定めるところに従い、夫又は妻の氏を称する》と定められた。憲法に反すると考えられるこの750条が制定されたのは、保守勢の猛反対があったからだ。当時の保守主義者は憲法9条よりも家制度の廃止に強く反対していたとも言われるが、それを抑えるために民法で夫婦同姓を死守したのである。  今度の大法廷でも、夫婦同姓を違憲だとする見解が示されるのではと見られているが、このように夫婦同姓とは、女性の尊厳が著しく貶められた古い価値観の上に成り立っているものだ。それを伝統だとでっちあげ、自分の姓でいたいという女性をワガママだと糾弾する小籔の主張は、女性に対する蔑視がありありと表れている。  しかも、この民法750条によって女性差別の元凶ともいえる家制度の名残が残ってしまった結果、どうなったのか。恋愛結婚が増加し、結婚を個人の結びつきだと考える人が増えたいまでも、圧倒的に女性が男性の姓を名乗るのが一般的だし、「○○家××家 披露宴」と記されるなど結婚は旧来的な「家」同士の結びつきだと考えられつづけている。  また、女性のなかには結婚によって男性の姓になることを「幸せ」などと感じるという人も多いが、これも結局は旧来的な制度によって押しつけられた価値観をいまなお「内面化」してしまっているにすぎない。さらに、夫の氏になることを「自然」と捉えることは、結果として「家」に縛られること=女性が家事や育児、介護を引き受けさせられるという性別役割分業を肯定することにつながっているといえる。  こうしたことから、結婚しても自分の姓でいたいと考える女性がいても当然だと思うが、強調しておきたいのは、今回の選択的夫婦別姓はその名の通り"選択性"であるということだ。別にいままで通りでいいと思う人は同姓を選択できるし、別姓を選ぶ人がいたとしても同姓の人たちに何の迷惑もかからない。  なのに、小籔のように「別姓なんぞ許すまじ」と息巻いている人(既報の通り、安倍首相はその急先鋒だ)は、ほんとうのところ何に反対しているのだろうか。その背景には、「女は男に従うべき」といった女性への差別意識が隠されているように思えてならないのだが......。 (田岡 尼)