
週刊文春2015年2月19日号

週刊文春2015年2月19日号
どう? フォルムも名前も可愛らしいでしょ? にしても、パンにポテトチップスを挟むという発想がなぜ生まれたのか? それは、今をさかのぼること40年以上前、ご主人の知人の菓子問屋さんから「くだけたポテトチップスのカケラを、どうにかできないか?」と相談があり、それを利用して作ったのが「ポテチパン」だったという。ポテチパンは、品切れになることもある一番人気の商品。値段もうれしい130円。
カルビーの「ポテトチップスサンド」のザクザク感とは違い、しっとりとしつつもサクッとしたポテチの食感と青のりの風味が、炭水化物のパンと絶妙にマッチした、まさに庶民の味。中身はポテトチップスのりしお味に、キャベツ、ニンジン少々、マヨネーズとマスタードで味付けされている。(撮影場所・三笠公園近く)
同店にはその他にもこんなユニークなパンが販売されている。 「ヒーハー」は肉屋で売られている三角形のポテト揚げとキュウリを挟み、チリソースで味付けしたもの。「イモジャン」はジャガイモじゃなくてサツマイモフライが挟まっていた。ポテチパン同様、イージーなネーミングだ。他にも「イカフライパン」や「ベーコンエッグパン」など、ありそうでなかったパンが売られている。
今ではポテチパンは学校給食にも出されるようになり、横須賀ではポテチパンを知らない人はいないほど有名。珍級ではなくB級グルメとして庶民に愛されているようだ。 ポテチパン、うもうございました。「ヒーハー」は、そのネーミングのごとくピリ辛。フライドポテトじゃなく、肉屋のポテト揚げってのがミソだ。
中井パン店「ポテチパン」130円 インパクト ☆☆ 味 ☆☆☆ 店 ☆☆国道沿いに佇む中井パン店。日本で一番有名なあの純ちゃんちもご近所だけに、きっと食べたことがあるに違いない
2月14日と言えば、バレンタイン。
デパートやスーパーに行けばチョコレートの特設売場会場が設けられていて、嫌でも目に入ってしまいますよね……。
そんなチョコを貰えない、憂鬱ダンディな皆様に朗報です!
SODの動画配信サイト「1PO3BU」より、「チョコよりすごいプレゼント」をお届け致します!
気になるそのプレゼントとは……
なんと、「超有名女優」の皆様の脱ぎたてほかほかの私物パンティ!!!!!!!
しかも真空パック状態!
しかも、抽選であたるとか、生ぬるいものではございません。
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あっ!!
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確かに、まぁ「カラクリ」はありますよ!
けど、「お金で買えない価値」があるモノだっていうのを分かってほしいんです!
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チョコと生脱ぎパンティ、どちらが「より価値のあるものか……」
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巨匠ウィリアム・ワイラー監督の後期の作品『コレクター』(65)は、コミュニケーション能力に難のある男が“理想の女性”を自宅に監禁して飼育するという歪んだ愛情を描いた異色サスペンスとして人気が高い。今年のアカデミー賞で監督賞ほか5部門にノミネートされているベネット・ミラー監督の『フォックスキャッチャー』は、『コレクター』とよく似ている。大きな違いは、コミュニケーション能力に難のある男が飼育しようとしたのは“理想の女性”ではなく“理想の男性”だったという点。そして『コレクター』がフィクションだったのに対し、『フォックスキャッチャー』は1996年に起きた金メダリスト射殺事件を題材にしているということだ。 『コレクター』の内気な青年フレディは美大生ミランダを拉致する際に蝶の採集に使うクロロホルムを使用したが、『フォックスキャッチャー』の主人公ジョン・デュポンの手口はもっと巧妙だった。札束を積み、さらに相手の虚栄心をくすぐり、まんまと“理想の男性”を釣り上げてみせる。相手を傷つけることなく、金メダリストの美しい肉体を手に入れるのだった。 ジョン・デュポンは名門デュポン家の御曹司だった。デュポン家はアメリカ独立戦争の際に黒色火薬を製造販売して急成長を遂げた米国屈指の大財閥。生まれながらに富と権力が与えられていたジョン・デュポンは広大な自宅の敷地内にトレーニングセンターを設け、そこに有望なアマチュアレスリングの選手たちを集め、チーム・フォックスキャッチャーを名乗った。富と権力だけでは飽き足らず、自分が育てた選手にメダルを獲らせることで名声も手に入れようとした。1984年のロサンゼルス五輪ですでに金メダルを獲得していたデイヴ&マーク・シュルツ兄弟はそのための大事な切り札だった。それなのに何故、ジョン・デュポンは“理想の肉体”を持つ金メダリストを自分の手で射殺する凶行に及んだのか? 実録映画『カポーティ』(05)と『マネーボール』(11)で高い評価を得たベネット・ミラー監督は、ジョン・デュポン、デイヴ・シュルツ、マーク・シュルツの3人の男たちの金と汗と筋肉にまみれた危うい関係をあぶり出していく。 ジョン・デュポン(スティーヴ・カレル)がまず目を付けたのは、シュルツ兄弟の目立たない弟マーク(チャニング・テイタム)のほうだった。ロス五輪で兄デイヴ(マーク・ラファロ)はフリースタイル74キロ級で金メダル、弟マークも同82キロ級で金メダルに輝いた。ところが米国では大金が飛び交うMLBやNFLに比べ、アマチュアレスリングはマイナー競技に過ぎない。金メダリストながら、マークは経済的に困窮していた。一方の兄デイヴは社交性に富み、人望も厚いことから、コーチ業などの仕事に恵まれ、妻や幼い子どもたちと慎ましくも幸せに暮らしていた。マークにとって兄デイヴは優秀なレスリングパートナーであると同時に、いつも兄のおまけにしか自分は見てもらえないという劣等感を抱かせる存在だった。そんなマークに対し、初対面のジョン・デュポンは驚くほどの高年棒に加え、デュポン家の敷地内にある最新トレーニング施設と住居を無料で提供すると申し出てきたのだ。自分の存在を認めてほしい。過剰に膨らんだ承認欲求が呼び寄せた悲劇『フォックスキャッチャー』。実際に起きた金メダリスト殺害事件のドラマ化だ。
大財閥の御曹司は言う。「君は祖国アメリカのために体を張って闘った。それなのに祖国はあまりにも君に冷たいじゃないか」。マークにはジョン・デュポンが救世主のように思えた。幼い頃に両親が離婚するなど、ジョン・デュポンとマークには意外な共通項があった。兄デイヴは長年トレーニングを共にしてきたマークの旅立ちに一抹の淋しさを覚えるも、弟が独り立ちするいい機会だと快く見送る。デュポン家のバックアップのお陰で、マークは1987年の世界大会で金メダルを獲得する。だが、ジョンとマークの蜜月関係が続いたのはここまでだった。 自分が育てたマークが世界大会で優勝したことをジョン・デュポンは母ジャン・デュポン(ヴァネッサ・レッドグレイヴ)に誇らしげに報告する。大豪邸に引きこもるように暮らす彼にとって、母親に認めてもらうことが最大にして唯一の存在証明だった。だが、母親は「レスリングは下等な競技」とまるで興味を示さない。伝統と由緒あるデュポン家ではレスリングよりも馬術競技のほうがグレードは高く、金メダリストのマークはサラブレッドよりも格下の扱いだった。 母親に褒めてもらいたい。その一心でジョン・デュポンはブレーキが効かない暴走列車と化していく。兄デイヴも執拗な札束攻勢の前に、ついに陥落した。さらに全米レスリング協会に多大な資金援助を行ない、自分が率いるチーム・フォックスキャッチャーを米国の代表チームにしてしまう。指導力に優れたデイヴを中心にチーム一丸となってソウル五輪を目指すことになるが、弟マークは面白くない。せっかく兄の支配下から離れ、フォックスキャッチャーのエースになったはずだったのに、これでは元の木阿弥ではないか。次第にマークはジョン・デュポンの影響で覚えたドラッグや酒に溺れていく。ジョン・デュポンもまた、自分に対してYESマンにならないデイヴの大人の対応ぶりに苛立ちを覚える。ジョン、マーク、デイヴの3人はあまりにも危うい均衡の上で五輪に挑もうとしていた。 『アベンジャーズ』(12)で無敵の超人ハルクを演じたマーク・ラファロと『マジック・マイク』(12)のストリッパー役で見事な裸体を披露したチャニング・テイタムがマッチョな兄弟役で共演。言葉を交わさずとも組み合っただけでお互いの体調や心理状態が分かり合えるほどの濃い絆で結ばれた兄弟役をリアルなレスリングシーンを交えて演じてみせるが、そこにコメディ映画『40歳の童貞男』(05)で人気を博したスティーヴ・カレルがまったくの無表情で絡むことで不穏な空気がレスリング場に立ち込める。直接的なホモセクシャルシーンはないものの、特殊メイクで競り上がったスティーヴ・カレルの巨大な鼻はジョン・デュポンのプライドの高さと性欲の強さを象徴したものだろう。幼い頃に両親が離婚したシュツル兄弟。弟のマーク(チャニング・テイタム)は筋肉バカに、兄デイヴ(マーク・ラファロ)は人格者に育った。
実際のジョン・デュポンは世界的な化学メーカー・デュポン社の創業一族の末裔ながら、デュポン社の経営からは隔離され、屋敷の中で孤独な生活を送っていた。結婚歴はあるが、DVが原因で1年足らずで離婚している。20代の頃は水泳と近代五種で五輪代表の座をマジで狙っていた。でも、デュポン家に受け継がれてきた脆弱な肉体では、五輪の代表選手になる夢は叶わなかった。そこで金の力で有力選手やスタッフを集めるのだが、自分の思い通りにならないと「みんな、俺の金が目当てのくせに」と感情を爆発させては、コレクションの銃を乱射した。レスリング協会や地元警察はジョン・デュポンの精神状態がおかしいことを知りながら、気づかないふりを続けた。シュルツ兄弟と同様に、レスリング協会も警察もデュポン家の財産の恩恵に預かっていたからだ。『フォックスキャッチャー』が描いているものはシュルツ兄弟に降り掛かった災難でも、デュポン家に起きた醜聞でもない。金権主義とマッチョ信仰に染まった現代アメリカの悲劇にほかならない。 (文=長野辰次)ジョン・デュポン(スティーヴ・カレル)は地元警察の有力な支援者だったことから“名誉警官”として銃の携帯を許可されていた。
『フォックスキャッチャー』 監督/ベネット・ミラー 脚本/E・マックス・フライ、ダン・ファターマン 出演/スティーヴ・カレル、チャニング・テイタム、マーク・ラファロ シエナ・ミラー PG12 配給/ロングライド 2月14日(土)より新宿ピカデリーほか全国公開 Photo by Scott Garfield (C)MMXIV FAIR HILL LLC. ALL RIGHTS RESERVED http://www.foxcatcher-movie.jp
「Instagram」というSNSを知っているだろうか。写真の投稿をメインとしたSNSで、2010年にスタートしている。サービス開始から1年半でユーザー数は3,000万人を超え、12年にFacebookが10億ドルで買収した。とはいえ、その時点では、TwitterやFacebookよりも規模が小さく、それほど目立つ存在ではなかった。しかし、この1~2年間で状況が一変した。13年秋にはユーザー数が1億5,000万を超え、14年3月には2億、12月にはなんと3億を超えた。これは、2億8,400万(2014年10月時点)ユーザーのTwitterよりも多い数字だ。最近では、Facebookアカウントを持ちつつも、普段の投稿はInstagramで行うというスタイルが広がっているのだ。 若い人ほどFacebookよりもInstagramを好む傾向にある。特にアメリカでは、ティーンエイジャーの多くがInstagramを利用している。Instagramは仲の良い人としかつながらないので、Facebookほど友達が増えないという特徴もある。両親や上司、同僚にプライベートを知られたくないのだ。そのため、年齢層やその人のレイヤーによっては、Instagramに疎いという状況になっている。 Instagramは写真がメイン。Instagramのアプリで写真を撮り、コメントを付けて投稿するだけ。アプリで画像の編集が行えるのも特徴だ。そのため、凝った写真の投稿が多い。写真が主役なので、「いいね!」がたくさん付く傾向にある。フォローしている友達が「いいね!」を付けた投稿が、こちらのタイムラインに表示されないのもうれしいところ。Facebookのように勝手に投稿の順番を操作されることもなく、Twitterのように単に時系列で並んでいる。情報の共有でも、意見を述べるわけでもない。日常を写真で切り取り、共有するSNSといえる。 ひとつ注意したいのが、写真に記録される位置情報だ。スマホで写真を撮ると、撮影場所の情報が埋め込まれる。後で閲覧する際、どこで撮ったのかわかるので便利なのだが、自宅や行動範囲がSNSで第三者にばれるのは避けたいところ。Facebookでは投稿する写真から自動的に位置情報が削除されるのだが、Instagramはその都度自分で選ぶようになっている。位置情報を写真に付けたくない時には、投稿時に「フォトマップに追加」をオフにしておくようにしよう。 普段はFacebookやTwitterを使っているが、Instagramにも興味がある、という場合は写真の投稿に利用してみよう。Instagramのアプリで撮影、写真の編集、コメントの入力を行うのだ。投稿時に、FacebookやTwitterなどのSNSに同時共有する機能を利用すればいい。今使っているSNSから無理に移行する必要はないが、しばらく使っていればInstagramの楽しさが理解できることだろう。その後、仲の良い人たちと少しずつつながっていこう。ちなみに、知り合いを片っ端から検索してフォローするのは引かれるので、避けたほうがいい。 (文=柳谷智宣)
今週の注目記事・第1位 「『安倍の国民を虐殺する』恐怖ゲームの代償」(「週刊ポスト」2/20号) 「安倍総理の選択は正しかったのだろうか」(「週刊現代」2/21号) 「この『火あぶりの刑』を見よ」(同) 「後藤健二さんが私たちに遺したもの」(同) 「後藤健二さん実兄・後藤純一氏慟哭手記『弟が生きた証を残したい』」(「週刊文春」2/12号) 「ムハンマド侮辱風刺画で警察出動 徳島在住30代男性に『殺害予告』」(同) 「池上彰『イスラム国 後藤さん処刑の論理』」(同) 「日本に宣戦布告!『イスラム国』狂気の残響」(「週刊新潮」2/12号) 第2位 「心に魔物を育てた老女殺害『名大女子学生』19歳の履歴書」(「週刊新潮」2/12号) 第3位 「『山口組百年記念式典』に完全密着!」(「アサヒ芸能」2/12号) 第4位 「『高倉健の最期』養女が始めて綴った!」(「週刊文春」2/12号) 「高倉健さん『伝説の授業』を入手」(「週刊現代」2/21号) 「未発表ヌードを発見 児島美ゆき」(同) 第5位 「酔い潰れた私はみずほ幹部行員にレイプされた」(「週刊ポスト」2/20号) 第6位 「本誌はなぜ『謝罪広告』を掲載するのか」(「週刊文春」2/12号) 今週は各誌、それぞれの特色を生かした記事が出てき始めた。もちろんイスラム国関連が多くページを占めるが、それも各誌の主張が独自色を持ち、読んでいてうなずけるところもあれば、首を傾げざるを得ないものもあるが、それは後で触れる。 さて、文春に1ページ大のお詫びが載っている。幸福の科学の大川隆法氏が、教祖の立場を利用して宗教的儀式を口実に、女性秘書に性的行為を強要していたという記事を平成24年7月19日号に掲載したが、事実に反していたのでお詫びするという文面。 文藝春秋松井清人社長と、週刊文春新谷学編集長名である。 だが、さすが文春。次ページで4ページにわたって「本誌はなぜ『謝罪広告』を掲載するのか」などの問題提起特集を掲載している。 文春側は、記事作成までの経緯をつづり、当事者には所在不明で取材できなかったが、十分に取材を尽くし教団側のコメントも掲載しているとしている。 そして、この記事の掲載後に訴えてきたのは幸福の科学で、大川教祖自身ではなく、その理由も「教団の名誉が毀損された」というものだ。したがって「教団と大川氏は“別異の人格”であるため、原告である教団の名誉を毀損したことにはならない」と裁判で主張したという。 その主張は一審では認められ文春側が勝訴したが、二審では記事の真実性は証明されておらず、「大川の全人格に対する社会的評価は幸福の科学と直結する」として名誉毀損を認め、文春側が敗訴している。 1月23日、最高裁で文春の上告を認めない決定が下され、文春側の敗訴が決定した。 ここからが本題になる。文春が掲載したお詫び広告の文面、見出し、活字の大きさも裁判所の指示通りで「本誌の自発的意思で書かれたものではない」とし、謝罪広告の掲載命令は憲法19条が定める「思想および良心の自由」に反する。自発的意思に基づかない謝罪を国が強制するのはおかしい、と問題提起しているのだ。 民法の権威と呼ばれた幾代通上智大学法学部教授の「ここまでの強制をすることは(略)、人間としての不遜の誹りを免れないと思う」という言葉を引用し、奥平康弘東大名誉教授の「媒体などが心から謝罪する気になって、自発的におこなう希な場合をのぞけば──『良心の自由』に違反すると思う」という言葉を引き、「民主主義的な国で裁判でお詫びを強制している国はほとんどありません」と、田島泰彦上智大学教授に言わせている。 なぜそうなるかといえば、1956年、最高裁大法廷判決が「謝罪広告は憲法に違反しない」という判決を出したからだが、60年も前の判例だし、その時にも2人の裁判官が反対意見を述べているではないかと主張する。 このことから、今の名誉毀損裁判のあり方や賠償額のおかしさへと及んでいくのだが、謝罪広告についてこのように誌上で反論したものは、私が知る限りほとんどないのではないか。 このことは雑誌協会全体で議論を深め、法務省へ申し入れすべきだろう。私の時代は謝罪広告の大きさや文字の指定などはなかったから、仕方なく謝罪するときも、できる限り小さく虫眼鏡で見ないとわからないぐらいの活字にして、風俗記事の下に入れたりしたものである。 してみれば、私には「良心」がなかったということになるのか。今は不自由な時代になったものだ。文春頑張れ! 次は、みずほ銀行の30代の総合職女子行員が、幹部行員にレイプされたと告白しているポストの記事。 都内のみずほ銀行の支店に勤務するAさんは昨年11月の終わり、個人営業をかけていた会社経営者から会食の誘いを受けた。同僚男性と、その上司で40代後半の管理職の男性Bに同席を頼んで高級フレンチの個室で食事をしたが、経営者の飲むピッチに合わせて飲みすぎ、Bに送られて自宅へ帰る途中で記憶を失ってしまった。気がつくと自宅で裸にされていて、Bが覆い被さってきて彼女を犯したというのだ。 翌日、休暇を取り自宅で呆然としている彼女に、Bからショートメールが何通か入る。同日、一緒に仕事をしている先輩から連絡があった際、「実はこんなことがあった」と話すと、「僕に預からせてくれ」と言われた。 以来、人事部から当日の詳細を聞かれ、支店長から「Bと接触するな。会社を休め」と言われ、4日間の休みを取る。 だが、Bへの処分は遅々として進まない。そこでAさんは父親を同行して支店長、人事担当者と面談する。彼らは「銀行として早急に対処する」と断言するが、銀行側が彼女に言ってきたのは「部署を異動しないか」など、彼女を「黙らせる」案を持ってきただけだったという。 やがて彼女は、会社は自分を辞めさせたいのだと気づき、1月末に警察に被害届を出す。ポストは「証言が事実なら、B氏の行為は準強姦罪に問われる可能性があり、それが職務中の出来事である以上、みずほ銀行の対応も問題視されよう」と指摘する。 Aさんは「この事件をきっかけに社内の悪しき体質が変わってくれることを心の底から望んでいます」と話しているが、これを読む限り「臭いものにはフタ」をする銀行という組織の体質は変わっていないと思わざるを得ない。 だが、「事件」から2カ月以上がたっている。警察がこの件をどう処理するのか、気になるところではある。続報を待とう。 文藝春秋が『永久保存版 高倉健 1956-2014』を出したが、その中に、健さんの養女になった小田貴(50)さんが文章を寄せている。 文春がその抜粋を掲載。18年間健さんのそばにいて、最期を看取った貴さんの言葉を紹介してみよう。 悪性リンパ腫が判明し、昨年4月から100日間の入院を余儀なくされたとき。 「高倉は担当医に『先生、何もしないとどうなるんでしょうか?』と、冷静に問いました。教授が答えて下さいました。『死にます』。それまで帰ろう、帰ろうと入院を嫌がった高倉でしたが、『人間いずれは死ぬんだけど、まだ、死ぬわけにはいかないんですよね。仕事があるんです。じゃ、お願いします』とそれまでの抵抗が嘘のようにあっさり治療を承諾したので、皆、拍子抜けしました」 入院中は、 「夕食の献立として最も喜んだのは、大量のガーリックチップを添えたフィレステーキ。グリーンサラダとフルーツとともに満足の笑顔が戻る時でした」 病状が急変したのは11月9日のこと。 「苦しい呼吸の中、一生懸命言葉を発し続けてくれました。最後に聞きとれたのは、『慌てるな、慌てるな』でした」 目を閉じた顔は安らかだったという。 「2014年11月10日午前3時49分。担当医による告知。モルヒネが使われることなく、高倉は自分の力で生き切り旅立って参りました」 先日、現代に載っていた健さんが好きだったというアップルパイを注文して食べてみた。林檎の甘みを生かした、上品な味だった。 現代には、12年11月22日に早稲田大学で高倉健が「授業」をしたときのグラビアが掲載されている。 これは健さんと付き合いのあった、毎日新聞客員編集委員で同大学大学院非常勤講師の近藤勝重氏が受け持つ授業を、健さんが受講したいと言ってきたことから実現したそうだ。 学生の数は15人。幸せな奴らだ。この日は文章論と演技論を絡めて話をしたと近藤氏は話している。 続けて、健さんが学生たちの質問に答える「特別講義」になった。 「近藤さんから(流浪の俳人だった)山頭火の句をいただいて、これがまたいい句でしてね。 〈何を求める風の中ゆく〉 たぶん山頭火はダウンコートをもっていたわけじゃないと思いますから、つらかったと思いますよ。でも、何かを求めて行ったんですよね。何を求めたかということ。これが一番大事なんです」 デ・ニーロ主演の映画『ディア・ハンター』についても熱く語り、こうも言っている。 「国がやった間違いを書かないとジャーナリストはたぶん駄目なんだと思いますよ」 その通りだね、健さん。 その健さんと、一時期付き合っていたと告白した女優・児島美ゆきのヌードを、現代は袋とじにしている。 2003年のものだというから、健さんと付き合っていた時期からだいぶ後になる。50代初めの彼女は、体も顔もやや衰えが目立つ。こういう体が好みだったのか健さんはと、ややガッカリ。 これだったら、ポストの酒井法子のSEXY写真のほうがいい。これは撮り下ろしだというから、彼女は40代半ば。表情、体も魅せる。 お次は、アサ芸ならではの独占カラー撮影。1月25日に開かれた、山口組「創立百周年記念式典」の一部始終だ。 親戚・友好12団体の親分衆を招いて行われた式典は華やかで、司忍六代目は今年の組指針に「温故知新」と「時を翔ぶ」を掲げたという。振る舞われた焼酎には、その言葉の隣に江戸時代の陽明学者、熊沢蕃山の作と伝えられ、田岡一雄三代目組長が座右の銘としていた、「憂きことの尚 この上につもれかし 限りある身の力ためさむ」の歌が描かれていた。 グラビア1ページ目には司六代目が大きく映っているが、さすがに貫禄がある。次のページからは式典の一部始終が掲載されている。 そして式典から2日後の1月27日は、銃撃されて死亡した竹中正久四代目の祥月命日であった。その墓前に手を合わせる司六代目の姿もある。 山口組の今を語る上で欠かせない特撮&特集であろう。 さて、国外だけではなく国内でも暗い事件ばかりが続くのは、日本という国が下り坂を滑り落ちている証拠なのだろうか。 19歳の女が77歳の女性を惨殺した事件は、ノーベル賞受賞者を輩出した名古屋大学の現役大学生という点でも驚かされた。多くの雑誌で特集を組んでいるが、やはり“事件の新潮”と言われているだけあって、新潮の記事が読み応えがある。 それに新潮は、他誌が少年法を遵守して匿名なのことにも異を唱え、名大理学部1年生の実名を出している。2000年2月に出された大阪高裁判決で「社会の正当な関心事であり凶悪重大な事案であれば実名報道が認められる場合がある」との判断が下されているのに、他のメディアはなぜ出さないのかという問題提起だ。 私が現役の編集長だったら、どうしただろう。「人を殺してみたかった」という犯行動機は許されるものではないと私も思うが、各誌を読む限り、この女は以前から相当病んでいたようだ。今のところ、別の殺人事件に関与しているとも思われないから、匿名にするだろう。よって、ここでも実名は伏せておく。 この女と被害者・森外茂子さんとの接点は、森さんが新興宗教「エホバの証人」(ものみの塔聖書冊子協会)の古参信者で、昨年10月に勧誘がきっかけで知り合ったという。 2人は急速に仲良くなったようだが、12月7日、女子大生が自室に森さんを請じ入れ、斧で背後から殴りつけた後、森さんのマフラーで首を絞め、遺体を浴室に置いたそうだ。 森さんの捜索願が出され、仙台市の実家に帰っていた女子大生に県警が連絡し、アパートに戻ってきた彼女に千種署署員が部屋を見せるようにいったところ拒んだため踏み込み、浴室で森さんを発見した。 仙台市青葉区で暮らす両親の家は豊かで、彼女のピアノの腕前は、母親がコンクールにも出られるほどの腕前だと話すほどだという。 だが、中学時代から斧やカッターナイフを所持し、友だちの飼っている猫に向かって「これで尻尾を切ったらどうなるんだろう」と言ったり、彼女の周辺で猫の変死が相次いで起きたことがあったという。 高校ではクラスの男子生徒が突然視力を失い、杖なしでは歩けなくなる状態になった。かろうじて失明は免れたが、今でも障害が残っているそうだ。その症状からタリウム中毒の疑いが濃厚で、今回の事件後の女のアパートからも、タリウムと思われる薬品が押収されたといわれる。 酒薔薇聖斗やタリウムで母親を殺そうとした少女を好きだとツイートし、「日常を失わずに殺人を楽しめることが理想なんだと思う」「名大出身死刑囚ってまだいないんだよな」ともツイートしていたそうだ。 こうした、「殺すのは誰でもよかった」殺人が増えるのはどうしてなのだろうか? だいぶ前に言われた、「衝動殺人」とは違うようだ。こうした犯罪を事前に抑止する意味でも、彼女の取り調べや精神鑑定の結果などを公表し、社会全体で考えていくことは必要であろう。いたずらに少年法で守り、すべてを闇に葬ってしまっては、こうした事件の再発を防ぐことはできないはずだ。 今週も各誌は後藤さんの死について、さまざまな角度から取材している。文春は実兄の後藤純一さん(55)の「慟哭手記」を巻頭に掲載している。 弟の死を受け入れざるを得ない動画を見て「覚悟はしていたはずなのですが、その後は虚無感だけが襲ってきました」と話している。 健二さんが行方不明になっているという連絡(どこからとは書いていない)があったのは、昨年11月7日だったという。 8歳下の弟の子どもの頃は「丸顔で本当に可愛かった」こと、高校時代はアメフトをやっていたが腰を痛めて辞めたこと、法政大学中にアメリカのコロンビア大学に語学留学してジャーナリズムに関心を持つようになったこと、テレビの制作会社を経て自分の会社を作ったが、仕事がなかったため、彼がやっている学習塾で英語を教えていたことなどを語っている。 仲間のジャーナリストに話を聞くと、普段は慎重に綿密な取材計画を立てて行動する弟が、なぜ今回に限って焦ってシリアに行ったのか。「今まで無事でいられたことによる自信過剰というか、慢心があったのではないか」と自らに問いかけている。淡々としてはいるが、兄の悲しみが心にしみ入ってくるインタビューである。 さらに文春は、この事件のさなかに徳島県の30代男性がとんでもない画像をツィッターに投稿して、大きな騒動になっていると報じている。 「十四世紀に編纂されたペルシャ語による歴史書『集史』。ここにはキリスト教三大天使のひとり、ガブリエルがムハンマドに天啓を授けている図を表した絵画が掲載されているのだが、問題画像はこれを加工し、ガブリエルがムハンマドの額を打ち抜いている姿にしてしまっているのだ」(文春) ネット上で「このコラージュはさすがにマズいだろう」という意見が広まり、ハンドルネーム「ゆき氏」の犯人捜しが始まった。あっという間に実名、徳島市内の自宅住所、アルバイト先などが晒されてしまったというのである。 そしてアラビア語のハンドルネームを持つ者たちから怒りを込めた「殺害予告」がTwitter上に投稿されたという。 だが、文春によれば、これはどうやら「ゆき氏」というハンドルネームからたどり、それと共通点のある人間の情報を各々が無責任にネットに投稿したので、真の画像投稿者は別の「30代の男性」(徳島県警警備部公安課)だというのだ。これだからネットは怖い。 文春がさらに取材を進めていくと、このハンドルネームを最近使っていたのは徳島県内の10代の女性だという情報もあり、事態はより複雑だという。だが、それはさておき、このような画像を投稿するバカのおかげで、30代の男性の自宅や、間違われて実名を出されてしまった人の自宅周辺も県警の捜査員が警戒中だという。こういう下劣な画像を上げた人間に、言論・表現の自由を言う資格はない。 新潮は、これから誘拐の危険が高まる海外リゾートや、テロのリスクがある国内施設について触れている。 まず海外では欧州や中東よりも「むしろインドネシアのバリ島など、東南アジアのリゾート地だと思います」と話すのは軍事ジャーナリストの黒井文太郎氏。東南アジアには、狂信的なイスラム原理主義者が多いからだという。 国内では、渋谷のスクランブル交差点など人の多く集まるところは要注意だろうが、警視庁公安部外事三課の捜査員は、02年に都内に住むパキスタン国籍の人間を入管法違反で逮捕したが、その交友関係から大変な資料が出てきたと言っている。 その人間は、アルカイダのナンバー3の指揮下にある米国オフィスと頻繁に連絡を取り合っていたそうだが、出てきたのは0系から800系に至る新幹線の写真だったという。 「やつらがテロ対象として新幹線に強い関心を抱いていたのは間違いありません」(同捜査員) 新潟の柏崎刈羽原発や福井県の大飯原発など、複数の原発施設の写真も出てきたそうだ。 想像したくもないが、日本はテロリストたちにとって、やりやすい国であることは間違いない。そうした日本が、テロリストの標的にならないように「国民の安全と安心」を守るのがトップの役割であるはずだが、安倍首相はそれをわかっているのだろうか。 国会の答弁を聞いている限り、その覚悟は伝わってこない。「テロに屈しない」と言うだけで、今回の人質事件の詳細な経緯も「特定秘密」に当たる恐れがあるからつまびらかにできないのでは、政府がどのような対応をし、どこが間違ったのかの検証すらできないではないか。 第一、湯川遥菜さんはもちろん、後藤さんまでもが人質になっている情報をつかんでおきながら、中東歴訪中に「イスラム国と断固戦う」と強調する演説を行い、資金援助を表明したのはなぜなのか。これがイスラム国側の怒りを駆り立て、要求をエスカレートさせたのではないのか。 まずは安倍首相の責任を国会で明らかにし、野党がそれを十分にできないのであれば、もの言わぬ新聞、もの言えぬテレビに代わって週刊誌が「徹底追及」すべきである。 現代とポストはそこのところを衝いた特集を組んでいる。 現代は今「安倍総理に異を唱える輩は、テロリストの肩を持つのと同じだ」と決めつける空気が生まれつつあることへの危惧を呈し、2人の犠牲に報いるためには、安倍総理の対応の何が間違っていて何が正しかったのかを冷静に分析することだと書いているが、それはその通りである。 だが、安倍総理は13日間も公邸に泊まり続けたが、実際にできることはほとんどなかったはずだとする。 そして安倍が「『テロに屈しない』という信念で行動するなら、それは必ず相応の『結果』を招くことになるでしょう。今回の人質事件が、そのことを証明しています」(フィナンシャル・タイムズのデイヴィッド・ピリングアジア総局長) ピリング氏はさらにこう言う。 「安倍総理の上げる気炎は『口だけ』、それどころか『憲法改正のために今回の悲劇を利用しようとしている』と受け止められても仕方がない」 結局、冷静に考えても「自らの選択によって失われる日本国民の命を、その人の想像を絶する痛みと苦しみを、引き受ける覚悟は安倍総理にはあるのだろうか」(現代)という結論になってしまうのである。 現代は、イスラム国によって火あぶりの刑になったヨルダン軍パイロットの処刑のシーンを、4枚の組み写真で見せている。これを掲載する是非はあるだろうが(ポストも一部を載せてはいるが小さいのでわからない)、これを見ただけでも、この連中の鬼畜のような残酷さを嫌というほど思い知らされる。 こんな奴らと戦うには、口先ではない真の覚悟を示す言葉で国民に語りかけなければ、国民の心を動かすことはできはしない。 ポストは安倍の不用意な言葉がイスラム国を刺激して2人の人質の悲劇につながり、これからは海外在留邦人約126万人、中東にはざっと1万人が生活しているが、その人たちの生命が危険な状況に置かれたと難じている。 ポストは昨年11月中旬時点で外務省関係者から「後藤氏がイスラム国に拘束された疑いが強い」という情報を得ていたのに、岸田外相が拘束されたことを把握したのは12月3日だったと言い張るのは「人質が取られたのを知りながら解散で空白をつくった」という批判をかわすためだと断じる。 安倍が「罪を償わせる」と発言したことで、日本は米英からテロとの戦いのメインプレイヤーに仕立て上げられようとしていると批判している。 カンナクズのように、ペラペラと口だけ番長のような中身のない言葉をまき散らす総理のおかげで、日本人全体がテロの脅威に怯えなくてはならなくなったことは間違いない。 現代は後藤さんが残した言葉を紹介するモノクログラビアを組んでいる。『もしも学校に行けたら』の中にこういう言葉がある。 「“本当の平和”とはいったいどんなものなのでしょうか?」 本当の平和は、積極的平和主義などから出てきはしない。 最後に、池上彰氏のコラムにある言葉を紹介しておこう。 「こうして見ると、単なる無頼の徒に見える『イスラム国』も、彼らなりの法律規範にもとづいて行動していることがわかります。でも、いまから1000年近く前の戦争の規定を、そのまま現代に適用しようという時代錯誤ぶり。それで後藤さんが犠牲になる。悔しい」 戦争は、お互いの正義から生まれる。英米のお仕着せの正義を振りかざしていては、テロとの戦いは永遠に終わらないということを、安倍首相は知るべきだ。 (文=元木昌彦)
人気アイドルグループの解散ドキュメンタリーを怖いもの知らずのAV監督たちが撮り上げるとゆー、とんでもない無茶ぶりで話題を呼んでいる『劇場版BiSキャノンボール2014』。撮られるアイドルグループは2014年7月8日に横浜アリーナにファン8000人を集めて解散ライブを行なったBiS。そのメンバー6人を解散ライブの前日から3日間にわたって密着取材したのは、カンパニー松尾を隊長とする大ヒット作『劇場版テレクラキャノンボール2013』(14)で異能ぶりを発揮したハメ撮り師たち。全裸PVやメンバー間の内紛さえもネタにしたアイドルらしからぬ非常識さで人気を得たBiSと『テレクラキャノンボール』で蛮勇を馳せたAV監督たちを掛け合わせると、一体どんな化学合成が生じるのか? 立ち見客でごった返すテアトル新宿の初日は、BiSファンと『テレキャノ』マニアとの期待と不安が入り交じった熱気で包まれた。 もともとはスペースシャワーTVで放送するBiSの解散ドキュメンタリー番組として企画されたものだが、非常識さで売り出したBiSの解散をフツーにまとめてもつまらない。そこで白羽の矢が立ったのが、希代のハメ撮りAV監督として熱狂的なファンのいるカンパニー松尾だった。でも、カンパニー松尾はBiSのことを知らないし、密着取材するにも時間があまりない。一度は断ることを考えていた彼の頭の中に閃いたのは、AV監督たちがどれだけ素人女性をナンパできるかを競い合う『テレクラキャノンボール』のフォーマットをそのまま活用するというアイデアだった。折しも、『テレクラキャノンボール』はAV作品ながら映画館で大入り満員が続いていた。そして奇しくもBiSメンバーは6人、『テレキャノ』のハメ撮り師たちも6人! 横浜アリーナでの解散ライブの前日のリハーサル、リハーサル後の夜、そして解散ライブ直後までの完全密着ドキュメントが始まった。 『テレキャノ』でおなじみカンパニー松尾らハメ撮り監督たちとBiSのマネージャー渡辺淳之介、スペースシャワーTVの高根順次プロデューサーらが集まった男だけの企画会議がめちゃめちゃ楽しそうだ。いつもは素人の女の子や熟女たちを相手にしているハメ撮り師たちは、現役アイドルをマンツーマンで撮影することになって浮き足だっている。ちなみにBiSメンバーには『情熱大陸』みたいなキレイなドキュメンタリー番組だよ~と伝えているらしい。でも、まぁ、フツーに考えれば相手は現役アイドルで、しかも解散ライブを控えている。ハメ撮りはありえない。じゃあ、逆にルール設定しても構いませんよねと、カンパニー松尾らはうれしそうにBiSキャノンボール用の得点システムを決めていく。 +3P→セミヌード、電話番号ゲット、貴重な過去の話 +2P→涙、寝顔、キス、靴下の匂い嗅ぎ、おなら +1P→寝起き、ほっぺハグ、ハグ、肩叩き、手つなぎ ただし「やめてください」は−5P、渡辺マネージャーからのクレームはポイント剥奪か退場 スーパーボーナスポイント +100P→ハメ撮り +9P→オナニー +7P→フェラ +7P→ヌード +5P→手こき3年半にわたってアイドルの常識を壊してきたBiSのメンバーたちだが、解散ドキュメンタリーで予想外の事態に追い込まれてしまう。
いよいよ撮影当日。BiSメンバーをカメラで追う監督たちの組み合わせが決まった。まずは第1ステージ。BiSメンバーをそれぞれの愛車に乗せ、都内から横浜アリーナまで誰がいちばん早く到着するかを競い合う。限られた時間の中で、BiSとは初対面の監督たちは彼女たちとの距離感を会話で探っていく。マスクで顔を完全ガードしているリーダーのプー・ルイをどう攻めるか、熟女系を得意とするタートル今田は考えを巡らす。AV好きなファーストサマーウイカは、カンパニー松尾が自分を撮ることになってはしゃいでいる。いいムードだ。そして『BiSキャノンボール』のキーワードとなる「伝説を残したい」という言葉をテンテンコから引き出したのは、ビーバップみのるだった。テンテンコはこの「伝説を残したい」という自分のひと言によって、悪夢のような一夜を過ごすことになる。 女の子の発した何気ない言動を見逃すことなく、がっちり食らいついていくハメ撮り監督の研ぎ澄まされた狩猟センサーに脱帽だ。第2ステージ。横浜アリーナでのリハーサルを終え、くたくたになっているBiSメンバーを近くのホテルまで各監督たちが送り届ける。横浜の夜景が見渡せるシティホテルの部屋は、どれもツイン。ベッドが2つ用意されている。各メンバーがOKさえすれば監督は朝までずっと密着取材できるのだ。メンバーは明日の解散ライブに備え、1分でも1秒でも早くベッドで眠りに就きたい。カメラで撮られていることを気にせず、下着姿になり、すっぴんを晒す。彼女たちのアイドルとしてのギリギリの結界とその結界の突破口を懸命に探し出そうとする監督たちとのせめぎあいが大きな見どころとなる。そして、その結界を平気で踏み越える狂人がいた! テンテンコから「伝説を残したい」という言葉を引き出したビーバップみのるだ。「僕と一緒に伝説を作ろう」と延々と粘る。ビーバップの考える伝説とは、“BiSなりのハメ撮り”である。ハメ撮りがダメなら、顔射させて。ホテルの窓の外は明るくなってきた。このままでは一睡もできずに解散ライブに臨まなくてはいけない……。悲壮感を漂わせたテンテンコは、ビーバップの提案した妥協案に協力するはめになる。 映画の撮影や写真を撮ることを、英語で表現するとshootになる。銃で狙い撃つことと、カメラで被写体を撮ることは同義語なのだ。撮るか撮られるか、撮影とは被写体とカメラマンとのタイマン勝負である。ビーバップみのるは自分が担当するアイドルのドキュメンタリーを「伝説に残る」ものにしようと一線を踏み越えてまで被写体を追い詰めていく。ホテルの一室で逃げ場のないテンテンコはBiS専用ラインで「死にたい……」とつぶやく。このシーンだけ見ると、ビーパップは大事な解散ライブを数時間後に控えたアイドルに極悪非道に振る舞う悪人に映る。だが、ドキュメンタリー取材とは、被写体の都合のいいときだけ、空気のように優しく寄り添うものではない。カメラが介在することで、被写体の意識はどうしても変化する。映像には被写体とカメラマンとの関係性がどうしようもなく映り込む。ドキュメンタリー撮影(もっと広く言えば取材するという行為全般)は、相手を容易に傷つけてしまうし、自分も返り血を浴びることになる。でも、そうやってガチで関係性を築いていくことでしか、観る者の心に響く作品を残すことはできない。『BiSキャノンボール』はそのことを改めて実証してみせる。セクシーな肢体と男性客が狂喜する一瞬を提供してくれたのはコショージメグミ。彼女もまた思わぬ場面で、とんでもない目に。
最終ステージとなる横浜アリーナでの解散ライブ当日。ホテルでの出来事が知れ渡り、騒ぎとなる。AVに詳しいファーストサマーウイカが今回のドキュメンタリーは『情熱大陸』などではなく、『テレクラキャノンボール』だと気づいたのだ。騙されたこと、仲間がろくに眠らせてもらえずに解散ライブに上がらなくてはいけなかったことに、ウイカが大激怒する。ファンだったはずのカンパニー松尾に喰ってかかる。そして、その様子をカンパニー松尾はカメラに収め続ける。 結果、『BiSキャノンボール』はBiSメンバー6人の普段は見せない素顔に迫り、メンバーそれぞれの個性をくっきりと浮かび上がらせた。そして、テンテンコはアイドル界にひとつの伝説を残すことになった。『BiSキャノンボール』はアイドル映画の臨界点を塗り替えたといっていい。グループアイドルブームを反映したアイドル映画が続々と企画されているが、本作を上回る作品を生み出すのは簡単ではないだろう。 (文=長野辰次) 『劇場版BiSキャノンボール2014』 監督/カンパニー松尾 出演/プー・ルイ、コショージメグミ、ヒラノノゾミ、テンテンコ、ファーストサマーウイカ、カミヤサキ、渡辺淳之介、カンパニー松尾、バクシーシ山下、ビーバップみのる、タートル今田、梁井一、嵐山みちる、平澤大輔 配給/SPACE SHOWER NETWORKS 2月7日よりテアトル新宿ほか全国順次公開中(18歳以上のみ鑑賞可能) (c)SPACE SHOWER NETWORKS INC http://bis-cannon.jpヌルいアイドルドキュメンタリーで終わらせるわけにはいかない。カンパニー松尾ら6人のAV監督たちは最後の最後まで粘り腰を見せる。
情報処理推進機構(IPA)は2月6日、「情報セキュリティ10大脅威 2015」を発表した。これは、2014年に起きたインターネット関連の事件や事故の中から、影響の多い順に選んだもの。自分だけは被害に遭わないとか、大丈夫とか思っていても、思わぬタイミングで引っかかってしまうもの。どんな事件が起きているのかを知っておけば、いざという時に被害を回避できる可能性が高まる。まずは、悪意のある輩たちの手段をチェックしてみよう。 第1位は「オンラインバンキングやクレジットカード情報の不正利用」。やはり、現金を盗むことができるので、ネット銀行やクレジットカードは狙われる。IDやパスワードに加え、セキュリティコードなどは自分でしっかり管理すること。また、最も多いのが、偽装サイトを用意し、DMを送ってくるケース。残高のチェックやパスワードの変更など、もっともらしい理由を付けて、偽のサイトにログインさせてIDやパスワードを盗むのだ。偽装サイトを見破るには、URLをチェックしたり、暗号化通信を行っていることを示す鍵のアイコンを確認するという手法がある。しかし、最新のウイルスは高度な手法で、これらも偽装する。日ごろからセキュリティソフトをきちんと運用していることが重要だ。 第2位は、内部不正による情報漏えい。企業の経営者にとっては頭痛の種だが、ITの運用ポリシーをきちんと決めて、重要なデータを運用する必要がある。ユーザーは手軽にアクセスできて、お金になりそうなデータでも盗んだり売ったりしてはいけない。莫大な損害賠償請求や窃盗罪・横領罪・不正アクセス罪といった刑事責任を問われるなど、想像以上のリスクを負うことになる。 第3位は「標的型攻撃による諜報活動」。特定の組織を狙ってウイルスを仕込んだURLが書かれたメールを送信し、不正アクセスしようとするものだ。映画みたいな内容だが、2013年の調査では、約2割の企業がこの攻撃を受け、その3割が実被害に遭っている。 第4位は「ウェブサービスへの不正ログイン」。この対策は、本連載で何度も伝えているように、自分のアカウント情報はきちんと管理・運用すること。IDやパスワードの使い回しなど、もってのほかだ。 第5位の「ウェブサービスからの顧客情報の窃取」は、ユーザーとしての対応策はない。とはいえ、IDとパスワードを使い回していなければ、万一漏えいしても、他のサービスに不正アクセスされるようなことはないので、被害は抑えられる。 第6位「ハッカー集団によるサイバーテロ」や、第7位の「ウェブサイトの改ざん」は、個人が標的にされることはほとんどないので、企業のセキュリティ部門の問題。 第8位の「インターネット基盤技術の悪用」は広い意味で、他の項目すべてに当てはまってしまう内容。第8位にランクインする理由は不明だが、とにかく悪意のある輩たちは、よくも考えると感心するほど、網の目をくぐるのがうまい。例えば、DNSを偽装する最新技術は、第1位や第4位の詐欺サイトに利用されている。 第9位の「脆弱性公表に伴う攻撃の発生」はサーバーソフトなどの脆弱性を突いて、不正アクセスされてしまうこと。これは、ソフトのメーカーやセキュリティベンダーに頑張っていただきたいところ。 第10位の「悪意のあるスマートフォンアプリ」は、主にAndroidで広がっている野良アプリのこと。連絡先の情報を盗まれるなど、実害が出ることもある。セキュリティアプリを利用したり、アプリをインストールする際に権限をキチンと確認するといった対策が必要だ。もしくは、iPhoneを使えば、この手の心配は激減する。 以上が、脅威トップ10。個人ユーザーとしては、セキュリティソフトをきちんと使い、IDとパスワードを使い回しせず、わかりにくいパスワードを付けることが重要。これだけで、ほとんどの脅威は避けられる。次に、メールやメッセージで届いたURLをうかつに開かないこと。相手が本物かどうか確かめる癖をつけておくと安心だ。 (文=柳谷智宣) ■情報セキュリティ10大脅威 2015(http://www.ipa.go.jp/security/vuln/10threats2015.html) 第1位 オンラインバンキングやクレジットカード情報の不正利用 第2位 内部不正による情報漏えい 第3位 標的型攻撃による諜報活動 第4位 ウェブサービスへの不正ログイン 第5位 ウェブサービスからの顧客情報の窃取 第6位 ハッカー集団によるサイバーテロ 第7位 ウェブサイトの改ざん 第8位 インターネット基盤技術の悪用 第9位 脆弱性公表に伴う攻撃の発生 第10位 悪意のあるスマートフォンアプリ ■2014年版 情報セキュリティ10大脅威(https://www.ipa.go.jp/security/vuln/10threats2014.html) 第1位 標的型メールを用いた組織への スパイ・諜報活動 第2位 不正ログイン・不正利用 第3位 ウェブサイトの改ざん 第4位 ウェブサービスからのユーザー情報の漏えい 第5位 オンラインバンキングからの不正送金 第6位 悪意あるスマートフォンアプリ 第7位 SNSへの軽率な情報公開 第8位 紛失や設定不備による情報漏えい 第9位 ウイルスを使った詐欺・恐喝 第10位 サービス妨害
「これをやっちゃったらこの番組、コンセプト大丈夫?」 南海キャンディーズ山里亮太は、慌てふためいて叫んだ。 『ミレニアムズ』(フジテレビ系)の人気コーナー「カスママ」に訪れた、ゲストの柳原可奈子とのやりとりの一幕だ。 『ミレニアムズ』は2014年10月から始まった番組。オードリー、ウーマンラッシュアワー、ナイツ、流れ星、山里という、2000年デビューのお笑い界の精鋭たちを集めたユニット番組だ。 フジテレビのユニット番組といえば、『オレたちひょうきん族』までさかのぼる。以降、ダウンタウンやウッチャンナンチャンを輩出した『夢で逢えたら』、後の『めちゃ×2イケてるッ!』へとつながる『とぶくすり』、キングコング、ロバート、インパルス、ドランクドラゴンらの『はねるのトびら』、ピース、ハライチ、平成ノブシコブシなどの『ピカルの定理』と伝統は受け継がれてきた。『ミレニアムズ』も、この流れに続く番組だ。これらのほとんどは若手芸人の登竜門的番組だったが、『ミレニアムズ』のメンバーの多くは、すでに他番組などで実績のある、いわば“できあがった”芸人たち。だからこの番組では、これまで彼らが築き上げてきたキャラクターを生かしたコーナーが多い。それは『ミレニアムズ』の見やすさという長所でもあるが、既視感という短所もはらんでいる。 特に番組で強調されているのは、彼らの「卑屈」キャラだ。彼らは、上が詰まっているテレビ界の状況も相まって、“売れる”まで時間がかかっている。だから、妬み、嫉み、ひがみを募らせてきた。中でも、山里、オードリー若林正恭、ウーマンラッシュアワー村本大輔はその筆頭である。前述の山里がパニックを起こしたコーナーは、そんな3人がそれぞれ、にゃんちゅう(山里)、なべこ(若林)、オーサワ(村本)という番組ADの“3人娘”に扮し、行きつけのゲイバーを訪れるというコーナー。ホスト(ホステス)役のカスママに扮しているのは、「卑屈」とは対極にいるオードリー春日俊彰だ。 1月31日の放送で、カスママの店に訪れたゲストは柳原可奈子だった。柳原といえば、人間観察を通じたナナメ目線のコントを得意とする女芸人。いわば、山里たちと近いタイプと目される芸人だ。だが、柳原はカスママを前に正直な心境を吐露する。 「『柳原さん、もっとナナメの目線ください。もっと意地悪な目線ください』みたいな。……疲れちゃった(笑)」 「これは結構な爆弾だぞ!」「相撲取りがこれ以上太りたくないですって言ってるのと同じだよ」とおののく3人娘たち。すると、柳原は矛先を『ミレニアムズ』に急転換させる。 「あの番組のメンバーって、『卑屈』みたいな感じで言われてるじゃないですか。(略)そんな毎日毎日、卑屈なわけじゃないと思うんですよ。すごく、“あ、空が綺麗だな”って思う日もあると思うし、たくさんの人と楽しく飲みに行く日もきっとあると思うんですよ」 「そうそう」とうなずく若林、あたふたしたリアクションをとる山里、固まる村本。 「だけど、そういうふうに卑屈ばっかり求められて、絶対あいつら“卑屈疲れ”してると思うんですよ(笑)」 この柳原の発言に対し、春日は「アハハハハ!」と大笑い。そして3人娘は、三者三様のリアクションを見せる。山里は「ダメだよ、この船に乗ったら『ミレニアムズ』は終わるかもしれない。この船に乗っちゃダメ!」と大慌て。村本は「今、その船、涙で水没しそうになってる」と俯瞰してつぶやく。若林は「一回、船、ぶっ壊してみようよ」と不敵に笑う。 彼らが卑屈であることは間違いない。だが、番組としてパッケージにされたとき、「卑屈キャラ」という窮屈なものに変わってしまう。たとえば「ハロウィン」は、卑屈に生きる人にとっては格好の攻撃対象だ。だが、「ハロウィン仮装する人をイジっちゃうってことが、ナナメ側からしたら王道過ぎる」と若林が言うように、ハロウィンをことさら攻撃する人に違和感を抱くのもまたナナメ目線で生きる人にとっては必然だ。いまや若林は「卑屈キャラ」を演じる自分たちにも、ナナメの目線を向けてしまうのだろう。 だから、かたくなに「卑屈」キャラを守る山里に、若林は言う。 「まだそこなんだ?」 と。それに対し、山里は「本人先頭走ってると思ったら、周回遅れだったってこと?」とショックを受けつつも、「まだそこと戦っていきたい」と宣言する。 山里も若林も村本も、その卑屈さのレイヤーは当然さまざまだ。番組でパッケージされた「卑屈キャラ」というカテゴライズにそれぞれのナナメ目線で抗うことこそ、卑屈キャラの真骨頂であるはずだ。その“枠”からはみ出す部分にこそ、人間味が表れるのだ。 「ナナメの夜明けだ!」 若林は興奮気味にそう語った。「ついにこの時代が来たか」と。“できあがった”芸人たちのユニットだから、これまで“壊す”ことができなかった。だが、逆に言えば“できあがった”からこそ、“壊す”ことも可能なのだ。その時こそ、新しい何かが生まれるはずだ。 いよいよ『ミレニアムズ』が、真の意味でスタートラインに立ったのではないだろうか。 (文=てれびのスキマ <http://d.hatena.ne.jp/LittleBoy/>) ◆「テレビ裏ガイド」過去記事はこちらから『ミレニアムズ』フジテレビ
なんだかしんどい世の中である。どこを向いてもギスギスしている。立場を明確にすることが何よりも求められ、かと言って自分と違う意見に耳を貸すのかと思えばそんなことはなく、壁を挟んだ言葉の応酬はお互いの差異を際立たせるだけで、延々平行線をたどるばかりだ。あらゆる人の、あらゆる場所を、しんどさが覆い隠そうとしている。そして、こういった呑気な考え方もまた批判されてしまいそうな、そんなしんどい世の中である。 そんなしんどい世の中でも、フジテレビ系では『有吉くんの正直さんぽ』が放送されている。有吉弘行と生野陽子アナウンサーがゲストとともに街を散歩するという、ただそれだけの番組には、一切のしんどさがない。散歩が好きな人が散歩をしている。ただそれだけだ。しんどくない。特にこれといったルールや目的地もない。それもまた、しんどくない。そして1月31日の放送でゲスト出演した渡辺徹(と、ずんの2人もだが)は、まさしくしんどくないタレントの筆頭といえるだろう。 昨年11月に放送された日本テレビ系『有吉反省会』でも指摘されていた通り、渡辺徹はまずそもそも、現在の本業がよく分からない。俳優として活躍していた過去はもちろん知られているが、今はどちらかといえば俳優というよりは「『ダウンタウンDX』(同)によく出る人」としてのイメージのほうがずっと強い。あるいは「かなり昔に『スーパーマリオクラブ』(テレビ東京系)の司会をやっていた人」だろうか。いずれにせよ、ほとんどの視聴者は、渡辺徹のことを俳優だとは思っていないはずだ。取り立てて、何もない人。それが渡辺徹だ。そしてその何もなさこそが、渡辺徹のしんどくなさ、言い換えれば安心感へとつながっている。 実際に『有吉くんの正直さんぽ』の中でも、渡辺徹は決して目立つような何かをしているわけではない。だが、明らかに場を支配している。それはなぜか。渡辺徹は、基本に忠実だからだ。ここで言う基本とは、すべての芸事に通じる「上げて、落とす」というスタイルである。渡辺徹はそのスタイルを絶対に崩さない。具体的に、この日の番組で実際に起こった一つの例を挙げよう。 (1)一同、銀座の街でウインドウに絵画が飾られた画廊を目にする。 (2)渡辺徹が「銀座には画廊が似合うねえ」と発言する。 (3)その発言を聞いたほかの出演者と視聴者が、確かに、と納得する。 (4)渡辺徹が「俺はこの絵がいいな」と言って、中華料理屋の看板の料理写真を指さす。 (5)出演者が渡辺徹にツッコんで笑いが起きる。 「上げて、落とす」になぞらえると、(2)が「上げて」であり、(4)が「落とす」である。重要なのは(2)の存在だ。(4)だけが単独で存在しても確かに落ちにはなるのだが、その落ちへの落差を大きくするために渡辺徹は(2)を自らの発言によって用意している。もちろん、基本中の基本ではある。ハリウッド映画の脚本メソッドにおいても、対立する場面を設置するというのはイロハのイだ。落差こそがカタルシスを生む。それは感動であれ、笑いであれ、同じことだ。しかし、この基本中の基本をやること、どれだけベテランになってもそれをやり続けるというまさにその点が、渡辺徹のタレントとしての真骨頂である。 さらに渡辺徹は、この「上げて、落とす」というシンプルな手法を突き詰めて、長い時間をかけた「上げて、落とす」を実践する。この日に番組で訪れたのは日本を代表する繁華街、銀座。このあたりには各都道府県のアンテナショップが多数存在していて、一同はその店舗を巡ることになる。渡辺徹は茨城県育ちだ。おそらく、というかほぼ間違いなく、茨城県のアンテナショップにも行くことになるのではないか。そう見越したであろう渡辺徹は、茨城県のアンテナショップに行ったときに「落とす」ことができるように、周到に準備をする。たとえば、有吉弘行の出身県である広島のアンテナショップで、あえて突っ込みどころを探して指摘していくのだ。それによって茨城県のハードルを「上げて」いる。茨城県のアンテナショッップで「落とす」ために。長い時間をかけて「上げて」きた茨城県の優位性を、その場所で「落とす」ことを狙って。 事実、番組の中で茨城県のアンテナショップにも行くことになるのだが、茨城県民の方には失礼な言い方になることは承知で、まあ、大したことはないわけである。そりゃあそうだろう。茨城県に限った話ではなく、その土地で愛されている素晴らしいものなんて、よそでありがたがるようなものではない。そして渡辺徹は「上げた」ハードルを「落とす」ように、茨城県の特産品を紹介する。自信を持って推せるものは、干し芋ぐらいしかない。クワの葉っぱのお茶も、取り立てて美味というわけではない。ワラで作った納豆を紹介する際は、製品として大量生産されている納豆と比べて「(味が)まったく違いますね」と言い切った渡辺徹だが、一同が感心する様子を見るとすぐに「いや、『まったく』は嘘ですけど」と正直に口にしてしまう。そういうものだろう。日常なんて、何か特別なことばかりがあるわけではないのだ。 しかしそれは、とここで一気に話を戻すが、しんどくない。心地よいしんどくなさだ。なんというか、それぐらいがちょうどいい。特別な何かがあるわけではない。干し芋ばかりが充実している。そこには勇ましい決意や言葉や態度はないけれど、しんどくない日常の景色がある。それぐらいで、いいんじゃないか。何もなくたっていいじゃないか。わざわざしんどくなる必要なんて、どこにもない。世界をギスギスさせるようなことを口にするくらいなら、干し芋をかじって笑っているほうがずっとましだろう。 渡辺徹の「上げて、落とす」というスタイルは、すべての芸事に通じる基本中の基本だが、同時に人生を生きる上での、基本中の基本でもある。「上げて」ばかりじゃしんどくなる。そのしんどさにずっと耐えられるほど、人はたぶん強くない。だからこそ人はユーモアや笑いを発明したのだし、テレビだってきっとそうだ。今の社会情勢を考えろとか、有事の際に何を呑気なことを言ってるんだとか、そんなのは本末転倒である。「落とす」ことができるからこそ、人生は生きるに値する。これは別に、理想論や夢物語なんかじゃない。少なくとも、渡辺徹は、それをずっとやっているのだ。 渡辺徹は銀座の街を歩きながら、こうつぶやく。何も特別な言葉じゃないが、だからこそ、どこか心に残る。 「銀座はやっぱり建物がおしゃれで、見て歩いてるだけで楽しいよ」 これぐらいで、いいんじゃないか。銀座だから特別なのではない。世界中のどこに行ってもその土地の景色はあり、「建物がおしゃれで」の部分を変えれば、どこでだってそう思うことはできるだろう。見て歩いてるだけで楽しい。世界はずっと昔からもう、そのようなものとして用意されているのだ。確かにしんどい世の中ではある。だけど、世界はそればかりじゃない。少なくとも2015年1月現在、私たちが暮らすこの国で、散歩は禁じられてはいない。 【検証結果】 『有吉くんの正直さんぽ』ではランチをどの店で食べるかという、極めてどうでもいいと思いがちだがとても大切な問題が、毎回のようにテーマとなる。この日はお店を探して歩く途中、ガード下にいろんなお店が連なっているスポットを発見。そこでは一軒一軒が日本のさまざまな地域の料理を提供しているのだが、もちろん茨城県に限定した店舗はない。そこで渡辺徹は「ここに茨城があった」と言って、指をさす。その指の先にあるのは、シャッターで閉じられた何かの跡地だ。そのジョークはとても面白かった。自分が茨城県の出身者だったら、もっと面白かっただろう。それぐらいの距離感でいい。それぐらいの愛がちょうどいい。しんどくない生き方へのヒントが、そこには確かにあったように思う。 (文=相沢直) ●あいざわ・すなお 1980年生まれ。構成作家、ライター。活動歴は構成作家として『テレバイダー』(TOKYO MX)、『モンキーパーマ』(tvkほか)、「水道橋博士のメルマ旬報『みっつ数えろ』連載」など。プロデューサーとして『ホワイトボードTV』『バカリズム THE MOVIE』(TOKYO MX)など。 Twitterアカウントは @aizawaaa『GOLDEN☆BEST 渡辺徹~シングル・コレクション~』(ソニー・ミュージックダイレクト)
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