
成海璃子主演作『無伴奏』。アジ演説、クラシック喫茶、回覧ノートといった1960年代ならではのユースカルチャーがオシャレに描かれていく。
成海璃子演じるヒロイン・響子は教室でいきなり学生服を脱ぎ始め、下着姿になる。制服廃止闘争委員会の委員長をつとめる響子は、同級生たちに向かってアジ演説を行なう。「我々女子高生はオシャレする権利と自由を取り戻すべきである!」「異議なし!」。映画『無伴奏』は1960年代終わりの、まだ学生運動が熱かった時代の仙台を舞台にした“痛い”青春ドラマだ。実際に女子高で制服廃止闘争委員会をやっていた直木賞作家・小池真理子の自伝的要素の強い同名小説を原作に、成海璃子が大人への階段を上がっていく響子役を等身大で演じている。初めて官能シーンに挑んだことでも話題の作品だ。
響子(成海璃子)はメンソール系のタバコをしばしば吸う。そうやって気分を落ち着かせていないと、体の中を駆け巡る血の気を抑えることができない。学生運動に参加している響子だが、本当は沖縄の基地問題にもベトナム戦争にもさほど興味はない。でも、何か他の人と違うことをせずにはいられないのだ。親や学校の言うことに従って、おとなしく受験勉強なんて出来やしない。近くの大学で開かれている決起集会に加わり、機動隊を相手に一触即発になる緊張感を味わっている。周囲から子ども扱いされるのが嫌で嫌で堪らないが、その反面では芯から学生運動にのめり込めない空虚さも感じていた。そんなとき、響子はクラシック喫茶「無伴奏」で育ちのよさげな大学生の渉(池松壮亮)と出会い、渉の親友・祐之介(斎藤工)やその恋人・エマ(遠藤新菜)と一緒に遊ぶようになる。響子は今まで知らなかった大人の扉を開けることに夢中になる。
矢崎仁司監督が描く『無伴奏』は、山下敦弘監督の『マイ・バック・ページ』(11)やトラン・アン・ユン監督の『ノルウェイの森』(10)とほぼ同時代の物語である。映画化された『マイ・バック・ページ』や『ノルウェイの森』は学生運動華やかなりし1960年代に対して一定の距離を置いて描かれていたのに対し、原作者・小池真理子の4歳年下になる矢崎監督はその時代にほんの少しの差で乗りそびれた世代ゆえに、憧れの念を込めて1960年代後半の世相を再現している。あの時代ならではの若者たちの熱気と苛立ちを、ノスタルジックなファッションとして成海璃子は身にまとう。あの時代の意識高い系女子が成海璃子にはよく似合う。『戦国自衛隊』(79)の千葉真一が戦乱の世にタイムスリップして目がギンギンに輝くように、成海璃子も60年代の喧噪の中に送り込まれ、とても自然にその時代に溶け込んでいく。

どこかミステリアスな雰囲気のある大学生の渉(池松壮亮)に、女子高に通う響子は魅了される。茶室で2人はいいムードに。
響子が渉と出会ったことで大人の階段を上がっていくように、成海璃子にとっても本作は大人の女優への通過儀礼的な作品となっている。響子は渉と初キス、そして初体験を済ませることになるが、その舞台となるのは竹林に囲まれた隠れ家のような一軒の茶室だ。渉と祐之介はその茶室で共同生活を送っており、エマもここに入り浸っている。遊びに呼ばれた響子は、茶室の小さな入口「にじり口」をくぐって茶室の中へと入る。茶室の入口である「にじり口」は異界へのエントランスだとされている。女子高育ちで性に関しては頭でっかち状態だった響子だが、そんな彼女の前で祐之介はエマを相手に激しいペッティングに耽る。胸をはだけたエマは股間を祐之介に愛撫され、目をとろんとさせ、甘い声を漏らす。狭い茶室いっぱいにエロ~い空気が立ち込める。その様子を見ていた渉と響子も唇を合わせることになる。60年代のビンテージもののエロスが生々しくスクリーンに再現される。
童顔の池松壮亮だが、濡れ場に関しては若手男優屈指のスペシャリストだ。『愛の渦』(14)では門脇麦、『海を感じる時』(14)では市川由衣、『紙の月』(14)では宮沢りえを相手に大胆なベッドシーンを演じた。子役からキャリアを重ねてきた成海璃子だが、官能シーンは今回が初めて。2歳年上の池松は頼もしい共演者だった。くだんの茶室で、今度は渉と響子が裸になって体と体を重ね合う。全裸になった2人の前にはコタツがあり、大事な部分だけカメラの死角になっている。コタツに見守られながら、響子は処女を喪失することに。だが、響子と渉が結ばれるのを見届けていたのは、コタツだけではなかった。薄暗い茶室の中を、小さな「にじり口」から祐之介がじっと見つめていた。祐之介の熱い眼差しに気づき、慌てふためく響子。ここから物語は、ノスタルジックな青春ドラマから妖しい恋愛ミステリーへと転調していく。

響子、渉、祐之介、エマは海へと向かう。このときの響子は、まだ自分を含めた4人の複雑すぎる人間関係に気づいていなかった。
4度にわたる官能シーンに加え、未知なる禁断の世界に遭遇することで内面の葛藤を生じる響子役はかなりの難役であり、演技キャリアのある成海璃子だからこそ演じ切れた役だろう。響子とは性格もファッションセンスもまったく異なるエマ役を演じた遠藤新菜は、オーディションで抜擢され、ワークショップを経ての参加となった新進女優。成海璃子、池松壮亮、斎藤工ら若手実力派のアンサンブルの輪の中に、遠藤新菜は体当たりで入っていく。エマ役に成り切るために髪をショートカットにし、小ぶりな美乳もあけっぴろげに披露する。人前で屈託なくヌードをさらすエマ、初体験中もバストトップだけはしっかり腕でガードする響子。濡れ場でのリアクションも対称的だったエマと響子は、その後も真逆な運命が待ち構えている。響子、渉、祐之介、エマたち4人の青春物語は苦味のある結末へと収斂していく。
響子が奇妙な大人の世界を知る直前、とても青春映画らしい清々しいシーンが用意してある。響子たち4人は車に乗って海へと出掛ける。水着に着替えた4人は、荒々しい海のしぶきに嬌声を上げながら海水浴を楽しむ。美しい青春のひとコマだ。浜辺で渉と2人っきりになった響子は、昼間は見えないはずの月の話を始める。「ねぇ、気づいていた? 初めてキスをした夜の月は、まだアメリカの足跡はなかったのよ」。まだアポロ宇宙船は月面に到着しておらず、月は汚れを知らなかった。イノセントな輝きを月が地球に届けていた最後の短い夏。もう二度と戻ってくることのない大切な時間が、スクリーンの中を流れ去っていく。
(文=長野辰次)

『無伴奏』
原作/小池真理子 監督/矢沢仁司 出演/成海璃子、池松壮亮、斎藤工、遠藤新菜、松本若菜、酒井波湖、仁村紗和、斉藤とも子、藤田朋子、光石研
配給/アークエンタテインメント R15+ 3月26日(土)より新宿シネマカリテほか全国ロードショー
(c)2015「無伴奏」製作委員会
http://mubanso.com

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