経産省ではスキャンダルは出世に響かない!? 愛人発覚・西山審議官の厚顔無恥ぶり

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「週刊新潮」6月30日号 中吊り広告より
第1位 「経産省『美人職員』を弄ぶ『西山審議官』」(「週刊新潮」6月30日号) 第2位 「朝日新聞が『(親)原発』に転向した日」(「週刊文春」6月30日号) 第3位 「ガイガーカウンターでは被曝量は測れない<知っていましたか?>」(「週刊ポスト」7月8日号)  先週は1本もなかった「ポスト」に、今週は1本だけ放射能関連の記事が出ている。あおり派批判は一貫しているが、内容は、私も以前から触れていることなので興味を持って読んだ。  通称「ガイガーカウンター(正式にはガイガー=ミュラー計数管)」を持った週刊誌記者たちが日本中で放射線量を測り、特集を組んでいる。  「現代」は「大反響第2弾 列島縦断 放射能はこんなに出ている」。「AERA」も「放射線量マップ 第3弾」をやっている。  また県民の不安に答えるために、福島県は子どもたちと妊婦合わせて30万人に、計数管を配るそうだ。  だが、カウンターの性能は千差万別、オモチャのような計数管も多く売られている。  GM管式とシンチレーション式でも、測れる放射線の種類が違う。そうしたことは、これまでほとんど報じられてこなかった。  「ポスト」によれば、計数管(ここではGM計数管のこと=筆者注)が計測しているのは、放射線の数であり、人体が放射能によって受ける影響を表す単位のシーベルトは分からないのだそうだ。したがって、計測値から対象物のベクレルを「推計」するのがせいぜいだという。  さらに、代表的な放射線にはアルファ線、ベータ線、ガンマ線、エックス線、中性子線があるが、このGM計数管が主に検出するのはベータ線だという。  したがって、人体への影響を正確に調べるためには、「シンチレーション検出器」や「ゲルマニウム半導体検出器」でなくてはいけないのだが、高価なことと動作環境にも制限がある。  だが、いま行政がやっているモニタリングポストはシンチレーション方式だから、素人たちがGM計数管で測った値より信用できるとしている。  週刊誌(ここではそうは書いていないが、「ポスト」はこう言いたいのであろう=筆者注)や市民団体などが公表している数値は、ベータ線を遮断しないなど、測り間違いが多いと、ある技術者に言わせている。  要は、いまあおり派が放射線量が高い高いと騒いでいるが、安物の計数管を使って、しかも測り方を間違えているから、「無知な者が危険をあおるために用いれば、害にしかならない」と決め付けている。  確かに私が知る限り、いまのモニタリングポストも県や市町村が独自に測っているやり方も、ベータ線を遮断している。  こうしないと、さまざまな種類の放射線を計測してしまうため、高い値が出てしまうからだ。そこで疑問なのは、アルファ線やベータ線は測らなくていいのだろうか? これらには危険はないのだろうか?  放射線に詳しい私の知人によると、アルファ線はガンマ線の20倍、人体への危険性があるという。アルファ線やベータ線は衣服やマスク、手袋で遮断できるかもしれないが、すべての子どもたちが外にいるとき、必ずマスクをしているわけではないから、口などから入って内部被曝する危険はあるはずだ。  また、GM管方式では、シーベルトが分からないという決め付け方には違和感を持つ。私の友人が開発した放射線量公開システムはGM管を使っているが、アメリカの認証を取り、この中でも書いてあるように、計算式を用いて10秒ごとの放射線量を記録し、シーベルトで表示できる。  この記事中では、いまのほとんどのモニタリングポストが地上からかなり高いところに置かれ、1日のうち1時間だけしか測定せず、それに24時間かけたものを1日の放射線量としていることに触れていないのは、故意なのだろうか。  シンチレーション方式は、アルファ線やベータ線を測るのには適さないようだ。だが政府や行政がこの方式を使うのは、ガンマ線だけに特定すれば、値が低く抑えられるからではないのか。  一番大事なのは、放射線の影響を受けやすい子どもたちが生活している高さや周辺で、正確に計測して公表することであるはずだ。  年間20ミリシーベルトが人体に影響があるかないかは、10年、20年後までフォローしてから決めるべきもので、少しでも健康に影響があると予想される被曝量なら、即刻子どもたちだけでも、そこから安全なところへ集団疎開させるべきである。  先ほど情報が入った。数日前、福島市の廃棄物処理業者が市民の説明会で、公園の廃棄物の中からプルトニウムが検出されたと発表したそうである。  「ポスト」の記事は、目の付けどころ、問題提起としての意味はある。「ポスト」から批判されるあおり派週刊誌は黙殺しないで、批判や論争を挑むべき記事である。これからの論議を期待したい。  第2位は、「文春」の小さな記事で、自社の宣伝臭が強いが、重要な意味を持っていると思うので、取り上げた。  読売新聞の正力松太郎社主(当時)が「原子力の父」と呼ばれることは、さまざまなところで書かれてきた。  正力の政治的な野心から、原子力の平和利用という名目で、ノーベル賞受賞者・湯川秀樹まで巻き込み、読売の紙面でも原発を礼賛し、次々に原発をつくる世論を形成していった。  それに対して、朝日新聞は反原発派の牙城であった。だがやがて現実に押し流され、原発には「No,but」(基本的には反対)というスタンスでようやく踏みとどまっていたが、1973年の石油危機をきっかけに、原発容認派が大勢を占め、ついに74年7月に1ページの3分の2を占める原子力のPR広告が、朝毎読の三大紙の中でいち早く掲載された。それを契機に、原発に対して「Yes,but」(基本的に賛成)へと大転換していく。  79年には、原子力問題を担当する記者21人が集められ、記者個人が原発に反対するのは自由だが、その記事をボツにするかどうかの権限は編集局にあると、当時の編集担当専務が言い放ったと書いてある。  この「東電帝国 その失敗の本質」を書いたのは元朝日新聞電力担当記者の志村嘉一郎(69)。先の朝日新聞への原子力広告は、読売が2番目で、反原発の連載などをやっていた毎日が、再三毎日側がお願いしても出してもらえず、だいぶ遅れて出広してもらったと本にある。  この朝日の原発容認への転向は、反原発運動にも大きな影響を与えた。原発関連のPR費用は年間3,000億円と志村氏は書く。その莫大なカネを使って政治家、官僚、マスコミからマスゴミまでをたらし込み、安全神話が何の批判にもさらされず、歯止めのきかない原発大国への道をまっしぐらに突き進んできたのである。  その朝日の現在の紙面に、原発批判、東電の責任問題、復興増税問題への追及がゆるいと感じるのは、私だけではないはずだ。  さて、今週の文句なしのスクープ賞は「新潮」の記事。  福島第一原発事故以来、原子力安全・保安院のスポークスマンを務め、日本中に顔が知れ渡ってしまった西山英彦審議官(54)が、あろうことか「経産省の美人職員を弄んでいる」というのだから、驚いた。  書き出しは6月17日の23時過ぎ。20代後半と思しき清楚な女性と西山審議官が、ホテルオークラのオーキッドバーに連れだって現れた。  女性が飲んだのはアマレットなどのカクテルで、西山審議官はテキーラや赤ワインを注文したとある。これほど詳しいのは、目撃していたのだろう。  午前0時半過ぎにホテルから出てきた二人は、アメリカ大使館の前を通り、坂を歩き始める。その間に、西山審議官は彼女の手を握り腰に手を回す。  あるマンションの前、オープンスペースに彼女を引き込むと、西山審議官が嫌がる彼女に迫り、唇を二度三度と奪った。  ぬぬ、ここからは、ホテルへ一直線かと思ったが、期待に反して、彼女はホテルへ戻り、そそくさとタクシーで帰ってしまうのである。  日本を代表する有名官僚の一夜だけの御乱行か。そう思って読み進めると、二人の仲は経産省の仲では有名で、1年前から「特別な関係」が続いているというではないか。  特にデートの回数が増えたのは昨年11月からで、11月7日から1週間開かれたAPECの高級実務者会合で議長を務めていた西山審議官は、何と彼女と6回も夕食を共にしたという。  さらに12月のデートの回数は10回にも上り、1日、3日......27日、28日だとある。しかし、これほど詳しい日にちは、当事者のどちらかが明かさなければ分かるはずはない。  はてどちらか? 二人は食事の後よくカラオケに行ったそうだが、歌も唄わず、ラブホテル代わりにしていたという。さらに、こんなことまでバラされてしまうのだから、有名にはなりたくないものだ。 「西山さんは古いカツラを使っているので、激しい動きをすると、カツラがズレてしまうとか。だからゴルフとかはやらない。笑っちゃいけないけど、セックスする際、上の肌着を脱ぐとカツラが引っ掛かってズレてしまう。そのため、パンツは脱いでも上は着たまま、しちゃうそうです」(事情通)  経産省のスーパーエリートは、原発事故以来のそつのない答弁で、次官の目も出てきていたようだ。彼の長女も東京電力に入社、清水正孝社長ともじっこんで、東電ベッタリ人間だった。  こんな人間が、原発をチェックする側にいたのでは、まともなことができるわけはない。  西山審議官は「新潮」の取材に対して、 「いつもの冷静さを失い、当初、中村さんと(愛人の仮名=筆者注)カラオケ店に行ったことを認めたものの、なぜか直ぐに前言を撤回。最後は『ノーコメント』を連発し、開き直るのであった」  この記事で西山審議官はスポークスマンを外れ、エリート転落かと思っていたら、そうではないというのだから、二度ビックリである。記者に問われた西山審議官は、こう言ったそうだ。 「こういう記事が出ること自体が私の至らなさを示している。深く反省している」  古い流行語だが、反省はサルでもする。聞けば、経産省というのは元々不倫の多いところで、こうしたスキャンダルは出世に響かない伝統があるのだそうだ。  いくら厚顔無恥な御仁でも、この国難の時、これほどのスキャンダルが表沙汰になれば、身を引くのが筋ではないか。そんな常識さえもわからない経産官僚たちに、原発の安全など任しておいたのが間違いだった。つくづくそう思わざるを得ない。 (文=元木昌彦)
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撮影/佃太平
●元木昌彦(もとき・まさひこ)
1945年11月生まれ。早稲田大学商学部卒業後、講談社入社。90年より「FRIDAY」編集長、92年から97年まで「週刊現代」編集長。99年インターネット・マガジン「Web現代」創刊編集長を経て、06年講談社退社。07年2月から08年6月まで市民参加型メディア「オーマイニュース日本版」(2006年8月28日創刊)で、編集長、代表取締役社長を務める。現「元木オフィス」を主宰して「編集者の学校」を各地で開催、編集プロデュースの他に、上智大学、法政大学、大正大学、明治学院大学などで教鞭を執る。 【著書】 編著「編集者の学校」(編著/講談社/01年)、「日本のルールはすべて編集の現場に詰まっていた」(夏目書房/03年)、「週刊誌編集長」(展望社/06年)、「孤独死ゼロの町づくり」(ダイヤモンド社/08年)、「裁判傍聴マガジン」(イーストプレス/08年)、「競馬必勝放浪記」(祥伝社/09年)、「新版・編集者の学校」(講談社/09年)「週刊誌は死なず」(朝日新聞社/09年)ほか
重要会議ではヅラをかぶろう ヅラより不倫より、やることがあるでしょうが。 amazon_associate_logo.jpg
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「目立つの苦手、でもやっぱり歌って踊りたい」【水野愛日】12年ぶりのシングルリリース

mizunomanabi03.jpg  元祖フリーアイドルで声優のルンルンこと宍戸留美さんが、自らカメラマンとして可愛い声優さんたちの写真を撮り、さらにアイドルライターの私(小明)がインタビューする不思議な連載の12回目です! 今回は、まなびぃこと水野愛日さんが来てくれました! ――突然なんですが、大昔にロフトプラスワンでアイドルのイベントされたりしていませんでした? 水野 うわー!! すっごい前ですね!! 本名で活動していた時代にしてました!! なんで知ってるの!? ――ですよね! 昔からロフトプラスワンは憧れの聖地でしたし、アイドル志望だったので......水野さんは地下アイドルの元祖なんじゃ? 水野 いやいや、あの時はまだ"地下アイドル"という名前がない時代で、"プレアイドル"って言われてたんですよ。その当時に所属していた事務所が水野あおいちゃん(ライブアイドルのパイオニア)がいた事務所で、私も本名の「水野」だったので、完全にあおいちゃんの影に隠れてて(笑)。陰であおいちゃんを「水野A」、私を「水野B」って呼ばれてたり。 ――むしろ水野あおいさんは芸名でこっちは本名なのに! 水野さんは「アイドル研究家」の異名もありましたけど、最近のアイドルはどうですか? 水野 そうですね......宍戸さんがデビューした「ロッテCMアイドルは君だ」の歴代の優勝者とかは言えるんですけど、アイドルにすごい熱を上げていて詳しい時代がちょうどその5~6年なので、最近の人たちはあんまり......。小学生のときにおニャン子クラブが流行っていて、「私、絶対おニャン子に入る!」って思っていたんですけど、解散してしまって夢が破れ、その後は乙女塾とか桜っ子クラブ、あとは河田純子さんとか田山真美子さんとかもずっとグラビアを見ていて......。 ――ガチに好きなのが伝わりました! 「東京パフォーマンスドールに影響を受けて、イベントでダンスを完コピしてた」っていうのをインタビューで読んだんですけれど、それもすごいですよね。近年で東京パフォーマンスドールに影響受けたって人、なかなか見ないですよ! 水野 アハハ! どこ見てるんですか! それこそ「プレアイドルの新人発表会」っていうイベントでやってました(笑)! いや、時代が時代ならモー娘。とかAKB48が好きだったと思うんですけど、当時は歌って踊るライブアイドルが東京パフォーマンスドールぐらいだったので。私もずっとグループアイドルをやりたかったんですよね。グループアイドルの端っこに行きたかった。センターではなく端っこで、一番ダンスはキレてるね! っていうキャラクターになりたかった。 mizunomanabi02.jpg ――なんでセンターじゃないんですか? 水野 目立つのが好きじゃない。自分をフューチャーされるのも苦手で、いまだに誕生日を祝われるのも嫌なんです。その日の主役感が嫌。でも、歌ったり踊ったりするのは好きだから......。 ――なかなかややこしい(笑)! それで、グループの端っこに入ってどうする予定だったんですか? 水野 うん、それで20歳くらいで引退して、元アイドルの若妻になるのが夢だったんですけど......まぁ、なかなか叶わなくて。 ――それは確かに憧れますね! ただ、若妻ってある程度、年齢制限が......。 水野 時がたつのはあっという間ですね。あはは。 ――良いじゃないですか、ブログに載ってた制服姿の写真とか決まってましたよ! 水野 もうなんか、やけっぱち。最近は写真の技術も高いので、あはははは。 ――目が笑っていない! でも、それだけアイドルが好きで、ご自分でもプレアイドルをやられた後にどうして声優さんに? 水野 結局グループアイドルにも縁がなかったし、当時はシングルCDを出すというのがある程度の境目だったので、私もやるからにはCDを出したいと思っていて。でも、本名でやっていた時のまま、うじうじしたままでは夢は叶いそうにないし......そんな時に声優ブームが来たんです。声優さんがアイドルと変わらないスタンスで活動していて、歌だけじゃなくてラジオもあったり活躍の場が広いし......「これはつぶしが効くな」と思って(笑)。 ――あはは! すごくちゃんと考えてたんですね! 水野 だってグラビアとかもすごく豪華で......! そういう華やかな部分にも、職人としての技術にも憧れがあって、スッと腑に落ちたんです。それで一般公募の声優オーディションにかたっぱしから書類を出して、一番最初にCDを出してくださったレコード会社に拾っていただいて、デビューのきっかけをいただいて、芸名も変わりました。 ――そこで水野愛日が誕生したんですね。その後の活動はどうでしたか? 水野 声優活動を中心に頑張ったんですけど、そのオーディションで入った事務所は不況の波に飲まれてなくなっちゃって......。あと、昔のことはもうほとんど覚えてないんですけど、確かアルバム二枚目くらいまではほとんどお金ももらってなくて、朝からずっとバイトしていたような......。けっこう大きいところでライブして、皆から「まなびぃ~!」って言われた翌朝にマックのポテトを冷凍倉庫から出していた。 ――すごい落差(笑)! ずいぶんご苦労されましたね。 水野 あ、でも、担当してくれてたマネージャーさんがその後も現場についてくれたり、人には恵まれていて。たまたま放任主義な事務所に当たることが多いし、舞台やライブ活動はほとんど自分で動いて、事務所は見守ってくれてる感じなので、ぜんぜん苦労という苦労はしてないですね(笑)。 ――ちなみに今、芸歴は何年になるんですか? 水野 どこをスタートにするかで変わってくるんですけど、水野愛日になってからだと......うわぁ、もう15年くらいになるのかな!? 「10周年記念!!」とかやっておけば良かった、いろいろできただろうに、もったいない......! mizunomanabi01.jpg ――でも、昔の画像を見てもそんなに変わってないですよね。 水野 いやいや劣化の嵐ですよ(笑)。現場でも「若いね」って言われることなんて、ほとんどない。 ――だって、みんな若いんですもの。声優さんってどうして時が止まってる方が多いんでしょう? 水野 あ、それは確かにそうですよね。地元に帰って同級生とか大学の友だちに会うと、やっぱり全然違ったりします。 ――同級生って普通に定職について結婚して子ども産んでたりしてますもんね。 水野 そうですね。多分、まっとうに人生を送られている方と比べて苦労は少ないんだと思います。皆まっとうに人生を送っている。ちゃんと就職して、寿退社して......憧れますねぇ......。女子高育ちなので、女の子といる方が楽だったりするじゃないですか。やっぱ楽しちゃいますね~、あはは。はー......今年、来年でがんばろうっと。 ――そうして期限がだんだん延びていくパターン! でも、家に帰って人がいるとか、誰か帰ってくるとか憧れます。 水野 分かります。わかります。私も安定志向なのに、そう見られないのは、なんで? ――爪もきれいにネイルアートされてるし、相当な女子力だと思うんですけど......。 水野 ああ、ネイルだけですね、お金使っているのは。私は、ストレスを感じても夜は眠れるし、ご飯も食べられるし、肌も荒れないし、頭髪も抜けないんですけど、子供の頃から爪を噛む癖があって......そういうの出ちゃうんですよ。で、目に入って傷んでいるとダウナーになってくるので、噛み噛みできないように、盛りに盛っているんですよ。うふふふ。 ――......なんなんでしょうね、こんなに可愛らしくて、話していても楽しい方なのに。では、音楽活動について伺いたいんですが、夏に新曲が出るんですよね! 水野 そう! そうです! 久しぶりにシングルを出すんですけど、本当に、12年ぶりくらいのシングルCDで、ソロ名義も久しぶりでねぇ......。 ――苦手なセンターじゃないですか! 主役ですよ! 水野 本当に苦手ですね......。それに、久しぶりなので音楽の感じも変わっていて......。今時っぽい感じの曲調にもチャレンジしたんですけど、やっぱり私の歌い方は昔っぽいから、その点苦労したなぁ。おニャン子だったり、そういうアイドルの歌を聞いて練習してきているので、その時代の歌い方が染み付いていてね......。今は、舞台と声優と音楽活動の3つの柱があるんですけど、やっぱり舞台でも歌い方が足かせになってしまったり、大変だった時期もありましたけど、最近は「これが私なんだな」って認めつつ、受け入れるようにはしているんですけど......。 ――歌い方って、それぞれの味わいだと思うので、それを含めて楽しむものだと思うんですけどね。 水野 そう言ってくれる人を大切にしたいなぁ。基本からガッツリ勉強もさせてもらったので、それを土台にして、もっと自分を活かせていけたら良いな......。ええと、つまり、新曲聴いてねっていうことなんですけどね! 9月発売の『白衣性恋愛症候群』というPSPゲームのエンディングで、声優としても出演させていただいてます! ――分かりました! そして来月はお誕生日ですね、何かご予定は? 水野 こんなに誕生日を祝われるのが苦手な私がバースディライブを開催してしまいます! 来て下さい! ......でも、やっぱり主役は苦手なんで、去年もサプライズでウルトラオレンジのサイリウムと、大好きなリラックマのケーキを出してもらったんですけど「あ、ふーん」みたいな......。 ――素っ気なすぎる(笑)! 水野 蝋燭をふーっ! ってやりながら、嬉しくてウルウルはしてるんですけど、歌や踊りと違って、そういうのは上手く表現できないんですよね......。なので、あまり「祝う」というスタンスじゃなくて良いので、よかったら......。 ――なんて不器用な......! これからも応援してます、ありがとうございました!! (撮影=宍戸留美/取材・文=小明) mizunomanabi04.jpg ●みずの・まなび 96年にパイオニアLDCのオーディションに合格した後、水野愛日として声優活動を開始。"マナビー"の愛称で親しまれ、アニメ・ゲームへの出演のほか、数々のユニット活動、アーティストとしても多数のシングル、アルバムを発表するなど、幅広く活躍している。2011年夏には12年ぶりのシングルCDをリリース予定。 ・水野愛日ソロライブ「summer again 2011~ナチュラルスマイル~」 日時:2011年7月30日(土)18:00 open 18:30 start 場所:東京・渋谷テイクオフセブン 03-3770-8170 (http://kox-radio.jp/to7-top.html) 東京都渋谷区宇田川町32-12アソルティ渋谷B1F 料金:4000円・当日4500円(D500円別) 出演:水野愛日 特別ゲスト:喜多村英梨 主催:アイドルショット http://idolshot.jp 協力:EARLY WING/スリートゥリー チケット情報・発売はこちらから http://idolshot.jp/manabilive2011/ ●ししど・るみ 1973年、福岡県生まれ。1990年にアイドルデビュー、18歳でフリーアイドルになり現在まで様々な分野で活動中! フランス、ドイツ等でもライブを行い音楽活動で高い評価を得ている。 魔性姉妹としてもミュージシャン森若香織と音楽活動開始!! http://www.loft-prj.co.jp/masho/ 7年ぶりのニューアルバム「CHERBOURG→BRIGHTON」発売中!! http://p.tl/rVTY USTREAM音楽番組「宍戸留美×津田大介 Oil in Life」も絶賛放送中!! 公式HP http://rumi-shishido.com/ ●あかり 1985年、栃木県生まれ。02年、史上初のエプロンアイドルとしてデビューするも、そのまま迷走を続け、フリーのアイドルライターとして細々と食いつないでいる。初著『アイドル墜落日記』(洋泉社)、DVD『小明の感じる仏像』(エースデュース)発売中。 ブログ「小明の秘話」<http://yaplog.jp/benijake148/> サイゾーテレビ<http://ch.nicovideo.jp/channel/ch3120>にて生トーク番組『小明の副作用』(隔週木曜)出演中
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【声優 on FINDER!】バックナンバー 【vol.11】「レトロな物が好きなんです」【井上直美】50年前のカブリオレを駆って 【vol.10】「あのころ、ネットがなくて本当によかった」【小明】中2のままのアイドルライフ 【vol.09】「悩んだら、バーッっときてグワーン!」【中川里江】1回泣いて全部忘れるヒロインサイド 【vol.08】「"声優"の仕事の幅広さにびっくり」【稲村優奈】10年に詰まったスクランブルデイズ 【vol.07】「ビキニを着たこともないんです」【蝦名恵】3カ月目のヴァージン・シュート 【vol.06】「生き急いだ分、戻ってやり直しができると思う」【江里夏】10歳で見たデイドリーム 【vol.05】「何でも出来るって、とりあえず言っちゃう」【矢野明日香】360度のワークフィールド 【vol.04】「考えてると、寝ちゃうんです......」【窪田涼子】東経135度のモラトリアム 【vol.03】「いいものを出せば必ず返ってくる」【チャン・リーメイ】100%のプロレス・マインド 【vol.02】「いつもどこかで、なんとかなるさ」【片岡あづさ】22歳のセカンドフェーズ 【vol.01】「Twitter始めるまで、いつも泣いてた」【宍戸留美】20年目のセルフポートレート

暑い夏を乗り切れ! 旬の魚で手軽にできちゃう「狂う水(クールビス)」

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料理の数だけダジャレがある――。ダジャレをこよなく愛する男が考案する、笑えるおいしいレシピ。  「今日の夕ご飯はオレが作る。いま流行りのクールビズだ!」  「ご飯がクールビズ? 冷やし中華とかそうめんってこと?」  「そんなのじゃ夏バテしてしまうだろ。材料はこの、旬のイサキだ」 IMGP8900.jpg  「あら、丸々と太っておいしそう」  「これでアクアパッツァを作ると、クールビズ!」  「どういう意味かしら?」  「この料理はグラグラと狂ったように沸いた熱湯で煮ることから、"狂った水=アクアパッツァ"が名称の由来と言われているんだ。まあ他にも説はいろいろあるのだが、お父さんはこれを支持したい」 IMGP8909.jpg  「へー。で、それがなぜクールビズ?」  「だから、狂った水なんだってば! もう分かったろ」 父&母 「狂う水(クールビス)!」 IMGP8950.jpg  「言いたいことは分かったけれど、クールビズにしてはアツアツの料理なのね」  「そんなおまえにはこれだ! 冷たい水!」 IMGP8957.jpg 父&母 「クール水(クールビス)!」 ■材料  ・イサキ ・オリーブオイル ・唐辛子 ・ニンニク ・塩 ・こしょう ・アサリ ・エビ ・アスパラガス ・ドライトマト ・白ワイン ・水 ・お好みのハーブなど ■作り方 1、ドライトマトは水で戻しておき、イサキは鱗と内臓・エラをとり、塩・こしょうをしておく。 2、フライパンに多めのオリーブオイルを入れ、ニンニク・唐辛子を加えて火にかける。 3、香りが立ってきたら、イサキを入れて、両面に焼き色を付ける。 4、残りの材料をすべて加え、強火で軽く煮込む。 ■玉置メモ ・見た目とネーミングは派手だけれど、作り方はとっても簡単。 ・材料は白身魚と貝とトマトさえ入っていれば、あとは何を使っても大丈夫。 ・魚よりも残ったスープがおいしいので、パンを浸したり、パスタのソースに使いましょう。 ・クールビズは、氷水とも似ていますね。 (文・写真=玉置豊) ●たまおき・ゆたか へんな料理研究、マイナーアウトドア、狩猟採取が趣味のWEBディレクター、ときどきライター。「デイリーポータルZ」、「地球のココロ」、「@ニフティ つり」など で連載中。 < http://www.hyouhon.com/>
マジクール(MAGICOOL) ギンガムチェック(お天気キャスター森田さん推薦) 頑張れ、サラリーマン! amazon_associate_logo.jpg
■男のダジャレレシピ・バックナンバー 【第14回】蒸し暑い時期にピッタリ! 梅干しの酸味が効いた「上を向いて歩こう」 【第13回】レストランにも行きたくない出無精なあなたに「大型連休ギュウギュウ詰め」 【第12回】旬の素材が盛りだくさん「ネギに大葉 ヤマウド・ノビル 初鰹」 【第11回】スタミナ満点! よくばりどんぶり「ごはんと胃・レバー・牛たくさん」 【第10回】甘党にはたまらん! 「オリゴ糖、黄身と和えて、ようかん食った」 【第9回】捌けなくても大丈夫! 包丁要らずのカンタン鍋「捌き無知鍋」 【第8回】惚れてしまいそうな大人の味「バーレーン・タイ キッシュ」 【第7回】3分で出来るお祝い料理 「脂肪コーン、5を書く!」 【第6回】正月ボケに効果てきめん 「意外! タイなら七臭粥」 【第5回】気分次第でアレンジ可能 「麻婆茄子! 干し芋乗っかっちゃう!」 【第4回】三つの味が楽しめる豪華ディナー 「三択ロース」 【第3回】贅沢の極み! 「いい肝のカワハギのいい肝ばかり」 【第2回】ひと手間かければ豪華な一皿! 「タンカレー ナンバナナ天」」 【第1回】甘くて辛い 大人のおつまみ 「マスタードナッツ」

まるでそこだけスポットライトが当たっているよう……「森田涼花の《華》」

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撮影/尾藤能暢
アイドルたちは、ほかのアイドルをどう見ているんだろう...? そんな疑問にお答えする連載「アイドル的アイドル思考法」。自他共に認める業界一の「アイドル通アイドル」木嶋のりこが、アイドルの魅力のすべてを語り尽くします!  「"華がある"とは、こういうことなんだ」と確信を持って女性を見たのは、彼女が初めてでした。   テレビや映画で活躍している彼女のことは、依然から知っていました。あどけない表情や無邪気な笑顔がかわいらしく、私の好きなアイドルの一人だったのです。  そんな彼女が出演しているイメージDVDの中で私が初めて見たのが、『romance18』。普段、テレビ番組や映画で話している彼女ばかりを見てきたので、イメージDVDという声の無い世界の中にいる彼女が妙に新鮮に感じました。 kijima1102.jpg  この時思ったのですが、声を奪われた状況で自分を表現するこの空間でこそ、アイドルの本質が映し出されるのではないでしょうか。芝居のように決まった感情や動きのない、自由が与えられた空間。それを鑑賞していると、まるで心の中を覗いたような、一歩距離が近づいたような、優越感に近い感覚にさせてくれるのです。私は彼女がその空間でどんな表情を魅せるのかが、気になって仕方がありませんでした。  映像を見ていて最初に感じたのは、何とも言えない不思議な魅力......。  衣装、髪型、メイク、シチュエーションによって表情が変わるのはどのアイドルも皆同じなのですが、彼女はその変わる幅がとても広いのです。  こっちにあまり興味がないんじゃないかと思わせる仕草をしたかと思えば、甘えるような表情を見せ、そうかと思えばまるで別人のような大人な姿まで見せる。そして時折見せるキラキラ輝いた笑顔は、大人でも子どもでもない等身大の彼女の姿......。  さまざまな彼女を見ていると吸い込まれそうになるのですが、私はどこの部分にそんなに惹かれているのか分かりませんでした。どんな候補を挙げて見ても「そこだけじゃない」という感情が付きまとい、納得がいかないのです。  カメラ目線でもそうじゃなくても、力が抜けていてもシャキッとしていても、まるでそこだけスポットライトが当たっているかのように、全てが画になる......。
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『romance18』
 きっとこれが「華がある」ということなんだと私は強く思いました。  それが誰にあって誰にないのか、要するにどういうものなのか......今の私には上手に説明することはできません。ですが彼女の人を惹きつける不思議な魅力を説明するには、その言葉が一番しっくりくるのです。 「すごい......」  思わずそうつぶやいてしまったくらい、私は感動させられてしまいました。  そして、こんなにポップで爽やかで幼い印象も違和感なく与えてしまうのに、ここまで黒を着こなしてしまうことにも衝撃を受けました。  今まで彼女のようなタイプのアイドルが黒い衣装を着ていると少し背伸びをしているように見え、それがたまらなくかわいいと感じていたのです。  しかし彼女はとてもキレイでした。  さっきまでの幼さは一瞬で消え、"かわいい"より"キレイ"が似合うお姉さんがそこにはいたのです。  けれど、きっとこれはまだ彼女のほんの一部に過ぎないのかもしれません。  たった81分で魅了させた彼女は、次のステージでもまた見たことのない華を咲かせてくれることでしょう。 (文=木嶋のりこ) ●きじま・のりこkijimanoriko_senzai.jpg 1988年、長野県生まれ。05年「制コレ」7テイルズ獲得。女優として『片腕マシンガール』(07)、『ピョコタン・プロファイル』(08=主演)。舞台『月葬(げっそう)』(09)。 ブログ「木嶋のりこのハッピーオムライス」 http://ameblo.jp/noriko-kijima/ 公式HP「木嶋食堂」 http://mentaiman.com/attraction/kijima/index.html
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■バックナンバー 【第9回】毎朝、その声で起こしてほしい......何度でも再生してしまう「高部あいの《声》」 【第8回】"初めての撮影"という魔法にかかった「川崎裕菜の《素》」 【第7回】涙袋にくすぐられるフェチ心......「逢沢りなの《パーツ》」 【第6回】真夏の大空に咲く大輪のひまわりが見せた涙......「岡本玲の《親近感》」 【第5回】自分の素材を使い分ける天才......「山本ひかるの《センス》」 【第4回】見つめられ、そして私は恋をする......「多田あさみの《視線》」 【第3回】 カラダもココロも......彼女のようになりたい「田中涼子の《バランス》」 【第2回】華やかさと親しみやすさのギャップを生み出す天然の武器「田中れいなの《方言》」 【第1回】すべてが自然体! 一緒にプライベートを過ごしたい「フォンチーの《しぐさ》」

「"生命"は維持できても"人生"は奪われている」いまも南相馬市に暮らす住民の訴え

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「週刊現代」7月2日号 中吊り広告より
第1位 「私は放射能から逃げない」(「週刊現代」7月2日号) 第2位 「我が子を守る[『放射能汚染』解毒法」(「サンデー毎日」7月3日号) 第3位 「やめたくないよー、菅直人は僕の前で泣いた」(「週刊現代」7月2日号)   政治家が口を開くとき、そこには何らかの思惑がある。石井一なんて爺さんは海千山千のたぬきである。自分の前で菅直人が泣きながら「辞めたくない」と言ったと明かすのは、自分がそれほどの大物であると見栄を張るだけではなかろう。第3位は「現代」の、なかなか奥が深そうな面白いインタビューである。  石井は、不信任決議案が否決されたのだから、菅は辞める必要がないと言い切り、7月から8月ころまでは続投すると言う。  震災復興の遅れや原発事故の対応の不手際があるではないかという聞き手に対して、石井は、被災地のガレキが片付かないのは処分する場所がないからで、仮設住宅が足りないのも、建設用地が限られているからだと突き放す。  原発問題にしても、誰が総理をやったって放射能がすぐ止まるわけではないのだから、菅が悪いわけではない。従って、辞める必要はない。  だが、彼の言いたいことは他にある。小沢派を敵に菅の回すやり方はまずかったとし、これからは党内融和を進め、マニフェストを見直し、野党自民党に迎合することなく、政策を貫き通して、その先、総選挙をすればいいと語る。  もちろん、そこまで菅がやるわけではなく、遅くとも8月ごろに菅が辞め、しかるべき人材を選ぶべきだと言うが、彼の本意は、次の言葉にあるとわたしは見た。どうだろう。 「今後の1年は、暫定の震災復興特化内閣になるわけです。本当はこういう時、小沢一郎氏が党内では最適な人材なんです。混乱期こそ、小沢氏の出番です」  水谷建設から1億円の資金提供うんぬんの話があるので、求心力は低下しているが、いま必要なのは、ああいう腕力のある人材なんですとも言い添えているのは、ここは小沢しかいないというメッセージであろう。  混迷する民主党をまとめるためには、ポスト菅は小沢か、小沢が無理なら、小沢がウンという操り人形を担ぐしかない。そうして自分の影響力を温存したい、それが本心ではないか。  民主党副代表の思惑を忖度しながら読んだ。久しぶりに面白いインタビューである。  さて、20日、政府の原子力損害賠償紛争審査会は、東京電力の原発事故で避難した住民に対して、彼らが被った精神的苦痛に対する賠償額を1人当たり月額10万円とすることを決めた。避難所に避難した人には、より苦痛が大きいとして2万円を加算するという。  この記事を読んで無性に腹が立った。原発事故の収束がいつとも分からない中で、住民たちは住むところを追われ、不安な日々を過ごしているのである。  賠償はもちろんのことだが、住民が知りたいのは、自分の家にいつ帰れるのか、昔の生活を取り戻せるのかであろう。そうしたことには何も答えず、おカネを配るから我慢してなさいという態度を、傲慢と言わずして何と言う。  浜岡原発を停止させた舌の根も乾かないうちに、各地の原発を再稼働させると言って恥じない菅総理という人間に、ゾッとするほどの冷たさを感じるのは、私だけだろうか。  2位に挙げた「サンデー毎日」の記事は、リンゴにセシウムを排出する効能があるとか、ストロンチウムの吸収率を下げるのにはスキムミルクがいいという、失礼だが、気休めにしかならない記事である。  だが、この中のコラム、鎌仲ひとみという映画監督の言葉を伝えたくて、これを選んだ。彼女は原発問題にも詳しいようだが、その彼女がこう言っている。 「1998年、映画の撮影で訪れたイラクで見つけた劣化ウラン弾の放射線を測ると、毎時3.37マイクロシーベルトでした。福島市の小学校の校庭などで計測された線量とほとんど変わりません。白血病になったイラクの子どもたちは、日々の何気ない暮らしの中で少しずつ被曝していった。倒れるまで元気に走り回っていたのです」  「現代」の「本誌が独自調査 日本全国隠された『放射能汚染』地域」によれば、千葉県の流山市や柏市の公園では、それぞれ毎時1.88マイクロシーベルト、毎時1.08マイクロシーベルトが計測されている。  汚染は確実に広がり、放射性物質が子どもたちの口や鼻から吸い込まれ、内部被曝している可能性が高い。国が、直ちに影響はないと言い続けても、年間被曝量を1ミリシーベルトから突然20ミリシーベルトに上げてしまう国など、信用してくれと言う方が無理というものだ。  ところで今週の「ポスト」は、放射能に関する特集は1本もない。安全デマを流す雑誌と言われても、ことさら恐怖をあおる報道はやらないという一貫した編集姿勢には敬意を表する。  だが、どこまでの放射線量なら安全なのかが分からない現段階では、正しいパニックを起こすのは、特に、小さな子どもを持つ親なら仕方ないのではないか。私が聞いた話では、都内に住む妊婦が関西の方へ移ってお産をするケースが増えているという。  国や大メディアは真実を伝えていないと多くの国民が感じている。そして日本人は歴史に学ばない。「朝日」の中で、原爆症訴訟の証人・物理学者矢ヶ崎克馬氏がこう言っている。「私たちの社会は、広島と長崎の被爆者の訴えを、ないがしろにしてきたように思います。その延長線上に今回の事故があります」  今週の第1位は、「現代」の記事。南相馬市に住む佐々木孝さん(71)は、スペイン思想研究家である。彼の家は原発から25キロ圏内にあり、緊急時避難準備区域にされているが、今も認知症の妻とそこで暮らしている。  彼が反原発なのはもちろんだが、今回の事故後の行政の対応には問題があると憤っている。  原発から同心円で根拠のない線引きをされ、子どもや妊婦、要介護者や入院患者は、この区域に住むなと言われて追い立てられたが、実際に避難した老人や病人はひどい目に遭った。 「患者たちがカルテも付けずに搬送され、十数人が亡くなっている。こうなると医師法違反どころじゃない。もっと重い犯罪ではないか」  避難した人の中には、福島市や郡山市に避難した人もいるが、そこは南相馬市より放射線量が高いのだ。  そこで、知人が南相馬市役所の職員に、なぜこっちが緊急時避難準備区域に指定されているのかと聞くと、向こう(福島市や郡山市)を指定すると、ここの何十倍の住民を動かさねばならず、混乱に陥るからだと、逆ギレされたそうだ。  動物の鼻面を引きずり回すように、国民にあっちへ行け、こっちへ行けと命じる政治家や役人に腹立たしいと言う。 「彼らがやっているのは、民主主義でも何でもない。人間の自由というものを認めていない。それへの怒りもあって、私は避難を拒否しているのです。(中略)しかし彼らは、もっと大事なことがあることを知りません。命を英語で『ライフ』というでしょ。この『ライフ』なる言葉の意味には、生物学的な『生命』と、『人生』の二つがある。大切なのは、前者より後者です。それは、すべての生物が『生命』を持つのに対し、『人生』を持つのは人間だけだからです。避難を余儀なくされた人も、飯舘村など高い放射線量を記録している土地の人も、『生命』を維持できていますが、『人生』は奪われている。そこが彼らの悲劇なんです」  佐々木さんはかつて東京に住んでいたが、南相馬に帰省すると、原発建設で町が潤い、開拓時代のアメリカ西部のように賑やかだった。東電のカネで立派な施設がつくられ、住民にはよくお小遣いが配られていたという。  地元の有力者や町村の首長たちは、おおむね原発推進の先頭に立っていたのに、事故が起きると一転して被害者のような顔をしていることにも怒る。 「彼らはまず、自分たちの不明を詫びるべきです。しかし、みんな被害者になり、誰も責任を取らない。日本人の悪いところです。こんなことをやっているから、政治がまったく国民と向かい合わないのです」  佐々木さんが南相馬に越してきたのは妻の認知症が進んできた02年ごろから。すべて、彼が世話をしなければならなくなった。そして原発事故が起きた。もうジタバタせず、認知症の妻と一緒に、逃げずに自宅にとどまろうと決めた。  家の中はもちろん、外へ出るときも必ず妻と一緒だ。 「そうすると不思議ですね。人間、言葉や記憶を失ってもどうってことはない、と思えてきます。『認知できるかどうかなんてたいしたことではない。人間は存在するだけで意味があるんだ』と妻に教えられるんですね」  いまは、福島原発を全廃して、浜通りの美しい海岸を取り戻すために尽力したい、そう思っていると話す。この人に一度会って、話を聞いてみたい。そう思わせる、ひと味違うインタビューである。 (文=元木昌彦)
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撮影/佃太平
●元木昌彦(もとき・まさひこ)
1945年11月生まれ。早稲田大学商学部卒業後、講談社入社。90年より「FRIDAY」編集長、92年から97年まで「週刊現代」編集長。99年インターネット・マガジン「Web現代」創刊編集長を経て、06年講談社退社。07年2月から08年6月まで市民参加型メディア「オーマイニュース日本版」(2006年8月28日創刊)で、編集長、代表取締役社長を務める。現「元木オフィス」を主宰して「編集者の学校」を各地で開催、編集プロデュースの他に、上智大学、法政大学、大正大学、明治学院大学などで教鞭を執る。 【著書】 編著「編集者の学校」(編著/講談社/01年)、「日本のルールはすべて編集の現場に詰まっていた」(夏目書房/03年)、「週刊誌編集長」(展望社/06年)、「孤独死ゼロの町づくり」(ダイヤモンド社/08年)、「裁判傍聴マガジン」(イーストプレス/08年)、「競馬必勝放浪記」(祥伝社/09年)、「新版・編集者の学校」(講談社/09年)「週刊誌は死なず」(朝日新聞社/09年)ほか
生きる 生易しいことじゃない。 amazon_associate_logo.jpg
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「ご先祖様に会ったときに恥ずかしくないように」被災地で死者に語り掛ける納棺師

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「週刊文春」6月16日号 中吊り広告より
第1位 「石川遼『無免許運転2カ月』なぜ見逃された」(「週刊文春」6月16日号) 第2位 「被災地の納棺師」(「週刊ポスト」6月24日号) 第3位 「スクープ 原発から60km人口29万人福島市内が危ない」(「週刊現代」6月25日号)  私の友人が緊急開発した「安心生活」という放射線測定システムがある。テレビ、新聞などでもずいぶん取り上げられたから、ご覧になった方もいるかもしれない。  これは10秒ごとに正確な放射線量を測定し公開表示、誰でも見ることができる。また、5分間隔で24時間計測した場合、計測データは2,000日分蓄積でき、累積放射線量の測定表も簡単につくれる。  このシステムは、5月末から6月初めにかけて、福島市、飯舘村、伊達市、南相馬市に設置された。6月下旬からは東京都庁周辺にも設置されるという。  福島市長は、設置することを大変喜んでくれたそうだが、大いなる悩みもあると打ち明けたそうだ。  それは、文科省が毎日発表する福島市の放射線量は、見事に年間20ミリシーベルトを越さない数値で推移しているが、市独自で測ったら、場所によっては20ミリシーベルトをはるかに超える数値になっているからだ。  この公開システムを設置することで、住民がその数値を自分の目で確認できるから、これ以上は隠しようがなくなる。しかし30万人近くがいる福島市の住民がすべて避難できる場所などあるだろうか。  設置したのは市庁舎前の植え込みの中で、高さは幼い子どもと同じぐらいの地上から50センチ。市長の言っていた通り、放射線量は年間20ミリシーベルトを超える数値が出て、連日、それを見ようと市民の人だかりができた。  友人によると、都庁前の植え込みの中でも、かなり高い数値が出たそうだ。今週の「朝日」と「AERA」が広範囲にわたる放射能汚染地図を特集しているが、東京でも葛飾区、足立区、江戸川区などの一部地域で、高い数値が出ていると報告している。  3位は、その福島市内が危ないという「現代」の記事。6月7日に、国際環境NGOグリーンピースが主体となって緊急調査が市内で行われた。  それによると、市役所から車で5分ほどの公園の盛り土から毎時6.3マイクロシーベルト。公園の隅の枯れ葉の固まりからも毎時4.2マイクロシーベルト。トイレ裏の雑草で毎時9.1マイクロシーベルト、入り口の排水路では毎時12.5マイクロシーベルトという高い数値が出たというのだ。  さらに、この公園ではセシウム134、セシウム137に加えてコバルト60も検出されている。  原発から60kmも離れた福島市でコバルトが検出されたのは、原子炉のメルトダウンで放出されたことを証明するものだと、九州大学特任教授の工藤和彦氏は言っている。  私立保育園「こどものいえ そらまめ」の正門周辺では、毎時19.6マイクロシーベルトを計測しているという。  グリーンピースのクミ・ナイドゥ氏は、「いまフクシマは、親が住むのに世界で一番つらい場所かもしれない。誰もサポートしてくれない。子どもに何もしてやれない」と語る。  もはや自主避難しかないと「現代」は書くが、今の政府の方針では、自主避難では原発補償の対象にはならない。しかも29万人全員ではなくても、例えば10万人が避難できる所などどこにあるのだろう。  永田町は、ポスト菅をめぐるバカとアホウの駆け引きがヒートアップしているようだが、そんなくだらないことは即刻やめて、日々刻々放射能を浴びている子どもたちを守るために、早急に手を打つべきだ。それとも永田町を福島に移して、放射能の恐怖を実体験しながら対策を考えさせれば、わが事として考えるようになるかもしれないが。    どちらにしても、国民の多くはポスト菅などに関心はない。  2位は、ノンフィクション作家・石井光太による被災地の納棺師の話。納棺師といえば映画『おくりびと』で一躍その存在を知られたが、これは岩手県釜石市に住む納棺師・千葉淳についてである。  石井氏は、被災地で遺族や遺体と出会うたびに、津波で命を落とした者たちの弔われ方が気になっていた。そのころ、千葉と知り合い、それならば僕の仕事を手伝ってみないかと言われたそうだ。  千葉は3年ほど前に葬儀社を退職して年金暮らしをしていたが、今は依頼があるときだけ納棺師として働いている。  廃校になった旧釜石第二中学校の体育館が遺体安置所になったとき、多くの遺体の取り扱いや葬儀社との交渉を、経験がある自分にやらせてくれと市長に申し出たのだ。  彼は死後硬直した遺体を、「腕や関節を揉み解して柔らかくしたり、それでも入りきらないときは棺を替えたり、向きを変えて袋に入れなければならない」が、千葉はそうするときも必ず遺体に語り掛け、こうささやくという。 「もうちょっと頑張って腕を伸ばそう。旅立つ前に着替えた方がすっきりするからな」  ある女性と亡くなった母親との話が出てくる。彼女が遺体と対面したのは、津波が起きてから1週間以上経ってからだった。時間と気温のせいで少しずつ腐敗が進み、褐色の斑点が皮膚に浮かび上がってきていた。  彼女は母親の遺体をしばらく見つめた後、自分の化粧道具を取り出して、このままの顔ではあまりにも寂しいから、お母さんに化粧をしてあげてくれないかと、千葉に頼んだ。  千葉は化粧をしながら、こう語り掛けた。 「最後にきれいにしてあげるからね。あなたの気に入るようにはできないかもしれないけど、精いっぱいやるから我慢してね。あの世でご先祖様に会ったときに恥ずかしくないようにきれいになるんだよ」  そうして化粧を終えると、千葉は化粧道具をお棺の中に入れるよう提案した。もしやり残した個所があれば、あの世で存分にお化粧するようにと声を掛けながら、それを入れた。  千葉の次の言葉が重く響く。 「遺体は誰からも忘れられてしまうのが一番つらい。だからこそ、僕を含めて生きている者は彼らを一人にさせないようにしてあげなきゃならないんだ」  千葉のような納棺師に送られた死者たちは、少し慰められ、旅立っていったのではないか。6ページだが、もっと読みたくなる、いいノンフィクションである。  今週の第1位は、17日(日本時間)から開幕する全米オープンを前にして、我らが石川遼に降り注いだ、「文春」発のスキャンダル。  大筋はこうだ。今年の2月5日から渡米し、マスターズなど6試合に出場したが、その時に石川は、現地の免許と国際免許を取ったのだそうだ。  4月12日に帰国してからは、自分で運転してゴルフ場へ来る姿がよく見られるようになった。だが、これが無免許運転だというのだ。  その理由は、海外で取得した免許には以下のような条件があるからだ。 「日本人が海外で国際運転免許を取得した場合、道交法により、3カ月ルールが適用されます。つまり、免許取得時の渡航が3カ月未満の場合、その国際免許は無効となり、日本国内で運転すると無免許運転になります」(警察庁交通局)  石川のアメリカ滞在は2カ月と少し。しかし、これを知って記事を書こうとした記者に、豪腕パパの勝美氏が「書かないでくれ」と連絡してきて、初めその記事は出なかった。  石川は「文春」が出た後、アメリカで会見をして無免許運転のことを謝罪した。だが、父親の圧力で記事を書かなかったゴルフ記者も情けない。  大相撲、野球、サッカー、競馬、ゴルフなど人気スポーツでは、事件化しない限り、そこに所属する記者クラブの記者たちは、内部のことや選手を批判する記事は書かない。ようやく20歳になろうかという若い石川には、まだまだ覚えなければいけない世の中のルールが多くあるはずだ。それを教えず、ただチヤホヤしているだけでは、中年おばさんたちの遼ちゃん応援団と同じではないか。  やはり、そうしたことができるのは週刊誌しかない。そう思わせる記事である。  
おくりびと 最期に。 amazon_associate_logo.jpg
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合体のロマンに全国の男子がハマりまくった! 「合体シリーズ」「ミニ合体シリーズ」今昔物語

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今も再販されている人気ロボット・アトランジャー。
「合体シリーズ」の顔のような存在だ。
 アナログとデジタルの過渡期であった1980年代。WiiもPS3もなかったけれど、ジャンクでチープなおもちゃがあふれていた。足りない技術を想像力で補い、夢中になって集めた「キン消し」「ミニ四駆」「ビックリマンシール」......。なつかしいおもちゃたちの現在の姿を探る!   「合体」。それは男のロマンである。もちろん性的な意味ではなく、メカニック的な意味で、だ。  何種類かの飛行機や自動車がグリグリっと形を変え、グワシッ! と組み合わさり、1体のマシンにパワーアップするギミックに心をたぎらせた少年は今も昔も数知れず。どんなに時代が移り変わろうとも、戦隊ヒーローやアニメに登場するロボットの合体シーンは、作品のハイライトとして多くの少年に夢と希望を与えている。  そんな、もはやDNAレベルで「合体萌え」を刻まれたとしか思えない全国の男子を熱狂させたプラモデルシリーズが、1970年代から80年代にかけて存在していた。その名は「合体シリーズ」と「ミニ合体シリーズ」。
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アオシマが誇るオリジナルロボット・アトランジャー!
今回は青島文化教材社のご厚意で、社内に残るキットを貸していただきました。
 発売していたのは「創造のプラモデル」というキャッチコピーを掲げ、近年も「痛車」や「小惑星探査機はやぶさ」などかゆいところに手の届くキットをリリースする模型メーカー・青島文化教材社だ。  ばら売りされているプラモデルを4体集めて合体させると、「アクロバンチ」や「トライダーG7」などのかっこいいロボットになってしまう! そのコレクション性と合体のダイナミズムに子どもたちは酔いしれた。  よりリアルな合体を追求した高価格な「合体シリーズ」と、1個100円というリーズナブルな価格設定が子どもたちの懐に優しかった「ミニ合体シリーズ」の両輪で、青島文化教材社は子どもたちに新たな「創造」を提供し続けたのだ。今回はそんな「合体シリーズ」「ミニ合体シリーズ」を振り返ってみよう。 ■逆転の発想と子ども目線から生まれた「合体シリーズ」と「ミニ合体シリーズ」
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筆者の持っているガンプラ(約15センチ)と大きさを比較。
この力強さ、この巨大さこそアオシマよ!
「そもそも『合体シリーズ』は、『マッハバロン』のプラモデルを売る時に、主役のロボットしか版権が取れなかったことからスタートしたんです」  このように語るのは、74年の「合体シリーズ」スタート時から企画開発に携わっていた青島文化教材社の堀井康吉氏だ。 「『マッハバロン』シリーズを始めるに当たり3~4社で競合となったのですが、うちは何種類かあるメカのうち、主役ロボットの『マッハバロン』しか版権が取れなかったんです。そこでなんとか商品点数を増やすために『合体』というアイデアが生まれたんです」  ゼンマイ仕掛けやモーターを搭載した動くプラモデル全盛の当時、動力のない合体プラモデルを発売した同社には、「売れるのか」と疑問視する声が業界内から上がったそうだが、予想に反して「マッハバロン」は大ヒットを記録した。 「当時、お母さんたちから頂いていた『無駄なパーツが多くてもったいない』『シンナーを使わせないで』という意見を参考にして、余ったパーツを合体させて新しいメカを作れるようにしたり、接着剤を使わずにパーツをはめ込むために穴の規格を統一したりと、プラモデルのマイナス面をすべてプラスに逆転させるように心掛けました」  発想の転換が功を奏したのだ。  子どもたちには、「合体」という斬新なプラモデルの遊び方を提示し、保護者には安全で無駄のないプラモデルというアピールを行った「合体シリーズ」は、瞬く間に全国のおもちゃ屋や駄菓子屋の棚を埋め尽くした。
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なぜか4体のメカが合体する「ミニ合体」版ザンボット3。
残念ながら社内にも3体しか残っていなかった。
 ちなみに「合体シリーズ」の特徴は、「原作では合体しないロボットも、強引に分割し合体メカにアレンジする」というとんでもないもの。そのパターンはだいたい、頭部・腕部・胴体・脚部の四分割。その中でも、頭部がメカの上にちょこんと乗っかる「生首マシン」のインパクトは大きかった。 「版元さんも『合体は面白そうですね』と、(合体のアレンジについて)OKをしてくれました。今では考えられないですね。そのころはスタッフで担当を割り振ってデザインをしていました。私は『頭部』担当だったんですが、頭だけでどうやってメカを作ろうかと本当に苦労しました(笑)。ちなみに『合体シリーズ』の外箱は、内箱に比べて少し寸足らずに作っているんです。そのおかげで、小さなお子さんでも箱を外しやすくなっています」  そんな苦労や工夫もあって、「合体シリーズ」はヒットシリーズに成長し、新作が続々登場。自社で開発したオリジナルロボット「アトランジャー」も「マッハバロン」に続くヒット商品となり、「合体シリーズ」は人気シリーズとしての地位を確かなものとした。  だが、1個500円。4つそろえると2,000円という子どもの懐には少々厳しい金額設定のため、正月、クリスマスなどの大きなイベント時期以外には売れづらいことが分かってきた。  そこで、1個100円にプライスダウンし、設計もよりシンプルにした「ミニ合体シリーズ」を考案。そのおかげで子どもたちは、日々のわずかなお小遣いでも合体プラモデルを手にすることが可能となった。 「お小遣いを100円しかもらえないお子さんは、1個500円だと買うのに5日もかかってしまう。まして他のパーツも全部そろえるとなると、とんでもない時間がかかってしまいます。でも1個100円なら、毎日一個ずつ買って4日で全部そろえられるんじゃないかと考えました。現実に3号までそろえたのに、4号がお店からなくなっていたので完成できなかった、というようなご意見がよく届いていたんです」  徹底的に子どもの目線で作られた「ミニ合体シリーズ」は、「合体シリーズ」に続き、またも大ヒット。「合体シリーズ」と同じく「マッハバロン」からスタートし、「トライダーG7」「ザンボット3」「イデオン」「アクロバンチ」と70年代後半から80年代半ばにかけて、ブラウン管の中で大活躍したロボットが続々登場した。 ■『ヤマト』『ガンダム』『エヴァ』も合体していたかも?
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ズラリ並んだ生首マシーン。
微妙にアニメの設定を生かしている点がポイント。
「もしかしたら『機動戦士ガンダム』のプラモデルも、弊社で出すかもしれなかったんです」  取材も半ばに差し掛かった時、堀井氏の口から聞き捨てならない言葉が飛び出した。日本のSFアニメ史に残る作品のプラモデルが青島文化教材社から出るかもしれなかった、とはどういうことなのだろうか。 「弊社は『合体』を登録商標にしているということで、当時、『ガンダム』の合体おもちゃを出されていたクローバーさんが『"合体"という言葉をおもちゃに使わせてもらえないか』と相談に来られたのがきっかけで、『プラモデルを出しませんか?』という話になったんです。ただ、ちょうどそのころは『ガンダム』のテレビ放送があと3回で終わっちゃうというタイミングだったので、『じゃあ、その次の番組(『トライダーG7』)からお願いします』と返事をしてしまったんですよ」  放送打ち切り後、バンダイはガンダムブーム到来を察知し『ガンダム』のプラモデル、通称「ガンプラ」を発売。その後、今もなお続く大ヒットシリーズへと成長していくことは、ご存じの通りだ。 「『宇宙戦艦ヤマト』も『新世紀エヴァンゲリオン』も、最初はうちにお話が来たんです。いずれも立ち消えになってしまいましたが......。歴史のIFを言っても仕方がないのですが、私たちがやっていたらどうなっていたのだろうと考えてしまいますよね。いつも通りの合体シリーズを発売して、そこで作品が終わっていたかもしれませんが......」  と、堀井氏は苦笑いだ。  もし「合体シリーズ」の『ガンダム』や『ヤマト』『エヴァンゲリオン』が実現していたら、生首ガンダムやエヴァの腕だけの戦車、はたまた輪切りになったヤマトがおもちゃ屋さんに並んでいたのだろうか(ちなみに青島文化教材社は、当時「合体レッドホークヤマト」という合体する戦艦のキットや、ガンダムを意識したと思われる「ザクレス」シリーズなどのオリジナル商品を販売していた)。興味は尽きないが、それも今は歴史の闇の中である。 ■今も変わらぬ「創造」のアオシマイズム
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シリーズ後期のキット。偉い人にはわからないかも知れませんが、
足は飾り的なデザインです。
 合体シリーズで一世を風靡した青島文化教材社だが、21世紀に入って以降も、萌えキャラをペイントした乗用車「痛車」をスケールモデル化した「痛車シリーズ」や、2010年6月に地球へと帰還した探査機「はやぶさ」のキットなど、独自のセンスがキラリと光るヒット商品を多数発売。7月にはゴキブリを擬人化した禁断のキット「!!ごきチャ」「!!!ちゃば」という挑戦的すぎるラインナップが控えている。 「(『!!ごきチャ』『!!!ちゃば』は)正直私の理解を超えているのですが(笑)、こういう商品はうちじゃないと出せないと思います。社風的に、常に新しい物を追求していこうという気持ちがあるんでしょうね。私みたいな年寄りが若い人たちにあまり口出ししすぎると、結局、既成概念にとらわれたままになってしまいますので、『とりあえずおやりなさい』と言っています。そういう空気は『合体シリーズ』の時からあります」  もちろん数多くの失敗作や、成功したとは言えない企画もあるのだろう。だが、それでも確実にコンスタントにユーザーの心に刺さるアイテムを開発し続けられる、その理由は青島文化教材社の根底に「創造」の文字が流れているからではないだろうか。 「普通はちゃんと市場調査や分析をして、これはやめておくべきという判断も当然生まれるのでしょうが、それだけでは物事は前に進まないと思います。だからうちは、おおざっぱに『こんなお客さんがいるだろう』ってノリでやっている部分も多いです。ですから、他社さんからしたら、一見不マジメな会社に思えるかもしれませんね(笑)」  そうおおらかに笑う堀井氏は、模型メーカーに携わる人間として大切なものは何か、という問いに「遊び心」と答えた。 「模型を作ることそのものが遊びですから、自分が作って楽しくないものは、誰が作っても楽しくないと思います。そこに青島文化教材社ならではの独特な味付けを加えるんです。一つの素材を生で食べるのか、煮るのか、焼くのか、あるいは蒸すのか。いろいろな食べ方を比較検討していく中で、私たちのやっている仕事は答えが出てくるのかなと思います」    これこそ独自のプラモデルを「創造」し続ける青島文化教材社を表現する言葉だろう。その魂は独創的な現行ラインアップの中にも、確実に息づいている。  なお、「合体シリーズ」のヒット商品「アトランジャー」は今も生産されており、お手軽に入手することが可能だ。合体がまだ珍しかったあのころの気持ちを思い返しつつ、もう一度組んでみてはいかがだろうか。 (取材・文・写真=有田シュン)
合体ロボット アトランジャー プラモ誕生50周年記念の再販。 amazon_associate_logo.jpg
●【バック・トゥ・ザ・80'S】バックナンバー 【Vol.5】男子だって着せ替えしたいんです、プロテクターを! 「聖闘士聖衣大系」今昔物語 【Vol.4】学校で唯一読めたコミック! 『エスパークス』今昔物語 【Vol.3】ゲームの可能性を広げた80年代のミッキーマウス 「パックマン」今昔物語 【Vol.2】世代を超えて愛される地上最速ホビー「ミニ四駆」今昔物語 【Vol.1】手のひらに広がる大冒険!「ゲームブック」今昔物語

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「週刊ポスト」6月17日号中吊り広告より
第1位 「あと50日足らず『地デジ化率95%』の重大疑惑」(「週刊ポスト」6月17日号) 第2位 「史上空前の大アンケート 原発やめますか、続けますか」(「週刊現代」6月18日号) 第3位 「激撮スクープ!自民党代議士 後藤田正純『ハレンチすぎる不倫!』」(「フライデー」6月17日号)  永田町では国民をないがしろにした「バカとアホウの絡み合い」が延々と続いている。総理の座にしがみつく菅直人はぶざまだが、そんな人間のウソを見抜けなかった鳩山由紀夫、小沢一郎も同類である。  菅を辞めさせるのはいい。しかしその後、民主・自民で大連立を組むのはやめさせなければいけない。確かに復興支援法など緊急を要する法案が成立しやすくはなるだろうが、まっとうな野党といえば共産党しかいないとなれば、与党の政治屋たちの私利私欲で、彼らに都合のいい復興プランや原発収束になるのは目に見えている。  NHKのスクープだと思うが、原子力安全委員会の班目春樹委員長が、国の原子力安全指針が1990年に改定され、そこでは全電源喪失の場合をまったく想定していなかった、また、そのような対策も取られていなかったと白状した。その上、今回の原発事故は「人災」だとはっきり認めたのだ。  ここまで来たら、菅首相辞任後、多少の政治空白はできても、復興対策、消費税増税か否かを争点に、解散・総選挙をやるべきだろう。  政治家への憤りを並べ立ててきたが、カミソリと言われた故・後藤田正晴代議士を大叔父に持つ後藤田正純自民党代議士(41)の破廉恥行為にもあきれ果てる。  後藤田が所属する自民党内で、内閣不信任案提出の機運が高まっていた5月23日の夜、彼はこっそり銀座の中華料理店で高級クラブの美人ホステスと食事していた。その後、彼女のクラブへ同伴。  そこに5時間も長居した後、彼女と六本木のバーへ向かう。そのバーのカウンターで、周囲も驚く痴態を繰り広げ、その揚げ句、彼女がトイレに立った後に続いて一緒に入ってしまったのだ。このトイレは男女共用。そこから20分以上も出てこなかったと書いている。  まだまだ続きがある。早朝4時過ぎにバーを出た2人は、そのまま赤坂の議員宿舎に入っていったのである。彼女が出てきたのは朝8時ごろ。その5時間後、本会議場で眠りこけている後藤田議員の姿も「フライデー」はバッチリ撮っている。  2004年に結婚した女優・水野真紀とは不仲説もあり、現在、別居状態だという。「フライデー」の直撃を受けた後藤田議員、神妙に、今の役職はすべて辞めるとして、こう話す。 「私はフライデーさんに撮られて良かったとも思っているんですよ。これを機会に、本当に反省して、出直さないと」  むかしむかし国会議員のことを「選良」と言った時代があったが、今では死語である。  今週の第2位は、かけた労力だけはすごかったと思われる「現代」の記事。一流企業のトップ100人、有識者50人に「原発をやめるか、続けるか」アンケートをしている。  三菱重工からソニー、東芝、三井物産、読売新聞まで聞いたようだが、社長自ら選択肢を選び、コメントも寄せたのは100社中22社。  中にはアンケートを受け取らなければよかったと言われた社もあったそうだが、私から見ると、回答数は意外に多かったと思う。  こうした状況の中で条件付きでも稼働すべきと答えるのは、なかなか勇気がいるのではないか。その勇気ある会社は、他の大手ゼネコンが手を引いたにもかかわらず、東京電力福島第一原発の処理を引き受けて、多くの作業員を派遣している清水建設をはじめ、大和ハウス、東芝、東レ、富士フイルムHD、森ビル。  富士フイルムHD社長の古森重隆社長はこう回答している。 「国内発電の3割を占める原発を代替するエネルギー源の確立には時間がかかる。次世代のエネルギー開発を進めながら、その安全性の向上を図り、自然災害への備えも含め徹底的に検討すべき。世界的な原発安全基準の設定も必要」  有識者の中で条件付き稼働派は、有馬朗人元東京大学総長、池谷裕二東京大学大学院薬学系研究科准教授、岡本行夫(外交評論家)、竹内薫(サイエンス作家)、外山滋比古お茶の水女子大学名誉教授、堀田力さわやか福祉財団理事長、森永卓郎(経済アナリスト)などがいる。編集部の諸君、ご苦労さまでした。  今週の第1位。地デジ完全移行の日が迫っているが、まだまだ移行していない人が30%はいるのではないかと、遅らすべきではないかと疑義を呈している「ポスト」の記事。  大震災や原発事故で、本来ならもっと議論されるべき問題が、国民的な合意もないまま通ってしまっている。大相撲の八百長問題もそうである。まだ完全に片付いたとは思えない八百長問題だが、相撲協会は名古屋場所開催を強行することで、けりをつけようとしている。それを後押しするようにNHKの中継が決まってしまった。  菅直人首相の在日韓国人からの違法献金問題もうやむやになったままである。  完全地デジ化移行は、被災地3県を除き、あと50日足らずで強行される。その根拠は「ポスト」によれば、昨年12月に実施され、今年3月に発表された総務省によるアンケート調査で「地デジ普及率95%」という数字が出たからだが、この数字自体が怪しいというのだ。  第1の問題点は、このアンケート調査では、母集団から約260万もある80歳以上の高齢者世帯が除外されている。  第2に、この調査は、固定電話を持っている人だけに電話をかけ、答えるという返事をもらった人にアンケートを送付していることだ。いまや携帯電話やIP電話保有者が増え、固定電話の普及率は全世帯の35%なのに。  そこで「ポスト」編集部がもろもろ試算してみると、一般家庭のテレビの約30%が地デジ対応ではないとみられるという。また、地デジ対応テレビを持っていても、アンテナをVHFからUHFに交換していない、UHFアンテナの向きを調整する工事をしていないなどの世帯がかなりあると思われるのだ。  私事で申し訳ないが、わが家にあるテレビは6台。そのうち地デジ対応テレビは3台あるが、アンテナを取り替えていないから、このままいけば7月24日を過ぎると地デジ難民になる。  カネがもったいないということもあるが、そもそも郵政省(現総務省)と組んで、故・氏家齊一郎日本テレビ社長(当時)が中心となって、キー局温存と民放ローカルネットワーク網維持、テレビメーカーの金もうけのために始めたことに、なぜわれわれが不必要な費用を負担させられるのか、いまだ納得がいかないからである。  7月24日が過ぎたら、何も映らないテレビを眺めながら、子どものころ、テレビがない時代があったことに思いをはせるのも一興ではないだろうか。そう今は思っているのだが。 (文=元木昌彦)
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撮影/佃太平
●元木昌彦(もとき・まさひこ)
1945年11月生まれ。早稲田大学商学部卒業後、講談社入社。90年より「FRIDAY」編集長、92年から97年まで「週刊現代」編集長。99年インターネット・マガジン「Web現代」創刊編集長を経て、06年講談社退社。07年2月から08年6月まで市民参加型メディア「オーマイニュース日本版」(2006年8月28日創刊)で、編集長、代表取締役社長を務める。現「元木オフィス」を主宰して「編集者の学校」を各地で開催、編集プロデュースの他に、上智大学、法政大学、大正大学、明治学院大学などで教鞭を執る。 【著書】 編著「編集者の学校」(編著/講談社/01年)、「日本のルールはすべて編集の現場に詰まっていた」(夏目書房/03年)、「週刊誌編集長」(展望社/06年)、「孤独死ゼロの町づくり」(ダイヤモンド社/08年)、「裁判傍聴マガジン」(イーストプレス/08年)、「競馬必勝放浪記」(祥伝社/09年)、「新版・編集者の学校」(講談社/09年)「週刊誌は死なず」(朝日新聞社/09年)ほか
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原発事故「みんなも無責任であるのです」議論を呼ぶ小学6年生"ゆうだい君"の投稿 「ユッケが怖くて原発で仕事ができるか!」防護服に書かれた原発作業員のホンネ 「週刊現代」が素人目線で追求した、孫正義義援金100億の行方

ダウンタウン時代の終焉でお笑い界再編へ!?(5月下旬の人気記事)

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 あっという間に今年も5カ月が終わってしまいました。上半期の芸能界といえば、やっぱりAKB48一色。時には心を鬼にして、AKB48(というか運営)に愛のムチを打ってきたサイゾー編集部としてはうれしい限りです。そんな第3回AKB総選挙の開票は6月9日。AKB48評論家・本城零次氏の1位予想はあっちゃんですが、はたして......!?  ということで、5月下旬の人気記事ランキング、スタート! 第1位 人気ミュージシャン、既婚の大物お笑い芸人......上原美優に群がった男たち ご冥福をお祈りいたします。 第2位 「メルトダウン? 英語に訳せばそうなりますか」国民をナメきった東電副社長の答弁 もういい加減にしておくれ。 第3位 時代の終焉......視聴率低迷で"帝王"ダウンタウンに訪れた斜陽の時 つ・い・に!? 第4位 「あいつらを潰すのが俺の職責」眞鍋かをり、小倉優子を"妨害"する男の決意とは 事務所選びは慎重に。 第5位 不人気でもなぜか継続の『新堂本兄弟』リニューアルでファン同士の対立が激化? ブラザートムが外されたのは残念です。 次点 「ヒット曲もなく......」内田裕也は本当に「ロック界のドン」なのか 釈放されたぜ、ロッケンロール! 次々点 「裏切られた」「放送しないで」フジ「アイドルすかんぴん」演出に出演者が続々苦言 これだからフジテレビさんは......。

原発事故「みんなも無責任であるのです」議論を呼ぶ小学6年生"ゆうだい君"の投稿

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「週刊現代」6月11日号 中吊り広告より
第1位 「悪いのは東電ですか、政府ですか、それとも国民ですか」(「週刊現代」6月11日号) 第2位 「食べていいものはこう見分けろ!」(「週刊朝日」6月10日号) 第3位 「法定基準50ミリシーベルトが安全なら息子はなぜ死んだ」(「週刊文春」6月2日号)  原発事故の処理が長引く中、政府・文科省が発表する放射線の数値に疑問の声が次々挙がっている。  その上、安全だとされる年間被曝量20ミリシーベルトにも、高く設定しすぎていると、福島県内の子を持つ親たちからの怨嗟の声も大きくなり、ついに文科省は年間1ミリシーベルト以下に抑えることを目指す方針を打ち出した。  今週の3位は、浜岡原発で働いていた長男が白血病になり、2年以上も闘病を続けた末に亡くした母親の話である。  長男は、静岡県の浜岡原発で働いていた1989年11月に、慢性骨髄性白血病と診断された。全身に痛みが広がり80キロあった体重が50キロ台まで落ち込んだ。  彼の仕事は原子炉の計測器の保守・点検だったが、約9年間の勤務での累積被曝量は50.63ミリシーベルト、年間被曝量は最大でも9.8ミリシーベルトに過ぎなかったのだ。  母親の手元に長男の放射線管理手帳が戻り、見てみると、白血病と診断される1年半前に、血液検査で異常な数値の白血球数が判明していたにもかかわらず「異常なし」と記載されていた。  その後、長男の死は被曝による労災だと磐田労働基準監督署に認定を申請して、翌年認められる。国が長男の死と原発労働に因果関係があると判断したのである。  しかし、「被曝から数年後に発病した場合、現在は白血病以外、放射線に関する労災認定には明確な基準がないのです。例えば肺がんでは、炉内汚染の証明までされたのに、労災が認められなかったケースもある」(海渡雄一弁護士)。数年、10年、20年後にがんが発病しても、東電や国に、原発事故との因果関係を認めさせるのは難しいかもしれないのだ。  だから、今すぐに、万が一を考えて、子どもたちだけでも安全な場所へ移すべきなのだ。  第2位は、広がり続ける放射能汚染の中で、口に入れてもいいものはこう見分けろという、「朝日」の記事。  小見出しごとに見ていこう。 「大型魚の放射線量は遅れてくる 汚染度チェックの指標はヒラメ」。「ヒラメは、移動の少ない底魚で、寿命が長く、日本中の沿岸にいる。セシウムの濃縮係数も高く、生物学的半減期も長いので、目安になります」(海洋生物環境研究所の中原元和研究参与) 「魚の骨を食べるとまずいの? ストロンチウム90に気をつけろ」では、「シラスや小アジなど丸ごと食べる小魚は、汚染の有無を確認する必要があります。カサゴなど骨のままで食べる場合も、気をつけたほうが良いでしょう」(日本大専任講師の野口邦和氏) 「葉物野菜、果物、根菜......『汚染度要注意』なのはどれ?」。学習院大理学部の村松康行教授は、断定はできないがとして、こう話す。「過去の実験では、葉菜類よりもニンジンやダイコンといった根菜類のほうが、土中のセシウムを吸収しにくいことがわかっています」  そのほか、野生のキノコや山菜にはご用心。チーズやヨーグルトは大丈夫だそうだ。面白いのは、日本酒なら大吟醸に限ると書いている。なぜなら、ぬかと白米のセシウムの含有比率はおよそ9対1だから、同じ日本酒でも、より精米の度合いを高めた純米大吟醸などの方が放射性物質の影響は少ないのではないかと、編集部は推測する。だが、日本酒造組合に確かめてみると、「そのような推測は成り立ちますが、実証するデータはありません」。日本土壌肥料学会の見解も、「大吟醸でも普通の日本酒でも、セシウムの濃度に差はないと思われます」とつれない返事。まあ、セシウムを気にして飲むより、飲みすぎに注意する方が体にはいいはずだ。  今週の第1位は、毎日新聞の小学生新聞編集部に届けられた、都内に住む小学6年生の「投書」をめぐる少々重たい話だ。  その投書は、同紙の3月27日付紙面に掲載された元毎日新聞論説委員で経済ジャーナリスト・北村龍行氏が書いた「東電は人々のことを考えているか」というコラムに反論するものだった。  北村氏は、東電という会社が起こした原発事故が、日本社会に与えた影響の大きさをつづった後、自己処理につまずいていることを指摘し、その理由を、東電が地域独占で競争がなく、危機対応能力を磨く訓練を受けていなかったからだと書いた。  これに対してゆうだい君(仮名)は、父親は東電社員と名乗った上で、こう反論している。 「(北村氏のコラムを読んで)無責任だと思いました。(略)原子力発電所を造ったのは誰でしょうか? もちろん東京電力です。では、原子力発電所を造るきっかけをつくったのは誰でしょう。それは、日本人、いや、世界中の人々です。その中には、僕も、あなたも、北村龍行さんも入っています」  こう書いた後、少年は、発電所が増えたのは、日本人が電力を過剰に消費してきたからであり、中でも原発が増えたのは、地球温暖化を防ぐためだと主張する。ここまでは原発推進派と同じ理屈だが、少年は、地球温暖化を進めたのも世界中の人々で、だからとこう続ける。 「原子力発電所を造ったのは、東電も含み、みんなであると言え、また、あの記事が無責任であるとも言えます。さらに、あの記事だけではなく、みんなも無責任であるのです」  ゆうだい君は、「僕は、東電を過保護しすぎるかもしれません」と、自分の立ち位置まで冷静に分析している。この投書が5月18日付で掲載されると、毎日新聞本紙に転載され、大きな反響を呼んだのだ。  「現代」ではゆうだい君がした問題提起を、各方面に聞いている。保安院や東電社員は、よくぞ言ってくれたと大喜び。当の北村氏は苦笑。鎌田慧氏は「責任は東電と国にある」と反論。  藤原正彦お茶の水女子大名誉教授はこう言っている。 「少年のほうが正しい。東電にも責任はあるけれど、彼らは政府や保安院、安全委員会など国家の基準に沿ってやってきた。その意味では国にも責任がある。しかし、一番責任があるのは国民です。原発はテロの危険性もあるし、他国では警察や軍が警備するのが常識。そういう体制がないのは、国民の危機意識が低いからです。だから、今回のような危機にも対応できない。(中略)あのコラムのように東電だけがクロというようなオール・オア・ナッシングではいけないのです」  議論百出だが、多くは東電が悪いという意見だった。そして編集部はこう結ぶ。 「ゆうだい君、納得できないかもしれないが、その時は編集部に反論を送ってくれればいい。言ったこと、起こしてしまったことには責任を持つ。東電だけじゃない。それが大人の社会のルールなんだ」  「現代」編集部もずいぶん大人になったじゃないか。そう思わせる好特集だと思う。 (文=元木昌彦)
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撮影/佃太平
●元木昌彦(もとき・まさひこ)
1945年11月生まれ。早稲田大学商学部卒業後、講談社入社。90年より「FRIDAY」編集長、92年から97年まで「週刊現代」編集長。99年インターネット・マガジン「Web現代」創刊編集長を経て、06年講談社退社。07年2月から08年6月まで市民参加型メディア「オーマイニュース日本版」(2006年8月28日創刊)で、編集長、代表取締役社長を務める。現「元木オフィス」を主宰して「編集者の学校」を各地で開催、編集プロデュースの他に、上智大学、法政大学、大正大学、明治学院大学などで教鞭を執る。 【著書】 編著「編集者の学校」(編著/講談社/01年)、「日本のルールはすべて編集の現場に詰まっていた」(夏目書房/03年)、「週刊誌編集長」(展望社/06年)、「孤独死ゼロの町づくり」(ダイヤモンド社/08年)、「裁判傍聴マガジン」(イーストプレス/08年)、「競馬必勝放浪記」(祥伝社/09年)、「新版・編集者の学校」(講談社/09年)「週刊誌は死なず」(朝日新聞社/09年)ほか
「責任」はだれにあるのか なすりつけ合いはもういいよ。 amazon_associate_logo.jpg
「ユッケが怖くて原発で仕事ができるか!」防護服に書かれた原発作業員のホンネ 「週刊現代」が素人目線で追求した、孫正義義援金100億の行方 根拠のない安全神話はもううんざり! 永田町に問う「政治とは何か」