
『本当にいる日本の「未知生物
(UMA)」案内』
(笠倉出版社)
UMA、心霊現象、都市伝説、オカルト......科学や情報技術が発達した現代でも、今なお話題に上がり続ける真贋不明な有象無象を、"摩訶不思議"のオーソリティー・山口敏太郎が縦横無尽にぶった斬る
昭和を代表するUMAといえば、日本中の山でウワサになった「ツチノコ」と広島の比婆山を騒がせた「ヒバゴン」だ。さらに、鹿児島の「イッシー」を加えて、 "日本三大UMA"と呼ぶ人々もいる。日本が元気だった昭和の頃、「ヒバゴン」は怪獣好きの少年たちにとって親しみやすい"近所の怪獣"であった。
この「ヒバゴン」、いまだに地元での人気は高い。「ヒバゴンの鼻くそ」というやや食欲が萎えるお菓子や、「ヒバゴン丼」という定番のご飯メニュー、各種キーホルダーなど貧弱な発想のヒバゴングッズがささやかな経済効果を及ぼしているのだ。
だが、肝心のヒバゴンが消息を絶って久しい。1970年から74年にかけてヒバゴンは、広島県比婆郡西城町・比婆郡比和町・庄原市と暴れまくった後(暴れまくったといえば格好がいいが、単に徘徊していただけともいえる)、忽然と姿を消している。
その後、80年になると広島県山野町で毛だらけの獣人が目撃され、地名からヤマゴンと命名、さらに82年になると広島県久井町でも毛だらけの獣人が目撃され、今度は久井町からクイゴンと命名された。
山野町も久井町も比婆山系と距離的に近いことから、ヒバゴンが移動したものと判断され、ヤマゴンもクイゴンもヒバゴンと同一個体と見られている。つまり、82年以降、ヒバゴンは目撃されなくなってしまったのだ。しかも心配なことに、82年の目撃者によると、その毛だらけの獣人の体毛には"白い毛"が混じっていたというのだ。
この"目撃されなくなったという部分"が、ヒバゴンの正体暴きの中で重要なファクターになってくる。つまり、ヒバゴンは種ではなく、あくまで類人猿の個体であるという可能性が高い。万が一、種ならば複数体が何十年にわたって目撃されてしかるべきである。言い換えれば、なんらかの理由で生まれた"特殊な個体"が82年以降に老衰で死亡した、と判断するのが合理的なのだ。
この"特殊な個体"だが、一体どこから来たのであろうか。これはあくまで筆者の推論に過ぎないが、太平洋戦争末期(44~45年)、広島県周辺(近県の可能性も)にあった動物園の飼育係が、政府から発令された動物たちの毒殺命令を無視して比婆山系に類人猿(チンパンジー)を放した。その後、広島に原爆が投下、混乱の中、山中で類人猿は独自の進化を遂げていった。だが、しょせんはリアルな生物であり、野生化したチンパンジーも、約40年後老衰で死んだというわけだ(この仮説に関しては、以前コアマガジンのコミックで漫画原作を担当したことがある)。
このままヒバゴンは忘却のかなたに消え去ってしまうのだろうか。実は、比婆山にて最近、二足歩行する小さい類人猿の目撃事件が発生している。これはいかなることであろうか。ヒバゴンの子孫なのか、それよもヒバゴンは個体数が少ない絶滅危惧種であったのだろうか。
(文=山口敏太郎)
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「いけないCOMIC」1985年1月号大特集 戸川純にただ単にミーハーしたいっ!

「隔月刊 いけないCOMIC」
1985年1月号(発行 白夜書房/
編集人 東尾孝/発行人 森下信太郎)
この連載で心がけているのは、誰もが忘れてしまったであろう雑誌や、そこに掲載された記事、消えた漫画家やら小説家、ライター、文化人、サブカルスタァを単に紹介するだけじゃなく、なんとか現代とつながる手がかりを見つけたり、歴史を掘り起こす作業を行うこと。「いやぁ、こんなん見つけましたよ」「アハハ」では、これまでサブカルチャーの文脈でさんざん行われてきた"現代の視点から過去を楽しむ作業"と差異が出せない。
1970~80年代に活躍した人々が、早くも鬼籍に入りつつある昨今、過去の「これは!」と思うモノを見つけたら、とりあえず当事者の話は聞いておきたい。ジャーナリズム的には「聞き書き」、学術的には「オーラルヒストリー」と呼ばれる作業、それは文献や記録映像には残らない歴史的事実を教えてくれるハズだ。
というわけで、今回紹介するのは「いけないCOMIC」1985年1月号。表紙を見ると、少女漫画雑誌っぽいけど、ジャンルとしてはエロ漫画雑誌である。
そもそも、「いけないCOMIC」は中森明夫が、商業誌で初めて「おたく」に言及したとされるコラム「『おたく』の研究」が掲載されたことで知られる「漫画ブリッコ」の姉妹誌である。編集スタッフもほぼ同じで、本号は大塚英志、東尾孝、斎藤O子らが参加している。

こちらが「漫画ブリッコ」。
ここまで14年、コンプリートまであと2冊。
さて、「いけないCOMIC」はマイナーなロリコン漫画誌(当時のエロ漫画雑誌の呼び名)かと思えば、妙にメジャーを狙っていた雰囲気がある雑誌だ。創刊号では富田靖子が2号目では堀江しのぶがグラビアを飾っている。
そして、この号では戸川純のグラビアが......と思いきや、違う。この号ではページの三分の一近くを割いて、戸川の大特集が組まれているのだ。

こ、このシールをペンケースに貼って、いつも純ちゃんと一緒にいたいよ!
誰もが、この号は「何事か!」と驚くに違いない。なにせ本誌は、あくまでエロ漫画誌のハズ。「宝島」ではない。
さて、ページを開くと左に特別付録の「戸川純プリティシール」、右は単行本の広告が。広告のほうにも微笑む戸川の写真と共に「戸川純ちゃんも読んでます(本当です)」のキャッチが。そして、左ページのグラビアは、戸川純と漫画家・藤原カムイのツーショット写真。単なるグラビアとは気合いが違う。

中田雅喜の独特のセンスは、もっと評価されるべきだと思う。

もはや「玉姫様」を知らないと、まったく笑えない。
ページを読み進めていくと、藤原が描く、戸川の代表曲のひとつ「蛹化の女」の漫画化、そして2人のお絵かきしながらの対談と続く。独特のセンスが光る中田雅喜が描く「戸川純物語」に続くロングインタビューは司会と構成を竹熊健太郎が担当。「センスありますよ、今度ウチに書きません?」と口説き始める大塚を笑い飛ばして、好きな漫画家は日野日出志と花輪和一だと聞き出し、「アラレちゃんの声のオーディションは、最終5人までいって、落ちた」と語らせ、「あたしも読者よ」と言わせた、竹熊のインタビュアーの才能が素晴らしすぎる。それに、強調するべき言葉選びのセンスも光っている。

「パンク蛹化の女」を知らない人は、まずはネットで探してみてくれ。

こんなにノリノリだなんて。よっぽどうれしかったのか?
と、充実したインタビューに続いて登場するのは「漫画ブリッコ」でも活躍していた、いくたまきの描く漫画「冒険玉姫様」。「怒濤&リリカル 戸川純のプロモーションCOMIC」と副題がついているが、どのあたりがプロモーションなのかは定かではない。そして、特集の最後には再び藤原が登場し、漫画「パンク蛹化の女」が。正直、ネタが濃すぎ。そもそも戸川の歌を知らなければ「この漫画は何を描いているのだろう......」と、置いてけぼりにされた気分になるはず。もちろん、普段から「YouTubeに"アップルシティ500"に"ゲルニカ"が出演した時の映像をアップしている人がいるよ、神だね」とか話している筆者は、本誌を入手したとき「この世には、まだこんな宝物が......」と感動したワケだが。
■編集者は戸川純を知らなかった!
本誌を取り上げたのは内容もさることながら「戸川純特集」が組まれた理由が、興味をかきたてられるからである。
筆者が本誌を手に入れた直後、たまたま出会った中田に「あなたの描いた、"戸川純物語"が面白い」と話したところ、中田からはこんな返事が。
「戸川純って知らなかったけど、大塚が資料を持ってきて、いわれるがままに描いたんです」
その数日後に、今度は別の場所で竹熊に出会ったので「~と、いうことだったんですけど?」と聞いたところ竹熊は、「ああ、アレ全部、俺が考えたんだ」というのだった。
この会話も、既に数年前のことで筆者も記憶が曖昧だ。そこで、昨年末のコミックマーケット会場で竹熊を待ち構えて、もう一度聞いてみることに。コミックマーケット3日目の午後にやってきた竹熊は、筆者の問いにこう語った。
「大塚も戸川純を知らなかったんだけど、"どうも、『漫画ブリッコ』『いけないCOMIC』の読者と戸川純ファンは重なっているから特集を組もう"という話になり、知ってる俺が、構成したんだ」
そして、竹熊が驚いたのは戸川が本当に「漫画ブリッコ」と「いけないCOMIC」の読者だったことだという。どうも、本誌発売前に出版されていた単行本『戸川純の気持ち』(1984年11月、発行:JICC出版局[現・宝島社])で、戸川が読んでいる雑誌として「プチフラワー」「別冊マーガレット」「漫画エロトピア」と並んで「漫画ブリッコ」を挙げているのだが、さすがに本人に会うまでは半信半疑だったようだ。

タイトルに被せてる「芸能人も
読んでいる」がちょっと恥ずかしい。
戸川が読者だったことがよっぽどうれしかったのか、本誌巻末の「漫画ブリッコ」の広告は「月に一度やってくる玉姫コミック」と銘打ち、「これが証拠だ」として前述の部分を引用して紹介している。そして、「漫画ブリッコ」の1985年1月号でも表紙に「谷山浩子さん 戸川純ちゃん 見てますかぁ。」のキャッチが(ちなみに、この号のコラムにも戸川が登場している)。
現代に置き換えるならば、人気の女性声優あたりが自分のつくっている雑誌の読者だったという感じか? いずれにせよ、特集を企画した理由が「雑誌が売れるから」なのに、一切妥協せず、ファンを喜ばせるマニアックさに徹している点が素晴らしすぎることは間違いない。なにより、本誌に関しては誌面からでは見えない真実が見えてきたのも、興味深い。70年代以降の大衆文化の歴史を調べようとしたとき、オタク関連に限らず「こんな風だったってことになっているけれど、実際はどうなの?」と疑問にぶつかることは多い。まだ、関係者も存命ゆえに話しにくいことも、書きにくいことも多いけれど、聞いておくのは今しかない。
(文=昼間たかし 文中敬称略)
北北西を向いてガブリ!「……え、フォー巻き!」 (恵方巻き)
料理の数だけダジャレがある――。ダジャレをこよなく愛する男が考案する、笑えるおいしいレシピ。
父 「ただいまー。ガオー! ガオー!」
母 「ええと......、オードリーの春日さん?」
父 「鬼瓦! いや、そうじゃなくて、鬼です。鬼」
母 「ああ、節分ね。鬼は外ー!」
父 「ということで、今日の夕ご飯はベトナムの節分料理です」
母 「へー、ベトナムにも節分ってあるんだ?」
父 「メインの材料は、お米でできた麺。フォーを使います」
父 「麺を茹でたら、海苔の上に広げて、鶏肉、香菜を乗せてクルクルっと巻いたらできあがり」
母 「え、フォーを海苔で巻くの?」
父 「そう。はい、もう一回よく考えながら驚いてみて。節分だけに......」
父&母 「えー、フォー巻き(恵方巻き)!」
母 「ベトナムの節分料理っていうのはウソでしょ。まあいいわ、これ食べていいの?」
父 「ダーメ。これは男のための料理なの。もぐもぐ」
母 「えー、なんでよー。私にもちょうだいよー」
父 「フォーの麺を使っているから男だけなの。For Men。」
■材料
・フォー
・お好きな具(鶏モモ肉、香菜など)
・海苔
・ニョクマム(ベトナムの魚醤)
・レモン汁
■作り方
1、フォーを柔らかめに茹で、流水でよく洗い、しっかりと水を切っておきます。
2、巻き簾に海苔を広げ、薄くフォーを並べ、茹でた鶏モモ肉、香菜などの具をその上に乗せます。
3、クルっと巻いたらできあがり。
4、ニョクマムとレモン汁を混ぜたタレでいただきます。
■玉置メモ
・タマネギ、モヤシなどの具も合いますよ。今回は鶏肉で作りましたが、牛肉のしゃぶしゃぶを入れてもおいしいです。
・タレで食べるのではなく、熱いスープをかけて食べるというのも、意外性があってオススメ。
・キュウリやかんぴょう、シイタケ、卵焼きなど、和風の具をフォーで巻くというのもいいですね。その場合、香菜のかわりに三つ葉を使ってください。
(文・写真=玉置豊)
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K-POP推し終了へ? 少女時代全米進出でやっぱり大コケ!(1月下旬の人気記事)

浜崎あゆみの"震災離婚"に続き、ダルビッシュと紗栄子、菊池桃子とプロゴルファー・西川哲、ツインズ・西岡剛とモデルの徳澤直子など、芸能人の離婚が相次いだ1月下旬。日刊サイゾーではそんな世の中の動向を横目に、おなじみK-POPの人気捏造ネタや、ジャニーズ後継問題といった"お箱ネタ"が人気を集めました。
それではみなさんお待ちかねの日刊サイゾー人気記事ランキング、始まります!
第1位
「ランクの形跡なし......」日本マスコミが伝えない少女時代全米進出の"大惨敗"
全米チャートなめんなよ!
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やっとカタがつきました。
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退社した甲斐があったね。
第4位
ジャニーズ後継問題がついに決着!? "帝国"の将来を担う女傑の戦いの勝者は......
どうなるジャニーズ帝国!?
第5位
「紳助擁護のはずが......」島田紳助の"『行列』復帰論"をブチ壊した明石家さんまの算段
すべて計算だったりして?
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ジャニーズのバラエティ部門でいいんじゃない?
次々点
なんと! PTAも真っ青 "騎乗位"も"近親相姦"も描く地上波エロアニメ過激化の真相
すんごいことになってます!!
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すんごいことになってます!!
ローカル局で"伝説となった男"の生涯『木村栄文レトロスペクティブ』

高倉健がレポーターを務めた『むかし男ありけり』。
健さんもエーブンさんも、檀一雄の愛人の前で固まってしまう。
(c)RKB毎日放送
"エーブンさん"と聞くと、映像関係の仕事に多少なりとも関わっていた人間は特別な感慨が湧く。特に地方出身者は憧れと親しみと同時に、「エーブンさんのようには自分はなれない」という畏怖の念も抱く。エーブンさんこと、木村栄文(きむら・ひでふみ)さんはRKB毎日放送という福岡にあるローカル局のいちディレクターだった。ローカル局の限られた予算と時間をやりくりして、独自の視点によるドキュメンタリーをコツコツとつくり続けた人だ。ローカル局制作のテレビ番組というと地味でしょぼいイメージがあるが、エーブンさんはローカル局に身を置くことを逆に強みとし、視聴率や流行に左右されずに、丹念に取材を進め、オリジナリティー溢れる番組をつくり続けた。エーブンさんが手掛けたドキュメンタリーの多くはローカルでしか放送されなかったが、文化庁芸術祭で大賞をはじめ6度の受賞を果たし"賞男"とも呼ばれた。でも、賞男らしい野心ギラギラさは感じさせず、いつもひょうひょうとしていた。同僚たちが局内で出世したり、東京に出て成功を収めることにも動じることなく、エーブンさんは生まれ故郷である福岡に腰を据え、ずっと現役ディレクターとして番組づくりにこだわった。
2011年3月22日に76歳で亡くなったエーブンさんの1周忌を控えて企画されたのが公開講座『木村栄文レトロスペクティブ』。2011年山形国際ドキュメンタリー映画際で上映されたエーブンさんの代表作12本を特集上映するものだ。無頼派作家・檀一雄がポルトガルや博多湾に浮かぶ能古島で過ごした晩年の足取りを追う『むかし男ありけり』(84)は俳優・高倉健がレポーターを務めている。石炭の産地として戦後の日本を支えた筑豊の歴史を辿る『まっくら』(73)では、『まんが日本昔ばなし』(TBS系)の名ナレーター・常田富士男と『百物語』の語り部として知られる白石加代子が廃墟と化した炭坑町の住人/もののけとして登場する。ところどころでエーブンさんはマイクを片手に画面に顔を出し、人懐っこい笑顔を浮かべたり、取材相手から逆に質問され困惑したりする。まるで手塚治虫の漫画に出てくるヒョウタンツギのようでもある。ローカル局でこんなにも個性豊かな番組づくりが行なわれていたことに驚かせられる。ふだんはテレビ番組に出演しない"健さん"こと高倉健だが、「エーブンさんの番組なら、ノーギャラで構いません」といって引き受けたそうだ。ローカル局だから、いやエーブンさんだからこそ出来たドキュメンタリーばかりだ。

筑豊炭坑の歴史を追った『まっくら』には
白石加代子、常田富士男らが登場。炭坑事故
で亡くなった人たちと遺族に想いを寄せる。
中央には負けんよ、ローカルを舐めなさんな、そんな気負いはエーブンさんのドキュメンタリーからは感じられないが、やはりローカルならではの題材や視点で構成されている。『桜吹雪のホームラン 証言・天才打者大下弘』(81)は西鉄ライオンズ黄金期の4番打者・大下弘の評伝。福岡の人間にとって大下は伝説のホームランバッターだ。きれいな弧を描くホームランをぽんぽん打つことから"ポンちゃん"と呼ばれた。打たれた相手チームのピッチャーも「ポンちゃんなら仕方ない」と思わせる清々しいホームランを打つ人だった。仲のよいピッチャーからはあまり打たない、全国各地の遊郭には大下の達筆なサイン色紙が飾ってあった、キャンプ地で朝帰りしてそのまま練習に参加した......。現在のプロアスリートの世界では考えられないことを平然とやる人だった。
大下の終生のライバルだった元巨人の川上哲治は「大下くんも現役時代はずいぶん稼いだでしょうに。野球も人生も同じで、将来のことを考えてやらないと」とインタビューに答える。後輩を連れて遊び回らなければ、もっと長い現役生活を送ることができたし記録も残せたし、引退後も悠々自適に暮らせただろうにということだ。だが、大下の稼いだお金の多くは、女手ひとつで育ててくれた母親がヒロポン中毒になったための治療費に注がれた。川上は大下の笑顔の裏の心情までは知らなかった。また、大下はシーズン中でも自宅に集まってくる野球少年たちにごちそうを振る舞い、少年たちの空腹と心を満たした。若手選手たちを引き連れて野球ファンの待つ歓楽街へ繰り出し、飲み代は全部ひとりで払った。稼いだお金は貯め込まずに社会に還元することが、大下の美徳だった。番組に登場する人たちは川上哲治を除いて、みんな愉快そうに"ポンちゃん"との思い出を語る。彼らがポンちゃんとポンちゃんの打ったホームランのことを思い出すとき、彼らの頭の中には桜吹雪が舞っている。記録より記憶に残る男とは大下弘のことを指すのだろう。

西鉄ライオンズの4番打者・大下弘を
主人公にした『桜吹雪のホームラン』。
今や死語となった"男のロマン"を再現する。
『記者それぞれの夏 紙面に映す日米戦争』(90)もローカル局ならではのアプローチだ。太平洋戦争中、日本と米国のジャーナリストたちが戦局をどのように記事にしたかを検証したもの。太平洋戦争が勃発し、米国で暮らしていた日系人たちは強制収容所に集められた。米国に数多くある新聞の中で、ワシントン州にあるベインブリッジ島の発行部数わずか3,000部のローカル紙「ベインブリッジ・レビュー」だけが市民権を持つ日系人を収容所送りにした行為は違憲であることを訴え続けた。終戦後、多くの日系人たちが米国での居場所を失ってしまったのに対し、ベインブリッジ島でイチゴ栽培をしていた300人の日系人たちは無事に島に戻り、元の生活に戻ることができた。「ベインブリッジ・レビュー」の責任発行者であるウッドワード夫妻の存在が大きかったという。ローカル紙は独自の視点を持つメディアであり、全国メジャー紙の縮小版ではないことをこのドキュメンタリーは教えてくれる。

『あいラブ優ちゃん』はエーブンさん自身が
カメラを回し、ナレーションも手掛けた
エッセイ風ドキュメンタリーだ。
生まれ故郷に腰を据え、淡々と番組をつくり、ひょうひょうと生きたエーブンさん。どの作品にも作り手の息づかい、肌のぬくもりが感じられる。一介のサラリーマンでしかない男が、どうしてこうもタフさをキープできたのか。エーブンさん自身がカメラを回した『あいラブ優ちゃん』(76)を観ることで合点がいった。『あいラブ優ちゃん』はエーブンさんの当時小学生だった長女・優ちゃんを中心にエーブンさん一家の生活をそのまま映し出したセルフドキュメンタリー。優ちゃんは先天性の障害を持つが、とっても天真爛漫。運動会はいつもドンケツ、でもニコニコ笑いながら最後まで走り切る。エーブンさんも奥さんも優ちゃんの世話でヘトヘトになるが、同時に保護者としての強さと生きるもの全てへの慈愛のまなざしを身に付けるようになっていく。優ちゃんが今後生きていくことになる社会が少しでも住みやすいよう、そう願いながらローカル局で地道に番組づくりに励んだ。エーブンさんが残したドキュメンタリーの数々は、娘の将来を想う父親の祈りの記録でもあったのだ。
エーブンさんは自分の番組づくりを進める一方、アートネイチャー社をスポンサーに、若手スタッフを主体にしたドキュメンタリー番組『電撃黒潮隊』のプロデューサーも務めた。九州・沖縄・山口でローカルネットされた『電撃黒潮隊』は1992年~2002年にわたって毎週オンエアされた。エーブンさんは九州の他局に籍を置く若いディレクターたちを「自分の手に負えないものに挑もうよ」という言葉で励ましたそうだ。地方で暮らしながら、自分の手に負えないものをカメラで追い掛けて、エーブンさんは"伝説のディレクター"となった。自分の手に余るものに挑むことが"伝説の男"への第一歩らしい。
(文=長野辰次)
「木村栄文レトロスペクティブ」
2月11日(土)~3月2日(金)オーディトリウム渋谷ほか全国順次開催 主催/RKB毎日放送、映画美学校、東風 <http://kimura-eibun.com>
『苦楽浄土』(70)第25回芸術賞大賞
『飛べやオガチ』(70)第14回ギャラクシー賞期間選奨
『いまは冬』(72)
『まっくら』(73)
『鉛の霧』(74)1974年日本民間放送連盟賞テレビ社会番組最優秀賞ほか
『あいラブ優ちゃん』(76)第14回ギャラクシー賞大賞
『記者ありき 六鼓・菊竹純』(77)第5回放送文化基金賞ドキュメンタリー番組 番組賞ほか
『鳳仙花 近く遥かな歌声』(80)第35回芸術祭大賞
『絵描きと戦争』(81)第36回芸術祭優秀賞
『むかし男ありけり』(84)第39回芸術祭優秀賞ほか
『桜吹雪のホームラン 証言・天才打者大下弘』(89)1989年日本民間放送連盟賞テレビ娯楽番組最優秀賞
『記者それぞれの夏 紙面に映す日米戦争』(90)第6回芸術作品賞
ローカル局で"伝説となった男"の生涯『木村栄文レトロスペクティブ』

高倉健がレポーターを務めた『むかし男ありけり』。
健さんもエーブンさんも、檀一雄の愛人の前で固まってしまう。
(c)RKB毎日放送
"エーブンさん"と聞くと、映像関係の仕事に多少なりとも関わっていた人間は特別な感慨が湧く。特に地方出身者は憧れと親しみと同時に、「エーブンさんのようには自分はなれない」という畏怖の念も抱く。エーブンさんこと、木村栄文(きむら・ひでふみ)さんはRKB毎日放送という福岡にあるローカル局のいちディレクターだった。ローカル局の限られた予算と時間をやりくりして、独自の視点によるドキュメンタリーをコツコツとつくり続けた人だ。ローカル局制作のテレビ番組というと地味でしょぼいイメージがあるが、エーブンさんはローカル局に身を置くことを逆に強みとし、視聴率や流行に左右されずに、丹念に取材を進め、オリジナリティー溢れる番組をつくり続けた。エーブンさんが手掛けたドキュメンタリーの多くはローカルでしか放送されなかったが、文化庁芸術祭で大賞をはじめ6度の受賞を果たし"賞男"とも呼ばれた。でも、賞男らしい野心ギラギラさは感じさせず、いつもひょうひょうとしていた。同僚たちが局内で出世したり、東京に出て成功を収めることにも動じることなく、エーブンさんは生まれ故郷である福岡に腰を据え、ずっと現役ディレクターとして番組づくりにこだわった。
2011年3月22日に76歳で亡くなったエーブンさんの1周忌を控えて企画されたのが公開講座『木村栄文レトロスペクティブ』。2011年山形国際ドキュメンタリー映画際で上映されたエーブンさんの代表作12本を特集上映するものだ。無頼派作家・檀一雄がポルトガルや博多湾に浮かぶ能古島で過ごした晩年の足取りを追う『むかし男ありけり』(84)は俳優・高倉健がレポーターを務めている。石炭の産地として戦後の日本を支えた筑豊の歴史を辿る『まっくら』(73)では、『まんが日本昔ばなし』(TBS系)の名ナレーター・常田富士男と『百物語』の語り部として知られる白石加代子が廃墟と化した炭坑町の住人/もののけとして登場する。ところどころでエーブンさんはマイクを片手に画面に顔を出し、人懐っこい笑顔を浮かべたり、取材相手から逆に質問され困惑したりする。まるで手塚治虫の漫画に出てくるヒョウタンツギのようでもある。ローカル局でこんなにも個性豊かな番組づくりが行なわれていたことに驚かせられる。ふだんはテレビ番組に出演しない"健さん"こと高倉健だが、「エーブンさんの番組なら、ノーギャラで構いません」といって引き受けたそうだ。ローカル局だから、いやエーブンさんだからこそ出来たドキュメンタリーばかりだ。

筑豊炭坑の歴史を追った『まっくら』には
白石加代子、常田富士男らが登場。炭坑事故
で亡くなった人たちと遺族に想いを寄せる。
中央には負けんよ、ローカルを舐めなさんな、そんな気負いはエーブンさんのドキュメンタリーからは感じられないが、やはりローカルならではの題材や視点で構成されている。『桜吹雪のホームラン 証言・天才打者大下弘』(81)は西鉄ライオンズ黄金期の4番打者・大下弘の評伝。福岡の人間にとって大下は伝説のホームランバッターだ。きれいな弧を描くホームランをぽんぽん打つことから"ポンちゃん"と呼ばれた。打たれた相手チームのピッチャーも「ポンちゃんなら仕方ない」と思わせる清々しいホームランを打つ人だった。仲のよいピッチャーからはあまり打たない、全国各地の遊郭には大下の達筆なサイン色紙が飾ってあった、キャンプ地で朝帰りしてそのまま練習に参加した......。現在のプロアスリートの世界では考えられないことを平然とやる人だった。
大下の終生のライバルだった元巨人の川上哲治は「大下くんも現役時代はずいぶん稼いだでしょうに。野球も人生も同じで、将来のことを考えてやらないと」とインタビューに答える。後輩を連れて遊び回らなければ、もっと長い現役生活を送ることができたし記録も残せたし、引退後も悠々自適に暮らせただろうにということだ。だが、大下の稼いだお金の多くは、女手ひとつで育ててくれた母親がヒロポン中毒になったための治療費に注がれた。川上は大下の笑顔の裏の心情までは知らなかった。また、大下はシーズン中でも自宅に集まってくる野球少年たちにごちそうを振る舞い、少年たちの空腹と心を満たした。若手選手たちを引き連れて野球ファンの待つ歓楽街へ繰り出し、飲み代は全部ひとりで払った。稼いだお金は貯め込まずに社会に還元することが、大下の美徳だった。番組に登場する人たちは川上哲治を除いて、みんな愉快そうに"ポンちゃん"との思い出を語る。彼らがポンちゃんとポンちゃんの打ったホームランのことを思い出すとき、彼らの頭の中には桜吹雪が舞っている。記録より記憶に残る男とは大下弘のことを指すのだろう。

西鉄ライオンズの4番打者・大下弘を
主人公にした『桜吹雪のホームラン』。
今や死語となった"男のロマン"を再現する。
『記者それぞれの夏 紙面に映す日米戦争』(90)もローカル局ならではのアプローチだ。太平洋戦争中、日本と米国のジャーナリストたちが戦局をどのように記事にしたかを検証したもの。太平洋戦争が勃発し、米国で暮らしていた日系人たちは強制収容所に集められた。米国に数多くある新聞の中で、ワシントン州にあるベインブリッジ島の発行部数わずか3,000部のローカル紙「ベインブリッジ・レビュー」だけが市民権を持つ日系人を収容所送りにした行為は違憲であることを訴え続けた。終戦後、多くの日系人たちが米国での居場所を失ってしまったのに対し、ベインブリッジ島でイチゴ栽培をしていた300人の日系人たちは無事に島に戻り、元の生活に戻ることができた。「ベインブリッジ・レビュー」の責任発行者であるウッドワード夫妻の存在が大きかったという。ローカル紙は独自の視点を持つメディアであり、全国メジャー紙の縮小版ではないことをこのドキュメンタリーは教えてくれる。

『あいラブ優ちゃん』はエーブンさん自身が
カメラを回し、ナレーションも手掛けた
エッセイ風ドキュメンタリーだ。
生まれ故郷に腰を据え、淡々と番組をつくり、ひょうひょうと生きたエーブンさん。どの作品にも作り手の息づかい、肌のぬくもりが感じられる。一介のサラリーマンでしかない男が、どうしてこうもタフさをキープできたのか。エーブンさん自身がカメラを回した『あいラブ優ちゃん』(76)を観ることで合点がいった。『あいラブ優ちゃん』はエーブンさんの当時小学生だった長女・優ちゃんを中心にエーブンさん一家の生活をそのまま映し出したセルフドキュメンタリー。優ちゃんは先天性の障害を持つが、とっても天真爛漫。運動会はいつもドンケツ、でもニコニコ笑いながら最後まで走り切る。エーブンさんも奥さんも優ちゃんの世話でヘトヘトになるが、同時に保護者としての強さと生きるもの全てへの慈愛のまなざしを身に付けるようになっていく。優ちゃんが今後生きていくことになる社会が少しでも住みやすいよう、そう願いながらローカル局で地道に番組づくりに励んだ。エーブンさんが残したドキュメンタリーの数々は、娘の将来を想う父親の祈りの記録でもあったのだ。
エーブンさんは自分の番組づくりを進める一方、アートネイチャー社をスポンサーに、若手スタッフを主体にしたドキュメンタリー番組『電撃黒潮隊』のプロデューサーも務めた。九州・沖縄・山口でローカルネットされた『電撃黒潮隊』は1992年~2002年にわたって毎週オンエアされた。エーブンさんは九州の他局に籍を置く若いディレクターたちを「自分の手に負えないものに挑もうよ」という言葉で励ましたそうだ。地方で暮らしながら、自分の手に負えないものをカメラで追い掛けて、エーブンさんは"伝説のディレクター"となった。自分の手に余るものに挑むことが"伝説の男"への第一歩らしい。
(文=長野辰次)
「木村栄文レトロスペクティブ」
2月11日(土)~3月2日(金)オーディトリウム渋谷ほか全国順次開催 主催/RKB毎日放送、映画美学校、東風 <http://kimura-eibun.com>
『苦楽浄土』(70)第25回芸術賞大賞
『飛べやオガチ』(70)第14回ギャラクシー賞期間選奨
『いまは冬』(72)
『まっくら』(73)
『鉛の霧』(74)1974年日本民間放送連盟賞テレビ社会番組最優秀賞ほか
『あいラブ優ちゃん』(76)第14回ギャラクシー賞大賞
『記者ありき 六鼓・菊竹純』(77)第5回放送文化基金賞ドキュメンタリー番組 番組賞ほか
『鳳仙花 近く遥かな歌声』(80)第35回芸術祭大賞
『絵描きと戦争』(81)第36回芸術祭優秀賞
『むかし男ありけり』(84)第39回芸術祭優秀賞ほか
『桜吹雪のホームラン 証言・天才打者大下弘』(89)1989年日本民間放送連盟賞テレビ娯楽番組最優秀賞
『記者それぞれの夏 紙面に映す日米戦争』(90)第6回芸術作品賞
「何が悪いんですか?」ヤフオクに勤しむ"バカ補佐官"のあきれた言い訳

「週刊新潮」2月2日号 中吊り広告より
第1位
「ネットオークション三昧の『バカ首相補佐官』」(「週刊新潮」2月2日号)
第2位
「激震スクープ! 福山雅治・吹石一恵『超厳戒忍び愛』撮った!」(「フライデー」2月10日号)
第3位
「スクープ 警察庁が秘かに作った『天下り斡旋会社』を掴んだ」(「週刊ポスト」2月10日号)
今週も大地震が来るという特集を各誌でやっている。「もう避けられない東京直下型大地震」(週刊現代)、「首都破壊『大津波』を生き延びるための基礎知識」(週刊新潮)、「首都直下型地震 最悪のシナリオ」(週刊朝日)。
各誌のタイトルを見ているだけで、地震の来ない国へ行ってしまいたい気持ちになる。
これまでこの件について触れていなかった新聞も、「東京大学地震研究所の研究チームが、マグニチュード7級の首都直下地震が今後4年以内に約70%の確率で発生するという試算をまとめた」と読売新聞がスクープした。
この情報の出方を見ていると、どこか(政府機関)が情報リークをしていると思わざるをえない。国民がパニックを起こさないように、初めは週刊誌に書かせ、それから新聞。テレビでやり出したら切迫してきたと思わなくてはいけない(そう思っていたら1月30日のNHK『ニュースウオッチ9』で大地震が来るか? という特集をやっていた。これってマジやばいぞ)。
的中してほしくはないが、相当な確率で数年以内、もしかすると明日、大地震が起きても不思議ではない危険水域にあるのだろう。
「現代」によれば、津波などを除くと一番危険なのは寝室だそうである。寝室にあるタンスやテレビが飛んできて押し潰されるのだ。早速、寝室のタンスやテレビ、本箱には転倒防止をしなければ。
さて、今週の第3位はジャーナリスト・青木理と「ポスト」取材班による警察庁の告発ルポ。
民主党が高々と掲げた「天下り斡旋の根絶、公務員制度改革」は選挙のときだけの口先公約でしかなかった。
民主党政権誕生前の2007年、安倍晋三内閣のとき、各省庁によるOB天下りの斡旋を禁じる改正国家公務員法が成立している。
内閣府に「官民人材交流センター」を設置し、国家公務員の再就職斡旋をここに一元化。これに違反すると、最高で懲役3年以下の刑事罰が科せられることになったのだが、今も法の網をかいくぐって天下り斡旋が行われている。
しかも、「法と秩序の番人」たるべき警察組織のトップが、国家公務員法の規定をないがしろにし、OBたちの天下りを斡旋するダミー会社をつくって「脱法行為」をしているというのだから、あきれ果てるではないか。
そのダミー会社は千代田区平河町にある「株式会社サン綜合管理」。同社の代表取締役に就いているのは人見信男で、東大法学部を卒業して72年に警察庁入りし、警視庁副総監や交通局長などを歴任した大物警察官僚OBである。
すべての役員が警察官僚OBで固められており、会社設立から半年にも満たない08年9月1日に、登記上の目的欄に「職業紹介事業」という一項が追加された。改正国家公務員法が成立してから間もない時期である。
警察庁関係者がこう話している。
「実際の斡旋や調整は(警察庁の)長官官房人事課の意向に則ってやるわけだけれど、あくまでも民間の会社がやっていることだという建前を押し通せば、違法行為ではないと言い逃れることができる」
そのために警察庁で人事課長もやり、天下りやOB人事のウラもオモテも知り尽くした人見に白羽の矢が立ったというのだ。
人見にも直撃して「後輩のために天下りの斡旋」をしていることを認めさせている。
政権交代の混乱のために公務員制度改革は迷走し、「官民人材交流センター」も機能停止しているからといって、法の番人である警察自らが巨大な利権を維持し、裏支えするために限りなく違法に近い「脱法行為」をしていいはずはない。
そうでなくとも近年、風俗やパチンコ業界なさまざま々な分野で「規制権限」を強め、キャリア官僚を中心とする天下り利権を拡大させてきているのだ。
先頃整備された「暴力団排除条例」も、背後には警察OBたちの天下り先拡大の狙いがあるといわれる。暴力団関係者との接触に神経を尖らせる企業が警察OBを受け入れる動きに出ているからである。
この問題はぜひ国会で取り上げ、追及してほしいものだ。
福山雅治といえば、私でもよく知っている超大物俳優である。これまでも内田有紀や白石美帆、小西真奈美などとウワサになったが、しばらくして消えていった。
「福山は、女性ファンからのイメージを本当に大切にします。(中略)外で女性とふたりきりで食事をすることもないので、誰も交際の確証が得られないんです」(芸能プロダクション幹部)
その福山に、真剣交際している若手女優がいるというのだ。しかも、その彼女は涙ぐましいほど福山のことを想って、人目を忍んで福山のマンションに出入りしているというのである。
その女性の名は吹石一恵。現在、大河ドラマ『平家物語』で非業の死を遂げる清盛の母を熱演中である。
12月中旬の深夜0時前。吹石が大きなバッグとペット用のキャリーを持っている姿が捉えられている。キャリーの中はパンダ柄のウサギ「大吉くん」。タクシーで彼女が目指したのは福山のマンションだった。
ふたりの出会いは11年前になるという。雑誌「an・an」(マガジンハウス)の企画で、福山が当時18歳だった吹石の高校卒業記念に撮影したのがきっかけだった。
昨年の12月25日、クリスマスの夜にも、大きなバッグを持って福山のマンションへ向かうところを目撃されている。だが、マンション手前でタクシーを降りた吹石はエントランスのカードキーを取り出したが、近くに見慣れない車が止まっているのを訝り、またタクシーで戻ってしまった。
「彼女は、福山がファンのイメージをとても大切にしているのを分かっているのでしょう。だから福山に迷惑をかけないように、会うのは常に彼のマンションなのだと思います」(音楽プロデューサー)
男のことを想い、夜の闇に隠れて逢瀬を重ねる女。何とも切なくいじらしい女心ではないか。「吹石頑張れ!」とでも言いたくなるね。
今週並みいる傑作を押しのけてグランプリに輝いたのは「新潮」の「バカ補佐官」。
「新潮」に呼び捨てされているのは手塚仁雄(よしお)代議士、45歳。野田佳彦総理の首相補佐官殿で、野党と官邸の間に立って野田総理の意思を伝え、意思疎通をはかる重要な立場にいる。
野田総理を利用して自分の選挙を有利にしようとしていると批判されているが、それはともかく、多忙を極めているはずの手塚が、実は政策秘書までこき使ってYahoo!オークションの競売に熱心なのだというのだからあきれ果てる。
この特集はモノクログラビアとセットである。手塚がヤフオクに出品した品々が出ていて、その小見出しが「いらっしゃいませ!手塚商店国会営業所」とある。実にうまい!
ボッテガヴェネタのボストンバッグの商品説明には「海外の正規店で購入した時は40万円以上でした」とあり、現在の状態が事細かに書かれている。これだけでもかなりの時間がかかりそうだ。しかも、そのボストンが撮られた場所が議員会館の会議室だそうだ。
ハンドルネームには息子の名前を使い、IDに含まれる数字は「440」(よしお)。昨年6月から約240日間に取引された件数は最低でも241回。土日もなく取引に励んでいたというのだから、もはやビョーキの域なのではないか。
出品している品は「マーク&ロナ 新品スカルポロシャツ」「グッチ ナイロン製ミニリュック」「フェラガモ ビジネスバッグ」「越乃寒梅 大吟醸 超特選」など幅広い。
競り落とした品はミニカーが多いようだが、9万400円で「クロムハーツのブレスレット」、26万9800円で「ボッテガヴェネタ メンズバッグ」。
ヤクオクに出品する品には必ず写真が添付されるが、先に触れたように、いくつかの品は議員会館の部屋で撮ったようだ。
ある人物が商品を落札したところ「国会内」と書かれた切手が貼られた上に、振込先の名義がテヅカヨシオで、送り主は彼の秘書だったそうだ。
「新潮」の取材に対して手塚の弁明がすこぶる面白い。彼から送られてきた封筒に「国会内」と書かれた切手が貼られていたが、という質問に対して「国会の郵便局から出して何が悪いんですか」と開き直る。
やりとりの中で、プライベートな取引に使用するIDまで秘書に使わせていたことを白状する。
さらに、議員会館内で品物の写真まで撮っているのは公私混同と批判されても仕方ないのでは、という質問に対しても、こう答えている。
「国会議員の特権を使っているわけでもないし、趣味の延長だし、こんなことでの取材自体、ちょっと度を越していると思います」
度を越しているのはあんたのほうではないか。
この御仁、私的なヤフオクの取引のために、会館で写真を撮ることや秘書を使うことが、国会議員の「特権」の乱用で、税金の無駄遣いであることにも気づかない。
間の悪いときは仕方ないものである。「現代」のカラーグラビア「人生の相棒」という連載にもトイ・プードル「権之助」と一緒に締まりのない顔で手塚が写っている。
キャプションに「総理補佐官に就任。(中略)多忙な毎日を送っている」とあるが、これは「ヤクオクへ掲載する品の物撮りや、商品発送、落札などで超多忙な毎日を送っている」と書き直したほうがいい。
(文=元木昌彦)

1945年11月生まれ。早稲田大学商学部卒業後、講談社入社。90年より「FRIDAY」編集長、92年から97年まで「週刊現代」編集長。99年インターネット・マガジン「Web現代」創刊編集長を経て、06年講談社退社。07年2月から08年6月まで市民参加型メディア「オーマイニュース日本版」(2006年8月28日創刊)で、編集長、代表取締役社長を務める。現「元木オフィス」を主宰して「編集者の学校」を各地で開催、編集プロデュースの他に、上智大学、法政大学、大正大学、明治学院大学などで教鞭を執る。 【著書】 編著「編集者の学校」(編著/講談社/01年)、「日本のルールはすべて編集の現場に詰まっていた」(夏目書房/03年)、「週刊誌編集長」(展望社/06年)、「孤独死ゼロの町づくり」(ダイヤモンド社/08年)、「裁判傍聴マガジン」(イーストプレス/08年)、「競馬必勝放浪記」(祥伝社/09年)、「新版・編集者の学校」(講談社/09年)「週刊誌は死なず」(朝日新聞社/09年)ほか
オリエンタルラジオさんの至言「"変わってるって思われたい自分"も見透かされてる」(後編)
■前編、中編はこちらから
――えー......えっと、あの、すみません、唐突に相談なんですが、私、グラビアアイドルでデビューして、売れないまま今年でちょうど10年目。売れないまま10年続けるのは辛いんです! そこでメディアに出続けてるおふたりに相談なんですが、なんか......こう......どうしたらいいですかね? 最近は水着すらやらせてもらえなくて、たまに写真の仕事だと思うとゾンビとか......。
藤森 ゾンビ!? ゾンビ界ではブレークしてるの!?
――していないです。その業界もないです。
中田 あはは! すごい興味ありますけどね。女性のタレントさんがどこを目指して走っているのか、みんな口にしないし、女性のすごろくと男性のすごろくは違うので。
――27歳っていったら、同年代はどんどん家庭を築いていって、すごろくでいったら第一ステージくらいはあがってたりします。恐いです。
中田 今はどうしたいんですか?
――恐れながら、自分はグラビアアイドルになりたいです。
中田 なるほど......。分かりました(ニヤリ)。グラビアに関していうと、僕はいろいろ思うところがあって。グラドルの人たちって、グラビアではあんまりお金がもらえないじゃないですか。ということはお金じゃなくて、グラビアをやったという達成感がほしいということですよね。
――達成した人から辞めていくんですよ。野球選手と結婚したり、IT社長とかと結婚したり、次は女子アナを目指してみたり......。私はどこにも行き着けず、変な立ち位置になってしまった。
中田 27歳ですもんね。この歳でグラビアをするとなるとなにかフックが必要となってくると思う。僕はコンセプトのある写真集がすごく好きなんです。最近だと、『SCHOOL GIRL COMPLEX』(イースト・プレス)とか、ちょっと前だと『妄撮』(講談社)とか。フェチ系に訴えたもの。そういうコンセプトから切り崩すっていうことだと思うんですよね。エロいようでエロくない、哲学的なエロ。やっぱり、"はつらつとした水着姿でビーチ"というのは王道ではあるけど、そこに食傷気味になっている人達も多いし、やっぱりグラビアは10代のものじゃないですか。ほしのあきさんなどのレアケースをのぞいて、10代~20代前半のものですよね。なので、一個、インリン的なものを乗せるか、ヒットネタみたいなのを出さなきゃいけないのではと思うんですよね。素材のままっていうのは、年齢的にできないと思うし、露出度を高める方向に行ってしまったらその先はガケですから。......でも、グラビアがゴールというのは非常に興味深いですね。僕の中では、グラビアって通過点なのかなって思っていたので。
――たいていのグラドルは通過点にしてるんですけど、その通過点にも行き着けない人が結構いるもんなんですよ。私、トークも芝居も一通りできないらしいことにも気づきまして。えへへ。
藤森 具体的にあっちゃんのフェチはないの?
中田 僕が今温めてるコンセプトは、場所とのギャップで行くしかないと思っていて。例えば区、役所前だけで撮るとか。
――えっ。
中田 区役所前で、それもパンツスーツがいいと思うんですよ。パンツスーツのズボンをずり下げて白い水着が見える。それをすごい真面目な顔で23区撮ったらいい!
藤森 なるほど!
――ドエロじゃないですか。ド変態じゃないですか。あの、もしや中田さんはずいぶん鬱屈した性癖をお持ちの方ですか?
中田 (無視して)そこのニッチな層に訴えるしかないと思います。3ページくらいまではちゃんと役所で受付をしている写真があって、4ページ目で必ず直立不動で水着を出す。
藤森 それなら見たいね!
中田 これ、23区ありますから。60~70ページくらいの厚みで売れます。間違いなく売れます。5,000部は売れます。
――5,000!! 自費出版で5,000部売れたとしたら、えーと、えーと、ヒー! 家賃10年分くらい払える!!
中田 男の性欲が何か、ということを究極まで分析している研究熱心な人が勝つと思います。そこを研究するか、自分の体をどう見せればいいのかですよ。年齢的にも、構図的にも、必ず勝つ方法はあるんです。必要なのは才能ではなく工夫だと、僕は思います。
――名言! 少し元気が出ました、今日はどうもありが......
中田 では、別案なんですけど、次は教卓です。これもギャップなので、まず教室を借りまして、できれば小学生の男女20人くらいを座らせておきます。そしてそこで、スーツ姿の女教師が授業をしている風景なんです。正面からは子どもたちの顔がワーって見えていて、サイドのカットになった時に......下だけ水着なんですよ! でも、子どもたちには見えていない。「子どもたちは純朴に授業を受けているが、この先生は教壇で勝手に脱ぎ始め、そのスリルを味わっている変態」っていうのがほんのり分かるのがいい。子どもの顔が無邪気であればあるほど、そのギャップで興奮します......!
――中田さん、目が充血しています! でも参考になりました、今日は本当にありが......
中田 あと、露出度は高めないほうがいいです。それでもいかにエロくできるのかが、エロへの近道だと思います。例えば、社長室の椅子がありますよね。服を着て、この椅子の前に座っているだけでいいんですよ。ちょっと来て、ここに。
――ここですか? これでいいんですか? 私エロいですか?
藤森 見たわ~。こういうのAVのシーンで見たわ~。
中田 服を着てて、男との絡んでいないのにもうエロい。これがエロスなんです......! 男の中には補完する脳みそがいっぱいあるんです。だから、ベタなところでいうとバナナを食べたりするじゃないですか。あれは象徴的なんですけど、社長室のソファーの下に座っているっていうのは......
藤森 (腕時計を見ながら)ねぇ、もういいかな? 俺飽きちゃったんだけど......。やっぱりあっちゃん変態じゃん。
中田 だから、変態は5,000人は絶対いるんです!
藤森 僕、女の子の裸は好きですけど、グラビアを買おうという人間ではないんです。でも、買いたいと思う人は今みたいなことをやらないと手に取って買わないんでしょ。だから僕は5,000人にカウントされてないね。
――あの、できれば5,000人にカウントされてない藤森さんにこそ伺いたいことがあるんですが、今、チャラ男をやられてるじゃないですか? 私はチャラ男にチャラチャラされないんですよ。プレイボーイにプレイされないし、ヤリチンにスルーされます。
中田 だから、チャラ男のターゲットからは外れているんですよ!
――どうすればターゲットに入るんですか! どうすれば!
中田 完全にニッチな層に強い需要のある人なんですって! 影が! あるから!
藤森 それは、ちょっと感じますね。僕もそういう人には、あまりいかないかもですね(興味なさそうに)。
――チャラ男の人はいろんな女を見ているので、「これは違うな」というふうに地雷を見分けるのでしょうか......。
中田 そこら辺の層を一手に担っているのが僕ですよ! 僕は暗い女の子に関しては、非常に得意としている。
藤森 何が怖いかって、中田さんが、結構ガチで狙ってる可能性があるんですよ。
中田 藤森くん、語弊がありますよ。
藤森 本当にダメだね、相方やってると分かるから。あっちゃんはこういう目の奥が怯えたような女が大好きだ。ガチのタイプなんですよ。
中田 僕がこれ以上かかわると、ガチで抱いてしまう。
――......!!!! こんなにステキな対談があるんですね......!!!!
中田 Twitterとかもされているみたいですから、ま、フォローしあってみたらいいのではないかな。
藤森 そこからかよ! 知り合いになろうとしやがって!
――あ、ありがとうございました......(完全に目を潤ませながら退場)!
(中田さんの暖かいお言葉のおかげで、夜更かしや酒などの不健康な生活の影響で止まっていた生理が再開! ヨッシャー! と歓喜感涙でオリラジさんの活動を見守っていたら、中田さんと福田萌さんがまさかの熱愛......ちょっと気持ちの持っていきどことがわかりませんが、一時の夢をありがとうございます。藤森さんはお体に気をつけてください/取材・文=小明)
●おりえんたるらじお
中田敦彦と藤森慎吾からなるお笑いコンビ。2004年結成。翌年、「武勇伝」ネタで大ブレーク。以降、数々のテレビレギュラーをこなしつつ、トークライブ活動なども精力的に行っている。11年11月より『おまかせ!アニマックスNAVI』放送中。
●あかり
1985年栃木県生まれ。2002年史上初のエプロンアイドルとしてデビューするも、そのまま迷走を続け、フリーのアイドルライターとして細々と食いつないでいる。初著『アイドル墜落日記』(洋泉社)、DVD『小明の感じる仏像』(エースデュース)発売中。
ブログ「小明の秘話」<http://yaplog.jp/benijake148/>
サイゾーテレビ<http://ch.nicovideo.jp/channel/ch3120>にて生トーク番組『小明の副作用』(隔週木曜)出演中
オリエンタルラジオ 全国漫才ライブツアー 才(ザイ) 武勇伝だけじゃないんす。
オリエンタルラジオさんの至言「"変わってるって思われたい自分"も見透かされてる」(後編)
■前編、中編はこちらから
――えー......えっと、あの、すみません、唐突に相談なんですが、私、グラビアアイドルでデビューして、売れないまま今年でちょうど10年目。売れないまま10年続けるのは辛いんです! そこでメディアに出続けてるおふたりに相談なんですが、なんか......こう......どうしたらいいですかね? 最近は水着すらやらせてもらえなくて、たまに写真の仕事だと思うとゾンビとか......。
藤森 ゾンビ!? ゾンビ界ではブレークしてるの!?
――していないです。その業界もないです。
中田 あはは! すごい興味ありますけどね。女性のタレントさんがどこを目指して走っているのか、みんな口にしないし、女性のすごろくと男性のすごろくは違うので。
――27歳っていったら、同年代はどんどん家庭を築いていって、すごろくでいったら第一ステージくらいはあがってたりします。恐いです。
中田 今はどうしたいんですか?
――恐れながら、自分はグラビアアイドルになりたいです。
中田 なるほど......。分かりました(ニヤリ)。グラビアに関していうと、僕はいろいろ思うところがあって。グラドルの人たちって、グラビアではあんまりお金がもらえないじゃないですか。ということはお金じゃなくて、グラビアをやったという達成感がほしいということですよね。
――達成した人から辞めていくんですよ。野球選手と結婚したり、IT社長とかと結婚したり、次は女子アナを目指してみたり......。私はどこにも行き着けず、変な立ち位置になってしまった。
中田 27歳ですもんね。この歳でグラビアをするとなるとなにかフックが必要となってくると思う。僕はコンセプトのある写真集がすごく好きなんです。最近だと、『SCHOOL GIRL COMPLEX』(イースト・プレス)とか、ちょっと前だと『妄撮』(講談社)とか。フェチ系に訴えたもの。そういうコンセプトから切り崩すっていうことだと思うんですよね。エロいようでエロくない、哲学的なエロ。やっぱり、"はつらつとした水着姿でビーチ"というのは王道ではあるけど、そこに食傷気味になっている人達も多いし、やっぱりグラビアは10代のものじゃないですか。ほしのあきさんなどのレアケースをのぞいて、10代~20代前半のものですよね。なので、一個、インリン的なものを乗せるか、ヒットネタみたいなのを出さなきゃいけないのではと思うんですよね。素材のままっていうのは、年齢的にできないと思うし、露出度を高める方向に行ってしまったらその先はガケですから。......でも、グラビアがゴールというのは非常に興味深いですね。僕の中では、グラビアって通過点なのかなって思っていたので。
――たいていのグラドルは通過点にしてるんですけど、その通過点にも行き着けない人が結構いるもんなんですよ。私、トークも芝居も一通りできないらしいことにも気づきまして。えへへ。
藤森 具体的にあっちゃんのフェチはないの?
中田 僕が今温めてるコンセプトは、場所とのギャップで行くしかないと思っていて。例えば区、役所前だけで撮るとか。
――えっ。
中田 区役所前で、それもパンツスーツがいいと思うんですよ。パンツスーツのズボンをずり下げて白い水着が見える。それをすごい真面目な顔で23区撮ったらいい!
藤森 なるほど!
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中田 (無視して)そこのニッチな層に訴えるしかないと思います。3ページくらいまではちゃんと役所で受付をしている写真があって、4ページ目で必ず直立不動で水着を出す。
藤森 それなら見たいね!
中田 これ、23区ありますから。60~70ページくらいの厚みで売れます。間違いなく売れます。5,000部は売れます。
――5,000!! 自費出版で5,000部売れたとしたら、えーと、えーと、ヒー! 家賃10年分くらい払える!!
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中田 では、別案なんですけど、次は教卓です。これもギャップなので、まず教室を借りまして、できれば小学生の男女20人くらいを座らせておきます。そしてそこで、スーツ姿の女教師が授業をしている風景なんです。正面からは子どもたちの顔がワーって見えていて、サイドのカットになった時に......下だけ水着なんですよ! でも、子どもたちには見えていない。「子どもたちは純朴に授業を受けているが、この先生は教壇で勝手に脱ぎ始め、そのスリルを味わっている変態」っていうのがほんのり分かるのがいい。子どもの顔が無邪気であればあるほど、そのギャップで興奮します......!
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中田 あと、露出度は高めないほうがいいです。それでもいかにエロくできるのかが、エロへの近道だと思います。例えば、社長室の椅子がありますよね。服を着て、この椅子の前に座っているだけでいいんですよ。ちょっと来て、ここに。
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藤森 見たわ~。こういうのAVのシーンで見たわ~。
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藤森 (腕時計を見ながら)ねぇ、もういいかな? 俺飽きちゃったんだけど......。やっぱりあっちゃん変態じゃん。
中田 だから、変態は5,000人は絶対いるんです!
藤森 僕、女の子の裸は好きですけど、グラビアを買おうという人間ではないんです。でも、買いたいと思う人は今みたいなことをやらないと手に取って買わないんでしょ。だから僕は5,000人にカウントされてないね。
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――どうすればターゲットに入るんですか! どうすれば!
中田 完全にニッチな層に強い需要のある人なんですって! 影が! あるから!
藤森 それは、ちょっと感じますね。僕もそういう人には、あまりいかないかもですね(興味なさそうに)。
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中田 そこら辺の層を一手に担っているのが僕ですよ! 僕は暗い女の子に関しては、非常に得意としている。
藤森 何が怖いかって、中田さんが、結構ガチで狙ってる可能性があるんですよ。
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藤森 本当にダメだね、相方やってると分かるから。あっちゃんはこういう目の奥が怯えたような女が大好きだ。ガチのタイプなんですよ。
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藤森 そこからかよ! 知り合いになろうとしやがって!
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●おりえんたるらじお
中田敦彦と藤森慎吾からなるお笑いコンビ。2004年結成。翌年、「武勇伝」ネタで大ブレーク。以降、数々のテレビレギュラーをこなしつつ、トークライブ活動なども精力的に行っている。11年11月より『おまかせ!アニマックスNAVI』放送中。
●あかり
1985年栃木県生まれ。2002年史上初のエプロンアイドルとしてデビューするも、そのまま迷走を続け、フリーのアイドルライターとして細々と食いつないでいる。初著『アイドル墜落日記』(洋泉社)、DVD『小明の感じる仏像』(エースデュース)発売中。
ブログ「小明の秘話」<http://yaplog.jp/benijake148/>
サイゾーテレビ<http://ch.nicovideo.jp/channel/ch3120>にて生トーク番組『小明の副作用』(隔週木曜)出演中
オリエンタルラジオ 全国漫才ライブツアー 才(ザイ) 武勇伝だけじゃないんす。





