現在進行形で動き続ける、奇術的トークステーション『久米宏 ラジオなんですけど』

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『久米宏 ラジオなんですけど』(TBSラジオ)
しゃべりと笑いと音楽があふれる“少数派”メディアの魅力を再発掘! ラジオ好きライターが贈る、必聴ラジオコラム。  『報道ステーション』(テレビ朝日系)を見ているといまだに、「このニュースについて、久米宏なら何を言うだろう」と考える。それは古舘伊知郎の切れ味の悪さに対する不満であると同時に、久米の鋭さが視聴者に遺した確かな副作用でもある。だがその副作用には、絶好の特効薬がある。『久米宏 ラジオなんですけど』(TBSラジオ 毎週土曜13:00~14:55)というラジオ番組である。  近年はテレビにほとんど出なくなった久米の、現在唯一のレギュラー番組である。ラジオというメディアは基本的に、しゃべり手のポテンシャルを引き出すという機能を持つ。中には大御所が「昔取った杵柄」をただ振り回すだけのラジオ番組も存在するが、この番組における久米は、むしろ新鮮味にあふれている。  この番組において久米の面白さを最も高純度で引き出しているのは、12分間にわたるオープニングトークである。彼の話術の最大の特徴は、「話題が動き続ける」ことにある。毎度12分の長尺の中で、政治・気象・宇宙・スポーツ・カルチャー等々、あらゆるジャンルを自在に横断しつつ複数の話題が入れ替わり立ち替わり登場するのだが、その展開は、ひとつの話が別の話題に「変わる」ことの連続というよりは、やはり話題が「動き続ける」という方が感触的に正しい。完全に転換するわけでも、完全につながっているわけでもない。その絶妙な按配がスリルを生む。  たとえば9月の放送では、まもなく日本シリーズが行われるというスポーツの話題から、「にっぽんシリーズ」か「にほんシリーズ」かという発音問題へとつなぎ、そこから自身のアナウンス学校時代の思い出話へ突入。自分たち新入社員がアナウンス学校でやっていたのは「毎日恥をかくこと」であり、一緒に恥をかいた者同士に生まれる「同期愛」や「連帯感」というものがある、という話へ。そして最後には、会社は違うが同期入社のあのアナウンサーの名を「Mもんた氏」と無意味なイニシャル混じりで挙げ、「擁護するわけではないですけど、同じ年に同じように恥をかいたと思うと、ある種の連帯感というものがある。ただの連帯感ですけど」と複雑な余韻を残してオープニングトークを終えた。  タイムリーなスポーツの話題から入り、自身の思い出話を経て、最後に再びタイムリーな芸能の話題に戻る、という「現在→過去→現在」という時間の往還も見事だが、実は最後の「Mもんた氏」の話題は現在形であると同時に過去の思い出話でもあって、最終的に最も刺激的な話題で現在と過去を包括するという理想的な形で終えている。さらには時制の問題だけでなく、彼の場合、自身と話題との距離感というのも自由自在で、世間的なニュースと自身の身のまわりの出来事が同次元で語られる。この場合であれば、スポーツと芸能ニュースの間にプライベートな話題が挟まれる形になっているが、やはりラストの「Mもんた氏」の話は、芸能ニュースであるとともにプライベートな話でもあるという二重構造になっている。  また、正月一発目のオープニングトークでは、マグロの初競りの話が資本主義原理の話になりマグロの睡眠の話になり、突如目の前のアシスタント堀井美香アナの居眠り疑惑へと発展したのち、総務省の睡眠調査データを持ち出してきて検証した結果、堀井アナはやはり秋田美人だという地点になぜか着地するという、至極アクロバティックな展開。またある時は、ベテルギウスの話がいつの間にやら「小説すばる」(集英社)の話(星つながり)になっていたり、中村勘三郎の話が足利義満にたどり着いたりと、動きながらパスをつないだその先にファンタジーを生み出していく筋立てには、まるで久米自身がよく話題にする欧州最先端のフットボールを目撃しているような興奮がある。  とはいえもちろん、毎度そこまで超難度のアクロバットが決まるわけではなく、特に複数の話題をつなげようという意志が感じられない回もあれば、着地がふわっと流れる場合もある。だが、そんなときにもトークが魅力的に感じられるのは、その展開力や表現力だけでなく、彼の情報収集能力によるところが大きい。そしてその基盤には、彼の「現在形の情報に対する異様なまでの貪欲さ」がある。  そもそもこの風変わりな番組タイトルには、「ラジオなんですけど、テレビの話をしよう」という意味が込められていたという。フリートークでも最近見たドキュメンタリーやニュース、ドラマの話から入ることが多いが、いずれにしろ昔のものではなく、今やっている番組が取り上げられることが圧倒的に多い。ほかにも新聞、本、映画、インターネットなど、あらゆるメディアから得た情報、あるいは自身の日常体験をきっかけに話が進められるが、彼の視点は常に現在を中心に捉え続けている。  歳を重ねるにつれて価値観が凝り固まり、現在の情報に対して閉じた状態で独断を述べる傾向は一般に間違いなくあるが、今の久米は69歳にして、おそらく現在の世界に対して最も開けた状態にあるのではないかと思わせるほどに、あらゆる情報を次々と貪欲に取り込んでいる。やはり仕事を減らしたことにより、自由に使える時間ができたことが大きいと思われるが、その話の端々から伺える博識っぷりは並大抵ではない。  そして知識もやはり、獲れたてが一番おいしい。見た直後のテレビの話や読んだ直後の本の話というのは、なぜか面白い。仕入れたばかりの知識にはまだ確かな熱が残っていて、内容だけでなくそのテンションまで丸ごと相手に伝わるのだろう。だからこの番組には、現在と併走し続ける臨場感があり、動き続ける久米宏の現在進行形がここにある。彼はなお自らを更新し続けている。 (文=井上智公<http://arsenal4.blog65.fc2.com/>) 「逆にラジオ」過去記事はこちらから

“アニメーションは呪われた夢”なのか? スタジオジブリの1年間を密着撮影した『夢と狂気の王国』

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宮崎駿、鈴木敏夫、高畑勲という強烈な3つの個性の化学反応を推進力とするスタジオジブリの1年を追った『夢と狂気の王国』。(c)2013 dwango
 日本アニメの黄金時代は終わりを告げたのか? 国民的アニメ作品を次々と生み出してきたスタジオジブリは今、大きな転換期を迎えている。アニメーション製作に人生を捧げた自身の姿を投影した『風立ちぬ』を最後に宮崎駿監督は引退を表明、高畑勲監督の『かぐや姫の物語』(11月23日公開)も東映動画作品やTVシリーズ『アルプスの少女ハイジ』などを彷彿させる日本アニメ史の集大成的な作品に仕上がっている。2013年は宮崎駿、高畑勲という両巨匠の作品が同年公開されたメモリアルな年として記憶されるだろう。鈴木敏夫プロデューサーが両巨匠の劇場作品を作るために奔走したスタジオジブリはその当初の目的を果たしたことになる。そんなひとつの時代の節目を見届けたのは、ドキュメンタリー映画『エンディングノート』(11)でデビューを果たした砂田麻美監督だ。2012年秋から1年間近く、砂田監督はスタジオジブリに通い続け、『風立ちぬ』『かぐや姫の物語』の製作過程を追った。日本人が大好きな国民的アニメは、“呪われた夢”と“明るい狂気”によって命を吹き込まれていることを砂田監督は『夢と狂気の王国』の中で明かしていく。  緑に覆われたメルヘンの世界に登場する洋館のようなスタジオジブリの外観から映画は始まる。敷地内には社員用の保育園が併設されており、宮崎駿監督は子どもたちに手を振るのを日課にしている。スタジオの屋上は庭園となっており、美しい夕焼けを眺めることができる。そしてフロアには物づくりの現場らしい活気が満ちている。ある女性スタッフは「会社というより、学校みたい」と笑顔で話す。スタジオジブリはとても環境の整った職場のようだ。だが、別の女性スタッフはこうも言う。「犠牲にしても得たいものがある人はいいけど、自分の中に守りたいものがある人は長くいないほうがいい」と。宮崎駿監督は自分に厳しいが、スタッフにも厳しい。巨匠の要求するレベルに応えるのは生半可なことではない。巨匠の周辺にはとてつもない引力が働き、正しい距離を保ち続けるのは困難を極める。黒澤明、今村昌平……過去の巨匠たちにも多くの優秀な人材が仕えたが、そこからオリジナリティーある監督として独り立ちした人間は数少ないことをふと思い出させる。  巨匠・宮崎駿との距離をはかることに、どうしようもなく苦しんでいるのは宮崎吾朗監督だろう。宮崎吾朗監督と新作映画の担当プロデューサーが打ち合わせる席に鈴木プロデューサーも同席するが、新作の企画は難航を極めているようだ。『ゲド戦記』(06)『コクリコ坂から』(11)を興行的に成功させた宮崎吾朗監督だが、今も自分の進んでいる道に葛藤を抱えている。自分の感情を吐露する宮崎吾朗監督を、鈴木プロデューサーは「今回、宮崎駿さんも高畑勲さんも作りたがらないのを、僕が無理矢理作らせているんだよ」と笑顔で言い含めようとする。父とは違う道を歩んできた宮崎吾朗監督をアニメ製作の世界へ引き込んだ鈴木プロデューサーがまるでメフィストフェレスのように感じられるではないか。一見、明るく平和そうに見えるジブリ内には激しい風がごうごうと吹き荒れている。  スタジオジブリの住人の中で宮崎駿監督といちばんうまく距離を保っているのはジブリの名物猫・ウシコに違いない。画面に度々登場するウシコはジブリの正式な飼い猫ではなく、いつの間にかジブリに住みついてしまった迷い猫。猫という動物は自分にとって居心地のよい場所を見つける天才だ。スタッフに可愛がられ、白と黒のツートンカラーの毛並みをいつも艶やかにしているウシコ。屋上庭園で昼寝するウシコを見て、宮崎駿監督は「なんて平和な顔をしているんだ。スケジュールがないんだな」と羨ましげだ。ジブリ内を自由気ままに闊歩するウシコだが、決して足を踏み入れない聖域があるという。それは宮崎駿監督の仕事場だ。宮崎駿監督が絵コンテや作画に集中する背中には他者を寄せ付けないオーラが漂う。ウシコは人間の眼には見えない巨匠のオーラを敏感に感じ取っているらしい。  宮崎駿監督が『風立ちぬ』の完成を目指すスタジオジブリとは別棟で、高畑勲監督は『ホーホケキョ となりの山田くん』(99)以来となる新作『かぐや姫の物語』と向き合っている。ひとつのスタジオが同時に2つのアニメ大作を製作するのは尋常なことではないが、鈴木プロデューサーは高畑監督と宮崎監督の両者の間にあるライバル意識を巧妙に煽る。ちょっとやそっとの刺激では、この両巨匠が動かないことを“猛獣使い”である鈴木プロデューサーは熟知している。『風立ちぬ』と同時公開はならなかったが、8年間の製作期間を要した『かぐや姫の物語』はその期待を裏切らない傑作として徐々に姿を見せつつあった。  本作のいちばんの注目点は、宮崎駿監督が引退表明するまでの心情の動きを砂田監督が細やかに追い続けたことだろう。煙草を片手に一心不乱にペンを走らせる宮崎駿監督の姿は『風立ちぬ』の主人公・堀越二郎そのものである。夜、ジブリを出た宮崎駿監督は個人用のアトリエに砂田監督を招き、東日本大震災や福島第一原発事故についての私見を語る。「機械文明は呪われた夢」だと言う。飛行機づくりもアニメーション製作も同じく、呪われた夢なのだと。映画づくりが本当に素晴しいものなのか今もわからないと話す。巨匠・宮崎駿も息子・宮崎吾朗と同じように葛藤を抱えながら仕事に向き合っていた。  『風立ちぬ』の完成を間近にした宮崎駿監督に一通の手紙が届く。送り主は戦時中に宮崎家の隣に住んでいた少年。空襲で焼き出された少年は、宮崎駿監督の父親から当時は貴重品だったチョコレートを手渡されたという。そのお礼状を息子である宮崎駿監督宛てに送ってきたのだ。宮崎駿監督の父親は町工場を経営し、戦時中は戦闘機の風防を作る軍需景気で賑わった。軍需産業に従事しながら、戦争被害者には優しい心遣いを見せていた父親の素顔が明かされる。宮崎家の人々は代々にわたって仕事に対する葛藤を抱えながら生きてきたのだ。この手紙が宮崎駿監督の内面にどれだけ影響を与えたのかは本人以外にはわからないが、腑に落ちるものがあったのだろう。『風立ちぬ』が劇場公開を迎え、そして9月。宮崎駿監督は引退会見を開く。  高畑監督の『かぐや姫の物語』の劇中に素晴しい台詞がある。「この世は生きるに値する」。この台詞は『かぐや姫の物語』の世界だけでなく、『風立ちぬ』で悲惨なラストに見舞われる主人公に向けられた言葉のようにも感じられる。アニメーションは呪われた夢なのかも知れない。でも、それは懸命に生きた人間だけが見ることを許された美しい夢でもあるのだ。『風立ちぬ』『かぐや姫の物語』を完成させたスタジオジブリは、新しい夢を見るためにしばし冬の眠りに就く。 (文=長野辰次) 『夢と狂気の王国』 製作/ドワンゴ 脚本・監督/砂田麻美 プロデューサー/川上量生 音楽/高木正勝 配給/東宝 11月16日(土)よりTOHOシネマズ六本木ヒルズほか全国ロードショー <http://yumetokyoki.com>

生き残るのは、まっとうな店だけ『Maid Cafe Style メイドカフェ・スタイル~お帰りなさいませご主人様~』

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『Maid Cafe Style メイドカフェ・スタイル~お帰りなさいませご主人様~』(二見書房)
 今回紹介するのは、メイド喫茶が全国で爆発的に増加する気配を見せ始めた時期に出版された本『Maid Cafe Style メイドカフェ・スタイル~お帰りなさいませご主人様~』(二見書房)である。この本、全国(+海外)のメイド喫茶30店舗を紹介する、当時としては最も充実したガイドブックである。  まずは、現在も営業を続けている店舗はどれだけあるのかを調べてみた。すると、営業を続けているのは14店舗。約半分は10年あまり(あるいは、10周年を越えて)営業を続けていることになる。  いまや秋葉原の観光資源の筆頭に挙がるのが、メイドであることに異論を唱える者はいない。2001年に開店した「Cure Maid Cafe」に始まるとされるメイド喫茶は、いまやいったい何店舗あるのか……?  気がついたらジャンルの細分化は進み、正統なクラシックメイドスタイルを追求する店から観光客向けのライトなもの、差別化を図るために、メイドではなくほかのコスプレをコンセプトにするものまで、百花繚乱である。  その中で、長く営業を続けることのできる店舗は少ない。そもそも、経営者のほうも長く続けることを考えていないことが多いのだ。そのためか、秋葉原に不動産を所有する企業や個人の中には「メイド喫茶には貸さない」というところも少なくない。すぐ出て行く店子では、諸費用が余分にかかって仕方がないというわけである。 やはり長く続いている店は、コンセプトがしっかりと従業員にまで行きわたり、飲食店のノウハウを心得ているところということができるだろう。  コンセプトが行きわたっていない失敗例として思い出すのが、昨年閉店した「Cos-Cha」だ。昨年閉店したこの店は、スクール水着やらブルマやら、何かと露出重視のイベント日を設定。それを目当てに客が集まり、一時はあまりの混雑に、店に入ることのできない客が路上にあふれて、警察が出動する騒ぎになったこともある。  そうした騒動が少し収まった時期のスク水デーに、どんなものかと店を訪れたことがある。イベント日なので、それなりに混雑はしていたが、行列ができるほどではなかった。早くも飽きられたのかと思いながら店に入り、理由はよくわかった。  給仕をしている女のコたちは、確かにスク水である。スク水ではあるが、上着(長袖のジャージ)を羽織っているのである。しかも、その上着はちょっとオーバーサイズで、お尻のあたりまで隠れているではないか。要は、男のコが最も見たいポイントが、見えないのである……。これでは、上乗せ料金を払った意味は皆無である。なにより、女のコが上着を着ることを黙認している経営側は、もはや客の視点を忘れていたといえるだろう。  オタクの集まる秋葉原ですらそうなのだから、一時、地方に乱立したメイド喫茶のコンセプトのなさは、もっとひどかった。岡山県では中心都市である岡山市を中心に10店舗あまりが乱立するという異常事態になったことがある。「大都会岡山」の人口は、70万人あまり(無理やりな合併で増加)。アニメイトも、メロンブックスも、らしんばんもある岡山市(1Fがアニメイト、2Fがメロン+らしんばんというグループ合体店舗)だが、人口70万人に対して、10店舗は明らかに過剰である。おまけに、メイド喫茶がテレビCMを打って異常さに拍車をかけた。そして、その店舗の多くは単にメイドがはやっているからと参入した水商売系のもので、そもそもコンセプトも何もなかった。どこもキャバクラか何かにしか見えないメイド喫茶ばかりだったのである。  そんな具合なので、乱立期はあっという間に過ぎ去り、今は一店舗だけが営業している(今ではむしろ、オタクバーのほうが賑わっている。特に店長がやる気ゼロで部室状態の某Zは、店のキャラ立ちが全国屈指だと思う)。  しかし今回、最も驚いたのは、もはやメイド喫茶が、どこに何店舗あったかを知るすべが失われつつあることである。閉店すれば公式サイトは消滅するし、ブログなどが残っていても閉店告知をしないままに止まっているところも多いので、いつまで営業していたかを把握することもできない。ネットの中に残っている断片的な情報を拾っていくよりほかに、データを集めることができないのは残念だ。 (文=昼間たかし)

「次期会長はエビジョンイルの側近」NHKが安倍内閣の御用放送局へ?

coverpage1111.jpg「週刊ポスト」11月22日号
今週の注目記事 第1位「怪文書飛び交う『安倍NHK支配』意中の人物」 (「週刊ポスト」11月22日号) 第2位「ノーム・チョムスキー『メガバンクが破綻して世界金融危機がやってきます』」 (「週刊現代」11月23日号) 第3位「山本太郎 天皇『手紙テロ』の罪と罰」 (「週刊文春」11月14日号) 第4位「フジテレビはどうしてこうもダメになってしまったのか」 (「週刊ポスト」11月22日号) 第5位「高島屋でも成型肉!『ニセ和牛肉』はこうやって見分ける」 (「週刊新潮」11月14日号) 第6位「朝日新聞『エロい報告書』」 (「週刊文春」11月14日号) 第7位「本誌は特定秘密保護法案に反対します 原発関連の内部告発も厳罰化で隠蔽される」 (「週刊朝日」11月22日号)  特定秘密保護法案の審議が国会で始まったが、与野党ともに書いた原稿を読み上げるだけの危機感のなさには、あきれ果てるを通り越して恐怖感さえ覚える。  憲法第21条違反が明確で、言論表現の自由を抑圧して国民の知る権利にフタをしてしまうような重大な法律を決めようというのに、反対する国会議員にもメディアにも、本気で成立を阻止しようという気概が見えてこないのはどうしたことだろう。  週刊朝日の発売は火曜日であるが、都内のキオスクでは“堂々”と月曜日に売っているので、朝日が掲載している特定秘密保護法についての特集から紹介しよう。  特定秘密保護法ができれば、防衛や外交はもちろん、TPPの交渉内容や原発事故情報も“特定秘密”に指定されるのは明らかである。そうなれば、内部告発をしようと思っても厳罰の前に躊躇したり、取材者も「著しく不当な方法による取材行為」は処罰対象になり、著しいかどうかを判断するのは行政の長や官僚であるから、自主規制してしまうことが必ず起きてくる。  朝日はこの法案にはっきり反対を表明し、今号では「西山事件」で有名な元毎日新聞記者の西山太吉氏にインタビューして、この法案の危険性を語らせている。  西山事件とは、1971年の沖縄返還協定に関する外務省の“密約電文”が漏洩し、毎日新聞政治部の西山太吉記者と外務省女性事務官が国家公務員法違反で有罪となった事件である。  西山氏は、自民党政権には秘密保護法を提出する資格はないと、厳しく言及している。 「秘密保護法の細目の議論に入る前に、まず自民党の過去の情報犯罪を問題にすることが重要です。イラク戦争についてアメリカ政府は、『大量破壊兵器をつくっている』とデッチ上げて軍事介入したことを認めた。それに比べて日本は、アメリカからあれだけの資料が出てきても沖縄の密約を認めていない。いまだに都合が悪いものを全部隠している。嘘をついたら、つきっぱなしの状態です。だから民主党は新しい情報公開法をつくることを公約に掲げて政権交代し、2011年4月には法案を提出した。それなのに民主党は、その後、国会で努力を全くしなかった。官僚の猛反発で鳩山政権が潰れた後、自民党と大して変わらない民主党右派政権が秘密でも何でもない尖閣ビデオ流出問題を機に秘密保全法制の準備を始め、安倍政権の先鞭をつけてしまったのです。  空文に等しい情報公開法しかない中で、今回の秘密保護法が成立すると、沖縄密約の時と同じように非合法な国家の行為までもが次々と特定秘密に指定され、広がっていく。都合が悪い情報を隠し通す日本の現状をさらに悪化させ、民主主義が機能しなくなることは明らかです」  日本版NSCと特定秘密保護法が成立すれば、日本にはどうでもいい情報だけが溢れ、国民には何も知らされないままアメリカの言いなりに「集団的自衛権」行使ができる国に変容し、いつか来た道をたどることになりはしないか。心底心配である。  文春得意の朝日新聞バッシング。先日更迭された週刊朝日編集長のセクハラよりもエグい、社内の男女の醜聞である。これが今週の第6位。  舞台は大阪・中之島の朝日新聞大阪本社である。2009年春、広島総局勤務から次長待遇として写真部に戻ってきた40代の古田新太似のAデスクは、編集局に派遣されていた20代後半の契約社員、美脚自慢のメガネ美人B子さんと出会って入れあげ、デートをするたびに高価なものをプレゼントしたり、マンションの家賃まで負担してあげたのだそうだ。  結婚へ本気モードだったが、このB子さん、なかなかしたたかで、Aデスクだけではなく、同じ編集局のスポーツ部デスクCさんとも付き合い、こちらが本命だったという。  そしてB子さんから別れを切り出すと、Aデスクはこれまで貢いだ分を返せと要求した。  だが、逆にB子さんはAデスクのことを「ストーカー」として警察に届け出た。Aデスクのほうは、債務不存在確認の民事訴訟を起こすなど泥沼化したのである。  B子さんからはカネを返してもらうものの、Aデスクは、このことを会社に知られ、昨年春に富山総局の一記者として左遷されてしまうのだ。  そのA記者を富山総局前で直撃すると、意外にも事実関係を淡々と認めたという。 「裁判で決着したんで、もういいかなと思っています。B子さんは家賃も水増しした金額を私に払わせていたような性格なので。Cと不倫して私と二股かけていようが、事実を告げてくれたらよかったので『本当のことを言ってくれ』と何度もメールしたのに、彼女は逃げるばかりでしたね。まぁ、返ってきたパソコンの中に全て真実が詰まっていたので、調べるまでもなかったんですけど。彼女はスマートな方なんですけど、IT関係は弱いんでしょうね。(中略)  当初はCにも頭にきたけど、彼も娘が生まれたばかりで家庭を壊すつもりもなかったので、私は何も騒いでいません。富山はいいところ。食べ物もおいしいし、上司にも恵まれていい仕事をさせてもらってる。今は結果オーライかなと思っています。でも文春に書かれちゃったら次はどこに飛ばされるのかな……」  どこか哀れを誘うコメントである。朝日新聞記者がこう言う。 「朝日には社内不倫など乱れた男女関係の話が多い。週刊朝日のセクハラも起こるべくして起きた。今回の件も特に驚きませんね」  昔は「朝日文化人」なる言葉まであった朝日新聞記者だったが、昔日の面影すでになしのようだ。  さて、今週の第5位は新潮の記事。有名ホテルから料亭、デパートまで「偽装表示」が次々に明らかになっている問題である。  芝海老ではなくバナメイエビでした。九条ネギではなくそこらの普通のネギでした。車海老ではなくブラックタイガーでしたとなると、明らかに「偽装」ではなく「詐欺」だと思う。  奈良にある近鉄系の「奈良 万葉若草の宿 三笠」では和牛と称していた肉が、オーストラリア産の成型肉だったというのだ。店を怒るより、そんなものを食べさせられて満足していた客の舌の鈍感さが気になるが、成型肉とは、はて、どんなものなのか?  食の安全を考える会・野本健司代表によれば、成型肉とはこうだ。 「外国産牛のモモ肉などブロック状に細切れになった赤身の肉に、酵素添加物をまぶしてやわらかくし、型に入れ、結着剤で人工的に固めたもの」  米沢牛の10分の1程度の値段だから、店にとってはボロ儲けである。しかし、成型肉には安全性に問題ありだという。野本氏が指摘する。 「成型肉を焼いても、肉の内側に菌が残る可能性は排除できず、O-157が肉の中に残った状態で提供される恐れもある。だから成型肉の調理法はウエルダンしかありえないのに、店側がその危険性を理解せず、焼き加減の好みを客に尋ねてレアで出すことがある」  安いものには、それなりの理由があるのだ。では値段は張るが国産牛を食べたいと思ったら、どうすればいいのか? 店自体を識別する方法を、精肉店が教えてくれる。 「10年ほど前から、農水省は国産牛に個体識別制度を導入しました。畜産農家で牛が生まれると、生後すぐに1頭ずつナンバーが割り振られ、DNAが検体ごとに採取される。そして肉屋もレストランも、和牛を使うメニューを提供する以上、この識別番号を店頭に掲げないと商売ができなくなった」  個体識別番号を店に明示しているかどうか、店側に尋ねればいいというのだ。焼き肉屋でも壁に貼ってあるところも多くなってきたから、そういう店は安心できそうだが、それすら「偽装」だったら、どうしよう?  第4位は、テレビメディアについての特集。少し前までは「民放の絶対王者」といわれたフジテレビの凋落が激しいが、ポストはどうして「ダメになってしまったのか?」と、ストレートに疑問をぶつけている。 「82~93年に12年連続、04~10年に7年連続で、『視聴率三冠』(ゴールデンタイム、プライムタイム、全日)を獲得したが、昨年はテレ朝の躍進で3位に転落。さらに今年8月の平均視聴率では、『半沢直樹』を大ヒットさせたTBSに抜かれ、ついに4位に転落した」(ポスト)  振り向けばテレビ東京が迫ってきているのだ。今年の大みそかは早々と敗北宣言したような「報道番組」に内定したという。NHK『紅白』や日テレの『笑ってはいけない~』とは勝負しないようだ。  だが、より深刻なのは、フジがこれまで得意にしてきたバラエティやドラマに往年の輝きが見られないことだろう。その理由の一端は、亀山千広社長はまだ57歳と若く、フジ系列の番組制作会社の天下り社長たちが、亀山には文句を言わせないと先輩風を吹かせ、企画をゴリ押ししてくることだというのだ。 「そうした“上層部”から押し付けられるのは、大抵がバブル時代のトレンディードラマの焼き直しや、かつて視聴率を取った女優の再起用など『昔取った杵柄』ばかりで、新鮮味は皆無。これでは、視聴者に見捨てられても当然だろう。現場の混乱を招いているのは、ほかならぬ80年代以降の視聴率1位という栄光を築き上げた。“幹部”たちということだ」(同)  今年4月にフジを辞めてフリーに転身した長谷川豊アナウンサーはこう言っている。 「(中略)話題を次々に作ってきたフジテレビのはずですが、いろいろと叩かれ始めたためか、4~5年前からすっかりチャレンジ精神を失ってしまい、“ミスのない”番組作りを目指すようになってしまった。制作会社の持ち込み企画は保身のためか全部ボツになって、新しいものを受け入れなくなってしまったんです。そのボツ企画を、深夜枠で拾って成功してるのが今のテレ朝です」  かつて親しくしていた日テレの氏家齊一郎CEOは、私に、日テレがフジを抜いて成功した理由をこう話してくれた。 「オレは企画には口を出さないが、これだけはいつも言っている。オレがおもしろいと思う番組は作るな。オレがわからないものを作れ」  上の顔色をうかがって保身ばかり考えている現場にいいものができるはずはないこと、テレビでも雑誌でも同じである。  長きにわたってフジテレビを率いてきた日枝久会長が退くだけでも、フジの雰囲気は変わるのではないかと思うのだが。  さて、山本太郎参議院議員が10月30日に赤坂御苑で開かれた園遊会で天皇に手紙を渡したことについて、週刊誌の書き方は、みのもんた攻撃と同じように厳しいものがほとんどである。  文春は「手紙テロ」という表現を使い、新潮は「軽挙妄動のパフォーマンス、浅知恵に基づいた詭弁、有権者を欺くペテン、思考停止の風評妄信、そして大いなる無知」この五拍子揃ったのが山本氏だと酷評している。  この“事件”についてはどれも同工異曲だが、文春にやや分がありと見て、これを3位にした。  文春によれば秋晴れの下、約1,800人の出席者は穏やかに談笑しながら、天皇皇后や皇族のご到着を待っていたという。  その中に、明らかに周囲から浮いている山本太郎参議院議員がいた。皇族の到着直前、蝶ネクタイ姿の山本議員は宮内庁担当記者が集まる取材エリアのすぐ近くまでやってきた。そこは、巨人軍の長嶋茂雄氏や、プロスキーヤーの三浦雄一郎氏ら著名な招待客が並ぶ、いわばVIP席だった。  山本議員は長嶋さんから3~4人挟んだあたりに割り込もうとしたが、入り込めるようなスペースがなく、少しはみ出す状態になっていたのを宮内庁の職員が認め「他の場所へお願いします」といって移動させた。  それから数分後、天皇皇后が到着され、式部館長に先導されながら、両陛下が会場を歩き始められた。  そして、山本議員の前を天皇が横切ろうとした時、 「実は、お持ちしたものがありまして」 と山本議員が手紙を差し出したのだ。戸惑われたような表情の天皇は、その言葉に何度か頷かれ、そして侍従長に手紙を託し、軽く会釈をされてから再び歩み始められた。  手紙の内容は「巻紙に筆で書かれた手紙は<不躾にもお手紙を陛下にお渡しする無礼、お許しください>と始まり、福島の子供たちの健康被害や原発作業員の健康管理がなされていない実情を訴える内容だった」(文春)という。  内容はともかくとして、こうした行為は、山本議員の憲法違反行為で、辞職に値すると言わざるを得ない。即位の際、憲法を遵守すると宣言した天皇が一番当惑しているであろう。  議員は天皇に直訴するのではなく、国会で堂々と意見を述べ、安倍首相を追い詰めるべきである。これでは憲法軽視、議会制民主主義軽視といわれても致し方ないと、私は考える。  東日本大震災以来、福島県三春町で避難民の受け入れを行っている作家で僧侶の玄侑宗久氏は、山本参議院議員のことをこう批判している。 「そもそも山本さんは福島県に住んでいる人の立場で考えていないだろうと感じていました。福島県民で彼の政治活動に期待する人はあまりないと思います。彼の発言の多くは起こりうる最悪の想定をもとに繰り返されるわけですが、最悪の可能性を基準にしては、福島県には住んでいられないということが理解できていない。私は、皇室がこれまで放射能について言及してこなかったことに非常にありがたさを感じています。  天皇陛下は、震災後の夏、いつも通りに那須の御用邸に避暑に行かれ、いつも通りに御料牧場で取れた野菜、鶏、豚、羊を召し上がりました。一方、御用邸や皇居の放射能数値が公表されることはない。山本氏は、国民に心配をかけさせまいという陛下の気持ちを察することができない人物なのでしょう」  山本議員は辞職せずと言っているようだが、それならばパフォーマンスばかりを先行させるやり方ではなく、福島に住み着いて、そこから国会へ通うぐらいのパフォーマンスをするべきである。  現代の「世界の知性に聞く」シリーズが好きである。日本の週刊誌のよさというのは、死ぬまでSEX特集がある中に、こうした硬派記事もしっかり載っているところである。こういう週刊誌は、ほかの国にはないであろう。  今回は第5回。“世界最高の論客”といわれるノーム・チョムスキーMIT名誉教授の登場である。氏はメガバンクが破綻して、再び世界金融危機がやってくると語っている。 「もちろん、再び起きると思います。’08年秋の金融危機に対しては、その場凌ぎの解決策は講じられていますが、根本的な問題は、依然として解決されていないからです。  世界的金融危機の火蓋を切ったアメリカでは、銀行を規制する法案が議会を通過しましたが、ロビイストたちから徐々に骨抜きにされています。『ニューヨーク・タイムズ』によると、ロビイストたちが、金融規制を弱めるために、法案の一部を書き換えさせたそうです。このようなことは、ワシントンでは日常的に起きています。選挙という問題もあります。アメリカの選挙は莫大な企業献金に頼っており、議員は退職後の就職先も考えなくてはならないため、企業の要求をのむ行動をしてしまいます」  中国の軍事的脅威に対してはこう答えている。 「軍事的視点から見た場合、中国は何の脅威もありません。まだ『アメリカの足元にも及ばない』段階です。中国の目的は、交易路である自国周辺の海域をコントロールすることです。この海域は、日本や韓国、台湾、さらにはその背後にいるアメリカという“敵国”に囲まれているため、中国は防衛目的から、海域をコントロールしたいと考えているのです。一方、アメリカは、中国の海域に自由にアクセスしてコントロールしたいと考えています。  しかし、それは不均衡なことではないでしょうか。カリフォルニア沖では、中国沖で起きているようなもめ事は起きていないのですから。  数年前、米中間で対立が起きた時のこと。アメリカは空母ジョージ・ワシントンを中国近海に送りましたが、中国側の主張によれば、空母には北京を攻撃できる核ミサイルが搭載されていました。アメリカは当然そうする権利があると考えていたのです。しかし、もし逆に、中国がワシントンを攻撃するような核ミサイルを搭載した空母をカリフォルニア沖に配備したとしたら、アメリカはどう対応するでしょうか? おそらく戦争を起こすでしょう。このように、アメリカには非常に根強い帝国主義的傲慢さがあるのです」  アベノミクスについては、壮大な実験をやっていると見てはいるが、成功するか失敗するかはまだよく見えてこないと語っている。  今週の第1位は、メディア支配を目指す安倍首相が、NHKを手中に収めようとしているというポストの記事を推す。  NHK会長人事は経営委員が会長を任命し、国会で同意を得た上で首相が任命するのだが、安倍首相はその経営委員たちを自分の息のかかった人間にして、NHK会長に自分の意のままに動く人物を据えようとしているというのである。 「安倍政権が10月25日、国会に提示したNHKの経営委員人事案は、安倍氏と会談したばかりの作家・百田尚樹氏、安倍応援団の代表格である保守派の評論家・長谷川三千子氏、そして安倍氏の元家庭教師だった日本たばこ産業(JT)顧問といった、首相に近い面々。安倍支配が始まったと、NHK局内では早くも悲鳴が上がっている」(ポスト)  すでに安倍政権との接近を示すことが起きていたという。 「10月5日に放送されたNHKスペシャル『ドキュメント消費増税 安倍政権2か月の攻防』の冒頭は、『NHKのカメラが、今回初めて総理大臣執務室に入りました』で始まる。安倍首相がどのような覚悟と男気を持って決断したかが描かれた番組だ」(同)  社内から「NHKは政権の広報機関でしかない」という声が上がっているという。  ポストによれば、安倍首相は第一次安倍政権はメディアの偏向報道に潰されたという思いが強く、特にNHKと朝日新聞が最大の天敵だそうだ。  今の松本正之会長の「公平・公正」方針が気に入らないようだ。では誰を据えたいのか?  NHK問題を取材するジャーナリストの町田徹氏がこう言っている。 「NHKインターナショナル経営特別主幹の諸星衛氏を推す声が強まっています。諸星氏は、NHK政治部記者出身で、海老沢勝二元会長の側近としても知られた人物です。実は彼は、当時官房副長官だった安倍氏らが従軍慰安婦問題などを扱ったNHKの番組内容に対する政治圧力を疑われた『番組改変問題』で、当時理事として『政治圧力ではなかった』と火消しに回った中心人物。安倍氏にとっては、“自分のために汗をかいてくれた”功労者で適任と考えておかしくない」  よく知られているようにNHKの予算は国会での承認が必要だから、そのためにNHKが政治に弱いというのは定説である。だが、この安倍首相のゴリ押しが通れば、NHKは安倍内閣の御用放送局となり、さらに政権ベッタリの大本営発表を垂れ流すことになる。  「国民には、政権にとって都合の悪いことは何も知らせるな」が安倍首相の“国家観”であること間違いない。やれやれである! (文=元木昌彦) ●もとき・まさひこ 1945年11月生まれ。早稲田大学商学部卒業後、講談社入社。90年より「FRIDAY」編集長、92年から97年まで「週刊現代」編集長。99年インターネット・マガジン「Web現代」創刊編集長を経て、06年講談社退社。07年2月から08年6月まで市民参加型メディア「オーマイニュース日本版」(2006年8月28日創刊)で、編集長、代表取締役社長を務める。現「元木オフィス」を主宰して「編集者の学校」を各地で開催、編集プロデュースの他に、上智大学、法政大学、大正大学、明治学院大学などで教鞭を執る。 

イジメに関わったヤツらはみんな断罪するッ!! 現代に甦った“思春期ホラー”の傑作『キャリー』

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クロエ・グレース・モレッツ主演でリメイクされた『キャリー』。オリジナル版のファンだったモレッツは、オーディションを受けてキャリー役をつかんだ。
 “百獣の王”ライオンが吠え叫ぶMGM(メトロ・ゴールドウィン・メイヤー)のオープニングロゴ。レオ・ザ・ライオンの名で洋画ファンに長年親しまれているマスコットキャラクターだが、クロエ・グレース・モレッツ主演作『キャリー』のオープニングはちょっと異なる。レオ・ザ・ライオンの瞳のクローズアップから始まり、普段のレオの瞳はとても優しいことがわかる。ところがレオを脅かす存在が現われると、その表情は一変してキバを剥く猛獣へと変貌する。オープニングロゴのアレンジに、リメイク版『キャリー』のテーマがすべて語られていると言っていいだろう。  原作はスティーブン・キングの初めての長編小説。まだ無名時代のキングが自宅代わりのトレーラーハウスで書き上げたものだ。高校の臨時教員をしていたキングは、生活費の足しになればと雑誌向けの短編小説を書いていた。イジメに遭う少女の復讐談を書き始めたが、雑誌に掲載するには長過ぎることから未完成原稿をゴミ箱に棄ててしまう。ゴミを片付けようとしたキングの奥さんに「この小説、面白いわ。あなたはこれを書き上げるべきよ」と励され、完成させるに至る。生みの親であるキングから一度は見捨てられた少女キャリー・ホワイトの物語はこうして誕生した。  キング原作の初めての映画化となったブライアン・デ・パルマ監督の『キャリー』(76)は世界中で大ヒットし、今なお“思春期ホラー”の金字塔として人気が高い。キリスト教原理主義者の母親マーガレットと2人暮らしの高校生キャリー・ホワイトはいつも地味な服装で、オドオドしていることから、クラスメイトたちにからかわれてばかりいた。体育の授業の後、シャワーを浴びている最中にキャリーは遅めの初潮を迎え、パニック状態に陥る。大人への成長はけがらわしいことと考えるマーガレットから、キャリーは生理について一切教えてもらっていなかった。下半身から血を流して泣きわめくキャリーに向かって、女子たちは爆笑しながら生理用品を投げつける。体育教師に連れ出され、うなだれるようにして帰宅するキャリー。だが、この日を境にキャリーは不思議な力を発揮するようになる。キャリーの感情が高ぶると、周囲のガラスや鏡は次々と割れ始めた。
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狂信的なキリスト教信者である母親マーガレット(ジュリアン・ムーア)に育てられたキャリーは「産まなければよかった」という母の言葉に傷つく。
 プロムパーティー(卒業パーティー)で起きる血の惨劇はあまりにも有名だ。友達のいないひとりぼっちのキャリーに、学年でいちばんのイメケン男子トミーが「僕と一緒にプロムに行かないか」と誘ってきた。「からかわないで」と顔をそむけるキャリーだが、冗談でもパーティーに誘われたことがうれしかった。キャリーへのイジメの輪に加わったことに罪悪感を覚えた同級生のスーが恋人であるトミーに「キャリーを誘ってあげて」と頼んだからだったが、はにかんだキャリーの顔が意外とかわいいことにトミーは気づく。母親が大反対するのを押しのけて、キャリーは晴れてトミーに伴われて夢に見たプロムパーティーへ向かう。そして喜びの絶頂から、一気に奈落の底へ。青春の美しさと残酷さの両極を描き切った名シーンだ。キャリーの怒りと絶望が爆発し、パーティー会場は血の海と化す。  デ・パルマ版は、キャリー役のシシー・スペイセクの目が異様に大きく、腺病質的な表情がハマり過ぎで、「女子の世界は恐ろしい」「日本の高校にはプロムがなくて良かった」とトラウマになりかねないほどの強烈なインパクトを残した。デ・パルマ版に比べ、性同一障害の女性を主人公にした『ボーイズ・ドント・クライ』(99)の女性監督キンバリー・ピアースが撮った今回のリメイク版はストレートなホラー映画ではなく、学園ドラマとしての比重が重い。クロエ・グレース・モレッツ演じるキャリーは自分に超能力が備わっていることを知り、図書館やパソコンでいろいろと調べ、どうすれば社会に適合できるか自分なりに懸命に考える。トミーにプロムに誘われて一度は断るものの、思い切って人の善意を信じてみようと決意する。母親の言いなりで、学校でイジメられてばかりいる人生から何とか脱しようと試みる。それゆえに、悪意を持った一部の存在がプロムパーティーに闖入したことから歪められる、キャリーの「普通の女の子になりたい」という願いがより切なく響く。キャリーがこれまでの人生で溜め込んでいたネガティブエネルギーがマックス状態で吹き出し、パーティー参加者たちはイジメに直接的には関わっていない人たちまで巻き添えとなり、復讐の炎に包まれてしまう。
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憧れていたトミー(アンセル・エルゴート)にエスコートされてプロムパーティーへ向かうキャリー。イケてない自分から卒業できるはずだったが……。
 肉親との確執、自分は誰からも愛されていないという孤立感、肉体が子どもから大人へと変わっていくことへの戸惑い、幸せそうなクラスメイトへの羨望と嫉妬……。キャリーは自分の中で渦巻く負の感情を制御できなくなり、大暴走を始める。明るく健康的なイメージの強いクロエ・グレース・モレッツがキャリーを演じたことへの不満の声も少なくないが、きっと人気者のモレッツの中にもキャリーは存在するのだろう。キャリーはキングが生み出した創作上のキャラクターだが、どの学校にも、どの町にも、誰の心の中にも存在する女の子なのだ。  キャリー・ホワイトをイジメてはいけない。なぜなら彼女はあなたの心の中にもいるからだ。キャリーを傷つけることは、自分自身を傷つけることになる。キャリーは決して死なない。キャリーはあなたの心の中でずっと生き続けている。 (文=長野辰次) carrie_04.jpg 『キャリー』 原作/スティーブン・キング 脚色/ローレンス・D・コーエン、ロベルト・アギーレ=サカサ 監督/キンバリー・ピアース 出演/クロエ・グレース・モレッツ、ジュリアン・ムーア、ジュディ・グリア、ポーシャ・ダブルデイ、アレックス・ラッセル、ガブリエラ・ワイルド、アンセル・エルゴート 配給/ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント PG12 11月8日(金)より公開  <http://www.carrie-movie.jp>

「俺とラブしてくれませんか?」醜悪な欲望が絡み合う『天国の恋』の情念

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『天国の恋』|東海テレビ
「テレビはつまらない」という妄信を一刀両断! テレビウォッチャー・てれびのスキマが、今見るべき本当に面白いテレビ番組をご紹介。  中年女性店員が揉み合いの末、ジャニーズJr.高田翔が演じる万引き青年の股間をわしづかみにする――。そんなシーンから始まったのが、昼ドラ『天国の恋』(フジテレビ系)だ。  その“感触”に気づいて思わず手を離してしまい、万引き青年を逃してしまったのが、床嶋佳子演じる古書店の嫁・斎(いつき)。万引きされたのを知って「わざと逃したんじゃないか?」と叱りつける夫・郷治(ダンカン)との夫婦仲は冷えきっている。そんないら立ちと万引き青年に対する欲情を抱えながら、同世代の“アラフォー仲間”たちが若い男たちと交際しながら生き生きと生活していることを知り、真剣に「離婚」を考え始める斎。その夜、そんな彼女に「いいだろ? お前には俺っきゃいないんだから」と関係を迫る夫を、斎は拒むのだった。そして翌日、万引き青年は免許証の入ったカバンを取り戻に再び店にやってくる。が、その中に免許証がない。青年があきらめて店を出た後に古本の間に埋もれていた免許証を見つけ、それを口実に、青年のもとを訪れる斎。そこで青年は「俺、この前万引きしたとき奥さんにギュッとつかまれたもんで、あれから思い出すと切ないっス。胸が締め付けられたりモヤモヤしてきて……」と言うのだ。「ごめんなさい、思わず……」と謝る斎に、青年は続ける。「奥さん、俺と寝てくれませんか?」と。戸惑う斎に、青年は熱い眼差しを向けて迫る。 「俺とラブしてくれませんか?」   ここまでが、わずか30分の第1話に凝縮されていた。ツッコミどころは満載だが、いちいちツッコんでいたら、このジェットコースターのような展開に振り落とされてしまうこと必至。脚本は、『真珠夫人』や『牡丹と薔薇』などの中島丈博。近年でも『赤い糸の女』などで話題をさらったばかりだ。昼ドラの中島作品といえば、ドロドロとした恋愛模様、嫉妬、秘められた過去、憎悪が渦巻く過剰でエキセントリックな物語が特徴だ。そして大胆な濡れ場。しかも、今回はその相手役がジャニーズのアイドルである内博貴や高田翔。当然、これまで以上に主婦の妄想を刺激する。昼ドラ×中島丈博×ジャニーズ。まさに“最狂”の組み合わせだ。  2話以降はさらに、斎が少女時代のことも現在と交差して描かれる。それがまた怒涛の展開だ。まず、いきなり母親と死別。さらに、そのすぐ後には父親(石原良純)とも死別する。そのいずれもが、原因は自分にあると自分を責める斎。彼女を慰めるように、両親の“親友”で、海老原医院の医院長である邦英(石田純一)が姉弟揃って引き取ることになる。当然、邦英夫人やその子どもたちとの軋轢などを生み、それに苦しむ斎と弟の友也(亜蓮)。  ここまででも十分濃厚だが、まだまだ怒涛の展開は止まらない。  このドラマで最も強烈なキャラクターは、毬谷友子演じる海老原医院の婦長・徳美だ。毬谷は制作発表の場で「私は“妖怪、化け物エリア”を担当しております」と語ったように、化け物じみたメイクとキャラで登場。婦長は斎姉弟にダッサイ服を買ってきたりと、押しつけがましい愛情を注ぎ、彼女たちを困惑させていた。  そしてついに「これ以上隠しておくことなんてできない」と、自分が本当の母親だと告白する。その言葉通り、斎と友也の実の両親は、なんと医院長と婦長だったのだ。  「そんなのおかしいよ!」と納得がいかない友也に、「あっははははは!」と突然笑い出す婦長。 「急にこんなこと言われて友也ちゃんはびっくりするでしょうけど、でも斎ちゃん、あなたは違うわよね。あなたは女だし、もう大人だからだいたいのことは分かるわよね。私と医院長は愛し合って、その結果あなたたちが生まれたの。それで清水のご両親に預けたの。だから、あちらはただの養父母。本当の両親じゃないの。ただの育ての親なの」  なおも「そんなのデタラメだ!」と食い下がる友也に婦長は態度を急変、激昂する。友也が何も言えなくなると、またすぐ声色を変えて「一度でいいから母親らしく叱ってみたかった」と泣き出すのだ。  たったひとつのシーンで、ここまで感情がめまぐるしく変わっていく婦長。情緒不安定というより、そこにあるのは情念だけだ。  程なくして、育ての母、父に続いて弟の友也までも交通事故で亡くしてしまう斎。そんな暗い過去を背負って成長した斎を、夫の母(丘みつ子)は「“死神”みたいな女」と毛嫌いし、斎の娘の美亜(大出菜々子)に彼女の悪口を吹き込んでいる。「一生ナマ殺しにしてやる」と離婚を許さない夫に対し、斎は別離を決意。やむを得ず娘を置いて、再び医院長の家に舞い戻った。  そして、あの万引き青年と再会。「抱いて」と身を預けるのだった。  奇妙奇天烈、阿鼻叫喚。このドラマに出てくる人物は、例外なく欲望と感情むき出しだ。しかも、そのほとんどが醜悪だ。情念と情念がぶつかり合い、また情念が生まれる。そんな醜悪な情念はなぜか中毒性があって、目を背けたいのに目を離すことができない。中島作品は秘められた欲望をあぶり出し、それを過剰に見せつける。それを真っ昼間に見る背徳感とある種の肯定感は、何物にも代えがたい。同ドラマのプロデューサーが「昼ドラは大人のテーマパーク」と言う通り、その情念の波に溺れる快感は、抗うのが難しい昼ドラの耽美な快楽なのだ。  ちなみにこの作品のタイトルバックの演出は、なぜか石田純一である。 (文=てれびのスキマ <http://d.hatena.ne.jp/LittleBoy/>) 「テレビ裏ガイド」過去記事はこちらから

楽天優勝セールで通常価格の偽装祭り! 情弱狙いのショップが出現中

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 11月3日、東北楽天ゴールデンイーグルスが日本シリーズを制覇し、日本一に輝いた。その夜から、ネットショップモール「楽天市場」で楽天優勝セールがスタート。星野仙一監督の背番号「77」にちなんで、77%オフセールが多数出現した。しかし、情弱狙いのとんでもないショップが相次いで登場。夜中から別の意味で盛り上がることになった。  例えば「抹茶しゅーくりーむ」が、通常販売価格1万2000円のところ、77%オフの産地直送価格で2600円だという。しかし、その卸であるサイトの販売価格は2625円。そう、セールのためだけに通常価格を大幅にアップさせ、いつも通りの値段をさも割引しているように見せかけていたのだ。卸は寝耳に水だったと思われ、翌日には謝罪文を公開した。とはいえ、報告第2弾では、ショップの責任者が謝罪に訪れたことに触れているが、原因は「手違いであのような金額が表示されてしまいました」とのこと。卸元にはいい迷惑だが、原因となったショップの対応はいただけない。  最近、食材偽装のニュースでもよくあるが、「誤表示」とか「認識不足」といったオブラートに包んだ言い方で謝罪することが多い。しかし、こういう「逃げ」は、かえって消費者の反感を生み、話題を続行させてしまう。実際のところ、言い訳があったとしても、全面的に非を認めて対応するのが、炎上規模を抑えるテクニックなのだが……。  ほかにもある。iPhone 4S 64GB SIMフリー版を通常価格43万3915円と表記し、9万5048円として販売しているショップもあった。Amazonでは約7万円の商品なので、割引後の価格でさえ高い。ほかにも20数店舗、約1000点もの商品で価格の偽装があったことが発覚している。  楽天は、これらの悪質なショップには厳しく対処すると発表。三木谷浩史社長は「正式な日本一セールは、厳正な審査をしていた。便乗した“勝手セール”で、このような事態があった」とコメントを出した。しかし、これらの勝手セールが、77%引きセールとして検索できたのも事実。そもそも、日本一になったことをファンに感謝する名目のセールなのだから、ショップが独自に割引サービスを行うのも違和感がある。ショップが本当に割り引いた際に楽天がその割引額を補填するなど、大幅なポイント還元があればよかった。実際、ポイントアップはあったのだが、複数のショップを買い回らなければならないなど、現実的でなかった。  ネットで購入するユーザーは、情弱のままでは被害に遭う一方だ。自分の目で真実を見抜く必要がある。今回の件も、ほかのショップや卸などのホームページをチェックすれば、一発で相場がわかる。Amazonで検索するだけでもよかった。そもそも、自分が欲しい物にふさわしい値段は、自分で判断できるようになりたい。“何%引きだから買いたくなる”というなら、今後も騙されかねない。残念ながら、ネットの世界は信頼に足るサイトのほうが少ない。疑いの目を持つように心がけよう。 (文=柳谷智宣)

「11歳衝撃のヌード」だって? 大宅壮一文庫で「児童ポルノ」を漁ってみるの巻

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 ヤツガレ、別の記事で執筆したように、国会図書館に対して閲覧禁止になっている「児童ポルノ」のリストを見せて、ついでに閲覧禁止になっている本を閲覧させてヨ! と要求したら蹴られてしまった次第(記事参照)。これじゃあ、何が「児童ポルノ」なのかまったくワカラナイじゃあないですか。ヤツガレ、しごくまっとうに閲覧禁止にしている本のタイトルすら教えてくれないことの不当性を訴えているのですが、世間様から見れば「そんなにロリコンをこじらせているのか……」と思われているに違いない。  いやいや、なんの因果か「児童ポルノ」をめぐる問題に足を突っ込んで随分と時間が流れてしまったが、この泥沼からはまだ抜け出せそうにもありませぬ。サテサテ、国会図書館が「児童ポルノ」を閲覧禁止にしているのは、何も国会図書館ばかりが悪いのではありませぬ。なにせ国会図書館も、そんなケシカラヌ人権侵害の疑いのある本を閲覧させておったら、お縄にするぞ! と、お上(いや、法務省だから同列くらい?)から脅されたのだから仕方ない。  でも、図書館の問題に詳しい人に聞けば「児童ポルノ」に対する図書館の対応は分かれていて、閲覧ができる図書館もあるのではないかという。そもそもサァ、閲覧もできなければ、ワレメがどのような理由でワイセツになり、「児童ポルノ」が法律で禁止すべき問題のあるシロモノになったか過程もわからぬではないか。そのあたりも踏まえて、閲覧禁止にしていない図書館があったら、エライ!  というわけで、現在さまざまな図書館の蔵書を調査中。その中で忘れてはならないのが、大宅壮一文庫である。ここは「一億総白痴化」とか「岡山は日本のユダヤ」という言葉を残したジャーナリスト・大宅壮一の蔵書をもとに始まった、雑誌専門図書館(なお、「岡山は日本のユダヤ」というのは正確には大宅壮一が言ったんじゃなくて、各県の県民性を調べていた大宅が、岡山県人を自宅に招いたら彼が自分で言いだしたのでビックリしたという)。  ここの利点は、さまざまな雑誌記事がキーワードで検索できるということ。近年は、かなり古い年代まですべてパソコンで検索できるようになったので便利なこと、この上ない。  京王線八幡山駅を降りて、左手に名所・都立松沢病院を眺めながらの徒歩5分。入館料を払って検索席についた筆者は、早速「少女ヌード」でキーワード検索を! ■これは……提供罪か?  もうネ、検索しただけで出るわ出るわ。「少女ヌード」が一種のブームになっていた70年代後半~80年代にかけての雑誌は、今では「児童ポルノ」として扱われるであろうシロモノが、アートなんだか興味本位なんだか、よくわからん視点で掲載されている。  中でも、ガンガングラビアを掲載しまくっているのは「週刊新潮」(新潮社)である。「少女ヌードも成人する」(83年11月3日号)、「犬と少女ヌード」(80年3月27日号)「ある少女の成熟を追って」(78年3月9日号)など、写真家・清岡純子の作品を中心に掲載し、ベタ褒めしておるのだ。しかもこれらのグラビアは、写真の横に「14歳」「16歳」とか、堂々と年齢も掲載。  この時期は、さまざまな週刊誌が少女ヌードをグラビアで取り上げている事例が多く「週刊現代」(80年6月19日号/講談社)には「ふたごの少女 11歳のメモリアル」として、やっぱり今では掲載したら「児童ポルノだ!」と逮捕されそうなグラビアも組まれている。  さらに、こうしたグラビアが掲載されているのは男性誌ばかりではない。「週刊女性」(79年11月13日号/主婦と生活社)には「11歳衝撃のヌード」というタイトルで当時話題になっていた山木隆夫の『リトル・プリテンダーズ』(ミリオン出版)からの借りポジを掲載しておるのである。この『リトル・プリンテンダー』であるが、発売当時はモデルの年齢もさることながら「完全無修正のヌード写真集」なんだそうである。  「週刊プレイボーイ」(79年10月16日号/集英社)の記事によれば、初版分は発売4日で完売。4版を重ねて在庫ゼロになっていることが記されている。さらに、この記事によれば「完全無修正」が話題になったためか、警視庁からもご招待を受けたことが記されている。ひっかけようと思えばひっかけられるんだぞ、ということだったらしい。何事もなくてすんだのは、山木さんや出版社側の周到さもあるが、最終的には「お毛がなくて何より」ということだったのだろう。  当時の客層については「週刊読売」(81年12月20日号/読売新聞東京本社)で書店に取材し、次のように記している。 「私どもでは、わりと学生から中年まで各年齢層の方がお買いになってます。若い人は本を隠しながらレジに来ますね」(紀伊國屋書店) 「三十歳代から五十過ぎのサラリーマンの人たちです。昼間より夜のほうが売れますね。それもレジが込んでいるときにサッと本を取り、サッと持っていかれます。素早いですよ」(銀座・旭屋書店)  また、この記事には、こうした少女ヌードのブームで業績を挙げている出版社への取材も豊富だ。当時のダイナミックセラーズの社長であった高浜宏次氏は、 「最初に企画を思いついたのは、ビニ本のかげりが見えてきた今年の初めでした。ビニ本はますますエログロ化し長続きしないだろう。この次は少女たちの、清純で自然なヌードが求められるのではないか、と……」 と、出版動機を語っている。同じく、少女ヌードで業績を挙げていた竹書房では、現社長の(当時は営業部長)高橋一平氏が客層について驚くべきセリフを。 「若い人が買うのは、一種の処女願望じゃないですか」  なるほど、当時から「処女厨」は存在していたのか!  とまあ、当時の雑誌のグラビア・記事ともに、少女ヌードはさまざまな形でまったく無修正で掲載されている。警視庁はワレメがワイセツであるとして摘発したのは、筆者が調べた限りでは85年の「ロリコンランド」(コアマガジン)が最初だと思われる。その後、87年に「プチトマト」(ダイナミックセラーズ)が摘発を受けて、ワレメはケシカランとなったわけである。ただ、この事件を報じている「週刊文春」(87年2月12号/文藝春秋)は、ワレメを黒塗りにした上で写真を引用しているのだが、「噂の眞相」(87年4月号/噂の眞相)は修正無しでバッチリと……。  さて、筆者の目指すところは別にワレメを拝むことが目的ではない。大宅壮一文庫は、閲覧を請求するときは用紙に雑誌のタイトルと号数を書くと出納してくれる形だ。で、これらのページの複写を申し込んだら、どうなるのか試してみた……。  複写を申し込んで待っていたら、係の人が筆者を呼ぶ声が。大宅壮一文庫でも、これは拒否するのか──と思ったら、 「このページ、コピーすると文字が潰れちゃうけど、どうします?」 であった。そのほかは、まったくなにも止められることなく複写完了後は精算してお持ち帰りに至った次第。  さて、この行為によって大宅壮一文庫は、児童ポルノ法で定めるところの「提供罪」を犯したことになるのだろうか? この記事に記した雑誌は国立国会図書館でも、問題なく閲覧することができる。さらに、東京大学図書館でも「週刊新潮」などは蔵書しておる。果たして、筆者がこれらの雑誌を閲覧し、さらに複写まで行ったら大宅壮一文庫も摘発。国会図書館も摘発。東京大学図書館も摘発ということになるのだろうか?  やはり、問題は「児童ポルノ」という定義のできない言葉が濫用されていることあると感じた。もちろん、この記事がもとで大宅壮一文庫にガサでも入ったら、全力で助けるヨ! (取材・文=昼間たかし)

エクストリームな癒やし効果に中毒者続出? 現代日本ならではのファンタジー『のんのんびより』

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テレビアニメ『のんのんびより』公式サイト
 日常なんかクソくらえ! そんじょそこらのヌルい日常系アニメじゃ、俺のすさんだ心は癒やせねえんだよ!  そんなハードな現代を生き抜く日常系アニメジャンキーの間で、現在放送中のアニメ『のんのんびより』(テレビ東京系ほか)の評価が上々だ。  本作はエクストリーム日常系。いや脱力系。いやいや、環境系アニメとでもいうべきか。両親の都合で田舎に引っ越してきた小学5年生の一条蛍と、越谷姉妹、宮内姉妹らとの日常を描く、という本作。あらすじだけを見て「いつもの萌え系アニメね」と思ったそこのあなた! ちょっと待って。一度本作を見てほしい。すぐに『のんのんびより』が持つ謎の魅力に気づくことだろう。    舞台となる田舎は「牛横断注意」の看板があったり、バスが2時間おきにしか来なかったり、買い物をするには自動車で1時間半ほどの距離にある市街地まで足を運ばないといけなかったりと、例えるならば井上陽水の「少年時代」がよく似合う田舎である。そこで小~中学生女子たちがなんてことのない日常を送るわけだが、本作の本質は彼女たちの日常ではなく、彼女たちが生活している風景なのだと筆者は訴えたい!  蛍らヒロインは、確かにかわいい。特にれんちょんこと宮内れんげタンは、小岩井ことりによる味わい深い演技もあいまって非常に魅力的だ。にゃんぱす~。  だが、彼女たちを魅力的たらしめているのはなんなのかと問われれば、それは彼女たちが生活する「ファンタジーとしての田舎」という舞台そのものなのだ。キャラクターが歩くあぜ道。夏休みにだけやってくる近所のおばあちゃんの孫。どこまでも続く田園風景。うっそうと茂る山林。ゆっくりと回る水車……。  それらすべては、我々日本人なら誰もが「美しい」と思い、「懐かしい」と感じることのできる」いわば日本人の心の故郷であり、現代人からすると、もしかするとファンタジーRPGの世界以上にファンタジックな風景かもしれない。そんな桃源郷のような世界を楽しげに生きる主人公たちは、かつての我々であり、二度と手に入らない日々を思い起こさせてくれる装置なのだ。  思い起こせば、本作は第1話の冒頭から数分間ひたすら田舎の風景を流し続けていたではないか。まるでNHK深夜の環境映像のような開幕ではあったが、そのシーンこそ「『のんのんびより』の主役は風景なのだ」という制作側からのメッセージだったのだ。  確かに、田舎暮らしはいいことばかりではない。虫は多いし、生活する上で何かと不便も多い。ご近所様とのお付き合いも、都会からすると信じられないほどわずらわしく、いわゆるムラ社会的な閉鎖性もある。  だが。それでも。だからこそ。『のんのんびより』は、我々が望んでやまない「理想の田舎」の風景を描き続ける。都市部で生活する人々には「憧れの田舎暮らし」を提示し、実際に田舎に住む人には「こうあってほしい田舎の風景」という日本ならではのファンタジーを描き続けるのだ。そう、『のんのんびより』は疲れた現代人の希望そのものといっても過言ではないのだ!  さあ、ともに『のんのんびより』を見よう! そしてともに生きる活力を得ようではないか!  にゃんぱす~! (文=龍崎珠樹)

「浪人時代を忘れない」背番号19に秘められた、レッドソックス上原浩治の決意

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『闘志力。―人間「上原浩治」から何を学ぶのか』(創英社/三省堂書店)
アスリートの自伝・伝記から読み解く、本物の男の生き方――。  10月19日、ボストン・レッドソックスのクローザー・上原浩治がアメリカの宙に舞った。チャンピオンシリーズで1勝3セーブ6イニング無失点の記録をマークし、MVPも受賞した上原。38歳という年齢、ケガや不調に見舞われながらも、プロ入り15年にして世界一の座をもぎ取ったのだ。幾度となく回り道を強いられながらも、決してあきらめずに野球に取り組んできた彼が、世界を制するまでの足跡を、2010年に刊行された自伝『闘志力。―人間「上原浩治」から何を学ぶのか』(創英社/三省堂書店)から振り返ってみよう。  「雑草魂」という言葉で、流行語大賞に選ばれたように、上原はエリートコースから程遠いキャリアをたどった。5歳から地元の野球チームに入り、その楽しさに目覚めた上原少年。だが、中学校には野球部はなく、陸上部に入部せざるを得なかったが、三段跳びで大阪府5位の記録を残すなどの好成績を挙げた。野球がしたかった上原にとって、陸上は決して本意ではない選択だった。しかし、上原はこう振り返る。 「陸上をやっていたお陰で、プラスになったこともあるのは否定しない。走りこみをしたことで下半身が強化出来たし、走り幅跳びや三段跳びは跳躍競技だから全身のばねを使う。野球選手にとってもばねがあるというのは重要なフィジカルファクターであり、そのメリットは決して小さくなかったはずだ。(中略)そうした点を勘案すれば、陸上のトレーニングは上原浩治というピッチャーの基本を鍛え、土台を形成したといえる」  高校になり、名門の東海大学付属仰星高校に入学し、晴れて念願の野球部に入部した。しかし、それまで軟式野球一辺倒だった上原に対し、硬式野球でバリバリに鍛えられてきたほかの選手との差は明らか。上原は当初、ずっとバッティングピッチャーを任される。だが、監督は上原のコントロールのよさに目をつけ、ピッチャーに誘う。ここから快進撃が続くのか……と思いきや、上原はそれを断ってしまう。ピッチャーの練習に課せられる走りこみが嫌だったからだ。  3年生になるとようやくピッチャーに転向するものの、公式戦で投げたのは3試合、6イニングのみ。上原の秘めた才能はまだ開花されない。本人も「プロへ挑戦したいとは考えていなかった」というように、まだ本気ではなかったのだ。  上原の本気が芽生えるのは、19歳の頃だ。  大学受験に失敗し、1年の浪人期間を味わった上原。予備校通いが続き、野球をやりたくてもできないという環境に直面する。片や、同期の高橋由伸や川上憲伸などの有力選手は大学に入っても花形選手としてメディアをにぎわせている。受験勉強漬けになった自分と、野球漬けの日々を送る彼ら。差がつくのは明らかだ。しかし、上原はそれに腐ることなく、むしろ彼らの活躍に刺激され、対抗心が芽生えていった。  そして、大阪体育大学に入ると、メキメキと頭角を現した。阪神大学野球1部リーグで、通算成績36勝4敗、最優秀投手賞4回、リーグ新記録の1試合20奪三振という華々しい成績を収め、学生選抜日本代表としても、キューバの強豪チームを撃破。当然、プロ野球がそんな逸材を放っておくわけはなく、ドラフト1位で球界の盟主・読売ジャイアンツに入団した。  今度こそ、上原の順風満帆な野球人生が始まる……と書きたいところだが、上原のキャリアはそんなに簡単なものではなかった。  プロ1年目こそ、キャッチャーの村田真一や、桑田真澄らのアドバイスを頼りに、15連勝を含む20勝の最多勝利、最優秀防御率、最多奪三振、最高勝率という投手4冠に輝き、新人賞、沢村賞、ベストナイン、ゴールデングラブ賞を受賞するなど、華々しい活躍をした。しかし、プロ入り2年目の2000年7月2日のカープ戦、清水隆行の送りバントを処理する際に「ブチッと音が聞こえた」。上原に付きまとう肉離れの始まりだ。そのシーズンは、なんとか戦列に復帰するも、思うように登板できないフラストレーションが蓄積。翌年も、肉離れや膝の痛みに苛まれた上原は、現在に至るまでケガと戦うこととなる。  そんなハンデを背負いながらも、ジャイアンツ時代には100勝以上の記録を挙げ、WBCやオリンピック代表としても活躍した上原。プロ入り10年を経て、FA権を獲得すると、日本球界を代表する投手として、メジャーリーグに挑戦した。  実は、上原のメジャーへの挑戦は2度目となる。プロ入団に際し、23歳の上原は、熾烈な争奪戦を繰り広げていたアナハイム・エンゼルスと読売ジャイアンツの間に揺れていた。大型ルーキーの気持ちは、メジャーリーグへの挑戦にほぼ固まっていたが「100%の自信がなかったら、来ないほうがいい」と、エンゼルスのスカウトから忠告を受ける。生活や言葉など、当時メジャーリーグへの挑戦は、野球以外での要素で不安も大きかった。上原の決心は崩れ、ジャイアンツに入団した。  それから10年、上原の心から迷いは消えた。満を持してボルチモア・オリオールズのユニフォームに袖を通すと、34歳のルーキーは、相変わらず故障にも苛まれながら、必死でメジャーリーグの世界に食い下がった。そして、テキサス・レンジャーズを経て、ボストン・レッドソックスに移籍。先発から中継ぎへ、そして抑え投手へと役割を変えながら、世界を代表する絶対的な守護神「koji」へと成長していく。  「苦難」「忍耐」「試練」「挫折」上原のこれまでを振り返ると、そんな言葉が浮かんでくる。しかし、彼はそんなキャリアを恨んではいない。 「我慢と努力を重ねてきたのなら、もう後はなるようにしかならない。結果がどうであれ、悔いのないようにやるだけなのだ」  ワールドシリーズのマウンドで、上原の背中にはジャイアンツ時代から15年間変わることのない背番号「19」が付けられていた。「(19歳だった)浪人時代を忘れないように」上原は、その背番号を選んだ理由をそう語っている。 (文=萩原雄太[かもめマシーン])