しゃべりと笑いと音楽があふれる“少数派”メディアの魅力を再発掘! ラジオ好きライターが贈る、必聴ラジオコラム。 ひとりの芸人の結婚により、非モテの共同戦線に衝撃が走った。11月16日深夜に放送された『JUNKサタデー エレ片のコント太郎』(TBSラジオ 毎週土曜深夜1:00~3:00)の番組終了間際、パーソナリティーのひとりであるエレキコミックのやついいちろうとタレント・松嶋初音の結婚が、思いがけずサラッと発表されたのである。果たしてこれは非モテの希望なのか、裏切りなのか? 客観的に見れば、これはもちろんいち芸人の結婚に過ぎない。しかしやついは、番組内で「大モテない先生」と崇め奉られ、先陣を切って非モテの本音を吐露することで多くのリスナーを惹きつけてきた。もちろん、すべては聴き手とのあうんの呼吸を前提とするユーモアであり、全体が丸ごと一種のコントとさえいえるかもしれないが、その根底に「モテない」「モテたい」という共感が横たわっていたのは間違いない。番組HPにも、《JUNKの中でも抜きん出てモテない3人がお送りする、モテの下流社会ラジオ》という文字が躍っているように。 そもそも、深夜ラジオはいつから非モテのものになったのか。たとえば昔の人気番組であったビートたけしやとんねるずの『オールナイトニッポン』には、少なくともパーソナリティー側に非モテ感はほとんどなく、むしろスター然としたモテ感のほうが強かった。リスナーの投稿ネタは今と変わらず非モテ感満載だったが、構図としては、モテの先輩としてのパーソナリティーが、非モテの童貞リスナーたちの言動を、自らの青春時代に照らし合わせて笑い懐かしみながら引っ張ってゆくという形だった。 そう考えていくと、やはりターニングポイントとなったのは、伊集院光のブレークだろう。彼以降、パーソナリティー自身の「現役非モテ感」が、リスナーの共感と信頼を勝ち得るという図式が一般化する(もちろん語り手の話の面白さが大前提だが)。とはいえそんな伊集院も、やついと同じくタレントと結婚しているのだが。ちなみに、いま最も「現役非モテ感」のあるパーソナリティーといえば、ナインティナインの岡村隆史だろうか。 つまり冒頭で「非モテの共同戦線」といったのは、そういった「パーソナリティーとリスナーが同じ非モテの地平でつながっている状態」を指すのだが、では『エレ片』はその戦線崩壊という危機に、どのようなスタンスで立ち向かったのか? 先々週の投げっぱなしの結婚発表を受けた先週の放送はまさに、リスナーのそのような問題意識を受けて立つような興味深い内容だった。 この日の放送はまず、「エレ片の結婚ト太郎」という、緩めにもじったタイトルコールから始まった。実は結婚発表後のポッドキャストで、「エレ片」の「片」ことラーメンズの片桐仁は、自分だけやついの結婚を知らされていなかったことにマジギレし、「やついは昔から隠すから」「腑に落ちない」「疎外感がすごい」などと完全にすねていたのだが、ここでは別人のように朗らかに番組タイトルを叫ぶという意外な幕開け。となれば、このままぬるいお祝いムードで番組が進むのかと思いきや、やついの相方である今立進が徐々にリスナーの鬱屈した気持ちを代弁し始める。「『モテない』ってとこで生きててほしかった」「『モテない』の走りが速すぎて背中が見えないやついさんでいてください!」「モテない(ウサイン)ボルトでいてください!」と、非モテのトップランナーを惜しむ言葉を連発。浮ついた祝福ムードは、すっかり雲散霧消する。 一方で、片桐も負けてはいない。「奇跡っちゃ、奇跡ですよね。結婚ってこと自体が」「『こんな奇跡がありましたよ』ってのを、リスナーも体験できたわけだからね」と完全に上から目線の皮肉を浴びせ、今立の「映画化したほうがいいよ、映画化」という決定打を導き出す。今立の口からはさらに「俺はアルフィーの高見沢さんになる」という、誰も求めていない永遠の王子宣言まで飛び出し、やついの結婚を「事実」から「ネタ」へと鮮やかに調理して番組に取り込んでゆく。 それ以降も、リスナーからの罵詈雑言(「やついさんは、もう死んじゃうんですよね?」「死刑宣告と同じ」「これはどう考えても詐欺です」等)まみれの祝福メールを読み上げ、さらにはわざわざ声優をスタジオに呼んで、結婚までの道のりを悪意に満ちた視点から異様にぶ厚くラジオドラマ化してイジり倒した挙げ句、最終的には今立も片桐もすっかりやついの結婚に飽きて興味を失い、「先週のことのよう」とまで言い放つに至るという、めくるめく展開。結婚という事実をネタとして徹底的に消費し尽くすことで、リスナー間に漂う、得も言われぬモヤモヤ感を笑いに乗せて吹き飛ばし、いったん状況をリセットしてパーソナリティー3人のフォーメーションを再構築することに成功しているように思えた。 ラジオは本音のメディアだとよくいわれるが、さすがにここまで剥き出しに、容赦なく味方を追い込む番組は滅多にない。しかし、その容赦のなさこそが面白さであり優しさでもあるという、そういう過酷な状況の中で信頼を獲得しているのが芸人という人たちなのだと、この回を聴いてあらためて痛感させられた。もちろん今後は、特に非モテ感の扱いにおいて方向性に変化が生じてくるかもしれないが、この3人の手に掛かれば、あらゆる事実はネタとして笑いに昇華されるに違いない。むしろ、この結婚を機に3人の関係がどう動いてゆくのかに興味が湧く。 (文=井上智公<http://arsenal4.blog65.fc2.com/>) ◆「逆にラジオ」過去記事はこちらから『JUNKサタデー エレ片のコント太郎』
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名作AVが無料で楽しめ、ただでお酒まで飲めちゃうお得な鑑賞会が中野で開催されているらしい
水曜の夜、中野にあるSOD本社1FのイベントスペースSOD学園に足を運んできた。ここで、毎週水曜、無料で過去のSOD作品が見れ、お酒までただで飲めてしまうという、とてもお得な観賞会が行われていると耳にしたからだ。
学校の教室をモチーフにしたというイベントフロアに足を踏み入れると、目の前には巨大な120インチスクリーンが掲げられ、いくつかの島に分けられたテーブルに、ぽつりぽつりとお客さんが座っている。年齢層は思ったより若く、女性の姿も目につく。意外なほど落ち着いた空間で、ここでまさかアダルトビデオ鑑賞会が行われるとは想像もつかない雰囲気だ。
この日上映されたのは、1996年にSODから発売されたアダルトビデオ『50人全裸オーディション』と『全裸個人面接 36/64』の2本。受付で身分証を提示すると、アンケート用紙とドリンクチケットを渡され、丁寧に席まで案内された。会場にはバーが併設され、ドリンクだけでなくフードも楽しめるようになっている。
なぜこんなサービス精神に満ちたイベントが行われているのかと、担当者に話を聞いてみた。対応してくれたのは、SODクリエイト企画制作部の手塚大輔氏。「来年2014年の11月にソフト・オン・デマンド創立20周年目を迎えます。この節目を機に今まで歩んできたSODの歴史を後世に伝えていく為、『SOFT ON DEMANDの名作を後世に語り継ぐ会』の発足を考えています。そこでまず、会の発足準備として、SODの過去の名作・大作・珍作をみなさまに見ていただき、作品に対する率直な意見を聞きたいと思い、このイベントを行っています」と教えてくれた。
「『名作AV観賞モニター』という形で、無料にて毎週水曜日の20時から作品を鑑賞してもらい、アンケートに答えていただきます。モニターとして参加された方には、もれなくその場で使えるドリンクチケット2杯分もお付けしています」(手塚氏)
告知については「会社のホームページと、FACEBOOK、あとは登録しているお客さんのメールマガジンでお知らせしています。上映するのは2003年までの作品で、当時の人気作から、廃盤になって、今ではもうお店では買えないものなど、さまざまなものを企画しています」と話す。
客層については「当時の世代の人は意外と少ないんですよ」と手塚氏。
「来る人はソフトオンデマンドの作品が好きな人もいれば、メーカーにこだわらず、上映される作品の内容を見ていらっしゃる方もいます。30代前後の方が多いですかね」と言い、「最近だと森下くるみさんのデビュー作を上映したり、ちょっと無茶な内容でしたが、七瀬ななみさんの“1週間ザーメンだけ食べて生活できるか”っていう『ザーメン1週間/七瀬ななみ』(01年)を上映しましたが、好評でした。ぶっかけやごっくんが好きな若い人がたくさん来てくれましたね。今後は『レイプ版尻取り侍』など、名作と言われたSODの企画作品の上映も考えています」と笑顔で語る。
上映会にはSOD創設者であり、『マネーの虎』(日本テレビ系)でもおなじみだった高橋がなり氏もちらっと顔をのぞかせ、スクリーンを感慨深く眺める一幕があった。
「免許書と身分証明書を見せていただければ、誰でも入場できるイベントです。今後は監督さんや女優さんが登場するようなトークイベントに発展させたりといったアイデアも考えています。気軽な感じで、ぜひいらしてください」と手塚氏はイベントをPRする。
筆者も体験してみて、非常にお得感を感じた夜だった。往年のビデオファンに限らず、興味を持った人はぜひ一度「SOD名作AV観賞会」へ足を運んでみてはいかがだろう。
(取材・文=名鹿祥史)
●SOD名作AV観賞会:毎週水曜日(予定)
時間 19:30開場/20:00上映~23:00終了
アクセス SOD学園
(東京都中野区本町6-20-12 SAN新中野ビル1F 丸ノ内線新中野駅1、2番出口より徒歩3分)
※年齢制限20歳以上(一般客の方は運転免許証・パスポートなど年齢確認がございます)
【動画アリ】爆発しているのはラーメンか店主か? 京都・炎のネギラーメンに迫る
京都の史跡・二条城近くにそのラーメン屋はあった。店に入るや目の前に、「カウンター席、ネギラーメン専用です」と書かれた看板が行く手に立ちふさがる。
廻ってない寿司屋なら恐くてなかなか座れないカウンター席に、強制的に座らせるほどのラーメンて、どんなラーメンなんだよ?
看板を見つめる記者に、「いらっしゃいませーぃ」の店員の声。そして、あとに続いた言葉にさらに驚かされた。
「炎のラーメンですか、それ以外ですか?」
いきなり、男らしい二者択一を迫ってくる。まだメニューも見てないのに……。
とはいっても、この店に来た目的は“炎のラーメン”一択なので、記者的には何の問題もなかった。
そう、このラーメン屋の珍級グルメは“炎のネギラーメン”なのだ。果たしてそのラーメンとは、どんな炎を見せてくれるのか。
カウンター席に座ると、記者と先客のカップルに向かって店主とおぼしきガンコそうなオヤジが注意事項を言い始めた。
「危ないので写真撮影は禁止です。イスが汚れるのでよけるのも禁止。他のお客様に迷惑になるので大声で騒ぐのも禁止、丼が熱いのですぐに触るのも禁止。コップは下に置いて、紙エプロンをして両手は後ろでお待ちください!」
両手後ろで待てって、人質ですか? こりゃ、よっぽどのガンコオヤジに違いない。
しかし、せっかく来たのに肝心の瞬間を撮影ができないのはちょっと悲しい。
そう思っていたら、店主自ら三脚に客のカメラをセットしてくれ、動画モードでムービーを撮影させてくれるという、心のこもったお・も・て・な・し。
全然ガンコオヤジではなかったのだ。
数分後、目の前に着丼したのは、シンプルなラーメンが入った丼。その真上に店主が高々とかざしたのは炎揺らめく鍋。そこから丼めがけて一気に熱々のネギ油を投入した! その瞬間……。
目の前の丼は爆発したように灼熱の炎を立ち上げたのだ!
炎の高さは1メートル以上! しかも、目の前なので、かなりの熱波が襲って来る。こりゃカメラなんか構えてたらヤケドするわな。客はこれを目当てにネギラーメンを食べにくるってわけだ。
で、爆発後の丼の中は散らかり放題。
具は九条ネギと薄いチャーシューのみ。スープは和歌山ラーメンふうの醤油とんこつで、当然ながらネギ油風味。
限定で店主の顔の缶バッヂやステッカーを販売したり、こんな名物ラーメン考え出すって、爆発してるのは店主の方!?
意外と(!?)うもうございました。
京都市上京区 めん馬鹿 一代
ネギラーメン 1100円 高!
見た目 ☆☆☆!!!
味 ☆☆★
店 ☆☆★
★「珍級グルメハンター」の過去ログはこちらから
廻ってない寿司屋なら恐くてなかなか座れないカウンター席に、強制的に座らせるほどのラーメンて、どんなラーメンなんだよ?
看板を見つめる記者に、「いらっしゃいませーぃ」の店員の声。そして、あとに続いた言葉にさらに驚かされた。
「炎のラーメンですか、それ以外ですか?」
いきなり、男らしい二者択一を迫ってくる。まだメニューも見てないのに……。
とはいっても、この店に来た目的は“炎のラーメン”一択なので、記者的には何の問題もなかった。
そう、このラーメン屋の珍級グルメは“炎のネギラーメン”なのだ。果たしてそのラーメンとは、どんな炎を見せてくれるのか。
カウンター席に座ると、記者と先客のカップルに向かって店主とおぼしきガンコそうなオヤジが注意事項を言い始めた。
「危ないので写真撮影は禁止です。イスが汚れるのでよけるのも禁止。他のお客様に迷惑になるので大声で騒ぐのも禁止、丼が熱いのですぐに触るのも禁止。コップは下に置いて、紙エプロンをして両手は後ろでお待ちください!」
両手後ろで待てって、人質ですか? こりゃ、よっぽどのガンコオヤジに違いない。
しかし、せっかく来たのに肝心の瞬間を撮影ができないのはちょっと悲しい。
そう思っていたら、店主自ら三脚に客のカメラをセットしてくれ、動画モードでムービーを撮影させてくれるという、心のこもったお・も・て・な・し。
全然ガンコオヤジではなかったのだ。
数分後、目の前に着丼したのは、シンプルなラーメンが入った丼。その真上に店主が高々とかざしたのは炎揺らめく鍋。そこから丼めがけて一気に熱々のネギ油を投入した! その瞬間……。
目の前の丼は爆発したように灼熱の炎を立ち上げたのだ!
具は九条ネギと薄いチャーシューのみ。スープは和歌山ラーメンふうの醤油とんこつで、当然ながらネギ油風味。
限定で店主の顔の缶バッヂやステッカーを販売したり、こんな名物ラーメン考え出すって、爆発してるのは店主の方!?
意外と(!?)うもうございました。
京都市上京区 めん馬鹿 一代
ネギラーメン 1100円 高!
見た目 ☆☆☆!!!
味 ☆☆★
店 ☆☆★
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美少女として生まれし者の恍惚と不安、ここにあり エマ・ワトソンの輝きを記録『ウォールフラワー』
『ハリー・ポッター』シリーズで10年間にわたって魔法少女ハーマイオニーを演じたエマ・ワトソン。10代のほとんどをハーマイオニー役と共に過ごしてきた彼女が、等身大の生身の女の子に扮したのが『ウォールフラワー』だ。アメリカの田舎の高校に通う変わり者の美少女役を実に楽しげに演じている。撮影時21歳だったエマ・ワトソンの輝きを記録した作品として語り継がれることになるだろう。 ウォールフラワーとはパーティー会場などで壁際にいる、ひとりぼっちの人のこと。主人公は高校に進学したばかりの少年チャーリー(ローガン・ラーマン)。内気な性格が災いして、なかなか同学年に友達が作れずにいる。クラス内はあっという間にグループ分けができてしまい、チャーリーはどこにも属することができないはみだし者になってしまった。いつも1人っきりで、昼休みは学食の片隅で黙ってランチを喉に押し込んでいる。卒業までずっとこのままの生活が続くかと思うと気が重い。 アメフト部の対校試合を観戦にきたチャーリーは、ここで一念発起。上級生だけど同じ工作の授業を受けているパトリック(エズラ・ミラー)に思い切って声を掛けてみる。パトリックは学園いちの変人だったが、年下のチャーリーに優しく接し、隣の空いている席を勧めてくれた。学内で初めて口を利いてくれる相手が見つかってチャーリーはうれしくて堪らない。そして、ちょっと遅れて現われたのは眼を見張るような美少女サム(エマ・ワトソン)。パトリックとサムはお互いの親が再婚した義兄妹。2人は学内でどのグループにも属さない異色の存在だった。翌日、パトリックは学食にひとりでいたチャーリーに「一緒にランチしようぜ」と声を掛けてくれた。サムも一緒だ。チャーリーの灰色の学生生活が一気にバラ色に塗り替わった。『ウォールフラワー』で我が道を進むサブカル少女を演じたエマ・ワトソン。眼のやり場に困ってしまう衣装で年下男子を悩殺す。
年上の女性・サムは、チャーリーにとって眩しすぎる存在。ダンスパーティーではデキシーズ・ミッドナイト・ランナーズの83年の大ヒット曲「カモン・アイリーン」をBGMに弾けたダンスを披露する。パーティー後の深夜ドライブでは、車から上半身を乗り出してショートヘアをなびかせた姿が神々しい。そしてクリスマスには作家志望のチャーリーのためにタイプライターを用意しただけでなく、特別な贈り物を2人っきりのときにこっそりプレゼントしてくれる。サムにリードされ、チャーリーは大人の階段を一歩ずつ上がっていく。スクールカーストなどに縛られない自由なサムたちに感化されたチャーリーは、今ではキング・オブ・ウォールフラワーとして堂々と咲き誇っていた。 義兄のパトリックとは別に、いつもワイルド系の恋人を侍らせているサム。でも年下のチャーリーには格別に優しい。どうしてサムはチャーリーに親切なのだろうか? サムは自分の美しさを知っている。それが傲慢に感じられないほど、彼女は完璧に美しい。だが、その美しさは永遠に続かないことも彼女は承知している。美少女とは、生命のはかなさと創造主である神の残酷さを知る美しい生き物の呼称なのだ。多分、美少女たちは自分の最盛期の輝きを記録し、後世に語り継いでくれるスクリプターを本能的に欲しているに違いない。サムとチャーリーはとても仲のよい親友となるが、恋人の関係には踏み出せない。上級生と下級生という年齢差以上に、神に選ばれし美少女とその記録係という関係性によって2人はお互いの距離をそれ以上縮めることができない。学内でどこにも所属できずにいるチャーリー(ローガン・ラーマン)。サムたちに出会うまではスクールカーストの底辺をさまよっていた。
原作者であるスティーブン・チョボスキー監督自身の手によって映画化された本作。物語の設定は1991年だが、田舎の高校が舞台ということもあり、80年代の色合いが強い。チャーリーもサムも80年代に活躍したUKバンド、ザ・スミスが大のお気に入りで、リバイバルブームに沸いたホラーミュージカル『ロッキー・ホラー・ショー』(75)のコスプレ上映会に嬉々として参加する。仏教徒でパンクスのメアリー(メイ・ホイットマン)らと一緒になって、映画マニア向けのミニコミ誌づくりに熱中する。UKロック、カルトムービー、ミニコミ誌……。学内の主流派にはなれない、いや主流派になることにまるで興味がない、はみだし者たち文化系の青春が鮮やかに描かれていく。 ヒロインであるサム役に英国人エマ・ワトソンを起用したチョボスキー監督は、エマ・ワトソンの中に孤独な影を感じていたそうだ。美少女は美しければ美しいほど孤独に映る。チョボスキー監督の故郷であるピッツバーグ郊外で撮影は行なわれ、本作のハイライトともいえる車から上半身を乗り出してのドライブシーンの撮影中、エマ・ワトソンは泣き出してしまった。「両手を挙げていたら、気持ちが高ぶっちゃって。間違いなく、あれは私の人生の中で最高の瞬間のひとつだったわ」と振り返るエマ・ワトソン。彼女自身、『ウォールフラワー』の撮影時に人生のあるピークに自分が達していることを悟っていた。 映画とは過去を振り返る表現に他ならない。そこにはすでに失われてしまった美しさが刻まれ、どうしようもない哀しみやはかなさが伴う。その宿命を背負う覚悟がある者だけが、美少女として輝くことができるのだ。『ウォールフラワー』の中のエマ・ワトソンは、泣きたくなるほど美しい。 (文=長野辰次)パトリック(エズラ・ミラー)の運転で真夜中のドライブへ。彼らにとって、この3人でいるときがいちばんハッピーな時間だった。
『ウォールフラワー』
原作・脚本・監督/スティーブン・チョボスキー 出演/ローガン・ラーマン、エマ・ワトソン、エズラ・ミラー、メイ・ホイットマン、ケイト・ウォルシュ、ディラン・マクダーモット、メラニー・リンスキー、ニーナ・ドブレフ、ジョニー・シモンズ、ジョーン・キューザック、ポール・ラッド
配給/ギャガ 11月22日(金)よりTOHOシネマズ シャンテ、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国順次公開
(c)2013 Summit Entertainment, LLC. All Rights Reserved.
<http://wallflower.gaga.ne.jp>
週刊新潮「24億円横領男」報道に見る、週刊誌というメディアの原点
今週の注目記事 第1位「『治安維持法』復活の危険性」 (「週刊朝日」11月29日号) 第2位「ラモス瑠偉と親しかった『24億円横領男』黄金の日々」 (「週刊新潮」11月21日号) 第3位「2013年版 警視庁『天下り』リスト」 (「週刊現代」11月30日号) 第4位「『細木数子』を恐怖していた『島倉千代子』」 (「週刊新潮」11月21日号) 第5位「原発メーカーに金を出させる『小泉純一郎元総理』の脱原発会見」 (「週刊新潮」11月21日号) 注目記事に入れなかったが、新潮に池田大作名誉会長(85)が「復活した」という記事が載っている。 この3年半ほど消息が伝えられなくて、相当重い病気ではないか、死亡説まで流れた池田名誉会長が、11月5日の総本部の「落慶入仏式」で導師を務める姿が、機関紙「聖教新聞」に掲載されたのである。 新潮が取材したところ、復活したのは間違いないとしている。しかも、池田氏の意向で、後継者と見られていた谷川佳樹事務総長が外れて、教団ナンバー3の正木正明理事長が次期後継者に指名されたというのである。 ドンの復活で創価学会がどう変わるのか、注視していきたい。 さて、このところ小泉純一郎元総理の「脱原発発言」が大きく取り上げられているが、新潮は「原発メーカーを連れたツアー」で脱原発とは片腹痛いと批判している。これが今週の5位。 小泉氏はフィンランドの高レベル核廃棄物最終処分場「オンカロ」を視察して、脱原発へと舵を切ったそうだが、同行したのは三菱重工、日立、東芝などの原発メーカーであった。 それは小泉氏が顧問を務める「国際公共政策研究センター」というのが、経団連の奥田碵元会長が呼びかけて、トヨタやキャノン、東電などが出資している団体で、その中に先の原発メーカーも入っているからだ。 原発メーカーに金を出してもらっているのに脱原発とはいかがなものかと言いたいのだろうが、私はそれでも、正しいことは正しいと言える小泉氏のほうを応援する。 だが、この人の難点は、ワンフレーズだけ言って、その後は知らん顔するところである。 新潮では、精神科医で京都大学非常勤講師の片田珠美氏がこう話す。 「昔のようにスポットライトが当たらなくなると、かつての成功が忘れられず、今度は脱原発という新しいワンフレーズでもう一度注目を浴びようとしているように思えます。 一般的にスポットライト症候群と言うのですが、これは常に注目を浴びていないと気が済まず、自己愛が異常に強いことが特徴です。よくあるのが芸能人ですが、このタイプの人が組織にいると、いわゆる“困った人”になるのです」 新潮の考え方は、日本経済のために原発再稼働やむなしというところにあるようだから、小泉氏の発言にケチをつけたいのだろうが、私は、小泉発言を支持したい。 だが、本気でそう考えるのなら、安倍晋三首相に直接会って彼の考えを伝えるべきであろう。安全なところにいて“遠吠え”するだけでは、みのもんたと同じスポットライト症候群だと言われても仕方ないところもある。 今週は、新潮の誌面がほかを圧倒している。お次も同誌の「島倉千代子が細木数子を恐れていた」という記事が面白い。 島倉が亡くなってしまった。享年75歳。彼女のデビュー曲「この世の花」を私は、中野駅近くの映画館で聞いた。1955年、この曲は大ヒットして200万枚を売上げ、同名の映画が作られたからだ。 「想うひとには嫁がれず 想わぬひとの言うまま気まま」という歌詞が、その意味もわからなかった小学生の私の心にとどまり、今も時々口をついて出てくる。 島倉とは何度か会っている。新潮が書いている、細木数子氏との絡みである。 実は、私と細木氏との付き合いはかなり古い。彼女が渋谷の道玄坂あたりでクラブをやっていた頃である。その後、彼女は新潮にあるように、赤坂にクラブ「艶歌」やディスコ「マンハッタン」を作る。そこへも何回か行ったことがある。 だが、経営はうまくいかなかったようで、その後、喫茶店のようになっていたと記憶しているが、定かではない。 当時、細木氏から、島倉の話を聞いた。彼女によれば、ある夜、彼女のマンション近くで島倉が裸足でフラフラしているのを見つけたので、家に連れてきて介抱してあげたという。島倉は精神的にも大きなダメージを負っていて、あのままだったら自殺したかもしれないとも言っていた。 その話を聞いて私は、島倉にインタビューを申し込み、確か細木氏のマンションで話を聞いたと思う。 そこには細木氏の彼氏、小金井一家の堀尾昌志総長も同席していたと記憶している。 島倉は、元阪神タイガースの藤本勝巳と結婚したが、夫婦で経営したクラブがうまくいかずに、6,000万円の借金を引き受けて離婚する。その後も、事務所を任せていた実弟がカネを使い込み、この時もその負債を引き受け、10歳年上の眼科医のところに走る。 彼女は62年にファンが投げたテープの芯が目に当たり重傷を負うが、その治療に当たったのがその眼科医だった。眼科医は、失明の恐れがあると脅し、公演から帰ってくると島倉を真っ黒なカーテンで締め切られた部屋に閉じこめた。その後、眼科医は不動産業に手を出し、手形を島倉に裏書きさせ、十数億円の手形を決済できずに破産し、失踪してしまう。 彼女にはまた3億円近い借財ができ、債権者に追われる身となってしまう。債権者たちが新宿コマ劇場まで押し寄せ、怒号が飛び交ったと新潮が書いている。追い詰められていたとき、島倉は細木と出会ったのである。当時の島倉は、細木さんがいなければどうなっていたかと、感謝の気持ちを私にも話してくれた。 「人生いろいろ」どころではない苦難の人生を歩んできた島倉だが、その表情にも歌う姿にも、そんな陰を見せることはなかった。 だが、だいぶ経ってから、島倉が細木の所を離れたと聞いた。 債権者を説き伏せて返済を引き延ばす一方で、細木氏は島倉の興行権を手に入れた。その後の経緯を、新潮はこう書いている。 「その興行権に、大いなる価値があったという。 『当時の島倉は日建ての稼ぎが800万円。私は松尾和子を扱ったことがあったが、半分の400万円。島倉の稼ぎは破格だった。細木はミュージックオフィスを作り、島倉のマネージャー兼プロダクション代表を務めたのだが、島倉が稼ぎまくる金を、借金の返済に積極的に回したという話を聞かないのは、どいうことだろうか』(ヤクザ組織に詳しい事情通) (中略)細木のことを無二の恩人だと語っていた島倉も、次第にこうこぼすようになったという。 『いくら働いても借金は減らないし、こんなに働いているのに、私には何も残らないのよ』」 新潮によれば、コロンビアレコードが、細木と堀尾側に“手切れ金”として1億数千万円を払って関係を断ち切らせたという。 以来、島倉は細木については自伝の中でも一切触れていないそうである。 文春では、島倉が幼い頃の輸血がもとでC型肝炎になり、子どもへの影響を考えて、子どもを産めなかったと書いている。その子どもが産まれたら「忍」という名前を付けたいと、かわいがっていた歌手の小林幸子に語っていたという。 彼女の墓石には「音の門」と彫られ、その横には「忍」と刻まれている。 戦後を代表する女性歌手といえば、美空ひばりと島倉千代子である。私生活では恵まれなかったところも共通している。幸少なく忍ぶことばかり多かった人生だったが、今度こそ島倉が安らかに眠れることを祈りたい。 警視庁幹部の最新天下りリストを現代が入手した。平成24年4月1日から25年3月31日までの1年間に、警視庁を退職した幹部の再就職先が記されている。 リストにある企業名は「みずほフィナンシャルグループ 上席審議役」「東京電力 部長」「住友不動産 嘱託」「野村證券 参与」「日本マクドナルド 法務部顧問」など、有名企業ばかりである。 公務員の天下りは規制が強まり、厳しく取り締まられているはずなのに、警視庁では人事課主導型の天下りがまかり通っているという。全国紙社会部記者がこう話す。 「確かに、国家公務員の天下りに関してはずいぶん厳しくなりました。しかし、警視庁は霞ヶ関にありながら、実は東京都の組織。そのため、盲点となってマスコミの批判を受けることもなく、今も天下りし放題なのです」 ある銀行に天下っている警視庁OBが、インタビューにこう答えている。 「一応は、コンプライアンス問題や、反社会的勢力の対応が私の主な任務ということになっています。ですがこれまで2年間在籍して、仕事はほとんどありませんでした。そもそも社内には専門の担当者がいるので、私の出番はないんです」 2名の警視庁OBがいる「みずほ」が暴力団への融資問題を起こして追及を受けているのを見れば、天下りは形だけだと思わざるを得ない。 もっと悪いのは、天下り警視庁OBの存在が捜査の中立性を妨げることもあると、ジャーナリストの大谷昭宏氏は言う。 「ある消費者金融には毎年のように警視庁から天下っていて、ついに元警視総監まで籍を置くようになった。その消費者金融に不祥事を持ち上がった際に、警視庁内から『大物OBに恥をかかせるわけにはいかない』という声が出て、なかなか捜査に着手できなかったということが実際にありました。天下りは、このような不正の温存にもつながりかねない」 東京電力は警視庁OBを受け入れてる理由を、こう答えている。 「電気事業を営んでいく上で、当社社員にない警察OBとしての豊富な経験や専門知識を有している者として採用している」 原発反対運動のデモを取り締まらせるつもりなのだろうか? しかも、天下り警視庁OBの待遇は殊の外いいという。公益財団法人・東京タクシーセンターの担当者が明かしている。 「常勤の常務理事として来ていただいています。常勤の場合、週に3日以上の勤務と定めています。報酬は月額65万円でボーナスも出ます。年間の報酬は1100万円です」 先の大谷氏がこう続ける。 「彼らがどこに再就職しようと、能力を買われているなら構いません。問題なのは、警視庁側が事実上『おまえのところは何人引き受けろ』と、企業に採用枠を押しつける形なっている場合です。長年にわたる先輩からの申し送りで、ポストが指定席化しているのに、表向きは『企業側から強い要請があったため』と言ってごまかしている」 猪瀬直樹都知事はこの天下り問題をどう考えるのか。見解を聞いてみたいものである。 週刊誌が事件を追いかけなくなってしまった。金がかかる割りには読者受けがよくない、部数に結びつかないということなのだろう。だが、事件を取材しない週刊誌などメディアと呼べないと、私は思っている。 今週の新潮の事件報道を、編集者はよく読むべきである。週刊誌の原点がここにある。これが今週の2位だ。 「“車が欲しい”と言われればポンと買ってあげるし。“家具が欲しい”と言う子には、平気で海外の800万円もする家具一式を買ってあげたりとかね。今は閉店しているけど、六本木にお店をオープンさせてあげたこともあったそうよ。女に貢ぐ額が一桁違うの。一度でもセックスできると、一人当たり軽く1000万円は貢いでいたと思う。そういう具合で、好きな女の子一人に入れ込むタイプではなく、常時3、4人の女の子と付き合っていて、私が知る限り二十数人の子と関係を持っていた」 新潮で、長野県建設業厚生年金基金元事務局長・坂本芳信(56)容疑者の、かつての酒池肉林の遊びっぷりを語るのは、坂本がよく来ていた銀座クラブのママ、エリ(仮名)さんである。 それにしてもよく見つからずに、これだけの大金を横領できたものだ。気づかなかった年金基金側にも大いに責任ありだが、新潮の記事は、そこには踏み込んでいないのがいささか物足りない。 だが、長野市内の家賃5万5,000円の家に家族と暮らし、週に何日かは東京で豪遊していた坂本を、エリさんは、新橋にある投資ファンドの社長だと信じて疑わなかったという。 200~300万はするオーダースーツを着こなし、時計は1,500万円の海外ブランド品。店を終わって女の子を連れて行く店は、銀座の高級寿司屋「久兵衛」。 エリさんにいわせると、私のような年増は相手にせず、21~25歳ぐらいまでの、銀座ズレしていない女性が好みだったという。20人の女性に1,000万円ずつ貢いだとして、それだけで2億円が消えた計算になると、新潮はいらぬお世話の算術をしてみせる。 エリさんと坂本が出会ったのは六本木のクラブだったが、それから坂本がポンとカネを出して銀座のポルシェビルに「ピノ」というクラブを08年11月に開く。保証金や内装費、スタッフの支度金合わせ1億円はかかったという。 その当時、元Jリーガーのラモスとも知り合い意気投合した。社員旅行はハワイで、ラモスも同行、「久兵衛」の社長らと職人を連れて行き、プールの傍のダイニングキッチンで寿司を握らせたという。 しかし10年9月に事件が発覚し、坂本はタイに逃亡する。そこでも残っていたカネを湯水のように使って遊んでいたそうだが、最後は愛人に家賃を無心して通報されお縄になる。逮捕されたときの所持金は1万円と少しだった。 横領男が女性に貢いでいた事件では、青森県住宅供給公社の経理を担当していた男が14億円以上を横領して逮捕されたが、男がカネのほとんどを貢いでいたのがチリ人の人妻・アニータさんだったことが話題になった。 今回は、坂本が貢いだカネの大半は日本女性らしいが、大枚を払ってセックスしても、女性たちには次々に去られてしまったと、先のエリさんが話している。 約5年間で24億円だから、1年で約5億円、1日で140万円ぐらい使える。オレだったら何に使うだろう。貢ぐ相手はいないし、酒もそんなには飲み切れないし……、とりあえず貯金しておこうか。 貧乏が染みついた身には、空想の世界でも大金の使い道に困るのである。 さて、安倍晋三首相は、なんとしてでも特定秘密保護法を通すつもりである。民主党が修正案を出すと言っているのに無視して、“強行採決”する腹づもりのようだ。 だが、一部の新聞を除いて、この法案に反対を表明しているところは少ない。週刊誌などは、俺たちに国家機密など関係ないと言わんばかり、この問題に触れることもしないのが大半である。もはや、メディアの末期症状と言わないわけにはいかない。 ごく少ない「反対を表明している週刊誌」である朝日は、今週は「ツワネ原則」というものを引き合いに出し、特定秘密保護法がこの原則に違反しているかを報じている。これが今週の第1位だ! ツワネ原則とは、秘密保護法制の作成の際にどこの国でも問題となる「安全保障のための秘密保護」と「知る権利の確保」という対立する2つの課題の両立を図るための原則のものである。 「例えば、ツワネ原則(第47)では『ジャーナリストや市民が秘密を入手し、公開しても罰せられるべきではない』と規定されているが、政府の法案は真逆だ。特定秘密保護法案では『ジャーナリストや市民が特定秘密を不当な方法で入手しようと共謀(相談)をしたり、教唆(そそのかし)をしたり、煽動(呼びかけ)をしだけでも懲役刑を科す』と規定されているのだ」(朝日) ツワネ原則では「すべての秘密に接することができる独立した監視機関を置く」と定めているが、同法案にはどこにも明記されていない。 さらに同原則は「秘密の開示を求める手続きを定めなければならないとする。だが、政府案では秘密の有効期限は最大30年で解除され、国立公文書館に移されるが、内閣の承認さえあれば、永遠に封印できるという内容になっている。 しかも、この法案の担当大臣である森雅子担当相は「(ツワネ原則を)読んだことはないので、確認したい」というお粗末さである。 「内閣府の岡田広副大臣は、国会で特定秘密の提供を受けた国会議員がぶら下がり、飲食しながらの取材を受け、記者らに秘密を漏えいした場合、『最長で懲役5年、500万円以下の罰金が課せられる』という見解を示した。法案が成立すると、メディア、公務員だけでなく、国会議員すらも萎縮する危険性がある」(同) なんとしてでもこの法案成立を阻止しなくてはならないのだが、残された時間は僅かである。日本よ、すべてのメディアよ、総決起せよ! そう叫ばずにはいられない。 (文=元木昌彦) ●もとき・まさひこ 1945年11月生まれ。早稲田大学商学部卒業後、講談社入社。90年より「FRIDAY」編集長、92年から97年まで「週刊現代」編集長。99年インターネット・マガジン「Web現代」創刊編集長を経て、06年講談社退社。07年2月から08年6月まで市民参加型メディア「オーマイニュース日本版」(2006年8月28日創刊)で、編集長、代表取締役社長を務める。現「元木オフィス」を主宰して「編集者の学校」を各地で開催、編集プロデュースの他に、上智大学、法政大学、大正大学、明治学院大学などで教鞭を執る。「週刊朝日」11月29日号 中吊広告より
「3DS電卓」に「ルパン電卓」「フラッシュ電卓」……変な電卓収集家
身の回りにいそうでいない、ちょっと変わったことをしている人や、面白そうな場所に、文筆家のやきそばかおるが直撃取材! 会社員の藤村阿智さんは、変な電卓ばかりを80個以上も集めているコレクターだ。変な電卓を集めたくなる衝動は、どこから生まれるのだろうか? 実際にお会いして聞いてみた。 やきそば 「藤村さんが変わった電卓を集めたくなるのは、なぜなんでしょう?」 藤村さん 「私、ほかの人が欲しがるような電卓には、興味が湧かないんです。『この電卓、誰が欲しがるんだろう』と思うような電卓を発見すると、『私が買うしかない』って思うんです」 なんて律義なんだ。藤村さんによって救われた電卓は、たくさんあるのではなかろうか。 藤村さん 「ビジネスでは使えないような変わった電卓を、なぜ作ったんだろうと思うことがあって、それを作るために真面目に会議を開いたのか想像すると、それだけで面白くて……。偉い人が決定のハンコを押したのかと思うと、たまらないですね(笑)」 藤村さんが変な電卓にハマったのは、10年ほど前に、チョコレート型の電卓を見つけて買ったのがきっかけ。 やきそば 「買った電卓は、どうしてるんですか?」 藤村さん 「整理整頓が苦手なので整理してませんが、番号をつけてから箱に入れて保管してます。たまに箱から出して、起動させてみたりして」 藤村さんは東京在住だが、学生時代は京都でCGなどを学び、文房具店に勤務。なぜか、京都の雑貨屋さんには変わった電卓が売られていることが多かったらしく、変な電卓好きにはたまらない街で暮らしていたのである。いわば、「変な電卓エリート」だ。 ■藤村さん厳選! 変な電卓博覧会 ※藤村さんによる「変な電卓愛」のこもった解説つき ・『ルパン電卓 タイプライター型音声電卓』(バンプレスト)『3DS電卓』(「小学二年生」2011年4月号付録)
「3つ折りDentaku Soroban」の略だから『3DS電卓』 間違ってはいない。ホワイトボードとそろばんが付いた、多機能電卓だ! 電卓部分は使いにくいが、特筆すべき小ささ。(藤村さん)
『ルパンIII世』で、その回のタイトルが出るときの、 「カシャ カシャ カシャ」というタイプ音が、 キーを押すたび聞ける。計算式の入力が終わって「=」を押せば、チャラッチャラッチャラッチャラッチャッチャッチャッ」という音と共に、衝撃の計算結果を表示してくれる。音を消すことはできるかどうか聞いてみると……。 藤村さん 「できます。音の出る電卓は、たいていはミュートできます」 それなら安心である。カッコイイ機能とはいえ、毎回音を出していたら、仕事に支障が出てしまうではないか。ただし、キーは使いにくいため、タイプライターのように早打ちはできないとのこと。個人的に私も欲しいのだが、非売品(UFOキャッチャーの商品などで使われた)なので、入手困難なのだとか。 ・『TALKING CALCULATOR』(GAVAO)
押すと「いー、ある、さん、すー、うー」と数字を読み上げてくれる。 ほかにも、なぜこんな機能が付いているのかと思ってしまうような機能があるそうで……。 藤村さん 「押すと、ニワトリの鳴き声がするキーがあるんです」 どうしよう。使い道がまったく分からないまま、時間だけが過ぎていく……。 ・『ママレードボーイ 光希ちゃんおしゃべり電卓』(バンダイ)
大きな声で元気よくしゃべる。数字や記号だけでなく、「頑張ってね」「なんなのよ~!」などいくつかワードをしゃべる。 キーを押すと手も動く。とにかくすごいが、なにぶん音が大きくてマンションやアパートの一室では使いづらい。ちなみに、キーを押すたびに光希ちゃんの手が動く。 ・『二面式電卓WG-01』(ワールドグラフィック)
相手側にも液晶があり、同じ数字を見せることができる。レジを使わないカウンターなどで便利。高級品も販売できそうな12桁が頼もしい。 藤村さん 「例えば、電気屋さんで値下げ交渉をするとき、電卓に値段を入力して液晶をお客さんに見せることがありますが、そういうときにも使えます。ただ、割引率とかも入力するので……」 やきそば 「お客さんにはダダ漏れっていうワケですね」 そこで、メーカーは後付けで、片方の液晶にフタをつけたのだとか。 ・『ケースつき I LOVE NY電卓』
幅10cm 高さ4cmと小さい電卓。「I LOVE NY」もなんで? と不思議です。持ってると、無駄な主張をしそうで不安です。 やきそば 「キーが押しづらいですね……」(写真参照) 藤村さん 「父にも使ってみてもらったら『1って押そうと思ったのに 、ON/C押しちゃった』ということがありまして、それだけでも使いづらさが分かっていただけるかと思います」 デザインのよさ(I LOVE NYがいいかどうかは置いといて)と、使いやすさは必ずしも比例しないことが多いようだ。4~5年ほど前にカッコいいデザインのガラケーがいくつか発売されたが、実際に使ってみると、キーが小さすぎて押しにくいということはよくあった。カッコよさと使いづらさは紙一重。 やきそば 「そういえば、昔、デザイナーズマンションがハヤった頃って、ガラス張りで部屋の外から丸見えのトイレっていうのもありましたよね」 藤村さん 「……」 例えを間違えた。キーの配列といえば、こちらの電卓も……。 ・『ラウンド電卓』
懐かしいダイヤル式の黒電話など思い出す、斬新なキー配置の電卓。キーが円状に配列された電卓は、中国の雑貨のサイトでよく売られているという。電卓にとって、キーの配列は重要だと思うが…… 「問題点といえば、摩擦でキーの数字の表示が消えてしまうこともよくあります」 数字が消えてしまうと、どのキーがどの数字なのか分からなくなってしまい、致命傷である。ただし、カシオやシャープなどの有名メーカーの電卓となると、表示が消えないようにしてあることもあるそうだ。 ・『フラッシュ電卓』
レインボーに、ムーディーに、光る電卓。かなりの明るさで光る。緊急時もこれを持っていれば、光で居場所を知らせることができるだろう。 暗いところでも電卓が使える……と言いたいところだが、結構目に痛い光だ。 やきそば 「デザインはかわいいんですけどね」 藤村さん 「意味もなく光ります。しかも、点滅させることもできるんですけど、SOSを出すときぐらいしか使い道がなくて……(笑)」 藤村さんの「変な電卓探しの冒険」は続く。
●『変な電卓研究所』
<http://www.blackstrawberry.net/dentaku/index.html>
藤村さんが集めた変な電卓が次々に登場。
●『コミックマーケット85』に出展。
2013年12月31日火曜日・西地区“め”ブロック-35b
文房具を紹介する同人誌を頒布予定。
●PFU スキャンスナップの漫画
「とりこめ!スキャン家族」を連載中。
<http://scansnap.fujitsu.com/jp/beginner/comic-no1.html>
●やきそば・かおる
山口県出身、東京都在住。ライター、構成作家、写真家。趣味は、変わった人に会って、変わった話を聞くこと。「相づちだけはうまいと言われます」(本人談)
Twitter@yakisoba_kaoru
◆「土下座してでも会いたい!」過去記事はこちらから
クール・ジャパンは異世界をも制覇する!? 意外にハードでリアルなオタク文化啓蒙アニメ『アウトブレイク・カンパニー』
先日、NHKの情報番組にて、ロシアにおける日本のアニメ、コスプレの隆盛ぶりを伝えるレポートを目にした。異国の若者たちがオタク文化を通じて日本に対して強い親近感と憧れを抱いていることを、ひしひしと感じられる非常に興味深い映像だったのだが、いまやロシアのみならずフランス、アメリカ、アジア各国など世界各地で日本のオタク文化が広く受け入れられていることは、さまざまなメディアで報道されている通り。 そんな国境、人種、言語の壁を超えて世界中を熱狂させるオタク文化は、果たして時空の壁すら飛び越えて異世界の人々も魅了できるのだろうか? そんな思考実験を作品化したアニメが、現在放送中の『アウトブレイク・カンパニー』(TBSほか)だ。 とある事情から自宅警備委員を1年間続けた主人公・加納慎一は、ついに我慢の限界に達してしまった両親から、復学・就職・離縁の三択を迫られ、仕方なく就職活動を開始。そこで「総合エンターテイメント商社アミュテック社」の総支配人に就職。ほぼ拉致に近い形で、偶然日本と地続きになってしまったファンタジー世界の一国・神聖エルダント帝国に連れて行かれてしまう。 「アミュテック社」は、実は日本政府と神聖エルダント帝国が共同出資した、異世界初の企業であり、文化交流推進が目的の半民半官企業だったのだ! そこで慎一は、自らのオタク知識をフル活用し、オタク文化の輸出と啓蒙活動を開始。神聖エルダント帝国に、帝国初の教育機関であるオタク養成学校を設立し、日本語とオタク文化教育を開始する。その結果、白銀の鎧を身にまとう戦士や、エルフ、ドワーフ、獣人などファンタジー世界の住人たちが、「幼女萌え!」やら「エロゲに重要なのは映像か、シナリオか」という論争やら、美少女ゲームの歴史についての話題で盛り上がるようになってしまうからさあ大変。……というのが、本作のあらすじ。 こう書くと、単なる荒唐無稽なコメディ作品のようにも見えるが、その一方で「身分に関係なく学習できる場である学校という施設は、国体を揺るがしかねない危険な存在」という極めてリアルな言説が作中で飛び出したり、オタク文化を広めることで帝国の文化を破壊しかねない、という理由で慎一たちの命を狙う保守派テロリストが出現したりと、時折ドキッとするようなシーンも出現するのが本作だ。 文化というものは、その国、地域が長い歴史を重ねて培ってきた、身近な存在である。そこに何者かの手によっていきなり異国の文化が流入し、旧来の文化を押し流す勢いで席巻したとしたら、そこに軋轢が生まれるのは必然である。本作で描かれている異文化交流、流入による問題は、近年の我が国における韓流ブームと通じるものがある。そして、現在も世界中に広まりつつある日本のオタク文化もまた、同様に世界のどこかで同様の軋轢を生んでいるかもしれない。そういう想像力を持って本作を見れば、異文化交流の難しさと課題。そして、意義というものが見えてくる。 おバカアニメに見えて、意外に地に足の着いた問題を提起するドラマ。それが『アウトブレイク・カンパニー』の魅力である。 ちなみにもう一点、本作の魅力を挙げるならば、「ここまでやっていいの?」的なアニメ、漫画、ゲームのパロディネタである。いちいちツッコむのすら面倒くさくなるほど飛び出すオタクネタの数々は必見である。そのくせ『ニャル子さん』などのようにこれ見よがしにオタクネタをアピールするのではなく、サラッと自然に物語に織り交ぜてくるところが本作の美学。そこに痺れるし、憧れるのは筆者だけではないはずだ。 (文=龍崎珠樹)『アウトブレイク・カンパニー』公式HPより
島倉千代子逝去で再注目される、細木数子&みのもんたの醜態(11月上旬の人気記事)
11月上旬に注目を集めた記事を振り返る「日刊サイゾー人気記事ランキング」。昭和の演歌界を牽引した大スター・島倉千代子さんの逝去で、みのもんたや細木数子の醜態や、バーニング周防郁雄氏 VS 小林幸子などに再び注目が集まっています。波乱万丈だった島倉さんの生涯はもちろんですが、芸能界もまた「人生いろいろ」ですね。それでは早速、ランキングをチェックしていきましょう!
第1位
故・島倉千代子さんに合掌──細木数子に“地獄を見せられた”波乱の人生に幕
悪行のツケがたまり、現在は激ヤセ中なんてウワサも。
第2位
みのもんたが各局から“厄介払い”される日……テレビ・ラジオ出演は全滅へ
これまでの行いが悪かったね。
第3位
「若い子の水着が見たいのに……」浜崎あゆみ「ヤングマガジン」巻末ヌードグラビア掲載の衝撃
ザ・誰得。
第4位
設楽も宮根も半笑い……矢口真里の半同棲報道をワイドショーが“笑い話”にできるワケ
やぐっちゃんの策略説が濃厚みたいだけど。
第5位
まるでヤカラ!“天皇不敬騒動”山本太郎議員の「新潮記者恫喝動画」がヒドすぎると話題に
政治家じゃなくて、市民活動家でいいんじゃない?
次点
「家族サービスは小倉競馬場だった」“テレビ界最後の大物キャスター”草野仁の知られざる亭主関白時代
オーラがすごかったです!
次々点
「狙うはオネエハーフタレント枠」“オネエすぎる一流イケメンモデル” IVANって何者!?
じわじわ来てるよ。
「らしく、ぶらず」『THE Q』が検証する、大人が「ももクロ」にハマる理由
「テレビはつまらない」という妄信を一刀両断! テレビウォッチャー・てれびのスキマが、今見るべき本当に面白いテレビ番組をご紹介。
「『らしく、ぶらず』ですよ」
笑福亭鶴瓶は「一流」について、そう語る。たとえば、アイドルならば「アイドルらしく、アイドルぶらず」だ。
11月10日、日曜お昼の『サンバリュ』枠で放送された『THE Q』(日本テレビ系)は、鶴瓶と桝太一アナをMCに、徹底した取材で現代を描く新型番組というコンセプト。その最初の取材対象は「ももいろクローバーZ」で、「なぜ、ももクロにハマる大人が増えたんですか?」がテーマだった。
鶴瓶は自身のラジオにももクロがゲスト出演した際、「会ったらみんな好きになる」とその魅力を感じ、主催するイベント「無学の会」にも彼女たちを呼んだ。そんな経緯もあり、彼女たちをほとんど知らない桝に教え諭すように「こんないい娘たちが出てきたのかって思う」「スレてない」と絶賛していた。
番組では「10の扉」に分けて、ももクロの魅力の秘密を探っていく。「徹底取材」を掲げるだけあって、非常に丁寧で、さまざまな角度から証言を集めて立体的に検証。まず、路上ライブからNHK『紅白歌合戦』出場までの軌跡を紹介、ファンに「なぜハマったのか」をインタビューする。そのキーワードになるのは、やはり「一生懸命」だ。
「全力で一生懸命」なところが魅力だと、ファンは口を揃える。「そんな姿に、自然と涙が出てくる」と。それについて本人たちに直撃すると、有安杏果は「一生懸命な人、いっぱいほかにもいるもんね」と言う。それにうなずき、玉井詩織は「とくに全力でやろうって意識してやってるわけじゃないし、“全力でやれ”って言われてるわけでもないし」と補足した。そう、彼女たちが言う通り、「一生懸命」なアイドルはほかにもいる。というより、むしろ「一生懸命」ではないアイドルを探すほうが難しい。ではなぜ、ももクロは「一生懸命」という部分が強調されて支持を集めるのだろうか?
結成3年目、若手アーティストの登竜門ともいわれる、日本青年館大ホールでのライブを成功させたももクロ。それがブレークの兆しだった。そのきっかけは、HMVの店頭に飾られたパネルだったと、番組は検証する。飾ったのは当時、店員だった佐藤守道(現ももクロスタッフ)。彼は「すごいものを見た」「メーターが振り切れていた」と、早くからももクロに衝撃を受けていた。いまや、ももクロの代名詞となった百田夏菜子のエビ反りジャンプを写した写真に添えた「このジャンプがアイドル史を更新する。」というコピーが躍ったのだ。
当時、ももクロの所属事務所はアイドルがいなかった。だから、誰もやり方がわからなかった。だが、それが逆に奏功した。
「アイドルだからこうしなくちゃいけないとか、アイドルだからこれをやっちゃいけないというのが一切なかったんですよね。(エビ反り)ジャンプも『ダイナミックだからいいじゃん』くらいの感じで(始めた)」
と百田は証言する。アイドルらしからぬその過剰なライブパフォーマンスは、いつしか「ももクロらしい」としか言いようのない、新たなアイドル像を作り上げた。そして過剰な彼女たちを、ファンが過剰に後押ししていったのだ。
この番組のつくりはとても丁寧だったが、ももクロの大きなトピックスの中で、“あえて”なのかわからないが、なぜか触れられなかったのが「早見あかりの脱退」だ。それが、偶然にも同じ日に放送された『夏目と右腕』(テレビ朝日系)で取り上げられていた。ももクロの“右腕”である、振付師の石川ゆみがゲストだった。
そこで、早見が女優を目指すことを決断し、会議室でメンバーに直接脱退することを伝える映像が放送された。ももクロがブレークの兆しを見せ、いよいよ大きく飛躍しようという矢先だった。
「ずっとずっと考えてたんだけど…やっぱり私は…ももいろクローバーを4月10日に脱退します……」
涙ながらにそう宣言する早見に、メンバーは「わけわかんない」「なんで?」と号泣した。早見はももクロのサブリーダーで、精神的支柱だった。そんな彼女の脱退は、早見に頼りがちだったももクロの一人ひとりを強くした。
そして2012年――。ももクロは早見を含めた「6人」の夢だった『紅白歌合戦』に出場。そこで早見のカラーである青い光を胸に輝かせながら「アカリ」と名前が歌詞に入った「6人」バージョンの「行くぜっ!怪盗少女」を歌い上げるのだった。
「ももクロやってから、行動すれば絶対かなうって思うようになった」(高城れに)、「とりあえずやってみようと思うよね、できなかったら、その時また考えようって」(佐々木彩夏)、「不可能は存在しないって、たまに思うよね」(有安)、「やる前にあきらめることはあんまりない」(玉井)、「だって、ムリと思ったら目指せないですもん」(百田)と5人は見事なまでに同じことをそれぞれの言葉で語る。それは、観客がわずか数人の路上ライブからはい上がり、『紅白』という「夢」にたどり着いた彼女たちだからこその説得力を帯びている。
そして夢は更新される。百田は「今」の夢を語る。
「オリンピックが東京で開催されることが決まって、(新しい)国立競技場に初めて立つ時がオリンピックの開会式だったらいいなぁとか……。その時の、ももいろクローバーZの集大成のものを見せたい」
“そんなの絶対ムリだよ”と笑えるだろうか? 彼女たちは、「絶対ムリ」を何度も覆してきたのだ。
佐々木は「一生懸命やるのってカッコいいよね」と言う。
「学校とかで『ちょ、ダリィ』とか言う人いるじゃないですか。絶対一生懸命やってると楽しいのにって、ももクロやってるとすごい思う」と。
これこそが、ももいろクローバーZだ。「一生懸命」だからいいわけじゃない。「楽しむこと」に一生懸命だからいいのだ。多くの場合、「一生懸命」にはある種の悲壮感が漂う。けれど彼女たちには、それをほとんど感じることはない。なぜなら「一生懸命」を心底楽しんでいるからだ。だから見てるほうも、その楽しさに溺れることができるのだ。
ライブ前、メンバーやスタッフたちと円陣を組んで、百田が叫ぶ。
「楽しむ準備はできてるか!」
(文=てれびのスキマ <http://d.hatena.ne.jp/LittleBoy/>)
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二度のバッシングと名将の称号 サッカー岡田武史監督が証明した“日本人の実力”
アスリートの自伝・評伝から読み解く、本物の男の生き方――。 日本代表を初めてワールドカップに連れて行ったのも、南アフリカ大会で決勝トーナメント進出をもぎ取らせたのも彼だ。先日、中国リーグでの監督退任を発表した岡田武史監督。彼の日本サッカー界に対する功績は計り知れないだろう。しかしながら、時にはバッシングの嵐が吹き荒れ、その解任が声高に叫ばれたこともある。いったい、岡田の日本代表監督としてのキャリアとはどのようなものだったのか? 福島大学・白石豊との共著『日本人を強くする』(講談社)から、もう一度見直してみよう。 1997年、W杯フランス大会アジア予選の途中に、加茂周から引き継ぐ形で監督に就任した岡田。まだほとんど世間に名を知られていなかったものの、次の試合までは一週間しかなく、監督を任せられる人材はコーチを務めていた岡田しか存在しなかった。急場しのぎの就任を不安視する声もあったが、絶不調だったチームは見事立ち直った。「ドーハの悲劇」から4年、見事予選大会を勝ち抜き、本大会へと駒を進めた日本代表を、世間は「岡ちゃんフィーバー」で迎え入れた。 しかし、フランス大会ではアルゼンチン、クロアチア、ジャマイカに対して3戦全敗。盛り上がった世間からの岡田への信頼は、「経験不足の監督」として手のひらを返すようにひどいバッシングへと姿を変える。「人間不信に陥るほど」と、岡田は当時のバッシングのすさまじさを語っている。 その後、岡田はコンサドーレ札幌の監督に就任し、J2チームをJ1へと導く。さらに、横浜F・マリノスの監督に転じると、Jリーグ2連覇の快挙を成し遂げた。当時、岡田の方針は、ロジカルにサッカーを思考すること。当初、その試みは成功を収めていた。しかし、その雲行きはだんだんと怪しくなっていく……。 「2005年あたりから何か引っかかるようになった。理詰めでサッカーを分析し、あたかも将棋の駒のように選手を動かすことに対して、私の中で“こんなのでいいのかな”という思いが湧いてくるようになったのである」 選手は岡田の顔色をうかがい、指示を待ちながらプレーするばかり。そんな方法では、強いサッカーを生み出すことはできない。岡田の疑念が膨らむにつれて、マリノスの成績は下降。2連覇を果たしたチームは、下位に低迷するようになってしまったのだ。06年、岡田はマリノス監督を辞任する。 そして、07年暮れ、またしても岡田には“急場しのぎ”の役割が回ってきた。脳梗塞によって倒れたイビチャ・オシムの後任として、再び日本代表監督就任の打診を受けたのだ。「チャレンジしてみたかった」という岡田は、そのオファーを受諾。次のW杯南アフリカ大会までは3年の時間があった。 岡田は、自分の手腕に絶対の自信を持ちながら采配を振るうタイプの監督ではない。悩みながら、苦しみながら、ベストな采配をギリギリまで考え抜いていく。 「指導者としての能力を考えた時に決してそんなに大したことはないんです。(中略)走りだしてみたら、いろんな人が助けてくれて、今に至っています」 岡田は、W杯南アフリカ大会での目標を「ベスト4」に掲げた。これまで日本が出場したフランス大会、日韓大会、ドイツ大会で、日本代表の最高位はベスト16。その目標は大風呂敷だった。だが、岡田は本気だ。体格で世界の選手に劣る日本人が互角に闘い抜くために、岡田は体操競技や陸上競技など、他ジャンルのスポーツの知識を活用。骨盤の使い方を矯正することで、日本人の身体で戦えるサッカーを鍛え上げた。さらに、代表招集期間以外には、選手たちに手紙を書き「本気でベスト4を目指そう」というメッセージを送った。岡田のその姿勢に、選手たちも次第に感化されていく。 日本代表は09年、アジア予選を制し、W杯へと駒を進めた。 だが、W杯イヤーになって、またしても岡田へのバッシングが吹き荒れた。キリンチャレンジカップでは、ベネズエラ相手に0-0の引き分け、東アジアサッカー選手権では韓国に、4月にはセルビアに完敗する。いったい、日本代表は大丈夫なのか……そんな不安が多くのメディアでささやかれ、南アフリカに向かう空港では、岡田監督の解任を訴える横断幕も掲げられた。 南アフリカ大会で、カメルーン、オランダ、デンマークという格上チームと同じ組になった日本にとって、岡田の掲げたベスト4という目標は絶望的だった。1勝もできずに帰ってくるのではないか……誰もがそう考えただろう。しかし、本田圭佑を1トップに据えた岡田ジャパンは、初戦カメルーン戦に1-0で勝利、オランダには0-1で惜敗したものの、続くデンマーク戦では3-1の勝利を飾り、決勝進出を決めた。 デンマーク戦は、岡田の人生でも、そして日本代表としても誇るべき試合だった。 「おちょくるぐらいのプレーをしていい」と選手を鼓舞したデンマーク戦。選手たちは自らの考えで果敢に動き回り、格上のチームを翻弄する。そこには、岡田の顔色をうかがうような選手の姿はない。まさに岡田が理想とするサッカーだった。本田、遠藤、岡崎のシュートによって3点をもぎ取った日本代表。失点も、わずか1点しか許さなかった。 決勝トーナメント初戦、日本代表はパラグアイ戦にPKの末敗れた。この瞬間、彼らの、そして岡田のワールドカップは幕を閉じた。しかし、ベスト4に入れなかったことを叱責する者もいなければ、まさか「岡田解任」という言葉を吐く者もいない。日本代表が世界を相手に互角に戦ったのだ。 「たくさんのチームをつくってきたが、その中でも1、2位を争う素晴らしいチーム。ピッチの中でも日本人の誇り、脈々とつながる日本人の魂を持って戦ってくれた」 岡田は、監督として、世界の舞台で日本人のサッカーが互角に戦えることを証明したのだ。 (文=萩原雄太[かもめマシーン])『日本人を強くする』(講談社)















