
元祖フリーアイドルで声優のルンルンこと宍戸留美さんが、自らカメラマンとしてかわいい声優さんたちの写真を撮り、さらにアイドルライターの私(小明)がインタビューする不思議な連載の27回目……ですが、1990年代に輝いたあのアイドルグループ“Melody”の元メンバー・田中有紀美さんが来てくれるとなれば話は別! 今回は特別編でお送りします!
――ゆきどんだ! まさか来てくださるとは! 今回は特別編ですよ~。
田中 特別編ですか、あかりがとうございます(笑)。
――1993年にレモンスカッシュのCMでデビューしてから、今、芸能活動が21年目になりますね。
田中 ね、びっくりしました(笑)。そんなに続いてると思わなかった。20周年も、どこかのレコード会社の方から聞くまで気づかなかった。あんまり、今は何年目とか、誰が先輩で誰が後輩とかを気にしないでやってきちゃって……。
――90年代はアイドル冬の時代と言われていましたし、アイドル同士、横の結束が強いと思ってました。
田中 んー、どうなんですかね~? 大人になってから、先輩達と仲良くさせていただいたとき、「誰が同期で~」って話になって「あ、そういうものなんだ」って気づきました。
――フワフワっとした感じで冬の時代を生き抜いたんですね……。
田中 そうですね、あんまりガツガツしてなかったと思う(笑)。
――なぜ芸能界に入ろうと思ったんですか?
田中 最初はスカウトだったんです。場所はサービスエリア(笑)。Melodyは3人グループで結成したかったらしくて、すでに2人決まっているところで、あとの1人を捜してたみたいで。そこにたまたま私がいて……そのまま家まで追いかけられてスカウトされたんですよ。
――運命的っていうか、怖い! その前から芸能界に憧れとかは?
田中 まったくないです。誘われたので入ってみました。
――誘われて入ってみた芸能界はどうでしたか?
田中 うーん……どうなんだろう……。Melodyは楽しかったですけど、今考えると、学生生活は学生をしていた方が良かったんじゃないかな、と思ったりすることもありますね。
――当時はちょうど16歳くらいで、女子高生ですもんね。学校にはほとんど通えなかったですか?
田中 ほとんど行けなかった……。
――その頃、映画『嵐の季節』に主演されてましたね。どんな話だったんですか?
田中 原作がですね、高橋玄さんで、美保純さんと高嶋政宏さんがいて、その高嶋さんを好きになる女子中学生の役で、えーと、それで、あのー……ハァ(ため息)。
――完全に忘れてるじゃないですか……。
田中 覚えてるんですけど、説明が難しいんですよ。最終的には、結ばれたのかな? うーん? アハハ! これじゃ意味わかんないですよね!
――わかんないです! そのお仕事はオーディションで?
田中 オーディションでした。5次審査までやって、セリフから動きまで全部やって、最終的には高嶋さんがいらして、一緒にお芝居して……残ってる人にはけっこう凄い人がいたんですけど。
――おお、どんな人がいたんですか?
田中 え~……ちょっと覚えてないんですけど……ええ~と。
――覚えてないことが多すぎます! でも、それほど忙しかったってことですよね。学生時代を犠牲にして打ち込んだMelodyは、なぜ4年で解散してしまったんでしょうか?
田中 事務所の人が「解散するよ」って言うから、「あ、解散するんだ~」って(笑)。
――受け入れますね~! 他のメンバーは反対しなかったんですか?
田中 他の2人も「そうなんだ~」って。反対はしてないですねぇ。Melodyの活動以外にも1人ではドラマとかはやっていたので、なんとなく……なんで反対しなかったんでしょうね? メンバー同士で「なんでだろうね~」みたいな話もしなかったです。好きだったんですけどね、Melodyの活動は(笑)。
――ファンが反対して暴動が起きたりしませんでしたか?
田中 解散イベントは一応したんですけど、ファンの方が事務所に抗議に来たりしたらしいです。後から聞いた話ですけどね。当時は私たちには外出禁止令が出ていたから……危ないと思ったんでしょうね~。
――解散後は、ソロで音楽活動をされたり、女優業をされたりしているんですね。ソロシングルの「あなたの涙の場所になりたい」は、ご自分で詩を書かれたとか。
田中 あれは、大森祥子さんという方が書いてくださったんですよ。私、そのとき、歌詞がぜんぜん書けなくて、2行の言葉を書いて、それを膨らませてもらったんです。
――その時の2行の言葉は覚えてますか?
田中 「涙は行く場所をなくし、ただそこに落ちるだけ」っていう言葉を……恥ずかしいな(笑)。
――それを書いた時には、何か悲しいことでもあったんですかね。
田中 悲しいことは……多々ありました(笑)。でも、たぶんこの時は切ないのが好きだったんだと思います。当時まだ17歳くらいだったから、ちょっと大人になりたい、みたいな。
――悲しいことが多々あったとか聞き捨てなりませんね。
田中 あったけど言えないと思う(笑)。大人のケンカに巻き込まれたり……(自主規制)……でも、今ではいい思い出です。お世話になったので今はとても感謝してます。
――あー、本当に言えないやつですね。いろいろお疲れ様でした! 元メンバーは解散後に結婚したり出産したりがありますが、田中さんは? 一度活動を休止されていた時期がありますよね。もしかしてそこで……?
田中 結婚しようと思ったことはあったんですよ。23歳くらいの時ですかね? 思ったんですけど、やめました。なんか違う、と思って。
――人生の決断が潔い!
田中 母からは「いつ結婚するの~?」って言われますけどね(笑)。
――芸能活動を休止していた期間はどれくらいあったんですか?
田中 え~と……5年、いや3年……5年くらい……そんなないかな、4年?

――その間は何をされてましたか?
田中 歯医者で歯科助手をしてました。
――え! なんでまた歯科助手?
田中 なりたかったわけではなく、たまたま近所の歯医者さんで募集をしてたんですよ。歩いてたら募集の紙が貼ってあったので、医療事務だったら私にもできるかなぁって、人生で初めて履歴書を書いて……。
――履歴書の経歴の欄には“Melody”って書きましたか?
田中 書いてないです(笑)。
――それで、医療事務のつもりが歯科助手に?
田中 そう、でも「まぁいっかぁ」と。わりと受け入れる方でして(笑)。それも3年くらいやりましたね、辞め方もわからないし、休み方もわからないし、遅刻の仕方もわからないですし、わからないことだらけで……芸能界にいるときって、熱が出ても仕事に行くし、ちょっとのことではお休みできないじゃないですか。その感覚でずっとやってきたので、「熱が出たから帰ります」とか「お腹痛いから帰ります」とか、みんなが普通にしているのを見て衝撃を受けました。「帰っていいんだ! 遅刻していいんだ!」って。そういうのもあって、今は昔よりも気の張り方みたいなのはマシになっていると思います。別に遅刻をするわけではないんですけど(笑)。
――今日も誰よりも先に到着されてましたね。……歯科助手から、どうやって復帰に至ったんですか?
田中 お友達から、私に興味がある事務所があるって聞いて……でも私はもう事務所恐怖症になっていたので、「ヤダ~」って断ったんですよ。昔から、「誰かを押しのけてまで!」っていう、ザ・芸能界みたいなのは向いてないな、と思っていたし。でも、お友達が、「本当に普通の感覚を持った方だから、一回会ってみません?」って言うので、お会いしてみて、復帰に……。

――普通の感覚は大事ですよねぇ。復帰してからは、ご自分でショートフィルムを撮られてるとか。
田中 もうけっこう前になっちゃったんですけど……5年くらい前かな? そんなにたった感じはしてないんですけどねぇ。
――きっかけは何だったんですか?
田中 自分のブログを立ち上げた時、「自転車を盗まれた!」って勘違いしちゃった話をブログに書いたんですよ。そしたらそれにずいぶん反響があって、当時の事務所の人に「これ、動画にしてみたら?」と言われて、「あ、そうだね~」って、軽く言ったところから始まったんですよ。でも、いざ作ってみると、初めて脚本も書くし、台本の書き方とかも勉強しないといけないし、「じゃあ撮ろう!」となっても1人じゃ撮れないので、映画とかでお世話になったスタッフさんに手伝っていただいて。編集作業も初めてだったんですけど、もう事務所に寝泊まりしながら勉強していたので、当時はずっと事務所の床に寝てました(笑)。
――その作品はどこで発表したんですか?
田中 『自転車どろぼう』ってタイトルでDVDになって、TSUTAYAでレンタルできるんです。えへへ。その後、短編映画のサイトに、「短編映画の監督を6人募集する」っていう企画があったので、応募してみたんです。そしたら「企画書を送ってください」ってことになって、企画書も書いたことがなかったので、また勉強しながら3つ企画書を書いて応募したんです。それで、選んでいただいて、次の2作目の『傘どろぼう』が生まれたんですよ。
――ずっと泥棒されてるんですね……。
田中 それも勘違いなんですけどね(笑)。それと、自分で曲を作り始めました。Melodyの時は、大人に言われたことを一生懸命こなすことが仕事だったけど、今は自分から発信しなくちゃならない。短編映画を作ったときもそうですけど、わからないことだらけで、勉強することばっかりなんです。でも、それを自分のペースでやっていけることが嬉しいです。

――アコースティックのライブも定期的にされているんですよね。ギターかっこいい!
田中 キターは弾けませんよ。
――へ?
田中 指が短いんですよ。コードに指が届かなくてイラッとして(笑)。ピアノは目で見えるから理解できるんですけど、ギターは自分で見えないし、どうも理解できなくって……。でも、自分の曲の歌詞は自分で書くようになりましたよ。
――2行からの、進歩ですね!
田中 2行から、もう7曲に! アルバムを作ったので、7つの恋愛の歌詞を書いたんですけど、失恋系の歌詞が多かったです。
――それは、実体験を元に?
田中 想像を元に、ですよ。ンフフー。
――今後の活動の予定を教えてください!
田中 今、アコースティックライブをやっていて、『田中珈琲店』って言うんですけど、それが2月22日に13杯目(13回目)です。それを続けながらお芝居もできたらいいな。「息の長い女優さんになる」っていう目標は、Melodyの時から変わってないですから。……あ、あと、エレクトーンの先生にもなりたいかな(笑)。
――元・Melodyメンバーが教えるエレクトーン教室なんて素敵!
田中 でも、そしたらまた勉強しなくちゃいけないですね(笑)。
――今日はありがとうございました!
(取材・構成=小明/撮影=宍戸留美)
●たなか・ゆきみ
Melodyのメンバーとして歌手デビュー。女優としてはCM「青春18きっぷ/JR」、映画『嵐の季節』で主演デビュー、ドラマ『神様もう少しだけ』『ソムリエ』などに出演。楽曲の作詞・作曲や、ショートフィルムの脚本・監督など、クリエーターとしても活動している。
2008年5月、全7曲の作詞・作曲したアルバム『潤恋花 じゅんれんか』を発売。アコースティックライブ「田中珈琲店」を楽しく開店中。
カバー曲を中心に歌っており、現在、iTune他音楽配信サイトで「田中珈琲店のテーマ」配信中。
2013年10月、芸能活動20周年を記念して名古屋で開店した「田中珈琲店11杯目」には、元Melodyのメンバー2人(望月まゆ、若杉南)が集まりゲスト出演した。
・今後のライブ予定
2014年2月22日(土)アコースティックライブ「田中珈琲店13杯目」開店
場所:荻窪「BUNGA」予約受付中
http://tanakayukimi.info/tcoffee13/
2014年4月5日(土)田中有紀美 Birthday Live
場所:M.Nature 表参道 オーガニックカフェ&レストラン エムナチュール
2014年5月10日(土)アコースティックライブ「田中珈琲店14杯目」開店
場所:下北沢「風知空知」
・Web Site
田中有紀美オフィシャルサイト
http://tanakayukimi.info/
田中有紀美tunecoreページ
http://www.tunecore.co.jp/artist/www.tanakayukimi.info
田中有紀美Facebook
https://www.facebook.com/tanakayukimi
田中有紀美Twitter
https://twitter.com/yukimitanaka
●ししど・るみ
1973年、福岡県生まれ。1990年にアイドルデビュー、18歳でフリーアイドルになり現在まで様々な分野で活動中! フランス、ドイツ等でもライブを行い音楽活動で高い評価を得ている。
ルミネッセンス
形態:8曲入り
定価:¥2,500(税込)
品番:SNDL-0003/JAN:4514306011869
レーベル:sundaliru

公式ブログ
http://s.ameblo.jp/sundaliru/
●あかり
1985年、栃木県生まれ。02年、史上初のエプロンアイドルとしてデビューするも、そのまま迷走を続け、フリーのアイドルライターとして細々と食いつないでいる。『アイドル墜落日記 増量版』(洋泉社)、DVD『小明の感じる仏像』(エースデュース)発売中。ブログ「小明の秘話」<
http://yaplog.jp/benijake148/> サイゾーテレビ<
http://ch.nicovideo.jp/channel/ch3120>にて生トーク番組『小明の副作用』(隔週木曜)出演中。ニューシングル「君が笑う、それが僕のしあわせ」発売中<
http://www.cyzo.com/akr/>。