宮沢りえに生き別れの弟がいた!「母の死を知ったのは、2ちゃんねるでした……」

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「週刊文春」10/9号 中吊広告より
今週の注目記事・第1位 「りえ生き別れ弟が初告白 姉さんに会いたい」(「週刊文春」10/9号) 第2位 「迫りくる富士箱根破局噴火から目を背けるな」(「週刊ポスト」10/17号) 第3位 「本人直撃! 安倍総理に『腹違いの弟』がいた」(「週刊現代」10/18号) 第4位 「在特会報道 本誌を捏造呼ばわり山谷えり子大ウソ粉砕テープ公開」(「週刊文春」10/9号) 第5位 「吉永小百合『百年残る作品を作っていきたい』」(「週刊文春」10/9号) 第6位 「日経新聞記者はAV女優だった 70本以上出演で父は有名哲学者」(「週刊文春」10/9号) 第7位 「『堺雅人』はなぜ大ヒット確実な『続・半沢直樹』をやらないのか?」(「週刊新潮」10/9号) 第8位 「宮里藍『ヘソ出し写真厳禁』大パニック」(「週刊ポスト」10/17号)  この原稿が遅れたことをお詫びしたい。私用でハワイのオアフ島で1週間ばかり遊んできた。いつもハワイに行くときは読みたい本を3~4冊持っていくのだが、1冊も満足に読めたことがない。青い海と心地よい風に吹かれていると、本を読むことはもちろん、ものを考えなくなる。困ったものだが、たまの休みなのでまぁいいかと、自分を許している。ただのナマケモノですね。  私が滞在したのは、ワイキキからクルマで1時間ほど離れたコウリナというところだ。この名前を聞いてピンときた人は、相当の嵐ファンだ。そう、私の泊まっている部屋から嵐がコンサートをやった、今は何もない広い空き地が見える。その隣には、ディズニーの作ったリゾートがある。地元の人間に言わせれば、何もない広大な更地に建物を建て、工事の音とコンサート時の騒音は相当なものだったという。おまけに、普段は静かなところに3万人以上の人間が集まったから、地元は潤ったかもしれないが、バケーションに来ている人たちはかなりの“迷惑”を被ったらしい。  コンサートは私の部屋からもよく見え、よく聞こえたはずである。残念だとは思わないが、よくこんなところに会場をつくろうとしたものだと、今はなにもない更地を見ながら考えた。  ハワイには巨大なスーパーマーケットが多くあるが、そのひとつに行ってみたら、韓国の人たちがビビンバを無料で提供するという「イベント」をやっていた。私ももらって食べてみた。コチジャンの味が濃すぎたが、本場の味だった。店の中にはキムチが何種類も置かれ、いろんなキムチを売るコーナーもあり、カクテキとニラキムチを買って食べたが、なかなかのものだった。  ハワイでは日本語を話す人が多くいる。最近では、案内板に日本語とともに中国語やハングルが書かれている。ワイキキには焼肉専門店もある。ハワイにも、中国はもちろんのこと韓国パワーがジワジワと進出していることを実感した。  さて、少し日本を離れている間に朝日新聞バッシングは少し下火になってきたようだ。新潮が今週担いできたのは朝日新聞の天敵ともいえる石原慎太郎だが、今までと同じことの繰り返しである。ほんのさわりだけをを紹介しよう。  タイトルは「国を貶めて新聞を売った『朝日』の罪と罰」。新潮らしくない平凡なタイトルに、中身のなさが表れている。 「(中略)珊瑚事件でも、慰安婦記事でも、ちゃちな英雄主義なのか知らないが、国と民族を貶めてまで新聞を売ろうとするのが、彼らのいつものやり方だ。日本人のモラル低下を嘆く前に、自分たちの下劣さを嘆いたらいい。(中略)朝日新聞はもともと、時流や権力になびくという体質を持っています。特に戦時中は、軍部に非常に協力的な報道をし続け、終戦間もない45年9月19日から2日間、GHQによって発禁処分を受けたことがあるほどです。そうしたら彼らは、それまでの右寄りから、一気に左寄りに転換したんです。その後は、中国の文化革命を評価し、それを主導した江青ら四人組を礼賛するような記事を書いてきたわけだ。どういうわけか日本のインテリは、その手の記事が好きなんですな。(中略)これからも、朝日新聞は言を左右して、自分を、そして自分の主張を守ろうとするでしょう。これまでも朝日はそういう会社でした。今また慰安婦報道において、一部の誤報は認めても、残りは守ろうと必死になっている。我々日本国民が今なすべきことはなにか。それは、売国奴の朝日新聞は買わない、読まない、ということです。もっとも、私がわざわざ言うまでもなく、もう始まっているようだが」  どうです? 朝日新聞叩きのネタがなくなってきたことがよくわかるでしょう。同じことの繰り返しのバッシングばかりで、読者が飽き飽きしていることを早くわかったほうがいい。  それに万が一朝日新聞が潰れるような事態になったら困るのは、朝日新聞叩きで売ってきた週刊誌のほうではないか。朝日新聞は生かさず殺さず、程のいいところで止めるのが大人っていうものではないのか。  今週の現代とポストのグラビア対決だが、現代の「柏原芳恵」の圧勝である。写真家・佐藤健が撮り続けてきた秘蔵写真とあるが、往時の迫力満点のボディを眺めていると、皇太子がファンだといった気持ちがわかる。  それにしても、最近のギャルのヘア・ヌード写真で話題になるものがないのは寂しいね。宮沢りえのヌードが朝日新聞に載ったときは息を呑んだものだが、それだけのタマがいないということだろう。  今週の第8位は、ポストの「宮里藍のヘソ出し写真は使うな」という宮里のマネジャーからの要求で、ゴルフ界が大パニックに陥っているという記事。  私のような女子ゴルフファンは、近年とみにきれいになってきた彼女たちのセクシーな姿を見るのが楽しみだが、最近、人気女子プロゴルファーの宮里藍(29)の姿がゴルフ雑誌の表紙から消えているという。  その理由を、ゴルフ誌編集者がこう話す。 「きっかけは一昨年の秋頃、宮里側からのメールによる通達です。表紙に藍ちゃんの写真を使う際は、どの号でどのような写真を使うかを事前に申告してほしい、というものでした。送り主は藍ちゃんのマネージャーを務め、恋人とも噂されるA氏でした」  A氏は、使うなというのではなく、せっかく使ってくれるのであればいい写真を使ってほしいからだとインタビューに答えているが、雑誌の性格上、時間との勝負になることが多いから、多くの雑誌は納得していないようである。  ゴルフジャーナリストの菅野徳雄氏はこう語る。 「海外のトッププロはメディアに非常に協力的です。それはゴルファーがギャラリー、スポンサー、メディアの3本柱で成り立っており、特に選手と持ちつ持たれつのスポーツメディアに協力することは競技の活性に繋がることを知っているからです。今回の件に他の選手が追従して、ゴルフ人気の低迷につながらないかが心配です。選手はメディアに使われているうちが華なんですけどね」  今の宮里藍に、以前のような勢いは感じられない。だが彼女は、ゴルフを辞めてもいろいろな生き方ができる子だと思う。そのためにメディアとどう付き合っていくのか、マネジャーととっくりと相談したほうがいいだろう。  第7位はどうということのない話だが、ちょっと気になる堺雅人の話である。なぜ彼は大ヒット確実な続・半沢直樹をやらないのか? 「昨年9月、『半沢』の終了直後、続編の製作がほぼ内定していた。ところが、堺の方からは色好い返事がもらえませんでした。あれほど大ヒットすると、続編が前作を超えるのは至難の技と言います。コケれば、せっかくの人気を失う可能性もある。意外とリスクが大きいのです」(民放幹部)  お金の問題もあると、TBS関係者が語っている。 「堺さんのギャラは前回、1回200万~250万円だった。これを1回400万円に上げるという破格な提示をしたそうです。それでも『リーガルハイ』へ行ってしまったということは、彼の『半沢』への意欲はかなり削がれているのかもしれない」  さらに堺は、再来年のNHK大河ドラマ『真田丸』の主演が決定している。 「撮影は、来年夏から始まり、ほぼ1年間拘束されます。堺には、その後も映画の仕事が入っており、次に彼のスケジュールが空くのは2~3年先と言われている」(先の民放幹部)  人気が出るのも大変だが、その人気を持続させるほうがもっと大変である。事務所側はあまり同じ役で色が付くより、大きな役を選んで堺を出すほうが得策と考えているのであろう。TBSにはお気の毒だが。  文春に元日経新聞記者はAV女優の経歴があり、70本以上に出演し、父は有名な哲学者だという記事がある。  佐藤るりは04年にデビューし、単体では12作をリリース。自分で企画したものも含めると70本以上に出演した人気女優だったそうだ。ジャンルはロリコンからSMまでと幅広い。しかし、その後、佐藤るりは業界から忽然と姿を消した。  そして最近、日経の社内でAV出演していた女性記者がいるとウワサになったそうだ。  彼女は慶応の環境情報学部を卒業後、東大の大学院に進学する。09年に日経新聞に入社後、東京本社地方部に所属し、都庁クラブに長く出入りしていた。13年に整理部に移動し、1年半勤めた今年9月末に突然退社したと文春はいう。  日経新聞在籍中の2013年6月、鈴木涼美のペンネームで『AV女優の社会学』(青土社)という本を出している。またWebに連載した『お乳は生きるための筋肉です~夜のお姉さんの超恋愛論~』をまとめた本も近々刊行されるという。  AV女優になった経緯について、彼女はこう振り返っている。 「私、ちょっと軽率なところがあるんです。横浜でスカウトされて面白そうと思って、後先考えずに飛び込んでしまいました。入ってみると想像以上にキラキラした世界で夢中になりました。『佐藤るり』という女優を売り出していくのが楽しかった。自分で監督や脚本を担当した作品もあります。もちろん、お金という見返りも大きかったですよ。二年間で二千万円くらいは稼げましたね。全部、パアッと使っちゃいましたが(笑)。ただ二年続けると飽きてしまい辞めました」  そして選んだのが日経だったという。この女性ただものではない。日経も辞めてこれからは、 「自分が見てきた夜の世界や女性が働く現場などをテーマにもっと書いていきたいと思ったのです。ただ、日経出身をネタに暴露本のようなものを書くことに興味ありません」  ここには載ってはいないが、父親は哲学者の鈴木晶氏、母親は児童文学の翻訳家の灰島かりだそうである。  父親は、娘がAV女優だったことを知った時はビックリしたらしいが、今はこう話す。 「娘の方が私よりずっと文才がありますね。今も娘とはよく食事に行きます。いい関係ですよ」  こういうところから才能は生まれるのだ。鈴木涼美に注目だ。  吉永小百合が小さなブームである。彼女が初めて共同プロデューサーを務めた『ふしぎな岬の物語』が、モントリオール世界映画祭で審査員特別賞グランプリとエキュメニカル審査員賞の2つを受賞したことでクローズアップされている。  それに私は由緒正しいサユリストだから、小百合の出ているものはなんでも読む。文春の「原色美女図鑑」は小百合。記事中でもインタビューをしている。  小百合は『朝を呼ぶ口笛』で映画デビューして、今年で55年。映画出演は今作で118本目になるという。数の多さに比べて代表作が『キューポラのある街』(62年)ぐらいしかないというのが寂しいが、私にはそんなことはどうでもいい。  彼女も女優を続けようかどうしようかと悩んだ時期もあったという。田中絹代の半生を描いた『映画女優』に出演したときのことだ。 「その時、私は四十一歳。これは原節子さんが引退したのとほぼ同じ歳なんです。田中さんのように一生女優を続けるのがいいか、原さんのように幕を下ろすのがいいか、と」  そして吉永は「表現するのが好きだから」と女優を続ける道を選んだという。 「田中さん(が亡くなった歳)を越えてしまいました。でも、突き進みたいという気持ちは全然ないんですよ。まあ、一応、普通に台詞が喋れて、自分の中に映画が好きという気持ちがあるなら、自然な形で出演していきたいと思っていますけど」  すでに、119作目の話もすでに進行しているという。  しかし、彼女も70近い。新潮では、ご当人は女優を引退、プロデュースに専念するのではないかと書いている。その理由は、モントリオールでの公式上演後に「俳優としての道が終わったら、スタッフでも何でもやらせてもらえたら」と発言した。  さらに凱旋会見の席上でも「もう少ししたら、足腰も衰えて、セリフもしゃべれなくなるかもしれない。その時は引退するしかない」などと引退をにおわせているというのだ。  映画評論家の白井佳夫氏はこう話す。 「彼女の代表作と言えるのは、清純な少女を演じた1962年の『キューポラのある街』だけ。目立った作品を持たないなかで、国民的女優かつ日本の女の典型と世間では捉えられている。要するに、吉永小百合は神話なのです」  私は『吉永小百合の悲劇』という本を、少しずつだが書いている。彼女ほどの才能を持った女優が作品に恵まれず、両親との泥沼の葛藤劇を演じ、本当に恋した男とも結ばれなかった。  最も悲劇的なのは、田中絹代のように娘から女、老女へと変身できず、いつまでたっても“小百合ちゃん”を演じ続けなくてはいけないことであろう。  彼女の苦しみや寂しさをわかってあげられるのはオレしかいないと思っているのだが、彼女には伝わらんだろうな。  在日特権を許さない市民の会(在特会)幹部と写真に収まっていたことが、文春の報道で発覚した山谷えり子国家公安委員長。写真もさることながら、取材に対して山谷氏が「ザイトクカイってなんですか?」と答えたことが、担当大臣としての資格の欠如ではないかと大きな問題に発展している。  しかも、山谷氏は記者会見でこのやりとりを「捏造」と主張しているのだから、怒った文春はWebの文春でこのやりとりを流すと宣言。さあ大変。国会では拉致問題よりも在特会との関係を追及され、しどろもどろになっている。  現代では北朝鮮労働党幹部がインタビューに答え、拉致問題の交渉が進まないと日本が批判するが、悪いのは日本側だと開き直っている。だが、ここの言い分だけはわかる。 「誠意がないのは、むしろ日本の側だ。9月3日に内閣改造した際、安倍首相が、ゴリゴリの右派の論客である山谷えり子参議院議員を、拉致問題担当大臣に据えたのはどういうことだ? 山谷大臣は、わが民族の女性を日本は慰安婦に強制連行した事実はないと言い張っている。また、自身はむろんのこと、安倍首相の靖国神社参拝を熱心に説いている。それに最近は、在日朝鮮人の排斥を訴える『在日特権を許さない市民の会(在特会)』の連中と記念写真におさまっていた事実を暴露された。こんな民族の仇敵のような政治家を拉致担当大臣に据えて、安倍首相は拉致問題を本当に解決しようという意思があるのか?」  山谷問題は、拉致問題にも影響を与えているのだ。早く変えたほうがいいと思うがね。  久々に、ジャーナリストの松田賢弥氏が大スクープの予感。安倍首相に、腹違いの弟がいるというのである。  それは、およそ30年前にさかのぼる。安倍首相の父親・安倍晋太郎氏と深い仲になったある料亭の女将がいて、彼女が産んだ男の子が晋太郎氏の隠し子だというのだ。この話が事実なら、晋三氏には腹違いの弟が存在するということになる。  かつて都内有数の繁華街の一隅で、こじんまりとした料亭を営んでいた女性、伊藤秀美(仮名)。その料亭には、晋太郎氏をはじめ、彼を慕う通産官僚らも数多く出入りしていたという。  その秀美が、30代後半だった80年頃に1人の男の子を産んだ。その頃、晋太郎氏はまだ自民党政調会長で、息子の晋三氏は神戸製鋼の新入社員だった。男の子は龍太(仮名)といい、彼女は女手一つでこの子を育てた。  この龍太は現在、東京の大学で教鞭を執っている。私もだいぶ前にこの大学で教えていたことがある。少し前に松田氏から、誰か大学の人間を紹介してくれないかという連絡があった。だが残念なことに、私の知り合いはみな退職していて役には立てなかったが、松田氏は執念の取材で本人に直撃している。  本人は驚き慌ててはいるが、自分が晋太郎の子どもだとは言っていない。また、秀美にも質問しているが、言質はとれていない。  晋太郎氏はすでに鬼籍に入っているため、確証を取るのは容易ではない。今回もハッキリした裏付けはないが、龍太氏の顔が晋太郎氏によく似ていると書いている。松田氏はこう結ぶ。 「龍太は、晋三のように将来を保証されて育ったのではない。ちょうど、父母と死別した晋太郎が独力で戦後を生き抜いたように、彼は自らの力で道を開いていくのだろう」  息子の晋三氏より、父親の晋太郎氏のほうが人間味があるように感じるのは私だけではないようだ。  御嶽山の噴火による死者はおびただしい数になってしまった。ご冥福を祈りたい。  ポストは「迫りくる富士箱根破局噴火から目を背けるな」と警鐘を鳴らしている。日本には多くの火山が存在し、そのどれが噴火してもおかしくないといわれている。  だがその予知というのは、多額の金を投入しているにもかかわらず、まだまだのようだ。ポストはこう憤る。 「今回の噴火に際して、国民をあ然とさせたのは気象庁の諮問機関である火山噴火予知連絡会の藤井敏嗣・会長(東京大学名誉教授)の会見だった。『予知に失敗したというかもしれないが、ある意味では仕方のない状態。われわれの火山噴火予知に関するレベルというのはまだそんなもの』」  この連絡会が設置されたのは1974年からで、国土地理院に事務局を置く地震予知連絡会(68年設置)と並んで、国策として金が注ぎ込まれてきた。火山と地震を合わせた研究関連予算は年間約217億円(13年度)に上り、特に東日本大震災が発生した11年度は約459億円と大盤振る舞いされ、この20年間の総額は4,000億円を超えるという。  それなのにこの程度では、予算の無駄遣いといわれかねない。その中で、今回の御嶽山の噴火を予知していた学者がいたという。  海洋地質学者の木村政昭・琉球大学名誉教授は数百の火山噴火をサンプリングし、過去50年以上にわたる気象庁の地震データをもとに噴火リスクを算出し、昨年3月に上梓した著書で御嶽山の噴火時期を「2013年±4年」と予測し、ピタリと的中させたというのである。木村氏はこう話す。 「富士山は1707年の宝永大噴火を最後に活発な活動を休止しているが、関東大震災(1923年)の頃から再び地下で活動が始まっていると見ている。地下の地震の回数やその深さからマグマの位置が関東大震災の後に上昇してきたと推定できるからです。また、富士山周辺では、洞窟の氷柱が25年ほど前からだんだん短くなっており、富士五湖の水位低下(06年)、大量の地下水が地上にあふれ出して床下浸水などの被害をもたらした湧き水の異常(11年)といった本格的な噴火の前兆現象がいくつも見られる。 世界の噴火を分析すると、火山の周辺で地震が増加した時期から35年ほど経ったところで噴火が起きています。富士山周辺の地震の回数は1976年を境に増加している。諸条件を勘案して計算していくと、富士山は『2017年±5年』で噴火する可能性があるとみています」  富士山が噴火すれば、季節にもよるだろうが、大量の死者が出ることは確実である。世界文化遺産が死の山になるなど想像もしたくないが、いつ起きても不思議ではないようである。  さて今週の第1位は、文春の宮沢りえに生き別れた弟がいて、姉さんに会いたいと告白しているインタビュー記事。  先頃亡くなった宮沢光子さん(65)とりえは、一卵性母娘と呼ばれていた。だが、光子さんに息子がいたことはほとんど知られていないそうだ。  光子さんはオランダ人男性との間にりえをもうけた後、ピアニストの後藤徹(仮名、71)さんと結婚していた。そして1977年7月に男の子が生まれ、りえの弟にあたる。しかし、4カ月後に光子さんはりえを連れて家を出て、以来音信不通だという。  弟の後藤聡さん(仮名、37)は20歳になったころ、祖母が伝えたいことがあるといい、あなたの本当の母親は宮沢光子で、女優の宮沢りえのお姉さんだと教えられたという。  聡さんは精悍な顔つきで、くっきりとした目元は姉のりえにそっくりだそうだ。母が亡くなったことを知ったのは「2ちゃんねる」だった。姉に会いたいと接触したことがあるという。 「四年ほど前に池袋の東京芸術劇場で姉さん主演の舞台があって、再会を希望する趣旨の手紙を祖父がしたため、それを父親が持参し、関係者に渡したのですが、結局連絡はなかった。僕は会って話してみたいけど、向こうはそうでもないのかなと思いました」(聡さん)  あまり知られていない光子さんの人生というのは、どういうものだったのか。芸能記者がこう語っている。 「光子さんは留学目的で渡欧した船中で船乗りだったオランダ人と知り合って結婚。七十三年にりえが誕生しましたが、生後四ヶ月で破局。その後、光子さんが保険外交員や飲食店で働きながら、シングルマザーとしてりえを育てた。一方、りえは十一歳からモデルを始め、十四歳で『三井のリハウス』のCMに出演し大ブレイク。その陰には光子さんの凄腕のプロデュース力があり、アイドル絶頂期のふんどしカレンダーや篠山紀信撮影のヘアヌード写真集『サンタフェ』も彼女なくしては成功しなかった」  その後、92年に日本中が沸いた貴花田(現貴乃花親方)との婚約が発表されるが、その直後に破局。 「結婚して、部屋のおかみさんになったら芸能界を引退するという条件だったのが、光子さんが反対して破談。その後も、自殺未遂や激やせなど、りえの波瀾万丈の人生の背景には、光子さんとの濃密な親子関係があった」(同)  りえは、2年前に元プロサーファーの夫と離婚協議中であることを発表し、現在、5歳になる娘と2人きりで生活しているそうだ。  聡さんの父で、光子さんの夫だった後藤徹さんが、別れて30年以上経っているが全く連絡を取っていなかったと語る。 「初めて出会ったのは、一九七四年頃。私は銀座のクラブでピアノを演奏していて、彼女はモデルをやりつつ、お店で働いていました。同じ職場ということで、僕は毎日演奏して、彼女も週に何回か来ていました。彼女はオランダから帰ってきたばかりで、娘のりえがいて、生活のためにクラブで働いていました。平日は仕事があるので、娘を彼女のお姉さんの家に預けて、週末になると一緒に過ごしていました。最初の印象は、背の高い女性。身長が一六六センチくらいで、スリムな体型でした。お酒が好きで、煙草も吸っていた。酒はすぐに酔うタイプ。『ウチの後藤はいるか?』と酔っ払ってお店に来ることもありました」  2人は出会ってから1年ほどして一緒に暮らすようになり、正式に入籍する。しかし、結婚生活はわずか2年で破綻したという。 「彼女はりえに対しては何でも尽くしたと思います。そう、彼女は冗談で『将来、りえはハーフできれいだからホステスでもさせよう』と言っていました。結婚当時は芸能界なんて考えていなかったと思います。別れた後にりえが三井のリハウスのCMに出ることになったという電話があった。この仕事もりえは、母親の考えに従っていたと思います。でも息子には一度も連絡してこなかった」  徹さんは、最後にこう心情を漏らしたという。 「私は彼女に対して、自分の分身を作ってくれたことに本当に感謝しています。そして、いつか、りえと息子が出会える機会があればいいなと願っています」  りえの演技は、こうした人生の浮き沈みが磨き上げてくれたのであろう。りえが弟に会わない理由はなんなのだろう。そこのところをぜひ知りたいね、文春さん。 (文=元木昌彦)

『月刊少女野崎くん』のヒロイン・佐倉千代はなぜこんなにも愛されるのか? 

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TVアニメ『月刊少女野崎くん』公式サイト
 10月に入り、秋新番の放送が続々とスタートを切っている。今期から始まるアニメ作品は全部で40本以上。アニメファンにとっては、どの作品を視聴するか、また悩みの種となっていることであろう。さて、毎回これだけ多くの作品がある中で、愛されるヒロインと次クールではすぐに忘れさられてしまうヒロインとがいる。もちろん作品自体の人気に左右されるのは間違いないが、その作品が人気ということは、登場するキャラクターが魅力的だからだと言うこともできる。今回は、前クールで人気を博したアニメ『月刊少女野崎くん』のヒロイン・佐倉千代が、多くの視聴者から愛されている理由について考察してみたいと思う。  『月刊少女野崎くん』は、男子高校生で人気少女漫画家の野崎梅太郎と、その野崎に告白するも、野崎に告白の意味を取り違えられて成り行きのまま彼のアシスタントをすることとなった女子高生・佐倉千代を中心に、彼らとその周りの個性的なキャラクターたちが織り成す日常をコメディタッチで描いた作品である。原作者の椿いづみは少女漫画家であり、劇中で登場する野崎の少女漫画も実にリアルで、思わず少女漫画読者なら「あるある!」と頷いてしまう演出もあったりと、男性視聴者のみならず女性視聴者からの人気も獲得。BD&DVD第1巻の売り上げも好調で、発売1週間で1万枚を超えたほどだ。そして、そのヒロインである佐倉千代が、これまた男女問わず「かわいい」と大人気なのである。イラスト投稿サイトpixivでは彼女のイラストが今でもたくさん投稿されているし、ニコニコ動画では彼女のかわいいシーンをまとめた動画がアップされ、ものすごい再生数とマイリス数を誇っている。佐倉千代は、アニメ放映が終わった後でもアニメファンの間で愛され続けているのだ。いったい彼女はほかの作品のヒロインたちとどこが違うのだろうか?  佐倉千代。浪漫学園に通う高校2年生。身長145cm。誕生日は3月27日。血液型はO型。頭の両側につけた、大きな赤い水玉柄のリボンがトレードマーク。  まず単純に、小柄でキュートな外見が魅力的なのは言うまでもないだろう。そこに加え、彼女は野崎をはじめ、周りの変人たちへクリティカルなツッコミを入れ、時には自らボケも担当する。そんな芸人みたいな感じでいるかと思えば、王道のラブコメヒロインもこなしたりと、とにかく器用で表情がめまぐるしく変わるのだ。1話の間でこれだけコロコロ表情が変わる子もなかなかいない。小動物のように動いていたかと思えば、すぐさま恋する乙女にも大変身。かわいい子の豊かな表情は、それだけで見ていて飽きない。愛らしいとさえ思える。しかし、かわいい子のかわいらしい姿というのは時として「あざとい」と映り、反感を買うこともしばしばだ。ところが、佐倉千代はそういうポイントも難なくクリアしているのだ。  それはなぜか? そこで、彼女のプロフィールに、もう一度注目してもらいたい。トレードマークに、「赤い水玉柄のリボン」とある。実は、これがなんとこともあろうか決定的にダサいのだ。今どき、こんなリボンをつけている女子高生なんていない。しかし、このダサいということこそが「あざとさ」を感じさせない上でとても重要なのである。  ファッションというのは、他者に対して自分をどう見せたいかということの表れだ。そしてそれは同時に、他者からの防御をも意味する。例えば、ハイブランドや原宿系の洋服で身を包んだ女の子というのは、同世代のお洒落な女の子たちからの人気は出るかもしれないが、逆に多くの男性陣からしたら自分には手が届かない存在だと感じてしまう。これは結果的に、一部のお洒落男子や自分に自信がある男以外からの防御としての効果を発揮している。しかし、これが同じような容姿の女の子でも、H&MやZARAといったファストファッションで身を包んでいたらどうだろう。おおむね親近感を持つのではないだろうか。もちろん、ファストファッションも別にダサくはない。むしろ今どきだ。ただ、お洒落としては無難なので防御としての意味をなしていないという点で挙げてみた。  さて、こうして見ると、かわいくてファッションセンスも抜群、完全無欠のヒロインより、かわいいのにどこか抜けていたり、ファッションがダサかったりといったヒロインに親近感や愛着が持てるのは言うまでもない。同じ「あざとい」行為をしていても、前者は反感を買ってしまうことが多いが、後者はむしろ愛されるということが往々にしてある。ゆえに佐倉千代は完全無欠ではないからこそ、完全無欠以上のヒロイン足りえるのだ。他作品になるが、成績優秀、能力も最高値の電撃ビリビリ女子中学生が、今どき誰も履いてないルーズソックスを履いていたりするが(そして、私服はことごとくダサい)、彼女もまたこれまでのアニメヒロインの中でトップクラスの人気を誇っている。かわいいけどちょっとダサ目ファッション女子というのが、これからのアニメヒロイン像を考える上で重要なのかもしれない。  10月11日(土)18時から、ニコニコ生放送では、『月刊少女野崎くん』一挙放送が行われる。まだ見たことがないというアニメファンはこれを機に見てみてはいかがだろうか。作品の面白さはもちろん、佐倉千代のかわいさを思う存分に堪能してもらいたい。 (文=織作亜樹良)

意外にフツー!? でもあんまり食べたくない“行列のできる”弁当ってナンだ

chin29_01.jpg  どう、このとんかつ弁当? ロースとんかつメインで、付け合わせがナポリンタンスパゲティーに昆布の和え物。これで税込み350円なら安いでしょ? 早く行かないとスゴい行列ができちゃう人気の弁当なのだ。 chin29_02.jpg  こちらは牛肉のトマト煮弁当。付け合わせも多いし、ピリ辛に煮込まれた牛肉やナスの煮浸しがけっこう美味しい。記者的にはとんかつ弁当よりこっちが好きかな。ましてや、緑の芝生萌える外で食べるとさらにうまい!  でも、食べるのは年に一度でいいやっていう思いも……。 chin29_03.jpg  なぜかと言うと、この弁当を食べているのは、上から見るとこんな形をした近代的な施設の敷地内。屋上にヘリポートらしきものもある建物の形なんか、まるでSF映画に出てきそうな感じじゃない? chin29_04.jpg  そして、その建物の中にある部屋はこんな感じ。あれ? ここってまさか……。  そう、ここはあんまりというか、望んで入りたいとは決して思わない東京拘置所。そこで、10月4日に開催された矯正展に出品された“プリズン弁当”を食べてきたってわけ。
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開会式にはゲストで元AKB48の篠田麻里子が来ていたせいか、黒山の人だかりだった。
 弁当は拘置所で出される食事と同じレシピで調理されているが、「クサいメシ」と言われるだけに、味が薄くて麦ご飯がクサいのかと思ったら、書いた通り、普通にうまくて驚いた。それに、350円って安さなら毎日食べても……いいわけないか。  ちなみに、他にも刑務所レシピのカレーライスや網走刑務所の刑務作業で飼育されている牛の肉を使った黒毛和牛重も販売されていた。  でも、何より驚いたのは、刑務作業製品に並んで、大画面の液晶テレビやハイブリッドカーまで展示されていたことだった!!     プリズン弁当、うもうございました……。 とんかつ弁当、牛肉のトマト煮弁当 供に350円(税込み) インパクト ☆☆ 味     ☆☆ 店     ☆☆☆

ふなっしーが子どもたちを熱狂させる3つの理由 フジ『世界ベスト・オブ・映像ショー』(9月23日放送)を徹底検証!

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『ふなっしーの本なっしー! !』(富士見書房)
 ふなっしー。もはや日本で知らない者はいないほどの人気者であり、特に子どもたちの熱狂ぶりと彼らからの愛されっぷりは尋常ではない。活動を開始したのは2011年11月。船橋市が公認していない非公認のご当地キャラクターであり、梨の妖精である。人気に火が付いたのは2013年2月。日本テレビ系『スッキリ!!』に出演し、司会の加藤浩次との相撲勝負で豪快に投げられる姿が話題を集める。ご当地キャラクターブームやゆるキャラブームの火付け役となり、いまやテレビでその姿を見ないことがないほどの人気者となっている。  ふなっしーが世に出た当初、ここまでの存在になると予想した者はほとんどいなかっただろう。むしろ多くの視聴者は、一発屋としてその存在を認識したのではなかったか。しかし、あれよあれよという間にふなっしーはスターへの階段を駆け上り、子どもたちから圧倒的な支持を得ている。では、「一発屋」と「人気者」の境目には、一体何があるのだろうか?  9月23日に放送された『世界ベスト・オブ・映像ショー 頂上リサーチ』に、そのヒントが隠されていた。ふなっしーはこの番組でアメリカ大陸に初上陸し、誰も見たことのない「頂上映像」を撮影するという役回りだ。ここでふなっしーに命じられる指示がすごい。「海でマナティとのツーショットを撮影する」「アクロバット飛行機で逆さになる」「海の底に沈んだ海底都市を歩く」という、リアクション芸人もかくやという指令。そのすべてに、ふなっしーは応えるのであった。  キャラクターとしてかわいいだとか、面白いだとか、それだけの理由でふなっしーは子どもたちから支持されているわけではない。この番組におけるふなっしーの活躍はちょっと尋常ではなく、また子どもたちを熱狂させるいくつものエッセンスを生み出していた。というわけでこの番組から、3つのポイントを挙げてみよう。 <1>子どもたちの期待は裏切らない  アクロバット飛行機で逆さになるという指令を出された際、当然のようにふなっしーは嫌がる。しかも、用意されているのは70年前に作られたプロペラ機だ。苦悩するふなっしーだっだが、その場に集まった子どもたちの姿を見て「キャラクターとして、子どもたちを裏切れないなっしなー!」と、挑戦の決意をするのだ。  ふなっしーは自ら、子どもたちを裏切らないという性質を、言ってみればキャラクターとしてのカセを、自分自身に与えている。それが結果としてふなっしーのモチベーションにつながり、また子どもたちにとっては、ぼくたちのために頑張るふなっしー、という存在になる。ある意味でファンタジーの世界における関係性のようだが、それを梨の妖精という形でふなっしーは現実に落とし込む。子どもたちにとっては、それは間違いなく夢のような世界だろう。 <2>ちゃんと嫌がる  「子どもたちを裏切らない」という基本姿勢は根底にあるが、もちろん無茶なことを依頼されたときはちゃんと嫌がる。自ら喜んで挑むわけではなく、「無理なっしー!」「冷たいなっしー!」「移動時間が長すぎるなっしー!」とちゃんと苦しんでいる姿を視聴者に伝える。これはリアクション芸人としての基本ではあるが、指令を嫌がる様子はふなっしーの人間性を伝える。まあ、梨の妖精ではあるのだが。  子どもたちからしてみれば、“つらくて大変なことでも、ぼくたちのためにふなっしーが頑張ってくれている”という姿は、当然のように共感を呼ぶだろう。実際2014年秋現在、ふなっしーはただのゆるキャラではなくリアクションキャラへの変貌を遂げている最中だが、この流れは必然だとも言える。自分が苦しんで頑張る姿が子どもたちに勇気を与えると知っているからこそ、ふなっしーは常に新たな無茶ぶりに応え続けるのだ。 <3>見たことのない景色を見せてくれる  番組の中でも最も感動的な映像は、ふなっしーがマイアミのメモリアルリーフで海底都市を歩くシーンだ。大量のおもりを自身にインストールして、ふなっしーは海の底に沈む。そして海底を歩きながら、「水の中ってこんな、空を浮いているような感じなっしー! 素敵なっしなー!」と感激を伝える。この様子を見て、“ぼくも水の中を歩いてみたい”と思う子どもたちは、決して少なくないだろう。ふなっしーは自らがそれを体験することによって、子どもたちの好奇心を喚起させるのだ。  もちろん以上のことは、行為としては例えばリアクション芸人にもできることではある。だがなぜふなっしーだけが、子どもたちからここまで熱狂的な支持を集めるのか? それは、ふなっしーが無力だからだ。その肉体的な形状から、動きにも限界があり、いわば不自由な存在である。そして子どももまた、無力であり不自由な存在なのだ。大人のように自由に物事を決められるわけではなく、肉体的にもまだまだ幼い。そんな自分たちを象徴するのが、ふなっしーという不自由な存在である。  だからこそふなっしーは、子どもたちに勇気を与える。無力であっても、不自由であっても、こんなにすごいことができてしまうのだと、ふなっしーは自らの行動で子どもたちに示してくれる。ふなっしーは、ただの一発屋的な人気者ではない。子どもたちに勇気を与え、そしてもしかしたらその人生に影響を与えるかもしれない、子どもたちにとっての憧れの存在なのだ。 【検証結果】  現在、爆発的な人気を集めているふなっしー。だが、その人気に溺れることなく、自らは「飽きられて時間ができたら、のんびり幼稚園などを回って子どもたちを楽しませたい」と語っている。子どもたちに勇気と歓喜を与えるために生まれた、まさに妖精。ふなっしーという名のファンタジックなストーリーは、これからも終わることなく、永遠に続いていくのだろう。 (文=相沢直) ●あいざわ・すなお 1980年生まれ。構成作家、ライター。活動歴は構成作家として『テレバイダー』(TOKYO MX)、『モンキーパーマ』(tvkほか)、「水道橋博士のメルマ旬報『みっつ数えろ』連載」など。プロデューサーとして『ホワイトボードTV』『バカリズム THE MOVIE』(TOKYO MX)など。 Twitterアカウントは @aizawaaa

突然“Gカップ爆乳”の板野友美、無修整で勝負に出た大島優子……AKB卒業生の“ボディ”に異変!

ranking131012.jpg  9月下旬に人気を集めた記事をランキング形式で振り返る、このコーナー。今期は江角マキコ騒動や、AKB48卒業生の“疑惑”が話題になりました。とくに、ともちん突然の“Gカップ爆乳”アピールには、我が目を疑った人も多いことでしょう。ただ、顔のお直しが整ったら次はボディ、というのは、自然の流れといえば自然ですが。それでは早速、ランキングをチェックしていきましょー! 第1位 「こんなはずじゃ……」江角マキコ“落書き事件”で、頭を抱える被害者・長嶋一茂 鬼嫁には頭が上がらず。 第2位 大島優子、AKB48卒業後初写真集『脱ぎやがれ!』は“無修整”!? リアルすぎる体にファンから戸惑いの声 蜷川実花ってのがなー。 第3位 江角マキコ“落書き騒動”大物の仲介にも「知らなかった」の一点張りで、芸能界から孤立状態に…… 我が強すぎるのが売りとはいえ……。 第4位 元AKB48・板野友美が突如“Gカップ爆乳”に! ツアー中に豊胸できるの? 専門家「可能です」 まじか。 第5位 「あっちゃん、ピンチ!?」キャバ嬢“お持ち帰り”のイケメン俳優・山本裕典、前田敦子の××を吹聴か? 安いイメージの男。 次点 「売れているものに乗らないスタンスに……」『新・週刊フジテレビ批評』に見る、フジテレビの自己改革 日刊サイゾーはフジテレビを応援しています。 次々点 「流行ってるなら、とりあえず乗っかる!」“渋谷のカリスマ”あっくんの飽くなきミーハー魂 文章だけじゃ、面白さがなかなか伝わりにくいですが……。

世界は「使われなかった性技」であふれている! ピンク映画50周年記念『色道四十八手 たからぶね』

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ピンク映画界で活躍する愛田奈々をヒロインに起用した『色道四十八手 たからぶね』。ピンク映画の伝統を受け継ぎ、35ミリフィルムで撮影された。
 人と人との肌が触れ合う温かみと、その触れ合った肌はいつかは離れなくてはならないという切なさ。渋谷ユーロスペースで封切られる成人映画『色道四十八手 たからぶね』には、そんな生きとし生けるものの万感の思いが込められている。決して大予算を注ぎ込んだ大作でもなければ、大物キャストを起用したわけでもないが、ピンク映画50周年記念にふさわしい心に染みる官能ドラマとなっている。  『たからぶね』の企画・原案はピンク映画黎明期から活躍し、美保純のデビュー作『制服処女のいたみ』(81)や可愛かずみのデビュー作『セーラー服色情飼育』(82)などを撮り上げた渡辺護監督。製作準備中だった2013年12月24日に渡辺監督は大腸がんのために亡くなり、その遺志を引き継ぐ形で脚本を担当していた井川耕一郎が演出も務め、商業監督デビューを果たした。人と人との出会いと別れの妙こそが、人生でありドラマなのかもしれない。  本作のキーワードは、タイトルに謳ってある“たからぶね”。おめでたい宝船をめぐって、4人の男女の痴態が描かれる。主人公は千春(愛田奈々)と一夫(岡田智宏)という若い夫婦。一夫が出勤する際には千春がキスで見送るという、甘い新婚気分を漂わせている。セックスに関して千春は奥手だが、そんな妻のことを一夫はウブな女だとかわいく思っている。ある晩、千春がベッドの中で寝言で「たからぶね」と呟く。七福神が乗る宝船のめでたい夢でも見ているのかと、一夫は微笑ましく千春の寝顔に見とれていた。夫婦水入らずの幸せな時間が流れていく。  一夫は千春を連れて、叔父の健次(たかみつせいじ)と妻・敏子(佐々木麻由子)が暮らす家に遊びにいく。身寄りのない千春が敏子から家庭料理を習っている間、一夫は健次がこっそり隠し持っていた年代物のエロ写真集を見せられる。その写真集は江戸時代の春画を実演したもので、“四十八手”と呼ばれる様々な体位が網羅されていた。見慣れた体位からアクロバティックなものまで並ぶ中、あるページに一夫は目が釘付けとなる。そのページでは仰向けになった男が片足を直角に上げ、男の上に股がった女はその足にしがみついている。男の足を帆柱に見立てた性戯“宝船”、別名・交叉対向男性仰臥位だった。騎乗位で男を操る女は、まるで弁天さまのようだった。「宝船という体位があったんだ。よ〜し、いつか千春と試してみよう」とにやける一夫。でも、いつかという日は決して訪れない。千春のウブさは一夫にだけ見せていた仮面であって、実は不倫の常習者であることが分かる。しかも、千春の不倫相手は意外な人物だった……。
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ミステリアスな美しさを感じさせる千春(愛田奈々)。実家はなく、男たちの間をさまよい続ける寄る辺なき女だ。
 若い夫婦と熟年夫婦のそれぞれの性の営みを描いたピンク映画ならではのセックスコメディだが、4人の男女の絡みの他にも、江戸時代から伝わる春画の世界が男女のモデル(野村貴浩、ほたる)によって再現される。昔々、春画は性の教科書として花嫁道具のひとつだったなどのエロトリビアも盛り込まれる。カレーライスに添えられた福神漬けのようなサービスがうれしい。『たからぶね』は1962年に製作・公開された『肉体の市場』から始まるピンク映画50年の歴史だけでなく、日本の性文化そのものを俯瞰してみせる。数々の性戯の末に、自分も自分のご先祖さまも生まれてきたのだという連綿たる性の歴史がここにある。なんと広くて深い快楽の海だろう。そんな大海原の中、不思議な巡り合わせで千春と一夫は出会ったのだ。一夫は千春と過ごした甘い日々が愛しくて仕方ない。できれば、2人で“宝船”を試してみたかった。宝船に乗った千春は、一体どんな表情を見せただろうか。2人で一緒に舟を漕いで、もっともっと沖まで出てみたかった。この世界には、まだ2人が知らない秘宝や喜びがいっぱい隠されているのだ。  ピンク映画50周年記念作品『たからぶね』をプロデュースしたのは、ピンク映画専門誌「PG」を25年間にわたって自費出版し続けている林田義行、関西を拠点にしたピンク映画の無料情報誌「ぴんくりんく」を発行している太田耕耘キの両氏。『たからぶね』はもともとは渡辺監督が『喪服の未亡人 ほしいの…』(08)を撮り終えた後、新作として温めていた企画だった。だが、近年のピンク映画界は製作本数の減少など状況が大きく変わったため、脚本は完成したもののお蔵入り状態に。そこで渡辺監督と交流の深かった太田氏が林田氏に声を掛け、ピンク映画史のメモリアル作品として共同プロデュースが実現した。 「映画をプロデュースするのは初めての体験でしたが、ピンク映画50周年という節目の作品に携われるなんて希有なことだし、脚本も面白かったので、喜んで引き受けました。まぁ、引き受けたものの大変でしたが(苦笑)。ピンク映画50周年にあたる2012年には製作の目処が立たず、最終的に『ぴんくりんく』と『PG』での自主制作という形になったんです。また撮影に入る直前に渡辺監督が亡くなるという思いがけない事態にもなりましたが、入院中だった渡辺監督から『映画を完成させろ』と指名された脚本家の井川さんが独自色を出しながらも、渡辺監督が生前語っていた企画意図も汲み取った作品に仕上げてくれました。ゆくゆくは成人館でも上映したいと考えていますが、自主制作ゆえに契約館があるわけでもなく、この映画を上映してもらう営業をかけるところからのスタート。いわば、ピンク映画の原点に戻ったということです。まずは一般館での上映から始めるので、ピンク映画を知らない若い世代や女性の方たちにもピンク映画の面白さを感じてもらえるとうれしいですね」(林田氏)
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江戸時代の春画を再現。ピンク映画のみならず、日本のポルノグラフィー全体を振り返った壮大な内容となっている。
 ピンク映画の伝統に従い、35ミリフィルムで撮影し、アフレコで仕上げられた『たからぶね』。フィルム上映に最期までこだわった新橋ロマン劇場が8月末で閉館したため、『たからぶね』は都内でピンク映画をフィルム上映で観賞できるレアな機会となる(上野オークラはデジタル上映)。フィルムならではの温かみのある質感で撮り上げられた女優陣の柔肌と先人たちが編み出した性戯の数々をこの目に焼き付けたい。 (文=長野辰次) takarabune_04.jpg 『色道四十八手 たからぶね』 企画・原案/渡辺護 監督・脚本/井川耕一郎 出演/愛田奈々、岡田智宏、なかみつせいじ、佐々木麻由子、ほたる、野村貴浩  製作・配給/PG ぴんくりんく R-18 10月4日(土)より渋谷ユーロスペースにてレイトショー。以後、大阪・第七藝術劇場、京都みなみ会館、神戸映画資料館ほか全国順次公開予定 ※10月11日(土)よりユーロスペースにて特集上映《渡辺護 追悼、そして「たからぶね」の船出》を開催。渡辺護監督の貴重な旧作ピンク6本と井川耕一郎監督による『渡辺護自伝的ドキュメンタリー』を上映 (c)PG ぴんくりんく http://watanabemamoru.com

水着ギャルもウキウキ、江の島で18禁ゴミ拾い大会開催! 若者たちがゴミ拾いでTENGA童貞を脱出!!

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タツノオトシゴが描かれたゴミ袋はTENGA提供によるもの。
当日は250人以上が集った。
 アダルトグッズメーカーのTENGAと、「日本一楽しいゴミ拾い!」をモットーに、江の島でファンキーにビーチクリーン活動を行う団体「海さくら」が9月27日、湘南・江の島エリアで参加資格「18歳以上の男女」をうたった大規模な「18禁ゴミ拾い」イベントを開催。約250人の若者を集めて、90分間に渡って江の島海岸付近を清掃した。  よくあるボランティアのゴミ拾いイベントとは違い、ゴミ袋1袋でTENGA EGG、2袋目からはPOCKET TENGAがもらえるという一風変わった趣向で行われた本イベント。男性だけでなく、女性も多数参加し、「海さくら」オリジナルの江の島非公認ゆるキャラ「エノシゴくん」も終始イベントを盛り上げた。ビーチクリーン後には、片瀬西浜の海の家「LAWA LAWA×GAZIR」から提供されたお酒も振る舞われるなど、大盛況。会場では女性用の胸パットやパンティ、意味不明な巨大扇や、バーベキューセット、自転車や交通標識等をはじめ、ユニークなゴミを持ち合う「おもしろいゴミ拾った選手権」も開催された。
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エノシゴくん

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扇?

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こちらはたぶん女性用下着
 配られたTENGAは、引き換えに行列ができるほどの人気ぶりで「正直面白半分でもらったんですけど、俺はTENGA童貞。使い道に迷う」と照れ笑いを見せる人もいれば、「これはもう今日使います。TENGAはよく使うんです!」と、日頃からTENGAユーザーであることを隠さないやる気満々な若者も。現場でひと際目をひいた水着ギャル2人組も「遊びもかねてきたんですけど、社会貢献できた!」とイベント参加の感想を口にしつつ「TENGAももらえて嬉しい。わたし実はTENGAマニアなんです(笑)iroha(女性用TENGA)も3種類家に持ってます!」とTENGAの配布にご機嫌な様子だった。
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TENGA受け渡しのようす

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たくさんのゴミがTENGAと交換された

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その場でTENGAしたくなっちゃうような美女も!
 現場にはTENGAの広報宣伝担当・松浦隆氏も姿を見せたが、「『海さくら』さん主催のゴミ拾いイベントは定期的に行われていて、毎回100人くらいが参加していますが、TENGA効果もあって今日は250人以上が参加した。初めての人も多かったみたいだし、みなさん喜んでくださって、本当にうれしい」と、その反響に目を細める。  松浦氏によれば、ビーチクリーン活動で多くの子どもがゴミを拾っている事にショックを受け、「大人が捨てたゴミは大人が拾うべきだ」とTENGAでの参加を決めたという。「大人を集めるためにどうすればいいか、TENGAができることを考えました」という松浦氏は自身もゴミ拾いに参加し、「吸い殻が多かったんですけど、自分も喫煙者なので、吸う人はもっと喫煙のマナーを守ってほしいと実感しました」と本イベントの感想も。
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楽しそうな参加者たち

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楽しそう。
 また、「海さくら」代表の古澤純一郎氏は湘南・江の島エリアで出されている、ほとんどのゴミが、海でのものでなく川を流れてたどり着いた街のゴミばかりで、その大半が大人たちの出したゴミだと指摘。本イベントを“18禁”にした理由についても「大人だけのゴミ拾いをやりたかった。ビーチクリーン活動は子どもたちも参加してくれていますが、大人が出したゴミを子どもが拾うのはおかしいですよね」といい、「活動を初めて今年で9年目になりますが、昔、江の島にもタツノオトシゴがいました。それが戻ってくるくらいファンキーに楽しくクリーン活動ができれば」と今後も同様のゴミ広い活動を続けていく方針を明かしていた。 (取材・文=名鹿祥史) ●海さくら公式ホームページ http://www.umisakura.com/ ●TENGA http://www.tenga.co.jp/

「陸上界に新しい可能性を示してやる」市民ランナー・川内優輝の使命感とマラソン愛

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『走れ、優輝』(中央公論新社)
 埼玉県庁の市民ランナー・川内優輝が大きくメディアに取り上げられるようになったのは、2011年の東京マラソンがきっかけだった。この大会で、2時間08分のタイムを叩き出し、日本人としては最高位となる3位に入賞した川内。まさか、実業団にも所属しない「市民ランナー」がここまで脚光を浴びるとは、誰も考えていなかった。  以降、国内大会のみならず、シドニーマラソン、エジプト国際マラソン、オーストラリア・ゴールドコーストマラソンなど、海外の舞台でも優勝を収めてきた川内。ロンドン五輪こそ出場できなかったが、2011年の世界陸上テグ大会、2013年の世界陸上モスクワ大会にも出場を果たしている。  公務員としてフルタイムの仕事をこなしながら、市民ランナーとしてトレーニングを積む川内。いったいどうして、川内だけがこのような好成績を残すことができたのだろうか? 彼の母親が執筆した『走れ、優輝』(中央公論新社)を元に、その秘密をのぞき見てみよう。  春日部東高校で陸上部に所属し駅伝を走っていた高校3年生の川内は、学習院大学への進学を決意する。これは、駅伝をする高校生にとって異例の決断だった。学習院の陸上部は、箱根駅伝に出場したことがない、いわば弱小校。けれども、川内は強豪大学に進学して厳しい環境に身を置くことよりも、「楽しく走る」ことを優先した。  だが、学習院大学陸上部に入部した川内の胸には、「本当にこんな練習でいいのだろうか?」という戸惑いが広がる。  高校時代は、春日部東高校で毎日厳しい練習に取り組んできた川内。しかし、大学では朝練もなく、週に2回も休みがある。高校では週に3~4回行われていたハードな「ポイント練習」も、大学では週に2回。監督は「無理をするな」「競り勝たなくていい」とアドバイスを送る……。  だが、意外にも、川内はこの環境でグングンと成績を伸ばしていったのだ。高校時代は厳しい練習によってケガに苛まれていた川内。大学の少ない練習時間は、入念な準備運動や体のケア、少ない時間で効率よく練習することを彼に教えた。高校時代は県大会レベルだった記録は、関東大会で戦えるほどに向上。川内は箱根駅伝の関東学連選抜として、学習院大学初の箱根駅伝出場選手に選出される。  在学中には、2回の箱根駅伝出場で、それぞれ区間6位、区間3位という成績を収めた川内。普通のランナーであれば、実業団に入り、次なるステージに進むのが常識だが、川内が選択したのは「国家公務員試験」だった。実業団からも誘いがあったが、陸上だけでずっと食べ続けられる実力はないと考えた川内は、公務員として勤務しながらマラソンを続けていくことを選択した。  だが、川内は自信がないわけでも、楽な道を選んでいるわけでもない。彼ほどマラソンを愛している人間もいないだろう。当初から、川内の目標は「継続して楽しみながらやっていくこと」と「生涯現役を貫く」こと。彼にとって、マラソンは若い間のスポーツではなく、一生をかけて取り組むものなのだ。試験をパスするも、国家公務員になると陸上の練習時間を確保することは難しいと考えた川内は、内定を辞退して地方公務員に就職する。彼は、マラソンのために埼玉県庁を選んだのだ。  社会人となった川内は、埼玉県立春日部高等学校定時制に埼玉県職員として勤務しながら、毎日2時間ほどを練習に充てている。もちろん、ほかの選手に比較して練習は少なく、実業団選手が月に1000km走るところ、川内は600kmほど。また、実業団では1日に2回、3回と練習を重ねるが、川内の練習は1日に1回のみ。1回きりの練習に集中して取り組むことで、長時間の練習にも勝る成果を上げている。常に限界を超えながら走るのではなく、抜くべき時にしっかりと抜き、メリハリをつけることこそが、川内にとって最も大事な練習メニューなのだ。 「フルタイムで仕事をしているからこそ、常に“走りたい”と思える。一日中練習をしていると、なかなかそうはなりづらいかもしれない」  猛烈な練習に明け暮れた高校時代に思ったような成績を出せなかったものの、大学時代に練習時間が短縮されると川内の記録はとたんに向上した。ほかの選手はいざ知らず、川内にとっては短時間の集中したトレーニングこそが最大の効果を発揮できるようだ。川内は、監督もコーチもなく、市民ランナー仲間とのトレーニングを行っている。自分自身で練習メニューを考え、その結果にも責任を持つ、さながらパンクバンドのようなDIY精神を持つランナーだからこそ、彼は独自の練習を続けることが可能なのだ。  現在、川内は、ある「使命感」に燃えている。 「陸上界に(市民ランナーの)自分が新しい可能性を示してやるぞとか、日本の男子マラソン界を変えるんだ、くらいのつもりになってテンションが高まっています」  実業団に入らずともマラソンを続けられること、そして結果を残せることを、自身の活躍によって証明してきた川内。それは、「プロでなければ戦えない」と無自覚に考えてきた日本陸上界や日本スポーツ界にとって、常識破りの出来事だった。 「整備された登山道以外は困難な道だと思っていても、それが自分にとって困難な道とは限りません。(略)そして、そうした道を選んだほうが、人生も面白いのではないでしょうか」  10月3日に行われる「仁川アジア大会」のマラソンに出場する川内は、金メダルのみを目標に据え、「取れなければ来年の世界選手権の選考レースには出ません」と明言している。もちろん、「生涯現役」を掲げる川内にとってはこのアジア大会や世界選手権はあくまでも通過点に過ぎないだろう。しかし、だからこそ「市民ランナー」が、アジアの頂点に君臨できることを証明してほしい。 (文=萩原雄太[かもめマシーン])

「売れているものに乗らないスタンスに……」『新・週刊フジテレビ批評』に見る、フジテレビの自己改革

odaibafujitv0930.jpg  ほんの少し前まで、「テレビ」といえば、“フジテレビ的”なものをイメージしていた。見たことのないものを見せ、新しい価値観を生み出してきた冒険と挑戦に、幾度もワクワクさせられてきた。  そんな“黄金時代”が遠い昔のように、いまフジテレビが迷走を続けているように見える。最低限の視聴率が約束される(であろう)過去の遺産を食いつぶすように消費する一方で、新機軸の番組は視聴率が伴わなければ甲斐性なくすぐに打ち切りを決めてしまう。いわば、視聴率に踊らされているかのようだ。  そもそも、あくまでも業界内の指針だった視聴率を、今のように一般の視聴者までもが注目するきっかけを作ったのはフジである。フジ絶頂の80年代後半、自分たちの威光を示すために用いたのが、「視聴率三冠王」という概念だった。これはゴールデン、プライム、全日の各区分を制した時に自称したもので、フジは82年から12年間、民放の「三冠王」であった。しかし、その後、日テレが10年にわたりノンプライムを含めた「四冠王」を奪取。さらに、04年以降はフジが返り咲いたが、11年には再び日テレが勝利。そしてついに、テレビ朝日が躍進。フジは「三冠王」を逃すどころか、民放3位の座に降格した。自らの権威を示すために使い始めた「視聴率三冠王」の概念が、自らの失墜を如実に表してしまっているのはなんとも皮肉だ。  フジには『新・週刊フジテレビ批評』という、自局を自ら批評する“自己批評番組”が存在する。この手の番組は、『はい!テレビ朝日です』(テレビ朝日系)や『TBSレビュー』(TBS系)など各局にも存在するが、それらが月1回や隔週の放送だったり、20分など短い時間での放送だったりするのに比べ、『新・週刊フジテレビ批評』は毎週1時間放送されている。  9月20日、27日の放送では「The批評対談スペシャル」として、識者による対談が長めの時間を割いて放送された。第1弾の20日の放送では、元BPO委員の水島久光氏、放送作家の高須光聖氏、ライターの吉田潮氏、そして『ダウンタウンのごっつええ感じ』『笑う犬の冒険』『トリビアの泉』などフジを代表するバラエティ番組の数々を手掛け、現在はフジテレビ・バラエティ制作センター部長の小松純也氏が顔をそろえ、「バラエティの未来のために」と題し、特にフジテレビのバラエティ番組の今後について話し合った。続く27日の第2弾では、批評家の宇野常寛氏、ドラマ評論家の木村隆志氏、早稲田大学教授の岡室美奈子氏による「今年のドラマを振り返る」鼎談が行われた。  自局の未来を、識者が集まって討論したものが土曜早朝に放送されるという状況を「コントとの設定としてはなかなかのもの」と笑う小松氏。そんなやや引いたスタンスで参加しているかのように見えた小松氏だが、いざ討論が始まると、口調こそ静かで落ち着いていたものの、誰よりも熱かった。  まず視聴者から見た、今のフジテレビの問題点が挙げられていく。  「同じ人ばかりが出ている」「内輪受け」「飽きた」「深夜番組の面白さがなくなった」「保守的」など辛らつだが、ある意味で的確な批判が次々と寄せられていく。ライターの吉田氏も「壮大な内輪受け感がある。それについていけたら面白いが、そうでないと楽しめない。内輪受け感が他局より強い」と指摘する。元BPOの水島氏も、フジのバラエティの特徴を「スーパースター列伝」と形容し、その功罪を挙げる。  それに対し、高須氏が「フジテレビは、演者さんへの愛がすごい」から、良くも悪くもそうなってしまうとフォローすると、いよいよ小松氏が口を開く。 「フジテレビの考え方は人間中心。人間に目を向けることだと、僕らは思っています。その人間の生き様が、世の中にメッセージを発信できるのではないかと。人間中心に作って世の中にメッセージとして伝わるというのが、フジテレビの考え方なんです」  そして「売れているものに乗らないスタンスに、明確に変わろうとしています」と続ける。  視聴率が取れていた時代、フジには“黄金のラインナップ”ともいえるコンテンツがそろっていた。しかし、それは一方で、新人の出る幕がないことを意味していた。新しいことに挑戦する機会が損なわれていた状況の中で、フジは急速に視聴率を落としていった。そんな事態に追い込まれ、慌てて何か新しいことをやらねばとやったことが、小松氏の言葉を借りれば「マーケティングで番組を作る」ことだった。他局のヒット企画や他番組で活躍している人たち、それらを寄せ集めて番組を作っていった。  が、それではうまくいくはずがない。その理由を、小松氏はキッパリと語っている。 「僕らフジテレビは、あんまりそれが上手じゃない。どちらかというと、自分が面白いと思うことを世の中に問うことによって生き永らえてきたテレビ局だから」  前述の通り、90年代半ば、三冠王から陥落したフジは04年に一時的に復活した。その頃、小松氏が手がけていた番組が『笑う犬』シリーズと『トリビアの泉』だった。この2つの番組は、「一個もマーケティングからスタートしていない」と小松氏は胸を張る。 「一人の芸人が、どうしてもコントをやりたいっていうわがままから始まったのが『笑う犬』。『トリビアの泉』は、若いヤツらがこういうことが面白いと思うっていう発想からできた番組」  その熱さにこそ、フジ復活のヒントが隠されているのではないか。小松氏は続けて言う。 「そういうところに立ち返って、自分たちが面白い、世に問えるものは何か真剣に考えてみようっていうのが今の状況」だと。  今のフジの視聴率的な状況は、実は70年代に似ている。あの頃、フジは日テレ、TBSに遠く及ばず、視聴率3位の座から抜け出せなかった。しかし、その反骨精神が熱を起こし、「新しい」ものを作り続けた結果、「新しい」面白さを次々と発見し、フジに黄金時代をもたらしたのだ。今は確かに迷走しているかもしれない。けれど、それが助走ではないと、誰が言い切れるだろうか? 昔の“黄金時代”のフジテレビに戻ってほしいわけではない。僕らは、“新しい”フジテレビが見たいのだ。 (文=てれびのスキマ <http://d.hatena.ne.jp/LittleBoy/>) 「テレビ裏ガイド」過去記事はこちらから

加熱する報道に“リベラル派”現代が待った!「朝日叩きは政府によるメディアリンチ」

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「フライデー」10/10号(講談社)
今週の注目記事・第1位 「涙撮! 番長・清原和博離婚発表前日 ベッピンの嫁・息子と『別れの現場』」(「フライデー」10/10号) 第2位 「世界が見た『安倍政権』と『朝日新聞問題』」(「週刊現代」10/11号) 第3位 「『拉致の安倍』が大恥をかいた金正恩『被害者はいなかった』嘘報告」(「週刊ポスト」10/10号) 第4位 「神戸女児生田美玲ちゃん殺害事件 なぜ警察はこの男に気づかなかったのか」(「フライデー」10/10号) 第5位 「『宇津井健』未亡人と長男が揉める相続」(「週刊新潮」10/2号) 第6位 「銀座に高級クラブ開店で伝説の芸妓『佳つ乃』は一旗揚げるか?」(「週刊新潮」10/2号) 第7位 「嵐ハワイ3万人コンサート」(「週刊文春」10/2号) 第8位 「夏の甲子園『女友達に記者証』事件を隠蔽していた卑劣」(「週刊文春」10/2号)  いやはや、面白いことを考える人がいるものだ。コンドームで作る料理のレシピ本『作ってあげたいコンドームごはん』が電子書籍で発売されたというのだ。「コンドームところてん」や「コンドーム肉詰め」などの簡単な料理から「コンドームのエスカルゴバター焼き」などの応用的な料理、「コンドームアイス チョコレートソースかけ」といったデザートまで、幅広く11種のレシピを用意しているという。  架神恭介氏とプロモーションプランナーのおぱんぽんによる企画で、料理研究家の遥野ユカ氏が監修を務めている。遥野氏によれば、同書は「コンドームの伸縮性・耐久性を活かして調理道具・器として活用し、コンドームの可能性を広げることに成功しています」とのことだ。  この本を作る動機は、日本の男性のコンドーム装着率が世界ワースト3位というデータから、このことが日本の性病や中絶問題に影響を与えているのではないかと考え、普段の生活からコンドームの存在を身近に感じてもらおうと作ったそうだ。  電子書籍ならではの独創的で実験的な本作りである。私がeBook Japanでやっている電子書籍「e-ノンフィクション」も、頑張らなあかんな。  今週のグラビア対決は、ページを開く前に勝負が決まっていた。ポストは「笛木優子──淑女のエロス」と「マナミという名の実」で、力が入っていない。  現代は、半井小絵(なからいさえ)というNHK『ニュース7』の元お天気お姉さんのセクシーショットと、「完全未公開ヘア・ヌード 関根恵子」はグラビアと袋とじのダブルである。  先日のポストの「林檎ヌード」のように懐かしの女優の話題になったヌードだが、恵子はいいね。団塊世代には胸キュンの写真である。今は“カツラ”のCMなどで見かけるが、齢60を超えてもまだまだ色香は健在である。目つむれば我が青春甦る。美ババ、バンザイ! 今度は十朱幸代の袋とじをやってくれないかね。できえば「発掘セクシー」を探してくれるとうれしい。  今週は現代の圧勝だ~ッ!  朝日新聞について書くのは気が重いが、甲子園で高校野球が見たいという女友達に自分の記者証を貸していたという「事件」は、残念ながら朝日はここまで堕ちていたのかと思わせるものだった。  文春によれば、この記者は横浜総局の入社2年目のN。元高校球児だそうだ。この彼女、ただ見ているだけではなく、撮影禁止の場所で嬉々として写真を撮っていたため、大会関係者に「御用」となり、不正使用が発覚した。大会本部に横浜総局長とN記者が呼び出されて謝罪し、N記者は記者証を没収されたという。この件は公になることはなかった。  だが、隠しおおせるものではない。主催が朝日新聞ということがあるのだろう、この処分は甘すぎる。 「もし他社が同じようなことをやれば、顛末書で済む話ではなく、会社ごと記者証が剥奪されます」(スポーツライター)  この気の緩みが朝日新聞に蔓延しているとしたら、必ずこれなど比べものにならない大不祥事が起こること間違いない。そのときは、朝日が崩壊するときである。まずは木村伊量社長が辞任して、緊張感を社員たちに持たせることだ。一刻も早いほうがいい。  7位も文春。9月19日と20日、嵐がデビュー15周年を記念した3万人コンサートをハワイで開催した。会場は、ワイキキからクルマで1時間ほどのコオリナというところ。コンサートは大成功だったらしく、地元紙によれば経済効果は約22億円だそうだ。だが文春は、チケット付きの旅行代が高すぎるのではないかとクレームを付けている。  確かに高い。この時期、ハワイは閑散期だから安いチケットがあるはずなのに、3泊5日が27万円台。4泊6日だと55万円以上。いずれもエコノミーで、機内食だけ。  文春によると、旅行代を除いたコンサート代金は10万円以上になるという。日本に住んでいる人間は「ジャニーズファミリークラブ」からしか買えないのだが、韓国や台湾からのツアーもあり、そこで販売されたチケットの値段は、税込み165ドルだという。2万円弱だ。しかも9月半ばになると、ワイキキのスーパー白木屋でも同じ値段のチケットを売り出したというのである。  安いツアーで来て現地でチケットを買えば相当安く抑えられるのに、これでは「ボッタクリ感」は否めないと文春はいう。  まあ、ファンにとってはどんな値段であろうと、ハワイで嵐が見られればいいのであろう。私には興味ないが、大昔、エルヴィス・プレスリーがハワイ公演をするという新聞記事を読んだとき、行きて~なと思ったことがあることを思い出した。  まだガキで、カネもなかったから行けるはずもなかったが、社会人になっていたらなんとかカネを工面して行っただろうと思う。若さというものはそういうものだし、興行というのは、そうした連中からカネをふんだくるのが商売である。そう考えれば腹も立たないが、それにしても高いね。  さて、佳つ乃という名前を久々に見た。だいぶ昔になる。確か、ダービーの日だったと記憶している。作家の伊集院静氏が、当時付き合っていた祇園の名妓・佳つ乃を連れて競馬場の貴賓室に来たことがある。  すぐ近くで見た着物姿の彼女は、大輪の花が咲いたような美しさだった。不思議に伊集院氏への嫉妬の感情は湧かなかった。自分とは縁遠い世界の人間、という感じがしたからだろう。その後、時々名前を見かけたが、ここしばらくは聞くことがなかった。伊集院のほかにも郷ひろみや高橋克典などと浮き名を流した佳つ乃も御年50歳。  その彼女が、銀座に高級クラブを開くというのである。祇園ではクラブをオープンしたり、和風ラウンジを開いたりと順調だったようだが、一昨年に芸妓を引退して、最初のクラブも閉店したそうだ。  新しい店は銀座8丁目にあり、銀座でも1、2を争う賃料が高いところだそうだ。月100数十万になるというが、佳つ乃は夏前から家賃を払い、クラブへの挨拶回りをしているそうだ。このクラブは祇園と同じように「一見さんお断り」。移転するのはもともと東京からの財界人や芸能人が多かったからで、東京に出てくれば客とのつながりは強くなるからだそうである。  佳つ乃は新潮の取材に対して、こう“はんなり”と答えている。 「お稽古事に礼儀作法と、祇園町でご指導いただき学んできました経験を、東京で少しでも活かせられるようにと思っています」  彼女見たさの客も行くだろうから当座繁盛は間違いないとは思うが、東京は何かと口うるさいし、メディアも京都のようにほっといてはくれない。それにいくらキレイでも、女の盛りは過ぎつつある。意外に苦戦するかもしれないと思うのは、そんな高級な店に行けるわけがないこちとらのひがみかね。  第5位の新潮が報じている「宇津井健未亡人と長男」の相続をめぐる争いは、人生の後始末の付け方を考えさせてくれる。  名古屋の高級クラブ「なつめ」の名物ママ・宇津井文恵さん(旧姓加瀬・80)は、長い間同棲していた俳優・宇津井健(享年82)が亡くなる5時間前の死の床で入籍した。文恵さんは渋っていたが、宇津井のたっての頼みだったため、互いに遺産相続放棄を約束して了解したという。  だが、やはり宇津井の死後、財産目当ての結婚ではないかと言われだし、息子夫婦と揉めているというのである。宇津井のお別れ会の案内状にも彼女の名前が入ってなかったことなどもあって、彼女は、「私はもう、遺産を放棄するとは、絶対、言わない。これは女の意地なのよ」と言いだしている。  彼女が遺産などアテにしないという根拠のひとつに、クラブ経営でためたカネで名古屋に2棟のビルを所有しているから、「私の方が、財産があると思います」と語っている。だが新潮が確認したところ、ビルはすでに売却されており、彼女には更地の160平方メートルの土地があるだけだそうだ。  彼女の言い分もだいぶ怪しくなってくるのだが、所属事務所や宇津井健の息子の反論を総合するとだいたいこうなる。  宇津井健との同棲は、死ぬ最後の半年だけ。婚姻届を出すための戸籍謄本や住民票をスタッフが宇津井の病床へ届けると、すでに酸素マスクを付けて虫の息だったという。息子は今後できるだけ本人と直接会い、話し合いを進めていくと答えている。  問題の宇津井の財産は土地と建物で、大手不動産会社によると実勢相場で2億~2億5000万円近くだという。財産を息子と文恵さんで相続するとなると、それなりの金額を息子側が彼女に支払わなくてはならない。  宇津井と40年来の付き合いがあった橋田壽賀子さんはこう言う。 「お別れ会は、彼女と宇津井さんの結婚報告会じゃないんだから。それにしても本当に、“渡る世間は鬼ばかり”ねぇ。ただ、この場合の鬼は、加瀬さんでも息子さんでもなく、お金そのもの。そして厳しいようだけど、一番悪いのは、お金を遺して、こういう亡くなり方をされた宇津井さんだと思います」  私のように遺すものとてほとんどない身でも、死んだ後に災いを残さないために「遺言」は書いておいたほうがいいのだろうと、読後、そう考えた。  さて、神戸市長田区で起きた小学1年生・生田美玲ちゃん(6)行方不明事件が最悪の結末を迎えてしまった。殺されただけでなく、遺体はバラバラにされ、ポリ袋に入れられ、美玲ちゃんの自宅近くの雑木林に捨てられていたのだ。失踪から13日がたっていた。  これほどむごい猟奇事件は聞いたことがない。しかも、殺したことをなんとも思わないのであろう、病院の診察券や煙草の吸い殻がポリ袋の中に入っていた。DNA鑑定から、遺体が捨てられた現場から30メートルしか離れていないアパートに住む君野康弘容疑者(47)が浮上、逮捕された。  これほど異常な罪を犯す人間は、普段から不審な行動を起こしていることが多く、警察の要注意人物になっているはずである。  やはりそうだった。美玲ちゃんの後をつける君野の姿を防犯カメラが捉えていて、9月16日の失踪から5日後、君野の自宅を警察が尋ねているのだ。だが、犯行につながる手がかりをつかめず帰ってしまっていた。行動不審者から洗っていけば、もっと早く逮捕に結びついたかもしれない。君野容疑者が犯人だと確定されれば、警察の大失態になることは間違いない。  フライデーで近隣住人が、君野容疑者についてこう話している。 「四六時中酩酊している様子で、夏場は常にハダカ。(中略)ベロベロに酔って、『電車賃が高いんじゃ!』と神鉄『長田駅』の壁を殴りまくっていました。(中略)彼のアパートの近くでは、首をちぎられたハトや猫の死骸が散乱していたこともあります。近所の人間は警戒していたのですが……」  だが、猫好きでもあったようだ。美玲ちゃんも猫が好きで、この住人によると1年ほど前から彼女に似た女の子が遊びに来ていたというのである。  これほどの情報がありながら、なぜ警察は事件直後から君野容疑者の周辺を捜索しなかったのか。 「君野容疑者は、これまでも何度も警察の厄介になっていたのに、地域課の情報が捜査一課まで届いていなかったため、捜査線上に上がっていなかったんです」(全国紙社会部記者)  しかし、防犯カメラに捉えられたことがわかった時点で君野のデータを調べれば、これまでのトラブルや、猫好きという美玲ちゃんとの共通点などが浮かび上がってきたはずである。  残忍だが、犯行を隠すほどの知恵もなかったこの男を逮捕できなかった警察の失態は、美玲ちゃんが殺された日時が特定されれば明白になるはずだ。だから個人情報はすべて国や警察がつかんでいる必要がある、という意見には与しないが、不審者情報を地元警察と県警が共有することを早急に考えないと、こうした犯罪を防いだり迅速に解決することはできないだろう。  ポストの安倍首相批判は見事な「芸」になってきている。今週も拉致問題解決の執念を燃やしていると「公言」している安倍首相がまんまと北朝鮮に騙されたと、鋭い突っ込みを入れている。これが今週の第3位。  9月に拉致被害者の第1次報告を北朝鮮から受け取ることになっていたはずだったが、なんのことはない、現時点ではまだ調査が続いていて、1年ぐらい延びると一方的に告げられたのである。  それもポストによれば、8月に行われたマレーシアの協議で「北朝鮮側は『第1次調査報告』の概要を伝えていた」というのだ。そして、そこには「現時点での拉致被害者の生存はゼロ、よって中間報告での回答にも拉致被害者は含まれない」とあったと、外務省関係者が話しているのである。  生存者ゼロという報告が出されれば安倍首相の面子は丸つぶれになる。かといって、一部経済解除して日朝交渉に前のめりになっているのだから、ここで経済制裁を解除するわけにはいかない。そんなことをすれば、外交判断の大失敗を認めることになる。慌てた安倍首相は北朝鮮に、「中間報告を公表しないでくれ」と泣きついたというのだから情けない。  安倍首相は制裁解除すれば何人かの拉致被害者が帰ってくると、根拠のない思い込みで突っ走り、北朝鮮の若い指導者・金正恩にナメられてしまったのである。  中国、韓国との首脳会談を何としても実現したい安倍首相は、なりふり構わず岸田文雄外務大臣を使って機会を探っている。だが、中国も韓国も日本に対する嫌悪感を隠そうとはしていないから、もし実現しても表面的なものか、安倍首相が相当の譲歩をすることになるはずだ。  金正恩にもいいようにあしらわれている安倍首相は、このままでいくと、中・韓・北に“土下座”してもいいからすり寄る屈辱外交へ大転換するかもしれない。そう思わせる拉致問題外交の大失敗ではある。  先ほども触れたが、朝日新聞についての批判は「ヘイトスピーチ」のようなものまであり辟易していたが、ようやく現代が本来持っていたはずのリベラルらしさを出して、この問題にひとつの視点を提供してくれている。必読だ。  海外のメディアやジャーナリストがこの問題を見る目は、日本の右派系の新聞や週刊誌が朝日バッシングしている方向とはだいぶ違っている。いくつか紹介しよう。 「アメリカ人投資家たちは、ますます右傾化していくアベは、日本を右翼国家にしていくのではないか、再び戦争の道へ走るのかと、強い危惧を抱いているのです」(ニューヨークの日系ライオンズ・クラブのマイク・アイダ氏) 「日本のナショナリストたちは長年、朝日新聞が歪んだ『マゾ的な』歴史観を伝えていると非難してきたが、その声は、安倍首相のバックを得て、最近さらに大きくなっている。そんな中、安倍首相は、日本の過去の歴史にプライドを吹き込むことを、自らの重要な使命と考えている……」(『フィナンシャル・タイムズ』9月12日付) 「周囲の朝日新聞の記者たちは、いまやすっかり意気消沈していますが、逆に朝日問題にかこつけて、言いたい放題なのが安倍政権です。朝日の報道がウソだったからといって、慰安婦問題自体がウソだったことにはなりません。そもそも慰安婦問題で世界が日本を非難したのは、朝日の報道によってではなくて、元慰安婦の女性たちが証言を始めたからです。韓国ばかりか、フィリピン、オランダ、オーストラリアからも同様の証言が出てきています。朝日を執拗に非難する安倍政権や右派の人々と、世界との乖離を感じます」(「ニューヨーク・タイムズ」のマーティン・ファクラー氏) 「私は1967年から、ジャーナリストとして政権とニュースメディアとの関係を注視してきましたが、今回組織的な朝日叩きのようなことが起きた時は、政府が危険になるときです。ヒステリックな朝日批判が、日本政府のトップレベルから発せられていることが問題なのです。ワシントンから見ていると、安倍首相は従軍慰安婦問題そのものを無きものにしているように映る。それによる国際社会の日本に対するイメージ悪化を考えると、日本は早く次の健全な首相の登場を待つべきかもしれません」(ワシントンの著名なジャーナリストのクリス・ネルソン氏) 「安倍首相は『積極的平和主義』を唱えていますが、EUから見れば『積極的右翼主義』にしか見えません。EU市民が安倍首相に評価を下すなら、ABEの頭文字の『A評価』ではなく、最後の文字の『E評価』(不可)です」(ドイツの高級紙『フランクフルター・アルゲマイネ』紙の元東京特派員・バーバラ・オードリッチ氏) 「今回の朝日叩きは、政府によるメディアリンチですよ。これは大罪です。そのうち、『慰安婦を組織したのは朝日新聞だった』などと言い出すのではないでしょうか。それくらい馬鹿げたことをやっていると思います」(フランス『フィガロ』東京特派員のレジス・アルノー氏)  さらにアルノー氏はこう続ける。 「安倍首相を始めとする日本の右傾化した政治家たちは、『朝日新聞は国際社会における日本のイメージを損ねた』と声高に叫んでいますが、事実は正反対です。仮に、日本の全メディアが、産経新聞のように報道してきたなら、今頃日本は国際社会において、世界のどの国からも相手にされなくなっていたでしょう」  今の日本のメディアは朝日新聞と東京新聞を除けば、週刊誌も含めて産経新聞化してしまっている。これこそ、恐ろしいことである。  多様な言論の意義を忘れ、われこそ正義なりと安倍首相の尻馬に乗り朝日を責める右派メディアには、メディアに必要な恥じらいというものがないのだろうか。  日本が産経新聞と読売新聞、文春、新潮、Willだけになったら……私は日本を脱出する。ようやく取り戻した現代の立ち位置を大切にしてもらいたい。外国メディアの人間を使うのではなく、現代編集部の見解を巻頭で発表してみてはどうだろうか?  よくやったで~、フライデー! フライデーといえば、番長・清原和博(47)との付き合いは長い。あの「ワイはの~」という番長言葉はフライデーの編集者が考えたもので、相当誇張した物言いになってはいるが、清原のキャラクターとぴったり合っていたし、本人も気に入っていたという。  そうでなくては、講談社から本まで出すことを認めなかっただろう。その清原だが、少し前に薬物疑惑を報じられたが、今回は自ら報道陣へFAXを送り、カミさんと離婚したことを発表した。  女癖の悪さと薬物ときては、どんなに惚れている亭主であっても愛想尽かしするのは当然であろう。この亜希夫人(45)はメチャメチャきれいなので、清原の哀れさがいや増すのである。  この2人には12歳と9歳の息子がいるが、カミさんが一緒に連れて行ってしまったそうだ。  離婚発表の前日、レインボーブリッジに近い野球場にいた亜希夫人は、試合が終わった次男と一緒に近くの路上に止めてあった愛車ポルシェ・カレラの中で弁当を食べようとしていたらしい。  ポルシェで弁当? なんと優雅なことか。そこへ黒いワンボックスカーが走ってきて、反対側に止まる。息子がポルシェから飛び出して道を横切り、クルマから出てきた清原に「パパ~ッ」と飛びつく。清原は抱き上げて「おそらく涙を浮かべながら」(フライデー)高い高いをしていた。泣かせる写真だが、その間わずか5分。息子は母親の元へと走り去ってしまった。その後、長男の試合を亜希夫人も見に行き、清原もそこにいたのだが「二人の距離は20m。目を合わせることすらなかった」(同)  離婚発表で親権も奪われたことを明かした清原は、こう語った。 「今は自由に子どもに会えへんのが一番ツライ。毎日、子供の写真を眺めてはひとりで泣いてんねん……」  落語の「子別れ」を地でいくような噺である。落語では心を入れ替えた父親がカミさんに詫びを入れて元の鞘に戻るのだが、亜希夫人ほどの美人で生活力のある魅力的な女性を周りが放っておくはずはない。  カネも底をついたといわれる清原の後半生は、栄光とは無縁の厳しいものになるかもしれない。西武で大活躍した頃を知っている巨人ファンとしては寂しい限りだ。 (文=元木昌彦)