「反省も謝罪も誠意も一切ナシ!?」株主総会で露呈した東京電力の無責任で傲慢な正体

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エントランスには多くの私服警官の姿。
 去る6月28日、東京電力の第87回定時株主総会が、東京・港区にあるザ・プリンス・パークタワー東京で行われた。福島第一原発の事故などから、以前から注目を集めていた総会である。  当日、現地を訪れるといきなりその異様さを痛感させられた。地下鉄の出口から会場までの道に、幾人もの警察官の姿があったからである。当の総会の警備であることは明らかだった。    通常、株主総会の警備に警察官が動員されることは極めて稀である。かつて、総会屋が盛んに活動していた時期には、総会会場付近に警官が配備されることはあった。また、企業が何らかのトラブルを抱えており、それによって重大な混乱が生じる恐れがあるときなどに、警官が警備に当たるケースはいくつか起きている。しかし、そうしたケースでもせいぜい数名から多くても30名程度の警官が配置される程度であった。  しかし、今回の警官動員は異例であった。道路だけでなく、ザ・プリンス・パークタワー東京の周囲、施設内に至る入口という入口をことごとく警官がガードしている。まさに厳戒態勢と呼んでもおかしくないレベルだ。警官の数も、筆者が目視で数えたところ、制服と私服合わせて100人はいたと思われる。
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至るところに警官の姿が。
 さらに、現場には総会に参加する株主で長蛇の列ができていた。定刻の10時になっても、まだ会場には入りきらなかった。結局、ほぼすべての入場し終えたのは10時38分ごろだった。  現場にいた東電の職員や後に出席した株主などに聞いたところ、受付では出席する株主に対する持ち物検査が行われた。その内容は「バッグの中を見せて下さい」という程度の簡単なものだったが、こうした例は株主総会ではむしろ少ない。さらに、カメラや録音機器の持ち込みは禁止され、持参していた場合には「受付でお預かりさせていただきます」(東電職員)とのことだった。  しかし、総会会場にカメラやボイスレコーダーを持ち込むことを禁止している総会はそれほど多くはない。もちろん、違法でもない。  11時現在で、出席株主数は「8,657名」(東電職員)。その後も、遅れて何人もの株主が到着した。  会場外ではマスコミ各社と警官隊が待機。脱原発推進団体のメンバーらがアピール活動などを行ったが、とくに大きな混乱はなかった。途中、12時43分ごろから株主として会場に入っていた、脱原発を進める「eシフト」の氏家雅仁氏が路上で状況を報告。「東電経営陣が誠実に答えているとは思えない」などと述べた。会場は質疑応答などで紛糾しているものと思われた。  退席した株主などからの話によると、会場は5つに分けられ、メイン会場には東電役員が壇上に並ぶという、総会で定番の形式。他の会場では議事等の様子をモニターで眺めるしかなかった。発言する場合には、他の会場のいる株主はわざわざメイン会場まで移動しなくてはならなかった。  さて、株主からの原子力発電からの撤退を提案した、問題の「3号議案」の審議に入ったことが分かったのは、15時を過ぎたころだった。その後、16時を過ぎたあたりで、閉会そして散会となったことが外にいたマスコミなどに伝えられた。  退出してきた株主から聞かれたのは、東電に対する失望や不信の声だった。  総会は、議長を務めた勝俣恒久会長がほぼすべて仕切る形で進められたという。議事の中心はメイン会場で、しかも「半分以上の席が東電関係者で占められていた」(42歳男性)という。
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ホテル前では抗議活動も。
 株主総会で席の前列の何列かが社員株主で埋められているケースは通例となっている。しかし、今回の東電の総会では、相当な数の動員がかけられた可能性が高いことは、多くの出席株主からの証言で推測できる。  そうした動員株主による「異議なし!」「議事進行!」の声が飛び交うのも、多くの総会でみられることだ。  だが、今回はかなり強引なケースもあったらしい。ある男性は野次を飛ばしたところ、その動員株主と思しき者から「黙れ!」などと怒鳴られて外に連れ出され、人けのない場所に連れて行かれそうになったという。「ヤクザの総会屋みたいだった」と男性は言うが、その手の総会屋が現在も活動しているという話は、絶えて聞かない。むしろ、そうした特殊株主が活動していたのであれば、対処用に動員された警察が動くはずである。しかし、そうした気配はまったくなかった。  また、多くの株主があきれたのは、勝俣会長ら東電の傲慢で不誠実な態度だった。  今回の総会では、事前に東電側が複数の大株主から委任状を受け取っており、それによって東電の思惑通りの結果になるという仕組みだった。そのことを、勝俣会長は列席の株主たちにこんなふうに告げたという。 「あなたたちが何を言っても、委任状ですでに過半数を取っているんです。何をやっても無駄です」  そして、3号議案はあっさりと否決された。挙手できたのはメイン会場だけで、ほかの会場の株主は「黙ってモニターを眺めているしかなかった」という。しかも、多くの株主が「明らかに賛成の挙手が多かった」にもかかわらず、議長の勝俣氏は即座に「反対多数とみなし......」と宣言した。これも、「委任状」によるもので、挙手の必要など最初からなかったのである。形式的に行っただけであった。  こうした東電の態度に多くの株主が、「誠意がまったく感じられない」(69歳男性・千葉)「まったくの茶番。あんな株主総会ならやる必要なんて無いよ」(70代男性)「株主を完全にバカにしていますよ」(66歳女性・大田区)などの声が多く聞かれたが、怒りというよりもあきれたという感じの株主が少なくなかった。  また、テレビや新聞では「反対多数により否決」などという表現で報道されたが、これではあたかも反対挙手が圧倒的に多かったように感じられるのではなかろうか。しかし、「反対票の大部分は委任状によるもの」と説明する報道はほとんど見かけない。  他にも、「今回の福島の事故について、役員一人一人は責任をどう考えているのか」という質問がなされたが、これも勝俣氏がまとめて形だけの回答をするのみで、各々の役員が発言することはなかった。また、「役員は私財をなげうって事故被害者の救済に当てるべきではないのか」という質問には、「(私財は)プライベートな問題なので答えられない」と回答。さらに、原子力事業についても、「私たちは国の政策にしたがって進めただけのこと」「原子力委員会の言う通りに事業を行っただけ」などと、まるで当事者ではないかのような発言を連発。株主からは「まるで他人事みたい」「自分たちが被害者のような言い方だった」との声が続いた。  国内だけでなく世界中が注目する株主総会で、なぜ東電はこれほど誠意や反省が感じられない、無責任ともとれる発言を繰り返したのか。ここに、東電というものの「体質」がうかがえるように筆者には感じられた。 (文=橋本玉泉)
東電帝国―その失敗の本質 情けないよ。 amazon_associate_logo.jpg
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中央政府と地方政府のイタチごっこ? 現地の生声で知る「中国電力不足ウラ事情」

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 福島第一原発事故の影響で節電ムードが状態化している日本だが、お隣の中国でも今年の夏は過去最大の電力不足が生じると地元紙が報じ、一部の企業では既に節電対応を迫られるなどの影響が出始めている。  中国紙が4月に報じた「中国電力企業連合会」の報告書によると、中国国内の電力供給力は今夏のピーク時に最大で3,000万キロワット(原発約30基分)不足すると指摘。さらに5月には国有電力会社の「国家電網」が、過去最大の4,000万キロワットの電力不足を示唆した。これを受けて国家発展改革委員会では、一部の地域で計画停電を検討中と発表している。  中国の電力不足の背景には、中東情勢の悪化による原油価格の上昇や、華南における大規模なかんばつによる水力発電の供給力低下、福島第一原発事故の影響で石炭価格が高騰しているなど複合的な事情があり、さらには電力卸し料金の政府買い取り価格をめぐる発電会社と中央政府とのイザコザで、発電会社側が意図的に送電抑制を行っているとの指摘もある。  中国で事業を展開している企業の中には、既に当局からの指導を受けて具体的な節電対応を迫られている例もあるようだ。  河南省の日系企業に勤務する日本人男性によれば、この6月1日に省内の各企業に省当局からフレックスタイム制の導入を促す文書が通知され、すでに生産活動を深夜帯に移行した企業も出始めている。 「節電の発令は3月末ごろから他の省にも出始めているようで、5月から6月にかけた今が発令ピークを迎えているようです。知人が働く杭州市では5月23日に同様の通知がきたらしく、電力供給が優先されているはずの上海でも、実は3月30日には発令されています」  停電に備えて自家発電装置を調達した会社もあるといい、一部の時間帯で既に稼働を開始しているという。さらに同省では、ショッピングモールなどの公共施設では空調温度を26℃以下に設定することを禁止する旨の通知も発令され、節電ムードは一般住民にも浸透しつつあるようだ。先の男性が続ける。 「電力不足は中央政府が早い段階からつかんでいたようで、電力コストが高い業種を再編するために昨年から動き始めていたと聞いています」  「電力コストが高い業種」とは、一般に粗鋼製鉄所、セメント製造、ガラス製造、アルミ製造などの高エネルギー消耗企業群のこと。既に一部では支社や関連施設を統廃合しながら効率化が進められている。  また、こうした流れに地方政府が逆行した動きを見せているとの声もある。計画停電の実施がウワサされている重慶市で、日系IT関連企業に勤務する中国人男性は、「うちの市の話ではないが」と前置きした上で次のように説明する。 「地方政府にとっては企業が消滅してしまうと税収減で大打撃です。ただでさえ、中央の共産党幹部から押しつけられた不動産を大量に抱えている地方政府は、来るべき不動産バブルの崩壊におびえて青色吐息の財政状態ですから。このため、中央が進める統廃合を、地方がその場しのぎの対応で時間かせぎをしているというのが実態です」  たとえば、中央からの命令に対して、大幅な節電と引き換えに事業所の存続を訴えたり、それも認められない場合は、一時的に自家発電装置を利用して表面上の電力消費を減らし、中央の目を盗みながら事業所の延命に走る例さえあるという。これに対し、中央政府はしばしば抜き打ち調査を敢行し、"闇営業"の摘発を活発化させている。  一方で「統合は必ずしも地方にとってマイナスばかりではない」と言うのは、華南でコンサルティング業を営んでいる日本人男性(41歳)だ。 「企業がなくなれば税収は減りますが、その跡地を地方政府がデベロッパーのように整備し、売却益でかなりの利益をあげている例もあります。それに、廃止で企業がなくなる町もあれば、逆に統合して増える町もありますから。そういう町は中央政府のお達しを進んで受け入れています」  こうした中、日系企業が配慮すべき点は何だろうか。マーケティング・コンサルティング会社「ブランド・コア」(東京都新宿区)代表取締役の福留憲治氏は次のように言う。 「中国では、2004年には3,500万キロワットの電力不足が生じるなど、インフラ不足のリスクは常に内在しています。これまでは外資系企業へ優先的に電力供給が図られるなどの優遇措置があって表面化してきませんでしたが、現在は国内企業の育成に中央政府が方針転換していますから、今後は便宜は期待できないでしょう。こうした状況下では、リスクと課題を把握して詳細なプランを策定することはもちろん、現地スタッフが迅速に意思決定できる体制を作ることが必須です。日系企業はそれができていないために問題が拡大しているケースが多いのです」  これについては、前出の華南のコンサルタントが補足する。 「電力に限らない話なんですが、地方政府から何かと便宜を引き出すには政治的な"配慮"が必要です。たとえば、地方政府の幹部の親族が経営している会社に仕事を発注して便宜を図る。しかもこれは、地方政府が決断を下す前に迅速にやる必要がある。そのためには現地に決裁権が必要なんですが、日本の企業は何を決めるにも東京本社の会議室で時間をかけて、1カ月して答えが出たことろには中国支社は処分されてたりする。他の国と比べてやり方がヘタですよね」  お国柄に応じた機動的な"政治力"は常にこの国では求められそうだが、最終的に電力不足が向かう先には何があるのか。中国事情に詳しい作家の宮崎正弘氏に、総括的な予測をしてもらった。 「計画停電と報道されていますけど、中国の場合は実際には計画的な停電というのは、ほとんどないんです。実質的な無計画停電です。予告もなく突然電気が切れてしまうから、困るのは工場を抱えるメーカーです。生産スケジュールが立てられませんからね。生産が滞れば輸出量が伸び悩みますから、その先に待っているのは外貨準備高の不足ということになります。結局は不況に突入せざるを得ないというのが一般的な見方ではないでしょうか」  慢性的なインフレで国内消費が鈍化し、過剰生産が顕在化しつつある今の中国。マンション価格も「オフィスを更新したら4割引きになった」(上海の某企業)例もあるなど、不動産バブルは水面下で既にはじけているとの指摘も聞かれる。過去最悪の電力不足を目前に控え、中央政府はかつてない厳しい対応を迫られそうだ。 (文=浮島さとし)
中東民主化ドミノは中国に飛び火する どうなる中国。 amazon_associate_logo.jpg
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【震災3カ月】進まぬ復旧 被災地で見た「止まった時計」が語るもの 現地レポ(5)

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「あの時」から止まったままの雄勝小学校の時計
 3月11日2時46分に発生した東日本大震災は、戦後最大の自然災害として日本全土を震撼させた。筆者は今回、地震と津波の発生から三ヶ月後の被災地を取材するため、岩手県陸前高田市から宮城県気仙沼市、南三陸町、牡鹿半島、福島県南相馬市、いわき市などを回った。(現地レポ【1】陸前高田市1【2】陸前高田市2【3】南三陸町【4】いわき市四倉)  被災地では瓦礫の撤去や仮設住宅の設営、ライフラインや幹線道路の復旧などが粛々と行われる一方、被災直後の惨状がそのままの状態で残されているという現場に何度も遭遇した。政府は震災以来、復興ビジョンの策定へ向けて復興対策会議を重ねてきたが、会議の回数に比例して復旧が進んでいるとは言い難いのが実情だ。被災地で見たいくつもの「時計が止まったまま」の現場が、何よりもそれを物語っている。 ■破壊された校舎、止まった時計の針(宮城県石巻市雄勝町)  津波の被害で多くの児童が命を落とした雄勝(おがつ)小学校。校舎周辺の被害も凄まじく、教員ら関係者がはじめて校舎の中に入れたのは、津波から1カ月近く経った4月5日。瓦礫と化した教室の壁を避けながら、生徒の名前の入ったノートや絵、学級日誌などが集められた。破壊された校舎は今もほぼそのままの状態で、崩れ落ちた天井、突き破られた壁、なだれこんできた土砂が津波の凄まじさを物語っている。校舎の時計の針は今も津波を受けた時間を指したままだった。
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教室にはなだれ込んできた土砂が......
■津波で流された新北上大橋 復旧は半年先(宮城県石巻市)  北上川を挟んで国道398号線を結ぶ新北上大橋は、川面から約7メートル高かったにもかかわらず、津波を受けて橋の三分の一が流された。橋のすぐ東側に位置する大川小学校では7割の児童が尊い命を失っている。橋が流される様子は現場にいた石巻市職員が撮影し、現在もその動画がYouTubeなど動画サイトにアップされている。3カ月後の今も復旧工事は着工されておらず、流された橋の残骸が、川下数百メートルの位置でその一部を水面から覗かせていた。橋を管理する宮城県東部土木事務所によれば、「流されて喪失した橋の部分は約150メートル。その位置に同じ幅の橋桁を架け、橋脚間に20メートルごとの補助の橋脚を立てることで、とりあえず仮り橋として復旧します。開通は早くて年内には」としている。
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頑丈なはずの橋げたも津波の前ではひとたまりもなかった

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川下数百メートルに顔を出した橋の残骸
■漁港で腐敗し続ける生魚(宮城県牡鹿郡女川町)  日本有数の女川漁港を有し、缶詰や冷凍食品など、水産加工の拠点としても知られる女川町(おながわちょう)。震源に近かった同町は、リアス式海岸という地形の影響もあり、津波が直撃。高台にあった役場庁舎も波にのみこまれ、行政機能がマヒしたために避難所の確保や食料補給も滞った。震災直後のテレビ画面には、津波をかぶって商品価値をなくした生鮮魚貝類のコンテナが連日映し出された。そのコンテナは今も、腐敗した魚を詰めこんだまま、野ざらし状態で女川港に置かれいてた。3カ月間放置された鮮魚「だったもの」は、発酵しながらそれ自体が一つの異質な塊りと化して異臭を放っていた。腐敗臭は数キロ離れた女川町立病院に届くほどで、病院の駐車場ではハンカチを顔にあて顔をゆがめる人の姿も見られた。
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腐敗した魚がコンテナからあふれている
■あの大物歌手も経営していたリゾートホテル(岩手県陸前高田市)  陸前高田市で生まれ育ち、バブル期に「歌う不動産王」と呼ばれた千昌夫が経営していた時期もある「キャピタルホテル 1000」。ホテル名にある「1000」の由来もそこにある。現在は第3セクター「陸前高田地域振興」の管理下にある。広田湾に面した立地で美しいオーシャンビューが売りだったが、それだけにホテルは津波の被害を直接受けた。7階建ての建物は今も手つかずで、4階から下は爆撃を受けたかのような状態。15メートル近い波が押し寄せたことを物語っている。2階のレストランホールだったと思われる空間には華やかな面影は微塵もない。ホテル復旧のメドはまったく立っていないという。
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爆撃を受けたかのようなホテルのフロア

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客室もこのような状態では復旧は不透明だ
■倒壊したままの墓石と流された本堂(宮城県東松島市)  津波で住職が命を落とした東松島市にある長音寺(ちょうおんじ)は、本堂が津波であとかたもなく流され、昨年秋に完成した別館だけが、かろうじて柱や屋根だけを残して風雨にさらされていた。震災発生から100日目を迎えた18日には「百ヶ日忌 合同法要」が営まれ、約250名の被災者と遺族が法要に訪れたが、当日は亡くなった住職に代わり、父親の前住職(76歳)が取り仕切る形になった。一方、墓石は今もほぼすべてが倒壊したまま。親族と思われる檀家の人たちが時おり訪れては、墓石の周囲を黙々と片付ける姿が痛々しい。再建のメドは今もまったく立っていない。
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住職を失った長音寺

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昨年秋に完成したばかりの別館もこのような有様に
 震災から3カ月という時間が経過したが、避難所生活を送る住民は今も9万人を超えている。市街地を中心に粛々と進められている瓦礫の撤去作業も、岩手・宮城両県では7~8割がまだ手づかずで残されている。NHKが東北3県42の市町村長を対象に行った調査でも、6割以上が「被災者の生活再建の見通しが立っていない」と答え、被災者自身も半数近くが「生計の見通しが立っていない」と回答している。心理的にも物理的にも、復旧への道のりは遠い。 (文=浮島さとし)
東日本大震災―読売新聞報道写真集 7~8割がまだ手づかずで残されている。 amazon_associate_logo.jpg
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福島第一原発事故20km地域の"LOVE & PEACE" 幻のコミューン「獏原人村」の現在

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 通称「獏」こと「獏原人村(ばくげんじんむら)」をご存じだろうか?  国道399号沿いにある獏林道と呼ばれる山道を4kmほど進んでいくと目の前に現れる「獏」は、共同生活でエコライフを送る場所、つまりコミューン的な伝説の村として一部の人の間で知られている。この村を有名にしているのは、毎年7~8月ごろに開催されてきた「満月祭」。これは、太鼓のリズムに乗って満月をながめることに始まった音楽と仲間のきずなを大事にする、LOVE & PEACEなイベントだ。ウワサは口コミで広まり、今や参加者が毎年1,000人を超える祭となっている。  ところが、獏がある福島県双葉郡川内村は、一部が福島第一原発から半径20キロ圏内に引っ掛かるため、該当地域の住人たちはすでに避難している。大手マスコミでは報道されることのないこの村の現在がどうなっているのか、現地を取材してきた。  川内村の避難住民の一時帰宅が始まった5月上旬、「獏」を訪れた。  県道から脇道に入り、砂利道の続く獏林道を抜けて村にたどり着いた。急斜面にいくつかの建物があり、鶏小屋も見える。畑を開墾し、数百羽の鶏を放し飼いすることで生計を立てる農業共同体は、震災以前と変わることのない姿でそこにあった。車から降りて建物の方へ近づいていくと住居の前に女性の姿が見えた。 DSC02153.jpg 「卵を買いに来ました」  女性に向かって声を掛けると、驚いたような表情を見せた。この女性は獏に暮らすボケさん。獏を立ち上げたマサイさんの奥さんだ。そもそも獏は、1977年にマサイさんがヒッピーコミューンを目指してこの生活を始めたことに端を発する。30年以上が経過しているが、いまだ当時の理想「何ごとも無理せず、自然のままに、楽しく」を実現するためこの暮らしを続けているのだ。  突然の訪問者に驚きながらもボケさんはうれしそうな顔を見せ、「ちょっと待ってね」と卵を取りに建物に入って行った。  自給自足がベースにある「獏」では卵を一個40円で販売している。そのことを知っていたとしても、わざわざ道なき道を越えての訪問者はこの時期に皆無だろう。  卵を手に持って戻ってきたボケさんに、過去に満月祭に参加した経験があり近くまで来たので村の様子が気になって訪問したことを伝えると、急に「ああ、そうなんだ」と納得した表情になった。 「お茶でも飲んでいきなさい」 bakugen03.jpg  謎の訪問者の正体が分かった途端にそう言って家に招き入れてくれた。そして、現在の生活について語ってくれた。村に残るのは、マサイさんとボケさんの夫婦だけ。夫のマサイさんは満月祭の中心メンバーでもある。私が訪問したとき、マサイさんは卵の配達で留守だった。  本当はもう一組、3人家族が住んでいるが、お子さんが小さいとのことで奥さんの実家に避難しているという。  マサイさんボケさん夫婦も震災発生当初はいったん避難したそうだが、鶏が心配で戻ってきた。今のところかろうじて20キロ圏内に入っていない「獏」は自主避難エリアであり、戻ろうと思えば戻ることはできるため、鶏の世話を優先して出した結論なのだという。だが、福島第一原発の放射能は心配ではないのだろうか。 「これ、ずっとつけっぱなしなんだけどね」 baku04.jpg  ボケさんはそう言ってガイガーカウンターを取り出した。震災直後は警報アラームが鳴りっぱなしだったが、現在は数値も落ち着いているとのことだった(周辺エリアの計測値は毎時0.3~0.4マイクロシーベルト)。 「近いからといって放射能が強いわけではないのよ」  ボケさんが言うように、放射能数値は距離に比例するわけではないことはすでに報道されていたが、目の当たりにすると納得せざるを得ない。ボケさんは鶏がいる以上は避難できないし、子どもたちも自立しているのでこの場所にとどまると話してくれた。  今年の満月祭はどうなるのかを尋ねると、「お父さん(マサイさん)はやるっていってたよ」とのこと。留守中のマサイさんにはこのとき話を聞くことはできなかったが、ボケさんの話によれば決意は固いという。 「でも、原発のこともあるからこじんまりとやるみたい。さすがに大々的にはできないから」  私はボケさんにお礼を告げ、卵を購入して村をあとにした(取材を終えて食べた卵は、本当に美味しかったです)。  原発事故は自然と一体化した「獏」の暮らしだけでなく、マサイさんボケさん夫婦の理想さえもかき消そうとしている。それほどの大事故であったことを、今一度胸に刻む必要があるだろう。その一方で、大きな困難にも負けずに立ち向かおうとする人たちがいることも忘れてはならない。 (取材・文=丸山ゴンザレス/http://ameblo.jp/maruyamagonzaresu/
地球の上に生きる ヒッピーのバイブル amazon_associate_logo.jpg
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「自衛隊はスーパーマンじゃない」被災地で活躍する自衛隊員の知られざる苦労

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写真=名和真紀子
 「自衛隊ってすごい!」――。今回の大震災であらためて自衛隊の活動に舌を巻いた人は多いことだろう。被災地で活躍するその勇敢な姿は、被災者のみならず、日本中の希望として各メディアにこぞって報道された。しかし、震災現場で自衛隊が具体的にどのような活動を行う集団なのかということはこれまであまり知られてこなかった。はたして、震災現場や社会における自衛隊の役割とはどのようなものなのだろうか。過日、『ありがとう自衛隊 ~ヒゲの隊長が綴る日本再興奮闘記~』(ワニブックスPLUS新書)を出版したばかりの元・自衛官、イラク派遣隊長を務めた際は「ヒゲの隊長」のあだ名で親しまれた参議院議員・佐藤正久氏に、知られざる自衛隊の現場について話を聞いた。 ――今回の震災における自衛隊の活動で、佐藤議員が一番印象に残っているものはどのようなものですか? 「行方不明者の捜索ですね。この任務は、生存率が大きく下がる最初の72時間が勝負と言われます。震災発生当初はガソリンも供給できず、水や食料も届かないという状況の中で自衛隊が活躍をしました。自衛隊は自己完結性を持った組織のため、食事も風呂もガソリンもすべて自ら賄うことができ、備蓄もある。ただ、今回の震災では被災地域が広範囲に渡り、当初は自衛隊でも物資が足りませんでした。ご遺体を発見してもそれを運ぶ担架すら不足しており、ご遺体を背中に背負って運んだり、ゴム長などもないので、カッパを上から着ただけの状態で海水の中に入っていったりしていました。瓦礫で傷んでしまったご遺体の中には手足がなかったり顔がつぶれていたり、とくに津波では服が脱げてしまうため、裸のご遺体もたくさんありました。そのため、泥だらけになったご遺体を洗ったりすることもあったんです。とても厳しい状況でしたが、そういったご遺体の回収作業ができるのは自衛隊しかいないわけですから、やるしかないんです」 ――自衛隊の災害派遣部隊の活動というのは、まず行方不明者の捜索から始まるんですか? 「はい。最初は人命救助、捜索ですね。その際、ご遺体も見つかるわけですから、一番優先順位が高い。同時に後方部隊は食事や水の支援を行います。今回は東北地方に住んでいる500人以上の隊員に出動命令が出ましたが、自分の家族と連絡も取れないまま現地へ向かい、行方不明者の捜索、あるいは孤立者の救出といった任務にあたった隊員も数多くいました。実際に家族が亡くなったり、家が流された隊員もいます。でも、自衛隊員は自分の身内よりも一人でも多くの被災者を救い出し、少しでも早くご遺体を家族の元に戻す、という使命感を持っているんです」 ――自衛隊では行方不明者の捜索や瓦礫撤去など、災害派遣のための特殊な訓練もされているのでしょうか? 「あくまで国防のための訓練であり、災害用の特別な訓練をしているわけではありません。訓練には精神面、肉体面、スキル面の3つがあります。まず、精神面は日ごろから鍛えておかないと、いざ任務にあたる時に心が折れてしまいますよね。今回、若い隊員の中にはご遺体を見たことがなかった者も多く、本当につらい状況だったと思います。さらに雪や雨が降る中、かん水しているところに入り捜索活動を行い、戦闘服は2着しかないので次の日もまた濡れた服を着ていかなければならない。食事も被災者の前で食べるわけにはいかないので、場合によってはご遺体を運んだ車の中で食べなければなりません。精神的な強さというのは、現状よりももっとつらい訓練の中で培っておかなけえれば絶対に耐えられるものではありません。  肉体的な強さについてもそうです。例えば30~50キロの重い荷物を背負いながら、100キロの道のりを歩くという訓練があります。実際の戦場では体力温存のため、そのような長距離を歩くことはありません。しかし、日ごろから訓練を行っていれば、いざという時に無理が利くようになるんです。  スキル面もすべて応用です。日ごろから組織として動くという訓練をしておくことによって現場でバラバラにならず、指揮官の命令一つでどのようにでも動ける。自衛隊というのは人数が十分ではないので、駐屯地ごとにそれぞれ専門部隊が分かれています。任務があると、それぞれの駐屯地から必要な隊員をつまみ出してプロジェクトチームをつくるんです。"ミッション・オリエンティッド"とよく言いますが、日ごろからそういう訓練をしておかないと、現場現場のニーズに対応できないんです」 ――スキルといえば、今回は原子力災害派遣も行われましたが、原子力についても専門的な知識が必要とされると思います。そういった訓練もされているのでしょうか? 「一部の部隊はそういう知識を持っていますが、ほとんどの隊員は持っていません。ですから、今回も専門的な教育を受けた隊員がみんなに教育をしながら活動を行っています。自衛隊員と言っても、大多数の人は放射能や原子力のことまでは分かりませんから。ただやること自体は日ごろの国防の応用です。ヘリから原子炉への散水や、放射能除染もそうです」 ――すべての訓練が応用として現場で生かされているんですね。しかし、そんな自衛隊員でも、精神的にまいってしまうこともあるともあるんじゃないですか? 先日、仙台に行ったときに、自衛隊員の人が「もうつらい」と漏らしていたという話を聞いたんですが。 「今までにないような経験をしていますからね。たとえば、ご遺体にまつわる話ですが、ご遺族の方から探してほしいと頼まれて沼地などにボートや、あるいは胸まで沼に浸かりながら自衛隊員が捜索します。ご遺族はその様子を周りで見ているわけです。ようやく見つかったときに、ご遺体が想像していない状態であっても、自衛隊員はご遺族との対面に立ち会うわけですよね。あるところでは、行方不明だった3歳の男の子のご遺体が自衛隊の捜索で見つかったんですが、ご遺体の状態は直視できるものではなかった。そのご遺体を遺体袋に入れて引き渡すときに、お母さんが『よかったね、自衛隊の人たちが助けてくれたよ。今度生まれ変わって大きくなったら自衛隊に入れてもらおうね』と泣きながら語りかけたそうです。自衛隊員たちはみんなで線香をあげて合掌し、見送ったりするわけですが、そういう場面に何度も立ち会わなければならない。自衛隊員たちにも家族がいるわけですから、やはりつらいものがあります」 ――被災地での活躍ぶりを見ると自衛隊員はスーパーマンだと思ってしまいがちですが、人の死に立ち会うということはやはりつらいことなんですね。本書では災害現場での口内炎や便秘といった、自衛隊員の身体的な苦労も語られていますが、他にも病気などに罹ることはあるのでしょうか? 「自衛隊は大"痔"主と言われています。野外で用を足す場合が多いので、痔になりやすいんです。それと、水虫も多いですね。瓦礫を踏み抜かないようなブーツを履いているので足が蒸れやすいんです」 ――佐藤議員も自衛官の時代はそういった悩みを抱えていたんですか? 「私は痔は大丈夫だったんですが、水虫は今でもダメですね(笑)。あんな水浸しのところを歩くんだから、直るはずがないですよ」 ――自衛隊に対する特別手当が、わずか1,620円ということにも驚かされました。 「そこは言っても仕方がないことですが......。ただ、自衛隊員が一番求めているものは名誉と誇りです。被災者からの感謝の気持ちや、『生まれ変わったら自衛官になりたい』という言葉、それに天皇陛下からの頂いた感謝のお言葉......。自分の身を犠牲にしてでも国のためにというのが自衛隊員の精神的な軸になっています。その見返りはお金ではなく、名誉と誇りなんです」 ――震災から3カ月が経過しました。今後、自衛隊はどのような活動を行っていくのでしょうか? 「災害派遣の現場では、行方不明者の捜索は一段落するでしょう。しかし、仮設住宅ができるまでは引き続き生活支援、つまり水と食事の支援が求められます。また、いまだ収束していない福島第一原発事故でもモニタリングや除染などの活動が続いていきます。現場から離れたところでは、今回の災害派遣を踏まえた教訓づくりが行われます。今回の教訓事項を洗い出し、次に反映させる。首都直下型地震や東海、東南海地震などが発生した場合に備え、準備を進めていきます」 ――復旧活動を通して、あらためて自衛隊の活躍がクローズアップされています。佐藤議員としては、この状況をどのようにご覧になりますか? 「震災の直後から多くの方々を救出し、ご遺体の捜索にあたるなど大活躍する自衛隊の姿は誇らしく感じています。しかし一方で、自衛隊に対して間違ったイメージを持っている人も多くなっていると思いますね。自衛隊を『災害派遣部隊』と見ている人や、災害派遣専用の部隊として強化すべきじゃないかという議論も出てきています」 ――「自衛隊の本来の活動」とはどのようなものでしょう? 「自衛隊の任務には国際貢献や災害派遣もありますが、あくまでも『国防』が中心の軸です。その応用で国際貢献や災害派遣などが可能になるわけで、そちらが中心になってしまったら間違いなく"弱い"自衛隊になってしまうでしょうね」 ――最後に、佐藤議員から、現地で活躍する自衛隊員にメッセージはありますか? 「参加されている隊員の方々の汗と想いが被災者の希望になり、安心の糧になります。だから最後まで力と汗を振り絞って活動していただきたいですね」 (取材・文=萩原雄太[かもめマシーン]) ●さとう・まさひさ 1960年、福島県生まれ。陸上自衛官として国連PKOゴラン高原派遣輸送隊初代隊長や、イラク先遣隊長、復興業務支援隊初代隊長などを歴任。2007年に退官し、現在は自民党参議院議員として外交防衛委員会理事、自民党「影の内閣」防衛副大臣、国防部会長代理などのポストに就任している。
ありがとう自衛隊 ~ヒゲの隊長が綴る日本再興奮闘記~ 本当にありがとうございます。 amazon_associate_logo.jpg
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「南三陸町って、一体どこ?」平成の大合併が復興の足かせになっている!?

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ダメージを受けた事務所。
 震災発生直後の報道で、東京に暮らす被災地出身者が違和感を覚えたことがあったという。それは現在の市町村名だ。 「南三陸町って一体どこのことなんだろうって思いました」  Twitterをはじめ、各種ブログなどでこのような書き込みが散見された。一方で、地元の人々から発せられた言葉の中にも同様のものがあった。 「女川の隣まで石巻市って言われても、実感がないんだよね」  これは、現在も石巻に暮らす30代の男性の言葉だ。現在の行政上の「石巻」について違和感があるという。彼によると、多くの人が現在の被災地の地名にしっくりいっていないという。
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一般業務の滞り。
 そもそも現在の行政区分は、「平成の大合併」によって誕生した巨大な新しい自治体だ。平成の大合併は、1999年から政府主導で始まった大規模な市町村の合併政策。小さな自治体同士を一緒にして広域な自治体をひとつの行政組織が主導することで業務の効率化を図り、行財政基盤の強化や地方分権の推進を目的としていた。つまりは地方行政の"スリム化"を図ろうとしていたのだ。2000年代にピークを迎え10年には全国で合併が終了、まさに地方分権改革を代表する大規模な政策となった。  宮城県でも30以上の市町村が消滅し、編入合併している。だが、大合併でスリム化された行政は地元の人間に定着する前に今回の大震災に直面してしまった。そしてその弊害は最悪のタイミング、つまり震災直後から明るみに出ることとなる。  まず、県外にいる出身者からの生存者や行方不明者の身元確認などの問い合わせ窓口としての役割を十分に果たせなかった。大合併以前の地名で問い合わされるために、役所の人間も旧町名で対応することがあったそうだ。  さらにより深刻な問題となったのは、復興を目指して再始動を開始してからだ。
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石巻市役所。
 震災の罹災証明書や支援金の申請で多くの住民が列をなし、担当者が裁ききれなくなっているという。しかも、役所の施設そのものが津波で水没したり、業務用のデータが入ったパソコンが故障したり流されるなどの被害を受けているところもある。このような状況に加えてスリム化された業務体制では提出された大量の書類の処理が追いつかないのが現状だ。これも地方行政のスリム化の弊害と言えるだろう。  また、大きな弊害として、先ほども触れた「行方不明者」の問題がある。それは今もなお、親類や知人の安否情報を求めて役所にやってくる人が絶えないことからも分かる。すでに各地では捜索が打ち切られているが、まだすべての人の安否確認すらできていないのが現状だ。  その安否確認にしても、市町村合併で各自治体の人口が大幅に増えたにもかかわらず、「避難者名簿」や「行方不明者名簿」などの紙ベース作られた書類を片っ端から確認するというアナログな方法しかないのだ。そのため現時点では、遺体安置所での身元確認も進んでいない。  このように、平成の大合併は被災地の復興に実害とも言える問題をもたらしている。  しかし、今回の震災をきっかけに「住民の顔が見えるような小さな行政こそが必要だ」と、断じるのは極論だろう。市区町村の行政区分を旧市区町村に再び分けることは現実的な方法ではない。  一度変更してしまったことを元に戻すこともできないのであればこそ、震災後の街づくり、新たな都市計画を議論していくときに、広域の市区町村を役所がすべてカバーしきれずに通常の行政サービスを均一に提供できないような現状を反省材料としていくべきだろう。 (取材・文=丸山ゴンザレス/http://ameblo.jp/maruyamagonzaresu/
村が消えた―平成大合併とは何だったのか これもまた、小泉内閣が落とした影。 amazon_associate_logo.jpg
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「なぜ"24時間ニュース番組"がない?」デーブ・スペクターが日本の震災報道を斬る!

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震災後、得意の"クールギャグ"で
日本中に笑いを届けたデーブ氏。
 東日本大震災から3カ月。この間、地震と津波、そして原発事故という三重苦をさまざまな形で報じてきた日本のテレビメディア。衝撃的な映像とともに多くの情報を視聴者のもとへ届けてきたが、その内容には懐疑的な声も少なくない。一部では海外メディアの報道姿勢と比較しながら、政府の"大本営発表"をタレ流ししてきたと指摘する声も多い。そこで、日米両国のテレビ事情に詳しいデーブ・スペクター氏に、災害報道における日米の違いや、制作サイドから見たテレビの問題点を語ってもらった。(聞き手=浮島さとし/フリーライター) ――東日本大震災から3カ月が経ちました。デーブさんも連日テレビに出演されていたわけですが、当時のスタジオの空気はいかがでしたか? デーブ氏(以下、デーブ) 経験したことがない異様な雰囲気でしたよね。スタッフもみんな寝てないし、判断力も落ちてたし、疲労でイライラしてて。それでいて、原発の危険さをあおってはいけないというようなムードもありましたし。何をしゃべっていいのか、よくないのか。そんな空気が充満してましたよね。 ――スタッフから「こういう発言はしないように」という指示はあったのですか。 デーブ それはなかった。ただ、重たい空気はありましたよね。常識に照らして暴走した発言はしないようにって、みんなピリピリしてました。山本太郎みたいな人もいたわけなんですけど。 ――スポンサーサイドからは何か圧力があったとかは? デーブ 無いってことになっているんですけどね。直接の圧力がなくても、東電が大スポンサーなんで配慮はあったとしか思えないけど。気を使いすぎだとボクは思いますね。 ――海外メディアは震災発生当初から原発の危険性を遠慮なく報じていたようですが。 デーブ 日本よりもっと扇情的にやってましたね。早くから「メルトダウンはしてるかも」とか。今思えばその騒ぎ方が正しかったわけですけど。日本は伝える側も放射能や原発のことを理解できていなかったでしょう、もちろんボクらコメンテーターも。分かるのは津波の被害とか瓦礫のこと。だからそれを流すしかない。だって、専門家だって分かってないんだから。 ――アメリカでも自然災害は多いわけですが、日米で報じ方に違いはありますか。 デーブ 文化の違いだと思いますが、たとえば日本人って生まれ育った土地へのこだわりが強いでしょう。とても不便な面があるけれど自然が豊かな山間部の土地に何世代も住んで、そういう生き方をリスペクトする文化がある。そこで土砂災害とかあっても、間違っても「そんなところに住んでいるからだ」なんて言われない。でも、アメリカでは結構言うんですよ。言われる側も、それをある程度承知してるというかね。トレーラーハウスに住んでる人は、ハリケーンで飛ばされるリスクを承知して生活をしてますからね。 ――土地に対する信仰心がまるで違うんでしょうね。日本は森羅万象に神が宿る自然崇拝の国なんで。アメリカ人はもっと合理的に引っ越しちゃうわけですか。 デーブ そう、合理的。1990年代にフロリダにハリケーン「アンドリュー」が来たのですが、もともとフロリダはハリケーンが多くて、あまりに多いから「もう住んでられない」って、あの時は10万人くらいが移住したんです。日本では埼玉の夫婦が定年後は沖縄に住もうとか、あんまり思わないですよね。田舎暮らしって一部だし。でもアメリカだと、寒い土地の人が老後にアリゾナとかへ抵抗なく移住してる。どちらがいいという問題じゃなくて、違いですよね。それによって報じ方も違ってくるということで。 ――テレビ業界のプロとして伺いますが、今回の震災報道の中で「テレビ」と「活字」の違いをどうお感じになりましたか。 デーブ これはね、ものすごく感じました。まず、テレビというのは映像の必要性が先行するでしょ、『朝生』(テレビ朝日系)を除いて。どうしてもいい画を求める。これは仕方ない。そういう縛りの中で、今回のように内容が専門的で、暴走するとクレームが来るという状況だと、もう無難に収めるしかないんですよね。批判精神なんかゼロ。でも、新聞にはすごく細かくて具体的で批判的な情報がたくさんあったでしょ。週刊誌はさらに細かくて、スクープもあったし。つまり、テレビで伝えきれない情報が紙の上にたくさんあった。でも、地上波を責めるのも酷なんですよ。だって、専門家にコメントもらおうにも「尺」がないんですよ、2、3分しか。伝えきれない。 ――アメリカとの違いがあるとすれば、一番は何ですか。 デーブ 一番の違いは、日本に24時間ニュース番組がないってこと。これにつきますよ。CNNとかFOXとかがない。全然ない。一つもない。ゆっくりニュースを放送する局が一個もない。アメリカで今回みたいな災害が起きたら、地上波は最初の数時間は流すけど、あとはニュース専門局に完全にシフトするんです。視聴者はニュースをそこで見る。 ――日本もBSやCSでそれに近い形のものはありませんか。 デーブ だってあれ、本気じゃないでしょ。同じニュースを繰り返し流してるだけだし、自前で取材したわけじゃない。しいて言えば、『BSフジLIVE PRIME NEWS』が近いかな。一つのテーマを2時間じっくりやってる。あれなら新聞情報にもじっくり触れられるけどね。 ――アメリカ人はネットでも結構ニュースを読んでますよね。 デーブ めちゃめちゃ読みます。アメリカのテレビだってすべては伝えきれないけど、新聞系のサイトは相当読まれてますよ。ネットから取得する情報がものすごく多いんです。日本人は「Yahoo! JAPAN」しか見ないでしょ。あれは、要約されたニュースがトピックスとして並んでいて、見出しみたいなものですよね。一つの情報を掘り下げて読むのとは違うから。 ――日本にニュース専門局ができない理由は、国民がニュースを見ない、読まないということに加えて、一番はやっぱりお金ですかね。スポンサードする企業がない。 デーブ そう、お金はものすごくかかる。通信社から買わずに独自で取材するようになったら、もう大変ですよ。この不景気な時代に視聴率が取れないニュース専門局にお金を出そうなんて企業は、今の日本にないでしょう。やれるとしたらNHKだろうけど、そしたら地上波を見なくなるからね。NHKの視聴率はニュースが支えてるから。地震があったらとりあえずテレビはNHKをつけるとかね。そのNHKが専門局を始めたら、視聴者はそっちに流れるだろうから。だから、共食いになっちゃうんですよ。 ――民放はともかく、NHKは共食いしてでもやるべきかもしれませんけどね。 デーブ だと思いますけどね。これだけテレビ文化が成熟してる国なのに、24時間ニュース局がないなんて不思議なんです。ラジオでさえやってないんだから。ラジオなんて、一社提供の持ち込み企画とか、事務所のお荷物のタレントに番組を持たせたりとか、古いやり方をずっとやっている。流動性がないんだよね。ラジオでやれないんだから、テレビだと100年かかるかもね。 ――メディアと言えば、今やTwitterも一つのメディアと言える時代ですが、デーブさんの震災直後のつぶやきが大反響でした。「低気圧にお願いです。被災者ではなく、原発を冷やしてください。ボクも一所懸命、寒さを原子炉に送りますんで」とか、「日本で略奪があるのは愛だけですからね、山路さん」とか(笑)。日本全体が重苦しい空気の中で、デーブさん流のギャグで癒やされたという日本人は多かったようです。 デーブ クールギャグと呼んでるんですけどね(笑)。あれはびっくりしました、反響がすごくて。普通にいつものようにつぶやいてただけなんですけど。あのころはまだ「冗談言っちゃいけない」みたいな空気で。日本全体が首を絞められてるような、なんていうのかな......。 ――閉塞感のような。 デーブ そうそう、閉塞感。それがあったでしょ。みんな笑いたかったのに笑えなかった。そこにニーズがあったんでしょうかね。 ――それを一冊にまとめた『いつも心にクールギャグを』(幻冬舎)が発売中ですが。本を出されるのが10年ぶりくらいとのことで、意外ですね。 デーブ ボクは基本的に本は出さない主義なんです。だって、さほど伝えることもないのに、タレントだから本を出すというのも、ちょっと抵抗があるというか。今回はちょっと特別で、社会現象としてあまりに反響が大きかったし、残しておこうというのもありまして。ま、脱力して気楽に読んで、癒やされていただけたらうれしいです。 ●でーぶ・すぺくたー アメリカ合衆国イリノイ州シカゴ出身。日本を拠点に活動する米国人テレビプロデューサー・放送作家・コメンテーター。1983年、米国ABC放送の番組プロデューサーとして来日。ポイントをおさえた的確なコメント、鋭い批評は多方面から好評を博し、テレビ出演の他、全国各地の講演や執筆活動等で多忙な毎日を送っている。2009年「オリコン好きなコメンテーターランキング」第1位獲得。話題のTwitterは「ツイナビ」アカウントランキングで『総合TOP100』『有名人・芸能人』『エンタメ』各部門で第1位(2011年3月22日ツイナビ調べ)。
いつも心にクールギャグを 定価1,260円/幻冬舎刊/好評発売中。 amazon_associate_logo.jpg
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【震災3カ月】「サイゾー? 結構読んでるよ」主婦がそう言う福島県いわき市四倉町 現地レポ(4)

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一体どうしたらこの惨状を復旧できるのだろうと思ったが、
瓦礫も自動車もみごとに撤去されていた。
 漁港で知られる福島県いわき市四倉町は、久之浜町と並んで県内で最も震災被害を受けた地域だ。同市の6月14日現在の被害状況は、死者306人、行方不明50人、住家被害は2万7,450棟(うち、全壊・大規模半壊9,300戸)。市内全域で道路や河川、橋梁などに損壊・浸水の被害が発生した。  取材班が前回(3月22日)訪れたときは、まだ街中が瓦礫の山で覆われていた状態。住民の一人が「瓦礫を寄せてやっと昨日あたりから車が通れるようになった。作業したのは地元業者。市外の業者は放射能を怖がって来てもくれない」(40代男性)と嘆いていたのは既報の通りだ(詳しくは前回記事参照)。  市では地震発生から2時間後には県知事へ自衛隊派遣を要請し、同日23時からは陸上自衛隊が災害支援活動を開始(現在も継続中)。復旧は地道に進められ、1カ月後の4月10日には、主要幹線である国道6号線の四倉町から久之浜町間の4km区間で応急復旧が完了し、法面崩落の恐れで通行止めとなった区間もようやく通れるようになった。現在、国道6号線は一部迂回路の利用も含めて全線で通行が可能となっている。
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横転した自動車に道をふさがれて呆然としていた男性は、
今どうしていることだろう。
 3月に取材したエリアを、3カ月後の今回あらためて歩いてみると、住宅街や道路、施設の多くは見違えるように復旧されていた。国道6号線沿いにある道の駅「よつくら港」は、前回は津波の被害で爆撃を受けたかのような惨状をさらしていたが、今回訪れると既に新しいのれんや旗などが飾られ、活気を取り戻したような様相。住民によれば、「販売所だけ土日に営業してるけど、商品が限られているから売り切れたら終わり。駐車場もまだ使えないから、隣の海水浴場の場所を借りてる」とのこと。完全復旧ではないにせよ、できるところから始めていこうという住民の気持ちが伝わってくる。  同町で鮮魚販売を営む「大川魚店」は、自家製のかす漬けやみそ漬け、天日干しの干物などが人気の昭和25年創業の老舗店。今回の津波では多大な被害を受けたものの、6月中には店舗の修繕工事を終え、7月には再開できる見込み。一部で営業も再開している様子で、ご主人のTwitterには時折「本日9:00~16:30まで営業いたします」「脂ののっためじまぐろのお刺身がお勧めです」などのつぶやきも見られる。  一歩一歩前へ進みつつある四倉町だが、いまだ多くの住宅でライフラインが復旧していないのも事実だ。市水道局によれば「まだ550戸で水道が復旧されていません。道路や施設の復旧の道筋が決まらないと、地盤が決まらないところに水道菅だけ先に埋めて直すというわけにはいかないという事情があります」。14日現在で368人の避難所生活者がいるのもそのためで、3カ月が経過した今も厳しい生活を強いられている住民は少なくないのである。
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瓦礫が撤去された県道の様子。蛇行していると勘違いしていた道は
直線だった。式子さんの乾物屋はこの通り沿いにある。
 一方、前回の記事で、ゴーストタウン化した県道沿いで乾物屋を営む鈴木式子(すねこ)さんを紹介したが、今回寄ってみると平日ながらお店は閉まっていた。お隣に住む主婦の方にお話を聞いてみると、「今日は定休日だけど、普段は元気に商売してるよ」と教えてくれた。思わず安堵する我々に対し、この主婦は意外な(?)言葉を続けた。 「もしかしてサイゾーさん? こないだの記事読んだよ」  なんと! ここ福島県いわき市の四倉で、「サイゾー」の固有名詞が聞かれるとは。 「サイゾーなんて、ご存じなんですか」 「知ってるよー、結構読んでるよ。これ(携帯電話)でGREEに登録してて、ニュースも配信されてくるから、それ読んでるの」 「ご愛読ありがとうございます」 「サイゾーって、突っ込んでるけど、逆に突っ込まれたりもしてるよね」  その通り。さすがは四倉の母。鋭いつっこみに、こちらは返す言葉もない。とにもかくにも、日刊サイゾーが被災地で主婦層にも読まれていることが明らかになった。  その後、外資系通信社の記者にこのことを話すと、「非常に興味深い」と食い付いた上で、次のような"解説"をしてくれた。 「地方の主婦層にまで携帯ゲームが普及して、そこから情報を得ているという構図は、ある意味で日本的で、そして象徴的だ。ネット情報の影響力が、良くも悪くも強くなっていることの表れ。マスメディアだけが情報を発信する時代でなくなったことは確かだ」  ともあれ、サイゾーはこれからも被災地を含む全国のユーザーへ向けて情報を発信していくだろう。 (文=浮島さとし)
報道写真全記録2011.3.11-4.11 東日本大震災 少しずつ、動き出している。 amazon_associate_logo.jpg
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続報! 幹部が強制わいせつ疑惑の野村総研が被害者女性を逆提訴!

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Y田氏が副支社長として勤務していた野村総研上海支社の受付窓口。
「嫌だと言ってるのに無理やり部屋に上がり込まれて押し倒された」 「仕事の話と呼び出されたら酒を勧められ、帰してもらえなかった」 「酒を勧められ、飲んだら急に意識を失った。気付いたら裸にされていた」  これらはいずれも、日本を代表するシンクタンク「(株)野村総合研究所(以下、野村総研)」北京社上海支社副総経理(副支社長)のY田氏による強制わいせつ行為に関する、複数の女性からの証言である。  2007年12月、Y田氏が取引先の広告代理店営業担当(当時)のA子さんに強制わいせつ行為を働いた事件については、当サイトで過去2回にわたり報じてきたが(12)、記事を読んだという関係者から、新たな証言が複数寄せられている。  「いきなり抱きつかれて性行為を求められ、なんとか断ったが今もトラウマになっている」という日本人女性は、「顛末を詳しく書かれると自分が証言したと特定されてしまい、報復されるのが怖い」とおびえながら、「あんな人間が社会的地位に守られながら平然と暮らしているのは絶対に許せない」と怒りをあらわにした。  また、日本航空や中国東方航空のキャビンアテンダント(CA)からも、「マンションに強引に上がり込もうとして抱きつかれ、断ると玄関で無理やりキスされた」などの証言が数多く寄せられている。以下は、あるCAたちの証言だ。 「とにかくCAに片っ端から声を掛けるので有名でしたけど、『CAなんて低学歴の低所得者だ』とバカにしてましたね。酔わせてタクシーで送るといって、部屋に上がり込んで襲うというのがパターン。大学のレイプサークルと同じで、やることが幼稚なんですよ」(20代の中国東方航空CA) 「被害に遭った子たちは『タクシーに一緒に乗ったおまえが悪い』とか言われるのが怖くて相談できない。実際、同性の先輩から『誘ったんでしょ』と言われた人もいたようです。20代の若い子たちは『野村総研の茶髪のエロおやじには気をつけろ』と言い合ってましたね」(30代の日本航空CA)  被害女性たちの友人有志らで組織する「野村総合研究所(野村総研)のわいせつ、セクハラ被害者を救う会」(以下、救う会)は、これまでこうした情報の中から一次証言をまとめて文書化し、Y田氏本人と野村総研に対して「事実か否か」の照会確認を通知し、事実でないと主張する場合は期限内に回答するよう求めてきたが、いまだ回答は一度もないという。仮に女性たちの証言がすべて虚偽で、Y田氏が潔白であるならば、なぜ公の場で反論しようとしないのだろうか。  この点について、筆者は野村総研に対して2度にわたり電話でコメントを求めたところ、「当人同士で行き違いがあった。社としてはコメントを差し控える」(2010年8月、女性広報担当の回答)、「弁護士と協議中なのでコメントは差し控えたい」(2011年4月、同広報)と、具体的な説明はないまでも、事実関係そのものは否定しなかった。  静観の姿勢を崩さないかに見えた野村総研だが、ここへきて突如動きを見せ始めている。まずは5月20日、「救う会」が運営するブログ「野村総合研究所(野村総研)のわいせつ、セクハラ被害者を救う会」をサーバー管理しているプロバイダーのライブドア社に対し、名誉毀損を理由にサイトの削除を要求。ライブドアがこれを拒否すると、今度は5月26日にサイト管理人らの情報開示とサイトの閉鎖を要求した。「救う会」側の一人が、あきれながら言う。 「プロバイダー責任制限法に基づいて当方の情報を開示しろと言っているらしいのですが、もともと我々は連絡先を野村総研への文書に明示して公開質問を行っているわけで、それに答えもしないで何を今さらという感じです。自社の幹部が性犯罪を繰り返しているのに対処もせず、こちらが照会確認で公に反論の機会を与えているのに、それをも放棄して名誉毀損だという。株主総会が6月23日にあるので、『やることはやってる』という株主に対するアピールなんじゃないですか」
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野村総研は内部統制の基本方針として
「法令遵守体制の実効性を確 保するため(略)必要な諸活動を推進」する
としているのだが......(同社HPより。下線は編集部)。
 「救う会」では直ちに、 ・当方は最初から連絡先を明示して公開で質問している。名誉毀損というなら照会確認に答えないのはなぜか。 ・連絡先を明示しているのに当方に連絡せず、プロバイダーに抗議するのは不当な嫌がらせである。反論するのならば当方に対して訴訟を提起せよ。  などの趣旨をまとめた文書を通知した。  すると野村総研は、「救う会」の一人Bさんと、なぜか被害者の一人であるA子さんを相手に、1,000万円の損害賠償を請求する民事訴訟を提訴。以下は訴状に記された1,000万円という金額の根拠となる部分の抜粋である。 「(略)原告(編注:野村総研)に発生した有形無形の損害は、現時点で原告が把握している事実関係に基づくだけでも、少なくとも1,000万円を下らない。したがって、被告らは、原告に対して、不法行為・共同不法行為に基づく損害賠償として、少なくとも1,000万円を連帯して支払う義務を負っている」  これについて、「金額の根拠があいまいで意味がわからない」と一笑に付すのは、企業の性犯罪事情に詳しい都内法律事務所のT氏だ。 「この前段に辛うじて1,000万円の根拠らしきことが書いてあるのですが、野村総研が『株主や顧客等へ対応を余儀なくされ、原告の業務が妨害された』からとしか書いていない。であるなら、被告側は、原告の株主である野村ホールディングスなどに、『野村総研が1,000万円の損害が出たと言ってますけど、お宅はどんな対応を迫ったのですか』と聞くべきでしょうね」(この点を「救う会」に確認したところ、「すでに野村総研の主要株主に対して質問をまとめた公開通知書を送付済み」とのこと)  またT氏は、訴状の中で野村総研がY田氏の潔白を、決して積極的に主張していない点にも注目する。 「野村総研は被害者側の主張に対して『事実無根だ』という反論を一切していません。これだけ一次証言がそろってしまうと立証されるのを恐れてできないのでしょう。そこで苦し紛れに、『事実はどうあれ、まだ刑事罰が決まっていないのに、決まったかのような誤解を与える表現は名誉毀損だ』というニュアンスで反論をしてるだけなんですが、その時点で『やりました』と言ってるようなもんなんですけどね」  さらに、数多くいる被害者の中からA子さん一人を抽出して提訴した点にも首をかしげる。 「訴状によれば、『救う会』のBさんが運営するウェブサイトが野村総研の名誉を毀損したというのですが、このサイトにA子さんはまったく関係していません。Bさん一人を訴えるならまだしも、なぜA子さんを引っ張り出したのか。立場の弱いA子さんを精神的に追いつめるのが目的でしょう」
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「嘉華中心」は05年に完成した上海の高級オフィスビル。
野村総研上海支社はこの29階にある。
 それにしても、野村総研といえば、官公庁や各産業のトップ企業を顧客に持つ日本最大手のシンクタンク企業。就活学生の人気企業ランキングでは毎年上位を占めるなど、学生からの信望は極めて厚い。しかし、これまでの姑息とも言える一連の対応を見る限り、日本を代表する企業としての矜持は見えてこない。  これについて、「ランキングなんてものに左右されずに、学生さんはしっかりと企業体質を分析した方がいい」と言うのは、日本のブラック企業の事情に詳しい「(株)ヴィベアータ」代表取締役で企業アナリストの新田龍氏だ。 「今回の野村総研のやり方は、典型的なブラック企業の手口の一つです。A子さん一人を狙い撃ちしたのも、弱いところから攻めていくという常とう手段。そもそも、社内での違法行為を放置して、証拠不十分なのに逆ギレして個人を提訴なんて、仮にも一部上場企業がやることじゃない。明らかな犯罪隠蔽だし、大企業の権威をかさに着たどう喝行為。今回の件も氷山の一角でしょう」  折しも、この記事を作成している19日現在、Y田氏が上海へ赴任する前にあるアジア圏の国で、性的事件を起こしていたとの証言が届いている。筆者は既に関係者と接触を図りながら事実関係を確認中である。詳細が判明でき次第、続報として公開していきたい。 (文=浮島さとし)
挑戦し続ける野村総合研究所 最大手の名が廃る。 amazon_associate_logo.jpg
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被災地レポート「仮払金支払い窓口で働く東電末端社員の対応」

toden0000.jpg  福島第一原発事故の対処をめぐって企業としての威信が揺らいでいる一流企業「東京電力」。  東京電力は関東1都6県と山梨県、さらに静岡県の一部を独占的に事業地域とする電力会社だ。歴史は古く1883年(明治16年)に東京電燈が設立されたことに企業としての歴史が始まっている。その後は半官半民のスタイルで、ほぼ国営に近いインフラ企業として東証一部上場を果たしている。  東電に関する情報は連日のようにニュースなどで報道され続けてきたので、すでに周知のとおりだとは思うが、震災後のトップや役員の対応、企業自体の隠ぺい体質にも注目が集まった。学閥主義は官僚よりも官僚体質と揶揄されるように、社内の派閥争いは熾烈を極めるとの話もあり、世論の批判がその企業風土に集中しているのも事実だ。  それほどのエリート集団が勤めている一流会社であろうとも、原発事故の責任は取らなければならない。避難している住民への補償金支払い義務は当然発生する。しかも金額だけでなく、企業としての誠意も示さなければならない。誠意を示すため被災者への仮払い補償の説明の窓口対応にあたっているのが、このエリート社員たちなのだ。高学歴で一流企業に入り生涯安泰を約束されたはずの当人たちにしてみれば"まさか"の展開だろう。  彼らはどのような態度で被災者に接しているのか。そのことを確かめるべく、南相馬市役所内に臨時設置された窓口で被災者を相手に補償金の支払い手続きの説明に当たる東電社員を取材した。 「このたびはご迷惑をおかけしました」  開口一番、窓口を訪れた被災者に対して謝罪と同時に深々と頭を下げた。そして、補償金の仮払いについて懇切丁寧に説明していく。 toden000000.jpg  世帯当たりの支払額や過払いした場合の返還方法など具体的に細々と説明する。その間、彼らは一様に腰が低い。 「1世帯当たり100万円、単身世帯は75万円を銀行などの口座に振り込みます」  東電社員たちの説明する言葉から聞き取れるイントネーションから、地元(福島)の人間でないことが分かる。今回の補償の件に絡んで、東京から出張してきたのだろう。  南相馬市役所に仮払い金の申請に来る人たちが、福島第一原発事故の被害をダイレクトに受けた地域の被災者であることは、彼らも十二分に承知しているはずだ。  実際、取材中にも怒りをあらわにしている人を何人も見たが、ひたすら謝罪を続けながらの誠心誠意を込めた対応に最後はみな「ありがとう」と言って立ち去っていった。  一人ひとりを相手にするのは、相当な心労であることは容易に想像できる。しかし、そうは言っても簡単に同情はできない。東電に賠償すべき責任があることは誰の目にも明らかで、放射能漏れの被害報告が後手に回ったことも問題視してしかるべきだろう。それほどまでに東電がもたらした被害は甚大なのだ。  現在のところ東電は200億円以上を避難住民たちに支払ったとしている。「お金だけで責任が果たされるものではない」、そんな意見も多く聞かれる。これから東電の責任をめぐる議論はますます活発化していくだろう。  実際に補償のために動く末端の社員たちには、テレビだけでその姿を確認できる経営陣への怒りがそのまま向けられる。だが、責められるべきはあくまで会社であり、その企業体質。そこで働く末端の社員にその場での謝罪を求めても根本的に解決するはずもない。  東電の社員ではなく組織と経営陣、そこにこそ問題の本質があることを常に忘れないように、そして問題の本質がズレることのないように、今後も責任問題の推移を見続ける必要があるだろう。 (取材・文=丸山ゴンザレス/http://ameblo.jp/maruyamagonzaresu/
東京電力・帝国の暗黒 まさに伏魔殿。 amazon_associate_logo.jpg
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