
"奇跡的"に救出された2歳児。
7月23日、中国浙江省温州市で、追突・脱線事故を起こした高速鉄道では、人命救助や安全確認もおざなりのまま、わずか1日半で運転を再開した。さらに翌24日朝、高架から落下した車両を地中に埋めるという当局の証拠隠滅行為は、世界からの失笑を買うこととなった。
しかし、救出活動が打ち切られた後の同日の夕方、撤去作業が開始された車両の中から 2歳の女児が発見され、当局が十分な生存確認を行っていなかったことが露見した。運良く発見されていなければ、女児はまさに生き埋めとなるところであったわけだ。
これには、言論統制の中、普段は表立った政府批判をすることがない国内マスコミや人民からも、怒りや失望の声が上がっている。
「実際に生き埋めになった人もいるはず」という指摘も出る中、当局は女児の生還を「勇敢な特殊警察分隊長と消防隊委員による奇跡の救出劇」として美談化。世論の批判をかわす作戦に打って出たあたりは、"お約束"と言ったところではある。
ところが人民たちはもはや、当局のそんな言い逃れに耳を貸すつもりはないようだ。中国版Twitterと言われる「微博」や複数のネット掲示板に、こんな情報が流れているのだ。
「女児を助けたのは特殊警察でも消防隊でもない。駆け付けた女児の親族が車両に這い上がって彼女を発見し、救出した」「親族は当局に口封じされている」「女児の左足のケガは、撤去作業の重機によるもの」
現時点ではこれらの情報は未確認であり、ウワサの域を出るものではない。しかし、ネット上の書き込みも検閲される中国で、こうしたウワサが広まること自体、異例のこと。当局の信頼が完全に失墜したことを物語っていることは確かであろう。
(文=高田信人)
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ついに再審請求受理の動きも……東電OL殺人事件の"真犯人"に迫った衝撃の1冊

『東電OL強盗殺人事件 午前0時の逃亡者』
(リアン合同会社)
東京都渋谷区で1997年3月に東京電力の女性幹部・Yさんが殺害された東電OL殺人事件」で、無期懲役が確定したネパール人のゴビンダ・プラサド・マイナリ受刑者の再審請求が認められる可能性が出てきた。
21日付けの読売新聞朝刊が、被害女性の体内から採取された精液などのDNA鑑定の結果、マイナリ受刑者以外の男性のものと分かり、さらに、DNA型は殺害現場に残されたマイナリ受刑者以外の人物の体毛と一致。05年3月にゴビンダ受刑者が出している再審請求が認められる可能性があることを報じたのだ。
いまだに謎の多い事件だが、事件発生から7年後の04年から事件発生現場で約400日にわたる取材を行い、真犯人に迫ったのが、ジャーナリストの永島雪夫氏が記した『東電OL強盗殺人事件 午前0時の逃亡者』(リアン合同会社)だ。
永島氏は写真週刊誌「フォーカス」(新潮社)を経て、ノンフィクションライターに転身。以後、94年4月から尾崎豊の死の真相を追ったルポを夕刊フジ、「週刊宝石」(光文社)誌上で短期連載。その後、「週刊ポスト」(小学館)、「週刊現代」(講談社)で政治・事件問題を執筆するなどし、グリコ森永事件、世田谷一家殺人事件、3億円事件などの未解決事件の真相を探るべく取材活動に奔走。東電OL事件の"闇"に切り込んだ。
同書で永島氏は事件現場周辺住民の被害者の目撃証言を手がかりに、被害者の定期券が、ゴビンダ受刑者の土地勘のない豊島区の民家で発見されたことに着目。
地元に長年住み、"主"とも言える老人から、前科のある男が被害者につきまとい、事件後、周辺から姿を消したが、最高裁でゴビンダ受刑者の無期懲役が確定した03年10月以降にまた舞い戻ってきたことを知る。
永島氏はその男の過去を知る友人ら関係者を徹底的に取材して"外堀"を埋め、ついに男と接触を図る。
永島氏が足で稼いだ事実を余すところなく書き込み、これまで世に出ていなかった新事実に切り込んで行く同書だけに、ネット上では「凄まじいね。身の毛がよだつものがある」、「迫真の聞き込み内容には下手な推理小説をしのぐ面白さがある」などと感想が寄せられている。
永島氏は「東京スポーツ」のインタビューで「ここまできたら、裁判所と検察には良心をみせてほしい」と再審請求が認められることを切望している。
自民党・平沢勝栄議員が「総理の献金事件は脱法行為」と断罪

菅総理の資金管理団体である「草志会」が、日本人拉致事件の容疑者親族が関係する団体に、多額の資金提供をしていた事実が明らかになっている。団体の名は「政権交代をめざす市民の会」(奈良握代表・以下、めざす会)。拉致事件の容疑者の長男が所属する政治団体「市民の党」(酒井剛代表)から派生した団体である。
菅総理は国会でのこの指摘に対し、「私の判断で寄付をした」と自身の関与を認めた上で、「政治的にいろいろな意味でプラスになると考えた」と平然と答えて周囲を唖然とさせた。
政府の拉致問題対策本部長である首相が拉致問題解決を放置しながら、実行犯の関係団体に多額の資金提供をしていたことになる。元警察官僚で公安事情に詳しい自民党の平沢勝栄代議士に、今回の事件の問題点について聞いた。前回に続き、菅直人と左翼勢力とのつながりについて考えてもらいたい。
(聞き手=浮島さとし/フリーライター)
──菅総理の献金問題は国を揺るがす大スキャンダルだと思うのですが、メディアの扱いがあまりに小さいと感じます。麻生太郎元総理が漢字を読み間違えただけであれだけ大騒ぎした朝日新聞も、今回は静かです。
平沢氏(以下、平沢) 産経(新聞)が早くから報じましたが、他紙は総じて鈍かったですね。とにかく、この事件は奇々怪々としか言いようがない。3年にわたり「草志会」から極左の政治団体へ金が渡っていたというんですが、普通は逆なんですよ。一般的に政治献金というのは、民間の政治団体が、自分たちが支持する政治家に対して、政治資金規正法の枠の中で献金をする。今回は代議士側から支持団体へ金が渡っていたというのですが、そんな話は聞いたことがない。
──なぜ、候補者側から団体に献金が行われたのか。その趣旨が気になりますが。
平沢 私のところにもいろいろ情報が来ていますが、総括すれば、「めざす会」が菅さんたちの選挙運動に動いたと見て間違いないでしょう。渡った金はその報酬や経費です。この団体は(創価)学会員以上に凄まじい選挙運動をすることで知られていますが、その選挙部隊の力を借りるために菅総理の事務所が運動資金を用意したということでしょう。
──だとすれば公職選挙法に抵触すると考えていいですか。
平沢 当然そうなります。公職選挙法では決められた費用しか使えないし、使途の内訳は選管に届け出なければならない。「草志会」が直接渡すと買収行為になるので、「めざす会」をいったん迂回したわけで、だとすれば、完全なる脱法行為です。運動員買収などが後から発覚して当選が取り消しになった代議士は過去にもたくさんいます。事実が明らかになれば、菅総理は当然、公職選挙法違反に問われることになります。
──違法行為であることはもちろん、額が大きすぎるのも気になります。
平沢 構図も不可解で額も大きい。3回にわたって支払われているようですが、一度目に渡った5,000万円は政治資金規正法の上限枠いっぱいですからね。極めて重要な選挙戦略の一環として金が渡ったと見るのが妥当でしょう。菅総理は「連携・支援のため」などと平気な顔して言い訳をしていましたが、相手は毛沢東思想やマルクス・レーニン主義で革命を目指すことを公言している人物が率いる政治団体ですからね。
──しかも、この金の原資は政党助成金です。国民の税金が、拉致事件の関係者が所属している極左団体に大量に使われていたことになります。
平沢 国民からすれば、一体この人はどこの国の総理なんだというのが実感でしょう。菅総理は拉致問題対策本部長でもあるわけですが、彼が拉致問題の解決に向けて何かをしたという話を聞いたことがない。何の興味も関心もないのでしょう。
──反国家的な勢力が首相を支えているのは大変な危機的状況だと思いますが。
平沢 彼はもともとが、反国家的思想の運動家ですからね。日の丸・君が代も反対し、日本人拉致の実行犯の辛光洙の助命嘆願書に署名までした人物です。それが急に総理になってしまったから、いくら演技をしてもいろんな無理が出てるわけです。
──菅総理の側近が、エネルギー利権のブローカーとして暗躍しているとのウワサもありますが。
平沢 そこも含めて調査中ですが、再生エネルギー法案によって利益をあげる者が出てくることは事実なわけで、必然的に利権が生まれます。特にソフトバンクの孫正義社長と菅総理の蜜月ぶりは際立ってます。今の状態では、孫社長の利益のために、一国の総理が法改正へ向けて動いているようなものです。孫さんは孫さんで、「菅総理は10年続けて」なんてエールを送っている。癒着としか言いようがない構図でしょう。
──そもそも再生エネルギー法案は、菅総理ではなく、原発推進の経産省が温室ガス削減を目的に推し進めてきた買い取り制度で、「脱原発」とは本質的には関係ありません。原発推進か脱原発かの踏み絵にすべきものではないですし、当初は総理自身がこの法案にまったく関心がなかったことも知られています。
平沢 そこが菅さんのうまいとこでね。太陽光や風力のエネルギーを電力会社が買い取れば、確かに再生エネルギー分野の活性化にはなりますが、それだけでは電気代が大幅な上乗せになるし、原発がいらなくなるなんていう議論にはならない。ただ、国民はそういう言葉に弱いから、総理自身がまったく関心を持っていなかった法案を、突然今になって引っ張り出してきた。「一定のメド」という言葉にしてもそうですが、小技だけは怖ろしくうまいんですよ。
──いずれにせよ、この献金問題だけは絶対にうやむやにすべきでないと考えます。野党の追及も十分でないと感じますが、自民党としてはどう取り組んでいくのですか。
平沢 7月12日に問題究明のためのプロジェクトチームを立ち上げました。各議員がそれぞれの立場で情報収集をしようと動いていますが、なにしろ公安も内調(内閣調査室)も、野党の調査には非協力的です。関係者数人と話をしましたが、明らかに上から圧力がかかっている。彼らも役人なんで困っているんですよ。これまで監視の対象だった極左勢力が、政権とずぶずぶの関係になってしまっているわけですからね。しかし、その中でもすでに情報は集まり始めていますので、自民としてはうやむやにするつもりはありません。
──菅総理は脱原発を争点に、8月解散を模索しているとのウワサもありますが。
平沢 私はその可能性は低いと思う。やれば民主は負けますから。もっとも、菅さんは誰かに入れ知恵されると何するか分からない人ですからね。政権延命ができると踏んだらやりかねませんが。その時は、もう国民は騙されないはずですよ。ただ、菅さんが辞めて次の総理になってからなら、自民も苦しい戦いにはなるでしょう。いったん自民を離れた支持層はそう簡単には戻りませんから。
──菅総理は今、民主党内でも相当孤立しているはずですが。
平沢 さっきまで民主党の代議士と一緒だったんですが、民主党内でも95%は"反菅"の立場だそうです。今、総理を内閣で支えているのは、江田五月と北沢俊美防衛大臣くらいでしょう。海江田万里経産大臣ははらわた煮えくり返ってるはずですよ。ただ、次(の総理)が一本化されていないから動けない。そういう意味では菅さんは非常に運がいい。それでも、8月後半に辞めないようなら、いくら民主党だって大きな菅おろしの動きが出るでしょうけどね。
──政治の先に、被災地の救済や国の未来がまったく見えてきません。
平沢 まったくその通りでしてね。官尊民卑(かんそん・みんぴ)(注:政治家や役人を尊び、民衆を軽んじる国家体制)という言葉がありますけどね、今の政治はまさにそれなんです。「かん」は菅総理、「みん」は国民と民主党です。総理は今、民主党さえも貶めながら、自分の利益だけを求めて突っ走っている。菅総理の手帳には「無私」と書いてあるそうですが、これだけ「有私」の総理は見たことがない。彼が出してくるおかしな政策は、総理が自分のためにやってると考えれば全部つじつまが合う。ストレステストが最たるものです。迷走も迷走、もう滅茶苦茶ですよ。
首相に「ストレステスト」を入れ知恵をした2人の極左人物とは?
政府の原発対応が混迷を極める中、菅総理が突然言い出した「ストレステスト」(耐性検査)で日本中が大混乱に陥っている。現在、国内54基の原発施設は、定期検査も含めて35基が停止中だが、これらを再稼動するための条件として、施設が地震や津波などの事故に耐えられるかを調べる体制試験の導入を義務付けるというもの。言い変えれば、テストが済むまでは停止中の原発施設からの電力供給はできないことになる。 しかも、テストの内容やスケジュールなど、肝心な部分はすべて白紙。ヨーロッパ式のテストなら一年近くかかるとも言われており、施設の稼動が遅れた場合に想定される深刻な電力不足への対応も、具体策は何ひとつ決まっていない。経産相に代わって急遽"担当大臣"となった細野豪志原発事故担当相は、首相が初めて「ストレステスト」を国会で口にした6日の定例会見で、「早急に詰めたい」「具体案はこれから」と、ひたすら抽象論を繰り返した。 安全性の担保は重要だ。しかし、なぜ首相は突然、自分でも中身を理解できていない「テスト」の導入を、事前の党内調整や電力不足への対策など一切行わないままに言い出したのか。事実、政府が11日に安全評価の実施を発表した直後の13日、保安院の幹部が慌ててドイツやフランスの原発関係機関を訪問して調査していたことが分かり、政府の決定に具体策の裏付けが何もなかったことが明らかにになった。 こうしたドタバタに対し、海外メディアも「(テスト導入の理由は)菅総理の不人気と指導力の低下」「原発廃止への道筋や経済的リスクへの対策はない」(米ワシントンポスト紙)と冷ややか。「海外では」「ヨーロッパでは」を繰り返す菅総理の思惑に反し、国際的な信用は一切得られていない。 また、「テスト」は経産省の保安院でなく、細野大臣が所管する内閣府の原子力安全委員会もイニシアチブを持つ。経産省の意思だけでは再稼動ができないことになり、「経産相と思いは同じ」(菅総理)と言っていたはずの総理の急な心変わりがうかがい知れる。いったい誰が菅総理に入れ知恵をしたのか。 この点について、「2人の極左と言える人物が大きく影響している」と話すのは、ある民主党関係者だ。「今や党内は8割が菅不支持」と自嘲しながら、次にように証言してくれた。 「菅さんに入れ知恵したのは、一人は内閣参与のTという人物。東大で原子力を専門に学び、現在も大学で教鞭をとる立場で、菅総理とは古い付き合いです。問題なのは、このTの思想的背景。革マル系の団体や極左の市民団体と非常に関係が深い」 その言葉を裏付けたのが、6月15日に再生エネルギー特別措置法案の成立へ向けて、25の市民団体の主催で開かれた「再生可能エネルギー促進法成立!緊急集会」。出席した菅総理は、「私の顔を見たくないなら、この法案を通した方がいい!」と嬉々として"宣言"し、割れんばかりの拍手に包まれた会場からは「菅さんかっこいい!」との声が乱れ飛んだ。 「あの場にはグリーンピースジャパンや原水爆禁止日本国民会議など、Tと関係の深い極左メンバーが多く出席して場を盛り上げていました」 また、この関係者が言うもう一人の人物が、脱原発派で知られるイタリア人ジャーナリストのP氏である。 「日本での駐在暦が30年を超えるベテラン記者で、イタリアの極左テロ組織『赤い旅団』(ブリゲート・ローズ)の弁護士を務めていることで知られています。いわば極左中の極左なんですが、その人物と菅総理は先月6月29日に六本木で会食をしたと日経新聞で報じられました。菅さんに入れ知恵しているのはこの2人というのが関係者の一致した見方です」 「赤い旅団」とは1970年代から活動をしている極左グループで、過去には政治家や警察関係者、ジャーナリストらの誘拐や殺人事件を起こしている。そんなテロ組織の弁護士を公言するだけあり、P氏自身の武勇伝もなかなかのものだ。85年2月には、当時外国人登録法に定められていた指紋押捺を拒否して日本への再入国が認められず、法務大臣を相手に処分取り消しを求めて裁判を起こしている。 最近も元赤軍派議長の塩見孝也氏が主催する集会に、「赤い旅団弁護士」の肩書で出席し、塩見氏とツイン司会を担当するなど、極左運動家としてのびのびと活動中だ。6月15日の市民集会で大歓声の中で
持論を展開する菅総理

指紋押捺を拒否して入国を拒否されたP記者の
「外国人差別は日本国憲法に矛盾する」などの主張を同情的に掲載する
1985年2月20日付け朝日新聞)
追跡!「海の家」の謎「ホントに儲かるの? 誰に許可を取ればいいの?」(前編)
※当記事は2009年7月掲載の再掲です。
「暑くてやってらんねえ~!」なんて言いながらも、夏はやっぱり暑いほうが盛り上がる。猛暑になれば、クーラーやビアガーデンなど季節性の高い商品やサービスが売れ行きを伸ばし、行楽地を目指す観光客も増えて経済効果も期待できるのだ。そして、そんな季節サービスの代表格ともいえるのが、ビーチを彩る海の家。イモ洗い状態の海水浴場はどこもお客でいっぱいだ。ところがこの海の家、実は不可思議なルールに守られているアンタッチャブルな存在であることをご存知だろうか?
海の家の営業期間は、海開きの7月1日から8月末までの2カ月間が一般的。といっても、実際は「海の日」の祝日前後からお盆の8月中旬までが勝負。実質1カ月で全体の6~7割を稼ぎ出さなければ儲けがないといわれる厳しい世界だ。毎日晴れてお客が押し寄せればいうことはないが、冷夏で雨が続けば目も当てられない。お天道様のご機嫌に全権を委ねるリスクの大きい商売なのだ。
営業を開始するには当然ながら、保健所を通して食品衛生法に基づく飲食店営業許可が必要となる。しかし、保健所の許可よりもっと重要でかつ面倒なのが「営業権」の存在だ。基本的に海岸は国有地で、管理をするのは国から事務委託を受けている県である(より正確にいえば、県土木部の出先機関である土木事務所など)。従ってビーチで店を開くには土木事務所から海岸の占用許可をもらう必要があるのだが、日本の浜辺は海岸法により私的利用が大幅に制限されているため、ほとんどの自治体では新規の申請に対して許可を出さず、古くからそこで生活をしてきた住民に限定して許可を出しているのが実情である。
たとえば、江ノ島海岸(藤沢海岸、茅ヶ崎海岸、鎌倉海岸などの総称)の場合、海岸の管理は藤沢土木事務所が行なっている。占用許可については、「昔からそこで生業を立ててきた方たちに限定して許可している。今後、新規に許可を出すことはない」というのが基本スタンス。
「海岸法が整備される前の時代から住み続けてきた住民に、突然今日から商売はできませんと切ってしまえば彼らの生活は立ち行かなくなる。そこで、双方が話し合いを続けてきた結果、当該住民が組織する事業組合のみを対象に、経過措置として許可を与えてきたのです」(同土木事務所)
つまり、新参者が参入するには、既得権を持つ組合にお金を払って営業権を借りるしかない。営業権は通常、1年単位で売買され、その価格も地域や海岸の立地条件により大きく異なる。例えば、全国的にも集客数が多い江ノ島エリアの海岸は「人通りの少ない場所では安いところで100万円くらいから」(江ノ島海水浴場営業組合)。「ニューカマーは300万前後の物件を狙うのが現実的」(ある組合員)との声も聞かれた。権利金には通常、建築費などは含まれていないが、中には「建物の建築や撤去、設備費用など全部込みで1000万円。希望者は手ぶらで営業を始められます」(別の組合員)というパッケージ型も。さらには「1シーズンだけでない永代権利が3000万円」(同)という"一生もの"の権利も存在する。いずれにしても高額な権利金が初期投資に必要であるということが前提となる。
他の地域はどうか。海の家を「浜茶屋」と呼んでいる新潟県の鯨波海水浴場は、「日本の渚百選」にも選ばれた北日本を代表する海岸の一つ。ここでは1年単位の売買は通常行なわれず、永代で800万円~1000万円程度が目安(某営業者)という。交渉次第ではさらに下がるという話もあるが、ともあれ江ノ島ほどは集客が見込めない場所で、1000万円規模の投資を何年で償却できるかが鍵だろう。
一方、千葉県九十九里町の片貝海岸のように、経過措置として与えてきた許可を廃止し、不法占用業者の立ち退きを強制代執行したうえで、新規の受け入れを町役場が一括管理している例もある。既得権者がいないから権利金も存在しない。条件として「地元の観光協会に加入して活動実績があるか、または市に住民登録をしてから3年以上経過しているかなど、複数の要件を満たす必要がある」(九十九里町役場)というものの、地域住民として生きる覚悟さえあれば、高額な権利金を払わずとも平等に海の家ビジネスに参戦できるというわけである。
(後編へつづく/文=浮島さとし)
海の家スタディーズ
海辺の小宇宙

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「中国か、北朝鮮か、中東か?」国内IP電話への不正アクセスが急増中
インターネットを利用したIP電話交換機への不正アクセス被害が、急速に拡大している。
警視庁の観測システムでの検知数は、昨年7月から年末までで約13万件、今年も3月までですでに4万件近い数を観測。身に覚えのない国際電話料金の請求が届くなど、被害が全国的に急増しているという。
一部被害の報告を受けているというNTT東日本に話を聞いたところ、「主に海外からインターネットを経由して侵入し、パスワードを読み取り、無断で通話を利用されてしまう」という。
大半のアクセスは「中国から」(警視庁)というが、専門家によると「経由地に利用されているだけの可能性があるので、中国人の仕業とは断定できない」という。
「公安当局がいま躍起になって捜査に乗り出しているのが、北朝鮮による組織的ハッキング。脱北者の証言から、軍幹部らがコンピューターを使った電子戦力の向上に力を入れていることが分かっています。最高の教育機関である北朝鮮自動化大学の学生などを、軍の専門機関に集めて養成。3万人を超えるハッカー部隊がいるというのです」(専門家)
実際、昨年あたりから、アメリカと韓国では国防省など政府機関へのハッキング被害が頻発。今年4月には韓国の農業団体のネットワークシステムが停止する事態もあった。6月には国際通貨基金(IMF)がサイバー被害の報告をしている。
「北の後継者、金正恩氏がサイバー部隊の責任者に就任したという話もあって、電子戦の実績作りをしている可能性があります」(同)
一方、中東を本拠地とする宗教的テロ組織のサイバー攻撃も活発化。世界中を行き交う組織間の連絡に不正アクセスによる通信が使われている可能性も指摘されている。
「先日、インドネシアでは瞑想団体を装う団体の幹部が不正アクセスの疑いで逮捕されています。この人物はテロ犯罪とはまったく無関係だったのですが、宗教の普及で広く電話をかけるためにIP電話への不正アクセスを繰り返し、さらにパスワードが判明したアクセス先を広くばら撒いていたんです。その流出先のひとつが中東のテロ組織だったと言われています」(同)
この瞑想団体は日本にも複数の支部があり、ネットの掲示板などではサイバー的な布教活動が取り沙汰されているが、今のところ国内の不正アクセス被害との関連性は見つかっていない。
北朝鮮か中東か、それとも宗教団体か。いまだ犯人の分からないまま増加を続けるサイバー被害は、頭の痛い社会問題となりそうだ。
(文=鈴木雅久)
核を超える脅威 世界サイバー戦争
始まっちゃった?

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ドイツ・ミュンヘンで「FUKUSHIMA」風評被害 脱原発から脱日本食への動き
東日本大震災の発生からまもなく4カ月が経過する。筆者は現在、ドイツ南部の都市ミュンヘンに滞在しているのだが、震災後間もなくだった4月の訪問時に欧州のあちこちで目にした「Fukushima-Daiichi (福島第一原発)」という言葉はすっかり姿を消している。
だからだろうか、ドイツ人は日本人を見掛けると、決まってその後の「Fukushima-Daiichi」の様子を尋ねてくる。ホテルで、レストランで軽いあいさつを終えると、「ところで」と切り出してくるのだ。
欧州で最も原子力に批判的とされるドイツでは、「Fukushima-Daiichi」の事故を受けて、反原発の動きが強まり、各地でデモが発生。原発全廃を先送りにしていたメルケル政権も6月、大衆の声を反映する形でついに完全廃止を宣言するに至ったほど。それだけに街の人々の原発に対する関心は高いのだ。
そんなドイツのミュンヘンで今、思わぬ風評被害に遭っているのが、日本食レストランだという。日本食レストランと言っても、肉・魚・野菜など食材のほとんどは欧州で調達されている。店を仕切っている人だって、大抵の場合は"なんちゃって日本人"。マレーシアやバングラデシュからやってきた日本とは無縁のアジア人だ。
ミュンヘン在住の知人は、「まあ、ラーメンに入ってる海苔なんかは日本から持ってきたものもあったんだけど、それも今は入ってない。完全な風評被害だね。ラーメンの具だって、白菜やゆでたまごぐらいだから」と言うが、客足は遠のくばかりのようだ。
「(ミュンヘンの位置する)ドイツ南部は、チェルノブイリ原発跡地(旧ロシア、現ウクライナ)からだいたい2,000キロぐらいの位置にある。それでも、空中に舞った放射性物質が雨で地面に落ちて土壌を汚染しており、爆発事故から25年が経ったいまでも、この地域では例えばキノコなどの栽培が禁止されている。だから、みんな敏感になっている」(同知人)
近年、日本食レストランは世界中でその数を伸ばし「Sushi(寿司」や「Ramen(ラーメン)」は日本を代表するモノとして認知されてきた。しかし震災後、原発の問題もあってその様子は変わりつつある。
日本で一部の地域の茶葉から高濃度のセシウムが検出され出荷停止に至る事態もあったが、それ以前からレストランでは日本茶を控えていた店も少なくないという。脱原発の次は、脱日本食の動き。風評は思わぬ地で、思わぬ広がりを見せている。
(取材・文=栗原正夫)
緊急解説! 福島第一原発事故と放射線
何が正しいのか。

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ネット上の盗聴法? 共謀罪の再来? 可決成立の「コンピューター監視法」は大丈夫か
伝説のスキャンダル雑誌「噂の真相」の元デスク神林広恵が、ギョーカイの内部情報を拾い上げ、磨きをかけた秘話&提言。
少し前のことになるが、大震災のドサクサにまぎれ、とんでもない事態が進行してしまったことについて、あらためてここに問題提起したい。「コンピューター監視法案」(情報処理の高度化等に対処するための刑法等の一部を改正する法律案)が6月17日可決成立したのに、同法律に関する議論が、ネットの一部を除いては、ほとんどされていないのだ。
この法案は、
1、コンピューター・ウイルスを作成・取得で罪になることもある。
2、捜査機関が裁判所の令状なしで証拠が保全できる。
3、ゲームやアニメなどを含むわいせつ物基準の広範化につながる。
など、運用次第では人権や言論の自由を侵害し、権力乱用を許すなど、多くの問題を含んでいるのだ。
しかしマスコミ・世論の反応はあまりに鈍い。朝日新聞以外、ほとんどの新聞はベタ記事扱いだし、ネットでは先の3項目についても「過剰反応」「極端に解釈しすぎ」「そこまで恣意的な運用はしないはず」などの楽観論まで飛び出す始末。
「それは甘すぎますね。ネット上の盗聴法とも言えます。いや盗聴法より酷く、令状なしで通信の履歴やメールのやりとりを把握することも可能になる。しかも、令状なしで監視し、事件化されなければ、本人は監視されている事実さえ確認できない。法務省は成立要件について『正当な理由がない場合』などいくらでも解釈可能な言葉を使い、『保全された通信記録を捜査機関が手に入れるためには令状が必要』と説明していますが、恣意的に運用されないなどという保障はない。正当な目的で作成した場合は罪にならないなどと言っていますが、誰が『正当』か『不当』かを判断するのか」(ITに詳しいジャーナリスト)
この見解が過剰反応ではないことは、歴史を見ても明らかだ。"転び公妨"と言われる公安の手法、冤罪事件の別件逮捕、最近では埼玉深谷市議の公選法違反事件での虚偽供述強要、指定暴力団山口組弘道会幹部の詐欺逮捕(ゴルフ場で組長であることを隠しゴルフをしたことが、詐欺に当たると逮捕)など、枚挙に暇がない。
問題はそれだけでない。この法案の背後にはかつて大きな反発を受けた共謀罪の存在が控えていることだ。
「2005年、09年に廃案となった共謀罪ですが、財務省、法務省、そして警察は未だあきらめているわけではない。しかし、共謀罪は治安維持法の再来と言われるほど問題が多く、以前、大反対を受けて頓挫したトラウマもある。そのためウィキリークス問題や、ソニー個人情報流失などが問題化している現在、コンピューターだったら世論の反発も少ないと踏んだようです」(共謀罪にも詳しいジャーナリスト)
コンピューター監視法案は、これを突破口に共謀罪成立までを視野に入れたものだというのだ。
「サイバーテロのための法案ですから、現実のテロを取り締まる共謀罪も一緒でなければ成功とは言えない、というのが法務省の最終的な考えです。震災のドサクサにまぎれて、監視国家への道をひた走ろうとしているのです」(同)
その危険性のため民主党の中にも反対意見が多かったが、そのことが奇妙なねじれ現象を起こした。
「法務委員会では、民主党が提出したにもかかわらず、野党の自民党は反対しなかった。かつて共謀罪法案を推し進めた政党ですからね(笑)。しかし、自民は『共謀罪を反対したのに今回は何事だ。監視法案を通すなら共謀罪も賛成しないと矛盾するだろう』と攻め立てた。そのため、何人かの民主議員は退席してしまいました」(フリー記者)
思想・言論・通信の自由を侵す危険な法案がいとも簡単に成立してしまった。
「共謀罪の時は多くのジャーナリスト・言論人が声を上げ、大反対しました。しかし今回はメディアもほとんど報道していない。東日本大震災の後、復興、原発事故も収束しない中、多くの記者や国民も関心を持てないのは仕方がないのかもしれません。共謀罪を反対したフリージャーナリストの多くも被災地や原発の取材で、手が回らなかったのが現状のようです」(同)
法案成立にはなんとも都合のいい条件がそろってしまった結果だ。しかし、まだ議論はできる。コンピューター監視法の今後を注視していきたい。
(文=神林広恵)
監視社会の未来―共謀罪・国民保護法と戦時動員体制
おー怖っ!

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「福島から、一緒に未来を歩いてゆく」詩人・和合亮一 その言葉とともにあるもの

現在も福島市に暮らす詩人・和合亮一氏。
「放射能が降っています。静かな夜です。」(『詩の礫』引用)
東日本大震災の発生から6日目の3月16日夜、福島県福島市在住の詩人・和合亮一はTwitter上に言葉を投下し始めた。福島第一原発が1号機、3号機に続き、4号機でも水素爆発を起こした、その翌日だった。
「放射能が降っています。静かな静かな夜です。」(『詩の礫』引用)
それから、詩人は毎日ツイートを繰り返した。ときに具体的に、ときに観念的に、その言葉は詩人と福島の極限的な状況を伝えた。詩人のTwitterアカウントは瞬く間に拡散され、やがて詩人の言葉は「詩の礫(つぶて)」と名付けられた。震災の最中にあって、多くの読者が「詩の礫」に触れ、直接に詩人と言葉を交換した。
「しーっ、余震だ。」(『詩の礫』引用)
立て続けに発生する震度4、震度5という大きな余震に揺さぶられながら詩人が綴った「詩の礫」は、一冊の本になった。震災から100日あまりが経過した6月下旬、上京していた詩人・和合亮一に会いに行った。
――震災時は勤務先の高校にいらっしゃったと伺っています。
和合亮一氏(以下、和合) 伊達市内の高校にいました。いままで体験したことのない、動物の背中に乗っているみたいな、そういう揺れでしたね。想像の域を超えたような揺れ。ただ、そのときはこんなに大きな被害が出るとは思っていなかったんです。2~3日もすれば日常生活に戻れるだろうと。ところが、その日の夜に、余震がひどくて駐車場で夜を明かそうとしていたら、ラジオから「仙台の若林区に300人の遺体が流れ着きました」という声が流れてきた。その情報を耳にしたときに、これはすごいことが起きているな、こんな破壊的なことって、経験したことないな、と。今回の震災が、衝撃を持って実質的に自分の中に入り込んできた感じでした。
――その後の3日間は避難所で過ごしたそうですが、書くことへの意欲が湧いてきたのはいつごろでしょうか。
和合 その3日間はほとんどライフラインが止まっていたので、食料や水を確保することで1日が手いっぱいでしたね。ただ、手帳にメモを書いていました。いままで自分が書いたことのないようなメモです。ずっと、ひっきりなしに書いていたんです。いま思えば、震災のショックで、書くことに徹していたような気がしますね。
――そのメモは、理路整然としたものなのでしょうか。
和合 すごく、幼稚な文章です。誰がこういうことを言ったとか、列に並んだ、並んで水をもらった、パンをもらった、そういうことですね。それと、飛び込んでくる死者の数をメモしていたり。何か、とにかく目の前であったことを書かずにはいられなかったんです。そうして自分自身を守ろうとしていたのかもしれません。
――とにかく、気を鎮めるため。
和合 気を鎮めるためですね。
――3月16日からTwitterへの投稿を始められるわけですが、その冒頭で「物の見方、考え方が変わりました」と書かれています。
和合 そうですね。それまで、原発は絶対安全だと言われていたし、福島にも地震は来ないと言われてきた。そういう目の前のものが、すべて崩壊に向かっていくような、そういう風景が見えたんです。自分の言葉自体も崩れて、がれきになってしまったような、そういう印象がありましたね。
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「行き着くところは涙しかありません。私は作品を修羅のように書きたいと思います。」(『詩の礫』引用)
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――16日前後と言うと、原発が爆発した直後で、命の危険というものも感じていたのではないでしょうか。
和合 それはすごく感じましたね。もっと大きな爆発があるんじゃないか、という不安もあったし、とにかく余震が多かったので。『風が吹くとき』(あすなろ書房)という絵本があるんですが、それを思い出していました。
――そんな状況下で「作品を修羅のように書く」とは、どのようなことでしょうか。
和合 根源的な情動のようなものですね。初期のころの「詩の礫」は全部、即興なんです。思い付いたことをそのままツイートするという。ものを書いてきた人間の本能というか、いま思い出しても、自分が書いたんじゃないような、夢を見ているみたいな感覚です。キーを叩いていても、そこに自分の人格がない。自分自身が言葉にすがっている。ここに生きているということと、Twitterに言葉を投げ込むということが、同じレベルにあったんだと思います。
――詩を書く、という行為そのものが変わってしまった。
和合 いままでは、現代詩の技法というもの、その完成度を思いながら書いていたんです。比喩をどう使って、完成度の高いものを書くか、次には、その完成度をどう壊すか、そういう作業をしてきたんですが、震災後にはそういうものをすべてブン投げちゃった。完成度が高いとか低いとか、そういう価値基準や判断を持っていることがバカバカしくなってしまったんです。もう詩人としての勝負は辞める、と。震災前までは、僕の読者、詩集を買ってくれる方々というのがいて、僕は作品を書いてその読者に届ける、ということを考えていたんですけれど、震災後はまったくそういう想定がなくなってしまった。「詩の礫」も、誰かに届くということは考えていなかったですね。
――「詩の礫」はTwitter上で、和合さんのことを知らなかった人たちの間で広く拡散されていきました。そうした新しい読者の反応をリアルタイムで見ながら書いていたということですが、作品を発表した瞬間に具体的なリアクションが返ってくるというのは、どういう体験でしたか。
和合 言葉の力をもらっている、という感覚ですね。メッセージをもらうと、自分の中に波が立ってくる。波が立ってくるから、また書こうと思える。僕は詩の朗読を20年間やってきたんですが、そのときの感覚とすごく似ています。現場性がある。呼吸が一致しているという感じがするんですよ。見てくれている人と、一緒になっている感じ。パソコンの画面がうねっているような、Twitterを通して、いろんな人の呼吸が感じられるんです。
4月1日に、10回目の「詩の礫」を書いているとき、不思議な体験をしました。そのころの「詩の礫」は、ある程度準備をして、メモを横に置いて作っていたんですが、2時間書き続けたうちの後半の1時間に、メモをまったく見なくても書ける、即興で書けるという状態になったんです。この詩はラストにはどうなるんだろうという不安を感じながら、言葉がどんどん出てきた。最後は海に行って、水平線に美しい一艘の帆船が見えた、というところで終わるんですけど、それも最初からそういう展開になるとはぜんぜん思っていなかった。みんなの呼吸がそうさせてくれたっていうね。それまでの「詩の礫」とはまったく違う感触だったんです。その最後に「みなさんと一緒に未来を歩いた気がします」と書いたんですが、ネットでそういう目覚めのようなものを感じることは、震災前にはなかったことですね。
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「11438人の影(日本中の詩友よ、今こそ詩を書くときだ、日本語に命を賭けるのだ、これまで凌ぎを削ってきた詩友よ、お願いする、詩を、詩を書いて下さい、2時46分、黒い波に呑まれてしまった無数の悲しい魂のために、お願いする、私こそは泣いて、詩友に、お願いする。)がバス停を過ぎる。」(『詩の礫』引用)
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――震災直後から和合さんの詩を読んでいた方というのは、直接大きな被害を受けていない方や、被災地にいてもインフラの復旧が早かった方が主だったと思うんですが、自分も含め、そういう人たちの間には「自分には何もできない」という無力感とともに、自分が被害を受けていないという事実に対して罪悪感のようなものがあったと思うんです。そういう人たちにとって、毎日更新される「詩の礫」というのが「この詩を読んでいる間、私は福島とともにある」という実感が得られるものとして機能していたのではないかと感じるんですが、和合さんご自身はその期間、詩人として、社会の中である役割を担っていたという思いはありますか。
和合 メッセージを、たくさんいただいたんですね。「情報に追われて生活をしていて、つらい中で、このTwitterを読んだことで静かな気持ちになり、いろいろ考えることができました」とか、両親を残して福島を離れている方が、「福島の状況を知りたい、父と母のことを考えたいから読んでいる」とか。そういうメッセージやお手紙をいただくんです。「心配で心配でしょうがなくて、いろんな人に話を聞きにいったんだけど、どの人の説明も、自分の心を満足させてくれなくて、『詩の礫』を読んでると、自分が求めてるのは、詩人の語りなんだな、と思いました」とか、「お父さんお母さんを亡くして、それでもう、何も考えられない日々を過ごしてたんだけど、この詩を読んで、まず泣いた、ずーっと泣いた、一日泣いてた、泣いたら、次どうしようかってことを考え始めることができました」って、どれもすごく丁寧に書かれていて。そうして待っている人がいるのであれば、書こうと思うんです。それを、物書きとしての役割と言っていただくのはすごくうれしいことですけど、本気で気持ちを救うことができるのであれば、少しでも手助けができるのであれば、それは続けたいと思いますね。
――詩人だから詩を書く、というのではなく、重そうな荷物を持ってあげていたような感覚でしょうか。
和合 そう。だから「詩の礫」って名前は付けているけれど、書いたものに詩が宿ってきてくれればいいかな、と思うんです。
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「うるせえ、放射能をぶっ潰してやる。震災をぶっ潰してやる。」(『詩の礫』引用)
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――「詩の礫」では、怒りの感情もすごくストレートに表現されています。地震に対して、地球に対して。その反面、誰か人間に対して怒っているという部分は見当たらない。例えば避難所やガソリンスタンドには自分勝手な人がいたかもしれないし、地元の行政にもいたかもしれない。もちろん東電や、政治家にも不満や怒りは大いにあったと思うんですが、「詩の礫」を公開していく中で、これは詩に書いてはいけない、この気持ちを表現してはいけない、と決めていたことはありますか。
和合 そこはやっぱり、詩だ、という意識があるんですね。詩である限り、何か高潔なものでありたいという気持ちがある。人を傷付けるものにはできないという。宮沢賢治の言葉に出会ったんです。「新たな詩人よ 嵐から雲から光から 新たな透明なエネルギーを得て 人と地球にとるべき形を暗示せよ」っていうね。詩を書くことの意味って、人と地球、人の次に地球が来るっていうのが、詩ならではの働きかけなのかな、と。だから今回の『詩の礫』を書いているときにも、誰かを傷つけてはいけない、被災者の人たちの気持ちを追い込んではいけない、という思いは、書く基準としてあったと思いますね。
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「美しく堅牢な街の瓦礫の下敷きになってたくさんの頬が消えてしまった」「こんなことってあるのか比喩が死んでしまった」(『詩の礫』引用)
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――「比喩が死んだ」という表現をされていましたが、確かに今回の震災で、多くの言葉が意味を変えました。例えば「原発」という言葉もそうですし、サザンオールスターズの「TSUNAMI」という曲もそう。報道の中で「市街地が壊滅しています」とNHKが繰り返している。それはフィクションの中でしか聞こえてこなかった表現だったはずですが、現実が比喩を追い越していくという状況を、言葉の表現者としてどのように受け止めていくのか、あるいは、日本語がここまで大きく姿を変えたとき、詩人はそれとどう向き合うのでしょうか。
和合 やっぱり詩を書くということにおいては、直接的でなくとも、比喩を追い求めていかなくてはいけないと思います。言葉が醸し出す何がしか、言葉の影のようなものを追いかけていかなくちゃいけない。おっしゃる通り、今は完全に現実が比喩を追い越してしまって、比喩というものが極限状態では成立しないということを、まざまざと見せ付けられたわけです。言葉が、まったく表情を変えてしまった。例えば「福島」なんて、震災前は「ふぐすま」なんて言われて、何もない土地だという印象だったけれど、今は世界中の人たちが分かってしまう。カタカナで「フクシマ」っていう、なんだか鋭くて恐ろしい言葉に変わってしまった。そういう言葉の表情一つひとつが変わってきた中で、変わってきたものを並べながら、やっぱり比喩を作っていくしかない。比喩を作るっていうのが詩人の命ですから、直喩にしろ擬人法にしろ暗喩にしろ、どうにかして比喩を成していかなくちゃいけないというのが、これからの課題だと思うんです。僕が選んだ方法というのは、とにかく目の前のことを、ドキュメントとして書いていく、記録として書いていく、いまあることを、いまあるままに発信していく。その中で、そこに新しい比喩が宿っていけばいいな、というふうに思いながら、実は書いています。
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「目をあけた 福島の子よ」「雨の夜を歩き通した 子どもよ」「一番最初の きみの 夜明けだ」「生まれてきて くれて ありがとう」(『詩の礫』引用)
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――実は今日、一番聞きたかったのは、まさに和合さんがおっしゃっていた「フクシマ」という日本語の話なんです。もう世界中の人が、「チェルノブイリ」「スリーマイル」と言うときと同じ顔で「フクシマ」と言う、そういう状態になってしまったことは動かしようがなくて、それでも福島には、今もたくさんの子どもたちが暮らしている。彼らは、福島生まれ福島育ちという事実を一生背負っていかなければならない。健康被害ももちろん心配ですが、その思想やアイデンティティーにも大きな影響を与えることだと思うんです。汚染された地域で育った人間である、と見られ続けていく彼らに対して、私たち、日本の大人たちは、何をどう伝えていったらいいのだろう、ということなんです。
和合 そこがですね、僕がいま、ずっと考えていることなんですよ。放射能とともに暮らすという現実が、これからずっと続くと思うんですね。簡単に「子どもを逃がせ」って言ってくる人もいるけれど、例えば自主避難をしたとしても、避難した先でどう暮らすか、そこには仕事もなければ生活の基盤もない、お金だって下りないし、生きていけないんです。そういう現実を、福島は抱えてるんですよ。それは福島の空気の中で暮らさないと分からないことだし、浜通りには浜通りの空気の中で暮らさないと分からないことがある。一度故郷を離れたらもう戻って来られないという気持ちもあるし、親の問題もある。いま避難せずに生きている人たちって、何らかの理由があって福島にいるわけです。だから、福島で生きていく限り、それを大人たちがもっと語れるようになっていかなければいけない。福島の人たちの気持ちの拠りどころになれるような言葉を、僕はずっと自分の中に探しているんです。一言なのかもしれないし、長いフレーズなのかもしれない。今はまだ、分からないです。大人が子どもたちにどう接したらいいか、分からないです。言葉は何も解決しないでしょうけれど、何か時代のよすがになれるような言葉を、あれからずっと考えているんです。このままだと、われわれ福島の人間は、根無し草のまま、ずっと何の発信もできずに、原発が爆発したら爆発したまま、避難しろって言われたら言われたまま、まま、まま、っていう受動的な、そういう生き方、生き様で、悔しさを抱えながら、流されて生きていかなくちゃいけなくなるんですね。だから、ここに自分たちの生き様があったんだっていう、何かそういう言葉を残したいと、今は思っているんです。
*
「2時46分に止まってしまった私の時計に、時間を与えようと思う。明けない夜は無い。」(『詩の礫』引用)
(取材・文=編集部)
●わごう・りょういち
1968年福島県生まれ。詩人。高校教諭の傍ら詩作活動を行う。福島高校、福島大学卒業。99年、第一詩集『AFTER』で第4回中原中也賞、06年に第四詩集『地球頭脳詩篇』で第47回晩翠賞を受賞。詩集に『RAINBOW』『誕生』『入道雲入道雲入道雲』『黄金少年』『詩ノ黙礼』『詩の邂逅』。その他の著書に『パパの子育て奮闘記』『にほんごの話』(谷川俊太郎と共著)。ラジオ福島で『詩人のラヂオ 和合亮一のアクションポエジィー』のパーソナリティを務める。
Twitterアカウントは「@wago2828」。
「"差別用語"を使って何が悪い?」過剰な自主規制にモノ申す!

被差別部落出身のジャーナリスト・
上原善広氏
「穢多・非人」「めくら」「ビッコ」「浮浪者」「屠殺」――。これらはすべて、差別用語とされている言葉だ。こういった"不快な思いをする人がいる"とされる言葉は「放送禁止用語」という名のメディア側の自主規制により、まるで存在しないものかのように取り扱われている。年々厳しさを増すこうした自主規制によって、メディア上で本来語られるべき事柄が語られない、語ることができないというジレンマに陥ってはいないだろうか。過日、『私家版 差別語辞典』(新潮社)を出版した、被差別部落出身のジャーナリスト・上原善広氏に話を聞いた。
――本書では、「差別用語とは、本来は差別的な意味合いを含んでいなかったにもかかわらず、人々が差別するつもりで使ったからそう呼ばれるようになったものが大半」だと指摘されていますが、現在、差別用語はメディアにどのように扱われているのでしょうか?
上原善広氏(以下、上原) だいたいはその言葉を使わない、違う言葉に言い換えるということをしています。例えば、精神分裂病のことを統合失調症、職安のことをハローワークと言ったりしますが、言い換えによってイメージもガラっと変えてしまうから、それが良い効果をもたらす場合もあります。その一方で、"障害者"や"醜いさま"を表す「かたわ」という言葉は平安時代より使われている歴史的語句ですが、こういった言葉についても封印されてしまっている。言葉の言い換えというのは、どちらが正しいというわけではなく、バランスを取ることが大事だと思います。現在の状況はポリティカル・コレクトネスと言われる「政治的な言い換え」があまりにも進み、差別用語に対して一律、言い換えにしてしまおう、それでごまかしてしまおうという流れが多勢なので、そういう意味では、この本で一石を投じたかったというところもあります。
――差別用語の"差別性"という面だけが強調され原意が抜け落ちてしまうと、客観的な事実を説明するだけで一苦労する、というちぐはぐな状況に陥ってしまいますね。
上原 例えば「貴様」という言葉は、近世初期までは目上の人を敬う言葉だったのに、今では反対の意味で使われるようになってしまいました。本来、人を区別する言葉なので、その言葉を使う人自身が相手をおとしめたいという思いが少しでもあると、それはすぐに差別語になってしまう。要するに、言葉の意味が変ってしまうわけですよね。これは仕方がないことではあるけれど、「ブス」にしても「デブ」にしても、言われたら確かに傷つくけども、だからといって全部ダメにするわけにはいかないでしょう? だって現実的に、僕のようなデブもいれば、ブスもブ男もいるわけですから。そういう意味でも、抗議がきたらメディア側が一律に思考停止状態になって封印してしまう方法では無理があると思うんです。メディアは、見ている人が多くなればなるほどタブーが多くなります。その点、「サイゾー」は読者が少ないから(笑)、タブーも取り扱えるわけで、これが100万部、1,000万部となってくると、変わらざるを得なくなる。だからサイゾーのようにウェブも紙媒体も出している出版社には、今のうちに積極的に"差別用語"とされる語句を使ってほしいと思っています。タブーが一番多いのは、見ている人がケタ違いに多いテレビと新聞、通信社なのですが、そうした大メディアができないことをできるのがサイゾーだと思うんです。とくにこの日刊サイゾーなんて、ウェブを舞台にしている。ウェブというのは、読者が多いのにタブーがほとんどないですよね。そうした意味でも革命的だった。そしてここ十数年でそういう新しいメディアが爆発的に普及してきた今だからこそ、差別用語について少しでも考える機会が増えればいいなと思っています。
――しかし裏を返せば、"ウェブ上には差別用語が氾濫している"とも言えます。
上原 特定の個人を攻撃するのはもちろん罪に問われてしかるべきですが、公のメディアであるウェブ上で使っての差別語使用については何も問題はないと思います。2ちゃんねるみたいに同和のことを「童話」と書いてからかってるけど、あまり問題になっていませんよね。ウェブって、その手の抗議は雑誌とかに比べて格段に少ないんじゃないですかね。あとは、小人プロレス(参照記事)なんかもそうだけど、笑いを取るためには誰かをコケにしなきゃいけない場合もあるんですよね。人間って生きていくために牛を殺したり鶏を殺したりして食べていかなければいけないように、誰かを傷つけながら生きていかなければならないところがある。お笑いなんか特にそうですよね。表現って、必ず誰かを傷つける可能性を秘めています。だから差別語を使って個人攻撃はしないとか、必要最低限のマナーは必要だけど、あまり神経質になって使わないというよりは、逆に今後は積極的に使っていくべきだと思います。
――上原さんの世代、つまり30代半ばというのは、テレビで差別用語に触れてきた最後の世代だと思うんですが、今の子どもたちは無菌状態のテレビで育っています。そういった状況について、どう思われますか?
上原 でも、今は返って住み分けができているんじゃないですかね。子どもでも自由にウェブを見ている子もいるから、「大人の世界じゃ、これは使っていい言葉・悪い言葉」というのが、昔よりも分かっているんじゃないかな。大人びているというか、ウェブという一種の「解放区」と、現実の区別は、意外に子どもの方がついているのかもしれないと思うときがあります。
――テレビが使っていい言葉で、ウェブがダメな言葉だと。
上原 テレビで使っていて、ウェブで使ってはいけない言葉なんてないでしょう。その逆については、子どもの方が新しいメディアに対応しやすいから、分かっているんじゃないかと思います。本当はいびつで、あんまりよくない状況ではあると思いますが。だってメディアの種類によって、使える言葉が違うって変ですよね。
――テレビの"言葉狩り"が進んで窮屈になった一方で、ウェブというはけ口ができたことにより、ある意味、全体的バランスは取れているとも言えますね。
上原 確かにその通りです。ただ一方で高齢者、とくに貧困層の中にはウェブを使っていない人もいて、そういう人たちが何に頼るかと言えば、やっぱりテレビなんですよね。携帯電話もなくて、電話は近くにある大家さんのを借りてるのに、テレビだけは部屋にある生活保護の人とか。それはちょっと極端な例かもしれませんが、そういう意味ではまだまだテレビってすごく影響力がある。そこから小人さんとかの障害者でパフォーマンスできる人を消すとか、被差別部落民を消すっていうのはゆがんだ状況だと言えます。部落問題で言えば、時代劇に穢多・非人が出てこない。武士が十手を持っていたりする。十手を持っているっていうのは、穢多か非人身分なんです。そういう時代考証も、わざとかどうかまで分かりませんが、間違っている。些細なことかもしれませんが、それって歴史を捻じ曲げているとも言える。身体障害者で言えば乙武(洋匡)さんとか、あれぐらいものすごい才能ある人じゃないとなかなか大メディアに出られない。個人的にはホーキング青山さんが好きですが(笑)、ウェブではタブーがないというのに、テレビにそうした芸人さんや小人の俳優さんが出れないって異常な状況ですよね。そういう人たちをウェブだけでなく、もっともっと大メディアという表舞台に出していくことで、社会的・情報的な弱者に対しても、いろいろと考えるきっかけになると思います。
――先日、NHKで知的障害者とか脳性マヒの方が出てきてコメディをやる『笑っていいかも!?』という番組がありましたが、あの放送は視聴者にかなり衝撃を持って受け止められたようです。
上原 ウェブの普及から十数年、ようやく閉塞状況から開いていこうとしているんだと思います。ただ、それがNHKっていうところが情けないなあ。もっと先にやるべきメディアがあったのではないかと思います。まあ、部落民や在日、障害者を取り上げたからって、視聴率や部数が伸びるってわけじゃないから難しいところですが。そういう意味では、NHKだからできたんでしょうね。番組の試みは素晴らしいことですが、一過性のもので終わらないかどうか。そうした意味では作り手側はもちろん、視聴者も試されていると言えます。
――たとえば、乙武さんは「『かたわ』と言われてもいい」と発言されていますが、健常者が『かたわ』という言葉使うと当然、抗議が来ますよね。では、差別の当事者ではない人間が差別について語るとき、どういう言葉で語られるべきだと思いますか?
上原 僕は基本的に、差別用語とされるものを全部使っていいと思っています。言葉というのはただの記号・キーワードの組み合わせでしかない。だから逆にいくらでも組み合わせて言い換えができるけども、そればかりやっているとやっぱりストレスになって窮屈な社会になってしまう。だから僕は「もうこの辺でやめとこうよ」って言っているんです。
本当は、部落問題や障害者について一般の人、つまり他者が書けるようになったらいいですね。障害者のタブーについて健常者が書いたり、一般の人が部落問題について書いたりすれば状況は変わってくると思います。そのためには、たとえば乙武さんみたいに突出した才能のある人がどんどん出ていって「障害者についてもっと言っていこうよ」って言ってくれたら僕らも言いやすくなる。それと同じで部落問題にしても、たとえば一般の人が「部落って怖いところなんじゃないの?」という疑問を堂々といえる、在日問題だったら「なんであんた、帰化しないの?」とか、そういうことを大メディアでもっとオープンにできるようになったらいいですね。
――なぜ、差別について書く人が出てこないんでしょうか?
上原 まあ、まずは書かせてもらえない。あとは出してもらえない、発言させてもらえないってところじゃないですか。それと、いまだに「差別される側の痛みは当事者にしか分からない」っていうバカバカしい風潮があるんです。それを言われちゃうと他者は何も言えなくなってしまいますよね。そういう見えない壁を打ち破ってこそ、次のステップに行けるのに、「被差別の権利」を振りかざして相手を沈黙させても、その場はそれでいいかもしれないけど、結局、自分を袋小路に追い詰めてしまうことになってしまっている。
――そこがジレンマですよね。身体障害のつらさを書いて、障害者本人やご家族から「お前に何が分かるのか」と言われてしまうのではないかという怖さがあります。
上原 遠慮するのは当然ですし、それは仕方がないと思いますが、例えば当事者じゃないと分からないことがある半面、当事者だからこそ見えていない面もあると思う。そうしたことを当事者と他者とが交互に発信していく、または発信していける状況をつくることが大事だと思います。
結局、他人をすべて理解するっていうのは無理なんですよ。たとえ夫婦になっても分からないところは分からない。でもやっぱり、お互い考えていることを言葉に出して話し合うことが大事。それが無知から来る疑問であっても、当事者は非難したりバカにしないで答えてあげる。「部落民ってぶっちゃけ、利権で儲けてんの?」「そういう人もいるけど、生き方がヘタで貧乏な人も多いよ」とかっていう次元の話でも何でもいいけど、そうした掛け合いができる状況になればいいと思います。そうした意味でウェブの普及は絶大な影響を及ぼしていると思いますが、ウェブ上での議論自体はまだまだ幼稚で、差別用語や被差別部落の地名を書き記すだけで満足しているようなところがある。
だから、これまでの差別に対する運動っていうのは「差別するな」っていう運動だったけど、これからは「もっと差別してくれ!」っていう運動を起こさないといけないと思いますね(笑)。つまり身内とか、隣近所でコソコソ話して差別されるくらいなら、表立って差別してくれた方がまだ話もできるでしょ。
――その運動を行っている抗議団体ですが、メディアの自主規制と同じくらい過剰に反応しているのではないかと思う場面も多々あります。
上原 まあ、結局は一種の利権、特権なんです。部落問題について言えば、被差別部落出身者自身が起こした差別事件っていくつかあります。それは仕事が欲しかったからとか、いろいろ事情があってやったんですけど、部落問題を扱うにしても、結局それは運動団体や出身者の特権でもあるんですね。運動団体だったら「その問題やるんならうちを通してくれ」ってなってしまう。僕の立場で言えば、出身者以外の人が部落問題を書きはじめたら、書く場がなくなってしまいますよね(笑)。だから本当はいろんな人に書いてほしくはないんだけど(笑)、そんな僕一人のちっぽけな生活ならいくらでも破たんしていいから、いろいろな人が書いたり出演できるようにしていけたらいいですよね。だけど、現実はそうなっていない。
――運動団体もある種の存在矛盾が生じていますよね。
上原 例えば後進国って言われてる国に行くと、ビッコ引いて歩いている人を、指差して笑ったりしてる。そういった反応を無くしてしまうのが先進国の人権の考え方ではあるけれど、何でもかんでも封じ込められているとストレスを感じますよね。差別語に限って言えば、今後はウェブのさらなる普及によって既存の大メディアは置いてきぼりを食うことになると思いますが、まあ、あと10年もすれば、もうちょっとストレスもゆるくなっているんじゃないかな。僕が書き始めた15年前とは確実に変わってきていますからね。そういう意味では紙媒体の「月刊サイゾー」はもちろん、ウェブの「日刊サイゾー」さんにはとっても期待してます(笑)。
(取材・文=編集部)
●うえはら・よしひろ
1973年、大阪府生まれ。大阪体育大学卒業後、さまざまな職を経た後、ノンフィクションの取材・執筆を始める。2010年『日本の路地を旅する』(文藝春秋)で大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。主な著書に、『コリアン部落』(ミリオン出版)、『被差別の食卓』『聖路加病院訪問看護科』『異形の日本人』(すべて新潮新書)などがある。












