何を信じていいの? カダフィ政権崩壊をめぐる「偽造映像」騒動

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これが話題の「首都トリポリの緑の広場で勝利を祝う叛徒」。真贋はいかに!?
 今、ネット上で密かに話題になっている映像がある。舞台はカダフィ政権軍と反乱軍の戦闘で揺れ動いていた8月のリビア。「首都トリポリの緑の広場で勝利を祝う叛徒」と題されたニュース映像である。  この映像では、まず冒頭部分で数秒間、平常時の夜の緑の広場の映像が流れる。次に、別の時間に同じく緑の広場で撮影されたとおぼしき、武器を片手に勝利を喜ぶ群衆の映像が流れる。カダフィ打倒を果たして、喜んでいる人々のようだ。だが、注意深く見ていると、2つの映像に映り込んでいる同じ建物の入り口の形が、微妙に違うように見えなくもない。他にも、冒頭の映像ではたくさん見られた電柱がなくなっていたり、建物の壁の色や、照明の照らされ方も違って見える。  こうした点も踏まえ、「映像は捏造の可能性がある」と指摘するのは、フリーライターの井上静氏である。 「この映像は、8月にカタール国営テレビ局アルジャジーラが放送し、世界中に配信されました。これについて、海外では『(カダフィ政権崩壊後のリビア暫定政権である)国民評議会は、この映像が偽造であると認めた』『アルジャジーラでは(アメリカ政財界に大きな影響力を持つ)ユダヤ人が数多く入り、活躍している』との報道がされています。つまり、ドル、ユーロ体制からの脱却を狙うカダフィ政権を崩壊させる、という利害で一致した欧米諸国が、国際世論を『国民の多くが、カダフィ政権崩壊を望んでいる』と誘導するために、この映像を作らせたのではないでしょうか。アルジャジーラはカタールの国策放送局ですが、カタールは貿易港建設計画でリビアと競合関係にあるなど、このところ経済的利害がリビアと対立しています」(同氏)  それにしても、国際的に配信するニュース映像を捏造するなどということがありうるのか? ネットでは肯定派の意見として、「アメリカの支援のもと、カタールのドーハに作られたセットで撮影されたものだ」と、イランのテレビ局のインタビューで断言していているアメリカの歴史学者・ウェブスター・タープレー氏の映像も見受けられる。  また、7月末~8月上旬にトリポリにいたというイタリア人女性が、「ロシアのテレビ局が放送したと思われる番組」(井上氏)のインタビューでこう話している。
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カダフィ・ガールとのウワサもあるイタリア
人女性のインタビュー映像。
「私がトリポリに到着した直後から、NATO軍は、テレビ局や病院、学校、民間の住宅への空爆を始めました。また、リビア国内ではカダフィ政権を支持するデモも盛んに行われていましたが、海外メディアはこれらをまったく報じず、反カダフィ政権のデモの様子として報じるメディアもありました」  彼女も、海外メディアの姿勢について、「反乱軍が優勢であるという情報を流し、一刻も早くカダフィ政権崩壊後の新しい政権樹立に向け、国際的な動きを作ろうとする、欧米諸国の活動によるものだ」と分析しているわけだ。  世界各地で発せれた「リビア報道は意図的に操作されている」という指摘は無視できない。だが、一方で、このイタリア人女性に対しては、ネット上で「以前テレビに映っていたカダフィ・ガールズ(カダフィ大佐の女性親衛隊)の1人に酷似している」と、カダフィ側も情報戦を仕掛けてきているとの指摘もあるのだから、何を信じていいのか分らないない状態だ。 「リビアは海外での諜報活動は、あまり得意ではありません。仮にイタリア人女性の証言が、何らかの勢力による"やらせ"だとすると、諜報活動に長けたロシアではないでしょうか。ロシアは、反ユダヤ資本の感情が強く、対抗するイスラム勢力をずっと支援して来ましたから。南アフリカ共和国、ナイジェリア、カメルーンその他のアフリカ諸国は、今年、自前の通信衛星の打ち上げに成功し、独自の通信技術で電話からインターネットまでを利用できるようになりました。これを実現できたのは、石油による莫大な資金を提供でき、衛星打ち上げ技術を持つロシアに顔が利くカダフィがいたからです。これにより西側諸国は、それらのアフリカ諸国からあげていた通信事業収入が年間5億ドルも失われたと言われています。これが原因でNATOはカダフィを攻撃していると、アフリカ諸国では騒がれていますし、おそらくロシアも反発しているのでしょう」と前出の井上氏は説明する。  ということは、リビア内戦を通じて、欧米諸国とロシアが世界を股にかけた情報戦を繰り広げているのか? とも勘ぐってしまうが、今年6月に『ビンラディン抹殺指令』(洋泉社)を出版し、各国情報機関の動向に詳しい軍事ジャーナリスト・黒井文太郎氏は、そのような見方には否定的だ。  「リビアの『緑の広場』の映像ですが、建物の形や色などは、カメラの角度や光の当たりなどで変わりますので、映像を見る限りでは、偽造とは言い切れませんし、その可能性は低いと思います」  黒井氏によると、現代ではネットメディアなどの広がりにより、大掛かりな"やらせ"はバレやすく、結果的に自分たちの主張の信ぴょう性を疑われるというリスクが高まるので、あまり行われないという。しかし黒井氏も、CIAによるカダフィ軍への切り崩し工作や、SNSを活用した情報誘導工作は、実際に行われている可能性は高いと指摘する。  リビアの映像の真偽は藪の中だが、いずれ、ハリウッド"制作"のニュース映像が、世界を動かす日が来る可能性もゼロではない!? (文=編集部) ●ウワサのニュース映像「首都トリポリの緑の広場で勝利を祝う叛徒」はこちら <http://www.youtube.com/watch?v=USRpu6FDkS4&feature=player_embedded>
アンタッチャブル山崎弘也の休日inリビア 遠い昔のことのようです。 amazon_associate_logo.jpg
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大手新聞社の「増税礼賛」は、財務省の"接待""洗脳"の賜物!?

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全国の銀行員は、一度はこの門をくぐるのが
夢だという。
「経産A:(略)財務省は1円も使わずに復興増税【編註:東日本大震災の復興財源として、所得税、法人税、消費税などの臨時増税を政府は検討中】の世論を作った。主要メディアに税務調査をかけまくって黙らせたわけです。読売が丹呉泰健・前財務次官を社外監査役に迎えたことも"偶然"のはずがない。メディア工作というならそっちの方が有毒だと思う」  「週刊ポスト」(小学館/8月5日号)に掲載された「覆面官僚座談会」でのこの発言が、税務調査の際は前面に立って国税局への対応を行う、企業の財務担当者たちの一部で話題になっている。  彼らの間には、「財務省や国税庁に批判的な言動をする経営者や個人がいると、各地区の国税局が急にその企業や親族などに税務調査に入り、嫌がらせをする」というウワサがあるらしい。そこに、新聞が「復興増税反対」の論陣を張らないよう、財務省が自省の外局である国税庁の税務調査権を使って新聞社を脅しているという、もし事実であればウワサを裏付けるような記事が出た。  発言者は現役の経産官僚。復興増税論議が起こった3月以降、実際に税務調査が行われたという事実は確認できなかったが、2009年には朝日新聞と読売新聞に東京国税局による税務調査が入り、所得隠しが発覚。朝日は約1億3,800万円、読売は約9,800万円の追徴課税を納付した。  読売は、「取材費として経費計上した一部について、社員同士の飲食費が含まれていることが税務調査で判明し、交際費と認定された」と釈明しているが、後出の全国紙新聞記者OBのB氏によると、「在職中に税務調査が入った際は、カラ出張や次長クラスの領収証改ざんまで発覚した」とのことであり、新聞社側にも調査を避けたいやましい事情があるようだが......。このような税務調査を利用した圧力は、実際にあるのだろうか?  まずは、各紙の復興増税への姿勢について確認しようと、大手全国紙5紙+東京新聞の社説を見てびっくり。明確に反対を表明しているのは、なんと産経新聞1紙のみである。  読売新聞に至っては、「新政権は、(略)消費税率の引き上げに向けた、具体的な道筋を早急に示してほしい」(9月4日朝刊社説)とまで書いている。まさか本当に圧力が......。  さっそく同省からの"天下り(?)"の件とあわせて、読売新聞に聞いてみたところ、「一体どのような意図でそのようなご質問をされているのか、まったく理解できません!」と、一蹴。「税務調査が恐いから論調を変えた」とは、万が一にも認めることはないだろう。  ということで、経済官庁担当の経験が長い、新聞記者OBのA氏に話を聞いたところ、「同省にとってみれば、新聞に増税賛成の記事を書かせるのは、赤子の手をひねるくらい簡単です。国税庁の力を借りる必要などありません」との答えが返ってきた。しかし、その赤子の手をひねるくらい簡単という手法を探ってみると、そこには、あっぱれと言わざるを得ない財務省流"情報活用術"の実態が見えてきたのだ。 ■「調査部」の膨大なデータが、有利な論調を作る  まずこのA氏によると、同省では営業マン顔負けの"接待"活動が行われているという。
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読売新聞東京本社。ナベツネ会長の趣味は、
歴代総理との東京ドーム観戦だとか。
「同省は、マスコミの中でも特に大手新聞社との懇親には、『ここまでするのか』と思えるほど、日々勤しんでいます。まず、財研(財政研究会)と呼ばれる財務省記者クラブのリーダーであるキャップ、社説を執筆する論説委員、部長クラスと、主に昼間勉強会と称する会合を定期的に開き、財政や税制に関するレクチャーを行います。もちろん内容は、同省の方向性に沿うものばかり。夜は、同省幹部が各社の社長や役員と懇親会を開き、飲めや歌えやとやるわけです。天下の同省幹部に誘われれば、そりゃぁみんな悪い気はしないですよね。そこに役員たちは、自分のいいところを部下に見せたいから、現場の記者を同席させる。記者もしょせんはサラリーマンなので、『あっ、うちの役員は財務省幹部とこんなに仲がいいのか』と刷り込まれれば、自ずとペンの方向も決まってくる」  こうして、族議員ならぬ族記者が生まれるとともに、結果的に新聞社は、上も下も無意識のうちに、同省寄りの考えをするようになってしまうというのだ。  このような"接待"活動は、1990年代後半に「ノーパンしゃぶしゃぶ」という流行語を生んだ「大蔵スキャンダル」により、マスコミがこぞって旧大蔵省をバッシングした以後から始まったという。  「当時危機感を持った旧大蔵省は、さすがに何か手を打たねばと思って始めたのでしょう。10年以上たった今、この"接待"活動は、予想以上の効果を上げたといえるでしょう」(A氏)  それにしても、いくら"接待"活動の影響とは言え、それが原因で、ほぼすべての全国紙が歩調を合わせて、復興増税容認のスタンスに立つなどということがあるのか? 何か他にも圧力があるのでは? 別の全国紙記者OBであるB氏によると、まるでCIAかのような、同省による情報活動が行われているという。 「圧力があるとするなら、圧倒的な情報量を利用した、目に見えない力でしょうか。税制の企画、立案を担当する主税局の中に、『調査部』という部署があります。初めて同省を担当したころは、『一体何をする部署だ?』と思っていましたが、まさにこの調査部が、同省に有利な論調を作る上で、大きな役割を担っていたのです。調査部の表向きの業務は、税制の企画や立案のために必要な情報を、国内や海外から収集し分析することです。しかし、それ以上に重要な裏の役割は、一言で言うと、その収集した情報を加工し、同省が望む政策に都合のよいデータに仕上げること」  そしてその情報収集のため、財務省という組織全体がフルに活用されていると、B氏は指摘する。 「同省本省には約1万5,000人の職員が働き、日本の税制、財政、各官公庁の予算を一手に管轄しています。また、外局の国税庁では約5万6,000人の職員が、全国津々浦々、中小企業から大企業、アンダーグラウンドに至るまで、税務調査を通じて日々情報収集に努めています。調査部は、これらの同省しか知り得ない膨大な情報をベースに、同省が推し進めたい政策の根拠となるデータをつくり、勉強会などを通じて記者たちに流すのです。内容があまりに完璧なため、記者たちは鵜呑みにしてしまいます」  しかし、同省から提供されるデータだけに頼らず、民間のエコノミストや学者などへもきちんと取材していれば、同省とは反対の論調になることもあるのでは? 「はっきり言って、エコノミストや学者の話など、同省のレクチャーに比べると説得力に欠けます。でもよく考えれば、そりゃそうですよね。同省のレクチャーがベースとする膨大かつ詳細なデータや情報は、同省にしか手に入らないものばかりですから。また、同省の批判をする学者に、それらを定期的に提供することで、彼らを手なずけたりもしていますよ」(B氏)  なんだか話を聞いていると、財務省と国税庁って、やろうとすれば何でもできてしまうように思えてくるのだが......。 「うーん、無敵と言ってもいいかもしれません。ある政治家は、取材した際に国税庁の批判をしていましたが、『税務調査をかけられると恐いから、絶対オレの名前を記事に出すな』と言っていました。また、『検察なんて、うちからの情報提供がなければ捜査なんてできないでしょう。検察官と一緒に飲んでも、"次は誰々を引っ張る!"とかいう話しか出ない、レベルの低いやつばっかりですよ』と、露骨に検察を見下す同庁職員もいます」(B氏)  『財務省が教える"最強の情報活用術"』なんてタイトルのビジネス書が出版されれば、今年の読書の秋一番のベストセラーになるかもしれない。 (文=編集部)
財務官僚の出世と人事 エリート集団の実態。 amazon_associate_logo.jpg
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オリンパス敗訴で明らかになった女弁護士のブラック過ぎる手口

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「オリンパス社のホームページ」より
「人事部の人間からしつこく『産業医に診てもらえ』と異常なまでに強要され、最後にはストーカーのように追いかけまわされたんです!」  精密機械大手のオリンパス(東京都新宿区)の社員Hさんが、上司の非合法行為を内部通報したために配置転換されたと訴えた裁判で8月31日、東京高裁がオリンパス社の配置転換を無効とし、同社の行為は違法として220万円の損害賠償を命じた事件。判決後の会見でHさんが発した冒頭のコメントに、会場にいた支援者のひとりがこう続けた。 「オリンパスは産業医を使ってHさんを精神異常者に仕立て上げようとしたんですよ。手口がブラック過ぎます!」    意味深な発言にざわめく会見場。今回の判決で浮かび上がった大手法律事務所のブラック過ぎる手口とは何なのか。  すでに多くのメディアが報じている通り、今回のオリンパス敗訴の判決は多くの企業に導入されている「内部通報制度」のあり方に警鐘を鳴らした。と同時に、会社にとって都合の悪い社員が、会社側の顧問弁護士により社会的に抹殺されてしまう悪質な手口が明らかになりつつある。  今回、敗訴となったオリンパス社を弁護した「森・濱田松本法律事務所」(東京都丸の内)は、日本の「四大法律事務所」のひとつと称されるほどの大手である。特に、担当をしたT谷というベテラン女性弁護士は、労働法のエキスパートとしてメディアにも登場した経歴を持つ。ところが、このT谷弁護士がかねてから産業医とグルになり、陰湿な手口で社員を社会的に抹殺してきた疑いがあるという。今回の「オリンパス訴訟」を詳しく知るある人物がその手口を説明する。 「悪質な企業では、会社にとって都合のよくない社員に対して『精神的なケアをする』との名目で、会社お抱えの産業医に診断をさせるんです。この産業医が会社とグルで、その社員を『君は精神分裂症だ』『重度のウツなので治療が必要』などと診断し、精神病院へ措置入院させたり、合法的に解雇してしまい、事実が隠蔽されてしまう。過去にセクハラを訴えた多くのOLなどがこの手口で社会的に抹殺されていますし、今回のHさんもそのひとりの疑いがあります」  つまり、一部の大手企業では、「裏コンプライアンス・マニュアル」として産業医を活用したブラックな手口が常態化しており、オリンパス社もそのひとつである疑いが強いのだという。
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オリンパス社では、社員の休職や復職に産業医の権限が極めて大きく関与している。
写真は「オリンパス職員組合規約集」より(クリックすると大きくなります)。
 実際、オリンパス社に勝訴したHさんは、自身のブログに次のように記している。 <オリンパス人事部長・課長が、しつこく、ねちっと陰湿に、「オリンパス産業医診断」を強要したことと同じく、「あなたの健康のためだから」とか、「従業員の健康が会社の願いだから」、などと、巧みに、「オリンパス産業医の診断を受けてください」、「産業医の診断をうけて欲しいという会社の願いは組合としても同じだから」と、(中略)この、「組織ぐるみでの産業医診断強要作戦」は、「労働者に再起不能のレッテルを貼る(復職したくても、精神的なこを理由とされ、復職許可させないで休職期間満了退職を狙う)」ことを意図する、絶対にしてはならない「禁じ手」に他なりません>(原文ママ)  また、今回の裁判で東京地裁に意見書を提出した関西大学教授の森岡孝二氏も、意見書の中で次のように述べている(カッコは筆者)。 <原告(Hさん)が面談したF氏(オリンパス社人事部)は、原告の通報事実にはほとんど関心を示さず、健康問題が心配だから産業医の診断を受けるように勧めた。その場では原告もそれを了解し、F氏が産業医の予約をとった。しかし、原告はその直後に不審に思い、その日のうちに自ら予約をキャンセルした>
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T谷弁護士が昨秋、オ社の管理職限定で行ったセミナーに関する内部資料の一部。
「E」はエグゼクティブ=監督者を指し、「PゾーンGL」はグループリーダーで管理者(非組合員)を意味する。
 オリンパス社と産業医のブラックな結託が徐々に浮かび上がってきたわけだが、ここで注目すべきは、本サイトで度々報じてきた「野村総合研究所強制わいせつ事件」(記事参照)において、現在裁判中の野村総研側の弁護を担当しているのも、実はこのT谷という女性弁護士なのだ。本事件は、野村総研の上海支社副総経理(副支社長に相当)であるY田氏が、取引先の女性営業担当者A子さんの家に上がり込み、抱きつき、押し倒すなどの強制わいせつを働いた事件。女性は事件後に退社しているが、Y田氏はいまだ何の処分も受けてない。このことを野村総研に抗議したことで「名誉毀損」と・逆ギレ訴訟・を起こされたA子さんの支援者のひとりであるBさんは、裁判所に提出した書面に、森・濱田松本法律事務所のT谷弁護士が過去にも大手コンサルティング会社の弁護活動において、悪質な手口で一般社員を追い込んでいたと告発している(以下、裁判所の公開文書より抜粋)。 <T谷弁護士は(編注:原文は本名)都内の大手コンサルティング会社から労働法の専門弁護士として依頼を受任し(略)、不都合な社員や退職させたい社員がいる際には、まず集団ストーカーと呼ばれる手口で、その社員の周辺に複数の人間が常につきまとい、その社員に精神的苦痛を与え続け、その社員がたまらなくなって、怒鳴ったり暴力を振るったりしやすいようにする、もしくは精神的苦痛で自殺しやすい状況にする行為を続ける> <このような集団ストーカー行為、もしくは産業医の制度を悪用する手口を使って、被害を訴える個人に対し、精神分裂症等の精神病として診断書を作成して被害者の発言の信憑性を低下させ、その上で産業医が治療と称し措置入院等を行う事で、報道、捜査機関、裁判所等を欺いて対応が出来ないようにし、さらに一般市民を自殺や泣き寝入りに追い込む>  まさに、ブラックな企業とブラックな弁護士によるブラック過ぎる手口。大手企業のこうしたやり口は、過去に本サイトでも「<緊急座談会>問題なのは野村総研だけじゃない! 日本企業は海外でセクハラし放題! コンプライアンスはどうなってる !?」(記事参照)で、専門家の意見を通して問題提起してきたところだが、あまりに常軌を逸した手口の陰湿さから、一部の読者からは「劇画的過ぎる。本当にそんな手口あるのか?」との質問が寄せられたほどだ。ところが、日本有数の大手法律事務所で常態化している疑いが、図らずも今回のオリンパス事件で改めて浮かび上がったようだ。  冒頭の裁判関係者が言う。 「問題の女弁護士については、以前から集団ストーカーや嫌がらせ電話などの怪しい手口のウワサが絶えなかった。今回もそのやり方をして敗訴ですからね。これからヤバいんじゃないかって、弁護士や裁判官たちはウワサしてますよ」  おりしも、オリンパスとT谷弁護士は期限(高裁判決から二週間)直前の9日に上告することを決定。さらに野村総研強制わいせつ事件も含めて「どんな悪あがきを続けるつもりなのか」(同)が注目される。なお、多くの産業医は社員の健康のために誠実に勤務しており、一部の悪質な専属産業医の実態を一般化するものではない。念のため付記しておきたい。 (文=浮島さとし) ※当初、記事中でT谷弁護士の年齢を「50代」としておりましたが、一部の読者や関係者から「40代ではないか」との問い合わせをいただき、あらためて確認したところその可能性が高いことがわかり、年齢部分を削除致しました。
ブラック企業、世にはばかる まさに。 amazon_associate_logo.jpg
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「写真はここで生きていたという証」被災者の思い出を取り戻す、被災写真洗浄ボランティア

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 東日本沿岸部を襲った大津波は、多くの家々を飲み込んでいった。そこにあった生活の痕跡はすべて洗い流され、残されたがれきの山々は震災から半年を経過しても、まだ片付け終わることがない。  流されたのは家だけではない。津波被災地を歩くと、それぞれの家庭で大切に収められていたであろう思い出の品々が、がれきと一緒に野ざらしにされていることに気づく。食器やノート、ランドセル、ぬいぐるみ、泥だらけになった生活用品たちは、そのどれもが震災以前にあった生活を思い起こさせる。  そんな品々の中でも、最も強烈な印象を与えるのが、思い出を切り取った写真たち。どんな家の棚にも、記念日を写したアルバムは存在する。観光地での記念写真や、人生で最高の1コマ、仲間たちとのふざけたスナップ。それらを大津波は例外なく飲み込んでしまった。
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 そんな、思い出の写真を洗浄するボランティア活動が盛んに行われている。8月下旬、秋葉原のアートスペース「3331 Arts Chiyoda」で行われたイベントに足を運んだ。 ■もしかしたらこの人も津波で......   この日、洗浄を行ったのは、津波が逆流した宮城県・名取川河口近くにある名取市閖上(ゆりあげ)地区で回収された写真。このイベントのために、およそ70名あまりのボランティアたちが集結した。アート系施設ということもあり、参加者は20〜30代の比較的若い人々が多い。
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 現像液に浸して絵を浮かび上がらせる写真は、そもそも水に強い構造を持っている。しかし、海水に流され、泥にまみれることにより、微生物を原因とした劣化が進む。すると印画紙にプリントされた写真画像は、ドロドロに溶けたような状態になってしまう。写真の腐食を食い止め、どんな写真かが分からなくなる前に写真を持ち主のもとに届けることが、このプロジェクトの目的だ。  午前10時30分、主催する富士フイルムのスタッフからのオリエンテーリングが終わると、あらかじめ決められていたグループごとに分かれて作業開始。比較的年齢層が若いせいか「真剣に集中して取り組む」というボランティアのイメージとは異なり、どことなく和気あいあいとした雰囲気を感じる。しかし、ある参加者に話を聞いたところ、やはりその心境は複雑なようだ。ある参加者は「もしかしたらこの人も津波で......と考えると怖くなってしまうこともあります」とうつむきながら語っていた。アルバムに収められた写真は人生の幸福な一瞬を切り取ったものが多く、現在とのギャップに耐え切れないボランティアも多いという。
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 また別の参加者は、この活動に参加する意義をこう語った。「震災に対しては、自分でも何かできないかと、ずっとモヤモヤした気持ちを抱えていたんです。今回、思い切って参加したんですが、やっぱり自己満足なんじゃないかという意識は消えません。ただ、先ほど結婚式の写真を洗浄したんですが、洗っているこちらも幸せな気持ちになりましたね」。  筆者も実際に洗浄ボランティアを体験してみたが、気持ちはやはり複雑だった。筆者が携わったアルバムは、1995年頃に撮影された女の子の赤ん坊の写真。水が染み込んでアルバムに張り付いてしまった写真を丁寧にはがし、筆などで優しく汚れを洗い流し、乾燥させる。見ず知らずの他人の写真を洗浄するのは不思議な気分だが、やはり気になるのは写真に写った人が無事であるかどうか。カメラの前で笑っていた彼女は、今はもう16歳のはず。「死者・行方不明者合わせて2万人」という言葉には、あまりリアリティーを感じられないが、この赤ん坊だった女性だけは無事でいてほしいと思ってしまう。 ■「これで遺影にできます」
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富士フイルム・板橋氏。
 この活動のプロジェクトリーダーを務める富士フイルムの板橋氏は、震災直後からこの活動を開始し、4月にはすでに現地に赴いて写真洗浄を行っていた。「被災地では写真を洗うための桶もなく、冷たい水で手もかじかみ、なかなか作業が進みませんでした」と振り返る板橋氏。それでも、丹念に写真を洗浄し続けた。 「被災された方は『写真を手にすることで、ここで生きていたということが実感できるんです』とおしゃっていました。写真は他のものとは異なり、一度失ってしまったら二度と取り戻すことはできません。できるだけ多くの写真が無事な姿のままで持ち主のもとに戻ってほしいですね」  この活動の意義について質問すると「ある意味でのアフターサービスじゃないでしょうか」とこともなげに語る板橋氏。しかし、被災地でのあるエピソードの話になると、その顔には影が差した。「被災者の方に依頼されて、泥だらけの写真を洗浄しました。きれいになった写真をお渡しすると、『よかった、これで遺影にできます』とおっしゃったんです」。
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 同社広報の宮田さんは、「ボランティアは3331のホームページでのみの募集だったのですが、Twitterなどで情報が広まり、すぐに定員に達してしまいました。この活動をきっかけとして、写真の価値が見直されたのではないかと思います。いろいろな人に、写真の力を感じてほしいですね」と語る。注目を集める写真洗浄活動だが、この日、70人がかりで一日中作業を行っても、洗浄を終えた写真はアルバム40〜50冊分に過ぎない。被災地に埋もれたままとなっているアルバムのすべてを洗浄するには、まだまだ膨大な時間がかかりそうだ。 (取材・文・写真=萩原雄太[かもめマシーン])
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ダミーサークルで信者を勧誘する教団と、それにハマる市民はなぜ生まれる?

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アーレフ公式サイトより
前編はこちらから    オウム真理教幹部でアーレフの元代表でもあった野田成人氏と、新進気鋭の宗教学者・大田俊寛氏との対談は、宗教学や社会学のあり方と、そこに携わる研究者たちの姿勢に疑義を呈しつつ、「公として、死の扱い方には関知しない」といった国家的な構造が、オウムを生んだ一因という議論に発展していった。後半は、そんなオウムの後継団体であるアーレフ(現アレフ)の信者たちが「なぜ今も教団を離れないのか?」という疑問から、話は展開していった。 ――オウムの中では、「死」というものはどのようにとらえられていましたか? 野田成人氏(以下、野田) 教義の中では、輪廻転生という思想とその再生の過程というように解釈していました。 大田俊寛氏(以下、大田) それに関連して、野田さんにお聞きしたいことがあります。『革命か戦争か』(サイゾー)の中で、アーレフという教団においては、かつての終末予言は魅力を失っているし、人類の救済という大義名分もいまや非現実的なものとなっていると論じられている。ところが、なぜまだアーレフという教団にある程度の数の出家信者が残っているのかと言えば、いま教団や麻原を見捨ててしまうと、自分自身が来世で地獄に堕ちてしまうかもしれないという恐怖感があるからだと書かれています。しかし、現代人の一般的な見方からすれば、地獄に堕ちることが怖くて教団から離れられないというのは、あまりリアリティーが感じられない部分だと思われるのですが。 野田 補足して言うならば、大田さんがご著書で書かれていたように、アーレフという全体主義的な共同体の価値観の中に溶け込んでいたいという願望は、大きな要因としてあると思います。一生懸命やっている信者は、しっかり修行をすれば来世は大丈夫なのだと思っている。教団を離れられない信者は、そういったところを否定しきれないのです。また、事件後に新しく入ってきた信者がアーレフにはいるのですが、彼らは都市化した無機質な、つながりのない群衆の中での孤独にさらされていて、そういった状況から、統一的な全体像をつかむための価値観を求めている部分があります。現状、アーレフには新しい信者も古い信者もいますが、来世で自分は良い世界に行けるか行けないかというのは、信者の中の中心的な興味のひとつであると思います。それだけではありませんが。 ――オウムでは、洗脳する時に、地獄に堕ちるというような、かなり恐ろしい映像を見せていると言われていますが。 野田 過去にはそういうこともしていました。映像を見せていたのは、95年前後ではないでしょうか。 大田 野田さんも、そういう映像を見せられた経験があるのですか? 野田 私は94~95年には幹部でしたので、そういった映像を見た記憶はありません。私が出家したのは、87年の10月頃です。それから、アメリカやドイツへ布教活動に行きました。87年当時は、教団はまだかなりソフトで、麻原への帰依も強要されませんでした。昔は教団で出していた月刊誌があったのですが、その表紙は美人信者だったりしました。ところが、いつのまにか麻原を表紙にして、麻原色を強めていきました。それがどんどん強くなっていったのが、90年代半ばくらいです。 大田 現在、アーレフの信者数は、増加傾向にあるのでしょうか。 野田 辞める人もそこそこいますので、大体、横ばいか少し増えている程度だと思います。私は、アーレフは死んだ宗教だと思っています。新しく入って来る信者は、年齢的には20歳前後で、地下鉄サリン事件が起きた時は4~5歳だったりするので、事件があったことすらよく知らない信者もいます。 大田 新しい信者を惹きつける、一番の魅力になっているものは何でしょうか?
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大田俊寛氏。
野田 それは端的に言って、麻原です。教団の中では、麻原は10億宇宙にただひとりの存在であると見なされています。宇宙が10億集まった中で、一番の魂だということになっているのです。地下鉄サリン事件のことをどう説明しているのかというと、教団の中で統一的にどうかは分かりませんが、ひとつは「陰謀論」です。事件はやっていないけれども、フリーメイソンによってそう仕立て上げられているとか、そういう説明をしています。だから、本当の救世主である麻原は不当に牢獄に閉じ込められていると。 ――そのような陰謀論が信じられているのですか? 野田 信じる人は信じるし、おかしいと思う人の中には、私のところに相談に来てから、アーレフを辞めていった人もいます。言い方を変えると、いまの宗教が私的領域に追い込まれているので、何でもありという形になってしまっているところがあるのです。 ――偶像として麻原が掲げられているのは分かるのですが、麻原やアーレフが自分たちに何をしてくれるのかということについては、どう考えているのでしょうか。 野田 アーレフの勧誘形態として、自己啓発セミナーで新たに勧誘するということがある。教団の幹部が、セミナーで麻原の役を演じることもあります。もうひとつの要因としては、信仰というものの特性です。信じることそのものが、力を持つことがある。信じることによって、実際に麻原を拝んでいたら仕事が見つかったとか、願いが叶ったとか、「暗示の効果」に近い部分もあります。生きた教祖は教団にはいませんが、アストラル次元でつながっていると教団では言うのです。それを信じて、実際に力を得ている人もいますね。 ――教義はともかく、麻原を信じれば救われると考える人もいるということですが、確かに、いきなり素人に難しい教義の話をするよりは、その方が分かりやすいのかもしれませんね。 野田 教義に惹かれる人も、ある程度はいます。一応、仏教的な戒律を一生懸命守っていますので。何が正しいか、何が間違っているか分からない今の社会の中で、ひとつの指針になるものとして惹かれる人もいます。 大田 地下鉄サリン事件への関与をオウムが正式に認めたのは、95年からかなり時間が経ってからのことですよね。それは現在、内部でも正式に認めているのですか? それとも、先ほどうかがったように、陰謀勢力の仕業と言っているのでしょうか。 野田 結局、教団が公に認めたのは、99年のことです。96年から98年までは、事件への関与を認めるべきかどうか、現役信者や在家信者への影響を考えていました。認めるかどうかの判断は、私が意思決定をしていた部分でもあります。結果的に、表に対しては認めたのですが、信者はほとんど関心の対象としていないようです。あまり考えないようにしているというか、考えても整合性がつかないから、答えようがない。少なくとも出家信者に関しては、修行をしておけば高い世界に行けるからという理由で、その問題を棚上げしています。 大田 その辺りが、外部から見ると腑に落ちないところです。新しい信者が来た際、当然、地下鉄サリン事件とは何だったのか聞かれると思うのですが、納得のいく説明をするのは非常に難しいのではないですか? 野田 そうですね。教団内の信者で、それを整合的に説明できる信者はいないと思います。だから、陰謀論を出してきたり、ともあれ自分はこの修行によって恩恵を受けているのだから、といった形で済ませてしまう。しかしやはり、事件が勧誘のネックになっていることは事実です。ですから、ヨガや仏教のダミーサークルを作って、そこで信頼関係を構築してから、その後でアーレフということを明かします。そこでもちろん、離れていく人もいます。しかし逆に、あんなに悪い教団と思っていたのにイメージと違うということで、中に入って確かめようという人もいます。 ■カリスマ言論人を求める出版界の事情 ――最近では、スピリチュアルなものが盛り上がっています。スピリチュアルなものは新興宗教に入るひとつの入口になると思うのですが、アーレフはそういったものに関わっているのですか? 野田 GREEやmixiなどで、ヨガや潜在意識で能力を開花させるといった、ダミーサークルを作っています。 ――スピリチュアルなものを求めている一般の方についてはどう思いますか?
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野田成人氏。
野田 今の社会の構造として、死や生の意味付けに関する取り扱いの基準が欠けているという状況があるため、いろいろなものが乱立し、スピリチュアルなものを求めるという現象も生じていると思っています。 ――宗教学者としては、スピリチュアルなものの隆盛をどう思われますか? 大田 やはり、今回の対談で話してきたように、何のために生きているのかというとても大きな問題があります。人は生きている間に、さまざまな喜怒哀楽の感情を経験したり、日々の努力を重ねて必死に生きたりしていますが、そもそも死ねば全てがなくなってしまうのに、なぜこんなに苦労して生きていかなければならないのだろうと、ふと分からなくなる瞬間がある。生きるということは、死ねば全てが無に帰するのではないかという圧倒的な問いの前に、常にさらされているわけです。スピリチュアルなものは、その問いに対して非常に分かりやすく、簡略的で簡便な答えを与えようとしているように思われます。 ――占いなどでは、とても簡便な答えが求められているように感じますね。 大田 スピリチュアルなものが、本当に社会のあり方を変えるのかと言われれば、私にはとても信じられません。資本主義的な社会を生きていく上で、その生きづらさをごまかすというか、生や死の問題について仮初めの幻想的な答えを与えて、生きづらさを一瞬だけ緩和するという機能しかないのではないかという印象を持っています。ただ、一時的にではあれ、それらに触れて救われたように感じる人がいることも否定できないので、ナンセンスの一言で済ませられない部分もありますね。 ――オウムを総括する本を出された大田さんや、大田さんの世代(30代半ば)が今後果たして行く役割とは何でしょうか? 大田 近代のシステムは万能ではないし、野田さんのおっしゃるように、資本主義は陰を生んでいく。それは本質的にぜい弱なシステムであり、いつ崩壊するかも分からないシステムです。しかしだからといって、悩める現代人に対して俺が生き方を教えてやろうとか、こうすればこれまでの問題がすぐに解決できるといったことを軽々に発言しないということが、研究者が今後最も気をつけるべき点だと思います。人々に生き方を教える「カリスマ言論人」になって欲しいという圧力は、研究者や知識人の周囲にとても強く存在しています。それこそ資本主義の問題なのですが、そういうカリスマ言論人の本は部数も伸びるので、出版社側も、一大ブームを起こして本を売りたいという願望があるのでしょう。 ――カリスマ言論人に出てきてほしいという思いは、我々出版に関わる人間には、根強いのかもしれません。 大田 オウム事件のような宗教的問題を含め、ある問題が生じたときには、不安定な社会に生きる一員として、研究者もそういう状況に巻き込まれて生きていかざるを得ません。そして、その問題をどう解決できるのかということはすぐには分からないけれど、その問題自体がどのようにして成立してきたのか、どのような構造を備えているのか明らかにするということが、研究者の役割であると思っています。 ――お2人とも、出版後の反響はどうでしたか? 野田 私は叩かれると思っていたのですが、本はほとんど売れず、あまり反響はなかったですね。ある意味で事件を肯定するようなことも言っていたので、拍子抜けしました。 大田 次の本を書きませんかという依頼はいくつかいただきましたが、肝心の宗教学者からの反応は、一部を除いてほとんどありませんでした。どう考えても、私の本に応答するべき、オウム問題について私より責任の重い先人たちがたくさんいるはずなのですが。  最後に、私の方から申し上げたいことがあります。私は元々、グノーシス主義という古代の宗教を研究していたことから、今でもどこか、古代から現代を見ているところがあります。そういう歴史的な目で見ると、近代というのはとても特殊な時代に思われます。それまで人間社会の規範として存在してきたもの、その運動を制御するリミッターとして機能していたものが外されて、人口が膨大に膨れ上がり、その人口を支えるための政治的・経済的システムが、ここ100~200年の間に急速に複雑化しました。そして、誰も社会の全体がどうなっているのか分からないという、前代未聞の状況が成立してしまった。そういう世界を生きているのだということを、我々はよく自覚する必要があると思います。 ――そういった社会に、どう対処すればいいのでしょうか? 大田 社会がどのような仕組みで動いているのか、そこで生じるさまざまな問題にどのように対応するべきなのかといった事柄に答えを見出すことは、実際には非常に難しく、また当然そこから、「誰か答えを教えてほしい」という社会的欲求が出てくることになります。そして、そうした欲求に答える存在として、「私が答えを教えてあげよう」と称する知識人が輩出され、それと並行する形で、結局のところ人類の行く末はハルマゲドンかユートピアかだという、オウム的な二元論も生まれてきたのです。しかし、複雑な問題や状況に対して、安易な答えを与えることや、それらを単純な二元論にすり替えることは、私はすべて虚偽であると考えています。その意味において、野田さんの提示する「革命か戦争か」という二元論は、オウム的な思考の枠組みを、まだ完全には脱していないところがあるのではないか。むしろ、簡便な答えにすがったり、単純な二元論に陥ったりすることなしに、社会や人間に関わる問題をいかに粘り強く探求し続けることができるのかということが、真の「オウム以後」の課題ではないかと思うのです。 ※ ※ オウム真理教の内側を綴った『革命か戦争か』、オウム真理教事件を外側から総括した『オウム真理教の精神史』(春秋社)。内側と外側を対比させながら、オウムの事件について再度考察してみるのはどうだろうか。 (構成=本多カツヒロ) ●のだ・なるひと 1966年生まれ。1987年東京大学物理学科在学中にオウム真理教に入信・出家。95年教団内で正悟師の地位に就く。以降、幹部として教団運営において指導的役割を果たす。2007年アーレフ代表に就任。09年3月「麻原を処刑せよ」と主張したことによりアーレフから除名。現在はNPO「みどりの家族」を立ち上げ、ホームレスの自立支援や脱会信者の支援に力を注ぐ。独自にオウム事件被害者の賠償問題にも取り組んでいる。 ●おおた・としひろ 1974年生まれ。専攻は宗教学。一橋大学社会学部卒業。東京大学大学院人文社会系研究科基礎文化研究専攻宗教学宗教史学専門分野博士課程修了。博士(文学)。現在、埼玉大学非常勤講師。著書に『グノーシス主義の思想――<父>というフィクション』(春秋社)がある。
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自ら「グル」になろうとした中沢新一ら研究者たちの罪と罰

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 オウム真理教による地下鉄サリン事件から、今年で16年が経過した。15年の節目には各出版社もオウム問題を総括すべく、書籍の刊行や雑誌で特集を組むなどしたが、大きな反響もなく、もはや事件は風化したというのが現実ではないだろうか。しかし、オウム真理教が起こした地下鉄サリン事件は、いまだにきちんとした総括が行われているとは言いがたい。宗教学者の大田俊寛氏は、今年3月に出版された『オウム真理教の精神史 ロマン主義・全体主義・原理主義』(春秋社)において、宗教学者の責務を果たすべく、オウム事件の総括を試みた。今回、その大田氏と、元オウム真理教幹部でアーレフ(現アレフ)の元代表でもあった野田成人氏に対談を行ってもらった。野田氏自身、事件を総括すべく、昨年オウム真理教とアーレフ時代の出来事を克明に綴った『革命か戦争か オウムはグローバル資本主義への警鐘だった』(サイゾー)を上梓している。オウムという存在を、内側と外側から考察してきた2人の言葉から見えてくるものとは? ――野田さんは昨年『革命か戦争か』を出版されましたが、やはり地下鉄サリン事件から15年が経過して、あらためて事件を総括したいとお考えになったのでしょうか? 野田成人氏(以下、野田) 昨年、『革命か戦争か』を出したときには、私はすでにアーレフを辞めさせられていました。事件に関しては、元オウムの幹部としては、平謝りするしかありません。ただ、オウムの中でもいろいろな問題がありましたが、世の中を見ていて、日本社会の構造の問題について書いてみたいと思いました。 ――日本社会の構造の問題というのは? 野田 例えば、非正規雇用の問題であったり、他には僕が学生の頃はコンパが盛んに行われ、酒を一気飲みさせられたり、頭から酒を浴びせられたりしました。こんなことの何が楽しいのかとあきれていました。ちょうどバブルの真っ只中だったこともあり、世間はお金と物であふれていました。そういった物質主義的なところに違和感を覚えていたのも確かです。 ――大田さんは以前に「グノーシス主義」を研究されていますが、グノーシス主義とは何でしょうか? 大田俊寛氏(以下、大田) 一言で言えばグノーシス主義とは、紀元二世紀頃、初期キリスト教に発生した異端的宗派のことです。しばしば「キリスト教の最初にして最大の異端」とも呼ばれています。 ――グノーシス主義やキリスト教神学の研究から、今回出版された『オウム真理教の精神史』のように、考察の対象がオウムという現代宗教へ移ったのはなぜですか? 大田 グノーシス主義をテーマに博士論文を書き終え、非常勤講師として大学の教壇に立つ頃には、私は、宗教学は人文社会系の諸科学の中でも、とても重要度が高い学問であると考えるようになっていました。その理由は、人間が作る社会というのは、必ず何らかの「信用」や「信仰」を基礎にして成り立っているからです。例えば現代の資本主義では、それ自体としてはただの紙切れでしかない「貨幣」という存在への信用や信仰を中心に、社会が成り立っている。社会の構成要素には、必ず信用や信仰の次元が存在します。そして宗教についての学というのは、社会の中心にどのような「信仰」があるのかということを第一義的に明らかにするための学問である。ゆえに本来、社会科学の最も根幹にあるべき学問であると考えています。  ところが、現在の宗教学を見てみると、地下鉄サリン事件当時、東京大学の宗教学の先人たちがひどい振る舞いをしてしまったこともあり、まともに物を考えることができる人であれば、日本の宗教学者の言うことには耳を傾けようとしないという状況が続いています。サリン事件以降、宗教学者は完全に社会的信用を失ってしまったわけです。一方で宗教学の中では、宗教学はディシプリンを必要としない「ゲリラ学」であるといった、根本から誤った認識がいまだに拡がっており、私はこうした考え方が、オウム事件を後押しすることにつながったのではないかと考えています。私自身、一人の研究者として、宗教学の再構築に携わりたいと思っているのですが、その第一歩として、オウム事件を学問的にどう捉えることができるかということをあらためて問題にしてみたいと思いました。
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野田成人氏。
――今回の対談にあたって、お互いの著作を読んできていただいたのですが、率直な感想はいかがでしょうか? 野田 大田さんの『オウム真理教の精神史』を読んで大変興味深く思ったのは、オウムに対しての今までの批判というのは、オウムは仏教でもチベット密教でもないただの異端であるとか、その異端が勝手にサリン事件を起こしたのだというものが多かった。しかし大田さんは、オウム事件の背景には、近代の体制において、死を扱う宗教というものを私的領域に追い込んでしまったという構造的問題が存在すると言っています。私は、資本主義が生んだ構造的問題からオウムにアプローチしていますが、オウムという存在が、社会が抱えている構造的な矛盾からにじみ出てきたものであると見る点で、共通の捉え方ができるのはないかと思います。そういうことを宗教学者の立場から言っていただけるとありがたいです。 ――大田さんは野田さんの『革命か戦争か』を読んで、どう思われましたか? 大田 オウム真理教の元信者によって書かれたこれまでの著作は、地下鉄サリン事件がどのようにして起こったのかというところで終わっているものが多かった。しかし野田さんの著作では、地下鉄サリン事件の後、教団がどのような紆余曲折を経たのかについて書かれている。具体的には、教団内において麻原信仰への回帰の動きが見られることや、アーレフ内における松本家の支配体制の在り方、そして最終的に野田さんがそこから排除される過程についてなどが克明に記されており、その点でとても価値のある本だと思います。 野田 大田さんの本の帯の、「近代の暗黒面を暴く」というのはいいですね。 大田 この言葉は、編集の方が考えてくれました。野田さんの本では、近代に発展してきた資本主義のシステムが背景にあって、資本主義から排除されたものが巡り巡ってオウムのような集団になったという分析が見られるので、「近代の暗黒面を暴く」という視点において、私の著作と共通性が見られると思います。私自身はこれまで、グノーシス主義やキリスト教教義史といった分野を研究してきましたので、宗教現象を見るときに、そこにある理念や教義が、いつ頃現れてどのように発展していったのかということを歴史的に考えてみるということが、体質として染み込んでいるところがあります。95年以降、オウム真理教に関する論考は膨大に発表されましたが、しかしそれらはどれも歴史的な視点を欠いていました。ゆえに、オウムに対して研究者が行うべき仕事が果たされていない、中でも島田裕巳さんや中沢新一さんに対しては、本来宗教学者としてやるべき仕事をまったく行っていないと考えていたのです。 ■中沢新一の著作は、ネタ本として教団内に転がっていた ――著書の中でも、中沢さんや島田さん、また宮台真司さんについては批判的ですが、学者が本来、オウム事件に関してやるべきこととは何でしょうか? 大田 まず第一に、善悪の価値判断に関わることや、個々人の生き方を左右するようなことを、軽々に発言するべきではないということです。私は中沢さんに対して極めて批判的ですが、彼は事件当時、方向性を見失ったオウム信者たちを今後は自分が引き受け、彼らに生き方の指針を示すといったことを発言した。また、社会学者の宮台真司さんは、『終わりなき日常を生きろ』(筑摩書房)という著作を発表し、麻原の打ち出した方向性は間違っていた、ゆえに今後の主体はこうあるべきだというヴィジョンを、あたかも「新たなグルの指令」のような仕方で発信した。研究者という立場にありながら、「次は俺がお前たちの生き方を示す」といったメッセージを軽薄に発してしまったことには、大きな問題があったと思います。むしろ研究者は、安易に状況に介入するのではなく、その事件や現象がどのような歴史的経緯とメカニズムの上に成り立っているのか、あるいは、それが社会的に蓄積されてきたどのような問題によって生み出されたのかを、可能な限り客観的に説明することに努めるべきであると思います。 ――中沢新一さんの『虹の階梯』(平河出版社)はオウム真理教のネタ本であると言われていますが、実際、オウムの教団内では読まれていたのでしょうか? 野田 教団の中では麻原の書籍以外は読んではいけないのですが、『虹の階梯』だけは転がっていましたね。 ――麻原が『虹の階梯』について直接言及したことはあったのですか? 野田 それはありませんでしたが、教団の中ではネタ本として半ば公になっていたので、みんな参照はしていました。 大田 ポアという言葉をオウムに教えたのは、『虹の階梯』ですからね。 ――ネタ本を書いて、その後、オウムに関する論考を発表していた中沢新一さんの学者としての態度についてはどう思われますか? 大田 宗教学者として、近代における宗教の在り方や問題をどのように捉えるかという、学問的フレームワークを持っているべきだったと思います。しかし中沢さんの経歴を見てみると、そういった学問的フレームワークを十分に時間をかけて習得したという形跡がどこにも見当たらない。研究者としてのアイデンティティーに思い悩んだままネパールに渡り、チベット密教の修行のノウハウを身に付けて日本に帰ってきた。そしてニューアカ・ブーム(1980年代に日本の人文社会系で起こった流行)の一躍を担う人物として、広く世間から受け入れられた。こうして、一研究者としてのエートスや倫理観であるとか、学問的ディシプリンをどの段階でも身に付けることなく、ニューアカ・ブームに引きずられるように「売れっ子知識人」になってしまったのだと思います。 ――本書の中で書かれていますが、そうしたことが、中沢さんがオウム事件を総括していない理由なのでしょうか。 大田 私から見ると、中沢さんは、オウム事件を総括しようにも、そもそも「できない」のではないかと思います。中沢さんはニューアカ・ブームの波に乗って著名な知識人となり、その影響力から、非常に無自覚な仕方でオウムの運動を後押ししてしまったわけですが、そうした経緯全体を客観的に分析するための学問的フレームワークを、彼は持っていないのですから。ゆえにいつまでも、メディアからの言外の欲求に応じるような仕方で発言してしまう。そして学者という立場にありながら、その場その場の状況に流され続けてしまう。 野田 先ほど、宮台さんについても触れました。宮台さんは、ハルマゲドンを待ち望む「男の子的終末観」に対して、ブルセラ女子のように生きることが解決策だ、みたいなことを言っていましたね。
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大田俊寛氏。
大田 宮台さんはオウム的な終末論に対して、自分が生きる意味を考えたり、歴史に目的を求めたりするような主体はもう古いと訴えました。そして、自分の体を売りたいときに売ってお金を稼ぎ、欲望を叶えていくような、意味に囚われない主体というものをブルセラ少女に仮託し、こうした新しい世代によって「まったり革命」が起こると唱えた。本書の中でも指摘しましたが、こうした発想のベースにあるのは、ポストモダン的なニーチェ主義です。目的なき永劫回帰の流れに身を任せ、意味に縛られていた畜群的主体性を脱却して、超人という新しい主体として生まれ変わるという、ニーチェ主義の焼き直しであると思います。中沢さんや宮台さんの言説の背景にあるポストモダン的なニーチェ主義は、思想史的に見ればまさにオウムと同根であるということを誰かが指摘するべきでしたが、そのような人物は当時どこにもいませんでした。 ――話は戻りますが、大田さんはご著書と野田さんの本には共通性があるとおっしゃっていましたが、野田さんはどう解釈されますか? 野田 私は、死の問題について、『革命か戦争か』でもっと触れたかったのですが、どう考えていいか迷っている部分がありました。そして大田さんの本から、死の問題に関するヒントを得られたと思います。中世以前のキリスト教が支配している社会では、国家を含めたひとつのシステムの中で、死の位置づけが与えられていた。死を含めた、人生の意義づけが成立していた。しかし近代においては、宗教と死の問題が私的領域に追い込まれ、オウムのような宗教が出てきてしまった。近代の社会では、死というものを公の領域から遠ざけている一方、それに対して統一的な見解を見つけ出したいという欲望を反動的に掻き立てたところが、オウムにはあったのではないか。もちろん、中世のキリスト教社会での死の取り扱いが真実かどうかは別問題として、ひとつの基準があった。その基準がないというのは、近代におけるひとつの問題だと思います。 大田 死の問題についてですが、人間とは死者からいろいろなものを継承して生きている存在であるし、それによって社会を成り立たせている存在です。我々が話している言語だって、いま生きている人たちがすべて自分たちで創り上げたものかといえば、決してそうではない。我々より前に生きていた人たちが使っていたものを継承するという形で、言語を使い、生活して、社会を成り立たせているわけです。このように、死者との関係がどのようなものであるかということが、社会を成立させていく上で常に重要な事柄なのです。もちろん物理的に言えば、死者はもうこの世には存在しないので、死後の世界がどういうものか、死者の魂はどうなっているのかということは、宗教学の立場から赤裸々に言ってしまえば、どんなお話を作ってもその真実性を証明することはできないし、あくまでひとつの「フィクション」でしかないのですが。 ――現代では死の問題は、非常にタブー視されているというか、なかなか触れづらい問題ではありますね。 大田 しかし、奇妙なことではあるのですが、死者に関するフィクションを創設し、そのフィクションを中心に据えておかないと、人間の社会はアノミー的状況に晒されてしまう。人類は、歴史が分かる限りでは、もう何万年にもわたって、死者に関するフィクション──それはすなわち「宗教」と言っても良いかもしれませんが──を中心に、社会や歴史を作ってきたわけです。しかし、ヨーロッパというある特定の地域で宗教戦争が数多く起こってしまったために、宗教的な事柄をめぐって争うのはもう止めよう、宗教を社会の中心に据えるのは止めにしようという合意が成立した。これは歴史的に見ると、大変例外的な状態です。そしてそこから、政教分離という非常に特異な社会形成の様式が編み出され、それによって近代という時代が作られたのです。 ――日本も近代化において、政教分離原則を受け入れていますよね。 大田 私は、日本という国家は、近代という仕組みに「過剰適応」してしまったところがあるのではないかと思うのです。欧米では、さまざまな意見や議論があるにせよ、死に関わる問題は最終的にはキリスト教が担うのだという暗黙の了解がある。ところが日本では、近代が成立した歴史的経緯が捨象され、その表面的原理に過剰に適応してしまったところがある。そして、死とは何かという問題については、個々別々に勝手に考えてくださいという状況になってしまった。そこから、麻原が抱いたようなある種の幻想、社会ではとても共有できないような幻想が力を持つという状況が生まれてしまったのではないかと思います。 (構成=本多カツヒロ/後編に続く) ●のだ・なるひと 1966年生まれ。1987年東京大学物理学科在学中にオウム真理教に入信・出家。95年教団内で正悟師の地位に就く。以降、幹部として教団運営において指導的役割を果たす。2007年アーレフ代表に就任。09年3月「麻原を処刑せよ」と主張したことによりアーレフから除名。現在はNPO「みどりの家族」を立ち上げ、ホームレスの自立支援や脱会信者の支援に力を注ぐ。独自にオウム事件被害者の賠償問題にも取り組んでいる。 ●おおた・としひろ 1974年生まれ。専攻は宗教学。一橋大学社会学部卒業。東京大学大学院人文社会系研究科基礎文化研究専攻宗教学宗教史学専門分野博士課程修了。博士(文学)。現在、埼玉大学非常勤講師。著書に『グノーシス主義の思想――<父>というフィクション』(春秋社)がある。
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ジョン・ウー最新作は、男女の絆! 武侠大作『レイン・オブ・アサシン』

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ソード&ラブロマンス『レイン・オブ・アサシン』
の日本公開に先駆けて来日したジョン・ウー監督
(写真左)と脚本も手掛けたスー・チャオピン監督。
 『男たちの挽歌』(86)、『ウィンドトーカーズ』(01)、『レッドクリフ』(08、09)と義に殉じる男たちの熱き絆を描き続けるアクション映画の巨匠ジョン・ウー監督。ジョン・ウー作品はやたらと爆破シーンが多い。渦巻く爆音と飛び交う銃声の中、男たちに言葉のやりとりはいらない。固い友情で結ばれた男たちはお互いにうなずきあって、後は敵陣に踊り込むだけだ。ジョン・ウー作品における爆発=男気の発露なのだ。ハリウッドで成功を収め、子どもの頃からの夢だった『レッドクリフ』でアジアに凱旋したジョン・ウー監督が最新作『レイン・オブ・アサシン』の日本公開にあたり来日した。3.11以降、映画界の大物が東京に来ることがなくなっているだけに、ジョン・ウー監督の男気をいっそう感じさせるではないか。  新作『レイン・オブ・アサシン』は男臭さが売りのジョン・ウー作品には珍しい、ヒロインが活躍する新感覚の武侠ラブロマンス。明の時代の中国、凄腕の女殺し屋(ミシェル・ヨー)は暗殺組織から足を洗うために顔を整形し、自分の過去を知らないマジメな亭主(チョン・ウソン)と静かに暮らし始める。だが、組織が放っておくはずがなく、かつての同僚だった殺し屋たちが次々と襲い掛かる。ヒロインは果たして平和な家庭を守り切れるか? アジア屈指のアクション女優ミシェル・ヨーが貫禄たっぷりなソードアクションを披露するのに加え、殺し屋たちが実に個性的。ヒロインが抜けた後の組織に後釜として入る若い女剣士(バービー・スー)は独占欲とお色気を武器にするなど山田風太郎の忍法帖シリーズばりの名キャラクターぞろい。幽霊譚に物理学的視点を交えたホラー映画『シルク』(06)で注目を集めた台湾出身のスー・チャオピン監督のオリジナル脚本にジョン・ウー監督が惚れ込み、プロデューサーを買って出た。アクションシーンが多いため、ジョン・ウー監督も演出を手伝い、共同監督というクレジットとなっている。
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後進の育成にも力を注ぐジョン・
ウー監督。「スー監督は脚本の
オリジナル性が高く、ロマンティ
ックな場面の演出もうまい。嫉妬
を感じた(苦笑)」と評する。
 7月27日、西新宿のパークハイアットのスイートルームを訪ねると、ジョン・ウー監督がニコニコと出迎えてくれた。記者、編集者、カメラマンとそれぞれ両手でがっちりと握手を交わす。なぜ、ジョン・ウー監督は両手で握手するのか? それは、もう片方の手に拳銃や刃物は隠し持っていないよという友好の証なのだ(と思う)。とにもかくにも、世界を股に掛ける巨匠のこのフレンドリーさに、ジョン・ウー信者はさらに心を鷲掴みされるわけですよ。  『レイン・オブ・アサシン』では、ジョン・ウー監督のハリウッドでの代表作『フェイス/オフ』(97)を彷彿させるヒロインの顔の整形手術シーンがある。脚本を書いたスー・チャオピン監督によると「意識したわけではありません。でも無意識のうちにジョン・ウー作品の影響が出たのかもしれませんね」とのこと。隣に座っていたジョン・ウー監督は「この作品のテーマは"人生のやり直し"。顔を変えることが重要なのではなく、新しい人と出会うことで新しい人生を切り開いていくことが大切なんです」と言葉を繋ぐ。ビンボーな少年時代にメゲず、香港映画界で名を挙げ、さらにハリウッドでヒットメーカーになったジョン・ウー大師の言葉だけに説得力あるなぁ。
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台湾出身の俊英スー・チャオピン
監督。「ハリウッドで挑戦する
よりも、自分は手塚治虫さんのように
多彩な物語を作ること第一に考え
たい」と話す。
 人生のやり直しがテーマの本作。"人生のやり直し"願望があるのかという質問に対して、両監督はこう語った。 ジョン「今のままで大丈夫。自分の顔も性格も気に入っているので、変えなくていいと思います(笑)。今の自分は好きなことができ、良き仲間と出会えているから、不満はありません。でも、あまりにも映画が好きなもので、『あぁ、もし自分が日本人だったら、黒澤明監督に弟子入りしたのに』とか『あぁ、自分がフランス人だったら、ヌーベルバーグの巨匠たちの助監督に就いたのに』など考えたことはあります。ずっと若いころのことですよ(笑)」 スー「実は私は29歳までエンジニアの仕事をしていました。でも、どうしても映画の仕事がしたくて、30歳になる直前に仕事を辞め、映画界に飛び込んだんです。たまに以前の職場の同僚や先輩に会うことがありますが、『自分のやりたいことを若い頃にやっておけば良かった......』と愚痴っぽいことを聞くこともあります。とはいっても、新しい世界に飛び込むのは勇気がいること。たまたま自分はラッキーで、いい出会いが続いたように思いますね」
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『グリーン・ディスティニー』(00)のミシェ
ル・ヨー姐さんが活躍するソードアクション
大作。中国、韓国、台湾、香港から豪華アジア
ンスターが集結!
 お2人とも、出会いを大切にして人生を切り開き、運命をつかみ取ってきたということですな。  黒澤明の弟子になるという夢は果たせなかったジョン・ウー監督だが、「日本映画を撮るチャンスなら、これからありますよね?」と問い掛けると、大きくうなずいてみせた。 ジョン「今、2つの企画が進んでいます。今朝もスタッフとその打ち合わせをしていたんです。ひとつは武士道がテーマで、もうひとつは現代劇になりそうです。私は米国でも映画を撮ってきましたが、違う文化の国でその国の人たちと一緒に仕事をすることで、その国の文化や新しい仲間たちのことを理解するようにしているんです」
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台湾版『花より男子』でヒロインを演じたバー
ビー・スーが妖艶な女殺し屋に。他人が持って
いるものは何でも欲しくなる困ったちゃんだ。
 ジョン・ウー監督は『レッドクリフ』の前後にもハリウッドからカムバックコールが寄せられていたが、『レイン・オブ・アサシン』を優先させるためハリウッドのオファーは断ったそうだ。有望な後進のためにひと肌脱ぐとは、ジョン・ウー監督らしいではないか。今回、資金集めや撮影外のトラブル処理はすべてジョン・ウー監督が引き受けてくれたことに、24歳年下のスー・チャオピン監督は感謝しているのだった。両監督の間にも『男たちの挽歌』のマークとホーのような男の友情が芽生えているらしい。ジョン・ウー監督、ぜひ日本映画界にもその男気をもたらしてください!  今回はスー・チャオピン監督のアシストに回ったジョン・ウー監督だが、数少ない演出シーンは、娘のアンジェルス・ウーが登場する殺陣シーン。アンジェルスは映画監督になることを目指しており、そのために俳優体験を申し出たとのこと。 ジョン「本当は演出はやりたくなかったんですが、スー監督が3つの現場を同時に撮影しなくてはならなかったため、私も手伝うことになったんです。娘の前で私はひどく緊張してしまい、うまくそのシーンの演出を説明できませんでした(苦笑)。またワイヤーワークを使うため、娘が事故に遭わないか心配で心配でスタッフに『絶対に大丈夫か?』と何度も聞き直しながら、現場をウロウロしていました。娘は私に現場にいて欲しくなかったようです(笑)」
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殺し屋たちとの戦いで重傷を負ったヒロイン
に代わって、年下の夫(チョン・ウソン)
が応戦。でも、殺し屋が現われてから刀を
磨ぎ始めるのんびり屋さん。
 香港時代は仕事に追われて家庭にほとんど帰ることがなく、子どもたちに父親らしいことができなかったことをジョン・ウー監督は猛省しており、子どもの前では無条件で親バカになってしまうのだ。アクション映画の巨匠の人間臭い一面ですな。顔が父親似のアンジェルス・ウーは序盤にあっけなく殺される賞金稼ぎ役で登場するのでお見逃しなく。  最後は、スー・チャオピン監督がジョン・ウー監督の素顔をこのように評した。 スー「ジョン・ウー監督が現場でイライラしているところは見たことがありません。いつも笑顔で見守ってくれました。今回、彼と一緒に仕事をすることでいろいろと学ばせてもらいましたが、いちばんの収穫はテクニック的なことよりメンタル面についてです。ジョン・ウー作品には"義"を重んじる情の深い人物が描かれますが、実際の本人がそうなんです。映画には監督の人柄がそのまま現われるということを実感しました」
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霊験あらたかな達磨大師のミイラを巡って、
殺し屋たちは争奪戦を繰り広げる。ジョン
・ウー作品に付き物の白い鳩の代わりに、白い
小鳥が出てきます。
 最後の写真撮影もジョン・ウー監督はサービス精神旺盛に応えてくれたことは言うまでもない。巨匠との接見時間は、あっという間に過ぎていった。  『レイン・オブ・アサシン』の魅力は、ハリウッド的な軽快なストーリー展開と洗練されたアクションシーンに加え、主人公の夫婦が過去のわだかまりを捨てて、新しい絆を築いていくというアジア的な"和の心"が根底に据えてある点だ。殺し屋たちが戦いの中で、武力だけでは自分の求めているものは手に入らないことに次第に気づいていく、繊細な内面描写もハリウッド娯楽大作ではお目にかかれないもの。ハリウッド帰りのジョン・ウー監督が、手塚治虫の伝奇アクション『三つ目が通る』などを愛読していたというスー・チャオピン監督のユニークな発想力をうまく生かした作品といえそうだ。また、ジョン・ウー監督による日本映画の行方も気になるところ。国境を越えて活躍する"男気の伝道師"ジョン・ウーの行くところ、男気の花が咲く! (取材・文=長野辰次) 『レイン・オブ・アサシン』 監督/スー・チャオピン、ジョン・ウー 製作/ジョン・ウー、テレンス・チャン 脚本/スー・チャオピン 衣装/ワダ・エミ 出演/ミシェル・ヨー、チョン・ウソン、ワン・シュエチー、バービー・スー、ショーン・ユー、ケリー・リン、レオン・ダイ、グオ・チャオドン、ジャン・イーイェン、パオ・ヘイチン、ペース・ウー、リー・ゾンファン、アンジェルス・ウー 配給/ブロードメディア・スタジオ、カルチュア・パブリッシャーズ 8月27日(土)より新宿武蔵野館ほか全国ロードショー <http://www.reignassassins.com> ●ジョン・ウー 1946年中国・広州生まれ、香港出身。ジャッキー・チェン出演作『カラテ愚連隊』(73)で監督デビューする一方、コメディ映画『Mr.BOO!』シリーズのスタッフとしてキャリアを重ねる。チョウ・ユンファ主演『男たちの挽歌』(86)が大ヒット。『男たちの挽歌II』(87)、『狼 男たちの挽歌・最終章』(89)、『ハードボイルド 新・男たちの挽歌』(91)と連発し、香港ノワールなるジャンルを築く。ハリウッドに進出し、『ハード・ターゲット』(93)、『ブロークン・アロー』(96)を発表。さらにニコラス・ケイジ主演『フェイス/オフ』(97)、トム・クルーズ主演『M:I-2』(00)も大ヒットさせる。『レッドクリフPartI』(08)、『レッドクリフPartII 未来への最終決戦』(09)も関係者の予想を遥かに上回る興収結果を残した。二丁拳銃(武侠ものの場合は二刀流)をはじめとするスタイリッシュなアクションシーンから、"バイオレンスの詩人"と呼ばれる。早乙女愛が出演した『南京1937』(95)では製作を手掛けた。 ●スー・チャオピン 1970年台湾生まれ。水野美紀主演『現実の続き 夢の終わり』(00)、宮沢りえ主演『運転手の恋』(00)、ホラーオムニバス『THREE/臨死』(02)の最終話『GOING HOME』などの脚本を担当。江口洋介主演のホラーサスペンス『シルク』(06)では脚本&監督を手掛け、台湾金馬賞の最優秀作品賞、最優秀監督賞、最優秀オリジナル脚本賞にノミネート、最優秀視覚効果賞を受賞し、注目を集めた。映像作家として、『ブラック・ジャック』をはじめとする手塚治虫の漫画から大きな影響を受けたと語る。
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被災地の本当の話を知るべし! 陸前高田市長が見た「規制」という名のバカの壁とは?

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 東北地方に甚大な被害を与えた東日本大震災。発生から半年近い年月がたとうとしている今も、復興のめどは見えてこない。死者・行方不明者2,000人以上の被害を出した陸前高田市でも、がれきの撤去にはまだ数年を要するとさえ言われている。同市の戸羽太市長は、著書『被災地の本当の話をしよう -陸前高田市長が綴るあの日とこれから-』(ワニブックス)の中で、復興を阻害するさまざまな法規制の存在を冷静な視点で記している。被災地の復興をことごとく阻む壁の正体とは何なのか。これまで報道されてこなかった被災地の現実について、戸羽市長に語ってもらった。 (聞き手=浮島さとし/フリーライター) ――被災地を取材していますと、どこへ行っても「法律や条例の壁があって何もできない」といういら立ちの声を耳にします。戸羽市長もそれをずっとお感じになってきたのではないでしょうか。 戸羽市長(以下、戸羽) その繰り返しに尽きますね。たとえば、がれきの処理というのは復興へ向けた最重要課題のひとつなわけですが、現行の処理場のキャパシティー(受け入れ能力)を考えれば、すべてのがれきが片付くまでに3年はかかると言われています。そこで、陸前高田市内にがれき処理専門のプラントを作れば、自分たちの判断で今の何倍ものスピードで処理ができると考え、そのことを県に相談したら、門前払いのような形で断られました。 ――県が却下した理由は何なのですか。 戸羽 現行法に従うといろいろな手続きが必要になり、仮に許可が出ても建設までに2年はかかると言うんです。ただ、それは平時での話であって、今は緊急事態なんですね。こんな時にも手続きが一番大事なのかと。こちらも知り合いの代議士に相談をし、国会で質問をしてもらったのですが、当時の環境相も「確かに必要だ」と答弁してくれた。さぁ、これで進むかと思うと、まったく動かない。環境省は「県から聞いていない」と言い、県は「うちは伝えたけど国がウンと言わない」と言う。そんな無駄なやりとりを繰り返すうちに1カ月、2カ月が過ぎてしまう。ですから、どこが何をするかという基本的なことが、この国は全然決まっていないんですよ。 ――そういう場合に、県や国は決して代案を出しませんよね。「ダメ」「無理」で話が終わる。 戸羽 そうなんです。がれき処理に限らないことですが、プランを練り上げて持って行って「ダメ」と言われたら、我々は振り出しに戻るしかない。せめて「この部分は方法論として無理だけど、代わりにこうしたら目的は果たせますよ」と、解決の道を一緒に模索してくれたら、あっという間に決まるんです。よく国会議員の方々は「未曾有の国難」とか「千年に1度の災害」とか口にされていますが、であるなら、千年に1度の規制緩和をしてくれと、未曾有の国難に対応できる法律を早く作ってくれと、3月11日からずっとそれを言い続けてきてるわけです。 IMG_5328_.jpg ――規制緩和といえば、陸前高田市に最近、スーパーマーケットがプレハブの仮設店舗で再開したと報じられましたが、あれも農地転用(農地を農地以外の目的に転用すること。農地法により農水相か県知事の許可が必要)で大変だったと聞いていますが。 戸羽 あれはOKが出るまでに4カ月かかりました。津波で流された量販店さんが、プレハブの仮設店舗で営業を再開してくれると言ってくれまして、食料が枯渇していた時期でしたから、市としても大変ありがたいと。そこで民間の方の農地を借りてスタートしようとなったら、国から「待った」がかかった。その土地は中山間(地域等)直接支払制度が適用された農業振興地域の農地だからダメだ、と言うわけです。ようするに、補助事業で整備した農地なのだから、どうしても店を作りたいなら補助金を返還しろと。しかも農地転用にも時間がかかると。 ――復興の支援どころか邪魔をしているだけですね。何が被災者のためになるかではなく、現行法を守ることにしか関心がない。 戸羽 ふざけるなと言いたいわけですよ。食料の調達は死活問題ですよと、あくまで緊急の仮設の店舗なんですと、いくら言っても「絶対にダメ」としか言わない。それを新聞やテレビで私が言い続けているうちに世論が動き始めて、県を批判する声が高まると、ようやく4カ月たって規制を緩和してもらった。 ――メディアが報じて世論が騒がないと動かない。 戸羽 残念ながらそれが現実です。被災地が生死の境目で声を上げ続け、やっと4カ月たって動く。じゃ、あなたが4カ月前に「絶対にダメだ」と言って守っていたものは何だったのと。許可が出てうれしいというより、逆にガックリきちゃうんですよね。だからよく「一喜一憂」と言いますけど、実感としては「一喜三憂」くらいの印象ですね。 ――それと、これも著書を拝見して唖然としたのですが、ガソリンを送ってくれた省庁が「そのガソリンは自衛隊に触らせるな」と言ってきたそうですね。 戸羽 あれも本当に......。被災直後はとにかくガソリンがなくて、内閣府の東(祥三)副大臣が来られたときに相談したら、彼は行動派ですぐに担当省庁に電話してくれまして、ガソリンがドラム缶で届くことになったんです。その後、自衛隊の連隊長と私と東副大臣で現地を車で回った時に、あまりに壮絶な現場を見た副大臣は「作業も相当危険なものになる」と心配されたんですが、連隊長に「われわれがやりますから大丈夫です」と力強く言っていただき、本当にありがたいと思いまして、話はまとまったわけです。 ――それには当然ガソリンがいるわけですが。 戸羽 そうなんです。それで「副大臣の配慮で明日にもガソリンが届きますから」と連隊長にお話ししたんですが、その日の夜に担当省庁から連絡が入り、ガソリンは送るけど自衛隊にノズルを触らせるなと言うんですよ。 ――何が問題だと言うんですか。この期に及んで危険物取扱資格のことですか。 戸羽 表向きはそうなんでしょうが、簡単に言えば縦割りですよね。自衛隊は防衛省からガソリン送ってもらえ、ということでしょう。そんなこと言ってる場合じゃないんですよ。あの頃はまだ、今生きている人が明日死ぬかもしれないという極限状態で、そこを自衛隊が体を張って助けてくれると言ってくれた。やっとガソリンも届く。そう喜んでたら、その言葉ですからね。担当省庁が言うには、空になったドラム缶を自衛官が片付けるために転がすのはいいけど、ノズルで給油するのはまかりならんと。もう、あきれましたね。仕方なく、危険物取扱資格を持っている方を急きょ探したりと、もう考えられないことがたくさんありましたよ。 ――官僚も官僚ですが代議士も代議士で、現地に来て記念撮影して帰っていった人もいたとか。 戸羽 そういう方はかなりいました。職員から「○○さんという代議士が見えています」と言われて行ってみると、初めてお会いする方が「市長、一緒に写真を撮ってくれ」と。私とのツーショット撮影が終わったら「よし行くぞ」と帰ってしまった。被災地の現状なんて何にも聞かない。資料一枚持っていかない。中には、破壊された庁舎の前でVサインして記念撮影して帰られた東北出身の議員さんもおられますよ。 ――そういった信じられないバカげたことが、3月の震災以来、被災地でずっと起き続けてきたということが、著書を読むと嫌と言うほどわかります。 戸羽 もちろん、一所懸命な代議士さんもおられますし、フレキシブルに対応していただいた省庁もあります。東北地方整備局(国土交通省の出先機関)の整備局長さんからは、「(大畠国土交通)大臣から何でも対応しろと言われていますから、要望を言ってください」と言っていただき、「本当に何でもいいですか、国交省の業務と関連性がないことなんですが」と聞くと「大丈夫です」と。 ――国交省と関係ない何をお願いしたのですか。 戸羽 その時は棺桶をお願いしたんです。当時はご遺体が学校の体育館に満杯の状態でして。棺桶なんて全然ないので、火葬の際にベニヤの上にご遺体を寝かせ、段ボールで囲むというような状態でした。ご遺族も辛かったろうと思います(編注:戸羽市長も震災で奥様を亡くされている)。 ――整備局は棺桶を手配してくれたのですか。 戸羽 すぐにしてくれましたね。本当にありがたかったです。ですから、すべての議員さんや関係機関をどうこう言うつもりはないんです。ただ、あまりにひどい話が多過ぎるというのも事実なんです。私がこういった批判的な意見を言うと新聞に出ますよね。そうすると記事のコピー持って県の人間が飛んでくるんです。こんなこと言っちゃ困ると。でも、残念なことに言わないと何も変わらないんですよね。 ――そうした中で、復興までの目標年限を、市長は8年と区切りました。 戸羽 もちろん8年で完全に復興するなんて思ってません。とにかく家や職場、交通網がある程度回復し、なんとか普通には住めるという次元までに8年というのが目標です。早いもので、震災からもうすぐ半年がたちますが、がれきがほんの少し減っただけで、事態は何も変わっていないんです。そのことを皆さんに知っていただきたい。これから徐々に報道も減ってくると思いますが、被災地の存在をどうか忘れずに、これからも見守っていただきたいというのが私たちの強い思いです。 ●とば・ふとし 1965年、神奈川県生まれ。東京都町田市育ち。1995年から陸前高田市議を務め、07年に助役に就任。11年2月の市長選に初出馬、初当選を果たす。市長就任の直後に東日本大震災が発生。陸前高田市は甚大な津波被害を受けた。
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復興報道の影に隠れ、いまだ埋まらぬ「メジャー被災地」と「マイナー被災地」の格差

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七夕でにぎわう石巻市内の様子。
 東日本大震災から5カ月が経過した被災地では数々のイベントが開催され、注目が集まっている。中でも、"メジャー被災地"としてその名を全国に知られるようになったのが、宮城県石巻市だ。この夏はディズニーパレードなど、地元自治体以外も協力した大きなイベントも企画された。  このような復興関連のニュース以外でも、震災発生直後から「石巻」という言葉を見聞きすることが多かったのではないだろうか。これまで渡哲也や舘ひろしをはじめとする石原軍団など、多くの芸能人が慰問のために石巻を訪れたと報道されている。なぜマスコミ出現率、つまり著名人の訪問率が高いのだろうか。その最大の理由は交通の利便性にある。  仙台から石巻は、主要幹線道路を走れば1時間以内の距離だ。震災発生後も比較的入りやすいエリアであったため早くからマスコミに取り上げられ、メジャー被災地となった。  このような被災地は他にもある。たとえば釜石、陸前高田、気仙沼、南三陸、南相馬などは震災後に知名度が全国区になっている。こうしたメジャー化した被災地では、救助や支援の車両を通すために道路が整備され、移動ルートが確保されたためにスムーズな移動が可能となり、早くからボランティアや支援を受け入れる土壌ができ上がっていた。 P1020236.jpg  そのため石巻市には、多くの芸能人たちが支援に訪れることができた。被害の大きな石巻に東京から日帰りで往復できるとなれば、現実的な選択肢となるのだろう。もちろん、何らかの形で復興を支援したいという芸能人たちの気持ちは本物であろうが、芸能人のスケジュールと被災地への移動時間を考えて妥協点となっていたことも否定できない。  一方で、芸能人のボランティア活動は地元の人にはどのように映っているのだろうか。石巻市に暮らす30代の男性は次のように語る。 「芸能人の慰問って言っても、避難所とか炊き出しの場所でしょ。すでに自宅で生活を始めている人にとってはあまり関係ないんだよね」  この男性に限らず、芸能人が訪問することに特別な意味を見出していない被災者も少なくない。それでも多くの人たちは「石巻に注目が集まるのはうれしい」と感謝の言葉を口にする。だが、それと同時に、一向に埋まらない復興格差について心配する声も多い。 「石巻が注目されるのはありがたいことだと思っています。でも、せっかく来ていただくならもっとほかの町に行ってもらって、現状をもっと伝えてもらいたいです。こんな言い方をするのも図々しいけど、今は支援を受けないとすべてが回っていかないから」  これは石巻で被災した40代男性のコメントだが、同様の意見は多くの人から聞かれた。この男性はいまだに安定した仕事に就くことができず、最低限の生活費を稼ぐことすら難しいという。避難所から仮設住宅に入ることができても、その先の生活がまったく見えない状況なのだ。 P1020114.jpg  実際、メジャー被災地であってもまだまだ恵まれた状況とは言えない。石巻市内でも、いまだに電気ガス水道などのインフラが十分に整っていないエリアは多い。これはほかのメジャー被災地でも同じことが言える。  こうした現状と今後の動きについて、どのような対策が取られていくのか。多忙な職務の間を縫って被災体験と被災地のこれからについてまとめた『被災地の本当の話をしよう』(ワニブックス)を出版した陸前高田市の戸羽市長は、「周辺の自治体と連携を始めています。とくに環境エネルギー分野では、周辺自治体との連携は不可欠ですね」と、今後の復興プランについて言及している。ゼロになったからこそできることを模索する姿勢は、今後の被災地にとって必要だろう。  だが、戸羽市長は被災地の現状を指して「まだ、何も始まっていない」と言う。瓦礫が回収され仮設住宅が建ち避難所が解体されたが、これではまだ復興に向けて前進したとは言えない。復興格差を埋めるために行政や被災者がどうすべきなのか、いまだ模索中なのが現状なのである。メジャー被災地ですらこの状況なのだから、マイナー被災地は復興へのスタートラインにすら立てていないことになる。  この格差がマスコミにより作られた要素が多少でもあるのだとしたら、いま注目が集まっていないエリアを知らしめるのもマスコミの役割だろう。ジャーナリストの端くれとして活動している筆者としては、そう考えざるを得ない。問題提起すると同時に現状を伝え続けることにこそ、マスコミの役割がある。これは、多くの被災地の人々の願いでもある。  この夏に行われたパレードや各地の祭りなどのイベントだけを注目するのではなく、復興が進む一部の地域といまだ復興の兆しすら見えない地域があり、先の見えない生活、現実的に必要なお金の心配がつきまとって気を抜く間もない人たちがまだ多くいることを知ってもらいたい。そして、私たちにできる復興支援のひとつに「被災地を忘れない」ことがあるのを心に留めておいてもらいたい。 (取材・文=丸山ゴンザレス/http://ameblo.jp/maruyamagonzaresu/
東日本大震災 宮城・石巻沿岸部の記録 DVD 忘れない。 amazon_associate_logo.jpg
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対価は犠牲者40名の人命!? 安全を犠牲に2,000億円を不正蓄財した鉄道部高官

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ネット上にアップされた張前運輸局長が
ロサンゼルスに所有するとされる豪邸。
 中国浙江省温州市で発生した高速鉄道事故の賠償交渉で、当局は、40人とされる犠牲者ひとりあたりに約1,100万円の賠償金を提示した。 これは当初提示された賠償額より大幅に増額されたもので、中国では死亡事故の賠償金としては異例の高額だ。事実、多くの遺族がこの金額で合意しつつある。1,100万円といえば、中国の平均年収のおよそ23倍。これがこの国の命の値段というわけなのだろう。  ところが、鉄道部高官が乗客の安全を引き換えに肥やした私腹と比べれば、この金額はあまりにも安い。  香港紙「東方日報」は、汚職などの容疑で今年3月に停職処分を受けている前鉄道部運輸局長の張曙光が、米国やスイスに2,000億円の不正蓄財を行っていたこと伝えた。 「中国高速鉄道の礎を築いた人物」とも評された張前運輸局長は、前鉄道部部長、劉志軍の右腕として、1999年以降、国内外のメーカーから多額の賄賂を受け取っていという。  劉前部長は、新幹線の技術を提供した川崎重工の「高速化を急ぎすぎてはいけない」との忠告を無視し「最高時速の大幅な引き上げが必要」と強引に開発を進めた人物だ。ちなみに劉前部長も、入札に際して業者から約260億円の賄賂を受け取った容疑で、今年2月に逮捕されている。  つまり、彼らが鉄道部の運営能力に見合わない技術や運行スピードを次々と導入すればするほど、彼らは肥える仕組みになっていたのだ。そして彼らが残した負の遺産は、40名の人命によって清算されることとなったのだ。  乗客の安全を犠牲に2,000億円蓄財した鉄道部高官がいる一方、そのことによって起きたとも言える事故の犠牲者40人分の賠償額を合わせても4億4,000万円という矛盾。この国が抱えるひずみを如実に表す数字である。 (文=高田信人)
なぜ起こる鉄道事故 結局、カネかよ。 amazon_associate_logo.jpg
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