6,000円で自転車盗難事件を捏造した神奈川県警 ノルマ至上主義の呆れた実態

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神奈川県警HP
 神奈川県警は26日、自転車盗難事件を捏造し容疑者を検挙したとの虚偽の捜査書類を作成したとして、中原署地域課巡査の仲田正彦容疑者を虚偽有印公文書作成などの容疑で逮捕した。この事件は、かねてから取り沙汰されてきた警察のノルマ至上主義を図らずも露呈したものだと言えるだろう。  県警によると、仲田容疑者は友人の男性2人に犯人役と被害者役を依頼し、昨年9月に犯人役の男性に被害者役の男性が所有する自転車を無灯火で運転させて職務質問した上で、同署へ連行して虚偽の供述調書を作成した疑いが持たれている。犯人役の男性は逮捕や書類送検をしない微罪処分となっており、仲田容疑者から報酬として現金6,000円を渡されたという。まさに"捏造"と言える犯行で、仲田容疑者は容疑を認め「検挙した実績が欲しかった」と語っているというが、そこまでしなければならないほど警察のノルマは厳しいのか。 「警察はノルマの存在を絶対に認めようとしませんが、交通取り締まりに厳しいノルマがあるのは厳然たる事実です。過去に神奈川県警の交通取り締まりノルマの数字が発覚したことがあるのですが、そこには『取り締まりの目安』という名目で、"本部指定"や"署指定"によるさまざまな項目の交通取り締まりノルマの数字があったんです。たとえば05年で見ると、駐車違反の検挙目安が20万0,500件に対して実績が20万3,825件、信号無視が2万3,780件の目安に対して実績が2万2,695件と、どの項目も目安に近い数字の検挙が行われています。県警は『目安だ』と強弁しますが、これはノルマ以外の何物でもないでしょう。この背景には、反則金の徴収ノルマや捜査報償費による組織的な裏金づくりがあるのは言うまでもありません」(県警記者クラブ所属の新聞社社会部記者)  無灯火自転車の取り締りは、昨今相次ぐ自転車の暴走や歩行者との接触事故などによるところが大きい。意外と知られていないが、自転車の夜間無灯火には5万円以下の罰金が科せられる。頻発する自転車事故を防ぐためにも無灯火自転車の取り締りが必要なのは言うまでもないのだが、それとは別に今回の事件のように自転車盗難の捜査という側面もある。 「今回の事件が起きた昨年9月も取り締まり強化期間だったそうですが、無灯火自転車を見つけると片っ端から呼び止め職質をかけて人を泥棒扱いするもんだから、市民の不興を買っています。そもそも、神奈川県警というのは全国でも群を抜いて不祥事の多い警察で、特にこの20年は酷く、藤沢北署の巡査長が3年間にわたり交通違反の10代女性を取調室に呼び出してはレイプを繰り返したり、鎌倉署の巡査長が制服着用のまま公務中に空き巣を行うという日本警察史上初の犯罪を起こしたりと、普通ではあり得ない不祥事が多発しているんです。あまりの腐敗ぶりに、県警の不正を監視する市民団体が設立されたことがあるほど」(同社会部記者)  もちろん、ノルマそのものが悪いわけではない。捜査の効果を上げるためにも一定の目標は必要だ。だが、そのノルマも実情にそぐわないほどの高い目標値であったりするなら、安全や犯罪防止ではなくノルマ達成が目的化することにならないだろうか。ましてや、それが不祥事体質の神奈川県警だとしたら......。今回の事件が物語るように、その答えは火を見るより明らかである。 (文=牧隆文)
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【シリーズ・震災遺体(下)】震災死を受け入れられない遺族

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はこちらから  岩手県釜石市にある日蓮宗の寺・仙寿院。ここの本堂の裏には、約百個の骨壺が収められている。東日本大震災によって亡くなった人々の遺骨だ。被災地には、身元の分かっていない遺骨や、墓が流されて埋められなくなった遺骨が数多くある。仙寿院の住職・芝﨑惠應(55歳)はそれらの遺骨を無償で預かっているのだ。  震災からもうすぐ1年。震災は風化しつつあるが、遺された家族はどんな心情でいるのか。発生直後の遺体安置所や遺体捜索の状況を活写したノンフィクション『遺体――震災、津波の果てに』(石井光太著、新潮社)がベストセラーになり話題を呼んでいる。その舞台となった釜石市における遺族たちの「その後」に迫った。  現在、仙寿院の本堂の裏に並べられた骨壺には、遺骨の入っていないものが少なからずある。  骨壺の中に収められているのは本人の遺影や思い出の品だ。あの日、津波に流されたまま見つかっておらず、遺された家族がせめてもの気持ちとして遺影を入れてお寺に収めているのである。  住職の芝崎は震災発生当初から遺体安置所や火葬場などで鎮魂に関する仕事をしてきた人物だ。『遺体』という本の中でも遺体安置所でずっとお経を読んでいたことが記されている。いわば、震災のすべてを見てきた人物だ。その彼は次のように語る。 「家族が肉親の死を受け入れるには、遺骨が必要です。しかし、未だに多くの遺体が海に沈んだままなのです。遺された家族は懸命に死を受けようとして遺影をつくったり、空の骨壺を用意したりします。しかし、なかなか死を受け入れることはできないのです」  芝崎はそう言って「遺骨を持ってみてください」と言った。その遺骨は、まるで中身の入っていない紙箱のように軽かった。遺影を収めたところで重さを感じることはできないのだろう。 「こんなに軽い骨壺を持ったとしても、肉親の死を認められるはずがありません。そのため、家族の中で意見が分裂してしまうケースもあるのです。たとえば、夫は行方不明の子供の死をいい加減に認めようと思い、息子の葬儀をしたいと思う。そして遺影しか入っていない骨壺を用意して寺へ相談に行く。一方、妻は行方不明の息子はどこかで生きているのではないかと思っている。だから、夫が葬儀をしようとしていることについては猛反対する。こうしたことが夫婦の仲を引き裂いてしまうこともあるのです。遺族は今そうした段階に差し掛かっており、苦しんでいると言ってもいいでしょう」  多くの遺体はまだ海底に沈んでいる。たとえ、見つかったとしても、今は部分遺体であることがほとんどだ。腕や足しか見つからないのである。こうなると、DNA鑑定をしたところで、はっきりとした結果が出るとは限らない。  では、遺体さえ見つかれば家族は死を受け入れられるのかといえば、決してそういうわけではない。遺体発見後も、また別の苦悩が家族を襲うこともある。  釜石市の消防団に、福永勝雄氏(当時・66歳)という人物がいた。地震が町を襲った時、福永氏は自宅にいたが、慌てて外出先から帰って来た妻を残して消防署へ向かった。消防団の副団長であったため、指示を出動しなければならなかったのだ。  津波が釜石の町に襲いかかる1、2分前、消防署の署員や消防団員たちは入り口の前に集まっていた。全員がふと気がついた時、なぜかその場にいた福永は姿を消していた。車に乗ってどこかへ行ったのである。  その瞬間、津波が町を襲った。消防士や消防団員は建物の階段を駆け上がってかろうじて助かったが、町を車で走っていた福永は津波に流されたらしく行方不明になった。  そして震災から約2カ月が経った日、福永は乗っていた車ごと遺体となって発見されたのである。  遺体が発見された時、消防士や消防団員たちは次のように語った。 「福永さんは、きっと津波がくると考えて水門を閉めに行ったにちがいない。それで死んでしまったんだ。彼は町を守ろうとして死んだのだ」  そして彼らは町の恩人として福永に感謝し、その話は英雄談として町中に広まった。  だが、妻の安子さん(62歳)の思いは異なる。遺体が見つかった直後に訪れると、妻は黒い喪服を着て現れた。  仏壇の前には夫の遺体と一緒に見つかった腕時計や財布が砂だらけになって置かれていた。いくら洗っても落ちない汚れは、津波の激しさを物語っている。  妻の安子さんは次のように言った。 「消防団の方々は、夫が水門を閉めに行って命を落としたと言っています。しかし、私はどうしてもそう思えないのです。夫は、私たち家族のことが心配になって帰ろうとしたのではないでしょうか。家族のために死んだ。そう思わなければ、私のような家族が浮かばれないのです」  誰一人として、津波が来る直前に福永が消防署を離れた理由はわからない。だが、消防団員たちは「きっと町のために水門を閉めに行って死んだのだ」と言いたがる。福永を消防団や町の英雄にしたがるのだ。  妻は違う。妻は夫が町の人ではなく、自分のために死んだと受け止めたい。だからこそ「家族を助けに帰ろうとした」と思いたいのだ。  何が正しいわけではない。一人の死を受け入れるには、それを支えるだけの「物語」がなければならないのだ。そしてそれこそが遺された者たちにはもっとも必要になる。それがあって初めて死を受け入れることができるのだ。  だが、福永は未だに消防団の中で英雄として祀られているらしい。『岩手日報』の記事によれば、11月14日に盛岡で消防協会主催の慰霊祭が行われたらしい。岩手県では消防関係者98人が命を落としている。その魂を鎮める会が催されたのである。  遺族430名が参列する中、福永の妻安子さんが遺族代表として感謝の言葉を述べたという。それは次のようなものだった。 「はんてんを着て家を飛び出した後ろ姿が目に焼き付いている。命を張って地域を守ってくれた故人を誇りに思う」(『岩手日報』)  安子さんは地域のためではなく、家族のために命を落としたと思いたかったはずだ。だが、消防協会が主催する慰霊祭では、その思いを殺して「地域のため」と言わなければならなかったのではないか。  そう思うと、遺された人々がいまだに苦しみながら、肉親の死と向かい合っていることがわかるのである。 ●作家・石井光太ら、「震災遺体の現実」を語る【ダイジェスト】 http://www.youtube.com/watch?v=A5btjESRWQY
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巨人軍史上最悪の騒動から浮かび上がる最後の独裁者・ナベツネの実像

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『別冊宝島1846 渡辺恒雄の虚像と実像』
(宝島社)
 日本一の人気球団・読売ジャイアンツを舞台にした平成最大のお家騒動。闘いのステージは、双方が提訴し合うという泥沼の法廷合戦へ。東京地裁はこのほど、第一回口頭弁論の期日を2月2日に指定した。ここ最近、やや沈静化していたかに見えた「清武の乱」への社会的注目度も、裁判の進行とともに再び高まることになりそうだ。  訴訟の争点について、企業法務に詳しいA弁護士は「争点はただ一点。清武英利氏の解任行為に正当な理由があったかどうか」と説明する。  訴訟内容を簡単に整理すると、読売側が訴訟の根拠としているのは、清武氏の行動が取締役として「忠実義務」と「善管注意義務」に違反しており、従って解任は妥当だというもの。一方、清武氏側は解任に「正当な理由」はないと主張し、ゆえに本来得られていたはずの報酬と、読売側からの反論で傷つけられた名誉に対する慰謝料として、合わせて約6,000万円を請求するというものだ。A弁護士が言う。 「今回のように双方が提訴し合う場合は、二つの訴訟を別々にやると大変なので、併合審理といって一つの裁判として進めます。本来なら立証責任は原告側にありますが、今回は双方が提訴しているので、こういう場合は裁判官が争点を整理して、『あなたのほうがこれを立証しなさい』と裁判の方向を決めます。一般に読売側のほうが社会的立場は強いですから、司法における弱者救済の原則からも、裁判所は読売側に立証責任を求める形になるでしょう」  つまり読売側にすれば、これまでの清武氏の言動が、取締役の忠実義務や善管注意義務に違反し、これが渡辺恒雄会長や読売グループの名誉を毀損したと立証できれば、「解任の正当性」が証明できるということになる。取締役解任の正当性が認められた判例では、企業情報を顔見知りの記者に漏らした取締役や、職責に耐えられないほど心身に支障をきたしていた役員などの例がある。こうした事例と比較した場合、今回の清武氏の行動は「正当性」という点でどう判断されるのか。A弁護士が続ける。 「読売側が解任の正当性を立証するのは、一般が思うほど簡単ではない。たとえば、江川卓入閣の暴露が営業上の秘密にあたるかは、その情報が、【1】非公知で、【2】有用で、【3】秘密事項として管理されていた、という『営業秘密の3要素』を満たしている必要があります。渡辺会長が当初言っていたような『原監督と話題にあがった程度』とか『正式ではない話』ならば、営業上の秘密とまでは認定されない可能性もあります」  ということは、逆に考えれば「江川入閣」が営業上の秘密であることを立証するには、渡辺会長や原辰徳監督、江川氏らが、この件をどれほど現実的に認識していたかを、法廷で証明する必要に迫られる可能性もある。となれば、原監督や江川氏らが証人として出廷を求められる必然性は十分にある。この点を最も危惧するのは、ジャーナリストの大谷昭宏氏だ。 「争点のキーパーソンが原監督や江川氏となれば、本人に尋問しなければ裁判にならない。となれば、裁判所としても一回は法廷に呼んで話を聞こう、となる。そうなれば一番恥をかくのは読売側で、一番の被害者は野球ファンです。シーズン中に監督とヘッドコーチが法廷に呼ばれるなんて前代未聞。どこがファンを大事にしているんだ、という話にもなります。だから、実は読売は、訴訟を起こして逆に窮地に追い込まれている面もあるわけです」  さらに問われるのは、監督らが出廷する可能性までを、渡辺会長が想定していたのかという点だ。もし想定していたのであれば、ファン無視の許されざる暴挙であり、仮に想定できていなかったのであれば、もはや老害と言われてもしかたがないだろう。  また、読売側が今回、先に法廷闘争に持ち込んだ手法を、法律論とは別に企業のあり方として疑問を呈するのは、企業コンサルティング会社(株)ブランド・コアCEOで武蔵野学院大学客員教授の福留憲治氏だ。 「多くの弁護士は、相談を受ければ弁護費用を稼ぐために裁判を勧めるでしょうが、言うまでもなく訴状の内容はすべて公開情報になりますから、訴訟が長引けばさまざまな事実が表に出てきて、場合によっては読売グループのイメージが失墜する可能性も考えられます」  とはいえ、今回の裁判が清武氏側にとって厳しいというのは多くの識者の一致した意見。『菊とバット』(文藝春秋)などの著書で知られるジャーナリストのロバート・ホワイティング氏は、清武氏には一部同情しながらも、主張にはやや無理があると考えている。 「読売ホールディングスは巨人軍の100%親会社ですから、その親会社の役員が子会社の事業活動に口をはさむのは、どの会社でもあることです。いいか悪いかは別にして、これを重大なコンプライアンス違反と裁判で主張するのは無理があるでしょう」  また、別の角度から「ナベツネ有利」を予測するのは先のA弁護士だ。 「渡辺さんが今回依頼した『TMI総合法律事務所』(東京都港区)は、元最高裁判事が3名も天下りをして顧問弁護士となっている大手事務所。裁判所が公平だなんていうのは幻想で、力のある事務所に手心をくわえる判決が多いというのは公然の事実です。この時点で『ナベツネの勝ちだな』とウワサしている同業者は多いですよ(笑)」  ともあれ、渡辺会長が原監督らの出廷も顧みずに提訴に突き進んだ行為を、暴挙と批判する声は多い。たとえ勝訴しても得られるものは少なく、リスクはあまりに大きい。「最後の独裁者」が、晩節を汚してまで求めているものは一体何なのか。着地点はもはや、本人にすら見えていないのかもしれない。 (文=浮島さとし) ●関連書籍/『別冊宝島1846 渡辺恒雄の虚像と実像』 <http://tkj.jp/book?cd=20184601>
渡辺恒雄の虚像と実像 (別冊宝島) 裸の王様? amazon_associate_logo.jpg
【関連記事】 ・巨人・清武問題「飼い犬に手を噛まれたナベツネ」ファン不在の泥仕合はいつまで続くのか巨人クーデターで改めて糾弾される"悪役"ナベツネ マスコミには優しかった!?「独裁者はどっちだ」巨人軍クーデター騒動 世間を味方につけた清武代表に夕刊各紙が総攻撃

巨人軍史上最悪の騒動から浮かび上がる最後の独裁者・ナベツネの実像


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『別冊宝島1846 渡辺恒雄の虚像と実像』
(宝島社)
 日本一の人気球団・読売ジャイアンツを舞台にした平成最大のお家騒動。闘いのステージは、双方が提訴し合うという泥沼の法廷合戦へ。東京地裁はこのほど、第一回口頭弁論の期日を2月2日に指定した。ここ最近、やや沈静化していたかに見えた「清武の乱」への社会的注目度も、裁判の進行とともに再び高まることになりそうだ。  訴訟の争点について、企業法務に詳しいA弁護士は「争点はただ一点。清武英利氏の解任行為に正当な理由があったかどうか」と説明する。  訴訟内容を簡単に整理すると、読売側が訴訟の根拠としているのは、清武氏の行動が取締役として「忠実義務」と「善管注意義務」に違反しており、従って解任は妥当だというもの。一方、清武氏側は解任に「正当な理由」はないと主張し、ゆえに本来得られていたはずの報酬と、読売側からの反論で傷つけられた名誉に対する慰謝料として、合わせて約6,000万円を請求するというものだ。A弁護士が言う。 「今回のように双方が提訴し合う場合は、二つの訴訟を別々にやると大変なので、併合審理といって一つの裁判として進めます。本来なら立証責任は原告側にありますが、今回は双方が提訴しているので、こういう場合は裁判官が争点を整理して、『あなたのほうがこれを立証しなさい』と裁判の方向を決めます。一般に読売側のほうが社会的立場は強いですから、司法における弱者救済の原則からも、裁判所は読売側に立証責任を求める形になるでしょう」  つまり読売側にすれば、これまでの清武氏の言動が、取締役の忠実義務や善管注意義務に違反し、これが渡辺恒雄会長や読売グループの名誉を毀損したと立証できれば、「解任の正当性」が証明できるということになる。取締役解任の正当性が認められた判例では、企業情報を顔見知りの記者に漏らした取締役や、職責に耐えられないほど心身に支障をきたしていた役員などの例がある。こうした事例と比較した場合、今回の清武氏の行動は「正当性」という点でどう判断されるのか。A弁護士が続ける。 「読売側が解任の正当性を立証するのは、一般が思うほど簡単ではない。たとえば、江川卓入閣の暴露が営業上の秘密にあたるかは、その情報が、【1】非公知で、【2】有用で、【3】秘密事項として管理されていた、という『営業秘密の3要素』を満たしている必要があります。渡辺会長が当初言っていたような『原監督と話題にあがった程度』とか『正式ではない話』ならば、営業上の秘密とまでは認定されない可能性もあります」  ということは、逆に考えれば「江川入閣」が営業上の秘密であることを立証するには、渡辺会長や原辰徳監督、江川氏らが、この件をどれほど現実的に認識していたかを、法廷で証明する必要に迫られる可能性もある。となれば、原監督や江川氏らが証人として出廷を求められる必然性は十分にある。この点を最も危惧するのは、ジャーナリストの大谷昭宏氏だ。 「争点のキーパーソンが原監督や江川氏となれば、本人に尋問しなければ裁判にならない。となれば、裁判所としても一回は法廷に呼んで話を聞こう、となる。そうなれば一番恥をかくのは読売側で、一番の被害者は野球ファンです。シーズン中に監督とヘッドコーチが法廷に呼ばれるなんて前代未聞。どこがファンを大事にしているんだ、という話にもなります。だから、実は読売は、訴訟を起こして逆に窮地に追い込まれている面もあるわけです」  さらに問われるのは、監督らが出廷する可能性までを、渡辺会長が想定していたのかという点だ。もし想定していたのであれば、ファン無視の許されざる暴挙であり、仮に想定できていなかったのであれば、もはや老害と言われてもしかたがないだろう。  また、読売側が今回、先に法廷闘争に持ち込んだ手法を、法律論とは別に企業のあり方として疑問を呈するのは、企業コンサルティング会社(株)ブランド・コアCEOで武蔵野学院大学客員教授の福留憲治氏だ。 「多くの弁護士は、相談を受ければ弁護費用を稼ぐために裁判を勧めるでしょうが、言うまでもなく訴状の内容はすべて公開情報になりますから、訴訟が長引けばさまざまな事実が表に出てきて、場合によっては読売グループのイメージが失墜する可能性も考えられます」  とはいえ、今回の裁判が清武氏側にとって厳しいというのは多くの識者の一致した意見。『菊とバット』(文藝春秋)などの著書で知られるジャーナリストのロバート・ホワイティング氏は、清武氏には一部同情しながらも、主張にはやや無理があると考えている。 「読売ホールディングスは巨人軍の100%親会社ですから、その親会社の役員が子会社の事業活動に口をはさむのは、どの会社でもあることです。いいか悪いかは別にして、これを重大なコンプライアンス違反と裁判で主張するのは無理があるでしょう」  また、別の角度から「ナベツネ有利」を予測するのは先のA弁護士だ。 「渡辺さんが今回依頼した『TMI総合法律事務所』(東京都港区)は、元最高裁判事が3名も天下りをして顧問弁護士となっている大手事務所。裁判所が公平だなんていうのは幻想で、力のある事務所に手心をくわえる判決が多いというのは公然の事実です。この時点で『ナベツネの勝ちだな』とウワサしている同業者は多いですよ(笑)」  ともあれ、渡辺会長が原監督らの出廷も顧みずに提訴に突き進んだ行為を、暴挙と批判する声は多い。たとえ勝訴しても得られるものは少なく、リスクはあまりに大きい。「最後の独裁者」が、晩節を汚してまで求めているものは一体何なのか。着地点はもはや、本人にすら見えていないのかもしれない。 (文=浮島さとし) ●関連書籍/『別冊宝島1846 渡辺恒雄の虚像と実像』 <http://tkj.jp/book?cd=20184601>
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「今なら摘発されない?」iPad商標訴訟にアップル敗訴の広東省で盗作品が増殖中

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 今月13日、中国大陸でもiPhone4Sが販売開始を迎えた。販売日当日には国内5カ所のアップルストアには、夜を徹しての長蛇の列が作られ、客と警官隊が衝突する騒ぎも見られた。また、転売業者による買い占めが相次いだため、アップルストアでは販売を無期限停止する措置をとらざるを得ない事態となり、北京の店舗では怒った客が生卵を投げつける一幕もあった。  中国大陸でもまさに旋風を巻き起こしているアップルだが、一方では頭の痛い問題に直面している。  アップルは、iPadの商標権を主張する広東省深セン市のIT企業「唯冠グループ」と訴訟合戦を展開してきた。しかし昨年12月、深セン市の地方裁判所で出された判決は、アップル側の主張を退けるものであった。    本家本元が商標を横取りされるケースは、『クレヨンしんちゃん』をはじめ中国では枚挙にいとまがないが、iPadの場合、その人気の高さゆえ、これまでに類を見ない大きな弊害が出始めているという。 「深セン市にある広東省最大の電気街、華強北路にはアップル製品の山寨(パクリ製 品)が以前から溢れていましたが、見かけはiPadのもろパクリでも、『lPad iRad』といったように、商標は微妙に変えられていたんです。これはパクリ王国といわれる中国であっても、商標法違反に対しては取り締まりが意外と厳しかったから。『iPad』のロゴが書かれてある商品も中にはありましたが、店頭ではその部分に黒いシールが張られ、隠されていたんです。ところがアップル敗訴の判決以降、iPadと堂々と書かれた商品が並んでいる。iPadの商標の帰属が確定していない現在なら、摘発されることもないと踏んでのことでしょう」(現地在住ライター)  ちなみに唯冠グループは、商標を無断で使用されたことに対する損害賠償として、100億元(約 1,250億円)をアップルに請求する考えを示しており、アップルはiPadを改名せざるを得ない可能性も、現実味を帯び始めている。 (文=高田信人)
中国商標実務基礎 ワル知恵満載? amazon_associate_logo.jpg
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マスコミも警察も対応に苦慮する東京・昭島の"局部切断事件"の真相とは──

 「平成の阿部定事件」として過熱する東京・昭島市で起きた"局部切断事件"。今月16日午前、東京・昭島市のタクシー運転手・矢口行さん(49)が自宅アパートで局部を切り取られた遺体で発見された。遺体には首や胸に刺し傷があり、ベッドのそばには切り取られた局部が落ちていた。凶器とみられる文化包丁は隣室にあった。  同アパートには交際相手とみられる中年女性が頻繁に出入りしており、誰もが"痴情のもつれ"による猟奇殺人と考えた。  ところが、遺体には何者かに襲われ、抵抗したときにできる傷の「防御創」もなければ、遺体周辺に矢口さん以外の足跡もなし......。さらにこのほど、矢口さんの体から覚醒剤の成分が検出され、腕には複数の注射跡も見つかったことから、当局は「覚醒剤で痛覚が麻痺した状態での突発的な自殺」という線で捜査を進めているが、腹、首を刺し、さらには局部までも自分で切り取れるものなのか......。  医療関係者によると「頚動脈を切ったら5秒以内に体に力が入らなくなる。常識的には考えられない」。一方、一般紙の社会部記者は「やはり警察も出入りしていた中年女性が何らかの手がかりを知っていると考え、捜査を進めている」と話すも「今回の事件は特質性が極めて高いので、うかつなことは我々も警察もいえない」と口をそろえる。  というのも、中年女性は精神病院への通院歴があり、近所でも奇行が頻繁に目撃されているからだ。 「アパートの部屋から近隣住民にロケット花火をぶっ放したり、実家の車庫にソファーとちゃぶ台を運んで生活していたり、警察の任意同行の際にはなぜか原付のヘルメットを被ったままだったり......。我々も記事にしていいか苦慮しているんです」(同記者)  亡くなった矢口さんもまた「深夜に意味不明な言葉を叫んでいた」などエキセントリックな言動がしばしば目撃されている。  週刊誌の事件記者は「中年女性とはケンカが絶えなかったそうですが、一方で肉体的にも精神的にも依存し合っていた。最近、局部からの出血が少ないことが判明し、死後に切断されたものである可能性が出てきた。当然、中年女性が被疑者として扱われています。ただ、ただ......これは極論ですが、部屋を訪れたら彼氏が大量の血を流して死んでいた。普通の女性なら悲鳴でも上げますが、彼女はそれより『局部を切ってみよう』という好奇心が勝った。今回の事件に関しては、こんな筋読みもまかり通ってしまうんです」と話す。  「誰が?」「何のために?」という動機の解明は事件に不可欠だが、時にはそれすらも超越する事件が存在する。当局とマスコミはその扱いに頭を悩ませているという。
阿部定正伝 どっちにしてもこえーよ。 amazon_associate_logo.jpg
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【シリーズ・震災遺体(中)】震災後約1年 今見つかるのは部分遺体ばかり

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はこちらから  東日本大震災における犠牲者は、死者・行方不明者合わせて約2万人の人々が犠牲になった。  だが、そのうち身元不明者数は3,000人以上にのぼる。つまり、犠牲者のうち5人に1人は未だに見つかっていないというのが実情なのだ。  そろそろ震災から1年が経とうとしている現在、メディアも人々も一時期ほど震災について語らなくなっている。こうした現状の裏で、膨大な数の身元不明者や、発見されても身元がわかっていない遺体は、今どういう状況におかれているのだろうか。  昨年10月に発売されて瞬く間に9版を重ねたベストセラー『遺体――震災、津波の果てに』(石井光太著・新潮社)。これは岩手県釜石市における震災直後の遺体安置所や遺体捜索の状況を克明に記録したノンフィクションだ。  舞台となった釜石市では、震災の翌朝から廃校になった中学校が遺体安置所となり、毎日何十体という遺体が運び込まれていた。そこで、市の職員による遺体搬送、地元の医師による死体検案、歯科医による歯型確認などが行われ、身元がわかった順に遺族に引き渡されたのである。  市内中心部にある遺体安置所は、約2カ月で閉鎖されることになった。遺体の発見数が減ったことで、後の作業は警察に任されることになったのである。  震災直後に遺体安置所で死体検案を行っていたのは、地元の医師小泉嘉明(当時65歳)だ。小泉は数週間死体検案の中心で働いていたが、4月以降は県外から来た大学病院のチームなどに作業を任せ、自分は町の復興や自身のクリニックの仕事にもどった。  だが、6月頃に大学病院のチームが去ると、再び警察から死体検案の仕事が小泉のもとに回ってきた。津波による遺体は、医師免許を持った者が死体検案を行って死因を解明した後でなければ火葬を行うことができない。それで再び小泉に任されたのだ。  そこで目にした遺体は、震災発生時とは大きく異なっていた。小泉氏は次のように語る。 「震災の直後には多くの遺体が運ばれてきました。ただ、大半が傷ついてはおらず、きれいでした。窒息で亡くなっていたため、体に傷があまりなかったのです。しかし、夏以降に見つかった遺体は違います。がれきや海の底から発見されてくるので、かなり傷んでいるのです。腐敗が相当進んでいるケースもありました」  海に流された遺体は魚に食われたり、ガスがたまったりして傷みが激しい。また、津波とともに流れてくる瓦礫に巻かれているうちにバラバラになってしまうこともある。夏を過ぎて発見されたのは、ほとんどがそういう遺体だったのだ。  しかし、年末から年始にかけて見つかる遺体はさらに悪くなっているという。 「最近の遺体は、全部が残っていることは少ないです。特に海底から発見されるものはそうですね。部分遺体、つまり、手だけとか足だけ、あるいは頭だけという遺体が大半なのです。医師としては部分遺体も一体として死体検案を行わなくてはなりません。しかし、腐敗したそれだけを見ても、死因や性別がわかるはずもありません。発見場所を除けば死体検案書の内容はほとんど『不詳』と書いて提出するのです。あとはDNA鑑定に回されて、身元が明らかになるのを祈ることになります」  かつて自分の患者だったかもしれない地元の人々が部分遺体となって発見される。その死体検案書に「不詳」と書きつづけなければならない作業はどれだけ虚しいことか。  それでも小泉は部分遺体が見つかる度に警察署へ赴き、所見を書かなければならないのである。  部分遺体の身元が明らかになることは決して多くはない。そうなると、部分遺体は「身元不明遺体」となって一カ所に預けられることになる。  遺骨を預かるのは、『遺体――震災、津波の果てに』でも描かれた仙寿院の住職である芝崎惠應(55歳)だ。芝崎は震災の直後、自らの寺が避難所になっているにもかかわらず、ボランティアで連日遺体安置所を訪れた。そして、まだ火葬が終わっていない遺体や、身元のわかっていない遺体に対して読経をしつづけた。  こうした経緯もあり、芝崎は身元不明の遺骨や、引き取り手のない遺体を自身の寺で預かることにしたのだ。  今、仙寿院の本堂の裏には、身元がわかっていて引き取ることができずにいる遺骨が70体ほど、完全に身元がわかっていない遺骨が30体ほど置かれている。芝崎は毎日、これらの遺骨に向かって経を唱えているという。身元不明遺体について、こう語る。 「遺体の損傷が激しくなると、DNA鑑定が有効ではなくなるようです。鑑定結果の数値が80%を超えると身元が確実になるらしいのですが、今見つかる部分遺体は60%前後が多いのです。つまり、なんとなくはわかっていても、確定できないのです。こうした遺体は部分遺体のまま火葬され、部分遺骨となって運ばれてきます。それをうちの方で番号だけふって安置するのです。身元不明遺体なので、名前をつけることができないのです」  しかし、部分遺体でも、稀に後で身元がわかることがあるという。昨年の夏頃のことだ。芝崎は部分遺体として運ばれてきた遺骨をまとめて並べていた。  ある日、男性がやってきてそのうちの一つがDNA鑑定によって妻の遺体だとわかったと言った。だが、遺体は頭部と胴体が切り離されてしまっていて、残りの部分はまだ見つからないのだという。  数日すると、また同じ男性がやってきた。そして、DNA鑑定によって残りの部分遺体も見つかったと言った。調べてみると、頭部の遺骨と、胴体の遺骨は隣同士に安置されていた。偶然隣り合わせになっていたのだ。  男性は安堵した顔をして、頭部の遺骨と胴体の遺骨を両脇に抱えて帰っていこうとした。玄関で靴を履いていた時、男性は突然骨壺を抱えたまま崩れ落ち、妻の名前を叫んで号泣した。部分遺体が見つかったことに対する安堵と、妻を失った悔しさがこみ上げてきたのだろう。  芝崎は言う。 「マスコミは部分遺体についてほとんど報じません。しかし、こうした悲しい出来事は今もずっとつづいているのです。そして、部分遺体は少しずつ増えているのです。おそらく最終的には百体を超す遺体が身元不明のまま残されるのではないでしょうか。お寺はそれを10年間預かる必要があるのですが、その後はどうなるかまったく決まっていません。その頃には人々の記憶から震災や犠牲者のことも忘れ去られているでしょう。また、遺骨が見つからず、骨壺に遺影だけを入れている人もいらっしゃいます。そうしたことが、少しずつ風化していくことがやりきれません」  たしかにあれだけの大惨事があったにもかかわらず、震災の記憶は薄れつつある。  だが、仙寿院では少しだけ明るい出来事もあるらしい。町の人々が身元不明の遺骨を憐れに思い、自らの判断でやってきて花を供え、手を合わせているのだという。年末には50人ほどが手を合わせにきたそうだ。  芝崎は語る。 「先日は、『遺体』を読んだ方が香川県からきましたよ。70代の男性が一人でやってきたのです。あの本で人々がどのように亡くなり、葬られ、今どうなっているのかを知って、『お焼香をあげさせてほしい』と言ってきたのです。もちろん、こちらからもお願いしました」  たしかに震災の風化は避けられないのかもしれない。  しかし、香川県から『遺体』という震災の本を読んで釜石市にきた人のように、心ある人々たちの思いによって、身元不明遺体や部分遺体の尊厳は守られている。  そのような輪を少しずつ広げることこそが、震災を記憶するということなのだろう。
遺体―震災、津波の果てに 黙祷。 amazon_associate_logo.jpg
【関連記事】 ・【シリーズ・震災遺体(上)】釜石市、市長たちが語る遺体安置所の光景遺体安置所で遺体と向き合う人々を追った壮絶ルポ『遺体 震災、津波の果てに』最下層で生きる子どもたちの生の声が鋭く心に突き刺さる『レンタルチャイルド』

【シリーズ・震災遺体(中)】震災後約1年 今見つかるのは部分遺体ばかり

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はこちらから  東日本大震災における犠牲者は、死者・行方不明者合わせて約2万人の人々が犠牲になった。  だが、そのうち身元不明者数は3,000人以上にのぼる。つまり、犠牲者のうち5人に1人は未だに見つかっていないというのが実情なのだ。  そろそろ震災から1年が経とうとしている現在、メディアも人々も一時期ほど震災について語らなくなっている。こうした現状の裏で、膨大な数の身元不明者や、発見されても身元がわかっていない遺体は、今どういう状況におかれているのだろうか。  昨年10月に発売されて瞬く間に9版を重ねたベストセラー『遺体――震災、津波の果てに』(石井光太著・新潮社)。これは岩手県釜石市における震災直後の遺体安置所や遺体捜索の状況を克明に記録したノンフィクションだ。  舞台となった釜石市では、震災の翌朝から廃校になった中学校が遺体安置所となり、毎日何十体という遺体が運び込まれていた。そこで、市の職員による遺体搬送、地元の医師による死体検案、歯科医による歯型確認などが行われ、身元がわかった順に遺族に引き渡されたのである。  市内中心部にある遺体安置所は、約2カ月で閉鎖されることになった。遺体の発見数が減ったことで、後の作業は警察に任されることになったのである。  震災直後に遺体安置所で死体検案を行っていたのは、地元の医師小泉嘉明(当時65歳)だ。小泉は数週間死体検案の中心で働いていたが、4月以降は県外から来た大学病院のチームなどに作業を任せ、自分は町の復興や自身のクリニックの仕事にもどった。  だが、6月頃に大学病院のチームが去ると、再び警察から死体検案の仕事が小泉のもとに回ってきた。津波による遺体は、医師免許を持った者が死体検案を行って死因を解明した後でなければ火葬を行うことができない。それで再び小泉に任されたのだ。  そこで目にした遺体は、震災発生時とは大きく異なっていた。小泉氏は次のように語る。 「震災の直後には多くの遺体が運ばれてきました。ただ、大半が傷ついてはおらず、きれいでした。窒息で亡くなっていたため、体に傷があまりなかったのです。しかし、夏以降に見つかった遺体は違います。がれきや海の底から発見されてくるので、かなり傷んでいるのです。腐敗が相当進んでいるケースもありました」  海に流された遺体は魚に食われたり、ガスがたまったりして傷みが激しい。また、津波とともに流れてくる瓦礫に巻かれているうちにバラバラになってしまうこともある。夏を過ぎて発見されたのは、ほとんどがそういう遺体だったのだ。  しかし、年末から年始にかけて見つかる遺体はさらに悪くなっているという。 「最近の遺体は、全部が残っていることは少ないです。特に海底から発見されるものはそうですね。部分遺体、つまり、手だけとか足だけ、あるいは頭だけという遺体が大半なのです。医師としては部分遺体も一体として死体検案を行わなくてはなりません。しかし、腐敗したそれだけを見ても、死因や性別がわかるはずもありません。発見場所を除けば死体検案書の内容はほとんど『不詳』と書いて提出するのです。あとはDNA鑑定に回されて、身元が明らかになるのを祈ることになります」  かつて自分の患者だったかもしれない地元の人々が部分遺体となって発見される。その死体検案書に「不詳」と書きつづけなければならない作業はどれだけ虚しいことか。  それでも小泉は部分遺体が見つかる度に警察署へ赴き、所見を書かなければならないのである。  部分遺体の身元が明らかになることは決して多くはない。そうなると、部分遺体は「身元不明遺体」となって一カ所に預けられることになる。  遺骨を預かるのは、『遺体――震災、津波の果てに』でも描かれた仙寿院の住職である芝崎惠應(55歳)だ。芝崎は震災の直後、自らの寺が避難所になっているにもかかわらず、ボランティアで連日遺体安置所を訪れた。そして、まだ火葬が終わっていない遺体や、身元のわかっていない遺体に対して読経をしつづけた。  こうした経緯もあり、芝崎は身元不明の遺骨や、引き取り手のない遺体を自身の寺で預かることにしたのだ。  今、仙寿院の本堂の裏には、身元がわかっていて引き取ることができずにいる遺骨が70体ほど、完全に身元がわかっていない遺骨が30体ほど置かれている。芝崎は毎日、これらの遺骨に向かって経を唱えているという。身元不明遺体について、こう語る。 「遺体の損傷が激しくなると、DNA鑑定が有効ではなくなるようです。鑑定結果の数値が80%を超えると身元が確実になるらしいのですが、今見つかる部分遺体は60%前後が多いのです。つまり、なんとなくはわかっていても、確定できないのです。こうした遺体は部分遺体のまま火葬され、部分遺骨となって運ばれてきます。それをうちの方で番号だけふって安置するのです。身元不明遺体なので、名前をつけることができないのです」  しかし、部分遺体でも、稀に後で身元がわかることがあるという。昨年の夏頃のことだ。芝崎は部分遺体として運ばれてきた遺骨をまとめて並べていた。  ある日、男性がやってきてそのうちの一つがDNA鑑定によって妻の遺体だとわかったと言った。だが、遺体は頭部と胴体が切り離されてしまっていて、残りの部分はまだ見つからないのだという。  数日すると、また同じ男性がやってきた。そして、DNA鑑定によって残りの部分遺体も見つかったと言った。調べてみると、頭部の遺骨と、胴体の遺骨は隣同士に安置されていた。偶然隣り合わせになっていたのだ。  男性は安堵した顔をして、頭部の遺骨と胴体の遺骨を両脇に抱えて帰っていこうとした。玄関で靴を履いていた時、男性は突然骨壺を抱えたまま崩れ落ち、妻の名前を叫んで号泣した。部分遺体が見つかったことに対する安堵と、妻を失った悔しさがこみ上げてきたのだろう。  芝崎は言う。 「マスコミは部分遺体についてほとんど報じません。しかし、こうした悲しい出来事は今もずっとつづいているのです。そして、部分遺体は少しずつ増えているのです。おそらく最終的には百体を超す遺体が身元不明のまま残されるのではないでしょうか。お寺はそれを10年間預かる必要があるのですが、その後はどうなるかまったく決まっていません。その頃には人々の記憶から震災や犠牲者のことも忘れ去られているでしょう。また、遺骨が見つからず、骨壺に遺影だけを入れている人もいらっしゃいます。そうしたことが、少しずつ風化していくことがやりきれません」  たしかにあれだけの大惨事があったにもかかわらず、震災の記憶は薄れつつある。  だが、仙寿院では少しだけ明るい出来事もあるらしい。町の人々が身元不明の遺骨を憐れに思い、自らの判断でやってきて花を供え、手を合わせているのだという。年末には50人ほどが手を合わせにきたそうだ。  芝崎は語る。 「先日は、『遺体』を読んだ方が香川県からきましたよ。70代の男性が一人でやってきたのです。あの本で人々がどのように亡くなり、葬られ、今どうなっているのかを知って、『お焼香をあげさせてほしい』と言ってきたのです。もちろん、こちらからもお願いしました」  たしかに震災の風化は避けられないのかもしれない。  しかし、香川県から『遺体』という震災の本を読んで釜石市にきた人のように、心ある人々たちの思いによって、身元不明遺体や部分遺体の尊厳は守られている。  そのような輪を少しずつ広げることこそが、震災を記憶するということなのだろう。
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凡庸なるロマン主義者(!?)中沢新一氏・内田樹氏への果てしなき疑問

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大田俊寛氏。
前編中編はこちらから  オウム騒動の渦中にいた宗教学者と、ポスト・オウム世代ともいえる気鋭の宗教学者が交錯した初めての対談の最終編。前回は、東大を中心とした宗教学とオウムとのかかわりに話が及んだが、その文脈からは外すことができない、東大宗教学が生んだ、もうひとりの花形宗教学者・中沢新一氏への言及も行われた。大田氏は自著『オウム真理教の精神史』(春秋社)の中で、中沢氏批判も展開しているが、島田氏も2007年に『中沢新一批判、あるいは宗教的テロリズムについて』(亜紀書房)という著書を著している。オウムに関しては沈黙を守り続ける中沢氏を、大学の後輩にあたる2人はどうみているのか? ――島田さんと同世代の宗教学者といえば、中沢新一さんです。彼の著作『虹の階梯 チベット密教の瞑想修行』(平河出版社)はオウムのネタ本ですし、事件当時、雑誌のインタビューでは「信者を引き受ける」と言ったりしています。大田さんも島田さんも著書の中で中沢さんを批判しています。中沢さんと島田さんは、同時期に学んだ大学の先輩・後輩になりますが、近くにいて彼はどんな人物だと感じましたか? 島田 正直、よくわからない人ですね。私は彼と喧嘩もしたことがなければ、論争をしたこともない。そして、93、94年以降、一度も直接は会っていない。私の著作の中でも触れましたけど、彼がものすごく共産主義の影響を受けていることに、本を書く段階で確認して、ビックリしました。それも影響を受けているのが、古い共産党、武装していた頃の共産党なんです。オウム事件の頃の言動を聞いても、どうして「サリン事件の被害者がもっと多かったら別の意味合いがあった」「オウム真理教の信者を引き受ける」などと言うのか不思議に思った。結局、そういうところがよくわからず、あらためて中沢新一という人物を考えようということで『中沢新一批判~』を書いた。でも、中沢さんからは何の反応もなかった。東日本大震災後に、彼がグリーン・アクティブとか緑の党(コンセンサス会議や雑誌、緑の経済特区や農学校をつくることを打ち出している)とか言い出した時に、「党」という言葉を見て、やはりと思った。この人はまったく政治的な昔の共産党の枠組みで、ちょうど状況が変わったがゆえに、またそういうことをやろうとしているのかと。そんな枠組みが、今の世の中で通用するとは思えない。そういう運動をするならば、まずは自分とオウムとの関係がどうだったのか、自分の言説はオウムとのかかわりの中で、どのような影響を教団や社会を与えたのかということを何らかの形で言うべきだったと思う。なぜ、それをずっと沈黙し続けているか、ちょっと理解できない。 大田 島田さんとは逆の意見になりますが、私は中沢さんというのは、とてもわかりやすい人だと思います。一言でいうなら、彼は「凡庸なロマン主義者」です。ロマン主義を歴史的に説明すると複雑になるので、ここでは簡単に話しますが、ロマン主義者は世界を「見えるもの」と「見えないもの」に二分し、見えないもののほうが重要なのだ、リアルなのだと主張する人たちです。彼らがいう見えないもの、リアルなものとは何かと言えば、ロマン主義者たちはそれを表現するために、さまざまな「エキゾチックなもの」を探求していく。具体的には、ヨーガやチベット密教などのオリエンタルな宗教、古今東西のオカルティズム、先住民の知恵などですね。そして、こうしたロマン主義者たちは、そのような遍歴を重ねた末に最終的にどういうことを言い出すかというとパターンは決まっていて、「自民族の精神的古層」こそが最も崇高である、という結論に達する。中沢さんも明らかに、こうしたパターンを踏襲しています。ここで問題になってくるのが、自民族中心主義と同時に現れる、排外主義の傾向です。自民族の純粋性を維持するために、何が必要か。それは、「外から来るもの」を排除することである。それでは、「外から来るもの」とは何か。それは「ユダヤ」である──。こういうことを過去に主張したのは誰でしょうか。それはナチスであり、オウムだったのです。中沢さんの最近の著作『日本の大転換』(集英社)では、日本の自然環境が「リムランド」という名称で美化され、美しい日本を守るために、一神教的原理、ユダヤ的原理から脱却せよと唱えられています。それによって日本は大転換しうるのだというのが、今の中沢さんの主張なのです。このように中沢さんの言説には、隠された「反ユダヤ主義」という側面が存在しており、先ほどの言い方で言えば、私はこのような要素が、中沢さんがオウムと「共鳴」した原因の一つではないかと思っています。中沢さんは過去にも、『ブッダの夢』(朝日新聞社)という河合隼雄さんとの対談書の中で、「ユダヤ人は、知性は高いが霊性が低い」と発言している。また『ブッダの方舟』(河出書房新社)という書物では、「ゲッベルスだってゲーリングだって、初期のファシズムの思想家は、みんな仏教フリークだった。ファシズムは悪だと最初から決めるべきではない」と語っています。おそらく自分でも理由がわからないのでしょうが、中沢さんは無自覚に「反ユダヤ」「親ナチス」の言説を繰り返しており、それはオウム事件の以前でも以後でも、まったく変わっていないのです。 ■グリーン・アクティブと内田樹の矛盾 ――『日本の大転換』は売れていますよね。そしてドミューンというネット番組においては、グリーンアクティブの活動が発表されました。 大田 グリーン・アクティブに関して、この場を借りてお話ししたいことがあります。グリーン・アクティブの活動には、内田樹さんが賛同者のひとりに加わっていますが、これはとてもおかしなことであると言わなければなりません。というのも内田さんは、ユダヤ人の思想家レヴィナスの研究者であり、反ユダヤ主義についても研究されている方だからです。日本を代表する反ユダヤ主義の研究者が、中沢さんの『日本の大転換』を読んでその論理の性質に気づかないのは奇妙なことだし、ましてやその運動に自ら協力するというのは、まったく筋が通らないことであると思います。内田さんには、自分が手を結ぼうとしている人物が一体どういう人間であるのかを、もう一度よく考えていただきたい。しかし実は、これは内田さんだけではなく、日本の学界や思想界が全体として抱えている問題と関係しているのかもしれません。多くの研究者は、表面的には実直なアカデミシャンとして振る舞っていますが、根っこの部分では「素朴なオカルティスト」という人が少なくない。内田さんは最近、空中浮遊のヨーガ行者として有名な成瀬雅春氏との対談書を公刊しています(『身体で考える。』マキノ出版)。この中で内田さんは、成瀬氏と20年来の付き合いがあること、氏に深く心酔していることを語っています。そして両者の対話では、人間は限界を設けなければ空中に浮ける、自分はUFOを見たことがある、戦争に行っても弾に当たらない技法があるといったオカルト話が延々と綴られている。内田さんには実は、こうした「素朴なオカルティスト」という側面があり、それが中沢さんと共鳴している原因なのかもしれません。しかし当然のことではありますが、特にオウム事件以後、こうした動きは批判しておかなければならないでしょう。 ――それでは、最後に本日の対談を終えて、感想をお願いします。 島田 大田さんの著作についてはまったく面白くなかったし、過去の文献を調べ、思想史の中に位置づける方法ではダメだと思いました。オウムの思想的な面より、もっと元信者の話や教団幹部の話、社会状況などを含めて再度オウムについての本を書いたほうがいいと思う。私だと、あまりに当事者性が強すぎてやりにくい。大田さんにはそういうものがないから、若い世代がもっと具体的に、一般の読者を想定して、オウム事件をきちんと説明してほしい。そういうものは絶対に必要だから。 大田 おっしゃることは、よくわかります。私も最近は、オウム事件当時に現場にいた元信者や研究者、記者の方々から話を聞く機会が増えたので、そういうものを摂取しながら、今後の方針を考えたいと思います。ただ、これまでの宗教学を考えると、自分が現場で見たものにあまりにも依拠しすぎるところがありました。今までの宗教研究に不足していた歴史や理論の側面に重点を置き、少し引いたところから対象を見たり、分析したりすることが、私の役割ではないかと思っています。島田さんに対しては、実際に現場へ飛び込んで、深淵さを装った曖昧な言葉に逃げるのではなく、それを平易な言葉で語られてきたことを、率直に評価したいと思います。たとえば『創価学会』(新潮社)という本は、私も読んで教えられるところが多く、学生にも薦めている著作です。今から考えると島田さんの時代は、よくわからないものに果敢に体当たりしていくという、宗教学の「青年時代」だったのかもしれません。しかしその過程で宗教学は多くの過ちを犯したため、やはりそのことは批判しなければならない。批判するべきものは批判し、良い部分は受け継ぎながら、今後も研究していきたいと思います。 (構成=本多カツヒロ、写真=名和真紀子) ●しまだ・ひろみ 1953年、東京生まれ。宗教学者、作家。東京大学大学院人文科学研究科博士課程満期退学。放送教育開発センター助教授、日本女子大学助教授、東京大学先端科学技術研究センター特任研究員などを歴任。著書に、『神も仏も大好きな日本人』(筑摩書房)、『現代にっぽん新宗教百科』(柏書房)、『逃げない生き方』(ベストセラーズ)、『聖地にはこんなに秘密がある』(講談社)、ほか多数の著作がある。 ●おおた・としひろ 1974年、福岡生まれ。宗教学者。東京大学大学院人文社会系研究科基礎文化研究専攻宗教学宗教史学専門分野博士課程修了。博士(文学)。現在、埼玉大学非常勤講師。主な著書に『オウム真理教の精神史』『グノーシス主義の思想』(ともに春秋社)がある。
神も仏も大好きな日本人 はい、大好きです。 amazon_associate_logo.jpg
オウム真理教の精神史 なーるほど。 amazon_associate_logo.jpg
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凡庸なるロマン主義者(!?)中沢新一氏・内田樹氏への果てしなき疑問

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大田俊寛氏。
前編中編はこちらから  オウム騒動の渦中にいた宗教学者と、ポスト・オウム世代ともいえる気鋭の宗教学者が交錯した初めての対談の最終編。前回は、東大を中心とした宗教学とオウムとのかかわりに話が及んだが、その文脈からは外すことができない、東大宗教学が生んだ、もうひとりの花形宗教学者・中沢新一氏への言及も行われた。大田氏は自著『オウム真理教の精神史』(春秋社)の中で、中沢氏批判も展開しているが、島田氏も2007年に『中沢新一批判、あるいは宗教的テロリズムについて』(亜紀書房)という著書を著している。オウムに関しては沈黙を守り続ける中沢氏を、大学の後輩にあたる2人はどうみているのか? ――島田さんと同世代の宗教学者といえば、中沢新一さんです。彼の著作『虹の階梯 チベット密教の瞑想修行』(平河出版社)はオウムのネタ本ですし、事件当時、雑誌のインタビューでは「信者を引き受ける」と言ったりしています。大田さんも島田さんも著書の中で中沢さんを批判しています。中沢さんと島田さんは、同時期に学んだ大学の先輩・後輩になりますが、近くにいて彼はどんな人物だと感じましたか? 島田 正直、よくわからない人ですね。私は彼と喧嘩もしたことがなければ、論争をしたこともない。そして、93、94年以降、一度も直接は会っていない。私の著作の中でも触れましたけど、彼がものすごく共産主義の影響を受けていることに、本を書く段階で確認して、ビックリしました。それも影響を受けているのが、古い共産党、武装していた頃の共産党なんです。オウム事件の頃の言動を聞いても、どうして「サリン事件の被害者がもっと多かったら別の意味合いがあった」「オウム真理教の信者を引き受ける」などと言うのか不思議に思った。結局、そういうところがよくわからず、あらためて中沢新一という人物を考えようということで『中沢新一批判~』を書いた。でも、中沢さんからは何の反応もなかった。東日本大震災後に、彼がグリーン・アクティブとか緑の党(コンセンサス会議や雑誌、緑の経済特区や農学校をつくることを打ち出している)とか言い出した時に、「党」という言葉を見て、やはりと思った。この人はまったく政治的な昔の共産党の枠組みで、ちょうど状況が変わったがゆえに、またそういうことをやろうとしているのかと。そんな枠組みが、今の世の中で通用するとは思えない。そういう運動をするならば、まずは自分とオウムとの関係がどうだったのか、自分の言説はオウムとのかかわりの中で、どのような影響を教団や社会を与えたのかということを何らかの形で言うべきだったと思う。なぜ、それをずっと沈黙し続けているか、ちょっと理解できない。 大田 島田さんとは逆の意見になりますが、私は中沢さんというのは、とてもわかりやすい人だと思います。一言でいうなら、彼は「凡庸なロマン主義者」です。ロマン主義を歴史的に説明すると複雑になるので、ここでは簡単に話しますが、ロマン主義者は世界を「見えるもの」と「見えないもの」に二分し、見えないもののほうが重要なのだ、リアルなのだと主張する人たちです。彼らがいう見えないもの、リアルなものとは何かと言えば、ロマン主義者たちはそれを表現するために、さまざまな「エキゾチックなもの」を探求していく。具体的には、ヨーガやチベット密教などのオリエンタルな宗教、古今東西のオカルティズム、先住民の知恵などですね。そして、こうしたロマン主義者たちは、そのような遍歴を重ねた末に最終的にどういうことを言い出すかというとパターンは決まっていて、「自民族の精神的古層」こそが最も崇高である、という結論に達する。中沢さんも明らかに、こうしたパターンを踏襲しています。ここで問題になってくるのが、自民族中心主義と同時に現れる、排外主義の傾向です。自民族の純粋性を維持するために、何が必要か。それは、「外から来るもの」を排除することである。それでは、「外から来るもの」とは何か。それは「ユダヤ」である──。こういうことを過去に主張したのは誰でしょうか。それはナチスであり、オウムだったのです。中沢さんの最近の著作『日本の大転換』(集英社)では、日本の自然環境が「リムランド」という名称で美化され、美しい日本を守るために、一神教的原理、ユダヤ的原理から脱却せよと唱えられています。それによって日本は大転換しうるのだというのが、今の中沢さんの主張なのです。このように中沢さんの言説には、隠された「反ユダヤ主義」という側面が存在しており、先ほどの言い方で言えば、私はこのような要素が、中沢さんがオウムと「共鳴」した原因の一つではないかと思っています。中沢さんは過去にも、『ブッダの夢』(朝日新聞社)という河合隼雄さんとの対談書の中で、「ユダヤ人は、知性は高いが霊性が低い」と発言している。また『ブッダの方舟』(河出書房新社)という書物では、「ゲッベルスだってゲーリングだって、初期のファシズムの思想家は、みんな仏教フリークだった。ファシズムは悪だと最初から決めるべきではない」と語っています。おそらく自分でも理由がわからないのでしょうが、中沢さんは無自覚に「反ユダヤ」「親ナチス」の言説を繰り返しており、それはオウム事件の以前でも以後でも、まったく変わっていないのです。 ■グリーン・アクティブと内田樹の矛盾 ――『日本の大転換』は売れていますよね。そしてドミューンというネット番組においては、グリーンアクティブの活動が発表されました。 大田 グリーン・アクティブに関して、この場を借りてお話ししたいことがあります。グリーン・アクティブの活動には、内田樹さんが賛同者のひとりに加わっていますが、これはとてもおかしなことであると言わなければなりません。というのも内田さんは、ユダヤ人の思想家レヴィナスの研究者であり、反ユダヤ主義についても研究されている方だからです。日本を代表する反ユダヤ主義の研究者が、中沢さんの『日本の大転換』を読んでその論理の性質に気づかないのは奇妙なことだし、ましてやその運動に自ら協力するというのは、まったく筋が通らないことであると思います。内田さんには、自分が手を結ぼうとしている人物が一体どういう人間であるのかを、もう一度よく考えていただきたい。しかし実は、これは内田さんだけではなく、日本の学界や思想界が全体として抱えている問題と関係しているのかもしれません。多くの研究者は、表面的には実直なアカデミシャンとして振る舞っていますが、根っこの部分では「素朴なオカルティスト」という人が少なくない。内田さんは最近、空中浮遊のヨーガ行者として有名な成瀬雅春氏との対談書を公刊しています(『身体で考える。』マキノ出版)。この中で内田さんは、成瀬氏と20年来の付き合いがあること、氏に深く心酔していることを語っています。そして両者の対話では、人間は限界を設けなければ空中に浮ける、自分はUFOを見たことがある、戦争に行っても弾に当たらない技法があるといったオカルト話が延々と綴られている。内田さんには実は、こうした「素朴なオカルティスト」という側面があり、それが中沢さんと共鳴している原因なのかもしれません。しかし当然のことではありますが、特にオウム事件以後、こうした動きは批判しておかなければならないでしょう。 ――それでは、最後に本日の対談を終えて、感想をお願いします。 島田 大田さんの著作についてはまったく面白くなかったし、過去の文献を調べ、思想史の中に位置づける方法ではダメだと思いました。オウムの思想的な面より、もっと元信者の話や教団幹部の話、社会状況などを含めて再度オウムについての本を書いたほうがいいと思う。私だと、あまりに当事者性が強すぎてやりにくい。大田さんにはそういうものがないから、若い世代がもっと具体的に、一般の読者を想定して、オウム事件をきちんと説明してほしい。そういうものは絶対に必要だから。 大田 おっしゃることは、よくわかります。私も最近は、オウム事件当時に現場にいた元信者や研究者、記者の方々から話を聞く機会が増えたので、そういうものを摂取しながら、今後の方針を考えたいと思います。ただ、これまでの宗教学を考えると、自分が現場で見たものにあまりにも依拠しすぎるところがありました。今までの宗教研究に不足していた歴史や理論の側面に重点を置き、少し引いたところから対象を見たり、分析したりすることが、私の役割ではないかと思っています。島田さんに対しては、実際に現場へ飛び込んで、深淵さを装った曖昧な言葉に逃げるのではなく、それを平易な言葉で語られてきたことを、率直に評価したいと思います。たとえば『創価学会』(新潮社)という本は、私も読んで教えられるところが多く、学生にも薦めている著作です。今から考えると島田さんの時代は、よくわからないものに果敢に体当たりしていくという、宗教学の「青年時代」だったのかもしれません。しかしその過程で宗教学は多くの過ちを犯したため、やはりそのことは批判しなければならない。批判するべきものは批判し、良い部分は受け継ぎながら、今後も研究していきたいと思います。 (構成=本多カツヒロ、写真=名和真紀子) ●しまだ・ひろみ 1953年、東京生まれ。宗教学者、作家。東京大学大学院人文科学研究科博士課程満期退学。放送教育開発センター助教授、日本女子大学助教授、東京大学先端科学技術研究センター特任研究員などを歴任。著書に、『神も仏も大好きな日本人』(筑摩書房)、『現代にっぽん新宗教百科』(柏書房)、『逃げない生き方』(ベストセラーズ)、『聖地にはこんなに秘密がある』(講談社)、ほか多数の著作がある。 ●おおた・としひろ 1974年、福岡生まれ。宗教学者。東京大学大学院人文社会系研究科基礎文化研究専攻宗教学宗教史学専門分野博士課程修了。博士(文学)。現在、埼玉大学非常勤講師。主な著書に『オウム真理教の精神史』『グノーシス主義の思想』(ともに春秋社)がある。
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