最近の若手ロックバンドは、なぜ敬語でMCをするようになったのか?

【リアルサウンドより】  今最も人気と勢いのあるロックバンドのひとつ、ONE OK ROCK。彼らが昨年1月に行ったさいたまスーパーアリーナ公演で、とても不思議な感覚に襲われた。詰めかけた満員の観客、その眼差しを一心に浴びるTakaは、もはや貫禄あるロックスターのたたずまい。しかし彼は「精一杯やらせていただきます!」「思いきり声出してみてください!」「ジャンプしていただきたいです」と、終始敬語のMCをするのである。  最初は、最近の若者の敬語が変だという論調で片付く話かと思っていた。一部のサービス業で飛び交う「お客様のお名前様は◯◯でよろしかったでしょうか」のように、過剰なうえに間違った敬語の使い方は、なんの敬意も感じられないどころか、むしろ笑えるネタになってしまう。ロックスターが自分のファンに敬語というのも、それ必要ないし、変じゃないっすか? というわけだ。  実際、ミュージシャンに取材していて、変な敬語に出会うことは多い。特に面白いのは大手芸能プロダクションに所属している人たち。もちろん縦社会の芸能界でもしっかり生きていけるよう、先輩には必ず「さん付け」、先輩じゃなくても呼び捨て厳禁など、厳しく教育されているのだろう。だが、バンド名に「さん付け」って必要? イベンターやフェスの「さん付け」は絶対いらなくない? その違和感を特に感じる昨今だ。  かつてミヒマルGTに取材したときの、過剰な敬語の嵐は忘れられない。完成したアルバムに対し「一曲一曲に時間をかけさせていただいたんで、こういう思い入れがありまして、それで、このタイトルを名付けさせていただきました」とヒロコ。え? 自分で作った作品じゃないの? なんで「させていただ」かなきゃいけないの? これはもう笑いの範疇に収めていいレベルだと思うが、彼女はあくまで「させていただき」を連発しながら話していた。このたびのニュースも「活動休止させていただく」となるのだろう。
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敬語のMCに敬語で答える観客も登場!?/写真:Michael Thomas

 冒頭の話に戻ると、その点、Takaの敬語は使い方自体が変というわけではない。自分やバンドメンバーのことは普通に話し、客に対して何かアクションを求めるときだけ「いただけますか」と丁寧語を使う。これは人として正しい言葉遣いであり、ファンにまず敬意を払っている、というアピールとしても有効。いよいよ大団円というラストにだけ「お前らを愛してるぞ!」と叫んでみせるのも、非常に効果的なタメ口の使い方だと言る。  最初から高圧的に「お前らぁ」「声出せぇ」「ジャンプしてみろ」だったら、最後の「愛してるぞ」はここまで響かない。ずっと敬語だった彼が、ようやく本気で私たちを認めてくれた! ファンはそんな喜びさえ感じるのではないか。本人がどこまで計算しているかはわからないが、ワンオクの敬語とタメ口の使い分けは、今までのロックスターがやらなかったツンデレ方式である。  さて、今回のコラムのヒントは、スカパラの谷中敦から聞いた話にある。現在40代後半。昭和のロッカーも平成生まれのロッカーも等しく見ている彼は、「今のバンドはよっぽどバランスがいい」と語るのだ。 「昔のロックンローラーは敬語もロクに使えないような連中が多いから。『ありがとう』って素直に言いたくなくて『……サンキュ』とか言ってたんだよ(笑)。本当は『みんなありがとう』って言いたいはずなのに、それは絶対ダサいと思って言わない。感謝を表すのがカッコ悪い世代なんだろうね。ちゃんと敬語が話せて、効果的に盛り上げていけるMCなら、そっちのほうが当然いい」  なるほど納得。そして、素直に「ありがとう」さえ言なかった世代の話は、また次回。 ■石井恵梨子 1977年石川県生まれ。投稿をきっかけに、97年より音楽雑誌に執筆活動を開始。パンク/ラウドロックを好む傍ら、ヒットチャート観察も趣味。現在「音楽と人」「SPA!」などに寄稿。

『あまちゃん』音楽家の大友良英が『いいとも』登場 ジャズファンのタモリと深すぎる音楽談義に

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大友良英『連続テレビ小説「あまちゃん」オリジナル・サウンドトラック』(ビクターエンタテインメント)

【リアルサウンドより】  9月30日放送『笑っていいとも!』(フジテレビ)の「テレフォンショッキング」のコーナーに、NHK連続テレビ小説『あまちゃん』で使用された楽曲、300曲以上を作曲した作曲家、大友良英が登場した。スタンド花には、『あまちゃん』のスタッフ一同、小泉今日子相対性理論のやくしまるえつこ、能年玲奈、ベイビーレイズ、遠藤ミチロウ率いるザ・スターリン246など、『あまちゃん』関係者や音楽家の名前が並んだ。  大友が登場するや、タモリが「もともとフリージャズだよね?」と大友の音楽ジャンルについて尋ねると、大友は「はい。もう10代の頃からタモリさんのステージ観てますよ」と、ジャズに造詣が深いタモリのファンであることを明かし、早くも意気投合した。  『連続テレビ小説「あまちゃん」オリジナル・サウンドトラック』『潮騒のメモリー』など、『あまちゃん』関連の音楽CDの話になると、タモリはまず、その楽曲の数に圧倒された。タモリが「300曲ってあらかじめできないですよね?」と大友に尋ねると、大友は「そうです、ドラマと同時進行で(作曲していました)」と、制作秘話を明かした。また、オープニングテーマがインスト曲であることに関しては、「ここ何年かは歌が多かったけど、昔は歌じゃなかった。最初の頃の朝ドラはずーっとインストが多くて、最近だったみたい、歌の傾向は。でも劇中に山のように歌が出てくる番組なので、あと震災も跨いじゃうので、あんまり言葉で毎日同じこと言ってもね……っていうのもあって、元気よくバーンと始まろうという感じで」と解説した。  『潮騒のメモリー』に関しては、「1986年に60万枚ヒットした曲を作ってくれ」という依頼があったことを明かすとともに、「もう俺一人じゃ手に負えないんで、その辺の時代に詳しいSachiko Mさんって作曲家に入ってもらったり、当時の本物の(アイドルの)小泉今日子さんに来てもらったりして、みんなで一緒に曲作りましたよ」と制作陣について語った。  劇中のアイドルグループが歌う『暦の上ではディセンバー』については、「最初はこの曲が来る(使用される)予定はなかったんですよ。『潮騒のメモリー』は今年の一月くらいにできていたんですよ。でもその後、宮藤(官九郎)さんが急に詞を書いてきて、ものすごい長い詞なんですよ。で、『すいませんが振り付けの関係で明日までに曲を書いてきてください』って。(中略)で、NHKのスタジオでちょうど『潮騒のメモリー』を録り終わった後だったんで、Sachiko Mさんとか江藤(直子)さんとか作曲家がいたんで、3人でパート分けして、ここの部分Sachiko Mさんかな、じゃあサビ俺書くわ、イントロ江藤さんお願いします、みたいな感じで。(中略)だからイントロとキー違うんですよ。でも合わせてみたらすごく面白いんで、これ変だからこれで行こうって」と、偶然から常識を壊すような楽曲ができたことを明かした。それに対しタモリが「俺、かねがね思っていたんだけど、音楽って縦の繋がりがあるじゃないですか、和音の。でも横の流れがちゃんとしていれば、そんなもん超越するんだよね」というと、大友は「するする! フリージャズやってますから、何が来てもいいんですよ、次に」と膝を打って同意した。  また、タモリが「バックに流れる劇伴で、妙にノイズっぽいギターが(あって)。場面よりもそっちが気になって聴いちゃった。あれいいね」と、大友のノイズミュージシャンとしての腕前を称えると、大友は「そんなこと言ってもらえるなんて、もう俺この場で死んでもいい」と喜び、「最初は『あまちゃん』っぽい音楽を作っていたんですけど、(話が)東京に近づくにつれ、どんどん俺っぽい音楽になっていったんですよ。最後の方とかかなりやりたい放題。朝からノイズ、みたいな」と語った。特に「軋轢」という楽曲がおすすめとのことで、タモリに対し「ユイちゃんが上手くいってない時に出てくる曲なんですよ」と熱心に解説する場面も見られた。  スタジオに「希求3」という曲が流れた時は、タモリに「わざとダサく作ってありますよね」と尋ねられ、「はい。カッコイイ曲も欲しいけど、残念な曲をたくさん作ってくれって言われていました。実際に行った三陸の久慈が、残念な町といったら町の人に怒られちゃいますけど、この番組が始まる前はやっぱり過疎で、ほとんど人がいないようなところで、お店も閉まっちゃっているようなところで。でもこれって日本中の地方が抱えている問題だなーと思って。それを嘘ついて“良い町”だって言わずに、『まめぶ汁、なんだかわかんねぇ』っていうのを正直に出して、でもちゃんと笑えてそれを味にできるようにしたいっていうのがありました」と、楽曲に込めた思いを語った。  タモリ自身がジャズマニアであるということもあり、大友良英の音楽性にスポットが当てられた今回の『笑っていいとも!』。『あまちゃん』ブームが冷め止まぬ昨今、今回の放送を受けて大友良英のほかの楽曲にも関心が集まりそうだ。 (文=編集部)

中森明菜の復活を後押しするか? 『ポスト』ノンフィクション連載がついに“核心”へ

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中森明菜『永遠の歌姫 中森明菜ベストコレクション Akina Nakamori 1982-1985 』株式会社 ワーナーミュージック・ジャパン

【リアルサウンドより】  中森明菜が無期限の活動休止に入ってから、この10月で丸3年が経つ。復活を待ち望むファンが多い中、今年7月から『週刊ポスト』で連載中のノンフィクション『孤独の研究 中森明菜とその時代』が、いよいよ佳境を迎えている。  ジャーナリスト・安田浩一氏による同連載は、実父や次兄といった本人の家族をはじめとする周辺取材をもとに、幼少時からの明菜の足取りを追うものだ。また、デビュー当時の所属レコード会社ワーナー・パイオニアの担当ディレクターや、1990年まで所属した事務所・研音の社長や現場マネージャー(いずれも当時)といった関係者にも数多く取材しており、音楽ファンにとって貴重なエピソードもしばしば出てくる。たとえば、来生たかお作曲によるデビュー曲「スローモーション」とは別に、あの加藤和彦が“幻のデビュー曲”を作っていたという。その曲は「あまりにも退嬰的」との理由でお蔵入りし、残念ながら音源も残っていないそうだ。  実際の連載では、明菜のパーソナリティの描写に多くの紙幅が割かれている。「少女A」でブレイクを果たした当時は、大人びた生意気な少女という印象の強かった彼女。89年の自殺未遂騒動などを経て、現在では“あやうい”というイメージを持っている人も少なくないだろう。しかし幼少期やデビュー前のエピソードからは、また違った明菜像が浮かび上がってくる。第9回目までの連載分から、印象的なエピソードを紹介しよう。  6人兄弟の4番目として育った明菜は、幼少期から歌を好んでいた。4歳からはモダンバレエを始め、14歳になるまで休みなく通った。その熱心さに、講師は明菜を「本当に真面目」と評している。また、中学1年の担任によると「天真爛漫な子」で、担任が落ち込んでいるときは決まって「先生、がんばって!」と声をかけてくれたという。「少女A」でブレイクした当時の明菜は不良少女の雰囲気をまとっていたが、根っからの“ワル”ではなかったことがわかるエピソードだ。安田氏は「昔も、そして今も、明菜はいくつもの顔を持っている」と記しながら、真面目な部分もあやうさも、全てをひっくるめて明菜なのだ、というスタンスで連載を進めていく。  デビュー前に関係者へ挨拶をする際、いつも深々とお辞儀をし、皆に“常識的ないい子”という印象を与えていたという明菜。厳しいボイストレーニングにも弱音ひとず吐かずに取り組み、メディア各社への挨拶のために地方をめぐって頭を下げ続けた。また、デビュー直後の野外イベントで大雨が降った際には、主催者が中止を検討する状況にも関わらず「歌います」とステージに立ち、髪を濡らしながらも歌い切る根性をみせた。安田氏は「明菜は前のめりに生きていく女だった」と表現する。  もっとも、当時の現場マネージャーの証言によれば、感情の起伏が激しい明菜に、周囲のスタッフは振り回されることも多かったようだ。ある時、明菜は何が気に入らないのか、楽屋で化粧品をまとめてマネージャーに投げつけた。納得のいかないマネージャーも反撃し、つかみ合いのケンカになったというから、10代の明菜が激情型の少女であったのは確かなようだ。衣装へのこだわりも強く、デビュー間もない段階でスタイリストの用意した衣装を「イメージに合わない」として拒否したエピソードも残されている。6年にわたって付き添った当時のマネージャーは、「彼女なりのアイドル像みたいなものがあったのでしょう」と振り返りつつ、そうしたわがままこそ「明菜のセルフプロデュース能力だったのかもしれない」と話す。  連載8回目では、“明菜が家族に金を使い込まれた”という噂の真相にも迫っている。語るのは、現在はタクシー運転手をしている3歳上の次兄だ。明菜はデビュー2年後、節税対策のために個人事務所「ミルキーハウス」を立ち上げ、実母を社長に、兄弟を役員に据えた。役員となった兄弟が勤めていた会社を辞めたことで、明菜は「私のギャラを使い込んでいる」と疑いを持つようになったようだ。しかし実際には、ミルキーハウスは彼女の資産管理のほかにカラオケ店も経営しており、そこでの収益を給料にあてていたのだという。  ミルキーハウスは、実母のガンを患ったことをきっかけにカラオケ店を含めて営業をやめたが、明菜はその後“家族のため”として、銀行から1億円を借り入れてビルを建てている。賃貸マンションと店舗が同居するそのビルに、家族はそれぞれ自身の店を構えたが、うまくいかずに閉店。このときの明菜の心境を、安田氏は「明菜からすれば家族孝行のためにビルを建てたのに、肝心の家族はいったい何をやっているのか、という思いであったに違いない」と分析する。明菜に借り入れの負担がのしかかり、結局はローンの支払途中でビルを売却。家族の亀裂がより深まる結果に終わってしまった。  明菜は現在、家族とほとんど連絡を取っていないという。そのことについて次兄は「僕らに迷惑がかからないよう、よけいな心配をさせないよう、不器用な彼女らしい家族孝行をしているとも考えられる」と話している。  連載9回目では、転機となった近藤真彦との恋愛へと話が進む。2人は『ヤンヤン歌うスタジオ』(テレビ東京系)の収録などで仲を深め、やがて交際に発展した。元マネージャーによると、両者の事務所とも交際の事実を知りながら放任しており、明菜と近藤のマネージャー同士が協力し、マスコミにバレないようにデートをさせることもあったという。  人気アイドル同士、いつ仲を引き裂かれてもおかしくはない状況だ。それでも2人が見守られていたのは、明菜と近藤の関係が“可愛らしい”ものであったことが理由のひとつのようだ。2人のデートは、母が経営するカラオケ店を訪ねて食事をしたり、中森の実家で家族を含めてトランプで遊んだりという、微笑ましいものだった。しかし、明菜は近藤と交際を深めるうちに、「小さな秘密を抱えたかのように、どこかよそよそしくなってきた」(レコード会社の担当ディレクター)。周囲と距離をつくるほどに、明菜は近藤に入れ込んでいったのだ。  そして89年7月、明菜は近藤のマンションで自殺未遂を起こす――連載9回目は、衝撃の事件に触れたところで終わっている。同連載は今後、謎に包まれた事件の事実関係をどう明かし、どのような切り口で明菜の“孤独”に迫るのか。  明菜に近い関係者が多く取材に応じていることから、明菜本人も一定の理解を示していると見られる本連載。仮に本人登場がなくても、明菜への注目度を高め、その復活を後押しすることになるのではないだろうか。 (文=編集部)

西野カナと浜崎あゆみのジャケットに見る、新旧“ギャルのカリスマ”の今

【リアルサウンドより】

2013年09月16日~2013年09月22日のCDアルバム週間ランキング

1位:Eighth Wonder(AAA) 2位:Love Collection ~mint~(西野カナ) 3位:Love Collection ~pink~(西野カナ) 4位:ツマビクウタゴエ~KOBUKURO songs,acoustic guitar instrumentals~(小渕健太郎/コブクロ) 5位:小さな生き物(スピッツ) 6位:PASSAGE(宮野真守) 7位:ayumi hamasaki 15th Anniversary TOUR ~A BEST LIVE~(浜崎あゆみ) 8位:THE IDOLM@STER 765PRO ALLSTARS+ GRE@TEST BEST! -THE IDOLM@STER HISTORY-(THE IDOLM@STER 765PRO ALLSTARS+) 9位:THE SINGLES COLLECTION(FTISLAND) 10位:ドリーム・シアター(ドリーム・シアター)
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『ayumi hamasaki 15th Anniversary TOUR ~A BEST LIVE~』(avex trax)

 先週3位と4位だった西野カナのベストが、一段ずつランクアップしている今週のチャート。金髪+丸顔+やたらと大きな瞳、というルックスは10年ほど前の浜崎あゆみにそっくりなのだが、そのあゆ、デビュー15周年を迎えて7位に登場。売上も15000枚程度とかつての勢いは衰え、本人もギャルという年ではなくなり、今「ギャルの共感呼びまくり!」と言われる西野てめぇナメんなよ、みたいなジャケ。正直怖いです。  そして、今さら驚きもないヒット曲満載のライブ・アルバムを今も発売直後に購入する約15000人のファンというのは、律儀というか義理堅いというか、一生あゆ命!と心に刻んでいる本気のヤンキーではないかと勝手に想像。流行りというだけで作品に飛びついてくれる10代ギャルが顧客ではなくなった今、生き残りたいなら気合いと仁義の道でしょう! そういう覚悟さえ感じるジャケット。10年後の西野カナはどんな顔になっているのだろうか。  さて、たった46000枚の売上でAAAが1位に輝いてしまうように、ビックネームのビッグセールスが皆無といってもいい今週。4位にランクインしたのはコブクロ・小渕健太郎だ。コブクロで1位じゃないの?と思われそうだが、これはギターの多重録音によるインストゥルメンタル作品。いくら小渕本人の演奏でコブクロの名曲が蘇るといっても、あの歌声、あのハーモニーがないコブクロというのは牛肉のないすき焼きみたいなもので、売上も22000枚と地味なもの。それでも買うファンというのは、とにかくコブクロが好きで、コブクロ的な優しさと暖かさに癒されたいのだろう。タイプとしてはあゆのファンの対極だ。  どちらも、新曲があるわけでもなければ特別な話題性もない、本当にコアファン向けの作品。7000枚の差は、あゆの抱える「孤独と強さ」よりも小渕のつまびく「柔らかな癒やし」のほうがウケるという結果か。なんだかんだ言っても健全だ。 ■石井恵梨子 1977年石川県生まれ。投稿をきっかけに、97年より音楽雑誌に執筆活動を開始。パンク/ラウドロックを好む傍ら、ヒットチャート観察も趣味。現在「音楽と人」「SPA!」などに寄稿。

YOSHIKIのドラム破壊パフォーマンスにAKB48指原が爆笑…珍シーン続出の『Mステ』27年史

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Yoshiki『Yoshiki Classical』(X Project)

【リアルサウンドより】  9月27日、19時より『ミュージックステーション3時間スペシャル』(テレビ朝日)が生放送された。「もう一度見たいライブ映像ベスト70」を紹介しながら、『Mステ』27年間の歴史を振り返るという内容で、スタジオゲストにはAKB48きゃりーぱみゅぱみゅPerfume、Sexy Zone、柏木由紀、flumpool×Mayday、奥田民生、斉藤和義、そして16年ぶりにYOSHIKIが出演するという、豪華な番組となった。さらに5年間『Mステ』のサブMCを務めた竹内由恵アナウンサーが、今回で卒業することも明かされた。  「もう一度見たいライブ映像ベスト70」は、2003年に六本木ヒルズがオープンし、テレビ朝日が新社屋を構えたことを記念した、嵐のスペシャルライブからスタート。小泉今日子、篠原涼子、光GENJI、ポルノグラフティ、広末涼子、いきものがかり、西野カナ、サザンオールスターズ、ケツメイシ、大黒摩季、GLAY、ゆず、SMAP、ゴールデンボンバー、中山美穂、KinKi Kids、JUDY AND MARY、SPEED、モーニング娘。、プリンセスプリンセス、Mr.Children、B'z、ZARD、THEE MICHELLE GUN ELEPHANT、宇多田ヒカルなど、この27年間のJ-POP史を彩ったミュージシャンたちが多数登場した。 “t.A.T.uドタキャン事件”や、嵐のシースルー衣装など、今も語り草となっている印象的なシーンも多く、スタジオゲストたちが大きなリアションをとる姿も見られた。  X JAPANのYOSHIKIがドラムセットを破壊する映像が流れたときには、きゃりーぱみゅぱみゅやAKB48のメンバーなど、若手のゲストが目を丸くして観賞。指原莉乃や渡辺麻友に至っては、驚きを通り越して爆笑するほどだった。YOSHIKIは当時を振り返り「あの時、HIDEとかと『今日やっちゃおうぜ』って話していたんですよ。それで一応、カメラマンの人たちに『今日なんかするかもしれないから避けてて』って話したんですけど、(カメラマンが)突撃してきたんですよ。どうしようかなーって思って、(でも)投げちゃいました。16年前でしたっけ、すいません、謝ります(笑)」と、貴重なエピソードを話した。  ライブでは、AKB48、Perfume、きゃりーぱみゅぱみゅらアイドル勢は、ヒット曲のメドレーを披露。奥田民生と斉藤和義は、1997年の斉藤和義のヒット曲『歌うたいのバラッド』をセッションで演奏した。そしてYOSHIKIは、スタジオ内に雨を降らせるというシュールな演出の下、クリスタルピアノでX JAPANの大ヒット曲『Forever Love』を演奏、大島優子らが感激の眼差しでそのパフォーマンスを見つめる模様も映された。 「もう一度見たいライブ映像ベスト70」の第1位には、1999年、当時16歳の宇多田ヒカルがテレビに初登場した際の映像が選ばれ、視聴者からは「16歳とは思えない堂々とした姿、その歌声に圧倒された」などの声が寄せられた。  番組の最後では、演出のためにずぶ濡れになってしまったYOSHIKIに対し、竹内アナが「今夜の出演いかがでしたか?」と感想を尋ねると、はにかみながら「濡れました(笑)」と答える場面も。この日を最後に番組を卒業する竹内アナは、タモリから花束を渡され、「タモリさん、ありがとうございました。タモリさんが本当に音楽を愛しているから、こんなに素晴らしい番組なんだと思います」と締めた。  日本のポップミュージックを牽引し、数々の名曲を届けてきた『ミュージックステーション』。今回のスペシャル番組では、多くの視聴者が当時を思い出し、懐かしさを覚えたのではないだろうか。 (文=編集部)

河合奈保子の娘kahoのデビューで注目 80年代ミュージシャン“二世”の実力は?

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kahoアーティスト写真

【リアルサウンドより】  1980年代に「エスカレーション」や「スマイル・フォー・ミー」などのヒット曲で知られたアイドル歌手、河合奈保子の娘、kahoが11月27日に両A面デビューシングル『every hero/Strong Alone』で、ソニー・ミュージックレコーズよりCDデビューすることが明らかになった。また、収録曲「every hero」は、堀北真希主演フジテレビ系新ドラマ『ミス・パイロット』(10月15日スタート、火曜午後9時)の主題歌にも抜擢されている。  kahoは東京生まれで、現在オーストラリア在住の14歳。かつて宇多田ヒカルのヘアメイクを担当していた父親、金原宜保氏の繋がりで、宇多田ヒカルを手掛けた三宅彰プロデューサーにデモ音源が渡り、デビューが決まったということだ。三宅彰プロデューサーは、「kahoの歌とその創り出す音楽に初めて触れた瞬間、今までにない新しさとそこはかとない懐かしい衝動が走りました」と、その才能に期待を寄せている。  現在、NHK連続テレビ小説『あまちゃん』の影響もあり、80年代のアイドルやミュージシャンに再び注目が集まっているが、その二世が両親と同じ道を辿っているケースは少なくない。  kahoのように、親が80年代に活躍したミュージシャンで、現在すでに活動している二世ミュージシャンを見てみたい。

その1:武川アイ(父:ゴダイゴ、タケカワユキヒデ)

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武川アイ『Dreamer』(J-more)

 2009年11月に1st.シングル『I WILL』でメジャーデビューを果たした武川アイは、1978年にテレビ番組『西遊記』のエンディングテーマ「ガンダーラ」、同主題歌「モンキー・マジック」を発表し、80年代の半ばまで活躍したロック・バンド、ゴダイゴのメインボーカルを務めたタケカワユキヒデの四女。帝京大学客員教授で、文化人としても知られるタケカワユキヒデの娘とあって、武川アイも早稲田大学に在学中の才女だ。海外アーティストとの親交もあり、9月22日には、ロシア人プロデューサーのSergeyとコラボした『Waiting For You』を発売したばかり。世界を股にかけた活躍が期待されそうだ。 オフィシャルサイト

その2:神田沙也加(母:松田聖子)

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Silent Lily『少女シンドローム』(SOUND MISSION)

 神田沙也加は、来年デビュー35周年を迎える松田聖子の娘。2002年5月、SAYAKA名義で『ever since』を発売し、メジャーデビュー。2006年には神田沙也加名義で活動開始。2012年には元CORE OF SOULのソン・ルイ、飯塚啓介とともに結成したバンド、Silent Lilyとして、シングル『少女シンドローム』も発売している。最近では、ロリータファッションの専門誌『KERA』のモデルとしても活躍中だ。 オフィシャルサイト

その3:Hey! Say! JUMP・岡本圭人(父:岡本健一)

 ジャニーズの人気グループ、Hey! Say! JUMPのメンバーである岡本圭人の父は、80年代に活躍したジャニーズのロックバンド、男闘呼組のギタリストだった岡本健一。テレビドラマ『3年B組金八先生』では、親子二代で不良役を演じるなど、共通点も多い。今年8月には『あまちゃん』に出演している有村架純との熱愛写真が流出して話題となったが、浮名が流れるのも人気の証だろう。

その4:尾崎裕哉(父:尾崎豊)

 1983年、シングル「15の夜」とアルバム『十七歳の地図』で鮮烈なデビューを飾った尾崎豊の息子、尾崎裕哉もまた、父の背中を追っている。尾崎裕哉は、2010年10月2日から2013年3月29日まで、エフエムインターウェーブでラジオ番組『CONCERNED GENERATION』のDJを務めていた。昨年、尾崎豊の没後20年を偲んで開催された『尾崎豊特別展 OZAKI20』の記者会見では、尾崎豊の代表曲のひとつ「僕が僕であるために」を熱唱し、その姿が父の生き写しだと話題に。2013年の1月には、赤坂BLITZで行われた「Live to RISE ~SUKIYAKI NEXT GENERATION~」に出演し、ライブデビューを果たした。現在はエフエムインターウェーブでラジオ番組『Between The Lines』のDJを務めている。 『Between The Lines | Program Blogs - InterFM』

その5:美勇士(父:桑名正博 母:アン・ルイス)

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美勇士『Over the View』(インポート・ミュージック・サービス)

 1970年代から1980年代にかけて「ラ・セゾン」や「六本木心中」「あゝ無情」などのヒット曲を歌ったアン・ルイスと、同時期に「セクシャルバイオレットNo.1」で人気を博したロック歌手、桑名正博の息子である美勇士は、2000年にシングル『Over the View』でデビュー。2008年には3ピースバンド、トライポリズムを結成。精力的にライブ活動を行っている。昨年10月26日に逝去した桑名正博とアン・ルイス、そして美勇士が3人で作ったというシングル『ONE』は、今年の10月23日に発売する予定。

その6:桑田祐宜(父:桑田佳祐)

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READ ALOUD『無花果』(CALLING COMER)

 サザンオールスターズ・桑田佳祐の息子、桑田祐宜もまた、ミュージシャンとしての道を歩んでいる。桑田祐宜はロックバンド、READ ALOUDのボーカル兼ギターを担当。2012年11月にはファースト・アルバム『A』を、2013年6月にはセカンド・アルバムの『無花果』をリリースしている。8月8日発売の『女性セブン』によると、桑田祐宜は現在、全国のライブハウスで演奏活動を展開しているとのこと。  宇多田ヒカルや森山直太郎など、大きな成功を収めた二世ミュージシャンもいるが、音楽は何といっても実力勝負の世界。今回紹介したミュージシャンたちは、どのような活躍を見せてくれるのだろうか。 (文=マツタヒロノリ)

福山雅治が『徹子の部屋』に出演 ノーパンでコンサートを行うワケを語る

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福山雅治『誕生日には真白な百合を/Get the groove』ユニバーサルJ

【リアルサウンドより】  本日、9月25日18時53分より放送された『出張!徹子の部屋パート6 夢トーク豪華4本勝負 お宝映像も大放出スペシャル』(テレビ朝日系)に、福山雅治、松田聖子らが出演した。  番組は都内某レコーディングスタジオからスタート。福山が高校時代に皿洗いのアルバイトをして購入したというギターを含む、数々の楽器に司会の黒柳徹子は興味津々。福山が演奏するアコースティックギターに合わせ、黒柳が「アメイジング・グレイス」をハミングした後は、黒柳が福山に「色々な楽器があるんですけど、触ってみていただいても良いですか?」と、次々と楽器の演奏を“おねだり”。普段はなかなか観られない、福山のドラム演奏やベース演奏が披露された。  トークは、レコーディングスタジオに特設したセットで開始。福山は、『徹子の部屋』に出演するのが芸能界デビューした時に掲げた3つの夢のひとつだったとして、「ひとつは『笑っていいとも!』のテレビショッキングにゲストとして呼んでもらうこと、ひとつは『オールナイトニッポン』に参加すること、そしてもうひとつは『徹子の部屋』に呼んでもらうっていうのが、僕の目標だったんですよ」と語ったが、黒柳は「何回も出て頂けないかとお願いしたにも関わらず、なんか、出て頂けないという話だった。(中略)だから、ずっとお待ちしていたんですよ」と、鋭いツッコミを入れた。  幼少期の写真を披露するコーナーでは、音楽を始めたきっかけについて語った福山。「兄がブラスバンド部だったんですよ。年子だったんですけど、ちょうど中学に上がる時に実家が増築されて。(中略)で、兄貴が『もしブラスバンド部に入ってくれたら、新しくできた部屋をお前にやるから』って言われて、その条件で入ったんですよ」と、実兄の影響を振り返った。また、学生時代にモテたエピソードを尋ねられると、「僕はバカな子だったんで、(バレンタインに)袋とかを用意して行ってた。今年は相当来るなと思って」と語ったが、思いのほかチョコを貰えなかったというエピソードも明かした。  番組では、20年前に大ヒットしたドラマ『ひとつ屋根の下』についても言及。黒柳が「噂では、(キャストの)みんなが本当に仲が良くてね、そういう仲の良さが画面にも出ているので、(ドラマの)評判が良かった」と話すと、福山は「仲良かったですね。ご飯は“消えもの”って業界用語で言われるんですけど、シーンが終わってもみんなでずーっとご飯食べて。(中略)本人と役柄を重ねあわせて会話しながら、心配し合ったり応援し合ったりみたいな、そんな空気だったんですよね」と、当時を振り返った。  さらに、福山がライブに「ノーパンで挑む」理由も説明。「1994~95年の当時です。その時に、3ヵ月か4ヵ月で50本くらい回るツアーがあったんですよ。その時に下着の着替えが間に合わないので、コンサートが終わった後に汗でびっしょりになったパンツを、毎日シャワー浴びながら洗濯して干していたんですよ。(中略)で、ある日ハッと気づいたんですけど、さっきまでキャーキャー言われた熱狂の中にいたのに、その後急いでホテル帰ってきて、急いでパンツ洗ってっていうのが(バカらしくなってしまって)もうやめた!って思ったんですよ」と、ツアー中のパンツ洗いに辟易したことを明かした。また、コンサート中に「チャックが開いていた」ために、ファンに不適切な姿を見せてしまった失敗談まで語り、黒柳を苦笑させた。  番組の後半では、他のゲストとのトークが終了した後に、福山が再び登場。黒柳のおすすめの料理屋である「新和食 HAL YAMASHITA 東京」で食事を楽しみながら、趣味のカメラや、アフリカ旅行の話に花を咲かせた。食後には、黒柳が後頭部の膨らみの中から“あめ玉”を取り出し、福山に与えるシーンも見られた。  エンディングロールでは、冒頭のスタジオで撮影された、福山の演奏による『徹子の部屋』のテーマ曲も披露。オペラを習っていた黒柳がハミングし、貴重な映像となった。  今回、『徹子の部屋』初登場で、様々なエピソードを披露した福山雅治。9月28日には主演映画である『そして父になる』も公開される。 (文=編集部)

ももクロのセーラームーン舞台生出演で観客席がカオスに モノノフと原作ファンが火花散らす!?

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ももいろクローバーZ『5TH DIMENSION』

【リアルサウンドより】  東京渋谷のAiiA Theater Tokyoにて上演中のミュージカル「美少女戦士セーラームーン-La Reconquista-」に9月21日、ミュージカル主題歌『ムーンライト伝説』を担当しているももいろクローバーZがサプライズ出演。観客席の反応が大盛り上がりとは言い難い状況だったことから、ファンの間で議論を呼んでいる。  ももクロのメンバーは通常、毎日日替わりで劇中の映像に出演。舞台のメンバーにアドバイスをするという役どころだったが、今回はゲストとして全メンバーが生出演。劇の最後に主題歌の『ムーンライト伝説』を歌った。当日に告知されたことから、この演出を観るために、ももクロのファン、通称“モノノフ”がチケット入手に奔走。セーラームーンファン中心のいつもとは異なった客層となった。  ネット上ではモノノフが「セラミュファンって客も演者と一緒に舞台を盛り上げていこうっつー意識薄い感じはしました」などと、ももクロのパフォーマンスに対する反応が少ないことに不満を漏らす一方、原作のファンは「ももクロちゃんのためにセラムンはおまけだと思ってるやつらが来るの悔しいから、ももクロちゃんいなくてよかった」と突っぱねるなど、対立の構図が生まれている模様だ。  なぜファン同士にこのような軋轢が生じたのか。当日の公演を鑑賞したエンタメ系雑誌の編集者に、会場の様子を尋ねてみるとともに、軋轢が生じた原因を尋ねてみた。 「まず、原作のファンはオリジナルの『ムーンライト伝説』を聴き慣れているので、ももクロが歌う最新バージョンに違和感を覚えている人も少なくありません。また、今回はヒーローのタキシード仮面役を、元宝塚歌劇団宙組トップスター、大和悠河が演じていたので、客席の前列には指定席を取った宝塚ファンが多く、さらにファン層が入り混ざっていました。宝塚ファンにはスター演者が舞台に登場した時に拍手をする、という風習があるのですが、主役ではないタキシード仮面が登場するたびに大きな拍手が沸き起こる様は、原作ファンにとっては不思議な光景に映ったことでしょう。さらに、席の後ろの方では、ももクロの登場に対してモノノフたちが『あーりーん!』 などと叫んでいたのですから、ファン同士の“ノリ”の違いはちょっとしたカオスでした」  では、今回のキャスティングにはそもそも無理があったということだろうか。 「ももクロ自体がそもそもセーラームーン世代ではないので、長年のファンの一部には『小娘が歌っているのは面白くない』という思いもあるのでしょう。しかし、ももクロの登場時に一番大きな歓声が上がったのも事実。多くの原作ファンや宝塚ファンは、基本的にももクロを敵視しているわけではないのです。総じて見れば、舞台を楽しめた客が多いのではないでしょうか。熱心なファンにとっては納得いかない部分もあったかもしれませんが、セラミューが新たなファン層を獲得するという点においては、悪くなかったと思います。実際、モノノフ側からも『まさかセラミューがこんなに面白いとは思わなかった』という声もありました」  今回のももクロ出演をめぐって対立が生じたとしたのなら、その理由は「ファン同士の文化の違い」という面が大きそうだ。近年、アイドルが他のカルチャーに進出するケースが増える中、それぞれのファン同士が認め合う寛容さが必要とされているのかもしれない。 (文=松下博夫)

世間のAKB48離れを食い止めろ! 大島優子、指原莉乃らの“重役ユニット”Not yetへの指命

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Not yet『ヒリヒリの花』

【リアルサウンドより】  9月25日にAKB48の派生ユニットNot yet5枚目のシングル『ヒリヒリの花』が発売される。『西瓜BABY』以来約1年4ヶ月ぶりとなる同シングル。Not yetとしてのリリースが無かった間に、メンバーの指原莉乃は総選挙でセンターを獲得。さらにHKT48の劇場支配人を務めることとなり、横山由依は篠田麻里子の後任としてAKB48のTeamAのキャプテンに就任。大島優子は以前よりTeamKのキャプテンを務めており、SKE48との兼任を解かれた北原里英を除く4人中3人がAKBグループ内の役職に付いており、すっかり“重役ユニット”となっている。  AKB48の派生ユニットはそれぞれ、アイドルシーンのある部分を切り取って特化したユニットとして形成されている。渡り廊下走り隊は、うしろ髪ひかれ隊を受け継ぐ80年代的アイドルの再構築。フレンチキスは渡辺プロ所属メンバーによる、より歌謡曲的な70年代アイドルのメタファー的アプローチ。DiVAはアイドルファンの外へと目を向けた、EXILE的指向の本格ダンス&ボーカル……となっている。板野の着うた路線、さらには岩佐の演歌も含め、AKB48でアイドル、さらには女性ボーカルシーンのすべてを網羅しようという試みがなされているのだ。なお、ノースリーブスは、初期メンバー3人による秋元康氏の原点としてのAKB48のエッセンスを凝縮した、“AKB48の原種”として機能している。  では、Not yetの役割とは何だろうか? 変幻自在のパフォーマー大島優子を中心に、トークを含めたパフォーマンスの表現力の高さが武器のNot yet。当初はAKB48の尖兵としての役割を担っていたように見える。デビューシングル「週末Not yet」は、衣装の色分け、大きな動きのパフォーマンス、そして「走れ!」を意識しているように感じられる楽曲と、明確にももクロを意識していることを感じさせた楽曲であった。  しかし、その後の「波乗りかき氷」からは、AKB48のシングルで多用されているギターサウンドと160前後のBPMとMIXが打ちやすいAKBフォーマット楽曲へ移行。一度はユニットとしての目的を見失った感は否めなかった。しかし今作「ヒリヒリの花」にひとつの回答を見出すことができる。よりギターサウンドを強調した本楽曲で連想するのは、AKB48の代表曲「ヘビーローテーション」だ。  大島優子の少しかすれた声とギターロックとの相性の良さは、「ヘピロテ」や「ギンガムチェック」といった大島センター楽曲で証明済みである。前田敦子の卒業以降、様々なセンター起用を試み、新しいアプローチを続けるAKB48のイメージとは異なり、これらは大島優子が世間に浸透させたAKB48のイメージであろう。そのイメージを裏切らない、そして世間のAKB48離れを食い止めるための指命を与えられたのが今のNot yetであるーーと読み解くことができる。  大島、指原、横山とAKBグループでも大看板となっている3人を擁するNot yet。天才的バイプレーヤーの北原も含め、4人が世間のイメージするAKB48を補完している間に、AKB48では“次世代のAKB48”へと進化するための準備が粛々と進められて行くのだろう。 ■エドボル 放送作家。『妄想科学デパートAKIBANOISE』(TOKYO FM水曜25:00-)『安田大サーカスクロちゃんのIdol St@tion』(目黒FM隔週木20:00-)、『Tokyo Idol Festival2013』(フジテレビNEXT)など、テレビ・ラジオなどの構成を担当。サイゾー、SPA!などでもアイドル関連のインタビューを中心に執筆中。

「でんぱ組.incはルサンチマンに火を付けて飛んでいる」メンバーを奮起させた“屈辱”とは?

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もふくちゃんこと福嶋麻衣子氏

【リアルサウンドより】  でんぱ組.incのプロデューサーで株式会社モエ・ジャパン代表の“もふくちゃん”こと福嶋麻衣子氏が、でんぱ組.incと自身のプロディース論、そして今のアイドルシーンについて語る集中連載第2回。 第1回:「物語性の先に辿りつきたい」でんぱ組.incのプロデューサー・もふくちゃんが語るアイドル論  でんぱ組.incは今月16日、初の東京・日比谷野外音楽堂でのライブを成功させた。いわゆる“ミドル級アイドル”の枠を越えそうな勢いで前進する彼女たちだが、かつては「アイドルなのに、なぜかアイドルファンにウケが悪い」という壁に当たったこともあるという。もふくちゃんはプロデューサーとして、そうした壁を乗り越えるために、でんぱ組.incをどう方向付けてきたのか−−放送作家のエドボル氏が切り込む。 ――でんぱ組.incは当初、二次元のオタクをターゲットにアニメソングを歌ったり、三次元のアイドルファンに受け入れられることを目指していましたよね。でも今は、ロック好きからも支持されている。どのような経緯があったんですか? もふくちゃん(以下、もふく):いろいろな挫折があったんですが、いちばん覚えているのは、2010年に出演した『TOKYO IDOL FESTIVAL』(以下、TIF)ですね。多くのアイドルと対バンする初めての機会だったんですけど、その年も翌年も、すごく反応が悪くて。  2年目のときは、他のグループには歓声が沸くのに、でんぱ組.incのときはシーンとしてしまって。あとから、「曲のBPM(テンポ)が速すぎて、よくわからない」「アニメ声がキモい」などの叩かれ方をしていた。でんぱ組.incとアイドルファンとの相性の悪さを実感して「今まで掘り続けていた壁の向こうに光はなかったんだ」という風に感じました。TIFに来る人は低年齢で、正統派なアイドルを応援するタイプが多いんだ、と(笑)。別のフィールドを狙うべきだと思って、逆にスタンスが明確になり、スッキリしましたね。TIFには、アイドルを追っている人――いわゆる“界隈”の人たちがみんな来ているから、そこでの反応はマーケティング的に役立ちました。その後の方向性を変えるリトマス紙になったんです。  あともうひとつ、TIFでの出来事で強烈だったのは、エンディングに呼ばれなかったこと(笑)。パフォーマンスは小さいステージでやっていたので、みんな「最後にメインステージに立てるよ!」ってワクワクしながら、舞台裏で待っていたんです。でも、しばらくしたら他のアイドルさんが次々と戻ってきて「どうしたの? もう終わったよ」と……。「私たち、呼ばれもしなかったんだ!」とガッカリしましたけど、今になってみると、そういう挫折を経験してよかったなと思います。そのときの気持ちがなかったら、今みたいに「見返してやる!」というような、いい意味でのルサンチマンは生まれていなかった。でんぱ組.incはルサンチマンに火を付けて飛んでいるようなところがあるんですけど、それはこうした経験がベースになっています。
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でんぱ組.inc『W.W.D II』

――挫折を味わった分、2012年に初めてメインステージに立ったときのパフォーマンスはすごかったですね。周りを見ると、僕も含めてみんな泣いていました(笑)。 もふく:「今までの屈辱を晴らしてやる!」という気持ちで(笑)。私もあのときのステージは今でも印象に残っていますね。 ――今年はテレビ番組のスタッフとしてTIFに関わっているのですが、BiSにもアイドルファンからリアクションがくるようになって「アイドルファンの層が広がったな」と感じました。それはある意味、でんぱ組.incが拓いてくれた道だと言える気がするんです。 もふく:たしかに、初回の2010年、11年のTIFに比べて、だんだんと今は客層が違ってきたと感じます。昔はもっと、いわゆる「アイドルオタク」のものだったのに、世の中的にもアイドルファンのすそ野が広がるのと同時に、変わってきましたね。  アイドルはみんな、このイベントで何人のファンを獲得できるか、という意識をしていると思うんです。でもTIFでは予想が悪いほうに裏切られてしまったんですけど、ロックバンドが出るような普通のライブイベントに出演したら、想像よりずっと反応がよかったんです。これはもう何年か前の話ですが、その当時から「おや!? このリアクションなら……」という確信めいた予感がありました。だから、本人たちのキャラクターや楽曲の方向性は変えないで、狙う場所を変えたんです。 ――異種イベントというと、今年は『ROCK IN JAPAN FESTIVAL 2013』と『SUMMER SONIC 2013』に出ましたよね。RIJFでは、でんぱ組.incへのリアクションがすごく大きかったと聞きました。 もふく:ロックイベントで受け入れられたのは、そもそもロック界隈だったり、音楽業界の方たちが先に注目してくれたのも大きいと思います。今もライブの関係者席はアイドル関係よりも、音楽ライターさんなどが多いですね。そういう状況を見ていて、でんぱ組.incは楽しみ方が普通のアイドルとは違うのかな、と思っています。 第3回目に続く ■福嶋麻衣子(ふくしままいこ/もふくちゃん) 株式会社モエ・ジャパン代表取締役社長。東京藝術大学音楽学部音楽環境創造科卒業。でんぱ組.incのプロデュースのほか、秋葉原にあるライブ&バー『ディアステージ』や、アニソンDJバー『MOGRA』の運営なども手がける。TOKYO FM『妄想科学デパートAKIBANOISE』(水25:00)にもレギュラー出演中。 (インタビュー=エドボル/構成・文=編集部)