ロックのなんたるかを教えてくれた山口冨士夫へ

 山口冨士夫が死んだ。  享年64歳。まだ戦争の傷跡も生々しい1949年に生まれた山口は、長い間糖尿病の合併症で苦しんでいた。なので当初は病気かドラッグのオーヴァードーズが死因かと思われたが、報道によれば、どうやら軍属の米国人親子から暴行を受けたのが死因ではないかという見方が強まっている。長年不摂生を続けてきた彼のカラダは、持ちこたえられなかったのだろう。 「村八分」の山口冨士夫さん死去 路上で突き飛ばされる / 朝日新聞デジタル 米軍属男ら傷害容疑逮捕=会社員ら殴りけがさせる/時事ドットコム 「村八分」ギタリスト山口冨士夫さんが死去 1カ月前に突き飛ばされ頭部強打 / msn産経ニュース  彼の名を日本のロック史に永遠に留めることになったのが1970年に結成され、1973年に解散した村八分だ。冨士夫にとって、ダイナマイツに続く2つめのバンドだった。

村八分「1972年 三田祭」

 ぼくはこの時のライヴを見ている。中学生の時だった。それまで見知っていた日本のロックとはまったく違っていた。音も、ヴィジュアルも、ファッションも、ステージ・アクションも、なにより存在感がすごかった。ステージにあがった瞬間にその場の空気が変わるのがわかった。なにかもが完璧にかっこよかったのだ。なかでも冨士夫の、ぞくりとするほど妖艶で危険なヴィジュアルと、恐ろしくシャープでリズムの切れるギターは衝撃だった。上記の断片的な映像でそれがどれだけ伝わるかわからないが、評論家的に後付で分析してしまえば、彼らはエロスとタナトスがギリギリにせめぎ合う、危ういまでのデカダンスを全身で体現していた。まさしくジャン・コクトーの描く「アンファン・テリブル」そのものだった。彼らは刃物のように尖っていて、風花のように美しかった。そんなバンドは、そう、ほかにローリング・ストーンズしかいなかった。ぼくは村八分によって、理屈ではなく直感で、ロックを学んだ。
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村八分『Live '72 三田祭』

 彼らと同世代で交流もあった角田ヒロは、当時「村八分なんてストーンズとアリス・クーパーのコピーじゃないか」と言っていた。またCHARがセックス・ピストルズを聞いて「これ、村八分と同じじゃん」と言ったのは有名な話だ。ストーンズ⇒村八分⇒ピストルズというラインは、確かに実感がある。そしてぼくと同じように村八分のライヴに異様な衝撃を受けたのが、後にフリクションを結成したレックだった。レックは以前、ぼくとのインタビューでこんなことを言っていた。 「できかたが違うっていうか、冨士夫ちゃんやチャー坊がそれまで経験してきたものが、自分とは全然ちがうっていうか。(中略)それまでの日本のバンドとは全然ちがう匂いがあった」(『NU SENSATIONS 日本のオルタナティヴ・ロック 1978-1998』)  その「まったく違う経験」とはなにか。それはたとえば海外放浪生活でリアル・ヒッピーなライフスタイルが完璧に身に付いていたチャー坊(ヴォーカル)の身のこなしやたたずまい、あるいは日本人の母と英国軍人の黒人の父の間に生まれ、3歳の時に施設に預けられ、過酷な差別体験を味わったという冨士夫の、戦後日本の混乱と矛盾を一身に背負った境遇なのかもしれない。もちろんぼくだって当時そんなことを知識として知っていたわけではない。だがロックとは音楽スタイルの一種ではなく、その人の人生や生き方の集積であり、「人間」そのものなのだと、村八分が教えてくれたのだった。  「オレたちは、あのくだらない戦争の、まさに傷あとそのものなんだ。わかるか? こんな話を聞いているあんただって、実はそうなのかもしれないぜ」(山口冨士夫・大野祥之『SO WHAT』)  今となっては奇異に思われるかもしれないが、当時村八分のライバルと一部で見なされていたのが、矢沢永吉のキャロルだった。

キャロル「ルイジアンナ」

 実際、1973年5月12日には日比谷野音で「ロックン・ロール・タイトル・マッチ 村八分vsキャロル」というコンサートが企画されていた。当時ヒットを連発してセンセーションを巻き起こしていたキャロルと、まだデビューもしていなかった村八分が対等の立場でライヴをやるのである。当時の村八分の存在感がうかがいしれると同時に、両者に同質の匂いがあったことの証拠でもあるだろう。結局コンサートは中止となるのだが、『ニューミュージックマガジン』1973年7月号によれば、キャンセルを申し出たのは、当時コンサートのドタキャンやライヴの中断中止で悪名高かった村八分ではなく、キャロルの方だったという。  矢沢と冨士夫は同じ学年で誕生日は一ヶ月しか違わない同世代である。戦争の煽りを受け、両親を早くに失い、幼少期から差別やいじめを受け貧困にあえいでいたのも同じだ。アーティストとしても、強烈なインパクトのグラマラスなヴィジュアル、「生き方としてのロック」を体現するような危険な匂い、圧倒的な存在感、ロックンロールの原点の魅力を叩きつけてくるシンプルでエネルギッシュな音楽性も、それまでの日本のバンドとは一線を画す演奏力という点でも、共通項がある。そしてフジテレビの番組「リブヤング」に出演することで一気に知名度を上げたのも同じだ。  両者がお互いをどう思っていたのかはわからない。だが長い間英米の借り物でしかなかった日本のロックが、彼らによって真にオリジナルな次元へと飛躍していったのは間違いない。60年代後半以降の英米のロックは当時の公民権運動やベトナム反戦運動など反権力・反体制運動と連関して、カウンター・カルチャーの象徴として若者の圧倒的な支持を受けたが、日本でカウンター・カルチャーとしての若者音楽の役割を果たしたのはロックではなくフォークだった。結局日本のロックは(頭脳警察などの例外はあるにせよ)、政治性や思想性を抜きにした、若者の<理由なき反抗>、言い換えれば「不良の音楽」として側面を強めていくのだが、キャロルと村八分こそは、その動きを推し進めた両輪であったという見方も成り立つだろう。  今でも村八分の曲は、NHKで放送ができない。曲以前に、バンド名が内規にひっかかってしまうのだ。そんなバンドはほかにない。生まれついて社会から疎外され、はみ出し続けてきた男。それだけに、90年代以降の冨士夫が、反戦・反核・反原発といった社会運動に身を投じていくのは興味深い。

The Teardrops「湾岸戦争反対集会 1991 Feb.10. 1」

ぼくはあまりにも村八分のことに字数を費やしすぎたようだ。村八分は1973年5月5日京大西部講堂のコンサートを実況盤としてリリースするが、アルバム・リリース時にすでにバンドは解散状態だった。
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村八分『ライブ』

 その後の冨士夫はよりパーソナルな表現世界を追求したソロ・アルバム『ひまつぶし』(1974年)のような傑作もあるとはいうものの、バンドを作っては壊し、村八分の再結成も実りなきまま終わって、長い間一線を退いていたという印象だった。その間にぼくはオトナになり、社会人になって、やがてフリーライターになった。そのとき、久々にパーマネントなバンド<ティアドロップス>を率いて再びメジャーに殴りこんできた冨士夫に、思いもかけず取材という機会で対面することができたのである。1990年前後のことだった。

The Teardrops「瞬間移動できたら」

 所属レーベルだった東芝EMIの会議室で会った冨士夫は、圧倒的な威圧感を発していた。詳しい会話の内容は覚えていない。長年の憧れであり「ロックの師」に初めて会えた緊張感ですっかり固まっていたぼくを見透かすかのように、冨士夫はこんな言葉を投げつけてきた。 「つまんねえ質問すんなよ」 「そんなこと訊いて面白いか?」  インタビュアーとしての己の未熟さを痛感し、戸惑い恐縮しながらも、なんとか取材が終わりに近づいたころ、冨士夫はぼくの顔を覗きこんで、こう言った。 「お前、オレの本書くか?」  なるほど。このオッサンはオレをわざと挑発して、試していたんだ。そう理解した。食えないオヤジだな。そう思った。  残念ながらそれに対してどう答えたか覚えていない。だが結局冨士夫に会ったのは、それが最後になった。もちろん本を書くこともなかった。ぼくの冨士夫に対する思いは、会って会話を交わすことで、すっかり沈静化して、冷めてしまったようだった。それ以降、何回かライヴを見たり、あるいはフジロックのフィールド・オブ・ヘヴンで見かけたり、あるいは3.11以降のこんな場所で歌う動画を発見して健在を確認したりしたものの、ぼくにとって彼はすっかり「過去の人」になっていた。闘病中だったことは知っていたが、ふだんの動向もほとんどチェックしていなかった。そして彼に出会って31年がたったころ、ぼくは訃報を受け取ったのだった。

山口富士夫@経済産業省前「原発いらない福島の女たち」

 そんなぼくにこんな文を書く資格があるかどうかはわからない。だがそれでも、ぼくにとって冨士夫は、昔も今も最大のロック・アイコンのひとりであり続けている。おそらくこれからもそうだろう。彼によってロックのなんたるかを知ったのだから。  フジオさん、ありがとうございました。あなたのことは忘れない。  2013年8月16日 小野島大

「モー娘。再評価の構造は、ビートルズ再評価と同じ」若いアイドルファンがハロプロにハマる理由

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モーニング娘。『わがまま 気のまま 愛のジョーク/愛の軍団』(UP-FRONT WORKS)

【リアルサウンドより】  今年で結成16年目のモーニング娘。に対する再評価の声が高まっている。1月、4月のシングルで11年ぶりに2作連続オリコン週間チャート1位を獲得したほか、そのパフォーマンス能力や歌唱力の高さを指摘する論評も増えてきた。その流れに乗るように、9月10日には℃-uteが、11月19日にはBerryz工房が武道館での単独公演を行うことも決定。AKB48以前のアイドルシーンを牽引してきたハロー!プロジェクト全体がいま、復権しつつあるのだ。  AKB系グループやももいろクローバーZに押され気味だったモー娘。だが、ここ数年、熱心なアイドルファンや音楽業界関係者の間で評判が高まっていたのは事実。とはいえ、露出が極端に増えたわけではなく、一般的には「コンサートでは盛り上がっている"らしい"」という状況が続いていた。  そんな彼女たちに再び注目が集まっていることには、どんな背景があるのか? 『Tokyo Idol Festival2013』(フジテレビNEXT)『クロちゃんのIdol st@tion』(目黒FM)などのアイドル番組の構成を担当する放送作家エドボル氏は、「モー娘。再評価の構造は、ビートルズが再評価されるのと同じ」と語る。 「どの世代にも必ずビートルズが好きなアーティストがいる。例えば、奥田民生のファンだったら、彼が敬愛するビートルズも評価するでしょう。これと同様に、モー娘。好きのアイドルが表に立つ時代が来たため、外部から新しいファンが流入しているのだと考えられます。  一昔前のアイドルは、みんな90年台後半に活躍したSPEEDが好きだった。AKB48メンバーで例えるなら、板野友美(22歳)までがこのSPEED世代です。そして、指原莉乃(20歳)あたりからが、2000年前後に大ブレイクを果たしたハロプロに憧れて育った世代で、みんな影響を受けている。その下のアイドルとなるとAKB世代で、今はまだローティーンというところでしょう。"僕が好きなあの子が好きなモーニング娘。"として、若いアイドルファンから新たに注目を集めている面もあると思います」  外から来たアイドルファンが"再発見"している。その構図は、モー娘。と同じく再び人気を集めている℃-uteにも当てはまるという。 「℃-uteは年々パフォーマンスに磨きをかけ、クオリティが高いステージを展開してます。しかし、常に彼女たちの活動を追ってきた"ハロヲタ"からすると、日々積み重ねてきたダンスや歌の成長は感じにくいんだと思います。  その点、自分も含めたハロプロのファン以外のアイドルファンからすると、彼女たちの印象はBerryz工房などと一緒にNHK紅白歌合戦に出た2007年ごろで止まっている。そこで、再び注目を集めつつある現在進行形の℃-uteのパフォーマンスを観ると、"すげえ!"という話になるんです。指原莉乃や柏木由紀をはじめ、いまの20歳前後のアイドルにベリキュー(Berryz工房×℃-ute)好きが多いこともあって、興味をもつ人が増えてきているのでしょう」  それでは、プロデューサーであるつんく♂氏の手腕に対する評価はどうだろうか。エドボル氏は、現在のアイドルプロデュースの基本的なフォーマットがAKBモデルになっているなかで、「つんく♂さんは、ハロプロという膨大な土台の上で勝負し続けてきた」と分析する。 「つんく♂さんのインタビューを読むと『秋元さんは商売がうまい』『でも楽曲はつまらない』というスタンスで、AKBが売れている理由を自分なりに解釈し、"AKBはこうだから、ハロプロではこうしよう"と考えてこなかった。ゼロからスタートしたバクステ外神田一丁目の一部楽曲をつんく♂さんが手がけていますが、現在のところ、大きく成功しているとは言いがたい。つんく♂さんはアイドルプロデューサーとして、「会いにいけるアイドル」的なAKBフォーマットには対応し切れていない面があるんだろうなとは思います。ただ対応できない部分は、ハロプロという歴史の蓄積で補っているんでしょう。  結果、現在のアイドルシーンで、ハロプロは独自の立ち位置を作り上げています。その状態のまま、変わらずにやり続けられるのが一番強いのかなと思います。"変わらない"と言っても、音楽的には常に変わっていますし、パフォーマンスも進化していくし、メンバーも入れ替わる。その中でブランドを守っていくことができれば、巡り巡ってまたブレイクするときがくるということでしょう」  次回はAKB48とももクロの未来について、引き続きエドボル氏に聞く。 (取材=吉住哲、構成=編集部)

ガガの新曲リークは自作自演か 海外の大胆すぎるプロモーション事情

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『Applause(初回限定盤)』(ユニバーサルインターナショナル)

【リアルサウンドより】  レディー・ガガのニューシングル『Applause』から、一部の音源がインターネット上に流出。これを受け、8月19日だった配信予定日が一週間繰り上がり、本日13日に解禁された。ガガは今回の件について、自身のツイッターで「ハッカーによる多数のリークがありました。ポップ・ミュージックに緊急事態です。モンスターたちこのニュースを拡散して!」とコメントしている。
ネット上の反応は「期待していたより普通の曲」「ライブパフォーマンスで化けるから楽しみだ」など楽曲への感想がメインだが、一部からは「わざと流出させたんじゃないの?」という声も。ガガは2011年のシングル『Judas』PVでも流出騒ぎを起こしているため、「またか」と思うファンも多かったようだ。はたして、真偽のほどはどうなのか。音楽・ITライターの大山貴弘さんに聞いた。 「ガガは普段からSNSをバリバリ使っており、今回も自ら『ダウンロードしないで』と呼びかけています。完成してから聞いてほしいという一心での行動かもしれませんが、本人が発言すると情報が広まってしまうので、本来なら粛々と削除依頼をするのが正しいアプローチですよね。そう考えると、『押すなよ!』というダチョウ倶楽部のネタのようでもあり(笑)、炎上マーケティングのひとつと捉える意見が出ても不思議ではありません。もちろん、故意かどうかを断言することはできませんが......」  『Applause』は2年半ぶりにリリースするアルバムのリードトラックとして話題になっていたが、現状ではネットニュースの見出しに「流出」「リーク」の文字が目立つ。流出が故意ではないとしても、注目度がより高まったという意味では、「結果オーライ」と捉えることもできる。  もしプロモーションであるとすれば、大成功と言っていい結果だ。海外では、ネットの特性を活かしたプロモーションが活発だが、他にはどんなものがあるだろうか。 「先月リリースされたJAY Zのアルバム『Magna Carta Holy Grail』は、サムスンと手を組んで、『Galaxy S3』『Galaxy S4』『Galaxy Note 2』を利用する米国のユーザーに限り、発売前に無料で全曲ダウンロードできる、というキャンペーンをやっていました。100万人限定、専用アプリが必要という制限付きでしたが、サムスンが1枚あたり5ドルで100万枚分のデジタルコピーを購入したようで、ジェイ・Zはリリースになる前から何億も儲けたと話題となりました」  こうしたプロモーションについては、JAY Z自身が所属レーベルのCEOであることから、著作権の処理がスムーズに進んだ面もありそうだ。  日本におけるネットを使ったプロモーションは、アルバムのリード曲を先行配信したり、PVをYouTubeで公開するケースが大半を占めている。いずれは、レディー・ガガやジェイ・Zが使ったような過激なプロモーション手法も登場するのだろうか。 (文=編集部) ■関連情報 Lady GaGa | レディー・ガガ - UNIVERSAL MUSIC JAPAN

北川景子、成海瑠子、元SKE秦佐和子も……意外に増えてる? 洋楽好きの美女リスト

【リアルサウンド】  「チカちゃん」の愛称で親しまれるフリーアナウンサー・高樹千佳子が12日、年下男性との結婚を発表した。コアな洋楽ファンとして知られ、音楽コラムの連載経験も持つ彼女。結婚相手の男性とも、音楽の話で意気投合して仲を深めたという。  ネット上では「やっぱりロック繋がりか」と納得する声が上がる一方、一部の洋楽ファンは「音楽がきっかけなら、俺にもチャンスがあったんじゃないか」と寂しさをにじませている。また、「サマソニで旦那と歩いているところを見た」という目撃情報も見られた。

吉高由里子はサカナクションのライブに出没!

アンダーワールド『Second Toughest in the Infants』収録

 フェスやライブでの目撃情報が話題となる芸能人は他にもいる。例えば、女優・吉高由里子は2011年、「寝坊して スッピンで髪ボサボサで RSRに行ったんだけど ねぇ? 気付かれるてどゆこと?」と自らのTwitterで明かしている。サカナクションのライブにもよく姿を現すといい、ボーカル・山口一郎が影響を受けたと話すレイ・ハラカミの楽曲も聞くようだ。サカナクションのルーツといえばアンダーワールドなどが挙げられるが、こちらもチェック済か気になるところ。

北川景子はデヴィット・ボウイが好き!

デヴィット・ボウイ『Space Oddity』収録。

 同じく女優の北川景子も、洋楽好きとして知られるひとり。両親の影響で1970~1980年代の洋楽に詳しく、過去のインタビューでは「普段ほとんど洋楽しか聴かないから歌える曲が全然ない」と打ち明けている(参照:ORICON STYLE「役柄とは異なる 個人的に惹かれる異性のタイプ」)。中でも、デヴィッド・ボウイを崇拝しており、部屋の中にポスターを貼っていたこともあったという。

成海璃子は洋・邦を問わない音楽ファン

トーキング・ヘッズ『リメイン・イン・ライト』収録

 また、女優・成海璃子も、好きなミュージシャンとしてINUや村八分、あぶらだこの名を挙げて「若いのに音楽の趣味が渋い」と話題になったことで有名。邦楽ロックのみかと思いきや、過去にテレビ番組で自室を撮影した際には、所持しているアナログ盤としてトーキング・ヘッズ『リメイン・イン・ライト』を紹介。CDラックにはマイ・ブラッディ・ヴァレンタイン、ピクシーズなどが収められており、洋楽も聞くようだ。  その他、元SKE48で現在は声優を目指す秦佐和子も、大学でのドイツ語の講義をきっかけにクラフトワークを好むようになるなど、音楽を聞く女性芸能人は意外と多い。邦楽しか聞かない者にとっては、"マニアックな趣味"として敷居の高いイメージもある洋楽。ちょっと興味はあるけど、何を聞いていいかわからない......という人は、話題の芸能人が好むミュージシャンから手を出してみるのもアリかもしれない。 (文=村上ノボル)

サマソニ"ミスチル地蔵"問題はなぜ起きた? その原因と解決策を探る

『SUMMERSONIC』

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『SUMMERSONIC 2013』公式サイト

【リアルサウンドより】  8月10日、11日に東京、大阪で行われたサマーソニック2013。東京、大阪で20万人以上を動員して成功裏に終わった同フェスだが、ネットでは"ミスチル地蔵"と呼ばれる一部参加者の行動が話題となっている。  ミスチル地蔵とは、ミスターチルドレンのライブを最前列で観たいがために、その前のアクト(今回はスマッシング・パンプキンズ)の演奏時から最前列を陣取るファンのことを指す。ミスチルが登場するまではボンヤリと立ちすくんだり、その場に座り込むなどする姿が見られたことから、ネット上で"地蔵"と揶揄されてきた。  今回の大阪でのライブに参加したリスナーの声をまとめたNAVERまとめ記事によると、「サマソニで前の方でシート敷いて座って場所取ってるとか予想を遙かに越える行動をとるミスチルファンがいっぱいいるとは...」「スマパン始まっても前方のお客さんずっと棒立ちで、さすがにビリーも怒っちゃって、"Thank you for the warm reception. "(前座を観てくれてありがとう)って皮肉なジョークを言ってた。悲しかった」と、場所取りをしている人々の行動に驚く声もあった。  この現象について、夏フェスに詳しい音楽ライター・柴那典氏は「ツイッターとNAVERまとめの組み合わせで過剰なフレーミングが行われていると思う。東京のサマソニを観る限り、大きく問題視されるほどではなかった」としつつ、次のように分析する。 「"地蔵現象"はミスチルに限らず、ほかのアーティストのアクトでも起こり得るものです。特に国民的バンドといわれるクラスの大物になれば、フェス文化そのものに慣れていないファンも多い。そういうタイプのファンは、ワンマンライブのチケットを取り損なったがためにフェスに参加している。それゆえにほかのアーティストに興味がなく、棒立ちになってしまうんです。  また、特にSNSを使いこなしていないファンは、ファン同士の交流もなく、アーティストと自分の関係性が"一対一"でしかない場合が多い。つまり、自分たちのマナーがそのバンド自体の評判にかかわってくる、という客観的な視点がないことも、フェスの常連である音楽ファンの不評を買う原因になっているのでしょう」  SNSの登場以降にブレイクしたアーティスト――例えば、ももいろクローバーZのファンであれば、「自分たちのマナーが悪ければ、SNSを通じて悪評が拡散し、ひいてはももクロ本人まで叩かれる、という視点を持っている」と柴氏。 「今回のミスチルも、2日目の東京では1日目の大阪ほどそういった行動が見られなかった。それはツイッターやフェイスブックなど、SNSを通じて自分たちの行動が問題視されていることをファンが認識したからかもしれません。これは、ネットリテラシーが大きく関わってくる問題なのかもしれませんね」  サマーソニック大阪の公演を担当しているキョードー大阪の広報部に、この問題について尋ねてみたところ、「広報では現場に行っておらず、公演担当者もまだ現場の仕事に従事しているため、お答えしかねる」との返答があったのみで、スタッフ間ではそれほど大きな問題として把握されているようではなかった。また、ネット上では「スマパンの後にミスチルというブッキングに問題があったのでは」との声もあったため、運営元のクリエイティブマンプロダクションにも問い合わせてみたが、本日はサマーソニックのために休業しているとのことで、回答は得られなかった。  "フェスマナー"の周知徹底は重要かもしれないが、ファンに悪意はなく、また運営側にも、もちろんアーティストにも責任があるとは言いがたいこの問題。有効な解決策はあるのか? 再び柴氏に聞いた。 「一つの解決策としては、バンドのリーダーやスポークスマンがファンに対して、他のバンドにもリスペクトを示すように呼びかけること、そしてその声を隅々まで浸透させることが挙げられるでしょう。ASIAN KUNG-FU GENERATIONの後藤正文さんをはじめ、実際に自分たちのファンに向けてそういった発言をしているミュージシャンも多いです。  今回で言えば、もしミスチルの桜井和寿さん自身が他の出演アーティストへの興味や共感を積極的に語ってきたのならば、ファンの意識も変わっていたかもしれません。実は、ミスチルの『Worlds end』はスマパンの『Tonight Tonight』に影響を受けた曲だと言われています。それを大阪で一曲目に演奏したのは、桜井さんなりのリスペクトの表明だったのではないでしょうか。しかし、その思いは残念ながら一部のファンには届いていなかったようです」  夏フェスがブームとなり、客層も幅広くなっている昨今。誰もが気持ちよくライブを楽しむためのポイントは、リスナーのネットリテラシーと、人気アーティスト自身の呼びかけにかかっているのかもしれない。 (文=編集部)

「いずれは人の声も、楽器も必要なくなる」佐久間正英が夢見る、未来の音楽とは

20130809sakuma-13.jpg 【リアルサウンドより】  日本を代表する音楽プロデューサー佐久間正英氏が、音楽シーンへの提言を行う集中連載。最終回となる後編では、現在のアイドルシーンから"新たな音楽"の可能性までを語ってもらった。 前編:「今はライブ全盛」は一面的な見方 ライブハウスのシステムに無理がきている 中編:「僕が今もし20歳だったら、けっこう燃えていた」佐久間正英が見通す、音楽業界の構造変化 ――最近のアイドルブームについては、どう捉えていますか? 佐久間:個人的にはあまり聴きませんが、今出ている作品は決して悪くないと思います。ただ、新しい音楽はなく、アレンジも含めて有り物の再構成でできているので、突出したものもない、という印象です。  バンドの音楽は個人の音楽性によるものだから、いつの時代でも新しいものは出てきますが、商業音楽としてのアイドルの作品は、世に出る前に制作サイドがふるいにかけることになる。だから、突出したものより安全なもの、つまり過去にウケたものを再構成した作品が出てくる、という面があるのではないでしょうか。 ――佐久間さん自身も、80年代前半にはアイドルの楽曲プロデュースを手がけていました。 佐久間:当時のことを思い返すと、作曲家の筒美京平さんなどには突出した才能がありました。メロディラインだったり、アレンジのちょっとしたアイデアに、いつも「なんでこんなことができるのか」と驚かされたものです。良い悪いという話ではないのかもしれませんが、それと比べると今の楽曲は、当たり障りがなく、覚えやすいけれど、半月で忘れてしまうようなものが多いように思います。 ――佐久間さんは以前、ポピュラー音楽において歌詞の重要性はどんどん下がっていると指摘されています。 佐久間:歌詞に関しては、世界的に見てもあまり重要ではなくなっていますね。つまり、言葉にリアリティがなくてもよくなっている。例えば、ピンクレディーの「UFO」や「ペッパー警部」という言葉には、よく分からないけれど身近な感覚で捉えることができるリアリティがあったと思います。これも良し悪しではなく、言葉の捉え方が変わった、ということでしょう。  その象徴が、初音ミクをはじめとするボーカロイドの流行だと思います。基本的に人の言葉は人の声を通してはじめて心に響くわけで、言葉が重要視されていたら、ボーカロイドはここまで流行らなかったはず。"言葉の意味"ではないものがリスナーに響いている時代なんだと思います。 ――佐久間さんは20代の頃から、"言葉の意味"はおろか、楽器の演奏さえない音楽がいずれ生まれるだろうと考えていたそうですね。 佐久間:少しややこしい話になりますが、表現のイメージを音で表せば音楽なわけですから、楽器を重ねて、アレンジして、歌詞を考えて、人が歌って......というまどろっこしいことをしなくても、音楽は成立します。最終的な音としての「波形」を最初からイメージして、それを音楽として生成することができる技術ができれば、新しい音楽の形になるでしょうね。音楽を波形として捉えれば、人の声で歌う必要はないし、楽器を使う必要もないんです。 ――オリジナル楽曲のインターネット無料配信も積極的に行うなど、佐久間さん自身が変わりゆく音楽業界の中で挑戦を続けてきました。自分の手で、そういう新しい音楽を作ってみたいと思いますか? 佐久間:研究してみたいとは思いますが、まずは過去の膨大な音楽の解析からはじめなければならないし、莫大な予算がかかるので難しいでしょうね。例えば、人が心地いいと思う音楽を解析して、いくつかのフレーズを並べればいい音楽になるかというと、そんなはずはない。サンプル単位で一つひとつ繋いで検証し、「心地よく繋がる」方法を導き出す作業が必要で、こればかりはコンピュータではなく人間がやらなければならないから、莫大な予算とともに、時間と根気も必要だと思います。でもいつか、頭の良い人がそういうものをポンと作ってしまうのではないか、という期待もありますね。 ――過去の音楽の検証が必要だ、という話がありました。さまざまなロック・バンドやシンガーと関わる中で、その音楽に共通する"快感の法則"のようなものはありますか? 佐久間:ロック・バンドでいうと、パワーとスピードが大きいと思います。ただ、いかんせんロックも半世紀以上経った古ぼけた音楽なので、そろそろ終わってもいいのかなと思います。ロックは70年代半ばにはもう完成されていて、幸いにして80年代のニューウェイヴで一度解体されたことで、延命できたという感じ。90年代くらいまでは解体・再構築によってそれなりに変遷があったと思いますが、それ以降のロックは一般的に同じようなものになっていった。パンクが出てきてから、もう30年くらい経っていますからね。 ――制作環境についても、あるいはアーティストの意識や作品についても、音楽業界が新しいものに一歩踏み出すべきタイミングなのかもしれませんね。最近の佐久間さんはプロデュースだけでなく、演奏者やクリエイターとして表に出ることも増えていると思います。いま、目指しているものはありますか? 佐久間:もともと僕はただのバンドマンですから、プロデュースの仕事も少なくなってきたし、別のことをやっている、という感じです。特に野望や夢というものは持っていないので、これからも地道に着々と音楽をやっていけたらいいですね(笑)。 (了) 【取材後記:3回に分けて掲載した今回の佐久間正英氏インタビューは、8月7日に佐久間氏の事務所で行われました。私たちはかねてから、佐久間氏がFacebookやブログで発表してきた音楽界への提言について詳しく話を聞きたいと考えており、リアルサウンド開始当初より願っていた取材が実現した形でした。初回の記事をアップした8月9日の夜、佐久間氏はご自身のブログ「Masahide Sakuma」でがん闘病中であることを公表されました。そうした事情を知らぬまま取材を申し込んだ私たちに対し、快く応じてくださった佐久間氏の優しさに、心から感謝と敬意を表します。そして、14日に行われる手術の成功と一日も早いご快復をお祈りします。神谷弘一】

「僕が今もし20歳だったら、けっこう燃えていた」佐久間正英が見通す、音楽業界の構造変化

sakuma-11.JPG 【リアルサウンドより】  日本を代表する音楽プロデューサー佐久間正英氏が、音楽シーンへの提言を行う集中連載。ライブハウスをはじめとする音楽界の問題点を指摘して大きな反響を呼んだ前編「『今はライブ全盛』は一面的な見方 ライブハウスのシステムに無理がきている」につづき、中編では音楽業界の収益構造の変化と、ミュージシャンがその中でどう活動すべきかを語った。 ――第一回では、音楽界を取り巻く現状と問題点について伺いました。佐久間さんはそれを冷静に分析した上で、悲観することなく新しいことをすればいい、というお考えですね。 佐久間:そうですね。保守的な立場の人は「これまでのような仕事ができない」「お金も入ってこない」と悲観するかもしれませんが、僕はただのミュージシャンだから。俯瞰してみると、これまでの業界の構造が劇的に変化している面白い時代だし、僕がもし20歳だったら、けっこう燃えていたと思いますよ(笑)。 ――昨年、佐久間さんがブログに書かれた「音楽家が音楽を諦める時」という記事は、大きな議論を呼びました。こちらも、予算の制約が厳しく、これまでのような制作は難しくなっているという現状を明らかにする内容でした。 佐久間:別に責任感を持って業界の問題を訴えようと考えたのではなく、ただ現実を書いただけですが、「音楽を作るのにお金が必要だということを、みんな忘れていないか?」という思いはあります。楽器を買うにもスタジオに入るにも、ライブハウスに出るにもお金がいる。移動するためには車を持たなきゃいけない。若いバンドでいうと、練習に時間をかければバイト代は減るので、これもコストと言えるかもしれない。これがレコーディングとなれば、リアルにより多くのお金がかかるんです。 ――現実に、かなり名の通ったミュージシャンでも「生活するのが厳しい」というケースがあると聞きます。 佐久間:ミュージシャンがお金を稼ぐための方法も変化していて、それはCDでもなければ、あるいはライブそのものでもなく、ライブ会場でのグッズの売り上げだったり、ファンクラブの会費だったりする。アメリカのバンドとは違い、日本のバンドはライブのギャラだけでは生活できません。ライブハウスのシステムの問題もあるし、「お金を払ってライブに行こう」という音楽人口の絶対数が少ない、ということもあります。 <!-- Separator for PageBute --> ――グッズやファンクラブから収入を得るというのは、必ずしも作品そのものではなく、送り手側のライフスタイル全体をビジネスとするような感覚ですね。 佐久間:エンターテインメント産業としてはそれで間違っていないし、例えばAKB48のようなやり方も正しいと思います。ただ、音楽という考え方をした場合に、ライブで食べることができず、またCDが"グッズ"のひとつになってしまっていることは残念に思います。売れているバンドのグッズ売り場は長蛇の列。そのなかで一番売れないグッズがCDという状況なんです。  この時代に、レコード会社がどんどん潰れていくのは仕方ないと思います。気の毒ではあるけれど、商売として新しい環境に適応できなかったツケが回ってきただけ。でも、これから音楽を志す人たちにとって、夢がなくなってしまったことが苦しいですね。生活できないからという理由で音楽を趣味にとどめたり、夢を捨てきれずフリーターをしながらライブを続ける......という状況は、やっぱり寂しい。 ――見方を変えると、音楽産業が高い利益率を誇った50年くらいが、ポピュラー音楽の歴史の中で特別な時代だった、ということでしょうか? 佐久間:そんなことはないと思いますよ。全世界的に見てこれから音楽産業が衰退していくかというと、僕はそうは思わない。例えば最近、台湾の人気アーティスト・AARON(アーロン)くんのアルバムを聴いたら、クオリティが本当に高い。日本ではこんなにきちんとしたレコーディングはできない、というレベルです。台湾でCDが売れているかというとそんなことはないし、別のビジネススタイルが確立しているはず。日本の音楽業界は、新しい環境への対応が下手だったな、と思います。いろいろと話しを聞くと、今はアジアでも日本は相手にされない、というのが現実のようです。シンガポールで「日本の人とは仕事をしません」と露骨に言われた、という音楽関係者の話も聞いたことがある。幸いロック・バンドに関してはこれに当てはまりませんが、いわゆるポップスについてはクオリティが低いと思われている。韓国のポップス業界でも、プロデューサーはアメリカから呼びます。日本から呼べば安上がりなのに、と思いますが、音楽としての質を保てないと見抜いているのでしょう。 ――制作体制も含め、日本の音楽の質が低下しているのだとしたら、そうした問題意識は多くの人に共有されているでしょうか。 佐久間:日本で音楽をやっている若い人の多くが、そうは思っていない。リスナーもいい音を知らずに育ってしまったから、クオリティが低いことに気づくことができないんです。かつては、僕が録ったものの質が低ければレコード会社に怒られたものですが、今は制作にかかわっている人たちが、音の良し悪しを聴き分けることができない。極端な話、生のピアノ、生のドラムで録音したことがないレコーディングエンジニアも出てきています。「カッコイイか」「キッチュか」という感覚的な判断しかできないのです。  アメリカではどうか。レコーディングのやり方も、音に対する捉え方も、基本的には昔と変わっていません。売れている作品を聴くと、HIPHOPはまた別ですが、素晴らしく音がいいものが多い。音楽のクオリティの低下は、やはりテクノロジーや環境だけのせいにはできない、ということです。 (取材・文=神谷弘一) 後編に続く

佐久間正英の提言「“今はライブ全盛”は一面的な見方、ライブハウスのシステムに無理がきている」

20130809sakuma-08.jpg 【リアルサウンドより】  BOØWY、THE BLUE HEARTS、エレファントカシマシ、GLAY、JUDY AND MARY――数々のトップバンドのプロデュースを担当してきた、日本を代表する音楽プロデューサー佐久間正英氏が、音楽シーンへの提言を行う集中連載。第一回目は、現在のミュージシャンや音楽業界が置かれた状況について意見を伺った。 ――昨今の音楽メディアでは、これまでになくライブを取り上げることが増えています。レコーディングとライブ、両方の現場で長く活躍してこられた佐久間さんは、レコーディング作品から生演奏へのシフトをどう捉えていますか。 佐久間正英(以下、佐久間):音楽業界としては、確かに「CDが売れなくなった。音楽を聴かせるにはライブだ」という意識がある。けれど、リスナーの側が「CDがつまらなくなったから、ライブに行こう」という方向にシフトしているとは思えません。フェスの流行はありますが、ライブハウスに行く人の実数が飛躍的に増えたでしょうか?  僕も正確なデータを持っているわけではない。ただ、身近なバンドの子たちに聞く限りでは、ライブハウスの状況は決してよくなく、むしろ動員が減ってきているという印象があります。「ライブが盛り上がっている」というのは一面的な情報であって、僕はそれよりライブハウスのシステムに無理がきていることを問題視しています。 ――"無理"と言うと? 佐久間:出演者に対して動員数のノルマがあり、かつアマチュアバンドなのに、チケット代が2500円程度というのも高すぎる。バンドは友人をかき集め、なんとかノルマをこなします。つまりライブハウスは、実際には音楽を聴きに行く場所ではなく、単に交友関係の場になっている。ライブハウスに「あのバンドを観に行く」とは言いますが、「音楽を聴きに行く」という人はあまり見たことがないでしょう。そうした発展性のない状況で、バンドに本当の力がつく前に疲弊してしまうことも少なくない。  また、コンサート全般について、チケットの値段が高いとも思います。1万円前後するのが普通で、フェスだったらもっと高い。それだけのお金を出して音楽を聴きたいという層は、やっぱり一握りだと思います。高いお金を払いたくないから、多くの人がYouTubeで済ませてしまうわけでしょう? ――かつてよりも、音楽リスナーが財布の紐を締めている、と。 佐久間:そうですね。原因としては構造的な不況の問題もありますが、CDが売れなくなったのは、単純にお金がなくなったというより、面白いコンテンツがなくなったことが大きいと思います。アルバム1枚に、2000円~3000円のお金を出す気がなくなっているんじゃないかな。また、面白いコンテンツがあったとしても、整理された情報が届きにくくなっていることも大きい。音楽誌も衰退しているし、YouTubeのように誰でも動画が上げられるサイトで音楽を聴くようになると、「私の歌を聴いてください!」という人がたくさんいるから、何を聴いたらいいかわからなくなってしまう。そのなかに時々見られる素晴らしい才能も、埋もれて発見されなくなります。もともと音楽をやっている人、特に天才肌の人は、自分を売り込むのが案外下手ですからね。  そして、音楽業界全体にスピードがはやくなりすぎていて、いい音楽があっても一瞬で消えていく、あるいはきちんと聴いて判断されずに流されていく、ということもあると思います。多くの音楽が気軽に聴けるようになっても、そのほとんどがつまらないものだったら、聴く気もなくなってしまう。本を普段読まない人が、本屋さんに行くとどうしたらいいかわからなくなる、という状況に似ているかもしれません。 ――こうしたコンテンツを取り巻く環境は、今後も続く可能性は高そうです。 佐久間:基本的にはこのままの状態が続き、ミュージシャンもリスナーもそれに馴染んでいくのだと思いますが、情報整理の方法は少し変わっていくかもしれません。つまり、「ググる」が第一の選択ではなくなる可能性はある。そういう意味では、spotifyやPandora Radioなどの音楽配信サービスに期待している人が多いですね。ただ、僕としてはAppleが出てきたときのようなドラスティックな変化がもう一段階起こらないと、状況は大きく変わらないと思います。 ――佐久間さんはこれまで音楽活動を続けるなかで、今のお話に出たような"情報の流通"の部分は常に意識していたのでしょうか。 佐久間:それほど意識はしてきていませんでしたが、やっている以上は、知識として入ってきますね。ここ15年くらいで状況は変わってきましたが、アメリカと比較して、日本の場合は最初の時点で商業としての音楽の作り方、見せ方は下手だったと思います。つまり、興行を暴力団が取り仕切る時代があり、そこからハードウェアメーカーがオーディオ装置を売るためのソフトウェアとして音楽を作り始め......という経緯のなかで、音楽に詳しくない人たちが、とにかく音楽を量産する方向でビジネスしてきました。  一部のラジオのように、音楽を一生懸命に、丁寧に届け、それが報われている部分もある。しかし、日本の音楽業界は本来基盤になるはずの「人々の生活にどう音楽を届けるか」、あるいは「人々が音楽をどう欲するのか」ということを、きちんと整理してこなかったのだと思う。簡単に言うと、音楽を商品として扱う上で、十分な商品知識がないまま売ってきてしまった、ということです。普通「モノを売る」ということは、作り手も売り手も「この商品がどうやってできあがったものか」ということをきちんと理解した上で市場に出し、結果として、その商品が社会の役に立つ......という流れがある。音楽業界には、そういう当たり前のことが欠落していました。 ――佐久間さんは自らをレコーディングの「現場監督」と位置づけ、プロデューサーとして「アーティストごとの最適解を探し、商品価値を高める」という考え方をしていると聞きました。ポピュラーミュージックにおいては、絶対的な美の基準があるわけではなく、例えばブルーハーツとGLAYでは最適解は違う、ということですね。 佐久間:人にはそれぞれ"人となり"というものがあり、それに合っていない言動をすると「ウザい」「キモい」ということになります。音楽も同じことで、アーティストやバンドの"人となり"、そのポイントを押さえて、ブレないようにするのが大事なんです。  音楽の話をしていてもっとも誤解されやすいのは、「いい音」という言葉。これはMP3だWAVだというファイル形式の話ではないし、オーディオマニアがいうような優れた音質という話でもない。つまり、その時、その場、そのアーティスト、その楽曲にとってふさわしい音なのであって、どんなにボロくて安っぽい音質でも、それが最高に「いい音」として輝く音楽もあるんです。あるいは逆に、レンジが広く澄んだピアノの音があって初めて「いい音」として響く音楽もある。アーティストや楽曲によって最適解が違う、というのはそういう意味です。 ――そんな中で、佐久間さんは最近、インタビューなどで「プロデューサーは必要でなくなってきた」というニュアンスの話をされています。その理由とは? 佐久間:制作スタイルが大きく変わり、残念ながら制作にお金をかけることもできなくなっているから、かつてのような音楽の質を保つことができない。そうすると、僕のようなやり方のプロデューサーの出番はない、ということです。"音楽性"という意味ではいつの時代にも常に新しいもの出てきますから、音楽自体がつまらなくなったということではない。新しい制作のあり方を考えるべきだ、ということです。 (取材・文=神谷弘一) 中編に続く

キョンキョンが山Pに初週チャートで敗れる…しかし長期的にはNHKパワーでキョンキョン勝利へ

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『潮騒のメモリー』(ビクターエンタテイメント)ジャケット画像

【リアルサウンドより】

2013年07月29日~08月04日のCDシングル週間ランキング

1位:SUMMER NUDE'13(山下智久) 2位:潮騒のメモリー(天野春子/小泉今日子) 3位:Vitalization(水樹奈々) 4位:Lady(CNBLUE) 5位:I LOVE YOU(D-LITE(from BIGBANG)feat.葉加瀬太郎 ) 6位:Summer Trip(LALALALALA/IS THIS TRAP?/TOUCH DOWN)(倖田來未) 7位:美しい稲妻(SKE48) 8位:いつも抱きしめて/無限∞REBIRTH(DAIGO) 9位:APOLLON/starting over(ν[NEU]) 10位:Horse Riding EP(the HIATUS)  目下のところ大人気のドラマ『あまちゃん』(NHK)の挿入歌である「潮騒のメモリー」がどこまで売り上げを伸ばすかが注目された週だが、結果は77,700枚だった。順位的にも2位。近年のCD販売数の水準からすれば少ないというわけではないが、極端に多いというほどでもない、ドラマの話題のわりには、少しピンと来ない数字になった。  ただ、こういう長期にわたる人気コンテンツの主題歌や挿入歌というものは、ロングヒットが望みやすい。なぜかと言うと作品が話題になればなるほど曲がテレビで流される機会も増え、人の耳に触れるからだ。世の中というのはわかりやすいもので、そういうことが想像以上に売り上げに影響する。  というわけでこの曲も、今後しぶとく100位以内くらいに残り続け、ドラマの最終回あたりで少し順位を上向かせつつ、しかし最終的には年末の紅白歌合戦でNHKが時間を大々的に割いて小泉今日子に歌わせ、年明けにもう1回チャートで目立った動きをして総仕上げということになるだろう。繰り返すが世の中というのは本当にわかりやすいもので、紅白歌合戦で歌われた曲は、間違いなく新年1発目のチャートで順位を上げるのだ。どこまで伸びるかまでは予想できないが、毎年お正月気分のせいか、意外と注目されない事実ではある。そういう意味では、この「潮騒のメモリー」は既に、初週の売り上げが最大の勝負となる他のシングルとは別の動きをしていると言っていい。  さて、その「潮騒のメモリー」を抑えて1位になったのは山Pによる真心ブラザーズのカバー曲で、これは同曲をイメージして作られたドラマの主題歌である。しかも単なるドラマではなくフジテレビの月9だ。  そのこと自体がすごい。「サマーヌード」は今や広く知られる名曲だが、実は1995年に発売された原曲は、あくまで当時のCDの売り上げだけに注目するとオリコン最高位81位。推定累積売り上げ枚数も19,000枚だし、真心ブラザーズのシングルとしても売れたほうではない。その曲が長年かけて定番曲となり、月9ドラマのモチーフになり、しかも山Pが歌い、そして98000枚も売れてオリコン1位になるというのは快挙に違いない。CHOKKAKUとOKAMOTO'Sによる今回のアレンジだってさすがにそつがないし、エロさを強調した山Pの近作の路線ともマッチしている。

原曲はこれ! 真心ブラザーズ「サマーヌード」

セルフカバー版の「ENDLESS SUMMER NUDE」が『GOODDEST』(キューンレコード)に収録

 ただ、ドラマの人気はまずまずといったところ。フジテレビの宣伝文句では「山下智久、香里奈、戸田恵梨香という、今もっとも見たい旬の3人の豪華共演」が売りだということだったが、視聴率を見る限りでは、今もっとも見たいのはこの3人よりも「あまちゃん」という人のほうが多いらしい。しかも楽曲の順位では裏腹な結果となったが、前述のように「潮騒のメモリー」はこれからまだ先が長いはず。その意味でこの2曲は好対照となった。単純に発売初週のチャート、しかも順位だけに注目してもあまり意味はないということの見本のような結果に思われる。 ■さやわか ライター、物語評論家。『クイック・ジャパン』『ユリイカ』などで執筆。『朝日新聞』『ゲームラボ』などで連載中。単著に『僕たちのゲーム史』『AKB商法とは何だったのか』がある。Twitter

剛力彩芽なんて甘い! 安田成美、牧瀬里穂、そして…『あまちゃん』もビックリの音痴女優列伝

【リアルサウンドより】  人気の朝ドラ『あまちゃん』(NHK)の見どころのひとつに、「音楽を楽しめる」という点がある。なかでも、一番の話題は、小泉今日子が歌う「潮騒のメモリー」だろう。これは薬師丸ひろ子演じる女優の鈴鹿ひろ美があまりに音痴すぎて、デビュー曲『潮騒のメモリー』をキョンキョン演じる春子が禁断の"吹き替え"を行う......という展開の末に生み出されたのだが、7月31日にはCD化までされ、オリコンでは初登場2位を記録した。  しかし、いくら何でもアリの芸能界でも、現実では吹き替えなどという危険な行為は行われていないだろう。いや、もしも行われていたら、こんな歌は世に発表されなかったと思われる"音痴女優"たちのレコードが数多く存在するからだ。最近では剛力彩芽の歌手デビューに関して、ネット上で「下手すぎ」「生歌ひどすぎ」とバッシングの嵐が吹き荒れたが、剛力なんてまだまだカワイイもの。そんな音痴女優の名曲を紹介しよう。

もはや伝説! 安田成美「風の谷のナウシカ」(1984年)

楽曲は『風の谷のナウシカ』(徳間ジャパンコミュニケーションズ)収録。

 トップバッターは、もはや伝説化している安田成美の「風の谷のナウシカ」(1984年)だ。宮崎駿監督の同名映画を公開するにあたって行われた「ナウシカイメージガール」のオーディションで見事グランプリに輝き、芸能界デビューを果たした安田。用意されたデビュー曲は作詞・松本隆、作曲・細野晴臣という黄金コンビが手がけ、映画のエンディングを大いに盛り上げる一曲に......なるはずだったが、宮崎が気に入らず、なんと映画本編では不採用になり、イメージソング扱いに。  ポジティブ変換すれば「イノセントな歌声」と言えなくもないが、安田の特徴は一貫した棒読みならぬ棒歌唱にある。しかし、サビでは壮大なアレンジと喉の不安定さが作用し妙な高揚感が生まれているのも事実で、あの世界の坂本龍一も安田成美を称賛。『細野晴臣トリビュート・アルバム』ではこの歌を小山田圭吾の元妻・嶺川貴子とともにカバーしている。実際、「下手すぎて聴いていられない」という人の一方で、「萌える下手さ」と評価する意見も多く、まさに音痴だからこそ誕生した名曲といえるだろう。

ある意味では奇跡の1曲 牧瀬里穂「Miracle Love」(1991年)

楽曲は『P.S.RIHO』(ポニーキャニオン)収録。

 また、世間を震撼させたという意味では、牧瀬里穂も外せない。カリスマファッションプロデューサーのNIGOと結婚したものの、夫の事業の低迷で、多額の借金を抱えるハメになってしまった「残念な玉の輿例」として語られることも多い牧瀬だが、全盛期の輝きはすさまじく、JR東海の「シンデレラエキスプレス」に出演するやいなや「CMに出ている美しすぎる女の子」として一躍ブレイク。宮沢りえ、観月ありさとともに「3M」と呼ばれるほどの人気を誇っていたのだ。そんな彼女が満を持して発表したのが、デビュー曲「Miracle Love」(1991年)である。  往々にして女優の歌手デビュー曲は豪華な作家で布陣が組まれるもので、「Miracle Love」も作詞・作曲を竹内まりやが、アレンジを小林武史が担当。まるで女優が初めて脱ぐときのように、「ついにあの牧瀬里穂が歌を歌う!」という期待が高まるもったいぶったイントロなのだが、歌い出しから失敗感が楽曲を覆い尽くすという脅威のガッカリ度。しかも、最初は歌ヘタがやりがちな合唱曲ふうの"間違った情感の込め方"で歌っているのに、Aメロの途中にして、突然、地に近い声ではしゃぐように歌い出すという謎......。この"音痴なのに無邪気"っぷりが聴く者に与えるイライラの大きさは驚異的。これは彼女が初主演した月9ドラマ『二十歳の約束』(1992年/フジテレビ)にて「ヒューヒューだよ!」という台詞の言い回しで視聴者をカチンとさせ、顰蹙を買ったのと同じ構造だ。最高潮に達した評価を大暴落させてしまった、まさしく奇跡の一曲である。

音痴女優の決定版! 沢口靖子「潮騒の詩」(1984年)

 だが、音痴女優の決定版は、沢口靖子の「潮騒の詩」(1984年)だろう。これは沢口のデビュー映画『刑事物語3 潮騒の詩』の挿入歌で、彼女にとってのデビュー曲。おわかりのように『潮騒のメモリー』とタイトルも極似で、一部では、クドカンは沢口の凍てつく音痴ぶりから歌の吹き替えという物語の重要な展開を発想した......との説も出ている。そう考えると、この歌が果たした意味は大きいと(今なら)言えるだろう。  ちなみに沢口は、その後も世間の評価をものともせず、シングルを4曲も発表。上達がまったく見られないどころかどんどんと音痴に磨きをかけ、最後のシングルとなっている『FOLLOW ME』では、作曲の小室哲哉をはじめ、渡辺美里「My Revolution」のスタッフを集結。エバーグリーンな歌を台無しにする"音痴女優の到達点"がここにあるといっても過言ではない、素晴らしい出来栄えである。  このほかにも、美人とカラオケに行ったら下手でがっかりしたときの気持ちを見事に再現した木村佳乃の『イルカの夏』(1998年)や、なぜかトルコ行進曲のメロディから始まる、つみきみほ『時代よ変われ』(1988年/これも松本隆・細野晴臣の作品)など、発掘すべき楽曲は山ほど存在する。ただ、不思議なことに、上手い・下手では語れない魅力がこれらの歌には詰まっているのだ。  時代に埋もれた音痴女優による名曲たち。『あまちゃん』人気をきっかけに、歌謡曲における音痴が果たした役割にもスポットが当たることを願わずにはいられない。 (文=宇多野 純)