BABYMETAL、BiS階段…「規格外のアイドル」が次々登場する背景を掟ポルシェが分析

20130825-okite.JPG【リアルサウンドより】 アイドル界の論客としても知られる掟ポルシェ氏が、シーンの最前線を語る集中連載第二回。第一回「ハロプロはソフトレズ容認へ!? 掟ポルシェが語る『アイドルと恋愛』」では、アイドルにとってタブーとも言える恋愛問題について、アイドルと事務所とファンが相互に納得できるかもしれない着地点を示してもらった。  第二回では、音楽シーンの中のアイドルという視点から、アイドル歌謡曲の今について語った。 ――アイドル歌謡曲は最近、音楽面でもマーケット面でも大きな変化を遂げているように見えます。 掟ポルシェ(以下、掟):まず、AKB48が「アイドルのCDは付録である」と、完全に割りきったリリース展開をしたのが大きかったですね。もう、これは一大発明というか。CDを一枚買うと握手が一回出来る。何度も握手したいから同じCDを何枚も購入する。イベントを複数打ってその度に握手会をやってCDの売上枚数を稼ぐというビジネスケースが、アイドルの世界では完全に一般化しています。同じCDやレコードを何枚も買うというのは、一部の熱狂的アイドルヲタがその愛情と忠誠心を示すために昔からあったわけですが、2009年から始まったAKB選抜総選挙で、CDに投票権を封入したことから、同じCDを何枚も購入することがそれほど異常なことではなくなった。他のアイドルも、同じCDのジャケ違いをリリースしたり、ヲタの同じCD複数買いを促す手法をとるようになってきていますし、ファンも「AKBのファンみたいに同じCDを100万円分とか買ってないので、10枚しか同じCDを買ってない自分は全然濃いヲタじゃない」と麻痺してきているのが現状です。それまでアイドルの制作や事務所の方々には「自分たちは音楽を売っているんだ」という意識が当然あったと思いますが、CDが全般的に売れない時代になり、握手会商法をレーベル側から求められ、そちらにシフトせざるを得なくなった。結果、売上が伸びれば制作費を以前よりかけられるようになったりもしますし、悪いことではないですよね。ファンの疲弊度は相当なものだと思いますが。 ―― ここ数年の"アイドル戦国時代"については? 掟:最早、アイドル戦国時代ではないとよく言われていますし、確かにそう思います。AKBの国民的アイドル化や、ももいろクローバーZの人気が爆発したことで、アイドルファンが増えているアイドルブームのうちに頭ひとつ抜けようとして他のアイドルを過剰に意識し、アイドル同士がギラギラと競い合うのが戦国時代でしたが、アイドルがブームではなくジャンルとして定着するという形に落ち着いたかと思います。しかしこの、戦国時代という言葉を額面通りに受け取りすぎる運営もいて、そういうのはあまり演出や設定として行き過ぎると、見ている方が辛くなってくる。常にケンカ腰じゃなきゃいけないとか、ライバルを出し抜かなきゃいけないとか、ギラギラしていなきゃいけないとか、そういう無意味なギスギスが、このキーワードが流行ることによって植え付けられてしまった弊害もあったかと思います。 ――妙な戦闘姿勢が生まれていると? 掟:戦闘姿勢というか、無闇な攻撃性がなければアイドルはダメなんだというような誤解が若干生まれている。今、ベイビーレイズという「乗り込み! 乗っ取り!! アイドル」をコンセプトにしたグループがいるんですが、他のグループのイベントを乗っ取るということ自体、現実的には無理がありますよね。もちろんアイドル本人の意思でそうしてるわけじゃないんだから、メンバーとしては胃が痛い話じゃないですか。いまはあまりにもアイドルが多すぎて、どこの事務所さんも特色づけに苦慮されているんだろうなとは思いますけど、13歳とか14歳の女の子にそんな無茶なコンセプトを与えなくてもなぁと。普通に活動しているだけでも十分魅力的なのに、コンセプトにアイドル戦国時代ということへの誤解があるおかげで彼女たちは大変なんですよ。でも、現在ベイビーレイズは『あまちゃん』劇中のアイドルソングを歌っていて、その曲はベイビーレイズ名義でもリリースされるようなので、そこは良かったなと。今一番売れている国民的アイドル=『あまちゃん』に乗り込んで、平和的に乗っ取れたというか。でも、ライブなどの実力もあるんだから、もう少し普通にやらせてあげて欲しいグループですね。

ベイビーレイズ「暦の上ではディセンバー」(ポニーキャニオン)

――では、先ほど話に出た「特色づけ」の成功例は? 掟:前提として、アイドル歌謡曲というのは、アイドルが歌ってさえいれば、どんな音楽をやっていてもそれはアイドル歌謡曲になるんです。その前提を最大限に利用して、アイドルと真逆な音楽要素を加えて新しいものを作ろうという、アイドル歌謡の進化に意欲的な運営もいます。厳密にはコラボユニットですが、BiS階段がまさにそれ。アイドルグループのBiSと、ノイズ界の帝王・非常階段の合体ユニットですね。BiSはメンバー間のドロドロをそのまま演出として見せてしまって、その結果メンバーが脱退したり、素っ裸で野原をかけるPVを作って公開したり、他がやっていない過激なことは全部やってしまうグループとして以前から有名だったんですが、その無闇な過剰性と自由さを音楽に取り入れることで面白くなってきています。非常階段という、ノイズというジャンルで何十年間と世界のシーンをリードし続けてきた、本当のパイオニアとコラボしている。そこまで振り切ってやれば、まったく今までアイドルに興味を持たなかった層まで伝わりますよね。 ――なぜ以前は、そういう振り切り方が難しかったのでしょう? 掟:アイドルは本来清廉潔白なものであるべしという、制約が多いジャンルなんですよ。芸能事務所の上層部の人の頭の中にその制約はあって、アイドルがアイドルらしからぬことをやるのに否定的、というか、単純に理解できなかったんですよ。アイドルが増えすぎて差別化のため、楽曲の個性を振り切る必要が出てきて、その制約が突破された。それに、現在ではほとんどのアイドル歌手が芸能と切り離されたのも、アイドル歌謡曲の自由度が上がった一因です。以前はアイドルといえばテレビ番組で歌うものだったのが、現在ではイベント中心の活動形態になり、テレビに出る芸能人になることだけがアイドルの成功ではなくなった。故にテレビコードみたいなものを想定する必要がなくなったのも大きいんじゃないでしょうか。 ――あるジャンルのすごい人がアイドルと結びつくケースは増えていますね。 掟:BABYMETALは一番いい例ですよね。COALTAR OF DEEPERS、特撮のギターNARASAKIが最近では曲を書いていますが、彼はデスメタルやグラインドコアにも精通していますし、曲によってはメロディック・デスメタルのアーチ・エネミーの元メンバーであるクリストファー・アモットがギターを弾いたり、そのジャンルの本物がバックを担当するという事態が起こっている。付け焼き刃ではなく、アイドル+メタルを一貫してやり続ける姿勢が運営にある。「こんなのデスメタルと言ってほしくない」という拒否反応も当然ありますが、逆にyoutubeで動画を見た海外のメタルファンからの支持もあり、広く音楽ファンに受け入れられて、ライブでの動員を増やしてきています。

BABYMETAL「 - イジメ、ダメ、ゼッタイ - Ijime,Dame,Zettai」(トイズファクトリー)

――そういう風潮はいつぐらいから顕著になりましたか。 掟: 5年くらい前に、アイドルのプロデュースについて事務所さんから相談されることもよくあったんですが、たとえばデスメタルみたいな音楽を完全に振りきってやるアイドルが出てきたら面白いですよね、と提案してきましたけど、その時は皆さん及び腰でしたね。アイドル戦国時代と言われるようになってから、特色づけのために音楽性を振り切る必要が出てきて以降のことだと思います。それに、BABYMETALみたいな特殊な音楽性のアイドルグループを作るには、プロデューサーが本当にその音楽を好きじゃないと、絶対にうまくいかない。BABYMETALはKOBAMETALさんという、本当にメタルが好きでしょうがない人がプロデュースしていますから。 ――なぜ、そういうことができるアイドルプロデューサーが増えたのでしょう。 掟:予算の問題もありますよね。アイドルのCDが売れているとはいえ、昔に比べれば遥かに制作費も少なくなって、事務所が若いクリエーターに音楽性を一任することが多くなったから、音楽の自由度が高い面白いものが出てきやすくなったということでしょうね。元来アイドルはアイドルらしい清純な曲でデビューし、加齢とともに大人の女の恋を歌って、女優などへ転身していくものだった。でもそういった芸能としてのアイドルの通り一遍の筋道が、コンセプト重視の現代のアイドルには当てはまらなくなっている。芸能頭ではもうアイドルビジネスというものはわからなくなり、若い担当者に権限が与えられるようになったということかと思います。アイドルの本質は、ここ数年良い意味で変わりましたよね。非常階段がアイドルのバックをやっているなんて、やっぱり狂ってるし、本当にすごい時代になったものだと思いますよ。基本的に俺はアイドル歌謡曲を音楽として聴いていて、音楽というものは刺激であるべきだと思っているので、今の状況は面白いと思います。 (取材・文=編集部)

ライブはまさに偶像崇拝 ももクロはいかにして「宗教」となったか

【リアルサウンドより】 『ももクロの美学~〈わけのわからなさ〉の秘密~』(廣済堂新書)を上梓した東京大学大学院准教授で美学研究者の安西信一氏に、美学的な視点から見たももいろクローバーZの魅力を聞く集中連載第二回目。 第一回目:「ももクロ現象こそ、アート本来の姿」東京大学准教授が美学の視点から大胆分析
20130822momokurosamune.jpg

『ももクロの美学――〈わけのわからなさ〉の秘密』(廣済堂新書)

――前回、『ももクロの美学』はブログへの投稿をきっかけに執筆されたというお話がありました。どんなことを書かれたんですか?  ももクロの日本性や、昭和芸能史からの影響などですね。また一つの核となったのは、"宗教性"を帯びているということ。僕自身が心酔しているからそう思うというのではなく(笑)、間違いなく擬似宗教のようなものとして人々に力を与えていると思うんです。ライブも礼拝のような感じがするでしょう。例えば、ヲタ芸である「ケチャ」「ロザリオ」なんかは明らかに宗教からきている。 ――宗教性を帯びやすいアイドルのイベントといえば、メンバーの卒業ですよね。早見あかりが卒業したとは言えども、ハロー!プロジェクトやAKB48のように"いつか必ず訪れるイベント"としての卒業がももクロには存在しませんね。  「国立競技場でのコンサート」などの目標は立てますが、たしかに時限を区切るというファクターはないですね。ももクロの場合は、もう少し本当の意味で宗教的かもしれない。もちろん本物の宗教ではないですが(笑)。  具体例を挙げると、「行くぜっ!怪盗少女」PVでは巫女のコスプレをしています。『女祭り2012-Girl's Imagination-』の映像を見ると、念仏を唱え、その内容が実現するという演出もありますし、れにちゃん(高城れに)の「幽体離脱ができる」などの発言をする"感電少女"ぶりなど、宗教的なモチーフとしてあらゆるところに取り入れている。  さらに、ももクロのダンスは、奇妙奇天烈でありながら、彼女たちの純粋さや、厳しい練習に耐える忍耐力と向上心など、内面性が表れているような動きですよね。振り付けもどこか田楽踊りなんかを連想させる、土俗的とさえ言える部分がある。結成当初から振り付けを行ってきた石川ゆみさんも、「すごく心のきれいな子たちなので、それがダンスに表れている......体当たりで全力でやろう、っていう気持ちで踊ってるんです」と語っています。アイドルは「偶像」という意味ですが、そんな彼女たちを応援するという行為や、みながサイリウムを振りコールを叫ぶライブ会場での光景は、まさしく偶像崇拝のような面があると思います。  ちなみにファンクラブ限定のイベントでは、ファンたちはみんな白いベレー帽を被ったのですが、そういう人たちが大量に会場周辺にたむろしているのは、知らない人にはちょっと新興宗教の信者みたいにも見えたでしょうね(笑)。  冗談はさておき、ももクロは、明らかにライブの充実に力を入れています。かなこ(百田夏菜子)も「結局ライブなんですよ、私たちは」と言っていますし、CDとDVDなど映像作品の売り上げを比較すると、少なくとも去年の段階ぐらいでは、圧倒的に後者のほうが売れているんです。2012年の年間オリコンランキングトップ100に入ったシングルは3タイトルですが、ライブの様子が収録されたDVDは7タイトルも入っています。ブルーレイのランキングでは、トップ7位~9位がももクロ。ファンがライブのおもしろさに魅力を見出していることがわかります。  ももクロのライブは、最前列よりも、少し後ろのほうが楽しめるとも言われています。なぜかと言うと、観客の様子が見えるから。ライブにおいて、観客は全員シンクロしています。そんな光景を見ていると、自分も"何か大きなもの"に参加しているかのような錯覚が得られる......これは少しファシズム的な心理とも言えるので危ないのですが(笑)、ライブの盛り上がりにはそうした面がありますし、あの一体感は宗教的だと言えると思います。  また、ジャンルを超越したコラボレーションには、ある種の破壊性を感じる。アイドルという島宇宙をぶち破っていく力があったからこそ、ここまで大成したのでしょう。 ――ご著書では、"セカイ系と日常系が交差する存在である"とも論じていらっしゃいます。  まず、"日常系"と"セカイ系"とは何か、簡単に説明しましょう。日常系というのは、その名の通り、女子高校生などのありふれた日常を淡々と描く作品のこと。代表作は『あずまんが大王』『けいおん!』などですね。一方のセカイ系は、東浩紀『ゲーム的リアリズムの誕生』によると、「主人公と恋愛相手の小さく感情的な人間関係(「きみとぼく」)を、社会や国家のような中間項の描写を挟むことなく、「世界の危機」「この世の終わり」といった大きな存在論的な問題に直結させる想像力」のことです。代表作は『ほしのこえ』『最終兵器彼女』など。一言で言えば、「隣の女の子が、なぜか世界を背負っている」ような作品ですね。  ももクロには、日常系的な要素がたくさんあります。例えば『ももクロChan』(テレビ朝日系)という番組では、彼女たちの日常がダダ漏れになっている。ライブのMCでも、観客に語りかけるあーりん(佐々木彩夏)を尻目に、しおりん(玉井詩織)とれにちゃんが雑談しているなど "グダグダ感"があります。「まんまでいいじゃん......ふっつーでいいじゃん」(「ベター is the Best」)などの歌詞からも、日常系の要素を見て取れます。  彼女たちのすごいところは、そうした"グダグダ感"を抱えたままで、見るものを圧倒させるような、超越性のあるライブを行ってしまう――つまり、日常系から一気にセカイ系になれること。「両者が交差する存在である」というのは、簡単に言えばこういうことです。加えて、パロディ性と笑いがあるのも特徴的。 ――"普通の女の子"に見えることが前提であり、ポイントなのですね。  そうですね。ただ、彼女たちは最近、年頃になってどんどんキレイになっています。性的な意味で好いている人も増えてきたでしょうし、ことさらに「普通の女の子のようだ」と強調するのはフェアではないかもしれません。  しかし、振る舞いには"無性化"が見てとれます。ももクロは基本的に水着を着ないし、着たとしても「水着のパロディ」。あーりんがセクシーな仕草を見せると、ほかのメンバーは「オエー」となどと言って馬鹿にします。性的なものがジョーク化されているんです。ラブソングも、恋愛がテーマではないかのような歌詞解釈をできるものが多いですし、そもそも数が少ない。これは恐らくかなり意識的に行っていることで、だからこそ男性のみならず、子どもや女性にも受け入れられる部分があるのでしょう。 次回に続く (取材=吉住哲/構成=編集部)

20130822momokuro.jpg

安西信一 あんざいしんいち○1960年生まれ。千葉県出身。東京大学文学部美学芸術学専修課程卒業。1991年、東京大学大学院人文科学研究科(美学芸術学専攻)博士課程修了。博士(文学)。広島大学総合科学部助教授を経て、現在は東京大学文学部・大学院人文社会研究科准教授(美学芸術学専攻)。著書に『イギリス風景式庭園の美学――〈開かれた庭〉のパラドックス』(東京大学出版会)、『ももクロの美学――〈わけのわからなさ〉の秘密』(廣済堂出版)、共著に『日常性の環境美学』(勁草書房)などがある。ジャズフルート奏者としてライブ活動も行う。

ハロプロはソフトレズ容認へ!? 掟ポルシェが語る「アイドルと恋愛」

20130823-okite.JPG【リアルサウンドより】  Perfumeとインディーズ時代から親交を持ち、TOKYO IDOL FESTIVALには第一回からDJとして参加、最近ではTOKYO MXのアイドルバラエティ番組『つんつべ♂ バク音』のメインMCを務めるなど、今やアイドル業界になくてはならない存在となった掟ポルシェ氏。  自らもミュージシャンであり、アイドル音楽をこよなく愛する氏は、複雑化した現在のシーンをどのように捉えているのか?  アイドル界の論客としても知られる掟ポルシェ氏が、シーンの"最前線"を語る集中連載第一回。  いきなりだが、アイドルにとってタブーとされる"恋愛"の話から語ってもらった。 ――アイドルの恋愛事情が、最近変わってきているというのは本当でしょうか? 掟ポルシェ(以下、掟):昔からアイドルには"恋愛禁止"が前提条件としてありました。それが最近、「メンバー同士でイチャイチャするのは良い」という妙な抜け道的手法が取り入れられて、それがファンにも認められているんですよ。僕はこの風潮を"ソフトレズ容認"と呼んでいるんですけど、今のアイドル業界はすでに戦国時代などではなくて、"ソフトレズ容認期"に突入しているんだと思います。 ――なぜ、そんなことになったのでしょう? 掟:例えばハロプロだと、Juice=Juiceの植村あかりさんは他のメンバーに抱き着いたり、触ったりというボディランゲージが多い。MCでも、他のメンバーの手を握ったんだけど、握り返してくれなかった、なんてことを仏頂面で可愛く言うんですよ。アイドルグループには、多かれ少なかれそういう雰囲気はある。まぁ、あれだけカワイイ女の子が大勢いる中にいたら、相手が同性でも好きになっちゃうのも、心情的にわかりますよ。年頃の女の子ですから、恋愛感情を多大に持っているのは当たり前で、それが男の子を好きになっちゃいけないと言われたら「じゃあしょうがない、相手が女でもいいや」と思ってしまうのは、自然と言えば自然と言える。  モーニング娘。の中でもそういうムードがあります。譜久村聖さんは、中学校に入りたてぐらいの頃には既に、ファンの間で"団地妻"と呼ばれていました。本人が意図しない色気がこぼれ落ちてしまう才能があって、ひとりだけ日活映画の団地妻みたいな、この上なく女性らしい雰囲気を醸し出していたんですよ。故に、譜久村さんは他のメンバーにとても人気があって、鞘師里保さんや鈴木香音さんも彼女のことが好きらしいんですが、結局、譜久村さんは10期メンバーの石田亜佑美さんとカップル並みに仲が良い。ネットで検索するとツーショット写真もいっぱい出てきますね。
20130823-okite-02.jpg

モーニング娘。「わがまま 気のまま 愛のジョーク/愛の軍団」(UP-FRONT WORKS)

――そういった状況に、ファンは複雑な心境では? 掟:イベントのトークでも、メンバー同士でイチャイチャしている、みたいな話は結構出てくるんですけれど、ファンも「まぁ、譜久村聖ほど女性として魅力的なら、同性でも好きになっちゃうのはしょうがないな」という感じじゃないかと。アイドルグループのメンバー同士のカップリングというのは、元々はファンが妄想し、ネット小説の題材にしたりしていたものだけに、むしろ歓迎的。我々男性がアイドルを好きになるということは、疑似恋愛と必ずしもイコールではないとは思うんですよ。だからといって、実際にアイドルがリアルにどこかの男と付き合ってると知ると、覚めてしまう人の方が多い。でも、男が好きなのは許せないけど、女が好きならいいやというグレーゾーンはある。メンバー内で仲良くしてるなら、それがある程度本気さを感じさせるものであってもいいんじゃない?という。事務所的にも、ファン的にも、なんとなくOKなんじゃないでしょうか。 ――誰も悲しまない方法なんでしょうね。 掟:女性の大所帯が長期間継続するには、宝塚化が必要ということなのかもしれません。恋愛感情を外には出さないで、女性メンバー同士の間に留める。女性だらけの団体で長く続いているところは、大体女性同士の恋の噂がつきものですし、そういった意味で、ハロプロは盤石になりつつあるとも言えるでしょう。このシステムが完成すれば、1000年王国を築けるのかもしれない。  女の子のお客さんも増えましたしね。まぁ、それはソフトレズ容認の成果とはまた別で、実際にはAKBやももクロといったグループが一般に浸透するまでに活躍して、「女性アイドルグループは、男性の、ヲタだけのものではなく、女性が観ても恥ずかしくないもの」というイメージを築き上げて、そこでアイドルというものの魅力に目覚めた新しいファン層が流れてきている、ということなんでしょうけど。いずれにせよ、ハロプロは、女の子が女の子の可愛さを享受したり、憧れて鑑賞するものにもなっている。そのうち、宝塚のように完全に女性のためのものになって、俺たち男性ファンが切り捨てられる妄想も頭をよぎりますが、メンバー同士仲が良いところをみるのって、アイドルファンにとっては至福ですし、いい傾向だとは思っていますね。 (取材・文=編集部)

「ももクロ現象こそ、アート本来の姿」東京大学准教授が美学の視点から大胆分析

【リアルサウンドより】  アクロバティックなパフォーマンスで人気を博すももいろクローバーZ。今月4日には日産スタジアムに6万人を動員するなど、アイドルシーンで最も勢いのあるグループと言えるだろう。  いわゆるアイドルオタクではない層もファンに取り込んでいるが、東京大学大学院准教授で美学研究者の安西信一氏もそのひとり。今年4月には、『ももクロの美学――〈わけのわからなさ〉の秘密』(廣済堂新書)を上梓した。そんな安西氏が、美学的な視点から見たももクロの魅力について語る、集中連載第一回目。
20130822momokurosamune.jpg

『ももクロの美学――〈わけのわからなさ〉の秘密』(廣済堂新書)

――『ももクロの美学』は、美学的な視点からももクロを論じる、これまでにない切り口の一冊ですね。なぜ本を出すことに? 安西信一(以下、安西):私の狭い意味での専門は、庭園や環境の美学。その関連で、日常性の美学を考えたいと思っていたんです。近年、アートがどんどん大衆化、日常化していますよね。従来のアートを否定する気はありませんが、多くの人の心を揺さぶる"衝撃力"という観点で考えると、アートの本来の姿は、ももクロのように日常に寄り添った現象のほうではないのか――そう考えると、美学者として放っておけませんでした。  アートは人々の日常に開かれる方向に変化しているため、ももクロのようなものとの差は、実はけっこう少ない。例えば、ももクロが春にリリースしたアルバム『5TH DIMENSION』。話題を集めたドリアンマスクからPVにおける美術まで、モダニズム芸術的といってよい手法を取り入れています。演出は、創作ダンスやオペラや舞踊に近いですね。違和感を覚えたファンも多かったようですが、最近の美術に慣れた身としては「融合」だと感じた。このように、垣根はどんどんなくなってきているのです。  かつ、繰り返しになりますが、ハイアートより日常に寄り添ったもののほうが芸術として重要な現象になってきました。僕はそこに理論的な関心を持っています。 ――数多といるアイドルの中で、なぜももクロだったのでしょう。これまで関心のあったアイドルは? 安西:モー娘。AKBもそれなりに好きでしたが、オタクになったというほどではありません。強いて言えば、森高千里ですね。「非実力派宣言」「わたしはおんち」などの楽曲からは、アイドルに対する批評的・反省的なスタンスが見え、知的な意味でおもしろいと感じていた。いわゆるメタアイドル性ですね。また、南沙織のデビュー曲「17歳」をカバーするなど、「シミュラークル」(虚像、模造)としてのアイドルを意識的に打ち出していたところにも共感を持っていましたね。ここは一面でももクロと共通する部分だと思います。あとは、松浦亜弥もけっこう好きで、授業で使う映像再生機の動作チェックに彼女のDVDを用いたこともありました(笑)。  森高も松浦も、音楽としてではなく、ひとつの現象として捉えていました。一方ももクロには、まず音楽的な関心を抱いた。それまでも漠然とは知っていましたが、決定的な出会いは「Z伝説~終わりなき革命~」です。 ――どういった経緯で? 安西:もともとPVというものに関心があったんです。あれは、音楽でもなく映像でもない、中間的なメディアですよね。興味深いのに、あまり研究されていない。しかし、今の音楽を考える上では視覚的な情報を欠かせません。いつか研究したいと思い、スペースシャワーなどのPV専門番組をたれ流していたんです。時期は、震災の少しあと。そのとき流れたのが「Z伝説~終わりなき革命~」でした。
 震災の影響で社会全体が暗かった時期にリリースされた同曲には、復興支援ソングという面もあります。「日本のために、私たちは何ができるか。それは、歌って踊ることだ」という。この曲は転調が多く、また戦隊ヒーロー的な要素を巧みにパロディするなど、楽曲的によく作り込まれている。PVや振り付けでも、戦隊モノが意識されていますね。  多くのPVを眺めていて、「アイドルのPVは、かわいくてセクシーに撮ることが再優先されていて、PVとしてはおもしろいものが比較的少ない」と感じていました。そんな中、この曲のPVは突出してインパクトがあった。サビで相撲取りのように両足を広げるなどの"おかしさ"や、暗い世の中を照らすような力強い歌詞に惹かれました。  それから、メンバーのルックス。特に当時は、みんな、絶世の美女というわけではないでしょう。少なくともそう演出はされていない。「この子たちは大丈夫なのか?」とほっとけない気持ちになったんです(笑)。よく言われることですが、ももクロは「自分がどうにかしてあげなくちゃ」と思わせる何かがある。 ――ライブパフォーマンスは、どう思われましたか? 安西:最初に観たのは、『サマーダイブ2011 極楽門からこんにちは』の映像。そのとき、擬似的に"身体的に感化される"という体験をしました。簡単にいえば、ライブ会場の一体感を擬似的に味わったということ。『Quick Japan』でのインタビューにおいて、あーりんは「ファンの方も含めてももクロのパフォーマンス。コール(掛け声)などで参加してくれるからこそ一体感が生まれ、そのことでライブが成立している」という主旨のことを話していますが、そうした現場の熱を画面越しに感じたのです。  その後、友人の誘いをきっかけに、ライブビューイングやライブに足を運ぶようになりました。ファンとして楽しみつつ、美学者として「ももクロという現象は、いったい何なのか」などと考えながら、冷静に見ている部分もあったのですが、『ももクロ夏のバカ騒ぎSummer Dive 2012 Tour 〜最終戦〜 8.5 西武ドーム大会』のLVでは、思わず泣いてしまった(笑)。 ――涙の理由を、ご自身ではどう分析されていますか? 安西:あんなに大きな会場での公演は、きっとプレッシャーも大きかったでしょう。しかも、立っているだけで汗が出る季節。それでも彼女たちは、ハードなライブを乗り切った。そのガッツに心を打たれて、気づけば涙が出ていました。これは文字化しなければいけないと、ももクロについての分析を交えた感想をブログに投稿したところ、編集者の目に止まって、本を出すことになったんです。  アイドル文化は今、『あまちゃん』のような形で、エスタブリッシュメントの中に吸収されていっている印象を受けます。エスタブリッシュメントであると同時に、大きな市場にもなっている。何十年も前から続く文化ですが、良質なものが継承されているのではないでしょうか。しかし、美学的な対象にはなってこなかった。評論的なものを除いては、あまり研究もされていません。ひとつの突破口を作りたい――『ももクロの美学』を書いた背景には、そんな思いがありました。 次回に続く (取材=吉住哲/構成=編集部)

20130822momokuro.jpg

安西信一 あんざいしんいち○1960年生まれ。千葉県出身。東京大学文学部美学芸術学専修課程卒業。1991年、東京大学大学院人文科学研究科(美学芸術学専攻)博士課程修了。博士(文学)。広島大学総合科学部助教授を経て、現在は東京大学文学部・大学院人文社会研究科准教授(美学芸術学専攻)。著書に『イギリス風景式庭園の美学――〈開かれた庭〉のパラドックス』(東京大学出版会)、『ももクロの美学――〈わけのわからなさ〉の秘密』(廣済堂出版)、共著に『日常性の環境美学』(勁草書房)などがある。ジャズフルート奏者としてライブ活動も行う。

「私はビジュアル系の走り」美輪明宏がNHK特番で波瀾万丈の半生を語る

20130822miwaakihiro.jpg

『美輪明宏 全曲集 2012』(キングレコード)

【リアルサウンドより】  NHK総合にて8月21日夜、『真夏の夜の美輪明宏スペシャル』が放送された。昨年末のNHK紅白歌合戦で美輪が披露した「ヨイトマケの唄」が、インターネット上で大反響を呼び、特に若年層から支持を集めていることを受けて、特番が組まれた形だ。  番組には、美輪と同時代を生きてきた黒柳徹子に加え、女優の宮沢りえ、アナウンサーの有働由美子らが出演。美輪の波乱万丈な人生に迫るとともに、今、美輪の言葉が求められている理由について語った。  「ヨイトマケの唄」は、美輪自らが作詞作曲した1966年のヒット曲。美輪が幼少時に一緒に育った友人の、亡き母を回顧する歌である。発表後間もなく、差別用語として扱われる「土方」や「ヨイトマケ」という言葉が含まれている点などから、同曲は日本民間放送連盟により放送禁止歌に指定されていた。だが、2000年頃から桑田佳祐や槇原敬之らがカバーするなどしたことから、徐々に再評価の機運が高まっていた。  美輪は「ヨイトマケの唄」を作ろうと思ったきっかけについて、小学校低学年時代の同級生とその母親とのエピソードを披露。「父兄会で一人遅れてきたお母さまで、一番出来の悪い子のお母さんだったんですね。(中略)お母様が働いていたのはヨイトマケっていって地ならしの仕事だったのね。おみ足が不自由だからよろけるんですよ。『足踏んだ』『邪魔なんだよ』『迷惑だからやめちまえ』とみんなに言われて、『すいませんすいません』って謝っているんだけど、わが子が見てると思ったら胸張って、大丈夫、心配すんなよって顔するんです」と、貧しい親子の絆から着想を得たことを語った。  また美輪は、若い頃の自分を「ビジュアル系の走り」としつつも「化け物扱いされて石を投げられた」などと、苦難に満ちた青春であったことも告白。同時代を生きてきた黒柳の半生と、自らの半生を比較・検証したコーナーの後は、黒柳の頬が最近下がってきたことに対し「黒柳徹子といえど地球の引力にはかなわないんだ」と指摘、長年にわたって培われた“気のおけない仲”を匂わせた。  昨年の紅白以来、若年層に美輪の言葉が求められたことについては、黒柳徹子が「東日本大震災があったことも大きいのではないでしょうか。(心が)切羽詰まっていますからね。また、美輪さんは普段こういう(華やかな)格好をしていらっしゃるから、ああいう歌をお歌いになるとギャップが大きいから、みんなショックを受けるじゃない」と分析した。  今回の特番を受けてTwitter上では「美輪明宏すげぇ、こんなにすげぇと思わなかった」「美輪さん、被爆もされてるんですね、知らなかった」「美輪明宏の歌を聞くと、歌の上手い下手で議論するのがバカバカしくなってくるなぁ」と、美輪の壮絶な人生への驚きや賛辞の声が目立った。  「ヨイトマケの唄」と美輪明宏への再評価の動きは、今後もしばらくは続きそうだ。 (文・編集部)

邦楽ロック誌への露出急増中のUVERworld そのプロモーション戦略の変化を読み解く

20130821ranking.jpg

UVERworld「Fight For Liberty/Wizard CLUB」(SMR)

【リアルサウンドより】

2013年08月12日~08月18日のCDシングル週間ランキング

1位:キミとのキセキ(Kis-My-Ft2) 2位:SURVUVORS feat.DJ MAKIDAI from EXILE/プライド(THE SECOND from EXILE) 3位:Fight For Liberty/Wizard CLUB(UVERworld) 4位:ピースとハイライト(サザンオールスターズ) 5位:下弦の月(SCANDAL) 6位: 美少女黙示録(バクステ外神田一丁目 ) 7位:We are Dreamer(Dream5) 8位:潮騒のメモリー(天野春子[小泉今日子]) 9位:THE IDOLM@STER CINDERELLA M@STER 輝く世界の魔法(THE IDOLM@STER CINDERELLA GIRLS![神崎蘭子/アナスタシア/高垣楓/輿水幸子/渋谷凛]) 10位:ビーサン(Silent Siren)  先週の当コラムに書かれていたように、アルバムのリリース点数自体が少なく、アルバムチャートにも目立った動きが少なくなっている8月。しかし、シングルに目を向けると、実は大きなヒットを見込める話題作が毎週リリースされる「大賑わい」の一ヶ月になっている。  まず8月7日には復活を果たしたサザンオールスターズの新曲「ピースとハイライト」がリリースされ、初動20.7万枚を記録。さらに、8月21日にはミリオンヒットが確実視されるAKB48の「恋するフォーチュン・クッキー」が、8月28日には今年に入ってシングルが2作連続1位となり再評価も著しいモーニング娘。の「わがまま 気のまま 愛のジョーク/愛の軍団」がリリースされる。そして、この週に首位を記録したのはジャニーズ系グループのKis-My-Ft2。初動売り上げは前作を上回る26.1万枚。CD市場が14年ぶりに回復傾向を見せた昨年に続き、2013年上半期もシングルCDの生産数は前年比増を記録している。もちろん特典などの要因は大きいが、どうやら単純に「CDが売れない」と言われていた頃とは、今の音楽業界の状況は少し違ってきているようだ。  そして、ここで注目したいのが初動6.2万枚を記録し初登場3位となったUVERworldの「Fight For Liberty/Wizard CLUB」。2005年のデビュー以来、ほぼ全ての作品をトップ10入りさせているロックバンドであり、そういう意味ではこのニューシングルも安定飛行のキャリアの延長線上と言うことができるかもしれない。しかし、この新曲に至るまでのプロモーション展開は、これまでとかなり変わってきているのである。  今年4月にはTOKYO FM系のラジオ番組「SCHOOL OF LOCK!」に初の生放送で登場した彼ら。4月30日に発売された雑誌『ロッキング・オン・ジャパン』では、初登場で表紙巻頭を飾っている。さらに8月15日に発売された『MUSICA』にも初登場。2013年に入り、新規のロック系媒体への露出が増えてきているわけだ。  「こいつらと真正面から向き合わないで何がロック・メディアだ、と思った」(『ロッキング・オン・ジャパン』)、「僕はこのバンドこそが日本の新しい正統派なるミクスチャーロックだと思っている」(『MUSICA』)と各雑誌で熱く紹介されている2013年のUVERworld。実際、彼らの楽曲を聴くと、フックのあるメロディとラウドなバンドサウンドを融合させた曲調、雑多な音楽ジャンルを取り込んだ独自の音楽性には目を見張るものがある。インディーズ時代にマキシマムザホルモンや10-FEETと対バンしていたというキャリアからも、もともと骨太なロック志向を持っていたバンドであるのは間違いないはず。  ボーカルのTAKUYA∞も、「誤解されている」ということをインタビューで語ったりしている。東京ドーム公演を成功させるクラスのバンドでありながら、サウンド的には親和性が高いはずのいわゆる「邦ロック」系のリスナーにその楽曲が届いていなかったという状況認識がバンドのスタッフ側にもメディア側にもあったのが、今回のプロモーションに繋がったのではないだろうか。ただ、数字を見る限りでは、その施策が成功したかどうかの回答は、まだ保留せざるを得ない状況だ。  考えてみれば、彼らが多く表紙を飾ってきた音楽雑誌『PATi PATi』や『ARENA 37℃』は、2013年に入ってどちらも休刊が決定している。そのことと今回のUVERworldのプロモーション戦略に関係があるかどうかはわからない。ただ、老舗洋楽誌『クロスビート』も休刊が決定するなど、音楽雑誌を巡る状況は今後も厳しい局面が続きそうだ。回復傾向を見せるシングルCD市場と、過渡期の続く音楽メディア。その関係はこれからも注目していきたい。 ■柴 那典 1976年神奈川県生まれ。ライター、編集者。音楽ジャーナリスト。出版社ロッキング・オンを経て独立。ブログ「日々の音色とことば:」Twitter

「今のアイドルファンは服装が小奇麗で…」オタク第一世代が語る、現シーンへの戸惑いと期待

20130820kitagawa.jpg

AKB48『恋するフォーチュンクッキーType B』(キングレコード)

【リアルサウンドより】  『山口百恵→AKB48 ア・イ・ド・ル論』(宝島社)を上梓したアイドルウォッチャー北川昌弘氏が、40年のアイドル史を振り返った上で、これからのアイドルの在り方を考察する集中連載第三回。  第二回「松田聖子、小泉今日子、中森明菜......80年代アイドルはなぜあれほど輝いたのか?」では、80年代~90年代初頭にかけて、アイドルの「黄金時代」から「冬の時代」へと転換していく過程を語ってもらった。  最終回となる今回は、AKB48を始めとする現代のグループアイドルの特性と、ファン気質の変化を、メディア状況の変遷を踏まえて解説する。 
 第一回:「AKB48は、もはやアイドルじゃない!」古き良き"歌謡曲アイドル"はこうして絶滅した 第二回:松田聖子、小泉今日子、中森明菜...『あまちゃん』でも注目、80年代アイドルはなぜ輝いていた? ――北川さんは、音楽産業としてのアイドル歌謡曲は1988年には終わったとする一方、テレビの影響力は残ったと指摘されています。 北川昌弘(以下、北川):前回も少しお話しましたが、テレビの音楽も90年代に小室さんが出てきて持ち直すんですね。音楽を"聴かせる"のではなく"見せる"という手法で。その後、『ASAYAN』でモーニング娘。がドキュメントバラエティの手法を採り入れ、「アイドルは売れない」と言われた時代に見事ブレイクします。メンバーの年齢層とキャラクターがうまくバラけていて識別しやすく、視聴者が親近感を抱くことができたのが成功の一因でしょう。ただ、モーニング娘。は、後藤真希や、辻ちゃん加護ちゃんが加わるあたりまでは見事でしたが、途中からメンバーが増えすぎて一遍に覚えられなくなり、下降線をたどることになる。そしてモーニング娘。の絶頂期からAKB48の登場までの間、アイドル音楽界はまた少し沈静化します。恐らく、そこがメディアとアイドル界の質的変化期だったのではないでしょうか。 ――デビュー時のAKB48にとって、テレビは一番の舞台ではありませんでした。 北川:テレビを活用したかつての歌謡アイドルとは、真っ向から違う手法でしたね。専用劇場という、小さなところからスタートしています。一方、ハロプロはAKB48登場の少し前あたりから、テレビ発信型からライブ重視型に転換しています。転換できたからこそ、今も継続できているのでしょう。僕はあまり現場に行かないのですが、ハロプロのコンサートは本当に楽しいと評判です。そしてハロプロは、一定のツアーやライブを継続できる収益構造を、すでに確立しているんですよね。ただ、やはりハロプロとAKB48では、ファンとの距離が全然違う。ハロプロは、生で観ていても客席からステージが遠い。それに比べて、AKB48は本当に目の前で観れてしまう。 ――北川さんは著書の中で「今の若いアイドルファンは、アイドルに会いに行くために小洒落た恰好をしている。自分たちの時代とは違う」と指摘されていますね。 北川:好きなアイドルに会いに行くわけだから、自分を最大限に魅力的に見せる努力をするんですよね。でも、僕から言わせてもらえば、オタクって言うのは基本的に自分の身だしなみに気を使ってはいけない(笑)。なぜなら、無駄な努力をするくらいなら、違うところに情熱を注ぎたいから。僕はずっとそういう風に信じてきました。だけど、今みたいに直接アイドルに会いに行って、認知されるのが目的になると、だんだん話が違ってくる。アイドルに「あー、あの気持ち悪い人」って認知されるのを目指すというのも、変な話ですからね(笑)。でも、僕は小奇麗なアイドルファンは、断固として"オタク"とは認めません。でも、認知されるということは、無駄な努力と決めつけられませんからね。そこが昔とは明らかに違うのです。 ――ファンと直接、コミュニケーションをとるようになったのはAKB48から? 北川:そういう流れは、実は90年代から"地下アイドル"にはあった。例えば、制服向上委員会なんかは昔からあった(92年結成)し、今も続いている。今年、再結成が話題となった東京パフォーマンスドール(90年結成)が先駆けでしょうか。当時からライブハウスでの活動に重きを置いて、ファンと密なコミュニケーションをとっていました。東京パフォーマンスドールだけは、かなりメジャー展開にも成功し、目的を果たして終了した感じですが、地下アイドルとAKB48には、決定的に違う点があります。制服向上委員会は一時期メディアの取材NGにするなどして我が道を行く感じでしたが、AKB48は最初からメジャーになることを恐れていないんです。それどころか、地下的なところからトップを目指していた。地下アイドルは一瞬、脚光を浴びることがあっても、それを継続していこうという発想はなかったのだと思います。メジャーになると普通、最初から付いていたファンは離れてしまいますからね。 ――AKB48は、なぜ「会いに行ける」というコンセプトとメジャー化を両立できたのでしょう? 北川:インターネットやソーシャルメディアの普及が決定的だったのは間違いないでしょう。映画がテレビの登場でパワーダウンした時と同じで、それに代わるメディアが登場したからこそ、テレビはパワーダウンしたのだと思います。そして新しい主導権を握るメディアが登場すると、アイドルとファンの関係も変わります。AKB48はソーシャルメディアをうまく活用して、細かく情報を発信しつつ、ファンの意見を取り入れる姿勢を保てているからこそ、メジャーになってもファンと密な関係を築けている。テレビに出るときも、主要なメンバーだけが出るわけですから、グループには何人いてもいいわけです。 ――最近は、アイドルといえばグループという印象があります。 北川:グループアイドルとは、ぶっちゃけて言えば、ある程度のレベルの人を集めて、その中で競争させることによって、最後に残った人でやっていこうという手法なんです。未熟なうちから人前で歌わせて、それをソーシャルメディアなどで拡散して、上手にアピールできると成功するという。その中でピンで活躍できる人も出てくるだろうし、そうじゃなければふるいにかけられる。街でスカウトして、テレビに売り込んでっていう従来のやり方よりも、ある意味では効率的ですし、成功確率も高い。だからこそ、今はみんなグループで始めるのが普通になっているのだと思います。 ――今後はもう、単体のアイドルが天下を取ることは難しいのでしょうか。 北川:いや、テレビはまだまだ侮れない、と考えています。「あまちゃん」に象徴的ですが、あのドラマは今の状況を理解した上で、ソーシャルメディアやグループアイドルの手法をテレビの中に取り込むにはどうすればいいのかっていうのを、すごく真面目に考えている。テレビを使って、80年代からのアイドルの流れも入れ、地方アイドルの流れも入れ、さらに今の日本が抱える問題も取り込んでいます。「あまちゃん」の能年玲奈のように、テレビの中から単体のアイドルが成功する余地はあると思います。ソロでアイドル歌手的展開はかなり難しくなったと思いますが、それでも、きゃりーぱみゅぱみゅとかが結果を出しています。広末涼子や深田恭子や上戸彩的なドラマやCMを中心に活躍するテレビの中のアイドルは、今後も生まれるでしょう。武井咲とか、剛力彩芽とか。そして今は、能年玲奈に注目というわけですね。 ――テレビはテレビで継続していくと。 北川:かつて、テレビが普及したあとも映画が残ったのと同じように、ネットの普及後もテレビは残るでしょう。別にテレビとSNSが真っ向から戦争する必要はまったくないので、どんどん融合して、両方使ってうまくやりましょうっていう流れになっていくと思う。気になるのは、レコード会社が今後どうするのかというところ。単にCDを売っていくだけの時代は終わってるでしょうから、そこは真剣に考えなきゃいけないところですよね。(了) (取材・文=編集部)

結婚発表のいきものがかり水野良樹  その一筋縄ではいかないポップス観とは?

【リアルサウンドより】  いきものがかりのリーダーでギターの水野良樹が17日、一般人女性と結婚したことをファンクラブサイトにて発表した。相手について「僕よりはるかにおおらかで、はるかに明るい、楽しいひと」と紹介。ネット上は「おめでとう!」「ますます来月のライブに行きたくいなった」と祝福ムードに満ちている。  水野は、いきものがかりの代表曲である「ありがとう」(NHK連続テレビ小説『ゲゲゲの女房』主題歌)、「風が吹いている」(NHKロンドンオリンピック・パラリンピック放送テーマソング)などの作詞作曲を手がけている。水野の制作する楽曲について、音楽評論家であり文芸評論家の円堂都司昭さんはこう話す。 「いきものがかりボーカル・吉岡聖恵さんは、まるで小学校の唱歌のように、素直にハキハキと歌いますよね。水野さんの楽曲は"吉岡さんの歌唱の素直さを届ける"ということがメインにあるのだと思います。とくに、大きなタイアップのついた『ありがとう』『風が吹いている』は、"国民的に見られる/聞かれる"という前提のド真ん中に投げ込んだ楽曲。特定の年代、性別に向けて作るのではなく、誰にでも届くような――古めかしい言い方をすれば"お茶の間"に向けて曲を作ることができる、数少ない作曲家だと思います」

『I』(エピックレコードジャパン)収録

 特徴的なのは、いわゆる"ベタ"に作っているのではなく、「王道のポップス」になるよう意識的に狙って制作されていることだ。 「水野さんがどこまで意識しているかは、よくわからないところもある。吉岡さんの歌い方に合わせて作るうちに、自然とそうなったのかもしれません。ただ、少なくとも、斉藤和義が「ずっと好きだった」の歌詞を改変し、原発反対のメッセージソングとして発表した「ずっとウソだった」をTwitter上で批判して以降は、意識的であることが伺えます」(円堂さん)  水野は2011年、斉藤和義の「ずっとウソだった」について、「そもそも僕は音楽に政治的な主張、姿勢(斉藤さんの場合は、怒りでしたが)を直接的に乗せることについて、とても懐疑的な人間」であると表明して、物議を醸した(参照:斉藤和義氏「ずっとウソだった」に対する,いきものがかり・水野良樹リーダーの意見)。 「その後の彼に対するインタビューを読んでみると、おもしろいことが書いてあるんです。『風が吹いている』の制作に関連して発売されたアーティストブック『いきものがかりのほん』(イースト・プレス)収録のロングインタビューにおいて、水野さんは『人畜無害だからこそ生まれる暴力性』というテーマで話をしている。例として挙げているのは、坂本九の『上を向いて歩こう』。老若男女を問わず口ずさめる名曲ですが、広く影響を及ぼしているという意味では暴力的とも言える。  水野さんは『いきものがかりは人畜無害と呼ばれることが多いが、だからこそ届けられるものがある』として、『世界を平和にしよう』と直接的に伝えるよりも、世界を平和にするような"感覚"を届けたいと語っている。一見すると人畜無害なんだけど、聞くものの気分を通じて世界を自然と変えてしまう――そういうある種の強さをポップスに求めている、と。いきものがかりの楽曲は、こうした水野さんのポップミュージックへの考え方が影響した結果とも言えるでしょう」(円堂さん)

『I』(エピックレコードジャパン)収録

 ストレートな作風で国民的な支持を得るいきものがかりだが、その作品世界を支える水野の音楽観は、一筋縄ではいかない複雑さをはらんでいると言えるかもしれない。 (文=編集部)

松田聖子、小泉今日子、中森明菜…『あまちゃん』でも注目、80年代アイドルはなぜあれほど輝いていた?

20138017kitagawa.jpg

『春子の部屋~あまちゃん 80's HITS~ビクター編』ビクターエンタテインメント

【リアルサウンドより】  『山口百恵→AKB48 ア・イ・ド・ル論』(宝島社)を上梓したアイドルウォッチャー北川昌弘氏が、40年のアイドル史を振り返った上で、これからのアイドルの在り方を考察する集中連載第ニ回。 第一回「『AKB48は、もはやアイドルじゃない!』古き良き"歌謡曲アイドル"はこうして絶滅した」では、北川氏にとってのアイドルがどういった存在なのかを定義してもらった。第二回では、アイドル全盛期と言われた85~87年と、アイドル冬の時代と言われた88年~93年の間に何が起こったのかを語った。 ――NHKの連続テレビ小説『あまちゃん』をきっかけに、80年代アイドルに改めて注目が集まっています。この時期のアイドルの特徴とは? 北川昌弘(以下、北川):まず、70年代後半から80年代初頭にかけて、アイドル界に大きな変化がありました。77年、キャンディーズが「普通の女の子に戻りたい」と引退宣言をした後、80年には映画もドラマもしっかりできるアイドルとして活躍していた山口百恵、奇抜なダンスと楽曲で一大センセーションを起こしたピンクレディーが相次いで引退します。そこに、松田聖子という人が見事にとって代わって現れた。今になって考えると、アイドル界がダイナミックに変化した時期でしたね。で、その松田聖子の影響下に、松本伊代、堀ちえみ、小泉今日子、中森明菜などの82年組が出てくる。誰もが"聖子ちゃんカット"を真似してデビューするのですが、面白いことに、松本や堀のような徹底した模倣者は本家を越えることができず、早い段階で方向転換した小泉や中森が後になって大成したんですよね。  その潮流には、歌謡曲というものがベースにあり、レコードを売ることがアイドルの本業であるというスタンスがきっちりとありました。テレビに出るのもそのプロモーションの一環でした。そして、85年から87年にかけて、とんでもないアイドルブームが起こります。僕の考えでは、ホームドラマに性教育的な要素を取り入れたドラマ『毎度おさわがせします』に出演していた中山美穂の存在と、ドラマ『スケ番刑事』の大ヒット、おニャン子クラブのブレイクが一気に起こり、一大ブームになったのだと推測しています。この頃から、アイドルたちはレコードを売るのではなく、総合的なキャラクターを売るようになっていきました。 ――音楽を聴く媒体も、レコードからCDへ移行している時期でした。 北川:僕の印象では、88年頃にテレビで音楽を聴くというスタイルが終わったんです。最初は、テレビよりFMの方が良い、なんて言っていた。そのうちウォークマンなんかも出てきて、好きな音楽を自分で持って、いつでもどこでも聞けるというような流れが出てきて、だんだんと「テレビで歌うのはダサい」という風潮が生まれました。  あと、レコードからCDへの移行期の直前に僕がとても気になったのは、レコードジャケットの表面にバーコードが印刷され始めたこと。80年代くらいからバーコードが普及してきたんですが、あれを見た瞬間は「えっ!」て思いましたね。本とかはバーコードを裏にするのに、レコードは目立つところにバーコードが入っていて、ジャケットの魅力を明らかに損なっていた。ジャケットは、アイドルファンにとって大切なアイテムのひとつなのに、それに対してとても失礼なことをしていた。そういう時代の流れもあって、アイドル歌謡曲というものは崩壊していったんです。そしてアイドル歌謡曲という文化が消えていった時に、アイドルにはほとんど何もなくなっていたんですよね。 ――そして冬の時代に突入したと? 北川:僕は88年から93年を「アイドル冬の時代」と定義しているんですが、その要因は歌謡曲の崩壊以外にもあります。まず、バブル景気がやってきたこと。これはよく言われていることなんですが、景気が良くなるとアイドルや癒し系の女性よりもセクシー系の女性が世に求められる傾向が強くなるのではないかと思います。つまり、可憐なアイドルは時代にそぐわなくなっていったのではないか。また、一番大きな要因は、当時の中高生に「アイドルファン、オタクだと思われたくない」という意識があったことではないでしょうか。 ――というと? 北川:オタクという言葉が世間に浸透したのは80年代の後半なんですが、88年には宮崎勤が東京・埼玉連続幼女誘拐殺害事件を起こします。宮崎はオタクだという報道がなされ、オタク=危険人物というイメージが世間に広く浸透します。そういう報道を観ていた当時の中高生は、アイドルにハマることに対する心理的な抵抗が強かったのではないか。また、その時はテレビゲームとかもありましたから、アイドルにハマらなくても他に夢中になることがあったのでしょう。さまざまな要因が重なって、アイドル冬の時代が来たのだと思います。 ――しかし北川さんは著書で、冬の時代ならではのアイドルについても言及していますね。 北川:僕がやっていた『NIPPONアイドル探偵団』は、とにかくテレビに出演している女性で魅力的であれば、みんなアイドルですよ、というスタンスでした。歌謡曲アイドルが終わっても、アイドル的な存在は終わっていません、と。皆さんがアイドル像を見失いかけている時に、こういう女性がアイドルですよ、とわかりやすく提示してきたんですね。若手女優やバラドルはもちろん、女子アナとかお天気おねえさんとか、AV女優とかスポーツ選手とかも、テレビに出ていればアイドルになるんです。  また、その時は中高生が「アイドルオタクだと思われたくない」という意識を持っていましたが、逆に言えば、魅力的な女性が「私はアイドルではない」というスタンスを示していれば、比較的受け入れやすかったと思います。たとえば、ZARDの坂井泉水さんはあえてテレビには出演しない戦略を採っていて、それは大正解でした。女子アナの永井美奈子さんも、あくまで女子アナであるというスタンスを崩していませんでしたから、抵抗なく好きだと言えました。子役で大ブレイクした安達祐実も同様。つまり、冬の時代でもアイドル的な存在はずっと居続けたんですよね。 ――では、冬の時代が終了したきっかけとは。 北川:94年、当時16歳のグラビアアイドル雛形あきこの登場が大きかったと思います。あの瞬間、中高生がみんな彼女に振り返りましたから。飯島直子さんがジョージアのCMに出て、癒し系として社会人の心を掴んだのも94年。そして96年には広末涼子さんがポケベルのCMで中高生の心を掴み、さらには97年には優香が出てきて、中高生から社会人まで心を掴み、グラドルと癒し系の二階級制覇みたいな離れ業をやってのけました。  一方、88年にアイドル歌謡は滅びましたが、アイドルたちは"アーティスト"と冠することで、90年代の音楽業界を生き抜いていきます。小室哲哉さんがプロデュースした篠原涼子さんや華原朋美さんあたりはその典型でしょう。重要なのは、小室さんはテレビで音楽を"聴かせる"のではなく"見せる"ことに力を入れていたこと。従来のアイドル歌謡曲とは決定的に違います。そしてそんな中から、モーニング娘。が生まれてくるんです。 (取材・文=編集部) 後編に続く

ももクロの次のテーマは「解散」!? 頂点をきわめたグループの行方を占う

20130816edoboru.jpg

ももいろクローバーZ『5TH DIMENSION』キングレコード画

【リアルサウンドより】  
モーニング娘。に憧れて育った新世代が、アイドルとして影響力を持ち始めたことで、ハロプロ再評価につながった――。アイドル番組の構成を担当する放送作家エドボル氏が、現在のアイドルシーンを語る集中連載第2回では、ハロプロの再評価を生んだトップグループ・AKB48と、「AKB48になかった全力性」(エドボル氏)でシーンを勝ち抜いた、ももいろクローバーZを取り上げる。彼女たちは今後、どんな道をたどっていくのだろうか? 第一回:「モー娘。再評価の構造は、ビートルズ再評価と同じ」若いアイドルファンがハロプロにハマる理由  AKB48については、一部では「すでにガラパゴス化しているのではないか」との見方もある。6月に日産スタジアムで行われた「第5回選抜総選挙」が"シラけ選挙"と報じられるなど、AKBブームの終焉を語る声は尽きないが、実際のところはどうなのか。エドボル氏は、「AKB48 のファン以外が楽しみにくい方向に進んでいるのは事実だと思う」としつつ、本当のガラパゴスになるのはまだまだ先だと見る。 「単純にファンそのものの絶対数があまりに大きいので、辺境を意味するガラパゴスと表現することはできません。また、都市圏と地方ではアイドルブームに3年ほどのタイムラグがある。実際、地方に関しては地域によっては、最近やっとモーニング娘。からAKB48にトップアイドルの認識が移行している......というところもあるんです。今年の夏のAKBの東京ドーム公演のチケットが売れ残っている、なんてことも話題になりましたが、4大ドームツアーでは空席があっても、47都道府県を回るホールツアーはチケット入手困難な状況が続いています。それは姉妹ユニットのNMB48や公式ライバルの乃木坂46に関しても同様な状況です。  東京ドームのチケットの売り上げ不振の背景にあるのは、8月のツアーに関しては完全個人照合で、チケットを転売できない仕組みにしたこと。一般のプレイガイドで通常の形では売っていないので、ファンでなければ購入するのが難しいものになりました。チケット価格の値上げも、現段階で完売していない理由でしょう」  ガラパゴスと呼ぶには大きすぎるファン層と、ブームが行き届いていない地方への波及により、まだまだAKB48の人気は続くだろうとエドボル氏。それでは、すでにシーンのトップに上り詰めた感もある、ももクロについてはどうだろうか。 「テーマは"どう解散させるか"でしょう。単純な話、この先何年も今の『ももクロ』を続けていくというのは、百田夏菜子だって体力が持たないと思います。年齢を重ねてからもずっといまのようなハードなパフォーマンスを続けていくことにはリアリティがない。と言って、マイナーチェンジをしている様子も見当たりません。歌が劇的にうまくなることもないし、パフォーマンスの質を落とすわけにはいかない。ファンは、いまのももクロが持っているものこそを求めていて、要求はさらに高度になっていく。どんな落とし所を見つけて、どんな次のステップを準備するかが重要だと思います」  ももクロが所属しているスターダストプロモーションには、私立恵比寿中学やチームしゃちほこなど、売り出し中のアイドルが所属している。ももクロファンの思いは今後、彼女たちに向けられていくのか。 「スターダストの場合、AKBグループともハロプロとも違い、アイドルがひとつのシステムの中で動いているわけではありません。それぞれが独立したアイドルグループです。ももクロのファンがエビ中に流れることはあると思いますが、全員がそうなるように誘導している訳ではない。また、チームしゃちほこは、ももクロとファン層が違うはず。ももクロは布袋寅泰さんに作曲を依頼するなど、アーティスト性重視の基本的に尖った方向に進んできましたが、しゃちほこはアイドルソングらしいアイドルソングを志向している。ともに楽曲の評価は高いものの、音楽的に聴いているファンは分かれるでしょう。  アイドルシーン全体においても、所属事務所においても、ももクロは替えの効かない存在になっている。もともとAKBグループのような永久機関を作ろうともしていないでしょうし、やはり解散の仕方をどうするかが、そう遠くない将来のテーマになると考えられます」    次回は「ポストAKB48」を狙うアイドルグループについて、引き続きエドボル氏に聞く。 (取材=吉住哲、構成=編集部)