エロくないのに取り扱い終了……ファミマの「無印良品」終了から見えるコンビニの厳しさ

 大手3社が一斉に成人向け雑誌の取り扱いを中止することを発表し、にわかに注目を集めたコンビニ業界。その対応をめぐっては、賛否を含めてさまざまな意見が交錯した。

 コンビニの動きを契機に、やがては18禁の出版までもが規制対象になることを危惧する意見。他方、女性の人権侵害うんぬんを錦の御旗に掲げ、コンビニ各社の決定を称讃する意見まで。毎週、次々と新ネタが繰り出され、手軽に「信者」を増やしたい論客志向の人々があれこれとSNSに意見を投下するエロとフェミニズムのトピックス。今回は、誰もが目にしたことがあるコンビニの棚が焦点となったために、ほかの話題よりは長く続いた感じもする。

 ただ、高邁なご意見とは裏腹に実態は、単に売れないから排除しただけではないか……。そんな視点を与えてくれたのは、ファミリーマートによる新たな商品取り扱い終了のニュースであった。

 1月30日、ファミリーマートでは、良品計画の生活雑貨「無印良品」の取り扱い中止を発表、すでに28日に、店舗からの商品発注を停止していることが明らかになったのである。

 ファミリーマートは、かつて同じセゾングループに属していたことから、店舗展開が本格化した初期から「無印良品」の陳列棚を常設してきた。そうしたこともあってか、ファミリーマートで「無印良品」が買えなくなることを残念がる声もネットでは多い。

 そうした声を目にすると、セゾングループも解体された今となっては、関係性が薄れたことが取り扱い中止の要因にも思える。

 だが、コンビニ事情に詳しい関係者に聞くと「無印良品」の業績とは別に「ファミリーマートでの売り上げは下がっていた」と話す。ファミリーマートにおける「無印良品」の売上低下は、さまざまな専門家が指摘しているので別に譲るが、限られたスペースで多くの商品を陳列するコンビニは、売れない商品には極めて厳しい態度を示すものだ。

 ある出版社社員に、大手コンビニが陳列する商品を選ぶ時の様子を聞いたことがある。なんでも、長い机に所狭しと並べられた商品を担当者がひとつひとつ手に取り、データを事細かに分析しながら、取り扱うか否かを決めていく、とてつもなく緊張した空間だったという。そうやって、集められた商品の中で、実際に取り扱ってもらえるのは、ほんの一握りだったという。

 とにかく売れない商品には厳しいコンビニ。だとすればむしろ、ここまで成人向け雑誌が売られ続けてきたことのほうが奇跡だったといえるだろう。今、雑誌出版社がまず考えるべきは、成人向け雑誌に続いて、雑誌の棚自体撤去された時に、どうやって糧を得ていくのかということではなかろうか。
(文=昼間たかし)

どんどんダメな街になっていく……ソースの匂いがする「月島」の自滅

 本当に、来年東京オリンピックが開催されるのか? 都内のあちこちをウロウロしていても、なかなか実感が湧かない。前の東京オリンピックの時は、こうじゃなかっただろうに。

 首都高はできるし、どんどん鉄筋コンクリートのビルはできるし。その建て替えくらいしか行われていない今回は、いまいち世の中の変化が感じられない。

 でも、湾岸エリアは別だ。移転によって豊洲市場が開場してから、徐々に人の流れが変わっているように思える。晴海どころか有明あたりにもマンションは増えた。ただ、このマンション周辺、なんとか徒歩圏のゆりかもめやりんかい線を除けば、交通機関はバスだけ。離れ小島に無駄に大きなマンションだけが増えているというのが正直な印象だ。

 そんな湾岸部のマンション建設ラッシュは、さらに拡大している。もともと倉庫街だった勝どきはマンションだらけになっている。そして、月島も、である。

 月島といえば、商店街にソースの香りが漂う、もんじゃ焼きの聖地。いまだ、もんじゃ焼きが美味いかと聞かれれば「?」マークが点灯する筆者。でも、需要は多いようで有名店の前には平日でも行列が当たり前だ。

 下町風情の残る、もんじゃ焼きの街として長らく観光地となってきた月島。だが、そこにも変化が起こっている。それも、考えられない形で。

 なんと商店街の一角が取り壊されて、マンションの建設が始まっているのである。寂れた地方の商店街で、アーケードの中にあった店舗が取り壊されて、マンションになっている風景は珍しいものではない。だが、月島はちょっと違う。下町の情緒を売り物にしている街で、店舗がゴソっと消滅し、マンションへと変わろうとしているのだ。

 それも、商店街の端のほうとかではなく、ちょうどド真ん中で。これまで下町風な古さと、もんじゃ焼きでムードを保ってきた月島。それも、いよいよ終わり始めているのか。

 自ら望んで、街の終焉へとひた走る月島。久しぶりに訪れて、もうこの街には用はないと思ったのであった……。
(文=昼間たかし)

「なぜ三浦大知?」天皇陛下在位30年記念式典、皇室ウォッチャーも驚いた“記念演奏の人選”

 2月24日、東京・隼町の国立劇場で開かれる「天皇陛下在位30年記念式典」において、アーティストの三浦大知が記念演奏を行うことが発表された。天皇陛下が作詞、皇后陛下が作曲した「歌声の響」を披露するといい、国民の注目が集まる中、「なぜ三浦大知なのだろう?」と、人選の理由を知りたがる人も多数いるようだ。今回、皇室ウォッチャーX氏にそうした声に対する見解を聞くとともに、「天皇陛下在位30年記念式典」での注目ポイントを語ってもらった。

――「歌声の響」を三浦大知さんが披露するそうですが、この人選を受けてどのような感想を抱かれましたか?

皇室ウォッチャーX氏(以下、X) 率直に“驚きの人選”でした。もちろん、三浦さんは『NHK紅白歌合戦』に2年連続出場するなど実力派のアーティストですが、まだ31歳とお若い方です。両陛下が直接お選びになったのかはわからないものの、皇室のとても重要な「在位30年記念式典」という行事に、三浦さんが選ばれたのは深い意図があるでしょうね。例えば、若い世代に特に人気がある三浦さんを起用することで、皇室や沖縄への関心を高める意味合いなどが考えられます。

――「歌声の響」は、両陛下の沖縄への思いがこめられた曲とのこと。そして、三浦さんは沖縄出身です。

X 両陛下が提唱されている「忘れてはならない4つの日」というものがあります。広島と長崎の原爆の日と終戦記念日、そして“沖縄慰霊の日”です。両陛下が沖縄を初めて訪問されたのは1975年。戦争終結から30年たっていましたが、当時の沖縄県民は皇室に対して複雑な感情を持っていました。「ひめゆりの塔」で火炎瓶を投げつけられる事件も起こってしまいましたし……。しかしその夜、陛下は沖縄県民に向けての談話を出すなど、沖縄地上戦の戦没者に対して並々ならぬ思いを抱かれています。平成になってからも、何度も沖縄を訪れて、戦没者の遺族たちと交流されたり、慰霊碑に献花されるなど、お二人にとって沖縄は特別な土地なのです。

――「在位10年式典」ではYOSHIKIさん、「在位20年式典」ではEXILEが選ばれています。それぞれの人選について、どのような印象を持ちましたか?

X 今回の三浦さんと同様に、前々回にYOSHIKIさんや前回にEXILEが選ばれているのは、その時代の人気アーティストやグループということが理由なのでしょう。両陛下は約30年かけて“平成流”を築いてこられたとともに、開かれた皇室を目指されていたように思います。その一環として、その時々での人気アーティストを起用することで、国民に親しみを持ってほしいと考えられていると思います。

――「歌声の響」は、両陛下が作られた曲であると報じられた際に、ネット上で美智子さまがラップをたしなまれるということが話題にもなりました。

X 数年前のチャリティコンサートで、ラッパーのZEEBRAさんに対して「ラップをたしなんだことがある」というご発言をされたのです。そのときは私も驚きましたが、音楽が大好きな美智子さまならあり得るなという感想も持ちましたね。美智子さまは、新しいことに挑戦するというより、ジャンルに関係なく音楽がお好きなのでしょう。今でも毎年、草津でのピアノのワークショップに参加されたりしていますし、以前はハープも弾かれていました。ほかにもハワイアンミュージックなど、多様なジャンルに明るく、普段もよくコンサートに行かれています。

――最後に、「在位30年記念式典」で注目しているポイントなどをお教えください。

X 三浦さんの「歌声の響」にはもちろん注目していますが、天皇陛下のお言葉にも注目しています。在位10年、20年の際も重要な節目だったものの、今回はご退位の直前であり、両陛下にとってもこみ上げてくる感情がおありでしょう。式典では、今回も陛下がお言葉を述べられると思います。そのときにどんなことを話されるのかは、国民が皆、強い関心を寄せるのではないでしょうか。

兵庫県明石市長の「暴言」全貌と評価 明石市の市民ファーストな取り組み

 兵庫県明石市の泉房穂市長が2017年6月、市職員に対して「火つけてこい」などと暴言を吐いていたことがわかり、物議を醸している。

 問題の暴言は、市が道路の拡幅工事を進めるにあたっての用地買収(立ち退き交渉)を担当する市職員に向けてのものだ。録音された音声も公開されている。市長の問題発言は以下のような内容だ。

「7年間、何しとってん。ふざけんな。何もしてへんやないか7年間。平成22年から何しとってん7年間。金の提示もせんと。楽な商売じゃお前ら。あほちゃうか」   

「すまんですむか。立ち退きさせてこい、お前らで。きょう火つけてこい。燃やしてしまえ。ふざけんな。今から建物壊してこい。損害賠償を個人で負え。安全対策でしょうが。はよせーよ。誰や、現場の責任者は」

「お前が金積め。お前ら1人ずつ1千万円出せ。すぐ出て行ってもらえ。あほちゃうか、そんなもん。ほんま許さんから。辞表出しても許さんぞ」

「ずっと座り込んで頭下げて1週間以内に取ってこい。おまえら全員で通って取ってこい、判子。おまえら自腹切って判子押してもらえ。とにかく判子ついてもらってこい。とにかく今月中に頭下げて説得して判付いてもうてください」

 29日、明石市役所で記者会見を開いた泉市長は、発言はすべて事実だと認め、不適切な物言いであったことを謝罪した。

 明石市によると、JR山陽線明石駅付近にある国道2号交差点では慢性的な交通渋滞が起こり、死亡事故を含む交通事故も多発していたため、2010年度より国の直轄事業として、交通安全対策が進められてきた。2012年度からは国の委託を受けた明石市が、道路の拡幅工事を進めるべく用地買収、いわゆる立ち退き交渉に入った。しかし一部の交渉が難航したため、拡幅工事は完了予定だった2016年末を過ぎても終えられなかった。

 今からおよそ1年半前の2017年6月14日、一部の交渉が進んでいないことを知った泉市長は、「完成予定から半年が過ぎ、その状況に対して『早く』という思いの中で」「非常に激高した状況で許されない言葉を言い続けてしまった」という。

 泉市長は、「市のトップでありながら、このような発言をしたことに弁解の余地はない」「パワハラであるだけでなくて、さらにもっとひどいこと」「間違いなく、自分の発言です」「私が処分を受けるのは当然」と、自らの非を全面的に認めた。その上で、それでも辞職しない理由を記者に問われると「市民の判断ですが、引き続きこの街のために精一杯頑張っていきたいと思っているからです」と答えた。4月には明石市の市長選挙が迫っている。

 録音音声で泉市長は、次のようにも発言している。

「あと1軒だけです。ここは人が死にました。角で女性が死んで、それがきっかけでこの事業は進んでいます。そんな中でぜひご協力いただきたい、と。ほんまに何のためにやっとる工事や、安全対策でしょ。あっこの角で人が巻き込まれて死んだわけでしょ。だから拡幅するんでしょ。2人が行って難しければ、私が行きますけど。私が行って土下座でもしますわ。市民の安全のためやろ、腹立ってんのわ。何を仕事してんねん。しんどい仕事やから尊い、相手がややこしいから美しいんですよ。後回しにしてどないすんねん、一番しんどい仕事からせえよ。市民の安全のためやないか。言いたいのはそれや。そのためにしんどい仕事するんや、役所は」

 

 30日放送の『スッキリ!』(日本テレビ系)では、このとき叱責されたという市職員が取材に応じた。

 市職員は「言われた言葉は不適切だと思う」「ただ、市長の街づくりに対する熱い思いから出たものだと当時も今も思っています」「個人的にはパワハラだとは思っていません」「音声にあった叱責の後に20分以上話し合って和解しています」「権利関係がややこしい土地だったので時間がかかっていました。しかし予定通りに進まなかったのは、やはり自分に責任があったと思います」と話した。

 また、自身は音声の録音をしておらず、今回音声が公になったことに驚いているという。4月に市長選を控えたタイミングで、2年前の録音音声が流出したことに、政治的な背景も垣間見える。

辞任ではなく職責全うを応援する声
 泉市長は元民主党衆議員で2011年から現職。明石市といえば、子育て支援を積極的に行っている自治体として知られている。つい先日、産後鬱の傾向があったというTwitterユーザーによる、明石市の担当保健師の親身で手厚いサポートに感謝するツイートが話題となり、4万件近くRTされていたことも記憶に新しい。

 昨年10月には、「明石市養育費立替パイロット事業」として、養育費を受け取れていないひとり親家庭をサポートするモデル事業を全国で初めて実施することを発表。明石市が業務委託した保証会社が、ひとり親家庭との間で養育費の保証契約を締結し、別居親に養育費の不払いがあった際に、保証会社が養育費を立て替える形でひとり親家庭に支払い、別居親に立替分を督促・回収するというシステムで、契約時に必要な保証料5万円も市が負担する。

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 今年4月には児童相談所の開設が予定されているが、明石市は昨年4月に中核市指定を受ける以前からこの案件を進めてきた。第2子以降保育料無料、中学生までの子供医療費無料などの制度もある。

 また2011年には、「明石市犯罪被害者等の支援に関する条例」を施行し、犯罪被害者・遺族を対象に、裁判費用等の支援を行っている。被害者支援だけでなく、加害者の更生支援も手厚い。触法障害者等の地域や行政とのつながりを重要視し、昨年12月、明石市更生支援及び再犯防止等に関する条例を制定している。

 これらはもちろん市長だけでなく市職員が市民ファーストの思いで、市民の安全のために取り組んできた結果だろう。

 泉市長の暴言が報じられた段階では辞任を求める声も大きかった。これまでの功績があるからといって暴言を吐いたことが無効化するというわけではない。泉市長が暴言について非難を受けるのは当然のことだ。叱責の際の言葉は非常に良くないものであり、間違いなく改善されなければならない。だが辞任は選択肢として妥当ではないのではないか。市民の安全を思うがゆえの叱責であったことが明らかになってからは、報道の風向きも変わりつつある。

虐待も愛情も人を殺せる。殺されないためには――中村うさぎ×伏見憲明×こうきトークショーレポ

 親子たるもの無償の愛で結ばれるものだと信じて疑わない人は、いまの世の中にどれほどいるだろう? 過去最多を更新し続ける国内の虐待件数を目の当たりにすると、どうやら必ずしもそうではないらしいと気づいてしまうものだ。

 しかし、これほどまでに成育過程で親の愛を刻めなかった人も珍しいかもしれない。新宿二丁目のゲイ・ミックス・バーで働きながらイラストレーターとしても活躍の幅を広げている、こうきさんである。

 「平手打ちをはじめとする日常的な暴力とネグレクト」「自室は小鳥やハムスターの飼育部屋」「汚物を見るかのような目線を向けられる」「高校卒業と同時に無言で持ち物を捨てられ、ホームレス生活を余儀なくされる」ーー両親から凄惨な虐待を受けてきた。

 学校では動物臭いといじめられ、ゲイであることをアウティングされ、高校卒業後は公園で寝泊まりしていた時期もあった。自身のセクシュアリティから新宿二丁目にたどり着き、心ある人たちに救われた。が、いまでも自分の中にくすぶり続ける“怪物”と戦っている。

 そんなこうきさんの体験をもとにした絵本、『ぼくは、かいぶつになりたくないのに』(日本評論社)が2018年12月に発売になり、話題を呼んでいる。文章はエッセイストで小説家の中村うさぎさんが担当、絵はこうきさん自身が描いた。

 1月10日には、出版を記念して「居場所・つながり・新宿二丁目」をテーマにコミュニティセンターaktaでトークイベントが開催された。こうきさんをはじめ、中村さん、熊谷晋一郎さん(東京大学先端科学技術研究センター准教授)、マダム・ボンジュールジャンジさん(コミュニティセンターaktaセンター長)が登壇。こうきさんが働くバーのママでもある、作家の伏見憲明さんが司会を務め、愛や他人とのつながりについて、それぞれの観点から語られた。そのハイライトを紹介したい。

 親の愛情を知らずに育ったこうきさんは、「高校時代から寂しさを埋めるように、体のつながりにのめり込んでいった」と振り返る。しかし、セックスだけの関係にもむなしさを感じるようになり、仲間づくりのためHIVをはじめとしたセクシャルヘルスに関する情報を発信するaktaでボランティアをするようになる。そこでの活動を通して伏見さんに誘われ、バーに勤務、さらにそのバーの常連である中村さんとも知り合った。

 伏見さんと中村さんの後押しもあり、クラウドファンディングで自らの生い立ちを描いた絵本を出版することになったという。ここでは絵本の細かい描写は控えるが、なんともかわいらしいタッチの絵でありながら、おどろおどろしく、筆者はページをめくるごとに背筋がゾッとするトラウマ級の感覚を抱いた。

 それは、こうきさんが幼少期から連綿と続く「ぐちゃぐちゃにしてやる、自分の気持ちをぶつけて破壊するっていう気持ち」を表現しているからに他ならない。中村さんも「こうきくんの絵を初めて見たときに、こういう絵を描くんだと衝撃を受けました。この子の抱えるものに興味を持ち、代弁できたらと思いました」と話す。

 また、脳性麻痺で手足が不自由ながら、東京大学先端科学技術研究センター准教授として障害者の差別問題に長年取り組んでいる熊谷さんは、生い立ちは違えど、こうきさんに共鳴すると話す。

「障害者を健常者に近づけることを目的にしたリハビリ施設に通っていたのですが、暴力や抑圧と紙一重の日々。3歳の頃から全部焼き尽くす、夜な夜なかめはめ波(漫画『ドラゴンボール』に出てくるエネルギーを放出する技)で施設を焼き尽くすようなイメージにふけっていました」(熊谷さん)

 こうきさんの絵本には、自立を連想させる象徴的な絵がある。家を追い出され、行き場がなくなった当時の自身を描いたものだ。孤独のピークに達しながらも、なぜか安らいだ表情であることをめぐり、トークテーマは「真の自立とは何か」に移っていった。

 「こうきくんの両親ほど抑圧的じゃなかったものの、父親とは対立関係だった」と打ち明ける中村さんは、子どもの頃から一日でも早く自立したいと思っていたという。

「自立が人間の最高目標と考えていて、経済的にも精神的にも1人で生きていることに重きを置いていました。でも、病気をしてからは、夫に支えられないとコンビニにも行けない状態。苦しくて泣いたこともありました。そんな時、熊谷さんが『自立は依存先をたくさん増やすこと』とおっしゃっていたのを耳にして、目からウロコでした。依存はいけないっていうけど、ちょっとずつ増やしていかないと、生きるのが苦しくなるんですよね」(中村さん)

 また、「俗に言う、普通の家庭に育ち、学校もそこそこ楽しんでいた」と話すのは、aktaを切り盛りするジャンジさん。しかし、トランスジェンダーというセクシュアリティもあってか、「自分が自分として、そこにいない感じ」は常にあったという。

「早くから家を出たいと思っていて、新宿二丁目に来て初めて、ほっとする感覚はありましたね。自分らしく居られる場所が、探しても見つからないなら自分でつくろうと思って、性別やセクシュアリティ、国籍を超えて集まれるパーティを企画するようになりました」(ジャンジさん)

 それに対して、親からの深くも重い愛情を受けて、逆に「愛情に殺される」と感じていたという熊谷さん。身体的に介助がない生活は厳しいながらも、1人の開放感を味わいたいと18歳で家を出ることを決意したそう。

「開放感はあったんですけど、依存先が親という1カ所しかないような状態だったので、へその緒を切断したような気持ちでした。ただ、それによって息ができた。外に出たから、いろんな人とつながれました。依存先が少ないと、たとえば暴力を振るわれても逃げ先がないので、いつでもだれでも切れるようにしておいた方がいい。そのため、依存先は増やした方がいい。相反するようですが、自立するためにも依存先は必要になると考えています」(熊谷さん)

 三者三様の経験を踏まえて、「自立せざるを得ない不幸もあれば、自立させてもらえない不幸もある」と伏見さん。

 熊谷さんのいう“へその緒”とは、つまるところ、愛情に裏付けられた親とのつながりのことだろう。しかし、そのつながりを断ち切ったとき、すべからく穏やかでいられるとは限らない。中村さんは次のように考察する。

「親との太いへその緒があると、恋愛関係などで同じくらい太くて強烈な絆を求めがちですよね。私自身、親から自立した直後は男への依存が強かったと思います。それで最初の結婚にも失敗しましたし。年を重ねたからこそ、他人との太い関係はやめておこうと割り切れますけどね」

 捉えようによってはリスキーな依存関係を回避するため、熊谷さんはつながりを分類することを勧める。

「こうきさんがセックスだけの関係だけではなく、仲間を求めたことに近いかもしれませんが、私は生きるために欠かせないつながりと親密なつながりとを区別したいと思っています。私にとって、前者は介助者との関係なので、お気に入りのヘルパーさんを意識的に作らないようにしているんです。でも、生きる上では後者の親密なつながりも欠かせません。それは恋愛や性的に結ばれたいという相手。日本の家族制度はその2つのつながりをパッケージ化していますが、『分けましょうよと』思ってしまいますね」(熊谷さん)

 2人のトークを受けて、「そもそも太い関係性にあまり関わってこなかった人生なので、いいなとは思うんですけど、どういうものなのか不思議なので、現実味がないですね」と話すこうきさん。しかし、伏見さんとの“親子関係の再構築”を経て、少しずつ感情に変化が出てきたという。

「僕にとって、こうきは子どもみたいな感覚で、経験できなかった親子関係を楽しませてもらってるんです。ちょっとしたお母さん気分みたいな。ただ、これはバーのオーナーとスタッフという雇用関係があって成り立っているもの。何もないと、ただのうざくておせっかいな“おばさん”ですよね。心配になると電話したり、旅行に連れて行ったり、肉体関係もないのに何やってんだって思いますけど、時給の何パーセントかには、疑似親子費用も含んでいるということで(笑)」(伏見さん)

 それに対してこうきさんは、「僕も親がいたら、こういう気持ちなのかな。伏見さんが将来的に歩けなくなったり買い物へ行けなくなったりしたら、僕が手伝おうかなと思っています」と答える。

 人は孤独の中では呼吸ができない。へその緒から与えられる酸素が絶妙な配分で胎児を生かしているのに対し、人間同士のつながりは調整が難しい。薄すぎでも濃すぎでも呼吸困難になりかねず、やっかいだ。

 生まれながらに親子愛を否定されたこうきさんだが、新宿二丁目で息を吹き返した。それは、偶然の出会いによってもたらされたが、人のぬくもりを諦めなかったからこその必然だったのかもしれない。トーク終了後にあらためて読み返したこうきさんの絵本からは恐怖ではなく、過酷な状況でも生きようとする強さがにじみ出ているように感じた。
(末吉陽子)

虐待も愛情も人を殺せる。殺されないためには――中村うさぎ×伏見憲明×こうきトークショーレポ

 親子たるもの無償の愛で結ばれるものだと信じて疑わない人は、いまの世の中にどれほどいるだろう? 過去最多を更新し続ける国内の虐待件数を目の当たりにすると、どうやら必ずしもそうではないらしいと気づいてしまうものだ。

 しかし、これほどまでに成育過程で親の愛を刻めなかった人も珍しいかもしれない。新宿二丁目のゲイ・ミックス・バーで働きながらイラストレーターとしても活躍の幅を広げている、こうきさんである。

 「平手打ちをはじめとする日常的な暴力とネグレクト」「自室は小鳥やハムスターの飼育部屋」「汚物を見るかのような目線を向けられる」「高校卒業と同時に無言で持ち物を捨てられ、ホームレス生活を余儀なくされる」ーー両親から凄惨な虐待を受けてきた。

 学校では動物臭いといじめられ、ゲイであることをアウティングされ、高校卒業後は公園で寝泊まりしていた時期もあった。自身のセクシュアリティから新宿二丁目にたどり着き、心ある人たちに救われた。が、いまでも自分の中にくすぶり続ける“怪物”と戦っている。

 そんなこうきさんの体験をもとにした絵本、『ぼくは、かいぶつになりたくないのに』(日本評論社)が2018年12月に発売になり、話題を呼んでいる。文章はエッセイストで小説家の中村うさぎさんが担当、絵はこうきさん自身が描いた。

 1月10日には、出版を記念して「居場所・つながり・新宿二丁目」をテーマにコミュニティセンターaktaでトークイベントが開催された。こうきさんをはじめ、中村さん、熊谷晋一郎さん(東京大学先端科学技術研究センター准教授)、マダム・ボンジュールジャンジさん(コミュニティセンターaktaセンター長)が登壇。こうきさんが働くバーのママでもある、作家の伏見憲明さんが司会を務め、愛や他人とのつながりについて、それぞれの観点から語られた。そのハイライトを紹介したい。

 親の愛情を知らずに育ったこうきさんは、「高校時代から寂しさを埋めるように、体のつながりにのめり込んでいった」と振り返る。しかし、セックスだけの関係にもむなしさを感じるようになり、仲間づくりのためHIVをはじめとしたセクシャルヘルスに関する情報を発信するaktaでボランティアをするようになる。そこでの活動を通して伏見さんに誘われ、バーに勤務、さらにそのバーの常連である中村さんとも知り合った。

 伏見さんと中村さんの後押しもあり、クラウドファンディングで自らの生い立ちを描いた絵本を出版することになったという。ここでは絵本の細かい描写は控えるが、なんともかわいらしいタッチの絵でありながら、おどろおどろしく、筆者はページをめくるごとに背筋がゾッとするトラウマ級の感覚を抱いた。

 それは、こうきさんが幼少期から連綿と続く「ぐちゃぐちゃにしてやる、自分の気持ちをぶつけて破壊するっていう気持ち」を表現しているからに他ならない。中村さんも「こうきくんの絵を初めて見たときに、こういう絵を描くんだと衝撃を受けました。この子の抱えるものに興味を持ち、代弁できたらと思いました」と話す。

 また、脳性麻痺で手足が不自由ながら、東京大学先端科学技術研究センター准教授として障害者の差別問題に長年取り組んでいる熊谷さんは、生い立ちは違えど、こうきさんに共鳴すると話す。

「障害者を健常者に近づけることを目的にしたリハビリ施設に通っていたのですが、暴力や抑圧と紙一重の日々。3歳の頃から全部焼き尽くす、夜な夜なかめはめ波(漫画『ドラゴンボール』に出てくるエネルギーを放出する技)で施設を焼き尽くすようなイメージにふけっていました」(熊谷さん)

 こうきさんの絵本には、自立を連想させる象徴的な絵がある。家を追い出され、行き場がなくなった当時の自身を描いたものだ。孤独のピークに達しながらも、なぜか安らいだ表情であることをめぐり、トークテーマは「真の自立とは何か」に移っていった。

 「こうきくんの両親ほど抑圧的じゃなかったものの、父親とは対立関係だった」と打ち明ける中村さんは、子どもの頃から一日でも早く自立したいと思っていたという。

「自立が人間の最高目標と考えていて、経済的にも精神的にも1人で生きていることに重きを置いていました。でも、病気をしてからは、夫に支えられないとコンビニにも行けない状態。苦しくて泣いたこともありました。そんな時、熊谷さんが『自立は依存先をたくさん増やすこと』とおっしゃっていたのを耳にして、目からウロコでした。依存はいけないっていうけど、ちょっとずつ増やしていかないと、生きるのが苦しくなるんですよね」(中村さん)

 また、「俗に言う、普通の家庭に育ち、学校もそこそこ楽しんでいた」と話すのは、aktaを切り盛りするジャンジさん。しかし、トランスジェンダーというセクシュアリティもあってか、「自分が自分として、そこにいない感じ」は常にあったという。

「早くから家を出たいと思っていて、新宿二丁目に来て初めて、ほっとする感覚はありましたね。自分らしく居られる場所が、探しても見つからないなら自分でつくろうと思って、性別やセクシュアリティ、国籍を超えて集まれるパーティを企画するようになりました」(ジャンジさん)

 それに対して、親からの深くも重い愛情を受けて、逆に「愛情に殺される」と感じていたという熊谷さん。身体的に介助がない生活は厳しいながらも、1人の開放感を味わいたいと18歳で家を出ることを決意したそう。

「開放感はあったんですけど、依存先が親という1カ所しかないような状態だったので、へその緒を切断したような気持ちでした。ただ、それによって息ができた。外に出たから、いろんな人とつながれました。依存先が少ないと、たとえば暴力を振るわれても逃げ先がないので、いつでもだれでも切れるようにしておいた方がいい。そのため、依存先は増やした方がいい。相反するようですが、自立するためにも依存先は必要になると考えています」(熊谷さん)

 三者三様の経験を踏まえて、「自立せざるを得ない不幸もあれば、自立させてもらえない不幸もある」と伏見さん。

 熊谷さんのいう“へその緒”とは、つまるところ、愛情に裏付けられた親とのつながりのことだろう。しかし、そのつながりを断ち切ったとき、すべからく穏やかでいられるとは限らない。中村さんは次のように考察する。

「親との太いへその緒があると、恋愛関係などで同じくらい太くて強烈な絆を求めがちですよね。私自身、親から自立した直後は男への依存が強かったと思います。それで最初の結婚にも失敗しましたし。年を重ねたからこそ、他人との太い関係はやめておこうと割り切れますけどね」

 捉えようによってはリスキーな依存関係を回避するため、熊谷さんはつながりを分類することを勧める。

「こうきさんがセックスだけの関係だけではなく、仲間を求めたことに近いかもしれませんが、私は生きるために欠かせないつながりと親密なつながりとを区別したいと思っています。私にとって、前者は介助者との関係なので、お気に入りのヘルパーさんを意識的に作らないようにしているんです。でも、生きる上では後者の親密なつながりも欠かせません。それは恋愛や性的に結ばれたいという相手。日本の家族制度はその2つのつながりをパッケージ化していますが、『分けましょうよと』思ってしまいますね」(熊谷さん)

 2人のトークを受けて、「そもそも太い関係性にあまり関わってこなかった人生なので、いいなとは思うんですけど、どういうものなのか不思議なので、現実味がないですね」と話すこうきさん。しかし、伏見さんとの“親子関係の再構築”を経て、少しずつ感情に変化が出てきたという。

「僕にとって、こうきは子どもみたいな感覚で、経験できなかった親子関係を楽しませてもらってるんです。ちょっとしたお母さん気分みたいな。ただ、これはバーのオーナーとスタッフという雇用関係があって成り立っているもの。何もないと、ただのうざくておせっかいな“おばさん”ですよね。心配になると電話したり、旅行に連れて行ったり、肉体関係もないのに何やってんだって思いますけど、時給の何パーセントかには、疑似親子費用も含んでいるということで(笑)」(伏見さん)

 それに対してこうきさんは、「僕も親がいたら、こういう気持ちなのかな。伏見さんが将来的に歩けなくなったり買い物へ行けなくなったりしたら、僕が手伝おうかなと思っています」と答える。

 人は孤独の中では呼吸ができない。へその緒から与えられる酸素が絶妙な配分で胎児を生かしているのに対し、人間同士のつながりは調整が難しい。薄すぎでも濃すぎでも呼吸困難になりかねず、やっかいだ。

 生まれながらに親子愛を否定されたこうきさんだが、新宿二丁目で息を吹き返した。それは、偶然の出会いによってもたらされたが、人のぬくもりを諦めなかったからこその必然だったのかもしれない。トーク終了後にあらためて読み返したこうきさんの絵本からは恐怖ではなく、過酷な状況でも生きようとする強さがにじみ出ているように感じた。
(末吉陽子)

小室圭さんが母の元婚約者を名誉毀損で訴えることは可能か 弁護士の見解

 秋篠宮家の長女・眞子さま(27)との婚約が延期になっている小室圭さん(27)が、今月22日、母親の佳代さん(52)と元婚約者の男性A氏との金銭トラブルについての文書を公表したことが波紋を広げている。文書では「母も私も元婚約者の方からの支援については解決済みの事柄であると理解してまいりました。そのため、平成29年12月から元婚約者の方のコメントだとされるものが連日報道される事態となり、私も母もたいへん困惑いたしました」と綴っている。要約すると佳代さんとA氏が婚約中、A氏から金銭的な支援してもらったのであり、これは借金ではなく「解決済み」と主張している。

 これにはやはり、A氏が即座に反論した。各メディアの取材を受けたA氏は、「正直驚きました」と困惑を見せ、返済しなくて良いというやりとりを小室家と交わしたという小室さんの言い分については「僕の記憶の中にはないです。だから請求している」と反論した。小室さんが文書を公表した日に、A氏のもとに弁護士から書留が届いたことも明らかになっており、今後何らかの協議が行われるはずだ。

 報道から経緯を整理すると、佳代さんとA氏は、2010年9月に婚約、2012年9月に婚約解消していた。これは双方が認めている。当時、佳代さんはA氏を「パピー」と呼び、小室さんの大学入学資金や生活費などの工面をA氏に要望、A氏は総額400万円ほどを支援。しかし借用書はかわしていなかった。そして2013年8月、A氏は佳代さんに、婚約期間中に援助した金銭の返済を求める手紙を送付。佳代さんは弁護士に相談し、返済の依頼には応じかねる、と回答した。

 その後、2017年9月、小室圭さんと秋篠宮眞子さまが婚約会見。するとA氏は複数の週刊誌で「小室家に貸した金を返済してもらっていない」と訴えはじめた……というのが事の次第だ。

 小室さんは秋篠宮さまにこの件について問われ「借金ではなく贈与と認識しています」とお答えになったといわれている。またA氏は婚約期間中の佳代さんとのメールも公開しているが、そこには「お借りしてもよいでしょうか」との文面があり、佳代さん側には借金との認識があったはずだ、とA氏は主張している。

 早1年が経過しても解決する気配のない金銭トラブル騒動。A氏が借金と認識しているのであればなぜ佳代さんを相手取って訴訟を提起しないのだろうかという疑問もだんだんと沸き始める。そもそもA氏は小室家に借金返済を迫る権利を持つのだろうか? そこで今回、弁護士法人 ALG&Associatesの山岸純弁護士に話を聞いた。

 

−−まず、A氏と小室佳代さん及び圭さんは、借用書を交わしていないものと思われます。それでもA氏の借金返済申し立ては有効なのでしょうか。

山岸弁護士「私は、何よりも、A氏の『匿名で、顔も出さずに取材に応じている』態度が許容できません。この点のみをもってしても、A氏こそ非難すべき対象と考えざるを得ません。
そもそも、『自分は小室佳代さんから400万円を返してもらう権利がある』という信念に基づいて『400万円を返せ』というのであれば、マスコミに”被害者面”して出てくるのではなく、堂々と、裁判所に対し貸金返還請求訴訟を提起すれば良いわけです。
それにもかかわらず、”遠いところから、顔も見せずに、女々しくつぶやいている”A氏の態度は、はっきり言って、男の甲斐性がないとしか言いようがありません」

−−確かにその通りです。A氏はなぜ裁判所に提起しないのでしょうか。

山岸弁護士「A氏の内心としては、『小室佳代さんと付き合ってる時に圭さんの学費などで400万円を支出したけど、付き合っているときは、将来、義理の息子になるかもしれないし、返してもらおうとなんて考えてもいなかった。もちろん、別れた後も、そんなつもりはなかった。でも、月日が経ち、最近、圭さんが眞子内親王殿下とお付き合いをしていて非の打ちどころのない好青年と紹介されているし、母親も女で一つで立派な圭さんを育てたなどとマスコミにも注目されているようだ。なんだか、オレだけ損しているし面白くもない。よし、少し、懲らしめてやろう』程度のものでしょう。こういう甲斐性のない態度に、マスコミが乗っかってしまったという程度のものです」

−−A氏は400万円を返して欲しいわけでないということでしょうか?

山岸弁護士「繰り返しますが、本気で400万円を返して欲しいのであれば、人間の合理的な態度としては、『顔を伏せてマスコミに匿名で出てつぶやく』のではなく、司法の助けを求めるという態度をとるのです。
これに対しては、『裁判がどうこうではなく、私としては、人としてちゃんとして欲しい、ケジメをつけて欲しいだけだ』などとうそぶくこともあるかもしれません。しかし、こういう時、大抵の場合は、「(いや、400万円は返さなくていいよ、というわけではないんだけどね)」という本音が見え隠れしてしまっています。要は、A氏は、単純に『おもしろくない』のでしょうね」

−−では、A氏が小室さんに「400万円返して欲しい」と迫ることの是非については。

山岸弁護士「まず、『A氏は借金返済を迫る権利があるのか』について、以上の前提で、私の考えとしては、ありません。
当時の小室佳代さんとA氏の間の、400万円に関する合理的な意思解釈としては、『息子の学費などのために400万円を工面してもらったけど、これは、小室佳代さんが自ら進んで返すなら返してもらうものであるが、A氏側から積極的に返すよう求められるものではない』という、『自然債務』としての認識であったと考えるのが相当です。
この『自然債務』とは、法律学上、裁判手続などで権利を実現してもらうことはできないが、債務者が自らの意思で債務を履行(借金を返すなど)するなら、それはそれで有効とするというものです。
たとえば、『消滅時効が成立した借金』については、法律上、返す義務はありません。しかし、債務者が『消滅時効が成立したからって返さないのは男が廃る』として払うのは自由ですし、一度、返してしまった金を、あとから『やっぱり消滅時効だから返して』と言うことはできません。このような借金も『自然債務』と言われています。
以上のように、今回の400万円は、『自然債務』と考えるのが相当なので、A氏側から『返せ』と迫る権利はありません」

 

−−もうひとつ、気になるのは現在まで続く週刊誌やテレビによる過熱報道です。佳代さんと圭さんは<異常な母子密着><父も祖父も自殺><親戚からも白眼視されている>など、経歴や家族事情が暴かれ、また母子関係が強すぎる異常な人物として描写されてきました。仮にAさんの言い分が通らずこれが「贈与」であることが裁判ではっきりしてしまった場合、名誉回復のために各メディアやメディアに情報提供したA氏を訴えることは可能なのでしょうか。

山岸弁護士「微妙でしょうね。『400万円の件』が全くのデタラメ(工面してもらってすらいない)なら、メディア報道の名誉毀損も成立するでしょうが、今回は、そうでもありません。
また、A氏の発言も、今のところ許容範囲を超えたものではないので、毀損行為にもなりにくいと考えられます」

−−しかし、A氏が「金を返せ」、小室さん側が「もう解決済み」と繰り返すだけでは平行線です。

山岸弁護士「私は、やはりA氏に問題があると思います。国民が眞子内親王殿下を祝福しようとしているときに、小室圭さん自身ではなく、その母親との間の問題について、裁判所ではなくマスコミに騒いでもらいたいがために女々しくつぶやくのは、やはり『やばい』です。ここまでをしっかり理解すれば、マスコミに躍らされていた国民は現実に気付き、矛先はA氏に向くことでしょう」

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 確かに、小室親子に対する批判がここまで公な報道として続いていることには、違和感も強い。なにより、その小室さんを選んだ眞子さまのお気持ちさえ、世間が軽んじているように見えてくるのである。「国民の総意」が変われば、秋篠宮家及び皇室のご判断も変わってくるかもしれない。我々国民はA氏の言い分をそのまま受けとめていて、いいのだろうか。

眞子さまとの結婚は絶望的……テレビ界は小室圭さん“ワイドショー出演”にロックオン!?

 秋篠宮家の長女・眞子さまとの婚約内定を発表したものの、結婚に関する行事が延期となった小室圭さんが1月22日、母親が元婚約者と金銭トラブルになっていることについて、事情を説明する文書を公表した。しかし、トラブルはすべて解決済みであり、返金する意思はないという内容であったことから、事態の収拾は難しいとの声も多い。

「あくまでも小室さんサイドからの説明文であり、元婚約者であるAさんの言い分はまったく反映されていない内容です。文書を公表するにあたって、事前にAさんへの確認もしておらず、あまりにも一方的な意思表明と言わざるを得ない。当然、宮内庁としても、これで説明責任は果たされたとは考えていないはずです」(週刊誌記者)

 眞子さまと小室さんとの結婚は実現するのだろうか?

「はっきり言って、文書を公表したことで、結婚は遠のいた状況。現時点で結婚は絶望的でしょう。婚約破棄となる可能性が高まったと言えると思います」(同)

 もしも、このまま婚約が破棄されたとして、気になるのがその後の小室さんの動きであろう。小室さんを、なんとか表舞台に立たせたいというマスコミ関係者もいるという。番組制作会社関係者は話す。

「世間から注目を浴びている人なので、どうにかして担ぎ出したいというテレビ関係者は少なくないでしょうね。小室さん本人もミスターコンテストに出場したこともあるし、それなりに“出たがり”なのではないでしょうか。例えば、ワイドショーでの独占インタビューなどという形でのメディア出演は十分にあり得る。各ワイドショーは狙っていると思います」

 あるいは、小室さんの「タレント化」も可能性はゼロではないとの声も。

「何か騒動を起こした人がその後タレント化して、テレビに出まくるというのは、よくある話。最近では、日本ボクシング連盟の元会長である山根明氏がタレント活動を開始しています。そういった形で知名度も注目度も高い小室さんをタレントとしてテレビに出したいと考える人も、いなくはないでしょう。ただ、小室さんが皇室関連の話をテレビでするとは思えないし、テレビ局も皇室を茶化すような番組を作るとも思えない。現実問題としては、小室さんのタレント化は相当難しいと思います」(同)

 確かに小室さんがタレントとなったならば、その話題性はかなりのもの。視聴率欲しさに、そんな無謀なチャレンジに打って出るテレビ局は果たしてあるのだろうか……?

スマホ育児は悪なのか?「子育てで楽しちゃダメ」という価値観こそ害悪

東京都議会議員のおときた駿氏が、王子駅前での活動中に若い女性に話しかけられ、以前、やむを得ない事情で子連れで式典に参加したことについて苦言を呈されたとブログで明かした。その女性からは「あのときの対応は非常識だ」「周りの参加者でも不快に思っている人が多数いた」「呼ばれた立場で子連れなんて。なら欠席するべき」と言われたのだという。おときた氏は35歳だが、話しかけてきた女性は同世代か少し年下くらいに見えたそうだ。

「式典中は、私の子供は基本的にずっとスマホで動画を見ており、泣きわめいたり立ち歩いたりすることは一切ありませんでした。
ただ、ずっと完全な無言で居ることは残念ながら不可能で、
(略)動画を見ながら何度か言葉を発していた場面があったことは確かです。
しかしながら、(私としては)ずっと大声で喋り続けていたわけでもなく、むしろ言葉を発する度に会場から出入りする方が目障りだろうとも思いましたので、「おしゃべりナシよ」となだめる対応に留めておりました。
これがどの程度うるさいと感じられたのかは、私以外の「周りの方」に聞かないとわからない部分ではありますが、
「百歩譲って子連れはかまわないけれど、式典中は一言も発せさせず黙らせておけ」
というのでは、それは事実上子連れを排除するのに等しいことになっていると思います。」

 その女性が言うように「周りの参加者でも不快に思っている人が多数いた」のかどうかはわからないが、少なくともその女性は「非常識で不快」と感じ、おときた氏にその旨を直接伝えるほどの憤りがあったのだろう。“子連れ出勤”を政府が推奨する動きもある中で、非常に残念な出来事といえる。

 さて、この式典の際、おときた氏は子供にスマホで動画を見せていたという。おときた氏のように、外出時にぐずる乳幼児をなだめるために、または公共交通機関など静かにさせたいというときなどにスマホやタブレットを見せる子育て世代は多いはずだ。だが、スマホを子供に見せていたら怒られた、というトピが発言小町に立っている。

助けて見知らぬ女性から「スマホ育児をするな!」と怒られました
 トピ主(女性・24歳)は3歳の息子を育てる母親。この息子がよく騒ぐ。そのたびに注意をするが、もちろん子どもなので言うことをきかないときもある。幼児健診では「多動ではなく、性格の範囲内である」と言われたそうだ。注意の仕方も工夫し、外出時はおもちゃやお菓子を携行して注意をそらすなどトピ主なりに周囲に迷惑をかけない努力をしている。

 ある日のこと。トピ主は風邪で発熱したが、どうしても息子を預けられなかった(3歳年上の夫がいるそうだが、おそらく仕事などで休めなかったのだろう)ため、近所の内科に一緒に連れて行った。待合室で退屈しだしたのか息子は騒ぎ出し、おもちゃや絵本を見せたが、効果なし。仕方なくスマホで子供向けの動画を見せたところ、隣に座っていた60代ぐらいの女性がいきなりこう怒鳴ってきたというのだ。

「スマホ育児っていうの、それはやめなさい!」

 トピ主は音声は流しておらず、「待っている間だけよ」と子供には時間を決めて見せていた。「すみません、しかし騒ぎますので…」と返事をしたところ「注意すればいいだけよ。ものに頼るなんて最低、母親失格!」とさらに怒られてしまい、トピ主は体調不良も手伝って、泣いてしまったという。

「ママ、ごめん、大丈夫? 泣かないで」

と息子から慰められてしまったが、それでもその女性からは「注意の仕方が悪いのよ!」と舌打ちされ、トピ主はただ泣くしかできなかった。

「その後は何も言われませんでしたが、スマホ育児をするな!という目で見られているのかと思って、そこからは外で息子が騒いだら『大人しくしなさい!』などと怒鳴りつけ、手がでるようになってしまいました……」

 夫に相談もしたが、スマホ育児というほどではないとしても、スマホを子どもに見せていると「いい目では見られないだろうね」と言われてしまったという。

「私は母親失格で、スマホ育児をしてしまう最低な母でしょうか?
息子の頭を叩いてしまい、今また泣けてきています。
外出もままなりません。
一体どうしたらいいのでしょう、母が幼いころ死んだので相談できる身内もいません」

という相談だ。

 ちょっとさぁ~その女性も夫も、トピ主を追い詰めすぎじゃないですかぁ~? よその家庭の方針に赤の他人が口出しするのも謎なんですけど。だがコメント欄は怒鳴った女性と同じ意見のスマホ育児否定派も元気で、賛否両論だ。

 まずはトピ主を慰める声。

「道を歩いてたらいきなり野良犬に吠えかかられたとして、後で自分が至らないからだと悩みますか? 悩まないでしょ? 災難に遭っただけですから、『あー怖かった、でも噛みつかれなくてよかった』ってなもんでしょう。
その女性に吠えかかられたのも同じことですから。ご災難でした。
子連れだとワケワカランのに吠えかかられることが起きてくるんですよ。子連れでトラブルは向こうが暴れ出すと子供が心配ですから、相手せずに子供守って身を守ってください」

「いくらスマホ育児がよろしくないと言ったところで
待合所で怒鳴るってそっちがどう考えてもおかしいです。
しかもお母さんが調子悪いんですよね?
小児科内科ならオモチャがあったりアニメ流れたりしていませんか?
怖かったら病院に相談したり、しつこかったら110番してお巡りさん呼んじゃいましょう。
変な人ってたまにいるから」

「言われることはあるでしょうが、
『ご指摘ありがとうございます、でも、時間を区切ってやらせてますので問題ありません』
とにっこり笑って言いましょう。
手を出す方が悪いです。それよりはスマホ育児の方がマシ。
ネチネチ系の人なら、大きくため息をついて場所を変えましょう」

「私の子育ての時は
TVの見過ぎや、ビデオ(今で言うならDVD)を頼りすぎるなとか
幼児教育の賛否
更には母乳神話の前にはミルク推奨の時代もあったとか
卒乳なのか断乳なのか
トイレットトレーニングをいつするのか
おしゃぶりを使う事の賛否・・・
保育園に行かせることの賛否
幼稚園には何年保育が良いのか・・・
事情も何も分からずに、勝手なことを言う人はたくさんいます。
でも、我が子のことを一番に思って育児しているのは親です。
一生懸命育てていても、他人は(時に実、義理親 父親や母親 身内)勝手なことを言います。
今回はトピ主さんは赤の他人さんと、ご主人と二重に傷つけられてしまったのかもしれないけれど・・・
貴方が我が子を思って、その時のベストを尽くしていた
体調が悪い中、便利なツールに手助けしてもらっただけなのだから
気にしなくても良いですよ
多分、ご主人も世間ではそう見てしまう人もいるかもしれないけれど、気にするなと言いたかったのだと思いますよ」

 一方、「スマホに頼るのはいかがなものか」な声はこんな調子だ。

「自分が体調悪いときくらい、子守は他のものでできるならそうしたいよね~。
しかし、その方には、その一面がすべてだったんでしょうね。
物申したくなったんでしょう。
そんな便利なものがない時代に子育てした方なのでしょう。
トピ主さんが父親だったらいわなかったかもね。
しかし、このことがあったからといって、子供をたたいていいことにはなりません。
外出しない理由にしたら、余計に悔しくないですか?
子供をゲーム依存、スマホ依存にさせたくない親は多いと思うので、
親がスマホの使い方を自制できるように心がけたほうがいいのかもしれない」

「私が思うに、昨今のなんでもスマホに頼るのが疑問です
なんでもかんでもスマホで何とかしよう
スマホにつなげる家電とか私はそんなのいらないと思います
ですが、その女性がトピ主さんに注意した件はもうちょっと言い方があると思いました
子供をあやす代わりにスマホを見せるのが昨今の育児であるのなら私は何も言いません
その女性は言い方が悪かったし余計なことを口出ししたんでしょうね
主観ですが、あやすために何かを利用するのは今も昔も変わらないです
時代は変わりましたね」

 トピ主がスマホを見せたことは悪くないが、子供に手をあげたのはよくなかったという声も多い。そうこうしているうちにトピ主レスが書き込まれた。

「夫とも話しまして、相談機関にもう一度行ってみることにしました。
プロに相談してみたほうがいいよとアドバイスも頂きまして、数度子供の関係でいったのですが、お母さんが若いから頼りない、不安定すぎると一方的に言われて不信感もあったのは事実です。
(※筆者註:待合室で)最低な母親と言われた方が母と同じような世代の方だったので(母が生きていたら59歳です)
母と同年代の人から見たら、最低な母親なのか?と動揺してしまったのもありました」

 トピ主の息子さんは小児科で「多動ではない」と言われているが、「叫ぶ、夢中になると注意を聞かないというところは見受けられます。しかし、大丈夫? ごめんねと言ってくれる優しい子なので、もう少し年齢が高くなれば、落ち着くかもというご意見を見て確かに黙らせないとという意識が先にたって、騒ぐなと注意しすぎていたかもしれないと反省しました」とのこと。

「遅くはなりますが、来月の頭に市のセンターに予約をとりましたので、子供を連れて相談に行ってみます。
スマホを見せるくらいは自分もしてるよ~というご意見ありがとうございます。
ほっとしました。
周りから見たら確かにスマホ育児をしているように見えるというご意見もありがたく見ました。
今度から注意をされたら、きちんといつも見せているわけではないということを説明したいと思います」

 息子の性格を扱いにくいとトピ主夫婦が感じているのであれば、確かに専門家に相談してみたほうがいいだろう。これでトピは一旦落ち着いたが、その後もコメントが書き込まれ続けているので、スマホ育児についての意見を拾ってみよう。

「スマホって便利な道具ですよね。ちょっと前なら重たいゲーム機を持たせたりしてた親が多かった。 あれと何ら変わらないですね。あの頃よりもより便利になってますね。 スマホで映画を見せてもいいし、ゲームさせてもいいし。その暴言吐いたおばさまも自分の子育ての時にゲーム機を使ってたと思います。そういう世代ですよ。その前はゲームウォッチ…色々あったんですよ。
スマホを使って何が悪いと僕は思わないです。その時に使える道具を使って子供を静かにさせる…でいいんじゃないですか? だっていくらスマホでも子育てはしてくれないですし。子育てをしているときに時々使う道具だから何の問題もないですよ」

「最近テレビでスマホ育児の是非をめぐって討論してました。それを見てたのかな? そういう人って言いやすい人にしかいいません。面白くないことがあって八つ当たりされたのかもしれません」

「私も飲食店で先に食事を済ませた子どもが退屈してしまったので、スマホで動画を見せていたところ、老年男性に『最近はテレビでも何でも見せちゃうんだね~』と言われました。言われても、普通はこのくらいです。」

「まず、スマホ育児の何がいけないとトピ主さんはお考えですか? それも考えずして、他人から良い評価を貰いたいから、というだけでは、ナンセンスです。
お子さんの将来を輝かしいものにしたいから、育児に心をくだいてるんですよね。では、自分はどう子育てしたいか、を考えて、それにそって行動すれば良い。
私が子育て中は、スマホ育児では無かったですけど、ビデオで子守なんて、って風潮はありました。
でもさ、ちょっとした家事の間、ビデオ様様だったよ私。いっつもじゃなきゃ、いいじゃん。外遊びにも行く、絵本も読む、友達との遊びもある、でもスマホにも助けてもらう時もある。何が悪いの?
そんなことより、他人の評価に振り回され、子どもに手をあげる方が何千倍も悪いよ。強くなってください」

 確かに、スマホが登場する前は、ゲーム、その前はテレビ、と、子供を夢中にさせるツールはそれぞれの時代に存在した。それをうまく使い、親たちは子育てを乗り切ってきた。すべてツール、ただの道具に過ぎず、育児をしてくれる万能ロボットでは決してない。

 この数年は「スマホ育児の是非」を取り沙汰するメディアも多い。批判的な論調の記事や番組を受けて、小さい子を持つ親たちも、外でスマホを見せることに気が引けている。罪悪感もあり、長時間の利用は自粛している親が大半ではないだろうか。

 外でスマホを見せていたとしても、その親が1日中子どもにスマホばかり見せているわけではない。だが、それを目撃した相手は「これが現代のスマホ育児というものか、けしからん」と、一声浴びせてしまうのかもしれない。そういう言葉を浴びせる側にはおそらく「楽をして子育てしている」「昔はもっと別の方法で子供を落ち着かせていた」など、色々と思うところがあるのだろう。

 ただ、「楽をすることが悪いこと」だというその視点こそ、一番の害悪ではないか。子どもを公共の場に連れて行った際、静かにさせられないとそれはそれで責められ、静かにさせるためにスマホを見せても責められ、親たちは八方塞がりだ。不寛容なこの国で少子化を食い止めることは不可能なのだとこのトピを見てまた深く感じた。

町田高校暴力事件に大人たちが示した異常な過剰反応、「どんな良い先生だろうが殴ったら駄目なんだ」と冷静なのは武井壮だけ

東京都立町田総合高校の男性教員が1年生の男子生徒に暴行を加え、ケガを負わせた事件が波紋を広げている。暴行の一部始終を収めた動画が生徒の手によってTwitterに投稿、拡散されて問題となったものだが、じつは生徒が教師を煽って暴力を仕向けたという疑惑が浮上し、世論は男性教諭の擁護へといっきに流れた。

 21日放送の『スッキリ』(日本テレビ系)では、加藤浩次が「僕は思うんだけど、やっぱり生徒も裁かれるべきでしょ。生徒は先生をハメられるんだもん」「『ほら、やってやったよ、あの先生。処分を下さしてやったよ、俺が』って生徒がもし言ってるんだったら、『大人ナメんな』って話ですよ」と、生徒を厳しく糾弾。ネット上では、加藤の持論を賞賛する声も多かった。

 さらに、22日放送の『バイキング』(フジテレビ系)でも、ヒロミは「率直に気分の悪い動画だとは思う」「会話を聞いていたらどっちが先生だか生徒だか分からない」「このガキども連れて来たらシメたい。全員まとめて。本当に大人をナメているというか、生徒としての資格がないよね。学校の教師の資格がないという人もいると思うけど、こいつらに生徒としての資格はない」と、怒りを隠さない。MCの坂上忍も「どうしても先生のほうに同情心がいってしまいます」と、歯切れの悪いコメントを残した。

 世論は彼らとおおむね同じ意見なのであろう。ネット上では「生徒の非は大きいと思う。先生に罪はないと思う」「校則を守らずにいる生徒を、停学にせず指導するにはこれしかないでしょう。そういう親心的なことに甘えて、何度も同じことを繰り返したのなら、生徒と家庭に問題があるのでは」「高校は義務教育ではないんだから、校則がイヤだったら辞めればいいのに」などといった書き込みが溢れている。

 さらに、批判の矢面に立たされた男子生徒たちの本名やTwitterはすでに特定され、炎上している。もし、生徒たちに教師をハメようという意図があったとすれば、たしかに衝撃的な事件ではある。しかし、問題の本質はそこではないのではないか。

 今回の事件において、教師から殴打された生徒を擁護する意見は、ほぼ皆無だ。あたかも教師の暴力を肯定するかのような世間の動きには、違和感しかない。

 今回の事件、いったいなにが多くの人々の琴線に触れたのだろうか? “大人をナメたガキ”たちが、生意気にも校則を守らず、あまつさえ教師を陥れたということだろうか。この事件は、大人たちのプライドを傷つけたのか? 加藤浩次やヒロミらの過剰反応は、まるで“大人たち”が、自らの立場と尊厳を“大人をナメたガキ”から守ろうとする姿のようでもある。何より、彼らが学生だった頃、校則を遵守し、教師の言うことをよく聞く優等生だったかといえば、決してそうではないだろう。かつての自分たちを見ているようで、恥ずかしくなったとでもいうのだろうか。

 

冷静に反応した“大人”は、武井壮だけだった
 この流れに抗ったのは、武井壮だ。武井は23日、Twitterで<体罰なんか最初からひたすら絶対にノーだってずっと言ってんだろ!誰が擁護しようがオレは絶対に体罰なんか認めねえわ!!!>と吼えた。

 武井はその後もツイートを連投し、暴力を断じて許さない姿勢を誇示する。

 <生徒が悪かろうが、愚弄されようが、狡猾なやり方で追い込まれようが、どんな良い先生だろうが殴ったら駄目なんだ生徒を擁護する理由なんか1つもない、先生は悔しかっただろうし怒りもあっただろう、生徒の事を思ってかもしれない、けれど殴ったら駄目だ。それ以外の方法で対応しなきゃ駄目なんだよ>

 <会社で言うこと聞かない部下をぶん殴ったらクビだろうな、部活で生意気な後輩ぶん殴ったら出場停止や廃部にもなる、国会で暴言吐きまくる議員を答弁中の総理がぶん殴ったら逮捕されるだろうな、どんな人も人を殴ったら駄目なんだよ。教師なら殴ってでも教えていい?教師だけに人を殴る権限なんかない>

 “大人”である武井壮のコメントは、もっともではないか。教師が暴力に訴えた背景を考慮しつつ、しかし暴力は頑として認めない。さらに武井は、なぜ暴力が、教師と生徒の関係性においてのみ体罰と換言され、見逃されているのか――ということにまで言及している。冷静であり、的を射た意見だ。

 冷静さを欠いた大人たちが、生徒への批判をエスカレートさせることは、暴力や体罰を容認することにつながる危険さえ孕んでいる。さらに、ここ数年は理不尽で無意味な校則、通称“ブラック校則”がまかりとおっていることが問題視される機運もある。学校側のルールや教員の言い分が絶対的に正しい、という認識を強固に持つ人などそう多くはないだろう。にもかかわらず、この事件が過剰な生徒バッシングと体罰やむなし論に展開していったのは、異常としか言いようがない。