『ザ・ノンフィクション』職場との相性は「運」なのか「人力車に魅せられて2 ~夢と涙の軽井沢物語~」

 日曜昼のドキュメント『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)。10月16日の放送は「人力車に魅せられて2 ~夢と涙の軽井沢物語~」。

『ザ・ノンフィクション』あらすじ

 2022年7月3日の放送で、浅草の人力車業を営む東京力車の社内検定に12回落ち、俥夫(人力車の運転手)になることが叶わないまま、東京力車を去った当時30歳のアツシ。

 その後の8月、31歳になったアツシは長野・軽井沢町で別の人力車屋さんで研修を受けていた。軽井沢で人力車業を営むてやんでぃ屋社長・高山が、前回の放送を見て、アツシと連絡を取りたいとフジテレビに問い合わせたのだという。

 高山はアツシについて「(俥夫として)全然イケるやん」と番組スタッフに話し、卒業検定に何度落ちても辞めなかった熱意も評価して、「この子はもったいないな」と思ったという。また「結構打算的なところがあって、うちでも人材欲しいし、(アツシは東京力車で)研修もほとんど終わっているし、この子は楽だなと思って」とも話す。

 アツシも誘いに即決だったそうで、繁忙期である8月の間、アツシはてやんでぃ屋で研修生として働くことになる。

 てやんでぃ屋は街なかを走る浅草とは異なり、主に軽井沢の森の中を走る観光コースになる(万平ホテルや、上皇さまが美智子さまと出会ったテニスコートの脇も通る)。自動車は入れないであろう遊歩道もあり、交通量も浅草よりはずっと少ないが、一方、舗装されていない砂利道や段差も多い。

 東京力車の最後の日々について、(きつすぎて)訳がわからなかったのではないか、と同僚に尋ねられたアツシは、「メンタルボロボロでした」と振り返る。高山は「それがあるから今がある」「もう本当に、だから(てやんでぃ屋の)研修楽やん」と話す。実際にアツシのてやんでぃ屋の研修はスムーズに進む。

 ただ、交差点の手前での減速や一時停止を怠ってしまう以前からの欠点は軽井沢でも見られヒヤヒヤしたが、高山は「この弱点を直さなくていいの、自分はそういう人間だと思って仕事すればいい」「自分の弱点を克服するんじゃなくて、受け入れて、その弱点の中で生きていく」とアツシを励ます。

 その後、てやんでぃ屋の社内検定にアツシは無事合格。21年9月に東京力車に入ってから1年弱で、ようやくアツシは客を乗せるプロの俥夫になった。

 そんなアツシを高山はドライブに誘う。16年に発生した大学生ら15人が亡くなったスキーバスの事故現場の慰霊碑にアツシを連れていき、「(スピードを出すのがカッコいいのではなく)安全運転で、ゆっくり丁寧にやることがカッコいいんよ」と諭す。

 順調にてやんでぃ屋で仕事をしていたアツシのもとに、東京力車の後輩の金光から人力車の予約が入る。だが、当日そこにいたのは金光ではなく、東京力車の社長・西尾と、アツシの社内検定のために尽力した教育係・押木の2人だった。

 アツシは西尾や押木にロクに別れも言わない状態で辞めた手前(西尾とアツシの最後のやりとりは電話だったようだ)、この再会に緊張していたが、西尾、押木ともにアツシの人力車と案内のもとで、軽井沢を満喫する。

 8月の終わり、アツシはてやんでぃ屋の月間MVPとなり、てやんでぃ屋の面々に見送られ軽井沢を去る。現在アツシは鎌倉で俥夫として働いている。

 前回、東京力車でのアツシは、後輩たちが次々と俥夫として自分を追い抜いていく中で、どんどん精神的に追い詰められているように見えた。そのため、もっと早く東京力車を辞めたほうがよかったのでは、とレビューに書いた。

 同じミスを繰り返してしまうアツシを教育する押木の負担もあるし、何より社内で「卒業検定に落ち続けている気の毒な人」と思われながら過ごすのは、アツシの精神衛生に良くないように思えたからだ。

 しかし今回見てみると、東京力車の厳しい研修があったために、てやんでぃ屋でアツシはスムーズに研修を終えることができたし、てやんでぃ屋にしてみても、繁忙期に未経験の新人を育てることは難しかっただろうから、東京力車での研修は助かったと思う。

『ザ・ノンフィクション』仕事は結局「運」なのか

 番組の最後のナレーションでは「人には、同じ仕事をしていても合わない職場もあれば妙にしっくりくる職場もあります」「突き詰めてしまえば、それもまた運次第なのかもしれません」と伝えていた。

 「運」というと身もふたもないが、しかし確かに仕事生活は「運」の要素も大きいと思う。上司やクライアントが一人変わるだけで天国から地獄にもなりかねない、結構はかないものだ。

 だからと言って「結局運なのだから、職場が合わなければさっさと辞めればよい」とも一概に言えないなと今回の放送を見て気づかされた。

 アツシは、東京力車をなかなか辞めなかったことで、てやんでぃ屋からスカウトされ、俥夫としてデビューでき、西尾や押木と俥夫として再会でき、浅草での苦かったであろう過去とも折り合いをつけられたように見えた。もし、早いうちに見切りをつけていたら、ただの「挫折」「苦い経験」で終わっていたのかもしれない。あらためて「辞め時」の難しさを思う。

 次週は「あの日 僕を捨てた父は~孤独な芸人の悲しき人生~前編」。幼い頃から没頭してきたゲームの腕でファンを魅了するゲーム芸人・フジタ。小学2年の彼を35年前に「捨てた」父親が、全財産を遺すと伝えてきて……。

『ねほりんぱほりん』ギリギリFIRE回――早期リタイアした自由人に見る「節約を楽しむ才能」と「強いメンタル」

 NHK Eテレの人気番組『ねほりんぱほりん』のシーズン7が10月7日よりスタートした。かわいらしいモグラの人形ねほりん(山里亮太)とぱほりん(YOU)が、ブタの人形に扮した“顔出しNG”の訳ありゲストに、聞きにくい話題を“ねほりはほり”聞き出す新感覚トークショーだ。

※本記事は『ねほりんぱほりん』シーズン7「ギリギリFIRE」のネタバレを含みます

『ねほりんぱほりん』ギリギリFIRE、『ヒルナンデス!』もびっくりのガチ節約

 10月14日放送回のテーマは「ギリギリFIRE」。決して余裕があるわけではない資産額ながら早期リタイア=FIREを決め、“ギリギリ”の自由生活を送るゲスト2名が登場した。

 1人目のカツさんはFIRE歴9カ月の20代後半、900万円を投資信託で運用中。2人目のタイチさんはFIRE歴11カ月の30代後半、3000万円で株を購入し、株主優待を活用しながら生活しているとのこと。このまま一生働かずに生きて行くには心もとない金額だが、その生活は並々ならぬ努力で維持されていることが明かされた。

 彼らの過酷な節約はFIRE前から始まっていた。3000万円貯めてから退職したタイチさんは、在職中もガラケーの最安プランで過ごしたり、アパートのガス契約をせず会社のシャワーを使うなどしていたそう。しかし悲壮感はなく、「苦しかったんですけど、節約も結構、楽しい部分もあって。自分の考えで動けるところは楽しいですね」とイキイキ語っていた。

 カツさんも「節約をひたすら」で900万円貯蓄。趣味のアニメグッズを売ったほか、同棲していた彼女(交際4年、同棲2年)まで「断捨離」したそう。カツさんにもやはり、切羽詰まった感じはない。「彼女に『私も断捨離するん?』って言われました。うまいこと言いすぎて、彼女も笑ってましたね(笑)」と、ほがらかに回想。その元カノの証言VTRも流れたが、「かわいいでしょ(笑)」「あの子が幸せになってくれたらもういいです」と穏やかに語っていた。

 FIRE実現後も節約は続く。タイチさんは首都圏の事故物件に住み、家賃は2万2,000円。光熱費5,000円、食費は飲食店の株主優待を使って月5,000円と切り詰めている。

 地方に家を借りたカツさんは、ネット込みで家賃が1万円と激安。朝食は抜き、昼食はお味噌汁・プロテイン・納豆、夕食は玄米・鍋(白菜と鶏肉)というルーチンで、食費を1万円に抑えているそうだ。そのへんの土手に生えている野草も、鍋に入れるなど活用。「普通に散歩してたときはただの草に見えてたんですけど、勉強してわかってくると、『これ野菜売り場じゃない?』みたいな(笑)」と、たくましい。

 『ヒルナンデス!』(日本テレビ系)や『サンキュ!』(ベネッセコーポレーション)の節約企画など甘々に思えてくるガチぶりである。

 仕事を辞めて毎日何をしているのか? ヒマじゃないのか!? というのも気になるところだが、アニメ好きのカツさんは「もうひたすらアニメを見てる感じです。多い日だと8時間くらい」「めちゃくちゃ楽しいです」と、充実感にあふれた日々を送っているそう。

 一方、アイドルオタクだというタイチさんは、「コーヒー飲みながら、クラシックの音楽とか聞きながら、まず朝を過ごして……」と優雅な朝からスタートし、「そのあとはAKBの子のYouTube見たり、生配信を見たり」と趣味に時間を使っていた。さらに退職後は、オカリナも始めたそう。収録にもオカリナを持参しており、素朴な音色で「大きな古時計」を響かせた。

 ぱほりん(YOU)に「音いいよね~」、ねほりん(山ちゃん)に「優しい音」と褒められ、「うれしいです」と喜ぶタイチさん。学ぶ意思さえあれば人はいつでも成長できる――という尊い姿を見せてもらった気がして、心洗われた。

『ねほりんぱほりん』ギリギリFIRE、3,400円で孤独感を紛らわせる

 カツさん、タイチさんによれば、FIRE後は女性と話す機会が減るらしい。結婚願望について聞かれると、カツさんは「自分の面倒見るので精一杯。結婚しないと今は決めてます」。タイチさんも「私みたいに無職になってしまった以上、女性にとって価値はゼロ。期待してないです結婚に」と、あきらめている様子だった。

 しかしその気持ちが揺らぐときもあるよう。「サンリオピューロランドに株主優待で1年に6回行ける」というタイチさんは、「アトラクション乗ったり、キャラクターと写真撮ったりしているとき、周りの家族連れとかカップルと比較しちゃって……」と、寂しさを感じるとのこと。いや、1人でピューロランドに年6回行き、キャラクターと写真まで撮ってもらう強いメンタルがあるなら、この先もきっとやっていけるよ! と励ましたくなる。

 その上、タイチさん、節約中ながらAKB48の劇場公演には足を運んでいるらしい。「推しに自分の名前を呼んでもらえて、すごいうれしかったです。チケット代が3,400円したんで後ろめたかったですけど、名前呼んでもらえたんで満足しました」と納得している様子。3,400円で孤独感を紛らわせるのならば、タイチさんはこの先も絶対大丈夫である。

 最後まで見て感じたのは、「ギリギリFIREは勝ち組だ!」ということだった。今回登場した2人は、ギリギリといえども、20代、30代でFIREできるくらいの資産を貯めたわけだが、これは、余程の根性がないとできないこと。節約生活に悲壮感はなく、むしろ「楽しい」とやってのけてしまうのは、もはや才能なのではないだろうか。

 また、無職で毎日が休日状態だと、つい自堕落になって、張り合いのない生活を送り、結果、ウツ気味になる人も多いように思う。しかしこの2人は食生活や睡眠時間を自ら律するだけでなく、趣味を楽しみながら、実にイキイキと生活しているようだ。これは、なかなかできることではないだろう。

 カツさんは、「月曜のしんどさみたいなのが絶対来ない。土・土・土・土……みたいな」「正直、将来の不安はなくて。それこそ野草を摘んでいれば、お金がいらない生活もできると自信がついた」とも語っていた。将来への不安も仕事のストレスもなく、あるのは永遠の土曜日。これこそ最強の人間では……? カツさんとタイチさんの、今後のギリギリ生活に幸あれ。

『ザ・ノンフィクション』30歳アツシ、卒検13回不合格が意味すること「人力車に魅せられて ~夢と涙の浅草物語~」

 10月16日放送の『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)、テーマは「人力車に魅せられて2 ~夢と涙の軽井沢物語~」。7月に放送された「人力車に魅せられて ~夢と涙の浅草物語~」の続編となり、前回から引き続きアツシの姿を追う。

 7月放送当時のアツシは30歳。東京・浅草で一人前の俥夫(しゃふ。人力車を引く人)になるべく励んでいた。もともとはメジャーデビューも果たした歌手で、その後はテーマパークのパフォーマーとして活躍していた経歴を持つが、コロナ禍の影響で職を失い、俥夫を志すようになったという。しかし、目標を持って努力を続けても、なかなか検定を突破できない日々が続いていた。

 今作は、浅草では俥夫の道を諦めたアツシが、新天地の軽井沢で再び人力車を引くべく研修に取り組む姿を追うという。そこで続編のオンエアに合わせて、7月放送回の番組レビューをあらためて紹介したい。


(初出:2022年7月4日)

 日曜昼のドキュメント『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)。7月3日の放送は「人力車に魅せられて ~夢と涙の浅草物語~」。

『ザ・ノンフィクション』あらすじ

 東京・浅草観光の名物「人力車」。多くの同業者がしのぎを削る中、赤いはんてんがトレードマークの「東京力車」は、SNSを駆使した発信を続けるなどして勢力を伸ばしており、女性の俥夫(しゃふ。人力車を引く人)も多く活躍している。

 東京力車で俥夫になるためには社内研修の卒業検定に合格する必要がある。番組内では現役大学生俥夫も紹介されており、スムーズに合格する人もいるようだが、10回近く検定を受け続けても合格できない「研修生」もいる。

 研修生で最年長となる30歳のアツシは、もともとはメジャーデビューも果たした歌手だったが、全く売れず。その後、テーマパークのパフォーマーとして活躍するも、コロナで職を失い、現在は俥夫を目指しているものの、なかなか検定を突破できない。

 アツシは何度も同じミスを指摘されてしまうようで、後方確認など人力車を走行させるにあたっての基本的な交通ルールに関するものから、客への地図の見せ方がなってないなど、接客に関するものまで及ぶ。あとから入った後輩が次々と追い抜いて俥夫になっていく状況だ。

 それでもアツシは諦めず、朝は誰よりも早く出社し、トイレ掃除などをこなす。その姿に心を動かされ、指導担当の押木は業務時間外でアツシの特訓を行うことにする。しかし、満を持して挑んだ12回目の試験も不合格。

 それまで注意されていた交通ルールの順守や接客に問題はなかったものの、ツアー時間は「1時間くらい」という顧客役の要望に対し、20分オーバーしてしまったためだ。

 そこで気持ちが折れてしまったのか、それ以降の練習は身が入らず、アツシは東京力車を辞める。スタッフのインタビューでは指導してくれた押木に応えられなかった申し訳なさを話していた。

『ザ・ノンフィクション』去り際の見極めは難しい

 番組最後、退職後にアツシは「ここまでうまくいかないのは生きてきて初めてだった」と話しており、学生時代や歌手時代、前職のショーの仕事などでは、そういったつまずきはなかったのだろう。

 そもそも歌手時代はメジャーデビューをつかむなど、アツシは狭き門を突破する力はある。そうなると、俥夫は「向いてなかった」ということなのだろうし、向いてなかったら潔く辞めたほうがいいように思う。

 番組を見る限り、もうちょっと早く辞めたほうがアツシ自身も挫折感を強く味わうことなく、指導した社長、押木などの負担も少なく済んだのではとも思う。だからといって、「見切りが早すぎる」のも問題だ。

 『ザ・ノンフィクション』では以前、レストラン大宮で修行中の若者を追った回があったが、初日で音を上げた人がいた。さすがに、これは早すぎるだろう。「我慢が足りないだけ」では、向いているかどうかもわからないと思う。去り際の見極めは難しい。

 そもそも、「この仕事は自分に向いているか」の判断も難しいものだが、東京力車の場合、「卒検」がそれを知るいい基準になっているのだろう。

 一方、世の中の大半の仕事には検定や資格はない。そのような中で、何をもってして仕事に向いているか考える際に、「同じミスを何度もしたり、指摘される」というポイントは結構アテになるのではないか、と思った。

 人間なのでミスをゼロにすることはできないが、あまりに同じミスを何度も繰り返してしまう場合は、その人にとって、それは根底では「興味の持てないこと」なのだろう。人は、興味を持った物事に対しての目線は細やかで丁寧で真剣なものになり、おのずとミスは減っていくが、興味の持てないことではそれを期待できないと思う。

 また、興味が持てないことであっても「それが仕事ならば、大切に扱います」と取り組む選択肢もあるし、実際、大抵の大人はそうして働いているはずだ。しかしミスを連発するということは、それすらも「難しい」「できない」という状態であり、そこまできたら、それはその人には向いていないように思える。

『ザ・ノンフィクション』興味の持てない過酷な環境に身を置く理由

 一点不思議でならないのは、アツシはそこまで人力車に興味があるように見えなかった点だ。先週の『ザ・ノンフィクション』に登場した、山の開拓を志す若者・大地も、山に興味があるように見えなかった。また、番組でシリーズ化されているスマホ禁止の丁稚生活を行う木工会社・秋山木工で修業中の丁稚たちも、木材加工や家具製作が好きで好きでたまらない、という人は番組を見る限り少ないように見える。

 アツシも大地も秋山木工の丁稚も、「職務対象(人力車や山の開拓や木工)に対して興味がなさそう」なのに、「いわゆる普通の仕事でない過酷な道」になぜあえて飛び込むのだろう。あえて過酷な環境に自分を置くことで、自らを鍛え直したいという思いがあるのかもしれないが、過酷な環境であればあるこそ「そのものへの強い興味関心」がないと相当しんどそうだ。

 番組最後のナレーションでは、アツシの今後に対し「また走りだせばいいんです。今度は無理なく自分がピタッとはまれる場所を目指して」と言葉を当てていたが、本当にそう思う。

 次週の『ザ・ノンフィクション』は「泣き虫舞妓物語2022 ~夢と希望と涙の行方~ 前編」。京都で舞妓を目指す15歳少女・寿仁葉(じゅには)の5年の記録。

『ザ・ノンフィクション』月収40万円、フードデリバリーの仕事「東京デリバリー物語~スマホと自転車とホームレス~」

日曜昼のドキュメント『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)。10月9日の放送は「東京デリバリー物語~スマホと自転車とホームレス~」。

『ザ・ノンフィクション』あらすじ

 コロナ禍以降、3年足らずで街の風景としておなじみになった、フードデリバリーの配達員。そんな3人の配達員の暮らしを見つめる。なお、今回の登場人物は、「佐々木」以外はすべて仮名。

 和田(42歳)はイベント会社で働いていたものの、コロナの影響で仕事がなくなり2020年の冬に配達員になった。一日8時間週5日働いて、月収は30万、運がよければ40万になると話す。

 郊外で部屋を借りると都心での配達仕事がやりづらいため、和田の住まいは都心のインターネットカフェだ。和田は「昔からピンチのときでもそんなに深く考えない、俺のダメなところなんですけど、どうにかなるだろうみたいな、日本なんで」とも話すが、一方で「ちょっとみじめな気持ちにはなりますよね」「若い子のパシリなのかみたいな、そういう虚しさ」と、複雑な胸中を明かす。

 運が良ければ稼げるフードデリバリーの配達員だが、仕事や住まいを失った人を支援する「一般社団法人つくろい東京ファンド」の佐々木大志郎は、配達員の仕事について「現代的なテクノロジーを使った日雇い仕事みたいなものなので、困窮の二歩手前であるという実態は変わらない」と話し、ツイッターを使う配達員たちに「保険や食料など必要でしたら、どうぞお気軽にご相談くださいませ」とリプライを送る。

 一方で佐々木は「あるカテゴリーの人には(フードデリバリーは)いい働き方。(職場の)人間関係がいやだという人は多い。そこのメリット(人間関係に煩わされないこと)は計り知れない」とも話す。自身のNPOでもフードデリバリーで働く人のために貸し出し用電動アシスト自転車を用意している。

 佐々木から食べ物の支援を受け取った、フードデリバリーを始めて3か月の高山(30歳)は、昨年6月に仕事をうつ病で辞め、FXで暮らしていこうとしたもののうまくいかず、94万円の借金を抱えている。早稲田大学の政治経済学部を卒業し日本銀行に就職した超エリートだったものの、会社が自分に求めることを満たすことができず、罪悪感からメンタルの調子を崩してしまったそうだ。

 佐藤(31歳)はフードデリバリーの配達員として週4日働いて、月収が8万円ほど。飲食店で働いていたがコロナ禍で職を失い、実家に引きこもっていたものの、家族との折り合いが悪くなりパニック障害を発症。その後、家を飛び出したが、当時の所持金は82円だったという。路上生活を覚悟していたが、無料Wi-Fiを使って佐々木のNPOにつながり、現在は生活保護を申請しアパートで暮らしている。生活保護の支給額は13万円で、フードデリバリーで稼いだ分は生活保護費から差し引かれる。

 順調そうにフードデリバリーの仕事をしていた和田だが、所持金が800円になったと佐々木の元へSOSが入る。配達中に転倒し腰を痛め、仕事に出れなかったという。和田は佐々木から食料を受け取りその場をしのぐことができたが、最近はステイホームの風潮が弱まりつつあり、デリバリーの依頼も減少。そのため、和田は交際を始めた女性の父親が経営するリフォーム会社の社員として働くことを決意する。

 借金を抱えている高山は返済のため、台風が東京を直撃した日も朝から晩まで働く。悪天候などで注文が殺到した時は、配達員の報酬が上がる仕組みだそうだ。しかし、日銀時代に入っていた年金型の保険の存在を思い出し、解約した際の解約金で借金を完済。さらに余った金で、自転車で日本一周の旅に出る。

 今回、フードデリバリーの注文の詳細も伝えられていたのだが、「若い女性が、1人前で、ファストフードなど単価の安いものを頼んでいる」というケースが多く、意外だった。フードデリバリーを頼むのはファミリー層が多いと思っていた(取材先がほぼ都心だったため、郊外ならファミリー層も多いと思うが)。

 都心で暮らす場合、徒歩で近所に飲食店やコンビニが全くないとは考えにくい。番組ではすき家の牛丼と豚汁のセットで客側が支払う料金は1,200円(配達料込。うち配達員の報酬は301円)、また、1人分と思しきマクドナルドのハンバーガーのセットも配達料込みで1,200円と伝えられていた。ここから、牛丼屋やファストフードで1人前のもの、店内飲食やテイクアウトなら600円前後のものをフードデリバリーで頼むと、大体倍額になるようだ。

ザ・ノンフィクション』フードデリバリーを頼むのは「金持ち」なのか

 私自身はピザの出前は頼むことがあるが、フードデリバリーはこのブームの中でも一度もなかった。家の近くに飲食店やスーパーがあることもあり、出前を頼むなんてもったいない、とケチだから思ってしまう。だから、今回の舞台は飲食する店には困らないはずの「都心」なのに、注文が途切れない状況は意外だった。

 注文者は金持ちが多いのだろうと思ったが(唐揚げ一人前をタワマンに届ける様子も伝えられていた)、担当編集氏より個人的にはフードデリバリーを頼む=金持ちという印象はない、と話があり、何に金を使う人を「ぜい沢だ、金持ちだ」と判断するのも個人差があるのだなと思った。

 なお、タワーマンションは入館に時間がかかるため、配達員にとっては割に合わないようだった。フードデリバリーの事業会社は「タワマン割増料金」を作った方がいいかもしれない。

 次週は「人力車に魅せられて2~夢と涙の軽井沢物語~」。今年7月に放送された、浅草の人力車の会社で俥夫(人力車の運転手)を目指すも、社内検定に13回落ち会社を去ったアツシ。しかし、そんなアツシにも意外な「救いの手」が差し伸べられ……。

『ザ・ノンフィクション』お父さんは「いない」という長男の複雑な気持ち「ボクのおうちに来ませんか2 ~モバイルハウスと新たな家族~」

日曜昼のドキュメント『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)。10月2日の放送は「ボクのおうちに来ませんか2 ~モバイルハウスと新たな家族~」。

あらすじ

 神奈川県・相模原市の山深い集落、綱子(つなご)の空き地に「モバイルハウス」を止めて暮らす二人の青年。モバイルハウスとは移動可能な住居のことだ。二人の生活は2020年に初めて放送され、今回は2年たった彼らの心境、状況の変化について伝えた。

 青年の一人は自称・生活冒険家の赤井成彰(33歳)。赤井のモバイルハウスは軽トラを改造したもので、外観は移動式コーヒーショップのようで中腰にならずに立てるほどの高さもある。

 もう一人の青年は漫画家のおぐりちはや(2年前の取材時点で28歳、現在30歳?)。20年時点では、赤井の立派なモバイルハウスに引き換え、おぐりのモバイルハウスは「リアカーの上に大きめの棺桶が乗っている」ような形状だったが、2年を経てデスク、椅子も携えた形状に進化していた。2年前からモバイルハウスでの生活を漫画にしているようだが、漫画家としての生活は厳しいようだ。

 二人の生活にも変化が見られており、肝心のモバイルハウスで暮らす頻度が減っていた。ともに配偶者(恋人)の存在が大きい。

 赤井は綱子のイベントで出会った、二人の息子(10歳のあおし、7歳のとうわ)と暮らすシングルマザー、37歳の朱里と交際しており、週2日は朱里の家で暮らす生活だという。

 おぐりは、2年前の放送当時から交際していた、教育関係の仕事に就くゆりかと結婚。ゆりかがローンを払う自由が丘のマンションで月3週間暮らしており、ほぼ自由が丘が拠点となっているようだ。ゆりかはおぐりにもっと働いてもらいたいようで、おぐりもゆりかの気持ちに応えたいと番組スタッフに話してはいたものの、番組を見る限り特に何もしていないように見えた。

 赤井は朱里宅の風呂を堪能しながらも、結婚には前向きではないようで、子どもとの関係について「近所のおもろい兄ちゃんぐらいの感じがいいかな」と話す。おぐりと地元で飲んだ時は、「責任って言葉がめっちゃ嫌いなんや」と話し、おぐりも「わかるね」と同意。彼女の家の資源を満喫しておきつつも(特におぐり)二人は気ままに生きたいようだった。

 赤井は金沢の実家(赤井の父は医師で、実家はかなりの豪邸)に、朱里の子ども二人を連れてモバイルカーで帰る(翌日、朱里も合流)。赤井の両親は朱里親子を歓迎。母親は、籍は入れたほうがいいと赤井に話し、父親は「自分が死んでも(家族が)生きていけるようにしないと」と、自身が父親として意識していた責任の在り方について話した。

 番組最後で赤井と朱里親子は海に行き、なんとなく二人はそのまま結婚しそうな雰囲気だったが、はっきり結婚した、という明言はないまま終わった。

 番組の最後に交わされた、スタッフと朱里の息子二人の会話を紹介したい。

 スタッフによる「今お父さんいます?」の問いかけに、次男のとうわは「うん」「ナル(赤井)と、パパ(実父と思われる)」と答えたのに対し、長男のあおしは、「うん」と言った後すぐに訂正、「今はいないかな」と2回言っていた。

 あおしの「今はいない」は「簡単には言えない」ということなのだと思う。「母親の再婚」という事態を前にすればもっともだ。10歳という年齢で、自分の複雑な気持ちをテレビカメラを前にしながら、表現しようとするあおしはすごい。

 しかし番組スタッフは続けて「ナル君にお父さんになってほしい?」とあおしに聞いていて、あおしは「うん」と答えていた。これらやりとりの隣には朱里がいる。朱里が赤井と結婚したがっていると知っているあおしとしては、そう答えるしかないだろうという気がした。最初にあおしがどこか含みを持たせた回答をした時点で、スタッフは察して、そっとしておいてやればいいのにと思った。

 あおしがそのように、繊細な思いを表現しようと模索しているのに対し、それを横で聞いていた朱里は「みんなでそう思い合えるならうれしい」と涙をぬぐっており、これはかなり“雑”だと思った。

 朱里の「みんなでそう思い合えるならうれしい」の「そう」は「家族になる」ということなのだろう。番組を見る限り、これはその直前に発せられた息子二人の言葉を受けたものだが、赤井は結局、結婚について明言していない。さらに、その直前のやりとりでもストレートに家族になりたいと言っているのはとうわで、あおしの心境はもう少し複雑に見えた。

 番組を見る限り、明らかに家族になりたい意向があるのは朱里ととうわの2人だと感じる。しかし、朱里は4分の2の意見なのに「“みんなで”そう思い合えるならうれしい」と言ってしまうあたり、自分の都合の良いように解釈しているようにも聞こえた。朱里が結婚したいのはよく伝わったので、「私は結婚したい」と言えばいいのに、と思う。

 自由気ままに生きていたい赤井とおぐりだが、自分が自由気ままに生きたい、を最優先したいなら「彼女を持たない」もしくは「子どもを持ちたくない女性と付き合う」にすればよかったのに、なぜ二人とも「子どもを望む女性(ゆりか)、子どもがいる女性(朱里)」を選んだのだろうか。

 「自由気ままな生活」は、毎日の世話が必要な「子ども」という存在とかなり相性が悪いように思う。「相手を好きになったから彼女を選んだ」と言えばそれまでだが、赤井やおぐりの「自由気まま」を望む気合、熱意は、モバイルハウスという極端な暮らしをしていることからも、人並み以上にあるように見える。しかし、案外それほどでもないのかもしれない。

 次週は「東京デリバリー物語 ~スマホと自転車とホームレス~」。いつの間にかすっかり社会の風景として定着した自転車やバイクで街中を駆けるフードデリバリーの配達員たち。コロナ禍の中での「雇用の受け皿」にもなっている中、さまざまな配達員の状況を見つめる。同作は令和4年度(第77回)文化庁芸術祭参加作品でもある。

『情熱大陸』緑黄色社会、ボーカル失踪事件からの草野球――『クレしん』主題歌も納得の清く正しい青春像

 旬な人物に密着するドキュメンタリー番組『情熱大陸』(TBS系)。9月25日の放送回には、人気バンド・緑黄色社会が登場した。2012年、高校の軽音部で出会った面々とその幼なじみで結成された女性2人、男性2人の4ピースバンド・緑黄色社会。ファン(通称は“ブロッ子”とのこと)からは「リョクシャカ」という略称で親しまれているそうで、『情熱大陸』冒頭では「前向きな歌詞が多いので励まされる」というファンのコメントも紹介された。

 音楽に詳しくない筆者からすると、「業界で推されているバンド」「さわやかで前向きな曲を歌う女性ボーカルのバンド」「オシャレ版“いきものがかり”」といったイメージがある。

 そんな彼らの結成からこれまでの歩みは、一見順調そのものに見える。結成翌年の13年に10代限定のロックフェスに出場して注目を集め、19年発売の初シングル「sabotage」は波瑠主演のドラマ『G線上のあなたと私』(TBS系)の主題歌に抜てき、20年に発表した「Mela!」が大ヒットを記録した。

 今年公開の『映画クレヨンしんちゃん もののけニンジャ珍風伝』では主題歌を務め、目標は「国民的な存在になること」だという。今回の『情熱大陸』では、そんな順風満帆な彼らのウラにある葛藤を見せたかったようだ。

『情熱大陸』緑黄色野菜ボーカルが失踪も、のほほんとしたメンバー

 一番の山場となるシーンは、「ボーカル・長屋晴子の失踪」だった。長屋が詞を担当する10周年記念のシングル曲「ブレス」の制作作業中、作詞が思うように進まない長屋は、スタジオから居なくなった――。

 ギターの小林壱誓のもとには、「長屋から泣きながら『今日は戻りたくない』と電話がかかってきた」という。作業は中断され、レコーディングも延期されることになった。

 『情熱大陸』らしいピリつきそうな場面だが、スタジオに残されたメンバーは動じることなく、どこかのどかな雰囲気。焦ることなくお弁当を食べ始める。長屋からの電話に対応中の小林も「それは全然仕方ないから。今日はあれか。ここに戻らずちょっと考えたい的なことよね?」と、責めることなく優しい。

 後日、無事に歌詞を完成させた長屋は、「(歌詞は)自分の悩みを吐く場所というか、自分自身で相談するような場所」「自分の中が空っぽなときは出そうと思っても出ない時とかがあったりとか」「吐き出したくても吐き出せないタイミングもあるし」「自分が歌詞を書くことによって、それが自分以外の誰かに伝わるわけじゃないですか」「それが外に出てしまう怖さみたいなものもたまにはありますね」と語った。

 その後のツアー先では、「歌作りの苦しみから解放された長屋の提案」により、スタッフを含めて草野球(キーボードのpeppeは趣味の寺観光へ行ったため不在)を行い、リフレッシュしながら親睦を深めた。「最高っす」「自然が一番っすね」と楽しむベースの穴見真吾&小林。歌詞だけでなく、コメントも素直でまっすぐで、なんともまぶしい。

 そして迎えた初の武道館ライブ。リハーサル後のミーティングでは、「長屋が『仕事仲間みたいな感じになってないか?』と。『やっぱり友だちじゃないけど、ちゃんとそれ(友だち)に戻りたくないか?』みたいな」「その辺を取り戻そうという話し合いがあった」(穴見)とのこと。

 そこで友情を再確認した様子のメンバーは、開演直前に円陣を組み、「俺らが一番楽しむぞ」「ミスなんてどうでもいいんだ」「楽しむぜ」と声をかけ合っていた。

 “ステージはお客さんを楽しませるものであって、自分が楽しむものではない”“お金をもらう以上ミスは許されない”“プロとしてやるならば友だちではいられない”といった昭和的な価値観は、すでに緑黄色社会のメンバーには存在しないと実感させられた。

 緑黄色社会の『情熱大陸』をまとめると、次のようになる。ボーカル失踪→優しく受け止めるメンバー→スポーツで親睦を深める→念願の武道館→「私たちは仕事仲間ではなく友だち!」。そして目標に掲げるのは「国民的な存在になること」。

 誰からも文句を言わせない、清く正しい青春ドラマのような構成にうなった。『クレヨンしんちゃん』の主題歌に抜てきされるのも納得できる、わかりやすい明るさ、前向きさがある。昭和の自己犠牲的プロ精神よりも “楽しむ! 友だち! 夢に向かって走る!”といった青春ドラマがウケる世になったのだなぁ……としみじみ感じた。

 また、バンドにありがちな尖った感じや、ひねくれた感じがまったくないのも、幅広い世代にウケるポイントなのかもしれない。穴見がオフ日に、1人で岡本太郎美術館へ行くシーンからも、素直な人柄が感じられた。というのも、自意識をこじらせた人間であれば、岡本太郎美術館に行き、作品を鑑賞しながらゆっくり頭を揺らす――という、いかにも『情熱大陸』的な行為は、カメラの前でできないのではないか。

 ナレーションは「永遠の高校生たちは、見たことのない高みを目指し続ける」と締めくくられていた。優しく前向きな4人には、永遠に友だちのまま、永遠に岡本太郎美術館で頭を揺らせる素直さを持っていてほしい……。

『ザ・ノンフィクション』母の願い「家族一緒に」は、子の負担にもなる「ボクと父ちゃんの記憶2022後編 ~18歳の夢 家族の夢~」

 

 日曜昼のドキュメント『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)。9月25日の放送は「ボクと父ちゃんの記憶2022後編 ~18歳の夢 家族の夢~」。

あらすじ

 千葉県南東部、緑豊かな睦沢町で暮らす林家。高校3年生の息子・大介は、若年性アルツハイマー型認知症になった父親を日常的に介護している「ヤングケアラー」だ。

 大介の父親、佳秀はもともと東京で映像制作の仕事をしており、多忙な日々を送っていた。1999年に妻の京子と再婚、その後大介が産まれるも、2005年、50歳の時に若年性アルツハイマー型認知症と診断される。

 病気の進行を遅らせるため、一家は自然豊かな千葉に越す。大介が幼少期のころは、普通の父親と変わらない様子で一緒に散歩や会話をしていたが、大介が中学校に上がるころから、佳秀の症状は目に見えて悪化していく。

 現在は家族と佳秀の会話はほぼ成り立たず、佳秀は家族の名前も思い出せない。トイレも一人で行けず、おむつをはいている状況で、仕事で遅くなる京子に頼まれて、大介が佳秀を寝かしつける様子も映されていた。

 京子は佳秀を施設に入れることを決断。別れの日、施設に向かう車の中で涙をぬぐう京子や大介の傍らで、事情がおそらくわからない佳秀はただニコニコしていた。

 その後、大介は高校卒業後に地元の造園会社に就職。将来的には農業をやりたいと話す。佳秀の症状が自然豊かな地で緩やかになった、という実感があるようだ。そして、初任給で施設にいる佳秀へ誕生日ケーキを贈る。

 林家は、佳秀と前妻との間にグループホームで暮らす知的障害のある娘と、大介の実兄にあたる、佳秀と京子の間に生まれた長男にも障害があり、病院で暮らしていることも伝えられた。

 21年の夏、佳秀を施設に預けて以来、感染症予防もあり家族は対面での面談がかなわなかったが、22年6月、京子はようやく対面を果たす。

『ザ・ノンフィクション』美談調ナレーションのモヤモヤ

 林家を取り上げた過去3回の放送は、ナレーションが美談調でモヤモヤする、と先週も書いたが、今回最後のナレーションもその調子だった。

「修行して一人前の農家になって、また父ちゃんと、家族一緒に暮らせる日まで、父ちゃんもう少し待っててください」

 実際大介は、番組内ではこのように発言していない。なんだかモヤモヤする、と思いながら見ていたが、これは大介の思いでなく、京子の思い、としたほうがフィットする。

 京子は、施設に入りもう京子が誰なのかもおぼつかなくなっている佳秀との再会時、佳秀の好物であるステーキをたっぷりのせた弁当を作り、ワンピースでおめかしをしていた。

 日本の50代の既婚女性で、夫にこれほど恋愛感情を持っている人は珍しいのではないだろうか。玄関には、佳秀と京子の結婚式と思われる写真が大きく引き伸ばされて飾られていた。これは「ようやるわ」という冷やかしの意味ではない。仲が悪かったり、冷え切っている夫婦関係よりはずっと良い。

 施設に預けたら佳秀が家族のことを忘れるのでは、とためらいを見せていたのも京子だ。京子は、佳秀と施設で再会した帰り道で「全員うちの障害の子たちが一緒に暮らせたら本当に楽しんじゃないかなと思って。それぞれができる役割したらすごく楽しいかな」と話していた。

 この「全員」のあと「子たちが」と続くので、佳秀は入っていないのかもしれないが、入っているとすれば、ナレーションの調子と一致する。

『ザ・ノンフィクション』「家族一緒に」という発言に伴う負担

 林家の放送はこれで4回目になるが、佳秀と京子の間の第1子(大介にとって兄)には重い障害があり、病院で暮らしていることが初めて伝えられた。

 大介は18歳という年齢の割にしっかりしている印象で、それは父親を介護するヤングケアラーとしての日々から培われたものかと思ったが、兄の存在もあったのかもしれない。この兄の存在が明かされたことで、ずいぶん家族全体の見え方が変わってくるような気がした。

 そして京子も、家族をケアする日々だったのだろう。そのうえで「(家族)一緒に暮らせたら」と言える京子はパワフルだと思うが、その思いが今の子どもたちの負担にならないことを願う。「家族一緒に」という発言自体は「善意」なので、異論を唱えにくい。

 家族一緒に、じゃなく、大介はむしろ一人暮らしをしてのびのび過ごしてみては、と思った。

 次週は「ボクのおうちに来ませんか2~モバイルハウスと新たな家族~」。2年前に放送した、移動型の家で暮らす二人の若い男性のその後。彼らに「結婚に伴う責任」と「自由気ままな生活」を天秤にかけて決断しなければならない時が迫り……。

▼前回のモバイルハウスのレビューはこちら

 

『ザ・ノンフィクション』親の介護を離れて「自我が芽生えた」息子「ボクと父ちゃんの記憶2022前編 ~母の涙と父のいない家~」

 日曜昼のドキュメント『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)。9月18日の放送は「ボクと父ちゃんの記憶2022前編 ~母の涙と父のいない家~」。

あらすじ

 千葉県南東部、緑豊かな睦沢町で暮らす林家。高校3年生の息子・大介は、若年性アルツハイマー型認知症になった父親を日常的に介護している「ヤングケアラー」だ。

 大介の父親、佳秀はもともと東京で映像制作の仕事をしており、多忙な日々を送っていた。1999年に妻の京子と再婚、その後2003年に大介が産まれるも、05年、50歳の時に若年性アルツハイマー型認知症と診断される。

 病気の進行を遅らせるため、一家は自然豊かな千葉に越す。ホームビデオで撮影された、病状が悪化していないころの佳秀は普通の父親と変わらない様子で、幼い大介と散歩に出かけ会話も弾んでいた。しかし、大介が中学校に上がるころから、佳秀の症状は目に見えて悪化していく。

 現在は家族と佳秀の会話はほぼ成り立たず、佳秀は家族の名前も思い出せない。トイレも一人で行けず、おむつをはいている状況で、仕事で遅くなる京子に頼まれて、大介が佳秀を寝かしつける様子も映されていた。

 京子は佳秀を施設に入れることを決断。別れの日、施設に向かう車の中で涙をぬぐう京子や大介の傍らで、事情がおそらくわからない佳秀はただニコニコしていた。

 佳秀のいなくなった林家では、それまで佳秀の世話にかかりっきりだった大介と京子の間にけんかが起こるようになり、ナレーションではその様子を「みんな介護で精いっぱいだった林家、自由な時間が生まれた大介君に、自我が芽生え始めました」と伝えていた。

 その後大介は高校卒業後地元の造園会社に就職、将来的には農業をやりたいと話す。

 過去の林家の放送回レビューはこちらから。

「ボクと父ちゃんの記憶」ここ1年で4回放送

 『ザ・ノンフィクション』で林家の放送をずいぶん見ている気がしたため、これまでの回を振り返ってみた。

 21年10月に林家の初回が放送され、その回が国際メディアコンクール『ニューヨークフェスティバル』のドキュメンタリー・普遍的関心部門で銅賞を受賞。その後、22年5月にその後の林家が伝えられ、そして今回22年9月で3回目の放送となる。今週は前後編あるうちの前編なので、来週放送回を含めるとこの1年で4回放送されることになる。

 『ザ・ノンフィクション』では京都の「泣き虫舞妓物語」や、上京した若者の生活を見つめる「新・上京物語」などシリーズ化している回もある。ただどちらも、主役格である“新人”は毎回変わる。なお、歌舞伎町のホストたちをテーマにした回も定期的に放送されていたが、これは新型コロナの蔓延以降全く放送されなくなってしまった。

 一つの家族を見つめ続ける、という点ではダウン症のダンサーである優とその家族を見つめた「ピュアにダンス」シリーズもあるが、こちらは過去2年で年1のペースで放送されている。その点、林家はかなりのハイペースだ。

 番組が国際的な賞を取ったこともあり、番組としては「林家推し」なのかもしれない。林家の場合「認知症」という、今日多くの人にとって自分の親、そして自分自身にとっても無関係ではいられないテーマを含んだ回ではあるが、林家のほかにも「その後」を取り上げてほしい過去の出演者は少なくない。番組は、どういう基準で「その後」を追う対象を決めているのだろう。

『ザ・ノンフィクション』に登場した人たちの「その後」

 なお、番組が取材した人たちの「その後」について少し触れたい。19年10月放送「好きなことだけして生きていく 後編~伝説のシェアハウス解散~」では、開業資金を極力抑えて開店した喫茶店「しょぼい喫茶店」の様子が伝えられていたが、その後、店は20年2月に閉店したそうだ。時期的に考えて、新型コロナウイルスの流行とは無縁かと思われる(新型コロナウイルスによる初の緊急事態宣言発令は同年の4月)。

 また、近年の『ザ・ノンフィクション』で最も話題沸騰となった回と言っても過言ではない、22年1月放送「結婚したい彼女の場合 ~コロナ禍の婚活漂流記」に登場した30代女性のミナミは、その後無事婚約に至ったと結婚相談所の植草氏が伝えている。

 番組の取材に協力することでの謝礼はあるとは思うが、番組に出ることで、SNSやネット掲示板でさまざまな人に好き勝手なことを言われることを思うと(この原稿もそうだ)、番組にもう出たくない、という人も少なくないと想像する(出演した側が、実態と違うと放送後に番組側へ抗議したケースも複数ある)。

 その中で4回も登場する林家は、番組側の意図と京子の意図が合致している幸福なケースなのかもしれない。

 ただ林家放送回では、ナレーションが「家族一緒が一番大切」といった美談調にしようとしているように個人的には感じる。今回もその傾向はあった。実際は、もっと苦悩やいら立ちなど、さまざまな感情があるはずだろう。

 しかし介護を終えた林家で、京子と大介が親子げんかをしていた際に、介護生活から離れ大介に「自我」が芽生えた、と触れたナレーションは、ハっとさせられる良い文言だと思った。

 次週の『ザ・ノンフィクション』は今週の続編。感染症予防から面会がなかなかかなわなかった家族は佳秀とようやく面会となり……。

福山雅治、『ガリレオ』現場でのセクハラエピソードも今は昔? 『ボクらの時代』でさわやかなMCに徹す

 3人のゲストが鼎談するトーク番組『ボクらの時代』(フジテレビ系)、9月11日の放送回では福山雅治、柴咲コウ、北村一輝が登場。福山主演の人気シリーズ『ガリレオ』(同)の最新映画『沈黙のパレード』が同16日に公開されるタイミングでの出演となった。

 同シリーズは2007年10月に月9枠で連続ドラマがスタートしてから今年で15年。柴咲は「トーク番組で福山さんがいると超安心」、北村も「MC福山って有名ですから」と、福山のトーク力に信頼を置きリラックスした様子だ。確かに福山といえば、ラジオ番組『福山雅治のオールナイトニッポンサタデースペシャル・魂のラジオ』(ニッポン放送、00年~15年)で15年間パーソナリティーを務めるなど、トークも達者なイメージ。しかし同時に“下ネタ”トークがテッパンの印象も強い。

 『ガリレオ』シリーズの現場での“セクハラ”エピソードも、共演者からたびたび語られてきた。08年公開の映画『容疑者Xの献身』の会見では、柴咲が「湯川先生(福山)と草薙さん(北村)の卑猥な話に献身的に付き合いました。男社会に揉まれるってこういうことかと」。13年公開の『真夏の方程式』舞台あいさつでは、福山本人が「セクハラまがいの話」ばかりしていたと語ると、共演の吉高由里子は「完全におっさんとしか思われていないんだろうなっていう(下ネタの)会話をされていた」と明かし、会場を盛り上げていた。

 しかし前シリーズから9年の時がたち、時代は令和。そして『ボクらの時代』は日曜朝7時から放送のさわやかな番組である。今回の福山は、セクハラにつながりそうな下ネタを完全封印し(もしくは編集でカットされ)、まさに「MC福山」としてトーク回しに専念している印象だった。

福山雅治が引き出した北村一輝の秘話

 最も長い尺が使われていたのは、北村の“アツい男”エピソード。福山が「北村さんデビューのきっかけは何だったんですか?」と話を振り、北村は「18歳で出てきて、事務所に入るまで10年以上かかってます」と告白。「事務所に電話しても誰も会ってもいただけなくて。それでエキストラみたいなのをやり始めて、そのうち今で言う巨匠、三池崇史監督やら望月六郎監督、小林政広さんとかと自主映画やVシネマで一緒にやり始めて。だんだん監督たちが注目されるようになってきて、初めて事務所に入れるようになったのが27~28歳」と、長い下積み時代について語った。

 その後も福山の「不安でした?」という質問に答える形で、「不安はなかったです。何やってでも成功してやると思っていた。人の3倍努力すればできるはずだし、3倍で足りなかったら5倍やればいいと」と語るなど、北村のトークの熱は増していく。

 福山の「(役作りで)歯を抜いたっていうのはホント?」という振りからは、「前歯を9本ぐらい抜いて、4~5本削った。(歯科医の)先生に頼み込んで」と、Vシネでの役作りを回想。福山から「あまり言わないようにしてるの?」と聞かれると、北村は「歯を抜いたり体重を変えたりすると“役者バカ”みたいな感じで書かれたりするんで、それを避けたかった」と照れ笑いで語った。

 北村の意外なほど熱い男ぶりを、存分に引き出すことに成功したMC福山。「この話は何回もしたほうがいいですよ。面白いし、北村さんの俳優としての矜持から人生、生き方、物の捉え方も含め全部入ってるんで」とアドバイスも送った。

 その後、福山自身も「1990年にCDデビューするんですけど全然売れなかった。オリコンチャートも売れなさすぎて、計測不能で」と苦労した新人時代を語る。

 「売れてないんだけど、アルバムまでバンバンやらせてくれるわけです。お金を全然取り戻せてないなって気づくわけですよ。だけど幸いなことに、ライブをやるとファンの方が増えていった。僕はそのとき、応援してくれているこの人たちのために頑張ろうってまず思ったんですよね。とにかく恩返ししないとって、ファンの方に時間をもらった」と語り、「感謝です。福山の血液は感謝でできています」とキレイに締めくくった。

 今回は下ネタキャラを完全封印し、さわやかなMCに徹していた福山。その分、トーク回しの才能を見せていたが、北村に比べると柴咲のトーク尺や見せ場が少なかったのは、彼女のトーク中に下ネタが飛び出してカットされたから……というのは邪推なはず。『ガリレオ』の舞台あいさつでも、紳士な福山が見られることを期待したい。

嵐・二宮和也、『ハンドク!!!』から『マイファミリー』まで変わらぬ刺々しさ――見ていてイラッとする俳優としての“魅力”

――ドラマにはいつも時代と生きる“俳優”がいる。『キャラクタードラマの誕生』(河出書房新社)『テレビドラマクロニクル1990→2020』(PLANETS)などの著書で知られるドラマ評論家・成馬零一氏が、“俳優”にスポットを当てて過去の名作ドラマをレビューする。

 今春クールに「日曜劇場」枠で放送された『マイファミリー』(TBS系)は、嵐・二宮和也にとって久しぶりの連続ドラマ主演だったが、全話平均世帯視聴率12.9%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)を記録。同クール一番のヒット作となり、俳優としての存在感を見せつけた。

 二宮が演じたのは、ゲーム会社の社長・鳴沢温人。多忙な温人は、家族をないがしろにしていたため、夫婦仲は冷めきっていた。そんなある日、娘が何者かに誘拐されてしまう。子どもの誘拐事件を軸にした物語は、犯人を予想する「考察ドラマ」としてSNS上で盛り上がりをみせたが、何より、誘拐事件に立ち向かうことで家族の絆を取り戻し、父親として成長する温人の姿が魅力的だった。

 2007年放送の学園ドラマ『山田太郎ものがたり』(同)で共演した多部未華子が妻役を務めたこともあってか、大人になった二宮の魅力を印象付けることにもなったが、むしろ強調されていたのは、大人になりきれない温人のふてぶてしい姿。国民的アイドルグループ「嵐」のメンバーでありながら、見ていてイラッとするようなトゲのある男を演じられることこそが、俳優・二宮和也の魅力だと改めて感じた。

 そんな二宮の存在を筆者が強く意識した作品は、01年放送の医療ドラマ『ハンドク!!!』(同)だ。

 本作は、最新医療のシステムを備えた杉田玄百記念病院(SMH)で働く半人前の医者(ハンドク)たちの成長を描いた作品。池袋の元チーマーで、人一倍熱い信念を持つ主人公の研修医・狭間一番を長瀬智也が演じ、彼の出世作といえる『池袋ウエストゲートパーク』(00年、同)の演出を手掛けた堤幸彦氏が、『ハンドク!!!』でもチーフ演出を務めた。

 そのため『ハンドク!!!』は、“『池袋ウエストゲートパーク』テイストの医療ドラマ”といった趣で、同作で開眼した長瀬の勢いのある芝居が印象に残るドラマだったことは間違いない。しかし、脇役でありながら長瀬に迫る圧倒的な存在感を示したのが、一番の舎弟・坂口信幸(ノブ)を演じた二宮だった。

 ノブは身寄りがなく、住み込みで新聞配達の仕事をしているチンピラだが、普段は軽薄で情けない男。しかし彼には裏の顔があり、チーマー仲間からは「4号線の鬼殺しのノブ」と呼ばれ、恐れられていた。ヘラヘラしているかと思いきや、突然凄みを効かせてブチ切れるノブの“ヤバさ”は、『ハンドク!!!』に不穏な緊張感を与えた。

 ちなみに、堤氏は当時、『ケイゾク』(1999年、TBS系)や『池袋』、そして『TRICK』(2000年、テレビ朝日系)といったヒット作を立て続けに演出し、飛ぶ鳥を落とす勢いの映像作家だった。『ハンドク!!!』では、「医者は患者の体を治すことはできても、心を救うことはできない」というエピソードが、乾いた映像とブラックな笑いを通して繰り返し描かれる。

 『堤っ』(角川書店)に収録された『ハンドク!!!』プロデューサー・植田博樹氏と堤氏の対談の中で、堤氏が20代の時に体験した亡き妻の闘病生活が、本作を作るきっかけだったと植田氏は語っている。高額の医療費を払えるかどうかで医者の態度が豹変する経験をした堤氏は、すべてが終わった時に「死に対して無感情」になったという。

 当時、堤氏が感じた「人の命は平等ではない」「受けられる医療には貧富の格差がある」という辛辣な死生観は、『ハンドク!!!』の根底に流れているテーマだ。すっかり人気俳優となった高橋一生がゲスト出演した、第7話は特に象徴的だといえる。

 ノブは動脈瘤で盲目となった親友・南野風(高橋)を、SMHで診てもらえないかと一番に持ち掛ける。その後、一番がダメ元で院長の新堂一子(沢村一樹)に相談すると、風の入院を承諾。しかし、新堂の目的は、SMHを取材するジャーナリスト・筑前哲一郎(升毅)の息子で、心臓病の正一郎(郭智博)のドナー候補者に、風を仕立てること。正一郎と仲良くなった風は、“正一郎のために、自分の心臓を移植してくれ”という遺言を残して急逝。新堂は風が亡くなるとすぐに手術を行い、正一郎の心臓移植を成功させた。

 その後、風に遺書を書くよう仕向けたのが新堂だと知ったノブは、SMHに潜り込み、新堂を背後からナイフで刺す。この場面のノブは、今風に言うと「無敵の人」の凶行を思わせる。ノブのようなキレた若者を演じさせると、当時の二宮は水を得た魚のようだった。

 新堂を刺したあと、ノブは逃亡。しかし、その途中でバイクに跳ね飛ばされ重体となり、最後は場末の病院で一番に看取られて絶命する。ノブは「生まれてこなければよかった」と言いながら死んでいくのだが、貧富の差に翻弄された末、まともな医療を受けられずに死んでいくその姿は、コロナ禍で医療現場の逼迫が叫ばれる2022年に見るほうが切実に響く。

 物語はその後、もう一山あるのだが、ノブが死ぬまでの展開があまりにも衝撃的で救いがなかったため、印象は薄い。二宮の凄みのある芝居が『ハンドク!!!』というドラマを食ってしまったように感じた。

 ノブ役で鮮烈な演技を見せた二宮は、その後、俳優として大きく飛躍する。03年には蜷川幸雄監督の映画『青の炎』で主演を務め、06年にはクリント・イーストウッド監督の映画『硫黄島からの手紙』に出演し、国外からも注目された。

 さらにテレビドラマでも、03年の『STAND UP!!』、08年の『流星の絆』(ともにTBS系)などで主演を務め、当時は若手俳優のホープとして活躍。00年代は、どこか影のある若者を演じさせると、二宮の右に出るものはいなかった。

 嵐の活動が多忙だったためか、10年代は連続ドラマへの出演が減少。そんな中で主演を務めた『マイファミリー』に、『ハンドク!!!』で演じたノブの片鱗がうかがえ、あの頃の“ヤバい二宮”はいまだに健在だと示してくれたのだ。

 来年、二宮は40歳になる。大人になっても丸くならず、影のある刺々しい人物を演じ続けてほしい。
(成馬零一)