『ザ・ノンフィクション』覚醒剤で服役12回、結婚4回の男の実像とは「母の涙と罪と罰 2020 後編 ~元ヤクザと66歳の元受刑者~」

日曜昼のドキュメント『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)。11月1日は「母の涙と罪と罰 2020 後編 ~元ヤクザと66歳の元受刑者~
というテーマで放送された。

あらすじ

 依存症患者や前科のある人の立ち直り支援を行う遊佐学。かつて学は少年院にも入った札付きのワルで、24歳でやくざになった。学は薬物売買から自身も覚醒剤を使用するようになり、薬物による孤独と恐怖で5階から飛び降りたこともあり、今も片足に後遺症がある。

 その後、学は獄中で、自分と同じようにやくざで薬物中毒となった過去を持ちながら、牧師となり人を支える側になった進藤龍也氏の書籍と出会い、信仰により自分もやり直せるかもしれないと改心。学は、自分が家族や仲間から支えられた経験から、今度は自分が支える側になりたいと、薬物利用で12回服役した高野の身元引受人となる。高野は66歳だが、30年以上は刑務所暮らしで、薬物による錯乱で過去にビル10階から飛び降りたことがあるという。

 高野はかつて4度結婚し、娘もいるというが、娘や自分を育ててくれた義母とは数十年音信がない。唯一連絡を取っていた父親の死も獄中で知り、墓の所在もわからない。高野は父親の墓を探すため、現在海外で暮らす娘と電話で会話し、義母とも数十年ぶりに再会を果たす。家族と久々に再会できた高野だったが、通う予定だった回復施設や病院の依存患者の支援プログラムは新型コロナウイルスの感染拡大の影響から中止が続く。

 高野は薬物の後遺症から幻聴、幻覚がひどくなっていく。学が病院に連れて行ったときには、足取りがふらついていた。その後、近所の住民とトラブルを起こし、警察官がかけつけたときには部屋で自分の腹を切っており、精神病院に入院。退院後、血まみれの部屋で学と再会した高野は、死に水を学に取ってほしいと言うが、学は「その道を(自分で)選びとってほしいなって」と話す。番組の最後で、ようやく高野は無縁仏になっていた父親の墓を見つけ、手を合わせた。

 高野は主に覚醒剤で12回の服役経験があり、66歳の人生のうち30年は刑務所暮らしで、4度の結婚歴がある。シャバに出ても半年ももたず、またムショへ、という生活だったそうだ。

 言葉だけ並べると、ろくでもない人物像が浮かんでくるが、番組内での高野は「周りに気を使う人」という印象だった。支援をする学にも気を使っていたし、久々の娘や義母との再会では、相手に気を使いに使っていたのが見て取れた。そうした気を使う様子と、近隣住民と警察が来るようなトラブルを起こし、自宅で腹を切るという姿がまったくつながらず、そこに薬物の恐ろしさを見たように思う。

 高野の実の両親は、高野が幼少期の頃に離婚。父親は高野を両親に預け働きに出て、その後再婚するも、高野を残してまた別の女性の元に行き……と、かなりふがいない。高野は幼少期、少年期を寂しく過ごしただろうし、私がその立場なら父親を恨みそうだと思ったが、しかし高野と最後まで連絡を取っていたのはこの父親だ。

 高野にしてみれば義母と娘は、自分の覚醒剤の利用で一方的に迷惑をかけてしまい「会わせる顔がない」という思いから連絡が途絶えてしまったのかもしれないが、一方で父親はそのふがいなさゆえに、気兼ねせず連絡を取り続けることができたのかもしれない。番組の最後で、高野はようやく無縁仏に埋葬されていた父親の墓を見つけだし、スーツ姿で墓を訪れ、骨を分けてもらっていた。骨になった父親が高野の支えとなればと思う。

依存症支援もコロナの影響を受けている

 番組内では、新型コロナウイルスの影響で、高野が当初受けるはずだった依存症患者のための支援プログラムが中止になったと伝えられていた。

 コロナ禍の状況下、オンラインミーティングが増えたことで「実際に対面でのほうが伝わるものが多い」「オンラインでは物足りない」という不満の声をよく聞く。しかし、私自身は、オンライン会議は実際の場所に行かなくて済むし、無駄話も減り、つまらないときは別のことをしても知られることはないし、アフターコロナの世界においてもオンライン会議は是非残ってほしいと願っている。

 しかし、このような依存で苦しむ人たちが集うプログラムにおいては、対面の良さも大いにあるだろう。心の内を伝えるというのは、仕事のように、業務遂行において必要な要件をわかりやすく、簡潔に伝えるといったものではないからだ。だが、さらに別の見方をすれば、こういうプログラムに参加したいが、対面では敷居が高すぎると思う人や、遠隔地に住む人、そしてデジタルになじみや愛着のある人にとっては、「オンラインなら参加できるかもしれない」と、新たな支援につながる可能性もあるだろう。

 以前、元ひきこもりだった人が自分の経験を話すイベントを聞きに行ったが、その際、講演者が、会場の扉のドアは開演後も開けておいてほしいと話していた。引きこもりの人にとっては会場に来るまでがとても高いハードルとのことで、定刻通りに来られないことも多いという。その際、扉が閉じていると扉を開けることに気後れし、諦めて帰ってしまうこともあるそうなのだ。

 実際の対面での開催と、オンラインの開催、どちらにもメリットがある。特に、困難な状況下にいる人においては、さまざまな選択肢があるといいのではないかと思う。

 次週の『ザ・ノンフィクション』は「たたかれても たたかれても… ~山根明と妻のその後~」。日本ボクシング連盟の終身会長だった山根明。しかし、2018年の夏、関係者300人以上から「助成金の不正流用」や「審判不正」の告発を受け、その独特のキャラクターもあり世間から猛バッシングを浴びた。山根は会長職を辞任し、連盟からは事実上の永久追放となった。現在の山根と妻の暮らしとは?

『ザ・ノンフィクション』覚醒剤で服役12回、結婚4回の男の実像とは「母の涙と罪と罰 2020 後編 ~元ヤクザと66歳の元受刑者~」

日曜昼のドキュメント『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)。11月1日は「母の涙と罪と罰 2020 後編 ~元ヤクザと66歳の元受刑者~
というテーマで放送された。

あらすじ

 依存症患者や前科のある人の立ち直り支援を行う遊佐学。かつて学は少年院にも入った札付きのワルで、24歳でやくざになった。学は薬物売買から自身も覚醒剤を使用するようになり、薬物による孤独と恐怖で5階から飛び降りたこともあり、今も片足に後遺症がある。

 その後、学は獄中で、自分と同じようにやくざで薬物中毒となった過去を持ちながら、牧師となり人を支える側になった進藤龍也氏の書籍と出会い、信仰により自分もやり直せるかもしれないと改心。学は、自分が家族や仲間から支えられた経験から、今度は自分が支える側になりたいと、薬物利用で12回服役した高野の身元引受人となる。高野は66歳だが、30年以上は刑務所暮らしで、薬物による錯乱で過去にビル10階から飛び降りたことがあるという。

 高野はかつて4度結婚し、娘もいるというが、娘や自分を育ててくれた義母とは数十年音信がない。唯一連絡を取っていた父親の死も獄中で知り、墓の所在もわからない。高野は父親の墓を探すため、現在海外で暮らす娘と電話で会話し、義母とも数十年ぶりに再会を果たす。家族と久々に再会できた高野だったが、通う予定だった回復施設や病院の依存患者の支援プログラムは新型コロナウイルスの感染拡大の影響から中止が続く。

 高野は薬物の後遺症から幻聴、幻覚がひどくなっていく。学が病院に連れて行ったときには、足取りがふらついていた。その後、近所の住民とトラブルを起こし、警察官がかけつけたときには部屋で自分の腹を切っており、精神病院に入院。退院後、血まみれの部屋で学と再会した高野は、死に水を学に取ってほしいと言うが、学は「その道を(自分で)選びとってほしいなって」と話す。番組の最後で、ようやく高野は無縁仏になっていた父親の墓を見つけ、手を合わせた。

 高野は主に覚醒剤で12回の服役経験があり、66歳の人生のうち30年は刑務所暮らしで、4度の結婚歴がある。シャバに出ても半年ももたず、またムショへ、という生活だったそうだ。

 言葉だけ並べると、ろくでもない人物像が浮かんでくるが、番組内での高野は「周りに気を使う人」という印象だった。支援をする学にも気を使っていたし、久々の娘や義母との再会では、相手に気を使いに使っていたのが見て取れた。そうした気を使う様子と、近隣住民と警察が来るようなトラブルを起こし、自宅で腹を切るという姿がまったくつながらず、そこに薬物の恐ろしさを見たように思う。

 高野の実の両親は、高野が幼少期の頃に離婚。父親は高野を両親に預け働きに出て、その後再婚するも、高野を残してまた別の女性の元に行き……と、かなりふがいない。高野は幼少期、少年期を寂しく過ごしただろうし、私がその立場なら父親を恨みそうだと思ったが、しかし高野と最後まで連絡を取っていたのはこの父親だ。

 高野にしてみれば義母と娘は、自分の覚醒剤の利用で一方的に迷惑をかけてしまい「会わせる顔がない」という思いから連絡が途絶えてしまったのかもしれないが、一方で父親はそのふがいなさゆえに、気兼ねせず連絡を取り続けることができたのかもしれない。番組の最後で、高野はようやく無縁仏に埋葬されていた父親の墓を見つけだし、スーツ姿で墓を訪れ、骨を分けてもらっていた。骨になった父親が高野の支えとなればと思う。

依存症支援もコロナの影響を受けている

 番組内では、新型コロナウイルスの影響で、高野が当初受けるはずだった依存症患者のための支援プログラムが中止になったと伝えられていた。

 コロナ禍の状況下、オンラインミーティングが増えたことで「実際に対面でのほうが伝わるものが多い」「オンラインでは物足りない」という不満の声をよく聞く。しかし、私自身は、オンライン会議は実際の場所に行かなくて済むし、無駄話も減り、つまらないときは別のことをしても知られることはないし、アフターコロナの世界においてもオンライン会議は是非残ってほしいと願っている。

 しかし、このような依存で苦しむ人たちが集うプログラムにおいては、対面の良さも大いにあるだろう。心の内を伝えるというのは、仕事のように、業務遂行において必要な要件をわかりやすく、簡潔に伝えるといったものではないからだ。だが、さらに別の見方をすれば、こういうプログラムに参加したいが、対面では敷居が高すぎると思う人や、遠隔地に住む人、そしてデジタルになじみや愛着のある人にとっては、「オンラインなら参加できるかもしれない」と、新たな支援につながる可能性もあるだろう。

 以前、元ひきこもりだった人が自分の経験を話すイベントを聞きに行ったが、その際、講演者が、会場の扉のドアは開演後も開けておいてほしいと話していた。引きこもりの人にとっては会場に来るまでがとても高いハードルとのことで、定刻通りに来られないことも多いという。その際、扉が閉じていると扉を開けることに気後れし、諦めて帰ってしまうこともあるそうなのだ。

 実際の対面での開催と、オンラインの開催、どちらにもメリットがある。特に、困難な状況下にいる人においては、さまざまな選択肢があるといいのではないかと思う。

 次週の『ザ・ノンフィクション』は「たたかれても たたかれても… ~山根明と妻のその後~」。日本ボクシング連盟の終身会長だった山根明。しかし、2018年の夏、関係者300人以上から「助成金の不正流用」や「審判不正」の告発を受け、その独特のキャラクターもあり世間から猛バッシングを浴びた。山根は会長職を辞任し、連盟からは事実上の永久追放となった。現在の山根と妻の暮らしとは?

『ザ・ノンフィクション』再犯率8割、50代以上の覚醒剤依存者の現実「母の涙と罪と罰 2020 前編 ~元ヤクザ マナブとタカシの5年~

日曜昼のドキュメント『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)。10月25日は「母の涙と罪と罰 2020 前編 ~元ヤクザ マナブとタカシの5年~」というテーマで放送された。

あらすじ

 依存症患者や前科のある人の立ち直り支援を行う遊佐学、45歳。かつての学は少年院にも入った札付きのワルで、24歳でやくざになった。遊佐は薬物売買から自身も覚醒剤を使用するようになり、いわゆる「キメセク」目当てで薬物経験のない女性を薬漬けにしたり、薬物による孤独と恐怖で5階から飛び降りたこともあったという。

 その後、学は獄中で、自分と同じようにやくざで薬物中毒となった過去を持ちながら、牧師となり人を支える側になった進藤龍也氏の書籍と出会い、信仰により自分もやり直せるかもしれないと改心。埼玉県川口市にある進藤牧師の教会に通い、そこで元ヤクザで薬物使用による逮捕歴のある、過去の自分と似た境遇のタカシの世話を買って出る。

 タカシは幼い頃に両親が離婚し、祖父母により育てられた。17歳で岩手から上京しホストになる。歌舞伎町でやくざに誘われ、「かっこいいなって思って」と軽い理由でヤクザになる。タカシは学や教会のサポートを受け、福祉施設での仕事も得たが、働いてわずか2カ月で仕事に行かなくなる。うつ病になり、昼間でもカーテンを閉めきった部屋で布団にくるまり、態度もどんどん投げやりになっていく。その後、タカシは覚醒剤の使用で逮捕されてしまう。

 一方、学は依存症患者の支援施設での就職が決まり、施設長として働いていたものの、働き始めて1年半、支援の方針の違いがあり、「辞めたというかクビにされたというか」という形で退職することになる。ほかの支援施設を探したものの就職口がなく、学は支援を続けるべく、薬物利用で12回服役した高野の身元引受人となる。高野は66歳だが、人生の30年以上は刑務所にいたという。学は高野の新しい住まいを探すなど支援を続ける。

 一方、逮捕されるも執行猶予のついたタカシは、教会の紹介により福島県の祈祷院「福島リバイバル祈りの家」で、教会のスタッフとともに生活を続け、立ち直りのための日々を送る。

 この「マナブとタカシ」シリーズは2019年にも放送された。そのときにも思ったが、学の言動は仏のようだ。口調も穏やかで、そしてその穏やかさに「穏やかにあらねば」「穏やかでありたい」といった“無理”や“意識”を感じさせない。学の母、富子も信仰による学の変化に驚き、自身も教会に通って聖書を学び、番組内では富子が洗礼を受ける様子も伝えられていた。

 その聖書だけでなく、さまざまな言い伝えや民話などに「札付きのワルが、ある時を境に一気に改心」というエピソードは見る。しかし、おそらく学はそんなふうに突然改心したわけではなく、途方もないような一進一退を繰り返し、今の境地に至ったのではないかと思った。

 そう思うのも、学は覚醒剤にまた手を出してしまったタカシに対し「甘く考えないほうがいいよ。何とかなると思ってまた悪いことするんだから。誰だってやらないときってのは絶対あるんだから。まぁ一歩一歩だね」と話していたからだ。この言葉から、学自身、今度こそ何とかなると思った自分に裏切られ、失望し、それでも今度こそ更生しなくてはいけないと、一歩一歩の試行錯誤を重ねてきた日々があったのではないかと思う。

 個人的には、学が支援施設をクビになるまでに至った施設側との「対立」とは何だったのか気になる。辞めた側が一方的に話すのも、というためらいが学にあったのだろうが、だからこそ気になった。もしかしたら、その対立の理由は、他の多くの支援施設が抱える問題にもつながるかもしれない。

依存において、家族ではなく「他人」が支援する大切さ

 今回の番組を見て、あらためて、家族でなく「他人」が支援することの大切さを思う。学の母、富子は、かつて学が覚醒剤の利用で捕まった時の心境を「信用できねえ、2回も裏切られた」と話していた。家族にとってみたら、一度の裏切りならまだ信じてみようと思えても、二度目となると、いよいよ気持ちが折れてしまいかねないだろう。また、番組内では、学が支援施設で働いていたとき、施設を訪れたアルコール依存症患者が「お前のせいでこっちもつらいんだ」と家族から責められると話していた。

 そう責めてしまう家族の気持ちもわかる。一方で、そう責めることがかえって依存症患者を追い詰め、さらなる依存対象への耽溺につながりかねない。そもそも家族は「近すぎる」間柄だ。他人に言われたら素直に受け取れる言葉でも、家族に言われたら素直に受け取れなかったり、むしろ反発してしまう、ということもあるのではないだろうか。

 依存症患者のサポートにおいて大切なのは、家族だけでなんとかするのではなく、むしろ、家族以外の、他人の、そしてこういった支援に長けた専門家を頼ることではないだろうか。家族だけでなんとかしようとすれば、本人も家族も疲弊していってしまう。それは回復をますます遠ざけるように思う。

 なお、番組内では薬物依存の再犯率は中高年者ほど高いと伝えられており、50歳以上における覚せい剤の再犯者率は83.1%(19年、警察庁調べ)と伝えられていた。ちなみに、全世代で見ても、同年における覚醒剤の再犯率は66.3%と7割近い。つまり「半数以上は裏切る」のだ。この数字を踏まえて「信じる」というのはなかなかに困難だ。

『ザ・ノンフィクション』では学以外にも、元犯罪者を支援する人を多く取り上げているが、そういった人たちを周囲の人は「神様みたいな人」とよく話している。「相当信じにくい人を信じ、手を差し伸べることができる」というのは、確かに人知を超えた、神の領域に思える。

 次週は今回の後編。学は、支援している高野の様子がおかしいことに気づく。

※再犯率は以下を参考にしています。
公益財団法人麻薬・覚せい剤乱用防止センター

『ザ・ノンフィクション』再犯率8割、50代以上の覚醒剤依存者の現実「母の涙と罪と罰 2020 前編 ~元ヤクザ マナブとタカシの5年~

日曜昼のドキュメント『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)。10月25日は「母の涙と罪と罰 2020 前編 ~元ヤクザ マナブとタカシの5年~」というテーマで放送された。

あらすじ

 依存症患者や前科のある人の立ち直り支援を行う遊佐学、45歳。かつての学は少年院にも入った札付きのワルで、24歳でやくざになった。遊佐は薬物売買から自身も覚醒剤を使用するようになり、いわゆる「キメセク」目当てで薬物経験のない女性を薬漬けにしたり、薬物による孤独と恐怖で5階から飛び降りたこともあったという。

 その後、学は獄中で、自分と同じようにやくざで薬物中毒となった過去を持ちながら、牧師となり人を支える側になった進藤龍也氏の書籍と出会い、信仰により自分もやり直せるかもしれないと改心。埼玉県川口市にある進藤牧師の教会に通い、そこで元ヤクザで薬物使用による逮捕歴のある、過去の自分と似た境遇のタカシの世話を買って出る。

 タカシは幼い頃に両親が離婚し、祖父母により育てられた。17歳で岩手から上京しホストになる。歌舞伎町でやくざに誘われ、「かっこいいなって思って」と軽い理由でヤクザになる。タカシは学や教会のサポートを受け、福祉施設での仕事も得たが、働いてわずか2カ月で仕事に行かなくなる。うつ病になり、昼間でもカーテンを閉めきった部屋で布団にくるまり、態度もどんどん投げやりになっていく。その後、タカシは覚醒剤の使用で逮捕されてしまう。

 一方、学は依存症患者の支援施設での就職が決まり、施設長として働いていたものの、働き始めて1年半、支援の方針の違いがあり、「辞めたというかクビにされたというか」という形で退職することになる。ほかの支援施設を探したものの就職口がなく、学は支援を続けるべく、薬物利用で12回服役した高野の身元引受人となる。高野は66歳だが、人生の30年以上は刑務所にいたという。学は高野の新しい住まいを探すなど支援を続ける。

 一方、逮捕されるも執行猶予のついたタカシは、教会の紹介により福島県の祈祷院「福島リバイバル祈りの家」で、教会のスタッフとともに生活を続け、立ち直りのための日々を送る。

 この「マナブとタカシ」シリーズは2019年にも放送された。そのときにも思ったが、学の言動は仏のようだ。口調も穏やかで、そしてその穏やかさに「穏やかにあらねば」「穏やかでありたい」といった“無理”や“意識”を感じさせない。学の母、富子も信仰による学の変化に驚き、自身も教会に通って聖書を学び、番組内では富子が洗礼を受ける様子も伝えられていた。

 その聖書だけでなく、さまざまな言い伝えや民話などに「札付きのワルが、ある時を境に一気に改心」というエピソードは見る。しかし、おそらく学はそんなふうに突然改心したわけではなく、途方もないような一進一退を繰り返し、今の境地に至ったのではないかと思った。

 そう思うのも、学は覚醒剤にまた手を出してしまったタカシに対し「甘く考えないほうがいいよ。何とかなると思ってまた悪いことするんだから。誰だってやらないときってのは絶対あるんだから。まぁ一歩一歩だね」と話していたからだ。この言葉から、学自身、今度こそ何とかなると思った自分に裏切られ、失望し、それでも今度こそ更生しなくてはいけないと、一歩一歩の試行錯誤を重ねてきた日々があったのではないかと思う。

 個人的には、学が支援施設をクビになるまでに至った施設側との「対立」とは何だったのか気になる。辞めた側が一方的に話すのも、というためらいが学にあったのだろうが、だからこそ気になった。もしかしたら、その対立の理由は、他の多くの支援施設が抱える問題にもつながるかもしれない。

依存において、家族ではなく「他人」が支援する大切さ

 今回の番組を見て、あらためて、家族でなく「他人」が支援することの大切さを思う。学の母、富子は、かつて学が覚醒剤の利用で捕まった時の心境を「信用できねえ、2回も裏切られた」と話していた。家族にとってみたら、一度の裏切りならまだ信じてみようと思えても、二度目となると、いよいよ気持ちが折れてしまいかねないだろう。また、番組内では、学が支援施設で働いていたとき、施設を訪れたアルコール依存症患者が「お前のせいでこっちもつらいんだ」と家族から責められると話していた。

 そう責めてしまう家族の気持ちもわかる。一方で、そう責めることがかえって依存症患者を追い詰め、さらなる依存対象への耽溺につながりかねない。そもそも家族は「近すぎる」間柄だ。他人に言われたら素直に受け取れる言葉でも、家族に言われたら素直に受け取れなかったり、むしろ反発してしまう、ということもあるのではないだろうか。

 依存症患者のサポートにおいて大切なのは、家族だけでなんとかするのではなく、むしろ、家族以外の、他人の、そしてこういった支援に長けた専門家を頼ることではないだろうか。家族だけでなんとかしようとすれば、本人も家族も疲弊していってしまう。それは回復をますます遠ざけるように思う。

 なお、番組内では薬物依存の再犯率は中高年者ほど高いと伝えられており、50歳以上における覚せい剤の再犯者率は83.1%(19年、警察庁調べ)と伝えられていた。ちなみに、全世代で見ても、同年における覚醒剤の再犯率は66.3%と7割近い。つまり「半数以上は裏切る」のだ。この数字を踏まえて「信じる」というのはなかなかに困難だ。

『ザ・ノンフィクション』では学以外にも、元犯罪者を支援する人を多く取り上げているが、そういった人たちを周囲の人は「神様みたいな人」とよく話している。「相当信じにくい人を信じ、手を差し伸べることができる」というのは、確かに人知を超えた、神の領域に思える。

 次週は今回の後編。学は、支援している高野の様子がおかしいことに気づく。

※再犯率は以下を参考にしています。
公益財団法人麻薬・覚せい剤乱用防止センター

『ザ・ノンフィクション』半年に及ぶコロナ自粛の影響「禍の中でこの街は ~新宿二丁目とコロナと私~」

日曜昼のドキュメント『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)。10月18日は「禍の中でこの街は 後編 ~新宿二丁目とコロナと私~」~」というテーマで放送された。

あらすじ

 LGBTの人たちが集う新宿二丁目。この地に1968年に創業し、半世紀以上の歴史を持つショーパブ『白い部屋』は、2020年3月末、都が新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐための休業要請を出す3日前から休業に踏み切った。72歳のコンチママは50年以上店を切り盛りし、バブル崩壊やリーマンショックも乗り越えてきたが、新型コロナウイルスに対しては「きついですよ」と話す。そんなコンチママは人気YouTuberのアディーを店に誘うなど、生き残りのための模索を続ける。

 白い部屋は2カ月以上もの休業後、6月19日に営業を再開。再開日は多くの客で盛り上がった。しかしその後新宿歌舞伎町のホストクラブでクラスターが発生。連日連夜、歌舞伎町全体を責めるような論調の報道も続き、歌舞伎町の隣に位置する新宿二丁目も客足が遠のいてしまう。コンチママは週6だった店の営業を週3に減らす。

 店を閉めたままでは家賃など固定費だけが発生し、一方、店を開けてもキャストの日給が発生し、肝心の客足も思わしくない。コンチママは銀行から2000万円を借り、「自分の中で辞めたいという気持ちと、あの子たち(キャスト)がいるからやらなきゃいけない気持ち裏表ある」と複雑な心境を番組スタッフに話す。

 一方、キャストにしてみれば店が開かなければ日給がもらえない。週6営業が週3へ減り、その方針を受け店のキャストの6人がこの夏で辞める。一方でベテランキャストのかんたは白い部屋のスタッフを誘い休業日にバーを開くなど奮闘を続けるも、かんたに新型コロナウイルス陽性が判明し、PCR検査の結果8人のスタッフに感染が確認され、店は再度の休業に入ることになる。 9月、白い部屋はようやく営業を再開し、店を去るキャストのラストステージでは、去るキャスト、コンチママともに涙をぬぐっていた。一方でアディーをはじめ新キャスト3名が加わり、白い部屋は営業を続けている。

 「コロナ禍のナイトワーカー」が置かれた状況はこの先も明るいとはいえず、果てしなく暗い気持ちになりそうなものだが、白い部屋のベテランキャスト、かんたは明るさを忘れない気高い人に見えた。休業日が増え、不安を抱える白い部屋のスタッフを誘いバーを開くなど行動力があり、国や都の方針に対しては気持ちいいほどの啖呵を切り(前編参照)、バーでは陽気に酒を飲み「生き生きとしなきゃダメよ」と話す。

 かんたは新型コロナウイルスに感染したことを関係者や撮影スタッフにも詫びていたが、感染のための対策をしながら、自分や、白い部屋のキャストたちを生かす方向を必死に模索していたのだ。それだけに「そんなに謝らなくていいのに」とも思った。

 そんなかんたの仕事への情熱は、コロナ回復後も番組を見る限り変わらないように見えたが、一方で、かんたのように「生き生きと」行動できる人は多くはないだろう。

 現に今、コロナが騒がれ始めた3月の頃より物事に対して「やる気」が起きなくなっている人は少なくないように思う。習慣の力というのは非常に大きいので、3月から「何かとセーブした生活」を半年以上続ければ、やる気を出しにくい状態になってしまうのも無理はない。前編の放送を見た際、新型コロナウイルスの脅威は、その毒性そのものよりも、感染したときに会社や地域社会に居づらくなってしまうのでは、と「萎縮してビビること」と挙げたが、こうしてみると、「萎縮する」先にある「やる気が起きない」ことのほうが真の脅威にも思える。

 やる気や、かんたの言うところの「生き生き」とした気持ちばかりは人から言われて湧き出るようなものではなく、自分の心の中からでしか立ち上がってこないものだ。やる気スイッチを押すのは、結局は自分自身だ。

 しかし、「やる気や気力はコロナのせいで損なわれたのだ」というのも少し違う気がする。国語の教科書にも掲載されている、茨木のり子の「自分の感受性くらい」という詩がある。自分の気持ちが廃れていくのを時代や状況のせいにせず、自分の感受性を守るのは結局自分しかいないのだ、という手厳しくも凛々しく力強い詩だ。茨木は1926年生まれなので、戦時下の状況を読んだ詩なのかもしれない。コロナも悪いが、コロナのせいだけでもなく、コロナがたまたまあぶりだした己自身の問題もあるのだと思う。

 白い部屋ではないが、かつて私も新宿二丁目のショーパブに行ったことがある。10年以上前、母が上京したときに乗ったはとバス東京観光一日ツアーの締めくくりに入っていたのだ。

 「はとバスのお得なツアーで来た皆さ~ん」とキャストの客いじりでどっと沸いたあと、コミカルなショーから華やかでダイナミックなダンスまで、白い部屋同様に次から次に目まぐるしくステージが変化していく様は贅沢で圧巻で、感動のあまりキャストとツーショットチェキを撮ってしまったほどだ。

 これまでにコンサート、舞台などをいくつか見たし、ニューヨークでブロードウェイの舞台も見たが、個人的には二丁目のこのショーが生で見た舞台のナンバーワンだと思っている。演出や振付が優れているというのはもちろんあるだろうし、また、白い部屋同様、舞台と客席が近いため、笑える舞台もかっこいい舞台もとにかく心に迫るものがあるのだ。

 踊るキャストの息遣いやステップを踏んだ振動が客席まで伝わる。これはスマホの画面越しでは絶対伝わらないだろう。「迫力」とはよく言ったものだと思う。自分の感受性を自分で守るためにも二丁目のショーで、心に風穴を開けに行こうと思う。

 次週の『ザ・ノンフィクション』は「母の涙と罪と罰 2020 前編 ~元ヤクザ マナブとタカシの5年~」。元ヤクザのマナブとタカシが、更生のため生きる日々。なお、マナブとタカシが登場した前回の『ザ・ノンフィクション』の記事はこちらになる。

『ザ・ノンフィクション』半年に及ぶコロナ自粛の影響「禍の中でこの街は ~新宿二丁目とコロナと私~」

日曜昼のドキュメント『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)。10月18日は「禍の中でこの街は 後編 ~新宿二丁目とコロナと私~」~」というテーマで放送された。

あらすじ

 LGBTの人たちが集う新宿二丁目。この地に1968年に創業し、半世紀以上の歴史を持つショーパブ『白い部屋』は、2020年3月末、都が新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐための休業要請を出す3日前から休業に踏み切った。72歳のコンチママは50年以上店を切り盛りし、バブル崩壊やリーマンショックも乗り越えてきたが、新型コロナウイルスに対しては「きついですよ」と話す。そんなコンチママは人気YouTuberのアディーを店に誘うなど、生き残りのための模索を続ける。

 白い部屋は2カ月以上もの休業後、6月19日に営業を再開。再開日は多くの客で盛り上がった。しかしその後新宿歌舞伎町のホストクラブでクラスターが発生。連日連夜、歌舞伎町全体を責めるような論調の報道も続き、歌舞伎町の隣に位置する新宿二丁目も客足が遠のいてしまう。コンチママは週6だった店の営業を週3に減らす。

 店を閉めたままでは家賃など固定費だけが発生し、一方、店を開けてもキャストの日給が発生し、肝心の客足も思わしくない。コンチママは銀行から2000万円を借り、「自分の中で辞めたいという気持ちと、あの子たち(キャスト)がいるからやらなきゃいけない気持ち裏表ある」と複雑な心境を番組スタッフに話す。

 一方、キャストにしてみれば店が開かなければ日給がもらえない。週6営業が週3へ減り、その方針を受け店のキャストの6人がこの夏で辞める。一方でベテランキャストのかんたは白い部屋のスタッフを誘い休業日にバーを開くなど奮闘を続けるも、かんたに新型コロナウイルス陽性が判明し、PCR検査の結果8人のスタッフに感染が確認され、店は再度の休業に入ることになる。 9月、白い部屋はようやく営業を再開し、店を去るキャストのラストステージでは、去るキャスト、コンチママともに涙をぬぐっていた。一方でアディーをはじめ新キャスト3名が加わり、白い部屋は営業を続けている。

 「コロナ禍のナイトワーカー」が置かれた状況はこの先も明るいとはいえず、果てしなく暗い気持ちになりそうなものだが、白い部屋のベテランキャスト、かんたは明るさを忘れない気高い人に見えた。休業日が増え、不安を抱える白い部屋のスタッフを誘いバーを開くなど行動力があり、国や都の方針に対しては気持ちいいほどの啖呵を切り(前編参照)、バーでは陽気に酒を飲み「生き生きとしなきゃダメよ」と話す。

 かんたは新型コロナウイルスに感染したことを関係者や撮影スタッフにも詫びていたが、感染のための対策をしながら、自分や、白い部屋のキャストたちを生かす方向を必死に模索していたのだ。それだけに「そんなに謝らなくていいのに」とも思った。

 そんなかんたの仕事への情熱は、コロナ回復後も番組を見る限り変わらないように見えたが、一方で、かんたのように「生き生きと」行動できる人は多くはないだろう。

 現に今、コロナが騒がれ始めた3月の頃より物事に対して「やる気」が起きなくなっている人は少なくないように思う。習慣の力というのは非常に大きいので、3月から「何かとセーブした生活」を半年以上続ければ、やる気を出しにくい状態になってしまうのも無理はない。前編の放送を見た際、新型コロナウイルスの脅威は、その毒性そのものよりも、感染したときに会社や地域社会に居づらくなってしまうのでは、と「萎縮してビビること」と挙げたが、こうしてみると、「萎縮する」先にある「やる気が起きない」ことのほうが真の脅威にも思える。

 やる気や、かんたの言うところの「生き生き」とした気持ちばかりは人から言われて湧き出るようなものではなく、自分の心の中からでしか立ち上がってこないものだ。やる気スイッチを押すのは、結局は自分自身だ。

 しかし、「やる気や気力はコロナのせいで損なわれたのだ」というのも少し違う気がする。国語の教科書にも掲載されている、茨木のり子の「自分の感受性くらい」という詩がある。自分の気持ちが廃れていくのを時代や状況のせいにせず、自分の感受性を守るのは結局自分しかいないのだ、という手厳しくも凛々しく力強い詩だ。茨木は1926年生まれなので、戦時下の状況を読んだ詩なのかもしれない。コロナも悪いが、コロナのせいだけでもなく、コロナがたまたまあぶりだした己自身の問題もあるのだと思う。

 白い部屋ではないが、かつて私も新宿二丁目のショーパブに行ったことがある。10年以上前、母が上京したときに乗ったはとバス東京観光一日ツアーの締めくくりに入っていたのだ。

 「はとバスのお得なツアーで来た皆さ~ん」とキャストの客いじりでどっと沸いたあと、コミカルなショーから華やかでダイナミックなダンスまで、白い部屋同様に次から次に目まぐるしくステージが変化していく様は贅沢で圧巻で、感動のあまりキャストとツーショットチェキを撮ってしまったほどだ。

 これまでにコンサート、舞台などをいくつか見たし、ニューヨークでブロードウェイの舞台も見たが、個人的には二丁目のこのショーが生で見た舞台のナンバーワンだと思っている。演出や振付が優れているというのはもちろんあるだろうし、また、白い部屋同様、舞台と客席が近いため、笑える舞台もかっこいい舞台もとにかく心に迫るものがあるのだ。

 踊るキャストの息遣いやステップを踏んだ振動が客席まで伝わる。これはスマホの画面越しでは絶対伝わらないだろう。「迫力」とはよく言ったものだと思う。自分の感受性を自分で守るためにも二丁目のショーで、心に風穴を開けに行こうと思う。

 次週の『ザ・ノンフィクション』は「母の涙と罪と罰 2020 前編 ~元ヤクザ マナブとタカシの5年~」。元ヤクザのマナブとタカシが、更生のため生きる日々。なお、マナブとタカシが登場した前回の『ザ・ノンフィクション』の記事はこちらになる。

『ザ・ノンフィクション』「うちらに死ねって言うの?」ショーパブキャストの啖呵「禍の中でこの街は ~新宿二丁目 コンチママの苦悩~」

日曜昼のドキュメント『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)。10月12日は「禍の中でこの街は 前編 ~新宿二丁目 コンチママの苦悩~」というテーマで放送された。

あらすじ

 LGBTの人たちが集う新宿二丁目。この地に1968年に創業し、半世紀以上の歴史を持つショーパブ『白い部屋』は、2020年3月末、都が新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐための休業要請を出す3日前から休業をはじめた。72歳のコンチママは50年以上店を切り盛りし、バブル崩壊やリーマンショックも乗り越えてきたが、新型コロナウイルスに対しては「きついですよ」と話す。

 白い部屋は客席20席ほどで、畳3帖程度のステージで10人以上のキャストが入れ替わり立ち代わり踊る、客席を巻き込むような「近さ」が持ち味だったが、密を避けるため振り付けも変更を余儀なくされる。コンチママも人気YouTuberのアディーを店に誘うなど、生き残りのための模索を続ける。

 白い部屋は2カ月以上もの休業後、6月19日に営業を再開。再開日は多くの客で盛り上がった。しかしその後新宿歌舞伎町のホストクラブでクラスターが発生。連日連夜、歌舞伎町全体を責めるような論調の報道も続き、歌舞伎町の隣に位置する新宿二丁目も客足が遠のいてしまう。7月中旬にスタッフが白い部屋を訪れた際に店には客がいなかった。コンチママは週6だった店の営業を週3に減らす。

 店を閉めたままでは家賃など固定費だけが発生し、一方、店を開けてもキャストの日給が発生し、肝心の客足も思わしくない。コンチママは銀行から2000万円を借り、「自分の中で辞めたいという気持ちと、あの子たち(キャスト)がいるからやらなきゃいけない気持ち裏表ある」と銀行関連のものや助成金など、さまざまな書類を前に複雑な心境を番組スタッフに話す。

 一方、キャストにしてみれば店が開かなければ日給がもらえない。週6営業が週3へ減り、店のキャストの6人がこの夏で辞めるという。一方でベテランキャストのかんたは新宿二丁目のほかの店と連携して期間限定のバーを作ろうと奮闘を続ける。

 開けても地獄、閉めても地獄の厳しい状況に置かれた白い部屋において、キャストのかんたが吐いた啖呵がかっこよかったので紹介したい。

「私は(感染者が)増えているからってビビってる都とか国が嫌いなの。想定内じゃないもともと。わかっていたことなのにさ。Withコロナって一切言わないでしょ今。Withコロナって言わないじゃん。言えっちゅうのよ」「うちらに死ねっていうの?」「ビビってんじゃねえ、もともと増えるに決まってんじゃん」

 かんたの言う通り、感染症なのだから、ワクチンが開発されそれが普及しない限り、社会生活をしていれば感染者は増えるに決まっている。そして、終わりがわからない以上、社会生活をまったくせずに閉じこもっているわけにもいかないのだ。

 現状における、新型コロナウイルスの「毒性」がさらに問題をややこしくしているようにも思う。新型コロナは高齢者、基礎疾患のある人にとっては命に関わる重篤な症状になりかねず、当人やそのような状況にある人と共に暮らす人には深刻な問題だが、一方で、該当しない人は、毒性をそれほどの脅威に捉えてない傾向があるように思う。

 そうした人々にとっての最大の脅威は、「実際、インフルエンザくらいなんじゃ……」と思っていても、そんなことを言ったら何か言われるのではないかと“勝手に”思って萎縮してしまうことや、もし自分が感染したときに、その感染源が通勤電車ならばともかく、ライブハウスやパチンコ屋、ホストクラブやショーパブということがわかったら、会社や地域社会に居づらくなってしまうのでは……と“ビビって”しまうことだと思う。コロナそのものより、コロナで生じた得体の知れない忖度がまずい。感染者が増えることなどわかっているのに、ビビっていることが、問題なのだと思う。

 そしてこういうときに、真っ先に槍玉に挙がるのが「遊興」の分野だ。コンチママと二人三脚でショーを作り上げてきた振り付け担当の女性は、自分たちのショーの仕事を「生きていくために必要なお米ではない」と話していた。2017年の映像で、白い部屋を訪ねた客が「ショーのある国は間違いなく平和です。おかまが生きている街は間違いなく安全です」とうれしそうに話していた。ショーを行えなくなってきて、それに伴い出演している人たちの生活が脅かされている状況とは、それまでより平和でも安全でもない社会、ということでもある。

 コロナを防ごうとすることで、明らかに社会に別の問題が浮上している。そしてその答えは一人ひとりがその時々の状況に応じたものを自分で考えていくしかないのだろう。個人的には「Go toの観光地で感染するのはまだギリギリセーフだけど、パチンコ屋やホストクラブやショーパブで感染はアウトだよね」という、“雰囲気”のようなものが存在しているのが、なんだかとても嫌だなと思う。

 本筋からはそれるが、コンチママが話していたことで気になることがあった。コンチママは、体の性が男性で心の性が女性の人が性別適合手術を受けることは反対のスタンスだが今の若い子は「止められない」と話していた。

 コンチママいわく、おっぱいを入れるのはいいが下(男性器)を取るのはダメ、とのことで、これはコンチママの主義というより、生殖器を取ることでホルモンバランスが崩れ、精神的に苦しくなってしまった人たちを見てきたから、とのことだった。

 医学的な根拠があるのかは番組を見る限りではわからなかったが、ホルモンが原因で精神的に苦しくなってしまうのは全員が全員ではないだろうと思う。「性適合手術さえ受ければ、万事解決すると思っていたのに」などの、理想と現実のギャップもあるだろう。

 しかし、私自身が生理前の不調やイライラといったPMSの症状がひどかった身として、「ホルモン」の四文字を出されると説得力も感じてしまう。あらためて「ホルモン」という、わずかな量でありながら体や精神を左右する、厄介で、かつ、頭と体は別個のものだと教えてくれる存在のことを意識させられた。

 次週の『ザ・ノンフィクション』は今回の後編。新型コロナウイルスで苦境に陥った新宿二丁目を、店の垣根を越えた期間限定バーイベントで乗り切ろう、と気を吐いていた白い部屋のベテランスタッフ・かんたが新型コロナウイルスに感染してしまう。

『ザ・ノンフィクション』「うちらに死ねって言うの?」ショーパブキャストの啖呵「禍の中でこの街は ~新宿二丁目 コンチママの苦悩~」

日曜昼のドキュメント『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)。10月12日は「禍の中でこの街は 前編 ~新宿二丁目 コンチママの苦悩~」というテーマで放送された。

あらすじ

 LGBTの人たちが集う新宿二丁目。この地に1968年に創業し、半世紀以上の歴史を持つショーパブ『白い部屋』は、2020年3月末、都が新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐための休業要請を出す3日前から休業をはじめた。72歳のコンチママは50年以上店を切り盛りし、バブル崩壊やリーマンショックも乗り越えてきたが、新型コロナウイルスに対しては「きついですよ」と話す。

 白い部屋は客席20席ほどで、畳3帖程度のステージで10人以上のキャストが入れ替わり立ち代わり踊る、客席を巻き込むような「近さ」が持ち味だったが、密を避けるため振り付けも変更を余儀なくされる。コンチママも人気YouTuberのアディーを店に誘うなど、生き残りのための模索を続ける。

 白い部屋は2カ月以上もの休業後、6月19日に営業を再開。再開日は多くの客で盛り上がった。しかしその後新宿歌舞伎町のホストクラブでクラスターが発生。連日連夜、歌舞伎町全体を責めるような論調の報道も続き、歌舞伎町の隣に位置する新宿二丁目も客足が遠のいてしまう。7月中旬にスタッフが白い部屋を訪れた際に店には客がいなかった。コンチママは週6だった店の営業を週3に減らす。

 店を閉めたままでは家賃など固定費だけが発生し、一方、店を開けてもキャストの日給が発生し、肝心の客足も思わしくない。コンチママは銀行から2000万円を借り、「自分の中で辞めたいという気持ちと、あの子たち(キャスト)がいるからやらなきゃいけない気持ち裏表ある」と銀行関連のものや助成金など、さまざまな書類を前に複雑な心境を番組スタッフに話す。

 一方、キャストにしてみれば店が開かなければ日給がもらえない。週6営業が週3へ減り、店のキャストの6人がこの夏で辞めるという。一方でベテランキャストのかんたは新宿二丁目のほかの店と連携して期間限定のバーを作ろうと奮闘を続ける。

 開けても地獄、閉めても地獄の厳しい状況に置かれた白い部屋において、キャストのかんたが吐いた啖呵がかっこよかったので紹介したい。

「私は(感染者が)増えているからってビビってる都とか国が嫌いなの。想定内じゃないもともと。わかっていたことなのにさ。Withコロナって一切言わないでしょ今。Withコロナって言わないじゃん。言えっちゅうのよ」「うちらに死ねっていうの?」「ビビってんじゃねえ、もともと増えるに決まってんじゃん」

 かんたの言う通り、感染症なのだから、ワクチンが開発されそれが普及しない限り、社会生活をしていれば感染者は増えるに決まっている。そして、終わりがわからない以上、社会生活をまったくせずに閉じこもっているわけにもいかないのだ。

 現状における、新型コロナウイルスの「毒性」がさらに問題をややこしくしているようにも思う。新型コロナは高齢者、基礎疾患のある人にとっては命に関わる重篤な症状になりかねず、当人やそのような状況にある人と共に暮らす人には深刻な問題だが、一方で、該当しない人は、毒性をそれほどの脅威に捉えてない傾向があるように思う。

 そうした人々にとっての最大の脅威は、「実際、インフルエンザくらいなんじゃ……」と思っていても、そんなことを言ったら何か言われるのではないかと“勝手に”思って萎縮してしまうことや、もし自分が感染したときに、その感染源が通勤電車ならばともかく、ライブハウスやパチンコ屋、ホストクラブやショーパブということがわかったら、会社や地域社会に居づらくなってしまうのでは……と“ビビって”しまうことだと思う。コロナそのものより、コロナで生じた得体の知れない忖度がまずい。感染者が増えることなどわかっているのに、ビビっていることが、問題なのだと思う。

 そしてこういうときに、真っ先に槍玉に挙がるのが「遊興」の分野だ。コンチママと二人三脚でショーを作り上げてきた振り付け担当の女性は、自分たちのショーの仕事を「生きていくために必要なお米ではない」と話していた。2017年の映像で、白い部屋を訪ねた客が「ショーのある国は間違いなく平和です。おかまが生きている街は間違いなく安全です」とうれしそうに話していた。ショーを行えなくなってきて、それに伴い出演している人たちの生活が脅かされている状況とは、それまでより平和でも安全でもない社会、ということでもある。

 コロナを防ごうとすることで、明らかに社会に別の問題が浮上している。そしてその答えは一人ひとりがその時々の状況に応じたものを自分で考えていくしかないのだろう。個人的には「Go toの観光地で感染するのはまだギリギリセーフだけど、パチンコ屋やホストクラブやショーパブで感染はアウトだよね」という、“雰囲気”のようなものが存在しているのが、なんだかとても嫌だなと思う。

 本筋からはそれるが、コンチママが話していたことで気になることがあった。コンチママは、体の性が男性で心の性が女性の人が性別適合手術を受けることは反対のスタンスだが今の若い子は「止められない」と話していた。

 コンチママいわく、おっぱいを入れるのはいいが下(男性器)を取るのはダメ、とのことで、これはコンチママの主義というより、生殖器を取ることでホルモンバランスが崩れ、精神的に苦しくなってしまった人たちを見てきたから、とのことだった。

 医学的な根拠があるのかは番組を見る限りではわからなかったが、ホルモンが原因で精神的に苦しくなってしまうのは全員が全員ではないだろうと思う。「性適合手術さえ受ければ、万事解決すると思っていたのに」などの、理想と現実のギャップもあるだろう。

 しかし、私自身が生理前の不調やイライラといったPMSの症状がひどかった身として、「ホルモン」の四文字を出されると説得力も感じてしまう。あらためて「ホルモン」という、わずかな量でありながら体や精神を左右する、厄介で、かつ、頭と体は別個のものだと教えてくれる存在のことを意識させられた。

 次週の『ザ・ノンフィクション』は今回の後編。新型コロナウイルスで苦境に陥った新宿二丁目を、店の垣根を越えた期間限定バーイベントで乗り切ろう、と気を吐いていた白い部屋のベテランスタッフ・かんたが新型コロナウイルスに感染してしまう。

『ザ・ノンフィクション』“幸せな家庭”で救われたいと願う人「あの日 妹を殺されて 後編 ~15年後の涙と誓い~」

日曜昼のドキュメント『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)。10月4日は「あの日 妹を殺されて 後編 ~15年後の涙と誓い~」というテーマで放送された。

あらすじ

 新大阪駅のほど近くにあるカンサイ建装工業。社長の草刈健太郎は犯罪加害者支援として企業7社と日本財団が2013年に開始した「職親プロジェクト」に関わっており、草刈自ら、面接のため全国の刑務所や少年院を月に一度訪ねる日々を送る。「雇ってみなわからへん」と基本、断らずに全員採用。ただし、身元を引き受けたあとすぐ姿を消されてしまうことも多いという。早く出所するために利用されるのだ。

 裏切られることも多い加害者更生支援を草刈が続けるのには理由がある。2005年、草刈は7歳下の妹の福子さんをアメリカで殺害され喪った。犯人は福子さんが現地で結婚した夫だ。犯罪被害者を減らすには、まず加害者を減らすことが大事であり、「妹に『やれ』って言われてる気がする」と草刈は加害者支援を続ける。同社では7年間で18人の犯罪加害者を雇い、今3人が働いている。

 刑務所では受刑者の社会復帰のため企業が協力した社会復帰準備訓練を行っており、草刈もそれに携わっている。しかし新型コロナウイルスの影響で3月に行うはずだった会議は延期に次ぐ延期で8月まで伸び、また、実技訓練などによるクラスタ発生を警戒し実技を外すなどの規模の縮小が会議の席では検討されていた。草刈は「また犯罪増えますよ。このコロナで」と話す。

 100回以上の窃盗を繰り返し少年院に入っていた19歳のワタルは職親プロジェクトで草刈と出会い、現在は別の建設会社で働いている。ワタルを雇っている社長、山田秀音も窃盗で少年院に入った経験がある。山田は当時を「(母親に対し)自分で産んでるんだから責任とれよと思って悪いことをしていた」と「ただのクズです」と振り返る。山田は少年院で家族から届いた段ボール一杯もの手紙を受け取り改心し、現在は、ワタルを雇うなど、加害者の支援を続けると同時に、胃がんの母親を支えている。

 23歳のカズキは幼少期に母親が父親を殺害するという壮絶な経験をし、19歳で障害や暴走行為で逮捕される。草刈がカズキを引き取り、就職し職人として独立、結婚もして娘もでき、将来的には人を救うため理学療法士になるという目標もできて、順調に更生しているように見えた。しかし育児の方針をめぐり妻と不仲になり、妻に手を上げ逮捕される。妻とは離婚となり再度カズキは草刈の会社の寮に入ることになる。

 異色なのが31歳のシングルマザー、エリだ。草刈の会社で事務として働くエリは逮捕されるようなことはしていないのだが、離婚後、荒れた生活を送るエリに業を煮やした父親から草刈のもとに預けられ、現在は娘と離れて寮で生活している。カラオケで娘を思う歌を歌い涙していた。

 そんな中、草刈のもとには妹・福子さんと福子さんを殺害した夫の上司だった人物が訪ねてくる。夫は、福子さんが男性同僚数人とカラオケに行ったことに抗議するような嫉妬深い人物で、カッとなったら手が上がるような人だった、と伝えた。なお、福子さんの夫は逮捕された当初は精神鑑定を求めたり、その後は福子さんに好きな男ができたと言われカッとなった、と話している。草刈は犯人に対し「『許す』という言葉も言えないし」「恨み続けるのもしんどい」「結論はでぇへんちゃいますか。周りの人間が、最後まで」と心境を吐露した。

 カズキは幼少期に母親が父親を殺害するという悲惨な経験をしている。将来はリハビリなどを支える理学療法士を目指しているが、その理由も「人を支えたい」というものだった。

 結婚して子どもが生まれ、順調そうに見えたカズキの生活は、妻への暴力で崩壊する。離婚され娘には会えない中、草刈はカズキに「(カズキは過去に理学療法士になりたい理由を)人助けのような仕事がやりたい」って言ってたけどお前が患者や」と的確に指摘していた。

 それこそ草刈のような強い信念に基づき、実績を残す「人を救う」人もいるが、カズキのような「本当は自分が救われたがっているのに、人を救いたがる人」も、少なくないように思える。カズキはまず自分自身を救った方がいいのではないだろうか。

 また、カズキは家庭願望が強かったというのも切ない。自身の不幸な経験から、幸せな家庭を築くことで救われたかったのかもしれない。だが「幸せな家庭を築きたい」と「幸せな家庭を築くことで救われたい」は違う。後者の場合、本当の目的は「救われたい」であり、別にそれは「幸せな家庭を築く」以外にも方法があるだろう。家庭以外にも自分を救う手段はあるはずなのに、家庭という単位に固執してしまう人は、カズキ以外にもいるように思える。

31歳で親から「矯正」を依頼されるエリ

 不思議だったのはエリだ。エリは逮捕されるようなことはしていないのだが、荒んだ生活を送っていることにを両親から相談された草刈は「更生させるのは誰でも一緒」と受け入れた。この状況だけ見ると10代の不良少女をイメージするかもしれないが、エリは小学生の娘がいる31歳のシングルマザーだ。

 番組内でのエリは、関西ノリで軽口を叩く明るい女性という感じで、エリの「荒れた生活」が果たしてどのような荒れ方だったのかは見えてこなかった。エリは親から「あんたが育て方間違えたから、今娘を(代わりに)育ててんで」とまで言われたという。

 一方でエリも、親に言われっぱなしで娘まで取り上げられ、かつ31歳と大人なのだから、娘を奪還し二人で暮らす選択肢だって取れるはずだ。それをしないあたりは、「荒んだ生活」の自覚がエリにもあったのかもしれない。いったい、エリは何をしでかしてしまったのだろう。

10代の荒れる少年少女に対しては支援の手はあるが、30代の荒れる大人に差し伸べられる手の数は少ない。「大人なんだから自分でなんとかしろ」はもっともなのだが、自分でなんとかできないから荒れているのだ。荒れた大人はどうすればいいのだろう。

 次回のザ・ノンフィクションは『禍の中でこの街は 前編 ~新宿二丁目 コンチママの苦悩~』。LGBTが集う新宿二丁目で、50年以上のもっとも長い歴史を持つショーパブ「白い部屋」。72歳のコンチママが新型コロナウイルスの猛威に立ち向かう。

『ザ・ノンフィクション』支援者を“裏切る”犯罪加害者の心情とは「あの日 妹を殺されて 前編 ~罪を憎む男が選んだ道~」

日曜昼のドキュメント『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)。9月27日は「あの日 妹を殺されて 前編 ~罪を憎む男が選んだ道~」」というテーマで放送された。

あらすじ

 新大阪駅のほど近くにあるカンサイ建装工業。社長の草刈健太郎は犯罪加害者支援として企業7社と日本財団が2013年に開始した「職親プロジェクト」に関わっており、草刈自ら、面接のため全国の刑務所や少年院を月に一度訪ねる日々を送る。「雇ってみなわからへん」と基本、断らずに全員採用。ただし、身元を引き受けたあとすぐ姿を消されてしまうことも多いという。早く出所するために利用されたのだ。

 裏切られることも多い加害者支援を草刈が続けるのには理由がある。2005年、草刈は7歳下の妹の福子さんをアメリカで殺害され喪った。犯人は福子さんが現地で結婚した夫だった。犯罪被害者を減らすには、まず加害者を減らすことが大事であり、「妹に『やれ』って言われてる気がする」と草刈は加害者支援を続ける。

 同社では7年間で18人の犯罪加害者を雇い、今3人が働いているという。そのうちのスグルは元窃盗犯だったため、マンションの大規模修繕工事において、競合会社がマンション住民に窃盗の元受刑者がいることを言いふらし、6億の受注を逃すこともあったという。スグルは草刈のことを「神様みたいな感じ」と話し、仕事の幅を広げようと国家資格、一級塗装技能士の勉強に励んでいる。

 同社の社員寮の寮長であるコウスケは米国の名門、コーネル大学を卒業し、その後は大手商社で年収2000万を稼いでいた超エリートだったが、覚醒剤の使用と所持で懲役2年、執行猶予4年の判決を受ける。草刈のことを知りメールを送り、今は同社の営業として働くだけでなく、恩返しをしたいと、寮長として寮に閉じこもる後輩がいたら声をかけていきたいと話す。

 一方で一時期同社で働き、その後自立するからと会社を辞めた22歳のタケオは、特殊詐欺グループの活動に加担してしまったことを、草刈に告白する。草刈はタケオが出頭するのに付き添い、その後番組スタッフに「草刈アホちゃうか、甘やかしすぎちゃうかと(言われるかもしれないが)、誰かやらんとね。キツく言うて逃げてしまったらまたアカンわけやし」と話した。なお、番組内で紹介された法務省「犯罪白書」によると、犯罪自体は減少傾向だが、再犯率は増加傾向にあり、2019年度は過去最悪の48.8%だという。

 再犯率48.8%。ほぼ2人に1人が再犯していることになるが、捕まっていない人も考えると、実質は「2人に1人以上」なのかもしれない。

 普通はとらないであろう「犯罪」という手段に手を染めてしまう人というのは、そうでない人より「投げやりで短絡的」な部分があるように思う。そんな人が「キツい状況」に置かれれば、ますますその行動は短絡的で投げやりになってしまうだろう。草刈が言うように、「キツく言うて」しまったら、犯罪に再び手を染めかねない。

 「犯罪を犯したのだから、キツイ状況にあって当たり前だ、それが償いだ」とする考えや、被害者や被害者家族の心情もあるだろう。一方で、キツイ状況にあれば、再犯率を減らすことは難しくなる。犯罪加害者の“その後”のあり方には、明確な一つの答えなど存在しない。非常に難しいバランスだ。その結果、再犯率が上がり続け48.8%にまでなった数値を、国はどう考えているのだろう。

手を差し伸べてくれる人を「試して」しまう22歳のタケオ

 スグルやコウスケのように、草刈の恩に報いたいと懸命に頑張る人もいる一方で、行方をくらましたり、再犯に手を染めてしまう人もいる。

 そういった「裏切ってしまう」側の心境というのは、どういったものなのだろうと思っていたが、カンサイ建装工業に入り、一度は更生を目指すも特殊詐欺グループに加担してしまった22歳のタケオが、胸中を話していた。

「自分の中で(他人を)信用できない、でもこの人ちょっとだけでも信用したい。その二つの感情がしんどかった。だから結局、人を裏切るのも、その人を試しているじゃないけど……」

 タケオは母親から壮絶な虐待を受け育っていると話していた。なので人を信じられない。信じられないから、手を差し伸べてくれる人に対し、裏切りなどの形でそれでも自分を見捨てないかと試してしまう。タケオの発言からは、「試す」ことで人から失望されてしまうこともわかっているのだが、それでも試すことをやめられない、という、どうしようもないほどの業を感じた。

 草刈や加害者支援をしている人たちは、それでも支援の手を差し伸べてくれるだろうが、大抵の人はうんざりして、関わりたくないと遠ざかってしまうだろう。それでは、犯罪加害者はますます孤立してキツイ状況に立ってしまう。

 タケオに限らず、人を試すような言動をとる人はいる。追い詰められている人ほど信じることが怖く、不安から人を試してしまうのだろう。それが、ますますその人を孤立させ追い詰めていく。他者には、そうした姿は人とつながり、健やかに生きることを拒絶するように見え、破滅願望と似たものすら感じさせる。そんな中、彼らが「悪い仲間」と出会ったら、あっという間に染まっていってしまうかもしれない。

 来週の『ザ・ノンフィクション』は今回の続編。15年前、福子さんが殺害された事件の詳細を知る人が草刈を訪ねる。