『ザ・ノンフィクション』日本で最も早く新型コロナに翻弄された街「コロナと中華街 ~私はこの街で生きていく~」

日曜昼のドキュメント『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)。9月20日は「コロナと中華街 ~私はこの街で生きていく~」というテーマで放送された。

あらすじ

 横浜中華街で40年営業を続ける広東料理店「龍鳳酒家」。渡り蟹のあんかけ炒飯と、具だくさんの広東風チマキが名物で、行列ができるほどの人気店だったが、新型コロナウイルス問題以降は客足が途絶える。売り上げはコロナ前の3割ほどまで激減し、店を創業した華僑二世の梁瀬隆治は「(店を)開けても地獄だし閉めても地獄」と苦しい現状を話す。

 中華街は日本で最も早く新型コロナウイルスに翻弄された街だ。新型コロナウイルスは中国、武漢が発生源と言われており、さらに大勢の感染者が乗ったダイヤモンド・プリンセス号の停泊地は中華街から近い大黒ふ頭だ。番組内で放送された緊急事態宣言直後の中華街は、「当面の間休業します」と張り紙が貼られた店が続き、人もまったく歩いておらず、シャッター商店街のようになっていた。緊急事態宣言解除後も客足は思わしくない。

 横浜中華街発展会には「中国人はゴミだ!細菌だ!悪魔だ!迷惑だ!早く日本から出ていけ!」と赤い字で、書かれた手紙が届いたり、街の門に「去れ」と書かれたりなど、心無い中傷もあったという。

 春節を祝う祭りや毎年ゴールデンウイークに行われている横浜開港記念みなと祭のパレードも中止になる中で、6月、中華街では街を挙げて疫病退散の神事の儀式を行う。カラフルな獅子舞が踊りドラが鳴る光景に、報道陣や観光客が集まり、久しぶりに中華街はにぎやかな一日となった。これを皮切りに、という関係者の願いもあったものの、7月に神奈川県は再度の感染拡大で警戒アラートを発令し、中華街への客足はまた途絶えてしまう。

 隆治の一人娘の郁瑛は「龍鳳酒家」の3階にある自宅で育ち、もともとは介護の仕事をしていたが両親に請われ店に入っている。「70すぎの父、60すぎの母、朝から晩まで頑張って、もちろん叔父もそうなんですけど、一番若い私がもうしんどいよ、辞めようよっていうのはちょっと……」とコロナ禍で複雑な心境を抱いているという。郁瑛は、中華弁当のデリバリーを始め、自ら自転車に乗り宅配をしたり、SNSを活用して仕入れの様子を発信するなど、店の生き残りのため必死の模索を続ける。

 「(店を)開けても地獄だし閉めても地獄」という隆治の発言は、中華街に限らず今全国で飲食業や宿泊業、接客業をしている人の本音だろうと思う。

 総務省統計局では5年に一度、「経済センサス」という経済活動の状態の調査を行っているが、平成24年における同資料を見ると、「宿泊業、飲食サービス業」従事者は日本全国で542万832人とあり、合計に占める割合は9.7%とある。働いている人の10人に1人は飲食、宿泊業従事者であり、500万人以上が「開けるも地獄、閉めるも地獄」といった状況下にいるのだ。

 そして宿泊業、飲食サービス業が苦境にある、ということは、そういった事業者に商品を提供している「卸売り、小売り」業界も苦戦するということだ。番組内でも郁瑛が早朝に横浜の市場で海鮮を仕入れていたが、日ごろはセリの声がにぎやかに飛び交うという市場も閑散としていた。

 なお経済センサスによると「卸売業、小売業」の従事者は1,174万6,468人で全体の21%を占め、ほかのどの業種よりも従事者が多い。宿泊業、飲食サービス業と足すと、全労働人口の3割にもなる。3割の人がかつてない危機にいて、そしてコロナの「終わり」は現時点で誰もわからない。

 郁瑛は番組の最後に、このコロナ禍の状況をマラソンにたとえていた。耐え忍びリタイアせずに走り続けていかないといけない、というのはまさにマラソンだが、マラソンならまだ42キロ先にゴールという終わりが明確にあるから頑張れるところがある。コロナはマラソンよりもさらに過酷ではないだろうか。

鬱憤は立場の弱い人に向かう

 私は新型コロナウイルスそのものの脅威はもちろんのこと、感染拡大で委縮や忖度を余儀なくされる世界において、鬱憤やストレスが蓄積されることのほうが怖い。そういったストレスのはけ口は、立場の弱い人に向かいがちだ。外国人排斥、差別はそのもっとも安直な例だろう。中華街に届いた心無い誹謗中傷の手紙はその一例だ。

 さまざまな不満、不安によるストレスや鬱憤は外国人排斥、差別の風潮に向かい、そして世界がギスギスしていく構図は、世界恐慌から第二次世界大戦の流れに少し似ているように思う。国民の不安、不満をそらすため、外国に対し強硬な姿勢を取り、国民の不満をガス抜きしているのだろうなと思える政治家もいる。

 私たち一人ひとりも心に余裕があれば人に優しくできるが、貧しくなってもそれを続けることはなかなか難しい。半年前に「皆でこのピンチを乗り切ろう」と言っていた人たちは、今はどうだろう。ゴールの見えない中、ギスギスしていく世の中を不安に思う。

 次週の『ザ・ノンフィクション』は「あの日 妹を殺されて 前編 ~罪を憎む男が選んだ道~」。大阪で会社を営む草刈健太郎は元受刑者を雇用し、社会復帰の支援を行っている。妹を殺され喪った過去のある草刈がなぜ受刑者支援を行うのか。その日々を見つめる。

『ザ・ノンフィクション』日本で最も早く新型コロナに翻弄された街「コロナと中華街 ~私はこの街で生きていく~」

日曜昼のドキュメント『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)。9月20日は「コロナと中華街 ~私はこの街で生きていく~」というテーマで放送された。

あらすじ

 横浜中華街で40年営業を続ける広東料理店「龍鳳酒家」。渡り蟹のあんかけ炒飯と、具だくさんの広東風チマキが名物で、行列ができるほどの人気店だったが、新型コロナウイルス問題以降は客足が途絶える。売り上げはコロナ前の3割ほどまで激減し、店を創業した華僑二世の梁瀬隆治は「(店を)開けても地獄だし閉めても地獄」と苦しい現状を話す。

 中華街は日本で最も早く新型コロナウイルスに翻弄された街だ。新型コロナウイルスは中国、武漢が発生源と言われており、さらに大勢の感染者が乗ったダイヤモンド・プリンセス号の停泊地は中華街から近い大黒ふ頭だ。番組内で放送された緊急事態宣言直後の中華街は、「当面の間休業します」と張り紙が貼られた店が続き、人もまったく歩いておらず、シャッター商店街のようになっていた。緊急事態宣言解除後も客足は思わしくない。

 横浜中華街発展会には「中国人はゴミだ!細菌だ!悪魔だ!迷惑だ!早く日本から出ていけ!」と赤い字で、書かれた手紙が届いたり、街の門に「去れ」と書かれたりなど、心無い中傷もあったという。

 春節を祝う祭りや毎年ゴールデンウイークに行われている横浜開港記念みなと祭のパレードも中止になる中で、6月、中華街では街を挙げて疫病退散の神事の儀式を行う。カラフルな獅子舞が踊りドラが鳴る光景に、報道陣や観光客が集まり、久しぶりに中華街はにぎやかな一日となった。これを皮切りに、という関係者の願いもあったものの、7月に神奈川県は再度の感染拡大で警戒アラートを発令し、中華街への客足はまた途絶えてしまう。

 隆治の一人娘の郁瑛は「龍鳳酒家」の3階にある自宅で育ち、もともとは介護の仕事をしていたが両親に請われ店に入っている。「70すぎの父、60すぎの母、朝から晩まで頑張って、もちろん叔父もそうなんですけど、一番若い私がもうしんどいよ、辞めようよっていうのはちょっと……」とコロナ禍で複雑な心境を抱いているという。郁瑛は、中華弁当のデリバリーを始め、自ら自転車に乗り宅配をしたり、SNSを活用して仕入れの様子を発信するなど、店の生き残りのため必死の模索を続ける。

 「(店を)開けても地獄だし閉めても地獄」という隆治の発言は、中華街に限らず今全国で飲食業や宿泊業、接客業をしている人の本音だろうと思う。

 総務省統計局では5年に一度、「経済センサス」という経済活動の状態の調査を行っているが、平成24年における同資料を見ると、「宿泊業、飲食サービス業」従事者は日本全国で542万832人とあり、合計に占める割合は9.7%とある。働いている人の10人に1人は飲食、宿泊業従事者であり、500万人以上が「開けるも地獄、閉めるも地獄」といった状況下にいるのだ。

 そして宿泊業、飲食サービス業が苦境にある、ということは、そういった事業者に商品を提供している「卸売り、小売り」業界も苦戦するということだ。番組内でも郁瑛が早朝に横浜の市場で海鮮を仕入れていたが、日ごろはセリの声がにぎやかに飛び交うという市場も閑散としていた。

 なお経済センサスによると「卸売業、小売業」の従事者は1,174万6,468人で全体の21%を占め、ほかのどの業種よりも従事者が多い。宿泊業、飲食サービス業と足すと、全労働人口の3割にもなる。3割の人がかつてない危機にいて、そしてコロナの「終わり」は現時点で誰もわからない。

 郁瑛は番組の最後に、このコロナ禍の状況をマラソンにたとえていた。耐え忍びリタイアせずに走り続けていかないといけない、というのはまさにマラソンだが、マラソンならまだ42キロ先にゴールという終わりが明確にあるから頑張れるところがある。コロナはマラソンよりもさらに過酷ではないだろうか。

鬱憤は立場の弱い人に向かう

 私は新型コロナウイルスそのものの脅威はもちろんのこと、感染拡大で委縮や忖度を余儀なくされる世界において、鬱憤やストレスが蓄積されることのほうが怖い。そういったストレスのはけ口は、立場の弱い人に向かいがちだ。外国人排斥、差別はそのもっとも安直な例だろう。中華街に届いた心無い誹謗中傷の手紙はその一例だ。

 さまざまな不満、不安によるストレスや鬱憤は外国人排斥、差別の風潮に向かい、そして世界がギスギスしていく構図は、世界恐慌から第二次世界大戦の流れに少し似ているように思う。国民の不安、不満をそらすため、外国に対し強硬な姿勢を取り、国民の不満をガス抜きしているのだろうなと思える政治家もいる。

 私たち一人ひとりも心に余裕があれば人に優しくできるが、貧しくなってもそれを続けることはなかなか難しい。半年前に「皆でこのピンチを乗り切ろう」と言っていた人たちは、今はどうだろう。ゴールの見えない中、ギスギスしていく世の中を不安に思う。

 次週の『ザ・ノンフィクション』は「あの日 妹を殺されて 前編 ~罪を憎む男が選んだ道~」。大阪で会社を営む草刈健太郎は元受刑者を雇用し、社会復帰の支援を行っている。妹を殺され喪った過去のある草刈がなぜ受刑者支援を行うのか。その日々を見つめる。

『ザ・ノンフィクション』言動の全てが“演技”がかった男「東京でビッグになりたい ~所持金10万円の上京ホームレス~」

日曜昼のドキュメント『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)。9月13日は「東京でビッグになりたい ~所持金10万円の上京ホームレス~」というテーマで放送された。

あらすじ

 今年2月に熊本から10万円を手に上京し、都内の公園でホームレス生活を送る22歳のサワガニケイタ。4月に番組スタッフが取材した際、「前澤さん(元ZOZO社長・前澤友作氏)を超えるような社長になりたいです」と豪語し、ソフトバンク孫正義社長にアポなし訪問しようとするなど、ビッグになろうと野心に燃えている男だ。SNSでは、そうした無鉄砲な日々を10万円の残金とともに記録している。なお、大学は中退し、パチンコでこしらえた借金が300万円あるという。

 名刺もないまま参加した名刺交換会で勧められたFX取引をスマホで始めたところ、元手の2万円は1週間で15万円近くまで上がる。その後資金は夏には700万円まで増え、かつて3日風呂に入れなかったケイタはブランドロゴや名称が露骨に出たヴェルサーチのネックレスやフェンディのシャツを買い、それまで汐留から六本木まで一時間かけ歩いていたのに、わずかな移動もタクシーを使うなど、わかりやすく成金ぶりを発揮する。

 8月、「一人の時間で何ができるかっていうのを故郷の方で考えようと思って」とはっきりしない理由で東京から去り地元に熊本に帰郷。現在は離婚した父親、母親の家をそれぞれ訪ね、FXで生計を立てている現状を伝える。全身ブランド品の一張羅で、2万円から700万円を稼いだ武勇伝を話すケイタに対し、母親は「怖いね」、妹は「非現実的すぎて何も思わんな 」、父親は「堅い会社に就職してくれればいいかなと思っていた。まあ俺の押し付けだったけどね」と全員いたって冷静な様子で、ひとまず帰郷したその日は穏やかに過ごしていた。

 9月、家族に報告ができてスッキリしたのか、ケイタは「熊本は居心地はいいけど自分を高めるなら東京かなって」とあっさり東京に戻り、「FX界でナンバーワンになる」「前澤さんとご飯を食べたいです」と相変わらずの調子で話す。

漫画の登場人物のような「演技がかった」言動

 ケイタは10万円を握りしめ、スーツケースひとつで上京したり、アポも取らずに孫社長に会いに行こうとしたり、社長に会えるかもしれないとの理由で高級ホテルのラウンジで張り込むなど、その行動はどれもドラマや漫画の登場人物のようだ。

 発言をみても、「親父の子どもでよかったと思ってる」という父親に向けての言葉や、SNSでの「人生が変わる瞬間ってこういうことか」という、おそらくFXで大勝したときの言葉も、どこか台詞のように聞こえた。

 ケイタは、おそらく演技がかった言動の持ち主なのだろう。そうした言動は、目の前にいる人を見ておらず、舞台の上から大勢に話しているようなわざとらしさを感じさせる。ケイタはSNSを活用していたが、そうした人にとって、SNSや動画などの不特定多数の人物に向けて発信できる場は、またとない舞台なのだろう。私自身にも、演技がかった部分があるため、ケイタを見ながら自分を棚に上げてイライラしたり、同族嫌悪も重なりげんなりしてしまった。

 番組を見る限り、ケイタ一家(両親と妹)には、そうした性質がないように見えた。母親は、ケイタを育てているときに育児ノイローゼ気味だったと明かし、「(ケイタへの)ギューが足りんかったかなぁって」と悔やんでいた。かつてケイタは母親に「ほかの子はみんな望まれて生まれているけど、俺だけ望まれていない子で適当に育てられているんじゃないか?」と言ったという。

 こうした言葉にも、どこか台詞めいたものを感じてしまう。もちろんケイタにとっては切実な感情の現れには違いないだろう。だが、言葉を額面通りに受け止めきれない気持ちにもなるのだ。そのすれ違いが、周囲とのコミュニケーションにもずれを生み、「生きづらさ」につながるようにも思える。

 しかし、私自身が、そうした台詞めいた、演技がかったことを言う人間だとして強く言いたいのは、本人にしてみたら、これが一番自然であり、素であり、楽であり、快適なのだ。逆に、いわゆる一般的な「自然体」こそが「不自然」で一番難しかったりする。

 こういうタイプは、「自然体」に生きることはおそらくできないし、そうしようとすると、おそらく生きる気力も同時に失っていく。なので、この性質を生かす方向に自分を置いていくのがいいのだろうと思う。

 とはいえ、ケイタのアポなし社長訪問など、浮足立ったことを選び地道さを避けるところや、金を稼いで何がしたいのかというところがすっぽり抜けているのはどうかと思う。FXは資金投入の仕方によっては資金がゼロになるどころか、パチンコで抱えた300万とは桁が違う借金を抱える可能性だってある。投資の世界で生き残る人は手堅い。派手な行動を好むケイタが、手堅く地道な投資ができるのか心配だ。

 だが、東京に進出したり、父親が薦めた「堅い会社に勤める」のではない生き方を模索するケイタの選択自体は、自然体で生きられない自分のことをわかっている良い選択だと思う。己の気質とうまく付き合い、使いこなしていってほしい。

 次週の『ザ・ノンフィクション』は「コロナと中華街 ~私はこの街で生きていく~」。日本で最も早く新型コロナに翻弄された町・横浜中華街。「日本から出ていけ」という心無い手紙も届く中、店を開け続けたある小さな中華料理店を見つめる。

『ザ・ノンフィクション』言動の全てが“演技”がかった男「東京でビッグになりたい ~所持金10万円の上京ホームレス~」

日曜昼のドキュメント『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)。9月13日は「東京でビッグになりたい ~所持金10万円の上京ホームレス~」というテーマで放送された。

あらすじ

 今年2月に熊本から10万円を手に上京し、都内の公園でホームレス生活を送る22歳のサワガニケイタ。4月に番組スタッフが取材した際、「前澤さん(元ZOZO社長・前澤友作氏)を超えるような社長になりたいです」と豪語し、ソフトバンク孫正義社長にアポなし訪問しようとするなど、ビッグになろうと野心に燃えている男だ。SNSでは、そうした無鉄砲な日々を10万円の残金とともに記録している。なお、大学は中退し、パチンコでこしらえた借金が300万円あるという。

 名刺もないまま参加した名刺交換会で勧められたFX取引をスマホで始めたところ、元手の2万円は1週間で15万円近くまで上がる。その後資金は夏には700万円まで増え、かつて3日風呂に入れなかったケイタはブランドロゴや名称が露骨に出たヴェルサーチのネックレスやフェンディのシャツを買い、それまで汐留から六本木まで一時間かけ歩いていたのに、わずかな移動もタクシーを使うなど、わかりやすく成金ぶりを発揮する。

 8月、「一人の時間で何ができるかっていうのを故郷の方で考えようと思って」とはっきりしない理由で東京から去り地元に熊本に帰郷。現在は離婚した父親、母親の家をそれぞれ訪ね、FXで生計を立てている現状を伝える。全身ブランド品の一張羅で、2万円から700万円を稼いだ武勇伝を話すケイタに対し、母親は「怖いね」、妹は「非現実的すぎて何も思わんな 」、父親は「堅い会社に就職してくれればいいかなと思っていた。まあ俺の押し付けだったけどね」と全員いたって冷静な様子で、ひとまず帰郷したその日は穏やかに過ごしていた。

 9月、家族に報告ができてスッキリしたのか、ケイタは「熊本は居心地はいいけど自分を高めるなら東京かなって」とあっさり東京に戻り、「FX界でナンバーワンになる」「前澤さんとご飯を食べたいです」と相変わらずの調子で話す。

漫画の登場人物のような「演技がかった」言動

 ケイタは10万円を握りしめ、スーツケースひとつで上京したり、アポも取らずに孫社長に会いに行こうとしたり、社長に会えるかもしれないとの理由で高級ホテルのラウンジで張り込むなど、その行動はどれもドラマや漫画の登場人物のようだ。

 発言をみても、「親父の子どもでよかったと思ってる」という父親に向けての言葉や、SNSでの「人生が変わる瞬間ってこういうことか」という、おそらくFXで大勝したときの言葉も、どこか台詞のように聞こえた。

 ケイタは、おそらく演技がかった言動の持ち主なのだろう。そうした言動は、目の前にいる人を見ておらず、舞台の上から大勢に話しているようなわざとらしさを感じさせる。ケイタはSNSを活用していたが、そうした人にとって、SNSや動画などの不特定多数の人物に向けて発信できる場は、またとない舞台なのだろう。私自身にも、演技がかった部分があるため、ケイタを見ながら自分を棚に上げてイライラしたり、同族嫌悪も重なりげんなりしてしまった。

 番組を見る限り、ケイタ一家(両親と妹)には、そうした性質がないように見えた。母親は、ケイタを育てているときに育児ノイローゼ気味だったと明かし、「(ケイタへの)ギューが足りんかったかなぁって」と悔やんでいた。かつてケイタは母親に「ほかの子はみんな望まれて生まれているけど、俺だけ望まれていない子で適当に育てられているんじゃないか?」と言ったという。

 こうした言葉にも、どこか台詞めいたものを感じてしまう。もちろんケイタにとっては切実な感情の現れには違いないだろう。だが、言葉を額面通りに受け止めきれない気持ちにもなるのだ。そのすれ違いが、周囲とのコミュニケーションにもずれを生み、「生きづらさ」につながるようにも思える。

 しかし、私自身が、そうした台詞めいた、演技がかったことを言う人間だとして強く言いたいのは、本人にしてみたら、これが一番自然であり、素であり、楽であり、快適なのだ。逆に、いわゆる一般的な「自然体」こそが「不自然」で一番難しかったりする。

 こういうタイプは、「自然体」に生きることはおそらくできないし、そうしようとすると、おそらく生きる気力も同時に失っていく。なので、この性質を生かす方向に自分を置いていくのがいいのだろうと思う。

 とはいえ、ケイタのアポなし社長訪問など、浮足立ったことを選び地道さを避けるところや、金を稼いで何がしたいのかというところがすっぽり抜けているのはどうかと思う。FXは資金投入の仕方によっては資金がゼロになるどころか、パチンコで抱えた300万とは桁が違う借金を抱える可能性だってある。投資の世界で生き残る人は手堅い。派手な行動を好むケイタが、手堅く地道な投資ができるのか心配だ。

 だが、東京に進出したり、父親が薦めた「堅い会社に勤める」のではない生き方を模索するケイタの選択自体は、自然体で生きられない自分のことをわかっている良い選択だと思う。己の気質とうまく付き合い、使いこなしていってほしい。

 次週の『ザ・ノンフィクション』は「コロナと中華街 ~私はこの街で生きていく~」。日本で最も早く新型コロナに翻弄された町・横浜中華街。「日本から出ていけ」という心無い手紙も届く中、店を開け続けたある小さな中華料理店を見つめる。

『ザ・ノンフィクション』ヤンキーではない「中卒」の実情「最終学歴は中卒だけど… ~ボクの働く場所~」

日曜昼のドキュメント『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)。8月30日は「最終学歴は中卒だけど… ~ボクの働く場所~」というテーマで放送された。

あらすじ

 原宿のベンチャー企業「ハッシャダイ」は17~24歳の若者に向けた半年間のインターンプログラム「ヤンキーインターン」事業を4年前から始め、350人以上の若者を社会に送り出している。今回の放送では、そこに集った4人の中卒男性にフォーカスを当てる。

 古河は母子家庭で育ち、生活保護を受けているため、働いて得たアルバイト代を差し引かれる生活を送ってきた。親孝行がしたいと話すも、ギラギラと上昇志向の強いほかの参加者とのギャップに苦しみ、リタイアしたいと申し出る。一度は説得されるが、結局インターンから離脱してしまう。安藤はビジネス書や自己啓発書を愛読しており、要約ノートまで作る勉強家だ。病弱な母と多忙な父親という家庭に育ち、妹の世話も安藤がしていたためレベルの低い高校へ進学することになり、結局中退してしまったという。インターンの電話営業では優秀な成績を残すも、「次」を目指し2カ月でヤンキーインターンから離脱する。

 次期に参加した浅見は明るく、輪の中心にいるムードメーカーだ。国立大の付属小学校に通うほど優秀だったが、両親の離婚で生活が荒れ高校を中退する。しかしもともとの頭の良さを生かし電話営業の成績も優秀だ。しかし、その浅見の倍以上の営業成績をたたき出すのが伊藤。遠慮のなさで、ぐいぐい営業先に食い込んでいく伊藤だが、貧しい母子家庭で育ち、母親が精神病を患い小学3年生から不登校だったという。

 浅見は伊藤をライバル視しており、一方伊藤は大胆な営業スタイルとは裏腹に、皆の輪に入りたいものの食事も一人で取るなど人付き合いに苦手意識がある。ハッシャダイの講師で、ヤンキーインターンの一期生でもある前田は気を利かせ二人を焼肉に誘う。

「ヤンキーインターン」の字面とは異なる経歴

 「ヤンキーインターン」「中卒」という言葉を聞くと、成人式で暴れてるような若者をつい連想してしまいがちだが、実際、番組内で紹介された4人は皆、パリッとスーツを着こなした、真面目な青年だった。古河、伊藤は母子家庭で、経済的にもかなり厳しい状況だったようだ。ついイメージしがちなものとは違う「中卒」の姿を伝えた放送だったと思う。

 『ザ・ノンフィクション』では、京都で住み込みをしなから舞妓さんを目指す少女たちの生活を長期で見つめるシリーズもあり、そこでは「最初頭角を現した子が案外長続きしない」ケースがたまに出てくる。今回のヤンキーインターンも、18歳にしてビジネス書を読みあさり、電話営業でも顧客に応じた営業トークを用意し優秀な営業成績を収めていた安藤が2カ月でヤンキーインターンから離脱していた。

 安藤はビジネス書を読みっぱなしにせず、ノートに要約まで作る真面目さで、スティーブ・ジョブズの書籍を読んだ際は「粘り強さ」をポイントとしてメモを残していた。しかし安藤の状況を見ると、高校を中退して、今回もヤンキーインターンも離脱してと、まさにその「粘り強さ」が足りないのではと心配だ。

 番組を見る限り、家族の世話などで勉強がおろそかになり、そのため入学した高校は自身の学力よりも下のレベルで、自分の居場所ではない、という思いがあったという。確かに、「どうもここは自分の居場所ではない」という居心地の悪さは、モチベーションが大きく下がる要因だと思う。とはいえ、「高校を辞める」というのは相当大きな決断であり、そこまでに至る理由だろうかとも思う。その後、アルバイト先のカラオケ店で高校生を接客したときには「俺も本来はこっち側だったんだな」と複雑な心境も話していた。

 ヤンキーインターンを離脱した理由は「もっと違うことが知りたくなった、ここで得たものを次につなげていくために違う情報が欲しくなった」からだといい、高校を中退した理由より、さらによくわからなかった。言いたくなかった真の理由があるのかもしれないが、番組内で伝えていたことが本当の離脱の理由なら、ジョブズの言う通り、もう少し粘り強いほうがいいのでは、と思う。せっかちなのか、どうも見切りをつけるのが早すぎるように見えた。

 ただ安藤はまだ、そもそも18歳なのだ。バイトを1日で辞めてしまう18歳だってたくさんいる。粘り強さを今後ゆっくり身につけていくかもしれないし、また、粘り強さは無理だと諦め、自分の他の特性で勝負していく道もあるだろう。

営業成績で驚異的な結果を残す18歳、伊藤

 電話営業で脅威の成績を見せていた伊藤は、ユニークな魅力あふれる18歳だった。伊藤は電話営業の際、たたき上げのやり手営業部長のような、相手にぐいぐい畳みかけていく攻めのトークで結果を出していた。こうした営業スタイルを嫌がる人もいるが、廃れないのは効果があるからともいえる。自信にあふれた感じを頼もしく思う人だっているだろう。18歳でこれができるのは凄まじい。

 一方で私生活は、小学3年から不登校になったという境遇もあるのか、同期の皆と食事に行きたいものの、ひとり定食屋で食事をとるなど、営業スタイルから想像がつかないほど控えめだ。番組の最後で、前田、浅見と焼肉屋に行った際は、しゃべる浅見の横で伊藤はニコニコ頷いていた。

 ハンドルを握ると性格が変わる人がいるが、伊藤は電話を持つと変わるのだろうか。今の“憑依型”スタイルがもし、かなりの無理の上に成り立っているならとても危険だと思うが、このやり方が楽しいと思えるのなら、華々しい成果も伴い、とても幸福な状態だ。

 4人は、これからたくさん社会で失敗をすると思うが、それは「中卒」が原因というよりむしろ「若い」からだろう。学歴と関係なく人は社会で失敗しまくって、大恥や冷や汗をかいて反省して成長していくのだと思う。失敗しながら、それぞれの「いい感じの人生」を模索し、つかんでいってほしいと思う。

『ザ・ノンフィクション』コロナ禍、歌舞伎町で働き暮らす人たちの今「歌舞伎町 便利屋物語 ~人生を変えた この街で~」

日曜昼のドキュメント『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)。8月23日は「歌舞伎町 便利屋物語 ~人生を変えた この街で~」というテーマで放送された。

あらすじ

 トイレの詰まり解消から業務用のエアコン清掃、店内改装、ペットの世話、さらにラウンジでカウンターに立って客の相手まで、何でも24時間365日対応の便利屋「親孝行」。今年で10年目になる社長の由藤神一の仕事ぶりは歌舞伎町の飲食店のオーナーたちから信頼されており、顧客の自宅、事務所の合鍵を50本以上預かっている。

 由藤は便利屋になる前は、歌舞伎町のいわゆる「おなべ」の従業員が働くホストクラブで働いていた。由藤は、北海道で2人男の子が続いたあとの、待望の女の子として生まれ、「あやか」と名付けられるも、物心ついたときから自身の性に違和感があり、スカートをはくのも髪の毛を伸ばすのも嫌で、「オトコオンナ」とからかわれることもあったという。

 由藤は21歳で歌舞伎町に上京。その後2015年に性別適合手術を受け、戸籍の上でも男性になっている。由藤は歌舞伎町で便利屋として働くことを、街への「恩返し」だと話す。なお、実家の家族との仲は良好で、保育士だった母親のために保育所を開設し、開催した祭りは人で賑わうなど生まれ育った地域社会とのつながりも築いている。

 歌舞伎町を代表するクラブの一つ、ホストクラブ愛本店の創業者である愛田武氏が18年に亡くなった際、由藤はその遺品整理と氏の「金色の棺に入りたい」という希望を叶えるため棺の塗装を依頼される。由藤がかつて働いていたホストクラブは愛田社長が開いた店で、由藤がホストクラブで面接を受けた際に、たまたま店にいた愛田氏が後押ししてくれたり、また、由藤の両親が店を訪ねた際も愛田氏が店にいて、「神一だったらどんな仕事をしても成功する 」と言ってくれたのだという。愛田氏の葬儀では由藤が塗装した金色の棺と、祭壇にはシャンパンタワーと「愛」の文字をかたどったオブジェが飾られていた。

 20年2月、新型コロナウイルスの影響がまだそれほど見えていなかった時期に、由藤から番組スタッフに20年9月に北海道に戻る、という手紙が届く。歌舞伎町の顧客からは惜しまれていたが、その後新型コロナウイルスのあたかも発生源かの如く伝えられた歌舞伎町の多くの飲食店は休業を余儀なくされる。由藤は帰郷をいったん保留とし、飲食店の休業で失業してしまった人を新たに雇い、歌舞伎町のため働く。

 この放送は、ウイルスの発生源のようにいわれがちな新宿・歌舞伎町で「働いて、暮らして、生活している」人たちの生の声や姿を伝えた、意義ある回だったと思う。今、地方の人と話すと、東京、特に新宿はウイルス蠢く「バイオハザード」のような状況に思われていると感じることがあるが、8月現在の新宿は、学校も開いているし、人通りは減ったとはいえ開業している店も多い。

 しかし今から3カ月前。緊急事態宣言下の5月の新宿は全く様子が違っていた。店舗はほぼ休業中で、昼間なのに駅前は眠ったように静かで、数えられるほどしか人がいなかった。その様子は、かつてドキュメント番組で見た、猛毒の化学兵器による攻撃を一帯に受け、建物は一切破壊されていないが人や生物だけが息絶えた異様なほど静かな海外の都市によく似ていた。

 しかし、新宿で働く人によれば、緊急事態宣言が出た直後の4月は、さらに人がいなかったという。由藤やその顧客である新宿で働く人たちは、どんな思いで新宿の街を日々見ていたのだろう。そして、この状況はまだまだ解決の糸口が見えないのだ。

そこまで近くない人の何気ない一言が人を救うこともある

 ホストクラブ愛本店の創業者、愛田氏のことを由藤は「東京のお父さん」とも話す。この2人は「かつてのオーナーと従業員」という関係だ。愛田氏は由藤が働いていたホストクラブだけでなく、さまざまなナイトクラブを手掛け、スタッフも大勢いたことだろう。イチ従業員とオーナーという関係で見れば、2人の距離はそこまで近いものではないといえるだろう。 

 しかし愛田氏は、北海道から上京しホストクラブの面接に挑む由藤の背中を押し、また、由藤の両親がそのホストクラブを訪れた際も、両親に対し「神一はどんな仕事をしても成功する」と太鼓判を押し、酒を飲み交わしてくれたのだ。そこまで距離が近くない相手だから言える、軽口ともいえるが、一方でこの愛田氏の気軽で何気ない親切さに、由藤は随分救われたのだろう。

 距離がそれほど近くない人の、何気ない優しさに人は案外救われている。ここ数週の『ザ・ノンフィクション』を見ても、大学卒業間近で引きこもってしまった青年、ヨウヘイは家族に何を言われても表情は固まったままだったのに、自立支援施設で地元の人と交流した際、酒席で地元のおじさんに、「(あなたは)いい子だよ」と言われたときは涙を流していたし、85歳の食堂店主「はっちゃん」は旅先で宿がなく泊めてくれた満生さんへの恩を20年以上たっても忘れず、満生さんを神様のように大切に思っていた。

 親切にした側からしてみたら、覚えてすらいないかもしれないことが、その人を救っているのだ。人と人がゆるくつながっていくことの大きな意味を感じる。一方で、家族など近すぎる距離の人からの言葉というのは、素直に受け取りにくいところもある。近しい人間関係の難しさも思った。

 次週のザ・ノンフィクションは『最終学歴は中卒だけど… ~ボクの働く場所~』。あるベンチャー企業が企画した「ヤンキーインターン」――地方の中卒・高卒者を対象に、食・住・職を無償で提供し、企業への就職を支援するというものだ。その中には起業家になりたい18歳や家族を幸せにしたい21歳の姿もある。「中卒」の彼らは未来を切り拓くことができるのか?

『ザ・ノンフィクション』難病に見えない難病の人たちの苦悩「それでも僕は生きていく ~ももちゃんとの約束~」

日曜昼のドキュメント『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)。8月16日は「それでも僕は生きていく ~ももちゃんとの約束~」というテーマで放送された。

あらすじ

 香取久之、49歳。17歳で126万人に1人の希少難病アイザックス症候群を発症する。発作時は時にモルヒネを使うこともあるほど手足に強く焼け付くような痛みが出て、有効な治療方法も見つかっていない。香取がアイザックス症候群と診断されたのは34歳のときで、発症から17年間医療機関を原因不明とたらいまわしにされ、時に精神的なものではと疑われる不遇な日々を過ごしてきた。

 治療法の見つからない難病と共に生きる香取だが、それでも自分の病名がわかり、同じ病気を持つ人とつながることで「人生が一変した」と話し、その経験から大手企業を退社し、NPO法人「希少難病ネットつながる」を立ち上げる。しかし思いはあれど、事業はぱっとせず、退職金を食いつぶしても足りず、借金を抱える赤字経営が続いている。幼子を抱える妻は苦悩し、経営コンサルタントや、香取同様に難病患者でありつつも社会起業家として成功している近藤からは厳しい言葉をかけられる。さらに、香取にステージ4の大腸がんが見つかり、すでに肺と肝臓に転移している。

 それでもめげない香取は、足こぎ式のペダル式車いす「コギー」(COGY)と出会う。コギーは、右脚が動けば左脚が動くという脊髄の「原始的歩行中枢」を活用して車いすを動かす仕組みで、電動車いすで生活している人も動かすことができる。香取はコギーの代理店になり、、18トリソミーという難病を抱える少女、ももちゃんにコギーで動いてもらおう、と考える。幸い香取のガンの手術は成功し、ももちゃんも特訓ののち、コギーを動かせるようになる。

外見は「普通」に見える難病患者の苦しみ

 香取は、外見からは難病を抱えているようには見えない。スーツが似合う、姿勢の良いスラッとした男性だ。発作時以外は健康な人と変わらず、車椅子に乗っているわけでも、顔色が悪かったり、まっすぐ立つのもおぼつかないなど「つらそう」な感じで過ごしているわけでもない。

そして、番組内では香取以外にも「難病に見えない難病の人たち」が出てくる。薬局の店主をしながら香取の活動を副代表として手伝う清水も、後縦靭帯骨化症という難病患者で、背骨にボルトが埋め込まれている。取材時は片手に杖をついて帰宅していたものの、がっちりめの体格で、笑顔を交え話す清水はむしろ精力的な人という印象だった。そんな自分を客観視して、「(子どもに自身の病気の)話をしても理解できないと思っていたからね」と清水は話す。清水の小学生の子どもは番組の取材を通じ、父親の病気が一生共存していくものであることを初めて知って「治らないんだ……」と驚いていた。

さらに、月に30万円分もの薬を飲むSLE(全身性エリテマトーデス)患者の近藤は、ステロイドの服用により、スカートで隠した足にはアザのようなものが点在しているのだが、初見で「この人はやり手に違いない」と感じさせる貫禄があった。近藤は20代で会社を立ち上げ、病気発症後も社会起業家として成功し、末期ガンと認知症が進む母親を自宅介護するなど、実際にエネルギッシュだ。

 体の健康が損なわれると心も滅入ってしまいがちだが、今回の番組に出てきた難病の人たちを見て「本人の健康状態」と「その人のバイタリティ」は必ずしも関係しないのでは、とも思った。逆に、難病であることがその人に「負けない」「やってやる」と火をつけ、奮起させている面もあるのかもしれない。

一方、彼彼女らが難病患者であることは変わらないし、「自分の困難さをわかってもらいにくい」という希少難病ゆえの苦悩も抱えている。そんな香取や近藤がカバンにつけていたのが「ヘルプマーク」だ。赤地に白十字とハートマークのついたもので、「外見から分からなくても援助や配慮を必要としている方々が、周囲の方に配慮を必要としていることを知らせることで、援助を得やすくなるよう、作成したマーク」(東京都ホームページより)とあり、東京都発案のものだが、今では多くの自治体で採用されている。街でこのマークをつけている人を見かけたら配慮を心掛けようと思う。

香取の活動が続いていくために必要なこと

 番組内でとても印象的だったのは、電動車いすで生活していた人が、足こぎ式車いす、コギーを自分の脚で動かしているときの笑顔だ。自分の脚を動かすことができる気持ちよさなのか、自力で車いすを動かせることの気持ちよさなのか、とても良い笑顔だった。

 さまざまなことを知れた回だったが、これは香取がNPOを通じ、多くの難病患者とつながってきた活動によるものだ。希少難病の患者たちは、病の苦しみだけでなく、「わかってもらえない、わかってもらいにくい」という苦しみも抱えている。これらの人たちにとって、同じ境遇の人たちとつながることの価値はとても大きいものなのだろう。

 ただ2点、気になったことがある。一つはももちゃんへの香取の思いだ。番組を見る限り、ももちゃんはそれまで紹介されてきた「ぱっと見難病に見えない人たち」とは異なり、車いすの生活で1日に何度もてんかん発作があるといい、言葉を話すことも難しいように見えた。そのため、「コギーに乗りたい」というのはももちゃんの意志でなく、香取側だけの思いであるように見えてしまった。香取はももちゃんを「みんなの希望」とも話していたが、他人の思いから「シンボル」にされるというのも、ももちゃんにしてみたらどうなのだろうかと引っかかった。

 もう一点気がかりなのが、妻も苦悩している香取の経営センスだ。経営コンサルタントや近藤が香取の事業に対し、かなり辛辣な評価をしているにもかかわらず、香取は次々と新規事業を始めてしまう。どれだけアドバイスしても香取がさっぱり懲りないので、「もう少しこっちの話も聞いてくれ」と言う側も相当な不満を持っているのではと思った。

 貴重な活動は、続けてこそ意味あるものだろう。譲れない大義があるとは思うが、妻をはじめ周囲の声にもぜひ耳を傾けてみてはと思う。

 次週のザ・ノンフィクションは「歌舞伎町 便利屋物語 ~人生を変えた この街で~」。歌舞伎町で年中無休で働く便利屋「親孝行」の由藤神一。歌舞伎町を第二の故郷と思い、時に自宅に帰れないほど身を粉にして働いている。その歌舞伎町に新型コロナウイルスの嵐が吹き荒れる。渦中の由藤や歌舞伎町の暮らしを見つめる。

『ザ・ノンフィクション』東大相撲部員の青春「東大生の僕が手に入れたもの~「東京大学相撲部」悩める青春~

日曜昼のドキュメント『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)。8月9日は「東大生の僕が手に入れたもの~「東京大学相撲部」悩める青春~」というテーマで放送された。

あらすじ

 東京大学駒場キャンパスの片隅にある相撲部。1975年創部の歴史ある部活ながらも、華々しい実績があるわけでもなく、東大の中でも存在感は薄く、新入部員の獲得にも苦労している。女子マネージャーの田中は入部した際、なぜわざわざそんな変なところに、と家族から言われたという。

 前主将の4年の野口はムードメーカーで、中高一貫の男子校の進学校を首席で卒業。高校時代の学年一番となったテストの結果をスマホに残しており、それを見るのが楽しみだという。一方成人式では地元の中学に進学した友人らと交流できない「ぼっち状態」で、俺は東大生なんだというプライドで乗り越えたと自虐気味に後輩に話し、テニスサークルに入っていれば彼女ができたとぼやく。

 現主将の須山はイケメンの貴重な「陽キャ」。1浪して慶應義塾大学に進学するも、諦めきれず東大に入り直した努力家でもあり、相撲にも熱心だ。そんな須山と入学時点は相撲の力量が同程度だったものの、水をあけられたと話す益田。まわし姿でアイドルの振り付けを踊ったり、いつも笑顔の青年だが、何事にもやる気が出ず、将来にやりたいこともない自分に苦悩している。新入生の小山はバーチャル平城京を作るほど古代史が好きで、研究者志望。古代史のことばかり話すため「イカ東(いかにも東大生の略:勉強ばかりしていて恋人も作らず的なネガティブなニュアンスで使われる)」と言われると苦笑する。

 益田は一単位足りず留年してしまい、それでも番組スタッフの前では笑顔で、なぜこんなときでも笑顔なのかというスタッフからの質問に自分の笑顔は「自己防衛」なのだと話す。そんな益田を励ますべく、相撲部員たちは益田の髪を染める。親から反対されたとすぐ黒に戻してしまうが、その後、益田に変化が見られる。それまで親が買ってきた服をただ着ていたが、相撲部員の友人とともに服飾店に行くなど変わり始めた。春、野口は卒業前の追い出し稽古で部員たちとぶつかり稽古をしたあと、桜の咲きはじめたキャンパスの片隅にまわし姿のまま転がり空を眺めていた。

苦悩と仲間のいる相撲部員のまばゆい青春

 青春には「男女交際」が必要だと、特に野口は焦っていたように見えたが、東大相撲部員たちの過ごす日々は眩しすぎる青春に見えた。きっと部員たちも、卒業し年齢を重ねるごとに、かけがえのない時間を過ごしていたことに気づいていくのだろう。東大に入ったからといってすべてうまくいくわけではないという現実に直面し苦悩し、だが、苦悩を話すことのできる相撲部の仲間がいる。番組を見ていて、「苦悩」と「仲間」こそが青春なのではないかと思った。

 やりたいことがない自分に益田は苦悩していたが、私が「苦悩」しだしたのは、大学4年になって就職がさっぱり決まらないという現実に直面してからだった。少なくともそれまでの大学時代は、「ようやく受験勉強から解放されてうれしい、大学は面白くないし、毎日朝から晩までゲームをしていよう」という「苦悩する以前」の状況だった。

 人は現実で壁にぶつからないと苦悩しない。益田が苦悩しているのは、それだけ現実と向き合っていると言え、その時点でほかの大学生より先んじているとも思える。そして益田は悩むだけでなく、今まで親に買ってもらっていた服を相撲部員とともに買いに行くなど、できることから行動に移している。苦悩しながら前に進もうとする益田を応援したい。

 苦悩する益田の一方、同学年で「陽キャ」でもある須山は大人っぽい。慶應に入るも諦めきれず東大を受験しなおした須山は、その際に苦悩し乗り越えたものがあったのだろう。元主将の野口は、暴力的だった父親への憎しみが努力の原動力になっていると話し、苦悩とそれを乗り越えた過去が垣間見える。苦悩に押し潰される人もいるため、苦悩がいいことばかりとは言えないが、須山や野口の芯の強さは苦悩と必死で向き合い、乗り越えていった経験の賜物にも思える。

 一方で、その2人と異なる芯の強さを感じさせるのが古代史大好き・小山だ。“バーチャル平城京”を作る小山の古代史への情熱は、さかなクンの魚類への情熱に近いものを感じる。小山はその古代史愛ゆえに「イカ東」と揶揄されていると話すが、「好きなことがある」人は強いだろう。親世代に比べると経済面が不安定な昨今、「好きなことがある人が強い」という風潮は存在感を増している。古代史という情熱を注げる対象を持つ小山は時代の勝ち組と言っていいだろう。

 しかし、そうした「好きなことがある人が強い」という言葉は「学歴があればいい」とする、かつての刷り込みと変わらない。好きなものがない若者の苦しさ、切なさは益田が苦しんでいるように深いのではないだろうか。私自身も振り返ると、若い頃は「モテ」が全盛の価値観だったので、それで随分苦しんだ。好きなもの・学歴・モテも、あったら“よりいい”だろうが、なくてもほかに楽しく生きる道はあるし、それがないから「終わり」では決してない。

 こう生きたほうがいいという価値観なんて、時代や世代によってあっさり変わる。若い人ほど振り回されてしまいがちだが、どうかそんなものに振り回されないでいてほしい。

 次週のザ・ノンフィクションは『ザ・ノンフィクション それでも僕は生きていく ~ももちゃんとの約束~』。“126万人に1人”といわれる希少難病・アイザックス症候群など4つもの難病を抱える香取久之。仲間たちとNPO活動を始めるものの借金は3000万を超え、さらにステージ4の大腸がんが見つかってしまう。香取と、難病を抱える少女ももちゃんの日々。

『ザ・ノンフィクション』84歳食堂店主の心を支える人「おなかも心もいっぱいに ~はっちゃんの幸せ食堂~」

日曜昼のドキュメント『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)。8月2日は「おなかも心もいっぱいに ~はっちゃんの幸せ食堂~」というテーマで放送された。

あらすじ

 群馬県桐生市の中心から少し離れた、無人駅のそばにある小さな食堂「はっちゃん500円ショップ」はいつも大勢の客であふれている。500円で食べ放題ながら、カレイの煮付け、焼き鮭、イカの煮物、具がごろごろと入った筑前煮、揚げたての天ぷらなどが大皿で並ぶ採算度外視の豪華さだ。店主の84歳の田村はつゑ、通称はっちゃんは年金を切り崩しつつ、一人で店の切り盛りをしている。

 はっちゃんは終戦直前に母親を亡くし、魚屋に奉公に出され朝から晩まで働き通しで小学校にも通わせてもらえなかった。その後、結婚し3人の子どもを育て上げたあと、自分の人生を生きたいと57歳で一念発起。スーパーカブで日本一周をする。旅の途中、福岡で宿が見つからず途方に暮れていたはっちゃんを自宅に泊めた「マンセイさん」の優しさに感動し、自分も人に親切にしたいと22年前に食堂を始める。

 はっちゃんは漢字が読めないため、マンセイさんという名字の漢字も住所もわからず、お礼を言えないことを悔やんでいたが、23年ぶりに福岡を再訪。写真を手掛かりにマンセイさん(実際は満生と書いて「マンショウ」)と再会を果たす。

 しかしはっちゃんの食堂も新型コロナの影響で客足が途絶え、4月から休業を余儀なくされる。すっかり気落ちしたはっちゃんだったが、6月15日から食堂を再開。客足は以前の半減程度になったものの、県をまたぐ移動自粛が解除されると客足も復調、満生さん親子もサプライズで食堂を訪れ5年ぶりの再会にはっちゃんは涙する。

はっちゃんにとって満生さんとは

 番組では群馬の隣県、栃木からはっちゃんの食堂に足しげく通い、自室にはっちゃんの写真や掲載誌の表紙を額に入れて飾るほど熱烈な、はっちゃんファンの秋山さんが出てくる。秋山さんははっちゃんと年齢も近く、奉公に出された境遇も似ており意気投合したのだという。はっちゃんの店が再開した際も、秋山さんは食堂を訪れ皿洗いの手伝いまでしていた。

 秋山さんというファンのいるはっちゃんも、旅先で宿が決まらなかった自分を泊めてくれた満生さんに熱い思いを抱いている。旅先で良くしてくれた人のことは、誰でもみな感謝するだろうが、はっちゃんの満生さんへの思いは「感謝」という言葉では足りない、もっと深くて特別なものだ。

 はっちゃんは福岡で満生さんに再会できたときは号泣し、食堂に九州から満生さんが娘2人を連れてサプライズ訪問した際は、しばらく固まっていた。その姿は、まるで聖書や仏教の言い伝えで出てくる「聖人を目の当たりにして感動してしまう民衆」のように見えた。

 よく、オタクが推しの良さを語るときに「尊い」という言葉を用いるが、はっちゃんにとって満生さんはまさに尊いのだろう。そして「はっちゃんは立派」と話す秋山さんにとっても、はっちゃんは尊いのだ。なにより、「満生さんへのはっちゃんの思い」「はっちゃんへの秋山さんの思い」の根底には「尊敬」があるように思える。尊敬が根っこにある関係は強い。はっちゃんも秋山さんも尊敬する「推し」がいて、見ている私まで幸せな気分になった。尊敬という感情が持つ前向きで大きな力を感じた回だった。

 面白いのが、尊敬する側の熱意に対し、尊敬されている側は無自覚なところだ。満生さんは、宿がなくて困っている人がいたら、よく自宅に泊めてあげていたそうで、満生さんにしてみたら、それがまさか一人の人生を大きく変えるまでの出来事などとは思っていなかっただろう。満生さんの優しさが、桐生の有名人を生んだのだ。思いがけないところで人は人に影響を与えている。

 休業中のはっちゃんは生きがいを無くしたようにしょげてしまっていて、食堂再開後も半分に減少した客足、残った食べ物を前に浮かない日々が続いていた。そんな中での満生さんの訪問は、どれだけはっちゃんの心に火をつけ、励みになったことだろうと思う。はっちゃんの涙に、人が人に与える影響力の大きさを感じた。

 次週のザ・ノンフィクションは『東大生の僕が手に入れたもの~「東京大学相撲部」悩める青春~』。クイズ番組に出てくる、気の利いたことをさらっと言えるスマートさがあって、モテモテであろう今どきの東大生たち。「あれが全体って見られると厳しい。そこはしっかりと伝えておきたい」とアツく語る、ある東大生たちの青春。

『ザ・ノンフィクション』引きこもりがあぶり出す、それぞれの問題「父と息子とはぐれた心 ~引きこもった僕の1年~」

日曜昼のドキュメント『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)。7月26日は「父と息子とはぐれた心 ~引きこもった僕の1年~」というテーマで放送された。

あらすじ

 キタノ家の長男、ヨウヘイ(24歳)は大学卒業間近に突然、自宅に引きこもりだす。真っ白な顔でゲームに没頭し、昼夜逆転の生活を繰り返すヨウヘイを前に困り果てた両親は、富山市にある自立支援施設「はぐれ雲」に息子を預ける。

 「はぐれ雲」では引きこもりや不登校を経験した10〜40代の男女が、ひとつ屋根の下で暮らし、就労訓練などを受けながら自立を目指している。最初の頃、ヨウヘイは、はぐれ雲でも無気力や不機嫌さを隠さなかったが、徐々に集団生活に慣れていく。1年後、両親との面談において、ヨウヘイの顔はまだこわばっており、親子仲は「大改善」とまではいかないが、当初は無視を続けていた親からのLINEにも返信するようになる。はぐれ雲の仲間内では笑顔を見せたり、ヨウヘイは大きく変化していた。

父と息子だけの問題だろうか?

 ヨウヘイの両親は、子どもの進路や教育に強く介入する過干渉な父親と、子どもに過保護な母親という「両親そろって過剰」なタイプに見えた。今回のタイトルは「父と息子とはぐれた心」であり、父親と子の葛藤をメインに扱っていたが、私には母親にも、ヨウヘイを引きこもらせた要因があるように思えた。

 この父親と母親は方向性は違えど、ヨウヘイから「考える機会」を奪っている点では共通しているようにみえたのだ。父親は、ヨウヘイが自ら進路を考える機会を奪い、母親はかいがいしく面倒を「見すぎる」ことで、ヨウヘイが考えて動く機会を奪っているように思える。

 ヨウヘイははぐれ雲で過ごした1年間で、無気力でまっすぐ立てずいつも上体がフラフラとしていて、24歳なのに精神年齢が12歳くらいに見える若者から、30kgの木を抱えて運ぶほどの体力と、仲間の前では快活に笑い、地元の人とも交流する若者にまで変貌を遂げる。はぐれ雲での集団生活や、農作業の手伝い、地元の人とのふれあいなども大きかったと思うが、はぐれ雲で行った毎日の「家事」が果たした役割が特に大きかったのではないだろうか。

 ヨウヘイはそれまで家で家事をしたことなどまったくなかったという。母親が家事を一切させず、朝は大学の授業に合わせて起こすなど、かいがいしく世話を焼いていた。それだけに、はぐれ雲に入所した当初は、やる気もなくもたついた手つきで配膳をし、皿洗いもふてくされながら乱暴にやっていたが、1年後は、手際よくおかずの味付けまでしていた。

 家事は「できないことができるようになった」という達成感を味わいやすい。毎日のことなので、今日は卵がうまく焼けなかったから、明日は味付けや火加減をこうしてみよう、と試行錯誤もできる。清掃の家事は爽やかな気分にもなれる。それに学校の勉強は受験以降は役に立たないものも多いが、家事は生きていく上で避けられない行為だ。ヨウヘイが、家事をもっと早くやっていたら、状況は違っていたのではないだろうかと思った。

 はぐれ雲を夫婦で運営し、家事を担当する川又佳子は、ヨウヘイの問題点を指摘するが、手は出さず、ヨウヘイに最後までやらせていた。自分でやったほうがよっぽど早く、ストレスもたまらないとわかった上で、あえて「見守り、やらせる」ことを選ぶ。

 一方の母親は、父親が高圧的な分、私が優しくしてあげないと、と思っているように見えた。しかし、「過保護」も子どもから考える機会を奪う行為だ。両親ともヨウヘイを「見守る」ことができず手を出してしまっているのだ。

「親がやってくれるだろう」という子どもと「その通りやってしまう」親

 番組後半、ヨウヘイと両親が面談したときに、父親は「(大学の復学について)親に言われたからやったといわれるのは嫌、自己責任で決めてほしい」と話していた。それまで両親は、ヨウヘイに手取り足取り介入して、「考えるな」とでもいうような教育をしてきたのに、ここで急に「自分で考えろ」と突き放す。

 一方でヨウヘイは、面談に来た親を前に顔を露骨にこわばらせていたが、いざ就活を行うことになると、親にLINEで「スーツほしい そろそろ就活しようかな」と送っていた。両親の「自己責任で決めてほしい」という言葉と、それを受けたヨウヘイの「スーツほしい」という自発的な言葉は、家族全員のそれぞれの成長を感じさせるようにも見える。だが、自分で自発的にスーツを買うのではなく、「スーツほしい」とさえ言えば親が用意してくれるだろう、といまだヨウヘイが信じて疑いもしていないようにも見えた。

 また親も、その連絡を受けたらスーツをヨウヘイのもとに即座に送る。ここは「自分で買ったら」、せめて「金は出すから自分で選んでみたら」ではないだろうか。「親がやってくれるだろう」と自分から動こうとしない子どもと、進んで「やってしまう」親。結局、親子の関係は根本ではあまり変わっていないようにも見えた。

 ヨウヘイの引きこもりはキタノ家の父、母、ヨウヘイの三者それぞれに課題を突き付けていると思う。

 来週は「おなかも心もいっぱいに ~はっちゃんの幸せ食堂~」。500円食べ放題の食堂を一人で営む85歳のはっちゃん。そんなはっちゃんと新型コロナウイルスの戦いの日々。